2、破壊と誕生  ソクトアに生きる全ての者は、全てを破壊されると言う裁きを受けなくては行け ない。ソクトアは神が徘徊し、魔族は混乱を招き、人間が、右往左往する大陸に成 り下がっている。志溢れる者達だけが生き残り、ソクトアを創る事によって、理想 郷が実現する。  そして、それを実現するに値する者が、自分だと言う自負を、クラーデスは持っ ていた。実際クラーデスは、力の源流を極めていた。今ソクトアで主に使われる闘 気、魔力、瘴気、源、神気は元より、『無』の力を手に入れたクラーデスは、正に 全てを極めし者として、相応しい実力を兼ね備えていた。だが、いくらクラーデス が強くても、束で来られたのでは勝機は薄い。どうしても『無道』を実現するため には、仲間が要るのだった。  そんな中、絶望の島を手に掛けたのは、正解だった。そこに居る人々は、解放を 求めていた。島主は、クズで支配する事しか能が無い奴であったし、ここの人々は、 ソクトア本土の連中を憎んでいた。ここに流される大半の奴は、大陸からの罪人な のだ。そのおかげで、理想郷を創ると言うクラーデスの考え方に賛成する者は多か ったのである。心から賛同する者は少ないだろうが、居ない事も無かった。これは、 クラーデスが思った以上の収穫だった。せいぜい半分が従えば良いと思ったが、心 から賛同する者まで居るのは、とても助かる。おかげで魔性液を欲しがる者達が増 えた。クラーデスは、既に魔性液を作る事など、造作も無い程、力を身に付けてい たので、人間が魔族になっていく様は壮観であった。また、神気を利用して、『聖 人』を創る事も可能となっていた。『聖人』とは、神気をベースに戦う人間の事で、 言うなればアインも『聖人』の一人と言える。そのために必要なのは神液だった。 それを作り出す事も可能な程、クラーデスは力を手に入れていたのである。 (人間とは分からぬ物だな。可能性は、どの種族よりも高い。)  クラーデスは正直に感心していた。無論、命を落とす者も少なくなかったが、勝 ち得た魔族や聖人は、かなりの強さとなっていった。立派に『無道』のため、尽く してくれるだろう。  こうして、クラーデスは、着々と『無道』の力を増していったのだった。何より も、魔族や聖人が手を取り合うと言う所が、この道の凄さであった。ソクトアを創 り直すと言う理念さえ合えば、仲間なのだ。そこが、この道の凄い所でもあった。  それを束ねるクラーデスこそが、絶対の存在とも言えた。もはやクラーデスは、 只の魔族では無かった。しかし、神とも言いがたい。クラーデスは、全てを滅ぼす 者の代名詞として『破壊神』を名乗るようになった。これは、グロバスの代名詞で あったが、グロバスは、今は『覇道』を導く『神魔王』であり、『破壊神』の考え 方とは、程遠くなっていたのである。全てを破壊し尽くして、創造を得る考えを推 し進めるクラーデスにこそ、相応しい代名詞なのかも知れない。  その最中、クラーデスは、ある拾い物をしていた。何と、それはラジェルドだっ た。ラジェルドは。天界に戻ると、すぐに降任させられた。天界は、ラジェルドを 手放したのだ。あっさりと剣神にやられたのを見て、ミシェーダが激怒したのだと 言う。代わりにイジェルンが、その責務を負うという。イジェルンの傷が回復次第、 発表すると言う事であった。ラジェルドは、信じられなかった。神のリーダーの言 う事は絶対である。それだけに信じがたかった。一回の失敗で、こうも厳しく処置 される現実がだ。恐らく、自分は見せしめなのだろう。イジェルン他、神に従う天 使が、威光を無くすと柔になると言う現実を、見せたかったのだろう。  だが、見せしめに使われたラジェルドは、冗談では無かった。自分に用が無くな れば、とっとと挿げ替えるミシェーダのやり方が、どうしても許せなかったのだ。 そこで、『人道』にも『覇道』にも嫌われてるラジェルドが行き着く先は、『無道』 しか無かったのである。 「お前が来た時は、攻め込んで来たのかと思ったがな。」  クラーデスは、さすがに警戒した。しかしラジェルドは、全て真実を話し、クラ ーデスに従って、神を見返し、ソクトアを創世したいと言い出してきた。 「俄かには信じられなかったが・・・。」  クラーデスは、今でも半信半疑でいる。 「余の言葉に嘘は無い。運命神は、余を捨てたのだからな。」  ラジェルドは、怒りに目が血走っていた。 「しかし、相応の覚悟があってきたのだろうな?」  クラーデスも、そのまま信じると言う訳には行かなかった。 「何が言いたい?望みとあらば、何でもしよう。」  ラジェルドは本気だった。自分は確かに、力不足だったかも知れない。しかし、 輝かしい実績を上げた事を、無にされたミシェーダへの怒りは、本物だった。 「そうか。ならば、これを飲み干すと良い。」  クラーデスは、魔性液を持ってきた。 「余に、魔族になれと言うのか?」  ラジェルドは、目を吊り上げる。大天使長としての誇りが、そうさせたのだろう。 「そんな次元の問題では無い。お前は天使だったのだから、これを飲んだら9割死 ぬ。当然だろう?お前の体は、神気で埋め尽くされているのだからな。だが、これ を飲んで、生き残れば、お前の力は倍増される。・・・どうだ?」  クラーデスは淡々と説明する。クラーデスが勧めているのは、ラジェルドだから では無い。人間達全員にも、勧めて来た事だ。そして、生き残った者だけが付いて 来ているのだ。 「その言葉に、偽りは無かろうな?」  ラジェルドは値踏みする。 「破壊神の名に懸けて、誓おう。最も、飲み干す勇気があれば、の話だがな。」  クラーデスは嘲笑する。こうでもしなければ、ラジェルドは飲まないだろう。 「貴様の言う1割とやらに、賭けてやろうでは無いか。余は大天使長だからな。」  ラジェルドは、まだ自分が、大天使長だという自負を忘れない。クラーデスは、 それが引っ掛かっていた。それを捨て去らなければ、ラジェルドは、強くならない。 「余は、あのミシェーダを許さぬ!!」  ラジェルドは、そう言うと、一気に飲み干した。するとラジェルドは吐血する。 「な、何だ!これは!!」  ラジェルドは、体中が拒否反応を起こしているのを感じた。 「瘴気が、お前の中で暴れ回っているのだ。ま、せいぜい派手に暴れる事だな。」  クラーデスは、そう言うと、封印の部屋にラジェルドを押し込める。  すると、ラジェルドの神気は消えた。 (俺も、ああなっていたのだろうな。)  クラーデスは、自分も、あのような様子だった事は、想像に難くなかった。 (しかし、これに乗り越えられぬようでは、奴も使い物には、ならんからな。)  クラーデスは、満足げだった。死ねば、元大天使長が死ぬだけの事。そして、生 き延びれば、強力な仲間が増える事になる。要するに、どっちでも良かったのだ。 (グロバスも、こう考えて俺に飲ませたのだろう。)  クラーデスは、グロバスの考えが、手に取るように分かった。だが、そんな事は、 もうどうでも良かった。やっと自分の考えていた、理想の強さを手に入れる事が出 来た。そう言う意味に於いては、グロバスは贈り物をくれたと考えるべきだろう。 (ふっ。だからと言って『覇道』に、従うつもりは無いがな。)  クラーデスは、恩を仇で返す事に、何の躊躇いも感じていなかった。絶対の存在 になった今は、『無道』を推し進める事こそが、使命だと思っていたからだ。過去 の未練は、全く無かった。  そしてクラーデスは、第一歩を推し進める事になる。その準備に掛かるのだった。  ルクトリアでは、トーリスが『選政』の基本を完成させつつあった。手直しする と、皆で見直して、意見を出し合う。こうやって『選政』を、より良い物に仕上げ ようとしていた。  ジーク等は、さっぱり分からなかったので、これまで通り、兵士達と手合わせを する事にしていた。おかげ様で、感覚が少しずつ戻ってきた。蘇生した直後は、思 うように体が動かなかった物だが、リハビリの成果か、この頃は、元の鬼のような 強さになっていった。今では、神である赤毘車にさえ、互角の実力と言わしめる程 になっている。ジークも、強くなった物である。  魔術は、トーリスが出来ない分、ジュダが代わりに講師を務めていた。全体的な 魔力の底上げを狙うのが、目的だ。忍術に関しては、トーリスが出来ないとなると、 サイジンが一番の使い手であったので、ドラムと共に教える事になっている。こう やって、ルクトリアの軍事力は、抜群に強くなっていると言っても、過言では無か った。トーリスも負けじと、合間を縫って、自分の力を強化していたが、講師に専 念出来る程では無かった。  復興作業の方は、滞ると思ったが、ルースの力によって、順調に進んでいた。フ ジーヤや、ライルと違って、ルースには的確な指示と言うのは出来ないが、皆をや る気にさせる事は出来た。  いつものように訓練をしていると、俄かに城門の方が騒がしくなっていった。 「全く、何度説明したら分かる。俺は魔族だが、お前達と話し合いに来ただけだ! 敵意は無い。見れば分かる通り、丸腰だろうが?」  どうやら魔族が来たようだ。それは警戒もするだろう。 「し、信じられる物か!」  城門の兵士は、怯えてしまっている。 「ちょっと・・・怖がってるわよ?私たちは、妖精の森代表として来たのよ。」  もう一人は女性のようだが・・・。 「どうしたの?」  ゲラムが、騒ぎを聞いて見に来た。 「む?お。お前は、ジークの仲間の・・・ゲラムだっけか?」 「ミ、ミカルド!?それにリーアさんまで。」  ゲラムは、ビックリする。こんな状態の時に、来るとは思わなかった。 「ゲラム様。知っておられるのですか?」  城門の兵士は、ゲラムに聞く。 「うん。まぁ、ちょっとした知り合いだよ。危害を加える気じゃ無さそうだし、通 しても、大丈夫だよ。」  ゲラムはニコッと笑う。この笑顔を見ると、つい通してしまう。 「わりぃな。助かったぜ。強引に通るってのも、出来ない物でな。」  ミカルドは、豪快に笑いながらゲラムの背中を叩く。 「アンタ、明るくなったんだねぇ・・・。」  ゲラムは冷や汗を掻く。以前のミカルドは、魔族と自分との距離を考えて、随分 と悩んでた印象がした。今は、目的が見えているのか、とても清々しく見えた。 「どうした?・・・おおぉ?こりゃまた、珍しい組み合わせだな。」  ジークが近寄ってきた。 「・・・おいおい・・・。昼間っから化けて出てるぞ。」  ミカルドは、後ずさりする。 「どうやら、そこで情報が止まってるみたいだけど・・・それから色々あって、生 きてるんだよ。いきなり失礼な奴だな。」  ジークは、溜め息をつく。 「生きてるのか。困ったな・・・。」  ミカルドは腕を組みながら考える。 「私も、生きてるとは思わなかったわ・・・。」  リーアまで、酷い事を言っていた。 「アンタ等な・・・。そりゃ無いだろう?」  ジークは肩を落とす。いきなり来て、ここまで酷い事を言われるとは思わなかっ た。しばらくすると、ジュダ達が来た。いつもの面子が集まって来たようだ。 「いよぉ!元気そうだな。」  ジュダが、ミカルドとリーアの肩を叩く。 「アンタも、相変わらず無駄に元気だな。」  ミカルドは、ニヤリと笑いながら言い返す。 「無駄だけ余計だ!しっかし、おめぇさん達が来るなんて珍しいな?」  ジュダは、事情を全て知っていたので、何事で、ここに来たのか、分かっている つもりだった。ジュダは、ミカルドやリーアとは、連絡を時々取っていたのだ。  このままでは混乱すると言うので、ジュダは、今まで知っている事を、全てジー ク達と、ミカルド達に話してやった。ジークがどうやって蘇生したかなどと、ミカ ルドが、妖精の森でどんな生活をしてたか・・・などをだ。簡潔で分かりやすく、 両方共、すぐに理解出来た。 「サイジンより、分かりやすいな。」  ジークは感心していた。 「義兄さん。それは酷い・・・。」  サイジンは肩を落とす。 「・・・ライルが死んだか・・・。惜しい奴だったな。」  ミカルドは、心底残念がっていた。ライルとは、いつか決着をつけたい相手の一 人だった。それだけに、死んだと言う報告は、少しショックを受けたようだ。 「だが、それなら話もしやすい。」  ミカルドは、切り出す事にした。 「ジーク。そして『人道』の人々よ。妖精の里を代表して言おう。俺達、妖精の里 と同盟をしないか?長老には、了承を得ている。悪い案では無いと思うのだがな。」  ミカルドは、率直に言う事にした。 「なる程ね。」  トーリスも、集まって来ていた。腕組をしている。 「私達は・・・他には、付いて行けないのです。」  リーアも説明する。他の道に行ったら、滅ぼされるのがオチだろう。 「一つ、聞いて置きたい事があります。」  トーリスは、ミカルドの目を見る。 「長老の証は、ありますか?」  トーリスは、エルフの森の長の証が無ければ、信用するに値しないと思ったのだ。 「これです。」  リーアは、トーリスに首飾りを手渡す。トーリスは手に取って見た。 (凄い魔力だ・・・。本物ですね。)  トーリスは、そっとリーアに首飾りを返した。 「ジーク。貴方に任せます。・・・ただ、この人達は本気です。」  トーリスは、付け加えてアドバイスした。 「俺の答えは、もう決まっている。」  ジークは、言うまでも無いと思った。 「『人道』は、差別のない世の中を作るのが、最終的な目標なんだ。歓迎するよ。」  ジークは、そう言うと二人に握手を求めた。 「勿体ぶらすんじゃねぇよ。」  ミカルドは、ニヤリと笑うと、ジークと握手をする。そしてリーアは、遠慮がち に握手をした。どうやら、同盟成立のようだ。 「同盟成立って所か。だが、その前に、確かめたい事があんぜ。」  ミカルドは、腕をポキポキと鳴らす。 「お前さんの力を見たい。親父を追い詰めて、ワイスを倒した実力ってのが、本物 かどうか見てぇ。どうだ?」  ミカルドは、ジークの成長を伝え聞いてはいたが、体感はしていないのだ。 「マグレで勝てる程、甘い闘いじゃ無かったさ。でも、お前の力も見れるし、その 勝負受けよう!良い訓練にもなるしな。」  ジークは普通の剣を抜く。殺し合いをやる訳では無いので、ゼロ・ブレイドは使 わなかったが、本気でやらないのは失礼に当たると思ったのだろう。 「そうこなくっちゃあな。」  ミカルドは、闘気を出し始める。 「?ミカルド。お前・・・。」  ジュダは、ビックリしていた。ミカルドが出したのは、瘴気では無かった。何と 闘気だったのだ。 「ああ。この頃、何故か、瘴気が出せなくて、この力ばっか出るんだよ。」  ミカルドは頭を掻く。瘴気が出なくなった時は悩んだが、代わりに出るようにな った闘気は、瘴気に負けず劣らず力が発揮出来るので、気を取り直して、闘気を使 う事にしたのだ。 「その力は闘気だ。純粋に闘いたいと思うと、自然に発せられる力だ。魔族は、そ の闘気を瘴気に変えて闘うのが、普通なんだがな。魔族の体質に最も合うのが、瘴 気だからだ。しかし闘気に変わったと言う事は・・・。」  ジュダは、ミカルドの小指を少し切る。すると、魔族は青い血が流れるはずなの に、朱色の血が流れていた。 「・・・良く分かったな。この頃、何故か、血の色が変わってるんだ。」  ミカルドは感心する。自分でも驚いていたのだが、特に言う必要は無いと思って、 隠して置いたのだった。 「やはりな。お前の体は、人間に近くなっているようだ。」  ジュダは確信した。そして、ある事実も思い浮かんできた。 「ミカルド。これは、確信は無い事だ。だが、お前の母親は、人間では無いのか?」  ジュダは、この事実から導き出される答えは、これしかないと思っている。 「・・・俺は確かに他の兄弟と違って、親父の血を濃く受け継いでいた。しかし、 お袋は魔族だったぜ?」  ミカルドは、あの母親が、自分の母親では無いと思いたくなかった。 「・・・!そうか。『先祖託生』だな。」  ジュダは、聞き慣れない言葉を口にする。 「何だそりゃ?」 「魔族や、人間の中にも、時々転生して生まれる奴が居る。それが、ある拍子に、 先祖の血を濃く受け継ぐ、稀な者が産まれて来る時があるんだ。すると、体は最初 魔族なのに、人間に返っちまう事もあるのさ。これを『先祖託生』と言うんだ。」  ジュダは説明してやる。つまり、先祖の血が突然変異で、目覚めてしまったのだ ろう。極稀にしか無いタイプで、普通は気付かずに、生活を送れるはずである。 「じゃぁ、俺には、人間の血も混じっているって事なのか?兄貴達にも。」  ミカルドは、自分の体だからビックリした。そんな事実は、まるで知らなかった。 「お前の母親の先祖に、人間の名前があるはずだ。」  ジュダは頷く。魔族の寿命は長いので、先祖と言っても、せいぜい10代前が良 い所だろう。それ以上だと、人間の存在自体が発生していないのだ。 「まぁ良いさ。俺にとって重要なのは、生まれじゃねぇ。今、この闘気を使って、 どれだけ闘えるか!何だからな・・・。」  ミカルドは、気の取り直しが早い。自分の生まれを知った所で、何が得すると言 うのか?それよりも今、出来る事を確認する方が先だったのだ。 「ミカルドが人間だったら、それはそれで、歓迎する。でもこの勝負は別だ!」  ジークも同調した。今の二人にとっては、この勝負を楽しむ事こそ、重要な事な のだ。生まれなど、その後に、いくらでも調べれば良いと思っていた。 「全く・・・重要な事も、アンタに掛かったら、そんな物なのね。」  リーアは呆れていたが、微笑ましいと思った。ミカルドは、この豪快さの中にも、 優しさを感じさせてくれる。それがリーアは、好きだったのだ。 「行くぜ!!ジーク!!」  ミカルドは、闘気を高め始めた。 「お前には、何を言っても無駄だったか。まぁ、それも良かろう。」  ジュダは苦笑する。しかし、ミカルドらしい受け答えだとも思った。 「ミカルド。昔、俺は相手にもならなかった。だが、今なら闘える自信はある!」  ジークは、愛用の剣を抜く。普段使っている剣だ。 「大層な自信だ。でも、俺だってウカウカしてた訳じゃねぇ。親父に対抗出来る力 を求めて、必死だったって事を忘れるなよ?」  ミカルドは、ジークを見る度に闘気が増していく。 「そうこなくっちゃな!!」  ジークは、剣に闘気を乗せて突っ込んだ。そしてミカルドの懐に飛び込む。 「ヌォォォォォ!!」  ジークは、吼えながら剣を振るう。そしてミカルドは、それを手甲で受け止める。 「良い剣筋だ。さすがじゃねぇか。」  ミカルドは、受け止めたが、間一髪だった。 「ミカルドこそ、さすがだな。」  ジークは嬉しそうに笑う。すると剣を引いて、更に激しく振り始める。正に、剣 の幕であった。一瞬でも集中力を切らせば、やられると言う危機感があった。 「ぬお!」  ミカルドは、脇腹を一撃切られた。朱色の血が流れ落ちる。 「どおりゃああ!!」  ミカルドは、怯まずにジークに闘気弾を作って、投げ掛ける。 「でやぁ!!」  ジークは、その闘気弾を剣で真っ二つに斬る。 「さすがジーク。こんなんじゃ、通用しねぇか。」  ミカルドはニヤリと笑う。この緊張感こそ、ミカルドが求めていた物だ。 「ミカルドも、俺の剣幕を受けて、なお反撃してくるなんて、すげぇな。」  ジークは、ミカルドの力を認める。 「俺だって、ただボーっとしてた訳じゃ無いからな。」  ミカルドは、闘気弾を両手で作って交互に投げ掛ける。 「はっ!でやぁ!」  ジークは、それを一つは右に避けて、もう一つは真っ二つに斬ってみせる。そし て、ミカルドを見ようとした瞬間、ミカルドは懐に飛び込んできた。 「しまった!!」  ジークが、そう思った時は、ミカルドは拳の連打で弾幕を作り上げる。ジークは 慌てて、柄で防御するが、余りの凄さに、顔面と腹と膝に一撃ずつもらってしまう。 「くぅぅ!!痛てててて。」  ジークは、顔面を押さえる。ミカルドの拳の熱さを知る。 「3発か!もっと入ると思ったがな。」  ミカルドは、闘気弾を盾にして、突っ込んで来たのだった。 「やるなぁ!俺も、それに応える技を使わなきゃな!」  ジークは、不動真剣術の『無』の型の構えを見せる。相手の動きに対応する、こ の構えは、余程の覚悟が無ければ、出来ない構えだ。 「フフフッ。良いねぇ。お前の覚悟が、ヒシヒシと伝わってくるぜ。」  ミカルドは、ジークの構えの意味を、一瞬で悟った。この型から、何が飛び出す か、予測不可能だ。それだからこそ、ワクワクするのだ。 「ならば、俺も、その覚悟に応えられる技を出そう。」  ミカルドは、初めて自分の型を見せる。ミカルドは、丁度、頭の高さで、手を水 平に突き出し、腹の高さでも同じように手を突き出す。 「これぞ、俺が編み出した拳法。羅刹拳(らせつけん)だ!」  ミカルドは、父親に対抗するには、ただ単に、力を上げるだけでは駄目だと悟っ たのである。ジークがクラーデスと対抗できたのも、洗練された剣術のおかげだと 思っていた。ならば、自分も洗練された拳法を、作り出すしかないと言う考えに至 ったのである。実際に編み出すのは大変だったが、ついに完成したのであった。 「こうして対峙してるだけでも、凄いプレッシャーを感じる・・・。」  ジークは素直な感想を述べた。一見、ただ構えているように見えるが、隙が見当 たらなかった。そして、どこからでも拳が飛んできそうな程、素直な構えだった。 「だが、俺も覚悟を決めたからには、これで行くさ。」  ジークは『無』の型を崩さなかった。紙一重で見切る覚悟は、出来ている。 「この緊張感、これぞ俺が求めていた物だ!!」  ミカルドは、冷や汗が滴り落ちる。それほどの緊張感だ。だが、妙に心地良かっ た。二人は、徐々に間合いを詰めて行く。 「ここだ!」  ミカルドは、体を反転させて手刀で、ジークの頭上から襲い掛かる。 「ぬぅ!」  ジークは、それを屈んで避けると、下から恐ろしい程、鋭い斬撃を繰り出す。そ れを、ミカルドは腹の近くの手で受け止める。そうかと思えば、ミカルドは、指を 尖らせて、ジークを突いてきた。 「うわっと!!」  ジークは、それを飛び上がって避ける。すると後ろの木に、ミカルドの指拳が襲 い掛かる。木は、見事に指拳で貫かれていた。 (凄い指拳だ。こりゃ、当たったらやばいな。)  ジークは、一瞬で、そう判断する。ミカルドは、怯まずにジークを指拳の嵐で隙 を与えさせなかった。ジークは、剣で防御に徹する。とても避けきれる物じゃない。 「ぬああああ!!」  ジークは、耐え切れずに距離を取ろうと後ろに跳び退る。しかし、腹を掠めたら しく、激痛が走った。何と皮膚を切っている。凄まじい切れ味だ。 「フフフ。羅刹拳の真髄は、この指にある。指を極限まで鍛えて、あらゆる凶器に も勝る武器とするのが、この拳法の極意だ。」  ミカルドは、羅刹拳の型に再び戻る。羅刹拳を繰り出すのに、一番良い構えなの だろう。自らで考えたと言う割には、かなりの洗練された技術であった。 「さすがミカルド。ならば、これはどうだ!不動真剣術、旋風剣『爆牙』!!」  ジークは、剣の風圧による竜巻を、何個も繰り出す『爆牙』を放つ。 「笑止!!言ったはずだ!この指は、何よりの凶器に勝るとな!」  ミカルドは、何と竜巻に指を突っ込む。そして、何事も無かったように、竜巻を 真っ二つに引き裂きながら『爆牙』を攻略していく。 「や、やる!!」  ジークも、これにはビックリした。防いだり、避けたりする奴は居たが、まさか、 竜巻をぶち破って来る奴は居なかった。 「伊達に、親父を超えようとは思ってないぜ?」  ミカルドは、両手の人差し指と中指を合わせるような形で、印を組む。そして闘 気を、その印の中に注入する。 「羅刹拳、『気孔龍(きこうりゅう)』!!」  ミカルドは、その合わせた印から闘気の龍を繰り出した。闘気の強い念気を、龍 と変えたのだろう。 「ドオオォリャアアア!!」  ジークは、その勢いを分断させるため、一気に剣を抜いて、闘気の龍に袈裟斬り を浴びせて、凄まじいスピードで斬ってしまう。これは『閃光』であった。 「一瞬で消滅させるとはな・・・。さすがジーク。」  ミカルドは感心する。今の龍は、半端な龍では無かったはずだ。だが、それを上 回ったのだ。それ程の斬撃を、繰り出していたと言う事である。 「お返しに、俺も見せるよ。ミカルド!」  ジークは、剣を水平に構えると、力を込める。 「ふおおおお!!」  ジークは、剣を回転させると、素早く五芒星を描く。そして、それに向かって闘 気を集中させていく。 「行けぇ!!不動真剣術、奥義『光砕陣』!!」  ジークは魔方陣を突き出すように剣を振るう。すると、闘気の奔流が流れてきた。 「この圧力!!凄い・・・が、面白い!!」  ミカルドは、手を上下に広げると、指先で、その闘気を掴んだ。 「ぬううううう!!どぉぉぉりゃあああ!!」  ミカルドは、気合を入れて闘気を潰しに掛かる。やっとの事で、闘気は耐えられ なくなったように、弾ける。 「ふう・・・。どうだ!!」  ミカルドは、叫んで見せた。しかし、その時ジークは、既に目の前に居なかった。 「なっ!!?」  ミカルドは、咄嗟に後ろから気配を感じた。が、その時は、既に遅かった。ジー クの剣先が、ミカルドの首筋に当たる。 「油断したね?」  ジークは、ニヤリと笑う。 「・・・フッ。参ったよ。まさか、あの大技が眼眩ましとはね。恐れ入ったぜ。」  ミカルドは、素直に敗北を認める。ジークの咄嗟の機転は、凄い物があった。 「・・・でも、これで胸を晴れるぜ。俺が選んだ相手に、間違いは無いってな。本 当は、お前が死んでると聞いて、ただ助けたかっただけなんだがな。」  ミカルドは、握手を求める。ジークは、喜んで握手した。 「ミカルド達のご厚意には、感謝する。頼りにさせてもらうよ。」  ジークは飾らなかった。実際に「人道」は、辛い立場にある。頼らざるを得ない のだ。ミカルド程の強さがあれば、十分だった。 「決まりだな。・・・他の道に負けたら、今度は俺が承知しねぇぞ。分かってるな?」 「そっちこそ、あっさりと、やられないようにね。」  ミカルドとジークは、二人して冗談を言い合う。  こうして妖精と人間は、再び和解をしたのであった。それも魔王の息子を介して だ。歴史的に見て、この同盟は価値が高い。何せ、種族を超えた同盟だからだ。  これもジークの人柄と強さ故か、図らずも「人道」は強固になるのであった。  「無道」は、この世の全てを破壊して、再生させてこそ、より強固な世界になる と言う考え方である。クラーデスは、その事で、自分の理想の世界を築く事が出来 る。それには、ソクトアと言う器を、破壊しなければならない。そこに情を絡ませ ては、いけない。しかしクラーデスは、既に情と言う物を捨て去っている。なので、 実行するのに、躊躇いは、感じなかった。だが、順序はある。ただ反抗するだけで は、神々やグロバス等に邪魔されるだろう。  しかし、とうとう全ての力を手に入れた証を、見せなければならない時が、やっ て来たようだ。この世を捨てようとしている、世に言う、凶悪犯罪者達の蜂起だけ では、足りない。もっと絶望的な物を味合わせて、この世は生まれ変わると言う実 感を、植え付けなければならない。そのために犠牲になる国が、必要なのだ。 (一つの国を消す。これは必然だ。「無道」を通すためのな・・・。)  クラーデスは、その国の前に立った。いざ立つと、決心も鈍りそうな気がした。 だが不思議と、その感じは受けなかった。自分が、如何に冷静か実感出来る。今か ら、起こり得る事が、全て予測出来る。自分でも、多少怖いくらいだ。これが、本 当に力を得ると言う事なのだろうか?  そして、それを全ての道と、神々達に知らせなければならない。クラーデスは、 再び空を使う。そして、ビジョンを浮き立たせる。 「ソクトアの全ての生き物よ。エブリクラーデスである。絶望の島の蜂起を、耳に したな?俺が目指すべき世界に、賛同する者が増えたのは喜ばしい事だ。」  クラーデスは、そう言うと指を差す。そこには、商業国家バルゼの姿があった。 「俺は、この国に居る。分かるな?バルゼだ。この国の現状をお教えしよう。」  クラーデスは鼻で笑う。 「逸早く「覇道」に従い、商業を約束されれば、理念も捨て去る愚か者の国だ。」  クラーデスは、この国の姿勢がとても嫌いだった。理念が、まるで感じなかった からだ。真っ先に、この国が滅ぶべきだと、クラーデスは思っていたのである。 「ソクトアの者は、俺が本気だと言う事を、信じて無いらしい。なので、実行に移 す事にした。俺が手にした力を使えば、出来ぬ事は無いと言う事をお教えしよう。」  クラーデスは、両手を上に翳す。そして、拳より少し大きい程度の玉を作る。 「見ると良い。そして絶望するが良い。この玉は無の力の集まり。この世の全てを 消し去る力だ。「無」の力は、絶対無比の力。これに勝てる力は皆無だ。」  クラーデスは、驚くほど冷静だった。 「さて、これがこうなる。」  クラーデスは、力を込めると、玉は恐ろしい程、膨張していった。 「恐怖したかな?愚か者達は、まだ実感が無いかな?まぁ良い。俺が目指す理想は、 「無」より始まる再生。理想の世界を立ち上げるため、消えるが良い。」  クラーデスは、そう言うと玉を振り下ろそうとする。 「待て!!!!」  突然、ジュダが現れた。どうやら『転移』を使ったらしい。 「お前のやる事は暴挙だ!見逃す訳には行かない!!」  ジュダは叫ぶ。赤毘車も、傍に居た。 「ジュダ・・・。竜神なら理解しろ。この世が生まれ変わるべき必然性をな。」  クラーデスは、玉を放り投げた。 「ふざけるなぁ!!」  ジュダと赤毘車は、玉を止めようとするがクラーデスに阻止される。 「貴様!!あああああああああ!!」  ジュダは、それでも手を伸ばす。玉は無情にも、バルゼに襲い掛かった。その瞬 間、ソクトアが震えた。地震では無かった。ソクトアの叫びだった。それは「無」 の恐怖と後悔と恨みだった。そして、バルゼは国としての機能を失った。  いや国と呼べる代物では無い。既に、只の土地と化した。クラーデスは、大地を 残して、他を全て消し去ったのだ。只の荒地が広がるのみとなったのだ。 「・・・フッ。そうだ。これだ!ここより再生が始まるのだ!!」  クラーデスは、拳を握り締める。そして荒地を前にして、確信したのだった。 「・・・てめぇ・・・!!!!!」  ジュダは、これ以上無い程、怒っていた。眉は吊り上り、目は血走っていた。 「ジュダ。お前は「人道」に懸けているが、それは自滅への第一歩だ。今、消し去 ったバルゼの人間共を見て、理解出来なかったのか?」  クラーデスは、冷静に言ってのける。 「だから全てを消すのか?死よりも辛い「無」を与える権利等、貴様には無い!!」  ジュダは叫ぶ。クラーデスの言っている事は、合っているかも知れない。しかし、 している事は暴挙だ。 「貴様は、己の力を使いたいだけだろう?そんな暴挙は、俺が許さん!!」  ジュダは、神気を漲らせる。しかし同時に、瘴気も出し始めた。 「・・・ジュダ。貴様も、瘴気と神気を究めたのか?」  クラーデスは、興味深そうにしていた。 「お前に倣ってな。死ぬ程の想いをして、「無」の力を得たさ。」  ジュダは密かに「魔性液」を飲みつつも、神としての細胞を殺さずに居た。「無」 の使うチャンスはあった。だがジュダは、無闇に使おうとはしない、 「ふっ。「無」の力を得ながら「無道」に目覚めぬとは、ますます持って、愚かだ な。そのような考えは、放っては置けぬな。」  クラーデスは、無情な眼光を宿す。 「両者、そこまでだ!!」  上から声がした。神々しいビジョンが見える。どうやら、天界からの呼びかけの ようだ。 「・・・ミシェーダか・・・。」  クラーデスは一瞥する。 「ミシェーダ。何の用だ?」  ジュダも、軽蔑の目を見せるだけだった。 「貴様らが暴れれば、この台地は持つまい。これ以上の暴挙は許さぬ。この地は、 消えたとて、まだ神の力まで失われた訳では無い。勝手は許さぬぞ。」  ミシェーダは、バルゼに、まだ創造神の力を感じたのだった。 「命令か?お前が示した「法道」は、人の道が感じない穴だらけの道だ。従えんな。」  ジュダは、即座に言い放つ。 「心得違いをするな!!俺に従えと言ってるのでは無い。貴様らが暴れたら、他の 国にまで、無の力が及ぶ事になる。分かるな?その結末は。」  ミシェーダは正論を言い放つ。つまり、二人が「無」の力を使えば、他の国まで 消し去ってしまう可能性が高いのだ。 「・・・確かにな。・・・だが、俺は、コイツのやった事だけは、許せぬ。」  ジュダは、クラーデスを睨み付ける。 「ジュダ。抑えよ。私の命令では無い。貴様の先代である、竜神ラウスに免じて、 この場だけは抑えよ。」  ミシェーダは、ジュダの弱い所を突いてきた。ラウスの名を出されると、ジュダ としても、抑制してしまう。先代は、素晴らしい竜神だっただけに、ジュダとして も、頭が上がらないのだ。 「良いだろう・・・。この場は抑えよう。・・・だがクラーデス。お前のした事は、 絶対に許す事は出来ん。覚えておけ。」  ジュダは、そう言うと『転移』を使って、この場を去った。 「ミシェーダ。私は、貴様のやり方を忘れぬ。ジュダの怒りは、私の怒りだと言う 事も、覚えておくが良い。」  赤毘車は、軽蔑の眼差しをミシェーダに向けると、『転移』を使って帰った。 「大した物だな。お前の威光も、多少は効くらしいな。」  クラーデスは、ミシェーダに向かって大口を叩く。 「魔族よ。お前のした暴挙は、我が天界でも許さぬ。神々以外の者が、地上を好き にして良い道理は無い。天罰を、いつか与えに来よう。楽しみにしていると良い。」  ミシェーダは、威厳ある口調で、クラーデスに啓示を与える。 「フッ。笑わせるな。お飾りの神が、何をほざくか。貴様は所詮、天上神の代わり だ。しかも出来の悪い・・・な。」  クラーデスは、ニヤリと笑う。ミシェーダ相手に、まるで怯んでいない。それ所 か、クラーデスの方が、格上に見えるくらいだ。大した物である。 「挑発には乗らぬ。天上神は、今も地上を憂えて、彷徨っている。私が、支えねば ならぬのなら、いくらでも支えよう。お前如きに理解出来る感情では無い。」  ミシェーダは、挑発には乗らなかった。 「体裁の良い事だな。自分で仕組んで置いて・・・な。」  クラーデスは、ボソッと言う。 「ふっ。既成事実を作るつもりか?出来の悪い魔族の考えそうな事だな。残念だが、 そのような考えに踊らされる愚か者は、我が「法道」には居らぬ。」  ミシェーダは、ゴミを見るような目で、クラーデスを見る。 「その余裕が、どこまで続くか見物と行こう。今日の我が事は為った。また会おう。 運命神とやら。」  クラーデスは、そう言うと闇に消えていった。『転移』の応用だろう。 「聞け!人の子よ!邪悪な魔族は、地上を滅ぼす気だ!だが天界は、決して見放し はせぬ!地上は、神々の聖なる力を宿りし、大事な場所だ!そこを汚す者に、天罰 を与えようでは無いか!」  ミシェーダは、そう呼びかけると、ビジョンを消した。  それを、ジーク達は聞いていた。そして、吐き気がした。何たる醜い様か。 「見たか?ジーク。あれがミシェーダだ。そしてクラーデスだ。」  戻ってきたジュダが、憎々しげに空を見る。 「俺は負けませんよ。人だって、いつか分かってくれる。本当の生きる道って奴を ね。自分で見出さなきゃ、自分の道じゃないって事をね。」  ジークは改めて、心にそう誓ったのだった。  それは「人道」の総意でもあった。しかし時代は、更なる混迷の時代へと移るの であった。クラーデスのした事と、ミシェーダの呼びかけは、思わぬ反響を呼ぶ事 になるのだった。多少不利だった「法道」と「無道」の勢力拡大化に繋がったのだ。  ソクトアは、正に混迷の時代を迎える事になった。圧倒的な力を、ビジョンと言 う方法で、逸早く見せたクラーデス。そして、神という名の下に、人々の信仰を集 めているミシェーダに、支持が集まって来たのだ。反対に「覇道」や「人道」は、 苦戦を免れなかった。「覇道」に付いていった者達の中に、圧倒的な力を見せたク ラーデスを支持する者が現れたのである。また、「人道」の中でも、神々の天罰を 畏れた者達が、「法道」の支持に回ったのである。やはり、ミシェーダとクラーデ スと言う看板が、とても大きかったのだろう。  圧倒的な存在感で、人々の心を掌握すると言う点に於いて、二人の行動は、一致 していた。また「人道」は、まだ先が見えていないと言う弱点がある。また「覇道」 は、強い者が治めた後の事の不安が残る。そう言う点から考えても、移ったのは、 至極普通の事かも知れない。何せ「法道」は、神がレールを敷いてくれる。そして、 「無道」は、クラーデスが理想の世界を築いてくれる。そう言う、先の事が見えて いるのだから、付いていく方も楽なのだろう。それに加えて、圧倒的な存在感を感 じれば、人々も心が移ると言う物だろう。  もはや、それは、ソクトア全土の現象とも言えた。国は存在自体が、機能をしな くなり始めていた。プサグルでは、ヒルトと言う権威の王が居るにも関わらず「法 道」に走る者が、少なくない。もはや、ヒルトと言うカリスマ的存在ですら、世の 流れを止めておく事は、出来ないのだ。  サマハドールでも、その流れは出てきていた。女王の言う事を聞く者など、極小 数である。「法道」を支持する人々は、運命神共同団体の言う事しか聞いていない。 従わない者達は、「無道」に流れていってしまっている。  デルルツィアも、酷い物であった。ミクガードが頑張ってるせいか、王と皇帝を 支持する人々は少なくない。しかし今回の事で、大部分が「無道」に取られてしま った。復興では無く、創世を望む人々が、思いの他、多かったと言う事だろう。  ガリウロルは、独自の姿勢を崩さない。どこかを支持すると言う事は無い。だが、 今回の事で「無道」を支持する豪族が、増えたのも事実だ。  ストリウスでも、凄まじい混乱が起きていた。綺麗に四分割されて、それぞれの 道を支持する団体に、分かれたのである。そこで、色々な紛争まで起こっているの だから、手が付けられない。ちなみに「法道」の代表者は、法皇である。  纏まっている国は、パーズとルクトリアくらいだ。パーズは、元々信仰心の高い 国の気質がある。だが、パーズ王ショウが説いた、運命神の矛盾点が決め手になっ た。そして「無道」や「覇道」には、正義が無いとする考え方から「人道」を支援 する人々で溢れている。そしてルクトリアは、ジークとジュダ、赤毘車と言う3本 柱が居る事で、大多数の支持が集まっている事が幸いとなっている。また、英雄の 息子達が集結していると言う点に於いても、有利であった。  今まで圧倒的有利にあった「覇道」の衰退振りが、一番顕著に現れたのが、今回 の推移であった。それでも、まだグロバスを中心とする巨大戦力を、期待する者は 多い。まだまだ潰れる程では無かった。何せ人々以外にも、魔族は圧倒的に、グロ バス支持なのだから・・・。  勢力図としては、東のルクトリアに、「人道」を中心とするグループ。パーズも 加わり、まだ健在の戦力。そして西のプサグルでは、元バルゼに当たる荒地に拠点 を置いた「無道」を中心としたグループが、点在していた。プサグルの国を覆わん ばかりの勢いだ。そしてルクトリアの隣国サマハドールは、「人道」の国に囲まれ ながらも、中央大陸の北部を中心として「法道」の一大勢力を築いている。そして、 中央大陸の南部からストリウスの北部に掛けて、「覇道」が広がっていると言った 図式だ。ただ拠点と呼ぶには、ストリウスは混迷しているので、弱い感じがした。  そんな中、デルルツィアのミクガードやゼイラーは、精力的に動いていた。こん な世の中だからこそ、復興の大切さを噛み締めたい。そして、「人道」の道を支持 したいと考えている。無論、彼らの妻であるフラルやケイトも、同じ考えだった。  「無道」は恐ろしい考えであると言う事を、支持している人々は気付いていない。 創世と言う言葉に惑わされて、ソクトアを全て壊そうとしている。それは、間違い なのだ。今の世の中を良くする為には、人々の考えを変える事が第一なのである。  ミクガードは、王の間で溜め息をつく。ゼイラー等は、今日も外交努力をしてい る。より幅広く「人道」を支持してもらうために、説いて回っているのだ。ミクガ ードの妹であるケイトも、一緒である。  それよりミクガードは、フラルの方が心配である。ジークが死んだと言う報せを 聞いた時は、ショックで寝込んでしまった。しかし、後に蘇生したと言う情報で、 一先ず安堵したが、叔父で英雄である、ライルが死んでしまったとの報告を聞いた。 今、精神状態が不安定なフラルには、重い事実であった。 「・・・問題は山積みって所だな。」  ミクガードは、頭を抱える。こんな中でも、王としての責務を果たさなければ、 ならない。父親は、それをこなしていたのだ。改めて父親の偉大さを噛み締める。 「山積みでも、一つ一つ解決していく・・・でしょ?」  突然、ベッドの方から声がした。フラルだ。休んでいたはずだ。 「おいおい。体は大丈夫か?」  ミクガードは、心配そうだった。 「へっちゃらと言えば、嘘になるわ。でも、このままジッとしてるのも嫌なのよ。」  フラルは、現状を理解していた。いや寝込んでいる間に、ずっと考えていたのだ ろう。自分が寝込んでいても、問題は解決しない。そのためにミクガードは、精力 的に動いているのに、休むなんて出来ないのだ。 「そうか。・・・まぁ、無理だけはするなよ。」  ミクガードは、優しく微笑んでくれた。フラルは、それに笑顔で答えた。 「ミック。貴方こそ、体壊しちゃ駄目よ。」  フラルは、ミクガードの方こそ心配する。 「心配するな。俺は、一人じゃない。だから頑張れるさ。」  ミクガードは、頼もしそうにフラルを見る。フラルが居るからこそ、頑張れる。 そして、そんな自分を、誇りに思う事で体が精力的に動くのだった。 「ほ、報告します!!」  兵士の一人が、慌しい様子で王の間に来る。 「何事だ!」  ミクガードは、只事じゃない気配を察知する。 「プ・・・プサグル王、御一行様が、到着なさりました。」  兵士が、慌てた様子で報告する。 「ヒルト王が?・・・お通ししろ。」  ミクガードも、ビックリする。この時期の訪問依頼は、無いはずだ。 「どういう事?それに、御一行様って事は・・・。」  フラルも、心配そうにする。御一行様と言う事は、ゼルバやディアンヌも、含ま れているはずだ。この時期の訪問は、難しいはずだ。 「分からん。まずは、話を聞かないとな。」  ミクガードも、予想がつかなかった。突然の訪問には、何か訳があるのだろう。 「お連れ致しました。」  兵士が、報告に来る。 「ご苦労!下がると良い。」  ミクガードが、労いの言葉を掛けると、それと同時に扉が開いた。 「ヒルト王・・・!?」  ミクガードは、一瞬で絶句した。そこには、王冠も被っていないヒルトや、ディ アンヌ、そして、マントが半分切れている格好の、ゼルバが現れたからだ。 「・・・ミクガード・・・。フラル・・・。」  ヒルトは、搾り出すように声を出す。 「ど、どうしたのよ!?父さん!母さんも!兄さんまで!?」  フラルは、少し取り乱していた。気落ちしてたので、気遣う余裕も無いようだ。 「い、如何なされたのです?」  ミクガードも、さすがに、しばらく言葉が出なかった。 「・・・生き恥を晒しています・・・。」  ゼルバも、そう言うのが、やっとらしい。何があったと言うのだろう? 「・・・まだ信じられない・・・。」  ディアンヌも、半ば放心状態だ。 「落ち着いて下さい。何があったのです?」  ミクガードは、平静を努めようとした。ここで、自分までパニックになっては、 収拾がつかなくなると思ったのだ。 「・・・プサグル城が奪われた・・・。」  ヒルトは、拳を握りつつも、無念の涙を流しながら答える。 「な!?」  ミクガードは信じられなかった。あの権威あるプサグルが、奪われたのか? 「・・・もう、王権と言うのは、古いのかも知れませんね・・・。」  ゼルバは、肩の力を無くしていた。 「何で!?何でなの!?」  故郷が奪われた事からか、フラルは膝が震えていた。 「済まん。フラル。まさか内部で反乱が起きるとは思ってなかったのだ・・・。」  ヒルトは、悔しそうだった。 「どこの手の者ですか・・・?」  ミクガードも、怒りを押し殺しながら問いかける。 「運命神共同団体の旗が見えた。それと、俺が投獄した者達の姿もあった・・・。 恐らく「無道」と「法道」が、一時的に組んだとしか思えぬ・・・。」  ヒルトは、状況報告するのが、やっとだった。 「兵士の大半も、「無道」に乗り換えたようです・・・。」  ゼルバは、その光景を覚えている。忘れられない。兵士達が、自分達を見限って 「無道」の考えを、口にした光景をだ。腹心の部下達を連れて、命からがら逃げの びるしか、出来なかった。こうして、命があるだけでも奇跡だろう。 「・・・今の人々は、移ろい易い・・・。その心の表れと言う事ですか・・・。」  ミクガードは、実感していた。次は、この国の運命かも知れないのだ。 「この国しか、もう思い付かなかったのだ・・・。勝手に来て、済まぬ。」  ヒルトは頭を下げる。ヒルトが、頭を下げるなど珍しい事である。 「止めてよ!父さん!・・・私まで、惨めになるでしょ!!」  フラルは、泣き出してしまった。 「・・・フラルの言う通りです。ヒルト王。いや義父上。頭を、お上げください。」  ミクガードは、ヒルトの目を見る。 「君は・・・俺を、義父と呼んでくれるのか?」  ヒルトは、ミクガードを見つめ返す。 「フラルの家族ですよ?私にとっても、掛け替えの無い家族です。良くぞ、ここに 来てくれたと、礼が言いたい位ですよ。」  ミクガードは、嘘を付いていない。本当に、そう思っている。特に、自分の父親 の死に目には、会えなかった事もあって、余計に、そう感じるのだろう。 「恩に着る・・・。本当に。」  ヒルトは、ミクガードの手を握る。そこには、王としての威厳は無かった。だが、 父親としての背中を感じた。 「ありがとう!ミック!」  フラルも、ついに泣き出してしまった。 「照れ臭いぞ。フラル。当たり前だろう?」  ミクガードは、フラルの肩を叩いてやる。 「ミクガード。私は、今日の裏切りの光景と、貴方の行為を忘れない。」  ゼルバは、心から感謝の意を述べた。人を、信じられずに居る所を、救われた気 がしたのだ。 「ミクガードさん・・・。私達は、落ちぶれた者です。ですが、いつか、恩を返せ る時は、喜んで助力しますよ。」  ディアンヌも、目に涙を溜めていた。 「止して下さいよ。家族でしょう?水臭いじゃないですか。」  ミクガードは、嬉しそうだった。フラルと結婚したが、家族が増えたと言う感じ はしなかった。ヒルトは、遠い憧れにも似た存在。ディアンヌは、温かい眼差しを 送るが、頼られると言う感じは無い。ゼルバは、ヒルトの跡を継ぐ、素晴らしき才 能人と見ていたので、ミクガードにとって、家族より主従の感じがしていたのだ。  だが、この事で、対等に立てた。いや、絆が出来たと言っても、過言では無かっ た。それが不謹慎ではあるが、とても嬉しかったのだ。  こうして、デルルツィア城には、プサグルの王が住み着く事になったのだ。人々 には、その事を落ちぶれたと発表せずに、プサグルからの賛同が増えたと言う形で、 発表した。そして、家族として、より一層の協力を誓った事も、書いた事で、人々 は、大いなる期待を寄せる事になったのだ。  例え敗れたとしても、ヒルトは、戦乱を生き抜いた英雄の一人なのだ。その英雄 が、王の真の家族となったと言う事で、人々はデルルツィアに、希望をもたらすと 感じ始めていたのだ。こう考えてくれた事は、嬉しい事であったし幸運とも言えた。  その夜の事であった。王の間をノックする者が居た。 「誰か?」  ミクガードは、不穏に思った。この時間になると、巡回はノックなどしない。フ ラルも、怪訝そうに見ていた。 「ミクガード。私です。」  ゼルバの声がした。 「兄さん?」  フラルは、兄の声に間違いないと思った。 「入りますよ。」  ゼルバは、一礼して入ってきた。 「どうしたんです?ゼルバさん。」  ミクガードは、王の椅子から立ち上がると、ゼルバを迎える。 「ミクガード。貴方に謝意を、改めてお伝えしたいと思いましてね。」  ゼルバは、改めて一礼をする。 「止めて下さいよ。昼も言ったように、義兄を助けない義弟など居ませんよ。」  ミクガードは、照れ隠しに頭を掻く。 「そうよ。あんまり気にしちゃ、ミクガードの立つ瀬が無いわよ。兄さん。」  フラルは軽口を叩く。ショックは残っているようだが、元気を取り戻しつつはあ るようだ。一安心である。 「その事なんですが・・・。」  ゼルバは、テーブルに手を着く。 「その事?」 「義兄弟の事ですよ。」  ゼルバは、即座に答える。 「フラルの兄なら、当然、私の義兄ですよ。」  ミクガードは、迷い無く答える。 「それは、それで嬉しい。だが私は、それ以上に、貴方の心に打たれました。貴方 が、もし本気であるならば・・・本当の義兄弟の契りを結びたい。」  ゼルバは、真剣な眼差しで、ミクガードを見る。 「兄さん。何も、そこまでしなくても・・・。」  フラルは文句を言いかけたが、ミクガードが制した。どうやら、ゼルバの本気を 確かめているらしい。 「どうやら・・・ゼルバさんは本気らしい・・・。俺の答えは・・・。」  ミクガードは、そう言うと、親指の先を少し切った。 「貴方も本気のようですね。話が早くて、助かりますよ。」  ゼルバは、同じように親指の先を少し切る。 「フラル。貴女が立会人です。良く見て置きなさい。」  ゼルバは、フラルに笑いかける。 「・・・デルルツィア王、ミクガード=フォン=ツィーア!」  ミクガードは、名乗りを上げる。そして、親指を前に突き出す。 「プサグル王が第一子、ゼルバ=ユード=プサグル!」  ゼルバは、同じように名乗りを上げて、親指を突き出す。そして、ミクガードの 親指と合わせる。そして、血がお互いに混ざり合うのを感じた。 「我らは、ここに同じ血族として、誓いを立てる事を宣言する!」  ミクガードが叫ぶ。そして、ゼルバを見る。 「我らは、これより先、私を義兄とし、ミクガードを尊敬する義弟として、同じ道 を歩む事を、宣言する!」  ゼルバは、そう言うと指を離す。そして、互いに親指に付いた血を口に含ませる。 『我らに、創造神ソクトアの加護を与えたまえ!』  二人は、声を揃えると、互いに剣を掲げて、その先を合わせる。 「・・・と、こんな所か。」  ミクガードは、ニヤリと笑うと剣を仕舞う。 「上手く出来ましたね。私も、初めてだったのですがね。」  ゼルバは、義兄弟の契りの儀式を覚えていた。勿論、ミクガードもだ。だが、こ うして、やる事になるとは、思っていなかったのだ。 「・・・はぁ・・・。これで兄さんは、本当の義兄さんに?」  フラルは、イマイチ理解してないようだった。 「難しく考えなくて良い。俺と、ゼルバさ・・・いや、ゼルバ義兄さんが、より固 い絆で、結ばれた。って事さ。」  ミクガードはゼルバを尊敬している。義兄弟になるのならこれに越した事はない。 「ミクガード。私の尊敬する、義弟となった事を感謝しますよ。」  ゼルバは、本気だった。  こうして、余にも稀な、本物の王家同士の、宣言を立てた義兄弟が、生まれたの であった。フラルは、嬉しいような悲しいような不思議な感覚に捉われていた。  プサグル陥落の報は、ソクトア中に衝撃を与えた。西の大国プサグルは、英雄王 ライルの実兄、ヒルトが治める絶大な土地だ。カリスマ性も損なわれていないはず のヒルトが、内部の裏切りも含めて、落ち延びてしまったと言うのは、今の時代の 背景の凄まじさを、物語っている。  しかし、この事から逆に読み取れる事がある。戦乱の時代もそうだったが、人々 は、治める王が必要なのでは無く、絶対的な力を堅持する、英雄を望んでいると言 う事だ。そう言う点に於いては、「人道」は少しも劣っていない。人材で言うなら、 ここが一番豊富だろう。しかし、他の道にも、それぞれ英雄が出始めている。  「覇道」は、近頃、『魔人』のレイリーも勿論の事、魔界三将軍と言う、魔族の カリスマまで居ると言う話だ。しかも、彼の健蔵も療養中との事で、戦力的には不 気味な程、揃っている道である。  「法道」では、鳳凰神である、ネイガを中心に、新しい大天使長イジェルンが、 精力的に動いている。しかし英雄と呼べるのは、救世主であるアイン一人であって、 後は、信仰心で付き従っている感じであった。しかし、プサグルを陥落させる程の パワーなのだ。決して、信仰心は侮れないと言う事だ。  「無道」は、その点については劣っていると言わざるを得ない。クラーデスと言 う柱だけで、保っている道だからだ。だが、この道に集まる人々は、そのクラーデ スなら、何とかしてくれると言う安心感がある。神のリーダーにすら、一歩も退か ないクラーデスの姿勢は、勇気を分けたようだ。  人々の英雄志向は、ますます増大されていった。混迷の時代だからこそ、希望が 必要なのだ。  そんな中、それぞれの道は、国の在り方を示し始めた。そうする事で、連帯感を 促そうと言うのだろう。「法道」が目指す物は、その名が示す通り、法の下に管理 される事で、神々への信仰を怠らないようにする、法政国家である。そして、「覇 道」は、力が全てなので、魔族を中心に、一番強い者が治める事で、安定を保とう とする、下克上とも取れる、国家である。それを皆は、覇権国家と呼んだ。「無道」 は、クラーデスが作る黄金郷が、考えの源である。クラーデスが、絶対なのであっ て、まず、この世の者を全て破壊し尽くして、クラーデスが中心となって、安寧を 保とうとする、国家なので専制国家とも呼ばれていた。  しかし、問題は「人道」なのだ。ここだけが、何の国の在り方も示していない。 このままでは、人々の関心が、他の道に行くのも時間の問題である。  だが、その心配は、杞憂に終わった。ついにトーリスの草案が、完成したのであ る。この草案から、基づく国の在り方は、十分に道としての在り方を、反映してい た。人こそが、中心である事が盛り込まれていたのである。  ルクトリアの市街地で、政令が出されていた。そこには、数々の「人道」のため の、国造りの基が、書き込まれていた。まず『選政』と言う考え方を、分かりやす く書いていた。市街地の立て札には、こう書いてあった。 『国王に代わる国事総代表は、国民の代表。それを決定するのも、また国民である。』 『国民の投票を受け付け、総代表を決める。これを『選政』と呼ぶ。』 『「人道」は『選政』に寄る政治を基とし、国民が、全てを決定する事で成立する。 国民は、その意識を大いに持つ事。』 『国事総代表1名と、それを補佐する国事代表を20名決める。我こそはと、思う 者は、ルクトリア城にて、その考えを示す事。20名を超える場合、『選政』の考 えにより、総投票を行う。その時には、国民は相応しいと思う者に丸を付ける事。』 『なお、政治の実権は総代表が努めるが、軍事の実権は、仮ではあるが、初代司令 大元帥として、任命したジーク=ユード=ルクトリアが努めるので、心得る事。』  などであった。ルクトリアの国民は、この政令に大いに驚いた。まず、国王を必 要としない、この考え方に、疑問を持つ者も少なく無かった。しかし、大多数は、 賛成しているようだ。良く考え込まれているし、何より、自分達が政治を動かすと 言う魅力が、この政令からは滲み出ている。特に、ルクトリアの国民は、愛国心と 自意識が高い傾向にある。それは、「人道」の支援者にも言える事である。それだ けに、この法案は、納得の行く物だったのだろう。異議を唱えた者も、渋々了承す るようになっていった。  そして、実権では無く、軍事の最高の位にジークが居ると言うのは、人々に安心 感を与えた。死の淵からも、蘇った英雄の息子は、既にルクトリアの国民の信仰の 的にすら、なっている。これには、異議を唱える者は居ないようだ。  国民は早速、国事総代表と、国事代表の代表者受付に殺到した。と言っても、地 方の貴族や、身分の高い者が中心で、平民は、全体の10%にも満たなかった。  そこでトーリスは、面接を行う事にした。トーリスは、ただ権力が欲しいだけの 者は、面接の段階で切っていったのだ。それを経て、平民のほとんどは、それをク リアして、貴族のほとんどが、外れると言う事態になったのは、皮肉でもあった。  勿論、トーリスだけでは無く、ジークやサイジン、それにグラウドなどが、面接 官になったので、4000名近く集まった候補者を、何とか1週間で100名にま で絞る事が出来たようだ。そして、その名簿を作成、書写して、国民に配ると言う 作業を、兵士共々奮闘して、更に1週間掛けて、国民に真意が伝わったようだ。  さすがに、全てが終わった時は、クタクタであった。いくら、レルファなどが、 『精励』で癒しても、限界と言う物があった。 「・・・何とか、形に出来たようですね。」  トーリスは、全てが終わって、溜め息を吐く。投票は、更に1週間後に決めた。 「お疲れ様だな。悪いな。手伝えなくて。」  ルースが入ってきた。ルースは、主要な人物でありながら、この作業には出ずに、 ジュダや赤毘車と共に修行の方に、力を入れていた。それには訳があった。 「公平な立場と言うのも、大変ですね。」  トーリスは、苦笑する。ルースは、手伝えなかったのだ。 「仕方が無いさ。俺が総投票に出馬するのに、面接まで行っちゃ不公平だろ?」  ルースは言ってのけた。そう。ルースは、今回の総投票に名を連ねている。国事 総代表の座に、目が眩んだ訳では無い。ルクトリア出身で、ルクトリアに、長年住 んでいる戦乱時代の英雄は、もうルースしか居ない。地元意識は高い。どうしても、 何らかの政治に、関わりたかった。アインが「法道」に行った。そして、ツィリル は、トーリスと幸せになるだろう。ならば自分は、このルクトリアを守っていくし かないとも思っている。一度ルクトリアを裏切った事があるからこそ、ルクトリア のために、尽くしたいのだ。でないと、シーザーやライルに申し訳が立たないのだ。 「何とか、国事代表くらいは、務めたい物だ。」  ルースは後世に、ライルやジークの偉業を残したいと思っていた。そのためには、 総投票で勝って、是非公共事業にしたい物だ。 「集計係も決めたし、後は、投票を待つのみになったか。」  グラウドは、嬉しそうだった。「人道」が躍進する切っ掛けになる。そう信じら れる方法を、示したからだろう。 「大変でしたが、これで形になりましたね。」  トーリスは、安堵の表情を浮かべていた。 「お疲れ様だよね。センセー!」  ツィリルが、冷たい飲み物を用意してきた。中々気が利いてる。 「これは有難い。この所、まともに休んでいませんからね。」  トーリスは、本音を漏らす。実際に働き尽くめだった。 「本当に、トーリスは良くやったよ。後は、この大乱を乗り切るだけだ。」  ジークは、外を見つめる。美しいソクトア大陸だが、未だに、混迷の時代のまま なのだ。何とか、しなければならない。 「期待してますよ。司令大元帥殿。」  トーリスは、軽口を叩く。 「その呼び名は、慣れないなぁ・・・。」  ジークは頭を掻く。どうも、堅苦しくて、ムズ痒い感じがするのだ。 「まぁ、冗談はともかくとして、国の在り方を示した以上、他の道の者は、軽視は、 しないはずです。何らかのアクションがあると思って、良いでしょう。」  トーリスは、警戒感を強めている。「人道」が劣っていると思われた、自らの道 の示しを立てたのだ。他の道の人間達も、この噂を聞けば、戻ってくる可能性が高 い。それだけに、何かを仕掛けてくる確立が多いのだ。 「トーリスが頑張ったんだ。今度は、俺の番だよ。」  ジークは、力拳を作る。ジークは、太ってないが、かなり筋肉質である。この頃 は、それが顕著に現れてきた。神である、ジュダに近い体格になって来ているのだ。 伊達に、ここまで生き残っていない。 「それには、もっと鍛えなきゃならんな。」  鬼教官のような声が、聞こえた。赤毘車である。赤毘車の鍛え様は、そろそろ有 名になってきた。他の誰よりも厳しい。生き残って欲しいと言う想いが、修行に表 れているのは、分かっているのだが、ジークでさえ、冷や汗が出る程だ。 「はっはっは・・・。頑張りますよ!頑張りますとも!」  ジークは、半ばヤケクソになって叫ぶ。赤毘車の鍛えるは、並みの発言では無い 事を、ジークも知っているのだ。 「でも、余り無理する物じゃないヨ。」  ミリィが、心配そうにしていた。 「ははは。大丈夫さ。そこまで、無理はしないよ。」  ジークは、ミリィを安心させるために言う。 「ジークじゃないネ。赤毘車さんヨ。」  ミリィは、心配そうに赤毘車を見ていた。ジークは、少し肩透かしを食らった気 分だった。当の赤毘車は、目を見開いていた。 「ミリィ。心配される程、この剣神は、柔じゃないぞ。」  赤毘車は、顎に手を掛ける。 「だって・・・赤毘車さん・・・居るんでしョ?お腹の中・・・。」  ミリィは、赤毘車のお腹を指差す。ミリィは、赤毘車の妊娠に気付いていたのだ。 「はぁっ!?」  さすがのジークも、ビックリしたらしい。皆も同じらしくて、目を丸くしていた。 「・・・何故、分かった?」  赤毘車は、怒った様な素振りは、見せなかった。寧ろ、優しい目をしていた。 「だって・・・赤毘車さん修行の時も、お腹だけは守ってたシ・・・。食事の後に、 ちょっと苦しそうにしてた時が、あったネ。」  ミリィは、赤毘車が、少し吐いてたのを見ていたのだ。 「それに・・・酸っぱい物ばかり、食べてたネ・・・。」  ミリィは、ルクトリアの厨房の手伝いをしているので、分かるのだ。 「隠しても仕方が無いか・・・。ミリィの言う通りだ。」  赤毘車は、認めた。ジュダも、照れ隠しに耳の辺りを掻くだけだった。 「へぇ!!赤毘車さん、ママになるんだ!」  ツィリルは、興味津々だった。 「まぁな。だが、私の子として産まれて来て、幸せになれるか心配ではある。」  赤毘車は、溜め息を吐く。それも、当然だった。剣神と竜神の子だ。何かと、周 りのプレッシャーもある事だろう。それを跳ね除けられる子に、育つだろうか?初 めての子供だけに、ちょっと心配ではあった。 「何を心配してるんですか!赤毘車さんとジュダさんの子供でしょ!大丈夫だよ。」  ゲラムが、本当に嬉しそうにしながら、励ましに来た。 「神でも、子を持つのですねぇ・・・。」  サイジンは感心していた。 「これでも、俺も神の息子なんだけどな・・・。」  ジュダは、サイジンに目を細くしながら言う。 「そういえば、そうでしたね。これは失敬!ハッハッハ!」  サイジンは、馬鹿笑いをする。 「赤毘車さんの子供かぁ・・・。きっと、凛々しくなりそうねぇ。」  ルイは軽口を叩く。でも、祝福しているようだった。 「丈夫に育つと良いね!!」  ドラムまでが、嬉しがっていた。誰もが祝福してくれるので、赤毘車は照れなが らも、嬉しそうにしていた。やはり「人道」を支援して正解だったと思っている。 「今日は、お祝いネ!!」  ミリィは早速、厨房へと向かった。どうやらパーティー食を作るつもりらしい。 「赤毘車さん。ビックリしたけどさ。俺、その子が笑って、ソクトアを眺められる よう頑張るよ!絶対、他の道に負けないよ!」  ジークは、満面の笑みで答える。 「フッ。その台詞は、勝ってから言う事だ。だが、期待してるぞ。」  赤毘車は笑いながら、少し、目は涙ぐんでいた。 「子供が産まれたら、私にも見せて下さいね。」  トーリスも笑いが絶えなかった。こんなめでたい事は無いと、思っていたからだ。 「悪いな。真っ先に見るのは、俺だって決めてるんだ。」  ジュダは、親指で自分を指す。 「今から親馬鹿では、先が思いやられるな。」  赤毘車は、チクリと釘を刺す。 「親馬鹿で結構だ。この竜神に、手抜きは無いぜ?」  ジュダは、そう言い放つと豪快に笑った。 「是非、皆で乾杯しよう!」  ルースも、本当に嬉しそうだった。今まで、人が死んでいく事はあっても、新た な命が産まれると言う事は、少なかった。そんな中、神々の子が産まれるのだ。こ んな明るいニュースは無い。 「久しぶりに、羽目を外すかな。」  グラウドは、顎に手をやる。酒が飲みたくて、堪らないと言った顔だった。 「よぉし!今日は、宴会にしよう!」  ジークが腕を上げる。皆は、それに同調した。そして、すぐさま準備に向かうの だった。さっきまで、疲れたとか言って置きながら、凄い行動力である。  残されたのは、ジュダと赤毘車だけになった。どうやら、本当に宴会の準備をし ているようだ。ジュダと赤毘車は、自然と笑みが零れる。 「全く。面白い奴らだな。」  ジュダは、嬉しそうに言う。 「ああ。私達の事を、ここまで喜んでくれるのだからな。私達は、感謝せねばなる まい。」  赤毘車は、幸せそうに呟く。 「この「人道」の芽は、潰させねーよ。絶対にな。」  ジュダは、拳を握る。そして、決意を新たにするのだった。  偉大なる竜神と剣神の間に、子供が出来たと言うニュースは、1日後には、ソク トア全土に知れ渡るのだった。それだけ、ビッグニュースであった。  だが、それが、必ずしも喜ばしいと感じない者も、居たのである。