NOVEL 1-1(Second)

ソクトア第2章1巻の1(後半)


 一度あの世を見たことがある。それは透き通った世界。だが恐ろしく深遠な光と
闇とが交錯した不思議な世界でもある。その間際に素晴らしい光景を見た。だが、
まだ来るべき所ではないと感じていた。そして、その時に天使と共に戦友が語りか
けてきた。『まだ行くべきじゃない。』と・・・。
 ライルの親友である男。それがこのルースであった。ルースはフジーヤによって
魂を取り戻した男である。ルースの過去は後悔と希望に満ちていた。ルースは「秩
序の無い戦い」において、団長と共にプサグル軍に加担した1人であった。しかし
それは、ライルの姉であり現妻であるアルド=ユードが団長の手によって捕らえら
れていたからである。それをダシに団長はルースに対して無理難題を押し付け、最
後には、ライルと闘う羽目になった。その時にルースは敗れ、一度あの世を見てき
たのだ。
 ルースは、あの光景を忘れはしない。だが行くには、まだ時が要ると思っていた。
そして、希望をもって戦った戦乱も終わり、プサグルとルクトリアが平穏になった
ときに声を出して泣いたのも、このルースだったと言う。
 ルースが絶望に陥った時、常に励ましてくれたのは、妻であるアルドであった。
アルドもルースの誠実さに惹かれ、結婚したのであった。ルースとライルは親友で
あると共に義兄弟となったのである。
 このルースはただの騎士団員の出だった。しかし閃きは昔から持っていて、主流
であったルクトリア剣術とは違う独自の剣術を磨いていった。とてつもない速さで
剣を振ることのできる構えや足の運び方など、特殊なことが多かったため、戦乱時
代から「ルース流剣術」と呼ばれることもあった。その力を団長も認めて、プサグ
ル四天王の1人に仕立て上げたのだろう。ルースは『疾風』のルースとも呼ばれて
いる。それだけ速さではライルですらかなわないくらいの実力の持ち主だった。
 そのルースも25年経って、アルドの間に2人の子供が出来た。息子のアインは
今年で21歳。息子の剣の腕は、どんどんルースに迫っていた。アインもその辺分
かっているようで、ルース流剣術を継ぐのは自分だと漠然と思っているのであった。
顔立ちはアルドに少し似ているが、髪はさっぱりめのオールバックなため、あまり
似ているとは言われないのであった。それにルースの血か、黒髪なので傍目からで
は分からないようだ。
 そして娘のツィリル。今年で16歳で、滅法魔法の研究に力を注いでいるようだ。
だが、そんなに慣れてはいない様で、失敗することもままあると言う。だがルース
は魔法研究所の師範から言われた事がある。ツィリルは、恐ろしい才能をもってい
ると・・・。それも感情の起伏で、かなり絶対魔法量が変わると言うことだった。
親としては嬉しい限りだが少し心配でもあった。だが、今のところ大事には至って
いない。アルドもその辺は安心みたいだ。ツィリルはポニーテールを好んでしてい
る。母親譲りの金髪もあってか、近所の評判は高い。父親としては、またもや不安
な事でもあった。
 ルース達は、現在ルクトリアに住んでいる。と言っても、ルクトリアの街中では
なく、少し離れた所である。元々ライルやアルドが住んでいた所であり、そこをア
ルドとルースが継いだと言う形であった。
 ジークの誕生日と言う事を聞いて、ルース達もライルの家に行く準備をしていた
のであった。
「あなたー。アインとツィリルは、もう準備出来てるわよー。」
 アルドがルースを呼ぶ。ちょうどライルの家に行くための馬車が来たようであっ
た。あらかじめ用意してたアインとツィリルは、いち早く馬車に乗り込んでいたの
だが、ルースは、ジークのために贈るルクトリアで20歳を祝う紋章を自作してい
たため、遅れているのだった。それに前の日まで「ルース流剣術」の道場をやって
いたため、少し疲れが溜まっていたのであった。最初は、ひっそりとであったが戦
乱時代のルースの強さと英雄ライルの義兄弟ともなったと言うこともあって、ルー
ス流はどんどん広まっていった。今では門下に100人を超える人が集まってきて
いる。無論その中でもアインは際立って稽古をし、さらに強さもルースに次ぐ実力
と門下生の中では尊敬を集めていた。
「母さん。あまり親父を急がせるなよ。昨日まで大変だったんだぜ?」
 アインが口を出す。アインは昨日までルースが道場を開いていたのを知ってるの
で、その苦労も分かる気がした。
「お兄ちゃんも疲れてるの?」
 ツィリルが横から顔を出す。
「そんなことは無いさ。たださ。親父と俺とじゃ疲れ方が違うって訳さ。」
 アインが説明するが、ツィリルは良く分かってないようだった。要するに束ねる
者と、ただの門下生じゃ全然疲れ方が違うのだ。
「よく分からないけどそうなんだ。アハッ。」
 ツィリルはニパァッと笑う。この仕草は、いつ見ても可愛い。アインは、この笑
顔を見ると、つい顔が緩んでしまう。
「お前さんは、お気楽極楽だねぇ。」
 アインは、そう言うとツィリルの頭を撫でてやる。
「えへへ。私はお気楽様なのだ♪」
 ツィリルは、能天気にはしゃいでいた。いつも、これくらい明るいのだが、今日
は、馬車に乗ってると言う事で更に機嫌が良いのだろう。
「おお。待たせて悪かったな。」
 ルースは家の鍵を閉めていた。服装も、ちゃんとしていたが、急いでいたためか
少し乱れがある。
「お父さん。遅いのだー。」
「ツィリル。勘弁してくれな。」
 ルースは、ツィリルの顔を見て笑顔をこぼす。過去のこの男なら考えられないく
らい明るい笑顔だった。ツィリルが人を幸せな気持ちにすると言うのもあるが、子
供達が元気に成長するのを見てルースの性格も和らいで来ていると言うのもあった。
「フフ。鍵も閉めたし、さぁ乗りましょう。」
 アルドが幸せそうに笑いながら馬車に乗る。ルースもそれに続いて乗り込んだ。
「じゃぁ、中央大陸の修道魔法院まで頼む。」
「ヘイ。多少揺れますんで、注意してくださいよ。」
 ルースが頼むと馬車の運転手が注意を促した。そして、馬車は少しずつ動き出し
た。
「多少揺れるのなら、私は平気ー。」
 ツィリルは、明るく答えた。ツィリルは馬車酔いするほうではないので大丈夫だ
った。だが、兄のアインの方は、少し顔が引きつっていた。動く前は大丈夫だし、
ツィリルに不安な顔を見せまいとしていたのだが、かなり馬車酔いする方だったの
で、顔が青ざめていた。
「無理するなよ?アイン。」
 ルースはそれを知っていたので、少し不安だった。
「は・・・。ははは。だいじょーぶですよ。」
 アインは引きつった笑いをしていた。まだ動き出したばっかりなのに、青い顔を
していた。
「お兄ちゃん。顔があおーい♪」
 ツィリルは、面白そうに見ている。
「ツィリル。お兄ちゃんは、ホントに苦しいんだから大人しくしなさいね。」
 アルドは、ツィリルの無邪気さには微笑ましく思えるが、ここは母親として注意
しておいた。
「はーい。ごめんねぇ。お兄ちゃん。」
 ツィリルは素直に謝る。どうにも、この素直さにアルドもルースも、いやアイン
も弱い。多少の事なら目をつぶってしまうのだった。
「ツィリルが・・・気にする事は無い・・・よ。ハハハ。」
 アインは目に見えて我慢しているのが分かるようになっていた。それでも妹に心
配掛けまいとしているのだ。
(すっかりお兄ちゃんになっちゃって。)
 アルドは、そんな兄の態度を微笑ましく思った。
「これを口に含んでおけ。アイン。」
 ルースはそう言うと、梅干の10年漬けを渡す。これは馬車酔いには、かなり効
くと評判の物だ。こういう時に、さりげなく出す辺りルースっぽい。
「分かりました。」
 アインも素直に従う。強がっていても、やはりきつかったのだろう。飲んだ瞬間、
酸っぱそうにしていたが、楽になったみたいでルースに軽く礼の会釈をした。
「お父さん。わたしもー。」
 ツィリルは梅干に興味を持ったみたいで、一つせがむ。
「うーん。ツィリルの好きな味じゃないかも知れんぞ。」
 ルースは、そう言いつつもツィリルに梅干を渡す。早速ツィリルは口の中に放り
込む。その瞬間凄く酸っぱそうにしていた。
「うへへぇ。すっぱーい。」
 ツィリルは顔いっぱいで、それを表現していた。だけど我慢して飲んでいた。せ
っかく父が、くれたのを吐き出すわけには行かないと思ったのだろう。ツィリルは
時々せがんだりはするが、我がままを言う方ではなかった。そこがまた可愛くて、
ついルースは親馬鹿になってしまう。アルドも一緒だった。
「不思議な味だったね♪」
 ツィリルは、無理をしていた。目が少し潤んでいる。
「ツィリル。無理はしなくて良いのよ?」
 アルドもそれを感じ取ってか、ツィリルの頭を撫でながら言う。
「はーい。やっぱり酸っぱいねー。」
 ツィリルは、素直に言った。あまり我慢が得意な方では無いので、早くも音を上
げてしまう。
(ツィリルは、俺が守ってやらないとな。)
 ルースは、つい父親の顔になってしまう。これだけ可愛いと変な虫も良くつく事
だろうとルースは見ている。というより実際に魔法研究所では気のある男からよく
声を掛けられていると師範から注意された事もある。
「お父さん。難しい顔してるー。」
 ツィリルは、つまんなそうに顔を膨らます。
「そうか?悪いな。ハッハッハ。」
 ルースは、努めてツィリルには見せないようにしているが、どうしても顔に出て
しまうらしい。アルドから再三注意されていると言うのに変わってないようだ。
(俺の心配事も、ツィリルには余計なことかもなぁ。)
 父親と言うのは、いつの世も辛い物であった・・・。


 かつてプサグルで恐れられていた剣術が存在した。戦場での無類なき強さを発揮
し、その正確に死角を突く。そして実際にくらうと、どこか暗闇から受けたような
感覚に陥ると言う。その畏怖をこめて人々は「暗黒剣」と呼んだ。
 その暗黒剣の使い手であり、プサグルの暗黒騎士団の団長を務めた男。それこそ
がグラウド=ルーンその人であった。グラウドは元々法治国家パーズの出で、幼い
頃から能力ありと謳われた者であった。グラウドは今年でもう45歳になる。その
噂を聞いてプサグル王が強引にスカウトして、グラウドを暗黒剣士として育てたの
であった。なので、幼少の頃の記憶は憎しみと怒りに染まった物であった。
 だが、そんなグラウドも1人の男によって自分を変える事が出来た。それこそが、
ライルである。ライルが、プサグルに偵察に向かった時に偶然出くわしたのが、グ
ラウドであった。グラウドは、いち早くライルの実力を見抜き、勝負を申し込んだ。
しかし、結果は引き分けに終わった。
 その後戦場でまた出会い、その時は絶対に助からないと言う崖にライルとグラウ
ドは落ちていった。しかしライルは、自分の身を省みず、グラウドを助けたことが
ライルとの絆の始まりであった。奇跡的にライルは一命を取りとめ、それに恩を感
じたグラウドは、ライルに帯同する事を決め、最後の戦いまで付き合ったと言う。
 現在、グラウドはパーズの自宅にいる。現在では「暗黒剣」を「死角剣」と名前
を変え、道場を開いている。この頃、パーズにも妖魔が随分出てくるようになった
ので、道場には門下生が来るようになっていた。
 そのグラウドは息子が1人いる。グラウドは、妻になるべき人が戦乱で死んでし
まったので、本来なら居ないのだが、グラウドは、ある事情で息子を拾ってきて育
てている。それが1人息子のサイジン=ルーンだ。今年で22歳である。サイジン
には、まだ養子だということは明かしていない。いずれ話すつもりだった。
 サイジンは、よく練習にも顔を出すのだが、どうにも性格が軽く、すぐに女の子
をナンパしては途中でふられて帰ってくる事が多いようだ。ルックスは悪くないの
だがサイジンには、いけない癖がある。そのせいで、いつも振られてしまうようだ。
その癖とは女の子の名前を時々違う名前で呼んでしまうのだった。失礼な話である。
しかし、決まって間違える名前は決まっていた。それは「レルファ」だった。
 サイジンは、レルファに滅法惚れてしまっているのだった。グラウドも色恋沙汰
には口を出したくは無いが、こんなことを続けていては、本人のためにも良くない
と思っているのか、「ハッキリしろ」と言ってるのだが、サイジンは軽く流してし
まう毎日であった。
 そのグラウドの家に今客人がきている。それは遠方の島国ガリウロルからの友人
であるエルディス=ローンである。エルディスは、ライルと同じ歳なので41歳で
ある。エルディスは元々ルクトリア人だが、旅行の途中、船が難破して行方不明に
なっていた。奇跡的に一命を取り留めたものの、その難破した先はガリウロルであ
った。しかしガリウロルの名門の榊家に拾われ、そこで刀術と忍術をたっぷり仕込
まれたのである。そして榊家の頭目の娘である「榊 繊香」と恋仲となり、現在は
ガリウロルに在住している。ちなみに繊香は40歳である。
 戦乱時代のエルディスは、ルクトリアになど興味はなかった。難破したのは幼い
頃の事であったし、何よりも自分は、ガリウロル人だと思っていたからである。し
かし、エルディスはライルの名前を聞いた時に幼い頃の記憶が蘇った。ライルとエ
ルディスは、幼馴染だったのである。そして、そのライルがプサグルを攻めるため
に挙兵していると聞いたので、プサグルから使者が来た。それにエルディスが応え
たのである。しかし、ライルと闘う内に、それが誤解だと解けて、ガリウロルの天
皇もルクトリアに味方するように指示した。それにより、グラウドやルース達と知
り合い、エルディスも戦乱時代に名を連ねるようになったのである。
 問題の榊家は、頭目の嫡子である「榊 繊一郎」がいる。エルディスは、この繊
一郎のことを尊敬しているので、自分が榊家を継ぐなどとは思ってもいないようで、
榊家の問題は解消したかに見えた。しかし、この繊一郎には息子がいない。不器用
な男で、恋人の一つも作らない性格だったので、お見合いさせようと考えたのだが、
それを修行のためと、悉く拒否し、現在にまで至っている。それが原因で、エルデ
ィスの息子であるレイリー=ローンが、お家騒動の中心となってきたのである。だ
が、エルディスは継がせないと主張し、繊一郎は能力ある者を探してくると言って、
家を出てしまったので、この問題は、うやむやになっている。繊一郎は今年で、も
う49歳になる。いい加減に連れてこないと家のほうも安泰とは行かないのだろう。
 そのエルディスと、その家族が、ライルの家に行くために途中にあるパーズのグ
ラウドの家にお邪魔しているのであった。エルディスも良い息抜きになっているよ
うで、繊香も安心している。
 エルディスの家族は、あと1人いる。レイリーの姉である麗香=ローンである。
歳は19歳。麗香は、ガリウロル舞踊や茶道などを完璧にこなすガリウロルの尊敬
の的であった。ちょっとおっとりしすぎているのと、天然ボケが入る口調が特徴だ
が、母に似て綺麗な黒髪で、ガリウロル美人の典型的な人として称されている。
 一方のレイリーは、エルディスに似て豪気な性格で少し自信家の所があるが、や
る時はやる男というところで、結構しっかりしている。意外と性格は、しっかり者
の繊香に似ているのかもしれない。父譲りの栗色の髪をしているがその毛たるや、
物凄い剛毛で立ってるくらいだ。まるでレイリーの性格を表してるかのようだった。
今年で17歳だが、その性格は直っていない。
「エルディス。そろそろ出るか。」
 グラウドが、馬車の手配をして置いたので、そろそろ来る手筈になっていた。
「そうだな。おーい。お前達。用意できてるかー?」
 エルディスは家族の事を見る。
「私は大丈夫よ。あなたこそ大丈夫ですか?」
 繊香はエルディスのほうを見る。エルディスは、忍び装束の上に普通の服をカモ
フラージュしているので、何かと用意が掛かるのだ。
「わたくしは、だいじょーぶですわー。」
 麗香は、相変わらずおっとりとした口調だ。少し気が抜けるが雰囲気が和むよう
な感じはした。
「親父!俺の用意は完璧だぜ!」
 レイリーは、無意味に強気だ。別に強がるところでもないのだが・・・。エルデ
ィスは、少しため息をついた。
(この性格だ。榊家なんか継がせられるわけないな。)
 レイリーは息子を縛りたくないと言うこともあるが、息子が榊家を継いだら、ど
う言うことになるか想像もつかないので、反対しているのだった。
「うちは、何とか大丈夫だ。お前の所は大丈夫か?」
 エルディスは、グラウドの方を見る。
「俺の所か?俺は大丈夫なのだがなぁ・・・。」
 そう言って、グラウドは頭を抱える。見ると、サイジンの姿が無い。
「あいつは、何をやっているんだ・・・。」
 グラウドは呆れる。が、言葉とは裏腹に何をやっているかは分かっていた。ライ
ルの家に行くと言うことはレルファがいる。おめかしと、レルファのプレゼントも
用意しているのだろう。マメな男である。
「チッ。おせーやつは置いていこうぜ。」
 レイリーは、舌打ちする。どうにも女の子の気を引こうって言うサイジンとは、
あまりウマが合わないのだろう。
「そう言うな。お前もその内分かるさ。」
 エルディスは、優しく言ってやる。
「わかりたかーねぇなぁ。俺は、ジークのように精進する方が性に合ってるんでね。」
 レイリーは、バツが悪そうに言う。自信家のレイリーだが、強い者に対しての尊
敬の念は、かなり強い。同世代の中では、ジークが飛びぬけて剣術の腕前が良いの
で、ジークに対しては敬語を使う事すら厭わない。
「待たせたね!諸君!」
 サイジンが2階から堂々と降りてきた。なかなか良い度胸である。
「何が諸君だ。支度は終わったのか?」
 グラウドが呆れながら尋ねる。
「ハッハッハ。父上。その質問は愚問ですぞ。このサイジン。レルファのためなら
どんな時間を掛け様が構わないのです。しかし待たせた事は詫びましょう。」
 サイジンは、この口調とは裏腹に結構図太い性格をしていた。いや、むしろ図太
いからこそ、この口調になるのかもしれない。
「お前と居ると飽きないよ・・・。まったく。」
 グラウドは、いつもの事なので特に気にしていなかった。
「てめぇ!何だ!その態度は!俺らも待っていたんだぞ!」
 レイリーは、ふてぶてしいサイジンに対して、腹が立っていた。
「ウーム。待たせてしまったか。そいつは失礼。おお。お美しい麗香さんに繊香さ
んまで、これはお気にかけずにしてしまった事を深く詫びましょう。」
 サイジンは、レイリーの事などクソほども話題に上げない。図太い男である。
「わたくしは、気にしてませんわ。」
 麗香は、にっこり微笑む。ゆったりとした口調がノンビリさ加減を示している。
「おお。なんと言う優しいお言葉。このサイジン。レルファのためなら命を捨てら
れましょう。」
 サイジンは、いきなり麗香の事をレルファと呼び違えている。
「わたくしは、麗香ですよ?フフ。」
 麗香は全く気にも留めてない。おっとりしている。
「ああ!私とした事が、名前をまた間違えてしまうなんて・・・これもレルファを
思うが故の事であろうか。罪なお人よ。レルファ。」
 サイジンは手で顔を抑えながら、すでにレルファの事しか考えていなかった。相
変わらず強烈なキャラクターである。すでに、このやり取りを見ていたグラウドは
呆れ果て、エルディスと繊香は笑いをこらえていた。しかし、無視されてると感じ
たレイリーは違った。
「良い度胸だなぁ。サイジンよぉ。」
 レイリーは、今にも背中に掛けている刀を抜きそうになる。
「何をそんなに怒っているのかね?笑顔で居ないとレルファが悲しむぞ。」
 サイジンは、余計に怒らすような事を言う。
「うるせぇ。俺はレルファの事なんか、どうでも良いんだよ。」
 レイリーも挑発する。と言うより本心だった。
「どうでも良い?それは聞き捨てなら無い言葉だね。良いかい?彼女は女神のよう
なお方だぞ。君は、女神に逆らう気かね?」
 サイジンは、惜しげもなく、こんなことを言う。レルファが聞いたら赤面するよ
うな事でも平気で言ってしまう辺り、やはり図太いのだろう。
「お前のめでたい頭は壊さなきゃ治らないらしいなぁ。」
 レイリーは、刀を抜こうとする。
「レイリー。その辺にしておけ。と言うより、馬車が来るまで時間がある。これで
勝負をつけろ。」
 エルディスは、頭を抱えながら、レイリーに向かって練習用の木刀を投げ渡す。
「サイジン。お前も挑発しすぎだ。1試合して来い。」
 グラウドも、ため息をつきながら、木刀を手渡す。
「フン。むしゃくしゃしてた所だ。手加減しねーぞ。」
「君は女神を侮辱した罪がある。僕が制裁をしなくてはな。」
 二人は偉そうな事を言いつつも、木刀をもって道場に向かった。こうなったら後
は、激しい打ち合いの音が聞こえてくるだけであった。
「ウマが合わない奴らって居るもん何だねぇ。」
 エルディスは、グラウドに語りかける。
「うちのとお前の所のは特に・・・だな。」
 グラウドも笑いながら道場の方を見ていた。
「二人とも、まだ子供ねぇ。」
 繊香は一言つぶやいた。
「馬車に乗るのが楽しみですわー。」
 麗香は関係ない事を言っていた。
 平和な物である。グラウドもエルディスも戦乱の事を忘れるかのように穏やかで
あった。



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