NOVEL Darkness 1-3(First)

ソクトア黒の章1巻の3(前半)


 3、脱獄
 監獄島の生活と言うのは、苦しいのに他ならない。ボディチェックだって相当さ
れる。当然、刃物などは持たせられない。洗濯物を干す所も、鉄の棒が、ぶら下が
っているだけだ。当然洗濯棒など置いていない。あらゆる凶器と思われる物は、取
り除かれ、監視の下に置かれる。だが、監視員に金を払ったり、目を掛けられたり
すれば、ある程度見逃してもらえる。勿論、脱獄などは厳禁だが、それ以外の楽し
みなどは、かなり許してもらえる。いつの間にか、本が増えてたりする班は、何か
しら監視員に気に入られている者ばかりだ。
 レイク達はと言うと、気に入られては居ないが、目も付けられていないと言う状
況である。特別取り入ってる訳では無いし、目立つような事もしていない。だが、
この頃になって、状況が変わってきた。ファリアの加入である。ファリアの加入で、
監視員達はファリアを何とかしてレイク班から遠ざけようとしている。レイク達は
嫌がらせに近い物を受けていたが、見事に跳ね返している。それが気に入らないの
だ。ファリアが入獄されて、3週間ほど経つが、目立ったミスが、ある訳でも無い
ので、監視員達も、手が出せないと言う状況だ。
 だが、楽観は出来ない。まだ監視員達は、諦めている訳では無い。ファリアは、
無論、美人な方ではあるが、勝気な性格が、監視員達には人気なようだ。レイク班
に居なければ、とっくに島主の所に行かされていたかも知れない。ここで、島主の
所に行くと言うのは、個別の部屋に入れられて飼われるか、監視員達に渡されるか
のどっちかだ。どっちにしたって、碌でも無い結果な事は間違いない。だが、平和
な暮らしは約束される。望んで、島主の所に頼む女性も居る程だ。
 昔の島主は、ここまで酷くは無かった。ある程度、人権は守られていたし、秩序
もあった。突如、その島主がクビになって、新しい島主が来た3年程前から、急に
酷くなったのだ。秩序もクソもありはしない。
 そんな中だが、レイク達は嫌がらせに耐えながらも、それなりに、上手くこなし
ていた。他の班から、嫌がらせが来る前に、さっさと事を済ませるし、監視員達に
目を付けられる前に、そつなく仕事を終わらせている。仕事内容も、他の班と比べ
て優秀なので、文句も付けられない。身勝手な文句をいう監視員には、理路整然と
説明して切り抜けたりしていた。
 いい加減、嫌がらせも尽きてきた所だ。他の班は、見知らぬ振りをする事が多く
なった。しかし、孤立したとしても、痛くも痒くも無い。寧ろ、望む所だ。それに
仕事場でも、ファリアは、ティーエとは、上手く会話をしているようで、別に気に
ならなくなっていた。
「大分、仕事に慣れてきたね。造花ですら私の速さを抜けるような勢いじゃないか。」
 ティーエは、ファリアの飲み込みの早さには、舌を巻く。ファリアは良い子だ。
素直では無いが、感情が表に出易いので、何が言いたいのか、すぐに分かる。面白
いと思った時は笑うし、からかわれた時は、剥れっ面になる。表情豊かで、見てる
方も和む。レイク達も、このファリアには、癒されている事だろう。それも自然に、
そうなるのだから、才能とも言えるのかも知れない。
(でも、そろそろ危ないね。)
 ティーエは、気に掛けていた事があった。
「どうしたの?ティーエ。」
 ファリアは、既にティーエの事は、呼び捨てになるまでの仲になっていた。
「一応、忠告をしようかと思ってね。」
 ティーエは、険しい顔付きになる。こういう時のティーエは、本気で心配してい
る時だ。ファリアは、仕事をしながら、ティーエの顔を覗き込む。
「良いかい?そろそろ、島主が月に一回の、巡回をする頃だ。目を付けられないよ
うにね。アレに目を付けられたら、大変だからね。」
 ティーエは、口に出すのも嫌だと言わんばかりに、島主の事を酷評する。
「そ、そんなに酷いの?」
 ファリアは、少し身構える。
「この島の秩序が、無くなったのが、ソイツのせいだと言えば、分かるだろ?」
 ティーエは、分かりやすく例えた。島主のせいだけでは無いが、あの島主が来て
から、どこかが変わっていって、今のようになったのは間違いない。
「・・・そりゃ、気を付けなきゃ駄目ね。」
 ファリアは、冷たい視線を島主の部屋に投げ掛けた。勿論、壁に遮られて見えな
いが、軽蔑の意味も含めての行為だった。
「良いね。ファリアの班長からも、多分言われると思うけど、気を付けなよ。」
 ティーエは念を押す。何故かと言うと、ファリアの性格を知っているからだ。島
主の外道な行いを見たら、ファリアなら口を出さずには、居られないかも知れない。
(この子は・・・私みたいに汚れちゃ・・・駄目なんだよ。)
 ティーエは、そう思う。ファリアは、この島になど居ては、いけない存在だ。願
わくば、出て行って、幸せになって欲しいと思う。そう思わせる程の存在だった。
「おっと。仕事も終わったね。今日は、ファリアが一番乗りだね。班長の所にでも
行ってきな。きっと待ってるよ。」
 ティーエは、暖かくファリアの背中を押す。
「・・・もう。ティーエったら、お節介よ。」
 ファリアは口を尖らす。だが、顔は笑っていた。
(本当に、顔に出易いんだから。この子は・・・。)
 ティーエは忠告を守れるのかが、心配だったが、ファリアの顔を見ると、つい許
してしまう。不思議な魅力があった。
 ファリアは、監視員からクドクド文句を言われたが、仕事は、ほぼ完璧だったの
で、悔しがらせながらも、食堂へと向かう。ボディーチェックなどで、監視員が触
ってきたのが気に入らなかったが、下手に文句言うと、煩いので、黙っていた。
 食堂に着くと、レイク達も、今終わったようで、手を振りながら、こちらへと向
かってくる。ファリアは、手を後ろに回すと、首で食堂に入るように促した。
 早速、昼食を頼む事にして、今日ティーエと話した事を、周りに聞こえないよう
に話した。
「あー・・・。ティーエさんの言う通りだな。そりゃ。」
 レイクは、肯定した。この頃の乱れようは、間違いなく島主のせいだ。レイクも、
いつか一発、ぶん殴ってやると、心に決めている奴ではある。
「そうですね。島主は、色々と変な所で、鋭いですから、気を付けないとね。」
 ジェイルも、島主にはいつも警戒していた。好色で、権力を振り翳す事が大好き
で、セントに媚を売る、最低な男だと認識していた。
「世も末ねぇ。管理する側が、それじゃあ・・・。」
 ファリアは呆れる。犯罪者を管理する側が、そんな態度では、管理にもなってい
ないでは無いかと思う。だが、現実そうなのだろう。
「島主ねぇ。何で変わったんだか、不思議だよな。」
 グリードは、昔の島主は厳しかったが、嫌いでは無かった。今の島主は、心底、
最低ヤローだと思っている。
「セントの色々な事情と言う奴だろ?余りぼやくなよ。」
 エイディは、グリードの頭を、ポンポンと叩く。
「その癖は止めろって。全く。」
 グリードは剥れっ面になる。エイディは、この頃、やたらちょっかいを出してく
る。グリードも、別に悪い気はしないので、付き合っては、いるのだが・・・。
「大馬鹿者が!!」
 外で、いきなり声がした。かなり大きいダミ声だ。行って見ると、この島にして
は、珍しく太っていて、身なりが良い男が、顰めっ面で怒っている。
「も、申し訳ありません!!」
 女性が、土下座するように謝っていた。こっちは、どうやら囚人のようだ。大し
た事は無い。身なりの良い男の靴に、放水をしていた水が掛かってしまったようだ。
「わしが誰だか、分かっておるのだろう?まったく躾が、なっとらんな。」
 身なりの良い男は、言いたい放題であった。ファリアは呆れていたが、同時に気
が付いた。周りの反応からしても、間違いない。この男が、島主なのだろう。
「島主の、わしの靴に汚い水を掛けるとは、許し難いな。おい。こいつを、地下独
房に入れておけ。そうすれば、躾の何とやらが、分かる事だ。」
 島主が地下独房の文字を言葉にすると、女性は泣き叫んで土下座した。
「か、堪忍してください!!地下独房だけは!!」
 どうやら、余程凄い所らしい。女性は顔を引きつらせながら必死に哀願していた。
「わしの決定は・・・どんな効果があるか、知っておるのだろう?」
 島主は、チラリと監視員の方を向く。
「島主様の言う事は絶対!!女!観念しろ!!」
 監視員達は、女性を取り囲むと、手早く腕を縛って、足にも錠を掛ける。そして、
引き摺るようにして、地下独房の方へと向かっていく。
「何様!?アンタ?」
 ついにファリアが、口を出してしまった。周りはファリアに注目する。
「お前は・・・新入りのファリアだな。わしに何様とは、良い度胸だな。」
 島主は、ニヤッと笑う。島主は、ファリアが見ていた事を知っていたのだ。間違
いない。この女性は、あて付けで、ファリアを狙っていたのだ。
「・・・ファリア・・・。止めろ!」
 レイクは、ファリアの腕を掴んで、必死に首を横に振る。
「冗談じゃないわ。あの人が、何やったって言うの?水が掛かっただけじゃない。
しかも、貴方、わざと掛かったわね?」
 ファリアは、島主が意図的に女性の方に向かっていったのを、見ていた。
「・・・落ち着け!!ファリア!」
 レイクは、唇を噛みながら、ファリアを押さえようとする。
「レイク!あれを、見て見ぬ振りしろって言うの!?」
 ファリアは、納得が、いかなかった。ファリアは、ここに連れられてきた時の事
を思い出す。何かが仕組まれたような判決。この島行きが決定した時の絶望感をだ。
「ハッハッハ!粋の良い事だな。わしに、そこまで言うのは、お前が初めてだ。気
に入ったぞ。よし。その女を離してやれ。」
 島主は、甲高い声で笑うと、監視員達に命令する。すると監視員達は、テキパキ
と女性の拘束を解いた。すると、女性は逃げるように群衆の中へと入っていった。
「これで気が済んだだろう?お前のような娘は、この島では珍しいからな。機嫌を
損ねるのも、面白くない。」
 島主は、そう言うと、上機嫌で島主の部屋へと帰っていく。監視員達は、護衛に
付きながらも、レイク達の警戒を解かなかった。
「・・・な、何なの?」
 ファリアは呆然としていた。捨て身の言質だった。なのに、ファリアも無事で、
あの女性も解放された。あの島主の性格からして、そんな事あるのだろうか?
「・・・ちょっと来い。ファリア。」
 レイクは、厳しい口調でファリアに言う。そして腕を掴んで、人の居ない所へと
連れて行く。
「な、何?」
 ファリアは、強引に連れて行くレイクに、ちょっと、おっかなくなった。
 パン!
 レイクは、人が周りに居ないのを確認すると、ファリアの頬を叩いた。
「・・・何するの?」
 ファリアは、涙を堪えながらも、ジト目でレイクを睨みつける。
「分かっているだろう?ティーエさんから言われた事を、もう忘れたのか?」
 レイクは、ティーエの事を引き合いに出す。
「・・・でも・・・あんなの・・・。」
 ファリアは、見ていられなかったのだ。あんな行動は、人間のする事じゃない。
「お前も分かっていたんだろう?島主の罠だって。それを、敢えて掛かったな?」
 レイクは、ファリアの眼を見ていた。正気を失った眼じゃ無かった。なのに、言
ったと言う事は、わざとと言う事である。
「レイクには話したよね。私が、どうやって、この島に来たかって・・・。」
 ファリアは、初日の事を思い出す。
「それで、我慢出来なかったのか?・・・でも俺達は良いが、ファリアが、これで
危険な身になった事は、間違いないだろう?自分の身を案じろよ・・・。」
 レイクは、呆れて、溜め息が漏れる。
「何よ・・・。レイクだって・・・。レイクだって、自分の身は二の次じゃない!!
いつも仲間の事ばかり!いつになったら、自分の事を考えるのよ!!」
 ファリアは、つい悔しくなって言い返す。
「・・・俺は・・・俺は良いんだ・・・。」
 レイクは、伏せ眼がちに、下を向いて答える。
「良くないでしょ!?私は、自分が許せないと思ったから言ったのよ。貴方、違う
じゃない!貴方の場合、仲間が危なくならなきゃ、絶対自分を出さない。そんなの
フェアじゃないわ!」
 ファリアは感情をぶつける。レイクを良く見てたから、言える台詞だ。良く3週
間で、ここまで見抜いた物である。
「ファリア・・・。分かってるなら、もう、心配させないでくれ・・・。」
 レイクは唇を噛む。辛そうにしていた。レイクは、自分の身は、どうでも良いと
思っていた。仲間達が助かれば、それで良いんだと思っていた。それだけに、ファ
リアの言葉は、堪えた。
「・・・わ、私も悪かったわ・・・。でもね。今の言葉は、出任せで言ったんじゃ
ない・・・。いつか、自分を、労わってあげてよ・・・。」
 ファリアも辛そうにすると、レイクから逃げるように、身を捩ると班の部屋へと
戻っていった。ファリアは、本気でレイクの心配をしていたのである。このままで
は、レイクは自分を満たせぬまま、人生を終えるかも知れないと思ったのだ。そん
なの、人生でも何でもない。生きていない。そんなの、ファリアには許せなかった。
両親が突然奪われたファリアには、許せなかったのだ。生を謳歌しないで、死ぬな
んて、絶対駄目だ。そんなの、もう2度と見たくないのだ。
 しかしファリアは、気が付いていなかった。自分も、そうである事にだ。見たく
ないが故に、自分を犠牲にしてまでも、それに気が付かせようとする。
(・・・不器用ですね。二人共・・・。)
 ジェイルは、その様子を見ていた。ファリアとレイクが、口喧嘩するなんて、初
めて見た。しかし内容は、とてつもなく重かった。ファリアが口にしたのは、ジェ
イルや、エイディ、グリードですら、言えなかった本質だったのだ。
 ゴン!!
 レイクは壁を叩く。ファリアに心配させたと言う、自責でだ。それと、自分のせ
いで、ファリアを危険に晒してしまったと言う自責も兼ねてだ。
「あ、兄貴・・・あに・・・!」
 グリードが、声を掛けようとする所を、エイディに止められる。
「今は、一人にさせようぜ。レイクも、考えなきゃならねぇ時があるんだ。」
 エイディは、グリードに悟らせるように言う。グリードも分かっていた。これは、
レイク自身の問題でもある事をだ。だけど、それを言ってしまったら、レイクがレ
イクで無くなってしまうのではないか?と言う思いから、言えなかったのだ。
(ファリアの奴・・・。それを言いやがって・・・。)
 グリードは、ファリアに心の中で文句を言う。しかし、それは筋違いと言うもの
だ。反対に気付かせてやった事へ、感謝しなければならない。だがグリードは、レ
イクに変わって欲しくないと言う願いからか、感謝する事は出来なかった。
 一方、ファリアは、泣きそうになりながら、班の部屋へと帰っていく。一人であ
ったが、ファリアの鬼気迫る顔に圧倒されたのか、誰も声を掛ける者は居なかった。


 午後は気が重かった。さっきのファリアとの一件が、胃にズシリと効いているの
だ。レイクは、一度でも、自分を優先させた事は無かった。この島などにずっと居
る自分が、出来る事は、仲間を守る事しかないと思っていたからだ。
 だが、一番言って欲しくなかったファリアから、その考えは間違っていると言わ
れた。自分でも、人生の意味を考えるようになっていたので、頭から離れない。
 午後の仕事は、簡単な筈なのに、中々上手く捗らなかった。その一方で、ジェイ
ルとエイディは、様子がおかしかった。最初は、妙に気を使ってくれていた部分も
あったが、どうやら、それだけでは無さそうだ。女性の職場の方が、気になるよう
だ。ファリアでも探しているのだろうか?
「・・・おい。仕事しろよ?」
 レイクは、さすがに口を出してしまう。
「レイクさん。それ所じゃありません。」
 ジェイルは、緊迫した様子だった。
「どうした?」
 すぐレイクは、班長の顔に戻る。
「おかしいと思ったけど、間違いない。ファリアの奴、午後は仕事に出てねぇ。」
 エイディも、様子が、おかしい事に気が付いた。すると、女性の職場の窓から目
配せしている女性が居た。レイクは、一度会っているので分かった。ティーエだ。
 ティーエは、口の動きだけで会話する。ジェイルが、それに合わせて、会話して
いた。どうやら裏社会の人間の技能のようだ。すると、ジェイルは顔を顰める。
「・・・レイクさん。落ち着いてください。・・・ファリアさんは、島主の所に行
きました・・・。うちの班の部屋に、島主からの置手紙が、あったそうです。」
 ジェイルは、恐ろしい事を言う。
「な、何で、行くんだ!あの馬鹿!」
 レイクは、落ち着いて居られなかった。
「落ち着きなさいと言っている!・・・良いですか?ティーエさんは、その様子を
陰で見ていただけなので、確信は無いそうです。ですが、間違いないでしょう。」
 ジェイルは、ティーエと話した事を、詳細に話す。
「・・・よし・・・。仕方ありません。」
 ジェイルは、覚悟を決める。ティーエも、同じようだった。
「ファリア・・・。くそ!どうすりゃ良い!」
 レイクは、焦っていた。
「レイクさん・・・。良く聞きなさい。ティーエさんと、打ち合わせしました。こ
れからは、私の言う事を、必ず聞きなさい。」
 ジェイルは、有無を言わさぬ目で、レイクを見る。そして、エイディの方も見た。
エイディは、ちょっと迷ったが頷いた。グリードは、訳分からなかったが、ファリ
アは、仲間なので、助けようとは思っていた。
「今から、ティーエさんが、騒ぎを起こします。その間に、グリードは、私とレイ
クさんが、戻ってくるまでの間、監視員を引き付けといて下さい。トイレに行った
とでも、言えば良いです。エイディは、例の用意を。私とレイクさんは・・・島主
の所に行きます。部屋は分かっています。罠の数もね。」
 ジェイルは、予め下調べをして置いたのだ。いざと言う時のためにだ。そして、
今が正に、いざと言う時であった。
「・・・あんまし長い間は、厳しいぜ?」
 グリードは、覚悟を決めた。
「・・・早まるなよ。」
 エイディは、意味有り気に、ジェイルに言う。
「色々と、用意してくれてたみたいだな・・・。悪いが、恩に着させてもらう。」
 レイクは、今は、従った方が良いと判断した。ジェイルは、色々と用意してくれ
てたみたいだし、ファリアの事は、一刻も争う。
「よし。じゃぁ行きますよ!」
 ジェイルは、合図を送る。すると、ティーエが、さっき、騒ぎのあった放水する
場所へ行くと、蛇口を思いっきり捻って、蛇口を取ってしまう。
 シュゴーーーーー!!!
 凄い音と共に、水が吹き上げる。ティーエは、ホースに振り回されるような演技
をする。すると、早速、監視員達が近寄ってきた。
「何の騒ぎか!!」
 監視員は、ティーエを睨み付けるが、ティーエが、パニックに陥ってるような素
振りを見て、勘違いしたようだ。
「お前は、ティーエ班の班長だな。蛇口を、閉めなさい!」
 監視員は、ティーエの事を注意する。
「ご、ごめんなさいね!蛇口が、どこか行っちゃって!せっかく、さっき放水が、
不十分だったからって、気を回したのに・・・。」
 ティーエは、飽くまで自然を装う。
「しょうがない。おい!蛇口探しだ!」
 監視員達は、仲間を呼んで、蛇口を探すように言う。
(今だ!レイクさん!)
 ジェイルは、一番近い扉を選ぶと、群集に紛れながら、扉を素早く開けて、レイ
クを入れると、共に扉を閉める。
 外では、まだ騒ぎになっていた。すると、ジェイルは、近くにあった配電盤を、
迷いなく開けると、3番と7番と11番のボタンを押す。すると、まるで、道が出
来たように、上の電球が消えた。
「レイクさん。消えた電球の所を、辿っていきます。」
 ジェイルは指示を出す。レイクは、頷くと、さっさと付いていった。そして、2
階に着くと、同時に2階の配電盤を開けて、さっきの3番、7番、11番を、再び
電気を流して、今度は15番と19番のボタンを押した。すると、次の階段までの
電球が消えた。完璧である。
「ジェイル。この配電盤を動かさないと、どうなるんだ?」
 レイクは、走りながら尋ねてみる。
「・・・。壁から出ているセンサーに反応して、警報が鳴ります。それに監視員達
の非常用ベルも鳴ります。」
 ジェイルは恐ろしい事を言う。そうならないためにも、最短で正確に、配電盤を
切らなければならないのだ。戻すのは、監視員達に気が付かれないためだろう。
 そして3階に着いた。3階は、島主の部屋がある所だ。ジェイルは、配電盤を開
けて、15番と19番を押して復活させると、今度は、壁を少し押してみる。する
と、いきなり裏返しになって、ボタンのような物が出てきた。それを押す。
「これで、センサーは機能しません。3階は、恐らく見張りも付いています。巡回
の時に、2人で交代でやる筈なので、確実に仕留めますよ。」
 ジェイルは、レイクを見る。レイクは、迷いなく頷く。
 すると、ジェイルは、壁際で待機した。レイクは扉の角を利用して上で待機する。
「・・・見回りも楽じゃないぜ。全くよ。」
 監視員の声が、聞こえた。
「今頃、あの女相手に、お楽しみかも知れねぇってのに・・・。扉の見張りと一周
で交代だったな。早く見回るか。」
 監視員は、下衆な笑い声を上げると、こちらに曲がってきた。
 ガシィッ!!トスッ!
 曲がってきた瞬間、ジェイルが監視員を羽交い絞めにして、レイクが、上から延
髄に手刀を浴びせて、気絶させる。その手際たるや、見事だった。監視員は、声を
上げる事も出来ずに倒れる。すると、ジェイルが、さっさと監視員の服を脱がして、
猿轡代わりに、布を噛ませて、縄で身動き出来ないように縛る。そして、ジェイル
の指示で、レイクが監視員の服を着て、監視員が行く筈だった方向へと、巡回の振
りをする。レイクの方が、体格が近かったからである。
 そして、逸る気持ちを抑えて、巡回の振りをする。しばらくすると、反対側から
レイクが出てくる。監視員は、全くレイクの事を疑っていなかった。と言うより、
もう一人の監視員は、覗く事に集中していた。しかし、交代なのかと思い、残念そ
うにする瞬間、レイクは素早く、監視員の後ろに回りこんで、頚動脈を絞める。す
ると、しばらく暴れる仕草を見せたが、直に動かなくなった。それを手早く、ジェ
イルが、身動き出来ないように縄で縛った。見事な連携である。
(極道の時の技が、こんな時に役立つとはね。)
 ジェイルは、組長をしてた時に、この手際を習ったのだった。二人は、扉の前に
立つ。すると、聞きたくない声が聞こえてきた。
「さぁ、ファリア。わしの気が変わらん内に、全部脱げ。」
 島主の下卑た声が聞こえてきた。どうやら、危惧した通り、ファリアは脅されて
いた。島主が、ただ呼び出す訳が無い。
「約束よ。レイク達を、ここから出してくれるのね?」
 ファリアの声も聞こえた。手紙には、レイク班の罪を免除する代わりに、島主の
所に行くように書いてあったのだろう。レイクは、怒りで顔が真っ赤になる。そん
なの嘘に決まっている。なのに、ファリアは従っている。屈辱に耐えてまで、細い
糸を手繰ろうとしているのだ。それを島主は、利用としているに過ぎないのだ。
「気丈な娘よ。まぁ、わしとて鬼では無い。約束は守るぞ。」
 島主の声が、勝利の声とばかりに、大きくなる。
(あの野郎!!!殺してやる!!)
 レイクが、今にも飛び出しそうだったので、ジェイルが押さえる。
「約束を守りなさい!・・・すぐに救出します。」
 ジェイルは、指示を守れと言った約束を思い出させた。レイクは、冷静になると、
扉を睨み付ける。すると、ジェイルは、少しキツめだったが監視員の格好になる。
「私が合図したら、島主を、気絶させなさい。良いですね。」
 ジェイルは、レイクを睨む。レイクは理性を抑えながら、頷いた。
「フフフ。さぁ、こっちに寄れ。」
 島主の声が聞こえた。これ以上は拙い。長引かせたら、ファリアが汚されてしま
う。その前に、何とかしなければならない。
「島主!外が騒ぎになっています!」
 ジェイルは、声色を変えて扉越しに叫ぶ。練習でもしたのだろうか?まるで、別
人の声だった。
「お前達だけで何とかせい!わしは、忙しいのだ!」
 島主は、苛立つような声で、突っ返そうとした。
「申し訳ありません。ですが、レイク班の班長が、暴れているそうなので、島主の
英断を仰ぎたいのですが・・・。実は、私めに良い考えがあります!」
 ジェイルは、部下としての態度を見せていた。かなりの役者振りである。
「むぅ。そうか。なら入れ。ただし、顔を伏せるようにな。」
 島主は、ファリアとのやり取りを、部下に見させたく無かったのだろう。ケチな
男である。しかし、それが助かった。これで扉を開ける口実が出来る。ただ飛び込
んだのでは、反撃されてしまう。油断させてこそ、作戦は成功するのである。
「失礼します。」
 ジェイルは、敬礼をして扉を開ける。そして手早く、レイクと共に部屋に入る。
案の定、島主は、イソイソと服を着ようとしながら、こっちを見てもいなかった。
油断しているのだ。
「うむ。・・・で、考え・・・。ブワ!!?」
 島主が振り返る瞬間、ジェイルは、催涙スプレーを吹きかけた。これは、監視員
用の護身装備である。そしてレイクに合図を送る。するとレイクは、躊躇わず島主
の頚動脈を絞めた。島主は抵抗したが、レイクの万力のような力には敵わなかった。
 すると、島主は、とうとう気絶してしまった。そこをジェイルが、縄で手早く縛
り上げた。これで、気が付いても時間が稼げる。
「何?何なの?」
 ファリアが、一人呆然としていた。すると、レイクは、帽子を脱いで、恥ずかし
そうに俯くと、ファリアの服を、投げて寄越した。ファリアは、肝心な所は隠して
いるが、裸だったのだ。ジェイルは、作業をする振りをして、そっぽを向いていた。
それに、今のファリアの姿を見るのは嫌だったのだ。自分のために、体を捧げよう
とする姿を見るなど、レイクには耐えられなかった。
「レイク・・・。」
「話は後だ!早く、服を着ろ。」
 レイクは、顔を真っ赤にしながら横を向く。ファリアは、それを見て、全てを悟
る。レイク達は、ファリアのために、危険を冒してまで、監視員の格好を手に入れ
て、ここまで来たのだ。ファリアは、黙って服を着る。
「・・・ファリア・・・。何もされなかったか?」
 レイクは、ファリアが服を着るのを確認すると、真摯な目で見つめた。その目は、
本気で心配していた。
「うん・・・。危なかったけど・・・。ありがとう・・・。」
 ファリアは、上手く言葉に出来ない。嬉しいのだが、恥ずかしかった。それに自
分の勝手な行為が、レイク達に知られたと言う、後ろめたさもあった。
「なら、お説教は後だ。ここから抜け出すぞ。・・・ジェイル。」
 レイクはファリアとの話は後回しにして、ジェイルの方を向く。するとジェイル
は頷く。ジェイルの次の行動を待っていた。すると今度は、意外な方向を指差した。
「ここから降りますよ。」
 ジェイルは、何と窓の方を指差す。ここから飛び降りろと言う事らしい。
「ええ!?わ、私、出来ない・・・。」
 ファリアは、さすがに3階から飛び降りるなんて出来ないと思った。2階から飛
び降りた事さえ無い。
「しょうがありませんね。レイクさん!ファリアを抱えて降りなさい。出来ますね?」
 ジェイルはレイクを見る。すると、少し躊躇ったが、しっかりと頷いた。
「そ、そんな!ホントなの!?」
 ファリアは何かの冗談かと思ったが、冗談を言っている雰囲気では無かった。
「一刻を争います。ファリアは、この監視員の服を付けて、帽子で顔を隠しなさい。」
 ジェイルは、必要な事だけしか言わなかった。そして、さっさと監視員の服を脱
いでファリアに渡すと、躊躇いも無く、窓の外から飛び降りた。すると、ジェイル
が飛び降りた場所は、丁度、人の居ない中庭だった。ジェイルは、計算していたの
だろう。島主の部屋は、余り大っぴらに出来ない事もあるので、人気の居ない所に
窓が繋がっている。それを逆手に取ったのだ。それでも、いつもなら、着地した時
に気付かれたかも知れない。だが、幸いにも、まだ放水騒ぎは続いているようだ。
「ファリア。ジェイルの言う通りにしてくれ。」
 レイクが言うと、ファリアは服の上から、強引に監視員の服を身に付けた。これ
なら、遠目ではファリアだと分からないだろう。それに、帽子で髪を隠していた。
それを見るや否や、レイクは、ファリアを抱きかかえる。
「ファリア。声を出さないように、気を付けてくれ。怖かったら目を瞑れ。」
 レイクが言うと、ファリアは黙って頷く。それを確認すると、島主が這いまわっ
てたので、さっきの怒りも込めて、蹴りを見舞う。島主は情けない叫び声と共に、
また気絶してしまった。レイクは、ざまーみろと言いたげに、鼻を鳴らすと、窓の
方を見る。そして、レイクはファリアを抱えたまま、窓の外からダイブした。ファ
リアは、レイクの顔だけを見続けていた。そうすれば、怖くないと思ったのだ。
(この人となら・・・もう怖くない・・・。)
 ファリアは、落ちる感覚がしたが、レイクを信じ切っていた。すると、少し衝撃
があったが、無事に着地したようだ。レイクは、少し足を痛そうにしていたが、大
事には至らなかったようで、ファリアに笑い掛ける。
「良くやりました。レイクさん。なら、監視員の服は脱いで、こちらへ。」
 ジェイルは容赦無かった。レイクは足を気にしながらも、ファリアを下ろすと、
すぐに監視員の服だけ脱ぐ。上に来ていただけなので、すぐに脱げた。監視員が、
二人も同じ所に居たら、怪しまれるためだ。さすがである。
「この後、どうする気だ?」
 レイクは、走りながら尋ねる。
「質問は後です。エイディが用意してます。海道へ行きなさい。」
 ジェイルは、海道の方を指差す。すると緊迫した様子を察したのか、レイクもフ
ァリアも黙って海道の方へと向かう。そこに困った顔のグリードが近寄ってきた。
「おい!ジェイル!おせぇじゃねぇか!」
 グリードは、ジェイルがトイレが長かったと言う事にしていたので、わざと怒る。
勿論、演技である。監視員が、チラリとジェイルの方を向く。
「済みませんね。班長が、お腹を下してましてね。心配だったので付いてたのです。」
 ジェイルが、本当に申し訳なさそうにグリードに謝ると、監視員の死角から、グ
リードにメモを渡す。メモには『海道で、エイディに従え』と書いてあった。
「班長は、どうした?」
 監視員が、痛い所を突いてくる。レイクは、マークすべき人物だからだろう。
「あれ?さっき仕事場に戻りましたよ?おかしいですね。そういえば島主の部屋が
騒がしかったですが、何かあったのですか?尋常じゃない様子でしたよ。」
 ジェイルは、わざと島主の事を教えてやる。すると、監視員の顔色が変わった。
「島主が!それは大変だ!おい!お前は、そこに居ろ!様子を見てくる!」
 監視員は、わざとらしく言うと、ジェイルを置いて島主の所へ行った。少しでも
ポイントを稼ごうとしているのだろう。せこい考えだ。
 ジェイルは、監視員が扉を閉めた瞬間に、群集に紛れながら、海道の方へと向か
った。すると、既に準備は整っていたようだ。数個の繋がったタルに、皆が乗り込
む所だった。後はジェイルだけだ。これは、脱走用に密かに用意していたタルだっ
た。人数分より多いが、それには、ちょっとした仕掛けがあった。これで、脱出し
ようと言うのだろう。色々考えたが、ここからが、一番抜けやすいと判断したのだ。
 しかし、海道に通じる所では、刃物が刺さって行けない筈だ。
「ここから、どうするんだ?」
 タルの蓋を閉めながら、レイクが聞いてくる。
「実は、ここの仕掛けに、細工をしましてね。あのレバーが下の間は、ここの仕掛
けは、動かないのですよ。」
 ジェイルが指を差して、説明する。よく見ると、とても小さいレバーだが、頑丈
そうなレバーが、天井付近にあった。それが今は、鎖で出っ張りに、つっかえなが
ら、強引に下になっている。この隙に、脱出しようと言うのだろう。
「ヘヘッ。思いの他、上手く行ったな。さぁ、早く行こうぜ。」
 エイディが、海道に流すためのスイッチを押す。それと同時に、ジェイルもタル
の中に入った。
「貴様ら!!脱走か!!!」
 監視員の声が聞こえた。どうやら、島主の事もバレたらしい。早くしなければ追
いつかれてしまう。監視員は、威嚇に銃を撃った。すると、最悪の出来事が起きた。
 バチンッ!!
 威嚇射撃は、偶然にもレバーを繋ぎ止めている鎖に当たったのだ。そして、鎖は、
無残にも砕けてしまった。何とも皮肉な偶然である。
「な、何てこった!!」
 グリードが、頭を抱える。
「せっかく、上手く行きそうだったのに・・・。」
 ファリアは、泣き出しそうな声を出す。
 ガランゴロン・・・。
 タルは動かない。それに今更タルから出ても、捕まってしまうだけだ。そしたら、
二度と、このメンバーで班を組めないだろう。
「ちっくしょおお!!」
 エイディは、詰めの甘さに後悔する。
「・・・。エイディ。後は頼みますよ。」
 ジェイルは、そう言うと、何とタルから飛び出す。そして何よりも先に、レバー
に飛び付く。すると再び、刃物の装置は解除された。最後尾に居たジェイルだけが、
出来る事だった。他のメンバーでは、間に合わなかったのだ。
「ジェイル!!!!!!!」
 レイクが叫ぶ。レイクは、蓋を開けようとした。しかし、いきなり水圧が増して
きて、開く事が出来なかった。前が加速したのだ。正確に言えば、海道に水流を流
すためのスイッチを押したのだ。エイディが、ジェイルの様子を見て、押したのだ。
「エイディ!!ジェイルが!!」
 レイクが、張り叫ぶ。しかし、エイディは何も言わなかった。
「ジェイルゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
 ファリアの声も、悲痛に満ちていた。
 そしてタルが全部流れるのを確認すると、ジェイルは、レバーからズリ落ちる。
ズリ落ちる事しか出来なかったのだ。何故なら、ジェイルの体には、無数の銃弾の
跡が出来ていたからだ。レバーを下にした後、監視員達の発砲が始まった。最初は、
タルに向けて撃ったが、ジェイルが、他のタルを蹴り上げて、その邪魔をするので、
島主の命もあり、ジェイルに発砲したのだ。ジェイルは、その瞬間、胸に真っ赤な
花を咲かせる。だが、ジェイルは、決してレバーを離さなかった。そう。レイク達
が、無事に海上に出るまで、レバーを離さなかったのである。
「・・・私も・・・お節介・・・ですねぇ・・・。」
 ジェイルは、そう言うと喀血する。そして目を閉じる。
「レイクさん・・・。夢を・・・追う・・・の・・・です・・・よ。」
 ジェイルは、そう言うと、笑いながら動かなくなった。その後、慌てて監視員達
が外海に出たタルに向かって発砲しようとしたが、既に小さな点となっていた。も
う後の祭りである。久々の脱走者を、出してしまったのだった。そうなると、『絶
望の島』としては、取るべき道は一つしか無い。この事実を、明るみに出しては行
けないのだ。よって、レイク達は、脱走を試みようとして死んだと言う事にして、
脱走の事実を、隠蔽するのみである。決して、セントに知られてはならない。
(チッ。せっかくのチャンスを潰しおって・・・。忌々しい。)
 島主は、舌打ちするしかなかった。だが、居なくなってしまったのでは、仕方が
無い。次に良い女が出てきたら、チャンスを見て、服従させれば良いだけだ。特に
ファリアに拘るような事を、この男はしない。
(・・・良い男だったね。アンタは・・・。)
 ティーエは連行されていた。勿論、さっきの放水騒ぎのせいである。横目でジェ
イルが、撃たれてるのを見ていた。その姿は守るべき物を持つ男の姿だった。
(ファリア・・・。幸せになるんだよ。私の分もね。)
 ティーエは、連れて行かれながらも、ファリアの事を心配していた。



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