NOVEL Darkness 1-3(Second)

ソクトア黒の章1巻の3(後半)


 海上。それは未知の世界でもあった。何せ皆、陸育ちである。レイクに至っては、
『絶望の島』から出たのだって、初めてである。本当なら、脱走の喜びに満ちてい
る筈だった。だが誰も、喜んでいる者など居なかった。それだけ辛い事実だった。
ジェイルは、あの銃撃の音からしても、死んだんだろう。皆、認めたくはないが、
生きてるとは、とても思えなかったのだ。タルの中で、皆がそれぞれ、黙ってしま
っていた。どこに行くか、分からないと言う不安もある。だが、それよりも、仲間
を失ってしまった悲しみの方が深かった。
 だが、いつまでも、こうしている訳には行かない。何のために、ジェイルが犠牲
になったかを考えれば、当然、これからは、生き抜いて行かなければならない。エ
イディは、タルの中で何度も迷っていた。
(あの判断で、俺は正しかったのか?・・・ジェイル。死ななきゃならなかったの
か?犠牲にならなきゃ、俺達は、出られなかったのか?)
 エイディは自問自答する。だが、自分一人では、考えも浮かばない。考えるのは
後悔の念のみだ。このままでは行けない。よって、ジェイルから任された通りにし
なくてはならない。先頭のタルには、仕掛けが色々付いていた。エイディが、先頭
のタルに乗り込んだのには、正確にスイッチを押すのと、仕掛けを理解出来る者が、
先頭に行かなければ、ならなかったためだ。そうで無ければ、最後尾を選んでいた。
(俺が最後尾に居たら・・・。ここに居るのは、ジェイルだったんだろうな・・・。)
 エイディは目を瞑る。ジェイルの最期に見せた顔が、忘れられない。何で、あん
な顔が出来たのか・・・。自分を、そこまで信頼してくれたのか・・・。
(俺じゃないな・・・。レイクだ。あれは、レイクを信頼してた顔だ。)
 エイディは、ジェイルが日頃から、レイクに感謝してたのは知っていた。何故な
ら、自分も感謝していたからだ。レイクのおかげで、人並みらしい考えが持てた。
幸せにしたい人も増えた。ジェイルも、その一人だった。だが・・・その願いは、
叶わなかったのだ。ならば、ジェイルの願いを、貫き通さなければならない。
(皆の責めも・・・俺は受けよう・・・。)
 エイディは、とうとう決心すると、タルの仕掛けの、右にあるレバーを引く。す
ると閂が取れたような音が鳴り、タルが、縦一列から正方形に纏まるように、固ま
っていく。丁度、筏の様な形になる。筏にしても、結構な大きさである。そして、
エイディは、更に左のレバーを引く。すると、余ったタルが、上に来るようになっ
て、ちょっとしたヨットのような形になる。設計などは、かなり大変だったが、自
信作だった。ジェイルも、これなら安心と太鼓判を押した出来だ。それと同時に、
人が入ってるタルは、上が蓋になるように傾く。そこで、エイディが蓋を開ける。
すると、タルで出来た、ちょっとしたログ小屋と、生活が出来そうなスペースを残
した筏が、完成していた。エイディは、ちょっと誇らしげに見ていたが、このまま
では居られないので、道具が入ったタルを開けると、頑丈そうな棒を、二つ指定の
位置に差し込んで、用意してあった帆を張った。これで、風を気にしながら進む事
が出来る。ちょっとした自信作だった。
 そうこうしてる内に、恐る恐るだがファリアが蓋を開けた。その顔は、目の下が
真っ赤だった。かなり泣いていたのだろう。
「うわ・・・。どうなってるの?これ・・・。」
 ファリアは、つい驚いてしまう。無理もない。出た時は、十数個のタルだったの
が、いつの間にか筏になって、帆を張っているのだから驚きだ。
「うお・・・。何だこりゃあ?」
 いつもより元気が無いが、グリードも、驚きの声を上げる。グリードも、蓋を開
けて、出てきたのだった。いつの間にか、こんな事態になってれば、驚くだろう。
 すると、レイクの蓋も上がる。レイクは、迷わず筏の上に出てきた。
「見事な物だな・・・。これも、ジェイルが考えたのか?」
 レイクは見事な筏を見て、ジェイルが楽しそうに作っている図を想像してしまう。
「小屋の設計と、帆の張り方と、道具の用意はジェイルだ。仕掛けと考案は、俺だ。」
 エイディが説明する。小屋とか、道具の用意とか、補助的な用意をするのは、如
何にもジェイルらしい。
「1ヶ月は放浪しても、大丈夫なように、設計したんだ。」
 ジェイルと、エイディは、ファリアが来た頃から、脱走の用意をしていた。少し
ずつ材料を集めては、皆が寄り付かない、死体運び場の奥の方に、このタルを設置
し、完成したのは、もう3日余り前の事だ。
 皆は最初こそ驚いていたが、すぐに、ジェイルの事を思い出したのか、シンミリ
してしまう。エイディは、それを見て、溜め息を吐くが、覚悟は決めていた。
「・・・ジェイルは、あんな風になる事は無かった・・・。あんな風に、させちま
ったのは俺だ。俺は、タルの中で考えたけど、お前達に、どう言えば良いのか、分
からねぇ。だから、俺を責めるなら責めてくれ。もう覚悟は出来てる。」
 エイディは、堰を切ったように話し始めると、背中を向けて座り込む。さすがに、
皆を直視する事は、出来なかったのだろう。
「エイディ。それは違う・・・。ジェイルは、俺が居なきゃ、あそこまで無理はし
なかった。俺は最後の最後に、ジェイルに甘えちまった・・・。そのツケがこれさ。
責められるべきは、俺なんだ・・・。」
 レイクは、悲痛の表情で話す。レイクも、タルの中で考えていたのだ。どうして
ジェイルが、死ななければならなかったのかをだ。それに、ジェイルがやらなけれ
ば、エイディが同じ事をしたであろう事は、想像に難くなかったのだ。
「違う・・・。違うよ・・・。だって・・・勝手な事したのは、私なんだよ?何で
私を責めないの?皆に心配掛けて・・・騒動まで作って・・・。皆の気持ちを、無
視して・・・。ジェイルを・・・ジェイルを・・・。」
 ファリアも、同じ気持ちだった。自分が、あんな無茶をしなければ、機会を見計
らって、もっと安全に脱獄出来た筈である。急な都合になったのは、自分を助けに
行ったせいだと、ファリアは思っていた。
「てめぇら、好い加減にしろ!!こんな所で、嘆き合ってる場合じゃねぇだろうが!」
 ついに、グリードがキレた。皆が、自分を責めろと言う。こんな雰囲気に耐えら
れる筈が無かった。
「兄貴も見損なったぜ!!こう言う時は、どうするんだよ!先の事を、考えなきゃ
駄目だろ!!ジェイルは、何でここまで、してくれたんだよ!!・・・兄貴に、生
きて欲しかったからじゃないか!!」
 グリードは、涙を流しながら訴えていた。レイクに怒るなんて、珍しい事だ。だ
が、このまま鬩ぎ合ってる姿を、見たくないのだ。
「俺だって悔しい!!そりゃジェイルは、お節介だけど、優しかったしよ・・・。
でも、この後どうするか考えたら、こんな事してる場合じゃないだろ!!」
 グリードは、拳を握る。そこには、タップリと血が流れていた。よっぽど、強く
握り込んだのだろう。それほどまでに、感情を剥き出しにしていたのだ。
「ジェイルは・・・俺が、伸び伸びとした方が、喜んでくれるのか?」
 レイクは、自分の手を見る。『絶望の島』にずっと居た、この手をだ。
「兄貴。ジェイルの願いは、兄貴に人生を送って欲しい事だ。違うのか?」
 グリードは、言ってやった。ジェイルは、レイク達を見送って、笑いながら倒れ
た。ジェイルにとって、レイクは救うべき友であり、息子のようでもあったのだ。
「そうだな・・・。だが、誰かの犠牲の上での人生は、真っ平御免だ。」
 レイクは、顔を顰める。やはり、納得は出来ないのだろう。
「兄貴!」
「だから・・・皆、約束してくれ。もう、死にに行くような事は、しないってな。」
 レイクは、皆を真剣な目で見つめる。その目は、もう誰も犠牲を出したくない。
と言う願いで、いっぱいだった。
「頼む・・・。俺は、これから生きてくのに、皆の死にに行く姿なんて、見たく無
いんだ。ジェイルの事だって、頭がいっぱいなんだ・・・。」
 レイクは、左手で、右腕を掴みながら言う。もう犠牲なんて見たくない。仲間が、
居なくなるなんて、考えたくも無いのだ。それが、ムシの良い事だと言う事も、分
かっている。どんな事があっても、仲間を失いたくない。その願いは、脱獄者とな
った4人には、厳しい願いだろう。だが、ムシの良い事だと、分かっていても、諦
める訳には、行かなかった。
「それは・・・レイクも、含まれるのかしら?」
 ファリアは、これまで以上に、真剣な目でレイクを見る。ファリアとて、レイク
が居なくなる事を、不安に思っているのだ。
「・・・ジェイルが、くれた命だしな。当然、そのつもりだ。俺は、ジェイルのく
れた命で、皆の笑顔を守りたい。おこがましいと言われるかも知れないけどな。」
 レイクは、真っ直ぐに答えた。ジェイルは、命と引き換えに、自由をくれた。な
らば、それを全うしなければならない。レイクの生き方は、決まっていた。皆の笑
顔を見たい。そのためなら、何だってする。それは、不器用な生き方だった。だが
今更、器用な生き方など出来ない。それが、自分の歩いてきた人生だ。だが、器用
な生き方じゃなくても良い。ジェイルが残してくれた命で、何かを掴めれば、それ
で良い。それが、レイクの答えだった。そして、その生き方を貫く事が、これから
の人生だと言う事も、分かっていた。
「・・・それでこそ兄貴だ!!皆が、羨むような生き方しようぜ!」
 グリードは、やっと笑顔が戻る。グリードは、ただ、楽しく生きたいだけなのか
も知れない。だが、その事が皆を勇気付けてくれる。
「困ったな。そんな約束させられちゃ、これから無理は出来んな。」
 エイディも、賛同してくれた。と言うより、レイクの一言が、嬉しかったので、
同調したのだった。
(コイツらは、俺を責める所か、自分を責めようとしていた何てな・・・。)
 皆が、ジェイルの死を悼んでくれていた。その事が、ジェイルに、届けば良いと
思う。ジェイルは、掛け替えの無い仲間だった。
「しかし・・・これから、どうするかだな。」
 レイクは、思案し始める。実際に『絶望の島』を出たとは言え、海洋上で、いつ
までも、ウカウカしてられない。海洋上と言うのは、とても危険なのだ。このまま
では、嵐などに遭遇し兼ねない。この筏で、どこまで耐えられるかなど、考えただ
けでも、恐ろしかった。嵐に巻き込まれれば、一巻の終わりだろう。
「実は・・・ジェイルと、もう行き先は、決めてるんだよ。その辺は安心してくれ。」
 エイディは、操縦管になってる部分を、調節していた。どうやら、ガリウロルの
方向に、近いらしい。しかし、このままでは外れてしまう。ソクトアの地図で言う
所の、一番南端に向かおうとしていた。そこは、海が広がるばかりでは無いのだろ
うか?陸地など、あっただろうか?
「エイディ。ガリウロルじゃ無いのか?」
 レイクは、尋ねてみる。このままでは、違う方向に向かってしまう。南端など、
行った事が無い。それに南端は、非常に寒い気候だと聞く。果たして、大丈夫なの
だろうか?
「実は、ソクトアには、ガリウロルの闇商人くらいしか、存在が知られてない島が
ある。それが、今向かっている行き先だ。」
 エイディは、確信を持っていた。そんな秘中の秘の出来事を、何故、この男は知
っているのだろうか?しかし、エイディが、嘘を吐いてるようには見えなかった。
「嘘!?私が習った地理では、こっちに島は無かったわよ?確か・・・氷の塊の地
域が、あるだけで、人間の行くような所じゃ無いんじゃない?」
 ファリアは、ビックリする。地理では、ガリウロルの南には、氷の塊が浮いてい
る極寒の地域が広がっていて、とても、人間が行ける様な所では無いと習っていた。
「それは間違いじゃない。最南端は、氷点下75度平均の地域で、生物が凍りつく
地獄のような所だ。それは、最北端もそうだ。最も最北端には島があるがな。」
 エイディは、北端の説明も付け加える。ソクトアには、最南端は、氷の塊が浮い
ている地域がある。南端地域と呼ばれていて、人間が、調査出来るような所では無
いと聞く。最も現在では、何とか『電力』を這わせて、調査しているとの事だが、
未だに何があるのか、分かっていないのが現状だ。北端は、北端大陸と言う地域が
広がっている。クワドゥラートも、北の地域なので寒いが、北端も南端と、負けず
劣らずの極寒の地域で、現在調査中である。ただし、最北端地域には、下に大地が
あると言う事が、分かっている。過去に一人、最北端地域に、遭難したが、帰って
来た者の証言で、クレバスから土が発見されたと言う事で、大地がある証拠だとさ
れた。南端にも、あるのかも知れないが、ガリウロル島から、南端までの距離が、
余りにも遠く、ソクトア大陸からでは、尚更遠い。そんな地域に、調査など、中々
出せないでいた。
「ええと、一応地図を持ってる。これを見ろ。」
 エイディは、ソクトアの地図を取り出す。北緯90度と南緯90度までの10度
ずつの線が分かれている、ソクトアの一般的な地図だ。ソクトア大陸が、どでかく
構えていて、国の名前などが、書いてある。北端大陸は、北緯80度辺りから、9
0度までの地域に広がっていて、ソクトア大陸の、一番北である、クワドゥラート
が、北緯75度まで、伸びているので、北端には、確かに調査が行き易いようにな
っている。ただし、南の方は、南緯40度までが、ソクトア大陸の限界で、南緯4
5度辺りに、ガリウロル島の北端に当たる部分が書かれている。そのガリウロル島
も、最南端は60度辺りで、止まっている。そして、ガリウロル島の、西に位置し
ているが、南緯55度の東に当たる部分に、『絶望の島』と書かれた、小さな島が
書かれていた。
「あの島って、こんな小さかったのか・・・。」
 レイクが呆れる。あそこが、全てだったレイクにとって、ソクトア大陸の大きさ
は、未知に当たる部分だった。
「これから、行けば良いだけの事だ。ちなみに、ファリアは、分かっていると思う
が、ソクトアは、北と南の端の部分が一番寒くて、この真ん中の、赤道と呼ばれる
部分が、一番暑い。何でも、太陽の当たる位置が、赤道が一番近いとかの理由だそ
うだ。気温は、50度に迫ると言われている。」
 エイディは説明する。が、その説明は、現在のソクトアでは、当たり前のように
習わされている事で、特別、知っている事実でも無かった。レイクは、テレビの知
識しか無いので、物珍しそうに、地図を覗き込んでいた。グリードも、余り勉強し
て無かったようで、興味深そうに、地図を見ている。
「まぁ、常識よね。ただ、暖流と寒流のせいで、緯度が高いのに、暑い地域とか、
反対に、真ん中近くでも、涼しい国とかあるのよね。」
 ファリアは、地理の勉強を思い出す。学生だった頃は、良く試験に出てきた物だ。
「暖流と寒流?」
 レイク等は、初めて耳にする言葉が出て来た。当然である。地図でさえ、ほとん
ど見た事が無いのだ。その辺を、知っている訳が無い。
「字の通りさ。暖流には、暖かい風が吹いている。寒流には、寒い風が吹いていて、
その周辺の地域は、大きな気候の変化が見られるって事だ。その辺は分かるか?」
 エイディは、分かりやすく説明する。
「へぇ。たかが風で、そこまで変わる物なのか?」
 レイクには、そこまで変化する気候など、想像付かない。
「そうだな。ガリウロル何かが、良い例だ。あそこは、北に寒流が流れていて、南
に暖流が流れている。だから、緯度が低い筈の、北が寒い地域って言う、アンバラ
ンスな事になっている。」
 エイディは、ガリウロルを例に出す。エイディの言った通りで、ガリウロルは、
南の島なのにも関わらず、北端の南緯45度の地域は、冬は雪が降るのに関わらず、
南緯60度の南端は、冬に海水浴が出来る程、暖かいと言う話だ。滅茶苦茶な話で
ある。エイディは、ついでに、暖流と寒流の流れをペンで付け加える。
「良いか?北端大陸から、この西側に沿って、寒流が流れている。そのせいで、西
にある地域は、悉く気温が低い。南端辺りまで、その寒流が流れていて、西側の地
域は、非常に雪が降りやすいんだ。最も、赤道辺りは、さすがに暖かいけどな。そ
れでも、同じ緯度の筈の、デルルツィアとサマハドールでは、サマハドールの方が
10度も気温が高い。パーズと、サマハドールの国境に、赤道が走っているから、
この地域は、砂漠が広がっている事もあって、それはそれで、人間が住めるような
暑さじゃないって話だ。だから、赤道から南のパーズは、より南に、反対にサマハ
ドールは、北に首都がある。」
 エイディは、捕まる前までは、地理が得意な少年だったので、かなり詳しい。暖
流や寒流の位置も、かなり正確に覚えている。
「中央大陸は、元は、荒地だったから、本来は、非常に熱帯の地域なんだが、あそ
こは、空調を『電力』で、全て操作しているので、気候の影響を全く受けていない
地域なんだ。まぁ、いわゆる規格外って奴だな。」
 エイディは、少し皮肉を込めて言う。自然に、大いに反した行為である事は、間
違いない。冬などに、人工雪を降らせる事が出来ると言うのだから、やり過ぎも、
良い所である。
「そこでファリアに問題を出そう。ガリウロル島の北は、これで寒流が、西側から
流れている事は、分かったな?なら南は、何故暖かいんだ?いや、何故、暖流が流
れているんだ?この流れから行くと、おかしいと思わないか?」
 エイディは、得意満面な顔で、問題を出す。確かに、言われて見ればおかしい。
東に暖流が流れていると言うのも、何故か説明出来ない。西の寒流は、北端大陸か
ら流れてきているし、火山帯が存在しないと言う理由なのは分かる。しかし、東の
暖流は、ソクトア大陸の火山の位置から見ても、今一つ納得出来ない。言われるま
で、気が付かなかった。火山帯は、ソクトア大陸は、中央大陸と、南のストリウス
の間に、流れていて、あとは『絶望の島』付近に、多少流れている。
「この『絶望の島』付近の、火山帯が元凶かな?」
 ファリアは、他に要素が思い浮かばない。海流の流れから言っても、他の要素は
無い。この地域を思い浮かぶのは、当然だった。
「まぁ、50点だな。」
 エイディは、指を横に2回振らす。するとファリアは、剥れた顔になった。
「もしかして・・・。今、向かっている所に、何かあるんじゃないか?」
 レイクは、当てずっぽうで言ってみた。
「・・・素晴らしいな。レイクは。その通りだ。よく気が付いたな。地図に載って
いない島は、ここにある。」
 エイディは、南緯65度の、中央部分を指差す。そこから、ペンをなぞらせて、
南緯75度の辺り付近まで、結構大きめの島を描く。
「ここに火山の島、硫黄島(いおうとう)が、存在する。」
 エイディは説明する。そして、火山帯の線を、硫黄島をグルリと囲んで、ガリウ
ロルの南端に結びつける。もう一つの線を、『絶望の島』付近の火山帯に繋げる。
「あー・・・そう言われれば、何となく、納得するわ。ガリウロルの南には、この
強烈な火山帯からの、暖流が流れて来てるのね。そして、絶望の島付近から、東に
ちょこちょこ広がっている、火山の点を通って、暖流が流れているって訳か。へぇ
・・・。知らなかったわ。」
 ファリアは、新たな発見を見つけた子供のような顔をする。実際、新しく身に付
けた知識では、あるのだが・・・。
「まぁ俺も、この知識は、面識があった総一郎何かから、聞いた事なんだけどな。」
 エイディは、照れ隠しをする。総一郎は、榊家と言う、ガリウロルの古い家柄の
一つだ。ガリウロルに近い、硫黄島の事実が、口伝で伝わっていたのだ。
「俺も、まさかとは思ったけどな。事実だ。信じられるか?ここは、南緯70度付
近なのに、亜熱帯地方なんだぜ?だが、気を付けなきゃならない。」
 エイディは、声のトーンを落とす。
「この硫黄島の周りは、避けなきゃならない。船で入れるのは、ここだけだ。」
 エイディは、南端の75度地点を指差す。すると、かなり遠回りしなければなら
ない。これは、面倒臭い事だ。
「どうしてだよ?」
 グリードは、面倒臭そうな顔をする。
「良く考えてみろ。何で、この島が今まで隠れてたのかをな。単に、見つけられ無
かったんだよ。それはそうだ。この火山帯から、外に向かって、嵐が起きるように
なっているんだ。嵐が起きない時期であっても、火山帯のせいで、周りの気温は、
50度まで跳ね上がる。外れているのは、見れば分かる通り、この南端の部分だけ
だ。入り口とも言われているようだがな。」
 エイディは恐ろしい事を言う。と言う事は、近づけば、嵐に巻き込まれる可能性
が高いと言う事である。しかも、嵐に遭遇しなくても、恐ろしい暑さが待っている
かも知れないのだ。
「硫黄島は、別名『魔炎島(まえんとう)』と呼ばれる程、呪われた地域と、され
ている。この島が、嵐を避けているのは、火山の向きが、全てこの島の逆を走って
いるからなんだ。そんな作りになるなんて、正に呪われてるのかもな。」
 エイディは、自虐的に言う。だが、この島が、危険な地域である事には、代わり
は無い。
「毎年起きる嵐は、この島から出るのが、ほとんどだ。恐ろしい話だろ?ガリウロ
ルでは、『鬼ヶ島(おにがしま)』と呼んでいるらしいがな。」
 エイディは、総一郎から聞いた話を、包み隠さず教えていた。皆、知らない事ば
かりだったので、素直に聞いていた。
「でもエイディ。嵐が来る、もしくは、熱で苦しむかも知れないって所に、何で行
くんだ?」
 レイクは疑問を投げかける。当然である。危険過ぎると言う意見が、ほとんどだ
ろう。素直に、ガリウロルに行った方が早いかも知れない。
「あのなぁ。俺は、毎日ニュースを、チェックしてたんだぜ。大体、今は、9月だ
ろ?この時期は、硫黄島から、北に向かって嵐が吹く。ニュースじゃ、ガリウロル
の東は、全面に台風が通るって話だ。行ったら、おじゃんだ。」
 エイディは説明する。なる程。ガリウロルには、春に嵐が来ると言うが、今が、
その時期なのかも知れない。ガリウロルは、南緯にあるので、9月頃から、春が始
まるのだ。学校や仕事なども、9月が境目で、翌年の8月が、年度収めの時期とな
っている。
「で、この時期の気象データでは、硫黄島から、東に嵐が来る確率は、5%ちょい
だ。となれば、ここに、向かうしか無いんだよ。まぁ、遠回りになるけどな。」
 エイディは、グルリと航路を描く。確かに遠回りだ。この筏が、普通の筏より、
かなり頑丈に組まれているとは言え、筏で、嵐を超えるのは自殺行為に等しい。
「この嵐の多さから、硫黄島は、ガリウロルからでさえ、肉眼じゃ見えないらしい。」
「はぁ・・・。聞けば聞く程、凄い所だな・・・。だが、ここには誰が住んでるん
だ?こんな所では、それこそ『絶望の島』くらい、外に出るのが大変だぞ。」
 レイクは、とても住みにくい所だと思った。外界を拒絶したかのような島だ。
「魔族・・・だ。」
 エイディは、少し、間を置いて答える。
「おいおい。エイディ。ふざけてる場合じゃないぜ?」
 グリードは、エイディを茶化すように言う。
「魔族って、伝記で良く聞くアレ?いくら何でも、そりゃ無いんじゃない?」
 ファリアも、信じていなかった。1000年前の伝記で、主人公のジークの敵の主な
種族が、魔族だった。だが、物語の上での話だ。とても信じられる話では無い。
「寄って集ってひでぇなぁ。言っとくがな。俺は、別に酔狂で言ってる訳じゃない
ぞ。魔族ってのは、本当に居るんだよ。あの伝記は、ほぼ確実に、本当に起こった
事を綴っているんだ。・・・そりゃ、今の世の中じゃ、信じられないのも、無理は
無いがな。」
 エイディの眼は、真剣だった。本気で、魔族が居ると信じているようだ。しかし、
これまで、テレビが、面白おかしく誇張した、魔族の紹介番組などはあったが、真
に迫るような魔族など、目撃談すら無い。
「魔族ねぇ。どう言う奴等なんだ?」
 レイクが、話に乗ってきた。レイクには、固定観念が無い。それ故に、魔族が本
当に居るかと言うより、どう言う者達なのかが、知りたいと思ったのだ。
「伝記の中だと、人間に代わって、ソクトアを手に入れたい願望を、持った奴等だ
と伝わっている。だが、戦乱から生き残った者は、『人道』に賛成した者ばかりだ。
だから、話は出来る奴等だと思う。俺も会った事が無いのが、痛い所だがな。」
 エイディは、バツが悪そうにしていた。会った事が無いのに、そこまで言い切れ
るのだから、自信は、あるのだろう。だが、今のソクトアで、魔族の存在を叫ぶの
は、ちょっと頭がおかしいと思われても、仕方が無い事だ。
「へぇ。どんな奴か、早く会ってみたいなぁ。」
 レイクは、目を輝かせる。レイクは、既に居る物だと思い込んでいる。
「兄貴・・・。本当は、居なかったら、期待損だぜ?」
 グリードですら、口をへの字にして、首を横に振っていた。
「むぅぅぅぅ!なら賭けるか!?居たら、俺の勝ちだ!!」
 エイディは、ムキになっていた。あそこまで否定されたら、怒るのも当然だ。
「ハッ!後悔しやがれ!!魔族の目撃談が無いんじゃ、俺だって疑うね!!」
 グリードは、売り言葉に、買い言葉と言う奴であろうか?あっさりと、挑戦を受
けた。熱くなっているようだ。
「言ったな!見てろよ!居たら、グリードは一日、俺の言う事を聞けよ?」
「その言葉、後悔するぜ?居なかったら、エイディは、俺の事を褒め称えろよ?」
 最早、子供の喧嘩である。どうにも、この二人は喧嘩するのが好きらしい。
「ハイハイ。そこまでだ。行ってみりゃ分かるだろ?それより、硫黄島に辿り着け
る方を、心配しろよ?お前達。」
 レイクは、久しぶりに班長らしい仕事をする。
「ハッ!レイクに救われたな。伝記に、あそこまで詳細に書かれていて、嘘なもん
か。目撃談だけが、頼りじゃないんだぜ。」
 エイディは、まだ言っていた。かなり信じているのだろう。
「兄貴も、覚えて置いてくれよ?俺は、見た物しか、信じないからな。」
 グリードは、意外と現実主義者である。自分で見た物以外は、信じない。だが、
自分の目で見て、信じた物には、己が身を挺してまで守ろうとする。
「しょうも無いわねぇー。でも、本当に居るのかしらねぇ?」
 ファリアは、ふと想像してみる。硫黄島の存在だって、初めてなのだ。もしかし
たら、未知の生物が居るかも知れないと言う、期待はある。
「・・・総一郎の一族は、魔族と交流があったと聞いているんだ。その言葉が、俺
には、嘘だとは思えないんだよ。」
 エイディは、榊家に良く遊びに行っていた。そのついでに、良く昔話や、伝記な
どを教えてもらった物だ。それを、散々聞かされているから、伝記物などに対する
偏見が、無いのだ。
「ふーん。でもお前さぁ。何でそんな、あの榊家と親しかったんだ?」
 グリードは、疑問に思った。エイディは、孤児だったと、エイディの口からも聞
かされている。『闇の輝き』と言う宝石を盗んで、『絶望の島』に入れられた筈だ。
ガリウロルとの接点が、思い付かなかった。
「あのなぁ。俺が孤児になったのは、10歳の時だ。それ以前は、普通に暮らして
いたんだよ。・・・嫌な事を、思い出させるなよ。他人に育てられた恩を返すため
とは言え、俺だって『闇の輝き』は、やり過ぎたと思ってるんだからよ。」
 エイディは、溜め息を吐きながら、文句を言う。あの時、盗んだ物が『闇の輝き』
で無ければ、エイディは『絶望の島』送りには、ならなかっただろう。育ての親に、
ちょくちょく盗みをさせられていたので、盗みは、悪い事じゃないって刷り込まれ
てたのも、事実だ。要するに、育ての親達には、色々な意味で利用されていたので
ある。悔しい思い出だった。
「あー・・・。悪かったよ。でもお前、10歳までは、ガリウロルにでも居たのか?」
 グリードは、更に尋ねる。確かに、ここまで榊家の事や、ガリウロルの事を詳し
く知っているのは、不自然であった。
「ガリウロルに居た訳じゃ無いんだがな。俺の家系は、一応、榊の所と、親類らし
いんだよ。総一郎とは、従兄弟同士でな。黙っていたが、俺も多少なら、忍術を使
う事が、出来るんだよ。」
 エイディは、証拠に、指を鳴らして、炎を親指と中指の間に作り出す。忍術の、
『火遁』の応用だろう。
「貴方、もしかして、ローン家の人?」
 ファリアは、何かに気が付く。伝記で榊家から、嫁を貰った者が居た。それが、
エルディス=ローンである。エルディスは、幼少の頃、船が難破して、ガリウロル
に辿り着いて以来、榊家の者に拾われて、養子として育ったのだ。そのエルディス
と結婚したのが、榊家の娘である、榊 繊香(せんか)である。それ以来、ローン
家と榊家は、良き相談相手として、連絡を取り合っていたと聞いている。
「ファリアは、勘が良いな。まぁ、あれだけ言えば、分かるか。俺のフルネームは、
エイディ=ローン。伝記に出てくる、エルディスは、俺の祖先だ。」
 エイディは、これ以上隠しても仕方が無いので、打ち明ける。別に、隠したい事
でも無かった。ただ、特別視されるのが、嫌なだけだ。
「幼少の頃は、総一郎と良く遊んだ物だ。だが、セントが、俺の運命を変えたんだ。」
 エイディは、ついでに言って置こうと思った。これは、レイク達にさえ、初めて
話す事である。
「確か14年前だ・・・。いきなり親父が、ガリウロルの闇商人の、手先だとして、
セントに捕まったんだ。俺は、何が何だか分からなかったが、親父が、悪い事をし
たんだと、その時は思った。・・・親父は罪を償って、帰ってくると、俺は信じて
いたんだがな。・・・親父は獄中で、自殺したと聞かされた。」
 エイディは、目を細める。あの時のショックは、忘れない。父に裏切られたと思
った。何よりも、信頼していた父が、悪い人間だったんだと思った。
「俺は、親父を憎んださ。俺の信頼を裏切った奴だとな・・・。だが、お袋は、親
父を信じろと言った。その言葉が、俺には突き刺さるように痛かった・・・。そん
なある日、お袋は、突然行方を眩ました。しかも、俺の行き先まで決めてな!」
 エイディは、語尾を荒げる。皆は黙って聞いていた。エイディにも、凄まじい過
去があると言う事を、皆は感じているのだ。
「俺の行き先は・・・お前達の想像通り、育ての親の所だ。俺は、その時、捨てら
れたと思った。親が二人して、俺を捨てやがったとね。その後、育ての親は、クソ
のような奴だったが、それなりに食わせてもらったし、義務教育費も出してもらっ
てた。感謝してたさ。それなりにはな。だが、引き取られた後、日課だと言って、
色々、妙な事を教えられた。・・・それが盗みさ。」
 エイディは、人差し指を曲げる仕草をする。10歳の頃から、仕込まれているの
で、実は、かなりの腕だ。
「俺は、この日課が、悪い事かさえ分からなかった。気が付いたのは、捕まった後
さ。間抜けな話だろ?・・・育ての親は、俺である程度稼いで、隙を見て、大仕事
をやらせて、通報するのが目的だったのさ。」
 エイディは、憎しみを込める。育ての親には、憎んでも憎み切れない借りがある。
「その大仕事が『闇の輝き』だった。盗みが成功して、育ての親共に、報告した次
の日だぜ?俺が連行されたのは・・・。最初は、俺がヘマをしたと思ったんだがな
・・・。俺は獄中で、セントのお偉い方と話してる、育ての親を見たのさ!!」
 エイディは、牢獄が古かったせいもあって、隙間が空いていたので、そこから覗
き込んで、話も聞こえていた。
「俺は驚いたぜ?俺を『絶望の島』送りにするために、スリを教え込んだって言う
事実を聞いてな・・・。しかも、親父とお袋が、セントから嵌められたって言う事
実を聞いてな!!その前準備を手伝ったのが、育ての親だったのさ・・・。セント
はな。罪状なんて、どうでも良かったんだよ。ローン家さえ潰せればな!!」
 エイディは、拳を握る。その時の事を、思い出したのだろう。血が出る程、握り
込んでいた。信じていた物が、全て崩壊した瞬間だった。しかも、親が、嵌められ
て死んだと言う事実を、知った瞬間でもあった。
「・・・俺と会った時、あんなに荒れていたのは、そのせいか・・・。」
 レイクは、エイディが入って来た時の事を思い出す。誰も信じられないと言った
疑心の眼。あれは、宝石の事だけでは無かったのだ。両親の死を知った、悲しみも
あの眼の中には、入っていたのだ。
「ふう・・・。私の場合と、そっくりね。エイディは。」
 ファリアは溜め息を吐く。つくづく、セントは嫌な事をしてくれる所だ。
「ま、話は逸れたけどな。榊家の事を良く知っていたのは、こんな理由さ。」
 エイディは、話し終わってスッキリする。いつかは、育ての親に借りを返さなき
ゃいけない。だが両親は、それを望んでいるのだろうか?エイディには、分からな
い。だが、仇は取りたい。例え、それが間違いだと言われてもだ。
「あーあ。嫌な奴を、思い出しちゃったわ。」
 ファリアは、忘れられないが、忘れたい奴の顔を思い出す。
「嫌な奴って。ファリアを、嵌めたって言う奴だったっけか?」
 グリードは、無神経な事を言う。
「そうよ!思い出させないでよね。全く、今考えても、腹が立つわ。私を金ヅル扱
いにしたのはまだしも・・・両親を嵌めたのは、絶対に許さないわ。」
 ファリアは、エイディの怒りに同調したのだろうか?怒りを前面に押し出してた。
「へ?お前、両親が、嵌められたのか?」
 グリードは、初耳だった。グリードだけでは無い。レイク達も、初めて耳にする
事だった。ファリアは、失言したと言う顔をする。これでは、言わない訳には、い
かなくなった。しょうがないので、自分の事を、話す事にした。
 忘れたくても忘れられないゼリンと言う名前。『セント反逆罪』を突きつけられ
た両親の突然の死。そして、仕組まれたかのような『絶望の島』行き。
「・・・今考えても、おかしい事だらけよ。」
 ファリアは、話し終えて大きな溜め息を吐く。
「確かに、俺の時と似てるな。まさか、ゼリン警部まで出てくるとはな。」
 エイディが、憎々しげに話す。
「どういう事よ?」
 ファリアは不思議に思った。エイディは、ゼリンの事を知っている風である。
「俺を嵌めた、セントのお偉方の名前も、確かゼリンだ。お前の時は、出世してい
るようだが、偶然だとは思えなくてな。」
 エイディは、事も無げに話す。だが、それは驚きの事実だった。
「まさか・・・。いや、でも・・・。」
 ファリアも、愕然としたが、聞けば聞く程、ゼリンの仕業に違いないと思えてく
る。偶然の一致では、片付けられないだろう。
「話し方の口調と言い、やり口と言い、本人に違いないのだろうな。世の中、狭い
物だ・・・。ファリアに近づいたのも、偶然じゃないんだろうな。アイツは、極度
の女性嫌いだったからな。自分から、声を掛けるなんて、何かの意図が無きゃ、や
らねぇな。」
 エイディは、取り調べの最中に、ゼリンが、女性と話している所を、見た事があ
る。ゼリンは、話す度に、毛嫌いしていたし、必要以上に話そうともしていなかっ
た。それを不思議に思ったので、同僚の刑事に聞いたのだった。その時に、口の軽
い刑事が、女性嫌いだと言う事実を、しゃべったのだ。ゼリンは、同僚からも、嫌
味を言われるくらい、嫌われているらしい。
「・・・女性嫌いだったの・・・。言われれば、何となく、そう言う節もあったわ。」
 ファリアは呆れていた。あんなゼリンを、好きになった自分もそうだが、それを
隠してまで、嵌めようとする、ゼリンのやり口にも呆れていた。
(そんな恨まれた事したかしらね?私。)
 ファリアは、つい考えてしまう。ゼリンが、そこまでして付き合って、計画を実
行したからには、何か意図があるに違いなかった。だが、ファリアには、それが何
か思い付かない。恨まれた覚えも無い。金ヅルだと、ゼリンが言った時は、ゼリン
自身も、我慢の限界だったのだろう。
「ゼリンねぇ・・・。何だか寂しい奴だな。」
 レイクは、思った事を率直に言う。ゼリンは、何が目的で生きているのだろう?
同僚からは、嫌味を言われて、女性嫌いで、ひたすらセントに貢献している。毎日
が、楽しいのだろうか?などと思ってしまう。
「レイク。寂しいって何?アイツの場合は、自業自得なのよ?」
 ファリアは、この意見を譲らない。両親を殺した相手に、同情など出来ない。
「その意見には同感だ。アイツは、自ら人を遠ざけている。そして、人を不幸にし
ている。アイツに同情するのは、俺もどうかと思うぞ?」
 エイディも、同調してきた。やはり恨みが大きいのだろう。育ての親の次に、ゼ
リンは、憎むべき奴なのである。同情など、出来る訳が無いのだ。
「分かってる!分かってるって・・・。同情なんかじゃない。ただ、何を思って生
きてるのか、単純に疑問に思っただけだよ。」
 レイクは、二人に気圧されて素直に謝る。二人は、親を殺されているのだ。この
事については、余り触れない方が得策だろう。
「兄貴は、どんな奴を相手にしても、そう思えるんだろうなぁ・・・。」
 グリードは、正直羨ましかった。普通、何かの価値観をもって、人は人の基準を
決める。なので、どこかで衝突が起きるのだ。だが、レイクには、固執的な価値観
が無い。なので、どんな悪い奴だと言われても、何を思って、何を考えて生きてい
るのかを、第一に考えてしまうのだ。出来れば、そんな奴であっても、話をしてみ
たいと思っている。そんな風に考えられる人間は、レイクくらいの物だろう。
 そんなレイクでも、仲間の事となると話は別である。仲間がやられたら、何を於
いても、敵を倒そうとする。極度の仲間想いなのである。そんなレイクが、皆は好
きだし、信頼しているのだった。だが、それと同時に、一種の危うさも拭えなかっ
た。レイクは、自分の命よりも、仲間の命を優先させると言う危惧である。残念な
がら、この危惧は当たっているだろう。レイクは、自分の命について、考えた事は、
ほとんど無いのだから当然である。仲間を失いたくないが余り、自分の命を軽視す
る。それが、レイクの弱点であり、美徳であった。
(レイクは、頑張りすぎる。でもね・・・。それだけじゃ、幸福にはなれないのよ。)
 ファリアは、そんなレイクを変えたいと切に思った。もっと、自分を前面に出し
て、生きて欲しい。それは、ファリアにも言える事なので、気を付けなければ、な
らないと思っていた。ファリアは、レイクのためにも、死ねないと、考え方が変わ
って来ていたのだ。自分を犠牲にして助けても、傷付くのは、仲間なのである。フ
ァリアは、ジェイルの行動を見て、その事に気が付いたのである。そして、どうす
れば、皆が笑顔で暮らせるかを考えなくてはならないと、思っていた。だが、自分
の性格からして、その事を上手くレイクに言う事が出来ないのも、分かっていた。
(素直じゃないもんなぁ。私・・・。)
 ファリアは、つくづく損な性格だと思う。つい強がりを言う時がある。その性格
で、学校では、常に浮いた存在だったし、自分も、それで良いと思っていた。だが
今は違う。この性格を何とかして、レイクの力になりたいのだ。
(ジェイルが、紡いでくれた可能性を、不意にしちゃ駄目よね。)
 ファリアは、ウンウンと頷いていた。まず生きなければならない。そのためには、
まず硫黄島に、無事に辿り着かなくてはならないと思っていた。だが、地図にさえ
載ってない島に、本当に辿り着けるのだろうか?理論だけなら、さっきのエイディ
の説明でも良く分かる。だが、理論だけの存在に手が伸ばせるのだろうか?
 ファリアは少し考えたが、結局、今はこの理論に、縋り付くしかないと言う答え
が導き出されていた。
(私は・・・どんな世の中でも、この仲間達と生きてやるわ・・・。)
 ファリアは決意を新たにしていた。この心境の変化こそ、ジェイルが、命に代え
ても、仲間に持ってもらいたい意識であった。その意志は、まずファリアに宿った
のであった。仲間を大事にすると言う意味の本当を、ジェイルは示そうとしたので
あった。


 海の上での生活も、1週間も経てば慣れてきた。何て事は無い。タルの筏は、思
ったより、頑丈であったし、生活していく上での道具は、前もって、一つのタルに
詰めて持ってきていたので、不自由する事は無い。それに、非常用の食料も、別の
タルに詰めてあったので、言う事も無い。お節介にも、簡易トイレまで設けてある
のだから、ジェイルの気の使いようには恐れ入る。エイディは、一人でも作れたけ
ど、ジェイルから色々注文があったと言っていた。それは、今考えたら、大正解だ
と思った。ジェイルの気の使いようが、海の上での生活に、かなりの役に立ってい
たのは、間違いない事だった。
 加えて、この辺りの海は暖流が流れている。なのに深い所は、緯度の関係で、水
温が冷たいと言う事もあって、魚の種類が豊富で、釣りをするのに困らない地域な
のだ。おかげで、太陽熱で燻製が作れる程、魚が取れていた。これは、海の上での
生活に於いて、大きなプラスになっていた。
 勿論、役割分担も決めていた。男3人が時間を決めて、釣りをする。ファリアが
下拵えをして、料理にする。釣りをしていない2人が、晴れの日には、海水を真水
に変える作業をして、雨の日には、釣りも止めて、雨水を貯めて置いている。海の
上での生活で、一番大切なのは、水の確保なのだ。真水しか入っていないポリタン
クを、タルに詰めていたが、あって困る事は無い。ここ2日間は、照りつけるよう
な暑い日だったので、尚更、気を付けなければならない。
 それに気のせいか、水温が、少し上がってきたような気がした。それに伴って、
気温も上昇して来ている。これは、気のせいでは無かった。
「あっぢぃぃぃぃぃぃぃ!!どうにか、ならねぇのかよぉ。」
 グリードが文句を言う。釣りをしている者は、特に、この暑さが響くのだろう。
今はグリードの当番だ。それに、水温の変化によって、取れる魚の種類も決まって
きた。食べられない魚だって居るのだ。
「文句を言うな。俺達だって、暑いんだぞ?」
 レイクは、真水を作る作業をしている。海水が入ったタライの上に、ガラス板を
斜めに設置して、水が垂れる所に、入れ物を用意すると言った、簡単な物だが、目
を離すと、ズレたりもするので、一人は、見張って居なければならない。要するに
水蒸気をガラスで受けて、淡水化した水を、貯めようとする、一番簡単なやり方だ
った。ただし、太陽熱を利用するしかないので非常に時間が掛かる。それでも、や
らない訳には行かない。水が無くなったら、4人共、生きていくのは厳しいからだ。
「しかし・・・本当に暑いなぁ・・・。何とかならないの?エイディ。」
 ファリアは、汗を拭いながら、エイディに話しかける。
「我慢しろとしか言えないな。今の航路は、火山帯のすぐ近くだ。暑いのは当たり
前と言えば、当たり前の事なんだからな。安心しろ。恐らく明日は涼しくなる。」
 エイディは、サラッと宣言する。本当なのだろうか?
「この暑さで?涼しくなるって本当かよ・・・。」
 グリードは、イマイチ信じられなかった。それはそうだ。茹だるような暑さであ
る。これが、涼しくなって欲しいと思うのは良いが、この状態が、今日は、朝から
続いているのである。日除けを利用しなければ、熱中症になりそうな程だ。
「涼しい所か、寒くなる。気を付けろよ。」
 エイディは、恐ろしい事を言う。
「寒くなる・・・って冗談も、程々にしろよ。」
「冗談なんかじゃない。ここが、緯度何度だと思ってるんだ?もうちょっとで、暖
流から外れるんだ。そしたら、クワドゥラート並みに寒くなるって分からないのか?」
 エイディは、呆れた口調で言う。別にエイディは、からかって言っている訳では
無い。本当に寒くなるから、言っているのだ。確かに、南緯で数えて、現在は74
度の位置に居る。本来なら、北緯75度の位置にある、クワドゥラートと同じくら
い寒い筈なのだ。春と秋と言う違いはあるが、クワドゥラートは、現在の平均気温
は氷点下10度くらいの寒さなのだ。クワドゥラートは、9月から3月頃まで、雪
が降ると言われている。ならば、この辺りも、本来は、3月から9月まで雪が降っ
ていても、おかしくないくらいなのだ。強烈な火山帯が無ければ、暑いなんて言っ
てる様な地域では、無いのだろう。
「理論的には、そうなんだろうけどねぇ・・・。」
 ファリアは、頭では分かっていた。緯度74度に居て、この暑さは異常だと思う
し、少しでも暖流を外れれば、かなり寒いであろう事も予想出来る。しかし、現実
この暑さだと、本当に寒くなるのかどうか、疑わしいと思ってしまう。
「それとな。暖流と寒流の間には、強い風が巻き起こってる事が多い。そろそろ、
気を付けて、進まなくちゃ駄目なんだ。」
 エイディは、注意を促す。暖流と寒流の間の風は、かなり強い。この筏の操縦如
何では、引っ繰り返る可能性がある。ここまで来て、失敗はしたくないだろう。
「そういや、心無しか、風が出てきたな。」
 レイクは、やっと涼しい風が来たと思っていたが、そんな呑気な事を思ってる様
子じゃ無さそうだ。
「そろそろだな・・・。おい。作業は、全て止めて、小屋の中に入れ。俺は、操縦
管のタルに行く。お前らは、小屋から、帆が飛ばないように、支えていてくれ。」
 エイディが指示を飛ばす。すると、只ならぬ雰囲気を察したのか、レイクは、す
ぐ様、水を作る作業を止めにして、水を大切に保管すると、小屋の中へと入ってい
った。続いてグリードも、魚をファリアに渡して小屋に入る。ファリアは、調理器
具を片付けて、魚を保管するタルの中に、釣った魚を入れて、帆が張ってある棒を
支える。
「それと、この風を越えたら、とてつもない寒さになる。右から2番目のタルの中
に、冬用の服があるから、取ってくれ。俺の分だけで良い。お前らは、頃合を見計
らって、上に何か羽織るんだ。」
 エイディは、寒さの対策の方も言っておく。気を付けなければ、ならない程、凄
い気温の違いなのだろう。右から2番目のタルには、冬用のセーターやコートなど
が、入っていた。これは『絶望の島』で作られている物を、こっそり抜き出した物
だろう。ファリアには、見覚えがあったのだ。
「じゃぁ、何とか越えたら、合図するから、それまで帆を頼むぞ。」
 エイディは、そう言うと、操縦管のあるタルの中へと、入っていった。
「エイディは、ああ言ってるけど、本当に寒くなるんですかね?兄貴。」
 グリードは、半信半疑である。
「さぁな。だが俺達は、地図のイロハも分からねぇんだから、黙って聞こうぜ。」
 レイクは自分では、エイディ程、地理を知っている訳でも無かったので、エイデ
ィに任せる事にした。
「まぁ、そうなんですけどねぇ・・・。どうも信じられ・・・。オワ!!」
 グリードは、突然の揺れで、バランスを崩しそうになる。
「な、なんだ!?風で揺れたのか!?」
 グリードは、信じられないと言った顔付きになる。それはそうだ。さっきまで、
灼熱の暑さで、風一つ無かったのが、いきなり、かなりの強い風が吹いたのだ。
 ガタン!ガタガタ!!
 突風のような風が小屋を叩く。それをレイクとグリードが、棒を支える事で、何
とか帆を守っていた。エイディの言った通りだった。
「すっごい風・・・。こりゃ、作業止めて正解みたい・・・。」
 ファリアは呆れる。これで作業をしてたら、船が転覆し兼ねない。それに、風が
出てきた辺りから、かなりの大波が海に出始めた。
「ど、どうやったら、こんな出鱈目な事に、なるんだよ!?」
 グリードは支えると言うより、しがみ付くように帆を持つ。レイクは、何とか足
場を保ちながら、帆を支えていた。
「自然ってのは、凄い物だな・・・。」
 レイクは素直に、そう思ってしまう。だが今は、そんな事を思っている場合じゃ
無い。自然の驚異を、何とか乗り切らなければならない。
「エイディは、大丈夫なのかしら?」
 ファリアは、片目しか開けられなかったが、操縦管のタルを見る。すると、エイ
ディは、激しく操縦管を回しながら、風によって出来た波を見ていた。
「あの状況で、大波の流れを見ているな・・・。ありゃ余程、覚悟が出来ているに
違いない・・・。よし!俺達は、エイディを信じて、この帆を守ろうぜ!」
 レイクは、グリードとファリアを見る。すると二人は、首を縦に振って承知した。
エイディは、恐れずに大波を、乗り切る気なのだ。
「・・・始めから、これくらい予想してたぜ!乗り切ってやらぁ!!」
 エイディの気合の入った声が聞こえた。すると、操縦管を前に倒す。どうやら、
重心を上手く変えてるらしい。今は、やや前のめりだ。そこに、襲い掛かるような
大波が来た。これまでの最大の波だ。
「・・・まだだ・・・ジェイル・・・。まだだよな。」
 エイディは、祈るように呟きながら、操縦管を、まだ前に倒していた。このまま
では、波に攫われてしまう。だがエイディは、まだ操縦管を離さなかった。大波が
迫ってくる。物凄い高い波だ。呑まれたら、どうなるか予想も付かない。
(これが、自然の力なのか!?)
 レイクは改めて感嘆する。こんな自然が、この世には存在すると言うのが、信じ
られなかった。『絶望の島』では、体験出来ない恐怖だ。だが、それと同時に、レ
イクは歓喜も覚えていた。外の世界の雄大さ、そして肌で感じる自由が、レイクを
支配していた。『絶望の島』を離れたと言う実感が、レイクに喜びを与えていた。
 波が迫ってきた。こんな筏は乗り切らせてなる物かと嘲笑っているようだ。
(こんな波に負けるか!!!)
 エイディは、迫ってくる波を、真っ向から見据えた。
「うおおおおおお!今だぁ!!!!」
 エイディは、大声で叫ぶと、操縦管を一気に後ろに倒す。すると筏は、後ろに倒
れていく。そして、波に逆らうかの如く、筏は上へと上っていった。
「す、すげぇ!!!」
 グリードは、感動していた。エイディの操縦技術に、ビックリしていた。筏は面
白いように、波を上っていく。そして頂上付近まで、一気に駆け上った。
「拙い!!」
 エイディは、グリードの感動を打ち消すような声を上げる。しかし無理も無かっ
た。エイディは、肌で感じていたので分かっていた。これ以上、この筏が上に上が
らないと言う事だ。このままでは、乗り切れないまま、波に呑まれてしまう。
「冗談じゃない・・・。冗談じゃないぞ!!」
 エイディは、ジェイルのくれたチャンスを、ここで潰したくないと思った。そう
思うと、不思議と力が湧いてくる。すると体の奥底から、熱い物が、込み上げてき
た。今なら何とかなると、エイディは思った。それは最後の賭けだった。エイディ
は、レイクの方を見る。
「・・・班長。ここは絶対に乗り切る。島に辿り着かせてくれよ。」
 エイディは、そう言うと、両腕から鈍い空気が流れる。何やら両腕の周りだけ、
空気が凍ったように、揺らめいていた。
「おい!エイディ!何をする気だ!!」
 レイクは、何か危険な予感がした。エイディが、今やろうとしてる事は、取り返
しの付かない事なんじゃないか?と思う。分かってた訳じゃない。だが直感で、そ
う感じていた。そして、それは間違いじゃない事が分かった。何とエイディの足元
から、赤い円陣が吹き上げた。その色は、炎の色でも無く、闘気の色でも無い。血
の色だった。エイディの血が、足元から噴き上げていたのだ。エイディは、文字通
り命を懸けて、何かをしようとしていた。
「エイディ!!さっきの約束を、もう忘れたのか!!無理するんじゃない!!」
 レイクは、このままでは、エイディを失う予感がした。
「班長・・・。今、ジェイルの気持ちが、分かった気がするよ・・・。」
 エイディは、そう言うと、もう振り向かなかった。
「エイディィィィィィ!!!!」
 グリードも叫ぶ。エイディのしようとしている事が、危険だと言う事は、グリー
ドの目からでも、明らかだった。エイディの顔の血の気が引いていく。
「ダメェ!!!!!」
 ファリアも、何かを感じたのか、エイディを制止しようとするが、足場が悪くて、
エイディの側に行く事も出来ない。
「俺が、榊流忍術で覚えたのは、『火遁』と『空歩(くうほ)』しかねえ・・・。
なら、最大限の力で打ち出すしかねぇ!!」
 エイディは、両手で指を打ち鳴らすと、手から炎が現れた。『火遁』だ。しかも、
エイディの生命を懸けての『火遁』に違いない。『空歩』は、文字通り、空を駆け
抜ける術だ。最も、エイディは駆け抜ける程、覚えてはいない。
 そろそろ波が、筏に迫ってきた。このままでは呑まれる。と言う所で、エイディ
は、両手を前に突き出した。
「ガ・・・アアアアアアアア!!!!!」
 エイディは、血管が切れそうな程、歯を食いしばると、大量の炎を両手から噴出
させた。それは、まるで大火事を再現したかのような炎だった。それを、タルには
当てないように、波の真ん中から掻き分けるように噴出させていた。
「フ・・・フゥ!・・・フゥゥゥゥゥ!!」
 エイディは、段々力が抜けていくのが分かる。あれだけの炎だ。魔力も闘気も、
最大限に使っているのだろう。忍術を使うには『源(みなもと)』が要る。その源
は、魔力と闘気を掛け合わせる事で、初めて体現する事が出来るのだ。更に、それ
でも足りないので、エイディは軽く手首を切って、自らの血を無理やり、魔力に変
えて、闘気も、更に引き出して『火遁』を打ち出しているのだ。忍術を知っている
者なら、この行為は自殺行為だと言うだろう。それ程、危険なのだ。元々エイディ
は、魔力より闘気の方が、多く体に持っている。だが、魔力は己の原理的な力を、
大自然に変える事で現象を起こす仕組みだ。より原理に近い、血液を媒体に使えば、
通常の3倍以上の魔力を得られる。だが、それは魔術師の切り札であったし、命を
縮める行為なので、禁忌の力ともされてきた。その事を、エイディは知った上で、
血液を使っているのだ。あれでは、エイディの体が持たない。
「・・・真面目に、修行してりゃあな・・・。」
 エイディは悔やむ。真面目に修行をしていれば、エイディの器は小さくは無い。
あんな無理をしなくても、源を引き出す術を得ただろうし、この危機を乗り越える
のは、そう難しくは無かっただろう。だがエイディは、『絶望の島』に居たのだ。
あの島で、真面目に修行など出来る訳が無い。目立てば、監視員の目に止まるだけ
だし、現在では、魔力の存在は信じられていないし、持っている者は、奇異の目で
見られる。目立たないためにも、能力は隠して置かなければならなかった。何より
危険視されて、とっくに処刑されていただろう。
(あと少しだ・・・。俺の命を捨てれば!!)
 エイディは、まだ自分の命を保つ分だけは、残してあった。寿命は縮んでいるだ
ろうが、まだ復活出来る程の力は、残してあった。その力を使えば、ここを乗り切
れる。ならば使うしかないのか?皆を悲しませる事になるかも知れない。だが、皆
を死なせるより・・・と思う。ジェイルの気持ちが、痛い程、分かる。
(使う!もうこれしか・・・。)
 エイディは、覚悟を決めて、手首の傷口に手を掛ける。
「駄目よ!!それ以上は、絶対駄目ェ!!!」
 ファリアは、ある程度、波の力が弱まってきたので、エイディを押しのけて、前
に出る。何かを、する気なのだろう。
「ファリア!!お前まで、何をする気だ!!」
 レイクは帆を支えるのを忘れて、ファリアに駆け寄ろうとする。
「支えていて!!お願い!エイディを死なせないで、ここを乗り切るには、私の力
しか無い!もう、これしか・・・無いの!!」
 ファリアは、右手の指先が光ったと思うと、見慣れない文字を書いていく。
「ファリア!!お前!まさか!!」
 エイディは、気が付いた。その文字は、失われた筈の文字だった。だがファリア
は、躊躇いも無く、描いていく。美しくも早く、その文字は完成した。
「私の家も・・・本当は普通じゃなかったのよ・・・。」
 ファリアは、自嘲気味に笑う。エイディは、その意味に気が付いていた。
「ファリア・・・。お前、伝記の家の出だったのか・・・。」
 エイディは口にした。伝記の家の出とは、エイディも、勿論そうである。伝記に
出てくる、エルディス=ローンの直系の家である。だが、それと同時に、ファリア
も、伝記の家の出だった。
「私の祖先はサイジン=ルーンの出よ。そして、その妻は、大僧侶と称されたレル
ファ=ルーン・・・。私は、その家系の直系の出よ。」
 ファリアは、一生隠そうと思っていた事実を話す。この事実は、魔術師であると
告げたような物だ。大僧侶とは言え、魔法を使っての癒しだ。レルファには、凄ま
じい程の魔力が、備わっていたと言う。そして、その直系の家の者は、代々神聖魔
法を中心に、ありとあらゆる魔法を、習得させられていた。レルファの血が、そう
させていたのかも知れない。直系の出の者の中でも、女性に生まれた者は、生まれ
つき、非常に魔力の器が、でかい者が多かった。
 しかし時代は『化学』を得た事で、『魔法』を排斥し始めたのだ。その結果、ル
ーン家でも、魔法は封印したと言う事になっている。だが、万が一と言う時のため
に、魔法を覚えさせて、血を途絶えさせなかったのだ。そして、その系列を汲むの
が、ファリアだったのだ。その事実を、ファリアは16歳になった時に聞かされた。
始めは、ショックだったが、ファリアは、事実を受け入れた。その結果、魔法を極
秘裏に使いこなせるようには、なっていた。だが両親は、祖先に報いるためだけに
教えたのであって、魔法の事は忘れて生きろと言った。それが、幸せな道だと言っ
た。ファリアは、その言葉に従って、普通の女性として生活した。だが、ゼリンが、
その両親を殺した。優しかった父親。魔法を教えてくれた母親、血の柵を、受けな
いように、言ってくれた母親。そして全てを知っていて、ルーン家に来た父親。そ
の両親は、ファリアが幸せであれば、満足だった。その幸せをゼリンは奪ったのだ。
セント反逆罪の烙印を押されれば、もう普通の生活には戻れない。そして両親は、
それに耐えられなかったのだろうか?今となっては、分からない。
 ファリアは、ゼリンに魔法を使おうと思っていた。だがレイク達に会う事で、そ
れは、愚かな事だと知った。勿論、ゼリンを憎む気持ちは変わらない。だが、それ
だけに人生を費やすのは、止めようと誓ったのだ。だから、魔法は使わずに居よう
と、思った。それが幸せな道だと信じていた。だが、エイディは、禁忌を破ってま
で、自分達を救おうとした。その姿は、美しくはあったが腹が立った。エイディ自
身が、生き残らなくて、幸せになれる筈が無い。心にジェイルのような、シコリが
残るだけだ。ジェイルを失った今、これ以上犠牲が出るのは、耐えられない。なら
ば、ファリアとて、自分の力を使う時だと判断したのだ。それが、正しい道だとフ
ァリアは思ったのだ。
「もう、誰も失わない!そんな事、あって堪るもんですか!!!」
 ファリアは両手が薄紫色に光る。魔力が溜まっている証拠だ。エイディから見て
も、とてつもない量の魔力だった。ルーン家の直系と言うだけある。見た事も無い
ような魔力だ。
「私の、得意魔法じゃないけどね!『炎熱』!!!」
 ファリアは、高熱の塊を前に打ち出す『炎熱』の魔法を唱える。ファリアの両手
から、太陽のような眩しい光球が打ち出される。それは、波に近づくに連れ、大き
くなっていき、最終的には、まるで波がお辞儀をしているように、光球の通った所
だけが、穴が空いていた。凄まじい熱だ。これなら、ここを通り抜ける事が出来る。
「今よ!レイク!!」
 ファリアは、レイクに合図をする。エイディは、意識朦朧としているし、グリー
ドは、まだエイディから操船のやり方を教わっていない。エイディが、さっきレイ
クに合図したのは、レイクにだけ、操船のやり方を教えてあったからだ。それを、
ファリアは、気が付いていたのだ。レイクは、ファリアの洞察力と、魔力に、しば
らく驚いていた物の、このチャンスを逃したら駄目だと、すぐ様、感じて、操縦管
の所に飛び付いた。
「こなくそぉぉぉぉぉぉ!!」
 レイクは、掛け声と共に、操縦管を調節しつつ、右のレバーを思いっきり引く。
すると、凄まじい勢いで、筏は前進し始めた。どうやら、簡易モーターが付いてい
るようだ。今は、信じられない事だらけだ。だがエイディが、命を懸けて、ファリ
アは、秘密を明かしてくれた。ならば、自分に出来る事をやるだけだ。
 レイクは、筏を信じて、レバーを引き続けた。そして、レイクの目に飛び込んで
きたのは、閃光の様な眩しさだった。
「・・・つぅ・・・。」
 思わず皆、目を細めてしまう。それ程の明るさだった。そして、目が慣れてきた
頃、自分達の状況を知った。
「・・・やった・・・。やったぞ!抜けたぞ!」
 レイクは、開口一番に叫んだ。傍らで、辛そうに体を起こすエイディと、本当に
嬉しそうな顔をしているファリア。そして、帆を支えながら、ガッツポーズをして
いるグリードが見えた。それを見てレイクは、大波を抜けた事を悟る。そして、抜
けた先は、何とも穏やかな海だった。今までの強風が、信じられない程だ。
 しかし、油断出来ないと言う事を、すぐ様、悟った。
「・・・おかしい・・・。皆!すぐ何か羽織れ!エイディには、毛布だ!」
 レイクは指示を飛ばす。すると喜びも束の間、すぐに、体を暖める用意をした。
皆も、すぐに異変に気が付いたのだ。気温が、明らかに下がっている。涼しい所か、
肌寒く感じる。これが、エイディの言っていた変化だったのだろう。見る見る内に、
寒くなっていった。
「・・・マ、マジかよ・・・。あれ、流氷だぞ・・・。」
 グリードは、信じられない物を目にした。目の前に広がる海は、極寒の海だった。
本来、この気候なのだ。強力な暖流がなければ、今までのような暑さは無かっただ
ろう。これが、自然の驚異であり、このソクトアの、神秘でもあった。大自然の力
が、非常に強いソクトアでは、このような現象もあり得るのだ。
「ここまで寒いなんて・・・肌が荒れそう・・・。」
 ファリアは、真っ先に文句を言う。今は、そんな事を言ってる場合では無いと思
うのだが・・・。
「肌の荒れぐらい、我慢しろよな。こっちだって、寒いんだからよ。」
 グリードは、余計な事を言う。
「アンタねぇ。肌の荒れは、中々治らないのよ?「ぐらい」とは何よ?」
 ファリアは、口を曲げて反論する。
「ああ・・・。もう・・・わーーかったよ。どっか着いたら、肌荒れに良さそうな
もんでも探してやるから、我慢しろ!」
 グリードは、口煩かったので、軽弾みな事を言う。
「あ。言ったわね?私、忘れないわよ。」
 ファリアは、ニマァっと笑う。一時は、どうなる事かと思ったが、皆が、元気に
なってきた事が、一番の収穫だった。
「しかし、ファリアは、さっきから何やってるんだ?」
 レイクは、不思議そうに見ていた。ファリアは、エイディに掌を向けている。
「治療よ。治療。さっきエイディは、おかしいくらい、血液を消費したからね。回
復力を高めてるのよ。私は本来、この癒しの魔法が得意なのよ?」
 ファリアは、もう隠そうとしなかった。仲間内で隠しても、しょうがないと思っ
たのだ。この力は、一般的に使うような力じゃない。だが、緊急事態には、惜しみ
無く使うべきだと、判断したのだ。
「ファリアが、魔法を使えるなんて、驚いたけどな。こう見ると、案外、似合って
るかもな。何て言うか、サマになってるよ。」
 レイクは、素直に感想を言う。するとファリアは、顔を赤らめてしまった。
「そう言われると、悪い気しないわね!アハハ!」
 ファリアは、照れ隠しに笑う。手をブンブン振りながら喜ぶ。
「・・・おい・・・。」
 エイディが、朦朧としながら、ファリアの方を見る。
「お。気が付いたわね?礼は、いらないわよ。」
 ファリアは得意顔で、エイディの方を見る。
「お前・・・嬉しいからって、途中で魔法を変えるの・・・止めろ・・・。」
 エイディは、苦しそうに言った。するとエイディの腹が、焦げていた。
「や、やば!・・・私ったら間違えて、『熱』の魔法に変えちゃった・・・。」
 ファリアは、サラッと恐ろしい事を言う。
「ご、ごめんねー。すぐ治すからさ!」
 ファリアは苦笑いすると、今度は『癒し』の魔法を掛ける。この魔法は、字の如
く、傷口を塞いで、体力を取り戻す魔法だ。神聖魔法の初歩だが、基本こそ、一番
大事と言う言葉の如く、この魔法を上手く使いこなすのが、神聖魔法使いの、極意
でもあった。ファリアは、かなりの使い手なので、もうエイディから、血の気が戻
ってきたくらいだ。
(アイツを怒らすのは、程々にしておこう。)
 グリードは、心にそう誓った。ファリアを本気で怒らせたら、グリードは、洒落
では済まされない目に合うだろう。奇跡を、目の当たりにしてきたので、余計に、
そう思った。
「・・・お?あ、あれは!!」
 レイクは、遠くを見つめると、島と言うには、かなりの大きさの陸地を発見する。
「皆!着いたかも知れないぞ!」
 レイクは、すぐ様、岩礁が無い所を避けるように、進行方向を変える。ここで沈
んで堪るかと言う気持ちが、勝ったのだ。
「ああ!着いたのね!」
 ファリアも、つい喜びの言葉を口にする。もう海上での生活は懲り懲りだった。
「結構、長かったよなぁ・・・。魚生活も、これまでだな。」
 グリードは、食生活が変わるのが、何より嬉しかった。これまで、魚ばかり食べ
ていた。と言うより、他は流れてきた海草くらいしか、口にする物が無いのだ。好
い加減、飽きてきていた所だ。
「・・・あ・・・。」
 レイクは傍らで、エイディがグッタリ伸びているのを見る。
「おい。ファリア。大丈夫なのか?」
 レイクは、心配になってくる。
「大丈夫じゃないわね。私、今は疲れを取る『精励』の魔法使ってるのよ?なのに、
起きて来れないって事は、さっき使った力の反動が、来ている可能性が高いわ。」
 ファリアは深刻そうな顔をする。どうやら、余り良い状況では無さそうだ。
「多分、神経が削られているのよ・・・。無茶したからね。それを修復するには、
さすがに、時間が掛かると思う。まず、上陸しなきゃ駄目ね。」
 ファリアは、エイディの回復のためにも、上陸すべきだと判断する。
「分かった。・・・エイディ。後で、言いたい事は、たくさんあるからな。」
 レイクは、そう言いつつも操船に集中する。すると、あっという間に、島が近づ
いてきた。簡易モーターを、フル出力したので、抑え気味だが、海が穏やかだった
ので、真っ直ぐ近づく事が出来たためだ。
(もうちょっとだ・・・。)
 レイクは、やっと上陸出来ると安心した。これで、しばらく休める。色々あった
が、まず、休むに越した事は無いと思う。
「ん・・・?」
 レイクは目を凝らすと、停泊所のような物が見えた。と言っても、簡易な物で、
飽くまで便宜上でと言った感じだった。そこに、何かが集まっている。良く見ると、
人のようだ。だが、あれは本当に人なのだろうか?肌の色が暗黒に近い。髪の色も、
ガリウロル人程では無いが、かなり濃い黒だった。
(あれは・・・エイディが言っていた魔族?)
 レイクは、前にエイディが言った話を思い出す。レイクは、慎重に筏を進めると、
こちらを見つめる目に意識を集中させた。そして、ゆっくりと筏を陸へと付けた。
「・・・えーと・・・。」
 レイクは、何か言おうとした。しかし黒い者は、手でそれを遮る。
「言い訳は良い。何をしに来た?」
 案外冷静な声が、帰ってきた。どうやら、こちらの行動を警戒しているようだ。
「何をしに・・・って言われても困る。俺達は、ここに来るしか、手が無かったん
だからな。命懸けだったんだぞ?」
 レイクは、嘘を吐くのもシャクなので、そのまま言った。
「取引に来る者は、決まっている。騙そうとしても、騙されんぞ。」
「何言ってるんだよ。俺達は『絶望の島』を、やっとの事で抜けて来たんだぞ。」
 レイクは、カチンと来て言い返す。騙すと言う言葉が、気になったようだ。レイ
クは、そんな卑怯な事をするか!と思っていた。
「ほう。あの島からの来訪者か。意外な答えだ。だが、魔族の島である硫黄島の存
在を知っている者が、脱獄者とは思えぬな。その様子だと、偶然でも無いようだ。」
 相当警戒されているらしい。だが当たり前だった。この島は、地図に載っていな
いのだ。こんな嵐の中を、わざわざ抜けてくる者が、只者である筈が無い。
「じゃぁ、アンタ、魔族なのか?」
 レイクは、一応のため聞く。お互いに正体を明かしてないのは、気に入らない。
「それを知らずに来たとでも?嘘も、ここまで来ると・・・。」
 魔族は鼻で笑おうとする。すると魔族の証である黒い翼を見せる。見事なまでに
龍の翼を、さらに暗黒色したような、力強い翼の持ち主だった。
「何が嘘だ!アンタ、さっきから嘘ウソうそと!これじゃ、俺達が何言っても、無
駄だろうが!!仕方無いじゃねぇか!ここの島の事を知ってる奴が、今話せないん
だ。早く休ませてやりてぇのに、埒が明かないじゃないかよ!」
 レイクは激高する。いきなり嘘吐き扱いされた事もそうだが、早くエイディを休
ませてやりたい。そのためには、こんな所で、口論してる暇は無いのだ。
「む・・・。そこの奴か・・・。確かに、疲労しているようだな。」
 魔族はチラッと見ただけで、エイディの状態を判断する。
「だが、どこで休むつもりだ?この、波打ち際でか?」
 魔族は痛い所を、突いて来る。確かに、こんな波打ち際では、回復になるかどう
か疑わしい。エイディは、既に気絶したままになっている。
「一々うっさいわね!アンタ達に、何かするって訳じゃ無いんだから、放って置い
てよね!エイディを、せめて陸地で休ませたいだけなのよ!」
 ファリアも口出ししてくる。魔族は、ファリアの顔を見るなり、目を細める。そ
して、目を低く落とす。そしてエイディの顔を覗き込む。その瞬間、固まった。
「レ、レイリー様!?」
 魔族は突然、様付けになる。しかも名前が間違っていた。何を言っているのか、
チンプンカンプンだ。
「うちの仲間のエイディよ。誰よ?レイリーって・・・あ・・・。」
 ファリアは、気が付いた。伝記の中に出てくる、エルディスの息子レイリーだ。
エルディスの直系であるエイディは、レイリーの面影があるのかも知れない。しか
し、この魔族は、レイリーの事を知っているのだろうか?それに、レイリー=ロー
ンは、1000年も前に死んだ筈である。人間でありながら、魔族に変化を遂げ、『魔
人』と名乗って、魔族側で闘った人物である。それを知っているのだろうか?
「レイリー様、そっくりだ・・・。」
 魔族にとって、レイリーは、魔族のために命を投げ出した、尊い人物なのだ。尊
敬していない魔族は、ほとんど居ない。
「エイディは、エルディス=ローンの直系の人物よ。つまり・・・伝記の、レイリ
ー=ローンとも、無関係じゃ無い筈よ。」
 ファリアは、説明してやる。魔族は、それを聞いて合点が行った。そして、エイ
ディは、これから守るべき人物だと言う事を、理解した。
「失礼致しました・・・。レイリー様の御子孫の、お連れ様ですね。我ら魔族は、
貴方達を、歓迎せねばならぬ立場。ご無礼を致しました。」
 魔族は、急に改まって、臣下の礼に倣って、頭を下げる。
「・・・すげぇ変わりようだ・・・。」
 グリードは呆れる。魔族と言うのは、本当に居たのだと、思い知らされる。今時、
人間で、ここまで真面目に挨拶する者は居ない。
「エイディ様を、我が家へとお連れなさって下さい。粗末な家ながら、歓迎致しま
す。お連れ様も、ご一緒に来てくれると、有難く存じます。」
 魔族は、もう平伏しきっている。何とも、信じやすい人達だ。何より、行動が極
端だと思った。これも外の文化なのだろうか?と、レイクは思ってしまう。
「お連れ様っての・・・気に入らないな。俺はレイク。隣がファリアで、コイツが
グリードって言う名前なんだ。名前で呼んでくれるか?それと、名前を聞かせても
らえないか?どうにも、お互い名前も知らずに歓迎されるってのはな・・・。」
 レイクは、ムズ痒い感じがしたので、名前を尋ねてみる。歓迎されるのに、お互
い気を使うのも、嫌だったのだろう。
「私はジェシー様の第一の部下、シャドゥと申します。レイリー様には、幼少の頃、
ジェシー様と、お世話になりました。その礼を、せねばなりませぬ。例え子孫であ
っても、その尊敬の対象に、変わりは、ありません。」
 シャドゥは、レイリーと顔を合わせたのは、10歳の時だった。ジェシーの配下と
して、紹介されたが、まだ闘えるような年齢では無かった。なのにも関わらず、レ
イリーは、シャドゥをジェシーの部下として、認めてくれた。それがシャドゥにと
っては、嬉しくて堪らなかった。レイリーは、どんな若輩者であれ、平等に扱って
くれた。それが、シャドゥの思い出である。レイリーとは、半年も経たない内に、
別れてしまった。それは、死の別れと言う、非常な結末だった。レイリーは、運命
神との戦いの最中に、命を落としたのだった。力こそ全ての魔族を命を、捨ててま
で守ろうとした姿に、シャドゥは感動を覚えた。いつかシャドゥは、ジェシーを身
を張ってまで守れる存在になりたいと思った。
 シャドゥは今でも思い出す。レイリーの強さへのこだわりをだ。力がなければ、
誰も守れない。だから、例え恨まれようとも、強さを追い続けると、レイリーは言
っていた。レイリーは、やり過ぎな部分もあったが、その強さへの、直向さは、美
しい物だとシャドゥの目には写った。以来、ジェシー以外に、レイリー程の美しい
目を持った魔族を、シャドゥは見た事が無い。
 ともあれ、監獄島から硫黄島へと辿りついた。尊い犠牲があった。皆の隠された
過去も見た。その努力あってこその、今だとレイクは感じずには、いられなかった。



ソクトア黒の章1巻の4前半へ

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