NOVEL 3-8(Second)

ソクトア第2章3巻の8(後半)


 とうとう本腰を入れてきた。運命神ミシェーダも、相当我慢してきたのだろう。
機会を待っていたのだ。ジークが『無』の力に目覚めた時は、戦慄すら覚えた。人
間が持つには、余りにも強大で危険な力『無』。この切り札を発動させないために
も、今の内に、全てを叩いて置かなければならない。
 そのミシェーダの考えを、ジュダは読み通していた。そして、何とか間に合った
のである。あと半日遅れていれば、皆、滅ぼされていたかも知れない。ジークは、
人間の中で、希望の中の希望なのだ。潰させる訳には行かない。
 そして、ジーク抜きの闘いが始まった訳だが、自然と、力が拮抗している者同士
が、近づきつつあった。ネイガにはジュダがつき、ラジェルドには赤毘車が近寄っ
て行った。そしてイジェルンとアインが、トーリスやライルを中心とした人間の代
表と、対峙する様になった。極自然な流れかも知れない。
 だが、その対峙にラジェルドは不満を持っていた。
「どうした?私相手では不服か?」
 赤毘車が挑発する。
「分かっておられるようだな。些か不満だ。余は、天使を束ねる大天使長。その力
は、ミシェーダ様すら一目を置く実力。赤毘車殿は、竜神の妻と言うだけの剣神。
どこが満足出来るとお思いで?」
 ラジェルドは、かなりの自信家のようだ。確かに実力で、大天使長になったラジ
ェルドだ。並の神なら、到底実力としては敵わない程、このラジェルドは強い。
「大言を吐いてるな。お前は、何か勘違いをしているようだな。」
 赤毘車は、ラジェルドの言葉を受け流す。
「私が真にそれだけで神になったと思うなら、さっさと掛かってきたらどうだ?」
 赤毘車は『鋭気』を前面に押し出す。
「ほざけ。余の相手は、ジュダ殿こそ相応しい。増して、女性の貴女に勝てる訳が
無い。さぞ実戦を、経験しなかった事でしょうな!」
 ラジェルドは、強力な神気を帯び始める。なるほど。口だけでは無さそうだ。
「大した力だ。使い方は知らぬようだがな。それで、ジュダの相手とは1000年
早い。私が、引導をくれてやろう。」
 赤毘車は、余裕でラジェルドを見る。
「大天使長の真の戦いを、見るが良い!!」
 ラジェルドは、赤毘車に神気の弾をぶつける。すると、赤毘車にぶつかると同時
に爆音を上げて破裂する。
「フハハハハ!油断しよったな。ただの弾では無い。破壊力は神々級ぞ!」
 ラジェルドは大笑いをする。ただの神など自分の相手では無いと思っているのだ。
「大口の割りには、大した事は・・・な!?」
 ラジェルドは、驚愕する。霧が晴れると赤毘車はピンピンしていた。
「大した力だな。ミシェーダも喜んでいる事だろう。」
 赤毘車は不敵に笑う。
「フッ。どうやら外してしまった様だな。マグレを実力だと勘違いしない事だ。」
 ラジェルドは歯軋りする。
「マグレ?笑わせてくれるな。お前は見えなかったのか?」
 赤毘車は困ったような顔をする。
「マグレは続かぬ!!」
 ラジェルドは神気の弾を連続で撃ち続ける。すると、凄い爆音と共に、どんどん
爆発していく。これでは、外れようが無いだろう。
「フウ・・・。余を、ここまで疲れさせるとは・・・なっ!?」
 ラジェルドは、またしても驚く。赤毘車は傷を負っていない。
「マグレは続かないか。その通りだな。」
 赤毘車は余裕で服の埃をはたく。
「馬鹿な!?貴様、何をした!?」
 ラジェルドは、余裕の口調がもう無くなっていた。
「お前は力があるが、頭の回転は良くないらしいな。この『鋭気』を見て、何も思
わなかったのか?」
 赤毘車は『鋭気』を見せる。
「何ぃ?」
 ラジェルドは『鋭気』を良く見る。すると、『鋭気』の刃の中で、爆発のような
物が起こっている。そして、それは消えていった。
「な!?・・・まさか・・・。」
 ラジェルドは、恐ろしい考えに至った。
「気がついたようだな。この『鋭気』は、あらゆる力を斬る事が出来る神刀。お前
の爆発の力は、全て斬らせてもらった。地面が爆発してないのが、変だと思わなか
ったのか?綺麗な物だろう?」
 赤毘車は、サラリと言ってのける。確かに地面は爆発の跡も無い。
「おのれ・・・汚い武器を使いおって!」
 ラジェルドは激怒する。
「分かっておらぬな。力の差があるからこそ、斬れると言うのが・・・。」
 赤毘車は鼻で笑う。
「お前の攻撃は単純過ぎる。それでジュダに勝とうなど、笑止千万。」
 赤毘車は、ハッキリと言い渡してやった。
「そんなはずは無い!!余は大天使長!並の神に負けるはずが無い!!」
 ラジェルドは、怒りに任せて赤毘車に突っ込んでいく。
 ズバァッ!!
 そして赤毘車に交わる瞬間、ラジェルドの胸に×の字の傷が付く。
「ヌァァァァァァ!!!」
 ラジェルドは胸の傷を抑える。かなり深く入った。この痛がり様も納得が行く。
「並の神だと思ったのが運のツキだ。私は、ジュダに付いて来ただけの飾りの神で
は無い。その傷は、それが分からなかった報いと思うのだな。」
 赤毘車は『鋭気』を鞘にしまう。
「・・・ぬぐぅぅぅぅぅ。おのれぇぇぇ・・・。」
 ラジェルドが呪いの言葉を吐く前に、ラジェルドの体は消えてしまった。
「・・・瞬間移動させたな。」
 赤毘車は気がついた。ラジェルドを誰かが運んだのだろう。恐らく、ミシェーダ
だろう。まだラジェルドを失う訳には行かないと判断したのだろう。
「ま、こっちは片付いたか。」
 赤毘車は、他の所を見る事にした。
「さすがです!赤毘車さん!」
 ルイが、こっちに駆け寄ってきた。赤毘車は笑顔で返す。
「ラジェルド様が、ああまで簡単にやられてしまうとは・・・。」
 イジェルンが赤毘車の方を見て、警戒を強める。
「心配するな。お前達の邪魔はしない。」
 赤毘車は少し休む事にした。さすがに、アレだけの爆発を受け止めたのだ。早々
五体無事と言う訳では無いのだ。ラジェルドとて、伊達に大天使長を名乗っている
訳では無い。
「ラジェルド様こそ、これからの天界の希望。貴方達は、それに反している。許す
訳には行かない。」
 イジェルンは、飽くまで副天使長と言う立場を崩さない。
「救世主として、貴方達を裁かなくてはならない。許せよ。」
 アインは剣を抜く。
「ふう。頑固な人は、頭を冷やさなきゃならないようですね。」
 サイジンは軽い口調で、アインの前に立つ。
「サイジンか。君も命を無駄にしたくなかったら『法道』に参加する事だ。」
 アインは、せめてもの情けで警告する。
「それじゃあレルファと一緒に居られないのでね。そうは行きませんよ。」
 サイジンは、軽いが決意のある口調で、アインに言い返す。
「神々の大いなる愛の前には、個人の愛を捨てねばならない時が来る。思い知れ!」
 アインは、サイジンに向かって剣を振るう。
「冗談ではありませんよ。そんな愛は、私は必要としません。」
 サイジンは、その剣を真正面から受け止めると弾き返した。
「ぬっ!俺の剣を返すとは・・・。サイジン。お前は冒険の途中で、相当なレベル
アップをしたらしいな。羨ましい限りだ。」
 アインは一瞬、素の顔に戻る。しかし、すぐに救世主としての顔立ちに変わる。
「だが、俺は救世主として得た力は、こんな物ではない!」
 アインは、剣に神気を乗せると、サイジンに強烈な一撃を見舞う。
「ぐぅぅう!」
 サイジンは気圧される。さすがは救世主と名乗るだけの事はある。如何にレベル
アップした自分の剣とは言え、これには耐え切れそうに無い。
「ここだ!」
 アインは、サイジンの腱を切る。サイジンは激痛で顔が歪む。
「サイジン!」
 レルファが近寄ってくる。レルファは『癒し』の魔法を唱える。すると、サイジ
ンの腱は、元通りになった。
「助かりましたよ。レルファ。」
 サイジンは、いつも通りの笑顔を見せると、また剣を構え直す。
(あの女性・・・。邪魔ですね。)
 イジェルンは、即座に判断してレルファに向かって神気弾を放つ。
「キャァァァ!」
 レルファは吹き飛ばされる。神気弾を、まともに食らったようだ。
「レルファ!」
 サイジンは、すぐに駆け寄る。イジェルンは満足そうに頷いた。
「・・・これは、いけません・・・。意識を失いかけている!」
 トーリスは、すぐに『精励』と『癒し』の魔法を同時に掛ける。
「その女性は、神聖なる魔法を得意とするようですね。そこを狙うは常套手段。」
 イジェルンは至極普通に言う。
「・・・。」
 サイジンは、その言葉を聞いた瞬間、イジェルンに向かって、恐ろしい程の殺意
を向ける。周りの者を、つい遠ざける程だ。
「神々に逆らう愚か者は、こうなる運命なのです。」
 イジェルンは、声のトーンも変えずに言う。
「何が神々か!これが正義?笑わせるな!!」
 サイジンは、その瞬間、いつも巻いていたリストバンドがはち切れる。
「人間を舐めるなぁ!!」
 サイジンは、恐ろしいほどの闘気を出し始める。
「サイジン!これを使え!」
 グラウドが、何か投げて寄越した。それは剣だった。サイジンは、それを受け取
ると、とてつもない意識の奔流が駆け巡る。
「・・・何か、懐かしい感じがする・・・。」
 サイジンは、この剣なら、自分の持つ全ての力を出し切る事が出来ると思った。
「如何に怒ろうとも、貴方達の運命に変わりは無い。」
 イジェルンは、そのままの口調で、神気弾をサイジンにぶつける。
「ぬぅおりゃああ!!」
 サイジンは神気弾を一刀両断する。凄い力が、自分の中で駆け巡るのが分かる。
そして、これまで感じた事の無い剣術が、次々と頭の中に入っていく。
「ハァァァ・・・。ハッ!!」
 サイジンは、気合を込めるとイジェルンに向かっていく。そして、思うがままに
剣を振るう。袈裟斬りを3回連続で放った。そしてイジェルンの胸元を切り裂く。
「・・・力量を超えた?そんなはずは無いのですが・・・。」
 イジェルンは、胸を押さえる。
「あれは正しく・・・『火炎』。」
 グラウドが驚きの声を上げる。こうなる予感はあった。しかし、本当に起こると
は思わなかったのだ。
「ハァアア!!・・・この剣術は・・・凄い!!」
 サイジンは、珍しく興奮していた。自分の頭の中に、恐ろしい程のキレのある剣
術が、次々と思い浮かぶのだ。こんな事があるのだろうか?
「マグレは続きません。これにて終わらせます。」
 イジェルンは、口調を変えずに両手に、あらん限りの神気を集めて、サイジンに
ぶつける。かなりでかい神気弾だった。
「こうだ!!」
 サイジンは、4つの支点を基点に、剣をその支点ずつに移動させつつも、壁を作
っていく。剣の風圧と闘気を乗せる事で壁を作ったのだ。
「やはり・・・あれは『風塵(ふうじん)』。」
 グラウドは、聞き慣れない言葉を発する。どうやら今、サイジンが使っている剣
術を知っているようだ。
「消した?そんなはずは無いのだが・・・。」
 イジェルンは、少し後退する。サイジンはその隙を逃さなかった。
「ハイィ!」
 グラウドは、気合と共にイジェルンの胸を貫く。恐ろしい程、早い突きだった。
「・・・そんなはずは・・・。」
 イジェルンは、血を吐く。
「あれは・・・不動真剣術『雷光』?」
 ライルが、ビックリする。サイジンに、不動真剣術を教えた覚えは無い。
「違う。あれは天武砕剣術。突き『雷鳴(らいめい)』だ。」
 グラウドは、分かっていたようだ。
「天武砕剣術?サルトラリアから習っていたのか?」
「違う。あの剣が、それを記憶していたのだ・・・。時を越えて受け継がれるとは
な。恐ろしい血だな。」
 グラウドは、ぶっきらぼうに言う。
「私は・・・死ぬのか?副天使長たるこの私が?」
 イジェルンは、信じられない様子だった。しかし、その瞬間イジェルンの体も、
ラジェルドと同じく、消えてしまう。
「ちぃっ。逃したか!」
 赤毘車は舌打ちする。イジェルンもラジェルドと同じく、手当てを受けるために
ワープさせられたのだろう。
「レルファ!!」
 サイジンは、真っ先にレルファの元に行く。ライルやグラウドもそれに倣う。
「・・・内臓の損傷は全て治しました・・・。後は、レルファの気力次第です。」
 トーリスは、冷や汗を掻いていた。
「済まない。トーリス。・・・しっかり!レルファ。」
 サイジンは、レルファの手を握ってやる。すると微かに握り返してきた。
「・・・サイジン。レルファを頼む。」
 ライルが言うと、サイジンは真面目その物の顔で、深く頷いた。そして、レルフ
ァを連れて、部屋へと行くのだった。
「正解かもな。今、サイジンも倒れる事になる。」
 グラウドは指摘する。自分の部屋までは、もつだろう。しかし、緊張が切れた時、
体が休息を求めるだろう。サイジンが、手に入れた力も、並の力では無いのだ。
「どういう事だ?さっぱり分からん。」
 ライルは首を傾げる。
「サイジンは、本当の父親であるハイム=ジルドラン=カイザードの力を、そのま
ま受け継いだのさ。俺が渡した剣は、ジルドランの物だ。」
 グラウドは、サラリと答える。
「な、何だと!?」
 ライルはビックリする。自分が倒した相手だった。ジルドランは、恐るべき天武
砕剣術の使い手だった。剣士として、一番苦戦したのは、ジルドランとの闘いだっ
たかも知れない程だ。
「なる・・・程ね。」
 トーリスは、納得していた。前にサイジンが魔力に目覚めた時に、サイジンの口
から、聞いていたからだ。
「ジルの忘れ形見だよ・・・。なのに、アイツは、俺の事を父と呼んだ・・・。」
 グラウドは、少し照れ臭そうにしていた。
「素晴らしい話・・・です。しかし、まだ私が残っている事をお忘れなく。」
 アインが、皆を見つめる。
「この数相手に本気か?止めておくが良い。」
 ライルは、アインに停戦を求める。ライルとて、好きでアインと闘う訳では無い
のだ。しかし、アインは首を横に振る。
「俺は救世主として、退けないんです!!」
 アインは、決意に溢れる目をしていた。
「どうしても・・・か。しょうがあるまい。」
 ルースが前に出る。
「父さん?」
 アインは意外に思った。父は、出て来ないと思っていた。
「アイン。お前の気持ちは分かった。しかし、父として俺は、お前を止めなければ
ならない!掛かって来い!」
 ルースは、厳しい言葉を投げつける。それはルースの決別とも取れた。
「ルース!何でなの!?」
 アルドは母として、この闘いを止めたい。しかし、止められそうに無い雰囲気が
あった。二人の気持ちが、分かるだけに止められないのだ。
「お父さんもお兄ちゃんも、好い加減にして!!どうしてこうなるの?」
 ツィリルが大泣きしていた。父と兄が殺しあうなんて、考えたくも無いのだろう。
「ツィリル。お前は優しい子だ。俺は誇りに思っているよ。でも・・・これは避け
られないんだ。・・・もしもの事があったら、トーリス君。頼むよ。」
 ルースは、父親の顔をしていた。そして戦士の顔もしていた。
「いやだぁぁあああ!!」
 ツィリルは、泣き出すと凄まじい程の魔力を出し始める。
「ルースさん。私も反対です!!こんな闘い、見ていて苦しいだけです!!」
 トーリスは、悲しそうな目をする。
「フッ・・・。良い所だが・・・邪魔するぞ。」
 上空から声がした。そして今度は、とてつもない瘴気が場を包む。
「この瘴気は・・・健蔵!?」
 トーリスは、上空を見る。すると健蔵が、嬉しそうにこちらを見ていた。
「覚えてもらえるとはな。その通り、俺は砕魔 健蔵。貴様らが倒した神魔ワイス
の息子だ・・・。グロバス様の命と、俺自身の意志により貴様らを滅する。」
 健蔵は恨みの篭った目をしていた。ワイスの死は、健蔵にとって全てだった。健
蔵が今、目の前に映る物は、憎しみの対象物でしか無い。
「魔族が!!神聖な闘いを、意地汚く横取りしに来たか!そうは行かん!」
 アインは汚らわしい物を見る目で健蔵を見る。
「神々の犬が何をほざく。貴様らこそ、崇高なるグロバス様とワイス様の意志を汚
すゴミだ。ソクトアから消えるが良い!!」
 健蔵は剣を抜く。そして瘴気を出し始める。その力は、凄まじい物があった。
「馬鹿な!この力・・・ワイスに匹敵するぞ。」
 さすがの赤毘車も、ビックリしていた。健蔵は、ただの魔王剣士だったはずだ。
魔王が神魔の域にまで力を発するのは、稀な事である。
「剣神よ。ワイス様に頂いた力は、並では無いぞ?」
 健蔵は、ニヤリと笑う。向こうではジュダとネイガが真剣勝負を続けている。
「この機を逃す俺では無い!」
 健蔵は、この場を覆いつくさん限りの瘴気を出し始める。
「そうは、させません!!」
 トーリスは『雹(ひょう)』の魔法を唱える。健蔵に向かって、凄まじい雹が降
り始める。しかし、健蔵は怯む事無く進んでくる。
「全く効かないとは・・・。」
 トーリスは悔やむ。自分の力は、まだ戻っていないのだ。
「ワイス様を倒した貴様らの力が、こんな物か?そんなはずは無い!」
 健蔵は激昂する。ワイスは誇りの内に死んでいったのだ。こんな弱いはずが無い。
人間の誇りとやらを見せてもらわねば、ワイスの死まで冒涜されてる気がするのだ。
それだけは、健蔵は許せなかった。
「センセーは、疲れているだけだもん!本当は強いんだから!!」
 ツィリルは、夫が馬鹿にされてるのが、我慢なら無かったのだろう。ツィリルは、
両手に魔力を溜めると、一気にそれを爆発に変えて打ち出す。
「わたしだって出来るんだから!!『真砕(しんさい)』!!」
 ツィリルは『爆砕』の更に上位の魔法を唱える。
「むっ?・・・ぬぅ。」
 健蔵は、それを剣で受け止める。中々の力だ。ツィリルは、ワイス戦では、ほと
んどサポートに徹していた。なので、さほど疲労が溜まっていないのだろう。
「ふふふ・・・。女と言えど、この力・・・。こうこなくてはな!!」
 健蔵は嬉しそうだった。これでこそ、ワイスを倒した者達だ。そして、それでこ
そ、殺し甲斐があると言う物なのだ。
「俺も、それに応えるとしよう・・・。霊王剣術、衝撃波!『塵波(じんは)』!」
 健蔵は霊王剣術を披露する。『塵波』は、瘴気を剣に乗せて打ち出す技だ。
「負けない!負けないんだから!!」
 ツィリルは、その衝撃波を魔法の壁で跳ね返そうと試みる。
「フッ。貴様如きが、跳ね返せるとでも思っているのか?」
 健蔵は、邪悪な笑みを浮かべる。
「ツィリル!!・・・ハァァ!!」
 トーリスが、ツィリルの後ろで手を重ねる。そして一緒に魔力を出す。
「センセー!」
「ツィリル。死ぬ時は一緒です。」
 トーリスは心強く答える。その目は覚悟に満ちていた。
(もう・・・置いてけぼりは、たくさんです。レイア!力を!!)
 トーリスは魔力を振り絞ると、ツィリルにそのまま受け渡す。
「これなら!!・・・ええええええい!!」
 ツィリルは、凄い魔力を背に衝撃波を完全に押し戻した。
「ぬぅぅ!やりおる!!」
 健蔵は押し戻されるのを見て、驚愕する。そしてそれを剣で受け止める。
「魔力も込められたか・・・。厄介な・・・。ヌゥン!」
 健蔵は、それを渾身の力で切り裂く。
「フハハハハ!効かぬ!!」
 健蔵は自信たっぷりに言い放った瞬間だった。健蔵の首筋から血飛沫が舞う。
「ヌゥゥアアア!!何事だ!!」
 健蔵は首を押さえる。すると赤毘車が神気で衝撃波を飛ばしたようだ。
「おのれ!剣神!!許さぬ!!」
 健蔵は、首から出る血を強引に服で抑えると、剣を魔の六芒星の形に振り回す。
「あ、あれは!!」
 ルースが警戒する。ルースが、ルクトリア城の最後に見た時の光景だった。
「あの時と同じく、この城ごと潰してくれる!!」
 健蔵は六芒星を完成させると、瘴気を一気に乗せて打ち出す。
「霊王剣術!奥義!『滅砕陣(めっさいじん)』!!」
 健蔵は、ルクトリア城を滅ぼした時の技を使う。トーリスとツィリルは、既にダ
ウンしている。赤毘車は危機を察知して『滅砕陣』を斬りに掛かる。しかし、度重
なる力の放出で、思うように力が出ない。
「ここまで復興したのだ!!壊させてたまるか!!」
 ライルは前に出る。そして五芒星の形に剣を振る。
「不動真剣術!奥義!『光砕陣(こうさいじん)』!!」
 ライルは『滅砕陣』に『光砕陣』をぶつける。双方は、ぶつかったが、明らかに
『滅砕陣』が押している。
「ちぃっ!破砕一刀流!斬気『波界(はかい)』!!」
 赤毘車も加わるように、衝撃波を放った。体が癒えてないので、これが精一杯だ。
「ルース流剣術!飛技『刃(やいば)』!!」
 なんとアインまでもが加わった。いつの間にか、ルースとの対峙を辞めている。
「ぬぅぅ!!神の犬め!人間の味方をするとは!」
 健蔵は毒づく。アインが加わった事で、押され始めていた。
「このままでは、こちらも被害を受けるからな。」
 アインは最もな事を言う。しかし、これだけやっても健蔵は、まだ堪えている。
大した物である。
「負けられぬのだ!!ワイス様の仇を取るまではな!!」
 健蔵は執念で受け止めていた。
「・・・食らえ!!『光砕陣』!!」
 突然、後ろから声がした。みんな驚く。その先には、何とジークが居た。
「お前!休んでなきゃ駄目だろ!!」
 ライルは叱る。でもジークは、皆が闘ってると聞いて、ジッとなど、していられ
なかったのだ。
「うぉのれぇぇぇ!!」
 健蔵は、目の前までエネルギーが来ても、まだ根性で耐えていた。凄まじい執念
である。ワイスの死は、想像以上に健蔵に力を与えていたようだ。
 その瞬間、突然、炎が別の方向から飛んでくる。その先には、何とドラムが、龍
の姿になって、炎を吐いていたのを確認する。そして首筋の血飛沫が、また飛び出
る。ここには、ゲラムが弓で正確に同じ場所を貫いたのだった。
 ボゥゥゥン!!
 今まで耐えていたパワーが、健蔵に襲い掛かってきた。気を逸らした隙に、健蔵
にパワーが行ってしまったようだ。
「ヌゥアアアアアアアアアア!!」
 健蔵は断末魔を上げる。健蔵の五体は、千切れるのでは無いかと思う程の、衝撃
に包まれる。千切れなかったのは、ワイスの力のおかげとも、言うべきだろう。だ
が、恐ろしいまでの衝撃に、健蔵は、あらゆる苦痛を味わった気がした。
 ドサッ・・・。
 そして、力尽きたであろう健蔵が落っこちて来た。
「・・・何て奴だ・・・。」
 ライルの第一声がこれだった。あれだけのパワーを、あそこまで耐える執念。そ
れは、ワイスから受け継いだ力だけが原因では無いだろう。この健蔵も、恐ろしい
力を持っているからに違いなかった。
「・・・でも、何とか食い止められたようだね。」
 ジークは、そう言うとミリィに抱えられながら親指を上げて喜ぶ。
「無理しやがって・・・。」
 フジーヤは、ジークの痩せ我慢に、頭が下がる思いだった。
 その頃、ネイガとジュダは、まだ闘っていた。しかし、こちらの闘いの様子は、
見ていたようだ。
「ハァ・・・。ハァ・・・。」
 さすがのジュダも、肩で息をしている。しかも生傷が絶えない。かなりの激闘の
ようだ。ネイガも同じである。
「さすが・・・ジュダ様ですよ・・・。」
 ネイガは、改めてジュダの力を思い知る。
「てめぇも・・・腕を上げたじゃねぇか。」
 ジュダは、ネイガの成長に驚く。前は少しの差ではあったが、ジュダが、完全に
上だった。だが、今では互角に近い。
「貴方が、本気では無いからですよ。」
 ネイガは謙遜する。ネイガは、ジュダに負けないように特訓したつもりだが、ま
だまだ足りなかったようだ。しかし、ジュダはバランス良く、どれもこれも素晴ら
しいレベルまで達しているのに対し、ネイガは、ジュダよりも圧倒的なスピードで
ありながら、パワーは、まるで足りない。それぞれの闘い方が、ここまでの激闘に
仕上げているのだった。
「ネイガ。一時休戦だ。この場は去れ。ミシェーダも、お前を失う訳には行かんだ
ろう。それにあっちでは、アイン一人だしな。」
 ジュダは肩の力を抜く。
「その申し出は、有難くお受けしましょう。」
 ネイガとしては、当然の事であった。既に天使の二人は、半死のまま去ってしま
ったし、アインだけでは勝負にならない。そして、ジュダも当然と言えた。ジーク
が、出て来ると言う事は、相当追い詰められている証拠だ。このままでは、例えこ
ちらが勝ったとしても、多大な損害が出ないとも限らない。
「いずれ会う事もあるでしょう。『法道』を信じる限りね。」
 ネイガは、そう言うとアインに戻る合図を送る。
「・・・新たなる目標が出来た。それまで、体を大事にしていろよ。」
 アインは、優しげな目をして見つめる。『人道』の闘い振りは素晴らしかった。
さすが信じる事の大きさを、知る者達である。
「俺は救世主として・・・負けられんからな。」
 アインは、そう言うと空気に溶けていった。どうやら、天界に戻ったようだ。
 そして、皆が溜め息をつく。
「まったく・・・何て奴らだ。」
 フジーヤが、首を横に振る。
「これじゃ休む暇が無いな。」
 生傷だらけのジュダが、軽口を叩く。
 その時だった。突然ジークの方向に衝撃波が向かう。皆は油断していた。
 ズバァッ!!
 気が付くと、ジークの胸に深い傷が付いた。そして、そのまま静かに倒れる。
「・・・クックック・・・。」
 邪悪な笑いが聞こえた。何と健蔵だった。健蔵はボロボロになりながらも、生き
ていたのだ。信じられない生命力である。
「ジーク!!ジークゥゥ!!」
 ミリィは、ジークを抱きかかえる。しかしジークは目を覚まさない。完全に、意
識を失っているようだ。それ所では無い。もう虫の息である。
「・・・ワイス様ぁ・・・仇を取りまするぞぉ!!」
 健蔵は目を血走らせて、今度は自分の剣を、ジークに向かって放り投げる。止め
を刺す気だ。もうそれだけの力しか、残っていないのだ。
 ミリィは、ジークの体を自分の体で覆うようにしている。ジュダも赤毘車も、急
いで止めようとするが、気力だけで体が付いて行かない。
「ジーーーーーク!!!」
 ザシュッ!!
 それは、一瞬だった。叫び声が聞こえた瞬間、その人物は自らの体を盾にした。
そして血を吐くと、倒れる。それはライルだった。
「と・・・うさ・・・ん。」
 ジークは、微かな意識を保つと、それと同時に血を吐く。しかしライルの姿を見
ると、涙が出てきた。
「・・・ジーク・・・。・・・俺達は・・・馬鹿・・・だな。」
 ライルは、そう言うとジークの隣で倒れる。
「・・・おのれ・・・無念・・・。」
 健蔵は、そう言うと完全に意識を失った。しかし、その瞬間体が消えていく。
「・・・まさか!生きていたと言うのか?」
 ジュダはビックリする。あれは、グロバスが助けに入った証拠だろう。健蔵を生
かすために、引き取ったのだろう。戦慄すら覚えた。
(英雄が死んで、魔族が生き残ると言うのか!?)
 ジュダは、己の無力さを呪う。
「ライル!!」
 マレルが近寄る。そしてライルの手を握ってやる。
「・・・済まん・・・。無我夢中・・・だった。」
 ライルは、無念そうに涙を流す。
「馬鹿!!!こんな無理して!!貴方は、いつもそうじゃない!!」
 マレルは想いの丈をしゃべる。
「母さん・・・ごめん・・・なさい。」
 ジークは情けなくて涙が溢れる。
「ジーク・・・。貴方もよ・・・。生きなきゃ・・・生きなきゃ駄目よ!!」
 マレルは泣き崩れてしまう。
「ジーク・・・。私、こんなの嫌ヨ・・・。」
 ミリィは、涙が止まらなかった。しかしジークの血は止まらない。ライルも同様
であった。このままでは・・・いずれ尽きてしまうだろう。
「父さん!!何とかならないんですか!?」
 トーリスはフジーヤに助けを求める。
「俺で何とかなるなら・・・ジュダさんがやってる・・・。」
 フジーヤは、無念そうに答える。横でルイシーも目を伏せる。
「・・・ありったけの瘴気で攻撃しやがって・・・。」
 ジュダは拳を握る。そこからは血が溢れてくる。情けなく思ったのだろう。
(ここで助けられなくて、何のための神か!!)
 ジュダは無駄だと分かってても、神聖魔法をジークに掛ける。赤毘車も、それに
倣ってライルに向かって掛け続ける。それにマレルが続いた。
「私達もやるのよ!!」
 レルファはジークに、ツィリルも頷くと、ライルに『癒し』、『精励』、『逃痛』
と回復魔法を掛け続ける。ミリィも、それに続いた。トーリスもである。
「・・・皆・・・。辞めてくれ・・・。」
 ジークは、自分のために魂を削るような量の魔法を掛け続けている皆が、痛々し
く感じた。自分は死ぬ。それは何となく分かった。意識が続きそうに無かったから
だ。ライルも同じ思いだった。
「生きろ!!私の闘気で良いなら、いくらでも分ける!!生きるんだ!!」
 サイジンは回復魔法を使えないので、ジークに闘気を分け続ける。
「ライル・・・。お前もだ!俺達の闘気で良いなら、いくらでもやる!!」
 グラウドやルースは、ライルに闘気をやる。
「・・・ジーク・・・。俺達・・・こんな・・・囲まれ・・・てたんだな。」
 ライルは傷口から、血は止まらないが、痛みが和らぐのを感じた。
「ええ・・・。幸せ者・・・なのかも・・・知れません。」
 ジークは、薄れ行く意識の中で満面の笑みを浮かべる。
「何を言っている!!生きるのです!!諦めては行けません!!」
 トーリスは、悲鳴に近い言葉を口にする。
「ライル!!てめぇ・・・いつから、そんな弱気になったんだ!!」
 グラウドも、涙を流しながら手を握る。
「・・・済ま・・・ん・・・。みん・・・な・・・。」
 ジークは、そう言うと一筋の涙が頬を伝う。そして首の力が無くなる。
「ジーーーーーーーークゥゥ!!」
 ジュダは絶叫する。ジークは『人道』の希望である。死なせてはならないのだ。
「・・・フジー・・・ヤ。・・・頼・・・み・・・がある。」
 ライルは、虫の息でフジーヤを呼ぶ。
「・・・何だ?」
 フジーヤは、まともにライルの顔を見れなかった。自分も、涙でいっぱいだった
からだ。しかし、ライルの頼みと聞いてハッとする。
「・・・気・・・付いた・・・な?」
 ライルは、フジーヤが全てを悟った顔をしたので安心する。
「・・・必ず、成功させる。」
 フジーヤは、全てが分かっていた。ライルが言いたい事、そして自分にしか、出
来ない事をだ。そしてその願いをだ。
「・・・安心・・・した・・・。ジー・・・クを・・・た・・・の・・・む。」
 ライルは意味不明な事を口走る。しかし、それがライルの最期になってしまった。
「ジーク!!!ライルー!!!」
 マレルは絶叫すると、体に泣きついた。
 こうして・・・英雄は倒れた。それは、ワイスと言う魔族が残した執念かも知れ
ない。その執念を、成し遂げた健蔵が、見事と言うしか無かった。
 『人道』は、これで希望は潰えたと言っても良い。ジークこそが『人道』。そう
言っても、おかしくなかったのである。
 そのジークと、ルクトリアの元英雄でありながら、後に英傑王と呼ばれる事にな
るライルが志半ばにして倒れた。ソクトアの歴史は闇に向かって行くしか無いのか?
 しかし、その鍵を握る人物が居た。それこそがライルが最期に指名したフジーヤ
であった。皆が悲しみにくれる中、フジーヤだけは、使命感に燃えているのであっ
た。
 それはジークが21歳になる直前の、悲劇であった。



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