NOVEL 3-7(Second)

ソクトア第2章3巻の7(後半)


 ルドラーが死んだ後、ルクトリアでは警戒態勢が取られていた。いつ『覇道』が
攻めてくるか、分からない。警戒しなければならないのは事実だった。だが、魔族
も誇り高く戦っている言う事実が、魔族の評価を高くしていた。
 これは魔族も、いざ戦うとなると、思わぬ力を発揮してくると言う事も、考えら
れると言う事だ。追い詰められた時でも、諦めない強さと言うのは、他でも無い人
間達が、一番良く知っている。それだけに、今回の出来事で、より気を引き締めな
ければならない。今までの印象は、魔族と言うと、非道な手を使ってくる敵と言う
認識しかなかった。だが、その認識も、改めなくてはならない。
 しかし、ソクトアを魔族や神々に譲り渡すのは、どうしても納得いかない。自分
達の手で勝ち取ってこそ、価値がある。そう思う人間が、集まってこその『人道』
である。その中心人物こそがジークであり、ライルであった。
 そのライルやジーク達に、稽古を付けてもらう事は非常に名誉ある事だった。
 しかも、この頃は、仲間達も軒並みレベルアップしている。『人道』は、中立に
近い立場だが、その将来は希望に溢れていると言っても、過言では無い。
 ゲラムは、治療を受けつつも、既に稽古を始めてる様子だった。瀕死の怪我だっ
たはずが、もう治っている。これは、ひとえにトーリスとレルファの神聖魔法とゲ
ラムの驚異的な回復力の証でもあった。完全に治った訳では無いが、動くのに支障
は無いようだ。それでも、ルイなどは心配なのか時々見に来ている。
 そのルイも、闘気を発現出来た事で、自信を取り戻した。そして何より、強さを
実感出来ているのが、良い方向にある証拠だ。
 そして稽古だけでは無い。『法道』と『覇道』が争いを繰り広げると知ると、す
ぐ様、対応に行っている。その真摯さからか『人道』に戻る人も少なくないようだ。
 しかし、今日は『覇道』の動きがおかしかった。いつもは、大義名分を掲げて、
『法道』に仕掛けたり『人道』を牽制したりしているのだが、今日は、そんな様子
も無い。『法道』も、そんな様子に気が付いたのか、静まり返っている。
(妙だな・・・。)
 ここの所2,3日に一遍は、紛争があっただけに、この静まりようは異様とも言
えた。ただ単に、諦めたようにも見えない。
「・・・ジーク。注意しなさい。何かが近づいている!!」
 トーリスが、何かを感じ取ったようだ。それは、ジークも同じで、冷や汗が止ま
らないようだ。こんな事は、クラーデスと戦った時以来である。
(何だと言うのだ?この威圧感は・・・。)
 他の皆も感じ取ったようだ。段々と、それは近づいてくる。
(来る!!)
 ジークは、つい身構えた。いや、身構えさせられたのだ。
 そこには、少数の魔族の姿があった。しかし、堂々と正門から攻めてくる辺り、
大胆である。だが、中央に居る、明らかに威風堂々とした流麗な魔族が居るせいで、
その様子が全く可笑しくなく見える。
(何と堂々たる姿か・・・。)
 ライルでさえも、恐れ慄いた。
「・・・ここがルクトリアか・・・。」
 中央の魔族は、周りを見渡す。
「フム。力を感じる・・・。貴公がジーク・・・だな?」
 中央の魔族は、ギロリとジークの方を見る。一発で見抜く所は、さすがだ。
「そうだ。『人道』の代表、ジーク=ユード=ルクトリアだ!」
 ジークは、名乗りを上げる。声は震えていなかった。恐怖を乗り越える程の闘気
で、魔族を睨み付けたからだ。
「フム。お初にお目に掛かる。我は神魔ワイス。」
 ワイスが、名乗りを上げる。その名前を聞いて驚いた。
「ジュダさんが言ってた魔族最高位の神魔!そのワイスか!」
 ジークは思い出す。ジュダが、魔族の地位について、説明した事があるのを思い
出す。魔王より更に上の位である神魔は、神と同等の力があるとまで言われている。
それより上は、神魔王グロバスしか居ないとまで言われる程だ。
「知っていたとは説明する手間が省けると言う物。我が来た理由は、貴公らが、一
番理解していると思うが?」
 ワイスは、厳かに笑ってみせる。全てが余裕の態度、そして優雅なる態度で、満
ち溢れている。今まで対峙して来た、どの魔族にも当て嵌らない雄大さだ。
「先に『人道』を潰そうって言うんだな?」
 ジークは、燃える様な目で睨み付ける。
「ふむ。竜神、剣神が不在の状態は、正に打って付けの瞬間なのだよ。いずれ対峙
する事にはなるだろうが、貴公らが、力を付け始めたら厄介なのでな。」
 ワイスは、翼の後ろから銀色の玉のような物を付ける。
「我は、クラーデスのように最初から油断したりはせぬぞ?」
 ワイスは、瘴気を放つ。とてつもない力だった。
(何て事だ・・・。こんなに圧倒的だと言うのか!?)
 ライルは唖然とする。神魔とは噂に聞いていたが、ここまで凄まじい力だとは思
わなかったのだ。神に匹敵すると言う謂れは、決して間違っていないようだ。
「・・・俺が行かなきゃ・・・駄目な様だね。」
 ジークは、決意の目をしていた。
「私も手伝いましょう。」
 トーリスが前に出る。
「ジーク。貴方一人の戦いでは、ありませんよ。」
 サイジンも前に出る。その目は覚悟に満ち溢れていた。
「フッ。我は楽しみたい。何人来ようが構わぬぞ?」
 ワイスは、嬉しそうな笑みを浮かべる。こんなにワクワクするのは久しぶりだ。
命のやり取り、しかもギリギリになればなる程、面白い。そうワイスは考えている。
「援護は私がやるわ。」
 レルファは、後ろで待機と言う事になった。
「センセー。わたしも、絶対サポートするんだから!」
 ツィリルも夫のために、命を懸ける覚悟だ。
「僕も・・・。」
 ゲラムが、前に出ようとするのを、ルイが止めた。
「アンタは駄目よ。私が、貴方の代わりに、大暴れするから見てなさい。」
 ルイは前に出る。ゲラムは、悪戯っぽく笑うと、承知する。
「私だって、牽制くらい出来るネ。」
 ミリィは、覚えたての忍術でフォローするつもりだった。
「僕もやる!」
「駄目よ?ドラムちゃんは、見てなさい。」
 レルファが止める。ドラムに無理させる訳には行かない。
「嫌だ!皆が闘ってるのに、待ってるなんて嫌だ!」
 ドラムも決意溢れる目をしていた。いつの間にか、ドラムも闘う眼差しが出来る
ようになったようだ。
「ドラムちゃん・・・。なら約束して・・・。絶対死んじゃ駄目よ?」
 レルファは念を押す。
「レルファ姉ちゃんもだよ!」
 ドラムは、震えながらレルファを元気付ける。
「若い奴らに全てを任せる訳には、行かんな。」
 ライルも前に出る。ジーク達を見て居たら震えが、止まってきた。
「ライル殿の言う通りで御座る。拙者も、助太刀致す!」
 繊一郎も、やる気に溢れていた。
「俺達は、見届けよう。絶対に死ぬなよ?皆・・・。」
 ルースは、見ている事にした。とてもレベルに、付いて行けないのだ。
「ま、いざと言う時の蘇生は、俺に任せろ。」
 フジーヤは軽口を叩く。しかし、もう蘇生するだけの魂を、集めていないので実
際は、もう出来ないのだ。皆もそれは承知している。発破を掛けただけなのだ。
「・・・絶対勝ってね!」
 ゲラムは、フジーヤとルースの所に集まる。
「10人か・・・。クックック。楽しみな事だ!」
 ワイスは、毛穴から全てが飛び出るのでは無いか?と思わせる程の瘴気を放つ。
燃えて来ている証拠だ。
「さぁ、このワイスの全ての力を、貴公らに、ぶつけるとしよう!」
 ワイスは、更に強力な瘴気を出す。何と無限に瘴気を放つ物か・・・。今まで戦
わなかった分、蓄えた瘴気を、ここで全て出すつもりなのだろう。
「皆・・・俺が切り込む!トーリスと繊一郎さん、ドラムは、中距離での援護を!
ミリィとルイは、それぞれ回りこんで、斬り付けてくれ!レルファ!ツィリルと一
緒に、後方からの援護を頼む。そして、父さん、サイジン、俺の後の攻撃を頼むぞ!」
 ジークは、こうなったら割り切るつもりで居た。編隊を組む事で、闘いに集中し
ようと思った。そして、その切り込み役は自分が、やるつもりだった。
「神魔ワイス!アンタの力に敬意を表する。俺も、力の限りを今ここに、ぶつける!
行くぞ!怒りの剣!!」
 ジークは、封印を解くかのように背中に背負った怒りの剣を抜き放つ。その刀身
は、ジークの心を反映するかのように、ギラギラと輝いていた。
「行くぞ!!」
 ジークは、その言葉と共に、神速とも言うべき速さで、怒りの剣を振るう。それ
を、ワイスは片腕で受け止める。その横から付いて来たライルとサイジンの攻撃を、
もう片方の腕で、同時に受け止めていた。そして後ろに回っての、ルイとミリィの
攻撃を、何と翼であしらう。更には、トーリスの魔法や、繊一郎、ドラムの忍術な
どを、銀色の玉からの瘴気の玉で相殺している。恐るべき強さである。ここまで、
完璧に対応出来るのは、魔族の中でもワイスやグロバスくらいな物だ。
「くぅぅ!」
 ジークは、改めてワイスの底知れぬ強さを思い知る。
(強いなんて物じゃない。桁違いだ。)
 ジークは、一旦構えを整える。
「フフフハハハ。」
 ワイスは、笑いながらジークが整えてる隙に瘴気の玉を、それぞれに打ち込む。
「行くわよ!」
 レルファとツィリルが、それを見て『障壁』の魔法を唱える。魔力による、衝撃
を防ぐための壁を作る魔法だ。しかし、それも押され気味である。
(凄いプレッシャー!!でも!)
 レルファは、ここで防御を緩める訳には行かなかった。緩めたら、皆に瘴気を食
らわせる事になる。
「ハァァァ!!『氷砕』!!」
 トーリスは、勢いをこちらに向けるため、氷の中でも高度の魔法である『氷砕』
の魔法を唱える。無数のツララが、ワイスを襲う。
「『氷砕』。『雷影』。」
 ワイスは、瘴気を一旦引っ込めると、トーリスの『氷砕』を自分も同じ『氷砕』
を唱える事で相殺する。さらに間髪入れずに、雷を迸らせる魔法『雷影』を唱える。
(魔法を同時に唱える!?そんな馬鹿な!)
 トーリスは、驚愕する。ワイスは魔法を、二つ同時に発動したのだ。魔法を練る
間隔が無いという事だ。恐ろしい事である。
「危ない!センセー!『爆砕』!!」
 ツィリルが、トーリスに向かってくる『雷影』を『爆砕』で打ち消す。
「助かりました。ツィリル。」
 トーリスは、本気でそう思っていた。今打ち消さなければ食らっていただろう。
「ぬぅぅぅ!!『火遁』!『電迅』!」
 繊一郎が、忍術を立て続けに放つ。
「ふっ・・・。甘い。」
 ワイスは、それをなんと腕一つの衝撃波で、打ち消してしまう。
「デヤァァァ!!」
 ジークが怒りの剣で切り込む。自分が行かなければ、防戦一方になってしまう事
を悟ったのだろう。サイジンとライルも、それを悟ってか、ジークの攻撃に続くよ
うに、剣を振るう。ワイスは両腕で対抗していたが、ジークの諦めない剣捌きで、
徐々に追い詰められるのを感じた。そこで、ワイスは翼を使って上空に浮かぶ。
「そうは行くか!」
 皆『空歩』を使って、空中戦に持ち込む。やはり、覚えていた方が、戦況は有利
になるようだ。しかし、ワイスは振り向くと、両手に瘴気を集めて、ジークに向か
って打ち出す。
「危ない!ジーク!『光砕陣』!!」
 ライルは、ジークの危険を察知して、不動真剣術の五芒星を使った衝撃波である
『光砕陣』を放つ。しかし、それでも瘴気は止まりそうに無い。
「不動真剣術!防技『回陣(かいじん)』!!」
 ジークは、瘴気を剣を回転する事で、防御する技『回陣』で、防ぎに掛かるが、
それでも瘴気は押してくる。
「ハァァ!!でぇい!!」
 サイジンは、その瘴気の塊が、ジークの『回陣』で小さくなっていく隙を捉えて、
忍術で強化した剣で、真っ二つに斬る。やっとの事で瘴気は消えた。
「今のを防ぎ切るとは・・・。面白い!」
 ワイスは、瘴気を漲らせる。
(何て奴だ・・・。まだ衰えを見せないとは・・・。)
 ライルは、ワイスのスタミナにも驚愕する。
「ええい!!」
 ドラムは、いきなりワイスにビンを投げつける。ワイスは、それを手刀で割る。
すると、ビンの中に入ってた物がワイスの体に掛かる。
「皆!炎の魔法を使うんだ!」
 ドラムは叫ぶ。すると、トーリスが『火球』、ツィリルやレルファなどは『火矢』
他の皆は『火遁』を浴びせる。
「ぬぅぅ!!」
 ワイスは、振り払うが、それは逆効果だった。投げつけたのは、油だったので、
物凄い勢いで、全身が火に包まれる。
「やった・・・か?」
 ジークは、目を見張る。ドラムも咄嗟にしては、良く思いついたものだ。
「ドラム!お手柄だよ!」
 レルファも喜んでいる。ドラムは胸を張る。
「・・・フッフッフッ。そこの子供・・・。やるな。」
 なんと火に包まれながら、ワイスはニヤリと笑う。
「ヌゥウゥゥン!」
 ワイスは、気合と共に炎を吹き飛ばす。瘴気をバリア代わりに使っていたらしい。
(なんて勘の良さだ・・・。)
 明らかに効くと思ったのだが、ワイスは跳ね返してきた。
「どうした?絶望感に苛まれてる様だが?」
 ワイスは圧倒的だ。こんな魔族が、存在するなんて信じられる物では無い。
「何たる強さ・・・。拙者達では勝てぬ・・・。」
 繊一郎でさえも、諦めムードが漂っている程だ。
「戦意を無くしたか。まぁ、それも良かろう。」
 ワイスが、頼まれた任務は『人道』を叩き潰す事だ。
「諦めるなんて、らしくないよ!!」
 後ろからゲラムの声が、聞こえてきた。
「ゲラム・・・。そうだな。俺達らしくない事だったな。」
 ジークは、闘いたくても闘えない、ゲラムのためにも、諦める訳には、行かない
のだ。ジークは、自らの精神を奮い立たせる。
「フッ。足掻くか。それも悪く無かろう。」
 ワイスは悠然と構える。こんなに簡単に決まってしまうのでは、面白くないのだ。
(とは言った物の・・・どうする?)
 ジークは、次の手を考えなくては、ならなかった。ただ闘っていたのでは、勝ち
目は無いだろう。
(ん?・・・あれは・・・。)
 ジークは、ワイスの取り付けている銀の玉に注目する。薄っすらと、光っている。
闘ってもいないのに、どういう事なのだろう?
(もしや・・・あれが、瘴気の供給源?)
 ジークは、無数にある銀の玉に狙いを付ける事にする。
「トーリス。俺に考えがある。皆、悪いが攻めまくって、俺を好きに動かさせてく
れ。そうすれば、活路が見出せるはずだ。」
 ジークは、トーリスに耳打ちする。
「良いでしょう。必ず活路を見出して下さい・・・。」
 トーリスは了解する。トーリスにも、分かっているのだ。このままでは、全滅す
ると言う事をだ。そのためには、何らかの奇策も狙ってみなくてはならない。
「サイジン・・・。父さん。あの玉を狙うよ。」
 ジークは、小声でサイジンとライルに伝える。
「分かった。任せろ。」
 二人共、了解したようだ。
「皆さん。私に、魔力を分けて下さい。」
 トーリスが呼びかける。するとトーリスは、魔力を掌に集める。既に、凄まじい
程の魔力弾が出来上がってる。そして、繊一郎とドラムは、ワイスの注意を引き付
けるために、忍術を片っ端から撃っていた。そして、ミリィとルイは、弾き返され
ながらも、諦めずに攻め続ける。
「ハァァァァァ・・・。」
 トーリスは、魔力を集中させる。
「これ程の魔力を受け止める器があるとは・・・。只者では無いな。」
 ワイスも、一目置く。トーリスは、魔神レイモスの力を受け止めた事がある器だ。
不思議では無いのかも知れない。
「もらった!!」
 サイジンとライルは、銀色の玉に攻撃する。
 ガキィィィン!!
 ワイスは、その銀色の玉を操作して弾き返す。
「残念であったな。」
 ワイスは、ジーク達の作戦を読んでいたようだ。
「くっ!なんて事だ!!」
 ライルは悔しがる。ワイスは、あれだけ他の奴と戦いながらも、こちらの動きを
読んで来ている。恐ろしい奴である。
「ヌォォォォォ!!」
 その後ろから、ジークが怒りの剣に闘気を集中させている。
「あの構えは!!」
 ライルは、ジークの構えで何の技を繰り出すか、分かっていた。
「ぬぅぅ!人間の器を越えし者達よ・・・。我と勝負するか!」
 ワイスも燃えてきた。トーリスとジーク以外の者を、吹き飛ばしてみせる。
「くっ!」
 皆は吹き飛ばされながらも、闘気はジークに、魔力はトーリスに渡していた。
「食らいなさい!!これぞ、私が編み出した究極の魔法!『氷神(ひょうじん)』!」
 トーリスは、魔力を全て凍てつく力に変えて、魔法を撃つ。その力は絶対零度ま
でに達していた。その絶対零度を繰り出す魔法こそが『氷神』であった。昔やった
時は、暴走しそうだったので、最後まで出来なかった。しかし、器が広がって、皆
の協力を得た今は、出来ないとは思わなかったのだ。
「ヌゥゥゥ!何たる力よ!!」
 ワイスは、絶対零度の力を両手で受け止める。凄まじい力だ。しかも、只の凍て
つく力では無い。皆の魔力が篭っている。それだけに、勢いも凄い物があった。段
々腕が、凍傷のようになって来ている。ワイスだからこそ、凍傷程度で済んでいる
と言っても過言では無かった。
「ハァァァ!!」
 ジークは、ジャンプする。その瞬間の事だった。怒りの剣が呼応する。
 ザンッ!
 ジークの斬撃は、凄まじい速さと威力で、その速さは光を越えていた。
「あれは、正しく、不動真剣術の秘儀。『越光(えっこう)』・・・。」
 ライルは、自分が黒竜王を倒した時の技を、思い出す。それこそ、ジークが今放
った『越光』だった。光をも越える速さの剣。それは、死の覚悟と、必ず倒すと言
う精神力が無ければ、放てない技だった。謂わば捨て身の剣である。
「グゥゥゥ!ヌァァァ!!」
 ワイスは、苦しみだす。ワイスの銀色の玉を繋ぐ翼からの触手を、全て断ち切っ
たのだ。
「やりおったな・・・。我の魔銀を離すとは・・・。」
 ワイスは、魔銀によって、力を増幅させて戦うのが常である。無くなれば、中々
の痛手だった。しかし、ジーク達は、それ以上の痛手だった。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
 ジークは、『越光』を放った後の体の負担が、今になって出て来ている。
「くっ・・・。」
 トーリスも、魔力を使い果たして、ツィリルの肩に掴まなければならない程の疲
れを見せている。
「フフフ。この我から魔銀を離したのは、褒めてやろう。だが、その後が続かぬよ
うだな。このチャンスを、物にしない我では無いぞ。」
 ワイスは、気持ちを奮い立たせて瘴気を出し始める。まだ、かなりの瘴気を残し
てあった。無限とまでは行かないまでも、衰えを知らない瘴気の持ち主だった。
「これまでか!!」
 ライルが悔しがる。だが、この瘴気を受け止められるのは、ジークやトーリス以
外に居るだろうか?更には、そうでなくても、さっきの攻撃で、皆、傷ついている
のである。果たして受け止められるのだろうか?
「・・・仕方が無いで御座るな。」
 繊一郎は目を瞑る。そして、皆を見る。
「レイリーに見せてやりたかった、最終奥義を見せてやるしか無いようで御座る。」
 繊一郎は、晴れやかな顔をしている。
「繊一郎さん?」
 ジークは、繊一郎が何を言ってるのか理解し兼ねた。
「トーリス殿。お主に、この最終奥義を授ける。・・・だが、出来れば、使わぬま
まで居て欲しいで御座る。」
 繊一郎は、トーリスを見つめる。
「・・・繊一郎さん?何をする気なのですか?」
 トーリスは、嫌な予感がする。
「ほう・・・。繊一郎とやら・・・貴公は、何か希望を残しているようだな。」
 ワイスは、繊一郎の力を感じている。だが、とても自分に及ぶ程の実力では無い
と見ているが、その決意から、とんでもない事をしてくると言う雰囲気は感じた。
「ここで貴公を邪魔する事は出来るが、敢えて、その挑戦を受けようではないか。」
 ワイスは、敢えて瘴気を高めるために、時間を使う。
「お主の戦い振りに、感謝するで御座る。そして、お主ほどの魔族が、我が生涯最
後の相手になる事を、誇りに思うで御座るよ!!」
 繊一郎は、源を高め始める。
「繊一郎さん!」
 ドラムやレルファ、ツィリルが寄ってくる。サイジンやトーリスも寄ってくる。
「フフッ。お主達は、拙者の可愛い弟子達で御座る。レイリーに、宜しく言って置
いてもらいたい。拙者は、忍びとして恥ずかしく無い生き方を選ぶで御座る。」
 繊一郎は爆発的に源を高める。しかし、その高まり方は異常とも言えた。
「繊一郎おじさん!!死なないよね!!」
 ドラムが、涙目で近寄ってくる。皆も心配そうに見ていた。
「ドラム。お主も男なら、拙者の最期を見届けてくれ申さん。」
 繊一郎は、暖かい目をしていた。
「後は頼むぞ!!皆の衆!!」
 繊一郎は印を結ぶ。そして、その印を結ぶ度に、繊一郎の手の甲に文字が浮かぶ。
「これだから・・・人間は面白い!!」
 ワイスは、繊一郎の並々ならぬ源を感じて楽しんでいた。
「繊一郎おじさん!止めてーーーーー!!」
 ツィリルが叫ぶ。
「繊一郎さん。私達に忍術教えるのは、どうするのよ!!」
 レルファが涙目になっていた。
「・・・そうです!私達は、まだ最後まで教わってません!」
 サイジンも叫ぶ。しかし繊一郎は微笑んだだけだった。
「・・・皆。無駄です。もう繊一郎さんは、後に戻れません・・・。」
 トーリスは目を瞑る。
「どうしてなの!!」
 ドラムがトーリスに聞く。
「あれを見なさい。」
 トーリスは、指を差す。繊一郎の足元だ。そこには、赤い何かが渦巻いていた。
「あれは何!?」
 皆ビックリする。
「あれは・・・生命です・・・。繊一郎さんは、生命力を力に変えているのです。」
 トーリスは、唇を噛みながら言う。止められない自分が悔しいのだ。
「気付いたか・・・。もう拙者が搾り出しても、源だけでは駄目なので御座る。」
 繊一郎は覚悟していた。繊一郎の源だけでは、この奥義は成功しないし、ワイス
に通じないと・・・。
「生命か・・・。貴公の生き様は、感服に値する・・・。」
 ワイスは敬意を表する。あれだけ出していては、もう繊一郎は助からないだろう。
「技が決まってから言うで御座る・・・。それに、この忍術を食らったら・・・例
え、お主でも道連れにする自信はあるで御座るぞ。」
 繊一郎は、最後の印を結び終わる。
「良かろう・・・。貴公の覚悟。しかと受け止めよう!」
 ワイスは、瘴気を集中させて防御の型を取る。
「・・・出でよ!!八界の龍よ!!」
 繊一郎は、叫ぶと同時に手を地面に付ける。すると、自然に魔方陣が出来る。
「ぬ!!」
 ワイスは、その魔方陣から、只ならぬ強さを感じ取る。
「ここに八界の門を用意する・・・。我が契約に基づく龍よ!その姿を現せ!!」
 繊一郎の叫びで、龍が今にも出てきそうになる。
「第一の龍、赤龍!第二の龍、青龍!第三の龍、金龍!第四の龍、銀龍!第五の龍、
凍龍!第六の龍、神龍!第七の龍、海龍!第八の龍・・・冥龍!!」
 繊一郎は言い放つ。すると恐ろしくも美しい龍達が、8匹出てくる。しかも、そ
のダイナミックな源を、腹に抱えていた。
「我が敵の殲滅を願う。行け!八龍よ!最終奥義『八界遁(はっかいとん)!』」
 繊一郎が叫ぶと、龍は一斉にワイスに襲い掛かる。
「素晴らしい・・・。何たる力よ・・・。」
 ワイスは、八界の龍を羨望の眼差しで見ていた。こんな強さが、存在すると言う
のが、何よりも素晴らしい事だと思った。
「だが・・・我は、敗れる訳には行かぬ!!」
 ワイスは、龍の侵攻を一匹一匹、全ての力を注いで阻止する。
「ヌゥオオオオオオ!!」
 ワイスは唸り声を上げる。それでも、龍の咆哮は止まらない。凄まじいまでの力
である。そして、ついにワイスは、龍を気合と瘴気で吹き飛ばした。
「フゥゥゥ・・・ヌゥ!!」
 ワイスは、全て吹き飛ばしたと思ったが、青龍が残っていた。その青龍が、ワイ
スの首筋を噛み千切る。ワイスは血を吐くと、その勢いで倒れる。
「す・・・凄い・・・。」
 ルイですら、つい見惚れてしまう程の、龍達であった。
「・・・ふふっ・・・。」
 繊一郎は、低く笑うと満足そうな笑みを浮かべながら倒れる。
「繊一郎さん!!」
 皆が駆け寄る。もう繊一郎は、息が荒くなっている。生命力が微塵も感じなかっ
た。一生懸命、レルファやトーリスが『治療』の魔法を唱えるが、全く通じなかっ
た。既に死に体なので、魔法を受け付けないのだろう。
「拙者・・・これで悔いは無いで御座る・・・。」
 繊一郎は、血を吐きながら、優しげな目で皆を見る。
「しっかり!!繊一郎おじさん!!」
 ツィリルが、繊一郎の頭を抱えながら泣きじゃくる。
「ふふっ・・・。お主達は拙者の・・・可愛い弟子達で御座る・・・。」
 繊一郎は、既にしゃべるのも辛そうだった。
「これだけの人に囲まれて・・・拙者、幸せで御座ったよ・・・。」
 繊一郎は、修行していた時代では、考えられない程の人に囲まれていた。
「繊一郎おじさん!!死んじゃ駄目だ!!」
 ドラムは涙が止まらなかった。
「・・・男は・・・強く生きなきゃ・・・駄目・・・で御座・・・る。」
 繊一郎は、ドラムの髪を少し撫でる。
「強く生きるよ!!だから死なないで!!」
 ドラムは繊一郎の手を握ってやる。
「約・・・束・・・で・・・御座る・・・ド・・・ラム・・・。そして・・・もう
一・・・度・・・貴女・・・に・・・会い・・・た・・・か・・・った・・・。け、
け・・・い・・・ど・・・の・・・。」
 繊一郎は、ドラムの手を握り返した後、首の力が無くなる。やがて、手の力も無
くなっていった。繊一郎は、そのまま目を開ける事は無かった。最期に残した言葉
は、誰に宛てた物だろうか?
「繊一郎おじさーーーーーーーーーーーーーん!!」
 ドラムは、悔し涙でいっぱいだった。身近な人が死ぬのが、こんなに辛い物だと
は思わなかったのだ。
「繊一郎さんは・・・誇り高い人だったな・・・。」
 ジークは、そう言うとドラムの肩に手を掛ける。
「うん・・・。ジークさん!僕は強くなりたいよ!!」
 ドラムは、ジークの目を真摯に見つめる。
「その想いが、あれば強くなれる。頑張るんだ!・・・でもその前に・・・。」
 ジークは、ワイスの方を見る。
「感謝する。神魔ワイス。アンタのおかげで、繊一郎さんは心残りなく逝けた。」
 ジークは、ワイスが倒れてると言うのに言う。すると、ワイスは起き上がった。
「・・・勇者への礼だ。貴公達も、繊一郎に負けぬ闘いをせよ。」
 ワイスは死んでいなかった。ダメージは決して浅くは無い。だが、致命傷にはな
らなかったのだ。その事を、ジークは見抜いていたのだ。
「高潔な魂を引継ぎし者達よ・・・。その闘いを見せてもらうぞ。」
 ワイスは、死力を振り絞って瘴気を放つ。
「ジーク!!これを飲め!!」
 観戦していたフジーヤが、何かを投げて寄越す。ジークは一気に飲み干した。
「うわっ!にげーーーー!!何だよ!これ!」
 ジークは、吐き出しそうになるが、堪えて飲み干した。
「神聖魔法を、タップリと掛けておいた秘蔵の薬だ。一本しか無いんだ。これで、
決めろよ?・・・繊一郎のためにもな。」
 フジーヤは取って置きの薬をくれたのだった。
「おおお!!力が湧き出る!!まるで、今までの闘いが嘘のようだ!!」
 ジークは、体の奥底から力が湧き出るのを感じた。
「・・・私達は・・・退いた方が良さそうですね。」
 トーリスは、皆に合図する。そう。今ジークの体は全快に近い。それ以外の皆は、
もう満身創意なのだ。
「本当は・・・繊一郎が、何かやる前に渡すつもりだったんだがな・・・。」
 フジーヤは、渡すタイミングを誤ったのだ。
「フジーヤさんは、悪くない。繊一郎さんは、例え今の薬の事を知ってても・・・
『八界遁』を使ったと思うよ。」
 ドラムは、繊一郎の気持ちを察していた。ドラムは精神的に成長しているのかも
知れない。昔のドラムならフジーヤに噛み付く所だった。
「ジーク!無理しちゃ駄目ヨ!」
 ミリィは、ジークに念を押す。分かっている。こんな事を言っても、ジークは無
理するに決まっているのだ。だが、言わずには、いられなかった。
「ミリィ。俺は・・・まだ死ぬには若いからな!そう簡単には死なない!」
 ジークは、怒りの剣を構える。
(お前の心・・・。受け取った!)
 突然、怒りの剣から声が発せられた。この剣は、生きていると言う事すら、ジー
クは、忘れていたのでビックリした。
(お前の心は、憎しみを超えた。怒りや憎しみすら、闘気に変えようとしている。
その心は、この私にも伝わったぞ!ジーク!)
 怒りの剣は、そう伝えると自らの形を変えていく。
「怒りの剣が・・・変わっていく!?あの時の俺のように!!」
 ライルは、自分の黒竜王との闘いを思い出す。あの時も、激しい怒りを剣に伝え
ると、宝剣ペルジザードは、怒りの剣へとその形を変えた。
「・・・ヌゥゥ・・・。」
 ワイスは、冷や汗を掻く。とてつもない力が、剣に宿るのが、ワイスにも伝わっ
てくる。だがワイスは、その力を敢えて見たいと思っていた。魔族として、その力
の正体を見極めたかったのだ。
(お前は怒りの心、憎しみの心、正義の心、安らぎの心を全て捨て去ってでも、闘
う力を得たいと思っている。その想いを、私にぶつけろ!全てを捨て去って、私に
ぶつけるのだ!そうすれば、新たな力が生まれるはずだ。)
 怒りの剣・・・いや、既に怒りの剣では無くなっている。ジークは、剣の言う事
に従って心を静める。すると、心に空洞が生まれるのを感じた。
(これは・・・何だ?全てが無くなっていく・・・。なのに何で力が?)
 ジークは、疑問に思う。しかしジークは、その疑問すら力に変えていく。
(受け取ったぞ!お前の『無』の心を!!全てを超えた、無の心をな!)
 剣は、それを悟った瞬間、凄まじい程の勢いで何かを迸らせる。
(無を体現する剣・・・か。)
 ジークは、ただひたすら、相手を超えたいと願った。その心が『無』に繋がった
らしい。剣も、その想いに同調する。
「・・・。怒りの剣は消えた。ここに在るは『ゼロ・ブレイド』・・・。」
 ジークは命名する。その声に剣も応える。
「ゼロ・ブレイド・・・か。良かろう・・・。その力を我に見せよ!!」
 ワイスは、あらん限りの瘴気を振り絞る。
「ワイス。アンタは敬愛出来る魔族だ。だからこそ、この剣に宿った新しい力の全
てを、アンタにぶつける!!俺は・・・アンタを超えてみせる!」
 ジークは、ゼロ・ブレイドを掲げる。すると、とてつもない無の力が流れてくる
のが分かった。
「正直、俺は怖い。それくらい、この力は、とてつもない物だ・・・。」
 ジークは肌で感じる。人間が発現して良いかすら、分からない程の力だ。
「例え何が起ころうと、我は後悔せぬ。さあ。来るが良い!!」
 ワイスは、とことん力比べを楽しむつもりだった。ワイスは、魔族の生き方とし
て、間違っているのかもしれない。勝利を優先すれば、いつでも倒せたはずだ。だ
が、そんな勝利に、ワイスは興味が無いのだ。魔族らしい魔族かも知れないが、そ
れは魔族にとってプラスかどうか、分からなかった。
「ハァァァ・・・。」
 ジークは、ゼロ・ブレイドに意識を集中させると目を見開いてワイスに突っ込む。
「一振りで決める!!不動真剣術に、新たなる秘儀を加える!」
 ジークは、そう叫ぶとゼロ・ブレイドを水平に構える。そして、円の動きでワイ
スを捉える。そして、ワイスに斬り掛かった。
「剣筋は見、切った!!甘いぞお主!!」
 ワイスは、ジークの剣先を両腕で挟み込むように、白羽取りしようとする。
 ザンッ・・・。
 その瞬間だった。恐ろしい事が起こった。何と、ワイスの両腕はゼロ・ブレイド
に触れた部分が、消えて無くなったのだ。そして、そのままワイスは、肩から足の
付け根に掛けて、真っ二つに斬られる。
「ヌグォォォォォォ!!ギィィィアアアアアアア!!!」
 ワイスは、この世の者とは思えない叫び声を上げる。それもそのはずだ。痛みを
通り越しているのだ。何せ斬った部分は、全て無くなっていたからだ。
「・・・不動真剣術。秘儀『無音』。」
 ジークは、そう言い放つとゼロ・ブレイドを鞘に入れる。どうやら、鞘に入れる
と普通の剣に戻るようだ。鞘が消えると言う事は無かった。
「・・・何と言う・・・力よ・・・。見事だ・・・。」
 ワイスは、ニッコリ笑っていた。悔いは無かった。
「俺自身、恐ろしいと思っている・・・。アンタに勝てたのは、アンタが、この力
を目覚めさせてくれたからだ・・・。」
 ジークは、ワイスを見つめる。どうしても、無碍にしたく無かった。
「ふっ・・・。自業自得と言う所か・・・。我も、不器用な生き方だな・・・。」
 ワイスは、溜め息をつく。だが、そのための器官すら、もう無い。呼吸すら苦し
いはずだ。だがワイスは、最後まで足掻こうとしなかった。
「教えてくれ・・・。アンタは、何故そこまで闘うんだ?」
 ジークは、不思議でならなかった。今の闘いでさえ、ワイスは楽しんでいた。
「・・・知りたいか?」
 ワイスは尋ねる。すると、ジークは首を縦に振った。
「・・・魔族だからだ・・・。我は・・・魔族として、生を受けて・・・後悔した
事は無い・・・。・・・一つだけあるとすれば・・・。」
 ワイスは、虚ろな目で空を見上げる。
「我が・・・息子の事か・・・。」
 ワイスは、鼻を鳴らす。何とも人間臭い事を言う物だと、自分でも思う。
 ついにジークは、涙が出てしまう。
「我のために泣くか・・・。甘いな・・・。だが、悪くない・・・。」
 ワイスは、目を瞑り始める。
「・・・グロバス様・・・。済まぬ。・・・そして・・・健蔵よ・・・。誇り高く
生きる事を忘れるな・・・。」
 ワイスは、驚きの言葉を口にする。健蔵は、忘れたくても忘れられない名前だ。
「・・・我が愛する息子・・・健蔵よ・・・。我の力を託す・・・。受け取るが良
い!!そして我が誇りを・・・忘れるで無いぞーーーーーー!!」
 ワイスは、そう叫ぶと、とても晴れやかな顔のまま意識を失う。そして、2度と
目を覚ます事の無い眠りについた。消滅したのである。
「・・・健蔵の親父だったのか・・・。」
 ジークは、哀れに思う。あの口調からして、健蔵とは親子らしい会話をしてない
のだろう。そして健蔵は、これを知った時に、自分を恨む事になるだろう事も、予
想出来た。だが、ジークは、その時こそ、誇り高く受けようと思っていた。
「ワイス・・・。アンタの生き様を、俺は忘れない。」
 ジークは、そう胸に秘めると、晴れやかでは無い空に向かって誓うのだった。
 こうして、ジークは、神に匹敵する魔族、神魔ワイスを滅ぼした。
 だが決して、これが終わりでは無い事を肌で感じるのであった。


 その瞬間だった。妖精の里に出掛けていた健蔵は、吐き気を催した。動悸が止ま
らない。もう少しで、妖精の里だからだろうか?それにしては、動悸が止まらない。
いつも闘う覚悟が出来た時は、止まる物だが・・・。
(おかしい・・・。何かが起こった・・・。)
 健蔵は、嫌な予感が拭えなかった。
「健蔵様。どうなされました?」
 ミライタルも、不思議に思う。健蔵の様子が、おかしいのだ。
「・・・黙っていろ。」
 健蔵は弱みを見せたくなかった。しかし、それは一瞬にして砕かれる事になった。
 ドサッ。
 健蔵の手の中に、何かが落ちてきた。その瞬間、健蔵の全身の血が凍った。
「馬鹿な!!ありえぬ!!」
 健蔵は、何かの間違いだと思った。そこに落ちてきたのは、魔族の角だった。
「何でしょうか?その角は?」
 ミライタルは不審に思う。
「黙れと言っている!!」
 健蔵は血走った眼で見る。明らかに普通では無い。
「・・・ワ、ワイス様ーーーーーーーーー!!」
 健蔵は、血相を変えて反転する。その角はワイスの角だった。健蔵が良く知りえ
る形だ。間違いない。これが血塗れで落ちてきたのだ。尋常な出来事では無い。
「け、健蔵様!?」
 ミライタルは健蔵の後を追う。
(ワイス様が、やられた?・・・馬鹿な!人間如きに?馬鹿な!!しかし、この角
は?・・・危機を知らせる物!?・・・馬鹿な!ありえぬ!!ワイス様の強さは、
私が一番良く知っている!!・・・この血は・・・間違いなくワイス様の物だ。そ
んな馬鹿な!ありえない!!嘘だ!嘘に決まっている!!)
 健蔵はパニックを起こしていた。かつて、こんなパニックに陥ったのは初めてだ
ろう。唯一絶対の存在であるワイスが、危機に陥ってると言うだけで気が気では無
い。しかし、魔族は、自分の角を折って自分の後を託すと言う慣習がある。
(やられる訳が無いのだ!!!人間如きにな!!)
 健蔵は自分に言い聞かせる。
「健蔵様!ここまで来て、引き返すおつもりですか?」
 ミライタルは悔しそうにしていた。それはそうだ。自分を封印した者を、亡き者
に出来るチャンスなのだ。それを見逃したくないのだろう。
「・・・死にたくなければ、これ以上、口出しするな。」
 健蔵は、本気でミライタルに睨みを効かせる。
「・・・分かりました。」
 ミライタルは唇を噛みながら、渋々従った。まだ、この男には勝てない。むざむ
ざ死ぬ訳には行かないと判断したのだろう。
「急ぎで確認しなければ、ならん事がある。次元城まで扉を出すぞ。」
 健蔵は、剣に瘴気を集中させると空を斬る。すると、そこから扉が現れて、そこ
は、次元城に繋がっていた。この古代魔法『転移』は、自分の行った所にしか行け
ない。なので、帰還する時に、主に使う魔法なのである。健蔵の場合、魔力では無
く、瘴気を用いて、同じ効用の扉を作り出した訳である。
 その扉を開いて、次元城の王の間の前に立つ。少しフラついた。当然である。こ
の『転移』は、魔力でもそうなのだが、相当なパワーが要る。なので、どうしても
急ぎの用が無い限りは、使わないのが普通だ。
「・・・健蔵か?」
 扉の奥から声が聞こえた。実際は非常に小さく聞こえるが、それは、この部屋の
防音効果のためで、叫んでいるはずである。
「はい。ただいま戻りました。」
 健蔵は平静を努める。健蔵も声を大きくして、それに答える。
「ミライタルも一緒だな。ミライタルは下がれ。健蔵だけ入るが良い。」
 グロバスの声は扉の奥から、また聞こえた。ミライタルは、憮然とした表情をし
てたが、グロバスの命となれば、聞かない訳にも行かなかった。
「健蔵、ただいま入ります。」
 健蔵は、一礼すると部屋に入る。すると、中央にグロバスが居たが、どうにも様
子がおかしい。
(やはり、何かあったのでは?)
 健蔵は動悸が、またしても高鳴る。
「健蔵・・・。これは受け取ったか?」
 グロバスは、健蔵が持っていた物と同じ物を見せる。
「・・・はい。」
 健蔵は角を取り出す。間違いなく同じ角だった。左右対称なのが違うくらいか。
「ならば・・・意味は分かるな?」
 グロバスは無念そうに目を瞑る。
「信じませぬ。」
 健蔵は声が震えていた。どうしても、納得出来なかったのだ。
「お前の気持ちも、分からぬでも無い・・・。」
 グロバスは言葉を選んでいた。無理もない。健蔵にとって、これほどショックな
出来事はない。まだ現実を受け入れられないのだろう。
「これは罠でございましょう?人間達が仕掛けた、心理作戦でありましょう?」
 健蔵は自分でも、何を言っているのか、分かってないようだ。
「・・・冷徹なようだが・・・これは間違いなくワイスの角だ。」
 グロバスは事実を突きつける。
「嘘で御座いましょう!?俺は、信じませぬ!!!」
 ついに健蔵の緊張の糸が切れたようだ。認めれば、ワイスの死を認める事になっ
てしまう。信じられなかった。
「好い加減にせよ!・・・これは事実だ!!ワイスの討ち死には、私も確認した。」
 グロバスは、ワイスの最期を見ていた。それは、この角が教えてくれた。この角
には、ワイスの想いの全てが篭っていた。その想いを、健蔵とグロバスに送ったの
であった。グロバスは、ワイスの気持ちが胸に染みていたのである。
「健蔵。この角を額に当てよ・・・。ワイスの想いを聞け!」
 グロバスは、無念そうな顔をしていた。
「・・・俺は、ワイス様の最期など見たくありませぬ!!」
 健蔵は首を横に振る。
「お前は、見なくてはならない・・・。」
 グロバスは健蔵の願望を拒否する。
「何故でありますか!!部下が、上司の最期を見る程、残酷な物はありませぬ!」
 健蔵は強く語る。ワイスが死んだ事は事実だろう。しかし健蔵は、そんな姿を見
たら、自分の信じてきた物が瓦解しそうで嫌なのだ。
「・・・しょうがない・・・。ワイスからは、口止めされていたのだがな・・・。」
 グロバスは、ワイスに心で謝罪しておいた。
「息子として、父親の最期を見届けなくてはならない。・・・意味は分かるな?」
 グロバスは健蔵に明かした。
「・・・な、何ですと?」
 健蔵は意味が理解し兼ねていた。パニックに陥ってしまっていた。
「お前の父親・・・それが、あのワイスだ。分かったら、角を額に当てるんだ。」
 グロバスは、諭すように言う。ワイスの今までの功績がなければ、ここまで優し
くは言わなかっただろう。しかし、ワイスの誇り高き最期を見届けたので、どうし
ても健蔵に、これを伝えなくてはならないと思っていたのだ。
(ワイス様が・・・。俺の?・・・まさ・・・か・・・。)
 健蔵は、恐る恐る額に角を当てる。
「・・・ウワァァァァァァ!!」
 健蔵にワイスの色々な想いが伝わってきた。そこには、ワイスが人間を愛した事。
そして、健蔵と初めて会った時の事。母親への想い。そして、健蔵を如何に見守っ
ていたかという事。そう。それは、ワイスの健蔵への全てが込められていた。そし
て、ワイスの誇り高い最期まで、残されていた。
 健蔵は一気に、この出来事が頭の中に入っていく。唇はガタガタと震えている。
しかし、最期のメッセージを伝え終わると目が覚めた。そして、ワイスの全ての想
いが、健蔵に伝わっていくのだった。
 そして、ワイスは、残った力全部を、角に託したらしく、健蔵に力が湧き出てく
るのが分かる。これは、ワイスの最期の遺産とも言えた。
「・・・伝え終わったか・・・。」
 グロバスは健蔵の力が膨れ上がってくるのを確認する。伝え終わったのだ。
「ワイス様・・・。俺は・・・貴方の息子だったのですね・・・。」
 健蔵は、今までのワイスへ仕えた事を思い出す。そして、その一挙手一投足が、
健蔵のためにあったのだと知ると、涙が止まらなくなった。
「健蔵よ・・・。ワイスの息子だと言う事・・・。誇りに思うが良い。」
 グロバスは、最大級の賛辞を送る。通常グロバスは、死人を褒める事はしない。
だが、ワイスは賛辞に値した。
「はい。ワイス様の息子と言う事実は、俺の誇りに致します。」
 健蔵は、グロバスに改めて忠誠を誓うのだった。
「だが・・・人間・・・ジークだけは、必ず俺の手で八つ裂きにしてくれます。」
 健蔵の目に憎しみが篭った。憎しみは魔族にとって、最高の瘴気の基だった。健
蔵は、ワイスが倒された事で、それがより一層強くなったようである。
「だが、俺もワイス様の名に恥じない闘いを望みます。」
 健蔵は、少々荒れると、止められない所がある。しかし、ワイスの想いを伝え聞
いた後、どのように変化するか見物だった。何より冷静に闘えば、健蔵は霊王剣術
を極めた程の達人でもあるのだ。それに、ワイスからの遺産に覚悟があれば、間違
いなく、ワイスを超える逸材になるだろう。
「良かろう。私も無粋では無い。健蔵よ。ジークの元に行くが良い。」
 グロバスは命じる。本当は、ジークが力に目覚めたばかりなので、止めたい。だ
が、健蔵は、止められないだろう。分かっているからこそ、グロバスは健蔵の可能
性に賭けてみる事にした。
(運命の分かれ目だな。ワイスを失った今、健蔵が倒れれば、魔族は負けるだろう。
だが、健蔵が勝てば、神に拮抗するかもしれぬ戦力を得る事になる。)
 グロバスだって馬鹿では無い。ただの可能性だけで行かせる程、愚かでは無い。
その後の勝算を考えているのだ。
 その時だった。ワイス遺跡から、とてつもない力を感じた。健蔵も同じみたいで、
ワイス遺跡の方向を見ている。
「何事だ・・・。凄まじい力が、唸りを上げている・・・。」
 グロバスが、つい慄く程の凄まじい力だった。それは、間違いなく神魔の力だっ
た。しかしワイスの物では無い。
 それは、ワイス遺跡から地上に一気に出た。どうやら『転移』を使ったらしい。
「健蔵。行くぞ。」
 グロバスは、急いで次元城の外を見る。健蔵も、後から付いて来た。
「フフフハハハハハハハハ!!!!」
 次元城の外で、ソイツは笑っていた。
「・・・クラーデス!!」
 グロバスは叫ぶ。そう。ソイツは間違いなく、クラーデスだった。どうやら神液
の試練を克服したようだ。
「グロバスか。良い物をくれて感謝する。色々気付かされる事もあった。」
 クラーデスは、笑みを浮かべていた。
「お前は、神液の試験をクリアしたようだな。」
 グロバスはクラーデスの強さが、以前の物より段違いになっているのに気がつく。
「ああ。・・・なる程な。これが神の力とやらか。悪くない。」
 クラーデスは、何と神気を放っていた。
「な、何だと!?」
 グロバスも、これには驚く。クラーデスは長い時間を掛けて、神の力を退けたの
では無く、神の力を、我が物としていたようだ。瘴気が一段と強くなったのを感じ
たのは、その反動のせいかも知れない。
「そして・・・これが闘気。そして、これが魔力か。」
 クラーデスは、闘気や魔力までも己が物としていた。もはや、この世で、表現出
来ない力は、無いとさえ言える。
「全ての感情が力となる。悪くない感覚だ。全ての物を知り、全ての者を超越出来
る存在。俺の理想とする所だ。」
 クラーデスは、次々と物を吸収する。感情さえも、力に出来る術を持っているよ
うだ。明らかに、以前の荒々しいクラーデスとは違う。
「ワイスは、やられたようだな。」
 クラーデスは、健蔵の持っている角を見る。
「・・・貴様と違い、誇り高き死を選んだのだ。」
 健蔵は、そう言い返すのが、やっとだった。
「ワイスは、魔族の中の魔族。しかし、奴ほどの武の者も少ない。奴は、闘いを好
み過ぎた。ジークが開眼した『無』の力は、新たなる脅威に繋がる。」
 クラーデスは、分析を始める。凄まじい冷静さだ。とても、魔王の時と同じ魔族
とは思えない程だ。
「貴様が、何故それを知っている?それに、ワイス様を愚弄する気か?」
 健蔵は、憎しみの目を向ける。
「そうではない。奴が開眼させなくても、ジークは、やがて究極なる『無』の力の
存在に気が付いただろう。それは、止むを得ない事だ。」
 クラーデスは、神気を放っている。このまま見ると、神に見えるくらいだ。
「俺は、全ての力を手に入れた。もはや、神々ですら俺を止める事は出来ぬ。」
 クラーデスは、何とジークが開眼した『無』の力を発する。
「この力もまた、全ての存在の上の一つだ。」
 クラーデスは、無の力を天に向かって放つ。すると、次元の狭間にあるはずの、
この城の空に穴を開ける事に成功する。
(とうとう化けおったか・・・。)
 グロバスは、クラーデスの神液の試練は、予想以上の物だと知る。
「グロバス。今後は『覇道』の指揮は、俺が執る。」
 クラーデスは、言い放った。
「・・・自惚れでは無いらしいな。より強い者が、治めるのは『覇道』の論理。だ
が、お前には、もはや信念が無い。任せられんな。」
 グロバスは反論した。決して単純に任すのが嫌な訳では無い。クラーデスは、力
に対しての欲求が全てであり、それ以外は、無駄と捉える考え方に変わっている。
「ふっ。俺の論理が間違っていると思うなら、それでも良い。だが、部下達は、ど
うかな?貴様より俺の方が力がある。これは、魔族にとって全てでは無いか?」
 クラーデスは、呼びかける。そしてクラーデスは、空にビジョンを写す。すると、
クラーデスが空に写った。これは、先にグロバスがやった方法と同じだ。
「皆の者。良く聞くが良い。俺の名はエブリクラーデス。全ての存在を超越し、そ
の力を体現する者だ。」
 クラーデスは、名前を言い換えた。全てを意味する言葉を名前の前に付けたのだ。
「今、ソクトアは3つに割れている。『法道』『人道』『覇道』と。争いが絶えず
続いている。しかし、それは愚かな事だ。」
 クラーデスは演説する。とても魔王の時とは思えない程の重圧感だ。
「『法道』は神が、作る法の下、導かれるように動く。だが、神は、貴様達を認め
ては居ない。神の奴隷となる者達に、未来など無い。」
 クラーデスは『法道』を否定する。
「そして『人道』。奴らは、人間こそが人間を救い得ると考えているらしい。だが、
人間に何が出来る?人間は、寿命が短い分、移ろい易く脆い者達だ。例え今が良く
ても、その内に崩壊する事は明らかだ。未来は無い!」
 クラーデスは続いて『人道』の弱点を述べた。
「そして『覇道』。この3つの中では、平等とも言えるこの道だ。魔族も人間も無
い。強い者こそが治める。それは理に適っている。だが、安寧の時は無い。常に主
が変わる可能性を秘めているからこそ、争いが絶える事は無いだろう。」
 クラーデスは『覇道』までも否定する。
「そこで俺は『無道』を宣言する。このソクトアは、一回無に返すべきなのだ。再
生の時に、間違いが起こらなければ、恒久的な安寧が得られるだろう。『無道』に
殉ずる事で、このソクトアは、安寧を得られる事が出来るのだ。神や魔族、そして
人間と区別するから、間違いが起こるのだ。全て管理のした上で、間違いを起こさ
ない。それが、このソクトアの理想だと俺は宣言する。」
 クラーデスは『無道』を宣言した。
「そのための破壊は、止むを得ない。だが、その後に訪れる安寧を手に入れるため
に、立ち上がる時が来たのだ。全てを超越した、この俺にしか出来ぬ事だ。我こそ
は、と思う者は、付いて来るが良い。ワイス遺跡で俺は待つ。・・・以上だ。」
 クラーデスは、そう言うと、ビジョンを消した。
「・・・本気らしいな。クラーデス。」
 グロバスは、クラーデスの反乱を脅威と感じていた。今の論理には穴が無い。し
かし、破壊の後の再生には保証が無い。従う訳には行かなかった。
「俺は理想を作るために、このソクトアを破壊する。間違ってると思うのなら対抗
するが良い。」
 クラーデスは、グロバスを鼻であしらう。
「お前の理想は、全てを自分の手で作る事とはな。だが、お前の理想を手伝う程、
私は出来ておらぬ。出て行くなら出て行け。私は私の道を行く。」
 グロバスは、クラーデスとの決別を決定する。
「この場は去ろう。他の道の愚かさを知らしめるのも、一興だろう。」
 クラーデスは『無道』を、信望する者達が来ると確信している。
 こうしてソクトアは、より混迷の時代を迎える事になるのである。
 『無道』。それは、今を絶望する者にとって甘美な誘いでもあった。



ソクトア3巻の8前半へ

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