3、動向  中央大陸の南端部であり、ストリウスとの国境付近に位置するワイス遺跡。その すぐ傍に佇むのが、優雅なる次元城である。次元城は、特殊な加工が施されており、 外からの侵入は、不可能で、一つしか無い門には、十分な警備を備えている。  只でさえ、強力な次元城だが、この頃、特に警戒が強い。それには訳があった。 魔族も、いよいよもって、危機感を募らせたのか、攻勢に出る事にしていた。思い 当たっては、近くに居る「無道」の連中。そして「法道」には、度々仕掛けている。 だが、もう一つの道である「人道」には、手を出さないで居た。  それには理由があった。まず「人道」に手を出して、痛い目にあっていると言う 事実がある。そして、打ち破るだけの戦力が、まだ整ってないためだ。幸いな事に、 「人道」の者達も、「総投票」の準備で忙しいとの事で、戦力を整える時間はある。 何よりも、主力の者の回復を急がなければならない。魔人のレイリーと、魔界三将 軍だけでは、小競り合いは出来ても、本気での攻め込みにはパンチが足りない。 (やるからには、勝算が有って、初めて行かねばならない。)  グロバスは、全く勝算が無いのに行く程、愚かでは無い。冷静に分析しても、戦 力が足りないのだ。無謀と勇気の違いを、グロバスは心得ている。いくら、部下が せがんでようと、無理な物は、無理だと言う事も、大事なのだ。  しかし、魔界三将軍は、鬱憤が溜まりつつあった。自分達が呼ばれたのは、何の ためだったのか分からない。一気に決着を付けるために、呼ばれた物だとばっかり、 思っていたのだ。しかし実際は、小競り合いに行かされる事が多く、グロバスを崇 拝してるとは言え、疑問を持たざるを得ない状況になりつつあった。 「俺達は、何のために呼ばれたのか・・・。その答えを、グロバス様は、お示しに なられない。俺達は、信用されてないと言うのか?」  魔界三将軍の一人、『赤炎』のシュバルツは、顰めっ面をする。この頃の小競り 合いには、もうウンザリしているのだ。 「そう腐らない事だよ。愚痴を言っても、始まらないよ。」  『黒炎』のジェシーが、冷たい目を向ける。ジェシーも、疑問を持っているが、 抑えているのだ。 「・・・待てない・・・。」  『青炎』のミュラーまでもが、文句を言う。相当、気に食わないのだろう。 「確かに、アンタ達の鬱憤も分かる。俺だって、気にいらねぇさ。でも、グロバス 様は、まだ勝算が見えないのだろう。仕方ない事だと、諦めな。」  レイリーは首を振る。自分だって、小競り合いに付き合わされるのは、冗談じゃ ないが、「人道」の力を充分に理解しているだけ、三将軍よりは抑えられてる。 「もう、力は充分に取り戻した!後は、我らの力を見せ付けるだけだ!」  シュバルツは、拳を握る。 「甘いぜ。その程度じゃ、復活したジークにやられるのがオチだ。」  レイリーは、ジークの力を理解している。しかも、ライルの魂を受け継いで、ワ イスを破り、健蔵と一進一退の攻防を続けられる程の、力の持ち主となると、いく らレイリーと言えど、慎重論を唱えざるを得ない。 「我らを甘く見ると、後悔するぞ?」  シュバルツは、鬱憤の矛先をレイリーに向ける。 「俺は事実を言っているまでだ。アンタらは、あのワイスの力を信用してないのか?」  レイリーは痛い所をつく。三将軍だって、ワイスの力は知っている。あのワイス を破る程の力の持ち主が、「人道」に居る。それが、信じられないのだ。 「ワイス様の調子が、悪かっただけじゃないの?」  ジェシーは、軽口を叩く。 「それで済むなら、グロバス様だって、すぐに攻め込むだろうよ。」  レイリーは、溜め息を吐く。 「・・・倒せば・・・良いだけ。」  ミュラーは、冷たい目を宿していた。 「全く・・・要するに、暴れ足りないんだろ?分かったよ。付き合うから、訓練し ようぜ。俺達の力がアップしなきゃ、前に進まないんだからよ。」  レイリーは呆れていた。この三将軍が愚痴を言い出す時は、大体修練を望む時だ。 「さすがは魔人さんさね。」  ジェシーは、嬉しそうに笑う。鬱憤をレイリーにぶつける瞬間は、楽しくて、し ょうがないのだ。レイリーと三将軍は良い力のバランスだった。多少、レイリーが 上だが、ハッキリと上と言う訳でも無い。修練するには、丁度良い強さなのである。 「そこまでだ。」  後ろから声がした。いや正確には、上から声がした。グロバスの声だった。 「そなた達の、強さへの欲求は見事である。だが、今日は参集せよ。」  グロバスが、参集を掛けた。4人はキョトンとした。三将軍が来てから、皆を集 めると言う事は、中々しなかった。余程の事が、あるのだろう。小競り合いの際に も、レイリーに言伝を伝えるだけだったので、何かが有るに違いない。  4人は言われるまでも無く、すぐにグロバスの神魔王の間に集まる。 「魔界三将軍並びに、魔人レイリー、参上仕りました。」  レイリーが挨拶をする。 「魔人よ、ご苦労。・・・今日は、そなた達に朗報がある。」  グロバスは4人を見渡す。グロバスが合図をすると、奥の扉が開く。 「・・・おお!魔王剣士殿!」  レイリーが、驚きの声を上げる。そこに居たのは、健蔵だった。 「レイリーか。俺は、生きていたのだな・・・。」  健蔵は死の淵を彷徨っていた。しかしそれに打ち勝ったのだ。 「グロバス様。お久しゅう御座います。迷惑を、掛けてしまいました。」  健蔵は、恭しく礼をする。 「畏まらんでも良い。お前が復活しただけでも、良しとしよう。」  グロバスは、嬉しそうに笑みを漏らす。 「健蔵よ。ワイスに感謝すると良い。」  グロバスは、そう言うと健蔵に何かを投げる。 「・・・これは・・・まさか・・・。」  健蔵は、拾い上げると、何かを理解した。 「そうだ。ワイスの・・・角だ。」  グロバスは、目を瞑る。その角は、ボロボロに朽ち果てていた。 「ワイスは、最後に託した角の中に、最大級の回復の力を込めたに違いない。」  グロバスは、説明してやる。 「俺は・・・またしても、ワイス様に救われたと言うのか・・・。」  健蔵は、今更ながらワイスに感謝する。 「健蔵よ。ジークが、復活した。」  グロバスは、間髪入れずに健蔵に伝える。 「承知しておりまする。俺も死の淵で、ライルが死に、ジークが甦ったのを、感じ ました。そして、俺と同じ、遺産と言う名の力をもらった、ジークを見ました。」  健蔵は、死の淵で苦しみながらも、その事を感じ取っていたのだ。 「存じていたか。ならば、何も言うまい。」  グロバスは、深く追求するような無粋な真似はしない。 「グロバス様。お言葉ながら、健蔵殿に、甘くありませぬか?」  シュバルツは、面白く無さそうな顔をする。 「フッ。このグロバスは、力ある者を優遇する。その基本姿勢は、変わらぬぞ?」  グロバスは、鼻で笑う。 「シュバルツ。納得出来ないのなら、力で示せ。それが「覇道」の掟だ。」  健蔵は、シュバルツに向かって言い放つ。 「このシュバルツ、そう言われて、引っ込む程、甘くは無いぞ。」  シュバルツは、恐ろしいまでの、瘴気を放つ。 「・・・シュバルツ。俺は死の淵から甦ったばかりだ。だが、その程度の力で、臆 する程、弱くは無い。」  健蔵は悟りきった眼をしていた。そして、何と健蔵は神気を出し始めた。 「なっ!!!?」  その場に居た者、全員が驚愕した。健蔵が出しているのは、紛れもなく神の力で ある神気であった。 「俺は、力に目覚めたばかりだが、貴様を捻るくらい、造作もない。」  健蔵は、今度は瘴気を出し始めた。すると、シュバルツなど及びもつかない程の、 瘴気を出し始める。この力は、ワイスを彷彿させるような力であった。 「・・・健蔵殿・・・いや健蔵様。私が、間違っておりました。」  シュバルツは、素直に頭を下げる。魔族は、力が全てである。その力を健蔵が、 示したのなら、位は健蔵が上なのである。それが魔族の全てであった。 「俺も、大人気無かったな。ちょっと気が立ってた。許せよ。」  健蔵は、力を抜く。 (健蔵め。化けおったな。)  グロバスも、嬉しい誤算だった。健蔵が、死の淵を得た事により、ワイスの遺産 もあってか、大幅なパワーアップを遂げていたのだ。 「健蔵よ。お主の力は、ワイスの力に匹敵する。そして、神気を極めた事もある。 お主は、これから「神魔剣士」と名乗るが良い。」  グロバスは、もう健蔵の力は、神魔に匹敵すると判断したのだ。 「有難きお言葉。その名誉に、応える働きをしたく存じます。」  健蔵は一礼する。健蔵は、クラーデスとは違う。飽くまで「覇道」を貫くために、 尽力する。それがワイスの願いでもあり、捧げ物にもなると思っているのだ。 「そうか。他に望みはあるか?お主なら、我が片腕と呼んでも支障は無い。」  グロバスは、最大級の賛辞を与える。健蔵は、既にグロバスの次に、力を付けて いる。その事実が、この「覇道」では重要なのだ。 「ワイス様の願いである「覇道」を世に知らしめる。そして、神々や人間を打倒す るのが、我が願い。変わりはしませぬ。」  健蔵は、変わらぬ忠誠を誓う。 「ただ・・・ジークだけは、俺の手で討ちたい。それだけで御座います。」 「・・・やはり、ワイスは忘れられぬか。」  グロバスは、健蔵とワイスの仲を知っているだけに、否定は出来なかった。 「グロバス様。違うのです。私は、ワイス様から頂いた力で、純粋にジークに勝ち たい。それだけなのです。憎しみや悲しみ、そして、怒りや喜びまで力に変えるジ ークを、俺は、今では尊敬してます。そのジークに、勝ちたいのです。」  健蔵は、今の心境を語った。 「・・・死の淵で、何があった?」  グロバスは、健蔵の悟りきった目に、一途の不安を覚える。 「ワイス様の仇が憎いと言うだけでは、ジークには勝てませぬ。勿論、今も憎い事 には変わりませぬ。だが、ジークとて俺と同じ。互いに仇です。それでも、ジーク は、憎しみを純粋なパワーに変える事でしょう。それは、闘って分かった事です。」  健蔵は、ジークの強さを探っていたのだ。死の淵で辿り着いた答えは、全ての感 情を力に変える事だった。それが、ジークにあって、健蔵に無い物だと思った。そ れを理解した瞬間、健蔵は、ジークに勝つ事だけを思うようになったのだ。 「私をも越える感情だな。お前が、それに辿り着いたのなら良い。存分に暴れるが 良い。私とて、ワイスが倒された時に、ジークの強さを分析した。同じ答えであっ た。それに、お前が辿り着いたのなら、文句は無い。」  グロバスも、ジークの強さを理解し始めていたのだ。ワイスは最期、闘いを楽し んでいた。それに呼応するかのように、ジークも尊敬の念を込めて闘っていた。 「いざという時は・・・死の淵で手に入れた力を、解放します。」  健蔵は、決意の目をしていた。そしてグロバスは、健蔵が何を手にしたのかが、 分かった。類稀な究極の力であろう。それは皮肉にも、ジークが目覚めた力と、同 じであろう事は、想像出来た。  健蔵が再び立ち上がる。その事実は、すぐに周知に知れ渡り、「覇道」に健蔵あ り。と知らしめる結果となった。そして他の道にとって、それは脅威な事であった。  次元城は活気付いてきた。健蔵が、より強くなって帰ってきた事は、「覇道」に とって、朗報だった。何よりも、健蔵がワイスの息子だと言う事が、公表されたの だから、尚更である。  これで小競り合いをする必要は無い。モタモタしている「法道」や、この頃、動 きが無い「無道」。そして「総投票」で忙しい「人道」を出し抜くチャンスとも言 えた。しかしグロバスは、その勢いを諫めた。それを魔族達は不満に思ったが、グ ロバスの演説によって更なる勢いを得る事になった。グロバスは、こう言い放った。 「皆の者!今は、そなたらが言うように好機であろう。だが健蔵が帰ってきた「覇 道」は、そのような卑屈な真似はしない!全ての道に対して、宣戦を布告して、堂 々と勝ち進む。それこそが真の勝利と言えまいか!?そして、それが可能なのは、 力を追い求める、我らだけであると言う事を、忘れてはならない!!」  グロバスは、これを空のビジョンを通じて流したのだ。大胆な宣戦布告である。 「良く考えてみるが良い。力無き者が治める世の矛盾を、誰が解消すると言うのだ? 優れたる者が統治する事で、大いなる結束が生まれる。その考えこそが「覇道」の 基本なのだ。我らは、その考えを貫くため、他の道を打倒する事を宣言する!」  グロバスは「覇道」の基本の考えを述べて、終わりにした。これで、今後のやり 方を公布した「人道」。そして最初に宣言をした「無道」、そして「覇道」と、考 え方を示した。しかし「法道」だけは、神の御心の事しか話していない。無論、こ のままでは、他の道に、勢いも人の流れも、負けてしまうだろう。そこでミシェー ダは、反論する事にした。 「神のリーダーである運命神ミシェーダ=タリムである。このソクトアの乱れを正 すため、敢えて宣言をする事にした。心して聞くが良い。」  ミシェーダも、空のビジョンを使う。もうやり方を、選んでられないのだろう。 「皆は「法道」が、どのような考えか、イマイチ理解してないようだ。我が御心を 教えよう。「法道」は、このソクトアを、天界と等しく理想郷を目指すために、立 ち上げた道である。理想となる、我が天界と言う手本が、基盤となるのだ。」  ミシェーダは、ソクトアを天界のような世界にするつもりだった。 「皆が理想郷に住まう未来図を、予想してみるが良い。それこそが、理想では無い のか?その理想を否定する者共は、何を考えているのか?人間の、究極の理想を叶 えるべく、私は立ち上がったのだ。その理想を壊す者には、この運命神の鉄槌が下 される事だろう。理想のために立ち上がる人々が、真なる心をつ掴むと、私は信じ ようと思う。以上だ。」  ミシェーダは、理想郷と言う餌を、ぶら下げる事にしたのである。人間なら、誰 しもが、住みたいであろう天界。それが、どんな世界なのか思い描いた者は、たく さん居るだろう。それを餌にミシェーダは「法道」を確立しようとしているのだ。  それを聞いたレイリーは、不快感を露わにした。 「ふざけるんじゃねぇ!!魔族達を魔界に落として、自分達だけが天界と言う住み 易い世界を作って?その上ソクトアまで、天界に作り変えるだと?奴ら、何でも出 来ると思ってやがる。何様なんだよ!!」  レイリーは、拳を上げて怒った。魔界三将軍も同じ思いだった。いや、魔界三将 軍だけではない。魔族なら、誰しも思うだろう。天界の傲慢さが伺える演説だった。 「偽善、甚だしいな。それに付いて行く人間もな。」  シュバルツは、「法道」を改めて軽蔑する。 「・・・囀るな!!」  ミュラーでさえ、怒りを露わにする。 「所詮、奴らは、アタシ達の事は、ゴミ以下としか思ってないのさ。」  ジェシーも、溜め息を吐く。 「俺は元人間だ。だけど、天界の言う事が、こんなに理不尽だと思った事はねぇ!」  レイリーは、怒りにギラついていた。 「熱い事を言うじゃないのさ。」  ジェシーは、レイリーの事を見直していた。最初は、元人間と言う事で、優遇さ れてる坊ちゃんだと思っていたが、修練を一緒にやる内に、本物の強さを目指して いると言う事も分かっていた。 「その意気だ。頑張るんだよ。」  ジェシーは、奥の部屋に引っ込んだ。どうやら、力を蓄える時間のようだ。まだ 完全には、戻っていないのだ。 「・・・休む。・・・また会おう。」  ミュラーは、そう言うと違う部屋に引っ込む。 「シュバルツは、良いのか?」  レイリーは、シュバルツが引っ込まないのを不思議に思っていた。 「俺は、もう休む必要は無い。全ての力を取り戻した。」  シュバルツは、顎に手をやる。 「ミュラーは、もうちょっとだが、ジェシーは、まだまだ掛かりそうだな。」  シュバルツは、同僚の力の具合を予測していた。 「しかし回復具合が違うってのも、ある物なんだな。」  レイリーは、感心していた。 「そうじゃねぇんだよ。皆、回復具合は同じさ。」  シュバルツは、自嘲気味に言う。 「俺が、一番弱いから回復が早い。それだけの事だ。」  シュバルツは、両手を広げるジェスチャーをする。 「・・・本当かよ・・・。」  レイリーは、俄かに信じられなかった。ミュラーはともかく、あのジェシーが、 一番強いとは、予想がつかなかった。 「ミュラーは、それでも俺と同じレベルさ。大して力の差は無い。だがジェシーは 別なんだよ。あの女は、俺達が2人で掛かっても勝てん。今の時点じゃ互角だがな。」  シュバルツは、本音を明かす。 「そんな強いのか・・・。参ったな。」  レイリーとて、女性に抜かされたのでは、格好がつかないと思っている。 「下手なプライドは捨てな。「覇道」は、力こそ全て。その証拠に、俺の名前をあ の女は、力で奪ったんだぜ?」  シュバルツは、悔しい出来事を思い出した。 「どう言う事だよ?」  レイリーには、訳が分からない。 「魔界では、黒は強さの証なのさ。そして俺が「黒炎」のシュバルツだったのさ。」  シュバルツは、レイリーに明かす。 「なんだって!?」  レイリーは、ビックリした。 「俺の名前「シュバルツ」と言うのは、元々「漆黒」と言う意味があるそうだ。俺 は、それに負けぬように修練を積んだ。ガムシャラにな。」  シュバルツは、名前の由来を話す。 「そして俺は「魔界剣士」の座を手に入れて、その中でもトップの力を持っていた。 健蔵が、まだ産まれる前の話だがな。ミュラーと、良い勝負を繰り返すエリートだ ったのさ。そう。ジェシーが来るまではな。」  シュバルツは、顔を顰める。 「その当時、とてつもない奴が、どんどん伸し上がっていると言う噂が流れた。そ れが、ジェシーだった。俺も最初は、気にも留めなかったが、「魔界剣士」まで昇 格したと言う事で、顔を合わせたのさ。その時、俺は驚愕した。」  シュバルツは、首を振る。 「信じられるか?ジェシーは、まだ14歳の少女だったんだぞ?俺は、呆気に取ら れた。それと同時に、プライドに障ったさ。同格に、こんな小娘が居るってな。」  シュバルツは、目を細める。 「勿論、ミュラーも同じだ。俺達は、ジェシーに「黒炎」のシュバルツと「青炎」 のミュラーとして、ジェシーの事を認めないと言い放ったんだ。そしたら、ジェシ ーは、決闘を申し込んで来たのさ。俺達二人にな。無謀だと思った物だ。」  シュバルツは、その当時を振り返る。あの時は、シュバルツも魔族では若かった。 「俺とミュラーは、少々懲らしめるつもりで、ジェシーに二人掛かりで闘ってやっ たのさ。・・・だが・・・負けたのさ・・・。2人同時に相手してな。」  シュバルツは、その時、自分の力の無さが情けなかった。修練した。そして強く なったと思っていた。だが、それは少女の強さの、何分の1だったのだろう? 「ジェシーは、とにかく近寄らせない程の鞭捌きだった。俺達の攻撃は、掠りもし なかった。ミュラーを縛り上げられたと思ったら、既に俺は、違う鞭で、縛り付け られていた。鞭を解こうにも、凄まじい魔力で、切れなかったのさ。」  シュバルツは、縛り上げられた時の屈辱を、忘れない。 「完敗さ。それからすぐだ。俺は「赤炎」のシュバルツと、改名されたのはな。」  シュバルツは、言われた時に素直に従った。それが魔界の掟だったからだ。 「恐ろしい話だな・・・。」  レイリーは、改めてジェシーの強さを思い知る。 「俺は「赤炎」と呼ばれているが、自分では「積怨」のシュバルツだと思っている。 俺は、あの時の自分に対して、許せないのさ。」  シュバルツは、話し終える。 「だが、俺は、もう少しで限界さ。分かっているのさ。ミュラーと、同程度にしか なれない。ミュラーも同じ想いだろう。」  シュバルツは、盟友ミュラーの部屋を見る。 「アイツは、常に「青炎」として、俺のサポートに徹してきた。アイツの想いは、 言葉が少なくても、伝わるのさ。」  シュバルツは、ミュラーとは長い付き合いだ。 「そんな事を、何で俺に明かすんだ?」  レイリーは不思議に思っていた。恥ずべき事実を、何故話してくれるのだろうと。 「お前には、可能性がある。そして、ジェシーを超える程の才能があると、俺は見 た。それを信じたい。それだけの事だ。」  シュバルツは、いつもは見せない程の信じ切った目をしていた。 「俺達は、ジェシーには付いていけん。だが、お前は違う。最初会った頃より、更 なる成長を続けている。」  シュバルツは、レイリーの肩を叩く。 「グロバス様のような、特別な才能が無い俺達は、もうこれからは、衰えるだけだ。 もうジェシーに対する怨みも、薄れてきた。俺とミュラーは、ジェシーを支える強 さを持つ者を、探していた。」  シュバルツは、優しげな目をする。 「俺が・・・そこまで?」  レイリーは、さすがに戸惑っていた。自分に自信を持っている方だが、人から頼 られると、ちょっと弱気な面を見せてしまう。 「最初は、健蔵を、そうさせようと思っていたが、アイツは化け物だった。アッと 言う間に、ジェシーすら追い抜きやがった。今なら、それも納得出来る。ワイス様 の息子だと言うのだからな。俺が、この前怒ったのは、それを確認するためさ。死 の淵を彷徨って、なお、あれだけの力が出せるのは、血の為せる業かも知れんな。」  シュバルツは、この前のいざこざは、わざと演出して見せたのだ。魔族のために なるのなら、そして「覇道」のためになるのなら、いくらでも、やられ役を買って みせる。そう心に決めていたのだ。 「アンタも、損な役回りだな・・・。」  レイリーは、シュバルツの肩を叩き返す。 「ミュラーにも言ってくれ。俺より徹している、ミュラーにもな。」  シュバルツはニヤリと笑う。それが、レイリーには心地良かった。 「約束は出来ないが、ジェシーと、対等になれるよう、努力するさ。」  レイリーは、シュバルツの目を見て言った。 「それで良い。ジェシーは、まだ恋愛相手が居ないからな。」  シュバルツは、からかうようにレイリーの肩に手を置く。 「そ、そんな不順な動機じゃねぇぞ!」  レイリーは、顔が真っ赤になった。 「ハッハッハ。若いな。だが、向こうは、多少興味を持っているようだし、逃がす なよ。お節介のようだがな。」  シュバルツは、豪快に笑って、休み部屋に向かった。力を蓄えるのでは無く、普 通に休むために、行ったのだろう。 「・・・どう言う期待されてるのかなぁ・・・俺。」  レイリーは、その場で唸りながら考え込んでいた。  だが、シュバルツの言葉は、胸に染みる言葉だった。その期待を、裏切らないよ うに、努力する事を誓うのだった。  ルクトリアでは、大いに盛り上がっていた。それも、そのはずである。記念すべ き民間からの、国事総代表が決まる日だからだ。その証拠に、貴族ですら数える程 しか居ない。勿論、王族は一人も居ない。総投票の重要性は、公布された掲示で分 かっている。そして、15歳を過ぎた男女全員に投票権があるのだ。その内、上位 20名が国事代表となり、最高数を取った者が、国事総代表になると言う仕組みだ。  既に投票用の魔力の紙を、国民には配布してある。そして、誰が良いか3名まで 選ぶ事が出来る。その3名を、自動的に魔力で読み込んで、数を数えて行くと言う 方式を取った。最初は、全て手動でやろうと思っていたが、とても無理だと悟った のだ。それに、この方式でやれば、不正や無効票なども、すぐに分かるようになっ ている。だが、その基本システムの紙を作るのに、膨大な魔力を必要としたのは、 言うまでもない。だが、ルクトリア城内の魔術師や、トーリスなどの力によって、 完成したのであった。  そして、やっと開票の時がやってきた。ルクトリア城の城門で、全てを発表する つもりで居た。しかも結果は、トーリスですら知らない。だが、投票用紙を、魔力 の箱に入れていく事によって、誰が一番票を取ったか目で見えるようになっている。 (魔力を投票に活かすなんて、ソクトアらしいやり方だ。)  ジュダは、他の星の投票を知っているだけに、画期的で効率的だが、独自の方法 だと思った。ここまでシステム化させるトーリスも、大した人物だと思った。 「では、これより開票を始める!」  トーリスが宣言すると、ルクトリアの街全体が、歓声に包まれた。それ程、皆が 興味を持っていると言う事だろう。  そしてトーリスを始め、スタッフが、どんどんと魔力の箱に投票用紙を入れてい く。すると、用意されていた掲示板に、どんどん数字が刻まれる。数字は、アッと 言う間に処理されていく。 「・・・む。」  トーリスも掲示板を見ていた。そして、観衆から大きな歓声が聞こえた。  ある人物の票が、凄まじい勢いで、伸びていったのである。 「これは・・・決まりですな。」  サイジンは、掲示板を見て、納得する。 「皆が選んだんなら、間違いないな。」  ジークも納得する。その人物とは、言うまでも無くルースだった。下馬評でも、 圧倒的な支持率だったが、本番でも順調に伸びていった。 「俺が・・・こんなに・・・。」  ルースも、半分呆気に取られていた。自分でも、信じられないくらいの支持率だ った。人々とて、馬鹿ではない。ライルに政権が変わった時に、誰が一番手を尽く していたかを、覚えていたのだ。ルースは、街の中心で復興を手伝っていた。それ が今、効いているのだろう。 「こう数字で見えると、圧巻よね。」  レルファも、驚きの目を向けていた。 「お父さん、すごーい。」  ツィリルは、目を丸くしていた。父親が、ここまで人気があるとは、思って居な かったのだ。だが、納得の出来る結果でもあった。 「皆で選んで、皆で決める。「人道」だけの特権ね。」  ルイは、この観衆の熱気と、今日の図を忘れる事は、出来ないだろう。 「肩書きなんて関係ない・・・か。何だか、泣けて来ちゃうな。」  ゲラムは、自分はプサグルの第2王子だが、これこそ、本当の代表の決め方だと、 強く思っていた。生まれる前から王子だった自分より、よっぽど理に適っている。 「ストリウスでも、実践して欲しいネ。」  ミリィは、ストリウスのような自由な風潮のある国こそ、この制度を取り入れて 欲しいと思った。 「もう発表しましょう。見るまでもありません。初代国事総代表は、決まりです。」  トーリスは決意する。観衆は、興味津々で掲示板を見ていた。 「皆さん。ご覧の通りです。初代国事総代表が、決定しました。」  トーリスは、多少ビジョンを掛けて、宣言する。すると、観衆から惜しみない拍 手が生まれる。 「発表しましょう。初代国事総代表。ルースさんです!」  トーリスが宣言して、台座を空けると、ルースを台座へと押し上げる。すると、 人々の間から、轟音のような歓声が聞こえた。 「あー・・・。こう言う場は、余り慣れてないので、緊張してます。」  ルースは、照れながら答える。すると観衆から、笑いが起こった。 「でも皆が、俺を選んでくれた事に対する、感謝の気持ちは、隠さないつもりだ。」  ルースは、皆に向けて手を振る。 「俺に出来る事を出来るだけ尽くす。そして、後悔の無いように、努めるつもりだ。 よろしく頼む。そして、ありがとう!」  ルースが、そう言って手を上げると、観衆から豪雨のような拍手が巻き起こる。 「すごーいなぁ。」  ドラムも、ビックリしているようだ。 「お。続々と、決まるみたいだぞ。」  ジークは、数を見ていく。ルース程、圧倒的では無いが、確実に票を伸ばしてい る人が、チラホラと見かけるようになった。しかし、その多くが、ルースと共に復 興に参加した人ばかりだった。やはり、そう言う所で、差が出るのだろう。 「これからは大役だな。頑張れよ。」  エルディスが、ルースを励ましてやる。 「何かあったら言えよ。俺も手伝うぞ。」  グラウドも、協力を惜しまないつもりだった。ライルを通じて、仲間になった絆 は、思ったより深いようだ。 「本当に慣れない仕事だがな。ライルだって頑張ったんだ。負けないようにするさ。」  ルースは、誇りを持って、国事総代表を努めようと思っていた。 (ライル。見ていろ。ルクトリア、いや「人道」の第一歩を輝かしい物に、して見 せるからな。お前の所に行く時まで、俺は走り続けるぞ。)  ルースは、天に向かって報告した。誰よりも親友だったライルのために、ルクト リアを愛した亡きシーザーのためにも、ルースは誰よりも、ルクトリアを発展させ ようと誓ったのである。  「人道」の総投票の様子は、各国に伝わっていた。そして、初代国事総代表ルー スの名前は、全ソクトアに知れ渡っていった。それは他の国にとっても、衝撃的な 事であった。民間人から、国の纏め役を決めるなど、どこから発想が出てくるのか? ルクトリアのやり方は、正に人のための道であった。  デルルツィアでも、その報せは知れ渡っていて、ヒルトやゼルバ、それにミクガ ードなどの耳にも、入るようになった。  ミクガードは、考え込んでいた。本当に人々の事を考えるのなら、ルクトリアが 取った総投票を、このデルルツィアでも、するべきでは無いか?と。だが、復興が 終わるまでは軽々しく、そんな事は出来ない。そこが、考え所でもあった。別に王 と言う肩書きに、ミクガードは未練は無い。出来れば、自由の身になりたいと思っ た事さえある位だ。だが、デルルツィアの再建こそ、自分の仕事であり、亡き父親 の願いでもある。そう簡単に、投げ出しは出来なかった。  一方、プサグルを追放されたヒルトだが、時の流れを考えれば、良い事だったの かも知れないと、思い始めていた。今回は「法道」を中心に、取られてしまったが、 ルクトリアが、総投票を成功させた事によって、プサグルにも、総投票をと言う声 が、挙がって来るだろう。ここデルルツィアでも、挙がるくらいだ。  考えてみれば、極自然な流れなのかも知れない。今まで、当たり前のように、王 が居て、その国を治めて、一族が継いでと、して来たが、どこかで、弊害が生ずる に違いなかった。人々と王が、永遠に上手く行くなど、有り得る訳が無い。それを 考えれば、王政と言うのは、自然に淘汰される物だと、ヒルトは考えていた。  今まで、当たり前のように人々の上に、立ってきた。しかし、今考えれば、おか しな話だ。生まれが多少違うだけで、ここまで変わると言うのも、今までの歴史が、 そうさせるのか?と、そんな事まで考えてしまう。  ミクガードは、まごまご考えていても仕方が無いので、デルルツィアの今後を決 めるためにも、会議を開く事にした。  出席者はミクガード、ゼイラー、それとヒルトにゼルバも出席する事になった。 それとフラル、ケイト、そしてディアンヌだった。 「じゃ、これより、デルルツィアの今後についての議会を開こうと思う。」  ミクガードが、全員集まったのを見て、口を開く。 「今更、改まる必要ないわよ。」  フラルに突っ込まれて、ミクガードは軽く笑う。 「知っての通り、ルクトリアでは「総投票」が行われた。皆も詳細について知って ると思う。「人道」という観点から見ても、筋の通った歴史的出来事だったと俺は 思う。これについて、デルルツィアでも何か出来ないか、意見は無いか?」  ミクガードは「総投票」の事を話題に上げる。デルルツィアは「人道」を支持し ている。その観点から見ても、この出来事を無視する事は出来ない。 「デルルツィアでも、間違いなく総投票をやろうと言う動きは、出るだろうな。」  ヒルトは指摘する。人々が黙っていたって、ルクトリアの情報は伝わってくる。 それだけ、現在注目されている国だからだ。 「私達は、皆王家出身です。今更、総投票を唱えた所で、説得力が欠けるかも知れ ませんね。私達がやるのでは、意味が無いのかも知れません。」  ゼイラーは、冷静な意見を述べる。王家が始める総投票では、どうしても王家が 有利だと思われても、仕方が無いだろう。 「でも、間違いなく気運は高まるでしょう?何か手を打たなきゃ、駄目よね。」  フラルは、考える。フラルで無くても、この流れからして、デルルツィアが動か ない訳には、行かない事くらい分かる。 「特に、ウチの国は、貴族が多いからねぇ・・・。」  ケイトは心配する。貴族が多い国なので、総投票などやっても、反対が多く、立 候補者が集まらないかも知れないのだ。貴族は、まず反対するだろう。 「民間から、良い人って居ない物かしらね。」  ディアンヌが、意見を述べる。しかしデルルツィアでは、復興は主にミクガード が担っている。民間人は手伝うが、カリスマが有る者は、見た事が無い。 「皆さん。総投票に捉われ過ぎてませんか?」  ゼルバが、皆を見渡す。 「何か良い意見でも、あるのか?」  ミクガードが、ゼルバの方を見る。 「総投票は、飽くまでルクトリアが取った手段。それを真似ると言うのは、宜しく 無いでしょう?でも、参考にするのは、良い事だと思います。」  ゼルバは、考えがあるようだった。 「そこで、ここデルルツィアでは、人々の代表を決めると言うのだけ、真似れば良 いと思うのですが?どうでしょう?」  ゼルバは、皆を改めて見渡す。どうやら分かっていないようだ。 「どう言う事だ?」  ミクガードは、質問する。 「ここデルルツィアでは、幸いな事に、王と皇帝が、内政と外交を分けて行うと言 う確立した制度があります。だが、そこに、国民の総意が無い。貴族からの大臣が 10人も居るのに、勿体無い事だと思います。」  ゼルバは続ける。今居る大臣達は、確かにお飾りでしか無い。 「新たに大臣を、10人追加して、投票を行うべきです。その10人を、国民の総 意で決めるのです。そして、大臣20人に、ミクガードとゼイラーの監視役になっ てもらうよう、公布するべきです。政治のやり方が駄目な時は、大臣達の手によっ て、政権を交代する。そのやり方を、取ってみては如何ですか?」  ゼルバは、考えを述べた。ルクトリアのやり方を纏めて、考えた案だった。 「・・・面白い。さすが義兄弟。俺の弱い所を知ってるな。」  ミクガードは、ニヤリと笑う。ミクガードは、自分の地位を確立するのでは無く、 常に見張る事で、地位の意味を高めて行く方が、性に合うのだった。 「兄さん、ナイスアイデアよ。」  フラルも賛成だった。可も無く、不可も無く、自然に、このデルルツィアに「選 政」を取り入れるには、これ以上無い案だった。 「ルクトリアでは、トーリスが身を削って、今の制度を考えたのです。私達も、遅 れを取っていては、いけませんからね。」  ルクトリアの「選政」の草案者フジーヤと、施行者トーリスの名前は、デルルツ ィアにも届いている。 「ふむ。ところで、初代国事総代表のルースは、ご存知ですか?」  ゼイラーが周りを見渡す。 「知っている所では無い。俺の義弟だ。」  ヒルトは、そのニュースを喜んでいた。ライルも、フジーヤも居ない今、ルクト リアを引っ張れるのは、ルースしか居ないと思っていたからだ。ジークは、まだ若 い。ジークは、闘いに専念しなければ、いけない身だ。ならば、政治の中心はトー リスか、ルースしか居ない。トーリスとて施行で忙しい身だったので、ルースは正 に適任者と言えた。 「俺の妹の婿だ。でも良く知っている。アイツは、真面目で考えすぎる面、思いや りなら、誰にも負けない。奴が総代表なら、俺も安心して話せる。」  ヒルトは賛辞の言葉ばかり並べる。ルースなら、願ったり叶ったりと言った所だ。 「ルースさんは、本当に国想いの人よ。大丈夫よ。」  フラルも賛同する。 「俺も何度か話した事がある。あの人なら、人望があっても、おかしくないだろう。」  ミクガードまで、人格を褒める。余程の人物なのだろう。 「それならば、早速ケイトと共に、ルクトリアに行って、近況報告と挨拶も兼ねて、 ゼルバさんの案を、見せるとしましょう。私が出発するまでに、ゼルバさんは、案 を書類にしてもらいたい。ついでに、トーリス殿とも話してみたいですしね。」  ゼイラーは、天才と呼ばれたフジーヤを、超えたと言われるトーリスに、どうし ても面会したかった。どれほどの人物なのか見たいし、何よりも、外交の上での糧 になる事も、間違いないからだ。 「書類の件、承りました。ただし、条件があります。」  ゼルバは、ミクガードの方を見る。 「私も、同行させてもらいたい。」  ゼルバは、希望を言う。 「おいおい。ゼルバ義兄さん。そりゃズルいぜ。俺だって行きたいのに。」  ミクガードは、残念がる。ゼルバは、その様子を楽しそうに見ていた。 「貴方は、ここに残って留守を守らなきゃ・・・ね。」  フラルが釘を刺す。本当は、フラルだって行きたいくらいなのだ。 「しかし、何をしに行くのだ?」  ヒルトが尋ねる。 「貴方。決まってるじゃないの。あの子を見に行くんでしょ?」  ディアンヌが注意する。 「さすが母上。その通りですよ。アイツも、名が知れて来てますからね。どれだけ 成長したか、この目で拝見しなければね。」  ゼルバは、ディアンヌの言う事に相槌を打つ。 「ああ。そういえば、あれから半年ほど見てないな・・・。」  ヒルトが最後に見たのは、もう半年も前である。その「アイツ」とは、勿論ゲラ ムの事だった。 「あの子が、魔族や神達に名前を覚えられる程にねぇ・・・。信じられないわ。」  フラルは、もっと会っていない。デルルツィアの混乱で、それ所じゃ無かったの だ。しかし、名声だけは聞こえてくる。ジーク達6人と、その仲間達は、「人道」 を代表する戦士なのだ。嫌でも、情報は入ってくる。 「ゼルバ。行くなら、これを頼む。」  ヒルトは、ペンダントをゼルバに渡す。中には、若かりし頃のヒルト、アルド、 そしてライルの姿が、描かれていた。 「ソイツを、ライルの・・・墓に収めてやってくれ。」  ヒルトは頼み込む。自分までも、デルルツィアを離れてしまったら、ミクガード の内政の手伝いが出来なくなる。なので、せめて何かを収めてもらいたかったのだ。 「それと、アルドにも挨拶してやってくれ。」  ヒルトは妹の事を思いやる。ルースが大変な時期だ。アルドも、さぞ忙しい事だ ろう。ライルを失った悲しみは、アルドだって、深いはずだが、まともに見舞いす ら出来ていないかも知れない。それを思いやっての事だ。 「それとな。「偶には顔を見せろ。」と、ゲラムに伝えろ。」  ヒルトは、この時は親父の顔になる。いくつになっても、父は父なのだ。 「分かりました。お任せ下さい。」  ゼルバは、使命の重さを胸に秘めて言い返す。それを聞いて、ヒルトは安心した。  皮肉にも、これがゼルバの、初めての外交の場となるのであった。  ルクトリアが、大いに忙しい時に、風雲急を告げる出来事が起こった。何やら人 では無い集団が、ルクトリアに大挙して、押し寄せているとの情報だった。  ルースは頭を抱える。まだ就任したばかりだが、やる事は山ほどあった。外交も しっかりしなければならないし、防衛の拠点なども、事細かに決めなければならな い立場であった。そんな時に、この報せは、はっきり言って良く無かった。  そこで様子見と言う事で、ジークは後に控えて、サイジンとゲラムと、レルファ とルイを中心とした軍団で、警戒の意味も込めて、出発する事になった。  それにしても妙である。それぞれの「道」が攻めてくるなら、こんな物では無い だろうし、偵察にしては、数が多過ぎる。「無道」も数は少ないが、あそこは「絶 望の島」の人間達が、中心だったはずだ。  道中、ルイにも、緊張が走る。ジークが居ないと言うのも、それに拍車を掛けた かも知れない。でも、ゲラムやサイジンなども信頼しているし、レルファもサポー トするのは、お手の物だ。後は、自分をしっかり保つしかない。 「ゲラム。何者だと思いますか?」  サイジンが相談する。 「ただの偵察じゃ無いだろうね。でも行ってみれば分かるよ。」  ゲラムも緊張しているようだ。 「人間じゃない臭いがするねー。」  突然、ゲラムの荷馬車が微かだが、しゃべりだした。 「うわぁ!!」  ゲラムは、びっくりして荷馬車の方を見る。 「・・・ドラムちゃんね?」  レルファは、荷馬車を睨み付ける。すると荷馬車は、シマッタとばかりに、大人 しくなった。 「出て来ないと、お母さんに悪い子だって報告しちゃうぞー?」  レルファが諭すように言うと、恐る恐るドラムが出てくる。 「ドラム君。付いて来てたとはね・・・。」  サイジンも、笑うしか無かった。 「僕、悪い子じゃないもーん。」  ドラムは胸を張る。 「全く・・・。遊びじゃないのよ?」  レルファは、溜め息を吐く。 「僕だって、レルファ姉ちゃんの、役に立ちたいんだよ。」  ドラムは、膨れっ面で抗議する。 「あらあら。頼もしいナイトさんじゃない。」  ルイは、クスクス笑う。緊張が、大分解けたようだ。 「ルイさん。レルファのナイトは、この私と決まっているのですぞ。」  サイジンは、自分の胸を叩く。 「勝手にしなさいな。それと、ドラムちゃん。付いて来たからには、戦いになった ら、自分の身は自分で守るのよ?」  レルファは、ドラムに厳しく言い付ける。 「うん。僕、頑張る!」  ドラムは、嬉しそうにゲラムの馬の後ろに乗っかる。 「ドラムは、忍術上手いからね。頼りにしてるよ。」  ゲラムは、ドラムの頭を撫でる。 「まっかせてよ!」  ドラムは、得意満面だった。しかしドラムは、確かに並みの子供では無い。 「近づいて来たよ。」  ドラムは、前を見つめる。確かに、何かが見えてきた。 「ん?待ちなさい。・・・あれは・・・。」  サイジンが確認する。そして、先頭を見て手を打つ。 「あー!あれは、ミカルドさんじゃない?」  レルファも確認する。間違いないようだ。 「皆!あの人達は、味方よー!」  レルファは、軍団全部に伝える。軍団も、緊張が解けたようで、肩を落とす者が 多かった。さすがに緊張していたのだろう。 「何だぁ?物々しいな。」  先頭のミカルドが、こっちに飛んできた。 「はっはっは!済みませぬな。突然来た物だから、警戒してしまいましたよ。」  サイジンが、気さくに挨拶する。 「手紙送るの、面倒くせぇから、皆で纏めて来たって所だ。」  ミカルドらしい。どうやら妖精の里の妖精が皆、集まって移動していたらしい。 「ミカルド。この者達は、何者だ?」  偉そうなエルフが、ミカルドに近寄って来た。 「ジークの、お仲間さんさ。名前は・・・サイジンだったっけか?」  ミカルドは、まだ全員覚えていない。 「貴方・・・ジークしか覚えてませんね・・・。まぁ、良いでしょう。私の名は、 サイジン=ルーン。以後、お見知り置きを。」  サイジンが、挨拶する。 「私は、ジークの妹のレルファ=ユードよ。」  レルファも、合わせて挨拶する。 「僕はゲラム=ユード=プサグル。宜しく!」  ゲラムも、頭をぺこりと下げた。 「僕はドラム!お兄さん達、悪い人達じゃ無かったんだね。ゴメンね!」  ドラムは、ニッコリ笑いながら話す。ついミカルドも、笑みが零れる。 「私は、ルイ=コラットよ。後で私の踊りを見せるわ。」  ルイは、間髪入れずに、挨拶を交わす。 「ふむ。そちらが名乗ったのだ。名乗らねばなるまい。私は、妖精の長であるエル ザード=ファリス。エルフをやっている者だ。この度は、厄介になる。」  エルザードが挨拶する。妖精の長なら、偉そうなのも分かる気がする。 「ここがルクトリアか・・・。うむ。自然が豊富で、良い国だな。」  エルザードは、ルクトリアの方を見る。 「わりぃが、後ろの連中はさ。普段、森の中で生活させてくれねぇか?」  ミカルドは、サイジンに話す。 「何でまた?」  サイジンは、不思議がる。別にルクトリア城が、混んでいる訳でも無い。 「我らは、自然に居た方が、より力を発揮出来るのだ。いざとなれば、私の心の波 動で、全員呼べるから、お願いしたい。」  エルザードは説明する。今まで居た環境に似た場所に、したいのだろう。 「まぁ構わないと思いますよ。ルクトリアの自然にとっても、良い事だと思います しね。後で、ルース総代表やジーク、トーリスにも話してみます。」  サイジンは返事する。それと同時だった。今まで後ろで待機していた妖精達が、 一斉に森の方へと、向かって行った。中々壮大な図だった。 「済まぬな。大移動で、皆、我慢していたのだ。」  エルザードは苦笑する。 「私は大丈夫よ。」  後ろにリーアが居た。リーアは、体は人間なので、影響は少ないようだ。 「私も付いていこう。妖精族の長として、ジークと言う男を拝見したい。」  エルザードは、ミカルドの話を聞く度に、ジークに会いたいと思った。 「それにエルフは、元々自然の影響は、多くないしな。」  エルフは、比較的人間に構造が似ているので、影響が少ないのだ。 「しかし・・・これは報告に困りますねぇ・・・。」  サイジンが頭を抱える。何せ、あれだけ居た大部隊が、一気に3人になったのだ。 「まぁ、兄さんなら、信じてくれるでしょ。」  レルファは適当に言った。軍団からは、その様子を見て笑いが込み上げていた。  そして、4人は、その後は無事に、ルクトリアの城に着いた。ルクトリアの城下 街では、ミカルドやエルザードの姿を見て、畏怖する者や好奇の目で見る人も、少 なく無かったが、この時代なら、珍奇な者でも無いらしく、ルクトリア城には、特 に混乱も無く着いた。城門では、トーリスが出迎えに来ていた。 「ご苦労様でした。・・・ただ、これは、どう言う事か、説明してもらえますか?」  トーリスは、早速サイジンに説明を求める。サイジンは、ちょっとうんざりした 様子だったが、隠さずに全部話した。 「なる程。分かりました。後の説明は、私がしましょう。ミカルドさん。リーアさ んに、エルザードさん。ルクトリア城は、貴方達を歓迎します。」  トーリスは、笑顔で3人を迎える。 「うむ・・・。感謝する。・・・それにしても、大きい建造物だな。」  エルザードは、どうやら城の大きさに驚いている様子だった。 「お?誰か来たみたいだな。」  ジュダ達が、こちらに向かってきた。どうやら訓練の区切りが付いたらしい。 「おお!貴方達は!竜神様に剣神様!」  エルザードは、つい畏まってしまう。 「おいおい。そんな畏まらんでも良いぜ?」  ジュダは、背中がムズムズする。余り、こう言うのは、得意では無さそうだ。 「自然に接する方が、助かると言う物だ。」  赤毘車も、同じ意見らしい。 「まぁ、お入りください。歓迎しますよ。」  トーリスは、中へと通す。中庭では、まだ修練を欠かさない者が居る。熱心な事 である。エルザードは、その中心を見た。 「・・・もしや、あの者が?」  エルザードは、目を細める。兵士達の中心に、物凄い闘気を放つ人間が居た。 「お気付きになりましたか。あれが「人道」の象徴の、ジークですよ。」  トーリスが頷く。エルザードは、興味深々でジークを見る。  すると、ジークが、こちらに気が付いた。 「お!?客人か?おお。ミカルドか!ついに来たな!」  ジークは嬉しそうに近寄ってきた。何とも、気さくな表情である。 「俺が入るからには、常勝を目指す事だ。」  ミカルドは、ジークと握手を交わす。 「言われなくても負ける気は無いさ。リーアさんも来たな。」 「久しぶりね。ミカルドを、宜しく頼むわ。」  リーアは、ジークと握手を交わす。ジークは苦笑する。 「で?こちらは、どなたかな?」  ジークは、エルザードの方を見る。 「私の名は、妖精族の族長でエルフのエルザード=ファリスだ。宜しく頼む。」  エルザードは、頭を下げる。 「こちらこそ、よろしく頼みます。俺はジーク=ユード=ルクトリア。このルクト リアの、司令大元帥です。」  ジークはエルザードを握手する。その時、エルザードはビックリした。ジークか ら、とてつもない力を感じたのだ。実際に触れると、良く分かる。類稀な才能の持 ち主だと言う事が、体に伝わってくる。 「・・・ジーク殿。一つお伺いしたい。」  エルザードは、ジークを見つめる。ジークの強さは分かった。しかし、どうして も確認しなければ、ならない事があった。 「聞きましょう。何です?」  ジークは、見つめ返す。 「ルクトリアの政治を拝見して、「人道」の目指すべき道は把握した。だが、他の 道を倒した後の、我らとの関係を問いたい。」  エルザードは、聞いて置かなくてはならなかった。「人道」は、飽くまで人のた めの道。その後、他の種族は、邪魔になるのでは無いか?との疑問だ。 「エルザードさん。俺は、ミカルドと同盟を結んだ時から、腹は据わってるよ。」  ジークは、考えるまでも無かったようで、口元を緩める。 「自然豊かな場所を提供して、永続的な同盟を望みます。先人達が、過去に妖精を 追いやったと言う事実を、覆したいと思っています。同盟を結んだからには、仲間 です。お互い助け合う事を誓います。」  ジークは、包み隠さず自分の気持ちを言った。もう妖精達は、守るべき仲間、共 に分かり合える仲間だと、思っているのだ。 「その言葉を聴いて、安心した。我ら妖精族も、永続的な同盟を望もう!」  エルザードは、再びジークとガッチリ握手する。  それは、互いの信頼を理解した証のように見えたのである。  運命宗と鳳凰教が中心となっている「法道」。どちらも、神々こそが救いである と信じているので、団結力は凄まじい物がある。特に「法道」が目指す物が、天界 と言う事なので、この頃は、信者の数も増えていると言う。  理想郷は、天界をモデルにする事から「地天郷(ちてんきょう)」と呼ばれるよ うになっていた。そして、天界は、宣戦布告した小癪な「覇道」に対し、鉄槌を食 らわせるべく、天使を大量動員する事にした。ルイシーのように、下級の天使は、 地上では姿を現す事すら出来ないが、神々のために闘うための「軍天使」や、それ らを取り纏める「大天使」ともなると、地上に具現化する事も出来るようになる。  そして、その「大天使」を束ねるのが「大天使長」である。大天使長は、現在イ ジェルンが努めている。ラジェルドは、反旗を翻した事から、裏切りの汚名を着せ られ、天使の間では許せぬ「堕天使」として、広まっていた。イジェルンは、突然 回ってきた大天使長の座だが、懸命に努める事で、力もメキメキと付けて来て、そ の地位に相応しい程の、実力の持ち主になっていた。  そして、人々を束ねるのは「救世主」である。アインは、ジークが死んだと思っ た時、ルクトリアに残りたい気持ちもあったが、振り切って、この「法道」に戻っ て来たのである。ジークが蘇った時は、少しホッとした。 (俺は、どこかで、まだジーク達の事を、割り切れて無いのかも知れぬな。)  アインは、「救世主」としての自分と、以前の自分との葛藤が続いていた。 (しかし、「法道」は、このままで良いのだろうか?)  アインは、それが見出せずに居た。神を蔑ろにする事は、この世の始まりを否定 する事だ。それは、許されないとアインは思う。だからこそ「法道」に喜んで入っ て、そのために尽力してきた。  だが、天界をソクトアに齎す事が、真に神の事業と言えるのだろうか?それでは、 第2の天界を作ってるだけで、人の意志は、そこにあるのだろうか?その答えを、 アインは、まだ見つける事が出来ない。 (しかし、私が抜けてしまったら、運命宗や鳳凰教を頼ってきた人を、見捨てる事 になってしまう。それだけは、出来ない!)  アインは、自分を頼ってきた者を振り払う事は、出来ないのであった。 「救世主殿。苦しい顔をしてなさるな。」  イジェルンが、声を掛けて来た。 「大天使長様。お言葉勿体のう御座います。」  アインは、生真面目に返す。 「堅苦しい挨拶は不要。何か苦しみがあれば、私が聞こう。」  イジェルンは、ラジェルドより評判が良い。と言うのも、天使としての、人に安 らぎを与えると言う行為を、最優先しているからだ。ラジェルドは、地位を翳して 管理する位しか、やらなかった。そう言う意味では、イジェルンは、正に天使の中 の天使と言えた。人々が望む「大天使」の姿であった。 「大天使長様は、この「地天郷」の計画を、どう思われます?」  アインは、着々と用意している天界移送計画について、聞いてみた。 「天界は素晴らしい所。それを人間に与えるのは、少々度が過ぎると思う。」  イジェルンは、自分の考えを隠さずに言う。 「それに、ソクトアはソクトアで良い所もあろう。それを無理に変えるのは、如何 な物か?と思う。だがミシェーダ様が決定された事。私は迷い無く、それに従う。」  イジェルンは、さすが天使の中の天使であった。これ以上無い程の、完璧な天使 の答えが、そこにはあった。 「さすがは大天使長様。私の考えなど、及びも付かぬ答えで、御座います。」  アインは敬服する。疑問を持つ持たないでは、無いのだ。持っていても、遂行す る。神は絶対の考えが、そこにはあった。 「救世主殿は、疑問を持っておられるみたいだな。」  イジェルンは、アインの考えを見透かす。 「愚かな事です。救世主の身でありながら、昔の仲間であった、ジーク達の事を思 い出すなど・・・。」  アインは悔やむ。それが救世主としての務めから、外れている事は分かっている。 「救世主殿。無理に抑えるのは、良くない事だ。その想いは、忘れずとも結構。」  イジェルンは、優しい目で見る。 「ただし、敵対した時に、その想いが邪魔にならぬようにするのが、大事な事です。」  イジェルンは、打って変わって、厳しい表情になる。 「傷み入ります。大天使長様の言葉で、覚悟が出来ました。この思い出があるから こそ、神に逆らったと言う罪を、償ってもらわねばならないのですね。」  アインは、厳しい目付きになる。それが、アインの覚悟だった。救世主として、 ジーク達の行動を、容認する事は出来ない。神々のリーダーである運命神の意志に 逆らった者は、神罰が下らなければならない。それがアインの仕事なのだ。 「救世主殿の覚悟に、このイジェルン。敬意を表する。」  イジェルンは、アインの覚悟の強さを改めて知る。 「悔い改めれば、赦されましょう。それに、私は賭けまする。ミシェーダ様の御慈 悲が、ある内に、改心させるように尽力しましょう。だが、それすらも、聞き入れ なかった場合には、私の全精力を向けてでも、討伐致します。」  アインは、救世主として、これ以上ない優等な言葉を述べた。 「そして「地天郷」の事は・・・ミシェーダ様の事。必ずや、素晴らしき形にして 下さると、私は信じる事にします。」  アインは、ミシェーダとイジェルンに付いて行く事を、心に決めたのであった。 「救世主殿には辛い仕事が増えますな。私は、それをどれだけ軽減出来るか、尽力 致そう。それが、大天使長としての務め。」  イジェルンは、慈悲の目を向けながらアインを助ける事を誓った。  「法道」の支持者は増えている。こんな所で、立ち止まれる程、アインの意志は、 弱くなかったのである。  ソクトア大陸の北に位置するバルゼと言う地名は、既に無い。そこには、荒野が 広がるのみであった。しかし、その荒野も、だんだんと形になっていった。「無道」 の者達の頑張りによって、再生されて行ったのである。とは言っても、商業国家と してのバルゼではない。クラーデスを中心として、統制の取れた、建造物の建築が、 主になっていた。その建造物は、巨大な四角錐の形をしていた。その中心に、クラ ーデスの玉座がある。そして、その下には人々が住むためのスペースが、何十階層 にも分かれている。それくらい巨大な四角錐が、作られていたのであった。それぞ れ、どこに誰が住むかは、高い所程、位が高い者が住むようになっていて、一目で 位が分かるように設定されていたのである。  そして「無道」では、下克上は当たり前で、より力が上の者が、上の階層を目指 す競争社会によって、治めようと考えていた。「覇道」とも似ているが、覇道は、 飽くまで力が強い者が治める。そこに、競争意識は無い。それは、蹴落とす精神が 根底にあるからだ。だが、クラーデスは力を強くする事は認めたが、相手を蹴落と し、死に至らしめる事を、禁止した。それを破った者は、厳重な処罰をするように 定めた。そして、クラーデスの号令がある時は、普段競争して高めている力を、使 うと言う合理的な力の使い方を示した。欲を持つのは構わないが、欲に身を任せる 事を禁じたのだ。  この考え方は、極めて分かりやすい上に、建造物の構造上からも分かりやすい。 それで居ながら、国として全ての力を、敵に注げると言う利点もあり、人々は、ク ラーデスの創る、国造りの見事さに、感銘を受けていた。  やがて、バルゼは地名を、クワドゥラートと変えて言った。これは、四角を表す 意味で、今の「無道」の街には、ピッタリの地名だった。 (我が権威の象徴が、出来て行くわ・・・。)  クラーデスは、満足げだった。このクワドゥラートの前に、神が何が出来よう。 この権威の象徴こそ、この世の摂理なのだ。弱肉強食でありながら、集団を形成す る。これ程、分かりやすい摂理は他にあるまい。 (だが、戦力的には、圧倒的不利は否めんな。)  クラーデスは、誰にも負ける気は無いが、集団で来られた時に、対処出来るかど うか、自信は無い。そんな事を思っている時だった。強い波動を感じた。 (誰か、攻めに来たか?)  このクワドゥラートは、まだ出来かけである。今攻められては、困るという物だ。 「ここに居たか・・・。クラーデス。」  奥底から、搾り出すような声が聞こえる。その声は、絶望から這い上がった者が 発する声だった。クラーデスは、その声の正体に気が付くと、同時に少し驚いた。 「場所を変えていたとはな。探すのに手間取ったぞ。」  空間から、誰かが這い出てくる。声の持ち主だろう。 「打ち克っただけじゃ、無さそうだな。よもや、そこまで力を上げるとは、思わな かったぞ。ラジェルドよ。」  そう。それはラジェルドだった。絶望の淵に追い込まれながら、魔性液の試練を 突破したのだ。そして、それにより得た力は、膨大な物になっていた。 「気分は悪くない。余の力が、莫大になるのも感じる。」  ラジェルドは、瘴気を放っていた。そして、闘気や神気までパワーアップしてい るのが、実感できた。そして禁断の「無」の力の理も、手にしたようだ。 「余が、死の淵を覗いた瞬間、全ての知識が、余に舞い込んできた。その瞬間、あ らゆる手段が、思い付いて、現在ここにある。で無ければ、消えていた所だ。」  ラジェルドは、全ての知識が頭の中に入っていた。 「ならば、我が理想も、分かると言う物だろう?」  クラーデスは問いかける。 「余は、勘違いをしていた。仕えるべきは、天を治める神々では無い。世の摂理を 理解し、神を超えた治世を知る、貴方と言う事だ。」  ラジェルドは「無」を知り、全てを知り尽くした事で、逆にクラーデスの言う事 が、摂理に適っていると判断したのだ。 「余は、運命神の腐った政権劇を知った。彼の神は、他神すら冒涜している。奴だ けは、八つ裂きにせねば、なるまい。」  ラジェルドもクラーデスと同じ事を、知識として吸収したのだろう。その眼は、 運命神に対する怒りに、満ちていた。 「奴は余の事を「堕天使」と呼んでいるらしいな。小賢しい事だ。」  ラジェルドは、今更「堕天使」と呼ばれた所で、痛くも痒くも無い。それは、覚 悟してクラーデスの下に来たのだ。 「だが、余は全てを知り尽くした天使として、別の名を名乗ろう。余は、「熾天使 (してんし)」!そして、運命神など、我が織り成す力で滅ぼしてくれよう!」  ラジェルドは、思いの丈を語る。 「フッ。熾天使か。良い響きだ。貴様となら、「無道」を形に出来る。」  クラーデスは、ラジェルドの力を認める。 「力に気付かせてくれた貴方に、大いなる忠誠を誓おう!」  ラジェルドは、クラーデスに忠誠を誓う。 「大いに期待しているぞ。俺と、今の貴様の力が加わったのなら、他の道に、充分 対抗出来るからな。」  クラーデスは、期待が持てると思った。実際、復活したラジェルドの力は、クラ ーデス程では無いが、それに迫る勢いである。これは本物だ。 (小煩い神の手先も、一掃出来る日は、近そうだな。)  クラーデスは「無道」の成功が、夢で無くなったと確信した。  復活した天使、堕天使でありながら、熾天使ラジェルドは、大きな力を得て帰っ て来たのである。  ルクトリアの選政が始まって、10日程が過ぎた。既に、ルース政権は、波に乗 り始めており、色々な議題を決めて、討論が行われた。外交策の原案や国家予算の 草案の細部、それに、司令大元帥を中心とする軍事予算や、軍事の原則的な取り決 め、更には国民の権利と義務、それに戒律など、細かい所まで審議し、決まった事 は、魔力によって、掲示板に映し出され、国民の是非を問う仕組みになっていた。  特に難航したのは、国民の権利と義務、そして、戒律の部分だった。国民の意見 が、特に左右される所とも言えるだろう。そして、否決した時は、ルース自らが壇 上に立ち、説得する。それで決まった事もあるが、決まらない事も、儘あった。決 まった事は、『原法(げんぽう)』と呼ばれ、ルクトリアの今後の決まり事に関わ るだけに、国民も、必死になって投票する。国民の3分の2以上の賛成を得られな ければ、決まらないだけに、決まった法案には、必ず従う事だろう。ルースも、決 して、国民に負担が掛かるだけの国家予算を提示している訳では無い。しかし、ギ リギリの線で、揉める事があるのだ。  トーリスからの説明で、『原法』を改正するには、国民の3分の2以上の賛成が 必要だと言う事で、これがルクトリアの決まり事の主案になる事は、間違いないだ ろう。更には、改正するには、選民された国事代表の3分の2以上の賛成も、必要 なので、注意して決める必要がある。  とは言う物の、現在は、ソクトアは大戦中の真っ只中なので、国民の関心は、政 治よりも、ジーク達の軍事能力の方に関心が集まっているようだ。 (無理も無い。この『道』を巡る戦いで、ソクトアの運命が決まるような物だ。生 き死にに関わる問題の方が、大事だろうな。)  ルースは、議会を開きながら、そう思う日々が続いた。しかし、こう言う世の中 だからこそ、決まりを作り、規則正しい生活を保障する事も、重要なのだ。  ルース以外の者達は、自己を高めるために、『人道』を絶えさせないために、決 死の覚悟で修行を続けている。トーリスなどは、ルースの相談役を務めながら、魔 力を高める修行をしているのだ。とても真似出来る物では無い。ルースは、剣士と しての自分を捨てて、国事総代表の任務を遂行する事を決めていたのだ。  激しい剣戟の音を聞く度に、体が疼くが、ルースは徹底して、国務を遂行してい ったのである。外では、ゲラムやドラムまでも、思い切り修行をしている。 (あのような子供が、戦わずとも済む世の中を、作らねばな。)  ルースは、つい感傷的になってしまう。 「ルース総代表。」  外で、兵士の声がした。 「どうかしたか?」  ルースは、議会の最中だったが、その声に応える。 「来客で御座います。デルルツィア皇帝が、訪問に来ています。」  兵士が伝える。すると、議会がドヨめく。 「了解した。来賓室に、お招きしておけ。」  ルースは、指示する。兵士は了解の合図をすると、すぐに行動に移る。 「ルース総代表。今の時期に、デルルツィア皇帝とは、如何な真意か?」  国事代表の一人が、腕組みをして考える。 「恐らく、私が国事総代表に就任した事で、挨拶に訪れたのでしょう。デルルツィ アは、昔こそ真意の読めぬ国だったが、今は違う。デルルツィア王は、私も面識が あるので、わざわざ皇帝を送ってくれたのでしょう。感謝すべき事です。」  ルースは、丁寧に説明する。国事代表は、その説明に納得する。デルルツィア王 ミクガードは、国事代表の中にも、面識のある者が居て、その手腕や聡明さは、皆 に伝わっている。それに王妃であるフラルは、ルースの妻の血縁にも当たる。 「今日の審議は、ここまでにしよう。原法も、9割方、固まってきた。皆の手腕に 感謝する。明日も、また出席してくれ。大変だが頼む。」  ルースは、国事代表には、必ず敬意を表して帰している。国事代表も、このルー スの姿を見て、付いて行こうと思うのだろう。国事代表は、久しぶりに早めに終わ ったので、少し喜びながら、帰途に着いた。 (さて、デルルツィア皇帝か・・・。挨拶以外にも、意図がありそうだな。)  ルースは、さっきこそヤンワリ説明したが、初めての外交者と言う事で、少し緊 張気味であった。とは言え、あまり警戒しても失礼に当たる。ルースは、来賓室の 扉を叩く。そして、ゆっくりと扉を開けた。 「おお!正しくルース殿。国事総代表になったと言うのは、本当だったんだな!」  その声にルースは、聞き覚えがあった。そして、その姿を見てビックリする。 「ゼルバ様!お久しぶりで御座います!ご無事でしたか!」  ルースは、嬉しそうだった。ヒルトが国を追われたと聞いて、心を痛めていたか らである。ゼルバが居ると言う事は、一安心である。 「うむ。こちらに居る、デルルツィア皇帝ゼイラー殿と、デルルツィア王ミクガー ドに、匿って貰ったのだ。感謝の言葉も無い。父上も、デルルツィアに居る。」  ヒルト達の行方は、ルクトリアには情報が入ってなかったため、ルースは、衝撃 を受けた。それと同時に、デルルツィアの行動に感謝する。 「お初にお目に掛かります。デルルツィア皇帝のゼイラー=ヒート=ツィーアと申 します。ルース総代表と、親交を深めたく存じます。」  ゼイラーは、ルースと握手する。 「私の方こそ、願っても無い事です。私の一存では決められませんが、必ずや国民 を説得して見せますよ。ヒルト様の事・・・感謝致します。」  ルースは、大歓迎だった。特にルースにとって、ヒルト一家を匿って貰ったのは、 大きい。デルルツィアに居ると言うのは、安心出来る材料だ。 「有難いお言葉です。しかし、感謝の言葉は、私ではなく、ミクガードに伝えまし ょう。彼が居なければ、ここまでスムーズには、いかなかった。」  ゼイラーは、ミクガードを立てる。しかし、これは実際にそうだった事だ。 「ところで・・・トーリス殿は、何処かな?」  ゼルバは、ルースに尋ねる。 「トーリスに、お会いになりたい?またどうして?」  ルースは、不思議に思う。突然トーリスの名前が出たので、ビックリする。 「これを見てくれませんか?」  ゼイラーは、ゼルバが書き上げた草案を、ルースに手渡す。ルースは受け取ると、 その中身を確認する。そして、頷きながらも手を叩く。 「トーリスの意見が聞きたいと言う事ですね。しかし、これも良く出来ている。さ すがは、ゼルバ様だ・・・。」  ルースは感心する。トーリス以外に、ここまで見事な草案が書けるとは、思わな かったからである。二番煎じとは言え、トーリスの草案を基にして、デルルツィア に合った形にするのは、至難の業だ。ゼルバの力量に感心していた。 「トーリス殿とフジーヤ殿が示してくれた、案があったからこそです。」  ゼルバは謙遜する。しかし、フジーヤの思い付きと、トーリスの手直しで出来た 草案が無ければ、思いも付かなかった事だろう。 「分かりました。トーリスは、恐らく魔力訓練室で、講義を兼ねて、魔力を鍛えて いる最中でしょう。今は、講義が終わる時間なので、行って見ましょう。」  ルースは、案内する事にした。途中外から、凄まじい程の剣戟が聞こえる。そし て、それに混じって、ゲラムの掛け声が聞こえた。ゼルバは、つい懐かしく思って しまう。魔力訓練室の前に来た。ルースがノックをする。 「どなたですか?」  トーリスの声がした。 「ルースだ。相談があって来た。」  ルースは、自分の相談では無いが、説明する。 「分かりました。どうぞ入って下さい。」  ルースは、その言葉を聞くと、扉を開ける。すると、そこでは、レルファやツィ リル、それにリーアなどが居た。どうやら、集中的に高める特訓をしてたらしい。 それに、サイジンが混じっていた。ジュダも混じっていたが、こっちは一人、別の 修行をこなしていると言う感じだった。 「これはゼルバ王子。それにデルルツィア皇帝の、ゼイラー様ですね。ようこそ、 いらっしゃいました。」  トーリスは、すぐに気が付いて挨拶する。ゼルバは、トーリスも知っているはず だが、何故ゼイラーに、気が付いたのだろう? 「トーリス殿。お初に、お目に掛かります。私の事は、どこかで聞きましたか?」  ゼイラーは、不思議に思って尋ねてみる。 「貴方の付けているサークレットは、デルルツィアの皇室の証。今の時期に外交で 訪れたとあれば、皇帝本人しか居ないはず。勝手ながら推測させて戴きました。」  トーリスは、何気なく説明するが、それを一瞬で気が付くとは、さすがトーリス である。どうやら尋ねる相手は、間違っていないようだ。 「ゼルバ様も、良くぞご無事で。」  トーリスも、心配していたようだ。それは皆も一緒だ。 「君なら察しているだろうが、デルルツィアに保護してもらったのだ。」  ゼルバは、説明する。 「いやぁ、それは、感謝すべき事ですなぁ。」  サイジンが頷く。 「心配が一つ減ったわ。伯父様も元気なんでしょ?」  レルファが、ゼルバに尋ねる。 「父上は、デルルツィアに居る。母上もだ。フラルとミクガードには、感謝の言葉 も無い。それと・・・これは、父上から預かった物だ。」  ゼルバは、レルファにペンダントを見せる。そのペンダントの中身を見て、レル ファは察する。ライルとアルドと、ヒルトの仲良さそうな絵があった。 「仲良かったんだねー・・・。」  ツィリルも、感慨深げにペンダントを見る。つい自分の兄アインの事を思い出す。 「父上も私も、叔父の葬儀に出られなかったのは、後悔しているのだ。せめて、こ れだけでも、入れてくれれば幸いと、父上からの言伝でな。」  ゼルバは、説明する。ルースは、つい目尻が熱くなる。 「父さんも喜ぶと思う。兄さんや母さんもね。」  レルファは、気丈に笑顔を見せた。 「うちのお母さんも、喜ぶと思うよ。ね?お父さん。」  ツィリルも、ちょっと悲しそうだったが、笑顔を見せる。 「ああ。アルドも喜ぶだろうな。・・・私からも感謝します。」  ルースは、ゼルバと握手する。ゼルバはペンダントを持って来て良かったと、心 底思った。血の繋がりは、思ったより濃いのだった。 「ところで、その書は何だい?」  ジュダは、ルースが手にしている書物を、指差す。 「これは・・・トーリス殿に、見て貰おうかと思いましてね。」  ルースは、ゼルバが書いたデルルツィアの草案を、トーリスに手渡した。 「ほう・・・。なる程・・・。」  トーリスは、これが、ここに来た真の目的なんだと知る。 「どうでしょうか?」  ゼルバが、トーリスに尋ねる。 「よくデルルツィアの体質に合わせてあると思います。しかし、貴族の大臣達の所 は、納得し兼ねますね。国民の代表と言うのであれば、平等に投票させるべきです。」  トーリスは指摘する。貴族の大臣が現行のままで、10人大臣を追加すると言う のが、気になったのだろう。 「我らの国は、貴族の力が強い故、こうなっています。何か回避策はありますかね?」  ゼイラーが、トーリスに意見を求める。その答え次第でトーリスの力量が分かる。 「なる程。ならば、現行のままでは無く、貴族は貴族で、投票をさせて代表を決め て執政官として採用させては、如何でしょう?その上で、大臣は、国民から全て選 出させる。そして、王と皇帝を補佐する立場と言う意味で、執政官と銘打てば、彼 らの名誉心も、納得出来る物になるでしょう。ただし、アドバイザー的な物にすれ ば、実質、権力の肥大化は防げましょう。」  トーリスは説明する。正に、求めるべき答えであった。貴族が、自らの名誉心を 満たしながらも、政治は国民の判断に、委ねると言うのは理想であった。 「さすがトーリス殿。その案、戴きましょう。」  ゼイラーは、トーリスの力量を認める。恐ろしき回転の速さだった。その事が、 一瞬で打ち出せるとは、さすがである。 「俺は、執政官より大臣の取り纏め役が、良いと思うぜ。」  ジュダは意見する。 「なる程。意見を提出する重要な役割を置く事で、政治にも参加していると言う認 識を持たせる訳ですね。」  トーリスは説明する。ジュダは、その通りとばかりに頷く。 「大臣の纏め役か。良いかも知れませんね。『大臣代表』とでも、しておきますか。」  ゼルバは、今聞いた案を、草案に付け加えていく。 「素晴らしいですな。私など、入る隙間も無い。御見それしました。」  ゼイラーは、ただただ感服する。何とも、回転の速い者達である。 「このような回答で良いのなら、書簡を送って下されば、何時でもお答えしますよ。」  トーリスは、協力を惜しまないつもりだ。 「私が、しばらくデルルツィアに居ます。困った時は、送りましょう。」  ゼルバは、有難く好意を戴く事にする。 「ところで・・・ゲラムは居ますか?」  ゼルバは、ゲラムの事が気になったので、尋ねる。 「ゲラム君なら、中庭で訓練中だよー。見てく?」  ツィリルは、中庭を指差す。 「是非。我が弟ですしね。色々と、積もる話もあります。」  ゼルバは軽く答えたが、そこには色々な意味を、込めていた。  そして、外に出て中庭の方へと、足を運ぶ。すると、訓練中の者達が、そこに居 た。ジーク、赤毘車、ミリィ、ルイ、ミカルド、エルザード、ドラムにゲラムだ。 グラウドやエルディスなども加わっていたようだが、すっかりお疲れモードだ。ア ルドやマレル、麗香、繊香などが、冷たい飲み物などを用意している。 「あら?貴方。今日はお終い?・・・ってゼルバ!?」  アルドが、ビックリする。ヒルト一家の事は、気に掛けていたのだ。 「ビックリさせて、しまいましたか?」  ゼルバは、頭を掻く。その騒ぎにジーク達も気が付いたみたいだ。 「ゼルバさん!!」 「兄上!」  ジークもゲラムも、ビックリしたようだ。いやその二人だけではない。皆もビッ クリする。プサグル陥落の報せ聞いた時は、ガックリした物だ。 「元気そうで何よりですね。・・・ゲラムも。」  ゼルバは、ゲラムに近寄る。ゲラムは、どうリアクションして良いか分からない 様子だった。だが、すぐに笑みを浮かべると、ガッチリと握手を交わす。 「無事で良かった!心配したんだよ!」 「心配掛けましたね。大丈夫。父上も母上も、ここに居るデルルツィアの皇帝、ゼ イラー殿のおかげで、助かりましたよ。」  ゼルバは、さりげなくゼイラーを紹介する。 「ゼルバ殿。それは言い過ぎですよ。私などより、ミクガードを立てて下さいよ。」  ゼイラーは、気恥ずかしそうにしている。 「姉様の嫁いだ国に居たんだ。なら安心だね!」  ゲラムは、この報せが、一番嬉しかった。隣に居るルイも嬉しそうにしていた。 「実は・・・。」  ゼルバは、それからデルルツィアの実情と『選政』を取り入れる姿勢がある事。 そして、ミクガードと交わした義兄弟の契りの事を話す。 「・・・へぇ。ミクガードさんの事は、義兄さんって呼ばなきゃなぁ。」  ゲラムは、暢気な事を言っていた。 「まぁ、その事は良いんですよ。私が、好きでやった事です。それよりゲラム。今 日は、その事を言いに、ここに来たのではありません。」  ゼルバは、厳しい目付きになる。 「貴方は、今『人道』の重要な戦力の内の一つ。そう聞いています。ですが、その 覚悟が、本物か確かめに来たのです。」  ゼルバは、そう言うと、ゲラムに剣を向ける。ゲラムは少し呆気に取られる。 「覚悟が本物で無ければ、戦列から離れなさい。父上も、そう思っているはずです。」  ゼルバは、厳しい言葉を続ける。自分の弟が、この危険な戦いに付いて行けるか、 不安なのだろう。だからこそ、敢えて厳しい事を言っているのだ。 「ゼ、ゼルバさん。お言葉ですが・・・。」  ルイが、何か言いかけようとしたが、ゲラムがそれを制止する。 「ルイさん。兄上は、僕に覚悟があるのか聞いてるんだよ。僕が答えるよ。」  ゲラムは、ゼルバを真っ直ぐ見つめる。 「確かに僕が、プサグルを離れた時は、只の子供だったかも知れない。でもね。僕 は、数々の戦いを見てきた。その上で、僕も戦力になれると思ってるからこそ、こ こに居る。僕は、この戦いを見届けるまで、絶対に退かない!!」  ゲラムは、凛とした眼でゼルバに答える。 「その答えは、確かに立派です。だが、それを証明しなければならない。」  ゼルバは、剣を構える。 「それが兄上の望みなら・・・やるよ!!」  ゲラムは、一番慣れている短剣を、手にする。 「フフフ。短剣ですか。私が見ない間に、そんな武器に変わっているとはね。」  ゼルバは成長を嬉しく思う。しかし、油断はしていない。 「ゲラム。貴方の想いを、一撃で込めなさい。私は、それで判断する。」  ゼルバは、剣を受けの体制にする。完全に受けの構えだ。 「よーーーーし・・・。」  ゲラムは、いつに無く真剣に短剣を握る。その短剣に闘気や魔力を込める。 「でやあああああ!!」  ゲラムは、気合を声にして、ゼルバに突っ込む。そして魂の一撃を、ゼルバの剣 に向けて、放った。 「!!!」  ゼルバは、声にならない叫びを上げる。そして、剣を見てビックリする。ゲラム は、何と、短剣で自分の剣を斬ってしまったのだ。凄まじい芸当だ。しかも、その 剣も、魔力のせいか、溶け始めている。 「ふう・・・ふう・・・。」  ゲラムは、さすがに息絶え絶えになっている。そして、ゼルバの方を向き直す。 すると、ゼルバは何と泣いていた。 「兄上・・・?」  ゲラムは、不思議がる。 「嬉しいんですよ。あのゲラムが、ここまで成長している。私の想像を絶する程に ね。これで、私は父上に報告出来ます・・・。」  ゼルバは、涙を拭くと、ゲラムの頭を撫でてやる。 「兄上・・・。兄上ーーー!!」  ゲラムも、感極まったのか泣き出してしまった。 「ゲラム。死ぬ事は、許しませんからね。」 「うん!絶対に・・・生きて帰るよ!!」  ゲラムは、涙を拭いて笑顔を見せる。ゼルバは、これで安心して、ゲラムを送り 出せると思った。あの子供だったゲラムの成長に、ゼルバは、ゲラムの努力を見た。  「人道」を代表する戦士ゲラムの別の顔が、そこにはあったのである。