NOVEL 2-6(Second)

ソクトア第2章2巻の6(後半)


 ジーク達は、トーリスがよく出没すると言う所を、目星を付けて、その場所を聞
き込みで探りを入れていた。そして、そこに商船が通った時、8割方襲われている
と言う情報を元に、馬車を今まで稼いだ金で買い取って、商船のように見立てて、
トーリスに会うと言う計画を実行していたのだ。
 そして、怪しまれないように「商隊剣士」が必ずしていると言う帽子、を土産物
屋で買ってきて、その道を迂回し続けると言う手段を選んでいた。
 そしてトーリスと会えたと言うのに、トーリスは聞く耳を持っていなかった。
「ぬぅおおおおおおお!!」
 トーリスは、体の色が暗黒の色に変わっていく。聞き伝えによる「月神」の色に
似ていた。恐らく、トーリスとレイモスの融合した姿なのだろう。
「やめろぉ!トーリス!」
 ジークは叫ぶ。
「ジーク。邪魔すると言うのならば、貴方でも容赦はしない!!」
 トーリスは、完全に目の色が違っていた。
「トーリス!止めてぇぇぇ!!・・・あっ・・・。」
 レイアが気を失う。ショックだったのだろう。自分の声が、届かなかったと言う
事実にだ。そして雰囲気は、またツィリルに戻る。
「何でなの!!?センセーーー!」
 今度は、ツィリルが悲痛な叫びをあげる。
「ツィリル・・・うぉあ!レイモス!貴様!」
 トーリスは、内から来る激しい鼓動に耐え切れそうに無かった。
(もう遅い。貴様は、既に私の支配下に入っている。ご苦労だったな。)
「レイモスめ!・・・逃げなさい!皆!」
 トーリスが悲痛な声を上げる。どうやらトーリスの良心からの叫びのようだ。ト
ーリスの目が正気に戻りつつあった。しかし、それは一瞬だった。また、血走るよ
うな目に変わる。
「フフフフフ。人間どもよ!断罪を受けるが良い!」
 レイモスは、とうとう表に出てきた。どうやら生体エネルギーの蓄えを、トーリ
スの体に巻きつけて、操っているらしい。
「この男の狂気が俺を呼び寄せた・・・。そして人間を殺した事によって得た、こ
の生体エネルギーの力で、このレイモスは復活となるのだ!」
 レイモスは高らかに笑う。しかし体はトーリスの物でだ。
「トーリスの体を返せ!」
 ジークは叫ぶ。そして剣を抜き放つ。
「そうは行かぬ。この男、俺の復活に相応しい器の持ち主。まだ完全では無いが、
これ以上の武器は無い!」
 レイモスは、はっきりと「武器」と言った。レイモスにとって、トーリスなど、
「武器」でしか無かったのだ。
「復活した記念だ。貴様らも葬ってくれよう。」
 レイモスは、トーリスの体で瘴気を漲らせる。恐ろしいまでの瘴気だ。
「くっ!・・・仕方が無いのか・・・。」
 ジークは目を伏せたが、決心すると剣をトーリスに、いやレイモスに向かって構
えた。それはトーリスに攻撃する事を意味していた。
「兄さん!トーリスに攻撃する気?」
 レルファはビックリする。
「仕方が無いだろう?・・・あのまま操られるのなら、この俺が楽にするしかない!」
 ジークは唇から血が出るくらい噛む。ジークも、苦しい選択だったのだろう。
「ほう。俺を止められる気でいるのか?おめでたい事だな。」
 レイモスは、瘴気の塊をジークに向けて放つ。ジークは剣に気合を込めてレイモ
スの瘴気を真っ二つに斬る。しかし凄まじいまでの衝撃だ。
「フフフ。いつまで耐えられるものかな?」
 レイモスは、余裕たっぷりだった。
「センセーは、そんなんじゃない!!!」
 ツィリルは叫ぶ。そして涙を溜めていた。
「センセーは優しくて、いつも微笑んでくれた!それを貴方は!許せない!!!」
 ツィリルは、心の底から怒ったのか、魔力が爆発するように増えていく。ツィリ
ルは、昔から感情の変化で魔力の増大量が上がると父親のルースは言っていた。
(あの小娘が、あれほどの魔力を持っているとはな・・・。)
「ふっ。俺に攻撃すると言う事は、この男に攻撃するのと一緒だぞ?」
 レイモスはニヤリと笑う。だがツィリルの魔力の量に驚いたのも事実だった。
「センセー!戻ってよぉ!!!」
 ツィリルは、魔法を使うのではない。何と魔力を塊にして、レイモスに投げつけ
る。そして、その瞬間、ツィリルも気を失った。
「ぬぉ!?」
 レイモスはビックリした。魔力は普通、魔力を元にして魔法の威力を増大させる
のが目的だ。それを魔力のまま投げつけると言うのは聞いたことが無い。そして、
その魔力を受け取った瞬間、レイモスは、様々な感情が入ってくるのを感じた。
(トーリス・・・正気に・・・。)
 レイモスの中に、そんな声が木霊する。
「何事だ!?何故、このような声が聞こえてくる!」
 レイモスは、うろたえた。
(センセー!惑わされちゃ駄目ぇ!!)
「うるさい!黙れェ!!」
 レイモスは、気が変になりそうだった。
(トーリス!私の言う事が聞こえないの!?)
 その魔力の中には、とてつもない祈りと叫びが込められていたのだ。
「うぁぁぁ!!何事だ!何事だァ!!?」
 レイモスは、その声の一つ一つが苦痛だった。
(正気に戻ってェ!!!)
 レイアとツィリルの声が、一つになった瞬間だった。レイモスの中から、違う何
かが出てくる。いや、寧ろ出てきた何かがレイモスなのかもしれない。その瞬間、
トーリスの体は、普通の色に戻った。
(押し出された!?馬鹿な!?)
 レイモスは、信じられずにいた。トーリスの心は、既にズタズタだったはずだ。
体を乗っ取るのは時間の問題だった。それが蘇ったような出来事だった。
(しょうがない・・・。残った生体エネルギーで、実体化するしかない!)
 レイモスは残った生体エネルギーで、自分の体を実体化させた。しかし、これで
は完全復活とは行かない。あるはずの翼も無いし、角も、どことなく弱々しい。
「くっ。信じられん。」
 レイモスは、実体化すると共に、信じられない目付きでトーリスを見る。
「お前がレイモスか!」
 ジークは、睨み付ける。
「今度こそ、心置きなく攻撃出来ますね。」
 サイジンも、剣を抜く。
「絶対許さないネ!人の心を弄ぶなんて、許さないヨ!」
 ミリィも戦闘態勢に入る。
「フフフフフ。貴様ら、この「月神」と渡り合えると思っているのか?いくら完全
復活では無いとしても、貴様らくらい、葬るに足りぬ訳ではないぞ!」
 レイモスは、ニヤリと笑う。いくら弱々しいと言っても普段は「神魔」クラスの
実力のレイモスである。今の状態でも「魔界剣士」クラスの実力があるのは、想像
に難くなかった。
(どうすれば良い・・・。む・・・?)
 ジークは、背中が何かに反応しているのを感じた。背中とは、いつも差している
「怒りの剣」だった。間違いない。「怒りの剣」が反応していた。
(抜けと言うのか?・・・そうか。)
 ジークは、「怒りの剣」の鼓動を感じた。「怒りの剣」は意思のある剣だ。ジー
クのレイモスへの怒りに反応したのだろう。
「・・・貴様。何をしている?」
 レイモスはジークを見た。ジークの様子が、どこと無く変である。
「レイモス。トーリスを苦しめた、お前を俺は許さない。この俺の怒りに反応しろ!
「怒りの剣」よ!」
 ジークは、そう言い放つと、背中の剣を抜く。そして腰に、いつもの剣を差した。
 その瞬間「怒りの剣」から、猛烈な波動が迸った。恐ろしい力である。そして、
その力は、レイモスを圧倒しそうな程であった。
「貴様は何者だ!?」
 レイモスは、ビックリする。明らかに普通の人間の力では無い。それ以上に、そ
の剣の圧倒的な力が信じられなかった。
「人間を舐めるなぁ!!」
 ジークは、レイモスに襲い掛かる。
「ちぃ!」
 レイモスは、ジークの剣を腕で受け止めようとする。その瞬間、腕が無くなった。
「ギヤァァァァァァ!!」
 レイモスは腕が千切れた事に気がつく。なんと「怒りの剣」は、レイモスの腕を
吹き飛ばしていたのだ。
「有り得ん!有り得ん事だ!神が人間に負けるなど、有り得ぬ!!」
 レイモスは必死に頭を振る。いくら力が戻ってないとは言え、レイモスは「魔神」
なのだ。人間に敗れると言う事は、あってはならない事だと思っている。
「人間の魂と、この剣に込められた先人達の思いを受け取れ!!」
 ジークは、いつの間にか髪が輝き始めていた。
「うぉぉぉぉ!」
 レイモスは、叫びと共にジークに突っ込む。しかし気がつくと、胸から腰に掛け
て、斬られていた。
「不動真剣術、袈裟斬り「閃光」!」
 ジークは、受け継がれてきた伝統の技で、レイモスを斬る。
「ぐ・・・うぉあぁぁ!ぐわぁあぁぁ!!」
 レイモスは叫び声を上げると、胸から大量の血と共に生気が抜けていく事を悟る。
「馬鹿な!馬鹿なぁァァァァ!!!」
 レイモスの叫びは、それが最後になった。レイモスは青い血と共に、動かなくな
った後、静かに消えていった。
「・・・ふぅぅ・・・。」
 ジークは落ち着くと「怒りの剣」を背中に仕舞う。すると、ジークの髪は、輝き
を失った。
「やったね。兄さん!」
 レルファが、声を掛ける。
「感動したヨ!私!」
 ミリィが、駆け寄ってジークに抱きつく。もちろん心配だと言うのもあった。
「すげぇや!「怒りの剣」の力も、見せてもらったよ!」
 ゲラムも素直に驚いていた。
「俺だけじゃないよ。皆が・・・そして、ツィリルがやってくれたこそ、勝てたん
だ。それに、あれは俺の力じゃない。」
 ジークは、あの瞬間、自分の力じゃない何かを感じていたのだ。
「それと・・・トーリスが無事だと、良いんだけどな。」
 ジークは、トーリスの方を見る。トーリスはピクリとも動かない。しかし、体の
色は、正常に戻っていた。
「うぅーん・・・。」
 ツィリルは、目覚めつつあったが、まだ、キツそうだった。魔力を全部放ってし
まったのだろう。そう簡単には目覚めない。
「馬車は壊れたけど、直してプサグルに行こう。」
 ゲラムが提案する。一回休んだ方が良いと言う事だろう。それに、フジーヤへの
報告もある。トーリスが正気に戻ったかどうか、そして無事かどうかは、フジーヤ
に診てもらう方が良い。好都合な事に、この場所からプサグル城へは、1日も掛か
らず行ける。
「替えの車輪が、あったはずですな。それで行きましょう。」
 サイジンが、片方しか車輪が壊れてないのを確認した上で、替えの車輪を出す。
 こうして、「月神」レイモスは滅びた。そして「怒りの剣」の力を垣間見る事に
なった。ジークが居る限り、人間達に希望はある。そう思わずには、いられない出
来事になった。少なくとも見ていた4人は、そう思ったのである。


 ルクトリアの城は、廃墟と化していたが、街は攻撃されて無かったので、ルクト
リアが、完全に廃墟になっている訳では無かった。しかし、ルクトリアの人々の誇
りだった城が、破壊された事は、かなりショックだったらしい。
 しかし、このままではいけないと、ルースやアルドなどを中心に、自治団が出来
て来て、ルクトリアの街は、何とか纏まりつつあった。ルースもアルドも、悔しく
無い訳ではない。しかし、このまま怒りに任せて魔族の所に行った所で、結果は、
見えている。なので、自分に出来る事をやろうとしていたのだ。
 ルースは、ライルからの報告で、プサグルも襲われた事を知った。さらには、ラ
イル自身も襲われて、戻ってきた事を知った。いよいよもって、魔族は本気になっ
てきたと言う事である。
 その後、ルース達が中心となって、街は復興しつつあった。しかし人々の心まで
は、中々復興できる物では無い。自分達の誇りを壊され、そして魔族が攻めてくる
かも知れないと言うのに平静で居られる訳が無いのだ。
 ルースは、それでも皆に呼びかけて、復興をしていた。一度プサグルに行ったル
ースである。王に許された時は、このルクトリアに骨を埋める覚悟もした。そのル
クトリアが滅びて行くなど真っ平なのである。
「さて、一段落つくか。」
 ルースが、皆に声を掛ける。壊された瓦礫の処理も終わって、城の残骸は、ほと
んど無くなっていた。その場所に教会を作ろうと考えていた。王の慰霊碑も兼ねて、
皆が健やかになれる場所を作ろうと考えていたのである。最も、これは妻であるア
ルドの案だったが・・・。
「だいぶ落ち着いて来たね。」
 アインが、汗を拭く。アインやレイリーも当然のように手伝っている。
「人間もやれば、出来るって事だぜ!」
 レイリーは、力説する。この前、自分の無力さを味わったばかりだが、その悔し
さをバネにして、それ以上の努力をしているのをルースは知っていた。
「そうだ。その心を忘れるなよ。」
 ルースは、この後進達に大きな期待をしていた。
「ルースさん!パーズから来客が来たみたいだ!」
 街の人が、知らせに来た。このルクトリアでは、もう城関係の人達は居ない。何
か、来客や外交を取り仕切るのはルースの役目になっていた。もはやルースは、ル
クトリアには欠かす事の出来ない人物になっていたのである。
「よし。分かった。すぐに行こう。」
 ルースは、街の真ん中に建てたルクトリア国民協会に向かう。来客は、ここで対
応出来るようにと、復興の当初から造成して完成したものだ。
 完成したとは言っても、まだ簡易的な物なので、建て替えるつもりはある。
 ルース達が協会の中に入ると懐かしい顔ぶれが揃っていた。
「今帰ったぜ。」
 まず、プサグル城に行っていたライル、そして横にはフジーヤも居る。
「ルース。久しぶりだな。」
 何と、パーズ国王のショウ=ウィバーン=トリサイルまで居た。
「ショウさん!それにライル!そうか。会議は終わったんだな。」
 ルースは、会議の事を知らされていた。ライルが、その代表として出ていたのだ。
「俺は、これからパーズに帰る所だが、一目ルクトリアを見たくてな。」
 ショウは、このルクトリアの現状を、この目で見て置きたかったのだ。
「復興は順調だ。あと1週間もすれば、街としては落ち着く。だが・・・。」
 ルースは、言葉を濁す。
「人々の心に焼きついた、魔族のショックは隠せない。」
 ルースは肘を突きながら、ため息をつく。
「そのショックを拭うためには、俺達は常勝しなければならないって事だな。」
 フジーヤが口を開く。ルクトリアは、ソクトア最強の軍団と自負していただけに、
それなりの覚悟が必要なのである。壊された今、勝つ事で、その自負を回復してい
かなければならない。
「まぁ、そういう事になるな。」
 ルースは同調する。
「ふっ。何だか昔を思い出すな。」
 フジーヤは、ニヤリと笑う。昔とは、プサグルと戦い続けた時の事である。あの
時も、敗北によってボロボロになりながらも、全ての戦いに勝利して今があるのだ。
その時と状況は似ている。しかし相手が悪い。
「これからの事なんだがな。俺は、しばらくルクトリアに留まる事にした。」
 ライルが口を開く。シーザーやカルリールが亡くなった今、このルクトリアに留
まる理由は少ない。しかし、ライルは父や母が愛した、このルクトリアを踏みにじ
られて黙っている程、お人好しでは無い。
「これからは、人間全体が魔族に対抗出来る力を持たなくてはならない。なら、俺
が指標させて、レベルアップを図ろうと思う。」
 ライルは話した。つまり、魔族に対抗出来る程の力を身に付けさせる特訓を行う
場所を設置しようと言うのだ。つまりは、大規模な育成所を作ろうと言うのである。
大事な事であった。
「そうか分かった。ライル。お前に頼もう。」
 ルースは、ライルの決意を受け取った。ライルは、自分が英雄と呼ばれるのを嫌
っていた。なのに育成所を設置すると言うからには、英雄としての自分の地位をフ
ル活用しようとしているのだ。それほどまでに、魔族は危険だと言う事なのである。
「ふふっ。お前達を見て安心したよ。」
 ショウは、ライル達のやり取りを見て安心した。このような男が居る限り、そう
簡単にルクトリアが滅亡する事は無いだろうと思っていた。
「・・・俺はそれだけじゃ不十分だと思うがな。」
 フジーヤは、危惧していた事があった。それは外交である。どう見ても、ルクト
リアの外交を復縁しない限り、人々の心が戻る事は無いと思っていた。
「そうは言うけどな。他に方法があるって言うのか?」
 ライルは、苛立ちながら言った。
「今は、それでも良いかもしれない。だがな。人々の心ってのは移ろい易い物だ。
外交も無しに、産業が発達しなければ結局この国は駄目になると思うぜ?」
 フジーヤは、先の事まで考えていた。今は復興の兆しがあるだけマシだ。だが、
このまま外交に乗り遅れたら、まずいと言うのであろう。
「何か良い案があるのか?」
 ライルは、フジーヤに問う。
「ずばり、国を立て直すには城が居る。新たな場所に城を設置するべきだ。」
 フジーヤは、厳しい口調でいった。
「城を?」
 ルースは、そんな事までは考えても居なかった。
「そう。城を作って王が居るってだけでも人々の心の負担度は、かなり違うはずだ。」
 フジーヤは、結論を言った。
「おいおい。王なんて、そう簡単に居るもんじゃないぞ?」
 ショウは、自分が国王であるので城だけある国ってのも変だと思っていた。
「ふっ。ここに居るじゃないか。そうだろ?ライル。」
 フジーヤは、ライルを見る。
「・・・俺にやれと言うのか?」
 ライルは言葉を濁す。ライルは元来、普通の兵士として暮らしてきた。自分が、
王の血を引くと言う事を盾にしたく無かったのだ。
「おい!フジーヤ!いくら何でも、それは急ぎ過ぎじゃないのか?」
 ルースはライルの気持ちを知っている。どうしても賛成する気にはなれない。
「俺だって王の心労は知っている。ライルに、やらせたいとは思わない。だがな。
国として本当に復興させたいのなら避けては通れない道だ。それほど、このルクト
リアと言う国は重要なんだ。」
 フジーヤは真剣だった。違う国なら違う処置も出来ただろう。だが、このルクト
リアは大国なのである。その大国が自治による政治で治まるとは思えないのだ。
「し、しかし!」
 ルースはライルの親友である。王など、やらせたくは無かった。
「ルース。もう良い。」
ライルは、フッと笑う。どこか諦めがついたような笑いだった。
「俺も分かっていたんだ。父さんが死んだと聞いた時にな。」
 ライルは剣を抜く。自分は剣士で生き抜くと決めた時に、誓った剣だ。不動真剣
術の師匠に誓った剣でもある。しかし、今はジークに不動真剣術を託した。そして、
今の自分に出来る最大限の事。それは王になる事しかないのだ。
「ライル・・・。そうか。なら、もう反対はしない。」
 ルースは目を閉じる。ライルの気持ちが、痛いほど分かるからだ。
「そうか。ライルが王か。なら俺も、協力させてもらうぜ。」
 ショウもニヤリと笑う。
「ただ、同じ王としての立場から注意しておく事がある。良いか?王となるからに
は、常に国民の事を考えろよ。個人的な感情を優先させるな。」
 ショウは注意を与える。人の上に立つと言う事は、個人的な感情を捨てなければ
ならないと言う事なのだ。
「分かった。肝に銘じておくよ。」
 ライルは、素直に言う事を聞く。英雄としての経験はあっても、王としての経験
は、初めてなのだ。素直に言う事を聞いておいた方が良い。
「ライル。発表は俺に任せておけ。」
 ルースは力強く答える。こうなった以上、出来る限りの協力をしようと言うのだ
ろう。ルースは国民に上手く説明する役を買って出たのだ。
「俺が・・・王か・・・。」
 ライルは、とてつもない重責を負った気分になった。
「ライル。心配するな。ルクトリアの国民は、分かってくれるはずだ。」
 フジーヤはライルの肩を叩く。
 ライルは、ニッコリ笑うと、これからの事を考えて空を見上げるのだった。


 プサグルでは、近衛兵長ドランドルの死を悼むかのように、シーンと静まり返っ
ていた。王が平和のための会議を開いて、何とかしようとしているのが唯一の救い
か。何せ、ここ数日の魔族の襲来のおかげで、元気が出る材料が無い。王女のフラ
ルの結婚式の浮かれ気分も魔族の襲来によって鎮圧されたかのように静かだった。
 しかし、ヒルト王は沈んでいる訳には行かなかった。沈んだ顔をしている娘のフ
ラルを励まして、ミクガードにも重々落ち込んだ顔を見せないように釘を刺してい
た。冷静さを取り戻さなければ、魔族の思うツボなのだ。
(しかし、元気が出る材料でも無ければ、このままズルズル行ってしまうな。)
 ヒルトは一抹の不安を隠せなかった。こうしている間にも魔族の間では、次の攻
撃の準備をしているかもしれない。そう思うと冷静になるのも一苦労である。
 今日も、皆を王の間に呼び寄せて、話し合っていた。あれからフラルとミクガー
ドは落ち込む一方だし、ゼルバも、どこと無く元気が無い。むしろ、ゼルバも元気
の出る材料を探しているのかも知れない。それが中々見つからないので、苦労して
いるのだろう。
「王!報告にございます!」
 物見からの兵士が報告に来た。
「どうした?魔族か?」
 ヒルトは、一瞬身構えた。しかし魔族にしては、まだ時期が早すぎる。
「ゲラム様のご帰還に御座いまする!」
 兵士は嬉しそうに言った。兵士だけでは無い。その場に居た全員が、驚きと喜び
の表情をしていた。
「それは誠か!」
 ヒルトも、驚きのあまり声を張り上げてしまった。
「はい!ゲラム様はジーク様達と、共にご帰還との知らせで御座います!」
 兵士は、今にも泣きそうだった。このプサグルにとって、これ以上の元気の出る
材料は無い。ヒルトも嬉しそうにすると、すぐに振り返る。
「よし!すぐに客室に案内しろ!すぐに我等も向かう!」
 ヒルトはすぐに命じる。兵士は頭を下げると、ゲラムの元に向かっていった。
「皆、暗い顔をしていては、ゲラムに笑われるぞ!」
 ヒルトは皆の顔を見る。どことなく生気が戻ってきたようだ。特に、王妃のディ
アンヌは、息子の帰還を嬉しく思っているようだった。
「元気を無くしちゃうなんて私らしく無かったわね!」
 フラルもニコリと笑うと立ち上がる。
「ジーク達も居るのでしょう?私も、しっかりしなければね。」
 ゼルバも嬉しそうだった。何よりも、さっきとは雰囲気が違う。
「うむ。行こう。積もる話もあるだろうしな。」
 ヒルトは、客室に向かっていった。
 客室では通されたジーク達が待っていた。
「父上。久しぶりです。」
 まずゲラムが、挨拶した。
「・・・ゲラム?なのか?」
 ヒルトは、ビックリした。ゲラムの背が急激に伸びていたからである。後ろに居
るフラルとゼルバも、ビックリしたようだ。
「この人がヒルト王・・・。威厳溢れる人ネ。」
 ミリィは、ヒルトを初めて見る。王様と初めて会うので、かなり緊張していた。
「トーリス君とツィリルちゃんの姿が見えないが、何かあったのか?」
 ヒルトは周りを見渡す。
「その話なら掻い摘んで、お話しますよ。」
 ジークが口を開く。ジークは、これまで起こった事を説明しだした。ヒルト達に
とっては、信じられないような事ばかりだった。続けてヒルトの方も、これまで起
こった事を話してあげた。ジーク達にとってショックだったのは、ルクトリア城の
崩壊と、ドランドルの死であった。
「魔族め。俺達だけでは無く、既に、ここまで手を伸ばしていたのか!」
 ジークは拳を震わせていた。
「俄かには信じられない話が多いな。手紙である程度の事は知っていたが、トーリ
ス君も苦労したのだな・・・。」
 ヒルトは、胸が重くなるような感じを受けた。
「ドランドルさん。くそぉ!魔族め!」
 ゲラムは、自分の知らない所で死んでしまったドランドルの事で、悔しがってい
た。ゲラムも、かなりドランドルには懐いていたのだ。
「しかし、我等にも希望がある事だけでも、分かれば充分だ。」
 ヒルトは、ジークを見る。やはり英雄と呼ばれたライルの息子だけある。その才
覚を随分と表して来ているようだった。
「しかし、結婚してるとは思わなかった。お似合いだし、祝福するわ。」
 すでに向こうでは、レルファとミリィとフラルが打ち解けあって話していた。
「我がデルルツィアも、出来る限り協力しよう。もう国同士で争う時代は終わりな
んだ。その事を俺はヒルト王から習ったよ。」
 ミクガードも、段々打ち解けて話に加わる。
「しかし、それぞれが過ごした時間は、短いようで長かったと言う訳ですな。」
 サイジンが感心していた。
「最も、私には、レルファが居れば何も要りませんがね!ハッハッハ!」
 サイジンは馬鹿笑いをする。
「こんな所で止めてくれよ。サイジン。」
 ジークは困ったように頭を掻く。
「そ、そうよ。少しは自重しなさいよね。」
 レルファが照れていた。
(なるほど。この2人も、いつの間にか進展してたのね。)
 フラルは雰囲気だけで、前とは違うのが分かった。
「俺は、ツィリルの事が心配だよ。」
 ジークは、溜め息をつく。ここ数日、トーリスは、まだ目覚めない。しかしツィ
リルは献身的に介抱していた。
「兄さんも、分かってないわね。好きな人のためなら頑張れる物なのよ?」
 レルファは指を振って反論する。
「お前さんに分かるのか?」
 ジークは呆れた顔で見つめる。
「失礼ね。私にだって・・・そういう気分にさせてくれる人は、居るもん。」
 レルファは最後の方は声が、小さくなっていた。サイジンの事を言ったのだが、
途中で恥ずかしくなってしまったのだろう。
「しかしトーリス君の中のレイアさんは、そう簡単には消えないだろう。惨いな。」
 ヒルトは目を閉じる。良い知らせばかりではない。
「トーリスさんは、絶対復活するよ!僕は信じてるよ!」
 ゲラムは、真っ直ぐな目をしていた。
「ふっ。ゲラムは相変わらずですね。安心しましたよ。」
 ゼルバは、ゲラムの成長には驚いたが、こう言う素直な部分が見れて満足だった。
「こうしてるだけでも、何だし、ツィリルちゃんの所に行こう。」
 ヒルトは皆を促す。皆も同じ考えだった。
 トーリスは、どうやら城の休憩室の一角に休まされてるらしい。
「入るぞ。ツィリル。」
 ジークは、ノックしながら声をかける。
「うん。どーぞ。」
 ツィリルの声が聞こえてきた。皆はジークに続いて入る。
「・・・これが・・・トーリス君・・・なのか?」
 ヒルトはビックリした。トーリスの顔が蒼白になっていたからだ。生気が感じら
れなかった。
(確かに、これでは介抱したくもなるな。)
 ヒルトは、そう思わずにはいられなかった。しかしツィリルが相当看護している
のだろう。命の危険性までは感じなかった。
「センセー。また元気な顔を見せてくれるよね・・・。」
 ツィリルは、トーリスに語りかける。トーリスは寝息を立てて目を閉じていた。
「トーリスさんを想う気持ちが、あの子を動かしてる・・・か。」
 ディアンヌは若い頃の、自分を思い出した。
「ジーク兄ちゃん。センセーは、元気になるよね?」
 ツィリルは、ずーっとトーリスの手を握っていた。微かに温もりがある。
「ツィリル。お前がそこまで看病してるんだ。お前はその手を握りながら魔力を与
え続けているんだろ?トーリス応えないはず無いさ。」
 ジークは、ツィリルに問い掛ける。
「うん。わたしに出来る事は、全部やるつもりだもん。」
 ツィリルは、健気に魔力を送り続けていた。
「でも少し、疲れちゃった・・・。」
 ツィリルは目を閉じる。魔力の使いすぎだろう。ツィリルは、目覚めれば魔力を
与え続けているのだ。疲れないはずが無い。
「・・・ツィリルちゃんは、眠ったわ。」
 ツィリルの口から今度は、違う声が聞こえてきた。
「・・・レイアさんか?」
 ジークが尋ねると、ツィリルは首を縦に振る。レイアが出てきたようだ。
「・・・話には聞いていたが、この目で見ると驚きだな・・・。」
 ヒルトは、驚きを隠せなかった。確かにツィリルとは、雰囲気も声も全然違う。
しかし、姿はツィリルのままだった。こんな事が有り得るのだろうか?
「ツィリルちゃんが、トーリスを想う気持ち、私にも直に伝わってくる。」
 レイアは胸を押さえる。
「私は死んだはずの人間。ツィリルちゃんの体を借りてでしか、トーリスの側に居
られない。ツィリルちゃんは迷惑してるかもね・・・。」
 レイアは自嘲気味に答える。
「そんなことないネ!」
 ミリィが、声を出す。
「ツィリルは、最初は戸惑っていたヨ。でも、トーリスを想うレイアさんと同じ気
持ちになれるのは嬉しいって言ってたヨ!悲観的にならないでヨ!」
 ミリィが叫ぶ。なまじ、どちらも知っているだけに、こう言う状況を見るのが、
辛いのだろう。
「ごめん。ミリィさん。」
 レイアは、ニコッと笑う。
「トーリス。この2人の想いを感じるなら、目を覚ませよ!」
 ジークは、トーリスに怒鳴りつける。するとトーリスの眉が少し動く。
「今、動いたわね。」
 レイアも、まじまじとトーリスを見る。
「レ・・・イア・・・。ツィ・・・リル。」
 トーリスは、苦しそうだったが、かろうじて声を出す。まだ罪の意識が消えない
のだろう。レイモスの事が無くても、暴走していたのだ。そう簡単に、罪の意識が
消える訳では無かった。
「トーリス!ツィリルちゃんと私の想いを受け取って!!」
 レイアは手を強く握ってやる。すると、トーリスは微かだが握り返してきた。
「う、うああああ!!」
 トーリスは、叫び声をあげると魔力を解き放つ。その瞬間、レイア、ツィリルも
ショックを受けたのか、そのまま突っ伏してしまった。トーリスも、その後、何も
言わずに寝息を立ててしまった。
「ツィリル!大丈夫!?」
 レルファが駆け寄る。良く見ると、トーリスは、ツィリルの手をしっかりと握っ
ていた。これはレイアに向けてなのか、ツィリルに向けてなのか分からない。だが、
しっかりと握られていた。
「・・・大丈夫そうだな。俺達が心配しなくても、トーリスなら必ず目覚めるさ。」
 ジークは確信していた。仲間としてトーリスは信頼している。トーリスなら、き
っと、この2人の想いに応えるはずだろう。
「・・・今日は色々な事がありすぎて、少し疲れたな。ツィリルちゃんは、トーリ
ス君の隣のベッドに寝かせておいて、俺達も休もう。」
 ヒルトは、頭の整理が肝心だと思った。
(こうも急に色々言われると、慣れてくのが大変だな。)
 ヒルトは昔ほど、理解力がある訳では無い。整理する時間が必要なのだ。
(トーリス。俺は信じてる。皆もだ。このまま目覚めないなんて、止めろよ!)
 ジークは、目を覚まさないトーリスを背に部屋を出た。
 度重なる魔族の攻撃に疲れ気味の毎日であったが、希望もあると言う事を、教え
られた1日になった。



ソクトア2巻の7前半へ

NOVEL Home Page TOPへ