これは質問の仕方という最も基本的なマナーについて、 お読みになっている方々に再認識のため、 そして、 自分への戒めとして記しています。 質問の仕方は理科系のレポートと類似している点があるので、 理科系の実験報告書から述べてみます。
理科系の人間であるからして、 実験を良くやります。 学会に書く論文でも、 結局は授業で作る実験レポートの延長で、 多少形式ばっている点を除いては、 趣旨は同じです。
実験報告書は形式的に、 ほぼ以下の順序で記述します。 相手方に必要でなければ適宜追加および削除を行います。
まず、 報告書の要旨を書きます。 読み手に「何が大体書いてあるのか」を把握させることが第一です。 つまり、 要旨を見て、 内容を詳しく読むかどうかの判断材料を提供します。 次に、 背景と目的を書きます。 実験および報告書の作成理由を記します。 関連研究は、 自分の報告書に関わりのある研究を記します。 実験方法は、 目的を達成するための手段を記しておきます。 具体的には、 提案している手法の有用性を示すために、 実験の器具や測定方法を記します。 実験結果は、 測定した生の値を整理して正確に記します。 そして、 最も大事な部分が考察です。 実験前に見当したことと、 実験後に得られたことを記します。 実験結果の分析のために、 追実験を行う場合も考察に記します。 まとめを最後に書いて締めくくります。 このまとめは、 要旨と良く似ており、 背景の概略と結果と考察を書きます。
この報告書は、 自分が試みた手法に対して他の人の意見を仰ぐためにあります。 また、 発表を行うと、 他の方々から貴重な意見を頂くこともあります。
誰かに意見や知識を問う場合、 実験報告書と同じことを行います。 質問をする場合は、 以下に挙げた要点を押えなければならないと思います。 報告書と違って形式に従う必要はないため、 ちょっとくだけた形で書いています。 順番に読んでください。
他人の貴重な時間を奪う訳ですから、 少なくとも以上に挙げる8点をきちんと整理して、 質問を行う必要があります。 自分の目的を解っていないと、 他の人は助けようがないからです。
わざわざ要点を整理して報告書を作ったりや質問をしたりする理由は、 以下に挙げる2点です。
要点をきちんと整理して質問をすれば、 質問をされた方は、 回答を作る手間を打ち消す以上の発見を得ることが稀にあります。 この場合は、 自分にとっても相手にとっても利益になります。 自分は問題を解決できたし、 相手は今までにない発想や発見や手懸かりを得られたため、 両者とも幸せです。
質問をきちんとする目的の大部分は、 「何が解っていないか」を整理することにあります。 問題の在処が見つかってしまうと、 実は、 自ずと答えも出てくる場合が多いからです。 要点をろくに整理せずに、 「わかりません」や「質問」や「お願いします」と言ったいい加減な質問をすると、 「自分が本当に行うべき質問を整理する手間暇」を相手に負わせることになります。 この作業はあまり生産的でないため、 質問をされた側は、 その人を罵倒したり、 嘲笑したり、 あるいは、 無視したりします。
他人に問う前に、 まず、 自分の頭で考えてみるべきです。 解らないものが何か判らない場合は、 理解できる段階に戻る必要があります。 自分でうんうん唸って考えた結果、 どうしても解決できない場合、 ようやく、 他人の貴重な援助を乞う資格が得られるのです。
以上で議論したことは、 ごく普通のことを当然の如く行う必要があります。 しかし、 例外が1つだけあります。
それは「自分が本当に行うべき質問を整理する手間暇」の対価を予め払った場合です。 具体的には、 お金を払って講習を申し込んだり、 サービス料込みで何か物を購入した場合、 本来自分が負うべき手間を遠慮なく相手に押し付けることができます。 自分がちょっと解らないところが整理できなくても、 その一部(場合によっては全部)を 相手がきちんとまとめてくれます。 何せ相手はそれをするのが商売ですからね。 学校の先生もこうやって商売をして、 お金をもらって、 ご飯を食べている訳ですから、 質問に遠慮なんて一切無用です。 でも、 独身の教師に対して「先生!結婚、まだ?」とか、 授業とはほとんど関係はないけれど、 人によっては強烈で回答に窮する質問は止めましょう。 無邪気な小学生や幼稚園児は平気でこういった話を突然振ることがありますけど、 時間で解決できる問題ではないので、 答えようも何もあったものではありません。 そんなことを言うわたしも、 無垢だった頃はやってたなあ(笑)
今回は普通に質問する方法とその例外について書きました。 質問はレポートと良く似ている点を挙げて、 他人の知恵を拝借するために自分が尽くすべき当然の「礼節」について述べました。 また、 ある程度の「無礼」が許される例外として、 自分が予め対価を支払った場合も挙げました。
結局は質問も人付き合いの一貫として行われるため、 他人と接する際の最低限のお作法さえ心得ていれば、 全く問題ないはずです。 つまり、 本来ならば世の中にこんな雑文は必要ないのです。 しかし、 相手の立場を考慮した質問の仕方について述べたのは、 こういったマナーに欠如している方、 あるいは、 マナーを充分に学ぶ機会がなかった方が少なくないからです。
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