6、死闘  中央大陸は、戦乱の中にある。「覇道」の生き残りも、不気味に用意していると の噂であるし、「法道」は、勝利に酔いしれたのも束の間、既に、次の用意をして いる事であろう。「無道」は、先の「覇道」対「法道」の戦いの間に、随分と歩を 進めている。そして「人道」は、ライルの生家を中心にして軍備を整えている。  そして、ついに「法道」に、ミシェーダが戻って来たと言う情報があったので、 戦いが始まるであろう事は、想像が付いていた。「人道」は、飽くまで自分からは 攻め込まなかった。それは、「共存」をテーマにしているからであり、それを破る 事は、自分達の誇りを失う事になるからだ。戦乱の最中に、そこまで考えている道 は少ないだろう。味方の中にも、有利な内に攻め込んだ方が良いと、言う者も居た。 しかし、「共存」の精神を説いて、それでも従えない者は「人道」を去っても良い と、厳しい態度で臨んだ。その結果、少数の者は、抜けたりしたが、大多数の者が、 その考えで、納得してくれたようだ。ジークも、トーリスも、それで良いと思った。 数が重要なのでは無い。団結力が重要なのだ。各人が、確固たる決意を持って「人 道」の究極の目標である「共存」に繋がる。それに耐えられない者は、この戦いを 勝ち抜く事は出来ない。だが残った者は、大きな力を発揮する事は、間違いない。  とうとう戦いの前夜になった。ここ1週間は、ずっと、どこが攻めて来るか分か らないので、気が気では無かったが、明確に戦いが始まると分かれば、多少は、安 心出来る。しかし、やはり戦いの前夜は緊張する物で、それぞれが、戦いに向けて、 心を落ち着けようとしていた。  トーリスと、ツィリルは毎日やっているレイアへの祈りを、欠かさずにやってい る。この前夜になって、更に深い祈りを捧げていた。 「・・・センセー?」  ツィリルは、トーリスに聞いてみる。 「どうしました?」  トーリスは、心優しい目でツィリルを見る。 「センセーは今、何を祈ってたのかなぁ?って思ってね。」  ツィリルは、トーリスの深い祈りの内容が、気になったのだろう。 「何だと思いますか?当てて御覧なさい。」  トーリスは、意地悪っぽくツィリルに返す。 「んー。無事に過ごす事?」  ツィリルは、少し考えてから答える。 「半分だけ、当たりですね。」  トーリスは、ツィリルが考えている様子を、面白そうに見ている。 「んー。・・・難しいなぁ。レイアさんが帰って来る事?」  ツィリルは、恐る恐る言う。 「ツィリル。私は、もうレイアに未練はありませんよ。」  トーリスは、少し口を尖らす。 「ごめんなさーい・・・。」  ツィリルは、少し涙目になる。 「・・・答えは簡単ですよ。貴方と一緒に、この戦いに生き残れるよう、レイアに 報告していたのです。その決意を、レイアに見せるためにね。」  トーリスは優しく、ツィリルの髪を撫でると、額に唇を付ける。 「なぁんだ!わたしと同じだったんだ!えへへっ。」  ツィリルは、嬉しくて、つい涙が零れる。 「ツィリル。私は、貴女には、本当に感謝しているのですよ。貴女が居なければ、 私は、まだレイモスと同化してたでしょうし、レイアは、無事に天の楽園に行く事 も、無かったでしょう。ありがとう。」  トーリスは、ツィリルに素直な気持ちをぶつける。ツィリルが居なければ、トー リスは、狂ったままだったかも知れない。 「えへっ。何だか、照れちゃうなぁ。わたしが、センセーに感謝されるなんてさ。」  ツィリルは、ただトーリスが好きだと言う気持ちを、持ち続けていただけである。 しかし、トーリスは純粋に自分を愛しつづけてくれた事に、感謝しているのだった。 「ツィリル。今更、言うのも何ですが、私は、貴女と共に生きていきます。これか らずっとね。そのために、この戦いは絶対に負けません。レイアと貴女に誓います。」  トーリスは、ツィリルに向かって真剣に言う。 「センセー。わたし嬉しすぎて、どうかしちゃうよ。」  ツィリルは、トーリスの胸の中に飛び込む。  ツィリルは、レイアに感謝しながらも、トーリスと生きていく事を誓うのだった。  その頃、レルファは、サイジンの居る部屋に入る。 「おお。レルファ。起きていたのですか?」  サイジンは、大仰しくレルファを迎える。 「サイジン。時間ある?」  レルファは、何か神妙な顔付きになっていた。 「貴女と過ごす時間なら、いくらでもありますよ。」  サイジンは、冗談とも本気とも言えない口調で言う。 「ふざけないでよ!もう。真面目に話してるのに・・・。」  レルファは、サイジンの軽い性格に呆れたが、何だかそれが嬉しかった。 「怒る貴女も、素敵ですよ。」  サイジンは、レルファに優しい眼差しを向ける。 「相変わらず気障ねぇ。貴方は。」  レルファは、軽く笑うと、また神妙な顔付きになって、サイジンの隣に座る。 「サイジン。次の戦い・・・怖くない?」  レルファは、サイジンに問う。 「・・・そうですね。怖くないと言えば嘘になります。でも貴女となら、絶対に切 り抜ける覚悟は、出来ています。」  サイジンは、今度は本気の表情で言う。 「貴方は強いわね。私は、怖くて堪らないのよ・・・。自分の事もそうだけど、誰 かが、死んじゃうんじゃないか?って、そう思うと頭から離れないわ。」  レルファは、もう、誰が死ぬ所も見たくないのだ。 「レルファは優しいですね。私の好きなレルファ。私は、そういう所が、好きなの ですよ。貴女の優しさが無ければ、私は、この場には居ませんでした。」  サイジンは断言する。レルファ無くして、自分は居ない。だからこそ、次の戦い では、レルファを守り抜いてみせると決めていた。 「私は臆病になっているのよ。もう、戦いなんか見たくないの・・・。兄さんと私 は、違うのよ・・・。」  レルファは、肩を震わせている。ライルとジークが死んだ時の事を、思い出す。  サイジンは、そんなレルファを見て、肩を押さえながら、抱きしめてやった。 「レルファ。貴女は強い。皆の事を思えるのは、強さの証です。ただ敵を倒そうと する私なんかより、ずっと強い。自信を持ちなさい。貴女は、ジークの妹だから、 ここまで来れたのでは無い。貴女だからこそ、来れたのですよ。」  サイジンは、レルファを強く抱きしめてやる。 「ありがとう。私、それを、誰かに言って欲しかったのね・・・。」  レルファは、サイジンが居てくれて、良かったと、心から思う。 「レルファ。次の戦いを、笑って終わらせられるように、願いましょう。」  サイジンは、そう言うと、レルファに口付けを交わす。レルファは、それを拒ま なかった。サイジンの気持ちが、本当に嬉しいと思ったからだろう。  一方ゲラムは、外で、まだ修練していた。落ち着かないのだ。 「やり過ぎよ。ゲラム。体壊しちゃ、意味無いでしょ?」  ルイが、やってきた。ゲラムが修練してるのを見て、ここに来たのだろう。 「うん。でも後悔したく無いんだよ。だから、出来る事をやって置きたくてね。」  ゲラムは、ガムシャラに頑張っていた。しかし、必死さは見習うべき物がある。 「ルイさん。どうしてここに?」  ゲラムは、修練を、一旦止めて、ルイに尋ねる。 「何?用が無きゃ、来ちゃいけないっての?」  ルイは、ジロッと睨む。 「いや、そんなんじゃないよ!ごめんなさい!」  ゲラムは、つい謝ってしまう。こんなに強くて、信念を持っているゲラムが、ル イの前では、気弱な男の子になってしまうのだから、面白い話である。 「怒ってないわよ。アンタも、マジになり過ぎよ。」  ルイは、クスクス笑う。ゲラムの反応が、面白くて、つい笑ってしまった。 「良かった!僕、結構、世間外れな所が、ある気がしてさ・・・。」  ゲラムは自分で自覚していた。ゲラムは、苦労人のように見えるが、どこか感覚 が、ズレている時がある。その辺は、王族を感じさせる所でもあるのだが・・・。 「馬鹿ねぇ。そこが、ゲラムの良い所でもあるんじゃないの?」  ルイは指摘してやる。ゲラムは、少し考えて、頷いた。 「ルイさんの言う事は、説得力あるなぁ。」  ゲラムは、ルイの言う事に納得したようだ。こういう所が、ゲラムっぽい。 「疑う事を知らないのねぇ。先行き不安よ?貴方。」  ルイは、ゲラムの素直さが可愛く思った。 「そうかなぁ?良く分からないなぁ。」  ゲラムは、首を捻る。どうにも、真面目に考えてしまうのは、ゲラムの癖だ。 「しかし、貴方も、良くそこまで頑張れるわねぇ。」  ルイも、呆れる程の練習量だ。 「兄さんに約束しちゃったからね。後悔する戦いだけは、したくないんだよね。」  ゲラムは、目に輝きを灯す。こういう所は、戦士なのだろう。 「ルイさん。一つ聞いて良い?」  ゲラムは、ルイに質問があるようだ。 「良いわよ?答えられる範囲で、言いなさいよ。」  ルイは、ゲラムに耳を傾ける。 「・・・ねぇ。ルイさん。ルイさんは・・・ジーク兄ちゃんの事・・・好きなの?」  ゲラムは、モジモジしながら言った。 「・・・アンタねぇ・・・。まぁ、最初にアンタに相談持ちかけた、私も悪いか。」  ルイは、呆れたようにゲラムを見る。 「ジークの事は、尊敬してた。でも、あれは好きなのとは違う。ジークには、ミリ ィが居るしね。彼女はジークを身を挺してまで助けようとした。私にゃ出来ないわ。」  ルイは、あっけらかんと答える。 「ゲラム。私が今、一番信頼してて、最高のパートナーだと思えるのは、貴方よ?」  ルイは、きっぱり答えた。そのルイの視線は、真剣その物だった。 「・・・な、何だか嬉しいなぁ。」  ゲラムは、ドキドキしていた。ルイのように、思う事を、全て口に出来る女性は、 羨ましいとさえ思う。そのルイが、自分を信頼してくれているのは嬉しかった。 「しっかりしなさいよ。貴方は、素晴らしい素質を持ってる。皆を元気にさせるっ て言うね。私が婿として、選ぶんだから、シャキッとしなさいよ。」  ルイは、ゲラムに活を入れる。 「は、はい!・・・って婿?」  ゲラムは、素っ頓狂としていた。 「そうよ。こんな良い女が、アンタを婿にするって言ってるんだから、後悔させな いでよ。良いわね?」  ルイは、ニコッと笑う。その笑顔は、限りなく優しい笑顔だった。 「返事は?」  ルイは、ゲラムに迫る。 「勿論、嬉しいに決まってるじゃ無いですか!!ルイさん!僕・・・ルイさんに相 応しくなれるように、頑張るよ!!」  ゲラムは、また真面目な答えを返す。 「あなたは真面目ねぇ。ま、そこが良い所なんだけどね。」  ルイは、ゲラムを見て頭を掻く。どうにも、ゲラムは自信が無さ過ぎるのが、良 くない所だ。その分、真面目なのが良い所でもあるのだが・・・。 「この戦い、負けたら、承知しないからね。良いわね?」  ルイは、ゲラムに気合を入れる。 「勿論だよ!ルイさんと一緒に、頑張るから!僕絶対負けないから!!」  ゲラムは興奮気味に話す。相当、嬉しかったようである。こう言われると、ルイ としても、悪い気はしない。 「その意気よ。アンタと一緒に、私も頑張るからさ。」  ルイは、そう言うと、ゲラムを胸に引き寄せる。 「・・・ルイさん。僕・・・。」 「ゲラム。こう言う時は、黙って抱きしめる物よ?」  ルイは、ゲラムと抱き合うと、この感覚は、例え死に至ろうとも、忘れまいと誓 う。ルイだって、怖いのだ。それを隠すがために、ゲラムと一緒に居たいのだった。  そしてジークは、自宅の部屋で、精神統一をしていた。 (「覇道」や「無道」が、何を仕掛けてくるか、不気味だ。だが俺は負けない。)  ジークは、ジュダや赤毘車との手合わせで、この上なく力が高まっている。ライ ルも成し遂げられなかった戦いの域へ、踏み込もうとしていた。 (この戦いで、「無」の力を使う事になる。だが、使い方を間違えないようにしな いと、暴走してしまう。何とか抑えないとな。)  ジークは、次の戦いで、「無」の力を使う事になる事は、分かっていた。それだ け、激しい戦いになる事は、目に見えていたのだ。そんな中ノックの音が聞こえる。 「・・・ミリィだね。・・・ドアは開いてるよ。」  ジークは、ノックの音を聞いただけで、理解する。心地良い音がするのだ。この 音の時は、大概はミリィだ。 「お邪魔するヨ。」  ミリィは、入ってくる。 「・・・ここがジークの部屋なのネ。」  ミリィは、改めて見回す。多少修練の本が置いてあるが、ベッドと、剣を磨くた めのダミー人形がある以外、何も無い部屋だった。本当に、剣に打ち込んできた人 生だと言う事が分かる。 「はは。何も無い部屋だろ?でも、これもスラートが、色々片付けてくれたさ。」  ジークは、余りに片付いているので、ビックリしたものだ。 「スラートは、几帳面な所があるネ。」  ミリィは、器用なスラートを素直に感心していた。 「いよいよ明日なんだな・・・。」  ジークは、気合を入れる。さっきまで精神統一をしてたせいか、力が漲るようだ。 「私は、心配が尽きないヨ。」  ミリィは、ジークが「人道」にとって、欠かせない戦力だと言うのは、知ってい る。しかし、出来る事なら戦わせたくなかった。 「それに・・・私は、母さんの事が心配ネ。」  ミリィは、溜め息を吐く。置いてきた母親が、心配でならないのだ。 「そうだな。サルトラリアさんが付いてるとは言え、安心出来ないな。」  ジークも心配だった。何せ相手は、神や魔族なのである。いくらサルトラリアが 達人とは言え、守り切れるかどうかと、言った所だ。 「そのためにも、次の戦いは、是が非でも勝たなくちゃな。」  ジークは、必勝を心に秘めていた。明日は、恐らく混戦になる。そうなった時に、 どう対処出来るかによって、勝敗が左右される事だろう。 「ジークは、前向きネ。私は、そう言う所が好きヨ。」  ミリィは、ジークを真っ直ぐ見つめる。 「ミリィ。俺は、ふと考える事があるんだ。・・・もし、父さんの息子じゃなかっ たら、もし、不動真剣術を習わなかったら、どうなってたんだろうな?ってさ。」  ジークは、常に英雄の息子であり、ライルから、不動真剣術を継承した後は、英 雄であり続けた。人々も望んでいたし、ジークは、それに応えてきた。 「・・・難しいネ。・・・でも、ジークは、前向きに生きていたと思うヨ。」  ミリィは、ジークがどんな人生を歩もうとも、生き方は変えなかっただろうと、 信じていた。それ程、強い精神力の持ち主だからだ。 「それに皆も私も、ジークがライルの息子だから、付いて行くんじゃないヨ。ジー クだから、信じられるのヨ。」  ミリィは、思うままに言う。 「ありがとう。・・・でも俺は、父さんの息子で良かったと思っているんだ。ミリ ィに会えたのも、この不動真剣術の、おかげだしね。」  ジークは、今までの人生は素晴らしい物だったと思っている。誰にも出来ない体 験をして来たと思う。だからこそ、これからも生きたいと思うのだ。 「私ハ・・・初めて、貴方に負けた時、尊敬もあったけド・・・それ以上に、不動 真剣術を貫くジークが、格好良いと思ったのヨ?」  ミリィは、ジークとの対戦を振り返る。あの時からミリィはジークに惚れていた。 「何だか照れちゃうな・・・。ミリィは、いつも、俺に自信と勇気をくれる。」  ジークは、ミリィを抱き寄せる。次の戦いが、このソクトアの全てを決める戦い だと言う事が、ジークにも実感出来る。だからこそ、この瞬間を大事にしたかった。 皆、素直な自分を、出したかった。 「ジーク。死んだら嫌ヨ。」  ミリィは、子供のように肩を震わせながら言う。 「任せとけ。俺は、ミリィのために死なない。他の誰のためじゃない。お前のため に死なないし、死にたくない。」  ジークは、ミリィを見据える。 「・・・その言葉、私は、一生忘れないヨ。」  ミリィは、大粒の涙を零す。ジークの言葉が、身に染みて嬉しかったのだ。  大決戦の前夜、恋人達は、例え何が起きても忘れぬよう、しっかりと抱き留める のであった。決戦は刻一刻と迫っている。「人道」の運命を決める戦いは、足音が 聞こえるように近づいてくるのであった。  次の日の朝、ジークの家では、スラートが皆を起こしていた。今日は珍しく、ト ーリスまで、グッスリ眠っていたらしく、皆は、眠い目を擦りながら、起きだすの であった。スラートが呆れる程、皆はグッスリ眠っていた。  しかし、いざ起きると、皆の目は、非常に気合で漲っていて、凄い迸りを感じて いた。何かに吹っ切れたように、気合が充満している。 (何があったのか知らねぇが、良い事が、あったみたいだなぁ。)  スラートは、気合の入り方を見て安心した。それと同時に、大体の予想はついた。 フジーヤも、決戦前夜に、思いつめたような表情をしていて、決戦時は、ルイシー と、穏やかながら、気合が漲る表情で来た物だ。 (やっぱ、親子は、どこかで似る物だねぇ。)  スラートは、トーリスとフジーヤは、似てない親子だと思っていたが、やはり、 似ている。軍師を引き受けたり、策士としての表情を見せたり、そして、大まかな 行動と言い、そっくりである。 (俺っちも、そろそろ嫁さんでも探すかね。)  スラートは、若い恋人達を見てると、羨ましくなってしまう。 「おはよう御座います。スラート。お世話掛けますね。」  トーリスが、最初に降りてきた。久々に寝坊をしたので、歯切れが悪かった。 「良いって事よ。お前さんは、これから頑張らなきゃなるまい?」  スラートは、トーリスの肩を叩く。 「あれ?センセーはやーい。皆、同時に起きたのにー。」  ツィリルが降りてきた。トーリスは寝坊したとは言え、寝起きは、かなり良い。 「さすが早いネ。私も結構、寝起きは悪くないんだけどネ。」  ミリィも降りてきた。しかし、これは単に寝起きと言うより、女性と男性の差で あろう。トーリスも小奇麗だが、あまり仕度に、時間を掛ける方では無い。 「あれ?僕、一番最初だと思ったのになぁ。」  ゲラムが降りてきた。ゲラムも、結構早い方である。 「ふにゃぁ。まだ眠いー。」  ドラムも目を覚ましたようだ。だが、まだ眠そうだ。 「あらら?早めに仕度したのに・・・皆、早いのねぇ。」  レルファは2番目か3番目くらいのつもりで仕度したのだが、もう6番目である。 「・・・後3人は、時間掛かりそうだな。」  スラートは、頭を抱える。後の3人は、寝起きが悪い方で有名だ。  しばらくすると、ドタドタ音をさせながら、サイジンが降りてきた。 「いやぁ、不覚。私とした事が、肝心な日を寝過ごす所でしたよ。ハッハッハ!」  サイジンは、相変わらず馬鹿笑いする。 「少しは直しなさいよ。もう・・・。」  レルファは、苦笑する。しかし、レルファも今日は、そこまで早くなかったので、 人の事は、言えないのであった。 「皆、早いなぁ。」  ジークが笑いながら、降りてきた。 「遅いヨ。ジーク。」  ミリィが嗜める。ジークは、両手を合わせて、済まなそうにしていた。 「あちゃぁ・・・。やっぱり、ルイさん最後か・・・。」  ゲラムは目を細める。ルイが、良く遅れてくる事は、いつもの冒険で分かってい た。いつも、ジークと良い勝負である。 「ほっほっほ。私くらいの大物ともなると、時間の遅れなんか、気にならない物よ。」  とてつもなく、ずれた理論を言いながらルイが降りてきた。 「少しは、気にしてよ・・・。」  ゲラムも、つい突っ込みたくなる遅さだった。 「まぁ、これで全員揃った訳だな。」  スラートは、約3人をジト目で見る。 「まぁ良い。ほれ。これを、持っていきな。」  スラートは、全員に、今日の携帯食の魚の燻製と、薬瓶を渡す。 「・・・これは!スラート・・・いつ、これを作ったのです?」  トーリスは、渡されて、すぐ気が付く。 「俺を舐めるなよ。トーリス。フジーヤから、やり方を聞いてから、密かに作って 置いたんだよ。まぁ、念のためって奴さ。」  スラートは、得意満面な顔をしていた。 「これって・・・。まさか・・・。」  ジークは、思い出す。ワイスとの戦いの最中、フジーヤから渡された薬の事だ。 「察しが良いですね。神聖薬です。神聖魔法の素が詰まってます。」  トーリスは、神聖薬が作るのに、どれだけ時間が掛かるか、知っている。フジー ヤも、余りに面倒臭いので、非常用に一つだけ作って置いただけなのだ。それを、 全部で10個も、作っていたらしく、スラートの勤勉さが、分かる所だ。 「スラート。ありがとう。私達は、負けられませんね。」  トーリスは、有難く受け取る事にした。断る理由も無い。 「でも、なるべくなら、使いたくないなぁ・・・。」  ジークは、あの苦さを思い出した。並の苦さじゃない。良薬口に苦しとは言うが、 吐き出しそうになるくらい、不味い事は確かだ。 「俺っちが手伝えるのは、ここくらいだ。後は、おめぇ達の腕に掛かってるんだ。 忘れるんじゃねぇぞ。そして、ぜってぇ勝てよな。」  スラートは、景気を付けてやる。 「ああ。約束するよ。俺達は、ここまで辿り着かせてくれた人のためにも、絶対に 負けない!必ず、ここに戻ってくるさ!」  ジークは、スラートの景気に威勢よく答える。 「よっしゃ。その意気だ!行って来な!俺っちは、待ってるぜ!」  スラートは扉を開ける。すると、厩舎に居たペガサスやグリフォン達も、勇まし い嘶きを上げる。祝福してくれるかのようだ。 「よし!行くぞ!」  ジークが手を上げると、それに合わせるように、皆、手を上げる。そして、扉か ら出た。すると、「人道」の人々は、既に用意をし終えて外で待機していた。 「大将!行こうぜ!」 「俺達の誇りを、神や魔族に見せてやろうぜ!」 「アンタに付いて行くと、決めた以上、もう迷いは無いぜ!」  兵士達や「人道」を信じる人達が、次々に声を上げる。 「ありがとう!俺は、このゼロ・ブレイドと、今は亡き父、ライルに勝利を捧げる! そして、誰もが笑って暮らせる世の中を作るために、闘おう!」  ジークは、ゼロ・ブレイドを天に向かって抜く。すると、それに呼応するかのよ うに、ゼロ・ブレイドから青い闘気が、目に見えて漲る。人々から歓声が起こる。 「やっぱ、兄さんは、役者が違うわね。」  レルファは、しみじみそう思う。英雄の息子でありながら、人々が望む最高の英 雄になった。その過程を知っているからこそ、凄いとレルファは感じた。 「ルーン家、そしてハイム=カイザード家の代表として、恥ずかしく無い闘いをし なくてはね。」  サイジンも、覚悟を決めた。今回、グラウドやルースなどは、国政のために出ら れないで居た。エルディスは、レイリーの姿を見たいと言う事で、どうしてもと言 う事で付いて来ようとしていたが、危険なので止められていた。 「どこかで、母さんが見てるかも知れない。僕も、負けられないぞ!」  ドラムは、いつの間にか大人びた顔をしていた。ドリーも安心出来るだろう。 「兄さん、姉さん、父さん、母さん。必ず勝って、報告に行くよ・・・。」  ゲラムは、家族の姿を思い出す。そしてルイの事を、ふと見る。 「ゲラム。アンタは、まず私の妹に会う事よ。」  ルイは、一回踊り子の里に連れて行こうと思っていた。 「お兄ちゃんに、会えると良いなぁ・・・。」  ツィリルは、何となくアインの最後の言葉が、気になっていたのである。 「アインを信じなさい。・・・最後に笑って会えるように、しなくてはね。」  トーリスは意味深な事を言った。この戦いは、意地のぶつかり合いである。絶対 に負けられない戦いだった。 「母さん。無事で居てヨ。私、ジークと挨拶に行くかラ・・・。」  ミリィは、レイホウの無事を願わずには、いられなかった。 「父さん。俺達は、必ず勝利を勝ち取ってみせる。見ていてくれ!」  ジークは、ゼロ・ブレイドを握る手の力を、強める。 「妖精隊から伝言だ!!中央大陸の中央部に、「法道」と思われる軍勢が、近付い て来てるそうだ!!派手にやろうぜ!!」  ミカルドから伝言が入った。どうやら、妖精隊が見付けてくれたらしい。 「出発だ!!!」  ジークの裂帛の気合と共に、「人道」の軍は動き出した。  「人道」は共存の道。その軍の中には、妖精も魔族も神も居る。自分達の道の正 しさを証明する為に、ジーク達は動き出すのであった。  中央大陸の中央部では、「法道」の者達が軍を止めて、「人道」の動きを探って いた。大体の場所は分かっているが、相手とて、正面から攻めてくるだけでは、あ るまい。特に軍師に、トーリスとジュダが居るのだ。油断は出来ない。  すっかり体力を回復させたミシェーダは、「人道」の動きが無い事を、僥倖と思 っていた。しかし、それは彼らの考え方から来る物だと知って、甘い物だと、思わ ざるを得なかった。大義を掲げるのは結構。だが、勝たなくては意味が無いと、ミ シェーダは思っている。 (どんな力をもってしても、勝てば自ずと皆は認める。大義など、勝利の前では、 塵も同然。ゼーダやグロバスが、それを証明している。)  ミシェーダが、寧ろ気にしているのは「無道」であった。不気味なくらい、何も 仕掛けてこない。多分、機を伺っているのだ。 (クラーデスにしては、小賢しい事をするものだな。ラジェルドの入れ知恵か?)  ミシェーダは、裏切り者のラジェルドの事を思いだす。奴は、猜疑心が強く、虚 栄心も高かった。いずれ裏切るとは思っていた。自分も、そうだから余計に分かる のだ。しかし、今の「法道」の戦力からして、「無道」だけでは、相手にならない と踏んでいた。だが「人道」と万が一、協力すれば別だ。「覇道」の残党などと、 手を組めば歯が立たない。最悪の事態だけは、考えて置かなければならなかった。 (いざと言う時のために、用意して置かなければな。)  ミシェーダは、皆に気付かれないように、密かに用意していた兵力があった。た だ、この兵力は、本当に最後の取って置きである。そう簡単に、使う訳には行かな かった。ミシェーダは猜疑心が強い。その慎重さからか、常に、何かを用意してお く。そうする事で、自分に余裕を与えるのだ。勝利に対する執念だけは、ミシェー ダは、誰よりも強かった。 (ただ戦う事が好きなグロバスや、信念なんぞを大事にするジュダとは、立場が違 うのだ。私が出るからには、必勝が義務付けられているのだ。)  ミシェーダを、これまで支えて来たのは、この義務感であり、勝利でもあるのだ。 「ミシェーダ様。正面に、大部隊が見えて参りました。」  アインが報告にくる。 「ふむ。来たか。理想郷を阻む者達が・・・。」  ミシェーダは、普段は、理想郷を目指す最高指導者として振舞っている。 「ミシェーダ様。全軍に、どう伝えましょうか?」  ネイガが指令を求める。 「ふむ。前方には、軍天使を行かせるのだ。そして人々は、迂回して北からの攻撃 に備えよ。警戒すべきは「人道」だけではない。「覇道」の生き残りや、「無道」 の連中の事も、忘れるでないぞ。」  ミシェーダが指令を伝える。さすがに、正確であった。 「人々の中心には、アインを、軍天使を率いるのは、イジェルンを中心にせよ!そ して、ネイガは私の援護をするのだ。」  ミシェーダは、軍天使を突っ込ませて、自分とネイガを中心に戦うつもりだった。 指令が伝わると、全軍がキビキビとその指示に従う。 「前方から、敵が突っ込んできます!あ、あれは!」  軍天使の伝令が怯える。それもそのはずだった。前方から現れたのは、遥かな力 を持つ、竜神だったからである。 「来たか。ジュダめ。」  ミシェーダは、ニヤリと笑う。 「よぉ。ミシェーダ。直接会うのは、会議以来か?」  ジュダは、前に行われた会議を思い出す。 「そうなるな。貴様が、私に楯突くなど、あの時は思っても見なかったぞ。」  ミシェーダは、プレッシャーを掛ける。 「まぁ俺も、あの時は、アンタに逆らおうなんて思ってなかったさ。・・・だが、 ソクトアを私物化するのなら、別だ。」  ジュダは、厳しい口調で答える。ジュダは、理想郷など信じていなかった。 「私物化?それは「人道」とて同じでは無いか。共存と言えば、聞こえが良い。し かし、そんな事で、世が収まる訳が無い。その時、手腕を奮うのは、お前であろう?」  ミシェーダは、問い掛ける。結局は信じる物の違いだけだと、ミシェーダは言い たいのであった。綺麗事を言っても、収まる訳が無いと、ミシェーダは思っていた。 「ソクトアは、俺の生まれ故郷だ。それを守りたかっただけだ。だが、アンタは違 う。アンタは、ここを第2の天界にして、自分の思うように作り変えたいだけだ。 そんな事、俺が許さない!俺は、この戦いで勝利したら、天界に帰るつもりだしな。」  ジュダは飽くまで「人道」の、手腕に任せるつもりだった。人々に任せるのは、 不安だが、ジーク達を信じた以上、それが、一番だと思っていた。 「人々を信じるか・・・。それは、現実を見ていないだけだな。神が方法を示さな ければ、間違った方向に進むかも知れぬ。それを、お前は分かっていない。」  ミシェーダは、主権が神で無い限り、世は、間違った方向に進むと思っていた。 「悲しい考えだな。神が考えた世を押し付けて、幸せになれると思っているのか? 抑圧された者の事を考えぬやり方には、付いて行けんな。」  ジュダは、自分は決して間違っていないと信じる。ミシェーダは、確かに最善の 方法を取っているのかも知れない。しかし、それは神にとって最善の方法であり、 とてもソクトアのための、最善の方法とは思えないのだ。 「天界は、この世の最善の摂理だ。完璧な法で、管理される事で、ソクトアは生ま れ変われるのだ。邪魔は許さん!」  ミシェーダは、神気の雷をジュダに対して落とす。 「ふざけるな!ソクトアにとって、最善の摂理が天界だと?誰が決めた!」  ジュダは、雷を片手で受け止めると、そのエネルギーを一瞬で握りつぶす。 「フッ。成長したな。・・・異論があるならば、掛かって来い。私が考えと、お前 の考えの、どちらが正しいかは戦いで示すしか無い!」  ミシェーダは、神気を高め始める。 「アンタとは、いつかこうなると思っていた。だが、退くつもりは無い!」  ジュダは、最初から飛ばす気で居た。いきなり、竜神の形態に変わる。マントを 外すと、龍の翼が生え始める。そして腕が、龍の腕へと変わり、頭にも、角が生え 始める。そして髪が緑色に輝き始めた。 「竜神形態か。本気のようだな。面白い!」  ミシェーダは、チャクラムと天秤を手にすると、神聖な獣の姿になる。そして、 6枚の翼を生やすと、咆哮を上げた。 「アンタに、俺の全てをぶつける。ソクトアの未来を、アンタに任せる訳には行か ない!行くぜ!!」  ジュダは、ミシェーダに飛び掛かる。 「ミシェーダ様!」  ネイガは、すかさずサポートしようとする。 「邪魔はさせないぞ。」  赤毘車が、ネイガを制止する。最初から、そうする予定だった。 「赤毘車様。貴女と闘う時が来るとは・・・。」  ネイガは、光栄ではあったが、こんな形での闘いは望んで無かった。 「ネイガ。ジュダのためなら、私は鬼になるぞ。」  赤毘車の気合が伝わってくる。本気らしい。 「ならば、私も、鳳凰神として、闘うまでです!」  ネイガは真実を突き止めるためにも、全力で戦わなければ、失礼に当たると思っ た。ネイガは、炎の翼を生やす。その姿は、鳳凰その物だった。 「不死鳥か。ならば私も、それに相応しい姿を見せるか。」  赤毘車は、目を閉じると刀を抜く。すると、赤毘車の髪が炎の色に光り始める。 そして、赤い甲冑が現れた。それを一瞬で装着する。すると後ろから、光の形をし た突起物が現れる。その姿は、武神を思わせる出で立ちだった。 「その甲冑は!?」  ネイガは、赤毘車の初めての甲冑姿に驚く。 「先代、武神から受け継いだ遺産さ。最も、剣神としては初めてだがな。」  赤毘車は説明する。先代から受け継いだ遺産と言うのは、武神から受け継いだ遺 産だった。先代の武神は、天界の北を守護する神として、知られていた。 「武神と言う事は・・・北神の甲冑!」  ネイガは、名前だけ聞いた事があった。北神の甲冑は、代々武具の誉れとして、 伝えられていて、最高の武を体現出来る者に、与えられると言う言い伝えだ。武神 が、身に付けていたのを最後に、見た者は居ないとされていた。 「私も、これを付けたのは初めてだ。しかし、さすがは北神の甲冑。力が、無限に 湧いてくるようだ。・・・負けられぬな。これは。」  赤毘車は、先代の遺産の偉大さを思い知る。北神の甲冑は、神としての力を、最 大限に発揮させる事が可能だと言う事で、有名だ。 「嬉しいですよ。私を、その初めてに選んでくれるとは・・・。」  ネイガは、冷や汗を掻いていたが、嬉しそうだった。 「さぁ、お前も鳳凰神の誇りを懸けて、掛かって来い!」  赤毘車は、自分の刀に手を掛けると、紐を緩めて、刀を地面に置いた。 「何故、刀を置くのですか?」  ネイガは、不思議に思った。赤毘車にとって、刀は命のはずだ。 「本気になると言ったであろう?武神から受け継いだのは、甲冑だけでは無いぞ。」  赤毘車は、甲冑の背中の部分から、刀を取り出して抜く。恐ろしい程、鋭い光を 放っている。見ただけで吸い込まれそうな程だ。これは、並みの刀では無い。 「秘刀『弧月』。鋭さは、どの刀にも負けん。」  赤毘車は、とうとう奥の手を出す。この刀こそ、赤毘車を、剣神とまで言わせた 理由である。この刀と、赤毘車の技が合わさった時こそ、赤毘車の神としての力が、 最大限に発揮されるのだ。 「万全の体勢と言う訳ですか。面白い!」  ネイガは、炎の翼を広げる。そして素早い動きで、赤毘車の周りを回り始める。 そして、神気弾を次々と赤毘車に放っていく。しかし、赤毘車は微動だにしてない。 (どう言う事だ?赤毘車様は、一体、何をしているのだ?)  ネイガは、赤毘車が跳ね返しも避けもしないのを、不思議に思う。まさか、もう 倒してしまったのだろうか?ネイガは、不審に思って、神気弾を止めてみてみる。 「なっ!!?」  ネイガは、ビックリする。赤毘車はやられたのでは無い。しっかりと立ったまま、 受け止めていた。いくらネイガが威力を落としたとは言え、全方向からの神気弾を 受け止めるとは、どう言う防御力であろうか?北進の甲冑の凄さを思い知る。 「凄まじい甲冑だ・・・。」  ネイガは、傷一つ付いて無い甲冑を見て、惚れ惚れする。 「フッ。甲冑のおかげだけでは無いぞ?」  赤毘車は、『弧月』から衝撃波を出す。ネイガは、その凄まじいエネルギーと速 さに、驚きを隠せなかった。ネイガが何と避けられずに、頬に傷が付いてしまった。 「この『弧月』は、エネルギーを吸い取る役目も果たしている。今の速さと強さは、 お前の強さの証明だ。」  赤毘車は説明してやる。『弧月』は、何と敵のパワーを、吸い取る事が出来るの だ。恐ろしいまでの武器である。この状態の赤毘車は、正に完全無欠である。 「ならば!」  ネイガは、神気弾を止めて、スピードを生かした格闘で勝負する事にする。凄ま じい速さで繰り出す拳と蹴り、そして時には、関節技に行こうとする。しかし、全 て甲冑と『弧月』を上手く操って防ぎ、関節は、すぐに返された。 「・・・何と、凄まじき強さと防御力だ。」  ネイガは、このままでは、とても敵わないと悟る。甲冑や刀だけでは無い。赤毘 車自身も、素晴らしい反応を見せている。速さは、ネイガ程では無いにしろ、反応 速度では、決して劣って無かった。 「油断は禁物だぞ。」  赤毘車は、一瞬で間合いを詰めてきた。そして、ネイガを斬りつける。しかし、 ネイガは、素早く後ろに避けた。だが、胸から血が流れる。 「強い・・・。凄い・・・。」  ネイガは、この強さは、ジュダ以上だと思った。赤毘車は、決してジュダの妻だ から、認められているのでは無い事を悟る。赤毘車自身の、凄まじき能力のおかげ で、皆から認められているのだ。 「破砕一刀流、衝波『罰』!!」  赤毘車は、間髪入れずに『罰』を放つ。この技は×の字に、素早く剣を振って、 衝撃波の威力を増す技だ。『波界』の強力なバージョンである。 「クッ!!」  ネイガは、上に避ける。その瞬間、赤毘車は追いかけるように上空に舞い上がる。 (早い!やられる!!)  ネイガは、死を覚悟する。しかし、その瞬間だった。赤毘車は動きが止まる。 「ウッ!!」  赤毘車は、突然失速して顔を顰める。それだけでは無い。口を押さえて、何かを 吐いていた。この兆候は、間違いなく・・・つわりだった。 (こ、こんな時に!!)  赤毘車は、堪えきれない吐き気に、唇を噛む。しかし、吐き気が止まらない。そ れでも、刀を構えて、防御の姿勢を取り続ける。だが、目が霞む。吐かなければ、 とても立っていられない。目眩までしてきた。 「・・・赤毘車様。」  ネイガは、赤毘車に、素早く近づく。赤毘車は、気丈にネイガの方を向くが、と ても、いつものような表情など、出来ない。 (無念・・・。だが、子供だけは守らねば・・・。)  赤毘車は腹を押さえる。無駄だと分かっていても、やらずには、いられなかった。 ネイガは、手を伸ばすと、赤毘車の背中を摩る。 「・・・ネ・・・イガ?」  赤毘車は、意外そうな表情をする。止めを刺すつもりだと、思っていたのだ。 「赤毘車様。吐いて下さい。そうすれば、楽になれます。」  ネイガは、優しく背中を叩くと、赤毘車は、安心したのか、その場で吐き出した。 「ゲェェェ・・・。ハァ・・・ハァ・・・。」  赤毘車は、落ち着いてきた。つわりの出る時間が、ズレてしまっていたのだ。今 まで、周期があったので、油断していたのだ。 「貴女は、剣士であると同時に、身重の女性だと言う事を忘れてましたよ。」  ネイガは、優しい目で言う。 「・・・甘いな。その甘さは、命取りになり兼ねんぞ?」  赤毘車は、厳しい言葉を向ける。しかし今は、感謝の表情を浮かべていた。その 表情は、剣神としての赤毘車では無い。母としての、赤毘車の表情だった。 「ネイガよ・・・。何を考えている。チャンスでは無いか。」  後ろから、ミシェーダの声が聞こえてきた。ジュダと競り合いながら、こちらを 見ていたのだ。ジュダは、心配そうな顔を浮かべていた。ジュダは、赤毘車がやら れると思っていただけに、感謝の表情も浮かべていた。 「ミシェーダ様。私は、神として恥ずかしく無い闘いをします。赤毘車様の、回復 を待つのは、至極当然の事です。」  ネイガは生真面目に言う。ミシェーダはそれを見て、無言で神気弾を赤毘車に向 かって放つ。それを見たネイガは憤怒の表情を浮かべて、その弾を拳で掻き消した。 「貴様・・・。何を考えている?」  今度は、ミシェーダが憤怒の表情を見せる。 「ミシェーダ様。理想郷を導く方が、身重の女性に神気弾を放つのですか?貴方は、 勝利のためなら、神としての誇りを捨てるつもりですか!?」  ネイガは、本気で怒っていた。ミシェーダの、余りに勝手なやり方に、怒りが爆 発したのだ。不信感が、とうとう現実の物になったのだ。 「剣神は恐るべき敵だ。その子供も、成長したら我々の敵として、立ちはだかるか も知れぬでは無いか。何を迷う事がある?」  ミシェーダは正論を言っている。だが、その正論は、神としての誇りが、微塵も 感じられなかった。 「それが貴方のお考えか!!ならば、私は、「法道」を抜けます。これ以上、貴方 のやり方には、付いて行けない!!!」  ネイガは、決別宣言をする。理想郷と言う言葉に、目を奪われていた。ネイガは、 理想郷を作るために、尽力したかった。だが、ミシェーダが導く限り、それはミシ ェーダのための、理想郷でしか無い。その事に、気が付いたのだ。 「・・・貴様・・・。何故、こうも逆らおうとするのだ!!!ジュダも!赤毘車も! そして貴様も!そして、あのゼーダも!!」  ミシェーダは興奮して、口を滑らす。そして、すぐにしまったと言う表情になる。 「ほぉ。面白い事を言うな。アンタ、天上神ゼーダとも闘ったのか?」  ジュダが、揺さぶりを掛ける。 「・・・貴様、知っているのだな?」  ミシェーダの顔付きが変わる。ジュダが、こう言う揺さぶりを掛けるのは、間違 いなく、真実を掴んでいる証拠だ。 「疑惑を聞いただけさ。だが、これで確実なようだな。何が、神のリーダーだ。」  ジュダは、鼻で笑う。ミシェーダの醜さに、呆れているのだ。 「あの疑惑は、本当だったのですね・・・。」  ネイガは神気を高める。 「お前も、知っていたのか?」  ジュダが尋ねる。 「ええ。パム様から、疑惑の話は聞きました。ミシェーダ様が、ゼーダ様を、禁断 とされている時の力を使って、追放したのでは無いかと言う疑惑をね。」  ネイガは、怒りの声に満ちていた。 「正確に言えば、運命神の特技『輪廻転生』だな。俺も、聞いた事がある。運命神 には、生物を強引に転生させる技が、あると言う噂をな。」  ジュダも、色々噂を聞いた事があったのだ。 「どうやら、本当だったみたいですね・・・。許せません!!」  ネイガは敵意を剥き出しにして、ミシェーダを睨み付ける。 「待て。ネイガ。お前は、赤毘車を見ていろ。この邪神は、俺が倒す!!」  ジュダは、ミシェーダを指差す。 「貴様、邪神だと!?この神のリーダーたる私を!!」  ミシェーダの顔が、怒りに染まる。 「邪神を邪神と言って、何が悪い!!アンタは、神のリーダーを追放して、その座 を狙った邪神だ!!アンタを倒すのに、これで何の躊躇いも無くなった!」  ジュダは論破する。ミシェーダは、歯軋りしながらも、何も言い出せなかった。  ジュダとミシェーダの、この会話は、ジュダがビジョンを使う事によって、「法 道」や「人道」、それだけではない。他の道に全部知られた。「法道」は、戦いど ころでは無い。大混乱に陥っていた。自分達の象徴であるミシェーダが、醜く顔を、 歪ませているからだ。そこには、理性の欠片も無かった。  それだけでは無い。もう一つの象徴であるネイガが、「法道」を抜けたと言うの もショックだった。信じていた物が、崩れるのは、こんなにショックな物なのか。 もはや「法道」は、戦いを出来る状態では無かった。 「ミシェーダ様に限って、そんなはずは!!?」 「だがネイガ様が、言うんだぜ!?」  人々は、疑惑を次々口にする。 「静まりなさい!!良いですか?ミシェーダ様が、本当に、そんな事をするとお思 いですか?ネイガ様は、虚言に惑わされているのです!」  イジェルンが、一喝する。だが、当のイジェルンも、疑惑を晴らせない。 「虚言な物か!!グロバス様も、その時の力で敗れたのだ。それが良い証拠では無 いか!ミシェーダこそ、ジュダの言うように、邪神その物よ!」  後ろから、声がした。それは「人道」の者達も、驚いていた。 「魔族達か。この期に及んで、抵抗するつもりですか?」  イジェルンは、冷たい目で見つめる。その先には、健蔵を中心とする「覇道」の 残党が、待ち構えていた。 「どうやら、大変な事になってきたようだな。」  横から今度はジーク達が姿を現す。この混乱では、もう軍を分ける必要は無いと、 トーリスが判断したのだ。却ってバラバラの方が、混乱が広がると判断したのだ。 「ジーク達も一緒か。丁度良い頃合だな。」  健蔵は、低い声で笑う。 「聞け!!「人道」そして「法道」の者達よ!我が「覇道」の出した答えを、聞く が良い!!俺達は、今更共存の道を歩めぬし、神やクラーデスに従うつもりも無い! よって、俺達は、これから貴様らの思惑など関係無く、生涯の敵と思う奴に対して、 宣戦布告をする!闘う事こそ、我らが道。覚悟しろ!!」  健蔵は言い放つ。その瞬間、「人道」も「法道」も、震え上がった。恐怖に震え る者も居れば、武者震いを起こす者も居た。 「狂った者達よ。闘う事しか知らぬ者に、道は無い!大天使長が浄化してくれる!」  イジェルンが、神気を投げ付ける。それを、受け止める者が居た。 「アンタの相手は、あたしだよ。」  復讐に燃える目をした、魔族の女性が現れる。勿論、ジェシーだった。 「確かジェシーと言いましたね。この大天使長に歯向かうとは、良い度胸です。」  イジェルンは、女性とは言え、魔族には容赦が無い。 「黙りな。2人の仇は・・・あたしが取るよ。」  ジェシーは、闘気を出し始める。イジェルンは、対抗するように、神気を高めた。  その頃、アインは、混乱の最中だった。 (私のしてきた事は・・・何だったのだ?)  アインは、天人になってまで、忠誠を誓っていたのは、ミシェーダの欲望のため なのか?そう思うと、悲しくなってくる。 「おうおう。元気がねーな。」  声を掛けてくる者が居た。それは、レイリーだった。 「・・・レイリーか。お前は、私を選んだのか。」  アインも、さっきの健蔵の演説を聞いていた。 「てめぇとは、キッチリ決着をつけたいからな。だが、その様は何だ?」  レイリーは呆れてしまう。アインは、まるで覇気が無い。 「フッ。私を笑え。信じてきた者に裏切られた私をな。」 「ハッ。本気で言ってるのか?てめぇよぉ。俺は、生涯を掛けた相手と闘いがして ぇんだよ。てめぇは、「法道」に生涯を掛けてたんじゃねぇのか?てめぇ、アイツ らを見捨てる気かよ?あの時の言葉は、嘘だったとでも言うのか?」  レイリーは、本気で怒っていた。アインを倒したいと言うのは、本当だ。だが、 アインが、まるで脱げ柄のようならば、倒しても意味が無い。 「私の生涯を掛けた道・・・か。」  アインは、レイリーの言葉を復唱する。そして「法道」の者達を見る。その眼は、 混乱と不安で、押し潰されるような眼だった。 「こんな所で、終わる私ではない!!」  アインは、気を奮い立たせる。 「皆!よく聞け!!確かに私達は、指導者を誤ったかも知れない!だが、「法道」 の精神は、純粋な物だ!ミシェーダ様のための理想郷では無い。私達の理想郷を、 目指そうでは無いか!!そして、間違って無かった事を証明するのです!!」  アインは、皆に向けて演説をする。すると、今まで混乱と絶望の顔をしていた者 達が、生きる気力を取り戻したかのように、明るくなる。 「救世主様!一緒に、目指しましょう!!」 「そうだ!俺達には、まだ目指すべき物があるんだ!」  アインの一言で、「法道」は元気を取り戻す。 「救世主殿!気でも迷ったか!」  イジェルンが、ビックリする。 「大天使長様。貴方達は偉大です。しかし私兵となるために、私達は生きているの では無い。貴方達の示した道は尊重します。だが、ただの配下にはならない!」  アインは、これまでに無い輝きを見せる。その光は、より高貴な物へと変わって いく。輝いて、その力は強大化していく。 「好きに為さるが良い。私は、魔族を蹴散らすのみだ!」  イジェルンは、いがみ合ってる場合では無いと、判断したのだろう。だが、これ で、「法道」は真っ二つに割れた事は、間違いないだろう。 「そうだ。その輝きこそ、俺が生涯掛けた奴の輝きだ!それを、ぶっ潰してこそ、 俺が生涯掛けた意味が、あると言う物だ!!」  レイリーは、嬉しそうに笑うと、アインに向かって剣を振り翳す。 「お前の闘いに対する考えは、敬意に値する。しかし私は「法道」の皆を守るため、 お前を討つ!!そのために、お前の望み通り、死力を尽くす事を宣言しよう!!」  アインは、レイリーの剣を受け止めると、反対に押し返して薙ぎに掛かる。 「そうだ。それで良い!燃えてきたぜ!!」  レイリーは「瘴気覚醒」の形態に入る。アインは、天人としての力を、最大限に 引き出す構えに入る。お互いに、負けられないと言う気迫が、十分篭っていた。  その頃、妖精族が騒ぎ始めた。何かに、警戒をしているようだ。 「どうした?・・・!!そうか。来やがったか!!」  ミカルドは、様子を聞いた後、すぐに分かった。この巨大なプレッシャーは、間 違いなく、ミカルドの知ってる中で、一番強烈な物だった。 「クラーデスか!!とうとう、ここに追いついたか!」  ジークも警戒し始める。クラーデスは、ジークが追い詰めた時のクラーデスとは、 別物だ。あの時ですら、やっとの事で撃退したのだ。しかも、ジュダが居なかった ら、殺されていただろう。 「この神気は・・・堕天使ラジェルドの物か!」  イジェルンが、ラジェルドの神気を感じて、警戒する。 「遅れたが、良いタイミングだったようだな。小賢しい争いをしている貴様らを、 消すために、「無道」がやって来たぞ。心から祝福するが良い。」  クラーデスは、冷たい眼で皆を見下ろす。凄まじい程の眼だった。その場に居る 者を、全て凍りつかせる程の眼だった。 「余は、クラーデスの補佐、『熾天使』ラジェルド。ソクトアは、混乱と不安に満 ちている。余が、慈悲を持って、全てを消し去ってやろう。」  ラジェルドは、クラーデスと同じような眼をしていた。ラジェルドも、前とは雰 囲気が、全く違う。凄まじい程のパワーが、漲っていた。 「親父よぉ・・・。お前の本音は、ソクトアを消して、自分の思い通りの世界を作 る事だろうが!ミシェーダと変わりゃしねぇぜ!そんな事、させねぇぞ!」  ミカルドは、血走った眼で、クラーデスを睨み付ける。ここまで、怒りを露にし ているミカルドは、初めてだ。 「だからどうした?優れたる者が、世を治めるのは道理。お前が、それに逆らうの なら、それ相応の力で、示すのだな。」  クラーデスは、もはやミカルドを息子と見做して無かった。 「そうしてやるよ。お前との因縁は、断ち切ってやる!!」  ミカルドは、クラーデスと対峙する。 「粋がるな。若造。余が、相手になるぞ。」  ラジェルドが、立ちはだかろうとした。 「良い。ラジェルド。ミカルドよ。思う存分、掛かって来い。」  クラーデスは、受けて立つつもりだった。完全にミカルドの事を、舐めている。 「ミカルド!!」  エルザードが、助けに行こうとするが、それを誰かに止められる。 「エルザード。探したぞ?」  そこには、エルザードと良く似ているが、髪の色が暗黒に染まったエルフが居た。 「ミライタル・・・貴様だな。」  エルザードの表情が変わる。途端に、殺気に満ちた表情になる。 「アイツらの事は放っておけよ。貴様との決着、つけさせてもらう。」  ミライタルは、楽しそうに顔が歪む。 「エルフの村を、滅亡に導いた時の仇を、取らせてもらう!!!」  エルザードは、ミライタルに向かっていく。誰も、この闘いを止められなかった。 「トーリス!ミカルドを助けてやれ。今のクラーデスは、別人だ!」  ジークは、トーリスに合図をする。 「分かりました。貴方も、無理せぬように。」  トーリスは、クラーデスの方に向かう。 「センセー!私も行く!!」  ツィリルは、トーリスに付いて行く。 「・・・止めても無駄でしたね。・・・ツィリル。無理だと思ったら退きますよ。」  トーリスは、最初から宣言しておく。相手が相手だけに、仕方が無い事だった。 「私は、あの『熾天使』とやらと、闘いますか。」  サイジンは、いけしゃあしゃあと言う。だが、死の覚悟はしていた。 「サイジン。私が、サポートするんだから、負けちゃダメよ。」  レルファも、勿論付いて行くつもりだった。 「当然ですよ。レルファのサポートがあれば、百人力ですからね。」  サイジンは、こんな時でさえ、こんな台詞が飛び出す。 「レルファねぇちゃん!僕も、行くからね!」  ドラムは、そう言うと、ドラゴンの形態になる。すると、今まで小さかったドラ ムのドラゴン形態が、いつの間にか、とんでもなく立派なドラゴンに変わっている 事に気が付く。いつの間にか、成長していたのだ。 「僕は、トーリスさんと一緒に、あのクラーデスと闘う!!」  ゲラムは、ミカルドとトーリスだけでは、クラーデスと言う化け物を相手するに は、まだ不足だと考えていた。それは、ジークが動けないのを知っていたからだ。 「私も行くわよ。足手纏いに、ならないようにね。」  ルイがゲラムの背中を叩く。前、対峙した時は、恐怖で竦んでいたが、今はゲラ ムと居るから違う。ゲラムを守るためなら、恐怖は吹き飛ばす。それが、今のルイ だった。ルイは進んで、クラーデスの方へと向かった。 「皆・・・済まないな。」  ジークは、皆がジークの気持ちを察していたのを、感謝する。 「ジーク・・・。闘うのネ?」  ミリィが残っていた。ミリィにまで、去れとは言えなかった。 「ああ。アイツは・・・間違いなく、俺と闘うはずだ。」  ジークには、分かっていた。ジークの所に、誰が来るかと言う事をだ。 「待たせたな!!!俺が、生涯を掛けて倒すべき相手・・・それは、貴様だ!!」  その声は、間違いなく健蔵だった。そう。健蔵が、こちらに来る事を、予想して いたのだ。そのためにジークは、皆を違う所の、手伝いに回したのだ。 「皆は、俺の気持ちを分かって去ってくれた。・・・この状態こそが、俺の答えだ!」  ジークは、健蔵との1対1の対決を望んでいた。 「私は邪魔が入らないように、見張っておくネ。どうせ手伝えないネ。思いっ切り やって、絶対勝つのヨ!!」  ミリィは、気丈にジークを見据えていた。 「それでこそ、我が生涯の相手だ!」  健蔵は、ジークの答えに十分に満足していた。この状態こそ、健蔵が望んだ状態 なのだ。わざわざ「覇道」を長らえさせてまで、望んだ道なのだ。 「思えば、奇妙な仲だな。お互いの親の仇とはな。」  ジークも、ライルの仇を取るために、敢えて、この勝負を受けたのだ。 「そうだな。そして、これで決着がつく。お前と俺のどっちが、仇を取る気持ちが 強いかがな!・・・ワイス様、グロバス様から受け継いだ力を、見せてやる!!」  健蔵は角が2本生える。その右の角はグロバスの角で左の角はワイスの角だった。 「・・・さすがだな。だが!俺も負けない!死んでいった皆や「人道」を貫くため に、お前を倒す!!・・・ゼロ・ブレイド!!!」  ジークは叫びと共に、背中のゼロ・ブレイドを抜く。すると、恐ろしく強い波動 が、ジークの中で駆け巡った。しかし今のジークは、それを受け止めるだけの力を 備えていた。健蔵も負けずに、霊王剣術に伝わる大剣を抜く。 「神も魔族も人間も関係ない・・・。貴様を倒す事こそ、俺の目標だ。あの時、つ けられなかった決着を、果たさせてもらう!!」  健蔵は、大剣を振り翳して、ジークに叩きつける。ジークは、ゼロ・ブレイドで 大剣を受け止めると、鍔迫り合いに持ち込む。 「これだ・・・。この力比べこそ、俺が望んだ境地だ!!」  健蔵は嬉しそうに呟く。健蔵にとってジークは、超えなくてはならない壁なのだ。 ワイスを倒し、健蔵の死力を振り絞っても、倒せなかった唯一の男なのだ。 「お前は闘いが好きだな。全ての感情を剥き出しにして、闘いを挑んでくる。」  ジークは、健蔵の闘いに対する考え方は、賞賛する。 「だが、お前は、強くなるために、色んな物を巻き込んでいく。それは不幸な事だ!」  ジークは、健蔵が闘いのために、犠牲にしてきた人々を思い出す。 「俺は未来を作るために、守るために闘う!それが父さんの願いだ!!」  ジークは言い放つと、健蔵を押し弾く。 「綺麗事だな。だが、お前が言うと、それっぽく聞こえるから不思議な物だな。」  健蔵は、不思議と笑みが毀れる。凄い闘いが出来る喜びと言うのもある。だが、 ジークの純粋な願いが、何とも心に響くのだ。復讐するだけの心では無い。ジーク は、死んだ者達の願いを、叶えてやろうと言う心がある。  もはや言葉は要らなかった。お互いの意地が、ぶつかっていた。健蔵が剣を振る うと、大気が揺れた。そして衝撃音も凄まじい。しかしジークは、それを難なく受 け止め、健蔵に魂の一撃を与えようとする。一撃毎に大気が揺れる。二人の激突は、 既に目に見える形でぶつかりあっていた。二人とも余波で、あちこち傷ついている。 「ハァ・・・ハァ・・・。ワイス様、グロバス様に戴いた力を持ってしても、圧倒 出来ぬとはな・・・。大した奴だ。」  健蔵は、ジークの力を認めていた。自分の力は、間違いなく上がっている。だが、 ジークも遥かに強くなっているのだ。 「・・・それは意識の差だ。俺は、死の淵に行くまで、命を捨てる覚悟で闘ってい た。だが、それでは駄目だと気付いた。本当に強くなるためには、絶対に生き残る 覚悟で行かなければならない。それに気付かせてくれたのは、ある意味お前だ。」  ジークは健蔵のせいで、親と自分の命を失った。だが、そのおかげで、気が付い たのだ。命を捨てる覚悟では無く、命を捨てぬ覚悟で行かない限り、勝てないと言 う事にだ。それからは、より一層の、厳しい修行を積んだのだった。 「そうか。大した奴よ。それでこそ、不動真剣術の継承者だ。俺も、霊王剣術の継 承者として、恥ずかしくない闘いを約束してやろう!」  健蔵は、より一層の瘴気を溜め始める。 「お前とは、何かと対立する要因が多いなぁ。」  ジークは、溜め息を吐く。思えば、宿命の対決だったのかも知れない。何もかも が、正反対の二人だった。瘴気を混ぜて敵を打ち倒す霊王剣術、神魔と人間のハー フとして生まれ、他人から蔑まされて生きてきた健蔵。そして、闘気で敵を圧倒す る完成された技の不動真剣術の継承者、英雄の息子として期待されて、生まれてき たジーク。しかし、お互いに親を殺した者同士にして、それぞれの剣術を極めてき た実績を持つ・・・。正反対のようで、似ている二人だった。  ジークは健蔵の胴を薙ぐ。健蔵は、それを避けずに踏み込んでジークの頭を狙う。 「くっ!!」 「・・・やるぅ!!」  健蔵は踏み込んだ事で、胴斬りの威力を殺し、ジークは、敢えて健蔵の剣を肩口 で受けた。お互いに、肉を切らせて骨を絶つつもりだった。二人は咄嗟に離れる。 勿論、無事な訳が無い。ダメージの少ない所とは言え、ちゃんと斬られたのだ。ジ ークは、肩口を布で固定しようとしているし、健蔵は、腹にサラシを巻き始めた。 「しょうがねぇ・・・。」  健蔵は、剣の切っ先をジークに向ける。突きに行くつもりだ。ジークは、それを 見て、何と構えを解いた。正確に言えば「無」の構えに入った。 「良い度胸だ・・・。俺の突きを、躱すつもりで居るとはな。」  健蔵は、瞬時にジークの構えを見切る。「無」の構えは、敢えて恐怖心を封じ込 める事で、敵の攻撃を見切って、攻撃に移る構えだ。 「恐怖でヒリつくぜ・・・。嬉しいじゃねぇか!」  健蔵は嬉しそうに笑うと、突きを繰り出す手に、力を込める。 「不動真剣術は負けない!!そのために敢えて、これで勝負に行く!」  ジークは不動真剣術を信じるからこそ、この構えを選んだ。  すると健蔵は、少しずつ擦り寄るように近づいて行く。実に慎重だ。そしてジー クまで、後5歩と言う所で、健蔵は突きに来た。しかし、その切っ先は全く見えな い。凄まじい早さである。しかしジークは、その突きを避けると同時に、迷わず頭 を薙ぎに行く。それを健蔵は、体を捻って避ける。そして縦に伸びる2段突きを繰 り出す。ほぼ同時に見える程だ。ジークは、何と2段突きを、剣を突き刺して、逆 立ちをする事で避ける。それと同時に、その剣を軸にして回し蹴りを放つ。それを 健蔵は、しゃがんで避けた。そして、ジークの剣の柄を蹴り飛ばす。ジークは、剣 から手を離さずに、堪えながら、着地した。 「フゥ・・・。やるじゃねぇか・・・。」  健蔵は、冷や汗を掻く。正直、最後の蹴りは、勘で返しただけであった。 「そっちこそ、剣の柄を蹴りに行くとは、思わなかったぜ。」  ジークは、堪えたとは言え、左手が少し痺れていた。 「嬉しい事だな・・・。俺の限界以上まで、力が出せる相手にぶつかるってのはよ。」  健蔵は、ジークとの闘いで喜びを感じる。恐怖より、喜びが上だった。 「そう言ってくれると、俺も遣り甲斐がある。・・・お前とは、違う形で会ってい たら、宿敵同士に、ならなかったかも知れないな・・・。」  ジークは健蔵と言う人物を、理解し始めていた。残忍で、躊躇も無く手を下すの は、飽くまで健蔵が、魔族であり、人間に迫害されたと言う過去があったからだ。 そのシコリが無ければ、健蔵は親を敬う、闘いが好きな奴でしか無かった。 「ジーク。それは言うべきじゃ無い。俺が健蔵であり、お前がジークである以上、 この闘いは、避けられないんだからな。」  健蔵も、ジークと同じ事は感じていた。だが、それを肯定してしまったら、自分 が、自分で無くなってしまう。それに健蔵は、ジークの大切な物を、悉く奪ってき た。そしてジークも、健蔵の一番大事な、父親を倒したのだ。この事実を、揺るが す事は、出来ないのだ。 「今、俺達に必要なのは、理解を求める事じゃない。俺達が生きた証を、存分に見 せるため、闘いを貫く事だ!!」  健蔵は、そう言うと、ついに「無」の力を解放し始める。 「この力・・・そうか。健蔵も、身に付けたのか。」  ジークも「無」の力を解放する。「無」の力は、全ての事柄を理解して、その事 柄の全てを、力に変える事で生み出す、純粋なパワーに他ならない。純粋に力を欲 する時に、身に付ける事が、出来るのだ。 「俺が、この力を身に付けたのは、ジーク。お前に勝ちたいと言う、願いからだ。」  健蔵は、その事だけを強く思った。その時に、体現したのだった。 「そうか。俺も、ワイスに勝ちたいと純粋に思った。その時だったな。」  ジークは、「無」の力を身に付けた時の事を、思い出す。 「健蔵。お前が、誇りを懸けると言うのなら、俺も懸ける!」  ジークは、「無」の力をゼロ・ブレイドに乗っける。 「俺は、お前の幻影を追ってきた。だが、それもこれが最後だ!!」  健蔵は、意地に懸けて、ジークを倒すつもりだった。 「ジーーーーク!お前に勝つためなら、この体も要らぬ!!」  健蔵は、剣を真上に突き上げると、体が光り始める。全てを、「無」の力に変え ているのだ。その全てをジークに、ぶつけるつもりだった。 「健蔵!!受けて立つぞ!!」  ジークは、小細工しない事にした。剣を垂直に構えると、その全てをゼロ・ブレ イドに送り込む。そしてジークは、ライルから教わった事を思い出す。 (ジーク。不動真剣術は、名の通り、無闇やたらに動く剣術では無い。不動であり つつも、敵を圧倒する事を主とする剣術だ。その全ての結晶が、「無」の構えだ。 そして、不動真剣術は、別名不動心剣術とも言う。何があっても、心を鎮めて、た だ強さを体現する事を、忘れるな。)  何時しか、ライルに言われた事である。これは、不動真剣術の基本であった。勿 論、速さは重要な強さの一つである。だが、無駄な動きは抑えると言う意味で、伝 わっているのであった。ジークは、その強さを体現できる実力の持ち主でもあった。 「この一撃に全てを懸ける!!俺の魂と共に、消え去るが良い!!」  健蔵は、凄まじいスピードで突っ込んできた。 「俺は生きる!!生き残って、やるべきことを果たすまで、死ねない!!そして、 不動真剣術を信じる!!ウォォオオオオオ!!」  ジークは、真っ向勝負する。健蔵に向かって、最高の攻撃を与えるつもりだった。  ガシィ!!!!!!  とてつもなく鈍い音がした。二人は、同時に剣を奮って、爆発させた。すると、 ジークが膝を付く。その瞬間、今まで傷が付いた所から、血が滴り落ちる。 「ジークゥゥゥゥ!!」  ミリィが心配する。それをジークは、手を広げて制する。 「・・・フッ。届かぬか。」  健蔵は、剣を持つ腕が、ボトリと落ちる。そして胸から腹に掛けて、一文字に裂 けていく。しかし、血は流れない。何せ「無」の力で斬られたのだ。血は、全て消 されてしまう。しかし健蔵は、満足そうな笑みを浮かべていた。健蔵の攻撃は、ゼ ロ・ブレイドに吸収されて、反対に斬られたのであった。 「・・・不動真剣術、秘儀『無閃(むせん)』・・・。」  ジークは、今の渾身の一撃を『無閃』と名付ける。 「悔しい・・・物だな。・・・届かぬと言うの・・・は。」  健蔵は、息をするのがやっとだ。と言うより、意識があるのが不思議なくらいだ。 「俺はゼロ・ブレイドと、生き抜くという誇りの力で何とか勝てた。力だけなら、 お前の方が上さ。」  ジークは、健蔵にギリギリで勝てたという証拠に、ゼロ・ブレイドが、まだ光が 収まらない。その光は、健蔵の魂の一撃を受けた跡だった。 「謙遜するな・・・。俺の・・・完全な・・・敗北さ。お前の・・・最後まで、諦 めない・・・姿勢に・・・負けたの・・・さ。」  健蔵は、もう悔いは無かった。ワイスの仇は取れなかった。だが、この闘いなら ば、ワイスも、納得してくれるだろう。 「健蔵。お前の名前は忘れない・・・。最も憎くて、最も俺に近い男をな。」  ジークは、健蔵に笑いかける。最後は、笑顔で送り出そうと思っていた。 「届きません・・・でした・・・。ですが・・・悔いは・・・ありません・・・。 今、そちら・・・に・・・参り・・・ます。・・・ワ・・・イス・・・様。」  健蔵は、そう言うと、血を噴き出しながら首を倒す。そして、その瞬間、角を残 して、全てが「無」の力に吸収されていく。そして最後には、全てが消え去った。 残っているのは、ワイスとグロバスの角であった。それは、健蔵の角でもあった。 「・・・また・・・心配させテ!!」  ミリィは、涙が止まらなかった。 「心配掛けたな・・・。さすが健蔵だ・・・。強かったよ。」  ジークは腰を下ろすと、薬瓶を取り出す。スラートから手渡されたあの薬だ。 「これのお世話には、なりたく無かったが、仕方ないな。」  ジークは、薬瓶を開けると、恐る恐る口にする。この薬は無臭なのだが、無味で は無い。とてつもなく不味いのは、すでに立証済みだ。 「・・・ぐっ。うぃぇえええ・・・。」  ジークは、言葉に表せないような、呻き声を上げる。だが。苦さが取れる毎に、 体に力が漲ってくる。さすがは、神聖薬である。 「ふう。しかし凄いぜ。傷が、どんどん塞がるなんてな。」  ジークは、改めて神聖薬の凄さを知る。健蔵からも、かなりの傷を受けていたが、 あっという間に塞がった。これなら、何とかなりそうだ。  その頃、アインとレイリーは、意地のぶつかり合いをしていた。アインが、完成 極まる動きで翻弄するかと思えば、レイリーは、力と速さで圧倒して付いて行く。 正に、力と技の、ぶつかり合いだった。 「さっきまで、落ち込んでた奴の動きとは思えねぇな。」  レイリーが冷や汗を流す。アインの動きは、完成されている。無駄が無い。 「私は簡単には負けられません。「法道」の象徴にならねば、なりませんからね。」  アインは、「法道」の迷える人達を救おうと考えていた。 「俺だって死んだ仲間の想いと、ジェシーの想いを背負ってる。負けられねぇな!」  レイリーも簡単には負けられない。ジェシーと共に、生きた証を見せるまでは、 死ねないと思っていた。  そしてイジェルンは、ジェシーと攻防を繰り広げていた。良い勝負をしている。 ジェシーは死んだ仲間達の仇を取ろうと必死だ。しかし、明らかにジェシーの方が、 不利であった。イジェルンは、後ろで軍天使の加護を受けている。このままだと、 ジリ貧になって負けてしまう。 「くっそぉ!!負けないよ!シュバルツ!!ミュラー!力を貸しておくれよ!」  ジェシーは足掻く。しかし、戦力差は圧倒的だ。伊達に先の闘いで、勝利した訳 では無い。例え人間が、付いていなくとも、軍天使が付いている限り、そんなに簡 単に負けはしないのだ。 「貴女は、良くやりましたよ。魔族でなければ、部下に欲しい所ですが・・・。そ ろそろ、お休みなさい!」  イジェルンは、ジェシーの鞭を、弾き飛ばすと、ジェシーを神気弾で後退させる。 「クッ・・・あたしは・・・負けるのかい?」  ジェシーは悔しかった。せっかく先の闘いで、怒りで強くなれた。なのに、この イジェルンには、まだ通じそうに無いのだ。この実力差が悔しかった。 「さぁ、これで止めです。安らかに眠りなさい!」  イジェルンは、神気で槍を作ると、それをジェシーに投げつける。ジェシーは、 もう動く事も出来ない。とうとう、眼を瞑ってしまう。  ガキィン!!  その槍は、何とジェシーを避けた。いや、槍を弾き飛ばした者が居るのだ。 「いけませんねぇ。大天使長ともあろう者が、女性に槍を投げ付けるとは・・・。」  軽口を叩きながら、前に出てくるのはサイジンだった。 「何故、私を助ける!?」  ジェシーは不思議がる。本来なら、敵同士のはずだ。 「女性に優しくするのは、当然の事でしょう?何より、レイリーの恋人ともあれば、 尚更ですよ。レイリーとは、色々縁がありましてね。」  サイジンは、散々レイリーと、喧嘩した事を思い出す。例え魔人になろうとも、 レイリーは、変わっていなかった。 「格好付けてる場合じゃ無いわよ。」  レルファが、口を尖らす。少し、ご機嫌斜めだ。 「そうだよ。僕のブレスで、ラジェルドの攻撃を相殺したから良いような物の、危 なかったよ。」  ドラムは、ラジェルドの攻撃を、龍のブレスを吐く事で相殺してくれていたのだ。 「中々楽しませてくれる奴らよ。そこの童子は、龍の子であったとはな。」  ラジェルドが平気な顔で、こちらに向かってくる。ブレスなど少しも効いてない。 「・・・これは堕天使殿。よくも、私の前に顔を出せた物ですね。」  イジェルンの眼の色が、変わった。 「フン。ミシェーダに操られるだけの、大天使長の座など、余は要らんわ。」  ラジェルドは挑発する。どうやら、少なからぬ因縁があるようだ。 「貴方が落ちぶれたおかげで、私はこの座に就く事が出来た。だが、貴方の存在は、 眼の上のタンコブなのですよ。」  イジェルンは、常にラジェルドと比べられてきた。ラジェルドは、自由奔放だが、 とてつもない強さを持ち合わせていた。イジェルンとは、正反対の性格だ。だが、 ラジェルドのせいで、これまで副天使長に甘んじていたのだ。 「下らぬな。余は、既に、そのような柵の域を、超えている。そのような台詞を吐 く貴様では、もう余には追いつけぬ。」  ラジェルドは、吐き捨てる。 「大天使長となり、ミシェーダ様を補佐してきた私を、舐めないで欲しいですね!」  イジェルンは、神気弾を投げつける。ジェシーの時より遥かに強力な物だ。 「フッ。下らぬ。」  ラジェルドは、避けようともしなかった。なんと、神気弾を指一本で止める。 「な、何と!?」  イジェルンは驚いた。ラジェルドの強さは知っていたが、ここまでとは思わなか ったのだ。ラジェルドは、自分より成長していたのだ。 「イジェルン。操られし、哀れな大天使長よ。この『熾天使』ラジェルドが、天へ 送る事を、感謝するが良い。お前が目指した、余の、この拳でな。」  ラジェルドは握り拳を握ると、そこには強大な得体の知れない何かを宿していた。 「私は大天使長!こんな所で・・・グハッ!!」  イジェルンが、攻撃しようとすると同時に、ラジェルドは、イジェルンの懐に飛 び込んで、拳で体を貫く。すると貫いた所は、ポッカリ穴が空いていた。 「まさか・・・「無」の力・・・!?」  サイジンは、冷や汗を掻く。ラジェルドも「無」の力を身に付けているようだ。 「馬鹿な・・・この・・・大天使長・・・が・・・。」  イジェルンは、血を吐き出すと、ぐったりする。 「これが『熾天使』の裁きだ。消えるが良い。」  ラジェルドが拳を抜くと、イジェルンは「無」の力によって、体がどんどん失わ れていく。その光景は、正に恐怖その物であった。 「私の・・・体が・・・ああ・・・。」  イジェルンは、絶望的な呻きを残すと、大天使長の翼を残して消え去った。それ と同時に、敗北を悟ったのか、軍天使達は、どんどん引き上げていく。 「待たせたな。余の力が、どれ程か、試してみたくてな。」  ラジェルドは、不敵な笑みを浮かべる。 「まずは、小手調べだ!!」  ラジェルドは、全員に神気弾と瘴気弾を、次々投げつける。サイジンは、剣で弾 き飛ばして、レルファは、何とか防御魔法でガードしている。ドラムも、ブレスで 相殺しようと必死だ。とてつもないパワーである。 (これで、小手調べですか・・・。) 「強くするぞ?フハハハハ!!」  ラジェルドは、更に勢いを増していく。それだけでは無い。時折、闘気弾や魔法 を織り交ぜながら放った。まさに、攻撃の雨である。 「キャアアア!!」  レルファは、ガードでは耐えられなくなり、吹き飛ばされる。 「レルファ!!」  サイジンは、すかさずレルファの前に立って、より多くの攻撃の嵐を弾いていく。 「ウワァ!!」  ドラムも、ブレスでは耐えられなくなって、吹き飛ばされる。そして、少年の姿 になってしまった。とてつもない強さだ。 「フッ。勝負あったか?」  ラジェルドは、不敵な笑みを浮かべると、攻撃を止める。吹き飛ばされた二人は、 息を切らしている。サイジンとて、疲労が溜まっていた。 「人間にしては、良くやった。余と、まともな闘いになったのだからな。」  ラジェルドは、スケールが違う。これまでの敵とは、まるで違っていた。しかし、 クラーデスは、それ以上なのだろう。 「何をグズグズしている!!そんな事で『望』の一員か?」  聞き覚えのある声が聞こえた。この声は間違いない。 「サ、サルトラリアさん!皆!」  レルファもビックリする。サルトラリアは、ストリウスを出て、こちらに向かっ たらしい。そして横には、レイホウの姿もあった。『望』の精鋭も何人か来ている。 「サイジン!レルファ!お前達は『望』の一員なら、諦めるなよ!」  『望』の仲間達が、励ましてくれた。 「ほう。仲間か。加勢は認めよう。まぁ、加勢になるかどうかは、知らぬがな。」  ラジェルドは、余裕を持って、サルトラリア達を見ていた。 「レイホウさんと半数の者は、ジークの所に行け。ここは私が引き受ける!」  サルトラリアは指示を出す。レイホウなどは、心配そうな顔をしていたが、すぐ に悟って、ジーク達の元に向かう。 「ほう。そこの人間は、出来るようだな。覇気が他の者とは、違う。」  ラジェルドはサルトラリアの実力を、すぐに見抜く。 「我が天武砕剣術を、じっくりと味わわせてやる。不動真剣術と対を成す、天武砕 剣術は、そう簡単に負けはしないぞ?」  サルトラリアは、ジークと似たような構えを見せる。不動真剣術が、「静」から 「動」に転ずる剣術なら、天武砕剣術は「動」の中から、隙を見て「覇」を成す剣 術だ。全体的に、動きを駆使して敵の弱点を探る戦法が多い。 「自信有りか。楽しませてくれるのだろうな?」  ラジェルドは神気弾、瘴気弾を次々投げ付ける。さっきと一緒であった。サルト ラリアは、剣に気合を込めつつ、弾いていく。 (くっ!この一発一発の、何と強烈な事よ。)  サルトラリアは、ラジェルドとの実力差を痛感する。そしてサイジン達が成長し たと言う事も体感する。天武砕剣術が無ければ、とても防げなかっただろう。 「うわぁああ!!」  『望』の者達も、対抗しようとするが、集団で防ごうとしても、防ぎきれない。 「無理するな!お前達!」  サルトラリアは、注意を呼びかける。とても敵う相手では無い。 「ぬぅぅぅ!!榊流忍術!『龍衝遁』!!」  サイジンは、繊一郎から習った忍術の一つを出す。手から龍の形を出す技だ。気 の力で、作る龍は、また一味違う。ラジェルドは、それを片手で受け止める。 「片手とは・・・。やりますね。」  ラジェルドは、想像以上の強さだった。 「仕方が無い。当初の予定を果たすか。」  サルトラリアは、ラジェルドの余りの強さに、自ら闘う事を諦める。 「サイジン。コレを受け取れ。」  サルトラリアは、懐から何かを手渡す。 「・・・これは・・・?まさか!?」  サイジンはビックリする。サルトラリアが手渡したのは、天武砕剣術の極意書だ った。言わば、天武砕剣術の全てである。 「うわ!にがぁい・・・。」  横では、ドラムが立ち上がっていた。どうやら神聖薬を飲んだようだ。レルファ も一緒で、何とも言えない表情をしていた。 「サイジン。丁度良い。俺達が時間を稼いでいる間に、極意書を広げるんだ。」  サルトラリアは、剣を再び構える。 「お前なら、開いただけで理解出来る。『あの男』の息子ならな。」  サルトラリアは、どうやらサイジンが、ジルドランの息子だと言う事を、知って いたらしい。グラウドが言ったのだろう。サルトラリアは、ジルドランの兄弟子で ある。言わない訳にも、いかなかったのだろう。 「ほう。勝てないと分かってても、向かってくるか。その根性は認めよう。」  ラジェルドは、片手で炎を出して、もう片方の手で稲妻を呼び寄せる。 「・・・しょうがないや。これは使わずに、済ませたかったなぁ。」  ドラムが何かを決意した目になる。その目にレルファは、危険な物を感じた。 「ドラム!!だめよ!」  レルファは、何かを察する。ドラムは取り返しの付かない事をしようとしている。 「レルファ姉ちゃん。・・・ごめんね。」  ドラムは、手の甲で印を結ぶ。そして、その度に文字が出る。 「ドラム!止めるのです!!」  サイジンも、その技の危険性を察した。 「サイジン兄ちゃんは、極意書を読んでなきゃ、ダメだ!!」  ドラムは、これまでに無い厳しい目付きになる。 「・・・僕は皆が、幸せになった所を見たい・・・。だから、使うんだ!!」  ドラムは両手の印を結び終える。すると、そのまま龍に変身する。 「・・・凄まじい力よ。何をする気だ?」  ラジェルドも、冷や汗を掻く。並の技では無い。 「繊一郎さん!!僕に力を貸して!!」  ドラムは、両手を広げると、源の渦が下から沸いてきた。そして、その渦に赤い 物が混ざる。それは、生命力だった。 「止めなさい!!ドラム!!ダメェェェェ!!」  レルファは、止めようとするが近づけもしない。それでも、近づこうとする。 「レルファ姉ちゃん。幸せにね。」  ドラムは、龍とは思えない良い笑みを、浮かべる。 「出ろ!!八界の龍!!」  ドラムは、手を交差させると源の渦が下から嵐の如く、吹き出る。そして、手を 地面に叩きつけると、自然と魔方陣が出た。 「八界の門を用意する!受け継ぎし、契約に基づく龍よ!姿を出して!!」  ドラムが叫ぶと、八界の門が用意される。ドラムは、繊一郎の印を覚えていて、 いざと言う時のために、契約を結んだのだった。 「やはり!止めるのです!!!」  サイジンは、自分が歯痒かった。ドラムが、今やろうとしているのは、繊一郎が 命と共に、繰り出した技だ。 「・・・サイジン兄ちゃん。レルファ姉ちゃんを・・・頼むね。」  ドラムは、目を見開く。すると、咆哮と共に、八界の門が開く。 「第一の龍、赤龍!第二の龍、青龍!第三の龍、金龍!第四の龍、銀龍!第五の龍、 凍龍!第六の龍、神龍!第七の龍、海龍!第八の龍・・・冥龍!!」  ドラムが叫ぶと共に、美しい龍が姿を現す。丁度、ドラムを合わせて、9匹の龍 が、並んだ形だ。とても壮観な図だった。 「目の前の敵を・・・倒す!行くよ!八龍!!『八界遁』!!」  ドラムが叫ぶと共に、龍達は、ラジェルドに向かって突っ込んでいく。ドラムは、 榊流忍術の最高奥義『八界遁』を、成功させた。 「面白い!面白いぞ!!」  ラジェルドは初めて両手を使って、防ぐ。龍は狂ったようにラジェルドに襲い掛 かる。それぞれが、爆発するかのように、暴れ回っていた。 「・・・成功・・・したよ・・・繊一・・・郎・・・さん。」  ドラムは、そう言うと、コトリと倒れて、龍から人の姿に戻る。実際には、龍が 本当の姿なのだが、こちらの姿の方が、力を使わずに済むのだ。 「ドラム!!」  レルファが、駆け寄る。しかし、ドラムは動かない。 「馬鹿!!ドラムが死んじゃったら、意味無いじゃない!!」  レルファが涙を流す。こんな小さな子まで、命を懸けさせる自分が、情けなかっ た。すると、ドラムは、一瞬咳き込むと、寝息を立て始めた。 「・・・ドラム?・・・息があるわ!!良かった!!」  レルファは、ドラムを大事そうに抱えて、すぐさま回復魔法を掛ける。 「大事に、至らなかったようだな。」  サルトラリアも胸を撫でおろす。そうしている間にも、ラジェルドと八龍は、ま だ闘い続けていた。凄まじい力を具現したかのような、八龍達相手では、さすがの ラジェルドも、一筋縄では、いかないようだ。 「この『熾天使』は、このような所では負けられぬわ!!」  ラジェルドが叫ぶと、両手に『無』の力を結集させて、八龍を一匹ずつ消してい く。そして、ダメージを受けながらも、何とか八龍を退治して見せた。 「ふう・・・中々恐ろしい真似をしてくれる。余は、甘く見ておったかもな。」  ラジェルドは、息を整える。すると、ドラムを睨み付ける。 「大した才能よ。だが、芽が出る前に、潰さねばならぬ。」  ラジェルドが、近づこうとした時、後ろで、とてつもない闘気を感じる。 「・・・何!?」  ラジェルドはビックリする。恐るべき勢いで闘気を吹き上げてる者が立っていた。 「天武砕剣術・・・。我が実父ジルドランの得意とする剣術。幼い頃、父上から教 わった剣術は、天武砕剣術だったのだな。死角剣と共に教えられていたとは・・・。」  その声は、サイジンだった。サイジンは、目が覚めたかのように、とてつもない 力を発していた。ドラムが時間を稼いでいる間に、天武砕剣術の極意書を見たよう だ。そこに書いてあったのは、グラウドが密かに教えていた剣術に、酷似していた。 グラウドは、いつかサイジンが、天武砕剣術を受け継ぐ時が来ると、予測していた のだろう。グラウドの操る死角剣の片手間に覚えさせていたのだった。そして、極 意書を読む事で、幼い頃の記憶と合致し、天武砕剣術を理解出来たのだろう。 「2人の父と、サルトラリアさんが残してくれた遺産を、私は受け継ぎましょう!」  サイジンは、これまでに無い気迫で、剣を構える。 「何があったのかは知らぬが、戦闘レベルが上がったようだな。」  ラジェルドは警戒する。サイジンから感じる闘気の強さが、さっきとは明らかに 違う。まるで、闘神になったかのようだ。 「ならば、見せてもらおう!」  ラジェルドは、神気弾と瘴気弾を立て続けに放つ。サイジンは、動かなかった。 「天武砕剣術、防技『水壁(すいへき)』!」  サイジンは、剣を水平にすると、上下に動かして壁を作る事で弾を全て跳ね返す。 (全て、跳ね返しただと!?)  ラジェルドはビックリする。これが、さっきと同じ人間なのだろうか? 「ドラムが稼いでくれた時間を、無駄にはしません。」  サイジンは凄い速さで突っ込んでいく。そして振り被ると、斬り掛かる。 「ぬぅぅ!!!」  ラジェルドは、何とか防御するが、腕から血が流れる。凄まじい切れ味だ。しか も、今のは、一瞬にして三段斬りをした。 「天武砕剣術の袈裟斬り『火炎』・・・。モノにしたようだな。」  サルトラリアは、ニコッと笑う。サイジンなら受け継いでくれると思った。 「余が押されるとは・・・。人間の技は、驚愕に値する・・・。」  ラジェルドは、力で劣る人間が、強くなれたのは、技のおかげだと考えている。 「私はジークのように、強さを超えて力を手に入れる事は出来ない。だが、守るた めに、最大限の力を発揮する事は出来る!!」  サイジンは、剣に闘気を乗せる。魔力も同時に放出して、源の渦を作り出す。 「人間は綺麗事が好きだな。だが、余に認めさせるには、その綺麗事に宿る力を見 せよ。さもなければ、叩き潰すのみだ。力なき綺麗事では、事は成しえぬ!」  ラジェルドは両手に「無」の力を放出する。とうとう本気になったのだ。 「ならば人間の・・・いや、私の意地をお見せしよう!!」  サイジンは、天武砕剣術の「威」の構えを取る。「威」の構えとは、防御を省み ず、攻撃に全てを集中させる構えだ。 「先ほど、余を驚愕せしめた力、偽りで無い事を、見せるが良い!」  ラジェルドは、両手を合致させる。すると強烈な「無」の力を作り上げる。 「私は、戦いで多くの憎しみを見た・・・。はっきり言って、戦いは出来るなら、 避けたい。だが、仲間を守るために、鬼と化しましょう!」  サイジンは、「威」の構えから動に転ずる。 「甘い!!一旦、全てを灰燼と化さねば、新たなる流れは生まれぬ!「無」によっ て、全てを淘汰した後に、新たなる流れを作らねば、ソクトアは滅びる!!」  ラジェルドは「無」の力を得た事で、「無」が導く世界を、作りたいのだろう。 「甘くても構いません!人は、そこまで愚かでは無いと信じる!全てを受け入れて、 初めて全ての理解を得るのです!」  サイジンは「人道」の考えは、間違ってないと信じている。 「秩序も無く、統治も無く、共存だけで生きて行ける世など、あるものか!そんな 綺麗事は許さぬ!『熾天使』の裁きを、受けるが良い!!」  ラジェルドは、「無」の塊をサイジンに向かって放つ。 「無ければ作れば良い!理想を持てぬ世など、希望は無い!私は、ジークと「人道」 に懸ける!そのためなら、魂を燃やしましょう!!」  サイジンは、「無」の塊を斬りつける。すると、凄まじい衝撃が、体を巡る。サ イジンは、歯を食いしばって耐えていた。ここで諦めたら、自分だけでは無く、後 ろに居るレルファやドラムにまで、「無」の力が行ってしまう。 「笑止!「無」は、全てを飲み込む力。貴様など、すぐに飲み込まれるわ!」  ラジェルドは勝利を確信する。「無」の力を持たぬ者が、「無」の力に勝てる訳 が無い。それを斬ろうなどとは、自殺に等しい。 「フハハハハ。「無」の力と共に、消えるが良い。」  ラジェルドは自然と笑みが毀れる。 「私の中にある、全ての細胞よ!!この力を退けるのです!一瞬で良い!!」  サイジンは、ただひたすら、自分の魂を力に変えることを願った。すると、剣が 砕け散ると共に、「無」の力が消えていく。サイジンは「無」の力を斬る事に、成 功したのだった。正に奇跡である。 「馬鹿な!!もしや、貴様も目覚めたと言うのか!?」  ラジェルドは、目を見開く。「無」の力に対抗するには「無」しかない。 「人間如きに、簡単に極められる物か!もう一度、食らうが良い!」  ラジェルドが言った瞬間だった。ラジェルドは、自分の体の異変に気が付く。何 と右腕の感覚が無い。そうかと思えば、肩口から腰まで掛けて、一筋の線のような 物が見える。それを悟った瞬間、ラジェルドの体は真っ二つに引き裂かれる。 「ぬおあああ!!まさか、あの一瞬で!!?」  ラジェルドは、大量の血を吐き出す。しかし、それは一瞬だった。斬り口から、 飲み込まれるように、体がひしゃげていく。 「・・・ふう・・・。私の「無」の力は・・・貴方の力を斬った後・・・貴方に衝 撃波となって、向かったのです。・・・私の勝ちです!」  サイジンは拳を握り締めると、刀身の無くなった剣を振り上げる。 「・・・何たる事だ・・・。余が・・・『熾天使』が・・・。無念・・・だ。後は クラー・・・デス。頼・・・む・・・。」  ラジェルドは、クラーデスに全てを託すと大天使の翼を残して消えていった。 「・・・終わりましたね・・・。」  サイジンは、体の力が抜けると同時に倒れこむ。それを、レルファが受け止めて やった。レルファは、言葉にならない叫びを上げながら、サイジンの体を、ひたす ら、抱きしめるのだった。そして涙を流しながら、回復魔法を掛けてやるのだった。 「・・・見たか?ジルドラン・・・。お前の息子は・・・凄かったぞ。」  サルトラリアも、涙が止まらなかった。  「無道」の中核であるラジェルドは、倒れた。『熾天使』ラジェルドを倒したの は、神魔でも神でもなく、ひたすら皆の事を考えていた、人間だった。人間の可能 性を大きく見せ付ける闘いを、皆は忘れない事だろう。サイジン=ルーン。またの 名を、ハイム=サイジン=カイザードは、決して諦めない『闘士』として、その名 を残す事になる。それは、決して楽な道のりでは無かった。だからこそ、人々は、 賞賛したのである。どことなく愛嬌のある『闘士』が、『熾天使』を倒した瞬間だ った。