NOVEL 2-3(First)

ソクトア第2章2巻の3(前半)


 3、魔の躍進
 ストリウスのギルド「闇」が潰れる。このニュースは、瞬く間に、ストリウスの
街に知れ渡った。何せ西地区は、地獄絵図のようになっていて、これでは、気づか
れない方が、おかしいと言う物であった。
 しかし、ニュースは、それだけではなかった。なんと北地区の「光」も次の日に、
壊滅したのである。東地区の「気」もギルドが、いきなり倒壊したとの話で、天変
地異の前触れかと、騒ぐ人も出てきた。だが、今の所、ストリウスは、この3ギル
ド以外は、ほとんど無傷だったので、それ以外のギルドが、自治とまで行かないま
でも、平和維持に努めていた。
 人々は、天変地異の前触れかとも言っていたが、ジーク達は、分かっていた。間
違いなくトーリスの仕業である。あまりにも手早く片付けたので、今度は、間に合
いさえしなかった。行った時には、既に潰れていたのだ。だが、「光」も「気」も
ギルド自体は潰れはしたが、「闇」ほど惨たらしく全滅しては、いなかった。要所
の幹部だけがやられて、一般のギルドメンバーには、それほどの被害は無かったの
である。まだ、トーリスに良心が残っている証拠なのであろうか?
「ハァ!」
 サルトラリアとジークが、相変わらず稽古していた。サルトラリアは、事情を全
部聞いて、落胆したが、このままでは何も進展しないと言う事で、トーリスの手掛
かりを探しながら、いつも通り生活する事を勧めたのだ。
 皆も、それには賛成で、いつも通りの生活をする事にしたのだ。それにサルトラ
リアは、トーリスが関わってそうな事件を片っ端から探してくれていた。
「ぬうううぅ!ここだ!」
 ジークは、サルトラリアの木刀を跳ね除けると、サルトラリアの胴を薙ぐ。
「つっ!・・・参った!」
 サルトラリアは、胴を押さえる。ギルドメンバーの間から拍手が起こる。サルト
ラリアは、自らがギルドマスターの職に就くと共に、今まで居たギルドメンバーに
も、事情を説明して、ジーク達の支えになるように頼み込んでいた。
 元々、ジーク達7人の活躍を聞いて入った者が多いので、皆、納得していた。
「次は、私とゲラムですな。」
 サイジンは、ゲラムと対峙する。ゲラムは、弓術も習ったが、剣術も疎かにした
く無いと言う理由から、皆に混ざって、特訓していた。相変わらず凄い練習熱心で
ある。
 一方、トーリスの穴は、ツィリルとレルファが埋めていた。講師は、別に呼んで
あるが、それとは別に、実践練習では、この2人を中心に訓練していたのである。
 ミリィは「聖亭」に戻る事を望んだが、レイホウに止められた。一度、冒険に付
いて行くと決めたら、ちゃんとやり遂げるまで、帰ってこなくて良いとの事だった。
(うちの母さんも、頑固ネ。)
 ミリィは、レイホウの頭の固さに脱帽する。レイホウだって辛いはずだ。単純に
一人抜けたのもあるし、何しろ、レイアを可愛がっていた。精神的な面でも、辛い
はずである。なのに、弱音を一つも吐かなかった。
 それと、レイアとサルトリアは、トーリスきっての願いで、冷凍保存する事にし
た。ちゃんとした墓を作るまで、冷凍保存したいと言う事が、書置きに記されてい
たのである。なので、ストリウスの遺体保管室で静かに眠らせてある。
 こうして、トーリスが居ない生活も、慣れたかに見えた。だが、やっぱり慣れる
事など出来ない者が居た。ツィリルである。
(センセー・・・。やっぱり、センセーが居なきゃ・・・楽しくないよ。)
 ツィリルは、この頃溜め息ばかりついていた。レルファは、そんなツィリルを見
て、何とかしてあげたかったが、あんな物を見させられた後では、中々そうは、い
かなかった。それに、トーリスに、ツィリルの気持ちをバラしたのは、自分だと言
う罪の意識もある。でも、トーリスを戻す鍵になるのは、恐らくツィリルである。
しっかりしてもらわないと、困るのも、また事実だった。
「ツィリル。ご飯よぉ♪」
 レルファは、わざと明るく声を掛ける。
「うん。今行くよ。」
 ツィリルは、返事をするが、どことなくそっけない。
(これは、相当重傷ね。)
 レルファは、頭を抱える。恋煩いと言う奴だろう。レイアの事もあったので、や
っと、諦めかけてたと言うのに、レイアが、あんな風になったので余計に諦めきれ
ないのだろう。だが、それに便乗するのは、ツィリルも望む所では無いのだろう。
トーリスが自分の意思で、ツィリルに振り向く日を待っているような感じだった。
「元気出しな何て、都合の良い事言わないけどさ。前向きに考えよう?ツィリル。」
 レルファは、ツィリルの肩を優しく触れてやる。
「ありがとー。レルファ。わたしらしく無いよね。」
 ツィリルは、ニパァッと笑う。いつもの笑いではない。でも、元気を出すために
努力をしてるのは見て取れる。
「その笑顔よ♪良い?ツィリル。私も応援してる事、忘れないでよね。」
 レルファは、親指を立ててツィリルにサインを送る。
「ハハッ!強い味方だねー♪」
 ツィリルは、嬉しそうに笑った。本当に心強いと思ったのだ。
「そうネ。ストリウスの諺にも『恋する乙女は太陽の輝き』って言葉があるくらい
ネ。私も応援するヨ!」
 いつの間にか、ミリィが後ろに来ていた。
「ハハッ!ミリィさんも、ジーク兄ちゃんに恋してるもんね!」
 ツィリルは、恥ずかしくなったのか話題を逸らそうとする。
「そ、それを何で知ってるネ。」
 ミリィは、慌てていた。自分がジークの事を好きだと言う事は、人には言って無
いはずなのだが・・・。
「ミリィさん?私達だって節穴じゃないのよ?ミリィさんたら、兄さんが、こなそ
うとした依頼に必ず付いて行くんだからバレバレよ。」
 レルファは、指を横に振る。
「ジ、ジークには、内緒にして欲しいネ・・・。」
 ミリィは、恥ずかしそうに頭を掻く。
「はーあ。でも、兄さん鈍感だから気が付いて無いしねー。」
 レルファは、我が兄ながら情けないと、いわんばかりにジェスチャーをする。
「ジークは、まだ修行してる方が楽しいのヨ。」
 ミリィは、顔を真っ赤にしながら言った。
「奥ゆかしい事言っちゃって!ミリィさんの事も応援するから、しっかりね!」
 レルファは、ミリィの手を握って元気付ける。
「そう言うレルファは、どーなのー?」
 ツィリルは、ニタァっと笑った。
「ど、どういう意味よ。」
「サイジンとの事ネ。この頃、仲が良いネ。何かあったんでショ?」
 ミリィも、クスクスと笑う。
「ま、まぁねー・・・。」
 レルファは、否定しなかった。どうせ、この二人には隠せない。
「何があったか、白状してもらうネ♪」
 ミリィは、冷やかすような笑いを浮かべながら近寄ってきた。
 レルファは、抵抗を諦めると、龍の巣で迷った時に、色々あったことを言った。
サイジンを、意識するようになったのは、それからだ。それに、元々好かれてても
悪い気は、しなかった事も白状した。
「良いなぁ。レルファだけススンデルー。」
 ツィリルは、頬を膨らます。
「まったくネ。羨ましいヨ。」
 ミリィも、溜め息をつく。ジークの無関心振りを見れば、それも分かると言う物
だった。レルファは、頬を掻いてゴニョゴニョと、何か言っていた。
「ああ!もう!こうなったら、絶対皆、成就させちゃおう!決めた!貴女達も覚悟
を決めなさい!」
 レルファは、開き直って、2人に提案を持ちかけた。
「一人だけ、もう成就しそうな癖にー。まぁ良いよ。わたしも、センセーの事、諦
めたく無いもんね。絶対、見返してやるから!」
 ツィリルも、何か付いてた物が落ちたように、スッキリとした顔をする。どうや
ら吹っ切れたようだ。
「ここで、引いたら面白くないネ。私も、絶対ジークを振り向かせてやるネ!」
 ミリィは、嬉しそうに語った。何だか、女性陣だけの約束事が出来たようで、嬉
しかったのだ。これまで、料理の作り方や色々な生活の仕方などでしか、話さなか
ったので、ミリィは、孤立した感じがしてたが、何だか、一体感が芽生えたような
気がしたのだ。
「まずは、レルファだネ。」
 ミリィは、目を細くして笑う。
「そうだねー。一番恵まれてるもんね。相手から好かれてるの見え見え出しねぇ。」
 ツィリルも、からかった。
「な、何よ。2人して!これでも・・・迷ってるんだからね。」
 レルファは、顔を真っ赤にしていた。サイジンの気持ちは嬉しいし、自分も好意
は、ある。でも、サイジンが真面目に受け取ってくれるか、どうか心配なのだ。普
段を見ていれば、それも分かると言う物だった。
「心配ないネ。サイジンは、、普段おちゃらけてるけど、レルファ、貴女を守る時
や、戦闘の時は目が違うネ。」
 ミリィは、サイジンがレルファの盾になってる時の目などが、真剣その物なのを、
知っている。あれで普段も、そうだったら息苦しいから、ああ言う態度なのだろう。
「そうだよ。それに、こういう事は、ちゃんとしておかないと・・・逃げられちゃ
うよ?今の、わたしのようには、したくないよ。」
 ツィリルも賛同した。それにト、ーリスの事も含めて言ったのだろう。
「・・・分かったわよ。ありがと!応援してくれて。まぁサイジンは、あれで格好
良い方だしね〜・・・。」
 レルファは、自分で言ってて恥ずかしくなる。
「アラアラ、本音が出たネ。成就したら、教えるのヨ?」
 ミリィは、ニコッと笑うと、昼ご飯のために「聖亭」の方に向かう。
「わたしも楽しみに、してるよー。」
 ツィリルも、心からの笑いを浮かべながら、「聖亭」に向かって行った。
「んもう!2人とも!・・・ありがと。」
 レルファは、顔を真っ赤にしてたが、心では笑っていた。
「サイジンと・・・か。しょうがない。誘ってみるか・・・。」
 レルファは、さすがに自分から言うのは恥ずかしいのか、どういう風に誘い出す
か考えていた。
 この事は、レルファにとっても、ミリィにとっても、そして、ツィリルにとって
も、非常に良い効果である事を、まだ3人は気が付いてなかった。


 プサグル王宮に、久しぶりに兄弟が対面を果たしていた。その兄弟とは、プサグ
ル王こと、ヒルト=ユード=プサグルと、ソクトアの英雄、ライル=ユード=ルク
トリアであった。久しぶりと言っても、ジークの誕生日以来なので、そんなに久し
ぶりと言う訳でも、無さそうだ。
 そこに、この2人を呼び寄せた本人であるフジーヤがやってくる。「とても大事
な話がある」との事なので、ライルもグリフォンを使って急いでやってきたのだ。
 ライルは、ジークへの贈り物であるグリフォンのグリードを初飛行させてみたが、
思った以上のスピードと力強さで、ペガサスの倍近い速さでプサグルに着いたので
ある。グリードは今、餌をもらって、うたた寝している所だ。
 フジーヤは、心無しか、顔色が良くない。この男にしては、珍しい事だ。
「フジーヤ。一体どうしたんだ?」
 ヒルトは、フジーヤが、何か言うまで、待っていた。
「そちらの近況報告を、聞かせてもらえないか?」
 フジーヤは、ライルとヒルトに尋ねる。ライルは、ルクトリアで、父親であるル
クトリア王シーザーの、世話をしてる事を言って、アインとレイリーとの修行の具
合を、逐一話した。
「俺の方は・・・まぁ、色々とあったがな・・・。」
 ヒルトは、フラルの結婚の話をした。今は、元デルルツィア王と、日取りと場所
を決めているらしい。前皇帝も、これには賛成してるようで、順調らしい。
「そうかぁ。フラルが、もう結婚かぁ。うちのレルファも、そろそろなのかねぇ。」
 ライルは、暢気な事を言っていた。サイジンとの仲は、ライルは知らない。
「そうか。悪いな。実は・・・これを読んでくれ。」
 フジーヤは、震える手で手紙を懐から取り出す。珍しく差出人は、ジークだった。
 そこには恐るべき内容が書かれていた。レイアが殺された事。トーリスの魔力が
暴走して、どこかへ行ってしまった事。トーリスが、ストリウスの3ギルドを滅ぼ
した事。それを追いかけるのが目標になった事。その事が事細かに書かれていた。
「レイアって、あのトーリス君の・・・。」
 ライルは、いたたまれない気持ちになった。フジーヤの心境は、悲哀でいっぱい
なのだろう。自慢の息子が、そんな体験をしてくるとは思いもして無かったのだ。
「あいつは・・・天才だった。俺以上のな。その分だけ、傷付き易かったんだ。そ
れに、気が付かなかった俺は、馬鹿だよ。」
 フジーヤはうな垂れる。息子の事を思うと、可哀想で、ならないのだろう。
「フジーヤ、「魂流操心術」じゃ無理なのか?」
 ライルは、あのルースを生き返らせた秘儀である「魂流操心術」の事を話した。
魂流操心術は、その人の強い意思力をもって魂を蘇らせる秘術の事だ。
「ライル。口で言う程、あれは楽じゃないんだぜ?それに、あの秘術は、殺された
その日の内に、何とかしなければ、細胞が壊死しまうんだよ。」
 フジーヤは説明する。「魂流操心術」と言うだけあって、条件が厳しい。
「それに俺は、もう魂を集めるために、人を無意味に狩ったりしていない。だから、
魂の絶対量が足り無すぎる。これでは、失敗してしまうさ。」
 フジーヤは、分かっていながらも、自分の若い頃を振り返る。あの時は、必要な
時に、いつでも補充してた気がする。と言うのも、フジーヤの所は、プサグル兵士
が、いっぱい来てたからである。横暴なプサグル兵士に対して、フジーヤは容赦無
く、魂を吸い取っていた。生きている者の魂を抜くのは楽なのだが、死んでいる者
に入れるのは、それだけ大変な作業だと言う事だ。
「あいつも、それが分かってるから、俺の所には来ないのさ・・・。」
 フジーヤは肩を落とす。出来れば、レイアが死んだ直後に、フジーヤの所に持っ
て行けば、まだ希望は、あったかもしれない。
「それに、もうレイアの両親に話したしな。」
 フジーヤは、その時の事を思い出す。もちろん、悲しんでいたが、それ以上に、
レイアの両親が、フジーヤの所に、頭を下げに来たのが、フジーヤの心に残ってい
た。てっきり激怒されるかと思っていたのだが、「今までありがとうございました」
と言って来たのには、驚きだった。しかし、それが反対に辛かった・・・。
「なるほど。それで、私達に近況報告を、させたのか。」
 ヒルトは、合点が行った。フジーヤは、少しでもトーリスの情報が、無いかどう
か探っていたのだ。
「悪いな。俺の都合だけで・・・。」
「何言ってんだ。フジーヤ。水臭いぞ?そうと知ったからには、トーリス君の情報
が入ったら真っ先に知らせに行くさ。」
 ライルは、フジーヤの肩を力強く叩く。
「その通りだ。フジーヤ。お前には、過去に、いくら助けてもらったか分からん。
その借りを返す時が来たと言う事だ。」
 ヒルトも賛同した。フジーヤは、戦乱時代に軍師をしていたのだ。その作戦で、
何度、勝ちを拾ったか分からない。そのフジーヤが困っているとあれば、放って置
けないのが、人情なのだろう。
「すまん。2人共。ありがとう。」
 フジーヤは、本当に心強いと思った。
(トーリス。戻って来い。お前は、絶望に押し潰される程、弱くは無いはずだ。こ
う言う時こそ、俺に、父親面をさせてくれよ。)
 フジーヤは、息子の無事を、祈るばかりであった。
 フジーヤ、ライル、ヒルト。ソクトアでも、これほど有名な3人は居ない。その
3人が手を取り合って、トーリスを探しに行くのだった。


 この頃、ルクトリアの街の隣にある山の中腹で、修行場を作って修行している者
達が居た。その修行方法は、木片を紐で、ぶら下げた物を無数に用意して、合図す
ると共に、その木片全部が、襲い掛かってくると言う寸法だった。それを目隠しし
た状態で、弾き返すという結構ハードな修行だった。
 この修行は、ライルもジークもやった事で、不動真剣術に伝わる、五感の強化で
あった。目が使えないのなら耳で聞けば良い。そして肌で感じ取れば良い。それが、
この修行の目的だった。
 他にも木刀を打ち込むための、大きな木に紐を何重にも巻いて打ち込みをしたり、
仕掛けを押すと、枯葉が舞い上がるので、その枯葉を木刀の鋭さだけで2つに割っ
たりと、色んなバリエーションの修行をしていた。
 その修行をしているのは、ルースの息子アインと、エルディスの息子レイリーだ
った。ルースに許可をもらって、ライルが、昔していた修行を教えてもらって、そ
れを実践しているのだった。こうやって実践してみると、その難しさが分かる。し
かし、日に日に強くなっていくのも感じていた。
「さてと・・・。」
 レイリーは目隠しする。そして、仕掛けの紐を引くと無数の木片が襲い掛かって
きた。それを、レイリーは器用に木刀で跳ね返していく。木刀で跳ね返した物が、
また返ってきて襲い掛かってくる。これを、いつまで続けられるのかが、この修行
の内容だった。注意点として、しゃがんで避けるのは、駄目だと言う事だ。
「ハァァ!ハイ!ハイハイハイハイィィィ!」
 レイリーは、掛け声と共にドンドン打ち返していく。
「良いぞレイリー!今日こそ1分突破だ。」
 アインは時間を計っていた。
「ウォォォ!・・・ウワ!」
 レイリーは、油断して後頭部に木片が当たる。それを、きっかけに他の木片も次
々レイリーに襲い掛かった。
「クッソォ!油断したぜ!」
 レイリーは、悔しがって目隠しを取る。元々、木片なので当たっても害は無い。
「もうちょっとで、1分だったんだけどな。惜しいなぁ。」
 アインは、時計を見せる。冒険者が着ける懐中時計を、アインは持ってきていた。
「俺は、もっと強くなって、あのサイジンを見返してやらねーとな。」
 レイリーが、燃えてる訳は、そこであった。トーリスの話に付いては、まだ聞か
されてないが、ジーク達が行った、龍の巣の話にサイジンの活躍も書いてあった。
それを聞いて、レイリーは、じっとしてられる性分では無い。
 その時だった。この2人とは、違う別の気配が近づきつつあった。
「父さんかな?」
 アインは、ルースが来たのかと思った。
「いや、ルースさんじゃねぇぜ。これは。」
 レイリーは、周囲を警戒しだす。背中にある忍者刀に手を掛ける。
「そこか!」
 レイリーは、懐から手裏剣を投げる。すると気配は、素早い動きで木々を巡って
気配を無くす。
「アインさん。間違いねぇ。相当な腕の、忍者だぜ。」
 レイリーは、自分が忍者なので、良く分かる。
 シュルルルル
 妙な音がした。レイリーは、それを間一髪で避ける。相手の手裏剣だった。
 そして気配は、レイリーが避けた先を狙いに来た。
「おおぉぉりゃ!」
 レイリーは気合で、その気配の刀を自分の刀で止める。
「誰だ!」
 アインは、レイリーの加勢に行く。
「フッ。腕を上げたで御座るな。レイリー。」
 その気配は、そう言うと刀を仕舞う。
「そ、その声は!」
 レイリーは、声を聞くと懐かしそうに気配の方を見た。
「伯父さん!やっぱり繊一郎伯父さん!」
 レイリーは急に、その気配と握手する。
「おい、どうなってるんだ?」
 アインは、さっぱり訳が分からない。
「フム。レイリーの腕が上がったかどうか、確かめようと思って次第、本気で行か
せてもらったで御座る。」
 どうやら、レイリーの知り合いのようだ。
「アイン。紹介するぜ。俺の伯父さんの榊(さかき) 繊一郎(せんいちろう)だ。」
 レイリーは、嬉しそうだった。レイリーは、この強さを孤高に求める繊一郎の事
が、大好きだった。いかにもレイリーらしい。
「そうだったのですか。俺は、アイン。ルース流剣術の門下生です。」
 アインは、挨拶する。
「特訓してる様子が見えたので、腕が鈍ってないか、確かめ申したまでよ。」
 繊一郎は、レイリーの頭を撫でる。この甥が、一番自分に懐いている。一族の他
の奴らは、繊一郎の武者修行を道楽として受け取っている。榊家を継がない繊一郎
に、ヤキモキしてるのだろう。
(分かってないで御座る。このまま安泰を求めては、忍術の底が知れると言う物。)
 繊一郎は、榊家の衰退より、忍術の強化の方が、将来のためになると言う事で、
武者修行に出掛けたのだ。
「しかし、この仕掛けは、良く出来てるで御座るな。誰が考案した物であり申すか?」
 繊一郎は、この修行場を見て感心する。
「ライルさんさ!あの英雄ライルさんに、教えてもらったんだ。」
 レイリーは、嬉々として話す。
「フム。あの御仁か。ならば納得も出来ると言う物。戦乱時代からも、鍛錬を続け
ているご様子で御座ったしな。」
 繊一郎は、ライルの印象を話す。ライルとは、戦乱時代に1回、そして、この前
のルクトリア訪問の時に会っていた。
「伯父さん、この前もライルさんと会ったのか!」
 レイリーは、ビックリしていた。そんな事は初耳である。
「エルディスに用があったので御座るが・・・。その時に少し会ったので御座るよ。」
 繊一郎は、既にエルディスとは会って来て、レイリーが、ここに居ると言う事で
偵察に来ていたのだ。
「繊一郎さんから見て、ライルさんは、どう見えます?」
 アインは、繊一郎の目から見たライルを知りたかった。
「英雄と呼ばれる器の持ち主である事が、納得出来る強さで御座ろうな。ただ、そ
の意志は、もう誰かに譲ったような感じは致し申した。」
 繊一郎は、真面目に答える。アインもレイリーも、その譲り渡した相手と言うの
は、分かっていた。ジークである。
「ライルさんは、もうジークさんに意志を継がせたのか・・・。」
 アインは、妙に納得していた。
「うおおお!燃えて来たぞぉ!俺も、負けてらんねー!」
 レイリーは、嬉しさで背中がゾクゾクしてきた。自分が強くなればなる程、ライ
バルも強くなる。これほど嬉しい事は無かった。
「レイリー。俺も、そう思う。こりゃウカウカしてられないな!」
 アインも、珍しく同調していた。アインも結構負けず嫌いなのだ。
「その意気で御座る。ところで、レイリー。噂のジーク殿が、どこに居るか、分か
り申すか?」
 繊一郎は、ライルの意志を継いだと言うジークを、この目で見てみる事にした。
「今は、ストリウスだと思うぜ。確か冒険者してるって話だ。」
 レイリーは、教えてやる。
「フム。ならば、今から向かうのも、悪く無いで御座るな。」
 繊一郎は、そう言うと事も無げに空中に浮く。
「伯父さん!そ、それは?」
 レイリーは、ビックリした。そんな忍術聞いた事が無い。
「『空歩』の術で御座る。腹部に気を溜めて、足場を空に作る。その感覚が、あれ
ばこそ、出来る秘術で御座るな。」
 繊一郎は説明してやる。それにしても、空中に足場を作るなど常人の芸当では無
い。この繊一郎も、恐ろしい実力の持ち主なのだろう。
「さ、さすが伯父さんだぜ!俺も負けねーよ!」
 レイリーは、ワクワクしていた。
「精進あるのみで御座るぞ。では、これにて御免!」
 繊一郎は、頷くと同時に凄まじい勢いで空中を駆け出す。
「す、すげぇ人だな・・・。」
 アインは、呆気に取られていた。只者では無いと思ったが、まさか空中歩行が、
可能だとは思わなかった。
「ああ。俺の目標だぜ!」
 レイリーは、伯父の去っていった方向を見つめていた。
(レイリーも、あんな事出来るようになるのかな・・・ちょっと勘弁だな。)
 アインは常識外れした、あの空中歩行は、あまり見たくないと思っていた。


 次元の狭間で、苦しんでいる男が居た。自ら次元を開いて、行き来出来るように
なった男だが、それは手段であり、本当の目的とは違った。次元を開く事により、
自分の知っている所には、自由に行き来が出来る。それは嬉しい事なのだが、それ
は手段でしかない。本当の目的は『復讐』であった。
 その男とは、トーリスであり、今トーリスは絶望の念に苛まれていた。自分の手
を真っ赤に汚していく程、レイアの声が遠ざかっていく気がしたからだ。しかし、
今の自分には、レイアのために下らない下衆達をこの手で葬らなければならない。
ソクトアにレイアを苦しめた暗殺組織を排除しなければならない。そう思っていた。
 ストリウスの「闇」はその一部と言うだけで、「闇」をも動かしている裏の組織
があるという事を「光」を潰したときの資料で知った。
(絶対に潰さなければならない・・・。)
 トーリスは、そう思っていた。自分の中で暗殺組織は悪その物であり、許せない
一つの象徴であった。
 レイアを苦しめた者には、全てを断罪させなければ、気が済まないのだろう。
(面白い事を、考えているな。)
 いきなり、次元の狭間から声がした。いや、声がするように聞こえた。
「だ、誰か居るのですか?」
 トーリスは、つい口に出してしまう。自分が作ったはずの次元に入ってくると言
うのは、ほぼ不可能だと言って良い。
(怖がる必要は無い。お前の考えに、同調してる者よ。)
 次元から、またも声がする。
「何の用ですか?・・・私は、誰の指図も受けませんよ。」
 トーリスは、冷静になって話す。
(何を虚勢を張っている。お前は、恋人を殺されたのだろう?俺は見ていたぞ。)
 声は、トーリスに冷たい事を言った。
「だからなんです?それが分かっているのなら、止めないで戴きたい。」
 トーリスは、冷たい声で返す。
(俺はお前を手伝いたいんだよ。)
 声は低く笑う。
「余計なお世話です。私は、一人でもやりぬく。」
(そうかな?果たして、出来るのかな?恋人も助けられなかったお前に。)
 声は、トーリスの弱点を突いてきた。
「貴様、何が言いたい!」
 トーリスは、珍しく語気を荒げる。
(どうと言う事は無い。俺の力を受け入れれば、お前の魔力は数倍になる。)
 声は誘惑するが、トーリスは鼻で笑う。
「そんな誘惑に掛かるほど、私は甘くないですよ?」
 トーリスは、冷静さを取り戻したのか、冷たく笑ってみせる。
(俺は、別に悪い事をしようとしてるわけじゃない。お前の手伝いが、したいんだ
よ。お前は、人間に復讐するつもりなのだろう?)
 声は、しつこく誘惑してきた。
「馬鹿げた事を。私は人間ですよ?そんな事あろうはずが、ありません。」
 トーリスは、突っ撥ねて見せた。
(果たしてそうかな?お前は、まだ人間と言う者を信用してるのか?)
 声は核心をついてきた。トーリスは、ピクッと眉を動かす。
(お前の恋人を殺したのは、人間の下らない欲だ。それが許せないのでは無いのか?)
 トーリスは、その言葉を聞いて黙る。
(俺は、同じように人間型の神に堕とされた神の一人さ。)
 声は、トーリスに正体を言った。
「まさか・・・。」
 トーリスは、その正体に気がついた。
(そうだ。俺は堕とされし魔神レイモスさ。)
 レイモスが、正体を明かす。レイモスと言えば、月神として、人々のために尽く
してきたが、人間の欲に中てられて、グロバスと共に、人間を滅ぼそうとした神の
一人である。人間の欲望を垣間見て、絶望したのだろう。
(俺は、体を持たずに、彷徨っている事しか出来ない。しかし、体を提供してくれ
ると言うなら、力を数倍に引き出す事は出来る。後は、お前次第だと言う事だ。)
 レイモスは、トーリスの体を借りて、力を振るいたいのだろう。
「私の意志を、貫き通してもらえるのでしょうか?」
 トーリスは尋ねる。興味はあった。正体が知れた以上、自分の力になる事は分か
っている。
(当然だ。俺は、実体を持てないほど弱っているのだ。俺が与えるのは、ただのき
っかけだけだ。俺は、お前と一緒に復讐がしたい。それだけよ。)
 レイモスは、ニヤリと笑う。
「嘘では、無さそうですね。・・・ならば来なさい。」
 トーリスは、怪しみながらも、受け入れる事にした。
(感謝する。俺と、お前が合わされば、下らぬ人間共など一掃出来よう。)
 レイモスは、トーリスの中に入っていく。すると、トーリスは自らの手を見た。
凄い魔力に包まれていた。感情で爆発した時よりも、さらに強い恐ろしい魔力だ。
それに闇の闘気とも言うべき瘴気も出せるような気がする。
「す、凄い!力が溢れる!」
 トーリスは、自らの力に驚愕した。
(それは、俺だけの力では無い。お前も力があるから、ここまでの力が出せるのさ。)
 レイモスは、予想以上の効果に嬉しそうだった。神の力を受け入れた人間は、普
通は、押し潰されてしまうか、器に耐え切れなくて発狂してしまう者すら居る。
 しかし、トーリスは違った。押し潰される所か、輝きすら放っている。暗い輝き
は、トーリスの事を祝福してくれている。ガッチリと何かが、噛み合ったのだろう。
「フフフ。感謝しますよ・・・。これで目的は達成される・・・。」
 トーリスは、暗い笑みを洩らした。これほどの力があれば、どんな邪魔者が前に
出ようと、止められないだろう。
 トーリスの目的は、いつの間にか人間の滅亡へと変わっていったのである。
 ここに恐るべき魔人、トーリスが誕生した。



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