4、旅立ち  遥かなる歴史を持つ法治国家ストリウス。ここには、数多くの遺跡がある。かの 黒竜王が刺激した事によって、ストリウスは今、多くの魔族や龍など異世界の者達 が溢れ返っていた。と言っても表面に出ているのは、ほんの僅かで、多くは奥の奥 の方で力を蓄えている者が多かった。  しかし、その中でもワイス遺跡は別格で、かの神の戦争にも大きく関わった事の ある「神魔」ワイスが眠っている土地であった。ワイスは、当時の5大神と呼ばれ る神の中でもトップクラスのエリート達によって魔界へと封印されてしまったので ある。呼び出すためには、それ相応の『闇の骨』と封印が解ける400年間の時を 必要としたのだ。  魔界剣士であり、ワイスの忠実なる配下であった砕魔 健蔵は、奇跡的にも封印 から逃れる事が出来たので、じっと地下で待っていたのである。『闇の骨』を胸に 抱いて・・・。しかし、それは人間の凄腕の盗賊によって邪魔されてしまった。そ の盗賊の特殊技能である「隠れ」の能力に、してやられたのだ。健蔵はワイスが封 印されてから、ずっと張り詰めた状態で居た。精神的に疲れた所を、その盗賊にや られたのだった。  それから健蔵は、すぐ様、その盗賊を見つけて打ち殺したのだが、盗賊の手にす でに『闇の骨』は無かった。ワイス遺跡のどこかに落ちてしまったのだ。逃げてい る最中に盗賊が落としたらしい。探そうにもワイスの封印を見張る義務を怠っては いけないので、何も出来ずにいる状態が続いた。  しかし、愚かな人間の手によって、ワイスは復活と相成ったのだ。  ワイスは、若干の遅れを感じたが、問題は無かった。地上では神に匹敵するほど の人間の気配はしない。神も、どうやら他に問題が起きたようで、魔界からのワイ スの復活を感じ取る様子も無かった。  そしてついに、ワイスは、同胞の復活を試みる事になる。 「健蔵。まだ我の力は、復活には程遠い。復活の手伝いをせよ。」  ワイスは、一際大きい『闇の骨』を取り出す。 「あのー・・・。私は・・・。」  一人残されたルドラーが、暇そうにしていた。 「お前は扉を見張っていろ。その扉を開けると、我が瘴気が、抜け出す畏れがある。 神共に気づかれるのは、まずいからな。」  ワイスは的確に指示を出す。ワイスとて馬鹿ではない。まだ戦力も揃ってないの に神と闘うほど愚かではなかった。ルドラーは、どうせ断れもしないので、見張っ てる事にした。確かに外に瘴気が流れ出さないようになっている。 「ワイス様。その『闇の骨』は、クラーデスのですか?」  健蔵は、『闇の骨』の形を見て気がつく。 「察しが良いな。我の片腕には、ちょうど良かろう。」  ワイスは、ニヤリと笑う。 「はい。しかし、お言葉ながら、あのクラーデスが、ワイス様の命に素直に従うと は思えませぬ。」  健蔵は、クラーデスの事を知っていた。  クラーデス。魔界では「魔王」の地位である。しかし、同じ魔王にもランクと言 う物があって、クラーデスは、その中でもピカイチの実力を持つ魔王だった。性格 は、豪快にして自信家。真っ直ぐ伸びた自分の角が誇りの証。プライドは、極めて 高く、そう易々と従うような魔族では無かった。魔界では「魔王の中の魔王」と言 われる程の実力の持ち主であった。  しかし、クラーデスは「神魔」の試練をしていない。故に、どうしても今わの際 でワイスには負けてしまう。しかし、ワイスとの実力差は大きくなく、そのうち取 って代わろうとしている事は、明白だった。 「分かっておらぬな。健蔵。我の言う事を従うのは、お前だけで充分なのだ。クラ ーデスには、別に泳がせておく。それが目的だ。」  つまり、同胞として呼ぶのではなく勢力として呼び出すのだ。神との闘いになれ ばクラーデスは、喜んで出陣するだろう。そうなればワイスは、この上なく有利な 状態で戦える。それに邪魔な人間を打ち倒す役目でも与えておけば、正確にこなす 程の実力も持ち合わせている。 「そこまで深くお考えであったとは!この健蔵、まだまだ精進が足りませんでした。」  健蔵は、ワイスにひれ伏す。 「分かればよい。それに、奴とは我が魔界に封印されていた350年の間に一度も 我に勝っていない。要は使いようだ。健蔵よ。」  ワイスとて、ただ封印されていた訳ではない。魔界では、それぞれ力を磨く事も する。そしてクラーデスとは、よく戦闘をした物だ。だがワイスは、一度たりとも 負けてないのだ。今わの際で「神魔」と「魔王」の差が出てしまう。  健蔵は、この350年間、一日たりとも修行を怠っていなかった。魔族は意外に 求道者が多い。神に負けまいと磨く精神が、そうさせているのだろう。 「分かりました。それで、いつ執り行いますか?」  健蔵は日時を聞く。 「そうだな。この『闇の骨』では少し足りぬ。少し時間を置いた方が良いな。」  ワイスは、気の長い話をする。基本的に魔族は寿命が長いので、細かい事で気に したりは、しないのだ。 「では、私も修行をしてまいります。ワイス様も、お力を蓄えて下さい。」  健蔵は、そう言うと自分専用の部屋に入る。恐らく、修行する場所に作り変えて あるのだろう。ワイスは、それを見ると再び眠りに入る。  ルドラーは、なんだか馬鹿らしくなったが逆らうわけにも行かず、そのまま見張 っている事にした。  ジークの誕生日も終わりが来ようとしていた。20人以上集まった、今回の誕生 日は、凄い騒ぎになった。ジュダの持ってきた酒が回ったのか、ジークが不動真剣 術を披露したり、それにつられて子供達も、大人達も入り混じってドンちゃん騒ぎ になった。  それにしても、ジークの酔いッぷりは凄かった。目が据わると、まるで目に焦点 が合ってないまま、踊りだす始末であった。不動真剣術を披露すると言っておいて、 かなり狙いがずれたりして、かなり危険だった。これからは、ジークに酒を飲ます のは控える事にしようと、全員が誓ったのだった。  ツィリルも面白がってお酒を飲んだ時も凄かった。才能があるのは、良い事なの だが、まるで制御が出来てなく、その辺の木に向かって「火炎」の魔法や「爆発」 の魔法を撃ちまくって、目の前が焼け野原になったりして、後始末が大変だった。 危うく山火事になる所だった。  そんなこんなで、楽しく過ごせたのだが、もう日も暮れて、酔いつぶれた者達は、 家の中でグースカ寝ていたし、酔いつぶれてない者は、後片付けをしてクタクタに 疲れていた。外ではキャンプテントを張って寝てる者が、かなり居た。ユード家は、 自然がいっぱいなので、ちょっとしたキャンプ気分だった。  そんな中、家の中でまだ酒を酌み交わしてる者達が居た。 「ライル。お疲れ様なことだ。」  ヒルトが酒を酌しながら話しかけてきた。ライル、ヒルト、ジュダの3人は特別 酒が強かったので、まだ飲み足りないのか、家の中で、まだ飲んでいた。 「疲れたよ。でも楽しかった。俺は満足だよ。」  ライルは、笑いながら酒を飲む。 「ジークとツィリルの乱れようは、凄かったな。面白かったぜ。」  ジュダは思い出して笑う。 「ジュダさん。もう勘弁してくださいよ。こんなの続けてたら、家まで壊されちゃ いますよ。」  ライルは困った顔をする。さすがに、ジークもツィリルも気にしてたのか、家に まで被害が出る事は無かった。しかし、あのまま放っておいたらまずかっただろう。 「久しぶりに楽しく過ごせた。礼を言うぜ。ライル。」  ジュダは、フッと笑う。それは寂しげな笑いにも見えた。 「大げさですよ。ジュダさん。」 「大げさじゃないさ。俺は、もうここを発たなきゃならんのでな。」  ジュダは、そう言うとコップに入っていた酒を全部飲み干す。 「そ、そうなんですか?それは残念だ。」  ライルは面食らった。さすがに2,3日は、ゆっくりしていくと思っていたのだ。 「次は、どこへ行くんだ?」  ヒルトが尋ねておく。そうでもしないと、また4,5年は会えないと思っていた のだ。ジュダは、風のようにやってきて風のように去る時が多い。所在も不明なの で、中々会えないのだ。 「そうだな。バルゼに少し用がある。とだけ言っておこう。」  ジュダは、相変わらずハッキリは言わない。 「おい。ジュダ。何をしている。そろそろ出るぞ。」  赤毘車が、いつの間にか支度を済ませて降りてきた。 「赤毘車は、せっかちだな。まぁ人の事は言えないか。」  ジュダは、掛けてあったマントを羽織る。いつものスタイルに戻っていた。もう 出るつもりなのだろう。 「他の奴は、皆寝てるみたいだな。別れづらくなるのも嫌だからな。そろそろ行く ぜ。楽しかったぜ?」  ジュダは、そう言うと玄関の扉を開ける。そして、ライルとヒルトに挨拶代わり に指でサヨナラの合図をする。 「また来てくださいよ。ジュダさん。」 「俺も待ってます。ジュダさん。」  ライルとヒルトは、それぞれ礼をする。それを見ると、ジュダは、次元の扉を作 って、赤毘車と共に行ってしまった。なんとも忙しい人達であった。 「2人抜けただけで寂しい物だな。」 「これから、そんな思いが多くなる。慣れておく事だ。ライル。」  ライルが、情緒に駆られていたので、ヒルトが慰める。 「そうですね。ところで話ってなんです?」  ライルは切り出す。元々、ヒルトがライルに話があるという事で、酒に託けて2 人で居たのだ。そこに、たまたまジュダが通りかかったのである。 「ああ。父上たちの事でな。」  ヒルトは、顔を曇らす。ライルも、あまり明るい顔ではなかった。ライルとヒル トの父、シーザーは、現在ルクトリアの王として君臨している。しかし、もう高齢 で、現在では側近のクライブ=スフリトの助け無しでは歩く事も自由では無かった らしい。しかし、クライブとて、あの戦乱を経験したほどなので、若くは無い。2 人の母であるカルリール=ユードは、比較的しっかりしているが、それでも高齢な のだ。2人にとっては心配ばかりである。 「ライル。お前に家庭が、あるのは分かっている。だが、2人が心配なんだ。」  ヒルトは、ライルに行って欲しかった。ライルが帰れば、あの2人も元気を取り 戻す事だろう。幸いライルは、ジークに継承者を譲ったので、立場的には一番行け る立場ではある。 「このまま、アルドとルースに任せるのは忍びないんだ。」  ヒルトは、アルドとルースには感謝している。同じルクトリアの街に住んでいる ため、アルドもルースも、ちょくちょく顔を出しているのだ。しかし、それにも限 度という物がある。いつまでも2人だけに負担を掛けるのは好ましい事ではない。 「俺は、プサグルの王と言う立場がある。それは非常に申し訳ないと思っている。」  ヒルトの負い目は、そこだった。ヒルトは一度国を捨てた人間なのだ。そう易々 とは帰れないのだ。それにプサグルを離れる訳にも行かないのだ。 「兄さん。負い目を感じる事は無い。兄さんは、間違った事はしていない。」  ライルは、フォローをする。 「済まない・・・。」  ヒルトは、ライルのフォローが嬉しかったが、納得している訳ではないのだ。 「ライル頼む。あと2年で良い。2年経ったら・・・俺は引退する。」  ヒルトは驚くべきことを言う。 「兄さん・・・。本気ですか?」 「本気だ。そして後をゼルバに継いでもらう。あいつには、資質がある。」  ヒルトは、ゼルバの王としての資質は、自分よりも高いと睨んでいた。 「分かりました。それまで尽力しますよ。」  ライルは、ヒルトの覚悟を受け取った。 「ただし、条件があります。この家の世話を頼みたい。」  ライルは、それだけが不安だった。この家には、まだジークとレルファが居る。 しかし、2人だけに任せるには、不安があるのだ。 「任せておけ。選りすぐりの執事と手伝いを送ろう。」  ヒルトは固い約束をする。ライルの気持ちを考えれば当然の事だ。  2人は互いに握手すると、同時に酒を飲み干す。互いに信頼しあった素晴らしい 兄弟であった。2人は、それぞれの寝室に入った。  ジークは、そんな中、目覚めた。そして偶然だが、2人の会話を聞いてしまった のである。 (そうか・・・。祖父ちゃんと祖母ちゃんも歳だもんな・・・。)  ジークは普段、何気なく過ごしている。だが、それは両親が居てこその物だと気 がつく。 (甘えてる場合じゃないよな。俺は、今日で20なんだ。)  ジークは、成人して2年を迎えていた。ソクトアの成人は18歳と言われている。 (父さんは、俺がしっかりしてないから、あんなに不安なんだ。)  ジークは、ふと考える。自分がしっかりしてれば、この家も任せられるはずであ る。しかし、ライルはジークに、そこまでやらせるつもりは無いのだ。 (決めた・・・。)  ジークは決意する。そう。ジークは、この家を出る事を決意した。前から何度か 出ようと思ったことがある。しかし、その度にライルに「まだ早い」と止められて いた。しかし、今日で20である。ここでやらなければ、いつやるのか? (みんな寝ている。今しかないんだ。)  ジークは、皆を起こさないように自分の部屋に向かう。前々から出る時のために 貯めた金貨が30枚程ある。普通の一日の平均が銅貨(金貨の100分の1の通貨) 30枚と言われている。30枚もあれば、3ヵ月半は、もつだろう。ジークは金貨 を握り締めると、しっかりと旅用の袋の中に入れる。そして皆のプレゼントを入れ ておく。魔法剣は、そのまま腰に差して行く事にした。 (皆の気持ちは無駄にはしない。だけど、グリードだけは心配だな。)  ジークは、そおっと玄関の方に向かうと、静かにドアを開ける。音は極力立てな いようにしていた。どうやら、ライルとヒルトも無事寝ているようである。  そして厩舎の方に向かう。そこには、既にグリード専用のスペースがあって、可 愛らしい寝息を立てて寝ていた。 「行ってくるよ。グリード。」  ジークは、暖かい目でグリードを見る。するとグリードは起きて、ジークの目を 見る。そして、優しい目をすると、まるで、いってらっしゃいとでも言わんばかり に羽根を振る。ジークは少し笑うと外に出た。そして、決意を新たに修道院の方へ と向かう。あと30分ほどで最終の馬車が停車場に来るのだ。向かう先はストリウ スだと知っていた。あそこは貿易が盛んになってきて、宿も遅くまでやっている。 ストリウスで冒険者が休むための馬車が、最終なのだ。この修道院とストリウスは、 かなり近いため、ストリウスには、3時間程で着くのだ。 「ふう・・・。俺が、居なくなってたら、みんなどう思うんだろうな。」  ライルとマレルの反応は、分かっていた。黙って安否を気遣ってくれるだろう。 他の人は、ジークと剣を合わせたがっていた人も居たので、残念がるだろう。そし て、レルファは・・・。 「怒るだろうな・・・。あいつは。」  ライルは、ふと、そんな事を考えていた。 「あったり前でしょ?勝手な事して。」  隣にレルファの声が聞こえるかのようだ。レルファだったら、こういう風に怒る だろう。・・・とジークは振り返った。 「レ、レ、レ、レルファーーー!?」  ジークは、ビックリした。確かに、ここに入るまでは1人だったはずである。し かし、いつの間にか、レルファが居たのだ。 「ちょっと、静かにしてよ。結構家と、ここ近いの分かってる?」  レルファは、焦ってライルの家の方を見た。しかしジークは、それどころではな かった。 「お前!なんで!いや、それより、どういうつもりだ?まさか・・・。」  ジークはレルファが、ここに来た意味を必死に考えていた。一つしかないだろう。 「兄さんねぇ。料理の一つも出来ない人が、1人で旅なんか出来ると思うの?それ に魔法使いが居た方が、後々便利だと思うけど?」  レルファは痛い所をついてくる。 「そりゃそうだけどな。遊びじゃ無いんだぞ?」 「だーれーが!遊びなんて言ったのよ。私だって・・・聞いたんだもん。」  レルファは、ライルとヒルトの会話を聞いてしまったのだろう。それでジークと 同じ答えに至ったのだろう。そう言う所は、さすが兄妹だ。 「そうか。まぁ俺たち2人居なくなれば、母さんも父さんに付いて行くもんな。」  ジークは、レルファが寂しい思いをするよりは、マシだと思ったのだろう。 「でも、あいつが悲しむぞ?」  ジークは、サイジンの事を言う。レルファは、少し俯いていた。 「ご心配無用!私は、もう旅支度が出来ていますからね!」  突然、後ろから声がした。いつもの大声では無いが、はっきりとした口調だった。 「げ・・・。サイジン・・・。」  レルファは、さっきの俯きが、嘘のようにジト目になっていた。 「おお。レルファ。私は、あなたの盾となりお守り致します!どうぞ、ご同行を!」  サイジンは浸りまくっていた。この男に駄目だと言っても聞く物じゃないだろう。 却って行き辛くなるだけだった。 「兄さん。しょうがないわよね・・・。」  レルファは、ジークの方を見る。ジークも同じ考えだったみたいで、頭を抱えて いた。しっかり旅支度している辺り、この男の器用さが出ている。 「ジーク義兄さん。感謝いたしますぞ!」  相変わらずのテンションであった。この先も、こうなるのかと思うと頭痛がした。 「ジーク兄さん。黙っていくなんてずるいよ?」  また声がした。しかも、この声は・・・。 「ゲラム!・・・おいおい。お前は王子なんだぞ?連れて行くわけには行かない!」  ジークは、さすがにゲラムは、まだ若すぎるので連れて行くわけには行かないと 思った。しかし失言だった。 「王子は関係ないよ。ジーク兄さんは、僕に覚悟を教えてくれたんでしょ?僕は、 もう覚悟してるよ。嫌とは言わせないからね。」  ゲラムは頑として聞かなかった。意外に芯が強いのかもしれない。いつもフラル にやられるイメージがあるが、いざとなった時の精神力は、目を見張る物がある。 「いつ馬車くるのー?」  横の方で声がした。いつの間にか、ツィリルが居た。 「ツ、ツィリル!おいおい。ルースさんが、心配するぞ?俺、責任持てないよ。」  ジークは参っていた。1人で行くはずが、いつの間にか5人である。情緒も何も あったもんじゃない。 「ゲラム君を連れてくのに、わたしは駄目なの?」  ツィリルは、どうしても付いて行くつもりだった。目を見れば分かる。いつもの 素直なツィリルが、懐かしいくらいである。 「ハハッ。兄さん。あきらめなよ。旅は道連れって言うしさ。皆、強いじゃない。」  レルファがフォローする。そう言う問題じゃないんだが、少しは気休めになった。 「おやおや、みなさん夜更けに騒いでは、いけませんよ?」  修道院の入り口付近に、もう1人居た。 「ト、トーリスさん・・・。」  ジークは、もう頭がこんがらがっていた。1人で出たはずなのに、こんなに付い て来るとは思わなかったのである。自分の忍び足の能力を疑ってしまう。 「皆で物見・・・って訳でも無さそうですね?」  トーリスは、わざと言う。分かっているのだ。トーリスは、家に連れ戻そうとし ているのだろうか? 「トーリスさん。見逃してください。俺は、決心したんです。」  ジークは、頭を下げる。 「フッ。ジーク。良く考えなさい。私が止めに来た格好に見えますか?」  トーリスは、しっかり旅支度に身を包んでいた。止める処か、これでは・・・。 「まさか、トーリスさんまで・・・。」  ジークは、頭を抱えた。 「だいたい、あなた達だけで、宿のチェックインとか出来ますか?」  トーリスは現実問題を突きつける。確かにトーリスの言うとおりだった。成人じ ゃないレルファ、ツィリル、ゲラムは論外として、サイジンが出来るとは思えない し、そう言うガラでも無い。ジークは、今回が初めての旅なので、やったことがな い。オロオロするのは目に見えていた。 「・・・こちらこそ頼みます。」  ジークは、観念してトーリスに頭を下げる。実際に、トーリスが居れば自分が一 番の年長じゃないのでジークとしては気が楽になる。それにトーリスは、魔術と体 術の天才だ。戦力にならないなんて事は絶対に無いだろう。 「よろしい。細かい事は、私がやります。ジークは、ストリウスで何をすべきか決 めて下さいね。それが大事なのですよ?」  トーリスは釘を刺す。そう。ただ旅をすれば良いのではなかった。ジークは生き 方その物を学ばなければ意味が無いのだ。ジークは考え込む。 「決まりだね!後は、馬車がくれば、しゅっぱつだねー♪」  ツィリルは、妙にはしゃいでいた。このテンションが、いつまで続くかが心配だ った。でもジークも気が紛れて来る。 (こういう旅も・・・悪くないか。)  ジークは、苦笑する。 「どうやら来たようですぞ!行きましょう!レルファと、その仲間達!」  サイジンが相変わらず失礼な事を言う。が、確かに馬車が来たようだ。他に人が 来る気配も無いので、ジーク達は、停車場の方に急ぐ。 「今日の最終馬車だ。乗ってくかい?」  馬車の引き手がジーク達を見て尋ねる。 「ええ。ストリウスまで6人。お願いします。」  ジークは、金貨を出そうとする。それをトーリスが止めて銅貨を6枚出す。そう。 ここで金貨を出したら、お釣りなんて返ってきやしないのだ。それが、ジークには 分かっていなかった。しかし、ジークも意味を知って、赤面する。どうやら常識か ら教わった方が良いようだ。 「確かに受け取ったよ。乗ってくだせーや。」  引き手が快く馬車の扉を開ける。どうやら、今日はジーク達しか居ないようだっ た。ちょうど良いのかも知れない。皆、乗り込む。 「じゃぁ頼みますよ!」  ジークが言う。すると馬車は走り出した。すると、皆、ユード家の方向を見る。 馬車に乗った事のあるツィリルでさえ見る。最も今回は、ただの旅じゃない。スト リウスで何をすべきか探す、いわば冒険なのだ。 「俺は、見つけるよ。父さん!」  ジークは、拳を握って決意を新たにした。  誕生日が区切れ目と言うのも珍しい事では無いのかも知れない。しかし、人生の 転機など、そんな物である。そしてジークは選んだのだ。自分の人生の始まりを。  英雄の息子ジークの新たなる第一歩の始まりであった。  法治国家ストリウスは厳かな国家で、天上神ゼーダを信仰する一派として考えら れてきた。実際に、この街は宗教的なあらゆる要素が集まっていて、寺院や遺跡、 はたまた、歴史的な建立物などを観光するための土地として考えられてきた。ソク トアの中でも1,2を争うほどの歴史を持つ国で、南の大国として知られていた。  だが、そんな国も、時代の流れには逆らえないのか、遺跡や寺院などに化け物の 類が出るようになってから、冒険者が続々と集まり、いつの間にか、冒険者の国と して有名になる事になる。しかもストリウス人も、逞しい物で、それを利用した商 品などの輸出を頻繁に繰り返すようになり、あっという間に冒険者の集う国として 機能してしまった。それは黒竜王の戦い以降の事なので、ここ最近になってからの 事ではあるが・・・。  ストリウスには、城が無い。王政ではない証拠だ。ストリウスには大きな教会が ある。そこにストリウスを治める法皇がいる。しかし基本的にお触れを出すという 感じではなく、あくまで外交の取引に参加する程度の権利しかなく、自由の多い国 柄ではあった。共和国と呼ばれるならデルルツィアよりも、むしろこちらの方が相 応しいと言えよう。デルルツィアは便宜上共和国と呼ばれているが、王と皇帝が治 めてるだけの王政や帝政と全く変わりは無かった。  そのストリウスの街にある多くの宿は、かなり遅くまでやっている。冒険者が、 いつやってきても良いように対応している証拠だろう。しかし、そのせいか治安は、 かなり悪く盗賊団なども数多く居るのも特徴だ。  ストリウスの街の出口の近くに「聖亭」という宿屋がある。ここは経営者が聖職 者をやっていて、熱心な天上神信教者なので「聖(ひじり)」の文字を付けたと言 われている。  聖亭の女将であるファン=レイホウは、女手一つで聖亭を守ってきた。経営者は、 既にレイホウに全ての宿の管理を任せている。それだけ絶対の信頼を置いている手 腕の持ち主だった。料理から後片付け、宿の中にある酒場の雰囲気まで細やかな配 慮が感じられる。その点は、さすがだった。  レイホウは、生粋のストリウス人で髪もガリウロル人と同じく黒髪で、後ろにお 団子を作って纏めていた。今年で、もう45歳になる。  そんなレイホウにも一人娘が居た。勝気な娘で、ストリウス拳法を、悉く身に付 けて、体術は、もちろんのこと棒術に特に優れた動きをしている。名前は、ファン =ミリィと言って、栗色の髪が多いパーズ国の父親との間に生まれたハーフであっ た。髪は栗色の長めで、頭の両脇にお団子を作っていると言うストリウス人特有の 髪型を好んで使っていた。今年で、もう19歳になった。 「母さん。コレ持っていくヨ。」  ミリィは、今日最後の客に食事を持っていく。 「気をつけるんだヨ?」  レイホウは、食事をミリィに渡すと、ミリィの背中を叩く。ミリィは、笑顔でそ れを返す。信頼しあっているのだろう。パーズ人の父親は、既に他界していて、娘 と従業員僅かで、切り盛りしている。だが、お客は結構繁盛している。料理が安い 割には美味いと言う事で有名になっていた。宿の方も、住みやすいと言う事で、常 連さんが利用する事も多かった。 「お客サーン。これ最後ネ。ゆっくり味わってヨ。」  ミリィは最後の客に食事を渡し終えた。お客は、ミリィに色目使っていたが、ミ リィは相手にしない。こんな事は日常茶飯事なので、無視しているのだ。お客様に 喜んでもらうのは、あくまで食事と宿であって、自分ではない。それを弁えている 証拠だった。 「さて、そろそろ店じまいにするかネ。」  ストリウスでも、最終の馬車が来てから1時間後には、皆、店仕舞いをする。あ んまり夜遅くまで開けてると、今度は盗賊などに狙われる事になるからだ。レイホ ウも、その例に漏れず、時間を見計らって、宿を閉める事にする。 「あれれ!?もう終わり!?」  外から素っ頓狂な声がする。レイホウは不思議に思って外に出る。すると、この 時間には似合わず、若い6人組が外で嘆いていた。 「この時間ですからねぇ。ストリウスは最終馬車が来て1時間で店も終わると聞き ます。そろそろ店仕舞いと言うのは当たり前の事ですよ。」  大きな三角帽子を被った冷静そうな青年がため息をつきながら説明する。 「まったく・・・。いくら初めてだからって、皆、土産物屋で長く居過ぎよ。」  修道院の出だろうか?どことなく清楚な雰囲気を持つ少女が、ジト目で、でっか い剣を背負ってる剣士に言う。 「ハッハッハ。手厳しい!これでは、野宿しかありませんな!ハッハッハ!」  無意味に大笑いしている青年も居た。どうにも軽そうな男であった。 「僕、野宿なんて初めてなんだけど・・・。」  どことなく気品がある少年が、困った顔をしていた。 「わたしもはじめてー♪楽しいのかな?」  物凄く明るい少女が無闇に、はしゃいでいた。 「とにかく、ここは誠意を持って頼むしかないだろ?」  剣士が、困った顔をしながらも、こちらに向かってくる。さすがのレイホウも唖 然としていた。中々濃い連中だった。ただ楽しそうな雰囲気はあった。 「すみません。宿に泊めてもらえませんか?」  剣士が深く頭を下げる。全部聞いていたレイホウは、つい笑ってしまう。 「入りなサイ。このストリウスで野宿は危険だからネ。」  レイホウは、この連中が、つい気に入ってしまったのだ。 「あ、ありがとうございます!」  剣士は、本当に嬉しそうだった。中々表裏の無い性格である。 「母さん?店は閉めタ?ってアレ?」  ミリィが、あんまり時間が掛かってるので、心配してこちらに来た。 「ミリィ。お客さん、6人追加だヨ。」  レイホウは、優しい目をしていた。 「母さん甘いネ。まぁ良いけどネ。」  ミリィは、そう言うと6人を見渡す。その6人とは、もちろん、ジーク達6人の 事であった。最終馬車でストリウスに来たのは良いが、ジークとサイジンとゲラム が、土産物屋で躓いてしまって、店仕舞いにするまで張り付いて見ていたのだ。 「一時は、どうなる事かと思ったよ。助かりました!」  ジークは、レイホウに向かって礼をする。それに倣って6人共、礼をした。 「こっちは、お客さんが取れて助かるヨ。気にしないデ。」  レイホウは、そんな事は、少ししか思っていないのだが謙遜した。その辺の心遣 いが、この宿の良い所だろう。 「早速、手続き済ませるネ。」  ミリィは、宿帳を持ってくる。ジークは、勧められてたじろいだ。生まれてこの 方、宿帳に何を書けば良いのか知らないのだ。トーリスは、クスリと笑うと、ジー クからペンを貸してもらう。ジークは申し訳無さそうにしていた。 「・・・こんな物ですかね。」  トーリスは、スラスラと書いていく。早い上に、とても字が綺麗だった。この男 は、何をやらせても、そつなくこなしてしまう。 「で、リーダーは誰ネ?」  聖亭では、パーティーを泊まらせる場合、何かと連絡を取るのに、リーダーを呼 ぶ事が多い。大概のパーティーは、リーダーを決めているので話は早いのだが。 「そういえば、決めてませんね。・・・と言っても1人しか居ませんね。」  トーリスは、皆を見渡す。皆は頷く。ジークだけ訳が分からない様子だった。ト ーリスはリーダーに丸印を付ける。 「リーダーのジーク=ユードさん誰ネ?」  ミリィは、リーダーの名前を告げる。 「え?ええ!?なんでぇ?」  ジークは、ビックリした。自分ではなくて、トーリスだと思ったからだ。トーリ スの方が、何でも知ってるし、頼りになる。歳だって自分より上だ。 「チョット。静かにしてヨ。寝てるお客さんも居るネ。」  ミリィは、ジークを睨む。ジークは素直に謝った。 「すみません・・・。」 「分かれば良いネ。で、ここにサインと、御代もらって終わりヨ。」  ミリィは、そう言うと宿帳を指差す。ジークは、手早くサインして、金貨を10 枚渡す。金貨10枚でも、この宿なら1ヶ月の泊まり代にはなる。 「1ヶ月、よろしくネ。」  ミリィは、とびっきりの笑顔を見せる。 「こちらこそ、よろしく。」  ジークは笑顔に笑顔で返す。中々感じの良い宿だった。 「それぞれの鍵ヨ。女の子2人と男4人で2部屋貸すヨ。」  レイホウは、鍵を渡す。203号と204号室だった。203の方が、少し部屋 が小さいので、203号室をレルファに渡す。 「ウム。女将さん。私は、レルファと同室でも構いませぬぞ。身も心も捧げてます のでね。」  サイジンは、浸りつつも説明する。 「何を言ってるの?入ってきたら、「熱」じゃ済まないと思ってね。」  レルファは、恥ずかしがりながらも怒った顔で「熱」の魔法をサイジンに見せる。 「不動真剣術で顔の形が変わっても良いのなら、レルファの部屋に入るんだな。」  ジークも腰の剣に手を当てて、かなり怖い顔で笑いながら脅す。 「お二人共、大人気無いですぞ。私は、皆さんの緊張を解すために、こうやって和 らげてるのではありませんか。いけませんぞー。」  サイジンは、半分本気だったくせに、よくもヌケヌケとこんな事を言う。レルフ ァもジークも分かっていたので、これ以上相手にしなかった。 「ま、私が見張ってます。安心してなさい。」  トーリスがレルファとツィリルに合図を送る。 「・・・しょうがないなぁ。」  ゲラムも呆れていた。この調子では、頭が痛くなる事も多くなるだろう。 「わたし、お腹すいたなー。」  ツィリルは、お腹を押さえる。確かに、昼から何も食べていない。寝てるのなら ともかく、馬車で3時間、乗っていたのだ。お腹も空く筈である。 「荷物置いてきたら、用意するヨ。」  レイホウは、優しい口調でいった。 「母さん。甘すぎるヨ。今日は、もう店仕舞いだったのヨ?」  ミリィは、宿の扉に鍵を掛けながら、母親の甘さに呆れた。 「ミリィ?覚えておきなサイ。お客の気持ちを察するのがプロなのヨ。」  レイホウは、6人の様子を見て、ただの疲れじゃ無い事も分かっていた。何か大 事な用事があって、慌てて出てきたのだろう。食事をする間も無かったのだ。 「ありがとー♪女将さん、だーい好き♪」  ツィリルが、本当に嬉しそうに笑う。それを見るとレイホウは、本当に満足そう にしていた。ミリィは、それを見て、呆れながらも納得した。  6人は、よほどお腹が空いていたのか、荷物を手早く置きに行くと、軽装に着替 えて、すぐに降りてきた。 「待っててネ。腕によりをかけるネ。」  レイホウは、食事の用意をしていた。ミリィは食器の用意をする。 「レディだけにやらせるのは、忍びない。私も手伝おう!」  サイジンが、余計な事を言って厨房の方へと向かう。 「お断りするネ。私達には私達の誇りがあるヨ。今日来たばかりのお客様に手伝わ せる訳にはいかないネ。」  ミリィが怖い目で睨んできた。サイジンは、すごすごと席に戻る。 「ミリィさんは、宿の仕事に誇りを掛けてる。・・・俺も誇りを掛けなきゃな。」  ジークは、そう言うと背中の剣を触る。いくら軽装でもこの剣は、ただの剣じゃ ない。奪われる訳にも行かないし、触らせる訳にも行かない。ジークは常に背負っ ていた。幸い怒りの剣は、重さをほとんど感じないので苦にはならなかった。 「お客さん、さっき不動真剣術言わなかったカ?」  ミリィは、さっきの会話を聞いていて、ふと気になっていた。 「ええ。不動真剣術は俺の使う剣術ですよ。」  ジークは、隠さず言った。トーリスから隠さないで言った方が修行になると、ア ドバイスを受けていたのだ。 「良く見ると筋肉も、良いつき方してるネ。理解ヨ。」  ミリィは観察するようにジークを見る。なんか、ジークは気恥ずかしくなった。 「6人前!できたヨ!」  レイホウは、大皿に食事を乗せる。ストリウス特有のエビを使った料理らしい。 エビを中心に豚肉を上手く使った料理が運ばれてきた。ミリィが、食器と一緒に料 理を目にも止まらぬ速さで並べていく。見事な物である。 「いっぱい食べてネ!」  レイホウがニッコリ笑う。 『いただきまーす!』  6人は、声を揃えて食べ始める。そのがっつく様を見て、本当にお腹が減ってい たのだと思い知らされる。 「そういえば、ジーク=ユード・・・ジーク君は、どこかで聞いた事あるネ。」  レイホウが、噂話を思い出す。 「・・・もしかして、お父さんの名前ライルじゃないカ?」  レイホウは、英雄ライルの事を思い出す。ルクトリアを救った英雄としてストリ ウスでも有名になっていた。何せ、ライルが有名になったきっかけである第17回 武術大会は、ストリウスで行った物だ。ライルは、それを鳴り物入りで参加して見 事に優勝を奪ったのである。レイホウも、その大会を見ていたのだ。 「父は有名ですからね。でも、俺はそんなの気にしませんよ。あくまで自分は自分 ですからね。」  ジークは、ライルの事で人から噂される事には慣れていた。あまり気持ちの良い 物では無いが、それに負けないと決めた限り、文句は言わないでいた。 「不動真剣術・・・。英雄の息子カ。ジークさん。明日私の稽古手伝ってヨ。」  ミリィは、口元で笑う。ジークは、食べていた豚肉を危うく落としそうになる。 「ミリィさん。俺は女性と手合わせした事無いんですよ。勘弁してください。」  さすがにジークも女性を本気で、手合わせするのは気が進まないのだろう。 「女だからって、馬鹿にしたら許さないヨ!私は、こう見えてもストリウス拳法の 免許皆伝ネ。」  ミリィは、目くじら立てて怒る。どうやら本当の事らしい。 「ミリィ。お客様を怒らせちゃ駄目ヨ。」  レイホウは頭を抱える。普段は、あまり迷惑を掛ける娘じゃないのだが、こと闘 いの事になると、女性で拳法家と言う事で、よく馬鹿にされてるので、ムキになり やすいのだ。こうなったらレイホウでも手がつけられない。  実際、ミリィは、こうやって挑んだ相手を全て打ちのめしている。 「さぁ、どうネ?」 「分かった。受けるよ。ミリィさん。」  ジークは、ミリィの事を思って受ける。このまま受けなければ、侮辱されたと思 うだろう。そう思わせる方が、ジークには辛い事あった。 「待ってるネ。約束忘れない事ネ。」  ミリィは、ニヤリと笑う。英雄の息子と手合わせ出来るなんて滅多に出来ない事 だ。自分の腕が、どこまで上がったのか分かるチャンスでもある。 (腕がなるヨ。私は誰にも負けないヨ。)  ミリィは、明日が待ち遠しくなった。拳法家としての血が騒ぐのだ。  他の5人は圧倒されながらも、黙々と食事を食べていた。レイホウは我が娘の事 ながら呆れていた。  翌日の朝、ユード家では、大騒ぎになっていた。無論6人の事である。突然あん な濃い連中が、6人も消えたのだ。騒ぎにならない訳が無い。  しかも消えた人物が、英雄の息子、その妹、魔術と体術の天才、プサグルの王子、 才能溢れる魔女っ子、愛を撒き散らす迷惑者と濃すぎるメンバーな上に、国の重要 人物まで揃って消えたのだ。その親達は、気が気でないようだった。さらには、謎 の多い2人まで消えたので、大パニックであった。  最も、ヒルトとライルは、何で居なくなったのか考えられる理由が思い当たる節 がある。なので少しは冷静だったが、やはり意外だとは思っていた。  しかし、もっと冷静だったのは、フジーヤだった。トーリスの書き手紙が置いて あったからである。トーリスは出発する前に、5人を見かけてメンバーの名前を全 て書いて、書置きとして残して置いたのだ。それにフジーヤはトーリスの事が心配 ではあったが、トーリスならば、メンバーの助けに大いに役立つだろうと踏んでい た。フジーヤは、既にトーリスの事を一人前だと認めていたからである。 「あの子が旅なんて・・・。変な虫が付かなければ良いのだが・・・。」  ルースは、かなり心配していた。案外、親馬鹿なのだろう。 「そうよねぇ。あの子は、小さい頃から面白い事に興味を持つと止まらない物ね。」  アルドも心配なようで、ツィリルが、どれだけ親に心配されてるか良く分かる。 アインは、こんなに困った顔をする両親を見るのは初めてだった。 (まぁ俺も、ツィリルが心配じゃないって言ったら嘘になるけどな。)  アインは、ふとそんな考えが頭をよぎった。それだけツィリルは大事にされてる。 「でも、トーリス君が、付いていったのは幸いだったなぁ。」  ルースは、その点では胸を撫で下ろしている。ジークだけなら心配だが、トーリ スも付いて行くとなれば、旅にもメリハリがついて、楽になる事だろう。 「心配しすぎだぞ?ルースに姉さん。うちなんか2人だぞ?」  ライルは、ジークだけならまだしも、レルファまで出て行った事には、少しショ ックを受けていた。マレルも同じ事で心配していた。 「あの子ったら勝手なんだから!帰ってきたら、ふんじばってやるわ!」  憤慨してるのはフラルだった。ゲラムの事でであろう。何せ、この姉弟は何だか んだ言って、ケンカ仲間に近い感覚だったので、寂しいのだろう。よくみると、少 し涙ぐんでいる。 「しっかりしてきたと言っても、まだ14だしなぁ・・・。」  ヒルトも頭を抱えていた。あのゲラムに限って、勝手な事は、あまりしないと思 っていた。甘かったのかもしれない。 「親に心配かけるのは、子供の特権とは言いますけどね、あの子が見れないのは、 残念としか言いようが無いわ。」  ディアンヌも、ため息をついていた。ゲラムの事は、かなり可愛がっていたので、 本当に心配だった。末っ子と言うのは、やはり愛される物なのだろう。 「私は信じてますよ。父上。母上。ゲラムなら一回り大きくなって帰って来ますよ。」  ゼルバは、そう言ってはいたが、心配じゃない訳が無い。しかし、だからこそ、 この機会に成長して帰って来て欲しいのだ。 「まぁ、ジークと上手くやるだろ。あいつならな。」  フジーヤは、何の心配もして無かった。むしろ、良い気晴らしになると思ってい た。トーリスは、昔からフジーヤの元で行動する事が多かった。しかし、これから は、自分で決めて、自分の考えで生きて欲しいのだ。そのためには、突き放すのも 必要だと思っていたのである。 「ただ、レイアちゃんが、少し可哀想ねぇ。」  ルイシーは、そっちの方が心配だった。フジーヤの家の近くに幼馴染のレイアと 言う女の子が居る。彼女とは、付き合いも長いし、トーリスを実の兄のように慕っ ていた。今年で18歳になる。トーリスが、旅に出たと聞けば、悲しむだろう。ト ーリスも、それを承知で付いて行ったのだろうが、少し可哀想な気がしたのだ。レ イアの家は、宿屋を経営していて、中央大陸の中でも有名な所であった。 「俺っちが、ちゃんと伝えますよ。」  スラートが、珍しくまともな事を言う。猿の癖に、よくもまぁ気がつく事だ。そ の配慮が、フジーヤは、たまらなく嬉しかった。 「しかし、グリードを置いていったのは、どうかと思うぞ。」  フジーヤは、その点が気に入らなかった。グリードは、ジークにも懐いていた。 どうせなら連れて行って欲しかったのだが、フジーヤは冷静になって、それは無理 だと言う事にも気づいた。 「まぁ、グリードの顔を見たら妙にスッキリしていたからな。挨拶はしたんだろう けどな。」  フジーヤは動物の心を理解する事ができた。しゃべれる域にまでは達していない が、表情や仕草から何を考えているかくらいは、分かるつもりだ。 「ったく。あの野郎、ジークさんに付いて行くなんてよ!うらやましいぜ!」  レイリーは憤慨していた。憧れのジークが、出て行ったと言うのは、凄く悔しい 事だったからだ。これから稽古を付けてもらおうと思った。そして、強くなりたか った。だが、ジークの旅立ちに気が付かなかった。それが悔しくてたまらないのだ。 さらに、サイジンが、それに付いていったという事で、追い越されたような気分に なったのだろう。 「少し寂しくなりますわー。」  おっとりしては居たが、麗香も少し寂しそうだった。 「そうねぇ。彼、面白かったですものねぇ。」  繊香も何だかんだ言って、サイジンの雰囲気は嫌いではなかった。彼は、場を和 ませるような雰囲気がある。多少、やりすぎな所があるが、面白い事に変わりは無 かった。 「ま、旅をして成長すれば万々歳って所か?」  エルディスは、グラウドに向かって、肩を叩く。しかしグラウドの耳には届いて いない。この冷静な男も養子とは言え、息子が居ない事で心配してるのだろうか? 「おいおい。どうしたよ?心配するって柄でも無いだろ?」  エルディスはグラウドが、ブツブツ何か言ってるので元気付けてやろうとした。 珍しく心配しているのだと踏んでいたからだ。 「・・・あいつは、迷惑掛けてないだろうか?・・・。」  グラウドは、そんな事をブツブツ言っていた。どうやら息子の安否が心配なので は無くて、息子の行動が心配だったのだ。あの性格では、それも納得できる話だ。 「あーー・・・。なるほどな・・・。」  エルディスは、グラウドが何に心配していたのか理解する。サイジンは、既に成 人だし、旅をするのも大いに結構だとは思っているのだろう。ただ、レルファと共 に付いていったと言うのが、非常に心配なのであった。あの馬鹿笑い声で他国でも 恥も外聞も無く、愛を語り始めるのは目に見えていた。サイジン自身は、それでよ くても、レルファに多大な迷惑が掛かるに違いないと見ていた。 「レルファに何かあったら、俺の責任だ・・・。」  グラウドは、はっきり言って他の人達とは、別の意味で心配していた。 「お前らしいよ。まぁトーリスにジークが、付いていったんだ。少しは安心しとけ。」  エルディスは、グラウドの肩を叩いてやる。 「そうだな。しっかし、あの馬鹿息子は、いつも心配を掛ける。しょうがない奴だ。」  グラウドは、そう口で言っていたが、苦になんて思っても居なかった。例え、血 が繋がって無いと言っても、サイジンの事は、本当の息子だと思っている。それだ けに心配なのだろう。 「それにしても、ジュダさんと赤毘車さんは早かったな。よほど忙しいんだろうな。」  フジーヤは、それが残念だった。ジュダと赤毘車とは、まだ話したい事は、いっ ぱいあった。フジーヤにとって見ればジュダは師匠同然だし、赤毘車は最高の剣技 を持つ女性だ。その技の見学をしたかったのである。 「ライル。これからどうする?」  ヒルトは、昨日話していたシーザー達の事を尋ねる。状況が変わったので、頼み 易いのだろう。 「マレルにも、話してみるよ。」  ライルは、マレルの所に行くと、昨日ヒルトから言われた両親の事について、話 した。すると、マレルは少し考えていた。 「義兄さん?この家を頼めるかしら?」  マレルは、それが一番の悩み所だった。 「マレル。頼む時点で、それは保障していると考えてくれ。」  ヒルトは力強く答える。そのつもりで無ければ、この話自体、ヒルトは、するつ もりなど無い。 「・・・分かったわ。行きましょう?あなた。」  マレルは、子供2人が居なくなった事は、その両親の事だと知ると、感心すると 共に踏ん切りがついたのだろう。 「済まない。頼む。マレル。ライル。」  ヒルトは、深く頭を下げる。 「ただし、あの子達が帰ってきたら、連絡下さい。それが条件です。」  マレルは釘を刺しておく。いつでも、この家に帰れるようにしたいと言う事だろ う。ジーク達が帰って来た時に悲しませてはいけないと、思っているのだ。 「執事達には、重々伝えておこう。安心しろ。国一番の奴を寄越す。」  ヒルトは心当たりがあった。彼に頼めば安心と評判の、しっかりした者だった。 「それじゃぁ、姉さん達にも伝えておくか。」  ライルは早速、皆が、集まってる所に行って、その話を始める。最初は原因がラ イルとヒルトだという事で、脱力してた皆だが、最後は納得してくれた。 「なるほどねぇ。別に兄さん達が、心配しなくても良いのに。」  アルドは恥ずかしそうだった。自分が、親の世話をするのは当然だと思っていた からだ。何よりシーザーと、いつも会えて気晴らしになってるのは、自分の方だ。 「俺だって苦に思った事は、一度もないぞ?」  ルースも同意だった。何しろ、大恩あるルクトリア王シーザーである。自分が裏 切ってしまってから、戻る時に一番尽力してくれたのは、シーザーであった。その シーザーの支えになって嬉しいと思う事はあっても、苦だと思った事は無かった。 「そう言うな。俺も父さんの役に立ちたいんだよ。」  ライルは、ニッコリ笑った。 「私も義母さんに恩を返したいのです。」  マレルは修道女らしい事を言う。どちらにせよ、嫌々やるのではなくて、自分か らやりたいと思って言ってるのだろう。 「ただ・・・申し訳無いんだが、ルクトリアに居る間は姉さんの所を、使わせてく れないか?」  ライルは言い出し難いようで、少し小声になっていた。 「なーに気にしてるのよ。うちは道場に離れがあるのよ?遠慮なんか、しなくて良 いのよ。住みたいのなら、いつでも言ってよね。」  アルドは、そんな事かと言わんばかりに快諾する。 「お世話になります。義姉さんに義兄さん。」  マレルが深く頭を下げる。 「うちだと思って、存分に使ってくれよ。遠慮しないでくれ。」  ルースも、かなり歓迎だった。道場にライルが居ると言うだけで、かなりの刺激 になるだろう。道場生はもちろん、アインの実力アップにも繋がる。 「ライルさんが、うちに。何かワクワクしてきたな。」  アインも包み隠さず言った。何せ、英雄と稽古出来るチャンスである。ここは、 このチャンスを生かしてジークに負けないように強くなりたいと思っていた。 「ルースさん!アルドさん!」  突然レイリーが叫びだした。 「どうした?レイリー。」  ルースは、少しビックリする。 「俺も、お世話になりてぇんですが!」  レイリーは、真剣だった。ジークとの手合わせは残念だったが、ライルとの手合 わせは、逃したく無かったのだ。 「レイリー!お前、勝手な事を言うんじゃない!」  エルディスは、さすがに注意する。あんまり我がままを許す訳にも行かないのだ。 レイリーの性格を考えて、人の家に預けるのは少し憚られたのである。 「親父!おふくろ!頼む!俺、ジークさんに少しでも近づきたいんだ!」  レイリーは、土下座までする。 (あのプライドの高い子が・・・。なんて事だ・・・。)  エルディスは、意外と言うより呆気に取られていた。 「お前、本気か?」  エルディスは、真っ直ぐレイリーの方を見る。レイリーは少し怯んだが、決意が 揺らぐ事は無かった。 「これだけは。譲れねぇ。」  レイリーは、歯を食いしばって、こちらを見返していた。 「・・・ふう。まったく・・・。すまん。ルース。俺からも頼む。」  エルディスは、ルースに頭を下げる。 「あなた!・・・。もう甘いんだから。分かったわよ。私からも頼みます。」  繊香は、エルディスの気持ちも、レイリーの気持ちも分かっていたので、どうし ても反対出来なかった。 「親父・・・おふくろ・・・。」  レイリーは、父と母に感謝した。普段怒られてばかりなのに、いざという時に味 方してくれる。そんな親子愛を、つい感じてしまった。 「俺が反対すると思うか?幸い、うちには、道場生用の休憩所がある。そこを使っ てもらうさ。」  ルースは、息をつく。こんなやり取りを見せられて、反対するほどルースは野暮 な人間では無かった。 「レイリーも行ってしまうの?寂しくなるですのー・・・。」  麗香はノンビリしていたが、ちょっと納得行かない様子だった。 「フッ。ならば、お前達は俺の家に来い。パーズとルクトリアなら近い。」  グラウドは自分の家にエルディス一家を招待しようと思った。グラウドの言う通 り、グラウドの住んでいるパーズと、ルクトリアは、同じ東の国で首都同士は結構 近めにあったので、パーズとルクトリアなら、すぐに連絡が取れるだろう。 「済まない。お願いする。」  エルディスが深く頭を下げる。 「でも、そうだと、家が心配ですわ。私・・・。」  繊香は、ガリウロルの家が心配だった。榊家から何を言われるか分からない。元 々榊家に居候のような形で住まわせてもらっていたので、少し後ろめたかったのだ。 「ならば、俺が親書を送ってやろう。」  ヒルトは手を打つ。プサグル王の親書ならば、かなりの期待が出来よう。 「父上。個人的な事に、親書を使うのは賛成出来ませんよ?」  ゼルバは、さすがに反対だった。政治の頂点に立つ者として、あまり軽率な事を 控えるのは当然の事だ。 「兄様は頭がお堅いのね。」 「フラル。国政には、して良い事と悪い事があるのですよ。」  いつもは、甘いゼルバだったが、こう言う時は、退かなかった。帝王学を受けて いるだけに、その辺は、拘りを持っているのだろう。 「その通りだ。ゼルバ。お前は間違っちゃいない。」  ヒルトは思い直した。つい、この場だと王と言う立場を忘れてしまう。しかし、 ゼルバは、忘れていなかった。 (こいつを継承者にするのは、間違いでは無かったな。)  この毅然とした態度が未来の王を生むのだ。 「そうだな。ゼルバの言う通りだしな。俺が手紙を送ろう。」  ライルが言った。なるほど、英雄ライルの手紙ならば、向こうの家も、ただの事 情では無いと思ってくれるだろう。こういう時に、英雄と言う立場を利用しなくて 何なのか?とライルは思っていた。 「決まりだな。明日にも用意をして、それぞれ向かう事にしよう。」  ヒルトは、ある程度決まって来たので、皆に確認する。みんな決意の目で、それ を返す。  どうやら6人が出た影響は、本人達だけではなく、皆にも影響が出たのであった。  「聖亭」の朝は、とても早い。それこそ日が昇る前に訪れてしまう。夜遅くまで 開いているのに勤勉な事である。材料の仕入れをいち早く済ませて、仕込みに入る。 仕込んだら宿の掃除をして、後は、お客様次第で忙しさが決まる。その内、仕入れ と仕込みは、レイホウ女将がやる。そして掃除などは他の従業員やミリィがやると 言った感じである。  他の従業員と言っても、今は他に女性の従業員が2人しか居ないので、もう1人 は募集している所だった。  お客の朝ご飯を用意すると共に客に頼まれている時間に起こしに行く。そして、 レイホウが朝ご飯を作ってミリィが運ぶ。他の従業員2人も、てんてこ舞いになっ ていた。 「さぁ、今日も頑張るネ!」  レイホウの掛け声と共に朝が始まる。とんでもない忙しさだ。しかし、それが仕 事なのでレイホウは、努力を怠らない。それが「聖亭」の人気の秘密でもあった。 しかし、人気があるだけに、ここの仕事は辛いので、なかなか従業員になろうと思 う人は来ないのであった。それがレイホウの悩みでもあった。 「ふぁー。おはよー。ミリィさんにレイホウさーん。」  上からツィリルが欠伸をしながら降りてきた。さっき間違えてパジャマ姿で居た ので、レルファに止められながら、着替えた所であった。 「おはようございます。レイホウさん!ミリィさん!」  レルファも降りてきた。おそらく扉の鍵を閉めたのだろう。 「おやおや、早いですね。レルファにツィリル。」  トーリスがいち早く席に着いていた。相変わらず隙が無い。 「後の3人は?」  レルファは、2階を見る。まぁ言わなくても分かるのだが・・・。 「夢の中に居るんじゃないですか?」  トーリスは、クスクス笑う。ジークもサイジンも、あれだけ意気込んでた割には、 布団に入ると、すぐに眠ってしまった。疲れていたのであろう。 「おはよーございまーす。あれ?3人共、早いなぁ。」  ゲラムが、降りてきた。まだ寝ぼけ調子だが、足取りは、しっかりしていた。 「ふう。兄さんは、ここでも朝は弱いのか・・・。」  レルファは、頭を抱えていた。これでは家と変わらない。 「英雄の息子と言っても、人間ネ。少し安心したヨ。」  ミリィは、つい笑ってしまった。 「おはよう!諸君!はっはっは。清々しい朝ですなぁ。」  サイジンが降りてきた。相変わらず無意味の大声をあげる。 「サイジンさん。鼾(いびき)凄かったよ。」  ゲラムが、ジト目で見る。サイジンの鼾のおかげで、ゲラムは、中々寝られなか った。と言っても、疲れてたので、その後すぐに寝たのだが・・・。 「むぅ・・・失礼だな。ゲラム君。これから同室なのだ。慣れたまえ。」  サイジンは気にする様子は全く無かった。ゲラムが嫌ーな顔をする。 「それにしても、サイジンより遅いなんて・・・。」  レルファが、ため息をつく。もちろんジークの事だ。 「ジークは寝られなかったのでしょう。昨日は遅くまで私と話してましたからね。」  トーリスが、レルファに言う。ジークは、決意を新たにと言う事と自分がリーダ ーだと言う事について、トーリスと相談していた。トーリスは、ジークにリーダー は何が必要なのか教えて、今日やるべき事を話しておいた。リーダーには皆を引っ 張る役目がある。トーリスは雑務はこなすが、引っ張るのは、あくまでジークであ って欲しいという事を伝えたのだ。ジークは理解したようだった。 「ふぁあああ。ねむー。って皆、居るし・・・おはよう。」  ジークが、寝ぼけながら降りてきた。めちゃくちゃに眠そうだった。 「兄さんねぇ。ここでも一番最後で、どうするのよ。」  レルファは、注意する。 「そう言うなって。これから気をつけるさ。」  ジークは、冷や汗を掻きながら誤魔化していた。 「ジークさん。私との約束忘れてないネ?」  ミリィは、開口一番に、その事を言う。無論、手合わせの話だろう。 「忘れてないよ。いつやるか教えてよ。」  ジークは、ニコリと笑う。どうやら寝ぼけも取れたみたいだ。 「朝ご飯の片付けの時間に、いつも訓練するネ。その時に付き合ってもらうヨ。」  ミリィは、毎日訓練を欠かさない。それは、ジークも良い事だと思った。ジーク も不動真剣術を守るために訓練は欠かさないと誓っていた。  朝ご飯は手早く終わらせて、ジークは、ミリィに言われた訓練している裏の空き 地に向かった。確かに良いスペースがあった。良く見るとミリィは、この辺では有 名なのか、ギャラリーが集まってきた。そしてジークが来ると皆、哀れんだ目を向 けていた。 「ミリィちゃんの今日の犠牲者は、あいつカ・・・。」 「かわいそうになぁ。下手すると痣だらけになるナ。」  ギャラリーは、口々に無責任な事を言っていた。するとミリィは、訓練用の木の 棒を用意していた。軽快にブンブン振っていた。 「ジークさんは何を使うネ。」  ミリィは、訓練用の刃止めの剣を見せる。いろんな形があった。 「俺は、これで良いよ。」  ジークは、木刀を選んだ。なんとなく慣れているのである。 「私を侮辱する気なのカ?」  ミリィは、目に怒りをともす。 「そうじゃない。俺は、いつもこれで訓練してきたから慣れてるだけさ。」  ジークは、本当の事を言ったが、ミリィは納得してなかった。ジーク以外の5人 は、ギャラリーよりは内側に、その様子を見ていた。 「フム。ミリィさんは、本当にお強いな。」  サイジンは、雰囲気で、それを感じ取っていた。サイジンは、普段お調子者だが、 これでも「死角剣」の師範である。並みの強さの男じゃなかった。 「あの体つきは、一朝一夕で出来る物じゃぁありませんね。」  トーリスも認めていた。ミリィは、鍛錬を怠った事は無い。 「でも兄さんも、ただの剣士じゃぁ無いからねぇ。」  レルファは、ちゃんと手加減するかどうかが心配だった。いくら、ミリィが強い と言っても、それは並みの剣士と比べればの話である。ジークは、あのライルに手 合わせで勝った事があるくらい強いのだ。 「ジークお兄ちゃんも、ミリィさんも頑張るのだー♪」  ツィリルが無邪気に応援していた。それに合わせてギャラリーも沸いてきた。 「ジーク兄さんは、負けないさ。それは身を持って知ってるからね。」  ゲラムは、ジークの強さにジークの「覚悟」を知っている。それと、ゲラムには 思う所があった。ジークに負けて以来、自分の中で何かを変えようと言う意思がだ。 「用意は良いカ?」  ミリィは、棒を斜めに構える。なるほど。どちら側の棒でも突けるような構えだ。 良い構えだとジークは思った。 「ああ。こっちはいいよ。」  ジークが、木刀を中段で構える。不動真剣術「守り」の型だ。様子見の意味合い も兼ねているのだろう。 「アイヤー!」  ミリィは、掛け声と共に棒を縦に横にと振る。ジークは、それを正確に木刀で受 ける。中々鋭い動きだ。 「棒にばっか気を取られてると怪我するヨ!」  ミリィは、蹴りを使ってきた。さすがのジークも、これには面食らった。しかし、 今わの際でちゃんと避ける。 「さすが!免許皆伝は伊達じゃないな!」  ジークは、その後の振りも受けてたが、ミリィの動きが、かなり素早いため受け てばっかになってしまう。横、縦に蹴り、棒を片手で持って拳まで打ってくる。 (これが、ストリウス拳法の変幻自在の動きか。)  ジークは、話には聞いていたが、実際に受けるのは大違いだった。動き自体はラ イルよりも遅い。しかし、変幻自在の手数で押されつつあった。 「アイヤーーー!ハイー!」  ミリィは、何と突きに来た。この手数の多さは、半端じゃなかった。その内、壁 を背にしてしまう。 「追い詰めたネ。もらったヨ!」  ミリィは、ここぞとばかりにラッシュを掛ける。 「しょうがない・・・。ハッ!」  ジークは、気合一閃で大ジャンプを見せる。ミリィを遥か通り越して、空き地の 中央に降り立つ。 「やるネ。ここまで歯応えのある男居なかったネ・・・これは何ヨ!?」  ミリィは、少し怯んだ。ジークの木刀に気合が入っていくのが見えた。そして、 ジークの雰囲気が変わったのだ。 「強いなぁ。ミリィさん。」  ジークは、そう言うと木刀を下に下げる。力を抜いたようなポーズだ。これこそ 不動真剣術「無」の構えだった。 「今までは、本気じゃ無かったって事ネ。甘く見られた物ヨ!」  ミリィは、更に速い動きでジークに襲い掛かる。 「アイヤー!・・・ハッ!?」  ミリィは、ビックリした。ジークを突きに来たのだが、ジークは、何と棒の先を 木刀の先で合わせて受け止める。恐ろしい芸当だった。相当の見切りが無ければ出 来ない芸当だ。 「ハイー!ハイ!ハイ!ハーイ!ヤー!」  ミリィは、慌ててガムシャラに棒を振り回したり、蹴りや拳を繰り出すが、全て 木刀の背で受け止めていた。しかも、ジークは後ろに下がる所か前に出てきていた。 いつの間にか、ミリィの方が壁を背にしていたのだ。 (強い!なんて男ネ!)  ミリィは、今まで突きを繰り出した男までは居たが、受け止めて前に出てくる男 など1人も居なかった。ましてや、壁を背にする事など一度も無かった。 「ストリウス拳法の極意を見せるしかないネ!」  ミリィは、妙な構えをした。棒を片手で持って、もう一方の手で棒を支えるよう な形だった。 (あの構えから何が出るんだ?)  ジークは、不思議に思った。あれでは、まともに振るう事すら出来ない。 「いくネ!旋回棍!」  ミリィは棒をジークに向けると、そのまま突きに来た。しかし、普通の突きでは 無かった。何と棒に回転が加わっていた。  シュッ!  ジークは、さすがに受け止めないで横に避けた。そうしなかったら、木刀が削ら れていただろう。ジークに棒を向けた瞬間、支えた手で回転を加えたのだろう。 「やるなぁ。なら俺も、それに応えて不動真剣術・・・見せよう!」  ジークは、木刀を頭上に持って行くと、片手で木刀の横ばいを押さえる。 「く、来るカ!?」  ミリィは、また旋回棍の構えを見せる。そして、それをジークに向ける。 「今度こそもらうネ!旋回棍!」  ミリィは、ジークに向かって旋回棍を放つ。  ガシィ!・・・ドゴォォォォ!!  物凄い音がした。そして、ミリィは手に持っていた棒が、無い事に気づく。ふと ギャラリーを見ると後ろを驚いて見ていた。 「!こ、これハ!?」  ミリィは、ビックリした。何とジークが突きの構えで後ろに居た。それだけでは ない。自分の棒が、後ろの壁に突き抜けていたのだ。ジークは、何と旋回棍を真正 面から凄まじい突きで吹き飛ばしたのだ。棒は、たまらずミリィの手から離れて、 後ろへと吹き飛ばされたのだ。そして、ジークは、かの袈裟斬り「閃光」と同じよ うに物凄いジャンプで後ろまで、ひとっ飛びしながら突きを打ったのだった。 「これこそ、不動真剣術、突き「雷光」。」  ジークは、技名を言い放つ。袈裟斬り「閃光」に似てるが、威力はこちらの方が 高い。ただし、ピンポイントで当てる技のため相当な見切りが必要だった。 「凄いネ。私の負けヨ。」  ミリィは、さすがに言葉も無かった。これだけ実力差を見せられれば充分だった のだろう。 「おい!あいつすげぇ!勝っちまったヨ!」 「ああ!すげぇ!最後のなんか見えなかったゾ!?」  ギャラリーは再び沸いてきた。しかし、今度はジークを称える歓声に変わった。 「強いネ。さすが英雄の息子ネ。噂以上だヨ。」  ミリィは、握手を求める。ジークは雰囲気が、いつもに戻ってニッコリ笑いなが ら握手をした。ミリィはジークの手を逞しいと思った。そして、何故かドキドキし ていた。負けたのに何故か悔しく無かったのだ。こんな体験は初めてだった。ミリ ィは、これが初恋だと気が付いていなかったのである。  ジークのストリウスでの生活は、こうやって幕を開けたのだった。