NOVEL Darkness 1-2(Second)

ソクトア黒の章1巻の2(中盤)


 場内も落ち着いてきて、次の闘いを決めるボールが用意される。今までは、トー
ナメント通りだったが、ベスト4ともなれば、そのままでは興が冷めるので、ボー
ルによって、対戦者を決めるようにしていた。それで、トーナメント通りになれば、
文句無く、その通りに進められる。
 1番と2番、3番と4番が、それぞれ闘う事になっている。
「この選択如何で、多少運命が変わるかもな。」
 エイディは、ボールに注目する。既に、場内には勝ち上がってきた4人が並んで
いた。4人が揃うと、中々壮観である。中でも、榊 総一郎のデカさは相当な物で
ある。2メートル以上あるのだろう。それでいて、筋肉もしっかり出来ている。中
々理想的な体付きをしていた。しかし、外の3人も決して見劣りする訳では無い。
さすがに格闘をするだけの事はあって、均整な体付きをしていた。
「まずは神城 扇からですね。」
 ジェイルは、テレビを指差す。扇が番号順では、一番若いので扇からなのだろう。
『神城選手!番号は2番!!』
 まずは扇が、2番のボールを引いたようだ。
 すると、次は天神 瞬が前に立つ。ここで、1番を引けば、トーナメントと同じ
組み合わせになる。瞬は意を決して、ボールを取り出した。
『天神選手!番号は3番!!』
 瞬は3番のボールを引いた。つまり、これでトーナメントと同じでは無くなった
と言う訳だ。扇は、横で詰まらなそうにしていた。どうやら、瞬と闘いたかったよ
うだ。そして、次で対戦カードが決まる。総一郎が前に出た。島山 俊男は、番号
では、一番最後だったので、ボールを引く事は無いのだ。
 総一郎は、ボールを手に取って、審査員に渡す。
『榊選手!番号は1番!!!』
 総一郎は、扇を引き当てた。これで、対戦カードは決まった。
「ほう。榊流頭領と、神城流空手の対決か・・・。」
 エイディは、面白そうに見ていた。この対戦で、どちらも本気を出さざるを得な
い。いや、この最後に残った4人なら、誰でもそうせざるを得ないだろう。
「脅威の威力を持った指か、隙の無い立ち回りか・・・って所ですね。」
 ジェイルの意見は、的を射ていた。扇はこれまで、全ての相手を一撃で倒してい
る。無論、相手との実力差もあった。だが、それ以上に、神城流が指での斬撃に拘
って、鍛え上げているからという理由が一番、相応しいだろう。そして総一郎は、
受けに回るような事は無かったが、隙を見せずに、流れるような攻撃で、勝利をも
ぎ取っていた。目立った所は無いが、確実に勝利を奪う姿勢には、感服する。
「試合は・・・20分後からか。」
 レイクは、その間に昼食を済ませようと思っていた。全員が、そう思ったらしく、
昼食を皆が注文しだす。と言っても、まだレイク達しか居なかったので、手早く、
食事が出される。こういう時に、早めに終わらせて置くと、得なのである。
 その間に、テレビでは、出場者のプロフィールなどが紹介されていた。どうやら、
情報網を駆使して、資料作成をしているらしい。まずは、分かりやすい榊 総一郎
から紹介されていた。
 榊 総一郎は、名門榊家の当代で、榊流忍術の流れを汲む、榊流護身術の頭領で
もあった。榊流護身術は、ガリウロル島は勿論、ソクトア大陸にも、支店を持つ程
の有名な格闘術の一つである。榊流護身術は、忍術の中でも格闘の部分を強化した
物で、護身術になってから、新たに開発された技などもある。忍術からの流れなの
で、拳闘だけで無く、関節技なども、かなりの知識を持っている。最も今大会は、
空手の大会なので、関節技は使えない。とは言え、拳闘の部分に於いても、昇華し
たのか、榊家は毎回、必ず優勝に絡んでくる位置にまで、進出している。それは、
何よりも、榊流が腕を磨いてきた証拠とも言うべきだろう。ちなみに前回、前々回
は、榊 総一郎が優勝している。やはり相当な実力者と見るべきだろう。
 神城 扇。そして天神 瞬。彼らの空手は、現在の空手の起源とも言われている。
1000年間に空手を、どう実戦に取り入れていくかを追求して来たのが、彼らである。
一子相伝で受け継がれており、敗北は、ほとんど無いと言われている。しかし、只
の噂だとされていた。その訳は、表舞台に、余り顔を出さないからである。飽くま
で、自分達の強さを極めるために、彼らは腕を磨いていたので、特に表舞台に興味
が無かったと言うのも、事実だろう。ちなみに彼らが、激突したと言う歴史は、残
っていない。彼らが激突したら、子孫に空手を残せなくなるかも知れない程の戦い
を、してしまうと言う危惧があったためだ。死闘になると、祖先は見ていたのだ。
 だが、ここでイレギュラーが起きた。扇は、世に知らしめなくて、何のための空
手だろうか?と考える人物であったため、この大会に出場を決めたのである。しか
も、この大会に、瞬が出場を決めたのを承知で、決めたのだ。扇は、全ての者を凌
駕してこそ、空手を極める道であると言う考えを、譲らない。この強さへの欲望が、
扇にとっての全てであった。反対に瞬は、特に理由も無く、この大会に出場を決め
た。と言うのも、瞬の家である天神家が、ここ何代かの間に成功したらしく、瞬は、
良い所の長男と言う立場になってしまっていた。なので、特に生活に困る事も無い。
だが瞬は、祖父が夢を描いていた正しく強い人と言うのに、憧れていたので、祖父
の下に身を寄せながら、厳しい修行をしていたのだ。しかし、ここ最近になって、
父親の容態が、急変したらしく、天神家に戻らなければならない羽目になってしま
った。最も、慕っていた祖父が、ここ最近で他界してしまった。このままでは、一
人で山で生活する羽目になるので、丁度良かったと言えば、それまでである。中学
校を卒業したばかりだったので、転校に障害は無かった。それが戻る切っ掛けにな
った。しかし、祖父が言っていた、正しく強い人に近づけたのか、確かめるために
この大会を新しい高校に転入する前に決めた。それだけの理由だった。
 そして最後の一人である島山 俊男は、ガリウロル人でありながら、パーズに滞
在していた留学生である。6歳の頃から留学していたらしく、小学校、中学校と、
パーズで暮らしていた。そして、パーズ拳法を幼い頃から習っていた真面目な少年
であった。俊男にとって、パーズは第2の故郷である。その第2の故郷は、ガリウ
ロルと似ていて、セントの支配を、ほとんど受けていない。そのせいもあってか、
パーズ拳法こそが、基本にして最高の格闘術だと、信じて疑わないようになった。
根が真面目なだけ、思い込むと激しいのだ。しかし、あながち嘘でも無い。パーズ
拳法は、空手よりも歴史が深く、その先祖は、1500年も昔から格闘術を開発してき
たと言うので驚きだ。ソクトアの歴史のほとんどを、格闘術で費やしていると言っ
ても過言では無い。その俊男も、パーズの滞在期限が、限界になっていたので、ガ
リウロルに戻る事になったのだが、パーズ拳法の免許皆伝になった事で、自分の腕
が、どれだけ空手に通じるか試したくなったので、大会の出場を決めたのであった。
 4人共、紹介の中では、稀代の天才同士だと言うのが分かる。この4人が勝ち残
って来たのも、言わば必然なのかも知れなかった。
「へぇ・・・。1000年も前から、空手なんてあったんだ。」
 ファリアは驚いていた。こんな格闘を、1000年も前から磨いている人々が居たと
言うのは、感服物であろう。
「パーズ拳法なんて1500年かよぉ。気が遠くなるなぁ。」
 グリードも驚きを隠せない。話には聞いていたが、1500年も前から、こんな事を
極めようとする人々が存在するのだ。パーズの人々の探究心には、頭が下がる。
「まぁその中でも、神城と天神は別格です。彼らは、ほとんど負けた事の無い一族
なのですからね。」
 ジェイルは、言ってて恐ろしい事実だと思う。彼らは、空手をやる者の中でも、
至高の存在なのだ。だが榊流も、そう簡単に負ける事は無いだろう。楽しみな一戦
になる事は、間違い無かった。
「ま、そろそろ始まるみたいだな。じっくり見させてもらおうぜ。」
 レイクは、テレビを指差す。食事は既に皆、終わらせていた。これなら、特等席
で観戦可能だろう。
『長らくお待たせしました。只今より、全ソクトア空手大会、準決勝を始めます!』
 テレビのアナウンサーがしゃべると、場内は再び興奮に包まれた。どうやら、場
内の人々も、待ち切れない様子だ。
『準決勝、第1回戦!榊 総一郎選手、前へ!』
 審判の声と共に、総一郎が競技場に姿を現す。今見ても、凄まじい威圧感だ。さ
すがは、2大会連続優勝者である。さらに榊流を背負ってると言う自負が、体中か
ら漲っているようだった。
『続いて、神城 扇選手!前へ!』
 審判の声で、扇も競技場へと上がる。すると、さっきまで、残念がっていたのが
嘘のように、闘気を迸らせていた。
「・・・20分の休みの間に、何かあったのかも知れないな。」
 レイクは、扇の気合の入れようは、瞬に向けるのと、同じくらいだと認識する。
『この試合、どう見ますか?一条(いちじょう)さん。』
 アナウンサーが、解説者の一条に意見を求める。一条は、5大会前の優勝経験者
で、今は、引退している事から、解説に呼ばれる事があるのだ。
『これまでの経験と言うのは、大きいでしょう。やはり優勝を経験している榊選手
は、あらゆる意味で有利です。彼は今大会、余り隙を見せた事が無いですからね。』
 一条が解説をする。解説の通り、総一郎は、隙を見せずに勝ち上がってきた男だ。
『ただし神城選手は、とても人間離れした身体能力と技で、勝ち上がって来ました。
それは、皆さんも見てきた通りです。天神選手と神城選手は、未だに実力を見せて
いない節があります。なので、凄い試合になると思いますよ。』
 一条は、扇の動きは人間離れしていると思っていた。まるで、鬼が乗り移ったか
のような勝ち方をして来たせいだ。恐怖を見せている相手にも、容赦なく胸を切り
裂いて、病院送りにした試合もあった。
『リーチの上では、榊選手が多少リードしています。その差が、どう出るかですね。』
 一条は、それぞれのリーチを考慮する。総一郎は、理想的な大柄な体格をしてい
るので、扇よりリーチは長い。総一郎も、その事を利用した試合運びをするだろう。
『榊選手、やや有利と言う事ですね。ありがとう御座いました。』
 アナウンサーが、一条の解説を纏める。
『それでは、準決勝第1試合!始め!!』
 審判の声で、準決勝の第1試合が始まった。すると総一郎は、榊流の、顎を守る
ような構えを見せる。どっしりとして、隙が無い構えだ。それを見て扇は、高らか
に笑っていた。扇は、体を横に捻り、攻撃しますと言わんばかりに、拳を後ろに下
げる。明らかに、挑発的な構えだった。
『守ってばかりの榊流とは、言われたくないだろう?』
 扇は、指で総一郎を挑発する。
『・・・何を考えてるか知らぬが、私に挑発は効かぬ。』
 総一郎は、構えを崩さない。言葉で挑発されて、己を失うような事は無いのだ。
『フッ。こんな面白くねぇ奴らに、祖先がやられたなんて信じられねぇ・・・。』
 扇は、驚くべき事を口にする。しかし、それは事実だった。神城流は、ほとんど
負けた事が無い。しかし、過去に榊流忍術の継承者と闘って、敗北した事があるの
だった。その敗北から、神城流は、更なる斬撃を極める道を取るのだが、こんな所
で、過去の因縁が、再発するとは思いも寄らなかっただろう。
『1000年前の話か。伝聞の神城とは、お主の祖先だったか。』
 総一郎は思い出す。神城流が破れた事実は、『神魔戦争』を綴ったソクトア伝記
には載っていない。飽くまで、伝聞で伝えられているだけだ。偉大な祖先である榊
流の榊 繊一郎(せんいちろう)の伝聞が、伝わっているだけの話だ。その中で、
繊一郎は、当時、盗賊の頭領に身を落としていた神城 源治(げんじ)を打ち倒し
ている。源治は『絶望の島』にて死亡したが、残された息子が、既に跡を継いでい
たらしく、その悔しさを忘れずにいるために、子孫に伝えられていたのだろう。休
みの20分の間に、扇は叔父から電話を受けて、この事実を思い出したのであった。
『今回の狙いは、天神流だったが、貴様が、あの忍術の子孫と分かれば、話は別だ。』
 扇は腕に力を込める。榊流忍術の事は、忍術に負けたとしか聞かされていなかっ
た。榊流護身術が、榊流忍術が基で、神城流が負けた数少ないの相手だと言う事実
が、扇にとっては、許しがたい事実だった。
『それで?お主が、先祖の仇を討つと言う訳か?』
 総一郎は、飽くまで自分のペースを崩さない。
『仇を討つか・・・。そうだな。一応やるからには、そのつもりだが?』
 扇は、打って変わって、冷静な声を放つ。
『それは殊勝な事だ。しかし、私を倒した所で、過去は変わらぬぞ。』
 総一郎は、珍しく挑発する。
『フッ。倒す?そんな綺麗に終わらせるつもりは無い。神城流を地に貶めて、今ま
で頂点に君臨してきた罪は重い。勘違いするな。これから俺は貴様を処刑するんだ。』
 扇は、そう言うと、攻撃的な構えのまま、総一郎に襲い掛かった。それを総一郎
は、眼を逸らさずに見ていた。扇は、鋭角から打ち下ろすように手刀を振り被る。
『ハッ!!』
 総一郎は、それを肘でガードする。扇の手刀を受け止めたのは、この大会では、
総一郎が初めてだった。さすがは、優勝経験者である。しかし扇は、それでも怯ま
ずに、手刀の嵐をぶつける。それは、宛ら剣を振り回す狂戦士のようであった。し
かし、総一郎は、ピンポイントをずらしながら悉く受け切っていた。それが可能な
のも、総一郎のリーチゆえだ。扇の攻撃範囲に入る前に、躱す事が出来るのだ。
『・・・さすがは、榊流継承者。今までの相手とは、違うようだな。』
 扇は、手刀の乱舞を中断する。さっきまでの表情が、嘘のように冷静になる。
『神城流空手・・・。噂に違わぬ鋭さよ・・・。』
 総一郎は顰め面になる。何と、肘の一部分に斬り傷が出来ていた。受け止めたと
は言え、無傷で居られる程、甘い攻撃では無かったと言う事だ。
「さすがは準決勝・・・。凄まじい気迫ですね。」
 ジェイルが、迫力に圧倒されていた。扇の、人間とは思えない鋭い手刀も、凄い
と思ったが、それを受け止める総一郎も、只者では無いと思った。
『さすがに貴様相手に、神城流を使わずに、処刑は出来ぬか。』
 扇は腕を交差する。それは、神城流を使うと言う意味なのだろう。
『どうした?この構えの意味が、貴様にも分かるのか?』
 扇は、総一郎の動きが止まった事で、総一郎の考えを見抜く。総一郎は、扇の構
えに、微塵の隙も見えなかった。それ所か、あそこから何が飛んで来るのか、予想
も出来ない。こんな事は初めてだった。丁度、正面から見ると『×』の字に構えが
似ている。
『神城流、『罰の構え』だ・・・。』
 扇は、構えの名前を口にする。罰の構えは『×』の字と、語呂を合わせているの
だろう。あの構えからは、全ての防御を可能とし、同時に、どこへでも攻撃出来る
万能の構えだった。神城流にも、そのような構えがあるとは驚きだった。
『神城流は、手刀にて、本物の剣と打ち合いをした過去もある。その中で、攻防一
体の構えを取る事も、珍しい事では無いぞ?』
 扇は説明しながら、ジリジリと近寄る。圧倒的な威圧感を、今度は扇が醸し出し
ていた。総一郎は、仕方なく間合いを離す。どこか危険だと本能が言っていた。
(しかし、このままでは、競技場を出てしまうな・・・。)
 総一郎は、競技場の端まで持っていかれたら、拙いと思っていた。
(逃げても活路が見出せぬ。それに、傷を多少負っている私の方が不利か。)
 総一郎は、瞬時に自分の立場を把握する。冷静沈着に、自分の最善の動きを、シ
ミュレートする。経験から来る動きとは、この事だろう。
『打って出る!!』
 総一郎は、間合いを詰めて、打ち合いに持ち込む。自分は、ピンポイントをずら
しながら、相手の死角から攻撃すれば、何らかの成果は出ると思ったのだろう。扇
は、その打ち合いに、罰の構えのまま対応する。ミリ単位の見切りを、ここで発動
する。総一郎も、扇も、あと何ミリかで、当たるか当たらないかの所で躱していた。
凄まじい集中力である。しかし扇が、正中線を狙いに来た斬りを、総一郎は敢えて
躱さずに、肩口でぶつかって行く。そして、扇に迷いのない突きを入れる!・・・
筈だった。何と扇は、その突きを、左手でガードしていた。
『何と言う、反応速度か・・・。』
 総一郎は冷や汗を掻く。今のは、会心の出来だった。それだけに、ショックは大
きかったのだ。
『神城選手1ポイント!!』
 審判が、扇にポイントを入れる。明らかな有効打と、見たのだろう。
『驚いたぞ。貴様の覚悟にな。肉を斬らせて、骨を断つと行きたかったのだろうな。』
 扇は、総一郎の狙いを読み切っていた。何と言う勘か。すると扇は、笑みを浮か
べたまま『罰の構え』を解かずに、突っ込んできた。それを総一郎が、右の拳で殴
ろうとした所で、扇の動きが急に変わった。
 ブシッィィィィ!!
 凄まじく嫌な音がした。何の音であろうか?テレビを見てる者ですら、一瞬、凍
り付く程の音であった。いや、音だけでは無い。その瞬間に、会場の温度は下がっ
た事だろう。
『ヌゥゥゥゥゥ!!!!』
 総一郎は、右腕を左手で押さえる。何と、総一郎の右腕の内側から、夥しい程の
血が、流れていた。真っ赤と言うより、どす黒い感じの血。それは、辛うじて動脈
を逃れた総一郎の、直感のおかげである。しかし総一郎が、冷や汗を掻くほど、血
が流れている。会場からは、悲鳴が聞こえたりしていた。
『神城流空手・・・『拳刀(けんとう)』。神城の考え方は、敵の使う武器にこそ、
弱点があると言う考え方だ。まずは、武器を潰さねばならない。』
 扇は右腕に、返り血を浴びながら、笑みを絶やさなかった。
「な、何なのよ・・・これ・・・。」
 ファリアは、余りに凄惨な光景に、震えていた。
「あの野郎・・・。まさか、あんな真似が出来るとは・・・。」
 レイクは、背中に冷たい物を感じる。
「何で、総一郎が、あんなになったんだよ?」
 エイディにも、微かにしか見えなかった。
「アイツは、総一郎の拳を、左手で少し跳ね上げた後、右の手刀で、腕の内側を斬
りやがったんだ・・・。腕の内側ってのは、中々鍛えにくい筋肉だ。ありゃ、下手
すると、健が切れてるかも知れねぇ・・・。」
 レイクは自分で言ってても、背筋が寒くなる。あの総一郎の鋭い拳を、跳ね上げ
た後に、手刀を浴びせるなど、並の腕では出来ない。いや、それを可能にするのが、
1000年の為せる業なのだろう。
『か、神城選手2ポイント!!』
 審判も、余りの光景に、ポイントを忘れていた程だ。2ポイント入る時は、致命
的な打撃を入れた時に入る。
『榊選手!降参するか?』
 審判は、総一郎に降参を促す。それが賢明だろう。この状態で、やった所で、総
一郎に、何が出来るのであろうか?
『そうするが良い。惨めに降参するのが、貴様にはお似合いだ。』
 扇は、口元を歪める。明らかに挑発をしているのだ。
『まだ降参せぬ!・・・血を止めれば、良いのだろう?』
 総一郎は目を閉じると、右腕を押さえていた左腕で、傷をなぞるように動かす。
『・・・ほう。』
 扇は、笑みを消した。総一郎の傷が、あっと言う間に瘡蓋に変わったのである。
『これで、文句はあるまい。』
 総一郎は、審判に腕を見せる。摩訶不思議だったが、確かに傷口は止まっていた。
「アイツ・・・使いやがったな・・・。」
 エイディが舌打ちする。そう言えばエイディは、総一郎の事を知っているような
雰囲気があった。
「エイディ。何で、傷が止まったんだ?」
 レイクですら、その正体が分からなかった。
「・・・まぁ、総一郎とは、ちょっと知り合いでね。色々知ってるんだがね。あれ
は、護身術の技じゃない。」
 エイディは、溜め息を吐く。やはりエイディは、総一郎の事を知っていたのだ。
「信じられないかも知れないけど・・・あれは、榊流忍術の応用だ。」
「榊流忍術?護身術の基になったってアレか?」
 レイクは、さっきの解説に、榊流忍術の紹介が、チラッとやっていたので思い出
す。しかし榊流忍術が、どんな物であるかは想像が付かなかった。
「そう。榊流忍術は、今の時代では必要無い。だから、こんな大会なんかで、晒し
ちゃいけない秘術の筈・・・だったんだ。あれ技は、手からちょっとした炎を巻き
起こす『火遁(かとん)』って言う忍術の一つだ。」
 エイディが説明してやる。何と、炎を出す事が出来ると言う事だ。
「忍術って、そんな事も出来るのか?」
 レイクは驚くばかりである。レイクだけでは無い。他の皆も、そんな秘術が世に
存在する事自体が、不思議であった。
「それだけじゃない。熟練すれば、空中を歩く事だって出来るし、ちょっとした雷
を出す事も可能だ。・・・俺も、この目で見るまでは信じられなかったけどな。」
 エイディは、前に見せてもらった事があるのだ。子供の頃、総一郎は、魔法使い
か何かかと思ったくらいだ。
「しかし、それが本当なら、戴けませんね。」
 ジェイルは、テレビを見る。これは空手大会だ。空手大会に、忍術を使うと言う
のは、反則も良い所である。
「だから俺も顔を顰めたんだ。アイツは、平静を装っているが、かなりキレてるぜ。」
 エイディは総一郎を睨む。忍術を使い出したと言う事は、手段を選ばなくなった
のかも知れない。
「上手くやるつもりかも知れないが、忍術を使い出すだろうな・・・。」
 エイディは、総一郎の顔を見る。内心は、怒りに染まっているのだろう。
「しかし・・・忍術って本当にあるんだな・・・。俺は、まだ信じられねぇわ。」
 グリードが呆れた声を出す。そんな魔法みたいな力は、伝記の世界の話だけだと
思っていた。だが、総一郎の腕を見る。焦げたような傷跡があった。それを見れば、
エイディが嘘を吐いていない事も分かった。
『・・・榊流忍術。・・・フフフハハハハハハ!!!面白い!』
 扇は狂ったように笑い出す。扇は神城家の歴史を知っている。当然、忍術にどう
やって敗れたのかも知っている。ここで総一郎の不正を指摘した所で、会場も審判
も信じないだろうし、扇の気も晴れない。総一郎が、形振り構わず来る所を、退け
てこそ、本当の勝利だと考えているのだろう。
『この私を追い詰めた事を、後悔する事になる。』
 総一郎は再び構え直す。会場は、何がなんだか分からないまま、盛り上がってい
った。総一郎が気合で、傷を治したとでも思っているのだろう。解説も、少し混乱
気味である。それはそうだ。忍術がどんな力かなど、一般には知られていないのだ。
『その眼だ。処刑するに相応しい、その眼を待っていたのだ!!』
 扇は恐れない。忍術が、どんな秘術であろうと、打ち砕く気で居る。
(傷は思ったより深い・・・。それに余り使い過ぎると、周りにも勘付かれるな。)
 総一郎は、傷と戦況の分析をする。そして、見極めにくい技を最大にして、扇に
ぶつける事にした。
(忍術を使う事は不本意・・・。しかし私は、頭領として退く訳には行かない!)
 総一郎は、榊流の頭領と言う立場が、ここまで追い詰めたと言う事に、気が付い
ていない。気が付いているのかも知れないが、敢えて無視しているのかも知れない。
『良いぜ。何かやってみろ。俺を楽しませろ!!』
 扇は何か来ると言う事だけは、分かっていた。それも榊流忍術の応用技だと言う
事も分かっていた。総一郎は、何かを拳に乗せている。薄っすらぼやけている。伝
聞で聞いた事がある。忍術を使うためには、『源(みなもと)』と言う力が必要な
のだと。それは『闘気』と『魔力』を磨く事で、同時に発する事で発現する奇跡の
力だった。今の時代になっても『源』を磨いて、いざと言う時のために使用する。
(フフフ。せこい考え方だ。)
 扇は呆れる。隠さなければ、ならないような力に、頼らざるを得ない総一郎を見
て、是非とも、打ち砕いてみたいと思った。格闘家なら、誰しもが『闘気』の存在
に気が付く。それは内なる所で燃焼して、相手に触れる事で相手に致命的なダメー
ジを負わせるのが、今の格闘のセオリーである。だが、この相手は違う。『闘気』
を形にして、飛ばす事が出来るし、失われた筈の『魔力』を使う事が出来る。
(俺は、それをセオリーの力だけでも、凌駕出来ると示さねばならん。)
 扇は、『罰の構え』のまま、更に腰を低くして、攻撃的な構えに変える。
『神城 扇・・・。1000年前と同じ屈辱を味わうと良い!!』
 総一郎は両手を後ろに広げると、そこから何かを打ち出すように、腕を前で交差
させる。すると、物凄い風圧が扇を取り囲む。
(風か・・・やはりな!!)
 扇は分かっていた。大っぴらに使うつもりが無いのなら、拳圧で風を巻き起こし
た事にするのが、一番手っ取り早く説明出来る。
『・・・俺の手刀を、舐めたようだな。』
 扇は、左の手刀を弧を描くように動かす。そして、右手は広げるようにして、3
回空を切る。すると、取り囲んでいた風が、引き裂かれていく。その証拠に、競技
場の所々に、斬り傷みたいな跡が、次々と付いていった。
『神城流斬撃、『手刀燕返し三段』!!』
 扇は技名を叫ぶ。手刀で、剣技の燕返しを三段技にする技だ。縦と横に斬る場所
の交差する所に、更に斜めからの一撃を加える事で、爆発的な攻撃力を得る技だ。
『オラァァァァァァァァ!!!!』
 扇は叫ぶと、風の中心に両手の親指を突き出して、まるで開くかのように腕を振
った。すると、さっきまで、唸りを上げていたのが嘘のように風が止んでしまった。
(ば、馬鹿な!?『風塵(ふうじん)』を、手刀と爪だけで切り裂いただと!?)
 総一郎には信じが難かった。『風塵』は、一種の竜巻のような物である。それを
扇は、素手で切り開いたのだ。信じられない。とても人間業とは、思えなかった。
『その表情だ!!!』
 扇は、総一郎に一気に近寄ると、呆気に取られていた総一郎に、容赦なく手刀を
浴びせた。すると、l総一郎の胸と腹に血の花が咲いた。それでも扇は、手を緩め
ずに、爪を使って斬り裂いていく。もはや総一郎は、サンドバック状態であった。
『審判!!何をやっている!!』
 解説の一条が、止めに入る合図を送る。審判も、余りの事に、仕事を忘れていた
ようだ。このままでは、総一郎は死んでしまう。
『神城選手!!そ、そこまで!勝負ありです!!』
 審判が止めに入ろうとする。しかし扇は、審判が、どもっていたのを良い事に、
最後の手刀を突き入れようとした。
 ガッ!!
 その扇の手刀を、拳で振り払う者が居た。
『・・・天神ぃ。』
『やり過ぎだと思わないのか?』
 瞬が、止めに入っていた。瞬は穏やかな口調だったが、怒りに満ちていた。
『ハッ。甘い事を言う。一度闘いになったら、死ぬ覚悟くらいするものだろう?』
 扇は瞬を見下ろすが、その視線に油断の色は無い。
『空手を、只の暴力の手段にしか使わないアンタを、俺は軽蔑する。』
 瞬は扇を睨んでいた。瞬の目標は、強く正しく生きる事だ。この扇の行為は、自
分の信じる空手を、侮辱する行為だった。
『フッ。言っていろ。貴様の処刑は、決勝まで待ってやる。』
 扇は口元を歪めると、審判の方をチラリと見た。
『・・・か、神城選手の勝利・・・です。』
 審判は、勝ち名乗りを上げて良いのか迷ったが、扇はやり過ぎているだけで、別
段、反則を犯している訳では無い。なので扇を責める理由が、見当たらなかった。
『フッ。綺麗事をほざいてろ。勝ちは勝ちだ。』
 扇はそう言うと、形だけ礼をして、血に染まった胴着を肩に掛けながら、控え室
へと去っていった。客からは、ブーイングが出るかと思われたが、扇と視線を合わ
せた瞬間に、静まっていった。ここに居るのは、人では無い。鬼だ。神城 扇と言
う強さに執着する鬼に睨まれては、人としては黙るしか無い。
『・・・少年・・・。済まぬ・・・。』
 総一郎は、瞬に担がれながら退場となった。競技場を出た所で担架が用意される。
『・・・少年。・・・奴に・・・勝てるか?』
 総一郎は、薄れ行く意識の中で、問い掛ける。
『勝ちます。俺の生き方を懸けても、勝ちます。』
 瞬は、ハッキリと言い切った。その瞳に総一郎は驚く。
『・・・神童か・・・。お主なら・・・奴を・・・止められるであろう・・・。』
 総一郎は、瞬の中に、扇とは違う何かが見えた。それと同時に、意識を失う。す
ると、すぐさま担架で病院へと直行するのであった。
「こんなの・・・試合だって言うの?」
 ファリアは、首を横に振りながら、眼を逸らす。
「アイツが特別なんだ。いつもは、ここまでの事は起きない。」
 レイクも、忌々しげにテレビを見つめる。扇の試合は、生放送で無ければ、飛ば
されていたであろう程、凄惨な試合だった。最後は試合と呼べる物では無かった。
「総一郎・・・。忍術を使っても勝てぬとは・・・悔しかっただろうな。」
 エイディは同情する。総一郎が、如何に必死だったかは、忍術を使った時点で悟
っていた。その忍術が敗れて、完膚無きまでに、やられたのだ。言い訳も出来ない。
「ま、俺達が、ここで出来る事は・・・あの天神 瞬を、応援する事だけだな。」
 レイクは、何となく瞬の肩を持つ。何より、あの瞳が気になるのだ。目的のため
に真っ直ぐしか見つめないと言う、瞳がだ。それに総一郎への配慮や、止めに入っ
た勇気なども、称賛に値する行為だ。
「不思議な少年ですね。見ていて気持ちが良い。こんな事、レイクさん以来ですよ。」
 ジェイルが、レイクの方を見ながら言う。
「からかうなよ。全く。」
 レイクは、溜め息を吐く。この頃のジェイルは、何かと褒め契ったりする。どう
にも、レイクは、それが、こそばゆかった。
「俺も、兄貴が肩を持つ天神 瞬を、応援するぜ!あの神城ってのは、強いだけで、
何も魅力がねぇと来てる。」
 グリードは、心に決めたとばかりに宣言する。まぁ誰でも、あの試合を見ては、
応援する気は、無くなるだろう。
『しかし、言葉が出ない試合でしたね。』
『こんな物、試合でも何でもありません。神城選手は喧嘩と試合を勘違いしてます。』
 アナウンサーの言葉に、解説の一条が、かなり怒った口調で言い返す。どうやら、
神城は、一条の怒りすら買ったらしい。
『あの天神選手の行為こそ、武道として褒められた物です。若いのに良く出来てる。』
 どうやら一条は、瞬の事が気に入ったらしい。会場の雰囲気も、そんな感じに包
まれつつある。瞬は、どことなく照れていた。
「何だか、あの子、やっぱ、レイクに似てるなぁ。」
 ファリアは、直感で物を言う。照れる所なども、そっくりであった。
「そんなもんかねぇ?」
 レイクは、微妙な表情をしていた。年下の少年と比べられるのは、気が乗らない。
とは言え、瞬の事は少なからず気に入っている。気持ちとしては、微妙だった。
『さぁ、会場も落ち着いてきたようです。これから、準決勝第2試合を始めます!』
 アナウンサーの声で、活気を思い出したかのように、会場が沸く。さっきまで、
冷水を浴びせたように静かだったのが、嘘のようだ。最も、さっきの試合で、気分
が悪くなって、トイレに駆け込む客も少なくないようだったので、影響はあった。
『一条さん。さっきとは打って変わって、中々将来が楽しみな一戦ですね。』
 アナウンサーが、今度は実況し易そうに話していた。
『ええ。天神選手も島山選手も、共に15歳。正に天賦の才の持ち主同士です。』
 一条も楽しそうにしていた。若いだけで無く、この二人にはキレがある。
『空手の王道、一撃必殺の天神選手に、パーズ拳法の多彩な技を持つ島山選手。天
神選手が、どうやって島山選手の動きを捉えるかに、注目しましょう。』
 一条は予想をしていた。その予想は、的を射ていた。パーズ拳法は、あらゆる状
況の中で、最善の動きをするので、多彩な動きを持つ。その免許皆伝の、実力の持
ち主の俊男が、どれ程の動きをするかが、勝負の分かれ目である。瞬は、扇と同じ
で、ほとんどの相手を一撃で倒している。その拳は、正に『鉄拳』だった。
『準決勝第2回戦!天神 瞬選手!前へ!』
 審判の声で、瞬は競技場の上に立つ。すると、さっきの事もあってか、轟音のよ
うな声援が飛ぶ。こりゃまた、人気が出た物だ。
『続いて、島山 俊男選手!前へ!』
 審判の声で俊男が競技場に上がる。すると、これまた、かなりの声援が飛ぶ。ど
うやら15歳で、ここまで来たと言う事への賛辞も多いようだ。
『どんな闘いを見せてくれるか、楽しみな一戦です!』
 アナウンサーも、声が上ずっている。
『それでは、準決勝第2回戦。始め!!』
 審判の声で、瞬はどっしり腰を落として、右手を下からアゴに当てて、左手を水
平にする。さっきの扇の構えと似ているが、また違う構えだ。
『なるほど。『十字の構え』ですか。』
 俊男が口を開く。どうやら、俊男は瞬の構えの隙の無さから、その意味に気が付
く。俊男は、自然体のように流れるように腕を上げる。緩やかで掴み所が無い。
『その型が・・・君の本流か?』
 瞬は一瞬にして、俊男の構えの意味に気が付く。さっき、外本に使っていたのと
は、明らかに違う自然体。寧ろ、こちらの方が、より技を出し易いとさえ言える。
『パーズ拳法と言っても、門派はいっぱいあるからね。他の流派の真似事なら、多
少出来るけど、君相手には、本流を出さなきゃ失礼だからね。』
 俊男は隠す気は無い。寧ろパーズ拳法の宣伝に来てるのなら、出し惜しみしない
方が良いのだ。すると瞬は、膠着状態では仕方が無いので、正拳を繰り出してみる。
とてつもない程、空気が揺れる正拳だった。しかし俊男は、足を半歩前に出して、
横に捻る事で、正拳を躱しつつ、瞬の顔面に拳を繰り出す。それを瞬は、間一髪左
手で止めた。
『その攻防一体の動き・・・なる程ね。八極拳か。』
 瞬は、間違いないと思った。今の鋭さから言って、俊男の本流は、この型だろう。
八極拳は、力の入れ具合が、最も良くなるように動き、敵からの攻撃を避けると同
時に、攻撃する。その動きは2回では無く、1回の動作で行うのが基本だ。攻撃す
る時も、常に敵の攻撃から防げるように動く。その流麗な動きが、八極拳である。
故に、自然体なのである。決まった構えを持つと、人はどうしても、攻撃と防御を
別々に考えてしまう。そして俊男が行った、半歩だけ前に踏み込むと言うのが、攻
防一体の基本であった。
『無駄な動きは、しない主義なんだよ。』
 俊男は、飽くまで、空気の如く自然体だ。緩やかに構えを変えていく。
 そしてゆっくりと近づいて行く。その動きに瞬は、小細工をしても通じないと悟
る。すると、瞬の構えが、空手特有の左手で顔を庇って、右手で拳を握り、少し引
く、正拳突きの構えを見せる。これは、最速で正拳を打つための覚悟の構えだ。
『小細工無しか。そうでなくっちゃね。天神君!』
 俊男は、一歩踏み出して、拳を突き出す。踏み出すと同時に突きを入れると言う
のは、力を前面に押し出す事が出来る。これを『箭疾歩(せんしっぽ)』と言う。
 瞬は、当然左手で払いのける。すると、俊男は払われたと同時に、肘を曲げて奥
に入るように、肘打ちを入れようとする。
『おっと!』
 瞬は、その肘を右手でガードする。しかし、俊男は止まらずに、瞬の左手の袖を
掴むと、足払いで倒そうとする。瞬は、その足払いを、半歩退く事でポイントをず
らして、倒れないようにする。同時に、瞬が突きを入れようとすると、俊男は、既
に2歩程下がっていた。機の先を取る事で、常にリードを保つ。さすがだった。
『さすがは、免許皆伝だな。俊男。』
『天神君も、天神流空手の継承者だけはある。この動きに、空手の動きで付いてこ
れるのは、君くらいの物だ。』
 お互いに強さを知る。瞬も天才ならば、俊男も天才と呼ぶに相応しい強さだった。
そして、これで瞬は、ただ一撃必殺だけの男では無いと言う事を、証明する事にも
なった。敵の動きを読む力と判断力も、超一級品だ。
「すげぇなアイツら。今のなんて、すげぇ早い組み手にしか見えなかったぜ・・・。」
 グリードは感心しきりである。それはそうだ。全く無駄の無い動きで展開されて
いるので、見てる方としても、動きに付いて行くのが大変である。
「テレビで見てる俺達ですら、これなんだから会場の奴らは、もっとだろうな。」
 エイディが、会場を羨ましそうに見る。いつかは、生で見たい物である。
『八極拳の真髄を、見せてもらう!』
 今度は、瞬が距離を詰める。そして右の正拳と思いきや、左で裏拳を見舞ってき
た。それを俊男は、一瞬にして屈む事で避けると、同時に回し足払いを出す。瞬は、
少し宙に浮く事で躱す。それを見て俊男は、両手を重ね合わせて、最大限の力を込
めて、突き出した。すると瞬が、競技場の端まで吹き飛ばされる。凄まじい威力だ。
パーズ拳法の内気孔の一種で、手を重ねた瞬間に『闘気』を込めて吹き飛ばす技だ。
『これぞ『発頸(はっけい)』!って、決めたいのに・・・さすがだよ。』
 俊男は、決め台詞を言うと同時に肩を押さえる。すると肩は、踵の形に少し窪ん
でいた。瞬が躱せないのを知ると同時に、空中で回し踵蹴りを俊男に見舞ったのだ。
『・・・良く言うぜ。噂の『発頸』なだけあって、すげぇ威力だ。』
 勿論、瞬も無傷では無い。あれだけ派手に吹き飛ばされたのだ。多少は、自分で
踵蹴りの時、俊男の体を利用して飛んだ物の、両手の形の痣が胸に出来ていた。
『そんな痣くらいで済んでる何てね・・・。普通は、肋骨が折れるって言うのに。』
 俊男は、瞬の頑丈な体に呆れる。肋骨を折るくらいの想いで放ったのに、痣が出
来てるだけとは、何とも恐ろしい鍛え方だ。
『双方ともに1ポイント!!』
 審判は、有効打を認める。今の攻防も、素人では、どうやって瞬が俊男に攻撃し
たのかすら、分からないだろう。恐ろしくハイレベルな闘いである。
『今度は、天神流の真髄を見せてもらうよ!!』
 俊男は、腕を振り回すように拳を打つと同時に、膝蹴りを打ち出す。それを瞬は、
足を上げて、脛で受ける事で、回避すると、下から弧を描くように、裏拳を打ち出
す。俊男は、見慣れない動きに戸惑うが、辛うじて顎を引く事で躱し切る。が、そ
こに瞬の回し蹴りが来る。しかし俊男は、顔の近くに腕を持って行く事で、防御し
ようとする。しかし瞬は、お見通しだったようで、蹴りが途中で変化して、腹に一
直線に当てる。
『ウグゥ!!』
 俊男は、1メートルくらい吹き飛ばされる。さっきの瞬は、自ら飛んでダメージ
を逃がしたのだが、俊男は、本当に蹴りの威力だけで1メートルも飛ばされた。
(す、凄い威力だ・・・。)
 俊男は、蹴られた箇所を押さえる。しかし肩の痛みも半端では無い。俊男の打撃
も、何発かは当たっている筈なのに、瞬には効いていなかった。瞬はタフさでも、
とてつもない実力を秘めていた。
『天神選手、1ポイント!』
 瞬に1ポイント加算される。それにしても、凄まじい程の動きだ。俊男だって、
ほとんど無駄な動きをしていないと言うのに、それを凌駕する動きである。
『天神流変化の技『幻酔(げんすい)』。足技の一種だ。』
 瞬は技名を言う。あれだけの勢いで、変化させるのだから、相当な修練が必要に
違いない。動きも、見事なまでの早さだった。
『しょうがない・・・。僕も、奥の手を出さなきゃならないようだ。』
 俊男は、決勝まで見せたくなかった技を、見せる事にした。そして何か不思議な
構えを見せる。両手を胸の所に持っていって、腰を落とす。これでは柔道かプロレ
スをやるような構えだ。
『なにをやるつもりか知らないけど、面白い!』
 瞬は受けて立とうと思った。空手の基本の構えで、正中線を狙う構えを見せる。
そして少しずつ近づいていくと、中段回し蹴りを出す。それを俊男は、下がって腕
で受け流すようにして近づいていく。そこを瞬は、高速に回転して裏拳で対処しよ
うとする。ここで俊男が突っ込んでいれば、顔面に入るのだが、俊男は、それを予
測したように止まって、その腕を掴んで巴投げのような形になる。
(投げ!?パーズ拳法に、投げだと?)
 瞬は面食らう。これでは柔道の巴投げだ。俊男は、柔道も取得していたと言うの
だろうか?だが、これは空手の大会なので投げ、掴みなどは、3秒以上してはなら
ないと言うルールがある。しかし俊男は、柔道などやる気は無かった。何と、掴ん
だまま、両足を瞬の胸に当てる。そして、そのまま天に向かって打ち抜いた。
『ウグァ!!』
 瞬は顔を顰める。何と俊男は、『発頸』を足で放ってきたのだ。
『パーズ拳法の裏奥義『巴発頸(ともえはっけい)』・・・。』
 俊男は、技を言って立ち上がる。瞬は、胸を押さえたまま、俊男と距離を取った。
『天神君。君は凄すぎる。初めて見た技を、あんな受け方するなんてね。』
 俊男は溜め息を吐く。見事に決まった筈なのに、嬉しそうにしていなかった。そ
れは、俊男には分かっていた事だった。瞬に完全に決まったのに、瞬の胸には、ま
たしても、痣しか付いていない。鍛え方云々では無かった。
『僕が打ち抜く一瞬に、胸に意識を集中させて防御するなんて、人間業じゃ無い。』
 俊男は、理由を説明した。そう。瞬は、打ち抜かれるのを覚悟で、胸に意識を集
中させて、鋼鉄のように硬くして、受け切ったのだ。
『天神流の受け技『鋼筋(こうきん)』を、応用しただけだよ。』
 瞬は再び構え直す。俊男は、呆れて物が言えなかった。平然と、こんな事をやっ
てのけるとは、瞬は化け物だ。
『島山選手、1ポイント!!』
 審判が俊男に1ポイント入れる。受けたとは言え、胸で受けて、痣を付けたのだ
から、妥当な所だろう。
『よぉし、俊男が、あんな面白い事見せてくれたんだ。俺も見せるよ。』
 瞬は、中段突きの構えを見せる。余りにも素直な構えだ。そして、余った左腕を
少しだが、左右に揺らす。
『何を見せてくれるのかな?』
 俊男は、只ならぬ気配を感じた。瞬が、ああ言う以上、普通の技じゃ無いのだろ
う。しかし、見せているのは、余りにも普通の、中段突きの構えだ。不気味である。
そして瞬は、腕を左右に揺らしながら足に力を入れた。すると急に、俊男の目の前
に瞬が現れた。俊男は面食らって、体を引こうとする。しかし後の祭りだった。
 ガッ!!!
 物凄い音と共に、俊男は吹き飛ばされる。それは、瞬の突きの凄まじさを物語っ
ていた。そして俊男の体は、そのまま競技場の外に追いやられた。
『天神流、突き技『貫(かん)』!』
 瞬が、技名を答えると共に、俊男の場外を確認した。ちなみに、この『貫』とは、
相手との距離を一気に縮めて、一気に突く技で、さっきも5メートルくらいを、一
瞬にして間を詰めて、突きを放ったのだ。そこに迷いは無い。
『島山選手場外!!天神選手の勝利です!!』
 審判が、勝敗を言い渡す。俊男は観念していた。例え続けた所で、これ以上やる
のは、無理だっただろう。それくらい迷いが無く、威力のある突きだった。現に、
俊男の肋骨は折れていた。それだけでは無い。突かれた所が、陥没していた。
 場内は、瞬の勝利に歓声をもって応えた。瞬は、恥ずかしそうにそれに応えると、
俊男の方を見る。俊男は陥没した部分を押さえると、控え室へ自分の足で帰った。
『俊男。大丈夫か?』
 瞬は、俊男の肋骨を折った感覚があった。
『心配は要らない。それより僕に勝ったんだから、次の試合勝たないと許さないよ。』
 俊男は瞬を睨みつける。しかし、それは憎しみや怒りの睨みでは無く、親しみが
込められていた。
『安心しろ。俺は、まだ負けるつもりは無いよ。』
 瞬は言い切った。その自信があれば、大丈夫かと思ったのか、俊男は笑みを浮か
べつつも、控え室へと帰っていった。
「・・・すげぇ・・・。」
 グリードが、一番に感じた感想だった。
「天才同士の闘いと呼ぶに、相応しい試合でしたね。」
 ジェイルも素直に感心していた。清々しい闘いでありながら、これだけ強さを感
じるのだ。並ではない。
「しかし、次の試合は神城 扇。只で済むかな?」
 エイディは、あの強さに狂った鬼の姿を思い出す。あれは、一筋縄ではいかない。
「さぁな。おっと、次の試合は、休憩を挟んで3時間後か。」
 レイクが、テレビの放送予定に目を通した。どうやら、休憩を挟むようである。
3時間後になるのなら、午後の仕事を手早く終わらせれば、十分間に合う時間だ。
「まだ見るの?私は、あの扇って人、余り見たくないな。」
 ファリアは、扇と総一郎の試合を思い出す。寒気が出る試合だった。
「まぁそう言わずに、見届けようぜ。あの瞬って奴は本物だ。扇に勝つ所を見てや
らなくちゃよ。せっかく、ここまで見たんだからな。」
 レイクが、ファリアを宥めるように言う。ファリアは、レイクにそう言われると、
悪い気はしなかった。
「分かったわよ。本当に好きなのね。」
 ファリアは口を尖らす。こういう事を言ってくると言う事は、レイクも空手大会
が好きなのだ。テレビを見る時間も、ここでは限られている。レイクが楽しみにし
ているのも、仕方が無い事だと思った。
「俺も、只の大会なら、ここまでは言わないさ。ただ、あの瞬って奴とは、一度会
ってみたいくらいでな。あの眼が気になって、仕方が無いんだよな。」
 レイクは、瞬の眼が気になっていた。どこか見通すようで、少年のような眼。そ
れで居つつも、信念を貫こうとする眼。どこから、あそこまでの覚悟が出てくるの
か、聞いてみたかったのだ。
「ま、それなら、早く持ち場に付こうぜ。グズグズしてると、決勝見れないぞ。」
 エイディが皆を促す。言うまでも無く、レイク達は午後の仕事を確かめに行く。
ファリアは別行動だが、なるべく足並みを揃えるため、3時間後には、またここに
来ようと思っていた。『絶望の島』とは言え、仕事さえやっていれば、余り厳しく
言われたりはしないのだ。そう言う意味では、レイク達は、かなり有利であった。
「おっし。じゃぁ、午後の仕事が終わったら、ここで待ち合わせだ。」
 レイクは皆に確認する。言うまでも無く、皆そのつもりだった。
 いつの間にか、ファリアはレイク班の一員として機能していた。それが、どこと
無く嬉しかった。
 監獄島の中で出会えた絆を大事にしようと、ファリアは思っていたのだった。
 それにファリアも、あそこまで見た以上、実は空手大会の行方が気になっていた
のだ。しかし、それを言うつもりは無い。空手好きな女性だと、思われたく無かっ
たからだ。その辺が、まだ素直になれないで居た。



ソクトア黒の章1巻の2後半へ

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