6、それぞれの準備  ストリウスでは、ギルドと言うのは、冒険者を支援すると言う意味合いが強い。 よって、ストリウスに夢を求める冒険者は、大概はギルドに入る。そして、ギルド の中で目的意識を見出すのが普通だ。  しかし、この頃は何かが違う。ギルドを独立組織と言う意味合いで使っている所 が多く、ストリウスの有名な3ギルドのように衝突まで起きる有様だ。  しかし、ギルドに居れば、それだけ支援してもらえるだけでなく、様々な仕事も 回ってくる。普通に困ってる人を見つけるよりは、遥かに楽に仕事が見つけられる。 そして、何よりギルドで請け負うと言う事でギルドから報奨金をもらう事が出来る。  それによって、また冒険者を増やしていくと言うのがギルド経営の基本だった。 その代わり、ギルドには入会金の他、仕事が終わった時の収穫金を一部納めると言 うシステムがある。しかし、それでも自分だけで探すよりは遥かにマシだった。  3ギルドは、一番初期の頃出来たギルドで、それだけ信頼があるので仕事も多く 回ってくる。しかし「望」のように、この頃出来たギルドには、中々仕事は回って こない。来るとしても、とんでもない難題や、3ギルドでは誰もやらないような仕 事ばかり回ってくるのだった。とは言っても、副ギルドマスターのサルトラリアの 腕は確かで、持って来る仕事は意外に、まともなのが多い。最後の方になると、酷 い仕事しか残ってなかったりする。誘拐や窃盗の仕事は、まだ良い方で、終いには 暗殺や強盗と言った酷い仕事ばっかり回ってくる時もある。そう言う仕事は回らな いようにサルトラリアも気をつけている。  ジーク達が、ミリィの事を伝えると、サルトラリアが歓迎してくれた。それと、 ギルドマスターのサルトリアが儀礼的な物を済ませて、その仕事の説明をしていた。  ジーク達のように、全くの初心者の場合、なるべく複雑な物はやらないほうが良 い。サルトラリアは、それを分かっていたので、朝一番に何か良い仕事は無いか、 斡旋所で見に行っていたのだ。 「仕事を済ませると言うのはギルドの信用じゃからの。気ぃ付けぇよ。」  サルトリアが真剣に説明している。さすがに、ギルドマスターをやってるだけあ って、その辺は詳しいみたいだ。 「今の所、こんな物かな。」  サルトラリアは、斡旋所から仕事内容が書かれた紙を皆に見せる。 「一概に仕事って言っても、色々ある物ですなぁ。」  サイジンが、珍しく感心していた。 「ふむ。仕事が決まったら言ってくれ。俺が、斡旋所にいち早く持っていくからな。 そうすれば他の冒険者に取られる事も無いしな。」  サルトラリアは、声が弾んでいた。やはり、ギルド員が出来て仕事を請け負える と言うのは嬉しい事なのだろう。今までは、ただ仕事を持って来ていただけだった。 「どんな仕事が、理想的か分かります?」  トーリスが、仕事を見ながら質問する。 「そうじゃのう。お前さん達、戦士が多いし、盗賊系のスキルを必要とするのは避 けたほうが良いかもしれんのう。」  サルトリアは、考え込む。その辺がジーク達のパーティーの抜け所だった。普通 は、パーティーには戦士、魔法使いの他には、盗賊を入れておく物である。遺跡な どに仕掛けられた罠を外したり、扉の鍵を外したりなどが出来ると、仕事の幅も大 いに広くなる。 「私も一応出来なくは無いですが、専業では無いのでね。」  トーリスは知識で、どう言う風にすれば良いのかくらいは知っていたが、盗賊の スキルがあると、言い切れる程では無かった。 「となると、遺跡に潜る系の仕事は避けた方が無難だと言う事か。」  ジークも、少し考え込んでいた。今は、避けても大丈夫かも知れないが、その内、 盗賊系の仲間が1人入れなければ、ならないのは目に見えていた。 「むー。魔法で何とか出来ないのー?トーリスさん。」  ツィリルは頬を膨らませる。自分が魔法使いなので口惜しいのだろう。 「ある程度なら解除出来ますがね。それに魔法を使っていると戦う時、大変なので すよ。いざと言う時闘えないのも悔しいでしょ?」  トーリスは優しく教えてやる。どうも、ツィリルと話す時は、こう言う口調にな ってしまう。ツィリルは、素直で真面目なので、どうにも雰囲気がレイアに似てい るのだろう。 「意外と、居ないと困るものネ。」  ミリィも頭を抱えていた。ミリィは棒術と体術以外では方角士と言う資格を持っ ている。これは、迷宮で迷わないために地図を作る技能であって、盗賊のスキルと までは、行かなかったのだ。 「ジーク兄ちゃん。仕事は6人で行ってきてよ。」  ゲラムが、突然言い出した。 「どうした?お前は、行かないのか?」  ジークは心配する。あれだけ付いて行きたいと言ってたゲラムが行かなくなるの も、おかしい話だった。 「僕さ。ジーク兄ちゃんとサイジンさん見て思ったんだ。今の、このパーティーに これ以上戦士は必要ないでしょ。僕が、役立てる事は少ないんじゃないか?って。」  ゲラムは、ミリィと同じ考えに至っていた。ゲラムは、ミリィにすら劣っている と思っている。尚更考え込んでいた事だろう。何せ、トーリスが戦士と魔法のどち ら共の活躍が出来る。それを考えると戦士が5人分では多すぎるのだ。 「ゲラム。強くなるために付いてきたんだろ?気にするなよ。」  ジークは、優しく言ってやる。ゲラムは、その優しさは嬉しいと思ったが、決意 した事があった。 「ジーク兄ちゃん。僕は、このパーティーで役立ちたいんだよ!ジーク兄ちゃんが 次の仕事受けるまでに、盗賊のスキルと新しい武器を覚えるって決めたんだ!」  ゲラムは真剣だった。武器の転向は前々から考えていた。剣術と言うのは、生ま れながらにして覚える物だ。ゲラムは、プサグル流の剣術を覚えたが、限界を感じ ていたのだ。自分だけの我流を身に付けたいとは思っていた。そのためには、剣で は駄目だとも感じていたのだ。  そして、今回の盗賊スキルの問題が出て自分の道筋が何となく見えて来たのだ。 「ジーク。この子は真剣じゃぞ。受け止めてやっては、いかがかの?」  サルトリアは、ジークに言ってやる。 「分かった!その代わり、手を抜くなよ!」  ジークは、ゲラムの肩を叩いてやる。 「任せてよ!皆をビックリさせて見せるよ!」  ゲラムは、満面の笑みを見せる。 「よぉし!そうと決まったら早速特訓だ!昨日調べておいた訓練所に行ってくる!」  ゲラムは、そう言うと、自分の荷物を持って扉に手を掛ける。昨日の内に、どこ で何を習えるのか調べて置いたのだった。 「皆、頑張って!」  ゲラムは、そう言うと手を振った。皆も、それに合わせて手を振ってやる。 「あの子は伸びるな。凄くね。」  サルトラリアは、嬉しそうに頷いた。 「ゲラムならやれますよ。私達が出来る事は、仕事を済ませて、ゲラムを迎え入れ る事が、出来るようにする事です。」  トーリスは、ジークに言ってやる。ジークは強く頷いた。 「何が良いかな・・・。」  レルファが、仕事を覗き込む。 「この遺跡の調査ってのは在り来たりよね。」  レルファは、仕事を指差す。 「その通り!レルファが、言うのだから間違いありませんな!」  サイジンは相変わらず何も考えていなかった。 「これなんか変わってるネ。でも、気は進まないヨ。」  ミリィは、漁師に付いて行く仕事を指差す。漁師の護衛であろう。海賊などが現 れると、撃退しなければならない。しかし仕事が退屈な時もあるし、その分だけ依 頼料も少なめなのだ。 「これって何だ?分かります?」  ジークは、ある仕事が目に入ったのでサルトラリアに尋ねてみる。 「お?これか?これは龍の巣の調査だな。何でも、龍が、この頃荒らし回ってるら しいんだが、様子が変でな。」  サルトラリアは、詳しい依頼書の方に目を通していた。 「様子が変?」 「そうだ。ここに住む龍は、現れた時から人を襲う事は無かったと言う。だが、こ こ数日で様子が激変したらしくてな。それを調査に行くと言う事だ。」  サルトラリアは、説明を終えた。 「気になるな・・・。」  ジークは何となく、この依頼が気になっていた。 「いざとなったら、龍と闘う事になるの?ちょっと危険じゃない?」  レルファは、さすがに心配していた。魔族よりは脅威では無いと言われているが、 龍の荒々しい力の前に、敗れていった冒険者は数多く居る。それに龍の中でもトッ プクラスの龍であれば、かの黒竜王でさえ敵わないのではないか?と言われてるく らいだ。そう簡単に倒せる相手ではない。 「龍さん見たい気もするなー。」  ツィリルは、無邪気だった。しかし、結構怖い事を平気で言う。 「私は、ジークに任せますよ。」  トーリスは、最初から、そのつもりだった。アドバイスが、出来ればくらいのつ もりだったのだ。 「気になったまま、放っておくのも嫌だしな。これにしよう。」  ジークは、龍の巣の調査を選んだ。 「龍か・・・。私も初めてネ。」  さすがのミリィも、少し不安だった。最初の仕事で、こんな物を選ぶパーティー も少ないだろう。 「そう構える事も無いぞ?龍と言うのはのう。人間より知恵があるでのう。人間語 を話せるのが、ほとんどじゃ。まずは、落ち着いて交渉が出来れば、案外すんなり 行くかも知れんぞ?」  サルトリアは、人差し指を振って説明する。確かに龍は人間より賢い者は、たく さん居る。しかし、今回の仕事は、その龍が暴れ回ってると言うのだ。少し気にな る所だろう。 「これから、修行に入るゲラム君のためにも、下手な事だけは、するなよ?」  サルトラリアが、念を押す。ジークは強く頷いた。 「よし、みんな、これは最初の仕事、最初の冒険だ!後で良かったと思える最高の 冒険にしよう!」 『おう!』  ジークの激に皆が、答える。 (ジーク。貴方の、その人を盛り上げる才能。私には無い物です。貴方をリーダー にしたのは、そのためなのですよ。)  トーリスは、1人納得していた。  ワイス遺跡の奥を見つけて、4日ほど経とうとしていた。未だに、神魔ワイスと 魔界剣士の健蔵の動きは無い。いい加減、ルドラーは、やきもきしていた。  魔族達の寿命は長い。4日と言うのは、魔族からしてみれば、少し休むくらいの 物なのかもしれない。ワイスは相変わらず眠りに入ってるし、健蔵は自分の部屋に 篭りっきりだ。考えれば当然かもしれない。健蔵などワイス復活のために、350 年も平気で待っているのだ。  しかし、ルドラーにとっては、一日も早く復権したいので、待つのは、もうこり ごりだった。食糧は毎日、健蔵のお付きのケルベロスが用意してくれていた。ルド ラーは、まさか寝ていたケルベロスが、ここまでしてくれるとは思ってなかった。 最も、健蔵やワイスの仲間で無ければ、ここまでの扱いは、受けないとは思ったが ・・・。食事自体は、魔族も人間も、ほぼ同じだと言う事は新しい発見だった。  ルドラーは元々我慢出来る性分では無い。しかし、復権のために25年も待った のだ。せっかくワイスを復活させられたのに、こう待たされたのでは堪らない。 (大体、見張りなんて、そこに居るケルベロスに、やらせれば良いじゃねぇか。)  ルドラーは、でかい扉の番をやらされていた。ここを見張って無いと、ワイスや 健蔵の瘴気が流れ込んで、神達に自分達の存在が、バレてしまうと言うのだ。 (神魔と言えど、神が怖いと言う事か・・・。)  ルドラーは、鼻先で笑う。最強を自負している神魔ですら、この状態では復権し ても、オタオタしてられないのでは無いだろうか?  カタッ・・・。  ルドラーは、どこかで音が鳴っているのに気が付いた。 (何の音だ?)  ルドラーは、注意深く辺りを見渡した。すると、この扉ではなく、健蔵の部屋の 扉が開いた。健蔵が、篭りっきりだったのに出てきたのだ。この部屋は広いので、 どうにも見え難いが、間違い無いようだった。 「フッ。人間よ。貴様、中々続いているようでは無いか。」  健蔵は、チラリとこちらを見やると、そう言う。健蔵は『闇の骨』を取られて以 来、人間と言うのは厄介者なだけだと言う認識がある。 「俺は決められた事を、やっているだけだ。それより、いつ地上へ出るのだ?」  ルドラーは、不機嫌そうにしていた。 「焦るな。ワイス様のお力が復活する前に、行ってはならん。」  健蔵はワイスが、まだ完全に馴染んで無い事が分かる。全盛期のワイスを知って いるからだ。 「それに復活には、力が要る。クラーデスの奴を呼び出さなければならんのだしな。」  健蔵が腕を組む。どうやら、クラーデスを呼び出すのは、あまり良く思ってない ようだ。ワイスのためなら何でもするこの男だが、感情が無い訳では無い。 「健蔵よ。」  ワイスの低く唸る様な声が辺りを轟かす。どうやら、ワイスも目が覚めたようだ。 「ワイス様。お目覚めご苦労様です。」  健蔵は恭しく頭を垂れる。 「復活するのに必要な力は、蓄えられた。やるぞ!クラーデスの復活だ。」  ワイスは、クラーデス用の一際大きい『闇の骨』を取り出す。良く見ると、前よ り少し大きくなっている。どうやら、ワイスが力を蓄えている時に『闇の骨』にも、 力を分けていたようだ。 「了解致しました。お供致します。」  健蔵は、そう言うと、扉の近くまで居たと言うのに反対側の奥の玉座まで一瞬の 内に移動する。やはり只者では無い。 「お前は、我を復活させた時に、かなりの力を使ったのであろう?見ておれ。」  ワイスは健蔵が、自分を復活させた時に、かなりの力を消耗している事は予想が 付いた。クラーデスを呼び出すのさえ時間が掛かったのだ。自分を呼び出すために 健蔵が、350年蓄えた力を、ほとんど使ったであろう事は予想が付いていた。 「ありがたき恩情。感謝の言葉も御座いません。」  健蔵は、目を伏せて、ワイスの恩情に感謝する。 (あのワイスと健蔵・・・。何やら普通の主従関係では無いな。)  ルドラーは、魔族の事は良く知っている。ここまで信頼を築ける主従関係も珍し い。端から見てると、まるで人間のようでもあった。 「さて、クラーデスは、どういう反応をするか、楽しみだな。」  ワイスは『闇の骨』を握り締める。健蔵の時と同じだ。すると、台座に『闇の骨』 を放り投げる。そして、手に力を込めると魔方陣に向かって瘴気の塊のような物を ぶつける。  ゴゴゴゴゴ・・・。  地の底から湧きあがるような音が聞こえた。ワイスの時と同じである。 「むぉぉぉぉぉぉぉ・・・。」  ワイスの時とは、声が違うが、魔方陣に扉が出来て、中から何かが出てくる。 「・・・ほう。誰かと思えば・・・。」  その何かが、段々形を為していく。首からブラックダイヤを、ぶら下げている。 ワイスと同じくらいである。やはりビッグな魔族だ。しかも、真っ直ぐと伸びた角 が、何よりも象徴的だった。背中から瘴気の塊のような物が見える。これも間違い なく神魔クラスだった。それが『魔王の中の魔王』クラーデスだった。 「ふむ。久々にソクトアに来た感想はどうだ?」  ワイスは玉座で一段落つくと、クラーデスに尋ねた。 「俺を呼び出したのが、貴様だとはな。」  クラーデスは、ワイスを一瞥すると、健蔵を見てルドラーを見る。健蔵は怒って いた。クラーデスのふてぶてしい態度にであろう。 「ワイス様に向かって貴様よわばりするとは!」  健蔵は、ワナワナ震えていた。 「フッ。俺を斬ろうとする気か?辞めておけ。坊や。」  クラーデスは、健蔵を「坊や」扱いする。健蔵は剣に手を掛ける。 「健蔵!辞めい!・・・クラーデスも大人気無く挑発などするな。」  ワイスが檄を飛ばす。 「申し訳御座いませぬ。ワイス様。」  健蔵は唇を噛んで我慢している。よほど悔しいのだろう。クラーデスは、余裕の 顔をしていた。 「貴様に命令される覚えは無いが、力も取り戻してない今やるのは得策では無いな。」  クラーデスは、自分の手を握る。あまり実感が無い。やはり、まだ復活したてで 力が戻っていないのだ。これでは、ワイスはおろか、健蔵にさえ良い勝負だろう。 「で?俺を呼び出したのは何故だ?聞いておこうか。」  クラーデスは、髪を掻きあげる。 「どうと言う事は無い。このソクトアを、神などに好きにされたくは無かろう?」  ワイスは、普通に答えた。魔族にとって、ソクトアが人間達と神の楽園になって いる事自体が間違いだと思っているのだ。 「なるほどな。貴様が、俺の力を借りたいと言う事か。珍しい。」  クラーデスは、地上の人間たちの力を計るために、少し意識を飛ばした。 「・・・今の人間共は、中々殺しやすそうだな。俺の力が本当に要るのか?」  クラーデスは、疑問に思った。全然力を感じないのだ。これでは、不完全燃焼に 終わる。魔族達にとって、詰まらない闘いほど意味の無い物は無い。どうせやるな ら力が振るえる相手で無いと面白く無いのだった。 「せっかちだな。我の話も聞くが良い。」  ワイスは、鼻先で笑う。 「今の人間共は、全体的に見れば以前より力は無い。だが、この中に、あの黒竜王 を打ち倒した者が居るそうだ。」  ワイスは説明してやる。 「黒竜王?ああ。あの魔王クラスだとか、ほざいてた馬鹿か。」  クラーデスは、黒竜王など気にも留めてなかった。それほど力の差が、あったの だ。何せクラーデスは、普通の魔王の力を遥かに超えているのだ。 (あの黒竜王を馬鹿よわばりか・・・。恐ろしい・・・。)  ルドラーは、ずっと震えていた。このクラーデスも、ワイスと同じくらい瘴気を 感じるのだ。これがまだ復活して力が取り戻して無いと言うのだから驚きである。 「それにしても中には骨のある奴が居るって事か。」  クラーデスは、ニヤリと笑った。クラーデスは、闘うのが好きな性格であった。 「そう言うことだ。それに神の監視の目を感じる。恐らく誰か来ているはずだ。」  ワイスは、ここ数日で神界からの使者が間違いなく来ている事に気付いていた。 恐らく黒竜王の事での余波の調査が主だった物だろう。しかし、まだワイス達の事 は感づいて無いようだった。 「神との闘いか。俺の力が戻ったら暴れてやる・・・。フフフフフ。」  クラーデスは、危険な笑いを浮かべる。クラーデスは、ウキウキしていた。魔界 の生活では、あくまで自分の力を高めるだけの日々。詰まらない日々だった。もっ とヒリ付くような危機感が欲しかったのだ。 「そろそろ、我は休む。力は蓄えんとな。」  ワイスは、そう言うと、再び玉座に身を任せる。 「お眠りくださいませ。ワイス様。」  健蔵が目を伏せる。敬礼を表していた。 「おい。坊や。俺の部屋は、あるんだろうな?」  クラーデスは、健蔵に数多くある部屋の事で尋ねる。 「私の部屋が右側の一番奥だ。それ以外の所ならば、どこでも良い。あと、私は、 坊やでは無い。砕魔 健蔵と言う名前があるのを忘れるな。」  健蔵は睨み付ける。どうしても、ウマが合わないのだろう。 「フッ。そういきり立つな。仲良くやろうぜ?ハッハッハッハ!」  クラーデスは、そう言うと左の一番奥の部屋に入って行った。 「チッ。何たる奴だ。」  健蔵は、そう言い残すと、自分の部屋に帰っていった。  気が付くと、ルドラーは、また一人残された。しかしルドラーは、ここを出よう とか、歯向かおうと言う意思は欠片も残っていないのだった。  東の軍事国家と言われ、長い間栄え続けて来た国。その国の名はルクトリア。し かし、今では平和その物である。プサグルとの永久的な同盟を果たし、隣国である サマハドールとも兄妹国とも呼べるほどの仲を取り持ち、パーズの国王とも戦乱の 間に、同盟国となった今では、敵と呼べる敵は居ない。別に戦う必要性が無いのだ から、平和なのである。  しかし、それは一番危険な状態なのかも知れなかった。今の状態で、戦争を仕掛 けられたら準備どころでは無い。抵抗すら出来ずに終わるだろう。  ライルは、自分の家から、このルクトリアの街に来て、その事を危惧していた。 自分が居た頃の25年前も平和ではあった。しかし、いつ戦争が起きても大丈夫な ように、備えていた物だ。しかし今は、その気配すらない。 (こんな事では、25年前の敗北を繰り返すぞ・・・。)  ライルは、非常に心配であった。25年前に、プサグルに敗れた時も、油断が生 んだ敗北だった。まさか裏切り者が出てくるとは思わなかった。まさか模擬戦で本 物を使って来るなどとは思わなかった。まさか平和条約が破られるとは思わなかっ た。そのまさかまさかの連続で、決定的な敗北を決したのである。  ライル達は、昨日着いたばかりだったが、朝の訓練を済ませた後、すぐに城に向 かう事にした。思い出深い城である。ライルの青春は、ここから始まって、ここで 成し遂げた。ここには居ないが、ヒルトも同じであろう。ヒルトは25年前、プサ グルの王位に就く等とは思いもしていなかった。ルクトリアで生まれて、ルクトリ アの土に返る。それが王子として生まれた定めだと思っていた。しかし、今のこの 国は、いつの間にか、次の王位が空白になったままである。  プサグル王に息子が居ればまた話は違っていたのだろう。いや、実際は居たのだ が、プサグル王が狂王と化す前の時に、逃がしてしまって、行方が分からなくなっ てしまっているのだと聞く。しかし、今は、もうヒルトの手によって統治されてい る。もし、戻ってきた時に、ヒルトは、ちゃんと対応出来るのだろうか?その辺も 心配であった。  何はともあれ、ライルは城門の前に行く。マレルも一緒だ。 「城に何か御用が、おありですか?」  門番が尋ねてきた。ライルの顔を知らないのだろう。よく見るとまだ若い。ジー クと大した年齢も違わないだろう。 「俺の名は、ライル=ユードと言うのだが・・・。」  ライルは、自分の名前を名乗る。 「・・・ま、まさか!あの英雄ライル様!?」  門番が、いきなり血の気を引いたように緊張する。ルクトリアでは、既にライル は、英雄なのだ。いや、どこへ行っても、そうなのだろうが、特に、このルクトリ アではライルの名前を知らない者は居ない。ただ、顔を知っている者は少なかった。 「し、しかし、それが真であるか証拠が見たいであります!」  門番は緊張していた。ライルを語る者は少なくなかった。しかし、皆、只の剣士 と言うパターンが多く、ここの近衛団長を務めるクライブ=スフリトに実力を試さ れては、伸されて行くと言うパターンが非常に多かった。何せ、クライブはライル と共に戦乱を分かち合って来た仲である。今年ですでに50になるが、その実力は、 並ではなかった。 「クライブに会わせてくれれば分かると思うがな。」  ライルは、手を顎に掛ける。クライブを知っているような口調だった。 「クライブさん元気かしらねぇ。」  マレルも、楽しみにしていた。 「近衛団長様を呼び捨てとは・・・。やはり本物・・・?」  門番は、まだ半信半疑だった。無理も無い。それほどライルの名を語る偽者が多 かったのだろう。 「そうだな。じゃぁ、証拠を見せてやろう。」  ライルは、ニヤリと笑うと、木刀を取り出す。すると城壁をぐるりと見渡す。 「ここで良いかな・・・。」  ライルは、城壁にある出っ張りに指を当てる。城壁も古くなって来て、こう言う 出っ張りも出来るようになって来たのだろう。 「何をする気でありますか?」  門番は、ポカーンとしていた。何をするのか分かっていないようだ。 「この出っ張りを、よーく見ていてくれ。」  ライルは、出っ張りを指差す。門番は言われた通り見ていた。 「さーて、うまく行くかな・・・。ハッ!」  ライルは、気合で一閃すると木刀を真下から真上に振る。  ビュンッ!・・・ゴトッ。  良い音が鳴った。その一瞬後に、出っ張りの部分がボトリと落ちる。ライルは、 木刀で真空状態を作り出して風の刃で出っ張りの部分を削り取ったのだった。恐ろ しい技術である。 「あ・・・す・・・凄いであります!」  さすがに門番は感激していた。こんな光景が見られるとは思わなかったのだろう。 「信じてもらえたかな?」  ライルは、門番の方を向く。 「中々見事な腕前。感服仕りましたぞ。」  突然、後ろから声がした。ライルとマレルは声のした方向に向く。  すると、ガリウロル人であろうか?黒髪で黒目の男であった。髪は短めに揃えて いる。しかし、何より気になったのはその目付きであった。鋭い修行僧のような目 付きは、中々忘れられなかった。歳は取ってそうである。 「どなたかな?」  ライルは、見覚えはあったが、思い出せないでいた。 「申し遅れた。拙者は、榊 繊一郎。お久し振りで御座る。」  ライルは、その名前には聞き覚えがあった。戦乱時代に1回だけ会ったはずだ。 「もしかして、あの時に居た、繊香さんの兄の?」 「思い出してくれ申したか。」  繊一郎は、嬉しそうな表情を見せる。 「あのー。それで、王宮へは行かれるので、ありましょうか?」  門番が、モジモジしていた。 「ああ。済まんな。では、行かせてもらう事にするよ。」  ライルは、無視した事を、謝ると門番に頼み込む。 「分かりましたであります!開門!!」  門番が嬉しそうに開門の合図を送る。すると門が開きだした。 「拙者はエルディスに用があったので御座るが・・・。」  繊一郎は風の噂で、ライルの所に居ると言うのでライルの家まで行ってみた物の、 既にどこかへ行った後で、ライルの行方を捜していたのだ。エルディスとは、義兄 弟の中なので何かと話があるのだろう。 「エルディスなら、パーズのグラウドの家に居るぞ。」  ライルは、教えてやる。エルディスは、しばらくそこで様子見をしてるのだった。 「そうで御座ったか。然らばパーズまで、急ぐので、これにて御免!」  繊一郎は、そう言うと空中で飛んで、何とそのまま歩いていった。 「忍術で、あんなのあったかな・・・。中々すげぇ腕だな。」  ライルは、繊一郎の強さを肌で感じ取っていた。繊一郎の事は、エルディスから 色々聞いてはいたが、噂以上だった。強さを追い求めるあまりに、結婚すらしてな いストイックな性格の持ち主で、その代わり、手に入れた強さは並々ならぬとは聞 いていたのだが・・・。 「さて、俺達は、父さんに会いに行くか。」  ライルは、そう言うと王宮へと歩いていく。マレルが、それに続く。 「ライル?ライルか!」  王宮の中庭に着いた頃、誰かが、こっちに来た。 「もしかして、クライブか?」  ライルは、皺が出来て体も少し痩せてはいるが、クライブの姿を確認する。 「うむ。本物らしいな。安心したぞ。」  クライブは、優しい目で迎える。こんな事を言っているとなると、相当数の偽者 が、来たらしい。クライブは、それを悉く撃退して行ったのだろう。クライブは今 年で、もう50歳になる高齢だがその力は未だに健在らしい。 「門番には少し勘ぐられてしまったけどな。」  ライルは頭を掻く。 「それくらいの方が、ちょうど良いんだよ。」  クライブは鼻先で笑う。こんな事が、警戒に当たるくらいだ。この国は相当平和 なのだろう。 「お?そちらに居るのは、マレルさんか。これは王も妃様もお喜びになるぞ。」  クライブは、マレルが居るのを見て顔を綻ばせる。 「義父さんや義母さんは、お元気ですか?」  マレルが尋ねてみる。 「王は、もう68歳だがな。元気でやってるぞ。」  クライブは嬉しそうだった。この男は結婚すらしていない。しかし、王に仕えら れると言うだけで喜びに変わるのであった。 「ありがとう。クライブ。これは兄さんの言葉でもあると思ってくれ。」  ライルは、ヒルトの意思も伝える。ヒルトが、来れない今、ライルは出来る事を やろうと思っていた。 「さて、王と妃様がお待ちになっている。早く行くとしよう。」  クライブは、王宮の方へと案内する。  ライルは懐かしくも王宮の様子を見回した。ところどころ修繕の後はあるが、ほ とんど損なわれていなかった。特に訓練場は、クライブやルースとの訓練の毎日だ った。不動真剣術の師匠の所に通いながら、ここで訓練する。ライルの青春は剣と 修行の毎日だった。 「そのうち、師匠の墓参りもしなきゃな。」  ライルは死んだ師匠の事を思い出す。不動真剣術には、ライルの他に、もう1人 兄弟子が居た。しかし、師匠はライルを後継者とした。兄弟子は、その時に行方を 眩ませたのだが、不動真剣術の奥義の書を奪いに師匠の所に現れたのだった。ライ ルが着いた時は、既に師匠は虫の息で、奥義の書ではなく真に受け継ぐべきは秘儀 の書だという事を伝えると、息を引き取ったのであった。  その後、兄弟子は、バルゼの商隊剣士として、プサグルの雇われ傭兵という形で ライルの前に姿を現した。兄弟子の力は、ライルの力をも上回るかと言う程であっ たがライルは、秘儀の書の意味と極意を使って兄弟子を討ち倒したのだった。  兄弟子は最期に、師匠に謝りに行くと言っていた。不動真剣術の悲しき逸話の一 つであった。ライルは、あの兄弟子の顔も忘れられない。兄弟子も師匠の所に埋め てある。色々な意味で忘れられない思い出であった。 「そろそろ王の間だ。」  クライブは、王の間の近くになったので鈴を鳴らす。 「ライル殿、参られました!」  クライブは声を大きくして伝える。すると、王の間の扉が開いた。 「・・・父さん。母さん。久しぶりです。」  ライルは、王の間から出てきた二人に挨拶する。 「ライル・・・。ライルなんだな。それにマレルさんもか!」  王の声が震えていた。嬉しさで涙が出てしまう。 「ライル。マレルさん。よく来たね。お帰りなさい。」  妃の声も震えていた。 「お久しぶりです!義父さんに義母さん。」  マレルも挨拶する。ライルもマレルも少し照れくさそうだったが、王と妃に満面 の笑顔をみせる。  ルクトリア王、シーザー=ユード=ルクトリア。今は既に68歳という高齢から か、白髪も目立つようになってきた。未だに王としての風格を漂わせているのは、 さすがだったが、さすがに杖を手放せなくなっているようだった。  ルクトリア王妃はカルリール=ユード。今年で67歳にもなる。さすがに、皺も 増えてきて体の方も弱っているようではあったが、目の輝きを失ってはいなかった。 そして何よりも優しい笑顔は未だに変わっては、いなかった。 「2人とも良く来てくれた。さぁさ。王の間に椅子を用意してある。」  シーザーは嬉しそうに語る。その顔は王としての顔ではなく、父としての顔だっ た。しかし、この歳で内政や外交を悉く務めているのだから、驚きである。  ライルとマレル、そしてクライブは王の間へと入った。綺麗に掃除してある。几 帳面なシーザーは、良く掃除しているのだろう。 「ご苦労だったね。今回は、何日居られるの?」  カルリールは、また何日かで帰ってしまうと思っていた。まさか、ルクトリアに しばらく滞在するとは思っていなかったのだ。 「母さん。その事なんだけどね。・・・。」  ライルは、一からこうなった経緯をシーザーとカルリールに説明する。クライブ も聞いてて驚く話が多かった。ジークが冒険に出掛けた事も話しておいた。 「・・・そう言う訳だったの・・・。」  カルリールは、考え込んだ。自分達のせいで、ジーク達が出て行ったのではない か?と思っているのだろう。 「母さん。心配しないで良い。あいつは、この事が無くても出て行ったさ。」  ライルは父の目になる。 (もうすっかりお父さんね。ライルも・・・。)  カルリールは、不意に涙が出そうになった。未だにライルが戦乱時代に闘った時 の思い出が脳裏に焼きついている。その時のライルが、今では、すっかり父の顔を するようになっている。息子の幸せが伝わってくるのだった。 「ルースにもアルドにも、いつも来てもらっている。その上、ライルまで来る事に なるとはな。わしは、まだまだ現役だと自負してたんだがなぁ。」  シーザーは少し寂しくなった。ライルやルースが、来るのは寂しい事では無い。 ただ自分が、年老いて行くのを実感する事が多くなったのが気になったのだろう。 「ルースも姉さんも、ここに来るのが好きなように、俺も好きなだけですよ。」  ライルはフォローする。が、本心でもあった。 「それと、兄さんからの言伝です。・・・。」  ライルはヒルトの事を説明した。ヒルトが、もう少しでゼルバに国を譲ろうとし ている事、そして、この国に帰って来る意思がある事をだ。 「フム。あ奴も、気にせんで良い事を気にしよる。誰に似たのやら・・・。」  シーザーは、溜め息をついた。自分のために帰ってくるのは嬉しい事だ。しかし、 その事でゼルバとヒルトが、離れ離れになると言う事が気に入らないのだろう。 「あら。几帳面な所は、貴方そっくりですよ。」  カルリールは、クスクス笑う。 「何を言ってる。一度思ったことは曲げない所なんかは、お前そっくりじゃ。」  シーザーも笑いながら話す。どちらにせよ子供達が、ここまで自分達の事を気に 掛けてくれた事が、嬉しくて堪らないのだろう。クライブは、この親子を見て素晴 らしい親子だと思っていた。 「それにしてもジーク君は、大丈夫かしらねぇ。」  カルリールが、心配していた。カルリールの中では、ジークは、まだ5年前来た 時のイメージしかない。心配になるのだろう。 「大丈夫ですよ。あの子だけじゃないですしね。」  マレルは、我が子を信じていた。ジークだけではなく、レルファもだ。 「今ごろ何をやっているのか・・・。」  ライルは窓から空を見ていた。この空の下で、ジークも何かやっている事だろう。  王宮は平和その物であった。ライルは、この平和が長く続けば良いと思った。  「聖亭」では今日も、人がいっぱいであった。新しく入ったレイアが、その原因 でもあった。最初はミリィの代わりなんて務まるのかと心配していたレイホウも、 その手際の見事さには感心するばかりであった。常連さんとの受けも良いので、中 々安心して任せられそうだ。ミリィも、少し悔しさは残るが、反対に安心も出来る ので、それで良いと思っていた。  とうとう明日から冒険と言う事になって、ジーク達は色々宿で準備していたのだ。 ジークやサイジン、ミリィなどは、裏の空き地で訓練していたし、トーリスやツィ リル、レルファなどは、魔法の瞑想とトーリスが中心になって、魔法の練習をして いた。冒険に行く準備は「望」で色々済ませてあったので、最初の冒険でも失敗し ないように自分達を高めているのだろう。  ゲラムは、訓練場からまだ帰ってきていない。レイホウから聞いたのだが、相当 厳しい特訓を望んでいるようで、夜遅くまで掛かるそうだ。そして、ゲラムが選ん だ武器とは、何と弓であった。確かにゲラムは自分の国でも弓術はやった事がある。 しかし、実践レベルでは無かったはずだ。それを極めようと言うのだから驚きであ る。しかも、剣術のほうも磨きを掛けるようで、カリキュラムに入れているみたい だ。その上盗賊としての技能を学ぼうと言うのだから中々ハードなスケジュールだ。  それほど、自分が役に立ちたいと言う気持ちが強いのだろう。ゲラムは、まだ若 いし、今からグングン伸びるだろう。冒険から帰った時が楽しみである。しかしジ ーク達も、それに負けまいと訓練は欠かさずやっている。良い相乗効果になってい るようだ。  そして、トーリスは宿の休憩室を借りて魔法の実践講座を開いていた。ツィリル やレルファが、その生徒みたいなもので、トーリスもすっかり先生らしくなって来 ていた。トーリスは、教え方も上手なので、レルファやツィリルが感心するほど自 分達の方向性を示してくれていた。「聖亭」に来てから毎日やっている事だった。 「あなた達の資質は、今やってもらった魔法の威力で分かりました。」  トーリスは、まず2人に教科書に載ってる魔法を全て覚えてもらって、とりあえ ずやってもらう事にした。教科書には、一通り最下級魔法が載っている。下級魔法 は、また違う教科書に載っているので、まずは、最下級を試してからの方が良いと 思ったのだ。それに下級魔法からは、全種類では無く、それぞれ資質に合わせた教 科書となっているので、まず資質を見極めるのが、一番だった。 「もう分かったんだ。さっすがセンセーだね!」  ツィリルはトーリスの腕の良さに感心していた。実際に、レルファもツィリルも、 ここ数日で、自分達の魔力が、確実にアップしているのが分かった。 「あなた達の素質もありますよ。いくら上手に教えても素質が無い方は伸びません。」  トーリスは、謙遜していた。しかし言ってるのは本当の事で、魔法の素質が無い 人は、最初から無理なのである。その辺が魔法使いの特異な所でもあった。サイジ ンやゲラムなどは、全く素質が無い。その事は2人にも伝えてあった。トーリスは、 そう言う所では容赦しない。無い者にあると嘘を付きたく無いのだろう。徹底して いた。そして、実はミリィやジークには、素質があるようで、見抜いていた。特に ミリィは、風関係の魔法については間違いなく極められるレベルの素質があった。 ジークの方は、炎関係が少しであろうか?トーリスは、その事を言ったのだが、ま だ教わる気は無いようだった。ジークもミリィも、まだ自分達の武術を磨く方が先 なのだろう。トーリスも、それを感じたから無理に勧めたりは、しなかった。 「へぇ。私は神聖関係なんだ。修道院の近くに居たせいもあるのかな?」  レルファは、トーリスから神聖関係の魔法の資質があると言われていた。 「どうでしょう?貴女の母親が、確か修道女だったと聞きますし、そのせいでは?」  トーリスは、マレルがソクトアの中でも屈指の修道女だったのを知っている。そ の血が受け継がれているのだと、感じていた。ジークにも魔力を感じるのは、その せいもあるのだろう。 「わたしは、爆発関係かー・・・。魔法学校じゃそんなの教えてくれなかったなぁ。」  ツィリルが頬を膨らませる。魔法学校では、一番教えるのが簡単な熱や炎関係を 中心に行っている所が多い。そのせいなのだろう。 「ちなみに私は、これです。」  トーリスは、そう言うとコップを右手に持って左手の人差し指をコップの方に向 ける。すると、何も入ってなかったコップに、どんどん氷が出来ていく。 「トーリス先生は、氷結関係かぁ。なるほどねー。」  レルファも感心していた。いとも簡単にやっている、この作業も、実は難しい事 を知っている。資質があるのだろう。普通に冷たくするのは、まだしも、固体を絞 って作り出すのは高等技術だった。それにしても、トーリスは既に、2人からは、 先生扱いであった。実際に講師の資格も持っているし、魔法の技術は、ソクトアの 中でもトップクラスなのだ。別にそう呼ばれても不思議では無い。 「さて、資質が分かった所で、実践と行きましょうか。」  トーリスは、そう言うと、休憩室にある裏口から空き地に出る。2人が、それに 続いた。すると、ちょうどサイジンとジークが訓練し終わって、休んでいる所だっ た。ミリィも疲れた顔をしていた。 「お?これはこれは、トーリス先生。」  サイジンが冷やかす。トーリスは、少し恥ずかしそうにしていた。実の所を言え ば、トーリスがレルファから先生と呼ばれているのが羨ましいだけだろう。 「冷やかさないで下さいよ。それより、実践に移るんで場所お借りして良いですか?」  トーリスが、3人に問う。 「見れば分かる通り、クタクタだヨ。どうゾ。」  ミリィは、手を差し出してOKのサインを出す。 「では、レルファ。まず、神聖魔法の教科書の45ページにある魔法を、ジークに 掛けてあげなさい。」  トーリスは、ジークを指差す。ジークは、さすがに後ずさりする。 「実験台は、勘弁してくれよ。トーリス。」  ジークは、いつもレルファに実験台にされてるので、良い気持ちはしなかった。 「安心なさい。危険な魔法では無いですよ。レルファのためと思って。」  トーリスは簡単に言ってくれる。結構こういう所では、押しの強い所がある。人 は見かけによらない物だ。 「レルファのためと言うのならば、このサイジンが、受けましょう!」  サイジンが踊り出てくる。疲れているはずなのに、よくもまぁ、動ける物だ。 「まぁサイジンでも良いですか。じゃレルファ。やってみて下さい。」  トーリスは、合図する。すると、レルファは真剣な顔つきで呪文を唱え始める。 すると、レルファの手が白く光りだした。 「サイジン。失敗したらゴメンネ。」  レルファは無責任な事を言う。さすがに、サイジンは逃げなかったが顔は引きつ っていた。 「疲れを癒します!『精励』!」  レルファは、サイジンに向かって光る物を叩き付ける。すると、サイジンの体が 光り始めた。 「お!?おお・・・。これは!体中に元気が漲るようですな!」  サイジンは、疲れていた体が、一瞬の内に癒されるのを感じた。手に力が入るよ うになる。 「・・・良いでしょう。初めてで成功するとは、中々です。」  トーリスは、サイジンの様子をチェックして頷く。『精励』は、相手の傷などで は無く、疲れの方を癒す魔法だった。ジーク達を見て、この魔法を試すのが良いと 思ったのだろう。神聖魔法には、主に傷を癒す系の魔法が揃っている。 「やった!サイジン。サンキュー♪」  レルファは、嬉しさのあまり、ガッツポーズをする。 「レルファに、疲れを癒してもらった挙句に、感謝までされるとは・・・。このサ イジン、本望・・・。本望ですぞぉ!」  サイジンは、感動して涙を流していた。そんなに嬉しい物だろうか・・・。レル ファは、頭を掻いて照れていた。 「センセー!次はわたしだね!」  ツィリルは気合が入っていた。トーリスに良い所を見せたいのだろう。 「そうですね。ツィリル。じゃぁ貴女は、この石を爆発魔法の教科書の33ページ に載ってる物で攻撃して見て下さい。」  トーリスは、そう言うと空き地にある、大きめの石を持ってくる。 「狙いは慎重につけて下さいね。それと、皆さん。少し離れた方が良い。」  トーリスは、指示する。3人は、石から離れた所に移動した。特にサイジンとレ ルファは、遠めに離れていた。2人は、ツィリルが酒で酔った時の魔法の威力を知 っているので、どうにも危険だと思ったらしい。 「よーーし!」  ツィリルは呪文を唱える。集中しているのだろう。元々素質は、抜群と言われた だけあって、集中すると凄い魔力の高まりを感じた。ツィリルの両手が黄色く光る。 「いっくよー!『砲爆』!」  ツィリルは、そう言うと、両手から、まるで砲台のように黄色い塊を放つ。する と、石に向かって、その光は突き進んで行った。  ボウン!  物凄い音と共に、石が爆発して見えなくなった。と言うより、煙が物凄いと思っ ている内に、跡形も無く消えてしまった。『砲爆』と言うのは、手を砲台に見立て て撃ち出す爆発魔法の一種であった。 「おお。やるなぁ。ツィリル。」  ジークは感心していた。あのツィリルが、結構見事な芸当を見せる物である。ジ ークも、あの時酔っ払っていたのでツィリルが凄い素質だと言う事を知らないのだ。 「ツィリルちゃん。凄いネ!」  ミリィも素直に感心していた。魔法自体中々見た事が無いので、心強い力だと思 ったのは、間違いないようだった。 「エヘヘッ♪ありがとー!どう?センセー。」  ツィリルは、はしゃいでトーリスに聞く。 「良いですね。2人共、飲み込みが早くて助かりますよ。」  トーリスは、謙遜では無く、そう思った。最初から、いきなり成功させるのは、 そんなに簡単な事じゃない。しかし、この2人は素質からしてバッチリであった。 「ただ、課題は、ありますよ?」  トーリスは、ニッコリ笑った。2人はギクッとする。 「レルファの場合、『精励』自体は凄く良かった。でも、もうちょっと早めに呪文 を終えると良いでしょう。そしてツィリル。思った以上に爆発したから良かったけ ど、実は少し狙いが外れていました。もっと正確にしましょう。」  トーリスは、それぞれ気になった点を言っていた。2人共、不満一つ言わずにト ーリスの言う事を聞いていた。それだけ信頼されているのだろう。 『分かりました!先生♪』  2人は声を揃えて礼をする。トーリスは、悪い気分では無かったが、少し照れ臭 そうだった。 「そう言うトーリスさんは、どういうのが得意なノ?」  ミリィは気になっていた。トーリスは、先生としては良いのは分かった。しかし、 魔法の方を見ていない。 「そうですねぇ。・・・面白い物を見せてあげますか。」  トーリスは、そう言うと両方の指を重ね合わせる。すると指の先が青白く光った。 「魔法の教科書には載ってませんが、こんな事も出来ますよ?」  トーリスは、そう言うと指を器用に動かしていく。すると、いつの間にか、氷の 彫像が出来上がっていった。 「魔法の『雹現』を少し利用すると、こうなります。」  トーリスは、そう言うと、あっという間に氷の花と言えば良いのだろうか?とん でもなく美しい彫像が出来た。『雹現』とは雹を作って相手に、ぶつける魔法だが、 固体を生み出す時に、多少手を加えれば、こう言う芸当も出来るのだった。ただ、 もちろん高等技術ではあった。 「わぁ・・・。」  ツィリルは見惚れていた。いや、ツィリルだけでは無い。皆、驚きと凄さのあま り、溜め息をついていた。 「まぁ実用的では、ありませんがね。」  パチン!  トーリスは、指を鳴らした。すると、氷の花が一瞬の内に溶けた。いや、蒸発し たと言っても良いだろう。どちらにせよ、この技術を持っているのならば、基本的 な魔術の高さは窺い知れると言う物だろう。ジーク達は、トーリスが味方で良かっ たと、つくづく思う。  パチパチパチ・・・。  皆、拍手をしていた。いつの間にか、ギャラリーが集まっていた。トーリスは苦 笑する。照れ臭いのだろう。 「素晴らしいですな。その力、我が「気」に貸して頂けませんか?」  不意に、ギャラリーから声がした。よく見ると「気」のバッジをしている。しか も1人ではない。ギャラリーの半分近くがそれだった。トーリスの顔が真顔に戻る。 「残念だけど、俺達は「望」に入ったんだけどなぁ。」  ジークが、わざとらしく大きい声で言う。 「我らはトーリス殿とお話しているのです。」  「気」の連中はギロッとジークを睨む。 「私も「望」に在籍中ですよ?」  トーリスは、口元で笑う。 「何も、ギルドを抜けてくれと頼んでいる訳ではありませぬ。我が「気」は、修行 のために、講師が必要なのです。協力してくれれば結構なのですぞ。」  「気」のリーダーがしゃしゃり出てくる。なるほど。悪い条件ではない。 「修行・・・ですか。なら問いますか。貴方達、修行と言いつつも、勢力を作って いるのは何故です?修行のためだけならば、勢力など作る必要は無いはず。」  トーリスは冷たい目で「気」の連中を見る。 「トーリス殿。経営と言う物を分かって下され。我らは「闇」も「光」にも興味は 無い。だが、彼らが争いを止めて我が「気」の志を目指してくれれば・・・と、願 うだけなのですぞ。」  リーダーが、何気なく宣伝していた。 「フッ。笑わせますね。聞いた話によると、力ずくで「闇」と「光」を入会させて いると聞きましたが?」  トーリスは、ちゃんと情報収集していた。その辺の抜かりは無い。「気」の連中 が「闇」と「光」のメンバーを倒した後に、服従か死かを選ばせていると言う事は、 とっくに調べが付いていた。 「我々は、素晴らしさをストリウス中に広めようと思っているだけなのだが。」  とうとう言い訳も見苦しくなってきた。 「黙りなさい。あなた達のやっている事は、所詮「闇」や「光」と変わりは無いの ですよ。そんな所に、協力するほど私は落ちぶれてはいませんが。」  トーリスは、鼻先で笑った。明らかに侮蔑していた。 「仕方が無い。力ずくと言うのは、好きじゃ無かったんですがね。」  「気」のリーダーは、ニヤリと笑う。すると、あっという間に去っていったギャ ラリーを抜かして、全てが「気」の連中だったのだろう。40人近くが、空き地の 周りを囲んでいた。 「トーリス!」  ジークは危険を察知して、魔法剣を抜こうとする。すると、トーリスは手の平を 見せて、ジーク達を制する。 「私1人で充分です。と言うより、やらせて下さい。」  トーリスは、中々おっかない笑顔を浮かべていた。かなり、本気で怒っているら しい。ジーク達は、自分達の身を守る事に集中する事にした。 「フッ。我々も舐められた物だ。1人で、この人数を相手する気かね?」  リーダーは、トーリスが1人で平然としているのを見て少し驚く。 「だとしたら・・・どうします?」  トーリスは、まだ余裕だった。 「掛かれ!」  リーダーは合図する。すると、一斉に上からそして、4方向から攻撃が展開する。 「トーリス!」  さすがにジークも心配していた。しかし、その心配は徒労に終わった。トーリス は、何と全ての攻撃を躱していた。無駄な動きは一切無い。恐ろしい体術の冴えだ った。しかも、躱しながら、正確に急所に攻撃を入れていた。 「す、凄いネ・・・。」  さすがのミリィも、これには驚いていた。ストリウス拳法とは全く違う動きだ。 無駄な動きが一切無く、完成された動き。これがフジーヤから教わった体術だった。 「・・・やるな。」  リーダーは、さすがにトーリスの実力を見誤っていた。いつの間にか10人ほど やられていたのである。 「ならば次は、これでどうだ!行け!」  リーダーは、合図すると10人ほどが、魔法の体制に入る。そして、一斉に『火 矢』の魔法を投げつける。逃げ場は無かった。 「フッ。そうこなくてはね。」  トーリスは、冷たく笑うと人差し指を炎の集まる所に当てる。すると、何と、ト ーリスの指で全ての炎が燻って止まっていた。 「な!なんだと!」  さすがに、魔法使い達はうろたえた。自分達が、束になって撃った魔法が、何と トーリスは指一本で止めたのだ。何と言う魔力の差なのだろう。 「さて、魔法講座の実践編をお見せしますか。」  トーリスは、顎に手をかける。指で止めたまま、今度はその指に魔力を込める。 すると、燃え上がる魔法が、どんどん氷と化していった。 「ひ、ひいいいい!」  魔法使い達は、ドンドン迫る氷に恐怖して魔法を止めると、そのまま皆、逃げ出 してしまった。 「化け物が!」  段々、リーダーに余裕が無くなる。 「失礼な人にはお仕置きしなくてはね。」  トーリスは、そう言うと掌を上に翳すと、青白く光る魔力を見せる。残った20 人は、かなり怯んでいた。 「何をやっている!かかれ!」  リーダーの一言で、全員が一斉に掛かる! 「少し見せてあげますか。『氷砕』!」  トーリスは、掌を前に持ってくると『氷砕』の魔法を撃ち出す。この魔法は、上 級魔法の一つで、氷の刃を作り出して自在に操る魔法だった。しかし、トーリスほ どの魔力があれば、20人全員に向かって撃ち出すのは全く問題なかった。トーリ スは、それを全て「気」のバッジに向かって撃ち出した。そして、全て命中してい た。バッジは、肩の位置なので、皆、肩を押さえる。もちろん貫いていたのだ。 「グフッ。何たる奴・・・。」  リーダーは肩で息をしていた。 「帰って治療しなさい。今なら大事に至らずに済みますよ?」  トーリスは、そう言うと背後を向く。すると、リーダー以外の「気」の連中は、 もう皆、引き下がってしまった。 「おのれ!」  リーダーは、腰の短剣をトーリスに投げつける。  バシィ!  トーリスは、それを振り向き様に人差し指と中指で挟み込むように受け止めた。 「・・・。勉強し足りない人ですね。貴方、死にたいのですか?」  トーリスは、リーダーに向かって一歩ずつ前進する。目が笑っていなかった。さ すがに、後ろから狙うと言うのはトーリスは嫌いだったのだ。 「う、うわあああああ!」  リーダーは、なりふり構わず逃げ出した。 「全く・・・。モラルの無い人達は、困りますね。」  トーリスは、そう言うと、受け止めた短剣を逃げていくリーダーに向かって投げ つけた。すると、上手く腰の鞘の中に入った。中々見事なコントロールである。 「あんまり参考にならなかったですかね?私の得意な氷結魔法ばかり使ってしまい ましたからねぇ。」  トーリスは、すでに普通の状態に戻っていた。この男が動揺する事など、あるの だろうか?どうにも弱点の無い男だった。 「さっすがセンセー!すっごいね!」  ツィリルは満面の笑みを作る。トーリスは、それに笑みで返す。  ジークは、本当にトーリスが敵で無くて良かったと思っていた。  プサグルの街は、一時期、戦争と混乱に満ち溢れていたが、ヒルトのおかげで今 は、活気に溢れる街へと変貌していった。この街も、ルクトリアほどでは無いが、 平和な街と化していた。主な外敵と言えば、デルルツィアや、もしやするとストリ ウス、そしてガリウロルくらいである。  ヒルトが王位に就いた事で、ルクトリア、パーズ、バルゼ、そしてサマハドール とは、国交が深まったのである。ルクトリアは父の国であるし、パーズ、バルゼは、 ルクトリア時代に同盟していた国である。そして、サマハドールは、自分の妃であ るディアンヌの故郷だ。  ヒルトの考えは、それだけに留まらなかった。ソクトア全土は統一されるべきだ と考えていた。支配するのでは無く、同盟という形でだ。何故かと言えば、黒竜王 の到来から、魔族や龍などが各地で見かけるようになって、人間同士で争っている 場合では無いと思っていたからだ。  何はともあれ、多くの国と国交を結び、今では軍事国家と言うより、貿易が盛ん な商業国家と変わりつつある。この国は、平和その物であった。ただ、外敵が居る 分だけ、ルクトリアよりは軍の統制は取れている。 (中々手ごわい国だな・・・。ヒルトと言う男。かなりのやり手だ。)  1人の男が、このプサグルに入ってきた。うっすら青い髪を持つ男。ミクガード であった。一見、ただの傭兵に見える。しかし、この男こそデルルツィアのスパイ なのであった。 (さて、どうやって王宮の中を拝見するか・・・。)  ミクガードは、思案する。街に入り込むのは、デルルツィア以外の国は、かなり 容易い。大概の街は門など設けていないので、流れ着いた旅人を装っていれば、す ぐに入れる。しかし、城となれば話は別だ。城は、言わば中心である。そこに、容 易く入られたら、一大事である。城には門番。城壁は高く、それぞれ4方向に見張 りを立てて、いつ何が来ても、すぐに迎撃するための部隊を編成していた。 (内情を知るためには、城への侵入は不可欠・・・。だがなぁ・・・。)  ミクガードは、馬鹿ではない。いきなり進入するほど頭の悪い男では無かった。 (ム?これは・・・使えるかもな。)  ミクガードは、チラシを手に取っていた。そこには『来たれ!プサグルへ!傭兵 募集中!』と書かれていた。ヒルトも万能では無い。自分達の兵だけでは不安にも なる。昔ライルが、傭兵を率いてきた時、凄い活躍をしてたのを知ってたので、ど うしても傭兵に頼ってしまうのだ。  ミクガードは、チラシを自分のカバンの中に入れて城門へと向かう。  城門は、デルルツィアに負けないほど大きい。いや、それ以上かも知れない。さ すがは、プサグルである。 「そこの君。プサグルの城に何か御用かな?」  門番が、ミクガードが近づいて来るのを、知ると止めさせる。 「いやぁ、このチラシ見て来たんだけどよ。受付所ってのは、どこだい?」  ミクガードは、さっき拾ったチラシを見せる。門番はチラシを良く見る。 「となると、我がプサグルのために戦ってくれると言う事かね?」  門番は、チラリとミクガードを見る。確かにミクガードは、体格も良いので役立 つだろう。 「いやぁ、そんな大層な物は持ち合わせてねぇけどよ。何せ路銀が尽きちまってな。 飯と路銀に在り付ければ幸いと思ったんだな。これが。」  ミクガードは、頭を掻く。少し髭面なのもあるので、あんまりプサグルのためと か言うと、却って怪しまれるのだ。 「フッ。まぁ良いでしょう。なら、ここに名前と動機を書きたまえ。これから合図 をして近衛団長様を連れてくる。」  門番は、そう言うと近くの兵士に合図をする。合図にも色々あって、今やってる 合図は、新兵士募集有りと言う合図であった。 (なかなか統制が取れてやがるな。こりゃ気合入れねぇとな。)  ミクガードはサラサラっと紙に名前と動機を書く。 「近衛団長様が来たようだ。粗相の無いようにな。」  門番がそう言うとひざまずく。すると門の奥から近衛団長と思わしき人物がやっ てきた。 「この時期に兵士になろうなんて物好きな奴はてめぇか?」  近衛団長は、髪が逆立つかと言うくらい、立っていてオールバックで決めていた。 歳は見た所、45歳位ではあるが、中々豪快な男であった。 「紙を見せな。どれどれ・・・。路銀が尽きた?ハッハッハ!おもしれぇ理由だな。」  近衛団長は、大笑いする。 「あんた、本当に近衛団長かよ?」  ミクガードは、つい言ってしまう。近衛団長と言うと、どうにもしっかりしてそ うなイメージがある。この男は、まるで、そんな物を感じない。 「近衛団長たって色々あるってぇ事さ。ところで、ミックだっけか?」  近衛団長は名前を呼ぶ。ミクガードは、万が一にも、バレるとまずいので、偽名 を使っていた。 「今、うちに欲しい傭兵ってのは、つええって事が第一だ。デルルツィアの事もあ るしな。何よりも、この頃暴れ回ってる魔族ってのも気にいらねぇ。」  近衛団長は、そう言うと、紙を剣で微塵切りにする。中々凄い腕前だ。 「お前さんの、その背中に背負ってる槍が、飾りじゃねぇかどうか、確かめさせて もらうぜ。良いな?」  近衛団長は、ニヤリと笑う。ミクガードは創術に心得があった。剣は、どうにも 性に合わない。デルルツィアも基本の主流は剣であったが、ミクガードは、ずっと 槍ばっか磨いてきた。おかげで王宮の中でもミクガードに勝てる者は居なかった。 「さて、手合わせする前に、俺の名前を教えて置いてやろうか。俺は、近衛団長の ドランドル=サミルだ。」 (何だと!?)  ミクガードは、さすがに声には出さなかったが、動揺していた。ドランドルと言 えば、プサグルの戦乱の時に、プサグル四天王を務めた「荒龍」のドランドルであ る。その男と手合わせとは、中々運が無い話であった。 「おしゃべりする暇は、ねぇ。城門を潜らせてやる。そこの城門前広場で、勝負し てやるぜ。・・・腕が鳴るってもんだ。」  ドランドルは、楽しそうだった。プサグル人が何故、この募集に来なかったのか が分かった。ドランドルとの対決が条件だと、あっという間に広がったからである。  しかし、ミクガードは逃げる訳にも行かなかったので、覚悟を決めた。 「ほら、お前創術なら、これだろ。」  ドランドルは、ミクガードに長めの棒を手渡す。ドランドルも木刀を持った。さ すがに実力を測るために、死人が出ては、まずいのだろう。 「どこからでも掛かってきな。」  ドランドルは、片手で木刀を掴むと、もう片方の手は、腰に手を当てる。 (俺を舐めてるのか?凄い自信だな・・・。)  ミクガードは、棒を握り締める。槍を構えるのと同じ構えだ。 「はぁぁぁ!!!ハイ!ホウ!ハァーーイ!」  ミクガードは、3段突きを見せる。両肩と最後に腹を狙った。 「まどろっこしいぜ!」  ドランドルは、そう言い放つと両肩の2段を体を捻っただけで避けて、3段目は、 木刀の背で弾き返す。ミクガードは、弾き返された威力だけで少し吹き飛ばされた。 (なんて力だ!さすがは、四天王・・・。)  ミクガードは、ドランドルの力を見誤っていた。歳は取っても、そのパワーは、 健在だった。四天王を務めていたのは、ハッタリでは無かった。 「お前さぁ。俺が「荒龍」なんて、呼ばれてるのは、伊達じゃねぇんだぜ?」  ドランドルは、そう言うと顔付きが変わる。目を細くして、獲物を狙うような目 になった。ミクガードは、怯まずに、棒をしっかりと握り返す。 「良い判断だ。怖気付いてたら倒す所だったぜ?」  ドランドルは、木刀を強く握る。やる気だ。 「うぉぉぉおお!!!」  ドランドルは、カッと目を見開くと、気合と共に、ミクガードに突進する。する と、狂ったように、パワーでミクガードを押す。正に荒れ狂う龍のようだった。 (凄いプレッシャーだ!これが、真の力だとでも言うのかよ!)  ミクガードは、防戦一方になっていた。このままでは、やられるだけだろう。 「・・・舐めるなぁ!」  ミクガードは、気合でドランドルの振りを躱しに掛かる。何発か掠ったが、何と か、躱せる様になってきた。 「ハァァイ!」  ミクガードは、隙を見て反撃する。しかし、そこにドランドルは居なかった。 (どこだ!?消えた!?)  ミクガードは、ドランドルを見失った。 「後ろだ!」  ドランドルの声がして、頭部に激痛が走る。ミクガードは、頭を押さえる。 「ぐはっ!くぅ!」  ミクガードは、悔しそうに地面を叩く。 「よーーし。俺の一本勝ちだな。」  ドランドルは、満足そうにケラケラ笑う。 「ちっ。路銀にありつけると思ったんだが、ハードルが高いな。」  ミクガードは、そう言うと棒を置く。そして、荷物を持つと門の方へと向かった。 「お前どこ行くんだ?明日から、ここで働くんじゃねぇのか?」  ドランドルは、ミクガードを引き止める。 「何を言ってるんだ。俺は負けただろうが。」 「勘違いするなよ。俺は実力を試しただけだ。お前くらいの闘志と腕があれば合格 に決まってるじゃねぇか。」  そう言うと、ドランドルは、ニヤリと笑う。 「良いのか?俺は・・・。」 「働くのが嫌なら出て行って良いんだぜ?ミックさんよ。」  ドランドルは、挑発する。どうやら、ドランドルは、ミクガードの事が気に入っ たらしい。 「しょうがねぇな。契約違反は、俺も嫌だからな。」  ミクガードも、ニヤリと笑う。どうやらドランドルとは、ウマが合うらしい。し かし、それは仲間としての話だろう。本当の事は、言えなかった。 「なら、今日から、よろしく頼むぜ?」  ドランドルは、握手を求める。硬くてゴツゴツした手だったが、どこか暖かみの ある手だった。ミクガードは、しっかりと握手をした。  ミクガードは潜入に成功した。しかし、この国を攻めると思うと気が重かった。 果たして、それが本当に良い道なのか考えていた・・・。  プサグルは、本当に良い国だ。その事がミクガードの頭を支配していた。  ミクガードがプサグルの兵士となる・・・。このことが吉と出るか凶と出るかは、 まだ時代は語ってくれなかった。