NOVEL 3-1(Second)

ソクトア第2章3巻の1(後半)


 ジーク達は、色々思い出を残しながらも、プサグルを去った。魔族の襲撃が、い
つ来るか分からないが、冒険をして、まだ見ぬ世界を旅しながら、レベルアップを
図ると言うのが一番効率が良いだろうと言う事になったのだ。せっかく、トーリス
が戻ってきたのだ。色々と相談をして、より難しい依頼を、こなして行くと言うの
も悪くない話だ。今のジーク達の力なら、かなりの事がこなせるはずである。
 これで、ジーク、レルファ、サイジン、トーリス、ツィリル、ゲラム、ミリィに
ドラムを加えた8人となった。正確には7人と1匹である。
 野営をした一日目は、大変だった。ドラムが夜中に泣き出したからである。必死
に堪えているのが分かるだけに、皆も、その声を聞くのが辛くて、なかなか眠れな
かったのだ。ドラムは気丈にも、皆に涙は見せなかったが、泣き声だけは聞こえて
来たのだ。
(ドラムちゃんたら、無理しちゃって・・・。)
 レルファは、ついそう思ってしまう。ドラムが、一番懐いてるのが、このレルフ
ァで次がサイジンであった。やっぱり最初に会った時の印象が大きいのだろう。
 しかし、こんな子供でも、龍は龍である。炎を吐く事も出来るみたいだし、レル
ファなんかより、力もある。普通の子供の力では無い。
 しかし、さすがに、それから1週間程経つと、慣れて来たのか、グッスリ寝るよ
うになった。最も助かったのは、ドラムでは無く、その声で眠れなかったジーク達
の方であったが・・・。
 昨日の見張り番はトーリスであったから、尚更、安心であった。ジークは、結構
野営は得意では無いので、同じく得意では無いサイジンと見張り番を一緒にやる事
にしている。
「おはよう。センセー!」
 トーリスが、見張りの時は、決まってツィリルが一番の早起きをする。
「起きましたか。ツィリル。」
 トーリスは、優しい眼差しで、こちらを見る。今は、それだけでは無い。結婚を
して、10日近く経つので、トーリスもツィリルを妻として見始めている。ツィリ
ルは毎朝、トーリスとレイアに想いが届くようにお祈りをしている。ツィリルは、
そうする事によって、レイアの想いも、トーリスに伝わるだろうと思っている。そ
うする事が、同時に結婚をした定めだとも思っている。
 今日も欠かさずにお祈りをした。ツィリルもトーリスも、この時は真剣であった。
(レイアさん。わたしが幸せになるのは、レイアさんのおかげだからね。忘れたり
しないんだから!!)
 ツィリルは、その想いを必ず毎朝伝えている。
「ツィリル。毎朝の事ながら、礼を言いますよ。そして、貴女を幸せにする事を、
私は約束します。」
 トーリスはツィリルの手を取ってやる。そして、お互いの想いを確かめ合った所
でお祈りは終了する。
「相変わらず、早いのねー。」
 横でレルファが見ていた。さすがに恥ずかしくなった。
「人が悪いですよ。レルファ。他の皆さんは起きてますか?」
「邪魔して悪かったわねぇ。皆は、まだのようよ。」
 レルファは、からかうような口調で言うと、周りを見渡した。
「サイジンと兄さんは、相変わらず寝起きが悪いからね。」
 レルファは頭を抱える。毎朝、この2人は寝覚めが悪い。恋人と兄の情けない所
でもある。すると、良い匂いがしてきた。
「あれ?ミリィさん起きたの?」
「今起きた所ヨ。眠いネ。」
 ミリィは、寝惚け眼で着替えだけは済ませていた。しかし、朝食を作ろうとする
辺り、根っからの料理人なのだろう。
「ふわぁぁぁ〜あ。あれ?早いなぁ〜・・・。」
 ゲラムも匂いに、つられたのか目を擦りながら起きたようだ。
「・・・みゅ〜?」
 横の方で、まだ寝ぼけているのはドラムのようだ。寝る時は龍の姿だが、起きる
とムクムクと人間の子供の姿になる。
「おはよう!ゲラムとドラム!」
 ツィリルは、明るく挨拶する。
「名前似てるなぁ・・・。おはよう。ツィリル姉ちゃん。」
 ゲラムは、毎度の事ながら気になるようだ。
「おはようございまーーす!」
 ドラムは、無邪気に挨拶をする。どうやら完全に起きたようだ。しかし、ジーク
とサイジンが、まだだった。もう日差しも出てきて、起きても良い頃合だが、気付
かないのだから、余程眠いのだろう。
「んもう!起きなさいよ!サイジン!」
 レルファが、サイジンの耳元で怒鳴ると、サイジンは飛び起きる。さすがレルフ
ァに言われると、この男は早い。
「はっはっは!これは、皆、起きてるようですな!快晴快晴!!」
 サイジンは朝っぱらから大きな声を出す。相変わらずである。
「・・・うるさいなぁ・・・。ふぁぁ〜あぁぁ。」
 ジークは、サイジンの馬鹿でかい声で起きたようだ。
「何が『うるさいなぁ』よ。もう日差しが、上がってきたわよ。」
 レルファは腕を組んで怒る。
「そんな時間?・・・むー・・・。」
 ジークは、まだ寝惚けているようだ。
「寝惚けていると、朝食作らないヨ?」
 ミリィは、作りながら冗談を言う。するとジークは、目がパッチリ開く。
「そんな事、言わずに頼むよ。ミリィさん。」
 ジークは頭を掻きながら、着替えを済ませていた。どうやら完全に起きたようだ。
 しばらくして、ミリィは、山菜と昨日捕まえてきてある鴨を使って、簡単に朝食
らしき物を作ってしまった。さすがは『聖亭』の一人娘である。
「皆、食べると良いネ!」
 ミリィは、皆が美味しそうに食べてるのを見るのが好きなのだ。根っからの料理
人とは、こう言う物なのだろう。特にジークには、美味しい思いをしてもらいたい
のが本音だろう。レルファもサイジンとの仲は進んで来てるし、ツィリルは、あっ
という間にトーリスと結婚してしまった。自分は、ジークの事が好きなのだが、中
々、仲が進展していないのが現状である。
 とは言え、ジークも、この頃ミリィの事を意識しだしてるのは事実である。だが、
不器用なので、顔に出す男では無いので、そんな素振りは見せなかった。
 食べ終わって、器代わりにしていた葉っぱを処理していたら、何か足音が聞こえ
てきた。なにか獰猛な動物のような足音である。
「何だ何だ?」
 ジークは多少、警戒態勢にはいる。しかし、プサグルとストリウスの間にある森
など、中々魔族は気付かないと思うが・・・。
 そう思っていたら、どうやら人間のようだ。しかし、お腹を空かせているのか、
目に焦点が合っていないようだ。
「うう・・・。水ぅぅぅぅ〜・・・。」
 こうなると、行き倒れに近い。どうやら女性のようである。
「・・・放っても置けないなぁ。しょうがない。俺の干し肉でも分けるか。」
 ジークは、頭を掻きながら、その女性に近づく。
「・・・誰?」
 その女性は、こちらに感づいたようだ。その女性は女剣士だった。
「いや、貴女が、随分とお腹空かせてるようなので、こんな物しかないけど、どう
かなと思ってね。」
 ジークは、干し肉を女性に見せる。すると、女性はゴクリと喉を少し鳴らしたが、
プライドが高いのか、断るような仕草を見せた。
「・・・うう・・・。」
 とは言え、体が言う事を効かないようだ。
「無理しなさんな。別に困ってるわけじゃないし。ほら。」
 ジークは、その女性に投げ渡す。すると、凄い勢いで干し肉を平らげる。本当に
お腹が空いていたのだろう。
「ふう・・・。一応礼は言うわ。だが、勘違いしないでよ。頼んだ訳じゃあないの
よ?」
 中々気丈な事である。ジークは、その様子が可笑しくなったのか、笑ってしまっ
た。こんな気の強い女性が居たとは思わなかった。
 その女性とは、もちろんルイの事だった。結局プサグルに着いてしまい、その後、
全速力でストリウスに向かったが、明後日の方向に行ってしまったのだが、途中の
道で迷っていた所である。
「何笑ってるのよ!くっそぉ・・・。」
「いや、ごめんごめん。」
 ジークは素直に謝った。普通は反対だろう。
「貴女失礼ネ!ジークが、善意で食料分けたんだから、お礼言うべきヨ!」
 ミリィが癇に障ったのか、反論してきた。
「フン。頼んだ訳じゃ・・・ってアンタがジーク?」
 ルイは、ジークを見る。良く見ると、確かにライルに似ている。
「え?俺に、何か用があったのか?」
 ジークは、キョトンとする。
「なるほど・・・。この私の勘も衰えて無かったようね!ここであったが100年
目って奴よ!こんなに早く出会えたのも天が私に与えたチャンスのようね!」
 ルイは、捲くし立てる。ジークは、何が何だか分からない。
「私の名はルイ=コラット!いざ勝負よ!!」
 ルイは、剣を抜く。
「ちょ、ちょっと待てよ。何の事?」
 ジークは、全く理解できなかった。せっかく助けた相手が、いきなりここで会っ
たが100年目じゃ、訳分からないのも当然だろう。
「焦れったいわね。しょうが無い。アンタのお父さんからの、手紙を見せれば良い
のね。全く、梃子摺らせるんじゃ無いわよ。」
 ルイは、渋々ライルからの手紙を見せる。
「これは・・・確かに父さんの字・・・。フムフム。」
 ジークはライルが何を言いたいのか、何となく分かった。この女性の力を試して
欲しいのだろう。確かに目に力のある女性だ。
「これで分かったようね!私のトレジャーハンターとしての稼ぎが掛かってるんだ
からね!悪く思わない事ね!!」
 ルイは高笑いすると、剣を抜く。
「・・・ルイさんって言ったっけ?一つ疑問何だけどさ。」
 ジークは、ルイの自信たっぷりの様子を見て、ふと思いつく。
「ふふん。命乞いなら受け付けないわよ。」
 ルイは、もう元気になっている。行き倒れになりそうだったばかりだ、と言うの
に現金な体である。
「いや、トレジャーハンターって言うけどさ。何で、プサグルとストリウスの、こ
の位置に居るの?ルクトリアの道から随分離れてるんだけどさ。ここ。」
 ジークは、痛い所を突く。ルイが、極度の方向音痴な事を知らないのだ。
「うるさいわね!私は目的地に着くまで何ヶ月掛かろうと、敵に遅れを取った事は
無いわよ!」
 ・・・答えになってない。
「もしかして、方向音痴なのカ?」
 ミリィは、核心を突く。すると、ルイは動きが止まる。
「ふ、ふふん。方向音痴とは、人聞き悪いわね!彷徨う天才と呼びなさい!」
 頭が混乱しているのか、言ってる事も変になってきた。
「・・・まぁ良いや。んじゃ、早速試合するか。」
 ジークは、これ以上頭が痛くならない内に、始める事にした。
「レルファ。これ持ってて。」
 ジークは怒りの剣を手渡す。そして、トーリスからもらった魔法剣を抜くと、そ
の辺にあった丈夫そうで少し長い枝を切り落とす。そして、魔法剣を収めた。
「・・・何のつもりよ。まさか、それで闘おうってんじゃ?」
 ルイは、怒りに震えていた。
「父さんが、木刀で闘ったらしいからね。俺が剣じゃ継承者とは言えない。」
 ジークは剣士の目になる。こうなると、例え枝を持っていようとジークは怖い。
「親子揃って、同じような事をやるのね・・・。でも、甘く見過ぎよ!!」
 ルイは、剣を中段に構えると、ステップの良い斬りを繰り出す。中々の早さだ。
しかし、ジークは無駄な動作無く、避けていた。
「なるほど・・・。普天流の、かなりの腕だね。」
 ジークは、これだけの仕草で見抜いていた。昔、交流試合に行った事があったの
を思い出したのである。その時は、ルイは入門したてで、代表に選ばれて無かった
のである。
(これだけの動作で、見破るなんて・・・。)
 ルイは恐怖を覚えた。同時にジークが20歳で、これほど極めている事に嫉妬を
覚えた。自分より強い者が居る。それも同年代でと言うのが、許せなかった。
「負けない!負けるはずが無いわ!!」
 ルイは死角からの剣や、2段突きまで見せたが、ジークは枝で受け止めたり無駄
の無い動きで、避けるばっかりだ。
「ルイさん。貴女は、剣術に頼り過ぎている。そして、その天才だと言う自負に振
り回されている。それでは、俺には勝てないよ。」
 ジークは、ズバリと物を言った。その通りなのである。確かに、普天流を全て身
に付けている、その腕も素晴らしい。将来見るべき物があるだろう。しかし、まだ
殻を抜けていない感じがした。それは、ジークが継承者を継ぐ前に似ていた。ガム
シャラに突っ込んでいた時期にだ。ライルも、それが言いたくて、ジークに闘わせ
てみたのだろう。
「私は、普天流に、この人ありと言われたルイ=コラットよ!ソクトア一のトレジ
ャーハンターに、なるべく生まれて来たのよ!」
 ルイは、どうしても頭で納得出来ないようだ。
「仕方が無い。」
 ジークは、ルイの剣を柄を引っ掛けるように弾き飛ばすと、その瞬間、とてつも
ない闘気を見せた。それは、ルイの目にも明らかに映っていた。ルイは、汗がダラ
ダラと流れる。それは自ら敗北を認めた証であった。
「・・・何て奴・・・。私の負けのようね。」
 ルイは戦意を削がれた。悟ったのだ。今の自分では、天地がひっくり返ったとし
ても、このジークには勝てないと言う事をだ。
(私に似てるネ・・・。チヤホヤされて、舞い上がってた私ニ・・・。)
 ミリィは、そう思った。思えばジークとの最初の思い出は対決だった。あの時、
ミリィは棍を持てば、絶対負けない自信があった。しかし、心を折ったのがジーク
だった。しかし、不思議と悔しく無かった。それほど凄い強さなのだ。ジークは。
(追いつきたいと思いながらここまで・・・。追ってきたのよネ。)
 ミリィは苦笑する。それが、ジークへの想いの最初だったからだ。
「さすがは、英雄の息子だけあるわ。どうやら、ソクトア一のトレジャーハンター
に成るためには、越えなければならない壁があるようね。」
 ルイは、素直に負けを認めた。これほど完敗なら、そう思っても不思議では無い
だろう。戦意を削がれるなど初めての経験だった。
「よし!決めた!アンタを倒すまで、アンタに付いてくわ。」
 ルイは、ジークを睨む。
「な、な、何言ってるヨ!勝手に決め付けない事ネ!」
 ミリィは、真っ先に反論した。
「ふふん。私のしつこさを思い知るが良いわ!!」
 ルイは、意味なく指を明後日の方向に向けて、決めポーズをする。
「・・・止めても無駄そうですなぁ・・・。」
 サイジンは呆れた。ライルも、これが分かっていて、ルイを差し向けたのだろう。
「私は反対ヨ!」
 ミリィは口を尖らす。こんなに反対するのも珍しい。
(ルイは、絶対、今のでジークに惚れたネ!冗談じゃないヨ!)
 ミリィは分かっていたのだ。自分が、そうだったようにルイが、ジークを気に入
り始めていると言う事がだ。
「ミリィさんには悪いけど、強引に引き止めるってのは私の性には合わないので、
まぁ、旅の仲間が増えたと思って・・・。」
 トーリスは、無責任なことを言う。というよりトーリスも、半分諦めていたのだ。
「ミリィさんゴメンねぇ。わたしじゃ止められないよ・・・。」
 ツィリルも、申し訳無さそうにミリィに謝る。
「ふう。兄さんが、モテるなんて初めて見たわ。私も無理みたい。ミリィさん。」
 レルファも、手を合わせて謝罪する。
「・・・一体どうなってるんだか・・・。」
 ジークは、放心寸前だった。何やら自分の事で、ルイとミリィが言い争ってるっ
て事くらいしか見えてなかった。
「貴女も、しつっこいわねぇ。ジークは、私に敗北を認めさせた男よ?私が倒さな
きゃ行けないんだから、引っ込んでくれる?」
 ルイは、きつい事を言う。
「な、何言ってるネ!そんな事言っテ!ジークに手を出したら私が許さないネ!」
 ミリィは、珍しく燃えるような目をしていた。
「貴女、ジークの何よ?恋人でも無さそうだし。」
 ルイは容赦が無かった。
「大切な仲間ネ!それを守ろうとして、何が悪いカ!?」
 ミリィは、一歩も引かなかった。
「・・・ミリィさんって、こんな性格だったっけ?」
 ゲラムは、おっかなそうに、レルファに尋ねる。
「ちょっとヒートアップしてるけど、素が出てるだけよ。」
 レルファは、冷や汗を掻いていた。皆、さっさと進んでいるが、3人だけ言い争
いをしながら、付いて来た。
 ドラムは、それを楽しそうに見つめながら笑っているのだった。


 パーズとルクトリアの国境の近くに、樹海と言えるほどの森がある。緑豊かなソ
クトア大陸ならではの大自然である。だが、同時に大自然と言うのは、慣れない者
達にとって、大きな脅威にもなり得る。
 人々が、この森ではぐれたら、生きて帰れる保障が少ない。なので、自然とこの
森は「迷いの森」と言う別名を戴いていた。何せ羅針盤が効かない。その上、樹木
も色んな方向に年輪が向いてるせいで、方向が全く分からなくなる。さらに、この
樹海は、とてつもない広さも災いして、同じような景色が広がっている。それにも
増して、ここの木は一本一本が、とてつもなく大きい。「迷いの森」と言われても
仕方が無い事だろう。
 ただし、それは知らない者が踏み込んで来たのみの事であって、外敵が少ない分、
多くの生き物の住処にもなっていた。そして、そこには、色々な動物だけでなく、
自然界の不思議が詰まっていたのである。
 その「迷いの森」を歩いている人間が居た。足取りはそう重くもない。寧ろ、こ
の自然を好んで歩いている様子である。しかし、まだ幼い女の子のようにも見える。
だが足取りは、しっかりしていた。
 そこに、自然界の不思議が迫って来ていた。ここは妖精の住処になっていたので
ある。妖精は、人間と接触することを嫌う。かつて妖精は、ソクトアの至る所に居
たが、人間達の進出により深い森の中に追いやられてしまったのだ。最も妖精達は、
それを憎んではいない。時代の流れだと諦めている。しかし、一部の妖精は人間に
捕まえられて見世物にされていると言うので、それが我慢出来ないのだ。仲間意識
の強い妖精達は、その行為を忌み嫌っているのだ。
 そこに女の子が迷い込んで来た。妖精達にとって、警戒すべき事ではあった。い
つものように、視界を錯覚させて迷わせるように仕掛けようと思っていた。そう。
「迷いの森」は、時に故意によって迷わされる時があるのだ。その能力を妖精は、
持っていた。妖精の中でもフェアリーと言う種類は、その能力が抜群に高いのだ。
主な妖精の種類の中で、エルフ族とフェアリー族がいる。その内フェアリー族は、
魔力が非常に高く、幻惑させる能力を持っている。エルフは魔力も然る事ながら、
力も弱くないし、中には闘気を極めた者まで居る。魔族にすら、引けを取らない能
力の持ち主も居ると言う事で、妖精達の纏め役をこなしている。
 フェアリー達は、女の子なので哀れだとは思ったが、迷わせる事にした。自分達
の存在が、外に知られるのは防ごうと言うのだろう。
 しかし、その女の子は全く幻惑に掛からなかった。寧ろ、妖精の住処に真っ直ぐ
向かっていた。
(おい・・・。まずいぞ。)
 フェアリーの男達が、声を揃えて警戒し始めた。
 しかし、妖精の住処は、木にしか見えない幻惑の扉で閉まっている。それを開け
るためには、ある特殊な事をしなくてはならない。
(さすがに扉の秘密は知らないでしょ・・・。)
 フェアリーの女性も、集まって来て、その女の子の行動を見ていた。しかし、何
と女の子は、その手前の枝を下に引くと扉を開け始めた。見破っていたのである。
「そ、そんな馬鹿な!?」
 フェアリーの男性は、思わず声をあげた。知っていなければ、出来ないはずの行
為だった。しかし、女の子は躊躇すること無く開けたのだ。
「・・・そなたは、誰ですか!?」
 フェアリーの女性が尋ねる。フェアリー達は、美しいが戦闘能力は低い。かなり
怯えていた。
「まだ気が付かないの?私よ私!」
 女の子は呆れていた。すると、人間の姿から美しいフェアリーの姿になる。
「あれ?もしかして・・・リーア!?リーアなの!?」
 フェアリーの女性は、気が付いたようだ。十数年前に行方不明になっていた、リ
ーアであった。もう人間に、捕まっていた物だと思っていた。
「思い出した?全くもう。」
 リーアは、顔を綻ばせると、仲間達と抱き合った。
「心配したのよ!?」
「あはは。ごめんね。」
 リーアは、素直に謝った。リーアは、今までの経緯を話した。今のソクトアには、
魔族が台頭していて、その影響からか、リーアは人間に転生してしまったので、あ
の姿だったと言う事。そして心優しい人間達に出会った事をだ。
「俄かには、信じ難い話ね。」
 仲間達は、素直に信じられないで居た。何せ今まで、人間達には苦汁を飲まされ
る事の方が、遥かに多かったからだ。しかも、外界を知らない妖精達にとって、魔
族が迫って来ているなど、信じられる物では無かった。
「長に話すことね。長なら何か知っているかも知れないしね。」
 フェアリーは我関せずと言った感じであった。やはり、外界と関わるのを極度に
恐れているのだ。
(このままじゃ駄目なのよ。いずれ魔族は、ここにも迫ってくる。)
 リーアは、その想いが強かった。ここに住む人達の考えを変えなければならない。
人間と協力しなければ、いずれ、ここも滅びてしまうと思ったのだ。
 リーアは、長の所に急いだ。妖精の長とはエルフの長の事である。長と言っても、
まだ若い。寿命が2000年近いと言われるエルフの中で、200歳の男が、エル
フの長であった。実力が飛び抜けているからだ。
 エルフの長は、一際でかい木の中にある家に住んでいた。リーアは、そのドアを
ノックする。すると、厳しい顔付きをしたエルフが出てきた。髪の色は緑色で自然
の加護を受けたような色をしていた。その顔は一瞬にして優しい顔になる。
「リーアだな。お帰り。」
 エルフの長は一発で見破った。さすが、さっきのフェアリー達とは違うようだ。
「ご心配をお掛けしました。エルザード様。」
 リーアは、恭しく礼をする。このエルフの長の名はエルザード=ファリス。エル
フの中でも最高位の力を持っていて、その力は魔族を凌ぐとも言われている。
「ふっ。君の行動は知っている。安心していたよ。」
 エルザードは、何もかも見通しているようだ。さすがである。
「ならば、私の言いたい事も、分かるはずです。」
 リーアは真っ直ぐとエルザードの方を向く。すると、曇った顔をした。
「君の言いたい事も、分からなくはない。しかし、時期尚早じゃ無いのか?」
 エルザードは見通していた。リーアの言いたい事が何であるかを。
「いいえ。今、行動を起こさないと、大変な事になります。」
 リーアは確信していた。やはり、ジュダ達に出会ったのは大きかった。
「竜神に会って来たのだな。あの御方は、確かに先を見通す力があるようだ。」
 エルザードは、ジュダの事を知っていた。もちろん魔族達の行動もだ。
「しかし、魔族が狙っているのは、人間なのだろう?」
 エルザードは、冷静な目をしていた。
「どう言う意味です?」
 リーアは、真意を掴み損ねていた。
「我らが関する必要は無いと言う事だ。奴らが迫った時に対抗すれば良いだけの話
だ。妖精が、人間のために働くのは道理が薄い。」
 エルザードは言い放った。リーアは信じられないと言った顔付きになる。
「人間を、見殺しにするのですか?」
「それは言い過ぎだぞ?リーア。人間達は、信用に値せんと言っているのだ。」
 エルザードは、仲間と人間達の命を秤に掛けているようだった。
「それは間違っています。魔族は、地上を滅ぼす事こそ目的のはず!いずれ、ここ
も狙われます。その前に行動しないと、こちらが滅びますよ!?」
 リーアは、魔族の恐ろしさをこの目で見た。それが故に、見殺しになど出来ない
のだ。魔族の目的は、このソクトアを魔族の世の中に変える事だ。
「リーアは人間を、信じているのだな。」
 エルザードは優しい目になる。エルザードとて、好きで、このような事を言って
いるのではない。だが、妖精の長として、軽弾みな行動に出られないのだ。
「エルザード様。私は、人間の優しさに触れました。だからこそ言えるのです。」
 リーアは、人間の時の祖父を思い出す。そして、ジーク達の事を。
「そうか。しかしリーア。信じていた者に、裏切られる事を君は、まだ知らない。
その苦痛を味あわせたく無いのだ。」
 エルザードは、悲しい目になる。エルザードは、かつて、信じていた弟が居た。
「・・・ミライタル様の事ですか?」
 リーアは、悲痛の目をする。エルザードは、顔色を変えずに頷く。エルザードが、
最も信頼していた弟ミライタル=ファリスは、妖精族を裏切ったのだ。己の力を信
じるがあまりに、魔道に堕ちたと言っても良い。
「アイツのやった事は、生涯忘れん。」
 エルザードが、憎々しげに言葉を吐き捨てる。
 それは、エルザードが、まだ20歳くらいの時の事だった。エルフにとっても区
切りの良い歳で、弟のミライタルは、もう少しで20歳になろうと言う時の事だっ
た。エルザードとミライタルは、エルフの中でも、ズバ抜けた能力の持ち主で、将
来、間違いなくエルフを治める器になると誰もが確信していた。エルザードが思慮
深い性格なら、ミライタルは激しいながらも何か引っ張っていく力の持ち主。エル
フの将来は、この二人が居る限りしばらく安泰だと皆、言っていた物だ。
 フェアリー達もエルフの非凡な才能を持った二人を歓迎し、従う方針を決めた。
親としてもこれほど嬉しいことは無かっただろう。

 ある日の事だった。エルザードは、エルフ達を引き連れて狩りを楽しんでいた。
ミライタルは、その時、帰りを待ちつつも、エルフの村の事を見守っていた。ごく
当たり前で、平和な風景だった。
 両親達も安心して、この村に留まっていたし、エルザードの狩りも順調だった。
だが、悲劇は起こってしまったのである。
 エルザードが狩りから帰ると、途中に、ミライタルが待っていた。
「ミライタル。村の様子はどうだ?」
 エルザードが尋ねる。
「ははっ!ごく平和さ。兄貴。」
 ミライタルは、屈託なく答えた。つもりだった。だが、何かが、おかしいとエル
ザードは感じていた。
「ミライタル。お前さ。今日は体調でも、おかしいのか?」
 エルザードが、ミライタルを見て心配する。どこかが、ミライタルと違う。いつ
ものミライタルなら、もっと自然の力を感じるはずだが、その様子が無かったのだ。
エルフが病気に掛かると、自然の力が弱まるのは、良くある事だ。
「さすが兄貴だな。ちょっと調子が悪くてな。ウルシックかもしれないな。」
 ウルシックとは、エルフが良く掛かる風邪のような物だ。
「気をつけろよ?俺もそうだが、皆、俺達2人を信頼してくれてるんだ。その信頼
に応えないとな。」
 エルザードが、ミライタルの肩を叩いてやる。
「・・・兄貴。それは、俺達が強いからだろ?」
 ミライタルは、低い声で答える。
「それもあるだろう。でもそれだけじゃないと思う。まだ分からないけどな。」
 エルザードは、ミライタルが、迷っているのかと思った。
「それは違うぜ?兄貴。皆は強いからこそ、俺達に敬意を払う。強くなきゃ俺達な
んか、いつでも見限る覚悟だぜ?」
 ミライタルは、鼻で笑う。
「おいおい。どうしたんだよ?今日のお前、ちょっと変だぞ?」
 エルザードは、弟が妙な事を言い出したのが、気になっていた。
「力が無ければ、皆、付いて行かないんだよ。それが現実さ。現実から目を反らし
てるのは、兄貴の方じゃないか?」
 ミライタルは、そう言うとニヤリと笑う。どうにも、いつものミライタルでは無
いようだ。
「何が不満なんだ?ミライタル。皆が、俺達を信用して俺達は、その期待に応える。
それの、どこが、おかしいんだ?」
 エルザードは、それこそが絶対であり、エルフの正義だと信じているのだ。
「力こそ正義だと俺は知った。この世の真理は力なんだよ。力無き正義など、皆は
付いて行かない。ならば、その究極の存在を手に入れてこそ、本懐って奴じゃない
のか?・・・そう。俺は、そのためなら何でもやる・・・。」
 ミライタルは、エルフでは、有り得ない闘気を出していた。いや、これは、既に
闘気では無かった。魔族が発する瘴気であった。
「ミ、ミライタル!?」
 エルザードは、我が目を疑った。ミライタルの髪が緑色から、どんどん黒くなっ
ていった。そして、肌の色が褐色に変化していく。エルフは全て肌が白い。有り得
ない事だった。そして、肌の色は褐色から、更に暗黒に染まっていく。ダークブル
ーに近い色になっていった。
「兄貴。俺は周りの期待に応えるだけじゃ満足出来ないんだよ。」
 ミライタルは、薄笑いを浮かべていた。
「・・・ダークエルフ・・・まさかお前・・・。」
 エルザードは、嫌な予感がした。ミライタルのこの変化は、昔、反逆者となった
エルフが変化した姿の聞き伝えと、そっくりだったのだ。そして、ダークエルフに
成るためには、エルフと決別するために、やらなくてはならない事がある。それが
血の粛清だ。エルフの血を魔族に捧げて、その血を固めた指輪を填める事が条件だ
ったのだ。そして、ミライタルの右の人差し指には血の指輪が填められていた。
「村を見てくるが良い。兄貴。いや、エルザード。」
 ミライタルは、邪悪な笑みを洩らしていた。すると、村を偵察していたエルフが、
青い顔で戻ってきた。
「エ、エルザード様・・・。村の人間の半数近くが・・・殺されています。」
 エルフは、信じられないと言った顔付きになる。エルザードも、そんな顔をして
いたのだろう。そして、それをやったのが、このミライタルなのは、間違いないよ
うだった。ミライタルは、満足そうにエルザードを見る。
「ふっふっふ。エルザードよ。この力を感じろ!!」
 ミライタルは、とてつもない瘴気を放つ。この力は、エルフの時だった闘気を、
遥かに上回っていた。
「お前は病気では無くて、魔族に魂を売り渡していたのか!!」
 エルザードが感じた違和感は、正にこれだったのだ。
「許さん・・・。例え弟とは言え、許されん!!」
 エルザードは、怒りの目をする。
「お前がいくら怒った所で何も変わらん。俺の圧倒的な力の前に敗れるのが定めだ。」
 ミライタルは、強力な瘴気を手に集めていた。エルフの村など、吹き飛びそうな
程の瘴気だ。
「・・・エルザード様!申し訳御座いません!」
 エルザードの、御付きエルフの4人が前に出た。
「!?何をする気だ!お前達!?」
 エルフ達は、無謀にも、ミライタルに向かっていった。
「エルザードの言う通りだ。貴様らに何が出来る。邪魔するな。」
 ミライタルは、一笑に付した。
「ミライタル様。貴方をお止めするには、これしかありませぬ。」
 御付きのエルフ達は、それぞれ、凄まじい勢いで光りだした。
「お前達、まさか!止めろ!止めるんだ!」
 エルザードは、やっと気がついた。4人の魔力を最大限まで高めて、自らの体を
魔力と化して、一人の敵を封印するエルフの秘伝の奥義だった。しかし、この技は、
上級エルフしか知らない。エルザードも知ったばかりだし、ミライタルは、まだ教
えて貰っていなかったのだ。
「何をするか知らんが、光った所で俺を止められるか!死ね!」
 ミライタルは瘴気を放つが、エルフ達には、まるで通じなかった。それはそうで
ある。既に4人の体は、魔力と化しているからだ。実体が無いので、効くはずが無
かった。その4人が、素早くミライタルを取り囲む。
「何をする!?貴様ら!この俺は、エルフに偉大な進化を齎す者だぞ!放せ!」
 ミライタルは、振り払おうとしたが、まるで体が動かない事を知った。
「お前達!止めろー!!!!」
 エルザードの叫びと共に、4人はニッコリ笑ったような気がした・・・。
 その瞬間、4人とミライタルは消えた。跡形も無く消えてしまった。いや、ミラ
イタルは、恐らく異界に連れて行かれたのだろう。だが4人は、本当の意味で消え
た。ただの魔力と化したのである。そのまま消えたのだ。あの世にも行けないのだ。
「・・・うおのれぇぇええ!!ミライタルーーーーー!!!!!」
 エルザードの叫びは森中に響き渡ったと言う。

 それが、エルフの村の悲劇である。さすがに、その村に居られないと言うことで、
この森に移り住んで今があるのだ。
「・・・その時だって魔族が絡んでいたのですよ?」
 リーアは、聞きながら涙を流しながらも反論した。
「あの悲劇を繰り返したく無いのだ。魔族と関われば、また犠牲者が出てしまうか
も知れんのだ。私に、そんな決定は出来ぬ。」
 エルザードは、首を横に振る。
「・・・しかし、それでは・・・。」
 リーアは、エルザードの心意気が分かるだけに頭を抱える。
「さぁ、帰りなさ・・・む・・・?」
 エルザードは急に険しい顔付きになる。エルザードは、外を気にしている様子だ
った。正確に言うと、外と言うより上空だ。
「この・・・感じは・・・。忘れもせんぞ・・・。」
 エルザードは、どんどん形相が変わっていく。すると、上空から、突然空間が出
来た。そこから何と魔族が出てくる。ミライタルが変わって行く時も、こんな感じ
であった。上空に居る魔族は、どうやらエルザードに気が付いたようだ。
「・・・なるほど。こんな奥深くに居たのか。」
 上空から声がする。そして、その声の主は魔族の物であった。
「よくも発見出来た物だな。」
 エルザードは、怯む事無く、魔族を睨み付ける。
「お前さんの闘気が、気になってな。」
 魔族は、エルザードが発する闘気が、普通のエルフの数十倍だと言う事を見抜い
ていたのだ。そして、リーアを見る。
「ほう。妖精の住処に人間とは、珍しい話だな。」
 魔族は、周りをキョロキョロ見る。
「私の闘気が気になっただけか?他に用件があるのではないか?」
 エルザードは魔族と闘わないとは言ったが、魔族の事は、信用していなかった。
「そう邪険にする必要は無いだろう?魔族にも色々居るって事だ。」
 魔族はカラカラ笑う。この状況を楽しんでいるような感じであった。
「珍しい事を言う魔族だな。名は何と言う?」
 エルザードは、警戒しながらも尋ねてみた。
「名を聞く時は、自分から名乗るのが礼儀だぜ?俺は魔王クラーデスが実子、ミカ
ルドだ。お前の名は何と言うのだ?」
 魔族はミカルドだった。ミカルドは魔族の敵を作るやり方を嫌っていた。なので、
反逆はしないまでも、違うやり方で、地上の生物と接触を図ろうとしてたのである。
「魔王の子か。私はエルフの長、エルザード=ファリスだ。先程の無礼は、詫びよ
う。だが、お帰り願いたい。妖精族は傍観の方向で決まったのだ。」
 エルザードは、ちゃんと答えた。相手がいくら魔族であろうと、礼には礼で答え
るべきであろう。実際にミカルドは、礼を持って接している。
「ほう。エルザード=ファリス・・・ファリスか、どこかで聞いた事があるな。」
 ミカルドは、首を傾げる。思い出そうとしているのだった。
「・・・思い出した。180年位前に来たダークエルフの名だ。」
 ミカルドは、とんでもない事を言う。その瞬間、エルザードの目の色が変わる。
「・・・ミカルドと言ったな。そいつの名はミライタル=ファリスか?」
 エルザードは拳を握る。
「そういや、そんな名前だったな。肉親か?奴は確か魔界で、それなりの地位まで
上がっているはずだ。」
 ミカルドは教えてやる。エルザードは平静な目をしてなかった。
「魔界か・・・。奴には、ピッタリの場所だな。」
 エルザードは吐き捨てる。あの事件を忘れる事など出来ない。
「今は、魔界から招集が掛かって、こっちに居るはずだぜ?」
 ミカルドは、思い出しながら言った。その瞬間エルザードの目が光る。
「ミカルドよ。情報の提供に感謝する。奴が来ているのだな?」
 エルザードの闘気は増すばかりだ。とんだ復讐の機会がやってきた。
「兄弟に恨みでもあるのか?」
 ミカルドは、少し悲しい目をする。自分が、やってきた事を思い出しているのだ。
ミカルドも兄殺しで、魔族の間から追われている身であった。
「エルフの村が滅ぼされた事件を知っていよう。あの時の張本人こそが、そのミラ
イタルだ!私は仲間の無念を忘れはせぬ!!」
 エルザードは、ミカルドに対して言い放つ。ミカルドも、その事件は知っていた。
突然エルフの少数が落ち延びて、エルフの村が滅びたのだ。魔界にだって、その事
件は届いていたのである。
「貴様の無念は認める。だが、今のお前に勝てる要素は見当たらないと思うぞ。」
 ミカルドは冷静に分析していた。ミライタルの求道心っぷりは知っていた。しか
も、勤勉なので、とても良く修行を積んでいるのだ。
「そうかも知れんな。だが、やらなくては、ならんのだ。」
 エルザードは、弓と剣を装備しようとする。エルザードは、自分一人でやろうと
しているのだろう。招集を掛けようともしない。
「エルザード様!?いけません!エルザード様は、ここには無くてはならない御方
なんですよ!駄目です!」
 リーアは、制止する。しかし、エルザードは闘う準備を止めようとしない。
「フン。エルフの長ともあろう者が、己を見失ってあげくに暴走か?これはエルフ
の未来の先が見えたな。」
 ミカルドは冷たく言い放つ。すると、エルザードは、怒りの目をこちらに向ける。
「貴様に何が分かると言うのだ!」
「ああ。分からないな。だが、皆を引き連れないようにするため、自分だけで責任
を取った所で、仲間達が納得行くとでも思っているのか?」
 ミカルドは、エルザードから襟を掴まれながらも反論する。
「その魔族の言う通りですよ!エルザード様無くして、この住処を守れると思って
いるのですか?エルザード様が敗れたら、どうするおつもりなのですか!」
 リーアは涙を流しながらも、反論する。正直な気持ちだった。
「・・・私に、あの時の無念を忘れろと言うのか?」
 エルザードは、拳を握り締める。その手には握り過ぎて、血が出ていた。
「まったく、手の掛かるエルフの長だな!アンタは。」
 ミカルドが頭を掻く。
「俺が、しばらくここに留まって、相手をしてやるよ。」
 ミカルドは自分で言って置きながら、恥ずかしくなって、目を逸らす。
「な、何だと!?何故そこまで・・・。」
 エルザードは困惑した。この魔族が、そこまで言うとは思わなかったのだ。
「何故かは知らん。だが、俺は、もう魔族として戻る事も許されないのだ。」
 ミカルドは、既に反逆指令が出ている事を知っている。
「だから、暇潰しに、お前達と修行が積みたいだけだ。」
 ミカルドは豪快に笑う。魔族を敵に回したと言うのが、どれほど恐ろしい事か、
エルザードは知っている。それを笑い飛ばすとは、恐ろしい男だ。
「ならば、その言葉を信じるとしよう。その暇潰しに付き合って、我らがレベルア
ップすると言うのも悪くない。貴様に対する特別待遇を発しておこう。」
 エルザードは、ニヤリと笑った。エルザードが特別待遇を発すると、その者は妖
精族の一員として扱われる事になる。
「話は、決まりだな。俺も流浪の身に飽き飽きしてた所だ。遠慮なく休ませてもら
うぞ。」
 ミカルドは、そう言うと、エルザードの家に入っていく。
 リーアは、その光景を見て、不思議な魔族が来た物だと感じてしまった。妖精族
の未来が、あの魔族に掛かっているのだから、これ以上の皮肉は無かった。
 このミカルドの訪問が、吉になるかどうかは今はまだ、分からなかった。



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