NOVEL 1-1(First)

ソクトア第2章1巻の1(前半)


・プロローグ
 美しい大地に恵まれた土地。その名もソクトア大地。
 この世界に住む住人は、類稀なる神秘に包まれていたという。
 大地に大地神あり。物に物神あり。しかし、一番の特徴は、神が人を選ぶ・・・。
つまり、人が神となり昇華するという所謂「神化」という現象がこの土地の特化し
た所でもあった。
 ソクトアの大地は、それだけ人が「神化」するに相応しい程の力量の持ち主が生
まれ出る土地でもあった。
 しかし、ソクトア暦690年の事であった。常に心正しき者を選んでいたはずの神に
間違いがあったか・・・。一人の優れた力を持ちし者が神の世界つまり「天界」に
反乱を企てたのである。その反乱を起こしたのは「月神」レイモスと言う神であっ
た。しかも事もあろうに反乱に手を加えた者達も居る。その神は「破壊神」グロバ
スと言う神であった。その2神は力量、技量共にトップクラスで、それを抑えるた
めに闘った戦闘だけで数々の神が死亡したと言われている。また、ソクトアの大地
にまで及んだため、ソクトアの大地も大きく傷ついてしまった。
 そんな事が、あったためか、「神化」には充分な審査と厳重なチェックが入る事
になった。そのためもあるのか、次第に人々の心から「神化」という言葉は消えつ
つあった。特例でソクトア暦823年に2人の神が生まれはしたが、それも稀な事であ
った。
 人間達の中にも、変化が起こるのは時間の問題だった。人々は、今まで、神々に
すがり付いて生きていく事が多かったが、次第に「神化」が無くなるにつれ、神を
忘れて行く事となってしまったのである。
 ソクトアの大地は「神の戦争」の時に大きく姿を変えてしまった。今まで一つし
かなかった大地は、2つとなり、さらに島々を生んだ。
 人々は、その内に、文明を創り上げていき、それぞれの独自の文化を持つ様にな
った。
 中央東に位置する国家。その名もルクトリア。数ある国家の中で強大な戦闘力を
持つようになった国で、自然と強さの象徴として人々が集まるようになった。この
国こそが、ソクトアの中心であると豪語して止まない人々が数多くいる。しかし、
国が建国して以来、全てに於いて勝利して来た事もあって、その自信は、最もだと
言える。
 続いて中央西に位置する国家。その名はプサグル。ルクトリアに負けず劣らずの
軍事国家で、その勢力は、ルクトリアと互角だとも言われている。西の国の中では
最強と言っても過言ではない。しかし、ルクトリアとの戦争で数多くの敗北をして
いるためか、苦渋を晴らそうと言う気概を一番持っている国でもあった。
 そして、東の法治国家パーズ。この国は、軍事と言うのは守りのためであり、そ
れを守護する屈強な修行僧によって構成されている国であった。この国は出来たの
がソクトア暦497年で、古い国でもあった。修行僧が一様に「神化」を信仰している
ため、法治国家と呼ばれるようになった。
 法治国家と呼ばれる所は、西にもあった。その名もストリウス。この国は、昔、
「神化」が行われたと言われる土地で、遺跡など数多く発見されている国である。
歴史が古い国で、博物館なども数多く取り揃えている。この国を観光に来る冒険者
なども後を絶たないという。
 そして、商業によって莫大な財産と共に商人が作り上げた国家が商業国家バルゼ
である。この国には傭兵などが主な軍事力で自分達の財産を守るというのが主な役
割であった。ここを通じてでないと、商業を営むのは難しいとさえ言えるだろう。
ソクトアの台所と呼ばれる事もあると言う。
 すべてを壁で覆ってしまった国がある。それこそ共和国デルルツィアだ。ここの
特徴はその雄大な壁と2つの王政とがある。王と皇帝を奉り上げる事によって、互
いに協力し合っていく事が、共和国と公言している理由であろう。しかし、壁で覆
われてるため、常に他国を意識している不気味な国でもあった。
 東のルクトリアの隣に女帝国家サマハドールがある。サマハドールは、女性こそ
が生命の源であり、その女王たる地位を掲げる事こそが、喜ばしいと言う風潮を強
く守る国家でもあった。一見簡単に攻められそうに見えるが、ルクトリアと同盟し
ているため、その地位は安泰であった。
 そして、ソクトアの大地と離れてしまった巨大な島を中心とした国家。それがガ
リウロルである。この国独自の文化は大きな特徴を持っているが、この国自体が鎖
国を行っているため、とても閉鎖的な国であった。だが、この国独自に伝わる剣術
は、他の国には真似出来ない程の威力があり脅威でもあった。
 これらの国々が上手くバランスを取って、ソクトアは大きく傷つく事は無かった。
さらには、大きな脅威になるであろう2大国家ルクトリアとプサグルが非戦条約を
結ぶ事で、ソクトアには大きな戦争は無くなるかに見えた。それがソクトア暦1000
年の事であった。
 しかし、非戦条約を結んでいるとは言え、その前まで戦争をしていた国々である。
軍人達が日々の修行を怠るのは良くないと考えたのか、さらには他の国に攻められ
た時の対策か、模擬戦を1年に1回行われる事になっていた。その模擬戦とは、刃
の無い武具と鏃の無い矢で、それぞれ力量を比べあうと言うスポーツのような物だ
った。
 しかし、その模擬戦を15年間、ルクトリアが、1回も負けずに居た事が、却っ
てプサグルの狂気を募らせた結果となった。プサグルは、ついに普通の武器を使っ
て来たのである。無論、ルクトリア側は大敗北。さらには王が捕虜となり、凄まじ
い数の死者を出す事となった。この戦いには狂気じみていた事からか、「秩序の無
い戦い」と呼ばれる事になった。
 こうして、ルクトリアは滅びるかに見えた。しかし、一人の英雄がそれを変えた。
その名もライル=ユード、16歳。後に「英雄」と呼ばれた男であった。
 このライルはルクトリア王シーザー=ユード=ルクトリアの第2子であり、剣術
「不動真剣術」の継承者でもあった。
 ライルは王子ヒルト=ユード=ルクトリアと共に破竹の勢いで数々のプサグル将
兵を薙ぎ倒し、更には、プサグル四天王と呼ばれた「荒龍」のドランドル=サミル。
「炎」のバグゼル。味方でありながら捕虜として戦わざるを得なかった「疾風」の
ルース。「雷」のハイム=ジルドラン=カイザードの4人も全て倒してルクトリア
を奪還し、プサグル王との決着をつけるべくプサグルへと向かった。
 しかし、そこに罠があった。現ライルの妻、マレル=ユードを人質にされ、ライ
ルは、意気消沈してしまったのだ。さらに狂気が狂気を駆り立てたのか、プサグル
王のルドルフ=シーン=プサグルが魔物になるための薬を飲み、更には、それを勧
めたルクトリアの反逆者カールス=ファーンも、その前に立ち塞がった。しかし、
それは1人の吟遊詩人により助けられ、ライルの持つ宝剣ペルジザードも、それに
呼応して新たな力「怒りの剣」へと姿を変え、プサグル王を討つ事に成功する。
 だが、戦いは終わらなかった。マレルは100年に一度生まれる「月の巫女」で
プサグル王を裏で操っていた「老師」と呼ばれる存在が「太陽の皇子」となり、そ
の二人が引き金となり、魔族の貴族「黒竜王」リチャード=サンが、この世に復活
する。
 ライルは、周りに気を留めながらも、マレルを救い出す決心をし、リチャードを
倒すことを決意する。普通の人間が魔貴族を倒す事など不可能と思われていたが、
ライルは見事にマレルを救い出し、そして、リチャードを討つ事に成功する。
 この戦いを「黒竜の戦い」を人々は呼んだ。そして、ライルは、英雄となったの
である。
 それは、人知を超えた「怒りの剣」とライルの中に眠る「神化」にも等しい力が
奇跡を起こした・・・。伝記では、そう伝えている。
(ソクトア第1章「黎明」より抜粋)


 1、新世代
 英雄の時代は終わりを告げた。だが、事後処理は大変なものがあった。まず、黒
竜王リチャードである。彼は英雄によって倒されたが、彼の出現によって魔界とソ
クトアの入り口が出来、それ以来、妖魔、龍、魔族などが、蔓延る様になり、人間
と敵対する存在として立ちはだかる者も居たからである。
 そして、プサグルの王が不在となってしまった事もあって、王子であったヒルト
=ユード=ルクトリアが、プサグルを治める事になったのだが、当然プサグルの国
民からは、反対が出た。しかし、ヒルトの政治は凄い物があった。どんな者に対し
ても訳隔てなく扱い、さらには、ヒルトはルクトリアに行かない決心を固めて、プ
サグルの新たな国王として名前を変えたのである。ヒルト=ユード=プサグルと。
その潔さとプサグルの景気が良くなった事もあって、ヒルトは国民の支持を経て、
正式に王位に就く事になった。だが、そうなると納得しないのは、ルクトリアの国
民である。自分達の王子が居なくなってしまったのだから当然である。そこで英雄
ライルに声が掛かったが、ライルは、それを拒否した。ライルは飽くまで一剣士と
言う態度を崩さなかった。そこで、ルクトリアの新たな国王は現国王シーザーが倒
れた時に国民の中から選出すると言うことで合意を得た。
 そして、黒竜王との戦いを経て、人々の間に魔術が浸透するようになり、それに
関する研究も極まってきていた。だが、魔術を悪用する人も絶えないと言う。
 さらには、そんなプサグルとルクトリアの情勢からか、他の国が攻めてくると言
う可能性も充分にある。問題は尽きないのであった。
 ただ、揉め事も特に無く、あの「黒竜の戦い」から25年が経とうとしていた。
 ライルとマレルの間にも子が設けられ、ライル達も、ルクトリアとプサグルの間
に位置する中央大陸の修道院の近くで平和に暮らしていた。
 ある日の事であった。
「兄さん。起きた方が良いよ。父さんが下で待ってるよ。」
 朝、平和な家の2階でグッスリ眠っている青年の姿があった。どうやら、妹が起
こしに来ているらしい。
「・・・。」
 目が覚めて来たのだが、どうにも、体があんまり動かないらしい。
「兄さんは、これだからなぁ。しょうがない・・・『熱』!」
 妹は手を組んで掌をお湯の熱さ程度に温める魔法『熱』を唱えて、兄に掌を当て
る。さすがの兄も、これにはビックリして飛び起きる。
「あつ!あつー!・・・レルファーーー!それ辞めろって言ってるだろう!」
 兄は、涙が出そうになりながら、反論する。
「兄さんが起きないから、起こしただけだもん。」
 妹レルファ=ユードも反論し返す。レルファは、今年で16歳。金髪で二股のお
さげが特徴の女の子で、現在は修道院で魔法資格を取る修行の最中で、色々試した
くなっているらしい。
「ジーク!もうちょっと朝早く起きろよ!」
 下の階から声が聞こえてきた。今は父親であるライル=ユード=ルクトリアで、
現在も稽古を欠かしてないせいか、筋肉は凄い付きようであった。金髪で口髭を少
し生やしている。歳も41になったせいか、貫禄も出てきた。
 現在は、息子であるジーク=ユード=ルクトリアを次の「不動真剣術」の継承者
にしようと日々修行をつけてやってる毎日であった。
「分かったよ!父さん。すぐ用意するから待っててよ!」
 ジークは、大声を出すと、着替えを始める。それを見て安心したのか、レルファ
は、さっさと1階に降りてしまった。
 ジークは現在19歳。と言っても、もう少しで誕生日であるのだが・・・。父に
良く似た金髪で段々、精悍になっていく様は父譲りと言った所か、「不動真剣術」
の吸収も早く、ライルも継承者の問題は、一先ず安心しているくらいだ。
「朝ご飯前に父さんに稽古してもらいなさーい。」
 現在母であるマレル=ユードの声も聞こえた。今でこそ幸せであるが、これでも
苦労人であった。現在では、すこし皺が増えたが、結構若く、41歳とは思えぬ風
貌である。髪はストレートのロングで、清廉さが修道女だった頃を思わせる。
「朝ご飯は、多めだよ!母さん!」
 ジークは、そう言いつつも階段を駆け下りて練習用の木刀を背中に下げて外に飛
び出る。すでに外では、ライルが木刀を構えて待っていた。
「さぁ。ジーク。朝ご飯までに、1本だ。」
 ライルは、そう言うと、ニヤリと笑う。ライルの言う1本とは、ライルが鎧を着
けている箇所に1回当てることを言う。一見簡単そうに見えるが、ライルの腕が並
大抵のものでは無いので、ジークは顔をしかめる。
「がんばってね!父さん!」
 レルファが、2階の窓から顔を出しながら見ていた。
「ハッハッハ。任せとけ。」
 ライルは、レルファに笑顔で返す。
「お前は兄思いという言葉を知らないのか!」
 ジークはゲンナリした顔でレルファの方を見る。
「そんな事言ってる暇あったら、攻め込んだら良いじゃん。」
 レルファは軽く言ってくる。しかし、それが、中々上手く行かない事は、ジーク
は知っていた。慎重になってると言うことは、それだけジークも腕が上がっている
証拠だ。
「ウム。中々慎重になったな。だが、来ないのなら、こっちから行くぞ?」
 ライルは、いとも簡単にジークの方へと向かってくる。これは浅はかな判断では
無く、絶対の自信の表れである。
 ライルは、一歩一歩進めるごとに木刀に気合を込めていく。ジークとライルは、
そんなに背が違わないのだが、この時ばかりは、ライルが大きく見える。
(さすがとしか言いようが無いな。だけど!)
 ジークは木刀を水平に構える。不動真剣術の「攻め」の型だ。どの角度からも正
確に繰り出す事が出来るので、この型をジークは好んで使っていた。
「俺の圧力に、攻めで返そうとするか。フッ。面白い。」
 ライルは、今度は木刀をダラリと下に下げる。まるで力を抜いたかのようだ。し
かし、その瞬間ジークは脂汗が出る。この型の恐ろしさを知ってるからだ。この型
は「無」の型といって、相手に気配を悟らせないための型だ。よほど剣術と体術に
優れてなければ、やろうとさえ思わないだろう。
(だが、閉じこもっていては仕方が無い!)
 ジークは、木刀に気合を入れていく。そして、迷いを吹っ切ると共に集中する。
「でいやああああああ!!」
 ジークは掛け声と共にライルの胴を狙う。しかし、当たるかと思われた瞬間にラ
イルの木刀が、それを制した。
(読まれた!?いや違う!「無」の型で反応したのか!)
 ジークは冷静に分析する。
「はぁぁぁ!はい!はい!ふりゃああ!!」
 一度止められたとは言え、休まずにジークは打ち続ける。流れるような攻めに思
わずライルも後ずさりする。しかし完璧に木刀で防いでいた。
「りゃぁ!」
 ジークはそこを見逃さず斜めに斬る袈裟斬りに力を入れた。その瞬間、ライルの
姿が視界から消えた。
(!?どこだ!)
 ジークはライルの動きを予測しようとした。右から凄い闘気を感じる。
「でやぁ!」
 ジークは右に向かって木刀を振る。しかし、そこには何も存在していなかった。
ライルは左に居たのである。
「はっ!」
 ライルの声と共にジークの肩から激痛が走る。ライルの木刀がジークを捕らえた
のだ。
「いってぇ!くそー!右だと思ったのになぁ。」
 ジークは打たれた箇所を抑えながら、悔しそうに言った。
「目で追ったわけでは無さそうだったからな。右から闘気を発して左に移ってみた。
油断禁物だぞ。」
 ライルは、アドバイスをする。
(敵わないなぁ。読まれてるよ・・・。)
 ジークは、頭を抱えた。ライルは今年で41歳になるはずなのだが凄い強さであ
った。衰えどころか熟練した技を感じた。力は昔より衰えているのだろうが、毎日
の鍛錬のせいか、あまりそれを感じさせなかった。
「さ。続けるぞ。1本取るまで朝飯はないと思えよ。」
 ライルの一言でジークは青ざめる。
 結局、ジークが朝飯を食べたのは1時間後のことであった・・・。


 西に軍事国家あり。激しい戦争の末、この国は大いに傷ついた。しかし、それを
1人の国王が救出する。その人こそが現国王ことヒルト=ユード=ルクトリアであ
った。ヒルト国王は、「英雄」ライルの実兄でありルクトリア国王の嫡子である。
だが、この国のために尽くし、この国を守るためにヒルトは、この国の王となった
のである。現在は48歳になり貫禄も兼ね備えている。
 もうルクトリアを離れて25年も経つ。寂しさはある。だが、それに負けないだ
けの精神力を兼ね備えた人物。それがヒルトであった。旧サマハドールの女帝ディ
アンヌを妻にし、その間に産まれた自分の子供達が居る限り、寂しさには負けない。
そうヒルトは、誓っていた。
 しかし、ヒルトにも頭を抱える出来事が続く・・・。
 ヒルトには3人の子供が居た。長兄がゼルバ=ユード=プサグル。髪を後ろに束
ねているほどの長髪だが本人の手入れもあり、更にはヒルトの血を継ぐ美形であっ
たので、宦官の女性たちには人気の的でもあった。しかし、現在23歳だが決まっ
た相手は居ないらしく、ゼルバの噂は絶えない。
 そして、悩みの種が後の2人であった。長女のフラル=ユード。現在20歳。普
通から見ればお姫様となるところであろうが、母の血か、父の血か分からないが、
とんでもないお転婆で周りを悩ませている。母譲りの銀髪の長髪なのだが、面影は、
どことなくヒルトに似ている。そんなフラルは、いつも城を抜け出して街や他の国
へ出たこともあり、大騒ぎを起こした事もあって、厳重な監視が必要であった。
 そして最後に次兄のゲラム=ユード=プサグル。14歳の末っ子で素直で可愛い
息子なのだが、どうにも姉のフラルに逆らえないらしく、居なくなる時は二人一緒
なのである。少しは止めに入っても良いものだが、性格上そうも行かないらしく、
二人ともひょんな事から居なくなってしまう。容貌は、どことなくディアンヌに似
ていて、優しそうな感じのする少年であった。しかし、実はプサグル剣術に優れて
いて、その実力はすでにゼルバやヒルト以上であり、師範をも打ち負かすほどにな
っていると言う。
 ヒルトは、政治の事では、万事上手く行ってるのだが、父としては悩みが多いよ
うで、毎日頭を抱える始末であった。フラルは、よく城を抜け出し、ゲラムは、そ
れに付いていく。更にゼルバは二人を庇って・・・ってパターンが多いのである。
 ヒルトは、そんなゼルバを責める訳にも行かないし、フラルを怒るなら、自分も
と言うゼルバの気持ちも分かってるので、ただ心配する一方であった。
 そして今日も・・・。
「フラル〜!フラルはどこにいる?」
 ヒルトは、いつものことかと思いつつもフラルを探す。フラルは意外と行動が素
早く抜け目が無い。こういう事を他に生かせないものか・・・とヒルトは思う。
「あなた?どうなされたの?」
 ディアンヌが大声を出しているヒルトを怪訝に思ったのか、部屋から出てきた。
「いや、また居なくてな・・・。まったく。今日は大事な日だと言うのに。」
 ヒルトは、いつにも増して頭を抱える。
「父上。どうなさいました?」
 ヒルトの焦りようを見てか、今度はゼルバが部屋から出てきた。
「おお。ゼルバか。フラルの奴、どこに行ったか知らぬか?」
「フラル?ああ。フラルなら厩舎に用があると言って出て行きましたが?」
 ゼルバは本当の事を言った。
「厩舎?あいつの相手になるような動物なんて居たか?」
 ヒルトは不思議に思った。フラルは面白い事が大好きな性格なので、厩舎に居る
戦馬など興味が無いものだと思っていたからだ。プサグル厩舎では軍事関係の戦馬
が数多く取り揃えられていた。
「私は存じませんが、一昨日来たフジーヤ殿と関係あるんじゃないですか?」
 ゼルバは推論を言った。フジーヤとは、戦乱時代のヒルト、ライルの友人で魂を
残す研究をしていた魔法使いで、よく新しい生物を生み出していた。特にライルの
親友であるルースが一時死んでしまった時に、その魂の技をもって生き返らせた時
には、ヒルトも腰を抜かしたものだ。しかも驚いたことにフジーヤは、その血筋か
らか、天使と契約していて、その天使と結婚をしてしまったと言うのだから驚きで
ある。ヒルトからしてみれば常識を超えた男であった。現在は、中央大陸の奥地で
ある自分の家で、また研究を進めているはずである。だが、よく成功した動物を持
ってきては紹介しに来ていた。確かに2日前も、すぐに帰ってしまったが、来てい
た覚えはある。と言うより、ヒルトが移動用に新作である「ペガサス」を頼んでい
たのだった。これが居ればルクトリアやプサグルの移動を馬よりも早く移動できる。
何せ「ペガサス」は伝説上の動物なのだ。それをフジーヤが、戦馬と大鷲の仲間の
中で最も大きい翼を使って合成に成功したのであった。現在ではペガサスの子孫を
も増やして、100頭以上には、なっているはずである。
「まさか、ペガサスに乗ろうって言うんじゃないだろうなぁ・・・。」
 ヒルトは嫌な予感がした。フラルなら充分ありえるからであった。しかし、フラ
ルは、乗馬の技術が無いし何よりも女性一人で手綱を操るには相当修練が必要であ
った。ゼルバやヒルトでさえ自分と女性一人乗せるのがやっとであった。
「フラル1人じゃ乗れないでしょう?心配しなくても・・・」
 ディアンヌもそこに思いついたらしく、安堵した。
(しかし、それは承知で行くはず・・・。)
 ヒルトは、どうにも気に掛かった。フラルはアレで意外に計算高い。出来ない事
は、最初からしない主義なのだ。
「ゼルバ。もしかしてゲラムも、また一緒なのか?」
 ヒルトは嫌な予感がしたのだ。
「・・・そういえば一緒ですね・・・。」
 ゼルバも同じ考えに至った。ゲラムには、ここ一ヶ月くらい乗馬の練習をしてい
たのだ。しかも吸収が早く、馬には、もう乗れるようになっていたのだ。
「・・・まさかと思うが・・・。」
 ヒルトは、厩舎に足を進めてみる事にした。その瞬間であった。
「ハァーイ。お父様ー!」
 2階の城のバルコニーから声がした。
「!フラル!・・・。やはり・・・。」
 ヒルトは、フラルが空中に浮いてるのを見て、頭を抱える。そして、フラルに従
っているゲラムの姿も充分に見て取れた。そう。やはりゲラムを使ってペガサスに
乗っていたのだった。ペガサスは、少し不満そうながらもゲラムの手綱が、あまり
苦にならないのか、抵抗は、しなかった。
「フラル!今日は、ライルの家に行く日だぞ!分かってるのか!」
 ヒルトは、大声を出す。そう。ライルの家に行ってジークの20歳の誕生日を祝
ってやろうと考えていたのだ。今日出発すれば、ジークの誕生日にちょうど間に合
う計算なのだ。
「父上。だいじょーぶだよ。僕達ジーク兄さんの家に行くんだ。」
 ゲラムは、微笑んで言う。
「コラ!ゲラム!その事は、内緒だって言ったでしょ!」
 フラルが、ゲラムを小突く。
「いってー。姉様は良いよなぁ。僕が動かすんだぜ?ペガサス。」
「文句言うと、後でひどいよ?」
 フラルは、世にも恐ろしい形相を見せる。笑っているが、目が笑っていなかった。
「分かったよ。じゃあ、一足先に行って来るねー。父上。」
 ゲラムは、微笑むと、そのままペガサスを上手く操って方向転換をした。
「コラ!待ちなさい!ゲラム!お前まだ1ヶ月だろ?危ないぞ!」
 ヒルトは、こう言いながらもハラハラしている。
「じゃあねー。お父様♪」
 フラルは、勝手なことを言うと、そのままゲラムに合図して去っていった。
「お前達ーー!いい加減にしなさーい!」
 ヒルトの声が、聞こえたかどうかは分からないが、そのまま行ってしまったのだ
った。
「もう・・・。あの子達は相変わらずねぇ・・・。」
 ディアンヌが、ため息をつく。しかし、それとは反対にゲラムの乗馬の技術が、
あそこまで凄かった事に少し喜びを感じていた。
「父上。ゲラムを信じましょう。それにジーク達のところなら安心ですよ。」
 ゼルバも半分呆れていた。
「そうだな・・・。まったく、驚いて良いのか怒れば良いのか・・・。」
 ヒルトは、口ではそう言っていたが、ゲラムの成長とフラルのジークを早く祝い
たいと言う優しい気持ちが見れたので満足であった。しかし、これで厩舎も警戒し
なければならないと思うと、気が沈むのであった。


 いつしか生物の博識などと呼ばれた事がある。しかし、世間が、どう言おうと自
分は、生物達を育てることに全力を注ぐ。
 このモットーを貫く者が居た。その名はフジーヤ。新たな生物を生み出しつつも、
その天寿を全うさせ正に精魂込めて新しい生物を生み出す。それこそがフジーヤの
生きがいであった。そして自分はどんなに戦乱であろうと戦いには参加しないと思
っていた。しかし、それは1人の英雄と会う事で運命が変わったのだった。
 ライルがフジーヤをその気にさせた。最初は剣術の優れた少年だったライルが、
戦乱を生き抜くに連れて成長していき、それでありながら純粋な心を持っていた。
その純粋さにフジーヤは惹かれたのだった。
 そして、戦乱の最中に不幸な出来事があった。それは、ライルの無二の親友であ
るルースが、敵方の策に嵌まりライルと戦わねばならなかった事。そして全力で戦
った末に、ルースはライルの手によって息を引き取った事だった。
 しかしフジーヤには分かっていた。ルースの肉体が完全には死んでいなく、そし
て魂はまだライルに付いて行きたいと願っていることを・・・。
 そこでフジーヤは普段は、身を守るための手段であった「魂流操心術」をルース
の魂を蘇らせるために使ったのだった。
 「魂流操心術」とは読んで字のごとく、魂の流れを見切り、その心と共に、操る
術の事だった。この技と天使の契約を結んでいる特殊な一族だからこそ、フジーヤ
は新たな生物を生み出すことが出来るのだった。
 しかし、魂ある者から魂を抜き取るのは、さして難しい事では無いのだが、魂を
注入する作業は、それ以上に大変だった。しかも、それがただの生物ではなく、自
分達と同じ人間なら、それは正に命がけとなる作業だった。しかし、「魂流操心術」
は、抜き取った魂の分だけ注入することも出来る。フジーヤは、いつも魂の入れ物
を用意して、細心の注意をもって取り扱っている。それを使えば、負担も格段に楽
にする事が出来るのだった。
 フジーヤは戦乱の最中、無念に息を引き取った物の命や、自分を襲ってきた愚か
者の命は大切に保管している。そのおかげで、かなりの貯蓄はあるのだった。だが、
フジーヤとて、それがどういう行いであるのかは分かっている。だが、後の世のた
めと、そして、新たなる生命のために手がけているのだった。
 しかし、一度離れた魂を取り戻すには、まず魂を呼び戻し魂の力を同調させなけ
れば出来ない作業だった。そこで魂を呼び戻す時に必要だったのが「天使」だった。
その天使こそ、その後人間として生きる事を決めたルイシーだった。
 ルイシーは、「第8級天使」と言う位だった。これは、天使の中でも最下級で、
所謂、魂を運ぶだけの天使だった。ルイシーは、天使時代に良い思い出など一つも
無い。上級天使からは、こき使われ、同じ位の天使たちも皆忙しくて友達になって
くれる天使なんて居なかった。そんな中、契約者として出会ったのがフジーヤだっ
た。過去にこの血筋と契約してたのは知っていたが、才能の無い者ばかりで呼び出
されるのは、ほとんど無かった。しかし、フジーヤは違った。契約のことを知った
15歳の時に、いとも簡単に呼び出し、しかもルイシーから見ても光り輝く魂の持
ち主だった。その時、ルイシーは一目惚れをしていたのだった。その時にフジーヤ
が言った言葉を覚えている。それは・・・『フジーヤって言うんだ。友達になって
くれよ。』だった。ルイシーは、呼び出されてから1週間という契約どおりの時間
までフジーヤと過ごし、すっかり意気投合していた。そのこともあって、忘れられ
ないで居た。そこにルースの話が舞い込んできて、その時にルイシーは、役目を果
たすと同時に人間として生きていく事を決めたのだった。天使は、元々人間と近い
ため、自らの意思で人間になる事は可能だったのだ。そんな事を思うようになるの
は無いと思ったが、フジーヤは、別だった。
 そして、見事にルースを救い出すことに成功したフジーヤとルイシーはライルの
友として現在、平和に暮らしているのだった。
 そんなフジーヤにも今年で22歳になる息子が居た。名前はトーリス。フジーヤ
は巨大な麦藁帽子とローブで身を包んだ変わり者として有名だったが、知ってか知
らずか、息子のトーリスも大き目の三角帽子を愛用している。だが、ルイシーに似
て顔立ちが整っているため、近所の女性からの人気は高い。そんなことをトーリス
は気にも留めずに魔法の研究ばかりしていた。実際、トーリスの魔法はフジーヤの
全盛期を超えているとフジーヤは見ていた。たとえジャンルが違うとは言え求道心
が高いと言うのは、争えない血である・・・。とフジーヤは分析していた。
 フジーヤも戦乱時代は魔法と術とそして類稀な体術で敵兵を翻弄していたが、そ
れに似たのか、トーリスも魔法と体術には目を見張るものがあった。しかし、「魂
流操心術」は、フジーヤも意図的に教えないようにしているし、トーリスも興味な
いのか全く覚えようとしないのであった。
 フジーヤは、友のライルの息子ジークの20歳の誕生日に何かプレゼントをして
やろうと研究に没頭していた。
「父さん。お時間ありますか?」
 トーリスが、ドアをノックしながら言う。
「トーリスか?ああ。入りな。」
 フジーヤは、断る理由も無いのでスンナリ中に入れる。
「失礼します・・・。ってこれがプレゼントなんですか?」
 トーリスは父の研究は良く知っているので多少の事では動じないのであった。し
かし、目の前に鷲の顔とライオンの体をもった生物が居れば少しは動じても良いも
のだと思うのだが・・・。
「おお。そうだ。こいつはな。「グリフォン」って言ってなぁ。古代生物のうちの
ひとつさ。ついこの間成功してな。」
 フジーヤは嬉しそうに語る。その問題のグリフォンは、気持ちよさそうに寝てい
た。育ててる最中なのだろう。
「んで?俺に用とは何だ?」
 フジーヤは、グリフォンを可愛がりながらもトーリスの方を向く。
「いや、ジークへのプレゼントの事で相談があったのですが・・・。」
 トーリスはグリフォンを見て少し面食らった。父が、あのプレゼントでは自分の
プレゼントは何をあげても劣るのではないかと言う不安からだろう。
「お前の事だから、この子を少し意識してるんだろうが、そんな必要ないぞ。」
「フッ。さすが父さんには隠し事は出来ませんね。」
 トーリスは、すっかりフジーヤに考えを悟られた事を認める。この親子は2代そ
ろって頭が切れる。フジーヤは、戦乱時代にライルの軍師を務めた事もあるくらい
だし、トーリスは、そのフジーヤに鍛えられているため、時々街の工作現場などに
顔を出しては、アドバイスをしている程であった。
「お前にはお前のプレゼントの方法があるだろ?ジークが何を望むかくらいお前も
分かってるだろう?なら話は早いんじゃないか?」
 フジーヤは適切なアドバイスをやる。はっきりと「コレ」とは言わない。トーリ
スには考えさせる。そしてトーリスもそれに応えようと適切な物を選び出す。そん
なやり取りは、幼少の頃からやっていた。
「分かりましたよ。じゃぁちょっとそれを作って来ますね。」
 トーリスは、作ると言った。その答えを聞いてフジーヤはニヤリと笑った。正に
フジーヤが言いたかった事を当てた証拠だからだ。トーリスは、それを言うと、自
分の部屋に帰っていった。
 フジーヤはジークが何を望むか?と問い掛けた。それはジークはライルと同じく
剣士だと言うことだ。更には「不動真剣術」を習っているからには、いつか修行に
行く事もあろう。その時にこの頃頻繁に現れる妖魔や龍や魔族と対立することにな
った時、ただの剣では苦しいだろう。そのための魔法の力をこめた剣を欲しいと願
うだろう。それをトーリスは「作ってくる」と言ったのだ。
 トーリスは魔法の研究をしているだけあって物体に魔法を込めるのは得意として
いるところだった。それに多少は剣術にも心得があるので部屋にはそれなりの剣が
置いてある。さして時間も掛けずに「魔法剣」は完成するだろう。それを出来るく
らいトーリスは「天才」なのだ。
(まったく、俺を簡単に追い越してくれるんだから参るぜ。)
 フジーヤは嬉しさもあるが寂しさもあった。息子が追い越してくれることは嬉し
いが、自分の力が衰えていくのを感じるのは寂しい事であった。
「フジーヤ。研究は終わった?」
 ルイシーの声が聞こえた。
「ああ。今育ててるよ。」
「本当?見せて!」
 ルイシーはそう言うとドアを開ける。そして、それと同時にグリフォンを見た。
「キャ!大きい!」
 ルイシーは研究のことを熟知しているとは言え、グリフォンの大きい体を見て驚
いた。さっきのトーリスの方が驚かなすぎなのだ。
「おいおい。今寝てるんだから注意しろよ?」
 フジーヤは寝ているグリフォンの頭をなでる。幸い起きなかったようだ。
「ごめんねぇ。近くで見ると可愛いねー。」
 ルイシーは、グリフォンを優しく見た。ルイシーは天使なので歳の取り方が少し
遅い。なので反応もフジーヤとは違い若々しかった。フジーヤは、それは当然の事
だと受け止めていたが、ルイシーは少し寂しそうだった。
「ルイシー。トーリスって今22歳だったよな。」
 フジーヤは、トーリスの事が心配だった。あのルックスなので女の子も付いてく
るだろう。しかし、トーリス自身全く興味が無い様子なので、将来の事が心配なの
だった。
「なぁに?心配してるの?」
 ルイシーはトーリスやフジーヤほど洞察力は無いが、長年付き添ってるので夫が
何を考えてるのかは分かった。
「自由にさせたい気持ちはあるんだがな。父としては、やっぱり心配さ。」
 フジーヤは、あまり父らしい事はしてないつもりだった。それだけに心配も募る
のだろう。
「まぁねー。フジーヤの息子だもんね。奥手そうよね。」
 ルイシーは、いたずらっぽく笑う。フジーヤはバツの悪そうな顔をすると、そっ
ぽ向いてしまった。フジーヤも色恋沙汰は滅法苦手で、結局ルイシーからアタック
したと言う話である。
「心配なさいますな。あなたが思ってる程、あの子は興味ないわけじゃないわよ。」
 ルイシーは、意味ありげな事を言う。
「なんか知ってそうな口ぶりだな。」
 フジーヤも少し気になった。
「野暮な詮索はするもんじゃないわよ?」
 そう言うとルイシーは、フジーヤの口を指でふさぐ。
「お前には、敵わんな。」
 フジーヤもトーリスについて、それ以上詮索するのは止めた。ルイシーは、知っ
ていた。トーリスが、お隣のレイアの事を意識しているのを・・・。といっても端
から見れば他の女の子達と一緒の扱いに見えるが、レイアには、どことなく明るい
表情を多く見せている。ルイシーは、そこを見逃さなかった。
(あの子何だかんだ言ってモテるからねぇ。)
 ルイシーは、トーリスが街に出歩く度に街の女の子から声をかけられるのを知っ
ている。それを見て、レイアがどう思うかはルイシーは想像がついた。
「はっきりすれば良いのよ。あの子は・・・。」
 ルイシーは思わず口に出す。いくら年齢より若く見えると言ったって母は母だ。
こういう時に見せる仕草は、やはり母親らしい仕草であった。
「ま、なんにしてもジークの誕生日まで、もうちっとだ。懐くようにしなきゃな。」
 フジーヤは、そう言うと、グリフォンの頭を撫でながら次の育て方を考えていた。
「そうねー。しかし盛大なお誕生会になりそうねぇ。あの家普通の家よりは大きい
けど、聞いた話によれば、かなり来るって話聞くし。入るのかしらね?」
 ルイシーはすこーし不安に思った。ジークの誕生日に来る人数は知ってるだけで
も15人を超えている。泊まるなんて出来るかどうか、分からないくらい来そうな
気がするのだ。
「いざとなったら、キャンプでもするさ。あそこなら平気で出来るからな。」
 フジーヤは明るく答えた。ライルの家は村から少し離れたところにあるので、す
ぐそばでは、キャンプ出来そうなくらいスペースがあるのだ。何せライルは、自給
自足の生活をしている。そう言う意味では山間の家と言うのも良いように思えた。
「そうねー。じゃぁ私一応キャンプの用意しておくわね。」
 ルイシーは、そう言うと嬉しそうにキャンプの用意をしていった。
「変わらんなぁ。俺もあいつも・・・そうでもないか。」
 フジーヤは、ルイシーとの幸せな生活が、いつまでも続けば良いと思った。そし
て息子のトーリスも幸せになってくれれば・・・と思う。父親と言うのは、いつの
時代になっても、こういうものだと冷静に考えていた。


 一度あの世を見たことがある。それは透き通った世界。だが恐ろしく深遠な光と
闇とが交錯した不思議な世界でもある。その間際に素晴らしい光景を見た。だが、
まだ来るべき所ではないと感じていた。そして、その時に天使と共に戦友が語りか
けてきた。『まだ行くべきじゃない。』と・・・。
 ライルの親友である男。それがこのルースであった。ルースはフジーヤによって
魂を取り戻した男である。ルースの過去は後悔と希望に満ちていた。ルースは「秩
序の無い戦い」において、団長と共にプサグル軍に加担した1人であった。しかし
それは、ライルの姉であり現妻であるアルド=ユードが団長の手によって捕らえら
れていたからである。それをダシに団長はルースに対して無理難題を押し付け、最
後には、ライルと闘う羽目になった。その時にルースは敗れ、一度あの世を見てき
たのだ。
 ルースは、あの光景を忘れはしない。だが行くには、まだ時が要ると思っていた。
そして、希望をもって戦った戦乱も終わり、プサグルとルクトリアが平穏になった
ときに声を出して泣いたのも、このルースだったと言う。
 ルースが絶望に陥った時、常に励ましてくれたのは、妻であるアルドであった。
アルドもルースの誠実さに惹かれ、結婚したのであった。ルースとライルは親友で
あると共に義兄弟となったのである。
 このルースはただの騎士団員の出だった。しかし閃きは昔から持っていて、主流
であったルクトリア剣術とは違う独自の剣術を磨いていった。とてつもない速さで
剣を振ることのできる構えや足の運び方など、特殊なことが多かったため、戦乱時
代から「ルース流剣術」と呼ばれることもあった。その力を団長も認めて、プサグ
ル四天王の1人に仕立て上げたのだろう。ルースは『疾風』のルースとも呼ばれて
いる。それだけ速さではライルですらかなわないくらいの実力の持ち主だった。
 そのルースも25年経って、アルドの間に2人の子供が出来た。息子のアインは
今年で21歳。息子の剣の腕は、どんどんルースに迫っていた。アインもその辺分
かっているようで、ルース流剣術を継ぐのは自分だと漠然と思っているのであった。
顔立ちはアルドに少し似ているが、髪はさっぱりめのオールバックなため、あまり
似ているとは言われないのであった。それにルースの血か、黒髪なので傍目からで
は分からないようだ。
 そして娘のツィリル。今年で16歳で、滅法魔法の研究に力を注いでいるようだ。
だが、そんなに慣れてはいない様で、失敗することもままあると言う。だがルース
は魔法研究所の師範から言われた事がある。ツィリルは、恐ろしい才能をもってい
ると・・・。それも感情の起伏で、かなり絶対魔法量が変わると言うことだった。
親としては嬉しい限りだが少し心配でもあった。だが、今のところ大事には至って
いない。アルドもその辺は安心みたいだ。ツィリルはポニーテールを好んでしてい
る。母親譲りの金髪もあってか、近所の評判は高い。父親としては、またもや不安
な事でもあった。
 ルース達は、現在ルクトリアに住んでいる。と言っても、ルクトリアの街中では
なく、少し離れた所である。元々ライルやアルドが住んでいた所であり、そこをア
ルドとルースが継いだと言う形であった。
 ジークの誕生日と言う事を聞いて、ルース達もライルの家に行く準備をしていた
のであった。
「あなたー。アインとツィリルは、もう準備出来てるわよー。」
 アルドがルースを呼ぶ。ちょうどライルの家に行くための馬車が来たようであっ
た。あらかじめ用意してたアインとツィリルは、いち早く馬車に乗り込んでいたの
だが、ルースは、ジークのために贈るルクトリアで20歳を祝う紋章を自作してい
たため、遅れているのだった。それに前の日まで「ルース流剣術」の道場をやって
いたため、少し疲れが溜まっていたのであった。最初は、ひっそりとであったが戦
乱時代のルースの強さと英雄ライルの義兄弟ともなったと言うこともあって、ルー
ス流はどんどん広まっていった。今では門下に100人を超える人が集まってきて
いる。無論その中でもアインは際立って稽古をし、さらに強さもルースに次ぐ実力
と門下生の中では尊敬を集めていた。
「母さん。あまり親父を急がせるなよ。昨日まで大変だったんだぜ?」
 アインが口を出す。アインは昨日までルースが道場を開いていたのを知ってるの
で、その苦労も分かる気がした。
「お兄ちゃんも疲れてるの?」
 ツィリルが横から顔を出す。
「そんなことは無いさ。たださ。親父と俺とじゃ疲れ方が違うって訳さ。」
 アインが説明するが、ツィリルは良く分かってないようだった。要するに束ねる
者と、ただの門下生じゃ全然疲れ方が違うのだ。
「よく分からないけどそうなんだ。アハッ。」
 ツィリルはニパァッと笑う。この仕草は、いつ見ても可愛い。アインは、この笑
顔を見ると、つい顔が緩んでしまう。
「お前さんは、お気楽極楽だねぇ。」
 アインは、そう言うとツィリルの頭を撫でてやる。
「えへへ。私はお気楽様なのだ♪」
 ツィリルは、能天気にはしゃいでいた。いつも、これくらい明るいのだが、今日
は、馬車に乗ってると言う事で更に機嫌が良いのだろう。
「おお。待たせて悪かったな。」
 ルースは家の鍵を閉めていた。服装も、ちゃんとしていたが、急いでいたためか
少し乱れがある。
「お父さん。遅いのだー。」
「ツィリル。勘弁してくれな。」
 ルースは、ツィリルの顔を見て笑顔をこぼす。過去のこの男なら考えられないく
らい明るい笑顔だった。ツィリルが人を幸せな気持ちにすると言うのもあるが、子
供達が元気に成長するのを見てルースの性格も和らいで来ていると言うのもあった。
「フフ。鍵も閉めたし、さぁ乗りましょう。」
 アルドが幸せそうに笑いながら馬車に乗る。ルースもそれに続いて乗り込んだ。
「じゃぁ、中央大陸の修道魔法院まで頼む。」
「ヘイ。多少揺れますんで、注意してくださいよ。」
 ルースが頼むと馬車の運転手が注意を促した。そして、馬車は少しずつ動き出し
た。
「多少揺れるのなら、私は平気ー。」
 ツィリルは、明るく答えた。ツィリルは馬車酔いするほうではないので大丈夫だ
った。だが、兄のアインの方は、少し顔が引きつっていた。動く前は大丈夫だし、
ツィリルに不安な顔を見せまいとしていたのだが、かなり馬車酔いする方だったの
で、顔が青ざめていた。
「無理するなよ?アイン。」
 ルースはそれを知っていたので、少し不安だった。
「は・・・。ははは。だいじょーぶですよ。」
 アインは引きつった笑いをしていた。まだ動き出したばっかりなのに、青い顔を
していた。
「お兄ちゃん。顔があおーい♪」
 ツィリルは、面白そうに見ている。
「ツィリル。お兄ちゃんは、ホントに苦しいんだから大人しくしなさいね。」
 アルドは、ツィリルの無邪気さには微笑ましく思えるが、ここは母親として注意
しておいた。
「はーい。ごめんねぇ。お兄ちゃん。」
 ツィリルは素直に謝る。どうにも、この素直さにアルドもルースも、いやアイン
も弱い。多少の事なら目をつぶってしまうのだった。
「ツィリルが・・・気にする事は無い・・・よ。ハハハ。」
 アインは目に見えて我慢しているのが分かるようになっていた。それでも妹に心
配掛けまいとしているのだ。
(すっかりお兄ちゃんになっちゃって。)
 アルドは、そんな兄の態度を微笑ましく思った。
「これを口に含んでおけ。アイン。」
 ルースはそう言うと、梅干の10年漬けを渡す。これは馬車酔いには、かなり効
くと評判の物だ。こういう時に、さりげなく出す辺りルースっぽい。
「分かりました。」
 アインも素直に従う。強がっていても、やはりきつかったのだろう。飲んだ瞬間、
酸っぱそうにしていたが、楽になったみたいでルースに軽く礼の会釈をした。
「お父さん。わたしもー。」
 ツィリルは梅干に興味を持ったみたいで、一つせがむ。
「うーん。ツィリルの好きな味じゃないかも知れんぞ。」
 ルースは、そう言いつつもツィリルに梅干を渡す。早速ツィリルは口の中に放り
込む。その瞬間凄く酸っぱそうにしていた。
「うへへぇ。すっぱーい。」
 ツィリルは顔いっぱいで、それを表現していた。だけど我慢して飲んでいた。せ
っかく父が、くれたのを吐き出すわけには行かないと思ったのだろう。ツィリルは
時々せがんだりはするが、我がままを言う方ではなかった。そこがまた可愛くて、
ついルースは親馬鹿になってしまう。アルドも一緒だった。
「不思議な味だったね♪」
 ツィリルは、無理をしていた。目が少し潤んでいる。
「ツィリル。無理はしなくて良いのよ?」
 アルドもそれを感じ取ってか、ツィリルの頭を撫でながら言う。
「はーい。やっぱり酸っぱいねー。」
 ツィリルは、素直に言った。あまり我慢が得意な方では無いので、早くも音を上
げてしまう。
(ツィリルは、俺が守ってやらないとな。)
 ルースは、つい父親の顔になってしまう。これだけ可愛いと変な虫も良くつく事
だろうとルースは見ている。というより実際に魔法研究所では気のある男からよく
声を掛けられていると師範から注意された事もある。
「お父さん。難しい顔してるー。」
 ツィリルは、つまんなそうに顔を膨らます。
「そうか?悪いな。ハッハッハ。」
 ルースは、努めてツィリルには見せないようにしているが、どうしても顔に出て
しまうらしい。アルドから再三注意されていると言うのに変わってないようだ。
(俺の心配事も、ツィリルには余計なことかもなぁ。)
 父親と言うのは、いつの世も辛い物であった・・・。



ソクトア1巻の1後半へ

NOVEL Home Page TOPへ