・プロローグ  神の祝福を受けた大地、ソクトア大陸。  その神々しいまでの大地は、8つの国に分かれている。8つとは、ルクトリア、 プサグル、デルルツィア、パーズ、サマハドール、ストリウス、バルゼ、そしてガ リウロルの8つである。その中心に中央大陸が存在している。(1巻参照)  ソクトアには英雄がいた。その名もライル=ユード=ルクトリア。その息子であ るジーク=ユード=ルクトリアは、ライルの使う剣術の継承者でもあった。  ジークは、継承すると共に、新たなる世界を見るために旅に出た。そして、ジー クには、旅に付いて行く仲間がいた。  ジークの実の妹であるレルファ=ユード。神聖魔法を得意とする僧侶で、その癒 しの力には、目を見張るばかりである。そして、「死角剣」の継承者サイジン=ル ーン。魔法使いの駆け出しだが、潜在能力を秘めているツィリル。現在盗賊の修行 を受けているプサグルの第2王子ゲラム=ユード=プサグル。方角を見極め、地図 を作成するのが得意とする棒術使いファン=ミリィ。そして、とてつもない魔力を 秘め、冷静な判断力で仲間を助けるトーリスの6人がジークの助けになっていた。  現在は、この7人はストリウスの宿屋「聖亭」(ひじりてい)に泊まっていた。 ミリィは、この宿屋の娘である。  そんな中、魔族が本格的にソクトアに進撃を開始した。ジーク達7人は、様々な 襲撃を乗り越えて今がある。しかし、その道のりは決して楽なものでは無かった。 中でも、衝撃的だったのは、トーリスの恋人であったレイアの死であった。これに よりトーリスは、一回心を闇に染め、魔神レイモスに支配されそうになった事すら あった。しかし、仲間達の活躍により、それを阻止する事に成功する。  そのレイアの魂が、ツィリルの精神と同化し、ついには結婚式を挙げるまでにな る。ツィリルもトーリスには想いを寄せていたので、その結婚に反対はしなかった。 そして、トーリスは2人と同時に結婚する事になる。しかし、その結婚式によって、 レイアは自らの想いを遂げて、ツィリルから離れて、あの世へと旅立ったのだった。  1、同行者  風雲は急を告げると言うが、今のソクトアの情勢は正に一瞬を争う速さで歴史が 動いていた。魔族と人間、そして神が凌ぎを削って、闘いを激化させている。最も 現在は小康状態にあって、魔族も本格的には動いていないし、神も、その魔族の動 きを見て、動かずに居た。人間達も、今までの戦いの後の処理が、やっとの状態で、 とても人間から攻めると言う状態ではなかった。  それには訳があった。魔族の最も位が高い神魔王グロバスが、神が降り立って動 き回ってる様を見越して、下手に動き回らないように、配下の者に徹底的な指示を 与えているからだ。グロバスは300年ほど前に、一回天界全体に対して戦争を引き起 こしている。その時の失敗を教訓として生かしているためであろう。その時は、当 時、破壊神だったグロバスの他に、魔神レイモスしか居なかったが、レイモスは、 トーリスやジークに負けた時の精神体から強引に復活した状態では無く、完全体で あったから恐ろしい強さを持っていたし、神も現在派遣されて来ている神ほどの力 を持つ者も少なかった。それでも、負けてしまったのだ。神々の抵抗の恐ろしさを 身に染みて分かっているのだ。  もちろん勝算が無いわけではない。レイモスは、ジーク達にやられたと言うのは、 感じ取っていたが、魔界にいた魔族の中でも有数の力を持つ神魔の地位であるワイ スや魔王の位でありながら神魔と等しい力を持つクラーデスが、既にこのソクトア に召喚されて来ている。グロバスは、この2人を高く評価している。それは、この 2人の成長性を見越しているからだろう。何よりも、この2人は闘いが好きな上に 闘いへの関心は貪欲である。それに、その配下にも、有数な部下が居る上に。軍隊 が作れる程、魔族を召喚出来ていると言うのも大きなプラスである。しかし、まだ 時期が早すぎるのだ。もう少し立てば、神々が本気を出して攻めて来た所で、追い 返すくらいの力が付くと、グロバスは見ている。  神々に守られている人間。そして魔族を迫害する神々の意向は許し難い物だ。神 が、平等に配さずして、どうしてソクトアの均衡を守れると言うのか。そこにグロ バスは疑問を感じている。破壊神だった時も、そこがどうしても許せなかったのだ。 魔族の社会は、極めてシンプルだ。強い者が上に立ち、そして、その者に従って強 力な配下が付いていく。それが常識だ。それに比べて人間は、煮え切らない社会の 成り立ちを作ろうとする。そして、魔族を見ただけで悪と決め付けて迫害しようと する。グロバスには、それが許せない。  ワイス、クラーデス、そして魔界剣士である砕魔(さいま) 健蔵(けんぞう) は、ここの所、目覚しい成長を見せている。神の思惑を潰し、太陽に恵まれし、ソ クトアを魔族の都にする事は、そう遠くないと見ている。  グロバスは、力を蓄えながら、その3人の成長をしかと焼き付けていた。 (我が力が戻るまでには、この3人の強さは膨れ上がる事だろう。)  そして、もう一つ気になる存在は、ミカルドであった。クラーデスの息子の中で も実力はピカイチであり、一筋縄では行かない存在。これがミカルドの評価だった。 純粋に闘う事が大好きなのは構わないのだが、正々堂々と闘うのが好きなようで、 それを破る者は許さないと言う気性の激しさをグロバスは注目している。ガグルド に止めを刺したときの事と言い、例え身内であっても容赦しないようだ。  ただし、ミカルドは、完全に意のままに動く訳では無いので扱いが難しかった。 だが、期待を寄せる一人である事に間違いなかった。しかし、この頃の行動は、目 に余る。クラーデスに尋ねても、ミカルドは、もう戻って来ないだろうと言うだけ である。なので、ミカルドには、反逆指令を出していた。裏切りを許す程、グロバ スは、寛容では無かったのである。  そしてグロバスは、もう一人注目していた。それこそ魔族への転生を果たしたル ドラーである。人間に似つかわしくない非情な心と、凄まじいまでの野心の眼が、 グロバスの目に留まったのである。 (奴には素質がある。魔族全体の士気を高めてくれれば良いのだが・・・な。)  グロバスは、穏やかにそんな事を考えていた。 「グロバス様。健蔵、只今戻りました。」  健蔵が、偵察から戻って来たみたいである。グロバスが命じていたのだ。 「ご苦労。何か分かった事は?」 「はっ。竜神と剣神、そして鳳凰神が小癪にも、我等の近くに陣を張って、こちら を警戒しているようです。」  健蔵は、ジュダたちのキャンプを発見していた。しかし、さすがの健蔵と言えど も、その3人を相手にしては勝ち目が無いと悟ったのか、攻撃は仕掛けなかった。 「ふん。若造共が。しかし、その3人しか送り込んでないとは、神側も人手が不足 しているようだな。」  グロバスが破壊神だった頃は、まだ任命もされていない若い神である3人なので、 グロバスとしては、実力が今一つ、はっきり分からない所もあった。  しかしこの前、ジュダとネイガの本気の激突を見た時に、考えが変わった。彼ら の力は本物である。神の中でも精鋭を送り込んで来たのは間違いないだろう。ジュ ダの前の竜神も相当な力があった。その力は引き継いでいるようである。 (ミシェーダめ。中々やるではないか。)  グロバスは、天上神ゼーダが行方不明になってたので、攻め時だと思ったのだが、 後任であるミシェーダも、相当な物だと言う実感が沸いてきた。 「グロバス様。我等が神と対決する日は、いつになるのでしょう?」  健蔵は聞いてみた。自分の力を試したいと思ったのだろう。 「フフフ。焦るでない。今は、まだ力のバランスが奴らの方が上なのだ。我自身も そうだが、クラーデス、ワイス、そしてお前も実力を上げねばな。」  グロバスは、どっしりと構えていた。 「そこまで、あの3人の神の力は凄まじい物なのですか?」  健蔵は力は感じ取っていたが、正確な所は、分かっていなかった。 「正直な所、我と竜神で互角と言った所だ。他の2人も、それより少し劣る程度な ら、勝ち目は薄いな。」  グロバスは、至って冷静だった。慎重にならなければ、神には勝てない。まして、 舐めて掛かれば、人間だって危ないと言う事をグロバスは知っているのだ。 「なるほど・・・。ならば、私に出来る事は、更に実力を高める事ですね。」  健蔵は、そう言うと、トレーニング室へと向かおうとする。 「待て。健蔵よ。貴公に問いたい事がある。」  グロバスは、健蔵を引き止める。 「何でしょう?何なりとお言いください。」  健蔵は深々と頭を下げながら対応する。その忠義溢れる心は、見直すばかりだ。 「貴公の強さを求める目的は何だ?」  グロバスは、率直に聞いてみた。健蔵は確かに、良く忠誠を尽くしてくれる。し かし、そこまでの忠義心が、どこから生まれてくるのかが聞きたかったのだ。 「全ては、ワイス様のためです。」  健蔵はすぐに答えた。 「ほう。ワイスとな。確かに、奴は凄まじい力を持っている。しかし貴公とて、中 々負けぬ実力を持っているではないか?」  グロバスは、個人に、ここまで忠誠を誓う魔族を見た事が無い。 「私が人間共から迫害された時、お救い戴いたのは、他でも無いワイス様です。ワ イス様は、私にとって父のような物です。」  健蔵は迷い無く答える。グロバスは、その健蔵の言葉に少なからず感心した。 (魔族に、こんな忠誠心を持った者が居るとはな。)  健蔵は命令を忠実にこなしていく。人間とのハーフであるのに、人間を滅ぼす事 に、何の迷いも無い。それも、全てワイスのためなのだろうか? 「そなたは、人間とのハーフであると聞くが、迷いが無いのは何故だ?」  グロバスは、言葉に衣を着せない。 「グロバス様。私は魔族で御座います。人間の血が入っていると思うだけで、吐き 気がするのです。その憎むべき対象を滅ぼすのに、迷いは要りましょうか?」  健蔵は怒りの炎を眼に宿していた。健蔵の中には、相当高いプライドがあるのだ ろう。人間に迫害された過去も相まって、健蔵の中では、人間は滅ぼすべき対象な のだろう。 「相分かった。要らぬ事を聞いた。」  グロバスの、その言葉を聞くと、健蔵は一礼をして、トレーニング室へと向かっ て行った。健蔵の力の源は、憎しみとプライド。そして、ワイスへの忠誠心だと言 う事が分かった。 (しかし、ワイスは何故、健蔵を拾ったのだ?その頃から尋常では無い力でも感じ たのか?そうとも思えぬな。)  グロバスは、ワイスが偶然に健蔵を拾ったとは、とても思えなかった。 (それに、ワイスの健蔵を見る眼は、他の魔族とは違う。)  ワイスは、健蔵にだけは心を許している。それは間違いない。 (もしや・・・。とにかく調べてみる必要があるな・・・。)  グロバスは自分の頭の中に浮かんだ考えを、立証しようと思っていた。  神魔王グロバス。全てを知るために動き出したのである。  プサグルでは、嵐の後の静けさのような感じが残っていた。トーリスとツィリル そして、レイアの結婚式が終わった後、皆は、惜しまれながらも帰っていった。ジ ュダとネイガ、赤毘車は、魔族への牽制も兼ねて、最前線に張っていると言うキャ ンプへと戻って行った。ただ牽制してるだけでは無く、もちろん実力アップも、す るつもりらしく、3人で特訓をしながらの事らしい。  グラウドは、息子のサイジンに別れを言いつつも、自宅のパーズに帰っていった。 エルディス一家は、一回ガリウロルの実家に帰って、結果の報告と、最近の情勢を 調べるつもりらしい。ストリウスの「聖亭」を留守にしているレイホウは、娘であ るミリィを励ましつつも、この地を後にした。サルトラリアも、いつまでもギルド を空ける訳には行かないと言う事で一緒に帰っていった。  そして、ルース一家とレイリーは、引き続きライルが継いだとされる、ルクトリ アの復興作業に取り掛かるつもりらしく、ルクトリアへと帰っていった。娘のツィ リルは、トーリスに一任するつもりだった。結婚した以上、いくら可愛い娘であっ ても送り出さなければいけない。その辺の考え方は、キッパリしていた。ライルへ の良い土産話になると本人は話していた。  そして、フジーヤとルイシーもこの地を後にした。今、ライルを助けられるのは、 自分しか居ない事も分かっているからだ。フジーヤは、ルクトリアに向かうようだ。 ルイシーは、レイアの両親を送って、プサグルの自宅へ寄ってから、ルクトリアに 向かうようだ。  このプサグルに残ったのは、ジーク達パーティーと、当然プサグルの主であるヒ ルト達、そしてこの地に、もう少し興味があるので見て行くと言った、ドリーとド ラムの龍の親子くらいであった。  トーリスとツィリルは、皆とは別の部屋に入って休んでいた。あの結婚式の後か ら、ツィリルは、どことなく嬉しいのだが、悲しい表情を見せるようになっていた のだ。トーリスは、何故そんな顔をするか分かっていた。レイアの事だ。あの結婚 式は、もちろんツィリルにとっては忘れられないし、嬉しかったのだろう。しかし、 レイアはあんな形で成仏してしまった。トーリスのレイアへの気持ちを考えると、 自分は意味があるのだろうか?そして、こんな形で結婚して許されるのだろうか? と考えてしまうのだろう。 「ツィリル。元気を出すのです。」  トーリスは、限りなく優しく声を掛けてやる。トーリスだって、悲しくない訳じ ゃない。幼馴染の本当の別れを済ませたばかりなのだ。しかし、ツィリルをこれ以 上、蔑ろにする訳にはいかない。 「センセー・・・わたし・・・。良いのかな?」  ツィリルは、まだ迷っているようだった。 「ツィリル。レイアに気を使うのは間違いですよ。」  トーリスはツィリルの頭を撫でてやる。 「でも!」  ツィリルは、どうしても拭う事が出来ない。 「良いですか?レイアは、私達に未来を託したのです。もちろん、私もレイアの事 を忘れることなんか出来ませんが、これからの人生をツィリル。貴女と共に、生き て行く事を誓ったのです。レイアも分かってくれますよ。」  トーリスは上空を見つめていた。その顔は、狂っていた時の顔とは、比べ物にな らないほど晴れやかであった。ツィリルは嬉し涙を零してしまう。 「悩んでいるなんて、わたしらしく無いもんね!」  ツィリルはニパッと笑う。この笑顔こそ、ツィリルの良い所だ。 「センセー。わたし幸せだよ。」  ツィリルは、トーリスに飛びっきりの笑顔を見せる。 「私もですよ。ツィリル。」  トーリスも、それに応えるように笑顔で返した。そして、自然と肩を抱きしめて、 口付けをしてやった。ツィリルは少し強張ったが、受け入れていた。 「さぁ、皆が待っています。そろそろ顔を見せましょう。」  トーリスは扉へと向かう。ツィリルは、それに付いていった。  トーリスと、ツィリルが扉から出ると、外には、いつものメンバーが待っていた。 「お。出てきたな。トーリス。」  ジークは、待ち構えていた。 「おや?ジーク。ずーっと、待っていたのですか?」  トーリスは、少し恥ずかしそうだった。 「ああ。トーリスとツィリルを、待ってたんだよ。」  ジークは、そう言うと、二人の手を引いて案内する。  どうやら食事の間のようだ。二人は訳も分からぬまま付いて行く。 「ジークお兄ちゃん。どうしたの?そんなに急いで・・・。」  ツィリルは、不安がっていた。 「そんな不安がった声を出すなよ。ま、来てみれば分かるって!」  ジークは、そういうと扉を開けてやる。すると、そこには皆が集まっていた。王 のヒルト、そしてゼルバ、ディアンヌ。そして龍の親子も居た。そして、もちろん パーティーの皆、全員が居た。そして、真ん中にはケーキが置いてあって、食事も 豪華なものが置いてあった。そして「ハッピーバースデイ、ツィリル」の文字が、 あった。そう。今日はツィリルの誕生日だった。冒険をしてから、もう3ヶ月程も 経つ。すっかり自分の誕生日を忘れていた。 『結婚おめでとう!そしてハッピーバースデイ!ツィリル!』  皆は、声を揃えてツィリルを祝ってやる。 「うわぁ!みんな・・・ありがとう!!」  ツィリルは、つい嬉し涙を流してしまう。こんな嬉しい事が続いて、良いのだろ うか?と、ふと考えてしまう。 「実は、レルファが言い出した事なんだよ。」  ジークは教えてやる。レルファは、ちゃんと覚えていたのだ。 「ありがとう!レルファ!」 「な、何言ってるのよ。当然じゃないの。」  レルファは、少し照れながらもツィリルと両手で握手した。 「さぁ、ロウソクの火を消すネ!」  ミリィは、ニコヤカに言ってあげた。 「うん!」  ツィリルは、元気に答えると、ロウソクの火を次々と消していく。そして17本 全部消し終わった。  それが、合図でヒルトの合図と共に、料理が次々と運ばれてきた。ツィリルは、 ヒルトにとっても姪っ子である。可愛く無い訳が無い。結婚式の時は、少ししか手 伝えなかったので誕生日の時は、祝ってやろうと思ったのだ。 「うわぁ!これ、美味しい!」  ドラムも、すっかりはしゃいでいる。ドラムにとっては、見た事も無い料理が、 並べられている。ドリーは、はしゃぐドラムを暖かい目で見ていた。 「ジークさん。実は、頼みがあるのですが・・・。」  ドリーは、急に改まってジークを呼びつけた。 「俺にですか?何の用でしょう?」  ジークは、キョトンとしていた。ドリーから話し掛けてくるのは、珍しい事でも あった。ドリーは、はしゃぐドラムをチラッと見ながら頭を下げる。 「実は・・・ドラムを預かって欲しいのです。」  ドリーは、決意の眼差しをしていた。 「へ・・・ええ!?」  ジークは、一瞬何のことか分からなかったが、ビックリして目を丸くする。 「ちょ、ちょっと待って下さい。俺は、まだ未熟者ですよ。」  ジークは、信じられないと言った目付きをする。 「頼めるのは、貴方しか居ないのです。」  ドリーは、真剣その物の顔だった。 「一体どう言う事か、聞かせてもらえませんか?」  横からトーリスが来ていた。トーリスだけでは無い。皆も集まって来ていた。 「ドリーさん。私達の旅は普通の旅じゃ無いんですよ?」  レルファも心配そうだった。普段のドラムを知ってるだけに、魔族と闘う事にな る自分達に付いて行かせるのは、余りに危険だと思ったのだろう。 「龍の宿命だからです。龍は、満10歳になるまでに、親離れを終了させなければ いけません。あの子もすでに7歳です。そろそろ私から離れなければなりません。」  ドリーは厳しい目付きだった。いつの間にか、ドラムがこっちを見ていた。ドリ ーは、少し険しい顔つきになったが、ドラムの頭を撫でてやる。龍のしきたりの一 部なのであった。満10歳までに一人前になる事がである。 「とは言え、私もこの子の親。子供を、いきなり一人にさせるには忍びないのです。」  ドリーのドラムへの愛情は、端から見ても分かるくらいであった。 「しかし、あなた達なら任せられます。ドラムに世の中を見せてあげて下さい。そ して、あなた達のやっている事の意味を、見せてあげて下さい。」  ドリーは再度、頭を下げる。龍とは言え、親である。子供を預けると言うのは、 どれだけの覚悟が要るだろう。しかし、ドリーは頭を下げたままだった。 「・・・兄さん・・・。どうする?」  レルファも悩んでいた。ドリーの気持ちは分かるが、自分たちの旅の危険さも知 っているだけに、賛成し兼ねていた。 「ドリーさん。俺たちは、まだ未熟です。どれだけの事が出来るか分かりません。」  ジークは口を開く。ドリーは、まだ頭を下げていた。 「しかし・・・出来る限りの事はしたい。預かりましょう。」  ジークは、しっかりとした口調で言い放った。 「ありがとうございます。この御恩は、忘れません・・・。」  ドリーは一筋の涙を流す。 「ジーク義兄さん!決めますねぇ!」  サイジンは、ジークの背中をバンバン叩く。 「誰がジーク義兄さんだ!全く・・・。」  ジークは、サイジンの軽口に苦笑する。その横で、ドラムがキョトンとしていた。 「どうしたの?お母さん。泣いてるの?」  ドラムは、ドリーの涙が気になっているのだろう。 「泣いてなんか無いわよ?それより、ドラム?」  ドリーは、母親の目をしていた。子供に弱い所を見せまいとしていたのだ。 「明日から、ジークさんと一緒に行くのよ。」  ドリーは、諭すように言った。 「え?じゃぁ、レルファお姉ちゃんや、サイジンお兄ちゃんとも一緒に?」  ドラムは、顔が明るくなった。恐らく、多少しか理解してないのだろう。 「そうよ。たまには、お母さんが居なくなっても大丈夫よね?」  ドリーは、ドラムをジッと見つめながら言う。 「うーん。うん!お母さんこそ、大丈夫だよね!」  ドラムは、ニッコリ笑って答えた。素直な良い子である。だが、まだ甘えたい年 頃だと思う。それだけにジークは、多少心配だった。 「ふふっ。お母さんは大丈夫よ。明日から頑張るのよー?」  ドリーは、あくまで笑顔で会話していた。本当は、身が切られるような思いなの だろう。しかし、そんな素振りは全く見せなかった。 「何だか分からないけど、僕頑張るよ!」  ドラムは、力強く頷く。ドリーは、噴きだしそうになる涙を堪えていた。 「責任重大ですよ?ジーク。」  トーリスが冷やかした。ジークは乾いた笑いを浮かべるのが、せいぜいだった。  ルクトリアは、1日にして大きく傷ついた。やはり50年近く在位していた前ル クトリア王シーザーを失ったのは、大きな痛手だろう。しかし、戦乱期の英雄であ り、シーザーの息子でもあるライルが継いだ事により、活気がまた戻ってきたのも 事実である。逆にいえば、ライル以外では人は納得しなかったであろう。  ライルは浮世離れした性格だったため、自分は、あくまで一介の戦士である事を 貫いていた。シーザーも、それを承知していたので、自分の跡はプサグルへ行った ヒルトか、片腕として働いていたクライブ=スフリトに任せようと思っていた。だ が、魔界剣士である砕魔 健蔵にその思いは断ち切られてしまった。ルクトリア城 崩壊を見ていた人々は、ルクトリアの滅亡を予感していただろう。  それを防ぐためには、ライルが立ち上がるしか無かった。実績もあり、国を思う 気持ちも深い。そして、カリスマ性を備えた人物は他に居ないのである。  そのルクトリアも、ルースやフジーヤそしてアイン、レイリーなどの助力のおか げで、だいぶ立ち直ってきた。  とは言え、王の仕事は激務である。外交は、フジーヤに任せてあるが、内政だけ でも色々考えなければ成らないことがある。国民の不満や要望を集め、それを改善 する策を考えると言うのが、これほど難しいとは思わなかった。父親の苦労が、今 になって身に染み始めていた。だが、ライルとて、まだ41歳である。もう少しで 42歳になるが、これくらいでヘコタレはしない。  だが、さすがにトーリス達の結婚式には行けなかった。妻であるマレルも行きた がってただけに、残念だった。しかも、その間は、ルースやアイン、レイリーが来 賓として行ってしまったのだから、仕事で休む暇が中々見つからなかった。  そのルース達が先日帰ってきた。その顔は、納得している父親の顔があった。 (レルファも、ツィリルと同い年か・・・。)  つい自分の2人の子供達の事を考えてしまう。 「浮かない顔をしているな。ライル。」  ルースが、仕事を終えたのか話し掛けてくる。 「当然だろう?忙しいし、何よりも考える事は、いっぱいあるさ。」  ライルは、ジーク達の様子をルースから聞いていたので、安心ではあったが、気 にならない訳は無かった。しかも、あのジュダ達が、神々の力を見せた事も教えら れたので、自分が、その場に居なかった事を悔やんだ。 「しかし、皆、実力が上がっているみたいだし、俺も負けられんな。」  ライルは、つい剣士の目に戻ってしまう。 「不謹慎な王だ。だが、それでこそライルだ。」  ルースは、ニヤリと笑う。ライルは、王になった今でさえ、毎日3回のトレーニ ングは欠かしていない。激務の中行うのだから、大した根性である。と言うより、 やらないと落ち着かないと言う事だから、身に染み付いている事である。  話している内に、城門の方が騒がしくなってきた。 「騒がしいな。行ってみるか。」  ライルが、そう言うとルースは頷いて城門の方へと向かった。  城門に着くと、兵士達が集まって困った顔をしていた。何やら、その中心に誰か 居るようである。 「今、王は忙しいんだ!頼むから帰ってくれ!」  城門の兵士が頭を抱えている。何やら、その人物を押さえようとして、失敗した のか、伸びてる兵士も何人か居た。 「どやかましい!あんた達じゃ相手にならないんだから、英雄にお相手してもらう しかないじゃないの!違う?」  どうやら、女性のようだが、妙に気が強い。 「王は激務なのだ!それに天下の英雄にお相手してもらおうだなんて、頭が高い!」  兵士は、何度も諭そうとしていた。 「ぬあんですってぇ!?よわっちぃくせに、よくも言ったもんねぇ。」  女性は、剣を抜いた。良く磨かれて手入れされている剣だ。しかも伸びてる兵士 達から血が流れてない事を見ると、相当、手加減して戦っている事も分かる。 「我がルクトリアの精鋭を、よわっちぃとは何事か!」  兵士は頭に血が昇ったらしく、剣を抜こうとしていた。 「何をしている!」  ライルは、呆れたように叱咤した。その瞬間、兵士達はモーゼの十戒の如く、道 を開ける。女剣士は・・・それに従わなかった。大口叩くことだけはある。 (こんな大げさに、道を開けなくても良いんだがな・・・。)  ライルは、少し恥ずかしかった。 「へぇ。貴方が、ここの王様で、かつての英雄ライル様?」  女剣士は、値踏みするようにライルを見る。こういう目で見られるのは、久し振 りだ。ライルは久し振りにウキウキしていた。剣士として、自分を見てくれるのは、 今のライルにとって嬉しい事だ。ルースは、それを見抜いていたので、苦笑する。 「どう言われてるか知らんが、今は、ここの王をしているライルだ。」  ライルは、ニヤリと笑う。この女剣士の度胸を買っていた。 「私は、トレジャーハンターのルイ=コラット。」  女剣士は名乗りを上げる。これだけの兵士を前に、堂々と名乗りを挙げるのだか ら、大した物だ。 「ほう。トレジャーハンターが、俺に何の用だ?」 「ふふっ。愚問よ。トレジャーハンターとして生計を立てるには、何よりも名を上 げるのが、重要な事!チマチマした事は、私は嫌いなの。そこで、英雄さん!勝負 をしてくれない?手っ取り早いでしょ?」  ルイは豪快に笑う。何とも、短絡的で無鉄砲だが、ライルは、こう言う申し込み は、嫌いでは無かった。 「お、王に向かって、何たる口の利き方!!」  兵士達は、殺気立つ。尊敬してる王がコケにされてると思っているのだろう。 「止めておけ。お前らじゃ、この女性には勝てんよ。・・・ところでルイさん。一 つ聞いて良いかな?」  ライルは、兵士達を制すると前に出た。 「何?聞くわよ。」 「フム。いや、大した事では無い。今になって、何で俺に勝負を申し込んだんだ?」  ライルは尋ねた。確かに変な話である。別にライルなら、堂々と中央大陸の家に 住んでいたのだ。この女性はまだ若いとは言え、18歳は超えているように見える。 別に今で無くても、良い様な気がしたのだ。 「ふっふっふ。良い所を突くわね。しかし、それは分かりきった事!あなたの家が 分からなかった!!だから行けなかったのよ!」  ルイは指で明後日の方向を差して決めポーズをした・・・つもりだったのだろう が、決まったようには見えなかった。 「・・・俺の家、別に難しい所にあった訳じゃ無いんだがな?」  ライルは、呆れていた。中央大陸の馬車で修道院前まで行けば、すぐの所にある はずなのだが・・・。 「そんな事、分かる訳無いでしょう?自慢じゃ無いけどね。私は、実家のプサグル の家から、ここに来るまで1ヶ月も掛かった女よ!」  要するに、恐ろしいまでの方向音痴と言う事だった。ここまで1ヶ月も掛かるは ずが無い。 「本当に自慢じゃ無いな・・・。」  ライルは、リズムを狂わされたのか、頭を抱える。しかし、この魔族が徘徊する 世の中で、ご苦労な事である。 「途中、パーズとか言う所と、バルゼとか言う所に着いたわ!しかし、諦めずに、 ここまで来たのよ!」  ルイは大威張りで話しているが、褒められた話では無い。 「その自信は、どこから来るんだか・・・。」  ライルは、溜め息をついた。 「とにかく、ここまで来たからには勝負よ!!」  ルイは、剣を抜く。 「何が、ここまで来たからにはだ!」  横から喧しい声が聞こえた。ライルは、また頭を抱える。 「凄い騒ぎだなぁ。」  アインと、レイリーであった。どうやら騒ぎを聞いて駆けつけたのだろう。  レイリーは、ルイを睨み付けて前に出る。 「何よアンタ。見たところ兵士じゃ無さそうだけど?」 「フン。ライルさんに挑戦しようなんて10年早い!この俺様と勝負してから、言 うんだな!このレイリー=ローンは、一味違うぜ?」  レイリーは背中から刀を抜く。レイリーは、忍刀を主に使用するので、背中から 抜くのが、いつものスタイルなのだ。 「少しは出来るようね・・・。アンタでも良いわよ。」  ルイは、レイリーの実力を一目で見破った。この頃、レイリーはメキメキ力を付 けて来ている。兵士を軽くあしらったルイでも、レイリーは、そう簡単には倒せな いだろう。ライルは、そう思ってか2人の間に入る。 「まぁ待て。レイリー。俺が、ルイさんの相手をするから待ってろ。」  ライルは思う所があった。 「ライルさん。別に、ライルさんの手を煩わせるまでも無いっすよ?」 「ハハッ。そう言うな。後で、たっぷり稽古してやるから。」  ライルは、レイリーを制した。 (なる程な。ライルの奴。)  ルースは悟っていた。レイリーと、ルイは見た所、大した実力の差は無い。この まま闘っていれば、エキサイトし過ぎて、どちらかが倒れるかも知れないと判断し たのだろう。ライルは、ルイが倒れるには、もったいない逸材だと思ったのだ。 「分かりましたよ。そこまで言うのなら、引きますよ。」  レイリーは、ライルに、この場を譲った。 「フフン。命拾いしたわね。さぁ、英雄さん。勝負よ!」  ルイは収めた剣を、もう一回抜く。 「まぁ待て。おい。アイン。これを持ってろ。」  ライルは自分の剣を、アインに手渡すと、ルースが用意していた木刀を受け取る。 ルースはライルが、この木刀で闘うだろうと言う事を予想していたようだ。 「ま・・・まさか、この私相手に、その木刀で闘おうってんじゃ?」  ルイは声を震わせる。 「ん?悪いか?」  ライルは、事も無げに返答する。さすが余裕である。 「舐められた物ねぇ。この私も・・・。」  ルイは、コメカミに怒りの筋が立っていた。 「君は、何か勘違いしているようだな。木刀だと力が発揮出来ないと誰が決めた?」  ライルは、木刀でダランと手を下げる。 (出たな。「無」の型だ。)  ルースは、冷や汗を流す。何も構えてないように見えるが、あの形から流れるよ うな斬りを繰り出して来る事を、ルースは知っている。 「そ、それが構え?好い加減にしろっての!!」  ルイは、やや中段の構えをとって、ライルを斬ろうとした。しかし、いきなり動 きが止まる。 (な、何!?何よこれ!?)  ルイは、ビックリした。ライルが大きく見えたのである。しかし、ライルは何も していない。それ所か、ライルが動いて無いのに、斬られた感覚に陥った。 (3回斬られた!?・・・な訳無い・・・。いや、でも今確かに・・・。)  ルイは、戸惑っていた。こんな感覚は初めてである。 「3回斬られたと思ったか?」  ライルは、ニコッと笑う。ルイは鳥肌が立った。 「・・・どうして分かるのよ?」  ルイは、気丈に言い返すだけで精一杯であった。 「俺が闘気のイメージを飛ばしたからさ。どうやら君にも多少は見えるようだな。」  ライルは、闘気を密かに放っていたのである。しかし、まだ周りの目に見える程 じゃない。それでも気が付く辺り、ルイの実力が無い訳じゃない。それに気付かず に来た相手を、ライルは、いつも一撃で仕留めている。 (何て相手・・・。さすがは英雄・・・。)  ルイも、ライルの実力を知らない訳は無い。しかし、予想以上とは思っていた。 「こうやってても面白く無いな。なら、俺から近づこう。」  ライルが、近づくとルイは、ライルが更に大きく感じた。 (迷いが、そう見させているのね。)  ルイは頭を振るとライルを良く見つめる。そして、突っかかって行った。 (相手は所詮木刀!私の鋭い振りに耐え切れるはずが無い!折れば勝てる!)  ルイは、愛用の剣を3連続で繰り出す。ライルは、それを2回は体を少し動かす 事で避けた後、3回目は、何と木刀で受け止めて見せた。 「そ・・・そんな!?」  ルイは我が目を疑った。自分の剣の切れ味は知っている。その剣を木刀で受け止 めるなんて、信じられない事だった。しかし、木刀に注目してる内に、その答えが 分かった。木刀からライルの闘気が溢れ出ていた。ライルは、木刀に闘気を込めて 受け止めたのである。 (す、すごい・・・。)  ルイは、素直にライルの凄さを認めた。とても普通の人間に出来る芸当では無い。 「君が生きてきた世界では、負けた事が無かったんだろうな。だが、君は、まだ伸 びる。そのためには、負けを知るのも、また勉強だ。」  ライルは、静かに言い放つ。 「私が、負けるなんて・・・決め付けないでよ!」  ルイは、冷や汗を流しながら、剣に自分の想いを込める。それが、闘気に繋がる 切っ掛けだと言う事に、ルイは気が付いていない。 「フッ。君を見てると、昔の息子を思い出す。不思議だな。」  ライルはジークを思い出していた。ジークも、負けず嫌いで、いつも強くなるた めに、ライルに向かっていったものだ。 「思い出話に浸ってる場合!?」  ルイは、馬鹿にされたと思ったのか、剣に闘気を込めながら、突っ込む。気合の 入った良い一撃である。  ルイは、道場でも常に一番だったし、彼女の師匠ですら、敵わなかった。そして、 トレジャーハンターとなってからも、方向音痴のせいで迷いはしたが、戦闘で遅れ を取った事は一度もない。 (その私が負ける!?そんなはずは無い!) 「はぁぁぁ!!普天(ふてん)流、『砕天撃』!!」  ルイは、プサグルの北の方に伝わる普天流の免許皆伝者だったらしい。迷いを無 くすために、己を磨く剣術だとライルは記憶していた。 「面白い。受けて立つぞ!」  ライルは、ルイの放つ同時に左右からの2段斬りを木刀の先で突き返す。  バシィ!!  その瞬間、ライルの姿が消えたと思ったら、ルイは吹き飛ばされていた。ルイの 防具の付いてる腹の部分を狙って吹き飛ばしたのだ。見えない程の袈裟斬りだった。 「不動真剣術・・・袈裟斬り『閃光』!」  ライルが言い放つと、ルイは、体を起こすが、思うように体が動かない。 「くぅ・・・。」  ルイは、それでも立ち上がろうとする。大した闘志である。 「・・・私の・・・負けか・・・。」  ルイは、素直に認めた。それ程ライルは凄かった。ライルはニコッと笑う。 「最後の斬りは、中々良かったぞ。」  ライルは、木刀をルースに手渡す。 「こんな事で、ヘコたれる私じゃない!見てなさいよ!追い越してやるんだから!」  ルイは起き上がり様、既にこんな事を言う。凄い負けず嫌いである。思わずライ ルも、ずっこけそうになった。 「だいたい、私はまだ20歳・・・。そうよ。この差は大きいわ!」  滅茶苦茶な理屈である。 「はっはっは!歳を重ねた英雄は、熟練した技を持っているようね!だが、同世代 なら、私は負けないのよ。貴方が40年くらい掛けた強さを、私はもっと早く身に 付けて見せるわ!見てなさいよ!」  ルイは、勝手な事ばかり言っていた。 「説得力ねぇなぁ・・・。俺、相手にしなくて良かったぜ。」  レイリーですら、呆れていた。 「ふふん。貴方なんか、今のままでも十分よ。」  ルイは、またふんぞり返っていた。腰に力が入ってないはずなのに、よくやる物 である。 (この気丈さは、皆も見習って欲しい物だな。)  ライルは苦笑する。まぁ、皆がこうだったら、それはそれで困るが・・・。  その時、ライルは、良い事を思いついた。 「ルイさん。君は今、同世代なら負けないって言ったな?」  ライルは、含み笑いをしていた。 「当然よ!こう見えても、普天流の免許皆伝を貰ってるのよ?」  ルイは、その証も見せていた。普天流に天才剣士が居ると言う噂を聞いたが、ど うやら彼女の事らしい。まぁ、確かにアインやレイリーより、今の所、しっかりし た形が出来ているし、強いだろう。 「ほう。なら、俺の息子に勝ってみな。」  ライルは、ニヤリと笑った。 「え?英雄さんに息子が居るの?」  ルイは、キョトンとしていた。そんな事、思い付かなかったのである。 「俺は、こう見えても早めに結婚してな。君と同じ歳の息子が居るぞ?」  ライルは、顎に手を掛ける。 「面白いわね。受けて立つわ!実力を試す良い機会よ!」  ルイは、さっきまでの痛みが、嘘のように、もう立ち上がっていた。中々現金な 体である。 「よぉし。今は、恐らく、ストリウスのギルド『望』って所に居るはずだ。君の言 ってる事が、嘘じゃ無かったら、やってみるんだな。」  ライルは、居場所を教える。最も、出会うまでに時間が、掛かりそうな感じはす るが・・・。 「フフン。この私を差し向けた事を、貴方は後悔する事になるわ!」  相変わらずの強気発言である。ルースは、ヤレヤレと両手を広げて呆れる。 「一応、手紙を書いてやる。その方が、話は早いだろう?」  ライルは、念の入った事をする。ライルは、嬉しそうに紙と筆を持って、手紙を 書き始める。 「てめぇも不幸な事だなぁ・・・。」  レイリーが同情していた。さすがのレイリーも、今のライルに敵わないのに、ジ ークと対決したくなかった。ジークは、この頃の魔族との戦いで、明らかにレベル アップしていた。この前一緒に訓練した時も、一本も取れなかった程だ。最も、そ のジークでさえ、赤毘車には5本に1本くらいしか取れて無かったが・・・。 「英雄の息子とは言え、所詮は他人よ!私にも勝ち目があると言う物よ。」  ルイは、ジークの強さを分かっていなかった。 「俺は知らねぇぞ。ジークさんは、ライルさんに勝って、不動真剣術を受け継いだ 程の人だってのに・・・。」  レイリーは、教えてやる。すると、ルイの顔付きが変わった。 「そうやって、私を撹乱する作戦ね?」  ルイは、信じようとしてなかった。 「本当だってのに。全く、付き合ってられないぜ。」  レイリーは、頭を掻きながら、復興作業の方に行ってしまった。 「よし書けた。んじゃ会ったら、これを渡せば、息子も快く受けてくれるだろう。」  ライルは、ルイに書簡を手渡す。ルイは自信満々で受け取る。 「ふっふっふ。ジークさんとやら、待ってなさい!私が倒してあげるわ!」  ルイは相変わらず、明後日の方向に指を差すと、善は急げとばかりに、何とスト リウス行きとは関係の無い馬車が出てる方向に向かっていった。 (恐ろしい程の方向音痴だな・・・。)  ライルは感心していた。ここまで来ると、芸である。 「さぁ、復興作業に移るぞ。」  ライルが、一声掛けると、兵士達は、また自分達の配置に戻っていった。 「おい。ライル。手紙に何て書いたんだ?」  ルースが聞いてきた。 「何てこたぁない。『俺は元気でやってるから、心配するな。その娘に訓練をつけ てやれ。強くなりたいそうだ。強さは、レイリーより少し上と言えば話は早いか?』 と書いてやった。」  ライルは、簡潔に話す。なる程。分かりやすい。最も、ルイは本気で行くだろう が、ジークは手加減する事だろう。 「また、楽しみな逸材が増えたと言う事か。」  ルースは、そう言うと、晴れ晴れとした空を見上げていた。  ジーク達は、色々思い出を残しながらも、プサグルを去った。魔族の襲撃が、い つ来るか分からないが、冒険をして、まだ見ぬ世界を旅しながら、レベルアップを 図ると言うのが一番効率が良いだろうと言う事になったのだ。せっかく、トーリス が戻ってきたのだ。色々と相談をして、より難しい依頼を、こなして行くと言うの も悪くない話だ。今のジーク達の力なら、かなりの事がこなせるはずである。  これで、ジーク、レルファ、サイジン、トーリス、ツィリル、ゲラム、ミリィに ドラムを加えた8人となった。正確には7人と1匹である。  野営をした一日目は、大変だった。ドラムが夜中に泣き出したからである。必死 に堪えているのが分かるだけに、皆も、その声を聞くのが辛くて、なかなか眠れな かったのだ。ドラムは気丈にも、皆に涙は見せなかったが、泣き声だけは聞こえて 来たのだ。 (ドラムちゃんたら、無理しちゃって・・・。)  レルファは、ついそう思ってしまう。ドラムが、一番懐いてるのが、このレルフ ァで次がサイジンであった。やっぱり最初に会った時の印象が大きいのだろう。  しかし、こんな子供でも、龍は龍である。炎を吐く事も出来るみたいだし、レル ファなんかより、力もある。普通の子供の力では無い。  しかし、さすがに、それから1週間程経つと、慣れて来たのか、グッスリ寝るよ うになった。最も助かったのは、ドラムでは無く、その声で眠れなかったジーク達 の方であったが・・・。  昨日の見張り番はトーリスであったから、尚更、安心であった。ジークは、結構 野営は得意では無いので、同じく得意では無いサイジンと見張り番を一緒にやる事 にしている。 「おはよう。センセー!」  トーリスが、見張りの時は、決まってツィリルが一番の早起きをする。 「起きましたか。ツィリル。」  トーリスは、優しい眼差しで、こちらを見る。今は、それだけでは無い。結婚を して、10日近く経つので、トーリスもツィリルを妻として見始めている。ツィリ ルは毎朝、トーリスとレイアに想いが届くようにお祈りをしている。ツィリルは、 そうする事によって、レイアの想いも、トーリスに伝わるだろうと思っている。そ うする事が、同時に結婚をした定めだとも思っている。  今日も欠かさずにお祈りをした。ツィリルもトーリスも、この時は真剣であった。 (レイアさん。わたしが幸せになるのは、レイアさんのおかげだからね。忘れたり しないんだから!!)  ツィリルは、その想いを必ず毎朝伝えている。 「ツィリル。毎朝の事ながら、礼を言いますよ。そして、貴女を幸せにする事を、 私は約束します。」  トーリスはツィリルの手を取ってやる。そして、お互いの想いを確かめ合った所 でお祈りは終了する。 「相変わらず、早いのねー。」  横でレルファが見ていた。さすがに恥ずかしくなった。 「人が悪いですよ。レルファ。他の皆さんは起きてますか?」 「邪魔して悪かったわねぇ。皆は、まだのようよ。」  レルファは、からかうような口調で言うと、周りを見渡した。 「サイジンと兄さんは、相変わらず寝起きが悪いからね。」  レルファは頭を抱える。毎朝、この2人は寝覚めが悪い。恋人と兄の情けない所 でもある。すると、良い匂いがしてきた。 「あれ?ミリィさん起きたの?」 「今起きた所ヨ。眠いネ。」  ミリィは、寝惚け眼で着替えだけは済ませていた。しかし、朝食を作ろうとする 辺り、根っからの料理人なのだろう。 「ふわぁぁぁ〜あ。あれ?早いなぁ〜・・・。」  ゲラムも匂いに、つられたのか目を擦りながら起きたようだ。 「・・・みゅ〜?」  横の方で、まだ寝ぼけているのはドラムのようだ。寝る時は龍の姿だが、起きる とムクムクと人間の子供の姿になる。 「おはよう!ゲラムとドラム!」  ツィリルは、明るく挨拶する。 「名前似てるなぁ・・・。おはよう。ツィリル姉ちゃん。」  ゲラムは、毎度の事ながら気になるようだ。 「おはようございまーーす!」  ドラムは、無邪気に挨拶をする。どうやら完全に起きたようだ。しかし、ジーク とサイジンが、まだだった。もう日差しも出てきて、起きても良い頃合だが、気付 かないのだから、余程眠いのだろう。 「んもう!起きなさいよ!サイジン!」  レルファが、サイジンの耳元で怒鳴ると、サイジンは飛び起きる。さすがレルフ ァに言われると、この男は早い。 「はっはっは!これは、皆、起きてるようですな!快晴快晴!!」  サイジンは朝っぱらから大きな声を出す。相変わらずである。 「・・・うるさいなぁ・・・。ふぁぁ〜あぁぁ。」  ジークは、サイジンの馬鹿でかい声で起きたようだ。 「何が『うるさいなぁ』よ。もう日差しが、上がってきたわよ。」  レルファは腕を組んで怒る。 「そんな時間?・・・むー・・・。」  ジークは、まだ寝惚けているようだ。 「寝惚けていると、朝食作らないヨ?」  ミリィは、作りながら冗談を言う。するとジークは、目がパッチリ開く。 「そんな事、言わずに頼むよ。ミリィさん。」  ジークは頭を掻きながら、着替えを済ませていた。どうやら完全に起きたようだ。  しばらくして、ミリィは、山菜と昨日捕まえてきてある鴨を使って、簡単に朝食 らしき物を作ってしまった。さすがは『聖亭』の一人娘である。 「皆、食べると良いネ!」  ミリィは、皆が美味しそうに食べてるのを見るのが好きなのだ。根っからの料理 人とは、こう言う物なのだろう。特にジークには、美味しい思いをしてもらいたい のが本音だろう。レルファもサイジンとの仲は進んで来てるし、ツィリルは、あっ という間にトーリスと結婚してしまった。自分は、ジークの事が好きなのだが、中 々、仲が進展していないのが現状である。  とは言え、ジークも、この頃ミリィの事を意識しだしてるのは事実である。だが、 不器用なので、顔に出す男では無いので、そんな素振りは見せなかった。  食べ終わって、器代わりにしていた葉っぱを処理していたら、何か足音が聞こえ てきた。なにか獰猛な動物のような足音である。 「何だ何だ?」  ジークは多少、警戒態勢にはいる。しかし、プサグルとストリウスの間にある森 など、中々魔族は気付かないと思うが・・・。  そう思っていたら、どうやら人間のようだ。しかし、お腹を空かせているのか、 目に焦点が合っていないようだ。 「うう・・・。水ぅぅぅぅ〜・・・。」  こうなると、行き倒れに近い。どうやら女性のようである。 「・・・放っても置けないなぁ。しょうがない。俺の干し肉でも分けるか。」  ジークは、頭を掻きながら、その女性に近づく。 「・・・誰?」  その女性は、こちらに感づいたようだ。その女性は女剣士だった。 「いや、貴女が、随分とお腹空かせてるようなので、こんな物しかないけど、どう かなと思ってね。」  ジークは、干し肉を女性に見せる。すると、女性はゴクリと喉を少し鳴らしたが、 プライドが高いのか、断るような仕草を見せた。 「・・・うう・・・。」  とは言え、体が言う事を効かないようだ。 「無理しなさんな。別に困ってるわけじゃないし。ほら。」  ジークは、その女性に投げ渡す。すると、凄い勢いで干し肉を平らげる。本当に お腹が空いていたのだろう。 「ふう・・・。一応礼は言うわ。だが、勘違いしないでよ。頼んだ訳じゃあないの よ?」  中々気丈な事である。ジークは、その様子が可笑しくなったのか、笑ってしまっ た。こんな気の強い女性が居たとは思わなかった。  その女性とは、もちろんルイの事だった。結局プサグルに着いてしまい、その後、 全速力でストリウスに向かったが、明後日の方向に行ってしまったのだが、途中の 道で迷っていた所である。 「何笑ってるのよ!くっそぉ・・・。」 「いや、ごめんごめん。」  ジークは素直に謝った。普通は反対だろう。 「貴女失礼ネ!ジークが、善意で食料分けたんだから、お礼言うべきヨ!」  ミリィが癇に障ったのか、反論してきた。 「フン。頼んだ訳じゃ・・・ってアンタがジーク?」  ルイは、ジークを見る。良く見ると、確かにライルに似ている。 「え?俺に、何か用があったのか?」  ジークは、キョトンとする。 「なるほど・・・。この私の勘も衰えて無かったようね!ここであったが100年 目って奴よ!こんなに早く出会えたのも天が私に与えたチャンスのようね!」  ルイは、捲くし立てる。ジークは、何が何だか分からない。 「私の名はルイ=コラット!いざ勝負よ!!」  ルイは、剣を抜く。 「ちょ、ちょっと待てよ。何の事?」  ジークは、全く理解できなかった。せっかく助けた相手が、いきなりここで会っ たが100年目じゃ、訳分からないのも当然だろう。 「焦れったいわね。しょうが無い。アンタのお父さんからの、手紙を見せれば良い のね。全く、梃子摺らせるんじゃ無いわよ。」  ルイは、渋々ライルからの手紙を見せる。 「これは・・・確かに父さんの字・・・。フムフム。」  ジークはライルが何を言いたいのか、何となく分かった。この女性の力を試して 欲しいのだろう。確かに目に力のある女性だ。 「これで分かったようね!私のトレジャーハンターとしての稼ぎが掛かってるんだ からね!悪く思わない事ね!!」  ルイは高笑いすると、剣を抜く。 「・・・ルイさんって言ったっけ?一つ疑問何だけどさ。」  ジークは、ルイの自信たっぷりの様子を見て、ふと思いつく。 「ふふん。命乞いなら受け付けないわよ。」  ルイは、もう元気になっている。行き倒れになりそうだったばかりだ、と言うの に現金な体である。 「いや、トレジャーハンターって言うけどさ。何で、プサグルとストリウスの、こ の位置に居るの?ルクトリアの道から随分離れてるんだけどさ。ここ。」  ジークは、痛い所を突く。ルイが、極度の方向音痴な事を知らないのだ。 「うるさいわね!私は目的地に着くまで何ヶ月掛かろうと、敵に遅れを取った事は 無いわよ!」  ・・・答えになってない。 「もしかして、方向音痴なのカ?」  ミリィは、核心を突く。すると、ルイは動きが止まる。 「ふ、ふふん。方向音痴とは、人聞き悪いわね!彷徨う天才と呼びなさい!」  頭が混乱しているのか、言ってる事も変になってきた。 「・・・まぁ良いや。んじゃ、早速試合するか。」  ジークは、これ以上頭が痛くならない内に、始める事にした。 「レルファ。これ持ってて。」  ジークは怒りの剣を手渡す。そして、トーリスからもらった魔法剣を抜くと、そ の辺にあった丈夫そうで少し長い枝を切り落とす。そして、魔法剣を収めた。 「・・・何のつもりよ。まさか、それで闘おうってんじゃ?」  ルイは、怒りに震えていた。 「父さんが、木刀で闘ったらしいからね。俺が剣じゃ継承者とは言えない。」  ジークは剣士の目になる。こうなると、例え枝を持っていようとジークは怖い。 「親子揃って、同じような事をやるのね・・・。でも、甘く見過ぎよ!!」  ルイは、剣を中段に構えると、ステップの良い斬りを繰り出す。中々の早さだ。 しかし、ジークは無駄な動作無く、避けていた。 「なるほど・・・。普天流の、かなりの腕だね。」  ジークは、これだけの仕草で見抜いていた。昔、交流試合に行った事があったの を思い出したのである。その時は、ルイは入門したてで、代表に選ばれて無かった のである。 (これだけの動作で、見破るなんて・・・。)  ルイは恐怖を覚えた。同時にジークが20歳で、これほど極めている事に嫉妬を 覚えた。自分より強い者が居る。それも同年代でと言うのが、許せなかった。 「負けない!負けるはずが無いわ!!」  ルイは死角からの剣や、2段突きまで見せたが、ジークは枝で受け止めたり無駄 の無い動きで、避けるばっかりだ。 「ルイさん。貴女は、剣術に頼り過ぎている。そして、その天才だと言う自負に振 り回されている。それでは、俺には勝てないよ。」  ジークは、ズバリと物を言った。その通りなのである。確かに、普天流を全て身 に付けている、その腕も素晴らしい。将来見るべき物があるだろう。しかし、まだ 殻を抜けていない感じがした。それは、ジークが継承者を継ぐ前に似ていた。ガム シャラに突っ込んでいた時期にだ。ライルも、それが言いたくて、ジークに闘わせ てみたのだろう。 「私は、普天流に、この人ありと言われたルイ=コラットよ!ソクトア一のトレジ ャーハンターに、なるべく生まれて来たのよ!」  ルイは、どうしても頭で納得出来ないようだ。 「仕方が無い。」  ジークは、ルイの剣を柄を引っ掛けるように弾き飛ばすと、その瞬間、とてつも ない闘気を見せた。それは、ルイの目にも明らかに映っていた。ルイは、汗がダラ ダラと流れる。それは自ら敗北を認めた証であった。 「・・・何て奴・・・。私の負けのようね。」  ルイは戦意を削がれた。悟ったのだ。今の自分では、天地がひっくり返ったとし ても、このジークには勝てないと言う事をだ。 (私に似てるネ・・・。チヤホヤされて、舞い上がってた私ニ・・・。)  ミリィは、そう思った。思えばジークとの最初の思い出は対決だった。あの時、 ミリィは棍を持てば、絶対負けない自信があった。しかし、心を折ったのがジーク だった。しかし、不思議と悔しく無かった。それほど凄い強さなのだ。ジークは。 (追いつきたいと思いながらここまで・・・。追ってきたのよネ。)  ミリィは苦笑する。それが、ジークへの想いの最初だったからだ。 「さすがは、英雄の息子だけあるわ。どうやら、ソクトア一のトレジャーハンター に成るためには、越えなければならない壁があるようね。」  ルイは、素直に負けを認めた。これほど完敗なら、そう思っても不思議では無い だろう。戦意を削がれるなど初めての経験だった。 「よし!決めた!アンタを倒すまで、アンタに付いてくわ。」  ルイは、ジークを睨む。 「な、な、何言ってるヨ!勝手に決め付けない事ネ!」  ミリィは、真っ先に反論した。 「ふふん。私のしつこさを思い知るが良いわ!!」  ルイは、意味なく指を明後日の方向に向けて、決めポーズをする。 「・・・止めても無駄そうですなぁ・・・。」  サイジンは呆れた。ライルも、これが分かっていて、ルイを差し向けたのだろう。 「私は反対ヨ!」  ミリィは口を尖らす。こんなに反対するのも珍しい。 (ルイは、絶対、今のでジークに惚れたネ!冗談じゃないヨ!)  ミリィは分かっていたのだ。自分が、そうだったようにルイが、ジークを気に入 り始めていると言う事がだ。 「ミリィさんには悪いけど、強引に引き止めるってのは私の性には合わないので、 まぁ、旅の仲間が増えたと思って・・・。」  トーリスは、無責任なことを言う。というよりトーリスも、半分諦めていたのだ。 「ミリィさんゴメンねぇ。わたしじゃ止められないよ・・・。」  ツィリルも、申し訳無さそうにミリィに謝る。 「ふう。兄さんが、モテるなんて初めて見たわ。私も無理みたい。ミリィさん。」  レルファも、手を合わせて謝罪する。 「・・・一体どうなってるんだか・・・。」  ジークは、放心寸前だった。何やら自分の事で、ルイとミリィが言い争ってるっ て事くらいしか見えてなかった。 「貴女も、しつっこいわねぇ。ジークは、私に敗北を認めさせた男よ?私が倒さな きゃ行けないんだから、引っ込んでくれる?」  ルイは、きつい事を言う。 「な、何言ってるネ!そんな事言っテ!ジークに手を出したら私が許さないネ!」  ミリィは、珍しく燃えるような目をしていた。 「貴女、ジークの何よ?恋人でも無さそうだし。」  ルイは容赦が無かった。 「大切な仲間ネ!それを守ろうとして、何が悪いカ!?」  ミリィは、一歩も引かなかった。 「・・・ミリィさんって、こんな性格だったっけ?」  ゲラムは、おっかなそうに、レルファに尋ねる。 「ちょっとヒートアップしてるけど、素が出てるだけよ。」  レルファは、冷や汗を掻いていた。皆、さっさと進んでいるが、3人だけ言い争 いをしながら、付いて来た。  ドラムは、それを楽しそうに見つめながら笑っているのだった。  パーズとルクトリアの国境の近くに、樹海と言えるほどの森がある。緑豊かなソ クトア大陸ならではの大自然である。だが、同時に大自然と言うのは、慣れない者 達にとって、大きな脅威にもなり得る。  人々が、この森ではぐれたら、生きて帰れる保障が少ない。なので、自然とこの 森は「迷いの森」と言う別名を戴いていた。何せ羅針盤が効かない。その上、樹木 も色んな方向に年輪が向いてるせいで、方向が全く分からなくなる。さらに、この 樹海は、とてつもない広さも災いして、同じような景色が広がっている。それにも 増して、ここの木は一本一本が、とてつもなく大きい。「迷いの森」と言われても 仕方が無い事だろう。  ただし、それは知らない者が踏み込んで来たのみの事であって、外敵が少ない分、 多くの生き物の住処にもなっていた。そして、そこには、色々な動物だけでなく、 自然界の不思議が詰まっていたのである。  その「迷いの森」を歩いている人間が居た。足取りはそう重くもない。寧ろ、こ の自然を好んで歩いている様子である。しかし、まだ幼い女の子のようにも見える。 だが足取りは、しっかりしていた。  そこに、自然界の不思議が迫って来ていた。ここは妖精の住処になっていたので ある。妖精は、人間と接触することを嫌う。かつて妖精は、ソクトアの至る所に居 たが、人間達の進出により深い森の中に追いやられてしまったのだ。最も妖精達は、 それを憎んではいない。時代の流れだと諦めている。しかし、一部の妖精は人間に 捕まえられて見世物にされていると言うので、それが我慢出来ないのだ。仲間意識 の強い妖精達は、その行為を忌み嫌っているのだ。  そこに女の子が迷い込んで来た。妖精達にとって、警戒すべき事ではあった。い つものように、視界を錯覚させて迷わせるように仕掛けようと思っていた。そう。 「迷いの森」は、時に故意によって迷わされる時があるのだ。その能力を妖精は、 持っていた。妖精の中でもフェアリーと言う種類は、その能力が抜群に高いのだ。 主な妖精の種類の中で、エルフ族とフェアリー族がいる。その内フェアリー族は、 魔力が非常に高く、幻惑させる能力を持っている。エルフは魔力も然る事ながら、 力も弱くないし、中には闘気を極めた者まで居る。魔族にすら、引けを取らない能 力の持ち主も居ると言う事で、妖精達の纏め役をこなしている。  フェアリー達は、女の子なので哀れだとは思ったが、迷わせる事にした。自分達 の存在が、外に知られるのは防ごうと言うのだろう。  しかし、その女の子は全く幻惑に掛からなかった。寧ろ、妖精の住処に真っ直ぐ 向かっていた。 (おい・・・。まずいぞ。)  フェアリーの男達が、声を揃えて警戒し始めた。  しかし、妖精の住処は、木にしか見えない幻惑の扉で閉まっている。それを開け るためには、ある特殊な事をしなくてはならない。 (さすがに扉の秘密は知らないでしょ・・・。)  フェアリーの女性も、集まって来て、その女の子の行動を見ていた。しかし、何 と女の子は、その手前の枝を下に引くと扉を開け始めた。見破っていたのである。 「そ、そんな馬鹿な!?」  フェアリーの男性は、思わず声をあげた。知っていなければ、出来ないはずの行 為だった。しかし、女の子は躊躇すること無く開けたのだ。 「・・・そなたは、誰ですか!?」  フェアリーの女性が尋ねる。フェアリー達は、美しいが戦闘能力は低い。かなり 怯えていた。 「まだ気が付かないの?私よ私!」  女の子は呆れていた。すると、人間の姿から美しいフェアリーの姿になる。 「あれ?もしかして・・・リーア!?リーアなの!?」  フェアリーの女性は、気が付いたようだ。十数年前に行方不明になっていた、リ ーアであった。もう人間に、捕まっていた物だと思っていた。 「思い出した?全くもう。」  リーアは、顔を綻ばせると、仲間達と抱き合った。 「心配したのよ!?」 「あはは。ごめんね。」  リーアは、素直に謝った。リーアは、今までの経緯を話した。今のソクトアには、 魔族が台頭していて、その影響からか、リーアは人間に転生してしまったので、あ の姿だったと言う事。そして心優しい人間達に出会った事をだ。 「俄かには、信じ難い話ね。」  仲間達は、素直に信じられないで居た。何せ今まで、人間達には苦汁を飲まされ る事の方が、遥かに多かったからだ。しかも、外界を知らない妖精達にとって、魔 族が迫って来ているなど、信じられる物では無かった。 「長に話すことね。長なら何か知っているかも知れないしね。」  フェアリーは我関せずと言った感じであった。やはり、外界と関わるのを極度に 恐れているのだ。 (このままじゃ駄目なのよ。いずれ魔族は、ここにも迫ってくる。)  リーアは、その想いが強かった。ここに住む人達の考えを変えなければならない。 人間と協力しなければ、いずれ、ここも滅びてしまうと思ったのだ。  リーアは、長の所に急いだ。妖精の長とはエルフの長の事である。長と言っても、 まだ若い。寿命が2000年近いと言われるエルフの中で、200歳の男が、エル フの長であった。実力が飛び抜けているからだ。  エルフの長は、一際でかい木の中にある家に住んでいた。リーアは、そのドアを ノックする。すると、厳しい顔付きをしたエルフが出てきた。髪の色は緑色で自然 の加護を受けたような色をしていた。その顔は一瞬にして優しい顔になる。 「リーアだな。お帰り。」  エルフの長は一発で見破った。さすが、さっきのフェアリー達とは違うようだ。 「ご心配をお掛けしました。エルザード様。」  リーアは、恭しく礼をする。このエルフの長の名はエルザード=ファリス。エル フの中でも最高位の力を持っていて、その力は魔族を凌ぐとも言われている。 「ふっ。君の行動は知っている。安心していたよ。」  エルザードは、何もかも見通しているようだ。さすがである。 「ならば、私の言いたい事も、分かるはずです。」  リーアは真っ直ぐとエルザードの方を向く。すると、曇った顔をした。 「君の言いたい事も、分からなくはない。しかし、時期尚早じゃ無いのか?」  エルザードは見通していた。リーアの言いたい事が何であるかを。 「いいえ。今、行動を起こさないと、大変な事になります。」  リーアは確信していた。やはり、ジュダ達に出会ったのは大きかった。 「竜神に会って来たのだな。あの御方は、確かに先を見通す力があるようだ。」  エルザードは、ジュダの事を知っていた。もちろん魔族達の行動もだ。 「しかし、魔族が狙っているのは、人間なのだろう?」  エルザードは、冷静な目をしていた。 「どう言う意味です?」  リーアは、真意を掴み損ねていた。 「我らが関する必要は無いと言う事だ。奴らが迫った時に対抗すれば良いだけの話 だ。妖精が、人間のために働くのは道理が薄い。」  エルザードは言い放った。リーアは信じられないと言った顔付きになる。 「人間を、見殺しにするのですか?」 「それは言い過ぎだぞ?リーア。人間達は、信用に値せんと言っているのだ。」  エルザードは、仲間と人間達の命を秤に掛けているようだった。 「それは間違っています。魔族は、地上を滅ぼす事こそ目的のはず!いずれ、ここ も狙われます。その前に行動しないと、こちらが滅びますよ!?」  リーアは、魔族の恐ろしさをこの目で見た。それが故に、見殺しになど出来ない のだ。魔族の目的は、このソクトアを魔族の世の中に変える事だ。 「リーアは人間を、信じているのだな。」  エルザードは優しい目になる。エルザードとて、好きで、このような事を言って いるのではない。だが、妖精の長として、軽弾みな行動に出られないのだ。 「エルザード様。私は、人間の優しさに触れました。だからこそ言えるのです。」  リーアは、人間の時の祖父を思い出す。そして、ジーク達の事を。 「そうか。しかしリーア。信じていた者に、裏切られる事を君は、まだ知らない。 その苦痛を味あわせたく無いのだ。」  エルザードは、悲しい目になる。エルザードは、かつて、信じていた弟が居た。 「・・・ミライタル様の事ですか?」  リーアは、悲痛の目をする。エルザードは、顔色を変えずに頷く。エルザードが、 最も信頼していた弟ミライタル=ファリスは、妖精族を裏切ったのだ。己の力を信 じるがあまりに、魔道に堕ちたと言っても良い。 「アイツのやった事は、生涯忘れん。」  エルザードが、憎々しげに言葉を吐き捨てる。  それは、エルザードが、まだ20歳くらいの時の事だった。エルフにとっても区 切りの良い歳で、弟のミライタルは、もう少しで20歳になろうと言う時の事だっ た。エルザードとミライタルは、エルフの中でも、ズバ抜けた能力の持ち主で、将 来、間違いなくエルフを治める器になると誰もが確信していた。エルザードが思慮 深い性格なら、ミライタルは激しいながらも何か引っ張っていく力の持ち主。エル フの将来は、この二人が居る限りしばらく安泰だと皆、言っていた物だ。  フェアリー達もエルフの非凡な才能を持った二人を歓迎し、従う方針を決めた。 親としてもこれほど嬉しいことは無かっただろう。  ある日の事だった。エルザードは、エルフ達を引き連れて狩りを楽しんでいた。 ミライタルは、その時、帰りを待ちつつも、エルフの村の事を見守っていた。ごく 当たり前で、平和な風景だった。  両親達も安心して、この村に留まっていたし、エルザードの狩りも順調だった。 だが、悲劇は起こってしまったのである。  エルザードが狩りから帰ると、途中に、ミライタルが待っていた。 「ミライタル。村の様子はどうだ?」  エルザードが尋ねる。 「ははっ!ごく平和さ。兄貴。」  ミライタルは、屈託なく答えた。つもりだった。だが、何かが、おかしいとエル ザードは感じていた。 「ミライタル。お前さ。今日は体調でも、おかしいのか?」  エルザードが、ミライタルを見て心配する。どこかが、ミライタルと違う。いつ ものミライタルなら、もっと自然の力を感じるはずだが、その様子が無かったのだ。 エルフが病気に掛かると、自然の力が弱まるのは、良くある事だ。 「さすが兄貴だな。ちょっと調子が悪くてな。ウルシックかもしれないな。」  ウルシックとは、エルフが良く掛かる風邪のような物だ。 「気をつけろよ?俺もそうだが、皆、俺達2人を信頼してくれてるんだ。その信頼 に応えないとな。」  エルザードが、ミライタルの肩を叩いてやる。 「・・・兄貴。それは、俺達が強いからだろ?」  ミライタルは、低い声で答える。 「それもあるだろう。でもそれだけじゃないと思う。まだ分からないけどな。」  エルザードは、ミライタルが、迷っているのかと思った。 「それは違うぜ?兄貴。皆は強いからこそ、俺達に敬意を払う。強くなきゃ俺達な んか、いつでも見限る覚悟だぜ?」  ミライタルは、鼻で笑う。 「おいおい。どうしたんだよ?今日のお前、ちょっと変だぞ?」  エルザードは、弟が妙な事を言い出したのが、気になっていた。 「力が無ければ、皆、付いて行かないんだよ。それが現実さ。現実から目を反らし てるのは、兄貴の方じゃないか?」  ミライタルは、そう言うとニヤリと笑う。どうにも、いつものミライタルでは無 いようだ。 「何が不満なんだ?ミライタル。皆が、俺達を信用して俺達は、その期待に応える。 それの、どこが、おかしいんだ?」  エルザードは、それこそが絶対であり、エルフの正義だと信じているのだ。 「力こそ正義だと俺は知った。この世の真理は力なんだよ。力無き正義など、皆は 付いて行かない。ならば、その究極の存在を手に入れてこそ、本懐って奴じゃない のか?・・・そう。俺は、そのためなら何でもやる・・・。」  ミライタルは、エルフでは、有り得ない闘気を出していた。いや、これは、既に 闘気では無かった。魔族が発する瘴気であった。 「ミ、ミライタル!?」  エルザードは、我が目を疑った。ミライタルの髪が緑色から、どんどん黒くなっ ていった。そして、肌の色が褐色に変化していく。エルフは全て肌が白い。有り得 ない事だった。そして、肌の色は褐色から、更に暗黒に染まっていく。ダークブル ーに近い色になっていった。 「兄貴。俺は周りの期待に応えるだけじゃ満足出来ないんだよ。」  ミライタルは、薄笑いを浮かべていた。 「・・・ダークエルフ・・・まさかお前・・・。」  エルザードは、嫌な予感がした。ミライタルのこの変化は、昔、反逆者となった エルフが変化した姿の聞き伝えと、そっくりだったのだ。そして、ダークエルフに 成るためには、エルフと決別するために、やらなくてはならない事がある。それが 血の粛清だ。エルフの血を魔族に捧げて、その血を固めた指輪を填める事が条件だ ったのだ。そして、ミライタルの右の人差し指には血の指輪が填められていた。 「村を見てくるが良い。兄貴。いや、エルザード。」  ミライタルは、邪悪な笑みを洩らしていた。すると、村を偵察していたエルフが、 青い顔で戻ってきた。 「エ、エルザード様・・・。村の人間の半数近くが・・・殺されています。」  エルフは、信じられないと言った顔付きになる。エルザードも、そんな顔をして いたのだろう。そして、それをやったのが、このミライタルなのは、間違いないよ うだった。ミライタルは、満足そうにエルザードを見る。 「ふっふっふ。エルザードよ。この力を感じろ!!」  ミライタルは、とてつもない瘴気を放つ。この力は、エルフの時だった闘気を、 遥かに上回っていた。 「お前は病気では無くて、魔族に魂を売り渡していたのか!!」  エルザードが感じた違和感は、正にこれだったのだ。 「許さん・・・。例え弟とは言え、許されん!!」  エルザードは、怒りの目をする。 「お前がいくら怒った所で何も変わらん。俺の圧倒的な力の前に敗れるのが定めだ。」  ミライタルは、強力な瘴気を手に集めていた。エルフの村など、吹き飛びそうな 程の瘴気だ。 「・・・エルザード様!申し訳御座いません!」  エルザードの、御付きエルフの4人が前に出た。 「!?何をする気だ!お前達!?」  エルフ達は、無謀にも、ミライタルに向かっていった。 「エルザードの言う通りだ。貴様らに何が出来る。邪魔するな。」  ミライタルは、一笑に付した。 「ミライタル様。貴方をお止めするには、これしかありませぬ。」  御付きのエルフ達は、それぞれ、凄まじい勢いで光りだした。 「お前達、まさか!止めろ!止めるんだ!」  エルザードは、やっと気がついた。4人の魔力を最大限まで高めて、自らの体を 魔力と化して、一人の敵を封印するエルフの秘伝の奥義だった。しかし、この技は、 上級エルフしか知らない。エルザードも知ったばかりだし、ミライタルは、まだ教 えて貰っていなかったのだ。 「何をするか知らんが、光った所で俺を止められるか!死ね!」  ミライタルは瘴気を放つが、エルフ達には、まるで通じなかった。それはそうで ある。既に4人の体は、魔力と化しているからだ。実体が無いので、効くはずが無 かった。その4人が、素早くミライタルを取り囲む。 「何をする!?貴様ら!この俺は、エルフに偉大な進化を齎す者だぞ!放せ!」  ミライタルは、振り払おうとしたが、まるで体が動かない事を知った。 「お前達!止めろー!!!!」  エルザードの叫びと共に、4人はニッコリ笑ったような気がした・・・。  その瞬間、4人とミライタルは消えた。跡形も無く消えてしまった。いや、ミラ イタルは、恐らく異界に連れて行かれたのだろう。だが4人は、本当の意味で消え た。ただの魔力と化したのである。そのまま消えたのだ。あの世にも行けないのだ。 「・・・うおのれぇぇええ!!ミライタルーーーーー!!!!!」  エルザードの叫びは森中に響き渡ったと言う。  それが、エルフの村の悲劇である。さすがに、その村に居られないと言うことで、 この森に移り住んで今があるのだ。 「・・・その時だって魔族が絡んでいたのですよ?」  リーアは、聞きながら涙を流しながらも反論した。 「あの悲劇を繰り返したく無いのだ。魔族と関われば、また犠牲者が出てしまうか も知れんのだ。私に、そんな決定は出来ぬ。」  エルザードは、首を横に振る。 「・・・しかし、それでは・・・。」  リーアは、エルザードの心意気が分かるだけに頭を抱える。 「さぁ、帰りなさ・・・む・・・?」  エルザードは急に険しい顔付きになる。エルザードは、外を気にしている様子だ った。正確に言うと、外と言うより上空だ。 「この・・・感じは・・・。忘れもせんぞ・・・。」  エルザードは、どんどん形相が変わっていく。すると、上空から、突然空間が出 来た。そこから何と魔族が出てくる。ミライタルが変わって行く時も、こんな感じ であった。上空に居る魔族は、どうやらエルザードに気が付いたようだ。 「・・・なるほど。こんな奥深くに居たのか。」  上空から声がする。そして、その声の主は魔族の物であった。 「よくも発見出来た物だな。」  エルザードは、怯む事無く、魔族を睨み付ける。 「お前さんの闘気が、気になってな。」  魔族は、エルザードが発する闘気が、普通のエルフの数十倍だと言う事を見抜い ていたのだ。そして、リーアを見る。 「ほう。妖精の住処に人間とは、珍しい話だな。」  魔族は、周りをキョロキョロ見る。 「私の闘気が気になっただけか?他に用件があるのではないか?」  エルザードは魔族と闘わないとは言ったが、魔族の事は、信用していなかった。 「そう邪険にする必要は無いだろう?魔族にも色々居るって事だ。」  魔族はカラカラ笑う。この状況を楽しんでいるような感じであった。 「珍しい事を言う魔族だな。名は何と言う?」  エルザードは、警戒しながらも尋ねてみた。 「名を聞く時は、自分から名乗るのが礼儀だぜ?俺は魔王クラーデスが実子、ミカ ルドだ。お前の名は何と言うのだ?」  魔族はミカルドだった。ミカルドは魔族の敵を作るやり方を嫌っていた。なので、 反逆はしないまでも、違うやり方で、地上の生物と接触を図ろうとしてたのである。 「魔王の子か。私はエルフの長、エルザード=ファリスだ。先程の無礼は、詫びよ う。だが、お帰り願いたい。妖精族は傍観の方向で決まったのだ。」  エルザードは、ちゃんと答えた。相手がいくら魔族であろうと、礼には礼で答え るべきであろう。実際にミカルドは、礼を持って接している。 「ほう。エルザード=ファリス・・・ファリスか、どこかで聞いた事があるな。」  ミカルドは、首を傾げる。思い出そうとしているのだった。 「・・・思い出した。180年位前に来たダークエルフの名だ。」  ミカルドは、とんでもない事を言う。その瞬間、エルザードの目の色が変わる。 「・・・ミカルドと言ったな。そいつの名はミライタル=ファリスか?」  エルザードは拳を握る。 「そういや、そんな名前だったな。肉親か?奴は確か魔界で、それなりの地位まで 上がっているはずだ。」  ミカルドは教えてやる。エルザードは平静な目をしてなかった。 「魔界か・・・。奴には、ピッタリの場所だな。」  エルザードは吐き捨てる。あの事件を忘れる事など出来ない。 「今は、魔界から招集が掛かって、こっちに居るはずだぜ?」  ミカルドは、思い出しながら言った。その瞬間エルザードの目が光る。 「ミカルドよ。情報の提供に感謝する。奴が来ているのだな?」  エルザードの闘気は増すばかりだ。とんだ復讐の機会がやってきた。 「兄弟に恨みでもあるのか?」  ミカルドは、少し悲しい目をする。自分が、やってきた事を思い出しているのだ。 ミカルドも兄殺しで、魔族の間から追われている身であった。 「エルフの村が滅ぼされた事件を知っていよう。あの時の張本人こそが、そのミラ イタルだ!私は仲間の無念を忘れはせぬ!!」  エルザードは、ミカルドに対して言い放つ。ミカルドも、その事件は知っていた。 突然エルフの少数が落ち延びて、エルフの村が滅びたのだ。魔界にだって、その事 件は届いていたのである。 「貴様の無念は認める。だが、今のお前に勝てる要素は見当たらないと思うぞ。」  ミカルドは冷静に分析していた。ミライタルの求道心っぷりは知っていた。しか も、勤勉なので、とても良く修行を積んでいるのだ。 「そうかも知れんな。だが、やらなくては、ならんのだ。」  エルザードは、弓と剣を装備しようとする。エルザードは、自分一人でやろうと しているのだろう。招集を掛けようともしない。 「エルザード様!?いけません!エルザード様は、ここには無くてはならない御方 なんですよ!駄目です!」  リーアは、制止する。しかし、エルザードは闘う準備を止めようとしない。 「フン。エルフの長ともあろう者が、己を見失ってあげくに暴走か?これはエルフ の未来の先が見えたな。」  ミカルドは冷たく言い放つ。すると、エルザードは、怒りの目をこちらに向ける。 「貴様に何が分かると言うのだ!」 「ああ。分からないな。だが、皆を引き連れないようにするため、自分だけで責任 を取った所で、仲間達が納得行くとでも思っているのか?」  ミカルドは、エルザードから襟を掴まれながらも反論する。 「その魔族の言う通りですよ!エルザード様無くして、この住処を守れると思って いるのですか?エルザード様が敗れたら、どうするおつもりなのですか!」  リーアは涙を流しながらも、反論する。正直な気持ちだった。 「・・・私に、あの時の無念を忘れろと言うのか?」  エルザードは、拳を握り締める。その手には握り過ぎて、血が出ていた。 「まったく、手の掛かるエルフの長だな!アンタは。」  ミカルドが頭を掻く。 「俺が、しばらくここに留まって、相手をしてやるよ。」  ミカルドは自分で言って置きながら、恥ずかしくなって、目を逸らす。 「な、何だと!?何故そこまで・・・。」  エルザードは困惑した。この魔族が、そこまで言うとは思わなかったのだ。 「何故かは知らん。だが、俺は、もう魔族として戻る事も許されないのだ。」  ミカルドは、既に反逆指令が出ている事を知っている。 「だから、暇潰しに、お前達と修行が積みたいだけだ。」  ミカルドは豪快に笑う。魔族を敵に回したと言うのが、どれほど恐ろしい事か、 エルザードは知っている。それを笑い飛ばすとは、恐ろしい男だ。 「ならば、その言葉を信じるとしよう。その暇潰しに付き合って、我らがレベルア ップすると言うのも悪くない。貴様に対する特別待遇を発しておこう。」  エルザードは、ニヤリと笑った。エルザードが特別待遇を発すると、その者は妖 精族の一員として扱われる事になる。 「話は、決まりだな。俺も流浪の身に飽き飽きしてた所だ。遠慮なく休ませてもら うぞ。」  ミカルドは、そう言うと、エルザードの家に入っていく。  リーアは、その光景を見て、不思議な魔族が来た物だと感じてしまった。妖精族 の未来が、あの魔族に掛かっているのだから、これ以上の皮肉は無かった。  このミカルドの訪問が、吉になるかどうかは今はまだ、分からなかった。