7、風雲  魔族の巣窟であるワイス遺跡。今は地底に城が出来る程の大規模な物になってい た。いつしか魔族達は、敬愛を込めて、魔城と呼ぶようになっていた。  その魔城の主は、「神魔王」であるグロバスであった。完全復活を遂げつつある グロバスは、同じく力を取り戻しつつあるワイスやクラーデスと言った、強力な配 下と日々、能力を高めていったのである。傷が癒えたアルスォーンやワイスの腹心 である健蔵もこれに加わり、神々への打倒に一歩一歩近づきつつあった。  しかし、失った物もある。それは、クラーデスの息子である3人だ。ガレスォー ドは戦死。そしてガグルドは何と同じ兄弟であるミカルドに討ち取られてしまった。 そして、おめおめと帰るわけにも行かないミカルドも音沙汰が無くなっていた。  特にミカルドは、将来が期待される程の実力の持ち主だったので、正直痛い戦力 ダウンであった。そしてグロバスは、表にこそ出さなかったが、レイモスが復活し てた事も感じていた。そして、やられたと言う事も同時に感じていたのである。 (次に赴く者を、決めねばならんな。)  グロバスは肩を落とす。健蔵の所以外は、失敗して帰ってきたのだ。現在はルド ラーとか言う人間に、魔族小隊を任せてデルルツィアを攻めさせているが、大した 結果は残すまいと思っていた。  ルドラーを使ったのには訳があった。彼の野心は、魔族を凌ぐ程である。その野 心を、他の魔族達に蔓延させようと思っていたのだ。そして、その内、ルドラーに は、魔族になるための試練を与えようと思っている。他の魔族が、どう思っていよ うと、この城の建築に大きく関わってきたのは、ルドラーなのだ。グロバスは、そ の点を評価していた。ルドラーは思ったより頭の切れる男だ。しかも、這い上がる ためには、何でもすると言う姿勢も良い。魔族も見習って欲しい物である。 (奴に足りないのは実力だ。一番の問題でもあるがな。)  グロバスは、その点も含めてルドラーに試練を受けさせようと思っていた。 「グロバス様。」  健蔵が近寄ってきた。 「健蔵か。どうした?」 「ルドラーの事で、相談がございます。」  健蔵は嘘がつけるタイプではない。不満を持っているのだろう。確かにルドラー の待遇は、かなりの物だ。人間が、ここまで重用されるのは面白くないのだろう。 「不満か?健蔵。」  グロバスは、それを瞬時に読み取る。健蔵は、自分が出世したい等とは、考えて いない。だが、ワイス以上の厚遇を受けているルドラーに対して、疑問を持ってい るのだろう。 「些か疑問がありまする。彼奴は、人間でありますぞ。」  健蔵は、自分が人間とのハーフだと言うのを、憎らしく思っている。人間に対し ては、人一倍きつく当たってしまうのだろう。 「そう卑下にする事もあるまい。ワイス復活にも、奴は関わっているのだろう?少 しは認めてやれ。」  グロバスは、あくまで平等だった。魔族だから優遇する訳では無く、能力がある 者を優先するつもりだった。ただ、今回のデルルツィアの遠征に関しては、早急な 感じがしたので、恐らく失敗して帰ってくるだろう。 「グロバス様は何故、あ奴を、そこまで重用なさるのですか?」  健蔵は素直に質問をぶつけてみた。 「ふっ。貴公は奴の目を見てないのか?あの野心にギラついた目は、そう出来る物 ではないぞ?あれは見習って欲しいくらいだな。」  グロバスは、正直に答えた。 (奴の目・・・か。確かに奴の欲望は人間離れしている。だが!)  健蔵は認めたくなかった。ルドラーは、あくまで門番でしかなかったのだ。だが、 奴に城の建造を任せた所、見事に造ってしまった。その点だけは、認めざるを得な かった。何より魔族の操り方なども、上手いと感じていたのだ。 「グロバス様!ルドラーが帰ってきた模様です。」  物見の使い魔が報告しに来る。 「噂をすれば・・・だな。」  グロバスは、ルドラーを王座へと通した。 「ルドラー。只今戻りました。」  ルドラーは、恭しく頭を下げる。しかし何処となく油断ならない目をしていた。 「ご苦労だったな。首尾は、どうであった?」  グロバスは、ルドラーをギロリとにらむ。 「デルルツィア王と皇帝が不在でしたが、元国王と元皇帝が守備をしていたので、 討ち取って参りました。」  ルドラーは事も無げに言う。そして、ルドラーが配下の魔族に指示すると魔族は 包みを2つ持ってきた。それを開けてみると、何と元国王であるルウと、元皇帝で あるシンの首があった。何とルドラーは、打ち破ってしまったのである。 「・・・見事である。」  グロバスの予想を越えていた。何とルドラーは、デルルツィアの街の、ほぼ全域 を滅ぼしたのである。それには理由があった。国王であるミクガードと皇帝である ゼイラーは、平和会議のためにプサグルに出席していた。そして、守備を任されて いたフレノールをルドラーは謀略を使って暗殺に成功し、城門を開けさせると、ゲ リラ作戦を展開し、デルルツィアを混乱させた挙句に城へと一気に雪崩れ込んだの だ。不意を付かれた元国王と元皇帝には、なす術が無く討ち取られてしまったのだ。  その事もルドラーは報告した。 「貴様、誇り高き魔族に、ゲリラ作戦など・・・。」  健蔵は吐き気がしていた。ゲリラ作戦も暗殺も小手先の奇襲技である。魔族は、 正々堂々闘うのを好む性質があるので、どうしても納得出来なかった。 「健蔵。辞めい!ルドラーよ。魔族の被害を最小限に抑えての勝利。見事である。」  グロバスは率直に褒めた。まさか、ここまでやってくれるとは思って無かったか らである。そして、ここまでの必死さが、魔族の中には足りないと感じていたのだ。 「お褒め戴き、光栄であります。」  ルドラーは、何処吹く顔をしていた。健蔵は、そっぽを向いてしまった。 「ルドラーよ。貴公の望みどおり魔族としての試練を与える。」  グロバスは言い放つ。実は魔族の試練を受けたいと言い出したのは、ルドラーだ ったのだ。ルドラーは、このまま自分が人間のままで居たら、この魔族の城での事。 厄介者にされて追い出されるのは目に見えていた。ルドラーは、生き残るためにも、 魔族に、なりたかったのだ。 「有難き幸せ。」  ルドラーは、ニヤリと笑う。 「これを持て。」  グロバスは、妙な液体が入ったグラスを空中に浮遊させたまま、ルドラーの手に 持っていく。ルドラーは、恭しく受け取った。 「その液体は魔性液。その液体の効果は、聖なる者を弾き、瘴気を糧となるように 体を作り変えるのだ。飲むが良い。」  グロバスは、説明してやる。 (このドス黒い液体が・・・この俺を魔族へと・・・。)  ルドラーは、さすがに半信半疑だった。それほど毒々しい色をしていた。 「ルドラーよ。その液体は人間との決別を意味している。それで良いなら、飲むが 良い。それが出来ねば、貴公は人間のと共に滅びを意味する。分かるな?」  グロバスは冷たい目をしていた。つまり、人間を捨てなければ、一緒に滅ぼすと 言っているのだ。 「グロバス様の意のままに・・・。はぁぁぁあああ!!」  ルドラーは気合いを入れると、一気に飲み干した。 「ぐあああぁぁぁ!!」  ルドラーは、目が血走ってくる。そして悶絶した。飲んだ瞬間、喉が焼けるよう に痛くなり、そして頭が割れるように痛くなった。 (いてぇ!!何て痛さだぁあああ!!)  ルドラーは、のたうち回る。 「グロバス様。奴は、何故これほどまで?」  健蔵が尋ねる。 「飲むだけで、魔族になれるのなら苦労は無い。奴に素質が無ければ滅びるのみだ。」  グロバスは冷たく笑う。魔性液は、言わば試練なのだ。この痛さに耐えられる素 質。そして魔に近い心、そして冷たい心を持てる者にしか魔族にはなれない。 (冗談じゃねぇ!俺は、こんな所で終われねぇ!あのライルを殺すまでな!!)  ルドラーは、一瞬カッと目を見開くと白目を剥いた。その瞬間動かなくなった。 (ふっ。負けたか。他愛も無い。)  健蔵は、踵を返して部屋に戻ろうとした刹那、ルドラーの中から、弾けるような 瘴気を感じた。 「・・・ウゥゥゥゥオォォォォォォォ!!!」  ルドラーが咆哮する。それと同時に目に力が宿る。 (あの人間が!これほどの瘴気を!)  健蔵は、素直に驚いていた。冷静に見積もっても、魔貴族並の瘴気を放っていた。 そして何よりも、ルドラーの背には翼が生えていた。そして頭には角が生えた。そ の体の色は暗黒色になり、魔族として相応しいまでの姿になっていた。 「フフフフフ。生まれ変われたようだな。」  グロバスは嬉しさで、つい含み笑いを漏らす。  そして当のルドラーは立ち上がる。不思議な気分だった。さっきまでの痛みが、 嘘のように晴れていた。それ所か、心地良い雰囲気がする。昔この遺跡に居た時は、 無気味だと思った感覚が、何故か懐かしく感じる。これが魔族なのか?と思う。 「見事である。ルドラーよ。」  グロバスは、ルドラーに声をかける。するとルドラーは跪く。 「魔族として、グロバス様に忠誠を誓いましょう。」  ルドラーは、雰囲気も何処と無く自信に溢れる物になっていた。 「貴公、「魔軍師」ルドラーと名乗るが良い。」  グロバスはルドラーに「魔軍師」の称号を授ける。「魔軍師」と言えば、魔族を 統括する職の一種だ。「魔貴族」並の力を放つルドラーにはピッタリかもしれない。 「有難き幸せ。必ずやご好意に応えましょう。」  ルドラーは、そう言うと自分が率いた魔族たちの元へ向かっていった。  健蔵は、それを悔しそうに見ていた。 「健蔵よ。貴公もウカウカしてられぬな。」  グロバスが、そう言うと健蔵は舌打ちして、トレーニングするための部屋へと入 っていった。 (フフフ。ミカルドが抜けた穴を、何とか補充するためにも、奴らには頑張っても らわねばな。)  グロバスは、ニヤリと笑う。こうやって刺激しあう事で、強さを高めようと考え たのであった。  人間でありながら、魔族に魂を売った男ルドラーは、こうして魔族へと変化した のである。  デルルツィアは、王と皇帝が手を取り合う共和国。そして、その安定性と素晴ら しいまでの城壁という象徴を盾に、絶大なる信頼感を寄せていた。他国から攻めら れても安全と言う安心感が、そうさせていたのだろう。  ミクガードも、その安心感はあった。しかし報せを聞いた瞬間、それは瓦解した。 デルルツィアが滅びたと言う報せである。最初は嘘だと思った。しかし、冷静に考 えれば、ありえない事では無い。寧ろ、自分達が居ない状態なのだ。もし何かのき っかけで、中が混乱すれば魔族に付け入られても、おかしくない状態なのだ。  ゼイラーも急いでいた。自分達の国の危機なのだ。急がなければならない。そし てヒルトは、そんな2人にプサグル軍の1個小隊を貸してくれた。 (無事であってくれ!)  ミクガードは、そう思わずには、いられなかった。 「見えました!デルルツィア城門です!」  配下の兵が、伝えてくれる。 「城壁は健在のようね。」  傍らに居たフラルが、胸を撫で下ろす。 「俺達のデルルツィアが、そうそうやられてたまるかよ。」  ミクガードは、自分に言い聞かせるように呟く。 「急ぎましょう!」  ゼイラーも、焦っているようだった。  城門に着くと、妙な違和感を覚えた。出迎えの門番が出ないし、何よりも活気が 無い。静まり返っていて、人の気配すら無かった。 「どういうことだ?」  ミクガードは、その答えを半ば分かっていたが、認めたくなかった。 「・・・ミクガ・・・ード・・・様!?」  城門で誰かが倒れているのを見つけた。 「フレノール!フレノールか!」  ミクガードは城門の守りをしているはずのフレノールが血だらけの姿になってる のを確認する。 「申し訳・・・ございま・・・せぬ。」  フレノールは息絶え絶えだった。背中に大きな傷が有る。ルドラーが放った刺客 によって、後ろから斬り付けられたのだろう。 「しゃべるな!・・・傷に障るぞ。」  ミクガードは、フレノールの心配をしていた。 「私が居ながら・・・この体たらく・・・無念・・・で御座いまする。」  フレノールは涙を流す。 「私に・・・化けた魔族が・・・この門を開け放って・・・奴らは、この・・・デ ルルツィアに・・・。無念・・・で御座いまする・・・。」  フレノールは、魔族が化けた部下に斬り付けられた後、その姿を奪われて、この 門を開け放させてしまったのだ。 「ミクガード様・・・魔族を率いてた・・・人間・・・。ルドラー・・・。彼奴だ けは・・・許せませぬ・・・。」  フレノールは魔族達が、ルドラーと呼ばれる人間の後に付いて行ったのが見えた。 人間でありながら、魔族に加担した者だと、気付くのに時間は掛からなかった。 「・・・安心しろ。俺が必ず、そいつの首を持っていこう。元気を出せ!」  ミクガードは、フレノールに笑いかける。 「その言葉を・・・聞いて・・・安心致しました・・・。」  フレノールは目を閉じる。 「デルルツィ・・・アに・・・栄光・・・あ・・・れ・・・。」  フレノールは、そう言うと首の力がなくなる。そして急激に体重が軽くなってい くのを感じた。 「フレノール!おい!フレノール!!!」  ミクガードは、フレノールの肩を揺らす。しかし、もう反応は無かった。 「何で・・・何でなのよーーーーーー!!」  フラルは涙を流す。この門番には、結婚式の司会をしてもらった。その時の顔を 思い出してしまう。 「う・・・あ・・・あああああああああ!!!!!」  ゼイラーが、絶叫する。ゼイラーは、デルルツィアの街の方向を見ていた。  ミクガードも、恐る恐るデルルツィアの街の方向を見る。  そこは、地獄と呼ぶに相応しい光景だった。家は焼かれ、城は崩され、人々は絶 望の眼差しで見上げながら、多数の魔族に従事していた。しかも、その魔族たちは 人々に鎖を繋げて高笑いをあげている。 「・・・あ・・・う・・・うおおおおおおおおおおおお!!!!」  ミクガードも絶叫する。血の流れが逆流するかの如く絶叫を上げた。魔族達が、 ミクガードの方に気付く。 「やられに戻ったのか?王さんよぉ?」  魔族は、無気力な人々相手に散々な事をしていたので、調子に乗っていた。しか も、こちらの軍より数が多い。なので有利だと思っているのだろう。 「お前達も、素直に従うなら命だけは助けてやるぞ?」  魔族は、そう言いながら高笑いを上げる。  プチッ。  ミクガードの、コメカミが切れる音がした。その瞬間、魔族は真っ二つになった。 「え・・・?」  魔族は、何か言う前にミクガードによって、バラバラにされていた。 「・・・貴様ら・・・皆殺しにしてやる!!」  ミクガードは、憤怒の目をすると魔族の群れに突っ込んでいった。それに倣うよ うに、付いて来た軍も突っ込む。 「数では、こっちの方が上だ!怯むな!!」  魔族の頭が指揮しようとする。しかし、物凄い士気のミクガード軍に対し、魔族 軍は、浮き足立っていた。あっという間に押し込まれる。 「馬鹿な!!」  魔族は、自分達より人間達の方が数段弱いと思っている。押し込まれるなど想像 してなかった。そして、とうとう魔族の頭の方にミクガード達が迫ってきた。 「退けい!!退け・・・うぎゃあああああああああああ!!」  頭が退却の合図を出している間に、ミクガードによって斬られてしまった。  そして、とうとう魔族達は全滅してしまった。  ミクガードは、全て終わった後、群衆を解放すると、座り込んでしまった。 「ミック・・・。」  フラルが、声を掛けられずに居た。何と声を掛けて良いのか、分からないのだ。  しかし、人々は救世主となって現れたのが、自分達の王だったので歓喜の声を上 げていた。しかし、ミクガードは間に合わなかったと言う思いが交錯する。 「俺は・・・王失格だ・・・。」  ミクガードは、うな垂れる。 「止めてくださいよ!ミクガード様!」  いきなり群衆たちが、声を掛け始めた。 「確かに俺達は、デルルツィアが攻撃された時に王が居なくて恨んだ事もあった!」  群衆は、次々立ち上がる。 「でも、王は、このデルルツィアの希望なんだよ!」 「そうだ!俺達が絶望しかけた時、ミクガード様を思って、我慢した事もあったん だぜ!そんな顔しないでくれよ!」  群衆達は、皆、ミクガードを励ましていた。 「・・・ありがとう・・・。」  ミクガードは、涙を浮かべて頭を垂れた。 「デルルツィアの民は・・・強いですね・・・。」  ゼイラーも、涙を流していた。 「俺が、しっかりしなくちゃな・・・。」  ミクガードは、目に力が宿る。そして、心で覚悟を決めると城の方へ向かった。 「ミクガード様、ゼイラー様は城へは行かない方がいい!!」  群衆の何人かが、城の凄惨さを知っているので、止めに入った。 「ありがとう。でも良いんだ。俺とゼイラーは、受け止めなきゃならない。」  ミクガードは苦笑する。恐らく父達は、殺されたのだろう。しかしデルルツィア 王として、この事実を受け止めなければならない。 「ゼイラー。覚悟は・・・出来たか?」  ミクガードは、心臓がバクバクいっていたが、ゼイラーに声を掛ける。 「はい。ミクガードこそ、しっかり頼みますよ。」  ゼイラーも、強い目をしていた。 「フラル。お前は、ここで待ってて・・・。」  ミクガードは、フラルに見せるのは、まずいと思ったのだろう。 「嫌よ。私は、貴方の妻よ?私も受け止める・・・。」  フラルは、ミクガードの目を見続けながら言った。 「・・・分かった。じゃぁ俺から離れないで・・・。」  ミクガードは、フラルの手をしっかり握る。 (何があっても・・・このフラルだけは・・・守る!)  ミクガードは、その想いを強くすると、城の中へ入っていった。  城の中は、激戦の跡だった。凄い数の切り傷と魔法の跡があった。しかし、死ん でいるのはデルルツィア兵が多かった。魔族も、死人が居ない訳では無い。しかし、 その数は圧倒的に少なかった。ゲリラ作戦が功を奏したのだろう。 「酷い・・・。」  フラルは、覚悟を決めていたが、それでも凄まじいまでの死体に、目を覆いたく なるくらいだった。  そしてついに王の間に来た。話によると、シンとルウは、ここで死んだという。 「・・・父上・・・。」  ミクガードは、少し呟くと扉を開ける。 「・・・!・・・!!!!」  ミクガードは、愕然とした。覚悟を決めていたが、声にならない声を発しそうに なった。フラルも足をガクガクさせている。ゼイラーも信じられない物を見るよう な目付きだった。  シンとルウは、殺されていた。しかもその死体には首が無かったのである。 「・・・魔族め・・・!許さん・・・。許さん!!」  ミクガードは、平静さを保ちたかったが無理であった。 「父上・・・。おのれぇえ!!」  ゼイラーも、珍しく声を震わせて怒っていた。 「私達は・・・何をしたの・・・?」  フラルは、信じられなかった。そして、ここまでされる罪が人間にあるのか、自 問自答してしまう。 「ゼイラー・・・。フラル。みんなの墓を・・・作ろう。」  ミクガードは、悔しさを噛み締めながら言い放つ。 「ミクガード!何故、そんなに冷静なんで・・・冷静・・・な訳無いですね。」  ゼイラーは、ミクガードの方を見て、言った事を取り消した。ミクガードは、血 の涙を流しながら言っていたのだ。しかし、自分の感情を押し殺して、自分がやる べき事を示したのだ。  魔族のデルルツィアの侵略は、人々を大きく傷つけた。その傷は、深い物となる のだった。  神々が住む天界では、会議が行われていた。ソクトアに神魔王グロバスが、降臨 しているとの情報を聞いたからである。俄かには信じられないが、ソクトアを包む 瘴気の強さから言って間違いは無いだろう。それ程、とてつもない瘴気がソクトア を包んでいた。  ジュダと赤毘車も下調べが大体終わったので、その会議に出席していた。久しぶ りに、パムやポニなどの両親にも顔を合わせて、ちょっとした雑談も交わしていた。  今回は、新しく神に就任した鳳凰神の紹介もあって、色々忙しい会議になると予 想される。鳳凰神はソクトアでは無い違う星の出身の神だが、一目で実力の程が分 かった。全身から発する神の気である神気が、並みの物ではない。この頃、頭角を 現してきたジュダ達とも良い勝負だ。  それを知っての事だろう。神のリーダーであるミシェーダは、鳳凰神の紹介をま ず第一とし、ソクトアの対応は、それからと言う事になった。 (この時期に新しく就任する程だ。かなりの使い手なのだろうな。)  ジュダは朧気に鳳凰神の事を考えていた。確かに10年前程に、前鳳凰神である 神が寿命を迎えて、霊体となって旅立って行ったのは事実である。ジュダも、そう 言う経緯で、竜神が崩御した代わりに、神の力を受け継いで神となった。この鳳凰 神も、ほぼ同じ経緯で神になったに違いない。大抵の神は、自分が崩御すると共に 継承者を霊体になってまで探す。 (その器が居たと言う事か。)  ジュダは納得する。ちなみに赤毘車の場合は違う。剣神は、今まで設定していた のだが、該当する神が現れなかったのだ。そこに、赤毘車を据え置いたと言うのが、 真実である。 「待たせたな。皆の者。」  ミシェーダが挨拶する。そして、その傍らに鳳凰神が佇んでいた。 「この者が、新しく鳳凰神となったネイガ=ゼムハードだ。」  ミシェーダは、紹介する。ネイガと呼ばれた若者は、礼儀正しく頭を下げる。 「鳳凰神、ネイガ=ゼムハードと申します。この天界の為、忠義を尽くす所存に御 座います。今後とも、よろしくお願いします。」  ネイガは、礼儀正しい挨拶をする。 (こりゃまた優等生だな。力もある。)  ジュダは、苦手なタイプだと思ったが、将来有望だろうとも思った。 「うむ。ネイガは、そこに座るといい。」  ミシェーダは満足そうな笑みを浮かべると、指示を与える。ネイガは、言われた 通りに椅子に座った。しかし、その時の動きが尋常では無かった。いつ座ったか全 員が気付かなかった程、早かった。 (なるほど。鳳凰神を継いだと言うだけはあるぜ。)  ジュダは、ニヤリと笑う。他の神達は驚嘆しているようだった。鳳凰神は、素晴 らしい速さと類稀な特殊能力で知られた神だ。しかし就任して早々に、その実力の 程を示すとは中々の器である。 「さて、本題に入ろう。」  ミシェーダは、机に肘を掛ける。 「ジュダ。説明してくれ。」  ミシェーダは、ジュダに今のソクトアの様子を語らせる。 「うむ。俺が見てきた限りでは・・・。」  ジュダは、ソクトアの様子を事細かに話す。復活した主な魔族と、生き残ってい る魔族を知りうる限り話し、何よりも、人間達の中に素晴らしい力を秘めた者達も 居る事を話した。 「なる程な。」  ミシェーダは、納得する。パムやポニなども聞き入っていた。もちろん他の神達 も深刻な顔をしながら、聞いている。 「ジュダ殿。質問よろしいでしょうか?」  ネイガが挙手する。 「ああ。良いぜ。」  ジュダは、ネイガの質問を許可する。 「神魔とは、そこまで強大な物なのですか?私には俄かに信じられませぬ。」  ネイガは自分が神となった事で、魔族は叩き伏せれば良いと思っているのだろう。 「ネイガ殿!その質問は失礼ですぞ。我々も昔、戦って苦戦を強いられたのですぞ。」  ジュダが言う間も無く、他の神達が反論する。グロバスやレイモスとは、別に神 魔と戦って命を落とした神も居る。いくらネイガが知らないとは言え、その質問は、 些か反感を買う物であった。 「だ・・・そうだ。」  ジュダは、おどけたように他の神達に同調する。 「私は、ジュダ殿に聞いているのです。率直な意見を聞かせて戴きたい。」  ネイガは諦めなかった。優等生に見えて、中々骨のあるタイプのようだ。 「ネイガ殿!控えよ!先達の神に何と心得・・・!!」  神達が制止しようとすると、ネイガは恐ろしい目で、その者達を睨む。すると急 に黙ってしまった。 (この歳で、この格か。やるな。)  ジュダは、普通に感心していた。他の神達とは、格が違う感じだ。 「ミシェーダさんよ。俺の意見は言って良いのか?」  ジュダは、ミシェーダの方を見る。 「争いの元に、ならなければ言っても良い。」  ミシェーダは、ネイガの強情さに半ば呆れていた。 「俺としては、歯応えのある奴らだと思うぜ?これじゃ不満か?」  ジュダは、ニヤリと笑う。 「ジュダ殿!歯応えがあるとは不謹慎な!生死を分けた我等の戦いを、愚弄する気 か!?魔族は憎むべき敵であろう!」  他の神達は、今度はジュダに噛み付いてきた。 「生憎、俺もその闘いは、この目で見ていないんでな。今度も闘ってみなければ、 分からないと言ってるんですよ。ご不満かい?」  ジュダは軽く受け流す。他の神達の反論など、どうでも良さそうだった。 「おのれ!若輩ものが調子付きおって!」  神の1人がジュダに神気をぶつけようとする。だが、そのジュダの姿は無かった。 「辞めときなよ。みっともないぜ?」  ジュダは、その神の後ろに居た。いつの間に移動したのか、その神と言うより、 ほとんどの者は、気付きもしなかった。その神も冷や汗を流す。 「まぁ、やるってんなら、俺も容赦しないぜ?」  ジュダは、全身から恐ろしいほど攻撃的な神気を発する。 「・・・あ、熱くなり過ぎたようだ。」  その神は、スゴスゴと座ってしまう。 「分かれば良いさ。ま、俺も熱くなり過ぎたようだ。」  ジュダは、鼻歌交じりに、あっという間に席に戻る。 「なる程。用心するべき相手だと言う事ですな。」  ネイガは、真面目な顔で納得したような顔をする。 「ジュダ。大人気ないぞ?」  赤毘車は、ジト目でジュダを睨む。 「わりぃわりぃ。この頃、力を解放してないから欲求不満なんだよ。」  ジュダは事も無げに答える。 「ふん。欲求不満なら、俺が付き合ってやろうか?」  パムは肩を鳴らす。 「貴方!私達も任務の最中でしょ!」  ポニが、制止する。パムは照れ臭そうに頭を掻く。なる程。親子だけあって、ジ ュダとパムは似ている。 「会議の最中だと言うのに、しょうがない奴らだ。良いか?魔族は、当面の対処す べき敵だ。団結力も無いと勝てぬぞ?」  ミシェーダは呆れる。会議で、こんな話が出るなど思ってなかったようだ。 「へぇへぇ。で?これから、どういう対処を考えてるんだ?」  ジュダは、ミシェーダに今後の指示を仰ぐ。 「うむ。ジュダと赤毘車は、今後ともソクトアの動向をチェックしてくれ。それに、 このネイガを同行してもらいたい。」  ミシェーダは、ネイガの方を向く。 「ミ、ミシェーダ殿!?」  他の神達が、どよめく。最重要地区に若輩の神3人が着くなどと言うのは、異例 の事である。 「ほう。俺は別に構わないぜ。」  ジュダは、寧ろ楽しそうだった。反りは合わないが、ネイガと居ると、退屈しな さそうだったからだ。 「私も異論は無い。」  赤毘車も反対しなかった。元々、口を挟むようなタイプではない。 「私も異論は御座いませぬ。必ずや、ご期待に添いましょう。」  ネイガは、真面目腐った挨拶をする。 「ま、頑張れや。ジュダ。」  パムも、ニヤリと笑って息子にエールを送った。 「体に気を付けてね。3人とも。」  ポニは、優しく微笑みかける。 「うむ。後は、それぞれ今までの任を遂行せよ!何かあったら、また招集する!」  ミシェーダは、それぞれに命じて退会させた。と言うより打ち切った。 「議会終了!」  ミシェーダの声と共に、ソクトア行きの3人とパムとポニは、すぐさま出て行く。 しかし、他の神達は中々納得しなかった。 「リーダー殿!あの者達は、礼儀を知らな過ぎまするぞ!」  次々に抗議の声があがる。 「あのような者達を、我が物顔にさせて良いのでありますか?」  さっきの恥を晒してしまった神も、抗議する。 「黙れぇい!私とて納得している訳では無い。だが、あの力は本物だ。」  ミシェーダは怒鳴ってみせる。他の神達は、その声でひれ伏した。ミシェーダも 不満が無い訳では無い。しかし、あの5人の神は、いずれも実力者揃いで役に立つ。 実際、一番厄介な事を頼んでいるのだ。 「魔族の事が成功すれば良し。失敗すれば、その事で処罰すれば良い。違うか?」  ミシェーダは、他の神達を説き伏せる。 「そうでありますな。魔族の問題が、そう簡単に片付くはずが、ありませぬ物な。」  他の神達は、納得し始めた。 (・・・無能な奴らよ。魔族の事を、出世の材料にでも、する気なのか?)  ミシェーダは内心、舌打ちしていたが、顔には出さなかった。  神のリーダーのミシェーダは、頭を抱える日々が多くなっているようだった。  プサグルの城で剣戟の音が聞こえていた。音の主はジーク達であった。いつ何時 魔族が攻めてくるか分からないのだ。実力をアップさせておく事は重要だろう。  プサグルの兵士達は、英雄ライルの息子にして、彼の有名な不動真剣術の継承者 であるジークと、稽古が出来る何て、またと無い機会なので、打ち合い稽古のジー クへの募集は、殺到していた。サイジンも、プサグルでは有名なグラウド=ルーン の息子だと言う事で、かなりの数が集まっていた。なのでミリィは、ゲラムと稽古 する事が多かった。  ジークは、一気に5,6人単位で相手していたが、全く引けを取っていなかった。 それ所か、あっという間に1本取って、それぞれの悪い癖を教えたりしていた。ラ イルの息子と言う肩書きは、伊達ではない。 「しっかし、ジーク兄さんの所は、すげぇ居るなぁ。」  ゲラムも驚く程の人気振りである。 「有名人の辛い所よねェ。」  ミリィも呆れていた。それ程、凄まじい人気であった。  一方、レルファも宮廷魔術師達と一緒に混ざって、魔法の鍛錬をしていた。 (ツィリルちゃんは、トーリス先生に付きっ切りなんだし、私だけでも、魔力を上 げなきゃ!)  レルファは、ツィリルやトーリスの事を心配しながらも、魔力を上げる瞑想を中 心に、魔力をぶつけ合う鍛錬など、激しい特訓をしていた。 「僕達も、負けてられないね!」  ゲラムは、そう言いながらミリィに打ち込む。剣の腕も、ゲラムは結構確かな物 があり、ミリィと良い勝負をしていた。これで、あの弓の腕なのだから、ゲラムも 相当な天才肌である。だが、ただの天才ではない。ゲラムの、その実力の影には、 凄まじい程の特訓を超えてきた跡があるのを知っている。ミリィも、足手纏いにな らないように特訓するのだった。  サイジンも、ジークと同じように特訓をしていたが、どうにも、レルファが忙し いので乗り気がしないで居た。しかし、兵士達に負ける程、弱い訳では無い。蹴散 らしながらも、自らの実力アップも確実にこなしていた。 「うおおお!!」  また1人兵士が、掛け声と共にサイジンに突っかかる。 「甘いですぞ!」  サイジンは、その剣を受け止めると、ガラ空きになった胴を薙いでみせる。 「うあ!参りました!」  兵士は頭を下げる。サイジンも、いつもは軽い調子だが、闘いになれば別人のよ うに冴えている。養子とは言え、グラウドが手塩かけて育てただけはある。それに、 いつもジークの剣を受けているのは、主にサイジンなのだ。その剣に比べれば、大 した事は無かった。  それぞれが、そうやって過ごしていると、上から何か気配がやってきた。 (魔族か?・・・いや、違うな。)  ジークは一瞬、魔族の到来を危惧したが、上からやってくる気配に、瘴気を感じ なかった。 「あれは・・・フジーヤさん!?」  ジークは、ペガサスに乗ったフジーヤを発見した。 「お?ジークか?プサグルに来てたのか!」  上からフジーヤの声がする。フジーヤは、周りを確認しながら降りてくる。  よく見ると、ルイシーの姿もあった。トーリスの両親が、揃ってペガサスの上に 乗っていた。 「久しぶりです!フジーヤさん!それにルイシーさん!」  ジークは、挨拶する。 「・・・トーリスの気配がするわね。ちょっと見に行ってくるわね。」  ルイシーは、そう言うと、トーリスが居る寝室へと向かっていった。 「何か胸騒ぎがするってんで連れて来たけど、そう言う訳だったか。」  フジーヤは納得する。ルイシーが突然、今回のプサグル訪問に付いてくると言い 出したので、不思議に思っていたのだ。母としての勘が働いたのだろう。 「トーリスは・・・まだ眠ってます。」  ジークは、声のトーンを落とす。 「そう沈んだ声を出すな。お前達のせいじゃないさ。」  フジーヤは、励ましてやる。ジーク達は最善の努力をしたと信じている。だから こそ、こう言う事が言えるのだろう。 「フジーヤさん。お久しぶりですな。」  サイジンも駆け寄ってくる。後ろには、ミリィもゲラムもレルファも居た。騒が しくなったので、こっちに気が付いたのだろう。 「お?初めて見る顔だな。もしかして手紙にあったミリィさんか?」  フジーヤはミリィを見て気軽に声を掛ける。 「トーリスの父親ネ。ファン=ミリィです。よろしくネ。」  ミリィは、丁寧に挨拶する。 「ああ。こちらこそよろしく。」  フジーヤは、ミリィと握手をする。 「トーリスの様子が気になるし、時間も、丁度休憩だ。行きましょう。」  ジークは、皆にトーリスの部屋へと促す。  トーリスの部屋では、既にルイシーが来ていた。トーリスの横で、手を離さない でいたツィリルに、優しく上着を着せていた所だ。 「・・・ふぅん・・・。」  フジーヤは、トーリスの顔を覗き込む。ルイシーも様子を見て安心したのだろう。 思ったより良い血色をしていた。静かに休んでいるし、状態も悪くない。ツィリル とレイアが、魂を入れ替えながら交互に一所懸命に看病していた結果だろう。 「全く・・・。世話が焼ける。コイツは、真面目過ぎるんだよな。」  フジーヤは、溜め息を漏らす。 「フジーヤ!トーリスだって、考えて行動した結果でしょ?」  ルイシーが咎める。 「まぁ、そうなんだろうけどな。俺達にも、相談するとかして欲しかったぜ。」  フジーヤは、口をへの字にする。 「トーリス。聞いてるかどうか、知らねぇけどな。レイアちゃんの、親御さんの言 葉を伝えるぞ。」  フジーヤは、既にレイアの親には、伝えてあった。トーリスは、瞼が少し動く。 「結果は、どうあれ、レイアが幸せと感じていた事に間違いなかった。レイアの幸 せが見れなかったのは残念だけど、レイアの分まで長生きして欲しい。・・・とさ。 俺は、聞いてて辛かったぜ?」  フジーヤは、またため息をつく。それと同時にツィリルの肩もピクッと動く。 「・・・ごめんなさい・・・。父さん。母さん。」  ツィリルの口から、レイアの言葉が発せられる。そしてレイアは涙を流していた。 「・・・ツ、ツィリル?」  フジーヤはビックリする。ツィリルの口からレイアの声が聞こえてきたのだ。 「説明してなかったですね。今、ツィリルの中に、レイアさんの魂が乗り移ってま す。ツィリルとは波長が合うらしいんです。」  レルファは、説明してやる。 「ほ、本当にレイアちゃん・・・なのか?」  フジーヤは、信じられなかった。しかし、よく見ると、確かに今のツィリルは、 レイアに雰囲気がそっくりだ。 「ツィリルちゃんも、私もトーリスの事を想う気持ちは一緒なんです。私は、トー リスの幸せな姿を見るまでは・・・逝けません。」  レイアは、強い眼差しでトーリスを見ていた。 「レイアちゃん・・・なのね。」  ルイシーは、元天使だけあって、魂の本当の姿を見る事が出来る。間違いなく、 レイアの魂だった。 「レイアちゃん。馬鹿息子を死んでまで面倒見てくれるなんて・・・済まねぇな。」  フジーヤは、つい涙が流れ出る。ルイシーも同じであった。 「ううん。私は、こうやって話せるだけ幸せです。・・・ただもう一度、父さんや 母さんと話したい・・・。」  レイアは、沈んだ顔をする。 「そんな事なら俺に任せてくれ。絶対説得して、ここに来てもらうさ!」  フジーヤは、レイアを元気付ける。 「ありがとう!おじさん。」  レイアは笑いを見せる。笑い方も、いつものツィリルとは違う。レイアの笑い方 であった。俄かには信じられないが、間違いないだろう。 「しかし、トーリスの奴、レイアちゃんやツィリルちゃんまで、こんなに介抱して るのに、寝てるたぁ不謹慎な奴だ。」  フジーヤは、やっと明るい雰囲気になる。冗談が叩けるようなら、いつもの調子 に戻ってきた証拠だ。 「あ・・・。ツィリルちゃんが、変わりたいって言うから、変わりますね。」  レイアは、そう言うとツィリルの意識の奥深くに沈んでいった。  すると顔付きも、ツィリルの顔付きに戻ってくる。 「・・・ツィリルちゃんか?」  フジーヤは、恐る恐る聞いてみる。 「フジーヤさん?あ。ルイシーさんも来てたんだ!お久しぶりー。」  ツィリルは、改めて気が付いたようで挨拶を交わす。この調子は、間違いなくツ ィリルだ。フジーヤは驚いていた。 「ああ。ツィリルちゃん。すまねぇな。この馬鹿息子が迷惑掛けてなぁ。」  フジーヤは、調子狂いそうだったが、何とか持ち直して軽口を叩く。 「センセーは、馬鹿じゃないですよぉ?それにセンセーには、いっぱいお世話にな ったから、これくらいやらなくちゃ!」  ツィリルはニコッと笑う。この笑いを見ると、どうしても顔が緩んでしまう。フ ジーヤはトーリスの方を見る。 「この幸せ者め。お前、これで目覚めないってのは、どう言う了見だ?」  フジーヤは、からかう様にトーリスに語りかける。しかし結構真剣だった。 「・・・父・・・さん・・・。母・・・さん?」  トーリスから言葉が漏れる。皆、つい注目してしまう。 「意識は、あるみたいだな。なら良く聞け。お前が、今するべき事は何だ?罪の意 識に怯える事か?違うだろ?」  フジーヤは、トーリスの頭に手を掛ける。 「お前さぁ。これだけ多くの人に愛されてるんだぜ?起き上がって返事をしろ!」  フジーヤは、トーリスを叱る様な口調で言う。 「そうよ。トーリス。貴方は、そんな弱い子じゃないでしょ?男なら責任を取りに 戻って来なさい。」  ルイシーも語りかける。そこには父と母の姿があった。 「みん・・・な・・・。あ・・・あああああああ!!」  トーリスは、叫び声を上げる。すると、何かドス黒い部分がトーリスの中から出 て来た。寧ろ追い出されたような感じだ。行き場を失うと、次第に消えていった。 「・・・う・・・。」  トーリスの目から、涙が流れると、トーリスは次第に目を開ける。 「センセー!!センセー!!」  ツィリルは、より一層強くトーリスの手を握る。 「・・・あ・・・私は・・・。」  トーリスは、ジーク達の方を見る。そして、手を握っているツィリルを見る。そ して、心配そうにしている両親の姿を見た。 「センセー!気が付いたんだね!」  ツィリルは、ニコッと笑う。その顔は涙顔であったが、嬉しそうだった。 「・・・ふう・・・。心配掛けてしまったようですね。」  トーリスは、重そうに頭を上げて皆を見る。そして、全てを理解していた。これ までの事は、忘れていない。自分のした事、そして自分が、どれだけ必要とされて るか知った事。そして、このツィリルとレイアの事もだ。両親が来た事も、朧気な がら覚えていた。 「・・・トーリス。よく戻ってきた。あんま心配掛けさせるなよ。」  フジーヤは、照れくさそうにしていた。 「私の心の中に、あんな物が居たとはね・・・。」  トーリスは、自分が血に染まった事を良く覚えていた。しかし、今のトーリスは、 その事実に負けるような目をしていなかった。 「それに・・・ツィリル。レイア。心配掛けてしまいましたね。」  トーリスは、いつもの優しい微笑で返してやる。 「センセー!!いつものセンセーだ!」  ツィリルは、嬉しさを隠したりしなかった。本当に嬉しいのだろう。 「レイアさんも、話したいって言うから・・・変わるね。」  ツィリルは、目を閉じると、どんどん顔付きがレイアに変わってくる。 「・・・トーリス。やっと・・・話せた。」  レイアは、涙顔になってしまう。拭いても涙が出てしまうのだ。 「レイア・・・。」  トーリスは、言葉よりも先にレイアを抱きしめてやった。 「私を許せとは言わない・・・。心配掛けました。」  トーリスは、正直な気持ちを述べる。 「良いの。貴方が幸せになってくれれば。ただ・・・結婚式挙げたかったね。」  レイアは、それが心残りだった。 「・・・挙げましょう。」  トーリスは、決意ある目をしていた。 「え?・・・どう言う事?」  レイアは、訳分からずに居た。 「ツィリルが、許してくれればですが・・・式を挙げましょう。」  トーリスは、レイアを真っ直ぐ見つめていた。要するに、ツィリルの体を借りて、 結婚式を挙げようと言うのだろう。 「・・・嬉しい・・・。でも、ツィリルちゃんとも相談しなくちゃね。変わるわ。」  レイアが目を閉じる。すると今度は、またツィリルが出てきた。顔付きで分かる。 「ツィリル・・・ですか?」  トーリスは、困った顔をしていた。頭で理解していても、やっぱり不安なのだ。 「センセー・・・。その式、わたしの式にもしてくれる?」  ツィリルは、真剣だった。 「こう言うと我侭な事なので、自分で言うのも、おこがましいんですがね。私は、 貴女達2人と、式を挙げたいのです。」  トーリスも真剣だった。トーリスの中でツィリルは、レイアと同じくらい存在が 大きくなっていた。自分が狂ってからも信じてくれたツィリル。そして、レイアと 同調しながら健気に自分を隠していたツィリル。それをどうして無視出来ようか。 「ツィリル。そしてレイア。・・・結婚しましょう。」  トーリスは、いつになく優しい微笑でツィリルに語り掛ける。 「・・・信じて良いの?センセー。」  ツィリルは、つい嬉し涙が出る。 「自分の事ながら図々しいと思いますが、もう気持ちに嘘は付きません。」  トーリスは、強い口調だった。本気であった。 「・・・お前達なぁ・・・。親の俺達を無視して、勝手に話を進めやがって。」  フジーヤは、呆れたが同時に嬉しかった。 「後悔しないんでしょ?なら好きになさい。」  ルイシーも祝福してくれた。 「センセー・・・嬉しいよ!」  ツィリルは、トーリスの胸に抱きつく。いつの間にか拍手が起こっていた。 「ツィリル!レイアさんも良かったね!」  レルファは、我が事の様に喜ぶ。いつも励ましあってただけあって、嬉しさも倍 増だった。 「良い式になるヨ!いや、するヨ!」  ミリィも、同じく相談しあったりしてたので、嬉しかった。 「おめでとう!!ツィリルさんにレイアさん!」  ゲラムは素直に祝福していた。仲間が結婚するのが、こんなに嬉しい事だとは思 ってなかったのだろう。 「やりましたな!トーリス!私も嬉しいですぞ!」  サイジンは、勝手に盛り上がってくれる。 「トーリス!いつもいつもビックリさせやがって!嬉しいじゃないか!」  ジークも祝福していた。ビックリする事だらけである。 「・・・皆・・・。ありがとう!」  トーリスは、いつになく正直に言葉を口にした。  ツィリルとレイア。この2人とトーリスの結婚。そしてトーリスの復活。魔族達 が跋扈する、この世の中で、これ程嬉しい事は無かった。  トーリスとツィリル、そしてレイアの結婚が決まった次の日、フジーヤは、ヒル トに会う事にした。ヒルトも、最初はトーリスが目覚めた事に喜んで、そして、ツ ィリルとの結婚、そしてレイアの存在を聞いて驚いていた。  しかしフジーヤの丁寧で熱心な説明を聞いて、段々と理解してきた。フジーヤは、 トーリスの今回の事の説明に尽力していた。これからレイアの両親とルース達を呼 んで、理解してもらわなければならない。それを思うと頭が痛くなる。  そして、その前に、やるべき事があったので、ヒルトと会う事にした。そして、 その席では、何故か、ジーク達7人も呼ばれていた。ゼルバも同席している。  フジーヤは、円卓に皆を呼ぶと、改まって書簡を出す。 「俺たちも相席するってのは、どう言う事なんです?フジーヤさん。」  ジークは、不思議でならなかった。 「まぁ聞けって。ルクトリアの事を教えておこうと思ってな。」  フジーヤは、ニヤリと笑う。 「父さんが死んだあと、ルースが頑張っているとまでは聞いたがな。」  ヒルトは苦々しい顔をする。自分の親が知らない所で殺されたのは、正直ショッ クだった。しかし、一国の王として取り乱す訳には、いかないのだ。 「へぇ。お父さんが、頑張ってるんだぁ。」  ツィリルは、何処と無く上の空だ。トーリスの事で頭がいっぱいなのだろう。 「ルースは頑張ってたよ。だが今日は、その事を伝えに来たんじゃない。」  フジーヤは、書簡の中の手紙を取り出す。 「随分、勿体付ける言い方だな。どうしたんだ?」  ヒルトは、不思議に思った。いつもここまで引っ張るような男ではない。 「では言うぞ。俺は、ここにルクトリアの正式な大使として来たんだ。新ルクトリ ア王に頼まれてな。」  フジーヤは、皆に言う。 「し、新ルクトリア王だと!?」  さすがのヒルトもビックリした。そんな事は、寝耳に水である。 「そうだ。そして新ルクトリアの正式な同盟を、ここに結びに来た次第だ。この書 簡も、その調印所だ。」  フジーヤは手紙を広げる。そして調印所を皆に見せる。すると、ジーク達は驚き の声を上げた。 「な!何で!?」  レルファが、我が目を疑う。ジークも同じような表情をしていた。 「見ての通り、新ルクトリア王はライル=ユード=ルクトリア。お前達の父親だ。」  フジーヤは調印所に書いてあるサインを見せる。間違いなくライルの筆跡だった。 「・・・それは、冗談や酔狂では無いのだな?」  ヒルトは鋭い目をする。これこそ、長年王をやってきた者の目である。 「そんなつもりは、毛頭ない。他に就くべき人物も居ないと俺は思っている。」  フジーヤは、真面目な顔で返した。 「冷静に考えれば・・・有り得なくは無い話です。」  トーリスが、久しぶりに冴える顔をしていた。 「ライルには、人の上に立つ人格がある。それに王族の血も引いている。俺として は、兄弟だし異存は無い。」  ヒルトは調印書を受け取る。ただ意外だとは思った。ライルは、人の上に立つ事 を極端に嫌っていた。故に継がないだろうと思っていたからだ。 「父さんが・・・王?信じられない・・・。」  ジークは、かなり放心状態だった。 「ジーク。例えライルが王の座に座ったとしても、お前は別だ。お前は、お前の道 を選ぶべきだ。と、ライルは言っていたぞ。しっかりしろ。」  フジーヤは、ジークにライルの言葉を伝える。 「父さんは、ルクトリアの再興の道を選んだ・・・か。なら俺は、どこまでも剣士 として貫いてやる!」  ジークは顔を上げた。王の間にジークの声が響く。 「しかし、あの父さんが王かぁ。ちょっと信じられないわねぇ。」  レルファは素っ頓狂としていたが、意外に冷静だった。 「私は、身分違いになったとしても、レルファへの愛は貫きますぞ!」  サイジンは、相変わらずの調子である。 「そんな事、言わなくたって分かってるわよ。」  レルファが、ジト目でサイジンを見る。サイジンも、こんな言葉を恥ずかしげも 無く言うとは、図太い物である。 (私が居ない間に、この2人も進展があったようですね。)  トーリスは苦笑する。少しずつ仲間との溝を埋めていかなければならない。 「それにしても・・・次々と色んな事が起こって、整理しないとやってられんな。」  ヒルトは溜め息をつく。トーリスの復活、そして結婚、ライルの王の就任、魔族 の来襲、父と母の死、この頃、起こった事例を挙げただけでも、これだけあるのだ。 ヒルトも、その一つ一つに対応していくのは大変である。 「父上が、そんな弱気でどうするんです?」  ゼルバは元気付ける。このゼルバは、目立たないが、色々な所で、ヒルトの補佐 をしていた。その功績は、ヒルトも認める程である。 「そうだな。俺らしくないな。」  ヒルトは、背筋をピンと伸ばす。  その時であった。突然伝書鳩が舞い降りてきた。足には手紙がついていた。 「伝書鳩か。・・・これはフラルからだな。」  ヒルトは伝書鳩から手紙を抜き取る。手紙にはフラルのサインが書かれていた。 「どれどれ・・・な!!?」  ヒルトは、またしても衝撃が走った。 「どうした?ヒルト。」  フジーヤも心配する。 「・・・デルルツィアの元王と元皇帝が・・・魔族に殺されたらしい・・・。」  ヒルトは、手紙を落としてしまう。そして肩の力が抜ける。 「また魔族か!!」  ジークは、怒りを露にする。魔族の、この頃の侵略は凄まじい物がある。 「魔族も、本気を出してきたと言う事ですね。」  トーリスは、冷静に考え出す。 「俺達、人間が力を付けなきゃやられちまうって事だな・・・。参ったぜ。」  フジーヤは頭を抱える。 「くっそぉ。魔族は、僕達に何の恨みがあるんだよぉ!」  ゲラムも叫ぶ。ここ最近の魔族の横暴に、さすがのゲラムも頭に来ているのだ。 「穏やかじゃない声が聞こえるなぁ。」  突然、窓の外から声がした。そして、この気配は間違いなく魔族の物だった。 「誰だ!」  ジークが、窓の外を見る。 「おいおい。俺の声を忘れたのか?」  魔族は、ニヤリと笑う。見覚えのある翼と角は、間違いなく知ってる奴だった。 「ミカルドか・・・。今度は、アンタがプサグルを襲いに来たのか?」  ジークが、背中にある怒りの剣に手を掛ける。 「お前は、ここに来たのは2回目だったな。」  ヒルトが口を出す。前にライルとガグルドの闘いを見学していたのを、見かけた 事がある。 「覚えてもらえて光栄だ。ただ、別に用があって来た訳じゃない。」  ミカルドは、鼻先で笑う。 「強い力が集まってるのを感じたのでな。見に来て、お前達だったので納得しただ けさ。実力を上げたな。」  ミカルドは、空中に浮きながらケラケラ笑う。 「貴方がミカルド・・・。なるほど。ジークに聞いていた通り、強いですね。」  トーリスは初めて見かけるが、これほどの威圧感を持つ相手は中々居ない。 「そういうお前も中々の魔力だ。だが、もっと磨く事だな。俺は強い相手じゃなき ゃ燃えない性質でな。お前達と闘う日を楽しみにしているぞ。」  ミカルドは、ニヤリと笑う。凄い余裕っぷりである。 「魔族め!ルクトリア、デルルツィアと攻めて次はジーク達か!」  ヒルトは拳を震わせてミカルドに指を差す。 「おっさん。俺を、魔族って一括りにするんじゃねぇよ。」  ミカルドは、ギロリとヒルトを睨む。 「ふん。これだけ攻められて、お前達魔族に責任は無いとでも言うのか?」  ヒルトは負けていなかった。相当、腹に据え兼ねているのだろう。 「何か勘違いしてるようだがな。俺は、人間達を虐殺した覚えは無いぞ?」  ミカルドは反論する。 「大体、ルクトリアは健蔵、デルルツィアは、ルドラーとか言う人間が攻め込んだ んじゃないのか?」  ミカルドは、詰まらなそうな顔をしていた。一緒にされるのが相当嫌なのだろう。 「ルドラー?・・・ルドラーだと!?」  ヒルトは、思い出した。戦乱時代のプサグルの兵士の中に、裏切りを重ねてきた 男が居た事を・・・。そして、その男はカールスの下にくっついて、色々悪事を重 ねていた事を・・・。 「まぁ、そのルドラーのおかげで、今の魔族の復活のほとんどがあるから、何とも 言えないけどな。俺は、あの目付きは気にいらんな。」  ミカルドは、ルドラーのギラギラした欲望に満ちた目が気に入らなかった。 「あの男が元凶だったとはな・・・。」  フジーヤも舌打ちする。カールスが死んだ時に、何処に行ったか行方を眩まして いたのだが、まさか、魔族の復活に絡んでいたとは思わなかった。 「何故、そこまで教えるんだ?」  ジークは、不思議に思った。普通に考えたって、今のは人間に教えるべき内容じ ゃない。特にルドラーの事は、誰も知らなかった事だ。 「俺は、自分に正直に生きたいだけの事だ。そのせいで兄貴も殺しちまったけどな。」  ミカルドは、自嘲気味に笑う。 「兄を・・・殺した?」  ジークはビックリする。 「ジークは知らんか。奴は、兄とライルが闘った時、ライルに対して不意打ちしよ うとした兄を殺したんだ。」  ヒルトが説明してやる。ガグルドの事だろう。 「俺は、魔族として誇りを持っている。お前達人間が、正々堂々正面から闘ってる のに、魔族が汚い手を使うなど許せん。それだけの事だ。」  ミカルドは、拳を握って力を込める。凄まじい力を感じた。 「兄を殺してまで、魔族の誇りを取るとは・・・。お前の目的は何なんだ?」  ジークは不思議に思う。ミカルドは何のために、ここまで自分達の闘いに拘るの かが、分からなかった。 「俺は魔族の台頭なんぞ、どうでも良い。お前達と神々と良い勝負が出来れば、そ れで良い。お前達が修行しているように、俺も欠かさずしてる。覚悟するんだな。」  ミカルドは、そう言うと背を向ける。 「特にジーク。お前とは、かつて無い闘いが出来ると信じている。」  ミカルドは、恐ろしいまでの瘴気を放ちながら、ジークを見つめる。燃えている のだろう。ジークは魔族に、こんな奴が居るとは思わなかった。 「あくまで俺との闘いに拘るか・・・。なら、俺もアンタを超えるまで、強くなっ て見せる!楽しみにしてろよ!!」  ジークは、瘴気に対して自らの闘気を燃やして返礼にする。ミカルドは、それを 見て、楽しそうに笑う。 「残念だが、そう上手くは行きませんよ。ミカルド!!」  突然上空から声がする。すると、見事な翼が生えた魔族が舞い降りてくる。 「アル兄貴か。何の用だ?」  ミカルドは、睨み付ける。どうやら、アルスォーンのようだ。傷は、すっかり癒 えたらしい。 「何の用じゃありませんよ。ミカルド。人間に味方でも、するつもりなのですか?」  アルスォーンは攻めるような口調で言った。魔族からしてみれば、人間に強くな るように仕向けるなどと言う事は、裏切りに近いのだろう。 「言っただろう?俺は自分の力を出し切れる相手と闘いたいだけだ。」  ミカルドは鼻で笑う。 「ガグルドを殺した罪、今なら間に合います。この場で、この者達を殲滅しなさい。」  アルスォーンは、有無言わせぬ口調で言った。 「容易くやられる俺達じゃないぜ?」  ジークは、アルスォーンを睨み付ける。 「フン。人間風情が口を出す事では無い。ミカルド。早くやりなさい。」  アルスォーンは、ミカルドを急かす。 「俺は命令されるのが嫌いなのは知っているだろう?」  ミカルドは、瘴気を出し始める。 「魔族全てを敵に回す事になりますよ?」  アルスォーンは脅しをかける。ミカルドは、さすがに少し面食らう。 「・・・だから何だ?俺は、俺のやりたい様にやる。命令するな!」  ミカルドは、凄まじいまでの瘴気を出し始める。どうやら、魔族も敵に回してい るようだ。 「良い度胸ですね。このアルスォーンを甘く見るとはね。」  アルスォーンは、歯軋りする。 「貴方が間違っているという事を証明してやりましょう!!貴方を倒してね!」  アルスォーンは、翼を広げる。そして瘴気を出し始めた。どうやらミカルドと闘 うつもりらしい。ミカルドは鼻先で笑う。 「兄貴。俺の力を舐めてるのか?俺を倒す?馬鹿も休み休み言うんだな!」  ミカルドは、凄まじい力を解放する。 「復活した私を舐めない事です!!」  アルスォーンは、ミカルドに襲い掛かる。ミカルドは、それを躱そうとするが、 間に合わなかった。繰り出された拳をミカルドは受け止める。 「ほう。強くなってるじゃねぇか。」  ミカルドは、ニヤリと笑う。 「お前の力は知っています。・・・だが今の私の方が強い!」  アルスォーンは、復活した後、凄まじい特訓を繰り返して強くなっていたのだ。  アルスォーンの凄まじいまでの蹴りと拳の前に、ミカルドは防戦一方に、なって しまう。まるで拳の弾幕である。 「魔族を裏切る愚かなる弟よ!死にさない!!」  アルスォーンは、ミカルドを突き放すと拳に瘴気を溜めて、気合いと共に、衝撃 波を繰り出す。魔族特有の攻撃だ。 「カァァァァツ!!」  ミカルドは、その瘴気を片手で受け止める。そして打ち砕いた。 「・・・む・・・。貴方も、ただ遊んでた訳では無さそうですね。」  アルスォーンは、舌打ちする。止めを刺すつもりで打った瘴気弾を、ミカルドは 砕いてみせたからだ。 「俺を舐めるなと言ったはずだ!!」  ミカルドは、口から蒸気のような物を出しながら更に瘴気を増していく。 「良いでしょう。我が全力をもって、貴方を倒して見せましょう!」  アルスォーンも、意地に掛けて負けられないのだろう。 「ちっ!やるなら、このプサグルでやるなってんだ!」  フジーヤは舌打ちする。このままでは、城にまで被害が及んでしまう。 「そこまでだ!!」  上空から威圧するような声が響く。2人の動きが止まる。そして、何も無い空間 から、突然魔族が舞い降りてきた。その魔族は、2人とはレベルが違っていた。間 違いなくビッグな魔族だろう。ミカルドに雰囲気が似ていたが、もっと重厚で威厳 のある様は、見事としか言いようが無かった。 「親父・・・か。」 「父上・・・何故、止めるのです?」  ミカルドもアルスォーンも素直に言う事を聞く。それだけでも恐ろしい実力の程 が分かる。実際、ジークが冷や汗を流していた。トーリスもサイジンもだ。この魔 族の凄まじいまでの実力の底を、肌で感じているのだろう。 「アルスォーン。お前は帰っていろ。」  その魔族が命じると、アルスォーンは舌打ちしながら消えていった。 「ミカルド。お前は俺たちと反すると言うのか?」  その魔族が問い掛ける。 「そんなつもりはねぇ。ただ正々堂々人間達と闘いてぇ。それに反した兄貴を殺し たまでの事だ。」  ミカルドは、バツが悪そうに答える。魔族は、それを聞くと安心した。 「良かろう。貴様も今は去るが良い。俺たちの所に帰れもしないだろうし、貴様は、 貴様を貫くのだな。止めはしないぜ。」 「・・・親父・・・。分かったよ。」  ミカルドは、素直に従う。少しジークを見て、そして空の中に消えていった。 「ふむ。貴様が英雄ライルとやらの息子か?」  その魔族は、ジークを見つめる。 「・・・そうだ。」  ジークは搾り出すように、その魔族を見る。冷や汗は止まらなかった。 「俺は魔王クラーデス。奴らの親でもあり、魔族の権限の一角を担っている者だ。」  クラーデスは名乗りを上げる。 「お前が、我が国を滅ぼすように仕向けたのか!」  ヒルトは、足を震わせたが何とか叫ぶ。 「フッ。貴様らが、我等魔族に2000年前に行った事と同じではないか。」  クラーデスは一笑に付す。 「な、何だと!?」  ヒルトは、ビックリした。ソクトアの歴史は凡そ1000年だ。それから前は、歴史 にすら載っていない。初めて知った事実であった。 「俺達を憎むのは勝手だ。だが、自分達だけを正当化しようと思わない事だ。」  クラーデスは、そう言うと豪快に笑う。 「貴様ら人間は、神の力を借りて、この地上を我が物とした。そのツケを払う時が 来ただけの事だ。違うか?」  クラーデスは諭す。クラーデスの言う事は間違いでは無いだろう。 「そうかもしれない。・・・だが俺達も、ただでやられるつもりは無い!」  ジークは吼えた。吼えなければ、自分達の存在価値が否定されるような気がした からだ。ジーク達7人は皆、同じ目をしていた。皆、同じ想いなのだろう。 「良い度胸だな。貴様達の遠吠えが、どこまで続くか楽しみにしてるぞ。」  クラーデスは、そう言うと笑いながら空の中に消えていった。 「・・・ふう・・・。」  ジークは、まだ冷や汗が止まらなかった。言い返すのがやっとだった。それほど 凄まじい実力を感じた。 「あれが、敵の首領の1人・・・。締めて掛からないと、いけませんね・・・。」  トーリスも冷や汗を掻いていた。この2人だけではない。クラーデスの重厚な雰 囲気は、皆に恐怖を与えていた。ツィリルも震え上がっていた。 「センセー・・・。わたしたち・・・勝てるよね?」  ツィリルは、消え入るような声で言う。 「ツィリル。しっかり。勝てるのではない。勝つのです。そうでなくては、私達の 未来は無いのですからね。」  トーリスは元気付けてやる。 「みてろ!魔族達め!俺は絶対強くなってみせる!!父さんを超えてな!」  ジークは、怒りの剣に誓うように空に向かって叫んだ。  魔王クラーデスとの対面は、緩みがちだったジーク達の性根を、叩き直すのに、 充分な程だった。  ジーク達は更なる強さを目指す事を誓うのだった。