NOVEL 4-6(First)

ソクトア第2章4巻の6(前半)


 6、死闘
 中央大陸は、戦乱の中にある。「覇道」の生き残りも、不気味に用意していると
の噂であるし、「法道」は、勝利に酔いしれたのも束の間、既に、次の用意をして
いる事であろう。「無道」は、先の「覇道」対「法道」の戦いの間に、随分と歩を
進めている。そして「人道」は、ライルの生家を中心にして軍備を整えている。
 そして、ついに「法道」に、ミシェーダが戻って来たと言う情報があったので、
戦いが始まるであろう事は、想像が付いていた。「人道」は、飽くまで自分からは
攻め込まなかった。それは、「共存」をテーマにしているからであり、それを破る
事は、自分達の誇りを失う事になるからだ。戦乱の最中に、そこまで考えている道
は少ないだろう。味方の中にも、有利な内に攻め込んだ方が良いと、言う者も居た。
しかし、「共存」の精神を説いて、それでも従えない者は「人道」を去っても良い
と、厳しい態度で臨んだ。その結果、少数の者は、抜けたりしたが、大多数の者が、
その考えで、納得してくれたようだ。ジークも、トーリスも、それで良いと思った。
数が重要なのでは無い。団結力が重要なのだ。各人が、確固たる決意を持って「人
道」の究極の目標である「共存」に繋がる。それに耐えられない者は、この戦いを
勝ち抜く事は出来ない。だが残った者は、大きな力を発揮する事は、間違いない。
 とうとう戦いの前夜になった。ここ1週間は、ずっと、どこが攻めて来るか分か
らないので、気が気では無かったが、明確に戦いが始まると分かれば、多少は、安
心出来る。しかし、やはり戦いの前夜は緊張する物で、それぞれが、戦いに向けて、
心を落ち着けようとしていた。
 トーリスと、ツィリルは毎日やっているレイアへの祈りを、欠かさずにやってい
る。この前夜になって、更に深い祈りを捧げていた。
「・・・センセー?」
 ツィリルは、トーリスに聞いてみる。
「どうしました?」
 トーリスは、心優しい目でツィリルを見る。
「センセーは今、何を祈ってたのかなぁ?って思ってね。」
 ツィリルは、トーリスの深い祈りの内容が、気になったのだろう。
「何だと思いますか?当てて御覧なさい。」
 トーリスは、意地悪っぽくツィリルに返す。
「んー。無事に過ごす事?」
 ツィリルは、少し考えてから答える。
「半分だけ、当たりですね。」
 トーリスは、ツィリルが考えている様子を、面白そうに見ている。
「んー。・・・難しいなぁ。レイアさんが帰って来る事?」
 ツィリルは、恐る恐る言う。
「ツィリル。私は、もうレイアに未練はありませんよ。」
 トーリスは、少し口を尖らす。
「ごめんなさーい・・・。」
 ツィリルは、少し涙目になる。
「・・・答えは簡単ですよ。貴方と一緒に、この戦いに生き残れるよう、レイアに
報告していたのです。その決意を、レイアに見せるためにね。」
 トーリスは優しく、ツィリルの髪を撫でると、額に唇を付ける。
「なぁんだ!わたしと同じだったんだ!えへへっ。」
 ツィリルは、嬉しくて、つい涙が零れる。
「ツィリル。私は、貴女には、本当に感謝しているのですよ。貴女が居なければ、
私は、まだレイモスと同化してたでしょうし、レイアは、無事に天の楽園に行く事
も、無かったでしょう。ありがとう。」
 トーリスは、ツィリルに素直な気持ちをぶつける。ツィリルが居なければ、トー
リスは、狂ったままだったかも知れない。
「えへっ。何だか、照れちゃうなぁ。わたしが、センセーに感謝されるなんてさ。」
 ツィリルは、ただトーリスが好きだと言う気持ちを、持ち続けていただけである。
しかし、トーリスは純粋に自分を愛しつづけてくれた事に、感謝しているのだった。
「ツィリル。今更、言うのも何ですが、私は、貴女と共に生きていきます。これか
らずっとね。そのために、この戦いは絶対に負けません。レイアと貴女に誓います。」
 トーリスは、ツィリルに向かって真剣に言う。
「センセー。わたし嬉しすぎて、どうかしちゃうよ。」
 ツィリルは、トーリスの胸の中に飛び込む。
 ツィリルは、レイアに感謝しながらも、トーリスと生きていく事を誓うのだった。
 その頃、レルファは、サイジンの居る部屋に入る。
「おお。レルファ。起きていたのですか?」
 サイジンは、大仰しくレルファを迎える。
「サイジン。時間ある?」
 レルファは、何か神妙な顔付きになっていた。
「貴女と過ごす時間なら、いくらでもありますよ。」
 サイジンは、冗談とも本気とも言えない口調で言う。
「ふざけないでよ!もう。真面目に話してるのに・・・。」
 レルファは、サイジンの軽い性格に呆れたが、何だかそれが嬉しかった。
「怒る貴女も、素敵ですよ。」
 サイジンは、レルファに優しい眼差しを向ける。
「相変わらず気障ねぇ。貴方は。」
 レルファは、軽く笑うと、また神妙な顔付きになって、サイジンの隣に座る。
「サイジン。次の戦い・・・怖くない?」
 レルファは、サイジンに問う。
「・・・そうですね。怖くないと言えば嘘になります。でも貴女となら、絶対に切
り抜ける覚悟は、出来ています。」
 サイジンは、今度は本気の表情で言う。
「貴方は強いわね。私は、怖くて堪らないのよ・・・。自分の事もそうだけど、誰
かが、死んじゃうんじゃないか?って、そう思うと頭から離れないわ。」
 レルファは、もう、誰が死ぬ所も見たくないのだ。
「レルファは優しいですね。私の好きなレルファ。私は、そういう所が、好きなの
ですよ。貴女の優しさが無ければ、私は、この場には居ませんでした。」
 サイジンは断言する。レルファ無くして、自分は居ない。だからこそ、次の戦い
では、レルファを守り抜いてみせると決めていた。
「私は臆病になっているのよ。もう、戦いなんか見たくないの・・・。兄さんと私
は、違うのよ・・・。」
 レルファは、肩を震わせている。ライルとジークが死んだ時の事を、思い出す。
 サイジンは、そんなレルファを見て、肩を押さえながら、抱きしめてやった。
「レルファ。貴女は強い。皆の事を思えるのは、強さの証です。ただ敵を倒そうと
する私なんかより、ずっと強い。自信を持ちなさい。貴女は、ジークの妹だから、
ここまで来れたのでは無い。貴女だからこそ、来れたのですよ。」
 サイジンは、レルファを強く抱きしめてやる。
「ありがとう。私、それを、誰かに言って欲しかったのね・・・。」
 レルファは、サイジンが居てくれて、良かったと、心から思う。
「レルファ。次の戦いを、笑って終わらせられるように、願いましょう。」
 サイジンは、そう言うと、レルファに口付けを交わす。レルファは、それを拒ま
なかった。サイジンの気持ちが、本当に嬉しいと思ったからだろう。
 一方ゲラムは、外で、まだ修練していた。落ち着かないのだ。
「やり過ぎよ。ゲラム。体壊しちゃ、意味無いでしょ?」
 ルイが、やってきた。ゲラムが修練してるのを見て、ここに来たのだろう。
「うん。でも後悔したく無いんだよ。だから、出来る事をやって置きたくてね。」
 ゲラムは、ガムシャラに頑張っていた。しかし、必死さは見習うべき物がある。
「ルイさん。どうしてここに?」
 ゲラムは、修練を、一旦止めて、ルイに尋ねる。
「何?用が無きゃ、来ちゃいけないっての?」
 ルイは、ジロッと睨む。
「いや、そんなんじゃないよ!ごめんなさい!」
 ゲラムは、つい謝ってしまう。こんなに強くて、信念を持っているゲラムが、ル
イの前では、気弱な男の子になってしまうのだから、面白い話である。
「怒ってないわよ。アンタも、マジになり過ぎよ。」
 ルイは、クスクス笑う。ゲラムの反応が、面白くて、つい笑ってしまった。
「良かった!僕、結構、世間外れな所が、ある気がしてさ・・・。」
 ゲラムは自分で自覚していた。ゲラムは、苦労人のように見えるが、どこか感覚
が、ズレている時がある。その辺は、王族を感じさせる所でもあるのだが・・・。
「馬鹿ねぇ。そこが、ゲラムの良い所でもあるんじゃないの?」
 ルイは指摘してやる。ゲラムは、少し考えて、頷いた。
「ルイさんの言う事は、説得力あるなぁ。」
 ゲラムは、ルイの言う事に納得したようだ。こういう所が、ゲラムっぽい。
「疑う事を知らないのねぇ。先行き不安よ?貴方。」
 ルイは、ゲラムの素直さが可愛く思った。
「そうかなぁ?良く分からないなぁ。」
 ゲラムは、首を捻る。どうにも、真面目に考えてしまうのは、ゲラムの癖だ。
「しかし、貴方も、良くそこまで頑張れるわねぇ。」
 ルイも、呆れる程の練習量だ。
「兄さんに約束しちゃったからね。後悔する戦いだけは、したくないんだよね。」
 ゲラムは、目に輝きを灯す。こういう所は、戦士なのだろう。
「ルイさん。一つ聞いて良い?」
 ゲラムは、ルイに質問があるようだ。
「良いわよ?答えられる範囲で、言いなさいよ。」
 ルイは、ゲラムに耳を傾ける。
「・・・ねぇ。ルイさん。ルイさんは・・・ジーク兄ちゃんの事・・・好きなの?」
 ゲラムは、モジモジしながら言った。
「・・・アンタねぇ・・・。まぁ、最初にアンタに相談持ちかけた、私も悪いか。」
 ルイは、呆れたようにゲラムを見る。
「ジークの事は、尊敬してた。でも、あれは好きなのとは違う。ジークには、ミリ
ィが居るしね。彼女はジークを身を挺してまで助けようとした。私にゃ出来ないわ。」
 ルイは、あっけらかんと答える。
「ゲラム。私が今、一番信頼してて、最高のパートナーだと思えるのは、貴方よ?」
 ルイは、きっぱり答えた。そのルイの視線は、真剣その物だった。
「・・・な、何だか嬉しいなぁ。」
 ゲラムは、ドキドキしていた。ルイのように、思う事を、全て口に出来る女性は、
羨ましいとさえ思う。そのルイが、自分を信頼してくれているのは嬉しかった。
「しっかりしなさいよ。貴方は、素晴らしい素質を持ってる。皆を元気にさせるっ
て言うね。私が婿として、選ぶんだから、シャキッとしなさいよ。」
 ルイは、ゲラムに活を入れる。
「は、はい!・・・って婿?」
 ゲラムは、素っ頓狂としていた。
「そうよ。こんな良い女が、アンタを婿にするって言ってるんだから、後悔させな
いでよ。良いわね?」
 ルイは、ニコッと笑う。その笑顔は、限りなく優しい笑顔だった。
「返事は?」
 ルイは、ゲラムに迫る。
「勿論、嬉しいに決まってるじゃ無いですか!!ルイさん!僕・・・ルイさんに相
応しくなれるように、頑張るよ!!」
 ゲラムは、また真面目な答えを返す。
「あなたは真面目ねぇ。ま、そこが良い所なんだけどね。」
 ルイは、ゲラムを見て頭を掻く。どうにも、ゲラムは自信が無さ過ぎるのが、良
くない所だ。その分、真面目なのが良い所でもあるのだが・・・。
「この戦い、負けたら、承知しないからね。良いわね?」
 ルイは、ゲラムに気合を入れる。
「勿論だよ!ルイさんと一緒に、頑張るから!僕絶対負けないから!!」
 ゲラムは興奮気味に話す。相当、嬉しかったようである。こう言われると、ルイ
としても、悪い気はしない。
「その意気よ。アンタと一緒に、私も頑張るからさ。」
 ルイは、そう言うと、ゲラムを胸に引き寄せる。
「・・・ルイさん。僕・・・。」
「ゲラム。こう言う時は、黙って抱きしめる物よ?」
 ルイは、ゲラムと抱き合うと、この感覚は、例え死に至ろうとも、忘れまいと誓
う。ルイだって、怖いのだ。それを隠すがために、ゲラムと一緒に居たいのだった。
 そしてジークは、自宅の部屋で、精神統一をしていた。
(「覇道」や「無道」が、何を仕掛けてくるか、不気味だ。だが俺は負けない。)
 ジークは、ジュダや赤毘車との手合わせで、この上なく力が高まっている。ライ
ルも成し遂げられなかった戦いの域へ、踏み込もうとしていた。
(この戦いで、「無」の力を使う事になる。だが、使い方を間違えないようにしな
いと、暴走してしまう。何とか抑えないとな。)
 ジークは、次の戦いで、「無」の力を使う事になる事は、分かっていた。それだ
け、激しい戦いになる事は、目に見えていたのだ。そんな中ノックの音が聞こえる。
「・・・ミリィだね。・・・ドアは開いてるよ。」
 ジークは、ノックの音を聞いただけで、理解する。心地良い音がするのだ。この
音の時は、大概はミリィだ。
「お邪魔するヨ。」
 ミリィは、入ってくる。
「・・・ここがジークの部屋なのネ。」
 ミリィは、改めて見回す。多少修練の本が置いてあるが、ベッドと、剣を磨くた
めのダミー人形がある以外、何も無い部屋だった。本当に、剣に打ち込んできた人
生だと言う事が分かる。
「はは。何も無い部屋だろ?でも、これもスラートが、色々片付けてくれたさ。」
 ジークは、余りに片付いているので、ビックリしたものだ。
「スラートは、几帳面な所があるネ。」
 ミリィは、器用なスラートを素直に感心していた。
「いよいよ明日なんだな・・・。」
 ジークは、気合を入れる。さっきまで精神統一をしてたせいか、力が漲るようだ。
「私は、心配が尽きないヨ。」
 ミリィは、ジークが「人道」にとって、欠かせない戦力だと言うのは、知ってい
る。しかし、出来る事なら戦わせたくなかった。
「それに・・・私は、母さんの事が心配ネ。」
 ミリィは、溜め息を吐く。置いてきた母親が、心配でならないのだ。
「そうだな。サルトラリアさんが付いてるとは言え、安心出来ないな。」
 ジークも心配だった。何せ相手は、神や魔族なのである。いくらサルトラリアが
達人とは言え、守り切れるかどうかと、言った所だ。
「そのためにも、次の戦いは、是が非でも勝たなくちゃな。」
 ジークは、必勝を心に秘めていた。明日は、恐らく混戦になる。そうなった時に、
どう対処出来るかによって、勝敗が左右される事だろう。
「ジークは、前向きネ。私は、そう言う所が好きヨ。」
 ミリィは、ジークを真っ直ぐ見つめる。
「ミリィ。俺は、ふと考える事があるんだ。・・・もし、父さんの息子じゃなかっ
たら、もし、不動真剣術を習わなかったら、どうなってたんだろうな?ってさ。」
 ジークは、常に英雄の息子であり、ライルから、不動真剣術を継承した後は、英
雄であり続けた。人々も望んでいたし、ジークは、それに応えてきた。
「・・・難しいネ。・・・でも、ジークは、前向きに生きていたと思うヨ。」
 ミリィは、ジークがどんな人生を歩もうとも、生き方は変えなかっただろうと、
信じていた。それ程、強い精神力の持ち主だからだ。
「それに皆も私も、ジークがライルの息子だから、付いて行くんじゃないヨ。ジー
クだから、信じられるのヨ。」
 ミリィは、思うままに言う。
「ありがとう。・・・でも俺は、父さんの息子で良かったと思っているんだ。ミリ
ィに会えたのも、この不動真剣術の、おかげだしね。」
 ジークは、今までの人生は素晴らしい物だったと思っている。誰にも出来ない体
験をして来たと思う。だからこそ、これからも生きたいと思うのだ。
「私ハ・・・初めて、貴方に負けた時、尊敬もあったけド・・・それ以上に、不動
真剣術を貫くジークが、格好良いと思ったのヨ?」
 ミリィは、ジークとの対戦を振り返る。あの時からミリィはジークに惚れていた。
「何だか照れちゃうな・・・。ミリィは、いつも、俺に自信と勇気をくれる。」
 ジークは、ミリィを抱き寄せる。次の戦いが、このソクトアの全てを決める戦い
だと言う事が、ジークにも実感出来る。だからこそ、この瞬間を大事にしたかった。
皆、素直な自分を、出したかった。
「ジーク。死んだら嫌ヨ。」
 ミリィは、子供のように肩を震わせながら言う。
「任せとけ。俺は、ミリィのために死なない。他の誰のためじゃない。お前のため
に死なないし、死にたくない。」
 ジークは、ミリィを見据える。
「・・・その言葉、私は、一生忘れないヨ。」
 ミリィは、大粒の涙を零す。ジークの言葉が、身に染みて嬉しかったのだ。
 大決戦の前夜、恋人達は、例え何が起きても忘れぬよう、しっかりと抱き留める
のであった。決戦は刻一刻と迫っている。「人道」の運命を決める戦いは、足音が
聞こえるように近づいてくるのであった。


 次の日の朝、ジークの家では、スラートが皆を起こしていた。今日は珍しく、ト
ーリスまで、グッスリ眠っていたらしく、皆は、眠い目を擦りながら、起きだすの
であった。スラートが呆れる程、皆はグッスリ眠っていた。
 しかし、いざ起きると、皆の目は、非常に気合で漲っていて、凄い迸りを感じて
いた。何かに吹っ切れたように、気合が充満している。
(何があったのか知らねぇが、良い事が、あったみたいだなぁ。)
 スラートは、気合の入り方を見て安心した。それと同時に、大体の予想はついた。
フジーヤも、決戦前夜に、思いつめたような表情をしていて、決戦時は、ルイシー
と、穏やかながら、気合が漲る表情で来た物だ。
(やっぱ、親子は、どこかで似る物だねぇ。)
 スラートは、トーリスとフジーヤは、似てない親子だと思っていたが、やはり、
似ている。軍師を引き受けたり、策士としての表情を見せたり、そして、大まかな
行動と言い、そっくりである。
(俺っちも、そろそろ嫁さんでも探すかね。)
 スラートは、若い恋人達を見てると、羨ましくなってしまう。
「おはよう御座います。スラート。お世話掛けますね。」
 トーリスが、最初に降りてきた。久々に寝坊をしたので、歯切れが悪かった。
「良いって事よ。お前さんは、これから頑張らなきゃなるまい?」
 スラートは、トーリスの肩を叩く。
「あれ?センセーはやーい。皆、同時に起きたのにー。」
 ツィリルが降りてきた。トーリスは寝坊したとは言え、寝起きは、かなり良い。
「さすが早いネ。私も結構、寝起きは悪くないんだけどネ。」
 ミリィも降りてきた。しかし、これは単に寝起きと言うより、女性と男性の差で
あろう。トーリスも小奇麗だが、あまり仕度に、時間を掛ける方では無い。
「あれ?僕、一番最初だと思ったのになぁ。」
 ゲラムが降りてきた。ゲラムも、結構早い方である。
「ふにゃぁ。まだ眠いー。」
 ドラムも目を覚ましたようだ。だが、まだ眠そうだ。
「あらら?早めに仕度したのに・・・皆、早いのねぇ。」
 レルファは2番目か3番目くらいのつもりで仕度したのだが、もう6番目である。
「・・・後3人は、時間掛かりそうだな。」
 スラートは、頭を抱える。後の3人は、寝起きが悪い方で有名だ。
 しばらくすると、ドタドタ音をさせながら、サイジンが降りてきた。
「いやぁ、不覚。私とした事が、肝心な日を寝過ごす所でしたよ。ハッハッハ!」
 サイジンは、相変わらず馬鹿笑いする。
「少しは直しなさいよ。もう・・・。」
 レルファは、苦笑する。しかし、レルファも今日は、そこまで早くなかったので、
人の事は、言えないのであった。
「皆、早いなぁ。」
 ジークが笑いながら、降りてきた。
「遅いヨ。ジーク。」
 ミリィが嗜める。ジークは、両手を合わせて、済まなそうにしていた。
「あちゃぁ・・・。やっぱり、ルイさん最後か・・・。」
 ゲラムは目を細める。ルイが、良く遅れてくる事は、いつもの冒険で分かってい
た。いつも、ジークと良い勝負である。
「ほっほっほ。私くらいの大物ともなると、時間の遅れなんか、気にならない物よ。」
 とてつもなく、ずれた理論を言いながらルイが降りてきた。
「少しは、気にしてよ・・・。」
 ゲラムも、つい突っ込みたくなる遅さだった。
「まぁ、これで全員揃った訳だな。」
 スラートは、約3人をジト目で見る。
「まぁ良い。ほれ。これを、持っていきな。」
 スラートは、全員に、今日の携帯食の魚の燻製と、薬瓶を渡す。
「・・・これは!スラート・・・いつ、これを作ったのです?」
 トーリスは、渡されて、すぐ気が付く。
「俺を舐めるなよ。トーリス。フジーヤから、やり方を聞いてから、密かに作って
置いたんだよ。まぁ、念のためって奴さ。」
 スラートは、得意満面な顔をしていた。
「これって・・・。まさか・・・。」
 ジークは、思い出す。ワイスとの戦いの最中、フジーヤから渡された薬の事だ。
「察しが良いですね。神聖薬です。神聖魔法の素が詰まってます。」
 トーリスは、神聖薬が作るのに、どれだけ時間が掛かるか、知っている。フジー
ヤも、余りに面倒臭いので、非常用に一つだけ作って置いただけなのだ。それを、
全部で10個も、作っていたらしく、スラートの勤勉さが、分かる所だ。
「スラート。ありがとう。私達は、負けられませんね。」
 トーリスは、有難く受け取る事にした。断る理由も無い。
「でも、なるべくなら、使いたくないなぁ・・・。」
 ジークは、あの苦さを思い出した。並の苦さじゃない。良薬口に苦しとは言うが、
吐き出しそうになるくらい、不味い事は確かだ。
「俺っちが手伝えるのは、ここくらいだ。後は、おめぇ達の腕に掛かってるんだ。
忘れるんじゃねぇぞ。そして、ぜってぇ勝てよな。」
 スラートは、景気を付けてやる。
「ああ。約束するよ。俺達は、ここまで辿り着かせてくれた人のためにも、絶対に
負けない!必ず、ここに戻ってくるさ!」
 ジークは、スラートの景気に威勢よく答える。
「よっしゃ。その意気だ!行って来な!俺っちは、待ってるぜ!」
 スラートは扉を開ける。すると、厩舎に居たペガサスやグリフォン達も、勇まし
い嘶きを上げる。祝福してくれるかのようだ。
「よし!行くぞ!」
 ジークが手を上げると、それに合わせるように、皆、手を上げる。そして、扉か
ら出た。すると、「人道」の人々は、既に用意をし終えて外で待機していた。
「大将!行こうぜ!」
「俺達の誇りを、神や魔族に見せてやろうぜ!」
「アンタに付いて行くと、決めた以上、もう迷いは無いぜ!」
 兵士達や「人道」を信じる人達が、次々に声を上げる。
「ありがとう!俺は、このゼロ・ブレイドと、今は亡き父、ライルに勝利を捧げる!
そして、誰もが笑って暮らせる世の中を作るために、闘おう!」
 ジークは、ゼロ・ブレイドを天に向かって抜く。すると、それに呼応するかのよ
うに、ゼロ・ブレイドから青い闘気が、目に見えて漲る。人々から歓声が起こる。
「やっぱ、兄さんは、役者が違うわね。」
 レルファは、しみじみそう思う。英雄の息子でありながら、人々が望む最高の英
雄になった。その過程を知っているからこそ、凄いとレルファは感じた。
「ルーン家、そしてハイム=カイザード家の代表として、恥ずかしく無い闘いをし
なくてはね。」
 サイジンも、覚悟を決めた。今回、グラウドやルースなどは、国政のために出ら
れないで居た。エルディスは、レイリーの姿を見たいと言う事で、どうしてもと言
う事で付いて来ようとしていたが、危険なので止められていた。
「どこかで、母さんが見てるかも知れない。僕も、負けられないぞ!」
 ドラムは、いつの間にか大人びた顔をしていた。ドリーも安心出来るだろう。
「兄さん、姉さん、父さん、母さん。必ず勝って、報告に行くよ・・・。」
 ゲラムは、家族の姿を思い出す。そしてルイの事を、ふと見る。
「ゲラム。アンタは、まず私の妹に会う事よ。」
 ルイは、一回踊り子の里に連れて行こうと思っていた。
「お兄ちゃんに、会えると良いなぁ・・・。」
 ツィリルは、何となくアインの最後の言葉が、気になっていたのである。
「アインを信じなさい。・・・最後に笑って会えるように、しなくてはね。」
 トーリスは意味深な事を言った。この戦いは、意地のぶつかり合いである。絶対
に負けられない戦いだった。
「母さん。無事で居てヨ。私、ジークと挨拶に行くかラ・・・。」
 ミリィは、レイホウの無事を願わずには、いられなかった。
「父さん。俺達は、必ず勝利を勝ち取ってみせる。見ていてくれ!」
 ジークは、ゼロ・ブレイドを握る手の力を、強める。
「妖精隊から伝言だ!!中央大陸の中央部に、「法道」と思われる軍勢が、近付い
て来てるそうだ!!派手にやろうぜ!!」
 ミカルドから伝言が入った。どうやら、妖精隊が見付けてくれたらしい。
「出発だ!!!」
 ジークの裂帛の気合と共に、「人道」の軍は動き出した。
 「人道」は共存の道。その軍の中には、妖精も魔族も神も居る。自分達の道の正
しさを証明する為に、ジーク達は動き出すのであった。


 中央大陸の中央部では、「法道」の者達が軍を止めて、「人道」の動きを探って
いた。大体の場所は分かっているが、相手とて、正面から攻めてくるだけでは、あ
るまい。特に軍師に、トーリスとジュダが居るのだ。油断は出来ない。
 すっかり体力を回復させたミシェーダは、「人道」の動きが無い事を、僥倖と思
っていた。しかし、それは彼らの考え方から来る物だと知って、甘い物だと、思わ
ざるを得なかった。大義を掲げるのは結構。だが、勝たなくては意味が無いと、ミ
シェーダは思っている。
(どんな力をもってしても、勝てば自ずと皆は認める。大義など、勝利の前では、
塵も同然。ゼーダやグロバスが、それを証明している。)
 ミシェーダが、寧ろ気にしているのは「無道」であった。不気味なくらい、何も
仕掛けてこない。多分、機を伺っているのだ。
(クラーデスにしては、小賢しい事をするものだな。ラジェルドの入れ知恵か?)
 ミシェーダは、裏切り者のラジェルドの事を思いだす。奴は、猜疑心が強く、虚
栄心も高かった。いずれ裏切るとは思っていた。自分も、そうだから余計に分かる
のだ。しかし、今の「法道」の戦力からして、「無道」だけでは、相手にならない
と踏んでいた。だが「人道」と万が一、協力すれば別だ。「覇道」の残党などと、
手を組めば歯が立たない。最悪の事態だけは、考えて置かなければならなかった。
(いざと言う時のために、用意して置かなければな。)
 ミシェーダは、皆に気付かれないように、密かに用意していた兵力があった。た
だ、この兵力は、本当に最後の取って置きである。そう簡単に、使う訳には行かな
かった。ミシェーダは猜疑心が強い。その慎重さからか、常に、何かを用意してお
く。そうする事で、自分に余裕を与えるのだ。勝利に対する執念だけは、ミシェー
ダは、誰よりも強かった。
(ただ戦う事が好きなグロバスや、信念なんぞを大事にするジュダとは、立場が違
うのだ。私が出るからには、必勝が義務付けられているのだ。)
 ミシェーダを、これまで支えて来たのは、この義務感であり、勝利でもあるのだ。
「ミシェーダ様。正面に、大部隊が見えて参りました。」
 アインが報告にくる。
「ふむ。来たか。理想郷を阻む者達が・・・。」
 ミシェーダは、普段は、理想郷を目指す最高指導者として振舞っている。
「ミシェーダ様。全軍に、どう伝えましょうか?」
 ネイガが指令を求める。
「ふむ。前方には、軍天使を行かせるのだ。そして人々は、迂回して北からの攻撃
に備えよ。警戒すべきは「人道」だけではない。「覇道」の生き残りや、「無道」
の連中の事も、忘れるでないぞ。」
 ミシェーダが指令を伝える。さすがに、正確であった。
「人々の中心には、アインを、軍天使を率いるのは、イジェルンを中心にせよ!そ
して、ネイガは私の援護をするのだ。」
 ミシェーダは、軍天使を突っ込ませて、自分とネイガを中心に戦うつもりだった。
指令が伝わると、全軍がキビキビとその指示に従う。
「前方から、敵が突っ込んできます!あ、あれは!」
 軍天使の伝令が怯える。それもそのはずだった。前方から現れたのは、遥かな力
を持つ、竜神だったからである。
「来たか。ジュダめ。」
 ミシェーダは、ニヤリと笑う。
「よぉ。ミシェーダ。直接会うのは、会議以来か?」
 ジュダは、前に行われた会議を思い出す。
「そうなるな。貴様が、私に楯突くなど、あの時は思っても見なかったぞ。」
 ミシェーダは、プレッシャーを掛ける。
「まぁ俺も、あの時は、アンタに逆らおうなんて思ってなかったさ。・・・だが、
ソクトアを私物化するのなら、別だ。」
 ジュダは、厳しい口調で答える。ジュダは、理想郷など信じていなかった。
「私物化?それは「人道」とて同じでは無いか。共存と言えば、聞こえが良い。し
かし、そんな事で、世が収まる訳が無い。その時、手腕を奮うのは、お前であろう?」
 ミシェーダは、問い掛ける。結局は信じる物の違いだけだと、ミシェーダは言い
たいのであった。綺麗事を言っても、収まる訳が無いと、ミシェーダは思っていた。
「ソクトアは、俺の生まれ故郷だ。それを守りたかっただけだ。だが、アンタは違
う。アンタは、ここを第2の天界にして、自分の思うように作り変えたいだけだ。
そんな事、俺が許さない!俺は、この戦いで勝利したら、天界に帰るつもりだしな。」
 ジュダは飽くまで「人道」の、手腕に任せるつもりだった。人々に任せるのは、
不安だが、ジーク達を信じた以上、それが、一番だと思っていた。
「人々を信じるか・・・。それは、現実を見ていないだけだな。神が方法を示さな
ければ、間違った方向に進むかも知れぬ。それを、お前は分かっていない。」
 ミシェーダは、主権が神で無い限り、世は、間違った方向に進むと思っていた。
「悲しい考えだな。神が考えた世を押し付けて、幸せになれると思っているのか?
抑圧された者の事を考えぬやり方には、付いて行けんな。」
 ジュダは、自分は決して間違っていないと信じる。ミシェーダは、確かに最善の
方法を取っているのかも知れない。しかし、それは神にとって最善の方法であり、
とてもソクトアのための、最善の方法とは思えないのだ。
「天界は、この世の最善の摂理だ。完璧な法で、管理される事で、ソクトアは生ま
れ変われるのだ。邪魔は許さん!」
 ミシェーダは、神気の雷をジュダに対して落とす。
「ふざけるな!ソクトアにとって、最善の摂理が天界だと?誰が決めた!」
 ジュダは、雷を片手で受け止めると、そのエネルギーを一瞬で握りつぶす。
「フッ。成長したな。・・・異論があるならば、掛かって来い。私が考えと、お前
の考えの、どちらが正しいかは戦いで示すしか無い!」
 ミシェーダは、神気を高め始める。
「アンタとは、いつかこうなると思っていた。だが、退くつもりは無い!」
 ジュダは、最初から飛ばす気で居た。いきなり、竜神の形態に変わる。マントを
外すと、龍の翼が生え始める。そして腕が、龍の腕へと変わり、頭にも、角が生え
始める。そして髪が緑色に輝き始めた。
「竜神形態か。本気のようだな。面白い!」
 ミシェーダは、チャクラムと天秤を手にすると、神聖な獣の姿になる。そして、
6枚の翼を生やすと、咆哮を上げた。
「アンタに、俺の全てをぶつける。ソクトアの未来を、アンタに任せる訳には行か
ない!行くぜ!!」
 ジュダは、ミシェーダに飛び掛かる。
「ミシェーダ様!」
 ネイガは、すかさずサポートしようとする。
「邪魔はさせないぞ。」
 赤毘車が、ネイガを制止する。最初から、そうする予定だった。
「赤毘車様。貴女と闘う時が来るとは・・・。」
 ネイガは、光栄ではあったが、こんな形での闘いは望んで無かった。
「ネイガ。ジュダのためなら、私は鬼になるぞ。」
 赤毘車の気合が伝わってくる。本気らしい。
「ならば、私も、鳳凰神として、闘うまでです!」
 ネイガは真実を突き止めるためにも、全力で戦わなければ、失礼に当たると思っ
た。ネイガは、炎の翼を生やす。その姿は、鳳凰その物だった。
「不死鳥か。ならば私も、それに相応しい姿を見せるか。」
 赤毘車は、目を閉じると刀を抜く。すると、赤毘車の髪が炎の色に光り始める。
そして、赤い甲冑が現れた。それを一瞬で装着する。すると後ろから、光の形をし
た突起物が現れる。その姿は、武神を思わせる出で立ちだった。
「その甲冑は!?」
 ネイガは、赤毘車の初めての甲冑姿に驚く。
「先代、武神から受け継いだ遺産さ。最も、剣神としては初めてだがな。」
 赤毘車は説明する。先代から受け継いだ遺産と言うのは、武神から受け継いだ遺
産だった。先代の武神は、天界の北を守護する神として、知られていた。
「武神と言う事は・・・北神の甲冑!」
 ネイガは、名前だけ聞いた事があった。北神の甲冑は、代々武具の誉れとして、
伝えられていて、最高の武を体現出来る者に、与えられると言う言い伝えだ。武神
が、身に付けていたのを最後に、見た者は居ないとされていた。
「私も、これを付けたのは初めてだ。しかし、さすがは北神の甲冑。力が、無限に
湧いてくるようだ。・・・負けられぬな。これは。」
 赤毘車は、先代の遺産の偉大さを思い知る。北神の甲冑は、神としての力を、最
大限に発揮させる事が可能だと言う事で、有名だ。
「嬉しいですよ。私を、その初めてに選んでくれるとは・・・。」
 ネイガは、冷や汗を掻いていたが、嬉しそうだった。
「さぁ、お前も鳳凰神の誇りを懸けて、掛かって来い!」
 赤毘車は、自分の刀に手を掛けると、紐を緩めて、刀を地面に置いた。
「何故、刀を置くのですか?」
 ネイガは、不思議に思った。赤毘車にとって、刀は命のはずだ。
「本気になると言ったであろう?武神から受け継いだのは、甲冑だけでは無いぞ。」
 赤毘車は、甲冑の背中の部分から、刀を取り出して抜く。恐ろしい程、鋭い光を
放っている。見ただけで吸い込まれそうな程だ。これは、並みの刀では無い。
「秘刀『弧月』。鋭さは、どの刀にも負けん。」
 赤毘車は、とうとう奥の手を出す。この刀こそ、赤毘車を、剣神とまで言わせた
理由である。この刀と、赤毘車の技が合わさった時こそ、赤毘車の神としての力が、
最大限に発揮されるのだ。
「万全の体勢と言う訳ですか。面白い!」
 ネイガは、炎の翼を広げる。そして素早い動きで、赤毘車の周りを回り始める。
そして、神気弾を次々と赤毘車に放っていく。しかし、赤毘車は微動だにしてない。
(どう言う事だ?赤毘車様は、一体、何をしているのだ?)
 ネイガは、赤毘車が跳ね返しも避けもしないのを、不思議に思う。まさか、もう
倒してしまったのだろうか?ネイガは、不審に思って、神気弾を止めてみてみる。
「なっ!!?」
 ネイガは、ビックリする。赤毘車はやられたのでは無い。しっかりと立ったまま、
受け止めていた。いくらネイガが威力を落としたとは言え、全方向からの神気弾を
受け止めるとは、どう言う防御力であろうか?北進の甲冑の凄さを思い知る。
「凄まじい甲冑だ・・・。」
 ネイガは、傷一つ付いて無い甲冑を見て、惚れ惚れする。
「フッ。甲冑のおかげだけでは無いぞ?」
 赤毘車は、『弧月』から衝撃波を出す。ネイガは、その凄まじいエネルギーと速
さに、驚きを隠せなかった。ネイガが何と避けられずに、頬に傷が付いてしまった。
「この『弧月』は、エネルギーを吸い取る役目も果たしている。今の速さと強さは、
お前の強さの証明だ。」
 赤毘車は説明してやる。『弧月』は、何と敵のパワーを、吸い取る事が出来るの
だ。恐ろしいまでの武器である。この状態の赤毘車は、正に完全無欠である。
「ならば!」
 ネイガは、神気弾を止めて、スピードを生かした格闘で勝負する事にする。凄ま
じい速さで繰り出す拳と蹴り、そして時には、関節技に行こうとする。しかし、全
て甲冑と『弧月』を上手く操って防ぎ、関節は、すぐに返された。
「・・・何と、凄まじき強さと防御力だ。」
 ネイガは、このままでは、とても敵わないと悟る。甲冑や刀だけでは無い。赤毘
車自身も、素晴らしい反応を見せている。速さは、ネイガ程では無いにしろ、反応
速度では、決して劣って無かった。
「油断は禁物だぞ。」
 赤毘車は、一瞬で間合いを詰めてきた。そして、ネイガを斬りつける。しかし、
ネイガは、素早く後ろに避けた。だが、胸から血が流れる。
「強い・・・。凄い・・・。」
 ネイガは、この強さは、ジュダ以上だと思った。赤毘車は、決してジュダの妻だ
から、認められているのでは無い事を悟る。赤毘車自身の、凄まじき能力のおかげ
で、皆から認められているのだ。
「破砕一刀流、衝波『罰』!!」
 赤毘車は、間髪入れずに『罰』を放つ。この技は×の字に、素早く剣を振って、
衝撃波の威力を増す技だ。『波界』の強力なバージョンである。
「クッ!!」
 ネイガは、上に避ける。その瞬間、赤毘車は追いかけるように上空に舞い上がる。
(早い!やられる!!)
 ネイガは、死を覚悟する。しかし、その瞬間だった。赤毘車は動きが止まる。
「ウッ!!」
 赤毘車は、突然失速して顔を顰める。それだけでは無い。口を押さえて、何かを
吐いていた。この兆候は、間違いなく・・・つわりだった。
(こ、こんな時に!!)
 赤毘車は、堪えきれない吐き気に、唇を噛む。しかし、吐き気が止まらない。そ
れでも、刀を構えて、防御の姿勢を取り続ける。だが、目が霞む。吐かなければ、
とても立っていられない。目眩までしてきた。
「・・・赤毘車様。」
 ネイガは、赤毘車に、素早く近づく。赤毘車は、気丈にネイガの方を向くが、と
ても、いつものような表情など、出来ない。
(無念・・・。だが、子供だけは守らねば・・・。)
 赤毘車は腹を押さえる。無駄だと分かっていても、やらずには、いられなかった。
ネイガは、手を伸ばすと、赤毘車の背中を摩る。
「・・・ネ・・・イガ?」
 赤毘車は、意外そうな表情をする。止めを刺すつもりだと、思っていたのだ。
「赤毘車様。吐いて下さい。そうすれば、楽になれます。」
 ネイガは、優しく背中を叩くと、赤毘車は、安心したのか、その場で吐き出した。
「ゲェェェ・・・。ハァ・・・ハァ・・・。」
 赤毘車は、落ち着いてきた。つわりの出る時間が、ズレてしまっていたのだ。今
まで、周期があったので、油断していたのだ。
「貴女は、剣士であると同時に、身重の女性だと言う事を忘れてましたよ。」
 ネイガは、優しい目で言う。
「・・・甘いな。その甘さは、命取りになり兼ねんぞ?」
 赤毘車は、厳しい言葉を向ける。しかし今は、感謝の表情を浮かべていた。その
表情は、剣神としての赤毘車では無い。母としての、赤毘車の表情だった。
「ネイガよ・・・。何を考えている。チャンスでは無いか。」
 後ろから、ミシェーダの声が聞こえてきた。ジュダと競り合いながら、こちらを
見ていたのだ。ジュダは、心配そうな顔を浮かべていた。ジュダは、赤毘車がやら
れると思っていただけに、感謝の表情も浮かべていた。
「ミシェーダ様。私は、神として恥ずかしく無い闘いをします。赤毘車様の、回復
を待つのは、至極当然の事です。」
 ネイガは生真面目に言う。ミシェーダはそれを見て、無言で神気弾を赤毘車に向
かって放つ。それを見たネイガは憤怒の表情を浮かべて、その弾を拳で掻き消した。
「貴様・・・。何を考えている?」
 今度は、ミシェーダが憤怒の表情を見せる。
「ミシェーダ様。理想郷を導く方が、身重の女性に神気弾を放つのですか?貴方は、
勝利のためなら、神としての誇りを捨てるつもりですか!?」
 ネイガは、本気で怒っていた。ミシェーダの、余りに勝手なやり方に、怒りが爆
発したのだ。不信感が、とうとう現実の物になったのだ。
「剣神は恐るべき敵だ。その子供も、成長したら我々の敵として、立ちはだかるか
も知れぬでは無いか。何を迷う事がある?」
 ミシェーダは正論を言っている。だが、その正論は、神としての誇りが、微塵も
感じられなかった。
「それが貴方のお考えか!!ならば、私は、「法道」を抜けます。これ以上、貴方
のやり方には、付いて行けない!!!」
 ネイガは、決別宣言をする。理想郷と言う言葉に、目を奪われていた。ネイガは、
理想郷を作るために、尽力したかった。だが、ミシェーダが導く限り、それはミシ
ェーダのための、理想郷でしか無い。その事に、気が付いたのだ。
「・・・貴様・・・。何故、こうも逆らおうとするのだ!!!ジュダも!赤毘車も!
そして貴様も!そして、あのゼーダも!!」
 ミシェーダは興奮して、口を滑らす。そして、すぐにしまったと言う表情になる。
「ほぉ。面白い事を言うな。アンタ、天上神ゼーダとも闘ったのか?」
 ジュダが、揺さぶりを掛ける。
「・・・貴様、知っているのだな?」
 ミシェーダの顔付きが変わる。ジュダが、こう言う揺さぶりを掛けるのは、間違
いなく、真実を掴んでいる証拠だ。
「疑惑を聞いただけさ。だが、これで確実なようだな。何が、神のリーダーだ。」
 ジュダは、鼻で笑う。ミシェーダの醜さに、呆れているのだ。
「あの疑惑は、本当だったのですね・・・。」
 ネイガは神気を高める。
「お前も、知っていたのか?」
 ジュダが尋ねる。
「ええ。パム様から、疑惑の話は聞きました。ミシェーダ様が、ゼーダ様を、禁断
とされている時の力を使って、追放したのでは無いかと言う疑惑をね。」
 ネイガは、怒りの声に満ちていた。
「正確に言えば、運命神の特技『輪廻転生』だな。俺も、聞いた事がある。運命神
には、生物を強引に転生させる技が、あると言う噂をな。」
 ジュダも、色々噂を聞いた事があったのだ。
「どうやら、本当だったみたいですね・・・。許せません!!」
 ネイガは敵意を剥き出しにして、ミシェーダを睨み付ける。
「待て。ネイガ。お前は、赤毘車を見ていろ。この邪神は、俺が倒す!!」
 ジュダは、ミシェーダを指差す。
「貴様、邪神だと!?この神のリーダーたる私を!!」
 ミシェーダの顔が、怒りに染まる。
「邪神を邪神と言って、何が悪い!!アンタは、神のリーダーを追放して、その座
を狙った邪神だ!!アンタを倒すのに、これで何の躊躇いも無くなった!」
 ジュダは論破する。ミシェーダは、歯軋りしながらも、何も言い出せなかった。



ソクトア4巻の6後半へ

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