NOVEL 4-5(Second)

ソクトア第2章4巻の5(後半)


 ソクトア大陸の中央南に位置する、ジークの家。そして、ジークの母マレルが、
修行を積んだと言われる修道院がある。静かな所だが、時々、野戦病院みたいにな
る。そして、近々そうなるだろう事は、予想出来た。「人道」を信じる軍が、休み
を取っているのだ。当然だろう。
 その夜中、一人起き上がった者が居た。そして、こっそり抜ける。何かに気が付
いた様子で、周りを警戒していた。
「どこに行くつもりだ?」
 後ろから声がした。その声は、赤毘車だった。
「赤毘車か。脅かすなよ。」
「脅かすも何も、急に抜け出すからビックリしただけだ。何かあったのか?ジュダ。」
 抜け出したのは、どうやらジュダのようだ。
「いや、久しぶりの気配がしたから、用事が出来たのかと思ってな。」
 ジュダは後ろを指差す。すると、本当に久しぶりの人物が、顔を出した。
「良く気が付いたな。」
 ソイツは、ジュダを誉める。
「親父を忘れる程、耄碌しちゃいねぇよ」
 ジュダは、軽口を叩く。すると、パムが姿を現した。
「ちょっと、気になる事があってね。」
 ポニも居たらしく、姿を現した。
「あまり芳しくない情報だろうなぁ・・・。」
 ジュダは、嫌な顔をする。パムとポニが、ただ会いに来たと言うのでは無く、情
報を持ってくる時は、役立つのだが、悪い報せの事が、多かった。
「まぁそう言うな。それに、お前だけじゃねぇ。天界全部に関わる事でもある。」
 パムは、真面目な顔をして答える。どうやら、ふざけた話では無いらしい。
「・・・聞かせてくれ。」
 ジュダも、真面目な顔になった。
「ミシェーダの事だ。・・・アイツは、200年に一度だけ使える能力があると言
う噂だ。その能力は・・・時を操る能力らしい。」
 パムは、自分で言ってて、信じられなかった。しかし、それが本当なら、その間
は無敵と言う事にもなりえる。
「運命神の名の通りって所か・・・。」
 赤毘車も、警戒を緩めない。
「・・・思い当たる節があるな。今回、ミシェーダとグロバスが激突した時、突如
2人の気配が消えて、ミシェーダだけが戻ってきた・・・。偶然か?」
 ジュダは、今の話を聞いて、ミシェーダの動きを思い出した。
「偶然じゃないかもな。グロバスは、とてつもない瘴気を放っていた。天界にも届
く程だったからな。」
 パムとポニは、ミシェーダとグロバスの激突を感じていたのだ。ソクトア全土だ
けでは無かったのだ。それ程の衝撃だった。中央大陸の西と東が、それぞれ違う形
に、抉れているのが良い証拠だ。激突は、そこまで凄まじかったのだ。
「と言う事は、奴は、その能力をもう使ってしまったと言う事か?」
 赤毘車は、頭の中で整理していった。
「そうかもね。でも、油断出来ないわよ。」
 ポニは、飽くまで心配していた。
「そう言う事だ。油断していると、アイツは何しでかすか分からん。」
 パムも、警戒を呼び掛けていた。
「俺は、この200年アイツを見てきた。リーダーとして、そつなく仕事は、こな
していたが、ゼーダのように、身を張って何かをしようとは、しなかった。そのせ
いかも知れん。200年前と比べて、危機感が無い神が多いんだよ。」
 パムは、何もしなくなって来た神が、多くなって来た感を、否めなかった。
「だからかもな。このソクトアを、第2の天界に仕立て上げようとしているのは。」
 パムは、ミシェーダが、天界を見放し始めているのを感じていた。
「勝手な奴だ。失敗を、受け止めようとしねぇとはな。」
 ジュダは、つくづく呆れ果てた神だと思った。
「しかし、親父達が来てまで教えてくれるなんて、珍しいな。」
 ジュダは意外に思っていた。任せると言っていたので、てっきり来ない物だと思
っていた。
「今回は特別さ。奴は、大罪の疑いがあるからな。」
 パムは、ジュダ達が心配と言うだけで、来たのでは無い。
「ミシェーダの、この噂が真実なら、ゼーダを、追放したかも知れないと言う、嫌
疑が掛けられている。」
 パムは、驚くべき事を、口にする。
「でも、神のリーダーなのに、それは無いでしょう?って事で、天界は、楽観視し
てるのよね。でも、私達は、真実に近いと考えているわ。」
 ポニが、説明してやる。
「あり得るな・・・。ミシェーダは、自尊心の強い神だ。ゼーダに対しては、かな
りコンプレックスを、持っているようでもあったし。」
 赤毘車も考える。ミシェーダの事は、正直信用出来ない。
「それも確かめろって、事だろ?」
 ジュダは、パム達を見る。ただ説明するだけで、ここに来る訳が無い。
「そう言う事だ。さすが、察しが良いな。」
 パムは、悪戯っぽく笑う。その仕事を言い渡すのが、今回の目的だった。
「そんなこったろうと思ったぜ。相変わらず、人使いが荒い事だな。」
 ジュダは頭を掻く。だが、こういう仕草をする時は、大概は、引き受ける時の合
図だ。何より、自分の目で真実を確かめたいのもあった。
「俺達は、まだ『あそこ』の仕事が終わってないから、見届けられねぇのさ。」
 パムは、そう言うと、天界への扉を作ろうとする。
「なる程な。拗れそうなのか?」
 ジュダは心配する。パムは、ジュダの肩を叩いた。
「ここ程じゃねぇよ。ただ、もう少し掛かりそうだから勘弁しろよ。」
 パムは、天界へ帰る扉を作る。
「遠くからでも、応援してるから、頑張りなさいよー。」
 ポニも、その扉の中に入っていく。そして、二人は扉の中へと消えていった。天
界に帰ったのだろう。
「全く・・・。息子に、仕事押し付けて帰るんだから、性質が悪いぜ。」
 ジュダは、そう言いながらも、満更でも無かった。
「フッ。しかし、問題はミシェーダだな。奴の横暴振りは、この頃、目に余る。も
し、前リーダーを追放したのが、奴だとしたら、許せぬな。」
 赤毘車は、さっきの話を思い出す。ミシェーダなら、ありえると思った。天界で、
皆が見ている時は、そつなく仕事をこなしながらも、何とか体面を取っていたが、
このソクトアに、着手してからのミシェーダは、まるで独裁者のようであった。
「ま、なるように、なるだろうさ。俺が見極めてやるよ。」
 ジュダは、どっちにしろ、ミシェーダとは、決着をつける時が来るだろうと、睨
んでいた。今度の決戦では、ミシェーダと闘うのは、自分しか居ない。
「お前の事は信頼しているが・・・無理して、命を落とすのは、許さぬからな。」
 赤毘車は、心配していた。既に赤毘車のお腹の中には、ジュダとの子が居るのだ。
「心配するな。俺は子供の顔を見てないのに、やられるような柔な実力じゃないぜ。」
 ジュダは、赤毘車を安心させてやる。この頃、赤毘車は、ツワリなどの、傾向も
見られている。何より、お腹が僅かだが、膨れて来ている。
「赤毘車。お前こそ、無理するなよ。俺達の子供のためにもな。」
 ジュダは、赤毘車の方を心配した。赤毘車も、つい無理をするタイプである。そ
れが元で、お腹の子が、やられてしまうかも知れない。
「フッ。ジュダは知らんのか?母は、強いのだぞ?」
 赤毘車は薄く笑う。もう、母だと言う自覚は、芽生えて来ている。お腹の子のた
めに、死力を振り絞るつもりでいた。そして、絶対にジュダと今後も生き続ける。
そんな強い決意が、赤毘車を包んでいた。
「ま、心配するな。俺達は、俺達だけじゃない。良く出来た仲間が居る。負けない
し、負けられないさ。奴らが、許しちゃくれんよ。」
 ジュダは、ジーク達のことを言う。ジーク達は、自分達を特別扱いしていない。
それが、逆にジュダ達にとって、嬉しい事であった。それに対して、最大限、力を
尽くしたいと思っている。ジーク達の未来のためにも、竜神として、剣神として、
ソクトアを「人道」と言う共存社会に、してやろうと思った。
 全ては、未来のために若い神は、決意を固めるのであった。


 その夜、「人道」の中で、森を寝床とする者が居た。それは、妖精達の軍と、リ
ーアとミカルドの、妖精の森出身の者達であった。彼らは、森の中の方が、落ち着
くのだ。リーアは、ミカルドと一緒に、エルザードの所に向かっていた。エルザー
ドは、妖精の森の長であり、今度の戦いでも、重要な役割を担っている。
 ミカルドは、その戦いの前に、言って置きたい事があった。エルザードに、直接
言わねば、後悔する事になるかも知れない。
 それにしても、結局リーアは、最後まで付いて来てしまった。最初は、安全のた
めにも、残して行こうと思っていたが、リーアは、絶対に離れようとしなかった。
ミカルドが、一人で闘っていたら、無茶をすると、分かっていたからだ。
 それにしても、もう「覇道」も、魔族も勢力が落ちてきている。グロバスの失踪
で、魔族は、追われる身となってしまった。ミカルドとしては、少し複雑な気分だ
った。魔族として、「覇道」に加わる気は無い。ミカルドは、敢えて「人道」を選
んだのだ。とは言え、魔族が衰退していく様を見るのは、酷であった。リーアは、
ミカルドが毎日、死んだ兄弟や知人のために、溜め息を吐いているのを知っている。
 ミカルドは、優しすぎるのだ。闘いが好きでしょうがないのに、優しい。そのせ
いで、いつもスレスレの闘いを強いられる。それでも、ミカルドは明るく振舞う。
卑怯な手を使って、ジーク達を殺そうとしてたとは言え、兄弟であるガグルドを殺
した事に付いて、まだ後悔している。そして、森を守るためとは言え、手に掛けて
しまったアルスォーンの事も、後悔しているのだ。
(背負い過ぎなのよね。ミカルドは・・・。)
 リーアは、それを少しでも、和らげたいと思う。ミカルドは、本当に苦しそうに
している。自分の中に流れている魔族の血、そして、自分がして来た行動について、
まだ納得出来ないで居るのだ。今でこそ、目的意識をもって「人道」に付いて行っ
てるが、昔のミカルドは、正に闘う修羅であった。
「長に、何を言うつもりなの?」
 リーアは、尋ねてみた。
「色々と世話になったからな。そのお礼も兼ねて、忠告しようと思ってな。」
 ミカルドは、優しく答える。実際ミカルドは、エルザードと共に、妖精の森を守
れた事を、誇りに思っている。
 やがて、エルザードの陣が見えてきた。妖精の精鋭部隊を中心とした、「人道」
の中でも、特殊な部隊だ。今は寝静まっている。森の中の陣なので、敵にも発見さ
れ難い。それでも、誰かが見張りに立っていた。
「・・・そこの者。ここに何か用か?」
 見張りが、警戒を強める。
「見張り、ご苦労様だな。俺だ。」
 ミカルドは、見張りに顔を見せる。すると、見張りは顔を崩す。
「ミカルド様でしたか。夜分遅くに、何用です?」
 見張りは、ミカルドの事を尊敬している。ミカルドは、妖精達にとって、恩人に
等しいのだ。そして、それはエルザードの心の表れとも言えた。
「エルザードと、話したい事があってな。」
 ミカルドは、正直に話す。
「分かりました。お通り下さい。エルザード様は、陣中央で休憩中です。何やら、
考え事があるご様子でしたが・・・。」
 見張りは、丁寧に話してくれる。
「そうか。エルザードも、何か思う所が、あっての事だろう。見張り頑張れよ。」
 ミカルドは、見張りを励ましてやる。
「はい!ありがとう御座います。」
 見張りは、ミカルドに声を掛けられて、嬉しかったようだ。
「長は、まだ起きているのかしら?」
 リーアは、寝ている所に邪魔するのは、拙いと思ったのだろう。
「起きているさ。陣中央辺りで、研ぎ澄ませたような闘気を感じるからな。」
 ミカルドは、エルザードが次の戦いのために、備えているのを感じる。
 陣中央に着いた。案の定エルザードは、胡座を掻きつつ、目を閉じては居たが、
闘気を集中させて、精神を落ち着かせていた。
「・・・ミカルドか?」
 エルザードは、気が付いたようだ。
「ああ。修道院で、ジュダ達と色々話してきた。あそこじゃ落ち着かないから、こ
っちに来たぜ。」
 ミカルドは、そう言いつつも、ジュダ達と話し合って来た戦術を書いた紙を、エ
ルザードに渡す。エルザードは、それに目を通す。
「なる程な。私にとっても、この戦術が好都合だ。」
 エルザード率いる妖精部隊は、主に新たな敵が来ないか、警戒する役目だった。
妖精族は、揃って聴覚と嗅覚が優れている。この役目は、打って付けだ。しかも、
場合によっては、迎撃しても良いと言う、自由付きだ。
「俺の思った通りの、反応をするなぁ。」
 ミカルドは、エルザードが目を通して、納得の表情をする事を読んでいたようだ。
「お前には、理由も、分かっているのだろう?」
 エルザードは、ミカルドに言い返す。
「・・・ミライタルだろ?」
 ミカルドは、エルザードの弟の名前を出す。ミライタルを倒すために、都合の良
い作戦だった事で、エルザードは納得したのだ。
「アイツの気配がする。闘いが近い事も、分かっている。」
 エルザードは、ミライタルが失踪したと言うが、間違いなく自分を狙ってくるで
あろう事が、分かっていた。血を分けた肉親だからこそ分かる事だ。
「そうか。やっぱり闘うのか。」
 ミカルドは、溜め息を吐く。
「どうした?止めようと言うのか?お前らしくも無い。」
 エルザードは、ミカルドは、闘いが好きな男だと言う事を、分かっている。
「俺も、余り無粋な事は、言いたくない。だが、お前が闘う相手は肉親だからな。
余り賛成は出来ん。兄弟を殺した、俺が言うのも変だがな。」
 ミカルドは、それが言いたかったのだろう。そして、兄弟間の殺し合いを、避け
て欲しいと思っていたのだ。
「お前は、相変わらずだな。この戦いを前にして、私の事を心配するなんてな。」
 エルザードは、ミカルドの甘さが、逆に心配だった。
「その言葉は受け取る。だが、残念だが、避ける事は出来ぬ。奴は、私の大切な同
胞を、たくさん殺した。兄弟だからこそ、この事実を許す事は出来ぬ。」
 エルザードは、固く誓っていた。必ず仇を取ると・・・。
「ミカルド・・・変な事を聞くが・・・兄弟を手に掛けた時、どんな気分だった?
・・・私も、いざ、その時が来ると、どうなるか分からん。」
 エルザードは、迷っていた。やはり兄弟である。なるべく、闘いたくないのだ。
「そうだな・・・。やっぱ混乱してたよ。でも・・・それ以上に、卑劣な手段を使
ったガグルドを、俺は許せなかった。魔族としての、誇りすら無い兄弟を、俺は許
せなかった。だがそうだな。アルスォーンの時は違ったな。アル兄貴は、非道では
あったが、誇りを捨てなかった。倒した時に俺の中に残ったのは、悲しみだったな。」
 ミカルドは、アルスォーンとガグルドの時で、微妙に気持ちにズレがあった。
「多分、私もミライタルを倒したら、そう思うだろうな・・・。だが、後悔しない。」
 エルザードは、ミライタルだけは、自分が倒さなくてはならないと思っていた。
「覚悟が出来ているか。なら、もう野暮なことは言わん。後悔するような闘いだけ
は、するんじゃないぞ。」
 ミカルドは、自分が味わった後悔感を、エルザードには味わって欲しくなかった。
「お前は相変わらずだな。人の心配してる場合じゃ無いだろう?」
 エルザードは、ミカルドの優しさを逆に心配する。何せミカルドの相手は、究極
の力を手に入れた、クラーデスなのだ。心配しない訳が無い。
「親父との闘いは、後悔しないさ。親父は放って置いちゃ行けねぇんだ。ソクトア
を、全て壊して、新しい世界を作ると言うのは、もはや狂気だ。」
 ミカルドは、クラーデスが何で、あそこまで力に固執してたのか分かった。
「親父は、自分に従う者だけを残して、ソクトアを消し去ろうとしている。そんな
事、俺は絶対に認めねぇ!」
 ミカルドは、熱く語る。ミカルドは、ソクトアが気に入っていた。それだけに、
ソクトアを、私利私欲のために消し去ろうとするクラーデスを許せないのだ。
「お前にも、信念があるのだろう。だが、無理だけは、するなよ。」
 エルザードは、ミカルドが無理をしてしまう性格だと言う事を、知っている。
「長の言う通りよ。私、この頃、気が気じゃないんだから・・・。」
 リーアも口添えをする。ミカルドは、つい頬が緩んでしまう。
「心配掛けっ放しで、悪いな。」
 ミカルドは、リーアの心配そうな表情に弱い。
「俺の体が、人間に近くなって来ていると言うのも、何かの兆候だろう。俺は、こ
の戦いが終わったら、どうなるのか分からん。」
 ミカルドは、自分の体の異変に気が付いていた。ジークと闘った後、急速に、体
の造りが変わって来ている事にも、気が付いていた。
「『先祖託生』か。私も、始めてみる現象だ。だが、お前なら、その資質がある。」
 エルザードは、ミカルド程、魔族の中で、人間に近い奴は居ないと思っている。
「ジュダの話だと、寿命は変わらねぇって話だから、少し安心だけどな。変な話だ。」
 ミカルドは、これから人間として生きていくのか、魔族として生きていくのか、
悩む時期が来る事だろう。今は、どちらでも無いような状態なのだ。いや、今だけ
では無い。今後も、この状態は続くだろう。その時はリーアが支えてやろうと思う。
「まぁ、俺にとっちゃ、今が全てだ。親父を止める力が欲しい・・・。」
 ミカルドは、人間に生まれ変わって、クラーデスを超えられるのなら、それでも
良いと思っている。魔族のままで超えられるなら、それはそれで良いと思っていた。
(親父は、止めなきゃならねぇ。)
 ミカルドは、強くそう思っていた。妖精の森を滅ぼさせる事だけは、絶対に防ぐ
気持ちだった。
「私は、そろそろ明日のために、休息を取る。お前達も無理するなよ。」
 エルザードは、気遣ってやると、自分の休息地に向かう。
「俺達も、休むか。」
 ミカルドは、リーアに優しげな眼差しを向ける。
「そうね。私達も休みましょ。」
 リーアは、ニッコリ笑う。その笑顔は、真にミカルドを労う笑顔だった。
「・・・リーア。お前に、言いたい事がある。」
 ミカルドは、リーアに真剣な眼差しを向ける。
「何?」
 リーアはミカルドの方を向く。するとミカルドは、リーアの唇を自分の唇で塞ぐ。
「・・・!・・・。」
 リーアは、最初は戸惑ったが、やがて、嬉しそうにミカルドを見つめる。
「・・・ありがとよ。・・・この言葉は、お前にしか、返せない。俺のために尽く
してくれた。そして、俺を第一に考えてくれた・・・。俺は、いつ倒れるか分から
ない。だけど、お前の事が好きだと言う気持ちは、もう誰にも負けない。」
 ミカルドは、リーアの事を愛していた。リーアは、その言葉に涙する。
「馬鹿ね!だったら、絶対生きて帰りなさいよ!!そうじゃなきゃ許さないわよ!」
 リーアは、ミカルドの胸の中に飛び込む。この温もりを感じる間は、絶対に、こ
の人のために尽くすと、決めていた。
「お前が、悲しむしな。這い蹲ってでも、生き残ってやるさ。安心しな。」
 ミカルドだって、死にたくは無い。リーアが、自分の気持ちに応えてくれたなら、
尚更だ。クラーデスとの戦いは、ミカルドにとって、一生を懸けた戦いに、なるで
あろう事は、間違いなかった。


 一方「法道」は、今夜は、宴があった。「人道」に邪魔されたが、「覇道」に大
勝利を収めた「法道」は、勢いでは他の追随を許さないだろう。否が応でも、盛り
上がっていた。宿敵だったグロバスが消えた事は大きい。そして、それを倒したの
が、ミシェーダなのだから、喜びは倍増となって返ってきた。
 だが、一方で、腑に落ちないと思っている者も居た。勝利は、素直に嬉しい。し
かし、グロバス程の実力者を葬った力とは、一体何なのだろうか?その辺が、気に
なる者達が居たのである。実力者であれば、ある程、その疑問は絶えない。
 ネイガも、その一人であった。ネイガは、グロバスの実力は、凄まじい物だと見
ていた。実際、ぶつかり合いが自分にまで伝わる程なので、その凄さが分かると言
う物だ。だが、突然、2人は姿を消したかと思ったら、ミシェーダだけが帰ってき
た。ミシェーダは倒して生還したと言うが、あれだけ決着がつかなかった物が、い
きなり、あの短時間で、決着がつく物なのだろうか?どうにも腑に落ちないのだ。
 ミシェーダに、隠された力があるという噂は、ネイガにも届いている。その力が
何なのか、ネイガは尋ねてみたい。しかし、その行為は、ミシェーダを疑っている
事に、他ならない。それでもネイガは、尋ねてみたいと思った。
 ミシェーダは、休息を取っている。天界で休んでいるはずだ。ネイガは、宴を抜
け出して、天界へと向かった。
 天界は、ソクトアと違って、穏やかな雰囲気であった。休息を取っている神も居
れば、今は、務めに出ている神も居る。
(ソクトアの、情勢如何で、この天界も変わるのだろうか?)
 ネイガは、この静けさが、逆に不安でもあった。
 天界は、またの名を神界とも言う。神が住むので神界とは、良く言った物だ。し
かし、今は天人が住むようになったので、天界という名前に変わってきている。
「珍しいお客さんだな。」
 突然、神のリーダーの住まいの近くから、声がした。ネイガは身構える。
「そう身構えるなって。」
 そこには、ジュダに雰囲気がそっくりの男が居た。いや、この男にジュダが似て
いるのだ。その隣には、心優しい笑顔をした女性が居る。
「パム様にポニ様か。ここにいらっしゃるとは・・・。」
 ネイガは、それでも警戒を解かなかった、何せ、ジュダは「人道」を支援してい
るのだ。この2神が、「人道」を支持している可能性は高い。
「お前さんこそ、ミシェーダに用があるんじゃねぇのか?」
 パムは、ネイガの、徒ならぬ気配を、見逃さなかった。
「お聞きしたい事が、あるのです。ここを通して下さい。」
 ネイガは、このままでは、気になってしょうがないので、疑われても良いので、
聞いてみようと思ったのだ。
「ミシェーダは、まだ死んだように、グッスリ眠っている。止めとけよ。」
 パムは、嘘を言ってなかった。ミシェーダは、まだ倒れるように寝ている。
「そうですか・・・。なら、仕方ありませんね。」
 ネイガは、無理強いする程の事では無いと思った。
「・・・ミシェーダの力の事か?」
 パムは、ネイガの様子から察した。
「さすがはパム様。その通りです。」
 ネイガは、パムの鋭い指摘に驚く。
「ミシェーダは、答えちゃくれないと思うぜ。」
 パムは、先に言ってやる。パムの思っている通り、時の力をグロバスに使ったの
だとしたら、ミシェーダは口を閉ざす事だろう。そんな事が漏れたら、大変だ。
「私は、「法道」が神として、正しい導き方だと思ってやって来ました。しかし、
ミシェーダ様は、何も答えてくださらぬ。これでは、やっていけません。」
 ネイガは、不満を漏らす。
「お前の言う事も、分からないでも無い。俺も最初は、ジュダ達が、何を考えて翻
意を抱いたのか、分からなかった。だがミシェーダの、今までの行動を見ると、疑
問が沸くのは、仕方が無い事だと思う。」
 パムは、ジュダ達に加勢している訳でも無いが、「法道」を、支持している訳で
も無さそうだ。
「そうでしたか・・・。しかし、聞けぬのであれば、引き続き使命を果たします。」
 ネイガは、その姿勢を崩さなかった。
「ネイガ。貴方は、真面目で偉いわ。でも、たまには、違った方向で物事を見つめ
るのも大事よ?ミシェーダに疑問を持ったのも、何かの切っ掛けだと思うわ。」
 ポニは、優しく問い掛ける。ネイガは、その言葉に感謝する。ネイガは今、迷っ
ているのだ。自分のして来た事が、正しいと思えば、思う程、沸いてくる疑問を拭
えないでいるのだ。
「ネイガ。奴の力は「運命神」のキーワードに絡んでいる。分かるか?」
 パムは、ヒントを出してやった。ネイガを試そうと言うのだろう。
「運命神・・・となると、運命を決める力?ですか。」
 ネイガは考える。どうやら、パム達は、何かを握っているらしい。
「・・・まさか・・・運命を変える力?・・・と言うことは転生!?」
 ネイガは、言ってて、空恐ろしくなる。ネイガが思っている事が真実ならば、誰
にもミシェーダには勝てはしない。正に、絶対的な力だ。
「さすがネイガだな。ほぼ当たりだ。ミシェーダには、運命神特有の力が、隠され
ている。全ての生物を、転生させる力を備えているのだ。その力を駆使するための
「時」の力こそが、ミシェーダの力だ。」
 パムは言い切る。言ってて、信じられない程の力だ。時を操れれば、正に無敵。
どんな生物であれ、逆らう事は出来ない。対抗するには、時の力を操るしかないが、
具体的な方法は、ミシェーダ以外に知る由も無いのだ。
「俺が言い切るのは、ついさっき、裏が取れたからだ。神の中でも、生き字引の風
神アリオス爺さんに、さっき聞いてみたんだよ。」
 アリオスは、神の中でも一番の長生きで、今年で13526歳だと言う話だ。ソ
クトアに人間が作られる前から生きている貴重な神だ。姿は、神々しい光を放つ、
鳥の姿をしていた。
「アリオス様と、話をされたのですか!?」
 ネイガは驚く。アリオスは、さすがに良い年なので、口を聞くにも、労力が要る
と言われる程の、弱り方をしているのだ。
「話をしたんじゃない。だが、頭脳と、直接話す事は出来た。」
 パムは、一種のテレパシーのような物で、負担を与える事無く、話をしたのだ。
アリオスの体の事も考えての事だった。
「アリオス爺さんは、年をとっても、さすがに色々知ってたぜ。運命神の力の秘密
も、勿論知っていた。それで、裏が取れたって訳さ。」
 パムは、アリオスとの対話で、ミシェーダの祖先の事も聞いていた。運命神とは、
時の力を使って、時代の流れを整える事が、本来の役目なのだ。失ってしまった時
間を、調整する役目が、本来の役目だった。
「ミシェーダは、この力を善行に使っているとは思えんな。」
 パムも、どうにも気に入らないのだった。
「グロバスを倒すため、致し方無かったのでは?」
 ネイガは、良い方向に考えようとする。
「そうだとしても、良いやり方とは、言い難いな。」
 パムは、切って捨てる。何せ、ミシェーダの力は絶対なる時の力なのだ。
「アリオス爺さんが言うには、この力は、時の力が必要なので、200年に一度し
か使えないそうだ。だから、滅多に使わない禁忌の力だったらしい。」
 パムは説明してやる。
「だが、アリオス爺さんが言うには、ミシェーダは、ここ400年で、3回使って
いるらしい。おかしいと思わないか?」
 パムは、疑問を投げ掛ける。
「400年で3回!?」
 ネイガは、ビックリする。ミシェーダは、容赦無く使っていると言う事になる。
この前使ったのを合わせると、ほとんど、隙間無く使っているみたいだ。
「時の力が発動すると、ほんの僅かだが、違和感がするらしい。言われてみれば、
確かに、この前も、そんな感じがした。」
 パムは、何となく大気が動く感じがした。恐らく、それがアリオスの言う、違和
感なのだろう。しかしパムは、その違和感を200年前も感じていた。その時は、
妙な雰囲気だとしか思わなかった。
「私も、その違和感は感じたわ。そして200年前の、あの日にもね。」
 ポニは含みを持たせる。その日は、パムやポニにとって忘れられない日であった。
「あの日・・・ですか?」
 ネイガは、まだ神に就任したばかりなので、想像が付かない。
「そうだ。俺達が、ジュダをソクトアに落としてしまった日だ!そして同じ日、当
時、神のリーダーだったゼーダが、行方不明になった日・・・。その日の話だ。」
 パムは、忘れられない日の事を話す。ジュダが、まだ赤ん坊だった時の事だ。ジ
ュダが、突然次元の狭間に落ちてしまったのだ。何で、落ちてしまったのかが、全
く分からなかったが、今考えれば想像が付く。ミシェーダの、時の力の猛烈な波動
が、ジュダにも働いたのだろう。ある種の違和感が、赤ん坊だったジュダには、非
常に強く感じたのかも知れない。
「ミシェーダが、ゼーダを転生させたと考えても、おかしくないと思うわ。」
 ポニも、ミシェーダの言動などを踏まえて、信用するに足りないと見ている。
「それが本当なら・・・私は、間違っていたのか・・・?」
 ネイガは呆然とする。ミシェーダは導き手だと信じていた。しかし、それを根底
から覆すような、話だった。
「信じ過ぎるのは、お前の悪い癖だぞ。ネイガ。大事なのは情報じゃない。」
 パムは、優しく諭す。
「私達の話は、まだ想像の範囲を出ていないのよ。でも、ネイガ。貴方に、この話
をして、貴方がどう思うのか、知りたかったのよ。」
 ポニも、ネイガが真面目過ぎるのを、心配していた。
「ミシェーダに直接尋ねても、はぐらかされるのが、オチだ。お前は、この情報を
元に、真実を確かめるんだ。・・・良いな?」
 パムは、期待を込めて話す。と言うのも、ネイガは、まだ若い。経験を積ませな
ければならない。そのためには、こう言う泥臭い事も必要なのだ。
「分かりました。もう、余計な事は言いません。ですが、この目で、真実を掴み取
る努力をする事にします。・・・感謝します。パム様。ポニ様。」
 ネイガは、心の痞えが、取れたような気がした。
「良いか?神となったからには、力だけじゃ駄目だ。心も鍛えるんだ。俺が言える
のは、ここまでだ。どうにも、出来てない神が多いからな。」
 パムは、どうしても苦言が多くなってしまう。ミシェーダが、リーダーに就任し
て、200年で、どうにも気合が抜けてる者が多い。
「さて、そろそろ行きましょう。」
 ポニがパムを促す。
「グズグズしてられないしな。」
 パムも、それに同調するように、出掛ける仕草をする。
「どちらへ行かれるのですか?」
 ネイガは、パムとポニが、ソクトアに向かうのでは無さそうな事に気が付く。
「俺達の、生まれ故郷の星さ。色々あってな。」
 パムは正直に答える。パムとポニの生まれ故郷の星が、大変な苦難に陥っている
のだった。パムとポニにとっても、人事ではない。
「そうでしたか・・・。そんな中、私やジュダ様のために、お時間を頂けるとは、
ありがたい事です。」
 ネイガは、心より礼を言う。
「・・・ジュダや赤毘車に従えとは言わない。ミシェーダを信じるのも、お前の自
由だ。だが、真実を突き止めるのは、忘れるなよ。」
 パムは、ジュダ達とネイガを激突させたくなかった。しかし、信じる道が違うの
ならば、仕方が無い事だと思っている。パムは、心配ながらも、故郷の星へ転移し
ていった。
「貴方なら、真実を見抜けると私は信じてるわ。頑張りなさいな。」
 ポニは、優しく声を掛けて、故郷の星へと転移していった。
(真実か・・・。私のして来た事が間違いだったならば、正さなくては、ならない。)
 ネイガは真実を、何としてでも、突き止める覚悟を、固めたのだった。
 「法道」が勝利に酔いしれる中、違った目で見る者も居たのであった。
 これが、戦局に影響するかは誰も分からなかった。



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