・プロローグ  神の祝福を受けた大地、ソクトア大陸。  その神々しいまでの大地は、8つの国に分かれている。8つとは、ルクトリア、 プサグル、デルルツィア、パーズ、サマハドール、ストリウス、バルゼ、そしてガ リウロルの8つである。その中心に中央大陸が存在している。(1巻参照)  ソクトアには英雄がいた。その名もライル=ユード=ルクトリア。その息子であ るジーク=ユード=ルクトリアは、ライルの使う剣術の継承者でもあった。  ジークは継承すると共に、新たなる世界を見るために旅に出た。そして、ジーク には、旅に付いて行く仲間が居た。  ジークの実の妹であるレルファ=ユード。神聖魔法を得意とする僧侶で、その癒 しの力には、目を見張るばかりである。そして、「死角剣」の継承者サイジン=ル ーン。魔法使いの駆け出しだが、潜在能力を秘めているツィリル。現在盗賊の修行 を受けている、プサグルの第2王子ゲラム=ユード=プサグル。方角を見極め、地 図を作成するのが得意とする、棒術使いファン=ミリィ。そして、とてつもない魔 力を秘め、冷静な判断力で仲間を助けるトーリスの6人が、ジークの助けになって いた。  更に旅先で会ったソクトア一のトレジャーハンターを目指すルイ=コラットが加 わって、賑やかなパーティーになっていた。  しかし、時代は混沌としていく。魔族が台頭を現すと、今度は、神々までソクト アの大地に乗り込んできた。おかげで、人間達は選択を迫られる羽目になった。  その一つが『法道』。ソクトアは、神の祝福を受けた土地であるならば、神に導 かれて、その責務を果たすと言う考え方の事である。そして『覇道』。これは、魔 族の考え方の基本である。強者こそが絶対であり、強者であるならば、どんな者で も、それに従うと言う考え方だ。そのどちらにも当てはまらないのが『人道』であ る。ジークが、中心となって基本を示した考え方で、ソクトアは、人間達が築き上 げてきた世界であるので、人間を縛る考え方は許さないと言う考え方だ。人間のた めの、人間である故の正義と言う考え方である。しかし、そこにまた新たな考え方 が出てきた。3つの『道』には、それぞれ滅びや支配の危険性がある。それならば、 一度全てを壊して理想の世界を築き上げると言う『無道』と言う考え方である。  どの道にしても、困難な事は間違いない。しかも、どの道にも信念がそれぞれあ って、退く事を知らない。ここにソクトアは、再び戦乱の大地となるのであった。  そんな中、『人道』の中心であるジークと、元英雄で父親であるライルが道半ば にして死んでしまった・・・。果たして『人道』に未来はあるのだろうか?  1、葬送  ルクトリアでは、神魔ワイスを倒した喜びも束の間、絶望に打ちひしがれる結果 となった。『人道』の中心であり、何よりも人々の希望でもあった、ジーク=ユー ド=ルクトリアが死んでしまったからだ。更に追い討ちを掛けるように、その父親 であり、ルクトリアの英傑王ライル=ユード=ルクトリアも、同時に死んでしまっ たのだから、無理も無い。遺体は棺の中に収められている。  死んでから半日経った今、夜になって、既に虚ろなまま、皆は寝静まっていた。 いや、寝られるかどうかすら分からない。ルクトリア城の生気は失われつつあった。  神々の一人である、ジュダ=ロンド=ムクトーや赤毘車=ロンドが居るにも関わ らず、見す見す死なせてしまったと言うショックがでかい。2神は、どんな非難も 受けるつもりだった。しかし、非難所か、ジュダ達は頼られる羽目になってしまっ た。ジュダも赤毘車も、良くやってくれていたし、何よりも、ジークが居ない今、 ジュダ達こそが、最後の希望なのである。  実際には、それ所では無いと言う所であろう。まだ、悲しみのショックが癒えて いないので、休むだけで精一杯であった。  そんな中、一人の男が、棺の部屋へと入っていった。そして、それに続くように 女性が入っていった。それをトーリスは見逃さなかった。こんな時こそ、しっかり しなければ行けない。トーリスは、そう思って見張りをしていたのだ。  その男は、ライルの棺をじっと見て手を合わせると、ジークの棺を見る。そして、 棺開ける。 「何をやっているのです?」  トーリスは魔力を両手に溜め始める。しかし、その人物が見えた事で止める。 「・・・父さん?それに母さんまで。」  フジーヤと、ルイシーだった。こんな夜中に、何の用事なのだろう?と思う。 「トーリスか。・・・丁度良い。手伝え。」  フジーヤは、真剣な目付きだった。その顔は、決意に満ち満ちていた。 「何をする気です?・・・埋葬は、明日にしましょう。」  トーリスは、目を伏せる。ジークの死体など見たくなかった。 「寝惚けるんじゃねぇ!そんな事じゃない。」  フジーヤは一喝する。力は、既にトーリスが上だとしても、親としての威厳は、 失ってないようだ。トーリスはビックリする。 「一体、何をするつもりです?」 「・・・ライルの最期の言葉・・・覚えているな?」  フジーヤは、トーリスに問いかける。 「ええ。父さんにジークを頼むと・・・。今考えると不思議・・・ま、まさか!」  トーリスは、思い出す。父親が前にやっていた事をだ。 「ようやく気がついたか。そうだ。始めるぞ。」  フジーヤはニヤリと笑う。 「父さんは・・・『魂流操心術』を使うつもりなのですか?」  トーリスは口にする。『魂流操心術』とは、魂の流れを見切り、心を意のままに 操る生物学の驚異的な技であった。これは、フジーヤにしか出来ない。トーリスも、 その血を受け継いでいるが、フジーヤが意図的に教えないようにしているのだ。こ れは、フジーヤの一族しか知らない技なのである。この技でフジーヤは、スーパー モンキーのスラートやペガサス。グリフォンなどを生み出してきた。スラートは、 今は、居ないが、ずっとフジーヤの帰りを家で待っている。言葉をしゃべれる猿で、 家の世話を一手に引き受けているのだ。  この技の応用で、死んだ者の魂を呼び寄せようと言うのだ。しかしこれは、かな り危険な技である。それに条件も必要である。まず死体の健康管理である。こう言 うと、非常に語弊があるが、死んだままの状態で魂を注入した所で、また死ぬだけ である。これでは何の意味も無い。死体とは言え、傷口を治す事は出来る。最も、 ジークの場合、それが効かないので、肉を移植すると言う事になる。それに血液も 足りない。大幅に流れ出ている。これは、ライルの血を使うつもりだった。本当は、 やりたく無いが、方法が無いのである。肉もライルの肉を移植するつもりだ。  そして、次に魂の力である。いくら生き返らせたくても、魂が生きる力を無くし てしまっていては、話にならない。魂が、まだ生きたいと思わなければならない。  そして今度は、魂を呼ぶための鍵である。その鍵とは、天使の事だった。その条 件は、ルイシーがクリアしていた。ルイシーは元天使である。今は、人間の体であ るが、いつでも戻れるように、天使の翼を常に持ち歩いていたのである。しかし、 何度も転生出来る程、甘くは無い。一度天使の姿を捨てたルイシーが、戻るために は、相当な覚悟をしなければならない。もう人間に戻る事は、出来ないだろう。  そして、次に必要な物は、呼びかける人物である。ジークは今、生きたいと思っ ても、魂だけの状態なので、死んでも致し方ないと思っている状態なのである。幸 い、半日しか経っていないので、魂は、まだ繋がっている。それを説得して、こち ら側に連れて来なければならない。そのための人物が、要るのだ。  そして一番必要な物は、魂の力である。別の生物に魂を入れるのでさえ、別の者 の魂が必要なくらい危険な技だ。増して、元の所に戻すのは、本来タブーなので、 その5倍は必要だろう。元々『魂流操心術』は、別の生き物が前提で作られた技だ。 元に戻すと言う発想自体が、無いに等しい。つまり魂の力が要るのだ。これは、ラ イルの魂を抜き取る事で、解決しようと思っていた。ライルならば、それなりの魂 を持っている事だろう。  つまり、ジークを助けるために、ライルは犠牲にしようと言う事である。 「・・・それが・・・ライルさんの意志だったのですね。」  トーリスは、初めて気がつく。ライルは、ルースを復活させた事のあるフジーヤ を知っている。その時の様子も、知っているのだろう。自分を犠牲にする事で、ジ ークが助かるのなら、それでも良いと思ったのだろう。このままでは、二人共死ん でしまうからだ。いや、既に死んでしまっているのだから・・・。 「ルイシーは、既に用意している・・・。」  フジーヤが言う。ルイシーは今、創造神ソクトアに、祈りを捧げている所だ。元 の体に戻してくれるように、頼んでいるのだろう。 「ルイシーが、やると言ったんだ・・・。『人道』の希望を捨てちゃ駄目だってな。」  フジーヤは、ライルとルイシーの了解を経て、実行に移す決心をしたのだろう。 「母さん・・・。分かりました。私も手伝います。」  トーリスも決意した。例え何が起ころうとも、ジークを蘇生しなければならない。 「よし。じゃあ早速だが、レルファを呼んで来てくれ。」  フジーヤは意外な事を言う。 「レルファ?ミリィでは、無いのですか?」  トーリスは、てっきりミリィを連れてくる物だと思っていた。 「これは、ライルにも関係のある事だ。そして長年、一緒に居たとなると、マレル とレルファしか居ない。・・・マレルに、ライルの移植の光景を見せるのは酷だ。」  フジーヤは、マレルを思いやっていた。マレルは、こんな光景を見たら、発狂す るかも知れない。ただでさえ、夫と息子を亡くして絶望している事だ。 「レルファには・・・サイジンが居る。それに、あの子なら負けない。」  フジーヤは、レルファの精神力に注目していた。レルファは、強い意志を持って いる。それは、ジークと同じくライルから受け継いだ遺産とも言えた。  幸いな事にレルファは、あれからすぐに、意識を取り戻した。最悪な事態は、防 げていた。これでレルファまで死んでいたら、マレルは疲労で死んでいたかもしれ ない。しかしレルファは、父と兄の死を知ると、泣き叫んでいた。トーリスは、そ れを思い出すと、気が引けた。 「サイジンも連れてくるんだ。レルファを支えてやれるのは、彼しか居ない。」  フジーヤは指示を出す。サイジンも、部屋で倒れたが、意識を取り戻した。今は サイジンの部屋に、レルファも居るはずだ。 「・・・分かりました。もう方法は、それしか無いのですね。」  トーリスは、夜分遅くに尋ねるのは気が引けたが、それ所では無い。 「そうだ。ミリィは恐らく、ジークの移植の光景に耐えられない。だから、レルフ ァとサイジンだ。」  フジーヤは言い放った。ミリィは、心が優しすぎる。ジークへのライルの肉と血 の移植は、生々しい物になる。その時、邪魔されては困るのだ。 「行ってきます。」  トーリスは、すぐに部屋を出た。そしてサイジンの部屋へと向かう。 「・・・フジーヤ・・・。届いたわ・・・。」  横でルイシーがニッコリ笑う。 「・・・そうか。」  フジーヤは、少し悲しい顔をした。もう夫婦では、居られないからだ。ルイシー は、二度と人間には戻れないだろう。そうなっては、ソクトアにずっと留まるのは、 難しい事である。フジーヤは分かっていた。しかし、やらない訳には行かなかった。  そしてフジーヤは、ライルの肉を自らの手で剥ぎ取る。刀などを使っては、駄目 なのだ。自ら『魂流操心術』を帯びた手で、移植しなければ成功しない。これほど 生々しい光景は無い。 「・・・ライル・・・。未来のためだ・・・許せ。」  フジーヤは、深く祈ると同じ事を繰り返す。そして、出てくる血を、ジークに移 植していった。この作業は、半端じゃなく精神力が疲労する。何より生理的に気持 ち悪いと、言うのもあるが、罪悪感に苛まれてしまう。フジーヤは、半ば泣きなが ら、作業をしていた。 「・・・ライル・・・。ライルよ・・・。」  フジーヤは、ライルと過ごした日々を思い出してしまう。それだけに、この作業 は、更に辛い物になる。しかし、鬼のような形相で、フジーヤは作業を続けた。ラ イルの死体は変わり果てた物に、変化していく。それを、なるべく見ないようにし て、ジークへと全てを移していく。そして、全てを移し終えた。 「・・・『精励』。」  後ろから声が聞こえて、ギョっとする。と同時に『精励』で体が軽くなる。 「・・・レルファ・・・。それに、サイジンにトーリスか。」  フジーヤは、肩の力が抜ける。それだけ、この作業に集中していたのだろう。 「フジーヤさん・・・。トーリスから聞いた。成功させてね・・・。」  レルファは、目を真っ赤に腫らしながら言う。さすがは、ライルの娘である。普 通、こんな修羅のような光景を見せられたら、ショックで気絶してしまう所だろう。 特に肉の塊となっているのは、父親なのである。 「絶対・・・成功させるさ。コイツのためにもな。」  フジーヤは、ライルを見る。変わり果てた姿である。しかし、その顔は穏やかに 笑っていた。死んだ時のままである。そして、ライルの棺を閉めて黙祷する。 「レルファ・・・。」  サイジンですら、見ているのが辛いのに、レルファは耐えていた。 「私は辛い・・・。レルファに、こんな酷な事をさせるのはね・・・。でも私は、 何も出来ない。だから・・・レルファ。絶対に負けないで。」  サイジンは、レルファの手を握ってやる。レルファは、それを気丈な顔で、握り 返してきた。サイジンは、しっかりと支えてやる。 「トーリス。ジークの体は、ほぼ斬られる前と同じ体になった・・・。今なら、回 復魔法が効く筈だ。掛けてやれ。思いっ切りな。」  フジーヤは、説明する。トーリスは、ありったけの魔力で『癒し』、『逃痛』を 掛ける。さっきまで、効かなかったジークの体が、見る見る治っていく。これも、 ひとえに『魂流操心術』で、魂の力までもジークに注入されてる証拠だろう。 「本当はな・・・。レイアが死んだ時に、やろうと思っていた・・・。」  フジーヤは心境を明かす。何よりトーリスが、冷凍保存している時に使おうかと 迷った。しかしレイアは、この体験に耐えられるかどうか、怪しかったのだ。 「私も、そのつもりで冷凍保存したのです。でもレイアは、そんな事望んでいなか った。レイアは生きたがっていましたが、ジーク程、精神力は強くありません。」  トーリスは、レイアの事を思い出す。彼女は愛しかった。 「レイアに問うた時、レイアは言ってくれました。ツィリルのために生きてくれと。 レイアは、自分が無理に生き返る事を望んでは、いなかったのですよ。」  トーリスは、レイアの代わりに、ツィリルを愛すると心に決めたのだ。ツィリル は、今でさえ、レイアに祈りを捧げてくれている。そんなツィリル無しでは、今で は考えられない程だ。  フジーヤは、納得すると、ルイシーの方を向く。 「・・・よし・・・ルイシー。行くぞ。」  フジーヤは、ルイシーに合図をする。 「ええ。フジーヤ・・・貴方と過ごした時間は、忘れない・・・。」  ルイシーは、そう言うと背中から2枚の翼が生える。 「トーリス。ツィリルちゃんと仲良くね。」  ルイシーは涙を流していた。 「母さん。私は貴方と父さんの間に生まれて、幸せでした。何も返せずに見送る事 をお許しください。」  トーリスは下唇を噛んでいた。天使となったら、もう母親と簡単に会う事も難し くなる。 「良いのよ。・・・そしてジーク。貴方は希望なのよ。戻ってこなきゃね。」  ルイシーは、聖母のような顔でジークを見る。ジークは、回復魔法が効いてきた のか、綺麗な顔をしていた。しかし、未だに目が覚める事は無かった。 「じゃぁ・・・ジークの意識を繋げるわ。・・・後は、レルファちゃんの仕事よ。」  ルイシーは、レルファの頭を撫でる。レルファも涙が溢れてきた。 「絶対成功させます!」  レルファは、ルイシーに誓った。それが、自分に言える最高の言葉だと、知って いたからだ。サイジンも、感涙していた。 「私は忘れない・・・。この光景を。」  サイジンは、レルファの手をしっかり握ってやる。 「では・・・行くぞ。」  フジーヤは、両手に意識を集中させる。そしてルイシーが、ジークの中へと入っ ていった。これが、天使としての能力なのだろうか? 「レルファ。手を差し出せ。」  フジーヤが指図する。レルファは黙って差し出した。フジーヤは、もう一方の手 で、ジークの頭を抑えている。 「では行くぞ・・・『魂流操心術』!!」  フジーヤは、目を見開く。そして、レルファは、その瞬間痺れたと思ったら、気 絶してしまった。どうやら、ジークの意識の中に入ったらしい。  『魂流操心術』の始まりの合図でもあった。  ジークは、混濁の意識の中に居た。ここは、どこなのか見当もつかない。自分は、 どうやって、こんな所に飛ばされたのか?どうにも、分からないで居た。  しかし確かな事を思い出した。自分は死んでしまったと言う事だ。これから、天 の楽園に行くのだろうと確信していた。ソクトアでは、死んだ者の魂は、魔の楽園 か天の楽園に行く事になっている。自分の属性によって、それは決定する。魔界や 天界は、それに準えて作られた異次元空間なのだ。魔の楽園や天の楽園をイメージ して、作り上げた異次元空間こそが、魔界や天界なのだ。魔界には魔族が好むよう に作ってあるし、天界は全てが見下ろせるように作ってある。それは魔の楽園や天 の楽園も同じ事なのだが、決定的に違うのは、死んだ者の魂でしか入れないという 点である。つまり死が決定していないと、天の楽園に入る事は出来ないのだ。ジー クは幸い、天の楽園の方に向かっている。しかし、何故か、これ以上進めない。 (どういう事なのだろう?俺は、魔の楽園に行かなくては、ならないのか?)  段々、ジークも意識がハッキリしてきた。混乱してはいるが、何かが、おかしい と言う事には気が付いたようだ。  どこからか呼ぶ声がする。 『兄さーん。どこに居るのよ!全く。』  この声は酷く懐かしい声だ。聞き覚えもある。 (レルファ?まさか。アイツも死んでしまったのか?)  ジークは嫌な予感がした。確かにレルファも重症だったはずだが、サイジンの部 屋で休んだのを見た時は、命に別状は無さそうだった。 『これじゃ、キリがないわ。』  レルファは、怒っているように見えた。 (アイツを怒らせると怖いからな。)  ジークは微笑むと、レルファの所へと走った。 『あれ?ジーク君だ!レルファちゃん!居たわよ!』  よく見ると、ルイシーも居る。 (ルイシーさんが何で?)  ジークは不思議に思った。それにルイシーの背中には、翼が生えていた。 『兄さん!そこに居たの?』  レルファが近寄ってきた。 『ああ。これから、あの天の楽園に行こうと思ったんだが、進めなくてな。』  ジークは説明してやる。そして見える先には、天の楽園が待っていた。 『さっき父さんが行くのが見えた。俺も、行かなきゃならないと思ったんだがな。』  ジークは、ライルが悲しそうな目をしながら、天の楽園に入って行くのを見たの である。しかしジークは、それも仕方の無い事だと思っていた。 『ジーク君。駄目よ。貴方は死んでいないわ。』  ルイシーが真剣な目で見つめる。 『ルイシーさん。俺は胸を斬られて、死亡したはずでしょう?』  ジークは自分の死を疑っていない。危険な兆候である。確かに死んではいるのだ が、こうなると固定観念が先に来て、蘇生するという概念が、段々に失われていっ てるのだ。 『それにレルファ。お前も死んだから、ここに来たんじゃないのか?』  ジークは、レルファまで死んだ物だと思っている。 『兄さん。私は死んでないわ。サイジンが居るのに、死んでなんかいられないわ。』  レルファは、ジークの手を握る。ジークの手は、冷たかった。自分という存在が 希薄になって来ているのかも知れない。 『お前の手は暖かいな・・・。そうか。俺と父さんだけ死んだのか。』  ジークは溜め息をつく。 『父さんは・・・兄さんに後を託したのよ。今フジーヤさんが、兄さんに魂を戻そ うと必死なのよ?』  レルファは、フジーヤの事を説明する。ジークは、そこで初めて『魂流操心術』 の事を思い出した。 『そうか・・・。でも俺は、これ以上生きても、しょうがないと思っている。』  ジークは、弱気な事を言った。 『何言ってるのよ!ミリィさんは、どうするの!?』  レルファは、ジークに向かって怒鳴る。 『俺は・・・生き返っても英雄として、生きなければならないんだろ?』  ジークは諦めきった表情をしていた。 『・・・兄さんが、望んだ事でしょ?』  レルファは、兄がこんな事を言い出すとは思わなかったので、ビックリする。 『果たしてそうかな?と思っているんだ。父さんが英雄だったのは、間違いない事 だ。でも俺なんかが、務まる訳無い・・・。俺は、不動真剣術を継いだだけの人間 だよ。・・・ここまで闘って来たけど、疲れてるんだ。』  ジークは、穏やかな表情だった。ライルが英雄と呼ばれて、自分もそうなろうと 思ったのは、小さな頃だった。その時は、父親に憧れて、自分もそれに応えようと 必死だった。しかし、それは自分が望んだ事なのだろうか?実際に英雄の再来とま で言われた時に、疑問を感じたのだ。人々が求めているのは、ライルの幻影であっ て、自分では無いのかも知れない。・・・と。 『俺は皆のために闘ってきた。それが正しいのかさえも、分からないんだ。』  ジークは、心の内を明かす。特に魔族との戦いに連勝していく内に、思った疑問 だった。 『ジーク君・・・。でも、それは・・・。』  ルイシーは、言葉に詰まる。ジークの言いたい事も分からなくも無い。訳も分か らず、振り回されたと思い出したら、キリが無いのだろう。それだけの重圧に、い つも耐えてきたジークである。それが一度死んだ事で、開放された時、その疑問は、 頭から離れなくなったのだろう。 『兄さんの馬鹿!!・・・何なのよ!それ!!』  レルファは、涙を溢れさせた。 『兄さんは、今までの闘いは他人のためだったとでも言うの?それだけのためだっ たと言うの!?そりゃあ私だって、皆の期待に応えたいと思って闘った時もあるわ! でも、それは、自分が選んだ道だったはずよ!?』  レルファは涙が止まらなかった。ジークの口から情けない事を聞きたくないのだ。 『確かに・・・父さんは偉大だった。私もそれは分かる。でも皆が付いていったの は、兄さんだったからよ!!父さんじゃ駄目だったのよ?』  レルファは思いの丈を語る。ライルはライル。ジークはジークだと言う事を言い たいのだろう。 『それを何なのよ!兄さんは、皆が望まなきゃ今のままのソクトアで良いと思って るの!?『人道』と言う方向性を示したのは、他ならぬ兄さんだったんじゃないの?』  レルファは痛い所をついてくる。 (レルファちゃん・・・。よっぽど、憧れてたのね・・・。)  ルイシーは、レルファの想いが伝わってくる。レルファは、ライルの娘として生 きてきた。しかし自分は、ライルのようにはなれないと気が付いたが、自分には、 ジークと言う兄が居る。兄が自分の代わりに、ライルのようになってくれると望ん でいた。近いからこそ憧れる。憧れは、実の兄であるジークに対してだったのだ。 『はぁ・・・。俺も貧乏籤を引いたものだ。』  ジークは、優しげな眼差しをレルファに向ける。 『お前さんは、すぐには楽には、させてくれないんだな。』  ジークは、レルファの頭を撫でてやる。その撫でる手は、凄く暖かかった。ジー クに生きる気力が、戻ってきた証拠だ。 『レルファ。お前が俺の妹で良かった。本当に、そう思うよ。』  ジークは、そう言うと、これまでの死人のような目をしていなかった。非常に力 強い光が、ジークの目の中に宿る。 『チャンスがあるなら、俺は生きる。・・・そして、これからは自分のためにも、 生きて生きて、しぶとく生き抜いて見せる!』  ジークは拳を握る。今までは、皆の期待に応えるために、自分を犠牲にした闘い が多かった。だが、それでは、いつか身を滅ぼす。それでは駄目なのだ。自分を大 事にしてこそ、皆を助ける資格があると、ジークは気が付いたのだった。 『決まりね。それで良いのよ。ジーク君。』  ルイシーは微笑んだ。 『ありがとう御座います。ルイシーさんは・・・戻れないんですね。』  ジークは、悲しい目をする。さっき『魂流操心術』の説明を受けた時に、ルイシ ーが、天使に戻ったのも、知らされていたのだ。 『これから見えなくなったとしても、貴方達の事は、ずっと見てる。安心しなさい。 でも、これは私だけじゃないわ。ライルも・・・きっと天の楽園から見てるわよ。』  ルイシーは、ニッコリ微笑む。 『期待に応えるって言い方は止めます。これからは、俺の生き様を見てて下さい。』  ジークの魂は、更に輝きを増す。 (レルファちゃんで、正解だったみたいね。)  ルイシーは、フジーヤの人選の選択を見事だと思った。 『ルイシーさん。案内頼みます。』  ジークは、目を輝かせると、ルイシーの指示を待つ事にした。  ルイシーは、ジークとレルファを見ると、合図を出して前に進むのだった。  レルファは、この兄の姿こそ、真の兄の姿だと思って安心するのだった。  その頃、ルクトリア城では、サイジンがレルファを支えて、トーリスが、ジーク の変化を見逃さないように注意していた。フジーヤは、汗だくになって休んでいた。  フジーヤは、最後にジークの体に、蘇生を可能にするだけの魂を、注入しなけれ ばならない。ライルの魂の力は、既に取得済みで、ジークに入れる用意がある。  その時だった。ジークの体が、今までの生気の無い色から、ほんのりだが、血の 気が出てきた。トーリスは目を見張る。これは、正しく奇跡の光景だった。 「父さん・・・。これは・・・成功なのですか?」  トーリスは、フジーヤに尋ねる。 「そうだと信じたいな。後は、レルファが帰ってくれば、確実に分かるのだがな。」  フジーヤは、レルファが戻ってくるのを待つ事にした。その時、レルファの中に、 何かが入って行くのが見えた。 「・・・レルファが、動きました。」  サイジンは、レルファが指先を動かしたのを見逃さなかった。 「・・・に・・・いさん。」  レルファは、ボーっとしていながらも、目を覚まし始める。 「『精励』!しっかり。レルファ。」  トーリスは、レルファに『精励』の魔法を掛けてやる。すると、レルファは意識 を取り戻して行った。 「・・・戻ったのね?」  レルファは、自分の体が、自分の体じゃないんじゃないかと思うくらい、浮遊感 に包まれていた。 「お帰り。レルファ。」  サイジンが、しっかりと手を握ってやる。レルファは、嬉しそうに握り返す。 「フジーヤさん。兄さんは・・・絶対に戻って来ます。」  レルファは、確信を持って言った。どうやら相当な手応えを、掴んだようだ。 「・・・良くやった。・・・ルイシーもな。」  フジーヤは、近くで居るであろうルイシーにも、声を掛ける。しかし、もう肉眼 では見る事が出来ない。それは、分かっている事だった。 「ジーク・・・。ライルの想いを無駄にする事だけは、するなよ。」  フジーヤは、ジークの魂にも語りかける。今、正に戻ろうとしているのを、感じ たからである。 「『魂流操心術』。これが、仕上げだ!!!」  フジーヤは、目を見開くと、ジークの体の中に、ライルから受け継いだ魂を注入 していく。トーリスやサイジンでも、良く分かった。ジークの中に、ライルの大い なる魂が吸い込まれて行くのがだ。肉眼で見える程、凄まじい魂の移動だった。 「・・・これが・・・『魂流操心術』・・・。」  トーリスは、他の生物に入れ替える瞬間は、見た事があるが、蘇生の瞬間は無か った。他の生物に魂を入れ替える作業は、本来の『魂流操心術』の使い方なので、 すんなり行くのを見たが、今回は、どうやら違うようだ。相当な疲労だろう。フジ ーヤは、蘇生させるのに、全精力を使っているようだ。 「・・・トーリス。」  フジーヤは、そんな中、トーリスに声を掛ける。 「後でで良いから、ルクトリア城の、俺の部屋の引き出しの3番目を開けろ。」  フジーヤは、奇妙な事を言う。 「そんな事で良いなら、引き受けますよ。」  トーリスは、キョトンとする。いきなり、妙に現実的な事を言い出すから、ビッ クリしたのだろう。 「ちょっと俺は、疲れて動けないだろうからな。悪いな。」  フジーヤは、ニヤリと笑う。なる程、確かにフジーヤは、この作業に全力を傾け る覚悟なのだろう。トーリスにも、それは伝わってきた。 「・・・ふぅ。もう少しだ。」  フジーヤは、魂の移動に満足していた。 「・・・ルイシー。後で・・・案内を・・・頼む。」  フジーヤは、段々意識が無くなってくる。疲労が、頂点に達して来たのだろう。 「・・・ハァァァァアァアアア!!!!」  フジーヤの気合と共に、ジークの体が、凄まじい勢いで光る。  そして、ジークの体の中に、何かが入って行くのが分かった。それを確認すると、 フジーヤは、満足そうな笑みを浮かべる。 「ふう・・・。少し・・・疲・・・れた・・・ぜ。」  フジーヤは、そう言うと、柱に体を横たえる。相当な疲労だったのだろう。  そして、ジークの心音が、段々聞こえてきた。そして、ジークの体が、ピクッと 動く。そしてジークが、目を覚ました。 「ジーク!!」  トーリスが、喜びの声を上げる。そして、レルファやサイジンも、嬉し涙でいっ ぱいになった。しかしジークは、どこか虚ろだった。 「どうしたのです?疲れているのですか?『精励』!!」  トーリスが『精励』で疲れを取る。しかしジークは、手を閉じたり開けたりして いた。そして、その瞬間に涙が出てきた。 「何で泣くのです?」  サイジンは、意味分からなかった。喜びで、感涙しているのであろうか? 「・・・俺は帰ってきたのか・・・。」  ジークは、生きる喜びを噛み締めたが、その横で、ライルの棺を見る。 「父さんは・・・兄さんに、全てを託したのよ。」  レルファが、悲しそうな目をする。しかし、しょうがない事だと理解している。 「ジーク。これからは、無理させませんよ。」  トーリスは、我が事の様に喜んでいた。ジークは、申し訳無さそうな顔をする。 「トーリス・・・。済まん・・・。」  ジークは、トーリスに向かって、涙を流しながら頭を下げる。 「ど、どうしたのです?」  トーリスは、そこまで手伝っては居ない。全ては、フジーヤとルイシーと、レル ファのおかげだった。 「礼なら、父さんに言ってください。」  トーリスは、ニッコリ笑う。 「もう・・・それは、叶わないんだ・・・。」  ジークは、涙で溢れる。 「俺は・・・最後に、フジーヤさんの魂を感じた・・・。」  ジークは、涙の訳を言う。 「・・・まさか・・・?」  トーリスは、フジーヤに駆け寄る。そして脈を取る。しかし、フジーヤに脈は感 じられなかった。そう。フジーヤは魂の移動の際、ライルの魂だけでは足りなかっ たのを、感じたのだ。そこで、自分の魂でそれを補ったのだ。そして、最後の一瞬 まで、魂を出し続けて、フジーヤの魂は尽きるまでジークに注入されたのだった。 「父さん?・・・そういう・・・事だったの・・・ですね。」  トーリスは、フジーヤの最期の言葉を思い出す。ルイシーに、案内を頼むと言う のは、自分が死ぬであろう事を、予感していたに違いない。 「そんな・・・フジーヤさん!!!」  レルファが、違う意味で涙を溢れさせる。 「・・・父さん・・・。」  トーリスは涙を堪える。そして、拳を堅く握ると、その拳からは血が滲み出た。 「俺は・・・父さんだけでなく・・・フジーヤさんまで・・・。」  ジークは悔やむ。どれだけ犠牲にすれば、良いのか?とさえ思った。 「ジーク。・・・父さんは、最期に満足する仕事をしたのです。そんな顔は、しな いで下さい。私は、寧ろ、誇らしく思います。」  トーリスは、拳から血を滴らせながらしゃべる。 「父さんの想いを・・・受け継いで下さい・・・。」  トーリスは、そう言うのが精一杯だった。 「ああ。約束する。俺は、父さんやフジーヤさんに、生き様を見せてやる!」  ジークは天に向かって、そう誓った。おそらくフジーヤは、満足そうな笑みを浮 かべているに違いなかった。柱にもたれ掛かる瞬間も、笑顔で満ち溢れていたのだ から・・・。フジーヤは、ジークを生き返らせるのに、全てを費やしたのだった。  こうしてジークは死の淵から蘇った。この蘇生が、ジークにとって、決して忘れ る事の出来ない、最高の力の糧になる事は、疑いようが無かった。  一夜明けて、ルクトリア城は騒然としていた。もちろんジークとライルの死のせ いもあるが、それ以上にフジーヤ、ルイシー、トーリス、サイジン、レルファが居 ないからだ。夜中に、どこか出かけたのだろうか?  ゲラムは捜索で、てんやわんやだった。どこを捜しても居ない。マレルも気が付 いたようで、レルファまで居なくなってしまったので、ショックを受けていた。こ れで、レルファまで失ったら、一人になってしまうと思ったのだろう。  しかし、どこにも居なかった。後調べてないのは、棺が治めてある霊安室だけだ。 いくら何でも、ここには居ないと思って捜して無かったのだ。  皆は、霊安室の前に集まる。と言うのも、ここに誰かが入った形跡が、あるから だ。間違いなく、ここだろう。しかし何のために入ったのか検討もつかないでいた。 「ここに間違いないようね。」  ルイは周りを見渡す。しかし、他に捜すべき所は、全て捜したはずだ。 「・・・何の接点も見当たらないヨ。」  ミリィは元気が無かった。ジークが居ない朝を迎えるのは、初めてだったからだ。 「センセー。こんな所で、何してたのかなぁ?」  ツィリルが、不思議そうにしていた。朝、気が付いたら、横にトーリスが居なか ったので、ビックリして、皆を起こしたのは、このツィリルだった。 「昨日は・・・さすがに、俺も休んでいたから分からんな。」  ジュダは首を傾げる。ネイガとの傷が、まだ完全に癒えていない。かなりの激闘 だった証拠だ。 「私とした事が・・・すっかり眠ってしまったようだな。」  赤毘車も、すっかり眠っていたようだ。お腹に赤ん坊が居るので、無理出来ない。 「とにかく、開けようよ。お姉ちゃんが居るかも知れないんでしょ?」  ドラムが、レルファが居ないのでソワソワしている。 「そうだね。じゃあ僕が開けるから。」  ゲラムが、扉に近づく。皆、ジークやライルの棺など見たくないのだ。ゲラムは、 こういう役を押し付けられてると、愚痴を言いたくなる。  すると、扉の方から開いた。 「うーん・・・。あ、あれ?」  レルファが、出てきた。そして皆が集まっているので、キョトキョトしていた。 「レルファ!!どうしたの!?心配したのよ。」  マレルが、涙さえ浮かべている。どうやら心配させたのを、理解したようだ。 「済みません。色々ありましてね・・・。」  サイジンが出てきた。 「後で、タップリ聞かせてもらうぞ。」  グラウドが溜め息をつきながら、安心していた。グラウドも心配していたようだ。 「ご心配を、掛けさせましたね。」  トーリスが、微笑しながら出てくる。 「センセー!!わたしに一言あっても良いんじゃなーい?」  ツィリルが、頬を膨らませていた。 「済みません。何せ、急な用事だった物でね。」  トーリスは、目を腫らしていた。しかし、それを極力見せないようにしている。  しかし、皆は、その瞬間、固まる事になった。トーリス処の騒ぎでは無かった。 その人物が、ここから出てくるのは、有り得ない事だとさえ思った。 「・・・あれ?皆、集まってたのか。」  それは、何とジークであった。皆、信じられないような顔をしていた。昨日、心 臓が止まっていた人物である。死亡を確認した人物でもあった。 「・・・嘘・・・ネ。」  ミリィは、言葉が中々出なかった。喜びより先に、目の前に居る人物が、本当に ジークかどうか、信じられずに居たのである。 「・・・ちょっと・・・ジーク?なの?」  マレルも疑っていた。無理も無い話である。 「心配・・・掛けさせたな。これなら・・・信じてもらえるかな?」  ジークは、背中に掛けてあるゼロ・ブレイドを、一気に抜いた。それは、何より の証拠だった。ゼロ・ブレイドの輝きは、以前よりも増してジークを照らしていた。 「全く・・・兄さんったら派手ねぇ・・・。」  レルファが呆れていた。確かに、一発でジークだと分かる演出だった。 「ハッハッハ。義兄上らしいですな!」  サイジンが、馬鹿笑いする。 「困った物です。」  トーリスは微笑する。その様子を見て、皆、我に返る。 「本当に・・・本当にジークなのネ?」  ミリィは、喜びの涙で溢れてきた。 「ああ。ま、ちょっと死の淵を見てきたけどね。」  ジークは軽口で答える。そしてゼロ・ブレイドを仕舞った。 「ジーク!!!」  ミリィは、ジークの腕の中に飛び込んできた。それをジークは、受け止めると、 頭を撫でてやった。マレルも横で感涙していた。 「ジーク兄ちゃん!!良かった!!良かった!!」  ゲラムでさえ、言葉にならない。 「ふう・・・。まずは安心した・・・が、訳を聞かせてくれるな?」  ジュダは喜んでいたが、それだけで済ますつもりは無かった。 「ええ。俺が、ここに居るのは、ここに居る3人と・・・フジーヤさんにルイシー さん。そして・・・父さんのおかげです。」  ジークは、神妙な顔をしている。 「サイジン。説明頼む。俺じゃ説明下手でなぁ。」  ジークはサイジンの肩を叩く。 「ま、また私ですか!?・・・私は、こんな役ばかり・・・。」  サイジンは、がっくり肩を落とす。説明と言えば、サイジンと言う理念が、植え 付けられてるような感じがした。  そして、サイジンは説明してやった。『魂流操心術』の事。そして、それに必要 な項目。そして自分たちが呼ばれた訳。そして、現在どうなっているのかをだ。 「・・・こういう訳です・・・。」  サイジンは、起こった事を話し終えた。皆は、一概には喜べなかった。 「フジーヤ・・・。アイツが・・・。」  ルースは肩を落とす。フジーヤとは親友だった。ライルに続いて、フジーヤを失 った悲しみは、大きかった。 「蘇生は・・・神でさえ触れられぬ禁忌。その代償を・・・払ったと言う訳か。」  赤毘車は、目を伏せる。自分達が出来ない事を、フジーヤは、やってのけたのだ。 人間であるフジーヤが、正しく命を懸けて行ったのだ。しかし、禁忌は禁忌であっ た。正しい事では無い。だが、やらねばならなかっただろう。それについて、赤毘 車は、責める事など出来そうも無かった。 「ジーク。俺は、ここに竜神として誓う。『人道』は、必ず成功させよう!」  ジュダは、ジークに真剣な眼差しで言った。人間である彼らが、命を捨ててまで、 頑張っているのに、自分達が指を加えて見ているなど、許されない事だ。 「ええ。俺は、死の淵で誓いました。天の楽園の人々にも、俺の生き様を見せてや るってね。俺は、どんな事があろうとも、生き抜いて、足掻いて見せますよ。」  ジークは、拳を握りながら力説する。 「そういう訳です。頼みますよ?」  トーリスは、父親の死と母親の別れがあって、辛いはずだが微笑んでいた。 「センセー・・・。」  ツィリルが、心配そうに見ていた。 「大丈夫。私には貴女が、付いていますからね。」  トーリスは、この上ないほど優しい眼差しを、ツィリルに投げてやった。 「わたしで役に立つなら、嬉しいな♪」  ツィリルは、嬉しさのあまり微笑みを見せる。トーリスは、ツィリルだけは絶対 に、幸せにしてみせる。それこそが父と母と、レイアの願いだと思ったからだ。 「でも、レルファ。私を差し置いて、ずるいネ。」  ミリィは、口を尖らせていた。ミリィは、ジークに呼びかける役をやりたかった のだろう。しかしフジーヤが、それを許さなかったのだ。 「やらなくて正解だと思うわよ?あの光景は・・・ちょっとね・・・。」  レルファは、またやれと言われれば、勘弁してもらいたかった。父親のグロテス クな最期を、見てしまったのだ。棺の中に隠された父親の体を知っているのは、も はや4人だけである。 「あの人が望んだ事なら、しょうがないわ。ジーク。ライルの分まで生きるのよ?」  マレルは、母親の顔をしていた。ライルの死は辛い。しかし、ジークの肉となっ て生きるのであれば、マレルにとっても納得の行く答えだった。 「父さんは、俺の誇りです。俺は、俺の誇りを、これから作っていきます。」  ジークは深く頷いた。ジークの言動が、これまでとは少し違う。今までは、使命 感に燃えていた。だが、今では自分のための信念を感じる。何かを乗り越えたのだ ろう。そう言う人間は、底知れなく強い。ジークの成長具合が、伝わってきた。 「まずは、葬式を済ませましょう。ライルさんも父さんも、あのままでは忍びない ですからね。」  トーリスが、皆に呼びかける。皆は深く頷いた。  早速、作業に取り掛かる事になった。棺を運び出して墓の用意をする。そして、 墓地の見積もりを立てて、棺の大きさに合わせる。土葬だった。  そんな中、ジークが、フジーヤの棺をマジマジと見ていた。 「どうしました?ジーク。」  トーリスが声を掛けてくる。 「不思議な感じがしたんだ。本来なら、俺が入っていたんだろうな・・・って。」  ジークは、フジーヤが自分が入るはずだった棺に入れられてるのを見て、生きて いる事を実感する。 「そうかも知れませんね。父さんは、自分と貴方の命を、秤に架けたのかも知れま せん。でもね。ジーク。父さんの魂も、貴方が受け継いでいると私は信じています。 だから、気にし過ぎ無い事です。」  トーリスは、ジークの心の負担を軽くさせる。考え過ぎは良くないと、思ったの だろう。それに実際、トーリスは、そう思っていたのだ。 「ジーク!ここに居たのネ?」  ミリィが近寄って来た。 「ミリィ。どうした?」  ジークは、ミリィが、余りにも真面目な顔をしているので、不思議に思う。 「どうした?じゃないヨ。心配したのヨ?」  ミリィは、蘇生した後のジークと、まともに話していない。 「積もる話もあるでしょう。墓の用意は、私に任せて話してあげなさい。」  トーリスは、ジークとミリィを気遣う。ジークは礼をすると、ミリィと木陰の方 へと向かう。 「ジーク・・・。私、もう生きていけないと思ってたネ・・・。」  ミリィは、目を潤ませる。ここにジークが微笑んでくれている事が、幸せでなら なかった。ジークも、ミリィの顔を見て、生きてて良かったと実感する。 「ミリィ。心配かけたな。でも、もう大丈夫だ・・・。」  ジークは、ミリィを抱き寄せる。ミリィの髪の匂いがする。生きてる実感が、フ ツフツと沸いてくる。 「もう、あんな想いは、ごめんヨ?」  ミリィは、そう言うと、ジークの胸に顔を埋める。 「ミリィ。俺は死の淵を見て、2つの事を学んだんだ。一つは、皆の事だ。」  ジークは説明してやる。ジークは、一回死んだ事は、決して無駄では無かったと 思う。学んだ2つの事は、これから生きてく上での糧になるだろう。 「皆に、これだけ心配される。それだけの存在に、自分はなったという実感だ。こ の実感は、俺に力を与えてくれるんだ。」  ジークは、それが嬉しかった。ライルよりもジークだからこそ、ここまで心配さ れる。それだけの大きな存在に、自分は、なれたと言う実感を学んだのだ。 「でも・・・ジークは、皆のために無理するネ。私は、それが怖いヨ。」  ミリィは、またジークが無理をするんじゃないかと思うと、気が気では無い。 「そのための2つ目なんだよ。ミリィ。俺は誰かのために闘ってきたと思っていた。 それは、間違いないかも知れない。でも、駄目なんだ。俺は、俺自身が望んで闘わ なければ、全力で闘えなんかしない。そのためには、自分を大切にしなきゃ行けな いんだ。だから、俺は自分の持てる力を出し切って、それ以上の無理はしない。」  ジークは、この事を学んだのは、大きかった。所詮、人に頼まれて闘っていたと 言う意識では、土壇場で油断するかも知れない。だが、自分自身のためならば、全 力を出し切れるだろう。自分を大切に思う気持ちを持てば、勝てると信じている。 「そうネ・・・。それが、良いかも知れないネ。」  ミリィは納得する。ジークは、無理し過ぎるのだ。それは、全力で闘う事とは、 別の事だ。却って、悪影響を及ぼしかねないのだ。 「安心しろ。俺は、誰が来ても、もう負けない。」  ジークは、誰よりも安心させる目でミリィを見る。 「安心したネ。でも・・・ジーク。私は悔しいネ。」  ミリィは口を尖らせる。 「レルファは、私よりジークの事・・・細かく知ってるヨ・・・。それが悔しいヨ。」  ミリィは『魂流操心術』で呼ばれたのが、レルファだと言うのが、少し悔しかっ たのだ。でも、仕方の無い事だと思っている。肉親には、まだ敵わないのだ。 「フッ。ハッハッハ!ならさ。・・・これから知れば良いさ。」  ジークは、ミリィの髪を撫でてやる。 「そうするネ。だからジーク。これからも宜しくネ!」  ミリィは、満面の笑みを浮かべていた。  ジークは、これからは、そう簡単に無理は出来ないなと思ったのであった。  妖精の森では、ミカルドやエルザードが、日々鍛錬を欠かさず過ごしていた。と 言うのも、クラーデスの演説が、相当効いたようだ。クラーデスの演説を聞く限り、 間違いなく本気だと言うのが、ミカルドには分かった。息子だからこそ、クラーデ スの本気の度合いが分かるのだ。  そして、クラーデスのパワーアップも、その時感じたのだ。しかも、只のパワー アップでは無い。あの口調は、父が満足する程の強さを手に入れた、喜びの口調で ある事も、ミカルドには分かっていたのだ。 (親父は・・・間違いなく、ソクトアを滅ぼすつもりだ・・・。)  ミカルドの心配は、現実の物になろうとしている。この森も、いつかはクラーデ スが、攻めてくるかも知れない。そして、その時は、刻一刻と迫って来ているのだ。  とは言え、幸いな事もあった。情報によると『無道』には、人が集まってないと の事だ。やはり滅びが優先の考え方では、賛同者も少ないのかも知れない。  新しい世界を作る。これがクラーデスの理想なら、これまでの力の追い求める様 も、理解出来た。クラーデスは、創造神ソクトアに成り代わるつもりなのである。 そのためには、とてつもない力が要るだろう。しかし創造神ソクトアは、何をして いるのであろうか?これだけソクトア大陸が、神や魔族が蔓延って大変だと言う時 に、肝心のソクトア神は、まるで動きがないと言う。自分の世界が壊されても、平 気なのだろうか?ミカルドが心配することでは無いが、この森を壊されたくは無い。 「ミカルド。どうしたの?」  リーアが話しかけてくる。 「リーアか。ちょっとな。親父の事が気に掛かっただけだ。」  ミカルドは素直に話す。この頃のミカルドは、初めて会った時の突き放した感じ が無い。この森の人達にとっても、欠かせない存在にまでなっている。 「あのおっかない人が・・・貴方のお父さんだなんて、信じられないわ。」  リーアは、演説している時のクラーデスを思い出す。淡々と、しゃべってはいた が、話してる内容は、とてつもない内容だった。 「前にも話したろ?親父は、力を求めるのに手段を選ばないって。その力を得たん だろう。だから、行動に出たんだよ。その行動の結果が、あの演説って訳だ。」  ミカルドは、説明する。しかし、それと同時に考える。あのクラーデスが満足す る程の力とはなんだろう?と。生半可な力では、クラーデスは満足しないはずだ。 (究極の力・・・か。もしくは、親父が必要としている力だろうな。)  ミカルドは考えるが、予想も付かない。 「おい!ミカルド!!」  エルザードが、慌ててミカルドの宿所の扉を叩く。 「開いてるぞ。どうした?」  ミカルドが言うと、エルザードは扉を開けて入ってきた。 「落ち着いて聞けよ・・・。あのジークが・・・死んだ。」  エルザードは、とんでもない事を言う。ミカルドは勿論、リーアも表情が固まっ てしまった。 「・・・冗談にしても、性質が悪いぜ?」  ミカルドは努めて、冷静に話そうとする。 「冗談で言うと思うか?本当の事だ。砕魔 健蔵と言う魔族が倒したらしい。」  エルザードも、我が耳を疑ったのだが、信用出来る部下からの情報だった。 「・・・そうか。ジークは、療養中だったな・・・。その隙を狙ったのか。」  ミカルドは頭を抱える。 「しかも、ライルもその手に掛かったようだ。だが、砕魔 健蔵も死亡したのでは 無いか?との事だ。」  エルザードは、寄せられた報告書を読みながら、溜め息をつく。 「俺は、ジークの事は認めていたのだがな・・・。ここで倒れたか・・・。」  ミカルドは、寂しそうな表情になる。 「となると・・・『覇道』の連中が、ここに来る可能性は大だな。」  ミカルドは、次の事を考えていた。ジークが死んだとあれば、『覇道』の次の標 的は、魔族に反旗を翻してるミカルドだろう。 「私たちは、随分強くなった。『覇道』の連中が攻めてこようとも、負けんさ。」  エルザードは、力瘤を作ってみせる。ミカルドは頷いたが、実際は、そんな甘い 物じゃないと分かっていた。何せ、あのジークまで死んだとの報告だ。例え健蔵が 死んだとしても、グロバスが残ってる以上、こちらに勝ち目は無いと思っている。 「エルザード。勝利のために、誇りを捨てる気はあるか?」  ミカルドは突然聞いてきた。 「いきなり何だ?・・・勝利しなければ、森を守れないとあれば、誇りも捨てるさ。」  エルザードは率直に答えた。一族の長として、当然の選択だろう。 「なら決まりだな。俺は、これからルクトリアに行く。」  ミカルドは、いきなり凄い事を言う。 「な?何の用があると言うのだ?」  エルザードは、ビックリする。ここで鍛錬を強化する物だとばっかり思っていた のだ。その申し出なら、快く受けようと思っていた。 「同盟を結ぶのさ。他に生きる手段は無いだろうな。」  ミカルドは冷静に言う。そう。この戦力では勝ち目が無い。しかし、残っている 『人道』の戦力と合わせれば、まだ勝機は見える。『人道』の者達も死にたくは無 い。ならば、この申し出を、受けるかも知れないと考えているのだ。 「・・・本気か?奴等が受けると思うか?彼らは人間なのだぞ?」  エルザードは、人間に不信感を抱いている。エルフは、人間に住む場所を追いや られたと言う歴史がある。どうしても、心からの信用は出来ないのだ。 「エルザード。だから、さっき聞いたのだ。森を守るために本気で考えるなら、奴 等と組むしかない。『法道』では、自然と接する森の妖精達は、受け入れないだろ う。『覇道』は、寧ろ付け狙いに来るだろう。」  ミカルドは、以下の背景から、同盟を結ぶなら『人道』しかないと思っていた。 そして、戦力が弱っている今がチャンスなのだ。彼らは、絶望しているからこそ、 手を差し伸べた時、真の同盟が生まれると言う物だ。 「・・・だが、誰が交渉に行くのだ?」  エルザードは、渋々受け入れたようだ。いや、エルザードにも分かっているのだ。 それしか、森を守る方法が無いと言う事に・・・。 「他の奴等に、任せられるか。俺が行く。」  ミカルドは自分を指差す。 「ちょっと。貴方が居なくなったら、この森は手薄になるわよ。」  リーアは口を出す。しかし、それは本当の事だった。 「エルザードには残ってもらう。それならば、大丈夫だ。」  ミカルドは、エルザードを信用していた。彼も、かなり強くなった。並みの魔族 相手ならば、守りきれるだろう。 「だが・・・魔族のお前だけでは、信用されぬぞ?」  エルザードは指摘する。妖精で、エルザードの代理が務まる程の者が、付いて行 かなければ、礼を失すると言う物だ。 「・・・なら、私が行きます!」  リーアは志願する。 「馬鹿を言うな。この任務は、危険なんだ。お前を連れて行けるか。」  ミカルドは反対する。だが、リーアが心配なのだ。 「絶対に付いていくわ!ジークさんが死んだなら、この目で確かめたい物。」  リーアは、ジーク達を知っていた。それだけに、死んだとは信じたくないのだ。 「そうか・・・。まぁ、リーアしか居ないだろうな。・・・これを持っていけ。」  エルザードは、溜め息をつきながら納得すると、首飾りをリーアに渡した。 「これは?・・・族長の印!?」  リーアは、ビックリする。妖精の森の族長の印を渡されたのだ。これは、族長に だけ渡される神聖な物だった。 「見識に詳しい者ならば、その印を見せれば、分かるはずだ。」  エルザードは頷く。それだけリーアを信用している証拠だった。 「仕方がない。俺から離れるなよ?」  ミカルドは舌打ちする。しかし思えば、自分の元に居るのならば、却って安全か も知れない。その方が、気が楽だった。 「エルザード。その間にも訓練は欠かすな。油断だけは禁物だぞ。」  ミカルドはエルザードの肩を叩く。 「言われるまでも無いさ。お前も気を付けろよ。」  エルザードは、ミカルドの心配をする。エルフが魔族の心配をする。それは、稀 有な事でもあった。だが、エルザードは、ミカルドの事を親友だと思っていた。そ う思うに値する魔族と、初めて認めた異種の者だ。  こうしてミカルドは『人道』と、同盟を結ぶために、ルクトリアに赴くのだった。 だが、ミカルドは、ジークの死を、この目で確かめたいと言う二つ目の目的も、胸 に秘めていた。ジークを知る者にとって、この訃報は信じられないのであった。  ルクトリアでは、葬式も終わって、落ち着きを取り戻しつつあった。やはり、英 傑王ライルと、その側近フジーヤの死は、受け入れ難い物があったが、その息子で あり『人道』の提言者のジークが健在だと言う事実は、人々を安心させるに至った。  ジークは、ルクトリアの国民にとっても希望なのだ。ルクトリアの国民で、ジー クを知らない者は、まず居ないと言って良いだろう。その強さと人々の期待度から 言えば、英傑王ライルにも勝るだろう。ここルクトリアで、魔族からの脅威を取り 除いたと言う実績が、光っていると言う事だ。だがライルも、かなり尊敬されてい ただけに、死は悲しみを増幅された。フジーヤも偏屈者と言われながらも、国を復 興させる時の手腕は、見事な物であったので、その死は深く悔やまれた。  それを補うのは、フジーヤの息子であり、天才の器と名高いトーリスしか居ない と考えられている。だが、その前に、代表を決めなければならなかった。最初はジ ークが、ルクトリアの王を継ぐべきだと言う意見が相次いだが、その意見は白紙に された。それは、ジークが、闘わなければならない身であったからだ。そのために は、訓練に集中しなければならない。なので、ジークは仮の処遇と言う事で、ルク トリアの司令大元帥と言う地位を与えられた。と言っても、これは飽くまで仮であ る。しかし、それが恙無く行われたのには、訳があった。  これらの案は、全部、生前のフジーヤが記した物であった。フジーヤの遺言が、 発見されて、草案がビッシリと書き記されていたのには、トーリスも驚いたようだ。  そして、さらに驚いたのは、王制の廃止である。フジーヤは、生前からライルが 王に就いた時に、この案を考えていたようだ。ジークは、王というタイプでは無い。 それは、ライルにも言えた事だ。それに時代が、王を必要としなくなってきている。 それに見合った政治を、しなければならないと考えていたのだろう。  そのために編み出された案が、『選政』と言う考え方だった。これは、国民が選 んだ代表が、国を取り仕切って、政治を行うと言う新しい考え方だった。その最高 の地位を、『国事総代表』と呼ぶ事まで定めてあった。そして、利権が集中しては、 王制の復活ともなり得るため、常に監視するための『国事代表』も、国民から選出 すると言う形も取っている。実に新しくはあるが、合理的なシステムで正に『人道』 が、政治を行う上での、良い見本になるだろう事は、間違いが無かった。  とは言え、これは、まだ国民に公示していない。まだ、時期尚早と判断したのだ ろう。今は、王の死を悼むのが先だ。なので、この草案を主だったメンバーに、見 せるだけに至った。フジーヤの草案は、良く纏めてあった。 「これを・・・アイツは、一人で考えたと言うのか?・・・凄いな。」  ルースは、感心していた。フジーヤが夜遅くまで、考えてた秘事とは、これの事 だったのだろう。ルースの他にも、ジーク、サイジン、トーリス、グラウド、エル ディスに女性陣はレルファ、マレル、アルド、ルイ、ミリィなどが、参加して見て いた。それと、ジュダと赤毘車も参加した。 「父さんは、昔から、王が率先して行う政治に、限界を感じていたようです。」  トーリスは説明する。フジーヤの考えそうな事だ。 「なる程な・・・。これは『民主主義』と言う考え方だな。」  ジュダは聞き慣れない言葉を口にする。 「それは一体?」  トーリスは説明を求めた。ソクトアの人間達は、その言葉をまだ知らないのだ。 「何て事は無い。今、お前達が草案にしている考え方の事だ。別の星では『民主主 義』。つまり国民が主権と言う意味で、使われていたのを思い出しただけさ。」  ジュダは、神として他の星にも派遣している。色々知っているようだ。 「国民が主権・・・。正しく、この草案に一致しますね。」  トーリスは考え込む。 「だが、俺は、口出しするつもりは無い。どう言う法律が作られているか、大概の 事は覚えているが、それを作るのは、お前達の仕事だ。」  ジュダは、皆に促す。 「分かっています。それに、ソクトアでは『選政』と言う言葉で、公示するつもり ですからね。父の遺志を、受け継ぎたいと思っています。」  トーリスは理解していた。ここでジュダが手を加えたら、ソクトアのための政治 では無くなってしまう可能性が高い。それは、避けたい所だった。 「この草案を元に、私が手直しして、皆さんに是非を問います。それまで解散です。」  トーリスは自分で手直しする事にした。父の草案を、形に出来るのはジュダ達が 手伝わない以上、自分しか居ないと思っていた。 「いよいよ『人道』の政治の基本が、作られるのですね。フジーヤさんは、凄い人 ですな。王制を無くすなんて、私には、考えも付きませんでしたよ。」  サイジンは深く考える。だが、どうやってもトーリスやフジーヤには、及ばない だろう。彼らの考えは、自分達の範疇を超えているのだ。 「王制を無くすか・・・。父さんが王になった時、俺が感じた違和感を、フジーヤ さんも抱いたのかも知れないな。」  ジークは、フジーヤの案に賛成だった。王と言う地位に縛られていたのでは、行 動を狭める事になり兼ねない。また、行動力の無い王なら、その国は、駄目になっ てしまう可能性が高い。  解散の声が掛かった後、マレルは、一人で月を見ていた。考える事はライルの事 ばかりである。こうして日数が経つと、日に日にライルが居なくなった実感を覚え る。その魂はジークに受け継がれている。だが、マレルにとって、ライルの代わり は、誰も居ないのだ。 (ライル・・・。ジークを助けたのは礼を言うけど・・・寂しい。)  マレルはついつい涙が出てしまう。人前では、見せないようにしているが、一人 になると、孤独感が襲う。トーリスも相当耐えているはずである。両親を同時に失 ったのだ。ツィリルが居なければ、レイアの時の二の舞になるかも知れなかった。 (私には、子供が2人共、生きているだけ、良いのかも知れないわね。)  マレルは、発想の転換をしようとした。そうする事によって、ライルが喜ぶかも 知れない。いつまでも、悲しい顔をしていては、ライルも安心出来ないだろう。  その時、マレルは後ろから気配を感じた。いや、実際には気配を消している者が 近寄ってきたのだが、マレルは偶然にも気が付いたようだ。 「誰?・・・隠れたのなら人を呼ぶわよ。」  マレルは警戒する。このルクトリアで、気配を隠す者は居ない。つまり、曲者に 違いなかった。 「随分な挨拶だな。『月の巫女』よ。」  その者は、声を出した。そしてマレルは、その声を聞いた瞬間、硬直する。 「・・・貴方、彼を知っているのね?」  マレルは、信じたくなかった。いや、有り得るはずの無い声でもあった。その者 は、間違いなく倒されたはずなのだ。 「俺の名を忘れたか?『月の巫女』よ。いや、覚えているはずだが・・・?」  その者は、姿を現した。そこに居る者を見て、マレルは驚いた。 「何で貴方が、生きてるのよ!そんなはず無いでしょ!」  マレルは、つい大声を出してしまう。 「そういきり立つな。無理も無い話だろうがな。」  その者は、違いなく死んだはずの者であった。 「リチャード・・・。本当に、貴方なの?」  マレルは睨む。そう。この男は『太陽の皇子』の別名を持つ、リチャード=サン だった。しかし、ライルに26年も前に倒されたはずである。マレルの定めでは、 このリチャードと結婚しなくては、ならなかった。しかしライルが、その定めを断 ち切ってくれたのである。リチャードは、黒竜王の化身の一族であって、代々、そ の血を受け継いだ者の一人だった。怒ったリチャードは、黒竜王と変化して、ライ ルを倒そうとするが、ライルが『怒りの剣』を発動させて、倒したのであった。 「貴方、何で生きてるのよ?」  マレルは、不思議でたまらなかった。黒竜王は、止めを刺されたはずだ。現に、 魔族などからも、黒竜王を倒したライルとまで言われている程だ。 「蘇生したんだ。・・・と言うのは冗談だ。」  リチャードは低く笑う。この状況を、楽しんでいるようだ。 「あの時、止めを刺したのは黒竜王だったんだ。黒竜王は死ぬ寸前に、俺をソクト アの何処かに、飛ばしたんだ。その何処かは、あの島さ。」  リチャードは、自嘲気味に言う。 「あの島って・・・まさか絶望の島?」  マレルは、リチャードの様子を見て察する。 「さすがは『月の巫女』。その通りだ。絶望の島レイドだ。」  リチャードは頷く。絶望の島レイドとは、犯罪者が行き着く島である。そこに送 られた者は、絶対に逃げる事が出来ない、絶望の島。犯罪者達が啜り泣く声が、い つも聞こえると言う島だ。 「俺は生憎、顔が知れてたからな。回復も受けられずに獄房に入れられたのさ。」  リチャードは、ライルに斬られた傷で瀕死だった。だが、その回復すら受けられ ずに、獄房行きだったのだと言う。絶望の島は今は管理人は居ないが、無法者によ って、絶対に出る事の出来ないシステムを作り上げ、独自の掟で治めている、恐ろ しい島だった。独裁者によって、全てが封じられた、奴隷のための島だったのだ。 「島主は俺が言うのも何だが、只のクズだったよ。」  リチャードは、低く笑う。 「だが、クラーデスとか言ったか?あの魔族が、島ごと乗っ取って、俺達は解放さ れたって訳だ。ほとんどの奴は、クラーデスに付いて行ったが、俺には性に合わな くてな。」  リチャードは、解放されると同時に、抜け出して来たのだった。 「クラーデスが・・・絶望の島を乗っ取った何て・・・。」  マレルは、あり得る話だとは思った。クラーデスの考え方は、ソクトアを新しく 作り変える考え方だ。不満を持ってる奴程、効果はあるだろう。 「で、丁度、流れ着いたのが、この国の港だったってだけの話だ。」  リチャードは、そのついでに、この城の様子を見に来たのだろう。 「で?貴方は、どうする気なの?」  マレルは警戒を崩さない。リチャードは、マレルにとって悪い思い出でしか無い。 「さぁな。ソクトアの情勢は、お前達も含めて、空を使っての大々的な宣伝で知っ ているし、この国の、今の様子は噂話で聞いた。とりあえずライルに挨拶したい。」  リチャードは、肩の力を抜く。 「どうなってるか、知ってる癖に、嫌味を言いに来たの?」  マレルは涙を溜める。リチャードに言われると、無性に腹が立つのであった。 「墓前に行かせるくらい、良いだろ?知らない仲じゃ無いしな。」  リチャードは、溜め息をつく。自分がやった事なので、当然と言えば当然なのだ が、マレルには嫌われた物だと思う。 「『月の巫女』は手厳しいな。俺は、もうただの中年さ。黒竜王の力が、失せた今 となっては、お前さんの息子には、敵わんよ。」  リチャードは、ジークの事は知っていた。ライルの若い時に、そっくりだが、信 念の強さは、それ以上の物を感じていた。 「『月の巫女』の名は捨てたわ。もう思い出したくないの。」  マレルは目を逸らす。 「そうか。ならマレル。ライルの墓前へ、連れてってくれ。」  リチャードは、どうしてもライルの墓が見たかった。 「何で、そこまで拘るの?」 「どうと言う事は無い。噂だけじゃ、信じたくないだけだ。俺を破った男が、死ん だと言う事実をな。」  リチャードは、純粋にそれだけだった。ライルの事は、形はどうあれ、ライバル だったと思っている。その死は、俄かに信じ難かったのだ。 「父さんなら・・・こっちだよ。」  突然、声がする。ジークだった。マレルの声が聞こえたので、心配してやってき たのだろう。ついでにリチャードが出て来たので、見ていたのだ。 「ジーク?来てたの?」 「母さん。もうこの人に、昔の覇気は無いよ。」  ジークは言ってやった。リチャードは、黒竜王の時の邪悪さが、抜けている。 「お前が生まれた時点で、俺は、もうマレルの事を諦めてるさ。」  リチャードは率直に言う。最初こそライルの事を憎んだが、時と共に、それも薄 れていった。 「それに、俺は俺で、家族が居るからな。」  リチャードは、意外な事を話す。 「家族なんて居たの?」  マレルは、本当に意表を突かれたようだ。 「ああ。養子だけどな。何故か、俺を慕う奴が居てな。追い返すに追い返せなかっ た。ソイツも一緒に、抜け出してきた。奴とは気が合ったからな。」  リチャードは、少し嬉しそうな目をしていた。マレルは、人は変われば変わる物 だと思った。あのリチャードが、父親らしき事をして、その事を、嬉しそうに話す など、考えられなかったのだ。 「今は、大事な用があると言う事で、宿に置いてる。」  リチャードは、どうやら本当に、ライルの墓に参りに来ただけのようだった。 「もう26年ですものね・・・。貴方も変わったのね。」  マレルは、やっと警戒の態勢を解く。緊張感のせいか、どっと疲れたようだ。 「リチャードさん。こっちだよ。」  ジークは、ライルの墓の方へと歩き出す。マレルとリチャードは、それに付いて 行った。そして、ライルの墓に着く。横にはフジーヤの墓もあった。 「・・・こうして見ると虚しい物だ。俺と、あれだけの闘いをやって、勝った男が 死んで、負けた俺が、こんな形で会いに来るなんてな。」  リチャードは、ライルの墓の文字を見る。そして墓に触る。 「会って、文句でも言いたかったんだがな・・・。まったく、ついてないな・・・。」  リチャードは下を向く。どうやら、追悼しているようだ。 「・・・これで、心残りは消えた。感謝する。ライルとマレルの息子よ。」  リチャードは、ジークとマレルに礼を言う。 「父さんは、懐かしがっていると思います。」  ジークは、ライルの気持ちを代弁する。何となく分かるのだ。ライルなら、リチ ャードに、こう思うだろうと言う事が・・・。 「そうか。お前は、ライルの魂も継いだんだったな。・・・俺が言うのも、変な話 だが、お前は、死ぬなよ?お前まで死んだら、寂しくなるからな。」  リチャードは、そう言うとライルの墓に何かを置いていった。そして、微笑むと、 門から出て行こうとする。 「リチャード。貴方、これからどうするの?」  マレルは、気になった。かつてマレルを攫った男は、もうここには居ない。 「ルクトリアで暮らすさ。時々、息子と来るかも知れん。その時は挨拶くらい頼む。」  リチャードは、自分も甘くなった物だと思う。しかし、自分の罪を償ったとは、 まだ思っていない。これからは、償いを胸に生きていくのだろう。 「分かったわよ。魔族には、注意しなさいよ。」  マレルは警告する。 「ああ。・・・それと、お前さんたちの成功を祈ってる。俺も人間だからな。」  リチャードは、はっきりと『人道』を支持した。リチャードは、もう自分では、 何も手伝えない事は分かっていた。だから、一言も手伝うとは言わなかったのだ。 それ程、ジークは強すぎるし、自分の衰えは隠し切れないのだった。 「ジーク・・・。ライルは喜んでるかしら?」  マレルは、リチャードの背中を見ながら、ずっと疑問に思っていた。 「さぁね。でも、心残りは消えたと思う。」  ジークは、ゼロ・ブレイドに手を掛ける。  ゼロ・ブレイドは、どこか寂しい感じを受けたようだった。  リチャード=サン。黒竜王の化身はもう見る影が無くなっていた。しかし、以前 より、幸せそうだったのがジークには印象的だった。  ライルの墓に『太陽の皇子』としての、証拠である印籠が置いてあった。  それは、リチャードの黒竜王との、決別だったのかも知れない。