6、魔神  ワイス遺跡の奥深くでは、段々と、力が集まって来ている感じが受けた。それだ け、人々の無念と恨みなどが、集まって来ている証拠だろう。魔族としての狼煙は、 充分あげられた。標的も次々と決まって来ている。順調に物事が進んでいるように 見えた。  しかし、それは、神魔王グロバスが、絶対的な力の象徴として君臨しているから であって、内実、纏まりは取れていない。特にクラーデスとワイスは、互いに力は 認め合っている物の、これと言って協力する訳でも無く、連携が取れていると呼ぶ には程遠い物だった。  ワイス側は、健蔵を中心とする、魔族の中でも武器を得意とする者が、多く集ま っていて編成されていた。クラーデス側は、反対に闘気、所謂、瘴気を上手く操れ る者が多い。意識してはいなかったが、いつの間にか、派閥を作るかの如く、分か れていったのである。  そんな中、健蔵は、ルクトリアの城を壊滅させ戻ってきた。しかし、ガレスォー ドとアルスォーンは、惨憺たる結果だった。ガレスォードは戦死。そしてアルスォ ーンも、瀕死になって帰ってきたのだ。今は集中して治療を受けている。  クラーデスは、あまり細かい事を気にする性格ではない。だが、ガレスォードの 戦死には、さすがに驚きは隠せなかった。確かにクラーデスの実子の中では、パワ ーはあるが、大した潜在能力を秘めているようには見えなかったので、適当に任務 を与えるつもりだったが、まさか初戦で戦死するとは思わなかったのだ。  クラーデスも魔族とは言え、親である。盛大にガレスォードの葬式を挙げていた。 その時に見せた涙は、偽物では無いだろう。そして、クラーデスは人間達に対する 恨みを顕にしていた。 (ガレスォード。無念だっただろ・・・。安心しろ。お前の仇は、絶対に取る!絶 対にな・・・。)  クラーデスは、拳を震わせながら瘴気を高める日々を送っていた。  反対にワイスは、上機嫌であった。クラーデスの手前では、中々喜べないが、健 蔵を呼び寄せて、その功を称えたりしていた。  グロバスは、そんな2人を見て、溜め息をついていた。この2人が、足並みを揃 えれば、どれだけ力が増す事だろうと思うと、頭が痛くなる思いだった。しかし、 個人的な力を見れば、競い合う分、増して行く事だろう。 (それも、良いかも知れぬな。)  グロバスは、そっと胸に秘めておくのだった。何にせよ事は、もう公になってい る。神達に気付かれるのも、時間の問題だろう。もう動いて来ている物と見ても、 おかしくない。そんな中、神魔や神魔に近い者の戦力は、この2人しか居ない。こ の2人が中心になって、頑張ってもらうしかないのだ。 (最も、あと神魔と言える戦力などは、レイモスくらいな物か。)  グロバスは苦笑する。ほとんどの戦力は、既に、この場に居るのだ。神を打倒す るための戦力としては、不十分かも知れない。しかし、目に物を見せてやりたいの は事実だった。 (ソクトアを神が管理するなどと言う事は、間違っているのだ。)  グロバスが気に入らない理由は、ここだった。人間達が台頭を表すのは、時代と 諦められる。だが、それを、神が管理する事によって成り立っている世界など、間 違っている。それを示したグロバスは、当時の神のリーダーである天上神ゼーダに、 申し入れたが、聞き入れてもらえなかったのだ。 (ゼーダは、魔族の危険性ばかりを指摘していた。しかし、魔族こそ虐げられてる ではないか。神の都合で動くなど、ごめんだ。)  グロバスは、当時の様子を思い出す。グロバスは当時、革命派で、魔族が陽の目 を見ない事に、疑問を感じていた。ゼーダは、保守派だったので真っ向で意見が対 立した。グロバスは破壊神と言う立場上、魔族が台頭するために、ソクトアを破壊 し尽くそうとした。その上で、土台となる魔族のための世界を築こうとしたのだ。 しかし、その行為は、人間達を無視していると言う事で受け入れなかったのだ。  そこでグロバスは、戦争を起こした。人間達が気に入らないと言う「月神」レイ モスも、それに加担した。それに敗れて、現在まで魔界に封印されていたのだ。  そこで改めて、魔族と言う物を知って、力こそ正義と言う魔界こそが、世の中の 正しい摂理とグロバスは認識していた。 (またゼーダと、戦う事になるのか。)  グロバスは、ゼーダの力を認めている。意見では真っ向対立してきたが、ゼーダ の神としての力は、本物だった。何せ、あの時にグロバスと渡り合えたのは、ゼー ダと当時の竜神と、現在の神のリーダーであるミシェーダくらいな物だった。金剛 神と蓬莱神も凄まじい潜在能力を持っていたが、まだ若いため相手にならなかった。 (そう言えば、金剛神と蓬莱神の息子が、竜神になって、このソクトアのパトロー ルをしていると言うが・・・これも運命・・・か?)  グロバスは、当時の竜神の凄まじいまでの強さを知っている。あの力を受け継い でるのならば、気を引き締めなければならない。しかし、まだ250歳程度なはず だ。神としては全くの若年で、まだ実力をつける段階なのだろう。そんな若い竜神 に任せると言う事は、神側も苦しい台所なのか、それとも、この竜神が昔の竜神以 上の実力を秘めているかのどっちかだ。 「グロバス様よぉ。起きてらっしゃるか?」  この口の利き方は、クラーデスであろう。この魔族は、魔王でありながら神魔に 近い実力を持っている事からか、あまり恭しく礼をしたりしない。 「クラーデスか。どうした?」  グロバスは返事をする。グロバスは、この不遜なまでに態度がでかい男が、嫌い では無い。寧ろ、このような男こそが、魔族の中心となるべき男だと思う。 「ガレスォードの奴の、葬式が終わったからな。体が鈍ってしょうがねぇ。」  クラーデスは、もうガレスォードの事は心の整理が、ついたようだ。元々、義理 堅い男では無い。忘れるとまでは行かなくても、心の切り替えは済んだのだろう。 「俺と一戦、交えてもらえませんかね?」  クラーデスは、力が高めたくて仕方が無かった。神魔王とは、魔界でも数える程 しか会って居ない。クラーデスにとって、チャンスと思ったのだろう。 「貴公とか。良かろう。我の力が、どのくらい戻っているか、試すのも一興だな。」  グロバスは、立ち上がってワイスとクラーデスが強化したと言う広間の方へと向 かう。そこで闘えば、簡単に壊れはしないだろう。中々強力な結界が張ってある。 「うむ。これなら、力が出せそうだな。」  グロバスは、強度を確かめる。問題無さそうだ。 「じゃ、始めるとしますか。」  クラーデスは、瘴気を出し始める。相変わらず凄い瘴気である。 「ほう。貴公、なかなかやるな。」  グロバスは、感心していた。明らかに魔王レベルの力ではない。神魔になるため の試練を受けたら、どれほどの逸材になるのかと思うと、楽しみでならなかった。 「むぅぅぅん・・・。」  グロバスは、静かに力を出し始める。静かに地味だが、強大なパワーを感じた。 クラーデスは冷や汗を出し始める。 (これが、神魔王のプレッシャーか!)  クラーデスは、それでも構えた。 (どうする・・・たって、どうしようもねぇな。ぶつかるだけだ!)  クラーデスは、細かい事は抜きにして、瘴気を全開にして、グロバスにぶつける 事にした。こんなチャンスは滅多に無いのだ。自分の力を試すには、全力をぶつけ るしかない。 「ウリィィィィ!!!ウォォォォ!!」  クラーデスは、掛け声と共にグロバスに襲い掛かる。容赦の無い一撃が、グロバ スに降りかかる。しかしグロバスは、それを難なく受け止めていた。 「ふむ。この一撃も、神魔と呼ぶに相応しい一撃だな。」  グロバスは冷静に受け止めながら寸評する。クラーデスには、そんな余裕は無い。 「ヌゥオオオオ!」  クラーデスは、右に左にと拳や蹴りを放つ。一切の容赦は、して無かった。全て 全力である。しかしグロバスは、顔色変えずに受け止めていた。 (これが、神魔王との実力差か!)  クラーデスは、グロバスの強さを感じて鳥肌が立った。この世に、ここまで強い 奴が存在している事への歓喜なのかも知れない。 「容赦の無い良い拳だ!だが、まだ甘い!」  グロバスは、クラーデスの一瞬の隙をついて、掌抵を食らわす。クラーデスは、 派手に吹き飛ばされる。 「ふむ。力は戻りつつあるな。」  グロバスは、手を開いたり閉じたりして感覚を確かめていた。クラーデス相手に ウォーミングアップとは、恐ろしい事である。 (さすがに強い・・・。しかし!ここで終わるには早いぜ!)  クラーデスは、ニヤリと笑いながら立ち上がると指輪を取り出して装着する。本 気になったのだろう。ワイスとは、どうしても勝てない開きを感じたが、グロバス とは、それ所じゃない事を思い知らされた。勝負にすらなっていない。それが、ク ラーデスの感想だった。惜しみなく必殺技を使うしかない。 「まだやるか。良い心掛けだ。」  グロバスは、初めて構えを取る。 (・・・!グロバスは・・・そうか!何て事だ!)  クラーデスは、構えてるのを見て初めて気がついた。グロバスは、まだ左手を使 って居ない。右手だけで、全てを返していた。また、次の攻撃も、そのつもりなの だろう。構えが極端に右寄りだった。 「さすがは神魔王・・・だが、俺だって舐められっぱなしじゃねぇ!」  クラーデスは、指輪から力を奪い取って増幅させる。そして、右の拳に全ての瘴 気を乗せた。必殺の右ストレートを、食らわすつもりなのだろう。 「全てを懸けたか。面白い!」  グロバスは、構えを解かなかった。寧ろ、何が何でも受け切るつもりだった。  クラーデスが、間合いを詰めながら近寄ってくる。そして間合いが丁度良くなっ た瞬間に動いた。 「くぅぅぅらええええええええ!!!」  クラーデスが、物凄いダッシュでグロバスに突っ込む。そして、全てを込めた右 の拳を振り下ろす。 「ハァァ!!」  グロバスは、それを右の掌で受ける。そして、物凄いエネルギーが生じたが、確 実に受け止めていた。だが、それでも少し押される。凄まじい拳であった。 「ムン!」  グロバスが、気合を込めてクラーデスの右拳を完全に止める。 「くっ!・・・これが通じねぇとは・・・。」  クラーデスは、全ての力を使ってしまったのか、体の力が抜ける。そして、その まま、膝を地に付かせてしまった。 「8割方、力は戻って来ているな。感謝するぞ。クラーデス。」  グロバスは、恐ろしい事を言う。 (これで8割だと?何て奴だ。)  クラーデスは、驚愕する。クラーデスは、魔界に居た時より力が付いてきている 実感はある。なのに、このグロバスは8割方の力しか出せていなくて、この有様だ と言うのだ。全力が出せるようになったら、どれほどの物なのか予想も付かない。 (俺は、もっと力を付けてやる。そして・・・いつか!!)  クラーデスは、野望に燃えていた。魔王の位置で安泰を求める程、クラーデスは、 大人しい男では無かった。いつか、グロバスの位置を取るくらいのつもりなのだ。  しかし、その時は、まだまだ遠いと言う事を思い知らされる結果となった。  ルクトリアの城は廃墟となった。その事実は、人間達を大いに驚嘆させる事にな った。そして、魔族という新しい存在を認めざるを得なくなった。今までの魔族は、 なりを潜めていた感が強い。どちらかと言うと、冒険者によって退治される小悪党 的な存在だった。  しかし、今回の事件で認識を改めさせる結果となった。人類の稀に見る危機。そ れが、新たな認識だった。  それにより、各国の首脳陣が、集まる形になった。プサグル王ヒルトを始めとし て、デルルツィアの新王ミクガード、新皇帝ゼイラー、サマハドールの女帝マリー 7世、パーズ王ショウ=ウィバーン=トリサイルなど、豪華な顔ぶれであった。そ の顔ぶれが、プサグルの城に介する事になった。  その顔ぶれの中に、沈痛な顔をしていたライルの姿もあった。そして、その傍ら には、浮かない顔のフジーヤなども出席していた。 「まず、魔族の被害の報告だが、我がプサグルと、ルクトリアの2国が中心だ。」  ヒルトは、話し始めた。 「心痛、察するぜ。ヒルト。」  パーズ王ショウが、話に加わる。ショウは、あの戦乱の仲間でもあった。ライル との親交も深い。何よりも、ヒルトとは義兄弟の仲なのだ。それと同時に一撃必殺 の体術と言うよりパーズ拳法の達人で、パーズの力の象徴とも言うべき人だった。 「魔族め。父さんを殺すとは・・・。」  ライルも、その場に居なかった悔しさで身悶えする。最も、居た所で、あの健蔵 の強さでは、防げたかどうかは定かでは無い。 「義兄さん。私達は、何をすれば良いの?」  サマハドールの代表マリーが、口を挟む。マリーは、ヒルトの妻であるディアン ヌの実の妹である。 「各国には、辛い選択になるかも知れないが、各自の国の強化に当たって欲しい。 こちらから攻めるのは、下手に魔族を刺激し兼ねない。それは避けたい。」  ヒルトは、沈痛な顔で言う。本当は攻めに行きたいのは、ヒルト本人なのだ。自 分の父親が殺されたと言うのもある。そして何よりも、自分の腹心だったドランド ルの仇でもある。攻めに行きたいのは山々なのだが、今攻めても結果は知れている。  魔族の一部下だった健蔵ですらルクトリアを一人で1時間ほどで滅ぼす事が出来 たのだ。自分達が強くならなければ、勝てるはずが無い。口には出さないが、それ が分かっているので、ヒルトは耐えていたのだ。 「納得は、行かない。だが、仕方が無いんだろう?なら従うさ。」  ショウは長年の付き合いで、ヒルトの気持ちは痛いほど分かっている。何より自 分の国を、守らなければならないと言う気持ちは強い。 「また、戦争になるのか・・・。しかし、今回は意味が違うがな。」  ライルは、溜め息をつく。昔は、プサグルと言う明確な国同士との戦争だった。 しかし、今回は、魔族と人間と言う巨大な意思を感じる戦争だ。前回よりも更に激 しくなる事は、既に予想が付いていた。 「俺の予想を越えてる。参ったぜ。」  フジーヤは、頭を抱える。フジーヤは軍師として、大きな戦争を全て勝利に収め て来た。しかし、今回は圧倒的な力が相手だ。どう闘えば良いか、見当も付かない。 何より、自分の息子であるトーリスの事もある。お先真っ暗だった。 「でも、こんな時だからこそ力を合わせなければならない!そうですね?ヒルト王。」  ミクガードが、強い口調でヒルトを見る。ヒルトは大きく頷く。ミクガードも、 ドランドルの仇を討ちたいのだ。ドランドルは、自分にとっても、そして妻である フラルにとっても、父親のような存在だった。その仇を取りたいと思うのは、自然 な心なのだろう。 「今こそ、人間として、立ち上がらなければならないんだ。協力してくれ。」  ヒルトは頭を下げる。 「水臭いですよ。ヒルト王。当然じゃないですか。」  ゼイラーが、賛同してきた。 「義兄さん。人類の危機を見逃す程、弱い人は、ここには居ないですわ。」  マリーも賛同してきた。 「何のための義兄弟の契りだと思ってるんだ?こう言う時こそ、お前には従うさ。」  ショウも、ニヤリと笑って賛同する。皆、同じ気持ちだった。魔族は許せない。 だからこそ、力を付けるために、速まった行動を起こさない。一丸となって攻める 時は、足並みを揃える。その強化時期だと皆も心得ていた。 「ありがとう。皆・・・。」  ヒルトは、心から感謝していた。 「そうは上手く、事は進みませぬぞ。皆さん。」  突然、上空から声がした。どうやら外らしい。 「誰だ!・・・む?貴様は・・・。」  ライルは、外に居た2人を見て、1人の方は見覚えがある事に気がつく。 「久しぶりだな。覚えて戴けて光栄な事だ。」  1人は、ミカルドだった。ライルは、このミカルドとは1回対峙した事がある。 「ミカルドの事を知っていたか。私はガグルド。魔王クラーデスが3男。」  もう1人のガグルドが、挨拶をする。 「ドランドルさんだけでは飽き足らず、プサグルを滅ぼしに来たのか!」  ミクガードが睨み付ける。 「それを言ったら、私も兄を失っている。気持ちは一緒。だが、私が来たのは任務 を遂行するためです。」  ガグルドは、平然とした態度で受け答えする。 「任務とは、何です?」  ゼイラーが聞き返す。 「英雄ライル殿の抹殺・・・ですよ。」  ガグルドは、ニヤリと笑う。 「ほう。面白い事を言うな。」  ライルは、腰に差した剣に手を掛ける。 「2人で攻めるとは、用心な事だな。」  ライルは、ミカルドを見る。 「勘違いしないで戴きたい。弟は、ただの見物人です。人間1人を葬るのに2人掛 かりとあっては、魔族の名折れですからなぁ。」  ガグルドは、冷たい笑みを洩らす。丁寧な口調だが、性格は冷淡なようだ。 「さぁ、受けてもらえるですかな?」  ガグルドは、見下ろす。 「俺は、簡単に殺される程、素直じゃないぞ?」  ライルは剣を抜く。周りの人間も、臨戦態勢に入る。 「周りの人達には、大人しくしてもらおうか。ミカルド!」  ガグルドが合図すると、ミカルドは、その他の者の前に立ちはだかる。 「まぁそう言う訳だ。悪いが、大人しくしてもらおう。」  ミカルドは、溜め息をつく。だが、この男が出してる殺気、プレッシャーは、相 当な物だった。 「俺と1対1か。舐められた物だな。」  ライルは、素早く中庭に降りる。それを見て、ガグルドも中庭に降り立った。 「何事だ!?ま、魔族!?」  下は騒然となった。そして、魔族を見た瞬間、襲い掛かろうと思う者も居た。 「静かにしろ!」  ライルは一喝する。すると、兵士達は動きを止める。 「手出し無用だ。この魔族は、この英雄ライルの名に懸けて倒す!」  ライルは言い放った。すると、兵士達は自然と中庭から離れていった。これもラ イルの為せる業だろうか。 「人間にしては、中々の信頼度。楽しめそうですな。」  ガグルドは邪悪な笑みを浮かべる。 「そんな大層な事じゃない。ただな。俺だって、ドランドルが殺されて、ルクトリ アを滅ぼされたのには、頭に来てるって事だけは覚えておくんだな。」  ライルは燃えるような目で、ガグルドを睨み付ける。ライルは、これまで隠して いたが、自分こそが、単身攻め込みたい気持ちでいっぱいだったのだ。それを兄の ために、我慢していたのだ。 「ふっ。このガグルドの手に掛かって死ぬ事を喜びなさい!」  ガグルドは、そう言うとライルに襲い掛かった。 「ハァ!!」  ライルは、ガグルドの鋭い爪を剣の柄で受け止める。 「よく反応しましたね。なら、これはどうです?」  ガグルドは、一旦距離を置くと右手から瘴気を集めた玉を作り出して、それを投 げつける。魔族特有の攻撃だ。 「フッ。はぁぁぁ!!!」  ライルは、少し笑うと、その玉を剣に気合を込めて斬り裂く。 「なにぃ?」  ガグルドは、少し驚く。いきなり、こういう真似が出来ると言う事は、魔族と闘 った事があると言う事だ。さすがは、黒竜王を倒しただけの事はある。 「ならこれで、どうですかな?」  ガグルドは、右手と左手に玉を作り出して次々と瘴気を打ち出した。 「笑わせるな!不動真剣術、旋風剣「爆牙」!」  ライルは「爆牙」で、その瘴気を吹き飛ばした。それ所か、爆牙の方が、勝って いたのか、ガグルドの腕に傷を付ける。 「クッ!なんだとぉ!?」  ガグルドは、驚愕していた。人間に瘴気を跳ね返される所か、傷まで負ってしま うとは思わなかった。 「やはりな。」  ライルは、鼻で笑う。 「何が「やはり」なんだ?」  ガグルドは、既に平静さを失いつつあった。 「お前は、弟のミカルドほど強くは無いだろ?」  ライルは、指摘する。ミカルドは、全身プレッシャーと言う感じで、とてもでは ないが、勝てないと思っていたが、このガグルドからは、そんな感じは受けない。 ライルクラスの実力者だと、それだけでも実力の違いを見抜いてしまうのだ。 「貴様・・・。言ってはならぬ事を言ったな!!!」  ガグルドは、一番気にしている事を言われて逆上していた。クラーデスからでさ え一、番出来が悪いと、ガグルドは言われていたのだ。 「人間如きに、言われる筋合いは無い!」  ガグルドは、狂ったように瘴気を浴びせようとする。しかしライルは、それを難 なく躱していた。まるで意に介していない。それ所か、中庭がこれ以上壊れないよ うに、剣で、いくらか跳ね返したりさえしていた。 「何故だ!何故だぁぁ!」  ガグルドは、全く意に介さないライルに怒りを覚える。 「貴様が侮った、人間の力って奴を見せてやる。」  ライルは、剣に裂帛の気合を乗せる。そして、消えたと思ったら、ガグルドの後 ろに居た。それと同時に、ガグルドに斬り傷が出来る。 「ギィィァァァァ!!!」  ガグルドは胸から血が飛び散る。 「不動真剣術、袈裟斬り「閃光」!」  ライルは言い放つ。実力差は、歴然であった。ライルは、ジークに負けてからも 訓練を欠かしていない。寧ろ、それ以上の訓練をして魔族に備えていたのだ。 「ヌゥゥゥ・・・。」  ガグルドの声が弱まる。 「お前は、黒竜王にすら及ばない。」  ライルは剣を、ガグルドの目の前に突き出す。 「クゥゥ・・・。おのれぇぇ・・・。」  ガグルドは、そう言いながらも倒れた。 「フゥ・・・。」  ライルは、剣を収めようとした瞬間、ガグルドは起き上がって襲い掛かった。ど うやら、死んだフリをしていたらしい。  ザシュッ!  ライルは、素早く迎撃しようとしたが、間に合いそうに無かった。 「ライル!」  ヒルトが、悲痛な声を出すが、それと同時に驚きの声を上げる。ライルは無事だ った。だが、ライルが倒した訳では無かった。何とミカルドが、ガグルドの胸を貫 いていたのだ。 「ミ、ミカルド・・・。貴様・・・!」  ガグルドは、信じられないような目でミカルドを見る。 「兄貴よ。お前に、魔族たる誇りは無いのか?」  ミカルドは、冷たい目でガグルドを見ていた。そして、貫いている手に力を込め て、ガグルドの体に火を付ける。 「グ、グワァァァァァァァァ!!!!」  凄まじい断末魔だった。ガグルドは、あっという間に灰になってしまった。 「フン。愚兄が!」  ミカルドは、汚い物を取るかの如く、手の灰を振り払う。 「何故、助けた?」  ライルはミカルドに問う。 「誇り高い魔族が、人間如きに、騙し討ちをするなどと言う行為が、許せなかった だけだ。それで相手を倒して何の戦果になる?」  ミカルドは鼻で笑う。 (それにしても、あの一瞬で、ここまで飛んできて、そしてガグルドの攻撃を躱し つつ手刀を刺すとは・・・。恐るべき実力だ。)  ライルは、既にミカルドを分析していた。ガグルドは、恐るべき敵ではなかった。 しかし、このミカルドは間違いなく恐ろしい敵になるだろう。 「さて、俺はこの辺で退散するか。次会う時は、今度こそ敵かもな。」  ミカルドは、嬉しそうにライルを見るとそのまま飛んで行ってしまった。  みんな呆気に取られていた。そして、魔族と言う物を、改めて考えさせられる結 果になった。  そしてライルは、これから来る魔族の襲来を危惧するのであった。  次元を超えた空間で、血を洗い落としている者がいた。真っ赤なマントに真っ赤 な三角帽子。それは、血で染まりきっているためであった。洗っているのは、服で は無く、体である。服は自分を象徴するためにも、そのままにしておいた。  もちろんその者はトーリスであった。バルゼの「商隊剣士」を襲って、もう2週 間程経つ。毎日のように襲ったせいか、この頃はめっきり減ってきているようだ。  しかし、トーリスにとり憑いているレイモスにとっては、もう充分過ぎる程であ った。トーリスの体に、自分が馴染むようになってきていたのだ。何より、レイモ スには思惑があった。  この前の狼煙で、グロバスの復活を知った。魂を封印されている自分にとっては、 このトーリスを利用するしかない。しかし、このトーリスは、思ったより精神力が 強く、完全に自分の物にはなっていない。だからこそ、人間たちを襲わせて自分の 生体エネルギーに変えようと思っていたのだ。トーリス無しでも、復活出来るよう に、自分で自分のエネルギーを蓄えていたのだ。無論トーリスには「愚かな人間の 鉄槌」と言って襲わせていたのだが、段々集まってきて、順調に行けば、もう少し でトーリスの体を使わなくても復活出来そうだった。 (無論、そんな事は、知られてはならんがな。)  レイモスは、思惑をおくびにも出さず、トーリスの協力をしているかのように振 舞っていた。トーリスも普段ならば、見抜いたかもしれないが、レイアの事と、自 分のしている事への葛藤もあるのか、気が付かずにいた。 「私は・・・このままで良いのか?」  トーリスは、血を洗い落としながら考えていた。 (何を迷う?お前は、あの人間たちが許せるのか?)  レイモスは、言葉巧みにトーリスの心を付け狙っていた。 「そうだ・・・レイアのためにも、止める訳にはいかない・・・。」  トーリスは、洗い終わったので服を着た。そして、真っ赤に染まっている自分の 服を見て、また自問自答する。 「このままで、私はレイアに報いを得られるのか?」  トーリスは、迷っていた。自分のしている行為を。しかし、あのレイアが死んだ 状況を思い浮かべる度に、心を鬼にしてきた。 (迷うな!迷いは弱さを生むぞ。そんな事では、先が知れてるぞ。)  レイモスは、トーリスに、まだ頑張ってもらわなければ、ならないのだ。そう言 う意味では必死だった。 (あの「商隊剣士」は、欲のために商人に加担する強欲共だ。迷う事は、あるまい。)  レイモスは、ちゃんと、そう言う所は、良く調べていた。 「人間の欲・・・そうだ・・・。滅ぼさなければ・・・。」  トーリスは、とり憑かれた様に呟きだす。そして、マントを翻すと、次元の扉を 開ける。そして、空からバルゼの様子を垣間見る。 (あれは、商船団だな。)  レイモスが指摘した所には、確かに商船が走っていた。商船と言っても馬車に近 い物だ。商人特有の印があるので、商船と呼ばれているだけの話だった。  トーリスは、その商船に向かって降りていった。そして近くの森に身を埋める事 にした。こうして近づいた所を襲っているのだ。 (あれだけ殺しても、まだ儲けようとするとは・・・人間の欲は尽きない物だな。)  レイモスは、さらにトーリスの気を高ぶらせようとする。 「その欲が、レイアを殺させたのです・・・。」  トーリスは、賛同するような声を出す。その目は殺気に満ちていた。 (来たぞ。)  レイモスが指摘する。すると商船が通り過ぎようとしていた。 「『火矢』!」  トーリスは『火矢』の魔法で商船の車輪を狙う。車輪は見事に燃え出して、商船 は、バランスを失う。そして、何事かと確かめた商人を中心に「商隊剣士」達が、 次々と姿を現す。 「・・・出てきましたね・・・。」  トーリスは、そこで姿を現す。しかし、どことなく変だった。その「商隊剣士」 達は、トーリスに向かって構えを取っていない。それ所か、トーリスの姿を確認し ようとしていた。 「あなた達に恨みは無い。だが、欲を持ちし人間達に鉄槌を!」  トーリスは変だと思ったが、襲い掛かる事にした。その瞬間、「商隊剣士」達は、 帽子を脱ぐ。すると、トーリスの動きが止まる。 「!・・・何故!?」  トーリスは愕然とした。その「商隊剣士」達は、何とジーク達だった。そして商 人のフリをしていたのはサイジンだった。商船のように馬車を改造していたのだ。 「やっと会えたな。トーリス。」  ジークは、悲しむような目を見せる。 「何故、あなた達が、このような真似をしてるのです?」  トーリスは、殺気が失せていた。 「センセーに会うためだよ!!」  ツィリルが前に出る。ツィリルは真っ先に飛び込みたい気持ちを押さえていた。 「トーリス・・・。戻ろう。お前を待っている人は、いっぱい居るんだ。」  ジークは説得する。 「ジーク。ツィリル。私はレイアのためにも、戻る訳には行かないのですよ。」  トーリスが、そう言った瞬間、ツィリルの表情が変わる。 「間違ってる!間違ってるよ!センセー!レイアさんは、そんな事望んでない!」  ツィリルは叫ぶ。 「レイアさんは!・・・今・・・変わるから・・・。」  ツィリルは、そう言うと意識を失くす。すると、ツィリルの雰囲気が変わった。 そして、その雰囲気はレイアにソックリになった。 「ツィリル・・・一体?」  トーリスは混乱していた。訳が分からない。目の前はツィリルだ。しかし、レイ アにソックリな、この佇まいは、どう説明すれば良いのか分からなかった。 「トーリス・・・。私の声・・・届いてる?」  ツィリルから、何とレイアの声が流れてきた。恐らく、ツィリルが意識的にレイ アに体を渡したのだろう。 「レ、レイア!?」  トーリスは頭を抱える。 (レイアが居るわけが無い!レイアが!・・・しかし!!)  トーリスは信じられないような目付きで、ツィリルを見る。 「トーリス。私のためと言うなら辞めて!ツィリルちゃんに体を借りてまで言って る私が、分からない訳じゃないでしょ?」  レイアは、ツィリルの体を借りて説明した。レイアも必死だった。 「私を惑わすつもりかぁ!!!」  トーリスは頭を振る。どうしても、受け入れられないのだ。 「好い加減にして!先生!」  レルファが口を挟む。 「先生は、レイアさんの心が、届かないの!?」  レルファは、涙を溜めて説明する。 「そうですトーリス。レイアさんは死んでまで、貴方の心配をしているのですよ?」  サイジンが、レルファの体を支えながら同調する。 「ツィリルもレイアさんも、必死なの分かってヨ!」  ミリィも叫ぶ。間近で見ていただけに、このやり取りは苦しく見えたのだろう。 「トーリスさん!僕、やっと修行終わったんだよ?一緒に冒険しようよ!」  ゲラムも想いをぶつける。 「・・・クッ・・・。なら、私がやってきた事は・・・。」  トーリスは葛藤していた。もし本当に、ツィリルにレイアが乗り移ってレイアの 気持ちが、今言った事ならば、今まで自分がしてきた事は、何だったのか? (魔族が化けているのかも知れんぞ?)  レイモスが口添えする。トーリスは、ハッとする。そう言われれば、自分の前に、 そう簡単にジーク達と会えるのも変な話である。 「トーリス!!」  レイアが叫ぶ。 「黙れぇぇぇ!!!」  トーリスは、その瞬間弾けるように飛ぶ。そして段々と体の色が変わっていく。  その様をジーク達はビックリして見ていた。  ジーク達は、トーリスがよく出没すると言う所を、目星を付けて、その場所を聞 き込みで探りを入れていた。そして、そこに商船が通った時、8割方襲われている と言う情報を元に、馬車を今まで稼いだ金で買い取って、商船のように見立てて、 トーリスに会うと言う計画を実行していたのだ。  そして、怪しまれないように「商隊剣士」が必ずしていると言う帽子、を土産物 屋で買ってきて、その道を迂回し続けると言う手段を選んでいた。  そしてトーリスと会えたと言うのに、トーリスは聞く耳を持っていなかった。 「ぬぅおおおおおおお!!」  トーリスは、体の色が暗黒の色に変わっていく。聞き伝えによる「月神」の色に 似ていた。恐らく、トーリスとレイモスの融合した姿なのだろう。 「やめろぉ!トーリス!」  ジークは叫ぶ。 「ジーク。邪魔すると言うのならば、貴方でも容赦はしない!!」  トーリスは、完全に目の色が違っていた。 「トーリス!止めてぇぇぇ!!・・・あっ・・・。」  レイアが気を失う。ショックだったのだろう。自分の声が、届かなかったと言う 事実にだ。そして雰囲気は、またツィリルに戻る。 「何でなの!!?センセーーー!」  今度は、ツィリルが悲痛な叫びをあげる。 「ツィリル・・・うぉあ!レイモス!貴様!」  トーリスは、内から来る激しい鼓動に耐え切れそうに無かった。 (もう遅い。貴様は、既に私の支配下に入っている。ご苦労だったな。) 「レイモスめ!・・・逃げなさい!皆!」  トーリスが悲痛な声を上げる。どうやらトーリスの良心からの叫びのようだ。ト ーリスの目が正気に戻りつつあった。しかし、それは一瞬だった。また、血走るよ うな目に変わる。 「フフフフフ。人間どもよ!断罪を受けるが良い!」  レイモスは、とうとう表に出てきた。どうやら生体エネルギーの蓄えを、トーリ スの体に巻きつけて、操っているらしい。 「この男の狂気が俺を呼び寄せた・・・。そして人間を殺した事によって得た、こ の生体エネルギーの力で、このレイモスは復活となるのだ!」  レイモスは高らかに笑う。しかし体はトーリスの物でだ。 「トーリスの体を返せ!」  ジークは叫ぶ。そして剣を抜き放つ。 「そうは行かぬ。この男、俺の復活に相応しい器の持ち主。まだ完全では無いが、 これ以上の武器は無い!」  レイモスは、はっきりと「武器」と言った。レイモスにとって、トーリスなど、 「武器」でしか無かったのだ。 「復活した記念だ。貴様らも葬ってくれよう。」  レイモスは、トーリスの体で瘴気を漲らせる。恐ろしいまでの瘴気だ。 「くっ!・・・仕方が無いのか・・・。」  ジークは目を伏せたが、決心すると剣をトーリスに、いやレイモスに向かって構 えた。それはトーリスに攻撃する事を意味していた。 「兄さん!トーリスに攻撃する気?」  レルファはビックリする。 「仕方が無いだろう?・・・あのまま操られるのなら、この俺が楽にするしかない!」  ジークは唇から血が出るくらい噛む。ジークも、苦しい選択だったのだろう。 「ほう。俺を止められる気でいるのか?おめでたい事だな。」  レイモスは、瘴気の塊をジークに向けて放つ。ジークは剣に気合を込めてレイモ スの瘴気を真っ二つに斬る。しかし凄まじいまでの衝撃だ。 「フフフ。いつまで耐えられるものかな?」  レイモスは、余裕たっぷりだった。 「センセーは、そんなんじゃない!!!」  ツィリルは叫ぶ。そして涙を溜めていた。 「センセーは優しくて、いつも微笑んでくれた!それを貴方は!許せない!!!」  ツィリルは、心の底から怒ったのか、魔力が爆発するように増えていく。ツィリ ルは、昔から感情の変化で魔力の増大量が上がると父親のルースは言っていた。 (あの小娘が、あれほどの魔力を持っているとはな・・・。) 「ふっ。俺に攻撃すると言う事は、この男に攻撃するのと一緒だぞ?」  レイモスはニヤリと笑う。だがツィリルの魔力の量に驚いたのも事実だった。 「センセー!戻ってよぉ!!!」  ツィリルは、魔法を使うのではない。何と魔力を塊にして、レイモスに投げつけ る。そして、その瞬間、ツィリルも気を失った。 「ぬぉ!?」  レイモスはビックリした。魔力は普通、魔力を元にして魔法の威力を増大させる のが目的だ。それを魔力のまま投げつけると言うのは聞いたことが無い。そして、 その魔力を受け取った瞬間、レイモスは、様々な感情が入ってくるのを感じた。 (トーリス・・・正気に・・・。)  レイモスの中に、そんな声が木霊する。 「何事だ!?何故、このような声が聞こえてくる!」  レイモスは、うろたえた。 (センセー!惑わされちゃ駄目ぇ!!) 「うるさい!黙れェ!!」  レイモスは、気が変になりそうだった。 (トーリス!私の言う事が聞こえないの!?)  その魔力の中には、とてつもない祈りと叫びが込められていたのだ。 「うぁぁぁ!!何事だ!何事だァ!!?」  レイモスは、その声の一つ一つが苦痛だった。 (正気に戻ってェ!!!)  レイアとツィリルの声が、一つになった瞬間だった。レイモスの中から、違う何 かが出てくる。いや、寧ろ出てきた何かがレイモスなのかもしれない。その瞬間、 トーリスの体は、普通の色に戻った。 (押し出された!?馬鹿な!?)  レイモスは、信じられずにいた。トーリスの心は、既にズタズタだったはずだ。 体を乗っ取るのは時間の問題だった。それが蘇ったような出来事だった。 (しょうがない・・・。残った生体エネルギーで、実体化するしかない!)  レイモスは残った生体エネルギーで、自分の体を実体化させた。しかし、これで は完全復活とは行かない。あるはずの翼も無いし、角も、どことなく弱々しい。 「くっ。信じられん。」  レイモスは、実体化すると共に、信じられない目付きでトーリスを見る。 「お前がレイモスか!」  ジークは、睨み付ける。 「今度こそ、心置きなく攻撃出来ますね。」  サイジンも、剣を抜く。 「絶対許さないネ!人の心を弄ぶなんて、許さないヨ!」  ミリィも戦闘態勢に入る。 「フフフフフ。貴様ら、この「月神」と渡り合えると思っているのか?いくら完全 復活では無いとしても、貴様らくらい、葬るに足りぬ訳ではないぞ!」  レイモスは、ニヤリと笑う。いくら弱々しいと言っても普段は「神魔」クラスの 実力のレイモスである。今の状態でも「魔界剣士」クラスの実力があるのは、想像 に難くなかった。 (どうすれば良い・・・。む・・・?)  ジークは、背中が何かに反応しているのを感じた。背中とは、いつも差している 「怒りの剣」だった。間違いない。「怒りの剣」が反応していた。 (抜けと言うのか?・・・そうか。)  ジークは、「怒りの剣」の鼓動を感じた。「怒りの剣」は意思のある剣だ。ジー クのレイモスへの怒りに反応したのだろう。 「・・・貴様。何をしている?」  レイモスはジークを見た。ジークの様子が、どこと無く変である。 「レイモス。トーリスを苦しめた、お前を俺は許さない。この俺の怒りに反応しろ! 「怒りの剣」よ!」  ジークは、そう言い放つと、背中の剣を抜く。そして腰に、いつもの剣を差した。  その瞬間「怒りの剣」から、猛烈な波動が迸った。恐ろしい力である。そして、 その力は、レイモスを圧倒しそうな程であった。 「貴様は何者だ!?」  レイモスは、ビックリする。明らかに普通の人間の力では無い。それ以上に、そ の剣の圧倒的な力が信じられなかった。 「人間を舐めるなぁ!!」  ジークは、レイモスに襲い掛かる。 「ちぃ!」  レイモスは、ジークの剣を腕で受け止めようとする。その瞬間、腕が無くなった。 「ギヤァァァァァァ!!」  レイモスは腕が千切れた事に気がつく。なんと「怒りの剣」は、レイモスの腕を 吹き飛ばしていたのだ。 「有り得ん!有り得ん事だ!神が人間に負けるなど、有り得ぬ!!」  レイモスは必死に頭を振る。いくら力が戻ってないとは言え、レイモスは「魔神」 なのだ。人間に敗れると言う事は、あってはならない事だと思っている。 「人間の魂と、この剣に込められた先人達の思いを受け取れ!!」  ジークは、いつの間にか髪が輝き始めていた。 「うぉぉぉぉ!」  レイモスは、叫びと共にジークに突っ込む。しかし気がつくと、胸から腰に掛け て、斬られていた。 「不動真剣術、袈裟斬り「閃光」!」  ジークは、受け継がれてきた伝統の技で、レイモスを斬る。 「ぐ・・・うぉあぁぁ!ぐわぁあぁぁ!!」  レイモスは叫び声を上げると、胸から大量の血と共に生気が抜けていく事を悟る。 「馬鹿な!馬鹿なぁァァァァ!!!」  レイモスの叫びは、それが最後になった。レイモスは青い血と共に、動かなくな った後、静かに消えていった。 「・・・ふぅぅ・・・。」  ジークは落ち着くと「怒りの剣」を背中に仕舞う。すると、ジークの髪は、輝き を失った。 「やったね。兄さん!」  レルファが、声を掛ける。 「感動したヨ!私!」  ミリィが、駆け寄ってジークに抱きつく。もちろん心配だと言うのもあった。 「すげぇや!「怒りの剣」の力も、見せてもらったよ!」  ゲラムも素直に驚いていた。 「俺だけじゃないよ。皆が・・・そして、ツィリルがやってくれたこそ、勝てたん だ。それに、あれは俺の力じゃない。」  ジークは、あの瞬間、自分の力じゃない何かを感じていたのだ。 「それと・・・トーリスが無事だと、良いんだけどな。」  ジークは、トーリスの方を見る。トーリスはピクリとも動かない。しかし、体の 色は、正常に戻っていた。 「うぅーん・・・。」  ツィリルは、目覚めつつあったが、まだ、キツそうだった。魔力を全部放ってし まったのだろう。そう簡単には目覚めない。 「馬車は壊れたけど、直してプサグルに行こう。」  ゲラムが提案する。一回休んだ方が良いと言う事だろう。それに、フジーヤへの 報告もある。トーリスが正気に戻ったかどうか、そして無事かどうかは、フジーヤ に診てもらう方が良い。好都合な事に、この場所からプサグル城へは、1日も掛か らず行ける。 「替えの車輪が、あったはずですな。それで行きましょう。」  サイジンが、片方しか車輪が壊れてないのを確認した上で、替えの車輪を出す。  こうして、「月神」レイモスは滅びた。そして「怒りの剣」の力を垣間見る事に なった。ジークが居る限り、人間達に希望はある。そう思わずには、いられない出 来事になった。少なくとも見ていた4人は、そう思ったのである。  ルクトリアの城は、廃墟と化していたが、街は攻撃されて無かったので、ルクト リアが、完全に廃墟になっている訳では無かった。しかし、ルクトリアの人々の誇 りだった城が、破壊された事は、かなりショックだったらしい。  しかし、このままではいけないと、ルースやアルドなどを中心に、自治団が出来 て来て、ルクトリアの街は、何とか纏まりつつあった。ルースもアルドも、悔しく 無い訳ではない。しかし、このまま怒りに任せて魔族の所に行った所で、結果は、 見えている。なので、自分に出来る事をやろうとしていたのだ。  ルースは、ライルからの報告で、プサグルも襲われた事を知った。さらには、ラ イル自身も襲われて、戻ってきた事を知った。いよいよもって、魔族は本気になっ てきたと言う事である。  その後、ルース達が中心となって、街は復興しつつあった。しかし人々の心まで は、中々復興できる物では無い。自分達の誇りを壊され、そして魔族が攻めてくる かも知れないと言うのに平静で居られる訳が無いのだ。  ルースは、それでも皆に呼びかけて、復興をしていた。一度プサグルに行ったル ースである。王に許された時は、このルクトリアに骨を埋める覚悟もした。そのル クトリアが滅びて行くなど真っ平なのである。 「さて、一段落つくか。」  ルースが、皆に声を掛ける。壊された瓦礫の処理も終わって、城の残骸は、ほと んど無くなっていた。その場所に教会を作ろうと考えていた。王の慰霊碑も兼ねて、 皆が健やかになれる場所を作ろうと考えていたのである。最も、これは妻であるア ルドの案だったが・・・。 「だいぶ落ち着いて来たね。」  アインが、汗を拭く。アインやレイリーも当然のように手伝っている。 「人間もやれば、出来るって事だぜ!」  レイリーは、力説する。この前、自分の無力さを味わったばかりだが、その悔し さをバネにして、それ以上の努力をしているのをルースは知っていた。 「そうだ。その心を忘れるなよ。」  ルースは、この後進達に大きな期待をしていた。 「ルースさん!パーズから来客が来たみたいだ!」  街の人が、知らせに来た。このルクトリアでは、もう城関係の人達は居ない。何 か、来客や外交を取り仕切るのはルースの役目になっていた。もはやルースは、ル クトリアには欠かす事の出来ない人物になっていたのである。 「よし。分かった。すぐに行こう。」  ルースは、街の真ん中に建てたルクトリア国民協会に向かう。来客は、ここで対 応出来るようにと、復興の当初から造成して完成したものだ。  完成したとは言っても、まだ簡易的な物なので、建て替えるつもりはある。  ルース達が協会の中に入ると懐かしい顔ぶれが揃っていた。 「今帰ったぜ。」  まず、プサグル城に行っていたライル、そして横にはフジーヤも居る。 「ルース。久しぶりだな。」  何と、パーズ国王のショウ=ウィバーン=トリサイルまで居た。 「ショウさん!それにライル!そうか。会議は終わったんだな。」  ルースは、会議の事を知らされていた。ライルが、その代表として出ていたのだ。 「俺は、これからパーズに帰る所だが、一目ルクトリアを見たくてな。」  ショウは、このルクトリアの現状を、この目で見て置きたかったのだ。 「復興は順調だ。あと1週間もすれば、街としては落ち着く。だが・・・。」  ルースは、言葉を濁す。 「人々の心に焼きついた、魔族のショックは隠せない。」  ルースは肘を突きながら、ため息をつく。 「そのショックを拭うためには、俺達は常勝しなければならないって事だな。」  フジーヤが口を開く。ルクトリアは、ソクトア最強の軍団と自負していただけに、 それなりの覚悟が必要なのである。壊された今、勝つ事で、その自負を回復してい かなければならない。 「まぁ、そういう事になるな。」  ルースは同調する。 「ふっ。何だか昔を思い出すな。」  フジーヤは、ニヤリと笑う。昔とは、プサグルと戦い続けた時の事である。あの 時も、敗北によってボロボロになりながらも、全ての戦いに勝利して今があるのだ。 その時と状況は似ている。しかし相手が悪い。 「これからの事なんだがな。俺は、しばらくルクトリアに留まる事にした。」  ライルが口を開く。シーザーやカルリールが亡くなった今、このルクトリアに留 まる理由は少ない。しかし、ライルは父や母が愛した、このルクトリアを踏みにじ られて黙っている程、お人好しでは無い。 「これからは、人間全体が魔族に対抗出来る力を持たなくてはならない。なら、俺 が指標させて、レベルアップを図ろうと思う。」  ライルは話した。つまり、魔族に対抗出来る程の力を身に付けさせる特訓を行う 場所を設置しようと言うのだ。つまりは、大規模な育成所を作ろうと言うのである。 大事な事であった。 「そうか分かった。ライル。お前に頼もう。」  ルースは、ライルの決意を受け取った。ライルは、自分が英雄と呼ばれるのを嫌 っていた。なのに育成所を設置すると言うからには、英雄としての自分の地位をフ ル活用しようとしているのだ。それほどまでに、魔族は危険だと言う事なのである。 「ふふっ。お前達を見て安心したよ。」  ショウは、ライル達のやり取りを見て安心した。このような男が居る限り、そう 簡単にルクトリアが滅亡する事は無いだろうと思っていた。 「・・・俺はそれだけじゃ不十分だと思うがな。」  フジーヤは、危惧していた事があった。それは外交である。どう見ても、ルクト リアの外交を復縁しない限り、人々の心が戻る事は無いと思っていた。 「そうは言うけどな。他に方法があるって言うのか?」  ライルは、苛立ちながら言った。 「今は、それでも良いかもしれない。だがな。人々の心ってのは移ろい易い物だ。 外交も無しに、産業が発達しなければ結局この国は駄目になると思うぜ?」  フジーヤは、先の事まで考えていた。今は復興の兆しがあるだけマシだ。だが、 このまま外交に乗り遅れたら、まずいと言うのであろう。 「何か良い案があるのか?」  ライルは、フジーヤに問う。 「ずばり、国を立て直すには城が居る。新たな場所に城を設置するべきだ。」  フジーヤは、厳しい口調でいった。 「城を?」  ルースは、そんな事までは考えても居なかった。 「そう。城を作って王が居るってだけでも人々の心の負担度は、かなり違うはずだ。」  フジーヤは、結論を言った。 「おいおい。王なんて、そう簡単に居るもんじゃないぞ?」  ショウは、自分が国王であるので城だけある国ってのも変だと思っていた。 「ふっ。ここに居るじゃないか。そうだろ?ライル。」  フジーヤは、ライルを見る。 「・・・俺にやれと言うのか?」  ライルは言葉を濁す。ライルは元来、普通の兵士として暮らしてきた。自分が、 王の血を引くと言う事を盾にしたく無かったのだ。 「おい!フジーヤ!いくら何でも、それは急ぎ過ぎじゃないのか?」  ルースはライルの気持ちを知っている。どうしても賛成する気にはなれない。 「俺だって王の心労は知っている。ライルに、やらせたいとは思わない。だがな。 国として本当に復興させたいのなら避けては通れない道だ。それほど、このルクト リアと言う国は重要なんだ。」  フジーヤは真剣だった。違う国なら違う処置も出来ただろう。だが、このルクト リアは大国なのである。その大国が自治による政治で治まるとは思えないのだ。 「し、しかし!」  ルースはライルの親友である。王など、やらせたくは無かった。 「ルース。もう良い。」 ライルは、フッと笑う。どこか諦めがついたような笑いだった。 「俺も分かっていたんだ。父さんが死んだと聞いた時にな。」  ライルは剣を抜く。自分は剣士で生き抜くと決めた時に、誓った剣だ。不動真剣 術の師匠に誓った剣でもある。しかし、今はジークに不動真剣術を託した。そして、 今の自分に出来る最大限の事。それは王になる事しかないのだ。 「ライル・・・。そうか。なら、もう反対はしない。」  ルースは目を閉じる。ライルの気持ちが、痛いほど分かるからだ。 「そうか。ライルが王か。なら俺も、協力させてもらうぜ。」  ショウもニヤリと笑う。 「ただ、同じ王としての立場から注意しておく事がある。良いか?王となるからに は、常に国民の事を考えろよ。個人的な感情を優先させるな。」  ショウは注意を与える。人の上に立つと言う事は、個人的な感情を捨てなければ ならないと言う事なのだ。 「分かった。肝に銘じておくよ。」  ライルは、素直に言う事を聞く。英雄としての経験はあっても、王としての経験 は、初めてなのだ。素直に言う事を聞いておいた方が良い。 「ライル。発表は俺に任せておけ。」  ルースは力強く答える。こうなった以上、出来る限りの協力をしようと言うのだ ろう。ルースは国民に上手く説明する役を買って出たのだ。 「俺が・・・王か・・・。」  ライルは、とてつもない重責を負った気分になった。 「ライル。心配するな。ルクトリアの国民は、分かってくれるはずだ。」  フジーヤはライルの肩を叩く。  ライルは、ニッコリ笑うと、これからの事を考えて空を見上げるのだった。  プサグルでは、近衛兵長ドランドルの死を悼むかのように、シーンと静まり返っ ていた。王が平和のための会議を開いて、何とかしようとしているのが唯一の救い か。何せ、ここ数日の魔族の襲来のおかげで、元気が出る材料が無い。王女のフラ ルの結婚式の浮かれ気分も魔族の襲来によって鎮圧されたかのように静かだった。  しかし、ヒルト王は沈んでいる訳には行かなかった。沈んだ顔をしている娘のフ ラルを励まして、ミクガードにも重々落ち込んだ顔を見せないように釘を刺してい た。冷静さを取り戻さなければ、魔族の思うツボなのだ。 (しかし、元気が出る材料でも無ければ、このままズルズル行ってしまうな。)  ヒルトは一抹の不安を隠せなかった。こうしている間にも魔族の間では、次の攻 撃の準備をしているかもしれない。そう思うと冷静になるのも一苦労である。  今日も、皆を王の間に呼び寄せて、話し合っていた。あれからフラルとミクガー ドは落ち込む一方だし、ゼルバも、どこと無く元気が無い。むしろ、ゼルバも元気 の出る材料を探しているのかも知れない。それが中々見つからないので、苦労して いるのだろう。 「王!報告にございます!」  物見からの兵士が報告に来た。 「どうした?魔族か?」  ヒルトは、一瞬身構えた。しかし魔族にしては、まだ時期が早すぎる。 「ゲラム様のご帰還に御座いまする!」  兵士は嬉しそうに言った。兵士だけでは無い。その場に居た全員が、驚きと喜び の表情をしていた。 「それは誠か!」  ヒルトも、驚きのあまり声を張り上げてしまった。 「はい!ゲラム様はジーク様達と、共にご帰還との知らせで御座います!」  兵士は、今にも泣きそうだった。このプサグルにとって、これ以上の元気の出る 材料は無い。ヒルトも嬉しそうにすると、すぐに振り返る。 「よし!すぐに客室に案内しろ!すぐに我等も向かう!」  ヒルトはすぐに命じる。兵士は頭を下げると、ゲラムの元に向かっていった。 「皆、暗い顔をしていては、ゲラムに笑われるぞ!」  ヒルトは皆の顔を見る。どことなく生気が戻ってきたようだ。特に、王妃のディ アンヌは、息子の帰還を嬉しく思っているようだった。 「元気を無くしちゃうなんて私らしく無かったわね!」  フラルもニコリと笑うと立ち上がる。 「ジーク達も居るのでしょう?私も、しっかりしなければね。」  ゼルバも嬉しそうだった。何よりも、さっきとは雰囲気が違う。 「うむ。行こう。積もる話もあるだろうしな。」  ヒルトは、客室に向かっていった。  客室では通されたジーク達が待っていた。 「父上。久しぶりです。」  まずゲラムが、挨拶した。 「・・・ゲラム?なのか?」  ヒルトは、ビックリした。ゲラムの背が急激に伸びていたからである。後ろに居 るフラルとゼルバも、ビックリしたようだ。 「この人がヒルト王・・・。威厳溢れる人ネ。」  ミリィは、ヒルトを初めて見る。王様と初めて会うので、かなり緊張していた。 「トーリス君とツィリルちゃんの姿が見えないが、何かあったのか?」  ヒルトは周りを見渡す。 「その話なら掻い摘んで、お話しますよ。」  ジークが口を開く。ジークは、これまで起こった事を説明しだした。ヒルト達に とっては、信じられないような事ばかりだった。続けてヒルトの方も、これまで起 こった事を話してあげた。ジーク達にとってショックだったのは、ルクトリア城の 崩壊と、ドランドルの死であった。 「魔族め。俺達だけでは無く、既に、ここまで手を伸ばしていたのか!」  ジークは拳を震わせていた。 「俄かには信じられない話が多いな。手紙である程度の事は知っていたが、トーリ ス君も苦労したのだな・・・。」  ヒルトは、胸が重くなるような感じを受けた。 「ドランドルさん。くそぉ!魔族め!」  ゲラムは、自分の知らない所で死んでしまったドランドルの事で、悔しがってい た。ゲラムも、かなりドランドルには懐いていたのだ。 「しかし、我等にも希望がある事だけでも、分かれば充分だ。」  ヒルトは、ジークを見る。やはり英雄と呼ばれたライルの息子だけある。その才 覚を随分と表して来ているようだった。 「しかし、結婚してるとは思わなかった。お似合いだし、祝福するわ。」  すでに向こうでは、レルファとミリィとフラルが打ち解けあって話していた。 「我がデルルツィアも、出来る限り協力しよう。もう国同士で争う時代は終わりな んだ。その事を俺はヒルト王から習ったよ。」  ミクガードも、段々打ち解けて話に加わる。 「しかし、それぞれが過ごした時間は、短いようで長かったと言う訳ですな。」  サイジンが感心していた。 「最も、私には、レルファが居れば何も要りませんがね!ハッハッハ!」  サイジンは馬鹿笑いをする。 「こんな所で止めてくれよ。サイジン。」  ジークは困ったように頭を掻く。 「そ、そうよ。少しは自重しなさいよね。」  レルファが照れていた。 (なるほど。この2人も、いつの間にか進展してたのね。)  フラルは雰囲気だけで、前とは違うのが分かった。 「俺は、ツィリルの事が心配だよ。」  ジークは、溜め息をつく。ここ数日、トーリスは、まだ目覚めない。しかしツィ リルは献身的に介抱していた。 「兄さんも、分かってないわね。好きな人のためなら頑張れる物なのよ?」  レルファは指を振って反論する。 「お前さんに分かるのか?」  ジークは呆れた顔で見つめる。 「失礼ね。私にだって・・・そういう気分にさせてくれる人は、居るもん。」  レルファは最後の方は声が、小さくなっていた。サイジンの事を言ったのだが、 途中で恥ずかしくなってしまったのだろう。 「しかしトーリス君の中のレイアさんは、そう簡単には消えないだろう。惨いな。」  ヒルトは目を閉じる。良い知らせばかりではない。 「トーリスさんは、絶対復活するよ!僕は信じてるよ!」  ゲラムは、真っ直ぐな目をしていた。 「ふっ。ゲラムは相変わらずですね。安心しましたよ。」  ゼルバは、ゲラムの成長には驚いたが、こう言う素直な部分が見れて満足だった。 「こうしてるだけでも、何だし、ツィリルちゃんの所に行こう。」  ヒルトは皆を促す。皆も同じ考えだった。  トーリスは、どうやら城の休憩室の一角に休まされてるらしい。 「入るぞ。ツィリル。」  ジークは、ノックしながら声をかける。 「うん。どーぞ。」  ツィリルの声が聞こえてきた。皆はジークに続いて入る。 「・・・これが・・・トーリス君・・・なのか?」  ヒルトはビックリした。トーリスの顔が蒼白になっていたからだ。生気が感じら れなかった。 (確かに、これでは介抱したくもなるな。)  ヒルトは、そう思わずにはいられなかった。しかしツィリルが相当看護している のだろう。命の危険性までは感じなかった。 「センセー。また元気な顔を見せてくれるよね・・・。」  ツィリルは、トーリスに語りかける。トーリスは寝息を立てて目を閉じていた。 「トーリスさんを想う気持ちが、あの子を動かしてる・・・か。」  ディアンヌは若い頃の、自分を思い出した。 「ジーク兄ちゃん。センセーは、元気になるよね?」  ツィリルは、ずーっとトーリスの手を握っていた。微かに温もりがある。 「ツィリル。お前がそこまで看病してるんだ。お前はその手を握りながら魔力を与 え続けているんだろ?トーリス応えないはず無いさ。」  ジークは、ツィリルに問い掛ける。 「うん。わたしに出来る事は、全部やるつもりだもん。」  ツィリルは、健気に魔力を送り続けていた。 「でも少し、疲れちゃった・・・。」  ツィリルは目を閉じる。魔力の使いすぎだろう。ツィリルは、目覚めれば魔力を 与え続けているのだ。疲れないはずが無い。 「・・・ツィリルちゃんは、眠ったわ。」  ツィリルの口から今度は、違う声が聞こえてきた。 「・・・レイアさんか?」  ジークが尋ねると、ツィリルは首を縦に振る。レイアが出てきたようだ。 「・・・話には聞いていたが、この目で見ると驚きだな・・・。」  ヒルトは、驚きを隠せなかった。確かにツィリルとは、雰囲気も声も全然違う。 しかし、姿はツィリルのままだった。こんな事が有り得るのだろうか? 「ツィリルちゃんが、トーリスを想う気持ち、私にも直に伝わってくる。」  レイアは胸を押さえる。 「私は死んだはずの人間。ツィリルちゃんの体を借りてでしか、トーリスの側に居 られない。ツィリルちゃんは迷惑してるかもね・・・。」  レイアは自嘲気味に答える。 「そんなことないネ!」  ミリィが、声を出す。 「ツィリルは、最初は戸惑っていたヨ。でも、トーリスを想うレイアさんと同じ気 持ちになれるのは嬉しいって言ってたヨ!悲観的にならないでヨ!」  ミリィが叫ぶ。なまじ、どちらも知っているだけに、こう言う状況を見るのが、 辛いのだろう。 「ごめん。ミリィさん。」  レイアは、ニコッと笑う。 「トーリス。この2人の想いを感じるなら、目を覚ませよ!」  ジークは、トーリスに怒鳴りつける。するとトーリスの眉が少し動く。 「今、動いたわね。」  レイアも、まじまじとトーリスを見る。 「レ・・・イア・・・。ツィ・・・リル。」  トーリスは、苦しそうだったが、かろうじて声を出す。まだ罪の意識が消えない のだろう。レイモスの事が無くても、暴走していたのだ。そう簡単に、罪の意識が 消える訳では無かった。 「トーリス!ツィリルちゃんと私の想いを受け取って!!」  レイアは手を強く握ってやる。すると、トーリスは微かだが握り返してきた。 「う、うああああ!!」  トーリスは、叫び声をあげると魔力を解き放つ。その瞬間、レイア、ツィリルも ショックを受けたのか、そのまま突っ伏してしまった。トーリスも、その後、何も 言わずに寝息を立ててしまった。 「ツィリル!大丈夫!?」  レルファが駆け寄る。良く見ると、トーリスは、ツィリルの手をしっかりと握っ ていた。これはレイアに向けてなのか、ツィリルに向けてなのか分からない。だが、 しっかりと握られていた。 「・・・大丈夫そうだな。俺達が心配しなくても、トーリスなら必ず目覚めるさ。」  ジークは確信していた。仲間としてトーリスは信頼している。トーリスなら、き っと、この2人の想いに応えるはずだろう。 「・・・今日は色々な事がありすぎて、少し疲れたな。ツィリルちゃんは、トーリ ス君の隣のベッドに寝かせておいて、俺達も休もう。」  ヒルトは、頭の整理が肝心だと思った。 (こうも急に色々言われると、慣れてくのが大変だな。)  ヒルトは昔ほど、理解力がある訳では無い。整理する時間が必要なのだ。 (トーリス。俺は信じてる。皆もだ。このまま目覚めないなんて、止めろよ!)  ジークは、目を覚まさないトーリスを背に部屋を出た。  度重なる魔族の攻撃に疲れ気味の毎日であったが、希望もあると言う事を、教え られた1日になった。