NOVEL 3-6(Second)

ソクトア第2章3巻の6(後半)


 ある魔族は迷っていた。広がる森の中に、目標が居るのは分かっている。しかし、
広大過ぎて、どこから探せば良いのか、分からないのだ。その魔族は、アルスォー
ンだった。グロバスに、必ず倒して見せると言った以上、ミカルドを倒さない訳に
は、行かない。そして、この付近にミカルドの瘴気を感じていた。
 だが、迷いの森と呼ばれるだけあって、どこに何があって、住処がどこなのか、
ハッキリしないのだ。空から見ても、カモフラージュされている森が広がるだけだ。
アルスォーンは、次第に焦り始めていた。
 出来れば、スマートに終わらせようと思っていた。見つけて制裁を加えるだけだ。
手早く見つけて、終わらせようと思っていたのが、こんな時間を取らせていたのか
も知れない。これ以上の時間のロスは、相手の力を増大し兼ねない。
(少々強引な手を、使わなければなりませんか・・・。)
 アルスォーンは、溜め息をつく。余り、スマートな方法では無い。
「ミカルド!!聞こえていますね!貴方は、いつまで隠れているのですか?」
 アルスォーンは、大声で叫ぶ。
「私と勝負しなさい!そして、美しく散るのです!」
 アルスォーンは演説を続ける。
「・・・出てこなければ、この森を破壊します。」
 アルスォーンは、そう言うと手に瘴気を集める。本気らしい。
「そりゃ、随分と、手荒い挨拶だな。」
 突然、誰かが出てきた。言うまでも無かった。
「出てきましたね。裏切り者よ。」
 アルスォーンは、嬉しそうな顔をする。
「俺はやりたいようにやってるだけだ。アル兄貴こそ、今退けば、許してやっても
良いんだぜ?」
 ミカルドは、挑発し返す。
「笑止。今の私に、後退の文字はありませんよ?」
 アルスォーンは、瘴気を高め始める。
「そう言うと思ったぜ。俺に2度までも兄殺しさせるとは・・・罪な事してくれる
な。誰の差し金だ?」
 ミカルドも、瘴気を高める。
「自惚れてはなりませんよ。私は、自ら志願して、貴方を殺しに来たのです。」
 その言葉に嘘は無かった。アルスォーンは、グロバスに自ら志願したのだ。
「てっきり、親父が来ると思ったがな。」
 ミカルドは、クラーデスが来る物だと思っていた。
「父上は、ジークとやらを、叩きに行っているはずです。」
 アルスォーンの言葉に、ミカルドは眉を顰める。
「と言う事は、親父は・・・ジークに負けたのだな?」
 ミカルドは、予想をつける。
「馬鹿な事を。父上が、人間に負けるとでも?」
 アルスォーンは、クラーデスに絶対の信頼を置いていた。
「おかしくないか?ジークは、つい2週間前に演説してたじゃねぇか。お前は、俺
を探すのに、手間取っていたせいで、1ヶ月掛かったみたいだが・・・。」
 ミカルドは、ジークの演説を聞いていた。それだけに、クラーデスが失敗したと
思って当然だろう。アルスォーンも、その言葉にハッとする。
「そ、そんな訳無い!父上が、人間に?そんな馬鹿な事が・・・。」
 アルスォーンは焦り始める。クラーデスが、人間に負けるなど想像がつかない。
「兄貴は、人間を舐め過ぎだぜ。特にジーク。アイツは強いぜ?親父も、油断して
たら、やられる可能性はある。」
 ミカルドは、ジークを認めていた。人間の中でも、光る才能を持つ男だった。
「ぬうう。減らず口を!父上が心配だ。貴方を倒して、一刻も早く安心せねば!」
 アルスォーンは、力を溜めるとミカルドに襲い掛かる。
 ガシィ!!
 ミカルドは、アルスォーンの攻撃を、いとも簡単に受け止める。
「ぬうう!!」
 アルスォーンは、驚愕していた。ミカルドは、自分の覚えていた限り、自分達の
中では、一番強かったとは言え、凄い差がある訳でも無かった。
(少なくとも、グロバス様の元で修行した私より強いなどとは・・・。)
 アルスォーンは、修行で完全に、ミカルドを追い越していたと思っていた。
「何故貴様は、こうも強い!気に入りませんね!!」
 アルスォーンは、力を込める。しかしミカルドを押し戻せない。
「兄貴。甘い。確かに兄貴も強くなった。だが、それ以上に俺は修行してたんだぜ?」
 ミカルドは、エルザードや精鋭のエルフ達を相手に、死線を彷徨うような、特訓
を続けてきたのだ。いつまでも、同じ力なはずが無い。
「どこで!そんな奴は、見当たらなかった!!」
 アルスォーンは、こんな森の中にエルフ達の実力者が集まっている事は知らない。
「想像は勝手にするんだな。悪いが、俺が勝たせてもらう。」
 ミカルドは、アルスォーンの顔を思いっきり殴る。
「・・・貴様、私の顔を!!」
 アルスォーンは、憎々しげな眼で睨む。
「顔くらいで、ガタガタ騒ぐな。兄貴。今なら見逃してやっても良いぞ?」
 ミカルドは、2度の兄殺しはしたく無かった。
「ふざけるな!私にだって、誇りはある・・・。」
 アルスォーンは、ミカルドを睨みつける。どうしても弟に勝てない。
 アルスォーンは、その時、ある事に気が付いた。
(ミカルドは、妙な位置に居ますね。)
 アルスォーンは、ミカルドの居る位置に注目する。ミカルドは、ずっと同じ位置
に居た。話す時も、そこから動こうとしない。
(もしや・・・。)
 アルスォーンは、瘴気を溜める。そして、ミカルドの居る位置の同じ方向へ、瘴
気弾を放つ。ミカルドは、それを慌てて掴みに掛かる。片手で瘴気弾を受け止めて、
何とか威力を消す。それを見ると、アルスォーンはニヤリと笑う。
「ミカルド、その森には、何かありそうですね。」
 アルスォーンは、会心の笑みを浮かべる。ミカルドは、エルフの里を守っていた。
(さっきミカルドが出てきたのも、森を破壊すると言ってからでしたね。)
 アルスォーンは、ここぞとばかりに、大量の瘴気弾を森に向かって放つ。
「ちぃ!!」
 ミカルドは、大量の瘴気弾を、体を張って阻止する。
「良いザマですよ。ミカルド。」
 アルスォーンの顔が、狂気で歪む。
「何で分かってくれねーんだ。俺は、もう兄貴を殺したくねーんだよ!」
 ミカルドは拳を握る。
「何を愚かな事を。魔族に逆らった者には、死あるのみです。増して、そのザマで
まだ勝てる気ですか?ミカルド。」
 アルスォーンは、邪悪な笑みを浮かべる。
「その森に、何があるか知りませんが、共に滅びなさい。ミカルド!!」
 アルスォーンは、一際大きい瘴気弾を作る。
 ザンッ!
 その瞬間だった。ミカルドは、アルスォーンが気が付く前に、アルスォーンの目
の前に移動して、胸を貫く。
「・・・ガハアッッ!」
 アルスォーンは、血を吐き出すと、そのまま地面へと落下していった。そして、
地面では、虚ろな目をしたアルスォーンが、ミカルドを見つめる。
「俺は、さっきの攻防で兄貴との差を感じた・・・。こうなる事は分かっていた。」
 ミカルドは、アルスォーンに話す。
「自惚れでは・・・無かったのですね。・・・敵いませんね・・・。」
 アルスォーンは、苦しげだった。胸を貫かれているのだ。死ぬのも、時間の問題
だろう。ミカルドは、哀れな者を見る目をする。
「ミカルド・・・。貴方は・・・優しすぎる。魔族なのに・・・エルフを守ろうな
どと・・・。」
 アルスォーンは指摘する。
「何故、それを?」
 ミカルドは、ビックリした。一言も言ってないはずだ。
「ふっ・・・。思い出しただけです・・・。この辺りに、エルフの里・・・がある
とね。・・・そんな事では・・・父上は倒せませんよ・・・?」
 アルスォーンは、そう言うと、また口から血が溢れる。
「貴方は・・・私を圧倒的な力で・・・倒した。・・・負けてはなりませんよ。」
 アルスォーンは、ミカルドに訴える。アルスォーンの、せめてもの意地だった。
自分を倒したミカルドが、倒されないように祈るのだった。
「兄貴・・・。」
 ミカルドは、ガグルドの時とは気持ちが違った。あの時には、後悔が無かった。
ガグルドは、微塵も誇りが無かった。勝つためなら、何でもする外道だった。しか
し、このアルスォーンは、死ぬまで誇りを捨てないのだろう。
「父上・・・。役に立てずに・・・死ぬ・・・・この私に・・・お許しを・・・。」
 アルスォーンは、そう言うと、血を大量に吐き出して、そのまま動かなくなった。
 ミカルドは目を逸らす。アルスォーンは、最後まで魔族としての誇りを捨てなか
った。そして、ミカルドも、それに応えた。
(俺は・・・どこに向かえば良いのだろうな・・・。)
 ミカルドは、エルフの里を守りたいと思う。しかし、それが魔族として正統な行
いなのかも分からない。混迷のまま、魔族として生まれた自分を悔やむのだった。
 ミカルドは、そのままエルフの里に戻る。すると、エルザードやエルフ達、そし
てリーアが、心配そうに待っていた。
「どうした?」
 ミカルドは、皆が出迎えてくれるとは思わなかったので、ビックリする。
「お前は、何故、そこまでしてくれるのだ?」
 エルザードが、問い掛ける。
「なんてこたぁない。俺は、兄貴が気に入らないだけさ。」
 ミカルドは不敵に笑う。
「それは嘘だ!それだけのために、あそこまで瘴気弾は受けられぬ!」
 エルザードは、ミカルドが体を張って、この里を守り抜いたのを見ていた。
「もう良いよ・・・。ミカルド・・・。」
 リーアが前に出てきた。リーアは、目に涙を溜めていた。
「・・・リーア。」
 ミカルドは、リーアに近寄る。
「貴方は、意地を張りすぎだよ・・・。」
 リーアは、そう言うと、ミカルドの胸倉を掴んで服を少し脱がせる。すると、今
までの凄い特訓と、アルスォーンから受けたダメージのせいで酷い傷を負っていた。
「・・・俺如きのせいで、心配させたくねぇんだよ。」
 ミカルドは、服で胸を仕舞う。
「それにも程って物があるわ!私の回復魔法だって・・・完璧じゃないのよ!」
 リーアは、本気で心配していた。このままでは、ミカルドは意地のために、死ん
でしまう。リーアは、ミカルドの人の良さを知ってるだけに、心配だったのだ。
「ミカルド。俺は、お前の事を、只の魔族だとは思ってないぞ?」
 エルザードは、熱い瞳で、こちらを見つめてくる。
「フッ。参ったな。俺は、魔族だってのに・・・ここまで気に入られるとはな。」
 ミカルドは頭を掻く。
「そんな事関係あるか!お前は、命懸けで俺達の里を守った。それを、同胞と呼ば
ずして、何と言うのだ!」
 エルザードは、ミカルドが魔族であっても、このエルフの里には欠かせない奴だ
と思っている。それだけ、信頼に足りる奴である事は確かだ。
「しょうがねぇな・・・。とことん付き合ってやるよ。」
 ミカルドは、リーアの頭を撫でる。
「ミカルド・・・。でも約束してよ。もう無理はしないって。」
 リーアは、ミカルドに涙目で頼む。
「・・・お前のその顔には、弱いな。俺は・・・。」
 ミカルドは、肩の力を抜く。リーアは、それを見ると嬉し泣きしたのか、顔を埋
めてきた。ミカルドは、リーアの頭を再び撫でる。
 ミカルドは、名実共に、エルフの里の一員として認められるようになっていった
のである。ミカルドは、これも、自分の選んだ道と踏ん切りをつけるのだった。


 中央大陸の北の位置する所、バルゼの近くにルクトリア鳳凰教の本拠地がある。
バルゼの人々は、殆どが『覇道』を支持しているため、しばしば対立が起きたりも
している。とは言え、ルクトリアは『人道』を支持する人々が大半であるし、プサ
グルは、もっと多い。国に留まるのは、ほぼ不可能だと言えた。
 しかし、ここには『救世主』がいる。そして鳳凰神が居る。それだけでも、安心
感が違う物だ。人々は、ここの生活にも慣れてきたみたいで、自給自足の生活を営
んでいた。決して裕福では無い。しかし、貧相でも無かった。何より、神のために
尽くしているという安心感が、ここの人々を生き生きとさせているのだろう。
 アインは、改めて自分という存在が、どれだけ頼られているかを知る。『救世主』
となったからには、人々に尽くすのは当然であり、指針を示すのも義務だと思って
いる。しかし、予想以上のプレッシャーで、時々投げ出したくもなる。しかし、ア
インは投げ出さなかった。
(ジークは、いつもこのようなプレッシャーの中に居たのだな。)
 アインは、改めてジークの凄さを思い知る。自分の肩に、全権が圧し掛かると言
うのは、ここまで凄い事だったのかと知る。
 ネイガは、そんなアインを見て、色々と励ましてやっていた。そうしなければ、
アインは、押し潰されてしまいそうだったからだ。
 そんな、ある日の事だった。
「ネイガ様。私のような者で『救世主』が務まるのでしょうか?」
 アインは、ネイガに聞いてみる。
「アイン。務まる務まらないでは無い。君は『救世主』になったのだ。その意味を
考えたまえ。」
 ネイガは、アインを諭す。冷たい言い方だが、代わりは居ないのだ。アインにや
ってもらうしか無いのだ。そして今のアインは、応えるだけの力も持っている。
「ここに居る人々は、私に掛かっているのですね。」
 アインは、気を引き締める。結局、あれこれ悩んでも、自分がやらなければ、バ
ランスが崩れて、攻め込まれるだけである。
「・・・ん?」
 アインは、天から力を感じる。とてつもない力だ。
(この力・・・。神?)
 アインは、圧倒的な力を感じた。これ程の力となると、神ぐらいだ。
「・・・来たか。」
 ネイガは、それが誰だか分かっているようだ。ソイツは、地上に降り立つ。する
と、全容が見えてくる。威厳のある翼を持った男が、舞い降りてきた。
「・・・鳳凰神殿か?」
 ソイツは答える。
「如何にも。大天使長ラジェルド殿だな?」
 ネイガは、ソイツに向かって尋ね返す。
「ふむ。余こそ天使の長にして地上を平定する者。大天使長ラジェルドである。」
 ラジェルドは、やたら偉そうだった。
「大天使長!貴方が!よく来て下さいました。」
 アインは平伏す。大天使長は、神と同位とされているのだ。それ程の実力と、品
位を兼ね備えているのである。
「挨拶ご苦労。『救世主』殿だな。そなたの活躍には、期待している。」
 ラジェルドは、決まりきった挨拶を交わす。余り親しげでは無さそうだ。
「有難きお言葉です。」
 アインは、一礼すると、一歩下がる。
「ふむ。鳳凰神・・・ネイガ殿だったな。宜しく頼むぞ。」
 ラジェルドは、握手を求める。ネイガは握手をした。
「こちらこそ、宜しくお願いする。」
 ネイガも、決まりきった挨拶をする。ラジェルドは、どうにも実力を鼻に掛けて
いる気がした。確かに凄い力だが、この考えで、人々を纏められるか心配だった。
「しかし、けしからぬな。人間と手を組む神が居るとはな。」
 ラジェルドは、首を横に振る。
「ジュダ様の事かな?」
 ネイガは、尋ね返す。
「ふむ。竜神殿は、聡明なる神だと聞いておったのだが・・・。」
 ラジェルドは、鼻で笑う。どうしても気に入らないらしい。
「パム様とポニ様が説得に当たっている。きっと、ご朗報が帰ってくる。」
 ネイガは、ラジェルドに言い聞かせる。
「だと宜しいのだがな。まぁ良い。余が直々に、見回りをして見てこようぞ。」
 ラジェルドは、そう言うと、翼を広げて空へと旅立った。
「あれが、大天使長様ですか。」
 アインは、呆気に取られる。ネイガに対して、あそこまで高飛車な天使が居ると
は、思わなかった。それだけ特別扱いなのだろう。
「余り賛同出来兼ねる考えの持ち主だが・・・腕は確かだな。」
 ネイガはラジェルドを、そう判断していた。
「あれだけの実力を持っておられる大天使長です。信じますよ。」
 アインは、あくまで信じるつもりだった。
「君が、そう思うのなら由としよう。戦力は欲しい所だからな。」
 ネイガは、苦しい事情を考えなければならなかった。
 大天使長ラジェルド。新たな力となるか、それとも重荷になるかは、まだ誰も予
測出来なかった。


 ルクトリアでは、魔族と神々の勢力争いが、しょっちゅう行われるようになった。
どちらも、主義主張が違うのだ。受け入れられる訳が無い。それが、同じ国で、し
かも近い位置に拠点を置いているのだ。主な戦いは、下級の魔族と天使達、そして、
主義主張の違う人間達だった。どちらも多数の死者が出ている。しかし、周りの国
からの応援もあって、未だに小競り合いが続いているような状態だった。
 そんな中、ライルは、救済活動に出向いていた。例え『人道』の道とは違えども、
同じ人間である事には変わりはない。考えが変わる変わらない関係無しに、救済を
最優先とした。おかげで、被害も減ってきている。しかし『法道』と『覇道』には、
強力なバックがある。『救世主』であるアインと、この頃、新たに呼ばれるように
なった称号で『魔人(まびと)』として活動しているレイリーだった。グロバスは、
レイリーを特別階級としていた。『魔人』は、どの魔族の地位にも属さない。その
代わり、存在感如何で、どの魔族よりも、発言力のある位とした。他の魔族となっ
た人間は既に、魔族としての仲間入りをしているのだが、レイリーだけは『魔人』
として別に分けていたのだ。それには訳があった。
 レイリーのカリスマ性である。レイリーは、人を惹きつける何かがあった。更に
は、考え方も、人間である時と、魔族である時の考えの、両方を持ち合わせている。
魔族として分類するには、人間らし過ぎるが、力としては強力な魔族をも上回るの
だ。よって、特別待遇に、せざるを得ないという実情もあった。何せ体は魔族なの
だ。魔族の一員として扱わなければ、レイリーとて納得はするまい。先に魔族とな
ったルドラーには、そのカリスマ性が欠如しているのだ。人として、見るには、人
の時の考えを、捨て過ぎている。なので、魔族として扱っても問題無いのだ。レイ
リーには、それが無い。それだけに『魔人』として、区別しなければならないのだ。
 おかげでルクトリアは、いつまで経っても紛争が絶えない。ライルも頭を抱える
事が多い。いくらフジーヤやルースが、バックに居たとしても、中々解決出来る訳
でもない。とは言え、力で解決するには、人々だけの『人道』の陣営では、心許な
さ過ぎるし、何よりライルが、その方法を回避したいと考えている。
(何とか解決出来ない物かな・・・。)
 ライルは、その心でいっぱいだった。何とかしなければならない。
(父さんは、こんなプレッシャーの中で、王をやっていたのか。)
 ライルは、つくづくシーザーの偉大さを思い知ってしまう。
「ライル。余り一人で背負うなよ。」
 フジーヤが、声を掛けてくる。ライルは王なので、弱みを見せる事は無いが、こ
の友にだけは、時折、自分を曝け出す。ふと考え込むと、だいたい中央の庭園に足
を運んでしまうのだ。それがフジーヤには、バレてしまっていた。
「お前にも、苦労させてるからな。・・・ルースもな。」
 ライルは、ルースの事を気遣う。ルースは、息子であるアインが裏切った事で心
労が絶えないでいた。それ以来、ルースは、説得の時以外は、ずっと寝込んでいる。
アルドも倒れそうだったが、夫が苦しんでいる以上、自分が付いていなきゃ駄目だ
と言う事で、弱みを見せずにいた。
(姉さんにも、苦労を掛けているな・・・。)
 ライルは、溜め息をつく。既に、ライルは国民や兵士達に、アインやレイリーは、
自分の考えでやった事で、その事について、非難をしないように、嘆願板を街に配
布している。少しでも苦労を減らすためだ。国民も兵士達も、それで一先ずは、納
得してくれたが、紛争が続くと、そうも行かない。救済活動をしている最中に、襲
われたと言う報告も来ているのだ。国民も我慢の限界なのだろう。
「世の中も、ここまで来ると、何が何だか分からんな。」
 フジーヤは、軽い口調で答える。だが、呆れているのは事実だった。
「・・・そう悲観するな。いつかは、良くなる日も来るさ。・・・ん?」
 ライルは、自分に言い聞かせるように言った後に、空中のシコリのような物を、
発見する。そのシコリは、少しずつ大きくなっていく。
「・・・誰か来る・・・。」
 ライルは、警戒態勢に入る。兵士達もフジーヤの合図で、素早く駆けつける。こ
の辺の対応は、この頃しっかり鍛えている成果が出ているのだろう。
 そんな中、シコリのような物から、手が出てくる。そして、空間を開くかのよう
に、抉じ開けようとしている。
「何者だ!!」
 兵士の一人が叫ぶ。熱り立つ兵士をフジーヤが制止した。すると、空間は、やっ
と扉のようになって、中から誰かが出てきた。いや、誰か所では無い。いっぱい出
てきた。すると、全員で尻餅をついていた。
「・・・上手く行った・・・と言いたい所ですが・・・。申し訳ありません。」
 聞き覚えのある声がした。そして、聞き覚えのある姿を見せていた。
「ジ、ジーク!それにレルファ!おお。トーリスも!」
 ライルは驚いた。空間からは、ジーク達一行が出てきたのだ。
「久しぶりだね。父さん。」
 ライルは、頭を擦りながら挨拶をする。
「あっらー・・・。痩せたわねー。父さんたら。」
 レルファは、心配そうな顔をしていた。
「お前達・・・。フッ。何も言うまい。来てくれたのだな。感謝するぞ。」
 ライルは余計な事を・・・と言うのを止めた。子供達は、自分を心配して来てく
れたのだ。そして、ストリウスでの経験で自分達の力になってくれると信じて、来
てくれたのだろう。歓迎しなければならない。
「久しぶりです。父さん。ジュダさんが、やってた術を応用してみたのですがね。」
 トーリスは、フジーヤに挨拶する。
「詰めが甘いな。まぁ、術として、形になってただけマシだ。」
 フジーヤは、厳しい口調で言う。思ったより元気そうだ。
「ジーク叔父さん。・・・お父さんは?」
 ツィリルは、心配そうにしていた。
「・・・ああ。ルースは・・・。」
 ライルが、リアクションに困っていた。何せルースは、精神的な事で寝込んでい
るのだ。そんな事を、ツィリルに言うのも、憚られた。
「ここに居るぞ!良く帰ってきたな。」
 ルースが後ろから現れた。しかし、それが強がりだと言う事は、誰の目にも分か
っていた。明らかに窶れている。アインの事で、相当参っているようだ。しかし、
可愛い娘が来て、寝込む訳には行くまいと、姿を見せたのだ。
「・・・もう・・・。お兄ちゃん馬鹿なんだから!!」
 ツィリルは、本気で怒っていた。ルースが、ここまで弱っているのを、初めて見
たからだ。横にアルドが居るが、やはり少し疲れているようだった。
「来てくれて、母さん嬉しいわ。」
 アルドは、素直にツィリルに感謝の礼を述べる。
「・・・ううう。お母さん・・・。」
 ツィリルは、アルドの胸で泣き出してしまった。つい我慢してたのが、切れてし
まったのだろう。
(アイン・・・。この情景を見ても、何も思わないのか?)
 ライルは目を閉じる。親子が別の道に行くと言うのは、悲しい事だ。
「・・・お母さんは?」
 ドラムは、きょろきょろとドリーを探していた。
「ドリーさんなら、龍の巣へ帰ったよ。」
 ライルは告げてやる。
「えー・・・?そうなの?」
 ドラムは、かなり残念そうな顔をしていた。
「残念だが、そうだよ・・・。」
 ライルは、ドラムを諭してやる。
「・・・ならいっか!お母さんが僕の事を、認めてくれてるんだもんね!」
 ドラムは、一人で納得していたようだった。
「偉い!偉いぞ。お母さんも喜んでるぞ。でも、お母さんは、いつでも君の事を見
ているよ。それを忘れないようにね。」
 ライルは、ドラムの頭を撫でてやる。ドラムは涙を堪えながら頷く。
(良い子だな・・・。これで良いんだね。ドリーさん。)
 ドリーは、息子のために敢えて、そう判断したのだった。
「養父上。私の父は居ますかな?」
 サイジンは、ライルに尋ねる。
「・・・誰が養父上だ。グラウドなら、エルディスと共にパーズに帰っている。だ
が、今週中にでも、こっちに向かうといっていた。レイリーの事もあるからな。」
 ライルは説明してやる。
「そうですか。まぁ、愛するレルファが居れば、私には十分なのですがね。」
 サイジンが、また節操のない事を言う。
「皆の前で大声で言わないでよ。全く・・・。」
 レルファは、恥ずかしがっていたが、否定もしなかった。
(どうやら、レルファも本気らしいな・・・。)
 ライルは、この前の恋人宣言を思い出す。祝福してやろうと思う。
「お久しぶりね。」
 ルイが、ライルに挨拶してきた。
「フム。あれから腕を上げたようだな。ジークの奴は、俺のお墨付きだ。心配はし
て無かったけどな。」
 ジークに、特訓させるように仕組んだライルの目に、間違いは無かったようだ。
「お久しぶりデス。ライルさん。」
 ミリィも緊張しながら声を掛けてきた。
「ミリィさんだったな。俺の家で会った時以来か?」
 ライルは、ミリィには好印象を持っていた。かなりの料理の腕前だと言う事も、
聞いている。
「あー・・・。そうだ。一応紹介しておくよ。」
 ジークが、ミリィを見る。
「俺の・・・彼女のファン=ミリィさん。皆も仲良くしてやってくれ。」
 ジークは照れながら言った。皆、目をパチクリさせる。
「お、お前、本当か!?」
 ライルですら意外そうだった。
「歓迎するわ!宜しくね!ミリィさん。」
 後ろから、マレルが出てきた。
「あ。母さん。ただいま。」
 ジークは、いきなり母が出てきたので、緊張しながら言った。
「まぁ、ジークもお年頃って事よね。奥手奥手だと思ったけど、いざとなれば、や
るじゃないのよ。」
 マレルは、からかうようにジークの肩に手を掛ける。
「驚いたが・・・。俺も異論は無い。こちらこそ宜しくな。ミリィさん。」
 ライルは、ミリィと握手する。
「皆・・・。宜しくネ。幸せヨ。私・・・。」
 ミリィは、顔を真っ赤にしながら喜んでいた。兵士達から歓迎の拍手が鳴り響く。
「へぇ・・・。兄さんも決めちゃったんだ・・・。意外と早かったわねー。」
 レルファまで、冷やかしてきた。
「はっはっは!めでたい事ですな!」
 サイジンは、馬鹿笑いをしていた。
「何だか・・・出づらいなぁ・・・。」
 一人だけ、挨拶が遅れたゲラムは、出づらそうだった。
「普通に挨拶すれば、良いじゃない。」
 ルイは、気にしていなかった。
「そりゃそうだね。叔父さん!ひさしぶり!」
 ゲラムは普通に挨拶する。
「・・・?まさかゲラムか?」
 ライルは驚いていた。
「ううう。僕の事、忘れちゃったの?」
 ゲラムは、首をガクッと落とす。
「いや・・・驚いた・・・。結婚式の時より、また伸びてないか?お前。」
 ライルは、ゲラムの身長が急激に伸びているのを悟った。ゲラムは、冒険に出る
当初と比べると、30センチも伸びている。今では、ジークとあまり変わらないく
らい伸びてきているのだ。
「そうかな?まぁそうかも知れないね。」
 ゲラムは、あまり意識してなかったので、不思議そうな顔をしていた。
「ライル殿。お久しゅう御座る。」
 繊一郎が、ライルに挨拶を交わす。
「繊一郎さんも来ていたのか。・・・レイリーの事か?」
 ライルは苦しげな顔をする。
「ライル殿。レイリーの事は仕方が無い事で御座る。だが・・・この一件。拙者に
任せてくれると嬉しいので御座るが?」
 繊一郎は、真顔で見つめる。
「異論は無い。こちらからも、宜しく頼みたいくらいだ。」
 ライルは承諾する。親族である繊一郎でしか、レイリーの暴走は止められないの
かも知れない。
「何か、あるはずなので御座る。レイリー・・・。」
 繊一郎は、期待してただけに失望感も大きかった。
「大変そうだね。父さん。」
 ジークがライルに改めて話す。
「ふっ。お前の方こそ、大変そうじゃないか。」
 ライルは、息子が民衆の期待を、一身に背負っているのを感じた。
「お互い様って所だね。」
 ジークは苦笑する。ジークも、もう英雄の息子と言う立場では無いのだ。『人道』
を代表する、先導者なのだ。負けていられない。
「いつの間にか、神だの魔族だのを相手するようになるとはな・・・。親としては、
成長は嬉しい限りだが、複雑な気分だ。」
 ライルは心配だった。ジークとて万能では無い。いつか、倒されるのではないか?
と。親としては、恐ろしい相手に向かっていく息子を、送り出したくはないのだ。
「ところで・・・お前の目標は、見つかったのか?」
 ライルは、父親として、最初にジークが言った言葉を、思い出して尋ねる。
「もちろん。俺は、この旅で色んな人に会った。そして色々な事を経験した。」
 ジークは思い出す。レイホウと会った事。最初の依頼。ギルドへの入会。そして、
トーリスの悲劇。魔族の台頭。そして、今まで演じた死闘の事。
「俺は、如何に自分が、支えられてるかを知った。俺は、それを守るために全力を
尽くしたいと思う。臭い言葉かも知れないけど、手伝いたいんだよ。」
 ジークは、キッパリ言った。
「人を大事にするのが『人道』。それだけは、捨てるつもりは無いよ。」
 ジークは明確に答えた。
「ふっ。生意気な事を。言うからには、その考え、捨てるんじゃないぞ?」
 ライルは、嬉しそうに息子の肩を叩く。それは、ライルがジークを一人前だと認
めた証拠だった。
(俺には、出来過ぎた息子だな。俺の想像を超える答えを、見つけやがった。)
 ライルは、寂しそうに笑った。しかし、その顔は嬉しさの余りの、寂しさだと言
う事は、ライル自身にも分かっていた。



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