NOVEL 4-2(Second)

ソクトア第2章4巻の2(後半)


 ソクトアは、正に混迷の時代を迎える事になった。圧倒的な力を、ビジョンと言
う方法で、逸早く見せたクラーデス。そして、神という名の下に、人々の信仰を集
めているミシェーダに、支持が集まって来たのだ。反対に「覇道」や「人道」は、
苦戦を免れなかった。「覇道」に付いていった者達の中に、圧倒的な力を見せたク
ラーデスを支持する者が現れたのである。また、「人道」の中でも、神々の天罰を
畏れた者達が、「法道」の支持に回ったのである。やはり、ミシェーダとクラーデ
スと言う看板が、とても大きかったのだろう。
 圧倒的な存在感で、人々の心を掌握すると言う点に於いて、二人の行動は、一致
していた。また「人道」は、まだ先が見えていないと言う弱点がある。また「覇道」
は、強い者が治めた後の事の不安が残る。そう言う点から考えても、移ったのは、
至極普通の事かも知れない。何せ「法道」は、神がレールを敷いてくれる。そして、
「無道」は、クラーデスが理想の世界を築いてくれる。そう言う、先の事が見えて
いるのだから、付いていく方も楽なのだろう。それに加えて、圧倒的な存在感を感
じれば、人々も心が移ると言う物だろう。
 もはや、それは、ソクトア全土の現象とも言えた。国は存在自体が、機能をしな
くなり始めていた。プサグルでは、ヒルトと言う権威の王が居るにも関わらず「法
道」に走る者が、少なくない。もはや、ヒルトと言うカリスマ的存在ですら、世の
流れを止めておく事は、出来ないのだ。
 サマハドールでも、その流れは出てきていた。女王の言う事を聞く者など、極小
数である。「法道」を支持する人々は、運命神共同団体の言う事しか聞いていない。
従わない者達は、「無道」に流れていってしまっている。
 デルルツィアも、酷い物であった。ミクガードが頑張ってるせいか、王と皇帝を
支持する人々は少なくない。しかし今回の事で、大部分が「無道」に取られてしま
った。復興では無く、創世を望む人々が、思いの他、多かったと言う事だろう。
 ガリウロルは、独自の姿勢を崩さない。どこかを支持すると言う事は無い。だが、
今回の事で「無道」を支持する豪族が、増えたのも事実だ。
 ストリウスでも、凄まじい混乱が起きていた。綺麗に四分割されて、それぞれの
道を支持する団体に、分かれたのである。そこで、色々な紛争まで起こっているの
だから、手が付けられない。ちなみに「法道」の代表者は、法皇である。
 纏まっている国は、パーズとルクトリアくらいだ。パーズは、元々信仰心の高い
国の気質がある。だが、パーズ王ショウが説いた、運命神の矛盾点が決め手になっ
た。そして「無道」や「覇道」には、正義が無いとする考え方から「人道」を支援
する人々で溢れている。そしてルクトリアは、ジークとジュダ、赤毘車と言う3本
柱が居る事で、大多数の支持が集まっている事が幸いとなっている。また、英雄の
息子達が集結していると言う点に於いても、有利であった。
 今まで圧倒的有利にあった「覇道」の衰退振りが、一番顕著に現れたのが、今回
の推移であった。それでも、まだグロバスを中心とする巨大戦力を、期待する者は
多い。まだまだ潰れる程では無かった。何せ人々以外にも、魔族は圧倒的に、グロ
バス支持なのだから・・・。
 勢力図としては、東のルクトリアに、「人道」を中心とするグループ。パーズも
加わり、まだ健在の戦力。そして西のプサグルでは、元バルゼに当たる荒地に拠点
を置いた「無道」を中心としたグループが、点在していた。プサグルの国を覆わん
ばかりの勢いだ。そしてルクトリアの隣国サマハドールは、「人道」の国に囲まれ
ながらも、中央大陸の北部を中心として「法道」の一大勢力を築いている。そして、
中央大陸の南部からストリウスの北部に掛けて、「覇道」が広がっていると言った
図式だ。ただ拠点と呼ぶには、ストリウスは混迷しているので、弱い感じがした。
 そんな中、デルルツィアのミクガードやゼイラーは、精力的に動いていた。こん
な世の中だからこそ、復興の大切さを噛み締めたい。そして、「人道」の道を支持
したいと考えている。無論、彼らの妻であるフラルやケイトも、同じ考えだった。
 「無道」は恐ろしい考えであると言う事を、支持している人々は気付いていない。
創世と言う言葉に惑わされて、ソクトアを全て壊そうとしている。それは、間違い
なのだ。今の世の中を良くする為には、人々の考えを変える事が第一なのである。
 ミクガードは、王の間で溜め息をつく。ゼイラー等は、今日も外交努力をしてい
る。より幅広く「人道」を支持してもらうために、説いて回っているのだ。ミクガ
ードの妹であるケイトも、一緒である。
 それよりミクガードは、フラルの方が心配である。ジークが死んだと言う報せを
聞いた時は、ショックで寝込んでしまった。しかし、後に蘇生したと言う情報で、
一先ず安堵したが、叔父で英雄である、ライルが死んでしまったとの報告を聞いた。
今、精神状態が不安定なフラルには、重い事実であった。
「・・・問題は山積みって所だな。」
 ミクガードは、頭を抱える。こんな中でも、王としての責務を果たさなければ、
ならない。父親は、それをこなしていたのだ。改めて父親の偉大さを噛み締める。
「山積みでも、一つ一つ解決していく・・・でしょ?」
 突然、ベッドの方から声がした。フラルだ。休んでいたはずだ。
「おいおい。体は大丈夫か?」
 ミクガードは、心配そうだった。
「へっちゃらと言えば、嘘になるわ。でも、このままジッとしてるのも嫌なのよ。」
 フラルは、現状を理解していた。いや寝込んでいる間に、ずっと考えていたのだ
ろう。自分が寝込んでいても、問題は解決しない。そのためにミクガードは、精力
的に動いているのに、休むなんて出来ないのだ。
「そうか。・・・まぁ、無理だけはするなよ。」
 ミクガードは、優しく微笑んでくれた。フラルは、それに笑顔で答えた。
「ミック。貴方こそ、体壊しちゃ駄目よ。」
 フラルは、ミクガードの方こそ心配する。
「心配するな。俺は、一人じゃない。だから頑張れるさ。」
 ミクガードは、頼もしそうにフラルを見る。フラルが居るからこそ、頑張れる。
そして、そんな自分を、誇りに思う事で体が精力的に動くのだった。
「ほ、報告します!!」
 兵士の一人が、慌しい様子で王の間に来る。
「何事だ!」
 ミクガードは、只事じゃない気配を察知する。
「プ・・・プサグル王、御一行様が、到着なさりました。」
 兵士が、慌てた様子で報告する。
「ヒルト王が?・・・お通ししろ。」
 ミクガードも、ビックリする。この時期の訪問依頼は、無いはずだ。
「どういう事?それに、御一行様って事は・・・。」
 フラルも、心配そうにする。御一行様と言う事は、ゼルバやディアンヌも、含ま
れているはずだ。この時期の訪問は、難しいはずだ。
「分からん。まずは、話を聞かないとな。」
 ミクガードも、予想がつかなかった。突然の訪問には、何か訳があるのだろう。
「お連れ致しました。」
 兵士が、報告に来る。
「ご苦労!下がると良い。」
 ミクガードが、労いの言葉を掛けると、それと同時に扉が開いた。
「ヒルト王・・・!?」
 ミクガードは、一瞬で絶句した。そこには、王冠も被っていないヒルトや、ディ
アンヌ、そして、マントが半分切れている格好の、ゼルバが現れたからだ。
「・・・ミクガード・・・。フラル・・・。」
 ヒルトは、搾り出すように声を出す。
「ど、どうしたのよ!?父さん!母さんも!兄さんまで!?」
 フラルは、少し取り乱していた。気落ちしてたので、気遣う余裕も無いようだ。
「い、如何なされたのです?」
 ミクガードも、さすがに、しばらく言葉が出なかった。
「・・・生き恥を晒しています・・・。」
 ゼルバも、そう言うのが、やっとらしい。何があったと言うのだろう?
「・・・まだ信じられない・・・。」
 ディアンヌも、半ば放心状態だ。
「落ち着いて下さい。何があったのです?」
 ミクガードは、平静を努めようとした。ここで、自分までパニックになっては、
収拾がつかなくなると思ったのだ。
「・・・プサグル城が奪われた・・・。」
 ヒルトは、拳を握りつつも、無念の涙を流しながら答える。
「な!?」
 ミクガードは信じられなかった。あの権威あるプサグルが、奪われたのか?
「・・・もう、王権と言うのは、古いのかも知れませんね・・・。」
 ゼルバは、肩の力を無くしていた。
「何で!?何でなの!?」
 故郷が奪われた事からか、フラルは膝が震えていた。
「済まん。フラル。まさか内部で反乱が起きるとは思ってなかったのだ・・・。」
 ヒルトは、悔しそうだった。
「どこの手の者ですか・・・?」
 ミクガードも、怒りを押し殺しながら問いかける。
「運命神共同団体の旗が見えた。それと、俺が投獄した者達の姿もあった・・・。
恐らく「無道」と「法道」が、一時的に組んだとしか思えぬ・・・。」
 ヒルトは、状況報告するのが、やっとだった。
「兵士の大半も、「無道」に乗り換えたようです・・・。」
 ゼルバは、その光景を覚えている。忘れられない。兵士達が、自分達を見限って
「無道」の考えを、口にした光景をだ。腹心の部下達を連れて、命からがら逃げの
びるしか、出来なかった。こうして、命があるだけでも奇跡だろう。
「・・・今の人々は、移ろい易い・・・。その心の表れと言う事ですか・・・。」
 ミクガードは、実感していた。次は、この国の運命かも知れないのだ。
「この国しか、もう思い付かなかったのだ・・・。勝手に来て、済まぬ。」
 ヒルトは頭を下げる。ヒルトが、頭を下げるなど珍しい事である。
「止めてよ!父さん!・・・私まで、惨めになるでしょ!!」
 フラルは、泣き出してしまった。
「・・・フラルの言う通りです。ヒルト王。いや義父上。頭を、お上げください。」
 ミクガードは、ヒルトの目を見る。
「君は・・・俺を、義父と呼んでくれるのか?」
 ヒルトは、ミクガードを見つめ返す。
「フラルの家族ですよ?私にとっても、掛け替えの無い家族です。良くぞ、ここに
来てくれたと、礼が言いたい位ですよ。」
 ミクガードは、嘘を付いていない。本当に、そう思っている。特に、自分の父親
の死に目には、会えなかった事もあって、余計に、そう感じるのだろう。
「恩に着る・・・。本当に。」
 ヒルトは、ミクガードの手を握る。そこには、王としての威厳は無かった。だが、
父親としての背中を感じた。
「ありがとう!ミック!」
 フラルも、ついに泣き出してしまった。
「照れ臭いぞ。フラル。当たり前だろう?」
 ミクガードは、フラルの肩を叩いてやる。
「ミクガード。私は、今日の裏切りの光景と、貴方の行為を忘れない。」
 ゼルバは、心から感謝の意を述べた。人を、信じられずに居る所を、救われた気
がしたのだ。
「ミクガードさん・・・。私達は、落ちぶれた者です。ですが、いつか、恩を返せ
る時は、喜んで助力しますよ。」
 ディアンヌも、目に涙を溜めていた。
「止して下さいよ。家族でしょう?水臭いじゃないですか。」
 ミクガードは、嬉しそうだった。フラルと結婚したが、家族が増えたと言う感じ
はしなかった。ヒルトは、遠い憧れにも似た存在。ディアンヌは、温かい眼差しを
送るが、頼られると言う感じは無い。ゼルバは、ヒルトの跡を継ぐ、素晴らしき才
能人と見ていたので、ミクガードにとって、家族より主従の感じがしていたのだ。
 だが、この事で、対等に立てた。いや、絆が出来たと言っても、過言では無かっ
た。それが不謹慎ではあるが、とても嬉しかったのだ。
 こうして、デルルツィア城には、プサグルの王が住み着く事になったのだ。人々
には、その事を落ちぶれたと発表せずに、プサグルからの賛同が増えたと言う形で、
発表した。そして、家族として、より一層の協力を誓った事も、書いた事で、人々
は、大いなる期待を寄せる事になったのだ。
 例え敗れたとしても、ヒルトは、戦乱を生き抜いた英雄の一人なのだ。その英雄
が、王の真の家族となったと言う事で、人々はデルルツィアに、希望をもたらすと
感じ始めていたのだ。こう考えてくれた事は、嬉しい事であったし幸運とも言えた。
 その夜の事であった。王の間をノックする者が居た。
「誰か?」
 ミクガードは、不穏に思った。この時間になると、巡回はノックなどしない。フ
ラルも、怪訝そうに見ていた。
「ミクガード。私です。」
 ゼルバの声がした。
「兄さん?」
 フラルは、兄の声に間違いないと思った。
「入りますよ。」
 ゼルバは、一礼して入ってきた。
「どうしたんです?ゼルバさん。」
 ミクガードは、王の椅子から立ち上がると、ゼルバを迎える。
「ミクガード。貴方に謝意を、改めてお伝えしたいと思いましてね。」
 ゼルバは、改めて一礼をする。
「止めて下さいよ。昼も言ったように、義兄を助けない義弟など居ませんよ。」
 ミクガードは、照れ隠しに頭を掻く。
「そうよ。あんまり気にしちゃ、ミクガードの立つ瀬が無いわよ。兄さん。」
 フラルは軽口を叩く。ショックは残っているようだが、元気を取り戻しつつはあ
るようだ。一安心である。
「その事なんですが・・・。」
 ゼルバは、テーブルに手を着く。
「その事?」
「義兄弟の事ですよ。」
 ゼルバは、即座に答える。
「フラルの兄なら、当然、私の義兄ですよ。」
 ミクガードは、迷い無く答える。
「それは、それで嬉しい。だが私は、それ以上に、貴方の心に打たれました。貴方
が、もし本気であるならば・・・本当の義兄弟の契りを結びたい。」
 ゼルバは、真剣な眼差しで、ミクガードを見る。
「兄さん。何も、そこまでしなくても・・・。」
 フラルは文句を言いかけたが、ミクガードが制した。どうやら、ゼルバの本気を
確かめているらしい。
「どうやら・・・ゼルバさんは本気らしい・・・。俺の答えは・・・。」
 ミクガードは、そう言うと、親指の先を少し切った。
「貴方も本気のようですね。話が早くて、助かりますよ。」
 ゼルバは、同じように親指の先を少し切る。
「フラル。貴女が立会人です。良く見て置きなさい。」
 ゼルバは、フラルに笑いかける。
「・・・デルルツィア王、ミクガード=フォン=ツィーア!」
 ミクガードは、名乗りを上げる。そして、親指を前に突き出す。
「プサグル王が第一子、ゼルバ=ユード=プサグル!」
 ゼルバは、同じように名乗りを上げて、親指を突き出す。そして、ミクガードの
親指と合わせる。そして、血がお互いに混ざり合うのを感じた。
「我らは、ここに同じ血族として、誓いを立てる事を宣言する!」
 ミクガードが叫ぶ。そして、ゼルバを見る。
「我らは、これより先、私を義兄とし、ミクガードを尊敬する義弟として、同じ道
を歩む事を、宣言する!」
 ゼルバは、そう言うと指を離す。そして、互いに親指に付いた血を口に含ませる。
『我らに、創造神ソクトアの加護を与えたまえ!』
 二人は、声を揃えると、互いに剣を掲げて、その先を合わせる。
「・・・と、こんな所か。」
 ミクガードは、ニヤリと笑うと剣を仕舞う。
「上手く出来ましたね。私も、初めてだったのですがね。」
 ゼルバは、義兄弟の契りの儀式を覚えていた。勿論、ミクガードもだ。だが、こ
うして、やる事になるとは、思っていなかったのだ。
「・・・はぁ・・・。これで兄さんは、本当の義兄さんに?」
 フラルは、イマイチ理解してないようだった。
「難しく考えなくて良い。俺と、ゼルバさ・・・いや、ゼルバ義兄さんが、より固
い絆で、結ばれた。って事さ。」
 ミクガードはゼルバを尊敬している。義兄弟になるのならこれに越した事はない。
「ミクガード。私の尊敬する、義弟となった事を感謝しますよ。」
 ゼルバは、本気だった。
 こうして、余にも稀な、本物の王家同士の、宣言を立てた義兄弟が、生まれたの
であった。フラルは、嬉しいような悲しいような不思議な感覚に捉われていた。


 プサグル陥落の報は、ソクトア中に衝撃を与えた。西の大国プサグルは、英雄王
ライルの実兄、ヒルトが治める絶大な土地だ。カリスマ性も損なわれていないはず
のヒルトが、内部の裏切りも含めて、落ち延びてしまったと言うのは、今の時代の
背景の凄まじさを、物語っている。
 しかし、この事から逆に読み取れる事がある。戦乱の時代もそうだったが、人々
は、治める王が必要なのでは無く、絶対的な力を堅持する、英雄を望んでいると言
う事だ。そう言う点に於いては、「人道」は少しも劣っていない。人材で言うなら、
ここが一番豊富だろう。しかし、他の道にも、それぞれ英雄が出始めている。
 「覇道」は、近頃、『魔人』のレイリーも勿論の事、魔界三将軍と言う、魔族の
カリスマまで居ると言う話だ。しかも、彼の健蔵も療養中との事で、戦力的には不
気味な程、揃っている道である。
 「法道」では、鳳凰神である、ネイガを中心に、新しい大天使長イジェルンが、
精力的に動いている。しかし英雄と呼べるのは、救世主であるアイン一人であって、
後は、信仰心で付き従っている感じであった。しかし、プサグルを陥落させる程の
パワーなのだ。決して、信仰心は侮れないと言う事だ。
 「無道」は、その点については劣っていると言わざるを得ない。クラーデスと言
う柱だけで、保っている道だからだ。だが、この道に集まる人々は、そのクラーデ
スなら、何とかしてくれると言う安心感がある。神のリーダーにすら、一歩も退か
ないクラーデスの姿勢は、勇気を分けたようだ。
 人々の英雄志向は、ますます増大されていった。混迷の時代だからこそ、希望が
必要なのだ。
 そんな中、それぞれの道は、国の在り方を示し始めた。そうする事で、連帯感を
促そうと言うのだろう。「法道」が目指す物は、その名が示す通り、法の下に管理
される事で、神々への信仰を怠らないようにする、法政国家である。そして、「覇
道」は、力が全てなので、魔族を中心に、一番強い者が治める事で、安定を保とう
とする、下克上とも取れる、国家である。それを皆は、覇権国家と呼んだ。「無道」
は、クラーデスが作る黄金郷が、考えの源である。クラーデスが、絶対なのであっ
て、まず、この世の者を全て破壊し尽くして、クラーデスが中心となって、安寧を
保とうとする、国家なので専制国家とも呼ばれていた。
 しかし、問題は「人道」なのだ。ここだけが、何の国の在り方も示していない。
このままでは、人々の関心が、他の道に行くのも時間の問題である。
 だが、その心配は、杞憂に終わった。ついにトーリスの草案が、完成したのであ
る。この草案から、基づく国の在り方は、十分に道としての在り方を、反映してい
た。人こそが、中心である事が盛り込まれていたのである。
 ルクトリアの市街地で、政令が出されていた。そこには、数々の「人道」のため
の、国造りの基が、書き込まれていた。まず『選政』と言う考え方を、分かりやす
く書いていた。市街地の立て札には、こう書いてあった。
『国王に代わる国事総代表は、国民の代表。それを決定するのも、また国民である。』
『国民の投票を受け付け、総代表を決める。これを『選政』と呼ぶ。』
『「人道」は『選政』に寄る政治を基とし、国民が、全てを決定する事で成立する。
国民は、その意識を大いに持つ事。』
『国事総代表1名と、それを補佐する国事代表を20名決める。我こそはと、思う
者は、ルクトリア城にて、その考えを示す事。20名を超える場合、『選政』の考
えにより、総投票を行う。その時には、国民は相応しいと思う者に丸を付ける事。』
『なお、政治の実権は総代表が努めるが、軍事の実権は、仮ではあるが、初代司令
大元帥として、任命したジーク=ユード=ルクトリアが努めるので、心得る事。』
 などであった。ルクトリアの国民は、この政令に大いに驚いた。まず、国王を必
要としない、この考え方に、疑問を持つ者も少なく無かった。しかし、大多数は、
賛成しているようだ。良く考え込まれているし、何より、自分達が政治を動かすと
言う魅力が、この政令からは滲み出ている。特に、ルクトリアの国民は、愛国心と
自意識が高い傾向にある。それは、「人道」の支援者にも言える事である。それだ
けに、この法案は、納得の行く物だったのだろう。異議を唱えた者も、渋々了承す
るようになっていった。
 そして、実権では無く、軍事の最高の位にジークが居ると言うのは、人々に安心
感を与えた。死の淵からも、蘇った英雄の息子は、既にルクトリアの国民の信仰の
的にすら、なっている。これには、異議を唱える者は居ないようだ。
 国民は早速、国事総代表と、国事代表の代表者受付に殺到した。と言っても、地
方の貴族や、身分の高い者が中心で、平民は、全体の10%にも満たなかった。
 そこでトーリスは、面接を行う事にした。トーリスは、ただ権力が欲しいだけの
者は、面接の段階で切っていったのだ。それを経て、平民のほとんどは、それをク
リアして、貴族のほとんどが、外れると言う事態になったのは、皮肉でもあった。
 勿論、トーリスだけでは無く、ジークやサイジン、それにグラウドなどが、面接
官になったので、4000名近く集まった候補者を、何とか1週間で100名にま
で絞る事が出来たようだ。そして、その名簿を作成、書写して、国民に配ると言う
作業を、兵士共々奮闘して、更に1週間掛けて、国民に真意が伝わったようだ。
 さすがに、全てが終わった時は、クタクタであった。いくら、レルファなどが、
『精励』で癒しても、限界と言う物があった。
「・・・何とか、形に出来たようですね。」
 トーリスは、全てが終わって、溜め息を吐く。投票は、更に1週間後に決めた。
「お疲れ様だな。悪いな。手伝えなくて。」
 ルースが入ってきた。ルースは、主要な人物でありながら、この作業には出ずに、
ジュダや赤毘車と共に修行の方に、力を入れていた。それには訳があった。
「公平な立場と言うのも、大変ですね。」
 トーリスは、苦笑する。ルースは、手伝えなかったのだ。
「仕方が無いさ。俺が総投票に出馬するのに、面接まで行っちゃ不公平だろ?」
 ルースは言ってのけた。そう。ルースは、今回の総投票に名を連ねている。国事
総代表の座に、目が眩んだ訳では無い。ルクトリア出身で、ルクトリアに、長年住
んでいる戦乱時代の英雄は、もうルースしか居ない。地元意識は高い。どうしても、
何らかの政治に、関わりたかった。アインが「法道」に行った。そして、ツィリル
は、トーリスと幸せになるだろう。ならば自分は、このルクトリアを守っていくし
かないとも思っている。一度ルクトリアを裏切った事があるからこそ、ルクトリア
のために、尽くしたいのだ。でないと、シーザーやライルに申し訳が立たないのだ。
「何とか、国事代表くらいは、務めたい物だ。」
 ルースは後世に、ライルやジークの偉業を残したいと思っていた。そのためには、
総投票で勝って、是非公共事業にしたい物だ。
「集計係も決めたし、後は、投票を待つのみになったか。」
 グラウドは、嬉しそうだった。「人道」が躍進する切っ掛けになる。そう信じら
れる方法を、示したからだろう。
「大変でしたが、これで形になりましたね。」
 トーリスは、安堵の表情を浮かべていた。
「お疲れ様だよね。センセー!」
 ツィリルが、冷たい飲み物を用意してきた。中々気が利いてる。
「これは有難い。この所、まともに休んでいませんからね。」
 トーリスは、本音を漏らす。実際に働き尽くめだった。
「本当に、トーリスは良くやったよ。後は、この大乱を乗り切るだけだ。」
 ジークは、外を見つめる。美しいソクトア大陸だが、未だに、混迷の時代のまま
なのだ。何とか、しなければならない。
「期待してますよ。司令大元帥殿。」
 トーリスは、軽口を叩く。
「その呼び名は、慣れないなぁ・・・。」
 ジークは頭を掻く。どうも、堅苦しくて、ムズ痒い感じがするのだ。
「まぁ、冗談はともかくとして、国の在り方を示した以上、他の道の者は、軽視は、
しないはずです。何らかのアクションがあると思って、良いでしょう。」
 トーリスは、警戒感を強めている。「人道」が劣っていると思われた、自らの道
の示しを立てたのだ。他の道の人間達も、この噂を聞けば、戻ってくる可能性が高
い。それだけに、何かを仕掛けてくる確立が多いのだ。
「トーリスが頑張ったんだ。今度は、俺の番だよ。」
 ジークは、力拳を作る。ジークは、太ってないが、かなり筋肉質である。この頃
は、それが顕著に現れてきた。神である、ジュダに近い体格になって来ているのだ。
伊達に、ここまで生き残っていない。
「それには、もっと鍛えなきゃならんな。」
 鬼教官のような声が、聞こえた。赤毘車である。赤毘車の鍛え様は、そろそろ有
名になってきた。他の誰よりも厳しい。生き残って欲しいと言う想いが、修行に表
れているのは、分かっているのだが、ジークでさえ、冷や汗が出る程だ。
「はっはっは・・・。頑張りますよ!頑張りますとも!」
 ジークは、半ばヤケクソになって叫ぶ。赤毘車の鍛えるは、並みの発言では無い
事を、ジークも知っているのだ。
「でも、余り無理する物じゃないヨ。」
 ミリィが、心配そうにしていた。
「ははは。大丈夫さ。そこまで、無理はしないよ。」
 ジークは、ミリィを安心させるために言う。
「ジークじゃないネ。赤毘車さんヨ。」
 ミリィは、心配そうに赤毘車を見ていた。ジークは、少し肩透かしを食らった気
分だった。当の赤毘車は、目を見開いていた。
「ミリィ。心配される程、この剣神は、柔じゃないぞ。」
 赤毘車は、顎に手を掛ける。
「だって・・・赤毘車さん・・・居るんでしョ?お腹の中・・・。」
 ミリィは、赤毘車のお腹を指差す。ミリィは、赤毘車の妊娠に気付いていたのだ。
「はぁっ!?」
 さすがのジークも、ビックリしたらしい。皆も同じらしくて、目を丸くしていた。
「・・・何故、分かった?」
 赤毘車は、怒った様な素振りは、見せなかった。寧ろ、優しい目をしていた。
「だって・・・赤毘車さん修行の時も、お腹だけは守ってたシ・・・。食事の後に、
ちょっと苦しそうにしてた時が、あったネ。」
 ミリィは、赤毘車が、少し吐いてたのを見ていたのだ。
「それに・・・酸っぱい物ばかり、食べてたネ・・・。」
 ミリィは、ルクトリアの厨房の手伝いをしているので、分かるのだ。
「隠しても仕方が無いか・・・。ミリィの言う通りだ。」
 赤毘車は、認めた。ジュダも、照れ隠しに耳の辺りを掻くだけだった。
「へぇ!!赤毘車さん、ママになるんだ!」
 ツィリルは、興味津々だった。
「まぁな。だが、私の子として産まれて来て、幸せになれるか心配ではある。」
 赤毘車は、溜め息を吐く。それも、当然だった。剣神と竜神の子だ。何かと、周
りのプレッシャーもある事だろう。それを跳ね除けられる子に、育つだろうか?初
めての子供だけに、ちょっと心配ではあった。
「何を心配してるんですか!赤毘車さんとジュダさんの子供でしょ!大丈夫だよ。」
 ゲラムが、本当に嬉しそうにしながら、励ましに来た。
「神でも、子を持つのですねぇ・・・。」
 サイジンは感心していた。
「これでも、俺も神の息子なんだけどな・・・。」
 ジュダは、サイジンに目を細くしながら言う。
「そういえば、そうでしたね。これは失敬!ハッハッハ!」
 サイジンは、馬鹿笑いをする。
「赤毘車さんの子供かぁ・・・。きっと、凛々しくなりそうねぇ。」
 ルイは軽口を叩く。でも、祝福しているようだった。
「丈夫に育つと良いね!!」
 ドラムまでが、嬉しがっていた。誰もが祝福してくれるので、赤毘車は照れなが
らも、嬉しそうにしていた。やはり「人道」を支援して正解だったと思っている。
「今日は、お祝いネ!!」
 ミリィは早速、厨房へと向かった。どうやらパーティー食を作るつもりらしい。
「赤毘車さん。ビックリしたけどさ。俺、その子が笑って、ソクトアを眺められる
よう頑張るよ!絶対、他の道に負けないよ!」
 ジークは、満面の笑みで答える。
「フッ。その台詞は、勝ってから言う事だ。だが、期待してるぞ。」
 赤毘車は笑いながら、少し、目は涙ぐんでいた。
「子供が産まれたら、私にも見せて下さいね。」
 トーリスも笑いが絶えなかった。こんなめでたい事は無いと、思っていたからだ。
「悪いな。真っ先に見るのは、俺だって決めてるんだ。」
 ジュダは、親指で自分を指す。
「今から親馬鹿では、先が思いやられるな。」
 赤毘車は、チクリと釘を刺す。
「親馬鹿で結構だ。この竜神に、手抜きは無いぜ?」
 ジュダは、そう言い放つと豪快に笑った。
「是非、皆で乾杯しよう!」
 ルースも、本当に嬉しそうだった。今まで、人が死んでいく事はあっても、新た
な命が産まれると言う事は、少なかった。そんな中、神々の子が産まれるのだ。こ
んな明るいニュースは無い。
「久しぶりに、羽目を外すかな。」
 グラウドは、顎に手をやる。酒が飲みたくて、堪らないと言った顔だった。
「よぉし!今日は、宴会にしよう!」
 ジークが腕を上げる。皆は、それに同調した。そして、すぐさま準備に向かうの
だった。さっきまで、疲れたとか言って置きながら、凄い行動力である。
 残されたのは、ジュダと赤毘車だけになった。どうやら、本当に宴会の準備をし
ているようだ。ジュダと赤毘車は、自然と笑みが零れる。
「全く。面白い奴らだな。」
 ジュダは、嬉しそうに言う。
「ああ。私達の事を、ここまで喜んでくれるのだからな。私達は、感謝せねばなる
まい。」
 赤毘車は、幸せそうに呟く。
「この「人道」の芽は、潰させねーよ。絶対にな。」
 ジュダは、拳を握る。そして、決意を新たにするのだった。
 偉大なる竜神と剣神の間に、子供が出来たと言うニュースは、1日後には、ソク
トア全土に知れ渡るのだった。それだけ、ビッグニュースであった。
 だが、それが、必ずしも喜ばしいと感じない者も、居たのである。



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