NOVEL 3-8(First)

ソクトア第2章3巻の8(前半)


 8、激闘
 ルクトリア城は、神魔ワイスを打ち倒した喜びに溢れ返っていた。それが、若き
英雄であり、自分達の王の息子であるのだから、尚更だ。ジークの実力は、自他共
に認められるべき物であり、何人も、これに異を唱える者は居なかった。
 若き女性の間からはジーク、サイジン、トーリスのファンクラブまで出来ている
ようで、大変な盛り上がりであった。レルファやツィリル、ミリィにルイにまで、
ファンクラブが出来ているようで、それが元で兵士に志願したと言う者も、少なく
ないと言う。何とも現金な話ではあるが、内情を知れば、パーティーの絆は割れな
いと知ってか、残念がる兵士も居たくらいだ。しかし不思議と、それが原因で辞め
る兵士は少ない。それは、ひとえにライルの王としてのカリスマ性と、ジークの英
雄としての、資質のおかげかもしれない。兵士達は、この人達のために、命を投げ
打っても構わないと言う、風潮まで出て来ている。
 ライルは、そんな現象を有難く思ったが、利用しようとまでは、思わなかった。
実力が違いすぎる魔族との戦いで、盾として兵士を使ったら、『人道』に反してし
まうからだろう。
 そのルクトリアでは今、ある噂で持ちきりだった。それは、ジークが病気になっ
たと言う話だ。ジークが突然の病で倒れて、静養中だと言う事である。
 その話は、事実であって事実で無いと言える。倒れている事は事実である。この
頃、ジークを見かけた兵士が居ないのだ。それもそのはずで、自室で高熱を出して
いるのだ。しかし、これは病気が原因では無かった。
 トーリスが診断をして、ジークの倒れた原因を探っている。兵士が来ても、立ち
入り禁止にしていて、外部に漏れないように細心の注意を払っているようだ。
(・・・間違いないようですね。)
 トーリスは診断していて、ある種の結論に達した。
「・・・悪いな・・・。トーリス。」
 ジークは、薄目を開けながらトーリスに感謝する。トーリスが、色々看病をしな
ければ、もっと苦しんでいた所だ。ミリィやレルファと交代で看病している。
「気にする必要はありません。貴方の病の原因は、私達のせいでもあります。」
 トーリスは、ある結論に達していた。
「どういう事だ?」
 ジークは、目をパッチリさせる。
「疲労ですよ。この頃の連戦と『無』の力を使った反動が、来てるんですよ。貴方
が、いくら強靭な体を持っているとは言え、『無』の力は、余りにも体に負担を掛
け過ぎていると言う事です。」
 トーリスは、説明してやる。人間の体の限界以上の強さで、ワイスを倒したジー
クだ。それなりの反動が、今来ているのである。
「無理しちまったって事か・・・。俺も修行不足だな。」
 ジークは、中々動かない体を呪う。
「じっくり静養する事です。その疲労に対しては『精励』ですら、効かないみたい
ですし。体に闘気が戻るまでは、静養が一番です。」
 トーリスは、溜め息をつく。ジークは、まだ無理をしようとしている。
「それと・・・父さんがくれた薬。あれも問題でしたね。副作用のある薬では、あ
りませんが、今回は、使った力が悪かったようです。『無』後からの反動と重ね合
わせて、薬の効果の反動が、貴方に来ているようです。」
 トーリスは、フジーヤの渡した薬についても説明してやる。確かに便利な薬では
ある。だが、謂わば無理をするための薬だ。その後、『精励』などで精力を蓄えな
ければ、体の方が参ってしまう。だが、『無』の力の反動で、ジークは『精励』が
効かない状態にある。そのせいで、薬の反動も受けてしまったようだ。
「私にも力があれば・・・。繊一郎さんも死なせずに済んだ物を・・・。」
 トーリスは目を瞑る。繊一郎は、すでに棺に入れてある。義弟であるエルディス
が、こちらに向かっているとの事なので、それまで埋葬するのを止めると言う事で
決定したのだった。
「・・・トーリス。『八界遁』だけは、真似するなよ?」
 ジークも、繊一郎の壮絶な最後を思い出す。凄まじく強力な忍術だけに、体に掛
かる負担は、物凄いのだろう。トーリスは、繊一郎から引き継いだ忍術を胸の中に
仕舞ってある。そして、最後の奥義『八界遁』を見た事で、全ての忍術をマスター
したと言える。榊流忍術の正当後継者は、レイリーが魔人となった今、トーリスし
か居ない。魔法と忍術を極めたトーリスは、ジークとは違う意味で強いはずだ。
 だが、それを全部使える程のキャパシティは、トーリスには無い。それを今後磨
いていくつもりなのだろう、とジークは思っていた。
「心配し過ぎですよ。それに・・・私が体調が万全の時ならば、あそこまで、体に
負担をかけずとも八界の龍は呼び出せます。繊一郎さんは、それも分かってて、私
の目の前で見せたのです・・・。一回は、使わなければならないかも知れません。」
 トーリスは、ジークを安心させる。ここで言ってる事は、あながち嘘でも無かっ
た。トーリスは闘気を磨いている。魔力は神々に匹敵するキャパシティを持ってい
る今、闘気さえ、もっと出せれば、出来なくもない技だった。そして、一回使わな
ければならない時とは・・・レイリーとの闘いかも知れない、と思っていた。
(レイリーには、この忍術を見せて、目を覚まさせなくては・・・。)
 トーリスは、繊一郎の想いを、忍術と言う形でぶつけるつもりだった。
 すると、外からノックの音がした。
「・・・誰です?」
 トーリスが、警戒態勢に入る。ここは一般の兵士が、入っては行けない所だ。そ
のため、サイジンと傷が癒えたゲラムが見張っているはずだった。
「・・・エルディス=ローンだ。」
 外からエルディスの声がする。そして足音を聞く限り、繊香と麗香も居る様だ。
「お入りください。」
 トーリスは表情を和らげる。
「ジークさん。久しぶり。」
 繊香が挨拶する。そして深々と頭を下げる。
「エルディスさんに繊香さんに麗香さん。ハハハっ情けない格好を見せちゃいまし
たね。・・・繊一郎さんの事は・・・申し訳ありません。」
 ジークは、まずその事を謝った。自分が、もう少し力があれば、守れたと思って
いるのだ。しかし、それを聞いて繊香はビックリする。
「兄は・・・強情な方でした。例えジークさんが、万全であったとしても・・・彼
の技を使っていたに違いありません。それに、兄は満足していると思います。」
 繊香は分かっていた。繊一郎は強者との闘いを求めていた。そして、その最もた
る魔族の最高峰の者と闘って、討ち死にしたのだ。それは繊一郎にとって、最高の
幸せだったに違いない・・・と。
「それと・・・繊一郎さんは、最期に女性の名を出していました。誰か心当たりが?」
 トーリスは、繊一郎が最期に出した名前を覚えていた。
「・・・もしや、あの方では?」
 繊香は、思い出したように言う。
「知っているのですか?」
 トーリスは、探るように言う。
「・・・兄上が、結婚しなかったのは、彼女が忘れられなかったから・・・。」
 繊香は、知っているようだ。どうやら、繊一郎に想い人が居たようだ。結婚しな
かった理由は、それだったと知る。
「あの人か・・・確かに強烈な人だったな。・・・ライルも知っているはずだ。俺
達が若い頃に、突如現れた人達の一人だ。繊一郎さんは、その一人と、非常に親し
かったと言う。俺は、少ししか会ってないが、英雄と呼ぶに相応しい人だった。」
 エルディスも知っているとなると、有名な人物なのかも知れない。
「その人に会えずに・・・死なせてしまうとは・・・。」
 トーリスも悔やむ。繊一郎は、そのまま死んでしまったのだ・・・。
「お前達が気にする事じゃないさ。それに・・・本来なら、俺達が、謝らなきゃな
らん。迷惑を掛けてるのは、こっちだしな。」
 エルディスは無念そうな顔をしていた。それはレイリーの事だろう。
「レイリーは・・・本当に帰って来ないのかしら・・・。」
 麗香は、心配そうな顔をする。こんな時は、お気楽な事を言ってる場合では無い。
こんなに深刻な麗香は、初めて見た。
「アイツの性格を良く知っているつもりだった・・・。苛烈な生き方を望む奴だっ
て事は、知っていた。・・・だけど・・・人間としての道を誤るとは・・・。」
 エルディスは無念だった。自分達の教育は、間違っていたとさえ思う。
「私は・・・信じますわ。・・・でも止められなかったら。」
 麗香は、弟を信じている。まだ魔族に心酔した訳では無い。と思っている。だが、
説得に失敗した時の覚悟は、出来ているようだった。
「麗香・・・。」
 繊香は、娘の気丈な姿を初めて見た。それだけに痛々しいとさえ思う。
「皆さん。レイリーは、信念まで捨てていません。それに賭けましょう。」
 ジークは断言する。レイリーは、強い者が君臨すると言う『覇道』を支持して、
魔性液を飲んだに過ぎないと、ジークは思っている。ライルが断言していたので、
間違っていないとジークは思う。
「そうね。肉親の私達が、信じてあげなきゃね。」
 繊香はニッコリ笑う。
「信じるさ・・・。俺の息子だ・・・。最後まで諦めたりはしない。でも、それが
叶わなかった時は・・・アイツを止めてくれるな?」
 エルディスは、ジークの目を見る。
「やめて下さいよ。俺は信じてますよ。」
 ジークは、肩の力を抜きながら話す。
「エルディスさん。大丈夫です。私が、繊一郎さんの意志をレイリーに見せます。
それで目覚めさせる自信は、あります。」
 トーリスが、真剣な目でエルディスを見る。
「そうか・・・。トーリスが、榊流忍術を継いだんだったな・・・。こんな事、言
える立場じゃない事は分かっているが・・・頼む。」
 エルディスは心苦しくも、トーリスに頼んだ。そして、土下座をする。
「俺は・・・どうなっても構わないんだ。アイツを止めてくれ・・・。」
 エルディスは、断腸の思いだった。これでレイリーが、どれだけエルディス達に
想われていたか分かると言う物だった。
(レイリー・・・。貴方は、恵まれているのですよ・・・。)
 トーリスは、そう思わざるを得ない。
「顔を上げて下さい。私は、出来る限り善処します。信じて下さい。」
 トーリスは、ニッコリ笑ってみせる。それは榊流忍術の継承者としての、自覚も
目覚めた顔だった。
「そう言えば・・・グラウドさんは、どうしたの?」
 ジークは、てっきりグラウドも来る物だと思っていた。
「ああ。来てるよ。でも「見舞いって柄じゃない」とか言って、サイジンと色々積
もる話をしてるみたいだ。」
 エルディスは、説明してやる。ジークは納得する。グラウドらしいと思った。
 そのグラウドは、サイジンと話を続けていた。見張りをルイと変わってもらうと、
レルファとグラウドを連れて、自室に招いたようだ。自室と言っても、ジークもそ
うだが、ライルが用意してくれた客室の事だった。だが、客室と言えど、さすがは
復興したルクトリア城で、5、6人は話し合えるスペースは十分にあった。
 サイジンは、防音が整ってるのも幸いだと思っていた。レルファとグラウドを椅
子に腰掛けさせる。自分も簡易の椅子を用意して座る。
「何ヶ月振りだ?」
 グラウドは、まずそこから話す。ぶっきらぼうな、グラウドらしい話し方だった。
「トーリスの結婚式以来ですから・・・3ヶ月振りくらいですかね。」
 サイジンは数える。確かに、それくらいだった。その間にさえ、色々な事が起こ
った。今ソクトアは、非常に不安定な時代を迎えているのである。
「いつの間にか、お前も『人道』の中心に、なりつつあるか・・・。変わったな。」
 グラウドは、自分の息子の成長が嬉しいと思った。
「父上のおかげですよ。世辞で言ってる訳では、無いですよ。」
 サイジンは、心からそう思っていた。
「よせよせ。むず痒くなる。」
 グラウドは照れていた。父らしい仕草である。
「サイジンは頑張ってました。私も保証します。」
 レルファが口を挟んでやった。
「ハハッ。レルファちゃんに言ってもらってるって事は、確かみたいだな。」
 グラウドは安心して頷く。
「父上。話しておく事があります。」
 サイジンは、急に真面目な顔付きになった。
「お前らしくもないな。どうした?」
 グラウドは、神妙な顔付きでサイジンを見る。
「・・・母上の事です。」
 サイジンは、搾り出すように言った。その瞬間グラウドは険しい表情になる。
「・・・お前の母さんは・・・。」
 グラウドは、言いかけて止めた。このサイジンの顔付きを見る限り、本当の事を
知ったのだろう。とは言え、横にはレルファが居る。
「グラウドさん。安心して下さい。私も知っています。」
 レルファは、安らかな顔で見つめていた。
「・・・そうか。隠し通すつもりは、無かったんだがな・・・。」
 グラウドは観念する。いつかは、こういう日が来ると思っていた。
「お前には、最後まで国を守る事を貫いた、勇者の血が流れている。その事は、忘
れるな。俺には、言う資格が無い事だがな。」
 グラウドは胸の痞えが取れたのか、肩を落とす。
「今更、逃げる気ですか?」
 サイジンは鼻で笑う。
「ちょ・・・サイジン。」
 レルファは、恋人の意外な言葉に驚いた。
「逃がしはしませんよ。私の父は、グラウド=ルーンだけなんですからね。」
 サイジンは、そう言うとニヤリと笑った。
「・・・お前。全く、楽させてくれないなぁ。お前は・・・。」
 グラウドは、そう言いつつも、涙が出るほど嬉しかった。事実を知って、まだ自
分を父と呼んでくれる息子が居る。それが嬉しかったのだ。つい兜を深々と被って
しまう。それを見てレルファは、恋人がサイジンで、本当に良かったと思う。つい
もらい泣きをしてしまう。
「誇り高き血が混ざっている事は光栄です。だけど、それが何です?父上には、レ
ルファと私の結婚式に、参加してもらわねばなりませんぞ?」
 サイジンはレルファの肩に手を回す。
「・・・貴方ねぇ・・・。」
 レルファは、顔を真っ赤にする。
「ハッ。そういう所は、変わってないようだな。安心したぞ。」
 グラウドは大笑いする。
「全く・・・でも近いうちよ?」
 レルファは恥ずかしがりながらも、そう答える。
「その言葉・・・信じて良いのですね?」
 サイジンは、優しい目で語りかける。思えばサイジンは、レルファに対して、い
つも優しかった。これ程、想われてレルファは幸せに思う。
「お前ら・・・俺が居る事忘れるなよ・・・?」
 グラウドが頭を掻いて、恥ずかしそうにしていた。
「はっはっは!これはつい!嬉しさの余りね!」
 サイジンは、馬鹿笑いをする。この癖にも、レルファは慣れてきたようだ。一々
気にしてたら、キリが無いと思ったのだろう。
「グラウドさん。・・・宜しくお願いします・・・。」
 レルファは、直々に頭を下げる。
「レルファちゃんなら、俺は文句ないよ。いや、出来過ぎなくらいだ。」
 グラウドは、本当に幸せに思う。ライルとは親友だし、問題ない。
「俺には、出来過ぎな息子と、出来過ぎた息子の嫁をもらう事になるとはなぁ。長
生きしてみる物だな。」
 グラウドは、ジルドランの事を思い出す。本来ならば、この幸せは、ジルドラン
とティアラが受けるべき物だ。だが、ここは自分が幸せを受け取る事にしよう、と
グラウドは思っていた。
「父上。私からも感謝しますぞ。」
 サイジンは、育ててくれた礼も含めて頭を下げる。
「まぁさ。俺は良いけどよ。ライルの奴、説得するのは、ちょっと俺じゃ出来んぞ?」
 グラウドは、そっちの方こそ難しいと指摘する。
「一応言っては、あるのですがね。いざ結婚となれば・・・難しいですな。」
 サイジンは頭を捻る。
「大丈夫よ。私が有無言わせる物ですか。」
 レルファは、今度は、自分が納得させる番だと思っている。
「頼もしいな。全く。本当に頼もしい限りだ。」
 グラウドは、そう言うと、幸せな二人を見て、自分の幸せと感じるのだった。
 かつての暗黒騎士団長の面影は、もうそこには無かった。


 クラーデスが『無道』を立ち上げてからと言う物、『無道』の考えに同調する者
も増えたようだ。だが、そこまで悲観する者は少なく、数としては、極少数と言っ
た所だった。クラーデスの考え方は、間違っていないが、全てを滅ぼすと言うのは
些か、やりすぎだと感じる者が多いためだろう。
 次元城では、次の対策を練る事に集中するようにしていた。グロバスも、今の状
況は、余り好ましくない。ワイスが倒れ、クラーデスが反乱した。これは、大きな
痛手である。『人道』の者達も、繊一郎が倒れたが、ワイスが倒れたのと比べては、
ダメージが少ないと思って良いだろう。ワイスが倒れたのは誤算だった。とは言え、
嬉しい誤算もあった。ワイスの力を受け継いだ健蔵が、思ったよりも大きな力を得
ている事だ。この所は、憎しみを力に変える術を身につけたようで、クラーデスの
反乱のせいで、その強さは、どんどん増していった。
 だが、気になるのが『法道』の者達である。彼らは、ちょくちょく紛争はしてい
るが、大きな戦闘をしている訳では無い。パムとポニは、参戦しないと言うのは、
聞いていたので安心していたが、まだ鳳凰神ネイガ、大天使長ラジェルド、そして、
救世主アインなど、未知数の敵が居る。その奥に居る運命神ミシェーダを引っ張り
出すだけでも、相当な労力が必要だろう。元々グロバスは、神々と対抗できる戦力
を整えたいと思ってたので、『法道』を意識せざるを得ないのは必然とも言えた。
(こちらから戦闘を仕掛けるのは、好ましくないな。)
 グロバスは、慎重にならざるを得ない。現在の主な戦力としては、自らである神
魔王グロバス、そして片腕たる魔王剣士の健蔵、それと魔人レイリー、それとダー
クエルフのミライタルくらいであろうか?
(戦力が圧倒的に足りぬな。仕方が無い。少し呼ぶか。)
 グロバスは、魔界剣士級の「闇の骨」を後何個か持っている。だが、いずれも無
難な実力の持ち主で、大きく戦局を変えるとまでは、行きそうもない。だが、四の
五の言ってる時では無い。ここで補強をしなければ、計画が倒れる事になり兼ね無
い。何せ『人道』の連中の成長力には、とてつもない物を感じる。いくら10人掛
かりとは言え、あのワイスを倒したのだ。由々しき事態である。
(「闇の骨」の召喚作業は、避けたかったのだがな。)
 グロバスは、溜め息をつく。召喚には大量の瘴気が要る。また、力を取り戻すの
に時間を掛けなければ行けないと思うと、少し頭が重くなった。
(魔界剣士の三将軍を呼ぶか。奴らの統率力なら、力以上の物があろうからな。)
 グロバスは魔界剣士の「魔界三将軍」と、呼ばれる者達の「闇の骨」を取り出す。
魔界三将軍は、地位こそ魔界剣士だが、次期魔王を狙う器として、注目されていた
者達だった。特に統率力に関しては、魔王クラスと言っても過言ではない。
「むぅ・・・。魔界三将軍よ。我の助けとなるが良い!!」
 グロバスは、闇の骨を魔方陣の上に置くと、それぞれに瘴気を浴びせる。とてつ
もない量が必要だ。グロバスは、かなり疲れているが、止めるわけにはいかない。
「ぬぅぅぅぅ!」
 グロバスが出し続けていると、ようやく、それぞれの魔界との扉が開いたようだ。
「ふぅぅ・・・。」
 グロバスは、肩を落とす。単純に疲れての事だろう。
 すると魔界の扉から、手が出てくる。どうやら、成功したようだ。
「・・・魔界三将軍よ。姿を現すと良い。」
 グロバスは言い放つと、それぞれの扉から、何者かが飛び出してきた。
 その時、神魔王の間の扉から物音が聞こえた。
「・・・健蔵とレイリーだな。丁度良い。入るが良い。」
 グロバスは、召喚する時の音で心配で駆けつけた健蔵とレイリーだと知った。
「失礼。・・・っと、これは何だ?」
 レイリーが驚く。レイリーは、召喚の儀式を見た事が無い。
「どうやら、召喚を使ったのでしょうな。ふむ・・・。」
 健蔵は「闇の骨」と魔方陣を見比べて、瞬時に分かったようだ。
「お前達にも紹介しておこう。魔界三将軍だ!」
 グロバスが言うと、魔界三将軍は次々と姿を現す。
「ふむ。グロバス様。ご無沙汰しておりました。俺は魔界三将軍の一人、『赤炎』
のシュバルツ。健蔵殿にレイリーと言ったか、宜しく頼む。」
 シュバルツが挨拶をする。かなり偉そうな態度だったが、それだけの自信がある
のだろう。シュバルツは髪が赤い。まるで炎のようだった。
「次は私ね。私は魔界三将軍の一人、『黒炎』のジェシー。覚えておく事さね。」
 ジェシーは挨拶する。魔界の重鎮の中では、珍しく魔族の女性のようだ。『魔貴
族』クラスなら女性も聞いた事があるが、魔界剣士で女性と言うのは、聞いた事が
無い。それだけに、実力も大した力量の持ち主なのだろう。
「・・・『青炎』。ミュラー。」
 ミュラーは、ちらりと健蔵とレイリーをみて一礼する。どうやら寡黙な男のよう
だ。どうにも個性派揃いのようだ。
「俺は、魔人レイリー=ローンだ。元人間だが、グロバス様に対する忠誠心は揺ら
ぐ事はねぇ。そこんとこ、履き違えるなよ。」
 レイリーは、タンカを切る。
「自信が、おありのようさね。魔人と呼ばれるなんて、人間を捨てきれない証拠じ
ゃないのかい?フフフ。」
 ジェシーは、鼻で笑う。
「言うね。アンタ。まぁ、いずれ分かる事だ。」
 レイリーは、少し睨むだけで、敢えて突っ込まずに置いた。
(案外、冷静じゃないか。)
 ジェシーは、ニヤリと笑う。レイリーは、からかい甲斐が、ありそうだ。
「俺は、砕魔 健蔵だ。魔王剣士として君臨している。お前達の働きには、十分期
待している。」
 健蔵は偉そうに言い放つ。だが、今の健蔵には、言い放つだけの実力がある。
「我らはグロバス様の命により動く。その辺を、履き違えないで戴きたい。」
 シュバルツは言い返してやる。どうやら、どっちも負けず嫌いなようである。
「ふむ。挨拶は、それくらいにしておくんだな。三将軍は各自、力を取り戻すまで
は、休息を取るが良い。私も取らなくてはならぬ。」
 グロバスは肩の力を抜く。どうやら、相当疲れているようだ。
「レイリーよ。三将軍を、適当な部屋に連れて行くが良い。健蔵は、ここに残れ。」
 グロバスは命令する。すると皆、命に従って、レイリーは部屋の案内をして、三
将軍は、それに付いて行った。
「私に、御用でありますか?」
 健蔵はグロバスに尋ねる。
「・・・私は、しばらく動けぬ。だが、興味深い情報が入ったのでな。」
 グロバスは、密偵が調べた資料に目を通した。
「どうやら、ジークとやらが『無』の力の反動で、動けないらしい。そこを『法道』
の者達が、狙う可能性が高いという。」
 グロバスは健蔵に伝える。すると健蔵は、興味深そうに聞いていた。
「おそらく、激戦になろう。その時に、お前も混じって攻撃を加えよ。それが任務
だ。・・・だが一つ条件がある。」
 グロバスは健蔵の方を見る。
「何で御座いましょう?」
 健蔵はキョトンとしていた。
「絶対に死ぬでないぞ。お前は、これからの『覇道』には欠かせぬのだ。良いな。」
 グロバスは諭すように言う。こう言わなければ、健蔵はワイスを失った悲しみの
余り、無理をし兼ねないのだ。
「有難きお言葉・・・。肝に銘じまする。」
 健蔵は敬礼する。この真面目さが、強さになり勤勉さにも繋がるのだろうが、そ
れは危険の裏返しとも言えた。
「健蔵。ワイスの夢、必ず成し遂げようぞ。」
 グロバスはワイスが死んだ事が、相当応えたようだ。
「ワイス様の高潔なる血を引き継ぐ私が・・・必ずや成し遂げまする。」
 健蔵は深々と礼をする。健蔵はワイス亡き後、グロバスに忠誠を誓う事にしてい
た。ワイスが仕えていたからと言う理由もある。だが、それ以上にグロバスは、自
分と同調した考えの魔族であり、何より自分を認めてくれる存在であったからだ。
「行くが良い。そして必ず戻って来い!」
 グロバスが掛け声を掛けると、健蔵は、すぐに出て行った。
(三将軍だけでは勝てぬ。やはり健蔵の力が無ければな。)
 グロバスも、ただ褒めるだけでは無い。やはり、何らかの見返りがあっての事だ
ったが、健蔵を当てにしているのは、事実だった。
(まだ倒れる訳には行かんのだ。ワイスが死んだ今、神々に対抗するまでな。)
 グロバスは、見果てぬ夢を抱きながら、体を休めるのだった。


 ルクトリアの復興作業は、かなり進んでいる。他の『道』に人材が取られたりは、
しているが、類まれなチームワークで次々仕事をこなしていった。しかし紛争は絶
えない。何度説得しても『覇道』と『法道』の仲は悪い。正反対の考え方なので、
仕方がないとは思う。だが、休まる時すら無いのだろうか?とさえ思う。
 しかし、不気味だった。『法道』は、表面上こそ紛争が繰り広げられていて争っ
ているように見える。しかし、主力級の戦力が来た事は、一度たりとも無い。『人
道』を率いる者として、何かあるのではないか?と思ってしまうのは当然である。
 それにジークの疲れが、まだ癒えていない。もうワイスとの戦いから5日ほど経
つが、動きが取れるまでには至らないようだ。今では、ミリィが付きっ切りで看病
している他、交代でトーリスとレルファが、手伝いをしていると言った感じだった。
 このジークの疲れを見ると、改めて『無』の力の恐ろしさを、思い知らされる。
(怒りの剣が、ゼロ・ブレイドに変わるくらいだからな。)
 ライルは怒りの剣の事を知っている。元は宝剣ペルジザード。自ら能力者を選び、
意思を持った魔剣。それを使いこなせる者は、素晴らしき力を得る伝説の剣だった。
実際に、ライルは彼の黒龍王を打ち倒した時も、この剣の力が無くしては、出来な
かった事だと言える。ジークのこれまでの戦いも、この剣無しでは、生き残れなか
っただろう。ライルが最後の闘いを挑んだ時、ペルジザードは、ライルの自らの怒
りを力に変えて『怒りの剣』となった。それが、全ての感情を合わせる事で、発現
する事が出来る『無』の力を吸った事で、ゼロ・ブレイドに進化した。
(この剣こそが、最強と言えるのかも知れんな。)
 ライルは改めて思う。この剣には、限界と言う物が感じられない。どんな力でも、
体現しようとする。だが、それは使用者の全ての力を発現出来る分、吸い続ける魔
剣なのでは無いか?と思う。だからこそ、使用者を選び続けるのかも知れない。
「ライル叔父さん!手合わせお願いします!」
 横でゲラムが、ナイフと忍刀を交互に組み合わせて構えている。
「ほう。その構えは、どうした?」
 ライルは、見慣れない構えに興味を示す。
「僕は決めたんだ。僕は色んな武器の戦い方を知っている。だから、どんどんバリ
エーションを増やして行こうってね!これは・・・繊一郎さんの構えだよ。」
 ゲラムは、トーリスが忍術の技を受け継ぐのなら、自分は、繊一郎の普段の剣術
を取り入れようと思ったのだ。
「そうか・・・。よし!俺が試してやろう!」
 ライルが、手合わせを受け入れた。ゲラムは嬉しそうにしながら、独特の構えで
突っ込んできた。
「テヤァァ!!」
 ゲラムが真剣な目付きで、忍刀を振るう。さすがゲラムである。新しい武器の扱
いに関しては、何の問題も無さそうだ。適応力については、目を見張る物がある。
(だが・・・ここで終わらせては、成長が無いな。)
 ライルは受けながら考える。そして、ゲラムの隙を突いて、胴薙ぎで吹き飛ばす。
「ぐぐっ!」
 ゲラムは、お腹を擦る。
「どうした!繊一郎は、もっと鋭かったぞ!」
 ライルは敢えて厳しい事を言う。ゲラムが成長するためにである。
(良い太刀筋なだけにな。厳しく言わんとな。)
 ライルは、がむしゃらなゲラムを見て、ジークやアイン、レイリーなどと手合わ
せした時の事を思い出す。
「ふっ・・・。思い出しますね。」
 上空から声がした。ライルは上を見る。
「・・・お前は・・・。」
 ライルは腰の剣に手を掛ける。
「あんまりな挨拶では無いですか。」
 ソイツは地上に降りてくる。ソイツはアインだった。
「ふっ。下等生物は、喧嘩っ早くて困ると言う物よな。」
 違う気配が、地上に降り立つ。
「主要たるジークが居ないのでは、仕方は無い事だ。」
 もう一人も降りてきた。
「・・・アインさん・・・。」
 ゲラムは、敵となった今でも、アインが『法道』に居る事は信じられない。
「ゲラム。久しぶり。俺が来た用事は、分かっていると思う。」
 アインは、有無言わせぬ口調で話しかける。
「何事だ?・・・お前達は・・・。」
 フジーヤが驚く。無理も無い。今まで動向を見せなかった『法道』の主要なメン
バーが集まっているのだ。無理も無い事だろう。
「だ、大天使長様が・・・。」
 元天使のルイシーは驚く。雲の上の存在のラジェルドが、目の前に立っているか
らだ。本来ならば、近づける相手では無い。そうこうしてる内に、皆も集まって来
た。だが、ジークとミリィだけは、そうも行かないようだ。
「ここで集まらないとなると・・・。相当な疲労のようだな。」
 ネイガは値踏みする。こう言う状況だからこそ狙ったのだ。『覇道』を潰しに掛
かる事も考えたが、『人道』の成長力を危険視したのだ。
「フッ・・・。本来ならば余一人で十分ではある。だが、万全は期す事にするか。
出でよ。余の腹心・・・。副天使長イジェルンよ!」
 ラジェルドが、呼びかけると天が光る。それと同時に、4枚の翼を持つ天使が現
れる。この天使がイジェルンなのは、間違いが無いだろう。
「イジェルン参上。運命神様と大天使長様の命により、この場に居る『人道』の者
を滅ぼしましょう。」
 どうやら、イジェルンは、状況を把握しているようだ。予め、ミシェーダから状
況を教わっているようだ。ラジェルドは満足そうに頷く。
「人間の意地と言う物を、お見せします!」
 トーリスは、魔力を高め始める。
「止めておくんだな。トーリス。先の戦いの疲れ・・・。トーリスも、まだ戻って
はいまい。隠してても分かるぞ。」
 アインは、冷静に分析する。『救世主』となったアインは、敵の能力を正確に把
握出来ると言う特技も、得たようだ。
「トーリスだけでは無い。この中で、疲労が無いのはライルとゲラムくらいだろう。」
 アインは、皆が無理をして出て来ている事を、承知していた。
「変わったな・・・。アイン。」
 前にルースが出てきた。その形相は、かなり厳しい物に変わっていた。
「父さん。俺は生まれ変わったのです。『法道』で幸せに出来る世界を築くために
ね。それで、例え親不孝だと言われても、俺は後悔しません。」
 アインには、迷いが無かった。それだけにルースは悲しんだ。
「信じられ・・・ない・・・。」
 アルドが頭を抱えていた。半ば放心状態のようだ。無理も無い。息子が決別の言
葉を口にしているからだ。
「お兄ちゃん・・・。わたし絶対に許せない!」
 ツィリルは燃えるような目をしていた。親を悲しませるアインを許せないのだろ
う。自分の兄であるからこそ、許せない気持ちが高いのかもしれない。
「アイン。貴方は、この現状をそう見るのですか・・・。変わりましたね。」
 トーリスは目を伏せる。ツィリルの気持ちも、痛いほど分かるのだ。
「何とでも言うが良い。俺は何と言われようと『救世主』として、人々を導かなけ
ればならん。神々の恩恵を忘れた者が、この先どうして生きていける!?」
 アインは何と神気を出す。どうやら完全に、体を変えてしまったようだ。
「・・・俺は助けはしたが、恩義を押し付けたつもりはねーぜ?」
 どこからとも無く、後ろから声がした。
「・・・ジュダ様!?」
 ネイガも思わず声が上ずった。まさか、ここでジュダが出て来るとは、思わなか
ったようだ。
「目を覚ましな!てめぇらが、やっている事は、ただの支配に過ぎない。ソクトア
を預かった身として、そんな事は、例え神のリーダーであろうとも許さねぇ!」
 ジュダは一喝する。さすがである。向こうもジュダが現れた事で、かなり動揺し
ているようだ。
「私も同意見だ。お前達は、人間をただの駒としか見ていない。新しく世を作った
所で何が残る?お前達による支配だけなのでは無いか?」
 赤毘車も現れる。心強い味方だ。
「それも、ジークの疲労時に狙うか・・・。ミシェーダよ。見損なったぜ?」
 ジュダは、天に向かって言う。そして、あらん限りの神気を振り絞る。
「ジュダ様。貴方は、どこまで人間に対して寛容なのだ!人間を信じた先に滅びが
来たらどうするのだ!私も信じた。その結果を私は見て来たのですぞ!」
 ネイガは、自分が救った星の結末が、相当に悔しかったらしい。
「そうかも知れねぇな。その時は、俺はこの星と運命を共にする覚悟で居る。」
 ジュダは、サラリと言ってのけた。
「馬鹿な!!貴方程の神が、何故そこまで!?」
 ネイガには、信じられなかった。
「信念だよ。俺は、コイツらを信じる。そのために力を振るう。それだけの事だ。」
 ジュダも、迷いが無かった。ネイガは頭を横に振る。
「ネイガ殿。問答は、これまでのようです。」
 ラジェルドは冷静な目をしていた。
「所詮は下賎な者よな。神への感謝を忘れるとはな。それに竜神と剣神は落ちたも
同然。余の裁きが、必要なようだな。」
 ラジェルドは冷笑する。どうやら相当な自信があるようだ。
「呆れましたよ。神への感謝を求める人々を、我らが駒としてしか、見ていないと
思われるとはね。貴方達は弱者に冷たい社会を作ろうとしている、危険な者達です。」
 アインは言い放つ。どうやら、考えは真っ向決裂なようだ。
「進んで弱者になろうとしている者を、利用しているのは、どっちだ!」
 赤毘車は反論する。そして本気の時に使う刀を抜く。
「御神刀『鋭気』か。本気のようですな。赤毘車様。」
 ネイガが神気を高め始める。
 ここに『法道』と『人道』の存亡を賭けた闘いが始まろうとしていた。



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