NOVEL 1-6(Second)

ソクトア第2章1巻の6(後半)


 「聖亭」では今日も、人がいっぱいであった。新しく入ったレイアが、その原因
でもあった。最初はミリィの代わりなんて務まるのかと心配していたレイホウも、
その手際の見事さには感心するばかりであった。常連さんとの受けも良いので、中
々安心して任せられそうだ。ミリィも、少し悔しさは残るが、反対に安心も出来る
ので、それで良いと思っていた。
 とうとう明日から冒険と言う事になって、ジーク達は色々宿で準備していたのだ。
ジークやサイジン、ミリィなどは、裏の空き地で訓練していたし、トーリスやツィ
リル、レルファなどは、魔法の瞑想とトーリスが中心になって、魔法の練習をして
いた。冒険に行く準備は「望」で色々済ませてあったので、最初の冒険でも失敗し
ないように自分達を高めているのだろう。
 ゲラムは、訓練場からまだ帰ってきていない。レイホウから聞いたのだが、相当
厳しい特訓を望んでいるようで、夜遅くまで掛かるそうだ。そして、ゲラムが選ん
だ武器とは、何と弓であった。確かにゲラムは自分の国でも弓術はやった事がある。
しかし、実践レベルでは無かったはずだ。それを極めようと言うのだから驚きであ
る。しかも、剣術のほうも磨きを掛けるようで、カリキュラムに入れているみたい
だ。その上盗賊としての技能を学ぼうと言うのだから中々ハードなスケジュールだ。
 それほど、自分が役に立ちたいと言う気持ちが強いのだろう。ゲラムは、まだ若
いし、今からグングン伸びるだろう。冒険から帰った時が楽しみである。しかしジ
ーク達も、それに負けまいと訓練は欠かさずやっている。良い相乗効果になってい
るようだ。
 そして、トーリスは宿の休憩室を借りて魔法の実践講座を開いていた。ツィリル
やレルファが、その生徒みたいなもので、トーリスもすっかり先生らしくなって来
ていた。トーリスは、教え方も上手なので、レルファやツィリルが感心するほど自
分達の方向性を示してくれていた。「聖亭」に来てから毎日やっている事だった。
「あなた達の資質は、今やってもらった魔法の威力で分かりました。」
 トーリスは、まず2人に教科書に載ってる魔法を全て覚えてもらって、とりあえ
ずやってもらう事にした。教科書には、一通り最下級魔法が載っている。下級魔法
は、また違う教科書に載っているので、まずは、最下級を試してからの方が良いと
思ったのだ。それに下級魔法からは、全種類では無く、それぞれ資質に合わせた教
科書となっているので、まず資質を見極めるのが、一番だった。
「もう分かったんだ。さっすがセンセーだね!」
 ツィリルはトーリスの腕の良さに感心していた。実際に、レルファもツィリルも、
ここ数日で、自分達の魔力が、確実にアップしているのが分かった。
「あなた達の素質もありますよ。いくら上手に教えても素質が無い方は伸びません。」
 トーリスは、謙遜していた。しかし言ってるのは本当の事で、魔法の素質が無い
人は、最初から無理なのである。その辺が魔法使いの特異な所でもあった。サイジ
ンやゲラムなどは、全く素質が無い。その事は2人にも伝えてあった。トーリスは、
そう言う所では容赦しない。無い者にあると嘘を付きたく無いのだろう。徹底して
いた。そして、実はミリィやジークには、素質があるようで、見抜いていた。特に
ミリィは、風関係の魔法については間違いなく極められるレベルの素質があった。
ジークの方は、炎関係が少しであろうか?トーリスは、その事を言ったのだが、ま
だ教わる気は無いようだった。ジークもミリィも、まだ自分達の武術を磨く方が先
なのだろう。トーリスも、それを感じたから無理に勧めたりは、しなかった。
「へぇ。私は神聖関係なんだ。修道院の近くに居たせいもあるのかな?」
 レルファは、トーリスから神聖関係の魔法の資質があると言われていた。
「どうでしょう?貴女の母親が、確か修道女だったと聞きますし、そのせいでは?」
 トーリスは、マレルがソクトアの中でも屈指の修道女だったのを知っている。そ
の血が受け継がれているのだと、感じていた。ジークにも魔力を感じるのは、その
せいもあるのだろう。
「わたしは、爆発関係かー・・・。魔法学校じゃそんなの教えてくれなかったなぁ。」
 ツィリルが頬を膨らませる。魔法学校では、一番教えるのが簡単な熱や炎関係を
中心に行っている所が多い。そのせいなのだろう。
「ちなみに私は、これです。」
 トーリスは、そう言うとコップを右手に持って左手の人差し指をコップの方に向
ける。すると、何も入ってなかったコップに、どんどん氷が出来ていく。
「トーリス先生は、氷結関係かぁ。なるほどねー。」
 レルファも感心していた。いとも簡単にやっている、この作業も、実は難しい事
を知っている。資質があるのだろう。普通に冷たくするのは、まだしも、固体を絞
って作り出すのは高等技術だった。それにしても、トーリスは既に、2人からは、
先生扱いであった。実際に講師の資格も持っているし、魔法の技術は、ソクトアの
中でもトップクラスなのだ。別にそう呼ばれても不思議では無い。
「さて、資質が分かった所で、実践と行きましょうか。」
 トーリスは、そう言うと、休憩室にある裏口から空き地に出る。2人が、それに
続いた。すると、ちょうどサイジンとジークが訓練し終わって、休んでいる所だっ
た。ミリィも疲れた顔をしていた。
「お?これはこれは、トーリス先生。」
 サイジンが冷やかす。トーリスは、少し恥ずかしそうにしていた。実の所を言え
ば、トーリスがレルファから先生と呼ばれているのが羨ましいだけだろう。
「冷やかさないで下さいよ。それより、実践に移るんで場所お借りして良いですか?」
 トーリスが、3人に問う。
「見れば分かる通り、クタクタだヨ。どうゾ。」
 ミリィは、手を差し出してOKのサインを出す。
「では、レルファ。まず、神聖魔法の教科書の45ページにある魔法を、ジークに
掛けてあげなさい。」
 トーリスは、ジークを指差す。ジークは、さすがに後ずさりする。
「実験台は、勘弁してくれよ。トーリス。」
 ジークは、いつもレルファに実験台にされてるので、良い気持ちはしなかった。
「安心なさい。危険な魔法では無いですよ。レルファのためと思って。」
 トーリスは簡単に言ってくれる。結構こういう所では、押しの強い所がある。人
は見かけによらない物だ。
「レルファのためと言うのならば、このサイジンが、受けましょう!」
 サイジンが踊り出てくる。疲れているはずなのに、よくもまぁ、動ける物だ。
「まぁサイジンでも良いですか。じゃレルファ。やってみて下さい。」
 トーリスは、合図する。すると、レルファは真剣な顔つきで呪文を唱え始める。
すると、レルファの手が白く光りだした。
「サイジン。失敗したらゴメンネ。」
 レルファは無責任な事を言う。さすがに、サイジンは逃げなかったが顔は引きつ
っていた。
「疲れを癒します!『精励』!」
 レルファは、サイジンに向かって光る物を叩き付ける。すると、サイジンの体が
光り始めた。
「お!?おお・・・。これは!体中に元気が漲るようですな!」
 サイジンは、疲れていた体が、一瞬の内に癒されるのを感じた。手に力が入るよ
うになる。
「・・・良いでしょう。初めてで成功するとは、中々です。」
 トーリスは、サイジンの様子をチェックして頷く。『精励』は、相手の傷などで
は無く、疲れの方を癒す魔法だった。ジーク達を見て、この魔法を試すのが良いと
思ったのだろう。神聖魔法には、主に傷を癒す系の魔法が揃っている。
「やった!サイジン。サンキュー♪」
 レルファは、嬉しさのあまり、ガッツポーズをする。
「レルファに、疲れを癒してもらった挙句に、感謝までされるとは・・・。このサ
イジン、本望・・・。本望ですぞぉ!」
 サイジンは、感動して涙を流していた。そんなに嬉しい物だろうか・・・。レル
ファは、頭を掻いて照れていた。
「センセー!次はわたしだね!」
 ツィリルは気合が入っていた。トーリスに良い所を見せたいのだろう。
「そうですね。ツィリル。じゃぁ貴女は、この石を爆発魔法の教科書の33ページ
に載ってる物で攻撃して見て下さい。」
 トーリスは、そう言うと空き地にある、大きめの石を持ってくる。
「狙いは慎重につけて下さいね。それと、皆さん。少し離れた方が良い。」
 トーリスは、指示する。3人は、石から離れた所に移動した。特にサイジンとレ
ルファは、遠めに離れていた。2人は、ツィリルが酒で酔った時の魔法の威力を知
っているので、どうにも危険だと思ったらしい。
「よーーし!」
 ツィリルは呪文を唱える。集中しているのだろう。元々素質は、抜群と言われた
だけあって、集中すると凄い魔力の高まりを感じた。ツィリルの両手が黄色く光る。
「いっくよー!『砲爆』!」
 ツィリルは、そう言うと、両手から、まるで砲台のように黄色い塊を放つ。する
と、石に向かって、その光は突き進んで行った。
 ボウン!
 物凄い音と共に、石が爆発して見えなくなった。と言うより、煙が物凄いと思っ
ている内に、跡形も無く消えてしまった。『砲爆』と言うのは、手を砲台に見立て
て撃ち出す爆発魔法の一種であった。
「おお。やるなぁ。ツィリル。」
 ジークは感心していた。あのツィリルが、結構見事な芸当を見せる物である。ジ
ークも、あの時酔っ払っていたのでツィリルが凄い素質だと言う事を知らないのだ。
「ツィリルちゃん。凄いネ!」
 ミリィも素直に感心していた。魔法自体中々見た事が無いので、心強い力だと思
ったのは、間違いないようだった。
「エヘヘッ♪ありがとー!どう?センセー。」
 ツィリルは、はしゃいでトーリスに聞く。
「良いですね。2人共、飲み込みが早くて助かりますよ。」
 トーリスは、謙遜では無く、そう思った。最初から、いきなり成功させるのは、
そんなに簡単な事じゃない。しかし、この2人は素質からしてバッチリであった。
「ただ、課題は、ありますよ?」
 トーリスは、ニッコリ笑った。2人はギクッとする。
「レルファの場合、『精励』自体は凄く良かった。でも、もうちょっと早めに呪文
を終えると良いでしょう。そしてツィリル。思った以上に爆発したから良かったけ
ど、実は少し狙いが外れていました。もっと正確にしましょう。」
 トーリスは、それぞれ気になった点を言っていた。2人共、不満一つ言わずにト
ーリスの言う事を聞いていた。それだけ信頼されているのだろう。
『分かりました!先生♪』
 2人は声を揃えて礼をする。トーリスは、悪い気分では無かったが、少し照れ臭
そうだった。
「そう言うトーリスさんは、どういうのが得意なノ?」
 ミリィは気になっていた。トーリスは、先生としては良いのは分かった。しかし、
魔法の方を見ていない。
「そうですねぇ。・・・面白い物を見せてあげますか。」
 トーリスは、そう言うと両方の指を重ね合わせる。すると指の先が青白く光った。
「魔法の教科書には載ってませんが、こんな事も出来ますよ?」
 トーリスは、そう言うと指を器用に動かしていく。すると、いつの間にか、氷の
彫像が出来上がっていった。
「魔法の『雹現』を少し利用すると、こうなります。」
 トーリスは、そう言うと、あっという間に氷の花と言えば良いのだろうか?とん
でもなく美しい彫像が出来た。『雹現』とは雹を作って相手に、ぶつける魔法だが、
固体を生み出す時に、多少手を加えれば、こう言う芸当も出来るのだった。ただ、
もちろん高等技術ではあった。
「わぁ・・・。」
 ツィリルは見惚れていた。いや、ツィリルだけでは無い。皆、驚きと凄さのあま
り、溜め息をついていた。
「まぁ実用的では、ありませんがね。」
 パチン!
 トーリスは、指を鳴らした。すると、氷の花が一瞬の内に溶けた。いや、蒸発し
たと言っても良いだろう。どちらにせよ、この技術を持っているのならば、基本的
な魔術の高さは窺い知れると言う物だろう。ジーク達は、トーリスが味方で良かっ
たと、つくづく思う。
 パチパチパチ・・・。
 皆、拍手をしていた。いつの間にか、ギャラリーが集まっていた。トーリスは苦
笑する。照れ臭いのだろう。
「素晴らしいですな。その力、我が「気」に貸して頂けませんか?」
 不意に、ギャラリーから声がした。よく見ると「気」のバッジをしている。しか
も1人ではない。ギャラリーの半分近くがそれだった。トーリスの顔が真顔に戻る。
「残念だけど、俺達は「望」に入ったんだけどなぁ。」
 ジークが、わざとらしく大きい声で言う。
「我らはトーリス殿とお話しているのです。」
 「気」の連中はギロッとジークを睨む。
「私も「望」に在籍中ですよ?」
 トーリスは、口元で笑う。
「何も、ギルドを抜けてくれと頼んでいる訳ではありませぬ。我が「気」は、修行
のために、講師が必要なのです。協力してくれれば結構なのですぞ。」
 「気」のリーダーがしゃしゃり出てくる。なるほど。悪い条件ではない。
「修行・・・ですか。なら問いますか。貴方達、修行と言いつつも、勢力を作って
いるのは何故です?修行のためだけならば、勢力など作る必要は無いはず。」
 トーリスは冷たい目で「気」の連中を見る。
「トーリス殿。経営と言う物を分かって下され。我らは「闇」も「光」にも興味は
無い。だが、彼らが争いを止めて我が「気」の志を目指してくれれば・・・と、願
うだけなのですぞ。」
 リーダーが、何気なく宣伝していた。
「フッ。笑わせますね。聞いた話によると、力ずくで「闇」と「光」を入会させて
いると聞きましたが?」
 トーリスは、ちゃんと情報収集していた。その辺の抜かりは無い。「気」の連中
が「闇」と「光」のメンバーを倒した後に、服従か死かを選ばせていると言う事は、
とっくに調べが付いていた。
「我々は、素晴らしさをストリウス中に広めようと思っているだけなのだが。」
 とうとう言い訳も見苦しくなってきた。
「黙りなさい。あなた達のやっている事は、所詮「闇」や「光」と変わりは無いの
ですよ。そんな所に、協力するほど私は落ちぶれてはいませんが。」
 トーリスは、鼻先で笑った。明らかに侮蔑していた。
「仕方が無い。力ずくと言うのは、好きじゃ無かったんですがね。」
 「気」のリーダーは、ニヤリと笑う。すると、あっという間に去っていったギャ
ラリーを抜かして、全てが「気」の連中だったのだろう。40人近くが、空き地の
周りを囲んでいた。
「トーリス!」
 ジークは危険を察知して、魔法剣を抜こうとする。すると、トーリスは手の平を
見せて、ジーク達を制する。
「私1人で充分です。と言うより、やらせて下さい。」
 トーリスは、中々おっかない笑顔を浮かべていた。かなり、本気で怒っているら
しい。ジーク達は、自分達の身を守る事に集中する事にした。
「フッ。我々も舐められた物だ。1人で、この人数を相手する気かね?」
 リーダーは、トーリスが1人で平然としているのを見て少し驚く。
「だとしたら・・・どうします?」
 トーリスは、まだ余裕だった。
「掛かれ!」
 リーダーは合図する。すると、一斉に上からそして、4方向から攻撃が展開する。
「トーリス!」
 さすがにジークも心配していた。しかし、その心配は徒労に終わった。トーリス
は、何と全ての攻撃を躱していた。無駄な動きは一切無い。恐ろしい体術の冴えだ
った。しかも、躱しながら、正確に急所に攻撃を入れていた。
「す、凄いネ・・・。」
 さすがのミリィも、これには驚いていた。ストリウス拳法とは全く違う動きだ。
無駄な動きが一切無く、完成された動き。これがフジーヤから教わった体術だった。
「・・・やるな。」
 リーダーは、さすがにトーリスの実力を見誤っていた。いつの間にか10人ほど
やられていたのである。
「ならば次は、これでどうだ!行け!」
 リーダーは、合図すると10人ほどが、魔法の体制に入る。そして、一斉に『火
矢』の魔法を投げつける。逃げ場は無かった。
「フッ。そうこなくてはね。」
 トーリスは、冷たく笑うと人差し指を炎の集まる所に当てる。すると、何と、ト
ーリスの指で全ての炎が燻って止まっていた。
「な!なんだと!」
 さすがに、魔法使い達はうろたえた。自分達が、束になって撃った魔法が、何と
トーリスは指一本で止めたのだ。何と言う魔力の差なのだろう。
「さて、魔法講座の実践編をお見せしますか。」
 トーリスは、顎に手をかける。指で止めたまま、今度はその指に魔力を込める。
すると、燃え上がる魔法が、どんどん氷と化していった。
「ひ、ひいいいい!」
 魔法使い達は、ドンドン迫る氷に恐怖して魔法を止めると、そのまま皆、逃げ出
してしまった。
「化け物が!」
 段々、リーダーに余裕が無くなる。
「失礼な人にはお仕置きしなくてはね。」
 トーリスは、そう言うと掌を上に翳すと、青白く光る魔力を見せる。残った20
人は、かなり怯んでいた。
「何をやっている!かかれ!」
 リーダーの一言で、全員が一斉に掛かる!
「少し見せてあげますか。『氷砕』!」
 トーリスは、掌を前に持ってくると『氷砕』の魔法を撃ち出す。この魔法は、上
級魔法の一つで、氷の刃を作り出して自在に操る魔法だった。しかし、トーリスほ
どの魔力があれば、20人全員に向かって撃ち出すのは全く問題なかった。トーリ
スは、それを全て「気」のバッジに向かって撃ち出した。そして、全て命中してい
た。バッジは、肩の位置なので、皆、肩を押さえる。もちろん貫いていたのだ。
「グフッ。何たる奴・・・。」
 リーダーは肩で息をしていた。
「帰って治療しなさい。今なら大事に至らずに済みますよ?」
 トーリスは、そう言うと背後を向く。すると、リーダー以外の「気」の連中は、
もう皆、引き下がってしまった。
「おのれ!」
 リーダーは、腰の短剣をトーリスに投げつける。
 バシィ!
 トーリスは、それを振り向き様に人差し指と中指で挟み込むように受け止めた。
「・・・。勉強し足りない人ですね。貴方、死にたいのですか?」
 トーリスは、リーダーに向かって一歩ずつ前進する。目が笑っていなかった。さ
すがに、後ろから狙うと言うのはトーリスは嫌いだったのだ。
「う、うわあああああ!」
 リーダーは、なりふり構わず逃げ出した。
「全く・・・。モラルの無い人達は、困りますね。」
 トーリスは、そう言うと、受け止めた短剣を逃げていくリーダーに向かって投げ
つけた。すると、上手く腰の鞘の中に入った。中々見事なコントロールである。
「あんまり参考にならなかったですかね?私の得意な氷結魔法ばかり使ってしまい
ましたからねぇ。」
 トーリスは、すでに普通の状態に戻っていた。この男が動揺する事など、あるの
だろうか?どうにも弱点の無い男だった。
「さっすがセンセー!すっごいね!」
 ツィリルは満面の笑みを作る。トーリスは、それに笑みで返す。
 ジークは、本当にトーリスが敵で無くて良かったと思っていた。


 プサグルの街は、一時期、戦争と混乱に満ち溢れていたが、ヒルトのおかげで今
は、活気に溢れる街へと変貌していった。この街も、ルクトリアほどでは無いが、
平和な街と化していた。主な外敵と言えば、デルルツィアや、もしやするとストリ
ウス、そしてガリウロルくらいである。
 ヒルトが王位に就いた事で、ルクトリア、パーズ、バルゼ、そしてサマハドール
とは、国交が深まったのである。ルクトリアは父の国であるし、パーズ、バルゼは、
ルクトリア時代に同盟していた国である。そして、サマハドールは、自分の妃であ
るディアンヌの故郷だ。
 ヒルトの考えは、それだけに留まらなかった。ソクトア全土は統一されるべきだ
と考えていた。支配するのでは無く、同盟という形でだ。何故かと言えば、黒竜王
の到来から、魔族や龍などが各地で見かけるようになって、人間同士で争っている
場合では無いと思っていたからだ。
 何はともあれ、多くの国と国交を結び、今では軍事国家と言うより、貿易が盛ん
な商業国家と変わりつつある。この国は、平和その物であった。ただ、外敵が居る
分だけ、ルクトリアよりは軍の統制は取れている。
(中々手ごわい国だな・・・。ヒルトと言う男。かなりのやり手だ。)
 1人の男が、このプサグルに入ってきた。うっすら青い髪を持つ男。ミクガード
であった。一見、ただの傭兵に見える。しかし、この男こそデルルツィアのスパイ
なのであった。
(さて、どうやって王宮の中を拝見するか・・・。)
 ミクガードは、思案する。街に入り込むのは、デルルツィア以外の国は、かなり
容易い。大概の街は門など設けていないので、流れ着いた旅人を装っていれば、す
ぐに入れる。しかし、城となれば話は別だ。城は、言わば中心である。そこに、容
易く入られたら、一大事である。城には門番。城壁は高く、それぞれ4方向に見張
りを立てて、いつ何が来ても、すぐに迎撃するための部隊を編成していた。
(内情を知るためには、城への侵入は不可欠・・・。だがなぁ・・・。)
 ミクガードは、馬鹿ではない。いきなり進入するほど頭の悪い男では無かった。
(ム?これは・・・使えるかもな。)
 ミクガードは、チラシを手に取っていた。そこには『来たれ!プサグルへ!傭兵
募集中!』と書かれていた。ヒルトも万能では無い。自分達の兵だけでは不安にも
なる。昔ライルが、傭兵を率いてきた時、凄い活躍をしてたのを知ってたので、ど
うしても傭兵に頼ってしまうのだ。
 ミクガードは、チラシを自分のカバンの中に入れて城門へと向かう。
 城門は、デルルツィアに負けないほど大きい。いや、それ以上かも知れない。さ
すがは、プサグルである。
「そこの君。プサグルの城に何か御用かな?」
 門番が、ミクガードが近づいて来るのを、知ると止めさせる。
「いやぁ、このチラシ見て来たんだけどよ。受付所ってのは、どこだい?」
 ミクガードは、さっき拾ったチラシを見せる。門番はチラシを良く見る。
「となると、我がプサグルのために戦ってくれると言う事かね?」
 門番は、チラリとミクガードを見る。確かにミクガードは、体格も良いので役立
つだろう。
「いやぁ、そんな大層な物は持ち合わせてねぇけどよ。何せ路銀が尽きちまってな。
飯と路銀に在り付ければ幸いと思ったんだな。これが。」
 ミクガードは、頭を掻く。少し髭面なのもあるので、あんまりプサグルのためと
か言うと、却って怪しまれるのだ。
「フッ。まぁ良いでしょう。なら、ここに名前と動機を書きたまえ。これから合図
をして近衛団長様を連れてくる。」
 門番は、そう言うと近くの兵士に合図をする。合図にも色々あって、今やってる
合図は、新兵士募集有りと言う合図であった。
(なかなか統制が取れてやがるな。こりゃ気合入れねぇとな。)
 ミクガードはサラサラっと紙に名前と動機を書く。
「近衛団長様が来たようだ。粗相の無いようにな。」
 門番がそう言うとひざまずく。すると門の奥から近衛団長と思わしき人物がやっ
てきた。
「この時期に兵士になろうなんて物好きな奴はてめぇか?」
 近衛団長は、髪が逆立つかと言うくらい、立っていてオールバックで決めていた。
歳は見た所、45歳位ではあるが、中々豪快な男であった。
「紙を見せな。どれどれ・・・。路銀が尽きた?ハッハッハ!おもしれぇ理由だな。」
 近衛団長は、大笑いする。
「あんた、本当に近衛団長かよ?」
 ミクガードは、つい言ってしまう。近衛団長と言うと、どうにもしっかりしてそ
うなイメージがある。この男は、まるで、そんな物を感じない。
「近衛団長たって色々あるってぇ事さ。ところで、ミックだっけか?」
 近衛団長は名前を呼ぶ。ミクガードは、万が一にも、バレるとまずいので、偽名
を使っていた。
「今、うちに欲しい傭兵ってのは、つええって事が第一だ。デルルツィアの事もあ
るしな。何よりも、この頃暴れ回ってる魔族ってのも気にいらねぇ。」
 近衛団長は、そう言うと、紙を剣で微塵切りにする。中々凄い腕前だ。
「お前さんの、その背中に背負ってる槍が、飾りじゃねぇかどうか、確かめさせて
もらうぜ。良いな?」
 近衛団長は、ニヤリと笑う。ミクガードは創術に心得があった。剣は、どうにも
性に合わない。デルルツィアも基本の主流は剣であったが、ミクガードは、ずっと
槍ばっか磨いてきた。おかげで王宮の中でもミクガードに勝てる者は居なかった。
「さて、手合わせする前に、俺の名前を教えて置いてやろうか。俺は、近衛団長の
ドランドル=サミルだ。」
(何だと!?)
 ミクガードは、さすがに声には出さなかったが、動揺していた。ドランドルと言
えば、プサグルの戦乱の時に、プサグル四天王を務めた「荒龍」のドランドルであ
る。その男と手合わせとは、中々運が無い話であった。
「おしゃべりする暇は、ねぇ。城門を潜らせてやる。そこの城門前広場で、勝負し
てやるぜ。・・・腕が鳴るってもんだ。」
 ドランドルは、楽しそうだった。プサグル人が何故、この募集に来なかったのか
が分かった。ドランドルとの対決が条件だと、あっという間に広がったからである。
 しかし、ミクガードは逃げる訳にも行かなかったので、覚悟を決めた。
「ほら、お前創術なら、これだろ。」
 ドランドルは、ミクガードに長めの棒を手渡す。ドランドルも木刀を持った。さ
すがに実力を測るために、死人が出ては、まずいのだろう。
「どこからでも掛かってきな。」
 ドランドルは、片手で木刀を掴むと、もう片方の手は、腰に手を当てる。
(俺を舐めてるのか?凄い自信だな・・・。)
 ミクガードは、棒を握り締める。槍を構えるのと同じ構えだ。
「はぁぁぁ!!!ハイ!ホウ!ハァーーイ!」
 ミクガードは、3段突きを見せる。両肩と最後に腹を狙った。
「まどろっこしいぜ!」
 ドランドルは、そう言い放つと両肩の2段を体を捻っただけで避けて、3段目は、
木刀の背で弾き返す。ミクガードは、弾き返された威力だけで少し吹き飛ばされた。
(なんて力だ!さすがは、四天王・・・。)
 ミクガードは、ドランドルの力を見誤っていた。歳は取っても、そのパワーは、
健在だった。四天王を務めていたのは、ハッタリでは無かった。
「お前さぁ。俺が「荒龍」なんて、呼ばれてるのは、伊達じゃねぇんだぜ?」
 ドランドルは、そう言うと顔付きが変わる。目を細くして、獲物を狙うような目
になった。ミクガードは、怯まずに、棒をしっかりと握り返す。
「良い判断だ。怖気付いてたら倒す所だったぜ?」
 ドランドルは、木刀を強く握る。やる気だ。
「うぉぉぉおお!!!」
 ドランドルは、カッと目を見開くと、気合と共に、ミクガードに突進する。する
と、狂ったように、パワーでミクガードを押す。正に荒れ狂う龍のようだった。
(凄いプレッシャーだ!これが、真の力だとでも言うのかよ!)
 ミクガードは、防戦一方になっていた。このままでは、やられるだけだろう。
「・・・舐めるなぁ!」
 ミクガードは、気合でドランドルの振りを躱しに掛かる。何発か掠ったが、何と
か、躱せる様になってきた。
「ハァァイ!」
 ミクガードは、隙を見て反撃する。しかし、そこにドランドルは居なかった。
(どこだ!?消えた!?)
 ミクガードは、ドランドルを見失った。
「後ろだ!」
 ドランドルの声がして、頭部に激痛が走る。ミクガードは、頭を押さえる。
「ぐはっ!くぅ!」
 ミクガードは、悔しそうに地面を叩く。
「よーーし。俺の一本勝ちだな。」
 ドランドルは、満足そうにケラケラ笑う。
「ちっ。路銀にありつけると思ったんだが、ハードルが高いな。」
 ミクガードは、そう言うと棒を置く。そして、荷物を持つと門の方へと向かった。
「お前どこ行くんだ?明日から、ここで働くんじゃねぇのか?」
 ドランドルは、ミクガードを引き止める。
「何を言ってるんだ。俺は負けただろうが。」
「勘違いするなよ。俺は実力を試しただけだ。お前くらいの闘志と腕があれば合格
に決まってるじゃねぇか。」
 そう言うと、ドランドルは、ニヤリと笑う。
「良いのか?俺は・・・。」
「働くのが嫌なら出て行って良いんだぜ?ミックさんよ。」
 ドランドルは、挑発する。どうやら、ドランドルは、ミクガードの事が気に入っ
たらしい。
「しょうがねぇな。契約違反は、俺も嫌だからな。」
 ミクガードも、ニヤリと笑う。どうやらドランドルとは、ウマが合うらしい。し
かし、それは仲間としての話だろう。本当の事は、言えなかった。
「なら、今日から、よろしく頼むぜ?」
 ドランドルは、握手を求める。硬くてゴツゴツした手だったが、どこか暖かみの
ある手だった。ミクガードは、しっかりと握手をした。
 ミクガードは潜入に成功した。しかし、この国を攻めると思うと気が重かった。
果たして、それが本当に良い道なのか考えていた・・・。
 プサグルは、本当に良い国だ。その事がミクガードの頭を支配していた。
 ミクガードがプサグルの兵士となる・・・。このことが吉と出るか凶と出るかは、
まだ時代は語ってくれなかった。



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