NOVEL 1-7(First)

ソクトア第2章1巻の7(前半)


 7、順風
 商業国家バルゼ。この国は、ルクトリアの北にあり、ソクトアの北端と呼ばれて
いる。商業国家と言うだけあって、この国の中心は商人達である。商人の中から長
を決めて、その者を中心に貿易を行う。しかし、長と言うだけで、別に特権がある
訳では無い。その証拠に副長なども2人決めて、その者も外交などに付いていく。
ソクトアの中でも、数少ない平等を貫く国でもあった。
 また、その豊富な財力を狙って、悪事を働く者が増えた事からか、商人達は、バ
ルゼ特有の「商隊」を結成する。商人を守るための部隊で、結成に携わる、ほとん
どの者が傭兵である。しかし、この「商隊」は思いの他、強く、その要請は、他国
の要請があったほどである。戦乱時のプサグルも「商隊剣士」として名高いグザー
ドと言う男を呼び寄せて、ルクトリア軍と戦わせた事があるくらいである。
 このグザードという男は不動真剣術のライルの兄弟子であったが、剣に邪心有り
と言われて継承者になれず、不動真剣術の奥義の書を奪った男であった。しかし、
実力で上だったグザードをライルは精神力で打ち克ち、現在に至る。
 しかし、その活躍からか「商隊」は名をあげて他国から攻められる事もなくなっ
て来ていた。現在のバルゼの悩みと言えば、人外の者への対処くらいであろう。
 この頃は、人外の敵も増えてきた。とは言え、人間の街の中でも平等な気質があ
るためか、バルゼは人外の魔物達ですら、雇って戦力にしてたりしていた。商人と
言うのも、中々逞しい物である。
 そのバルゼに魔法使い風の男とガリウロルの剣士が来ていた。ジュダと赤毘車で
ある。バルゼの様子を、隈なく見ている。この国は、懐が深い。故に、魔族なども
容易く進入出来るのである。それをジュダは警戒していた。
(俺の任務は、魔族の監視だからな・・・。)
 ジュダは、ある所から、魔族の監視を任されていたのである。赤毘車も同様であ
る。魔族は人間達にとって脅威の存在である。黒竜王という魔貴族でさえ、あの騒
動にまで発展したのだ。
 とは言え、ジュダも赤毘車も、いつも監視していると言う訳には行かなかったの
で、バルゼで珍しい物でも買ったりして楽しんでいた。それに、怪しい魔族が居れ
ば、監視しなくてもジュダなら感じ取る事が出来る。
「ジュダ。この刀はガリウロルにある物より良い物だな。」
 赤毘車は刀剣屋などを覗いて楽しんでいた。
「バルゼは、最も栄えある国だからな。刀も良い物が入ってくるんだろ。」
 ジュダは、そう言いつつも刀剣を手に取る。ジュダは主に体術と魔術を得意とし
ているが、別に剣術が全く出来ないと言う訳では無い。剣の良し悪しは見れば、す
ぐに分かる。とは言え、妻の赤毘車は刀術のスペシャリストである。赤毘車の居合
は、ソクトアで敵う物は居ないであろう。あのライルでさえ、完敗だったのである。
「これは、お爺ちゃんに必要な薬なんです!」
 外が当然騒がしくなった。何やら揉めているようだ。
「お嬢ちゃん。この薬は、この辺の商人のボスであるイーゼル様の物だって分かっ
てるのか?」
 バルゼの中でも、この辺を取り仕切っているのは、イーゼルと言う男だった。そ
の男の手下のようだ。
「私が先に予約して買ったのよ!」
 少女は、どうやら薬の手配を頼んだようだ。
「お嬢ちゃん。俺らも仕事でねぇ。そうおいそれと、譲る訳には行かないんだよ。」
 手下達は、イーゼルに固く言われてるのだろう。
「お爺ちゃんを助けたいの・・・。」
 少女は涙を流してしまった。手下達も、これには少し困り顔であった。
「どうするよ。アニキ?」
 手下の下っ端がリーダー格に話し掛ける。
「どうするたってなぁ・・・。」
 どうやら、女の涙には弱いと見える。
「ほう。楽しそうだな。」
 ジュダは、気さくに話し掛ける。少女と手下達は、一瞬身構えたが、敵意が無い
事を知ると、すぐに解く。
「ジュダ。また寄り道か?」
 赤毘車は、尋ねても無駄だとは思ったが、一応聞いてみた。こう言う事に、首を
突っ込みたがる夫だと言う事は、赤毘車は承知していたのだ。つい溜息をついてし
まう。ジュダは当たり前とばかりに首を縦に振る。
「見た所、このお嬢さんは急いでそうだ。ここは、一つ譲ってあげたらどうだい?
何も、ただでと言ってる訳じゃあない。」
 ジュダは金貨を取り出す。ジュダほどの力であれば、力で追い払っても良いのだ
が、立場上事件を起こすのは良くない。更に言えば、この手下達も見た所、そんな
に悪い者達とも思えない。事は穏便に済ませようと言うのだろう。
(それに気になる事もあるしな。)
 ジュダは、ある事に気が付いていた。
「しょうがねぇ。俺達だって根っからの悪じゃねぇ。イーゼル様に頼んでみるさ。」
 手下達も、それで納得したようだった。見た所、大して邪悪そうにも見えないの
で、金貨を流用すると言う事もしないだろう。
「じゃ、また会おうぜ!」
 手下達は、すんなり引き上げていった。あんまり頭が良いとは言えないようだ。
「どなたか存じませんが、ありがとうございます!」
 少女が、深々と頭を下げる。
「金なんてのは、使える時に使って置かないと損だからな。気にするな。」
 ジュダは、豪快に笑ってみせる。
「お爺ちゃんが、待ってるので・・・ありがとうございます!」
 少女は、礼をしながら、そそくさと去っていった。
「中々の善人ぶりだな。ジュダ。」
 赤毘車が冷やかす。
「フッ。気になる事があるからな。早く済ませたかっただけだ。」
 ジュダはサラリと冷やかしを躱す。それに、赤毘車も分かっていた。ジュダの気
になる何かを。
「で?追うのか?」
 赤毘車は、ある方向を見る。ジュダはニヤリと笑って頷いた。
 一方、少女の方は、もう少しで家に着く所だった。自分の育ててくれた祖父が、
病気になった時は、悲観した物だが、それを治す薬が、この町にあるとは思わなか
ったので、嬉しい誤算とばかりに急いで取りに行ったのだった。
「ただいまー!お爺ちゃん!」
 少女は、家に帰る。
「おお。リーアや。おかえり。」
 祖父は、満面の笑みで孫娘を迎える。とは言っても、病気中なのでベッドで寝た
ままだ。玄関とベッドが、一部屋にある程の小さい家だったのだ。
 バルゼでは貧富の差が激しいので、こう言う家も少なくないのだ。
「駄目よ。お爺ちゃんは、寝てなきゃ!」
 リーアは、祖父が起き上がって挨拶しようとしたのを、慌てて止めさせた。そし
て、自分は薬を飲みやすいように、調合している最中だった。
「リーア。その薬は、どうしたんだい?」
 祖父は、見慣れない薬を見て、不思議に思う。
「親切な、お医者様が分けてくれたの。これで、良くなるはずよ!」
 リーアは、満面の笑みを作る。
「済まないねぇ。リーアや。そのお医者様には、充分お礼を言うのだよ。」
 祖父は涙を流して喜んだ。だが同時に、こう言う時に、何も出来ない自分が悔し
いと言う気持ちにもなった。
「さ、お爺ちゃん!これ飲んで!」
 リーアは、調合し終わった薬を手渡す。祖父は少し見て、迷わず口に入れる。孫
娘が、調合した薬を迷いながら口にするなんて事は、この祖父には出来なかったの
だ。飲んで見ると、今までは、少し効くくらいの効果しか無かったのだが、今回の
薬は、随分と楽になった。確かに特別製なのだろう。この祖父は、肺に病を患って
いたが、ここまで効く薬は初めてだった。
 それもそのはずである。この薬は、大富豪ご用達の最高級の薬なのだ。効かない
はずが無い。
「リーア。この薬、お世辞抜きで、本当に楽になったよ。」
 祖父は自分の体の事は分かっている。この効き目には、正直驚きだった。
「本当!?嬉しい!」
 リーアは、素直に、はしゃいでいた。この祖父には長生きしてもらいたい。その
ためには、何だってやるつもりだった。
「じゃあわしは、少し休むよ。リーアは、外で遊んでおいで。」
 祖父は、本当に楽になったので、心地よくなって、眠たくなってきたのだろう。
リーアも、それを見て一安心していた。
「今日の夕飯、楽しみにしててね!」
 リーアは、そう言うと、祖父がベッドに寝入るのを見て、外に出た。
 すると、外には、さっき助けてもらった2人が居た。
「よお。爺さんは、元気になったかい?」
 ジュダが、気さくに話し掛ける。
「・・・あなた達・・・。」
 リーアは、少し身構えた。ここまで来ると言う事は、自分に用があったのだろう。
そして、リーアには身構える理由があった。
「俺は、ジュダって言うんだが、少し話があってな。」
「私は、赤毘車だ。覚えて置くと良い。」
 2人共、万遍なく挨拶をする。
「リーアです。助けてくれたお礼に家まで・・・」
「その必要は無い。お主に話が、あるだけだ。」
 赤毘車は、話を打ち切った。リーアは、バツの悪そうな顔をする。
「ま、そう言うことだ。ここじゃ爺さんにも聞こえちまうし、それは望まないだろ?
すぐそこに、空き地がある。そこで話をしようぜ?」
 ジュダは、敵意が無いように腰に手を掛けながら言った。リーアは観念して大人
しく付いていく。
 確かに、狭い家が立ち並ぶ道の奥に空き地があった。しかも、ここは人通りも少
なく話をするには、ピッタリの場所だった。
「その様子だと・・・気が付いているのね。」
 リーアは、開口一番に言う。
「無論だ。身のこなしと言い、あの演技と言い、お主盗賊であろう?」
 赤毘車が答えてやった。盗賊とは、平たく言えば泥棒の事だ。しかも、身のこな
しから言って、リーアは、かなりの上級レベルの盗賊であった。
「バレてたら、しょうがないわ。その通りよ。」
 リーアは、開き直っていた。この二人の様子からして、自分が疑われていた事は、
一目瞭然だったので観念したのだろう。
「どこで分かったの?」
 リーアは、それが知りたかった。自分は、結構上手く演技したつもりだった。
「フッ。薬を守る時は、もっと素人っぽくやるんだったな。」
 ジュダは、リーアが、如何にも手下達に取られないようにしていた時の、薬の仕
舞い方に、注目していたのだ。普通、ああなったら大事な物は、後ろに隠すのが普
通だ。しかし、リーアは、わざと手下達に見えるように薬を持っていた。
「お前、あの時に、既に中身すり替えてただろ?」
 そう。ジュダが、指摘した通り、あの時には、既に偽物の薬にすり替えていたの
だ。素人の手口では無い。もし取られても、大丈夫なように保険を掛けて置いたの
だろう。しかし、それが裏目に出たのだ。
「で?私を、どうするつもり?」
 リーアは、すっかり覚悟を決めているようだった。
「どうもしないさ。ただ気になった事が、あるんでな。」
 ジュダは、そう言うと体にオーラのような物を纏う。赤毘車も同様だった。
「まさか・・・貴方達は・・・。」
 リーアは、その様子を見てある事に気がついた。
「私の正体まで見抜かれるなんて・・・。」
 リーアは、そう言うと背中から羽根のような物を見せる。その羽根は凄く神秘的
な物だった。蝶のような形をしているのだが、透き通っている。その美しさは、こ
の世の物とは思えなかった。だがジュダは落ち着いていた。予想していたのだろう。
「思ったとおり、お前『妖精』だな?」
 ジュダは、口にする。『妖精』とは、古くから大地や自然の精霊としてソクトア
に居た者達で、妖魔とは、また種類が違う。しかし、『妖精』は、人間達との交流
を嫌うため、人の前に姿を見せる事は滅多に無い。
「『妖精』が、人間に化けて人間の世話をするなんてケースは、初めてだな。」
 赤毘車も意外だと、いわんばかりに頷く。しかし、声は冷静その物だった。確か
に、珍しい事ではある。
「あなた達も、人外なのね。」
 リーアは、もう理解していた。ジュダと赤毘車も間違いなく、自分と同じで人の
形をしているが、違う種族だと言う事を・・・。そして、リーアは人の形に戻る。
「ここで正体を言っても良いんだが、まだ隠密の立場でな。」
 ジュダは、ニヤリと笑う。このポーズはジュダが得意としているポーズだった。
「んで、どうやって人間になったんだ?」
 ジュダは、本題に入る。リーアがどうやって人間になったのか、気になったのだ。
「『転生』よ。聞いた事あるでしょう?」
 リーアは口にした。『転生』。それは何らかの事故で、違う生物に魂が入ってし
まう事を意味していた。リーアは、恐らく妖精から人間になってしまったのだろう。
「なるほどな。だが、『転生』の多くは、記憶を失ってしまう場合が多い。自分が、
違う生物だと気づかぬまま一生を終える場合すらある。お前は、どこで気づいた?」
 ジュダが、気になっていた点は、ここだった。『転生』したとして、自らの存在
を具現化出来るくらいにまで、思い出すと言うのは至難の業であった。
「さぁ・・・。でも、何となくは、気が付いていたわ。周りには、見えない物が見
えたりしてたしね。」
 リーアは遠くを見つめる。少女とは思えないような口ぶりだ。
「妖精としての体を、活かした盗賊か。なるほどな。」
 ジュダは、スッキリしたのか、それ以上問うのは辞めた。
「まぁ危害を加えるつもりも無さそうだし、平和に暮らす事だ。」
 ジュダは、そう言うとオーラを沈めた。
「あなた達の目的は何なの?」
 リーアは、何もして来ない事に、不思議に思っていた。
「何て事は無い。視察さ。その理由はお前にも薄々感づいてるはずだ。」
 ジュダは、サラリと答える。赤毘車が、そこまで教えて良いのか?と合図をする
が、ジュダは目で大丈夫と合図していた。
「魔族・・・ね。」
 リーアも、その禍々しいまでの妖気を感じていた。この頃、特に感じる。ソクト
アに、どれだけ居るのか分からないが、強くなって来ている気はした。
「お前も感じる力が、あるなら気を付ける事だ。・・・さて、続きをしなきゃな。」
 ジュダは、そう言うと、かったるそうに街の方を見ると、赤毘車に合図をする。
「我らは、忙しい身でな。また所以あったら会おう。」
 赤毘車は、リーアと握手をすると、街の方へと歩いていった。
「爺さんを大切にしろよ。じゃあな。」
 ジュダも、続いて握手をして、赤毘車の後を追った。
「不思議な人達・・・いや、人じゃ無いのね。」
 リーアは、感想を洩らすと、2人が歩いて行った場所を見続けていた。


 今日も『聖亭』の朝は早い。朝日が、差し込む頃には、既に調理の準備が整って
いた。しかし、今日は少し様子が違っていた。レイホウが、いつもより腕を振るっ
ている。それには訳があった。あの6人が旅立つからである。すっかり旅準備を終
えて、もう出発するだけであった。
 他の客からも、この6人は注目の的だった。本当は7人なのだが、この頃のゲラ
ムは、夜遅くまでやって朝早く出かける。相当修練に打ち込んでる様子でもあるし、
実際に、旅立つのは他の6人である。しかし、これだけ注目が集まるのは、やはり
若いと言う事と、強いと言う事だろう。すでに「気」や「闇」の連中を蹴散らした
事は、客の耳にも入っている。
 連日のように修行もしているので、嫌でも、その強さが分かるのだろう。しかし、
彼らは、冒険者としては、まだヒヨっ子である。そのアンバランスさが、また人々
の興味を引く原因でもあった。つい応援したくなる。そんな雰囲気が、この6人に
はあった。
 今日の朝食は、レイホウは、奮発するつもりだった。それだけに、力が入ってし
まう。そして、何より、愛娘が旅立つのだ。祝福しない訳が無い。
「おはようございます。」
 早くも降りてきた人物が居た。トーリスである。トーリスの魔法の凄さは、この
前の事件で、充分良く分かっている。この人物の冷静さと魔法力は冒険に役立つ事
だろう。トーリスは、早速、荷物の点検と冒険の道筋を考えている様子だった。
「早いネ。トーリス。今日からミリィの事頼んだヨ!」
 レイホウは、料理を作りながら挨拶をする。
「ハハッ。その台詞は、ジークに言った方が良いですよ。」
 トーリスは、軽く受け流す。
「頑張ってね!トーリス!」
 レイアがテーブルの整理をしながら声を掛けてくる。
「最初だからこそ、気を抜かないようにします。レイアも体に気を付けるのですよ。」
 トーリスは、優しく答えてやる。やはりトーリスも、このレイアには態度が少し
違う。しかし極力隠しているためか、気が付いてるのは、レイホウくらいだった。
「おはようございまーふ。・・・みょ?良い匂いがするー♪」
 寝ぼけ顔で、ツィリルが降りてきた。つい、料理に目が行ってしまう所がらしい
と言えばらしい。
「おはようございます!あっ!頑張ってるね!レイアさん!」
 レルファも降りてきた。レルファは開口一番に、レイアの奮闘振りが、気になる
様子だった。
「オハヨウ!ン?母さん。凄く張り切ってるネ。」
 ミリィも起きてきた。どうやら女性は揃って降りて来たらしい。
「ミリィ、頑張るんだヨ。」
 レイホウは、料理を作りながら、娘の心配をしている。何だかんだ言って、親は
気に掛かる物なのだ。
「母さん、極端ネ。私は私なりにやるヨ!」
 ミリィは、自分に出来る事は分かっている。それをどう活かすかを模索していた。
 ドズン!
 突然、2階から良い音がした。
「あの馬鹿が起きたようね。」
 レルファが、呆れたような細い目をしていた。
「アハ♪相変わらず凄い音だねー。」
 ツィリルは、無邪気に笑っていた。誰かさんが起きる時は、いつもこうだ。鎧を
着ける音も聞こえる。一挙一動が、やかましい男だ。
「ハッハッハ!おはよう!皆の衆!」
 2階から、やかましい音をさせて降りてきたのがサイジンだった。音はベッドか
ら、ずり落ちた音である。
「この音が、聞けなくなると思うと、少し寂しいネ。」
 レイホウは、冷やかしの目をしていた。
「ハッハッハ。そう言われると照れますな!しかし、私たちは立ち止まってはなら
ない!依頼を手早くこなして、帰って来るのがベストですな!」
 サイジンは、妙に自分で納得していた。困った物である。
「手早くってねぇ・・・。簡単に言うけど、こなすコツはあるの?」
 レルファが呆れて尋ねる。
「レルファ。私と貴女の愛さえあれば、コツなど無くても手早く・・・フゲ!」
 サイジンが、口走る前にレルファの鉄拳が飛んでいた。朝っぱらから、恥ずかし
げも無い男である。
「そして、最後が、ジークですか。らしいと言えばらしいですがねぇ。」
 トーリスは2階を見上げる。ジークがサイジンの轟音で、大体目が覚める。しか
し、その後も朝は弱いのか、サイジンの数倍は掛かる。
「ふぁーーー・・・。皆、早いなー。」
 ジークが、のっそりと2階から起きてきた。初めての冒険だと言うのに、緊張し
ない所なんかは、ジークらしい事でもある。
「兄さんが遅いのよ!まったく。出発の日だと言うのに。」
 レルファは、ジト目で見ていた。
「わりぃわりぃ。朝は弱くてね。」
 ジークは、荷物を降ろすと席に座る。これで6人全員揃った。
「ほら!出来たヨ!」
 レイホウは、そう言うと鶏肉のボイルと野菜のサラダをカウンターに乗っける。
そして、オニオンスープや手作りのパンなど、次々と料理を乗せていく。それをレ
イアが、1つずつテーブルに乗せていった。
「お?朝から豪勢だなぁ。レイホウさん。」
 ジークも、いつもよりも豪勢なメニューを見て、目が冴えて来たようだ。現金な
物である。
「さぁ、景気つけていくネ!」
 レイホウがニッコリ微笑む。この料理が、レイホウの祝福なのだろう。
「みんな!感謝して食おうな!じゃ!」
『いただきまーす!』
 最後に声を合わせる。それと同時に、サイジンとジークは、若者らしい勢いで食
べ始める。他の4人も美味しそうに食べていた。その様子を見てレイホウは満足げ
だった。その顔が見たいがために、頑張ったのだ。その甲斐があると言う物だ。
「フム。さすがですね。この野菜の大きさは、掬いやすいですよ。」
 トーリスは、こういう細かな配慮が結構気になる所でもあった。
「それは、レイアちゃんが手伝ってくれた所ヨ。さすがネ。」
 レイホウが誉める。実際にレイアは厨房でも結構な腕前だった。
「すっごーい。わたしも今度習おうかなー。」
 ツィリルが興味津々だった。レルファと言いミリィと言い、そして、このレイア
と言い、料理は、かなりの腕前だった。興味を持ち始めるのも無理は無い。
「冒険中に一緒にやって、覚えようよ!」
 レルファは、そっちの方が楽しそうだと思った。冒険中は、おそらくジーク、サ
イジン、トーリス辺りが料理の材料や準備をして、ミリィ、レルファ、ツィリルが
料理当番になる事だろう。
「エヘヘ!わたしも頑張るね!」
 ツィリルは、満面に笑みを浮かべる。この笑顔には誰も逆らえなかった。
「私も楽しみヨ。レルファさんの料理の仕方を見たいネ!」
 ミリィも楽しそうだった。ミリィとレルファの料理の作り方は、恐らく全く違う
のだろう。その点でも、楽しみではあった。
「私も料理は、多少嗜みますが・・・ここは、お任せするのが一番かな?」
 トーリスは、ニコリと笑った。
「ト、トーリス、料理出来るのか!?」
 ジークは、ビックリした。そんな事は初耳である。
「あら、私は、トーリスから習ったのよ?ジークさん。」
 レイアが、ビックリするような発言をする。
「今では、レイアの方が上手ですよ。」
 トーリスは軽く流す。
「やりますな!トーリス!ウーム。」
 サイジンも驚きを隠せない様子だった。トーリスには、中々死角がない。どうに
も恐ろしい話だった。一体いつも、何をして過ごしているのか気になる所だ。
「まぁ今回の冒険では任せて!腕振るうから!」
 レルファは驚いたが、トーリスならありえると思って、さほど尾をひかなかった。
「レルファの手料理、冒険が一段と楽しくなりますな!ウム!」
 サイジンは、相変わらず浸りまくっている。
 そうこうしてる内に、食べ終わっていた。
『ごちそうさまでした!』
 みんな声を合わせる。そしてレイアが、どんどんカウンターまで皿を運ぶ。手際
は中々の物だった。
「皆、綺麗に食べたネ!良い事ヨ。」
 レイホウは、残さず食べてくれた事に感謝する。
「お世話になってるからなぁ。よぉし、こうなったら、依頼は絶対に成功させて、
またレイホウさんの料理を食おうぜ!」
 ジークは、拳を握る。皆も、それに合わせる。
「よし!いこう!」
 ジークが掛け声を掛ける。
「行っておいデ!待ってるヨ!」
 レイホウは気合を掛けてやる。
「私も、待ってるから!」
 レイアも満面の笑みで答えた。大半が、トーリスに注がれていたが・・・。
 ジーク達は、聖亭の外に出る。すると、こちらに向かってくる影があった。
「ジーク兄さん!」
 何とゲラムであった。スキル習得中で忙しいのだが、合間を縫って来たのだろう。
良く見ると、生傷があちこちにある。相当、頑張っているのだろう。
「今日出発でしょ!ほらこれ!」
 ゲラムは、携帯食糧で知られる干し肉の入った袋を人数分、手渡す。
「ゲラム・・・。」
 ジークは、感動していた。ゲラムは、自分の事ですら手一杯のはずである。それ
が、出発の時に合わせて来てくれるなんて、中々出来る事じゃない。
「僕も頑張る。だから、みんな!依頼を成功させてよ!」
 ゲラムは、真っ直ぐな目で、皆を見ていた。
「任せろ!ゲラム。お前も頑張れよ!」
 ジークは、力強く答えてやる。ゲラムは、それを聞いて安心した。
「よぉし!皆、行こう!」
 ジークは勢い付いて腕を振り上げる。
『オウ!』
 皆も、それに合わせて腕を上げる。
 木漏れ日が、差す中で、6人の冒険者が新たな旅立ちを始めた。
 ジーク達にとって、初めての冒険は、こうして始まったのである。



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