4、魔島  幻の島、地図に載ってない島。その名も硫黄島。火山に囲まれた灼熱の大地。こ の島の周りは、活火山が噴き上げていて、緯度75度の位置ですら、亜熱帯の気候 を保つ、イレギュラーとも言うべき島である。実在するか怪しい物であったが、実 際に辿り着いたのだから、認めない訳にも行かない。しかも、この島は、戦乱時代 を生き抜いた、魔族まで住んでいると言うのだから、驚きだ。  魔族の存在など、只の作り話だとばかり思っていた。確かに、ソクトアにも動物 は数多くの種類が居る。だが、知能が優れ、人間よりも、遥かに優れた存在である 魔族は、只の物語でしかないと思っていた。だが、ソクトアには、魔族は存在して いたのだ。しかも、こんな辺境の島でである。  レイク達は、この島まで辿り着くのも奇跡だと思ったが、この島で、行われてい る事も、奇跡だと思った。この島は、周りに囲まれた火山帯のせいで、上空には嵐 が発生し、海底はマグマが走っている。だが、全て、火山が外に向いているため、 この島への影響は、ほとんど無い。入り口と呼ばれる、岬以外で、まともに、この 島に近づく方法は無い。そのため嵐が発生する火山帯の集まりだと、学者からは思 われてきた。実際に、この島を示す地図は無い。だが、ガリウロルの筆頭豪族や、 闇商人等は、この島の存在に気が付いていた。この島は、200年の一度、霧が晴 れる時がある。その時に、ガリウロルの先端部分から、この島が薄っすらだが、見 る事が出来るのだ。この島の存在を知ったガリウロル人は、すぐ様この島へ行った が、魔族は、人間への不信感が強い。そのため、取引目的で無ければ、許可しない と言う条件付で、闇取引を行うだけの仲だった。所詮、人間と魔族は違う種族だし、 闇商人は、取引さえ出来れば満足だったので、その状態は続いていた。この島で、 出来る植物は、緯度の寒さと、活火山の暑さのせいで、非常に珍しい植物が生える。 その植物が、高額で取引出来るのだ。その代わり、商人達も、金では無く、食料や 珍しい武器などで、物々交換による取引しか、認められていない。人間が作った金 など、要らないのだ。この時代の貨幣は、ソクトア全土でゴードと呼ばれる通貨で、 取引されていた。1ゴードで、ジュースが買えると言う程度のお金で、20万ゴー ドで、家を購入するくらいのお金だと言う話だ。それが、セントなどでは何百兆ゴ ードの予算が、組まれていると言うのだから、貨幣も普及した物である。  レイクは、この島の岬で会った、魔族であるシャドゥの家に招待された。シャド ゥは、粗末な家で申し訳無いなどと話していたが、セントで中流階級だったファリ アの家よりも、大きいくらいなのだから、それなりの生活をしているのだろう。  この島に辿り着く為に、尽力したエイディは、現在、絶対安静で、居間で眠らせ てある。シャドゥは、この島に辿り着いた経緯を、レイク達から聞き出していた。 レイクも、ここは、お世話になってる身なので、包み隠さず話す事にした。 「なる程。貴方達は、罪人として処分されそうだった訳ですな。」  シャドゥは、顎に指を当てると、少し考える。 「罪状が、セント反逆罪なんだから、やってられないわ。」  ファリアは不平を言う。この罪状を、一番嫌っているのは、他でも無いセントに 住んでたファリアだった。今まで、この名で、何人も闇で葬られたかと思うと、お ぞましい思いで、いっぱいになる。 「卑しい人間の、考えそうな事です。現実に、貴方達のような、澄んだ魂をお持ち の方は、現在、相当少ないと思われる。」  シャドゥは、容赦無かった。レイク達は信じるが、人間全体を信じる気には、な らないのだろう。それだけ、人間への不信感は強い。 「卑しい人間・・・か。俺達も油断してると、危ねぇな。気を付けないとな。」  グリードは、顔の後ろに手を持ってって、溜め息を吐きながら、呟いた。 「しかし・・・貴方達が、そこまで人間を敵視するのは、理由があっての事だろう? 良ければ、教えて欲しいんだが?」  レイクは、理由が分からなければ、対処の仕様が無いと思ってか、ズバリ聞いて みる。 「今の人間達には、伝わってない事項・・・と言う事ですな。ならば、教えましょ う。我らは、好き好んで、この島に来ている訳では無いのです。」  シャドゥは窓を見る。この島は亜熱帯で、住むのに良い条件とは言えない。外は、 嵐のせいで、天候が良い日など、ほとんど無い。家の中は、通気性が良くしてある し、部屋を涼しくする、魔法の鈴も欠かせない。 「我らは、元はソクトア大陸に住んでいました。主にプサグルから、ストリウス周 辺のワイス遺跡の辺りに居ました。だが、500年も経った頃、人類は、私達の寿 命の長さに危惧を抱いたのでしょう。私達を、迫害して追い出したのです。」  シャドゥは、信じていた人間まで、迫害するようになった事を、忘れない。その 人間も、既に、この世には居ない。だが、人間など信じるに値しないと言う、認識 だけは、残ったのである。あの時は、信じられない思いで、いっぱいだった。人間 達は、共存と言う素晴らしい考えを普及し、ソクトアの自然とも、共存しつつ生き ていた。決して驕らず、短いながらも寿命を全うし、最後まで、誇りを持って死ん だ人間を、シャドゥは何人も知っている。だが、あの時の人間達は、違った。自分 達以外の種族は、隷属と見なし、それに従わない者は、脅威とされ奥地奥地へと、 狭められて、ついには、ソクトア大陸から、この島まで行かなければならなかった。 「魔族の、ほとんどは、魔界と呼ばれる魔族の故郷へ戻りました。人間達に愛想を 尽かしてね。しかしジェシー様は、人間達の良心を、まだ信じたいとおっしゃられ て、死ぬ思いで、この島を見つけて、居を構える事になったのです。」  シャドゥは、溜め息を吐く。あの時点で、魔界へと帰った方が幸せかも知れない と思った。だが、ジェシーに付いていくと決めた以上、シャドゥは、他に選択肢な ど無かったのである。その選択に迷いは無い。迷いは後悔の元になる。しかし、シ ャドゥに後悔は無い。ジェシーに付いて行く事こそ、レイリーに報いる方法だと、 思っていたからだ。ジェシーは、忍術を学んでいたので、空歩を使って、噴煙を耐 えながら、この島の存在と、この島への入り方を見つけたのだ。 「分かりますか?500年前までは、妖精なども居ました。魔族も、妖精も、貴方 達が存在を、危ぶんでいる龍族なども、存在していたのです。ですが、あの年を境 に、全く姿を見せなくなったのです。人間達の反撃を、恐れての事です。」  シャドゥは、討って出る道も考えた。しかし、ジェシーに止められてしまった。 人間達は、集団で、しかも能力に目覚めると、最強の存在だと言われた。それは、 レイリーや伝記の勇士ジークを見れば、分かる事だと諭されたのだ。今の人間達や、 当時の人間達に、その力があるとは思えないが、それは、深く人間を知らない証拠 だと諭されたのだ。レイリーとて元人間。人間達は、才能の宝庫だとジェシーは言 っていた。短い分、極める時間も短い。その濃い生き方こそが、人間にとっての、 最大の武器だとジェシーは見ていたのだ。だが、その人間達が取った行動は、裏切 りだった・・・。 「人間って・・・そこまで、横柄で残酷になれるのね・・・。」  ファリアは、嘆き悲しむ。信じていた人間達に、裏切られた時の魔族達のショッ クは、計り知れないだろう。ついゼリンの事を、思い出してしまう。信じていた者 に裏切られるのは、非常にショックな事だ。人生を変える切っ掛けになる。ファリ アの生き方は、あそこから変わってしまったのかも知れない。 「共存を唱えたのも人間なら、それを反故したのも、人間です。我ら魔族からして 見れば、何を信じて良いか、分かりません。だから、人間を敢えて攻撃はしない。 だが、信用には値しないと言う事です。」  シャドゥの言う事は、筋が通っていた。そこまで迫害されて、信用する訳にも行 かないだろう。攻撃しないだけ、立派な物である。 「しかし、レイリー様の、縁の子孫とあれば、話は別です。あの方は、我らに希望 を下さった。ジェシー様も、レイリー様無くして、あそこまで人間を、信じはしな かったでしょう。あの方は、ソクトアに残っている魔族の中では、尊敬の対象です。」  シャドゥは、レイリーには思い入れがあるらしく、エイディも、同列に扱うと約 束する程である。レイリーは、魔族の希望の一つだった。『魔人』レイリーと言え ば、魔族と人間を繋ぐ、シンボルであった。人間でありながら『神魔』と呼ばれる 神に近い魔族と同列の席に座り、戦いの指揮も執る。魔族の英雄と言えば、レイリ ーに他ならなかった。 「でも、エイディって、レイリーの直接の子孫じゃ無いんだろ?」  グリードは、言い難い事を言う。確かにそうだ。エルディスの子孫と言うだけで、 レイリーとは、違う分派である事は間違いない。 「・・・しょうがない。正直にお話しましょう。我ら魔族は、エルディス様にも、 お世話になっているのです。」  シャドゥは、レイク達なら、話しても支障は無いと判断したのだろう。伝記に書 かれていない真実を話す。信用に足る人物かは、まだ分からない。だが迷ってばか りは、いられない。話すと決めた以上は、話す事にしたのだ。 「どう言う事?」  ファリアは尋ねてみる。伝記では、魔族のその後の行方は、ガリウロルに行って、 榊家の手伝いをしたと言う風にある。 「ジェシー様に従った一行は、エルディス様の下へと集いました。レイリー様の、 崩御をお知らせするためです。エルディス様は、お怒りになるかと思いきや、我ら を責めず、自分をお責めになりました。そして、ジェシー様の妊娠を見抜くと、ガ リウロルへ、養生に来るよう仰せつかったのです。」  シャドゥは、驚きの事実を話す。ジェシーには、子供が居たという事実だ。その 養生を摂った地こそ、ガリウロルだと言うのだ。  エルディスは死ぬ間際まで、自分の事を責めていた。レイリーが死んだのは、自 分が、不甲斐無いせいだと・・・。そしてレイリーこそは、ジェシーと共に、幸せ に暮らすべき奴だったと悔いていた。その苦しむ抜いた姿を、シャドゥは忘れない。 魔族を平等に見なし、尚且つ、幸せになって欲しかったと言い切ったのだ。エルデ ィスは、間違い無く、レイリーの親であった。ジェシーやシャドゥは、その時に受 けた恩を、生涯忘れる事は、無いだろう。 「すげぇな・・・。俺は、今まで伝記なんて想像上の事だけかと思ってたぜ・・・。」  グリードも、この目でシャドゥを見て、この島に上陸している。ならば、信じざ るを得ない。この男が嘘を吐いているかも知れない。だが、嘘を吐いているにして は、知り過ぎている。想像だけで、ここまで話せる程、この男が器用にも見えない。 「伝記の中では魔界三将軍の一人『黒炎』のジェシーに息子が居たなんて・・・。 しかも、レイリーとの子供が居たなんて、想像も付かなかったわ。」  ファリアは、伝記の内容を、良く覚えている。セントの必修科目にも入る程、こ の伝記は、広く伝わっている。ジェシーの事も書かれていた。戦乱の終盤に『覇道』 が、満を持して、送り込んできた魔界の将軍である。階級で言うと『魔王』の次に 位の高い『魔剣士』と呼ばれる地位で、その中でも、精鋭を選りすぐったエリート の3人である。ジェシーは、黒のマントを羽織る『黒炎』の二つ名を持つ、魔族の エリートである。その魔界三将軍の内2人は、ジェシーを庇って死んでいった。そ して恋仲だったレイリーは、魔族全体を庇うように、人間に頼みつつも、運命神と の戦いで、命を落としたのである。だが、ジェシーとレイリーは、何度か愛し合っ た仲であった。しかし、その中で懐妊していたとは、驚きである。そのジェシーは、 まだ存命中で、この島に居ると言うのだから、真実なのだろう。  その生き様を見てきた、シャドゥにとって、生涯守るべきは、ジェシーだと、心 に決めていた。ジェシーは、そんなシャドゥの生き方を、何度も否定した。自由に 生きろと、何度も言われた。だがシャドゥにとって、レイリーこそ全てであり、貫 くべき指標だった。それが間違いだと言われようとも、もう生き方を変えるつもり は無かった。 「俺は伝記を読んだ事がない・・・。そんな、すげぇ奴等が居た時代を、一度読ん でみたい物だな。」  レイクは首を傾げながら呟く。レイクは、獄島暮らしなので、そんな伝記など、 読んだ事が無かった。ソクトアの歴史の、濃い部分が詰まった1年間を読めないの は、不幸と言える。それだけ愛された伝記なのだ。それは、セントの支配が続く今 でも、この伝記を無い物と出来ない程の愛され方だ。セントの方針から言って、こ の本は、余り好ましい本では無い。だが、これが廃刊とならないのは、既に、この 伝記が、生活の一部分と化しているからに、他ならない。 「ソクトア記、第2章と呼ばれる、サルトラリア=アムルが書いた伝記が、一番読 み易い。彼は、当事者なのにも関わらず、戦乱の全ての資料を、一から集めて、手 直しした偉大な人物です。未だに、彼を越える伝記の作者は、見ませぬ。」  シャドゥが教えてくれた。サルトラリアと言うのは、伝記の中に出てくる人物で、 ジークが在籍していた、ギルド『希望郷』のギルドマスターである。初代ギルドマ スターは、ギルドの抗争に巻き込まれて死亡したとある。なので、実質ギルドマス ターを長く務めたのは、この人物である。密かに、ジークの使っていた不動真剣術 と言う剣術の対とも言われる、天武砕剣術の継承者でもあった。共に、継承者は一 人と言う、とてつもなく限られた門を持つ剣術で、現在では、ほぼ一子相伝となっ ているらしい。だが、不動真剣術は、15年前にセントと闘って破れた男が、継承 者であったので、滅びている可能性が高いし、天武砕剣術に至っては、100年程 前から、消息不明になっている。現在では継いでいる者が居るのかも、怪しい。 「その内、ガリウロルに行って、本屋に寄れば売ってますって。」  グリードは、レイクの肩を叩いてやる。こういう時の、グリードの気遣いは嬉し かった。しかし色々しゃべって、お腹が空いてきたらしく、お腹の音が鳴ってきた。 「おお。これは失念していました。そろそろ、食事のお時間ですね。」  シャドゥは、済まなそうに謝ると、手を2回叩く。すると、この家の給仕らしき 魔族が顔を出す。どうやら、この家に仕えているらしい。 「お呼びでしょうか?シャドゥ様。」  どうやら、女性の魔族らしい。魔族特有の黒い翼が、控えめだが生えている。こ う見ると、魔族も肌が暗黒色で、黒い翼を持つ以外、人間と大差はない。寧ろ、ト ゲトゲしていないので、親しみやすくも思える。しかも、この女性は、肌も暗黒よ りも、少し黄色掛かっている。どうやら、魔族の中では薄い色の肌のようだ。 「客人に、食事を出したい。何分で出来るか?」 「既に用意は、整っておりますので、並べるのに5分程、お時間を頂きたいです。」  給仕は、シャドゥの質問に、素晴らしく完璧な答えを導き出す。実に心地良い。 「彼女は、何者?」  ファリアが興味を持った。ファリアから見ても、中々の美人である。 「身の回りの世話をしている、ナイアと申します。何なりと、お申し付け下さい。」  ナイアは、丁寧に答えた。シャドゥが答えるまでも無い。何ともソツが無い。何 をやらせても、凄いんじゃないだろうか?ナイアは、髪を後ろで三つ編みにして、 束ねていた。その束ね方も、完璧で隙が無かった。良く見ると、この家の、どこを 見ても、塵一つ落ちていない。ナイアが、完璧に処理をしているおかげだろう。エ イディの部屋の衛生管理なども、全て完璧に、こなしている。 「どんな料理を、作ったのかしら?」  ファリアは興味があった。自分も料理なら、多少の自信はある。家庭科の授業は、 いつも上位の成績だったし、ちょっとしたパーティー料理なども、作った事がある。 「大した物では御座いません。貴方達には、鶏の香草焼き、小松菜のお浸し、鴨の 皮開き、海の幸のコンソメスープ、子牛の腎臓のバター焼き、ウニと海老の海鮮ピ ザに飲み物はウーロン茶とジャスミン茶、白ブドウのワインか桃の紅茶のどれかを お選びください。皆様の好みが分からなかったので、適当では御座いますが・・・。」  ナイアは、恐ろしい事を言う。一体いつの間に、そこまで料理を作ったのであろ うか?この島では、どうしても海鮮系の料理が中心になる。とは言え、ここまで、 完璧に作られると、ファリアも立場が無い。と言うより、このナイアが、凄すぎる のかも知れない。この島は、亜熱帯とは言え、魔法を駆使して、牧畜も行っている との話で、今回の料理から見ても、その話は嘘では無いのだろう。 (それで大した事無いって・・・。こりゃ勝てんわ・・・。)  ファリアは呆れてしまう。対抗意識よりも、戦意を失ってしまう程の実力差だ。 「シャドゥ様には、いつも通りのメニューで御座います。」  ナイアは、それ以上言わなかった。シャドゥは、ウンウンと頷いている。どうや ら、言わなくても何が出るか、分かっているらしい。 「シャドゥは、何を食べるんだ?」  レイクは、素朴に疑問に思ったので、尋ねてみる。 「私は、いつもタンタンメンとキムチの付け合わせ、麻婆ナスに焼酎を飲むのが、 いつもでしてね。たまに気分で、冷麺やザーサイの盛り合わせなどに、変えますね。」  シャドゥは、ヘラッと凄いメニューを言う。 「・・・シャドゥって、辛党なのか?」  グリードは、うんざりした顔で言う。聞いてるだけでも、火が出そうな程、辛そ うな料理ばかりだ。 「皆に、そう言われますが・・・。私としては、至って普通なのですよ?」  シャドゥは、考え込んでいた。どうやら自分が、凄まじく辛党なのを理解してい ないようだ。毎日これを食べて大丈夫なのだから、凄い胃と舌の持ち主なのだろう。 「ナイアさんは、何を食べるんですか?」  レイクは聞いてみた。するとナイアはキョトンとする。 「私・・・ですか?私は、後で残り物を炒めて、戴きます。」  ナイアは、極当然かのように言う。寧ろ、何故尋ねられたのか、不思議がってい るみたいだ。 「そんなの詰まらなくない?一緒に食べましょうよ。」  レイクは、ナイアに声を掛ける。一緒に食べた方が、美味しいと思ったのだろう。 「そ、そんな。お客様とご同席なんて、恐れ多い事で御座います。」  ナイアは困った顔をした。こんな顔を見られるとは思わなかったので、皆、珍し がって見ていた。 (レイクの素朴さには、ナイアさんも、お手上げかしら?) 「いや、だったら俺は、食べない。だって食事ってのは、皆と食べながら、話すの が、俺の中での、基本ルールだからな。」  レイクは腕を組んで、踏ん反り返る。しかし、お腹の虫は鳴いている。痩せ我慢 も良い所だ。だがレイクは、そのルールを変えようとは思わなかった。思えば『絶 望の島』でも、必ず皆一緒に、ご飯を食べていた気がする。 「こ、困りました・・・。シャドゥ様。如何致せば・・・?」  ナイアは、本気で困っているらしい。お客様を喜ばせるのが、自分の立場だと思 っているので、お客様さえ満足なら、幸せだと思っていた。こんな提案を、された のは、初めてである。当惑してしまった。 「客人を飢えさせる訳にも、行くまい。いつもと違うが、御同列しなさい。」  シャドゥは、ナイアの同列を認める。すると、まだ当惑気味だったが、ナイアは、 ちょっと嬉しそうに、首を縦に振った。 「いつも別々なの?シャドゥは?」 「はい。特に同列を意識してませんでしたので・・・。ですが、貴方のような考え 方を、する人が居るとは、私も驚きです。貴方を見てると、不思議と人間に対する 価値観も変わってくるから、不思議だ・・・。」  シャドゥは、顎に手を持っていって考える。どうにも、このレイクと言う人物は、 掴み所が無い。仲間のために怒ったり、尽力したりすれば、素朴な少年のような疑 問を、ぶつけてくる。なのにも関わらず、達観した事を、いきなりズバッと答えて くる。こんな人間は初めてだ。いや、かつて一人そんな人間が、居た気がする。し かし、その人間は、今は生きていない。 (もしや・・・?)  シャドゥは、レイクの生い立ちを、さっき聞いた。生い立ちって程の物では無い。 監獄島に、ずっと居た青年。しかし、それは物心がついた時には、と言う話だ。出 生が、どういう状況なのか、分かっていない。シャドゥは、もしかしたら、レイク の出生は、隠されているが、あの一族なのでは無いか?と睨む。しかし、それは、 まだ直感でしか無い。確定するまでは、言わない方が良いだろう。 「じゃ、戴こうか。」  シャドゥが、挨拶すると、皆も頭を下げて、食事を取る。 「・・・う、うめぇ!!」  グリードは思わず声が出た。好みが分からないからと、謙遜していたが、これな ら、皆も舌鼓を打つ程の味だ。レイクも、こんな味は、初めてだと呟きながら、食 べている。 「うー・・・。料理には、自信あったんだけどなぁ・・・。こりゃ完敗だわ。」  ファリアは、思わず敗北宣言をする。 「お褒め預かり光栄です。皆様の、そのお顔を拝見するのが、私の楽しみなのです。」  ナイアは、嬉しい事を言ってくる。料理をして、一番嬉しいのは、皆が美味しい と言って、残さず食べてくれる事だ。シャドゥも、感謝の弁を述べたりはしないが、 いつも残さず、食べてくれる。 「しかし、ナイアさん。料理上手だなぁ。魔族と人間の味の違いとか、無いの?」  グリードは、何気無く聞いてみる。するとナイアは、困ったような顔をした。 「グリード殿。その質問は、お控え願いたい。」  シャドゥは、ちょっと伏せ目がちに、抗議する。 「あ、何か悪い事言っちまった?・・・済まんねぇ。」  グリードは、ちょっと気まずい雰囲気を察して、謝る。 「謝る必要は御座いません。私は、どちらの味も判別出来ます。私は、魔族と人間 の相の子ですから。どちらの味も、判別出来るのです。」  ナイアは、隠す必要は無いと判断したのか、堂々と事実を話す。 「この事で、昔、苦労したのも事実ですが、今は、シャドゥ様のような主人を得て、 幸せなのですよ?」  ナイアは、本当に幸せそうに笑う。無理をしているようでも無い。心から、今の 境遇を喜んでいるようだ。 「私は、もっと贅沢を言えと言ってるんですがね。ナイアは、聞いてくれぬのです。」  シャドゥは、いつも口癖のように、何か欲しい物があったら言えとか、休みが欲 しければ、いつでも言いなさいと、口煩く言っているが、ナイアは決して、それに 甘える事は無かった。黙って、シャドゥの身の回りの全てを、こなしていた。 「ナイアさんが幸せなら、良いんじゃないかな?それに、この味は、幸せじゃなき ゃ、出せない味だと、俺は思うんだよね。」  レイクは、本当に美味しそうに、ピザを運ぶ。何をとっても美味しい。こんな美 味しい物を、心が乱れた者が、作れる筈が無い。シャドゥにも、満足してもらう程 の食事を、不満な心で、出せる筈が無いのだ。 「レイク様の言う通りで御座います。私は、この平穏が、怖いくらい幸せなんです。」  ナイアは、ニコリと笑う。しかし、どこか陰がある笑みに見えた。 「ナイアさん。俺は、昔にどんな事があったかなんて、野暮な事は聞かない。今、 幸せなら、それを逃さないようにしなきゃ、駄目だよ?」  レイクは、諭すようにナイアに語る。 「レイク様・・・。レイク様と話してると、私が給仕である事実を、忘れてしまい そうで怖いです。ただ・・・レイク様は、ご自身の幸せを掴めました?」  ナイアは、鋭い質問をしてくる。レイクは、皆を幸せにする態度を取る。だが、 自分が幸せになる態度を、取れるのだろうか?と疑問が残るのだ。 「参ったなぁ。誰かさんと、同じ質問されちまったぜ。」  レイクは、頭を掻く。ファリアはクスッと笑う。 「見つけてないなら、早く見つけなきゃ、駄目って事よ。」  ファリアは、レイクを横目で見ながら、からかう様な視線を送る。 「ふむ。レイク殿は、些か課題が、多そうですな。」  シャドゥは、話を合わせてくる。 「あーあ。分かってるよ。でも、俺は、俺のままで、いつか幸せってのを、見付け てやるさ。せっかく窮屈な所から、出たんだしな。」  レイクは、タルの筏の方を見る。良く見ると、あんな物で、よく大波を越えて来 た物だと思う。執念と人知を超えた力が無ければ、呑まれて死んでいただろう。 「兄貴なら、見つかりますよ。」  グリードは、励ましながら、子牛の腎臓のバター焼きを食する。 「おい。グリード。そのバター焼きは、お前3個目だぞ。少しは遠慮しろ。」  レイクは、グリードが密かに、バグバグ食べているのに、気が付く。 「兄貴。そいつは、譲れませんぜ?早い者勝ちって奴ですよ。」  グリードは、したたかに、ピザを取ると口の中に放り込む。 「お、お前!クソゥ!負けて・・・」 「ちょーーっと!アンタ達。みっともない食べ方は、止めなさいよ?」  醜くなりそうな予感がしたので、ファリアが釘を刺す。すると二人とも、食事バ トルを始めそうな雰囲気だったのが、静まり返る。 「お皿なら、いくらでもありますから、ご遠慮なさらなくても、結構です。」  ナイアは、予備の食事まで作ってあった。さすがである。 (か、完璧魔族ね・・・。)  ファリアは思わず、そう思ってしまう。ナイアは、謙虚過ぎる所があるが、やる 事は、完璧である。  それにしても、シャドゥは、あんな辛そうな食事を顔色一つ変えずに食べている。 「シャドゥさん。よっぽど、辛いの大丈夫なんだねぇ。」  レイクも、うんざりする程、辛そうな料理だ。 「私にとっては、丁度良い辛さ何ですがね?ふむ・・・。」  シャドゥは、顔色一つ変えずに、麻婆ナスを放り込む。 「魔族は全体的に辛い物が、好きな方が多いんです。人間は、脂肪分が多い物を好 みますね。特に動物性の物を摂る傾向が、あります。」  ナイアが説明する。この人は何でも頭に入っているのであろうか?知識も豊富だ。 (今度、習おうかしら・・・。)  ファリアは、ナイアの料理の知識は、正直羨ましいと思った。どこまで極めれば、 ここまでに、なれるのだろうか?それは、やってみなければ分からなかった。 「・・・!エイディ様が、起床なされたみたいですね。」  ナイアは、居間の空気が変わったのを感じ取る。この気配りもナイアならではだ。 「ふむ。現状を、説明さしあげなければな。」  シャドゥは、極当然のように振舞う。ナイアの能力を知っての事だろう。 「よ、良く分かるなぁ・・・。」  グリードなどは、驚きっぱなしである。どこの雰囲気が、変わったのか、見当も 付かない。その僅かな事を見逃さないのが、このナイアの気配りなのだろう。 「魔族って、皆、凄いのね・・・。」  ファリアも、驚かされてばかりである。人間よりも明らかに優れている。闘いの 事だけでは無い。考え方も、しっかりしてるし、今のセントの人間より心も綺麗だ。 「私が、ご説明に行きます。」  ナイアが、一礼すると、自分の皿を片付けながら、居間の方へと出向く。 「あの人は、何をやらせても、凄いな・・・。」  レイクも、つい驚いてしまう。謙遜しているが、能力は凄いと思った。  ナイアは、どうやら寝ぼけ眼のエイディに、事情を説明しているようだ。すると、 エイディは、合点が行かない所もあったようだが、納得せざるを得なかったので、 頷きながら、こちらへと来た。エイディは、やつれた顔をしていたが、血色は、悪 く無かった。かなり回復したようである。 「おはようさん。エイディ。」  レイクは、言いたい事もあったが、まず挨拶をした。 「おう・・・。何だか、面白い事に、なってるみたいだな。」  エイディは、ニンマリと笑う。今の事態を、面白い事の一言で済ます辺り、エイ ディらしい。どうやら、意識は、ハッキリしているようだ。 「エルディス様の御子孫、エイディ=ローン様ですね。お初にお目に掛かります。 我が名は、シャドゥと言います。お見知り置き下さい。」  シャドゥは、臣下の礼をする。皆は、ポカーンとする。この時代に、臣下の礼と 来た物だ。しかも相手は、エイディだ。 「私はナイアと申します。エイディ様。何か御用があれば、何なりとお申し付け下 さい。微力ながら、力になります。」  ナイアまで続く。すると、エイディは、困ったように頭を掻く。 「止してくれよ。俺、こういうの苦手なんだよな。」  エイディは、鼻がムズ痒くなってしまう。卑下された事はあっても、尊敬された 事なんて無い。それが、いきなりこれでは、戸惑うのも無理は無いだろう。 「ああ・・・。そうか。レイリー=ローンは、アンタ等の恩人だもんな・・・。で も、俺とは、関係無い事だぜ?」  エイディは、二人が魔族だと言う事に、薄々気が付いていた。ただ、どうしても この雰囲気に馴染めない。 「我らでは信用するに値しないと?・・・無理も、ありますまい。」 「だぁぁぁぁ!そう言うのじゃねぇよ!何ていうか、他人行儀なの嫌いなんだよ。 俺も、そこのレイクもね。だから、俺に様なんて、付けてくれなくて良い。俺を回 復させて、レイク達を持て成してるアンタ等を、信用出来ない筈が無いだろ?」  エイディは、捲くし立てる。要するに、もっと仲良く出来ないのか?と言いたい のだろう。この男らしい言い分だった。 「我らが同列などとは、恐れ多い・・・ですが貴方が、そう望むのでしたら、従い ましょう。ナイアも、それで良いな?」  シャドゥは、ナイアに念を押す。 「私は・・・恐れ多すぎて・・・。でも努力します・・・。」  ナイアは、ペコッとお辞儀をする。 「おい。エイディ。困らせるなよ。」 「うるせぇや。まぁ、アンタ等の好きなように呼んで良いよ。でも、頼むから、従 う従わないなんて、言わないでくれ。俺は、そう言うの嫌いだからさ。」  エイディは、呆れたように言う。起きて、いきなりこれでは、目覚めも悪い。だ が、良い匂いがする。食事を見ると、お腹も空いてきた。 「エイディ様の分もあります。すぐに、お持ちしますね。」  ナイアは、嬉しそうに食事を運んでくる。 「ああ。助かる。丁度、腹も減ってた所だ。ところでレイク。さっきナイアさんか ら聞いたが、ここは、硫黄島なんだな?」  エイディは、外の景色を見る。外は嵐の風景だが、こちらに影響は無いと言う不 思議な感じだった。 「ああ。それと、シャドゥさんとナイアさんは、魔族だ。」  レイクは説明する。二人とも翼が生えてるので、一目瞭然ではあったが、エイデ ィからしてみれば、思ったより人間に近いと思った。 「・・・。よし!グリード。賭けは、俺の勝ちだな?」  エイディは、何となく分かっていたが、わざとらしくグリードの方を向くと、ニ ヤリと笑う。何とも、皮肉な奴である。 「カーーーッ!お前は、まだ覚えてたのか!呆れるな・・・。」  グリードは、エイディのしつこさに呆れる。 「賭けとは?」 「ハハッ。この島には、魔族が住んでいるって俺が言ったんだが、信じなくてよぉ。 俺は、絶対居るって信じてたからな!それで、賭けをしたんだよ。」  エイディは、グリードの頭を押さえながら、説明する。 「我らを賭けの対象にしないで戴きたい・・・が、信じてもらえたなら光栄です。」  シャドゥは、少し呆れてしまったが、エイディが自分達の存在を、この時代に信 じてくれた事は、嬉しかった。 「ハハッ。わりぃな。悪ノリが過ぎちまってな。でも、俺は、あの伝記に書いてあ った事が、全部想像だ何て、思いたく無かったんでな。」  エイディは、伝記を見た時、これぞ人の生きる道だと思った。それだけに、想像 で書かれた事だなんて、思いたく無かったのだ。 「全部何も、史実ですよ?あそこに書いてある事は、ほとんど間違っていませんよ。」  シャドゥは、極自然に言う。 「貴方達は、まだ信じられないかも知れませんね。でも神とて、降臨しようと思え ば、いつでも降臨しに来ます。この頃も、人間達に混じって調査している者が、居 るようですしね。現代では、信じる人間が、少なくなってしまったのでしょうがね。」  シャドゥは、少し悲しくなった。人間達の間では、自分達は、存在しないと思わ れている事がだ。そして、危惧もしている。いくら、人間出身の神のリーダーとは 言え、現状を見たら、どう思うか?嘆き悲しむに決まっている。調査に来ていると の噂も、真実味がある。このままでは、大変な事が起きてしまいそうな、予感がし たのだ。 「神か・・・。どんな奴ら、なんだろうな?」  レイクは、ついそう思ってしまう。まず、会ってみたい。話をするのは、そこか らだと思う。実在するしないでは無い。会えるのなら、会って話をしたい。それが、 レイクの行動理念であった。 「何て事は無い。神など、管理したがるだけの存在です。」  シャドゥは、言い切った。どうやら神には、余り良い想いが、無いようである。 「ただ、神のリーダーは、話せる奴です。彼は珍しく、放任主義でした。だからこ そ、500年も自由と平穏が保たれたのかも知れません。だが、今思えば、それも 正しい選択だったのか、疑わしい・・・。」  シャドゥは、神のリーダーの気概は知っていた。人間を信じる。そして、それに 従う者は、皆信じる。それが彼の気概だった。アドバイスはするが、管理はしない と言うのが、彼の持論だった。実際にトラブルなどがあれば、収めるが、必要以上 に口出ししないのが、現在の神のリーダーだった。そんな彼の性格は、嫌いでは無 かった。だが、500年前の出来事の時、彼は、もっと大きな山場を迎えていたら しく、こちらに来れなかった。それから、最近に至るまで、他の星の危機を助けて いたと言う情報がある。今では、リーダーの部下が、このソクトアに居るらしいが、 収める所か悪化している。思うに、何か大変な事が、セントに起こっている可能性 が高い。  英雄の子孫が戦いを挑んだ際も、セントは跳ね返してきた。どこか、不気味な物 を感じる。今のセントには、何か恐ろしい事が、起こっているのかも知れない。 「今の世の中は、間違っているって事か?」  レイクは尋ねてみる。それは、レイク自身の中でも、答えが出ている事であった。 「分かっているでしょう?正しい筈が無いと。セントの人間以外の誰もが、思って いる事だと思います。だが、口を出せない。こんな時代、見た事が無い。黒の時代 と言うべきでしょうね。今は。」  言いたい事も言えない。そんな時代が、正しい筈が無い。先が見えない、この時 代を、シャドゥは黒の時代と言い切ったのだ。希望があるのかも疑わしい。ソクト アに残った魔族で、革命を起こそうと考える者は、ほとんど居ないだろう。 「希望があるとしたら、貴方達だ。」  シャドゥは、レイク達の方を見る。特にエイディの方をだ。 「止してくれよ。俺達は、まだ獄島を抜けたばかりの、ペェペェだぜ?」  エイディは期待されるのが、どうも苦手である。別に悪い気がする訳では無い。 しかし、応えられなかった時に、悔しがらせるのは嫌なのだ。それに、大波の時に、 自分達の力の無さを、痛感したばかりだ。 「右も左も分からない、俺達に期待するのか?」  レイクは、シャドゥの眼を見る。シャドゥの眼は真剣その物だった。 「私は、貴方達を、只のペェペェだとは思っていない。まだ、開花する前の蕾だと 思っています。自分では、気が付いていないでしょうが、凄い才能をお持ちだ。全 員がです。私とて、伊達に1000年生きている訳ではありません。才能は、一目見れ ば、分かります。磨くチャンスが無かっただけでしょう?」  シャドゥは言い切った。レイク達は、磨くチャンスが無かっただけで、絶対に開 花すると。それは、過剰な期待では無かった。魔族が、卑下する人間達に、ここま で言い切るには、何かの力を感じての事なのかも知れない。 「分かった。俺達に、何が出来るのか分からない。でも、少しでも期待に近づける よう努力します。俺達とて、ここで終わりにするつもりは、ありません。」  レイクは、シャドゥに言い切って見せた。それを見て、エイディが、バツの悪い 顔をする。どうして言い切ってしまったのか?と、抗議する目をしていた。 「エイディ。あの空手大会の事、覚えているか?」  レイクは、突如質問する。 「覚えてるぜ。忘れる訳が無い。」  エイディは、少し皮肉っぽく返す。 「あの時、俺は天神 瞬の姿勢を、羨ましく思った。何かの期待に応える為に、努 力を惜しまない姿勢は、称賛に値すると思っている。なら、俺達だって、少しでも そうなれるように、努力するべきなんじゃないか?それで、期待に応えられなかっ た時は、心から謝罪すれば良い。違うか?」  レイクは、天神 瞬の不器用な生き方が、とても輝いて見えた。獄島に居た自分 達とは、違う輝きを持った少年を、羨む視線で見ていた。しかし今は、自由の身で ある。ならば、自分達とて、あんな生き方が出来るかも知れないと思ったのだ。 「レイク。お前の言う事は理想だ。天神だってそうだ。あれは、理想を述べている。 その先にある現実を、分かっていない。お前には、魔族の期待に応えて、俺達と共 に行動する事が可能だと、本気で思っているのか?」  エイディは、厳しい言葉をぶつける。エイディとて、悪意で、こんな言葉をぶつ けている訳では無い。この島に行く事も、理想と言えば理想だったが、それは、計 算と証言に基づく証拠があっての事だ。しかし、この魔族達の期待に応えると言う のは、形が無い。しかも、どんな困難が待ち受けているかも、分からない。それを レイクに、背負わせたく無いのだ。 「エイディの言う事は、最もな事だ。でも、正論で、物事を理解する程、俺は、ま だ人間出来ちゃ居ない。何も俺は、全員の期待に応えようって訳じゃない。身近に 居る人の、期待に応えたいだけなんだ。」  レイクは、島を出た時から、自分の生き方について、考えていた。ファリアに言 われた事もある。それが、切っ掛けで、考えるようになっていたのだ。 「お前、何で自分の幸せを、優先的に考えないんだよ!その生き方に憧れるのは、 良い。でもな。人は、幸せを目指さなくて、生きていける程、強い生き物じゃない んだ!人々の期待を背負って、やり遂げた所で何が残る?幸せな生き方を、考えて くれよ!」  エイディは、声を荒げる。ジェイルが犠牲になった時から、エイディは、レイク を幸せにしなきゃいけないと、思っていた。しかし、レイクは、進んで茨の道を選 択する。それが、どうしても納得出来なかった。 「エイディの言う通りだと、私も思う。私は言ったわよね?レイクは、自分の幸せ を考えずに、生きているって。その答えが、出てない内から、期待に応える生き方 を選択するの?それで、貴方自身、どうなるの?」  ファリアも賛同した。レイクの生き方は、端から見れば格好良いのかも知れない。 美しく見えるのかも知れない。でも、それは安易な生き方では無い。茨の道だった。 「二人共、俺を第一に考えてくれているのは嬉しい。厳しい言葉だって、俺が厳し い道を行こうとするのを、止めたいからなんだろ?でも、俺は、自分の幸せのため に期待に応える生き方を、したいんだ。」  レイクには、二人の厳しい言葉が、決して嫌悪から来る物では無いと知っていた。 だがレイクは、既に決めていたのだ。自分に合う生き方は、これしかないと。 「レイク!!」  エイディとファリアは、抗議の声を上げようとする。 「もうウンザリなんだよ!確かに厳しい道かも知れないけどよ!見て見ぬ振りして、 先へ進むなんて、俺には、もう出来ないんだよ!!分かってくれよ・・・。」  それは、レイクの心からの叫び声だった。ジェイルを置いて、脱出した時は、心 が折れそうになった。そして、自分を責め立てた。その時から、もう後悔するよう な生き方はしないと、誓ったのだ。 「兄貴は、優しすぎる・・・。周りが何言っても、無駄なんだろうな・・・。」  グリードは、溜め息を吐く。こんなリーダーを持つと、周りは幸せになるかも知 れないが、リーダーの事を思うと、胸が苦しくなる。 「エイディ。ファリアも、兄貴の生き方を認めてやろうぜ。ああなったら、言う事 聞く程、兄貴は柔な性格してないだろ?」  グリードが、二人の肩をポンと叩く。 「グリード・・・。でも・・・。」 「少しは、俺の言う事も聞いとけよ!兄貴がさ。あの生き方選んだんなら、俺は、 兄貴の助けになるような、生き方をする。少しでも助けになるような生き方をな。」  グリードは、迷わず言った。レイクが茨の道を進むなら、その茨を掻き分けるよ うな生き方をすると。それが、レイクの生き方を認める最大の功労だと・・・。 「・・・もう、考えるの止めたわ。グリードの言う通りよ。レイクは、何言ったっ て、聞きゃしないんだから。私も、せめて助けになれるような、生き方するわ。」  ファリアは、諦めた割には、スッキリした表情になっていた。言いたい事は言っ た。それでも、レイクは茨の道を行くと言った。ならば、最大限の助けになろう。 それが、ファリアの生きる道にも、なるだろう。 「おい。お前達まで、そんな生き方を強要させる気は無いぞ?」  レイクは、戸惑っていた。まるで自分が、この道を行ったから、道連れになるか のようだ。それは、レイクの望む道じゃない。 「何よ?レイクは、私達の助けは期待出来ないって言うの?薄情な事言うのね。」  ファリアは、口を尖らせる。 「そ、そんな事無い!大いに助かる。でもよ・・・。」 「でもじゃないの。もう決めたんだから、変更は無しよ。」  ファリアは、二の句を告げさせなかった。レイクが、生き方を変えるつもりが無 いのと同様に、ファリアやグリードも、変える気が無さそうだ。 「意地っ張りだねぇ。お前ら。しょうがねぇ。付き合ってやるよ。」  エイディも、これ以上言っても、無駄だと悟ったのだろう。こうなった以上、自 分もレイクの助けになるまでだ。ジェイルには、申し訳無いが、自分には、これし か出来そうに無い。ならば、出来る事をやるだけだ。 「全く・・・。勝手にしろ。俺よか、お前達のが、ずっと意地っ張りじゃねぇか。」  レイクは、呆れた顔をするが、決して気分は悪くなかった。皆が進んで、助けて くれると言った。人が良過ぎると思う。だが、人の事は言えない。なら皆を、死な せないように、自分自身も昇華するべきだ。 「素晴らしい。魔族にすら、真似出来ない絆の力を、見せてもらいますよ。何せ、 魔族も神も、その絆の力に、してやられたのですからね。」  シャドゥは、皮肉っぽく言ったが、大いに期待をしていた。人間が絆の力を取り 戻せば、絶対に何者にも負けない程の輝きを放てる。それを、シャドゥは1000年前 にも、体験したのだ。そして、それは憧れていたレイリーも、持っていた物だった。 「皆様は、素晴らしい絆を、お持ちなのですね。少し羨ましいです。」  ナイアも、素直に羨ましがった。自然に文句が出て、自然に結論を出して、自然 に強くなっていく。絆の力とは、不思議だと思う。しかし、それが出来るのも、人 間ならではだと、ナイアは思う。そして絆の力を壊せるのも、人間なのだろう。 「ともあれ、皆様、食事も取られましたし、明日に備えて、お休み下さい。」  ナイアは、既に寝室のベッドメイクを済ませてあった。どうやら、食事の準備を する前にやっていたようだ。恐ろしい程、完璧である。 「そうだな。明日は、是非ジェシー様に、お会い下さい。」  シャドゥは、一言付け加えておく。ジェシーには、報告しない訳にもいかない。 勿論、人間を宿泊させたとあっては、只の理由では済まない。しかしジェシーも、 エイディとレイク達を見てくれれば、分かってくれると信じていた。  人間の魂の力を、シャドゥは、精一杯感じながら、明日の事を考えるのだった。  久しぶりに、監獄や海上では無い、とても寝心地の良いベッドでの就寝だった。 ここ1ヶ月程は、監獄島やら船の上やらで、生活リズムが狂いまくってたので、寝 心地の良いベッドや、気持ちの良いシャワーを浴びれると言うのは、非常に好まし い事だった。特にシャワーを浴びるのは久しぶりで、つい30分程、いつもより長 く入ってしまった。皆は、ファリアの事を潔癖だと言うが、本人は、極普通の事だ と思っている。大体、汚くしてるのが嫌なのは、本能だろうとファリアは思った。  だが、ここはどこだろう?確か、気持ちの良いベッドで、寝てた筈である。しか し、寝てた場所とは、違う気がする。それに、どことなく懐かしい光景だ。  朝起きて、挨拶をする。・・・誰に?  食事を取って、日課に入る。・・・何で?  日課を受けるために、地下室に入る。・・・一体どこの?  ファリアは、少し混乱気味だった。しかし、慣れ親しんだ光景が浮かぶ。それは、 16歳から始めた日課だった。もう、基本は覚えた。応用も、こなせるようになっ た。筋が良くて、怖いくらいだと言われた。  この力は、使ってはいけない・・・。  この力を表に出すと、絶対に異端視される・・・。  でも、ファリアが大人になって、子供が出来たら、伝えなきゃいけない・・・。  この力は、祖先からもらった、大切な物だから・・・。  ファリアは常に、そう言われ続けてきた。ファリアは筋が良かったので、教える 方も優秀な生徒なら、嬉しいだろう。その力とは『魔力』だった。  現代では『魔力』を使う『魔法』など、只の伝記での誇張だと、言われていた。 しかしファリアは、小さい内から、それは嘘だと知っていた。それは、両親が鍛錬 してたのを、見た事があるからである。父親は、ずっと鍛錬していなければ、失わ れてしまう程、魔力の才能が無かった。だが、娘は、成長するにつれて羨ましいく らい、膨大な魔力を身に付けていた。これが才能の差なのだろう。時代が、時代な ら、天才と呼ばれていただろう。  それだけに、隠さなければならない。何故なら、この力がバレてしまうと、間違 い無く、セントから睨まれる。そして粛清の対象になる。自分達は良い。覚悟は、 出来ている。しかし、娘のファリアには、絶対に不幸な目に遭って欲しくない。宿 命を背負うのは、自分達だけで十分だ。世間の目に触れた魔術師の粛清を、影なが ら見てきたので、そんな目に遭わせるくらいなら、娘を守って死んだ方がマシだ。  その想いが、ファリアの父にはあった。母親も、そんな父親を慕っていたし、フ ァリアの事は、父親と同じくらい愛していた。魔力の事さえ、無ければ、娘は器用 だし、普通の暮らしをして、幸せになってくれる。そう信じていた。  私は、魔力の事なんか、どうでも良かった・・・。  ただ父に『凄い才能だ!飲み込みが早いな!』と言われるのが嬉しかった・・・。  魔法は知れば知る程、今の時代には、合わないと悟っていた・・・。  両親の心配も知っていた・・・。  そんな両親を私は、心から愛していた・・・。  なのに・・・。なのに!!!なのに!!!!!!!  あの時から、全てが崩れ去った!目の前が真っ暗になった!両親の不安は当たっ てしまった!そして・・・その両親は・・・死んでしまった・・・。  レイク達には、黙っていたけど・・・私は、両親が自殺したのでは無いと、知っ ている。自殺なんか、する筈が無い。いや、自殺しても、おかしくない程の衝撃な のは、分かっている。・・・でも命の大切さと、いつもの生活の尊さを説いた、両 親が、私を置いて死ぬ訳が無い!!  あの血文字は、両親の筆跡だっただろうか?今思い返すと、違っていた気もする。 となると、答えを握るのは、ゼリンしか居ない。奴が仕組んだのなら、何か知って なくては、おかしい。これじゃ・・・両親が自殺のままじゃ、父親が・・・母親が 可哀想だ!このまま私は、流刑されて、ただ死んだんじゃ、浮かばれない!  絶対に・・・原因を突き止めるんだ・・・。絶対に何かある筈! 「・・・様。・・・ファリア様。」  誰かが、私を呼んでいる。と、今の景色が遠のく。両親が生きていた景色が、遠 のく。待って!!父さんに!母さんに謝らなきゃ!!私、まだ何も出来ていない! 絶対に、真実を知るんだから!絶対だよ!! 「ファリア様。お顔が優れません。大丈夫ですか?」 「ハァ・・・ハァ!待ってよ!!!」  ファリアは、魘されながら、目が覚めた。すると横には、いつの間にかナイアが、 立っていた。するとファリアは、周りを見て、現実に戻される。 (夢か・・・。しかも、またあの時の関連の夢・・・。)  ファリアは、溜め息を吐く。1ヶ月の間、何回ゼリンの夢を見たか分からない。 両親が、夢に出て来た回数も多い。 「・・・ファリア様。お水を、持って参ります。」  ナイアは、部屋の冷蔵庫から、冷えた水を取り出すと、コップに注ぐ。それを優 しい笑顔で、ファリアに手渡す。ファリアは、礼を言いながら受け取る。 「ありがとね。ナイアさん。・・・何か言ってた?私。」  ファリアは、ちょっと恥ずかしくなった。レイクや他の皆にも、何度か、魘され てるのを、聞かれた事がある。 「気分が悪そうでした。でも、それ以上の事は、何も・・・。」  ナイアは、そう言うと、ファリアの顔の汗を拭ってくれた。 「何から何まで、ありがとう。本当に感謝するわ。」  ファリアは、ナイアの心使いを嬉しく思う。こんなに献身的にやってくれると、 恥ずかしくなるくらいだ。ファリアは水を飲む。すると心地良い潤いが、喉を巡る。 「美味しい・・・。こんな美味しい水、普通に置いてるなんて・・・。」  ファリアは驚く。セントに居た頃の水よりも、美味しい。それが普通に、冷蔵庫 に入っていたと言うのは、驚きである。 「この島の中心に、濁りの無い水が湧き出ているのです。ちょっとした湖に、なっ ていて、そこから汲み上げて、交換してくれる魔族が、居るのですよ。」  ナイアは説明する。どうやら、硫黄島の中心には、素晴らしい恵みがあるみたい だ。火山が浄化した最高の水なのかも知れない。この島には、火山が向いていない ため、丁度、熱での浄水作用が、働いているためかも知れない。海水が、驚く程、 澄んだ水になって、島の中心に流れているのだと言う。 「ナイアさん。今度、料理を教えてくれないかしら?」  ファリアは、誘ってみる。ナイアの料理は、本当に美味しい。どうやったら、そ うなれるのか、花嫁修業も兼ねて、良い特訓になるかも知れない。 「そ、そんな・・・お教えする程の、物ではありません・・・。」  ナイアは、思った通り謙遜する。しかし、ファリアにとって、それは予測済みの 答えだった。ファリアは笑みを浮かべる。 「ナイアさんたら、教えるのが嫌なのね?参ったわー。」  ファリアは口を尖らす。 「い、いえ!決してそのような!・・・なら今度、厨房にお出で下さい。私程度で 良ければ、喜んでお教えしますから・・・。」  ナイアは、恥ずかしそうにする。最後の方など、顔を真っ赤にしながら言った。 どうにも、この給仕は、自信が無さ過ぎるようだ。 「ナイアさんさ。謙遜するのは、美徳だと私も思う。でもさ。必要以上の謙遜は駄 目だと思うのよね。自信も持ってよ。貴女の料理は、私、尊敬する程、好きよ。」  ファリアは、思った事を口にする。 「あ、ありがとう御座います!励みになります!」  ナイアは、少し嬉し涙を流しながら、最高の笑顔で答える。 (この人・・・可愛いなぁ・・・。私、女じゃ無かったら惚れそう・・・。)  ファリアは、溜め息を吐く。自分も、これくらい可愛い仕草が出来ればなーと思 う。今更、自分を変えられない。思えば、魔法を習った辺りから、性格がきつくな ったのかも知れない。周りの人とは、違うと言う気持ちが、無かった訳じゃない。 「では、私、皆様を、起こしに行きますね。」  ナイアは、そう言うと、深々と礼をしながら、次の部屋へと向かう。忙しい人だ。 (って・・・。皆様を起こしに行く!?)  ファリアは、何やら悪い予感がして、先日からシャドゥが用意してくれた、普段 着に手早く身を包む。囚人服は、色々都合が悪いだろうと言う事で、処分してくれ た。その代わりに、寝巻きと普段着を、取り揃えてくれたのだ。  そして廊下に出ると、部屋の位置を確認する。 (確か、2個隣よね。)  ファリアは、2個左の部屋の方へと向かう。すると、鼾が聞こえてきた。そして 悪い予感は、当たった。 「レイク様、お目覚めの時間で御座います・・・。困りました・・・。」  ナイアは、早速レイクの事も、起こし始めたのだ。しかしレイクは、気持ち良さ そうに寝たままだった。 「ナイアさん!ストーップ。」  ファリアは、扉を開ける。ナイアはキョトンとしている。その仕草も可愛い。 「もうお着替え済ませたのですか?さすがです。ファリア様。」  ナイアは褒めてくれた。だが、今は、そんな事を言ってる場合じゃない。 「ナイアさん。レイクは、私が起こすわ。」  ファリアは、少し顔を赤らめながら言った。 「そ、そんな。ファリア様に、そこまでさせるのは失礼です。」  ナイアは、本当に親切心から言っているのだろう。だが、ナイアに起こさせると 言う事は、あんな嬉しくなるような仕草を、レイクに見させると言う事だ。そんな の、何だか嫌だ。それだけは、させちゃいけない気がした。 「良・い・か・ら!それと、少し強引に、起こした方が良いわよ。ウチの男性陣は。」  ファリアは、こんなやり取りをしているにも関わらず、幸せそうに寝ているレイ クを見て、ムカッとする。 「レイクゥ?朝よー?起きなさいよー?」  ファリアは、少し低い声で、レイクの耳元で囁く。 「そ、それで、起きるのですか?」  ナイアは、不思議そうにしていた。さっきのナイアより、声が小さいくらいだ。 「次起きなきゃ、転がすわよー?」  ファリアは、怖い事を言う。するとレイクは、バチッと目が覚めた。そして、周 りを確認し始める。そして、冷や汗を拭いながら、一息吐く。 「す、凄いです!ファリア様。」 「凄くなんか無い!!!怖いだけだ!!」  レイクは、ナイアが褒めてるのを見て、反論する。 「あーら。次、起きなきゃ、ベッドから落ちてたのにねぇ?」  ファリアは、ニヤリと笑う。レイクは、ファリアの起こし方を知っている。布団 を剥いで、転がすのだ。それで何度、擦り傷が出来たか分からない。 「おかげ様で、すぐ起きれるようになったでしょ?」  ファリアは、ニッコリと満面の笑みを浮かべる。 「そ、そうだが・・・もうちょっと・・・いや、何でも無いです。」  レイクは反論しても、次の起床時間に、何かやられるだけなので、黙っていた。 「そう?じゃぁ今日は出掛けるらしいから、着替え済ませなさいね。」  ファリアは、そう言うと、悪魔のような笑みを浮かべて、部屋を出て行った。勿 論、ナイアの手を引いてである。 「ファリア様。何故、私が起こしては、拙いのでしょうか?」  ナイアは、廊下を歩きながら聞いてくる。ファリアは、ナイアは気立てが良くて、 素晴らしい魔族だと思う。しかし、どうにも、こっちの機微には鈍感なようだ。 「男の朝って大変だって、良く言うじゃない。ナイアさんに見させるのは、どうか と思うわよ。まぁ私だって・・・」  ファリアは、顔を真っ赤にしながら言う。要するに、生理現象の事を言っている のだろう。しかし、ファリアが言うと、余り似合わない台詞だった。 「生理現象なら、収めるのも、私の仕事の内です。」  ナイアは、平然と言う。どうやら知っているようだ。 「ナイアさん・・・。恥じらいは、持つ物よ?」  ファリアは、首を背けながら文句を言う。 「も、勿論、恥ずかしいですが、私如きで、収められるなら・・・。」  ナイアは、結構恥ずかしがっている。どうやら経験は、あるらしい。 「ナイアさん・・・。貴女ね。自分も大切にしなさいよ・・・。」  ファリアは、ナイアの一生懸命さが、逆に可哀想だと思った。 「私は・・・幼少の頃、そうやって育てられましたから・・・。」  ナイアは、目を伏せながら言う。どうやら、厳しい過去を持っているようだ。 「なら尚更よ。シャドゥさんも、そんな事頼むの?」  ファリアは、一応のため聞いてみる。 「いえ・・・シャドゥ様に一度お口で収めようとしたら・・・烈火の如く、怒られ ました・・・。私に魅力が無かったせいかも知れません・・・。」  シャドゥが、そんな事許す筈が無い。しかしそれは、ナイアの魅力が無いせいで は無い。ナイアは、本気で言っているのだろうか? 「ナイアさん。貴女は私の目から見ても、美しいわ。そんな謙遜は止めなさい。却 って不愉快よ。」  ファリアは、ドスの効いた声で言う。ナイアが、本気で、そんな事を思っている のなら、直さなければならないと思った。 「シャドゥ様は、私に幸せな生活を与えてくれます・・・。でも、抱いてもらった 事は、200年間の内に、数える程しかありませんし、誘われた事は、一度もあり ません。」  ナイアは俯く。シャドゥとて、ナイアに魅力が無いから、抱かない訳では無いだ ろう。逆にシャドゥ程の人物になると、抑えが利かなくなるのが、怖いのかも知れ ない。紳士的と言えば、それまでだが・・・。 「ナイアさん。シャドゥさんは、そんな方じゃないの、一番良く知ってるでしょ? シャドゥさんは、ナイアさんを思うからこそ、節度ある生活を望んでいるのよ?」  ファリアは、ナイアが余りにも消極的な事を言うので、我慢出来ずに、言ってや った。どうにもナイアは、自信が無さ過ぎる。 「シャドゥ様は・・・余りにも眩しいお方に仕えているから・・・私では、釣り合 いにならないのです。今日行かれれば、分かります・・・。」  ナイアは、ジェシーの事を言った。シャドゥにとって、ジェシーは命に代えても、 守るべき魔族であって、それは尊敬に近い。 「それはナイアさん、絶対誤解してる。そのままじゃ、シャドゥさんは、ナイアさ んに応えてあげられないわ。ナイアさんが、シャドゥさんを、そう思ってるのを、 見抜いているのよ。そんな素振りが、貴女にはある。心ここに非ずな、貴女を抱く 程、シャドゥさんは、節度の無い方じゃない。」  ファリアは、シャドゥの代わりに答えてやる。この事をシャドゥは、自分の口か ら説明した事は無いのだろう。だから、長い間、誤解しているのだ。 (シャドゥさんにも、一言、言って置いた方が良いわね。)  ファリアは、お節介だと思いながらも、一度は、言って置かなければならないと 思っていた。二人とも、性格が良過ぎる。人間なんかより、よっぽど澄んだ心の持 ち主だ。なのに擦れ違っている。そんなの、間違っている。 「ファリア様・・・。その言葉、信じても宜しいのでしょうか?」  ナイアは、口を噤みながらも、ファリアの方を向く。 「信じなきゃ、いつまで経っても、このままよ?」  ファリアは、優しい目でナイアを見る。ナイアは、ファリア何かより、ずっと年 上で、経験も豊富だ。なのに、ファリアの方がアドバイスを与えているなんて、端 から見れば、おかしく見えるのだろう。しかし、このナイアは、考え方が奥手で可 愛い。ついファリアが、余計なお節介を、焼きたくなる程だ。 「ファリア様・・・。私、頑張ってみます!」  ナイアは、可愛い事を言ってくる。つい、応援したくなる。 (私ってば、自分の事も、手一杯だってのになぁ・・・。)  我ながら、お節介だと思う。だが、この性分は、止められそうに無い。 「ああ。そうそう。他の2人には、まだしも、レイクには・・・お口でなんて、駄 目!駄目よ!」  ファリアは、口を震わせながら、忠告する。 「どうしてですか?」  ナイアは、素朴に質問を返してくる。 「だ、だって、レイクって、そう言うの苦手そうだし・・・ご、誤解しちゃうかも。」  ファリアは、ついドモってしまう。上手く言えない。 「フフッ。ファリア様は、自分に嘘が吐けないのですね。」  ナイアは、口元に手を当てて笑う。 「あー・・・。私って、分かり易い?」  ファリアは、ナイアにまで、すぐにバレてしまう自分の性分が憎い。ファリアは、 額に手を当てる。この分では、会った人に、すぐにバレてしまいそうだ。 「ファリア様。自分に嘘が吐けないのは、良い事なのですよ。ファリア様も、本当 に素敵です。私、ファリア様の事、応援したくなっちゃいます。」  ナイアは、まるで友達に語りかけるような口調で、ファリアに言う。ファリアも、 その方が、悪い気はしない。 「その内、何か頼むかも知れないわ・・・。ナイアとは、良い関係になれそうね。」  ファリアは、自分にだけ、飾らない顔を見せる、ナイアに親近感を覚えた。 「私も、こんな事が言えるのは、ファリア様が初めてですから。」  ナイアは、本当に嬉しそうだった。今まで、誰かに仕える喜び、そして、尽くす 喜びなどはあったが、親近感を覚える喜びに、乏しかった。それが満たされていく のは、相手に失礼だとは思ったが、とても幸福感に包まれていた。これが、友とな のだろうか?ナイアにとって、その言葉は、憧れでしか無かっただけに嬉しかった。  人間も、ファリアのような者が多かったのなら、ここまで魔族と、距離が離れな かっただろうと、ナイアは思わずには、いられなかった。  朝は、穏やかに終わった。グリードは、ファリアに転がされていたが、既に転が されてるのに、慣れているらしく、普通に挨拶してくる。グリードには、別の手を 考えなくては、駄目だと思い始めていた。エイディは、危険を察知したのか、ファ リアが部屋に入った瞬間、目が覚めた。シャドゥは、ナイアが2、3度揺り動かす と、すぐに目が覚めた。さすが、長年付き添っているだけあって、そのタイミング と言い、挨拶と言い、流れるような作業だった。その後、ナイアは料理をしながら、 ベッドメイクと言う、離れ業を見せてくれた。これには、ファリアもビックリした が、ナイアは平然と、これをこなしていた。既に、慣れている作業なのだろう。料 理の出来るタイミングを、全て覚えているので、厨房に行く時間は、必ず何かが出 来るタイミングだ。火を通す所など、ファリアから見ても、完璧だった。その後、 ベッドメイクを終えると、皿を手早く用意して、鍋からフライパンから、オタマを 踊るように振りながら、等分に分けていく。手間の掛かりそうな料理は、前の日に 仕込みをして置いたらしく、最後に火を掛けていた。 (料理と言うより、こりゃ、芸術の域よね・・・。)  ファリアは、手伝おうかと思ったが、これでは、手伝った方が、却って迷惑が掛 かりそうだった。それよりも、ナイアの味付けに使う分量や、盛り付ける際の手際 などを、見逃さずチェックするようにしていた。火加減の時間の取り方や、料理を 作る順番などにも、気を付けてチェックする。  チェックし終わった後、調理器具を、予め用意しておいた洗剤液に、放り込んで、 皆の待つテーブルへと運んでいく。そして、運び終えたと同時に、水洗いをして、 日当たりの良い所に器具を置いていた。その間に、飼い犬が居るらしく、飼い犬の 朝食を用意して、犬部屋と書かれている部屋の扉の隙間に、餌を置いておく。 (凄いわ・・・。完璧・・・。)  ファリアは、驚く他無かった。驚きなのは、それをこなすのに、何の躊躇いも無 いナイアの姿だった。相当、年季が入って、慣れているのだろう。  朝は穏やかだった。しかしそれは、全てナイアが、完璧にこなしているからであ って、それ以外の何者でも無い。ナイアは、最後に除菌スプレーを体に吹きかけて、 清潔に手洗いする。これは、ナイア自身が、病気にならないための自衛策だと言っ た。その理由もまた凄い。自分が病気になったら、シャドゥのお世話が出来なくな るからだと言うのだから、お手上げである。 (ナイアさんの、婿になりたいくらいよ・・・。ホント・・・。)  ファリアは、徹底的なご奉仕精神が、叩き込まれているナイアに、頭が下がる想 いだった。自分は、さすがに、ここまでは出来ない。まずは得意な料理から、参考 にするしか無いだろう。  皆は、その後、何気なく食事を口に運んで、旨い!などと、口にしていたが、笑 顔で皆の食べてる姿を見る、ナイアを見て、ファリアは、更に尊敬するのだった。 (あの笑顔の裏に、あそこまでの作業量が、隠されていたなんて・・・。)  ファリアは、つい涙ぐんでしまう。感動してしまう程の、ナイアの頑張りだった。 しかし、その涙をグッと噛み締めて、ファリアは普段通りに、皆と会話した。誇れ る事だが、ナイアが誇らないのであれば、自分が言うべきでは無いとファリアは思 った。軽々しく語れる程、ナイアの作業は軽くない。  そして今日は、ジェシーに会いに行くと言う事で、皆が出かける準備をする。す ると、ナイアは、すぐ様、皆の靴を揃えておき、艶が出る程、磨いておいた。その 作業も、実に楽しそうにナイアはこなす。  そしてナイアは、留守を任されるとの事なので、皆が出て行く時に、この家の飼 い犬である、セントバーナードのパステルを呼ぶと、昼食代わりの、サンドイッチ と唐揚げの詰め合わせを、バーナードの背中に背負わせる。そして、2、3個、何 かを言いつけて、パステルの背中を押してやる。すると、パステルは、まるで従者 のように、シャドゥの後ろに付いていった。こりゃ完璧である。どう言う躾をした のだろう?全く隙が無かった。吠える事も無い。余程、完璧に躾られたのだろう。 ナイアの話に寄ると、この犬が31代目らしい。躾が完璧に出来た犬だけ、引き取 って、他の魔族に引き取ってもらうか、ガリウロルの闇商人では無い正規の契約を したブリーダーに引き取ってもらって、ガリウロルで、人間達に育ててもらうよう、 頼んでいるらしい。  そして自分達の姿が、見えなくなるまで、見送りをしてくれていた。  そんなこんなで、現在は硫黄島の領主である、ジェシーの住む館に向かっている。 「・・・ナイアさんって、凄いのな・・・。」  レイクは、靴の磨き作業辺りから、見ていたが、余りに完璧だったので、声が掛 け辛かったらしい。 「私も、本当に感謝しています。あそこまで頑張らなくとも・・・と言うと、ナイ アに失礼ですので、なるべく感謝の言葉を、言うようには、しています。」  シャドゥは、ナイアが来てから、本当に生活が楽になった。嘘だと思うくらい働 く。その働きを、嬉々として行うナイアは、魔族らしく無いと思う。しかし、それ がナイアらしさと言えば、それまでだった。 「シャドゥさんは、そう思うなら、ナイアさんの気持ちに、応えてあげなきゃ駄目 ですよ。ナイアさん、少し、悩んでいましたよ。」  ファリアは、口を尖らす。シャドゥには、ナイアの気持ちに気付いて欲しい物だ と思う。いや、気付いているのだが、誇りが邪魔をしているのかも知れない。 「ナイアは、私には悩みを言ってくれぬのです。気付いてあげたいが・・・それに しても、ファリア殿は、良くナイアの悩みを知っていますな。」  シャドゥは驚く。長年居るシャドゥにすら、ナイアは遠慮しているのか、余り欲 望などを、口にする事は無い。 「今朝、色々話して、仲良くなれましたからね。腹を割らないと、彼女は、中々打 ち解けてくれなかったけどね。」  ファリアは、ナイアの全てが分かったとは思わない。しかし、どういう風に話せ ば、こちらと調子を合わせてくれるのかを、掴んだようだ。 「ハハッ。レイクの得意技を、取られちまったようだな。」  エイディは、レイクを冷やかす。レイクは、誰に対しても仲良くなりやすい。そ の証拠に、最初は頑なだったファリアも、一日で心を許すまでになった。しかし、 ファリアも、何かと打ち解けやすい性格だった。ゼリンの事さえ無ければ、ファリ アは、心に鎧を被せるような事は、しなかっただろう。 「ファリアは本音で話すからな。時々厳しいけど、話してると、気持ちが良いしな。」  レイクは本音を漏らす。ファリアは、顔を赤く染めると、つい笑みが零れる。 「フム。私も見習わないと、いけないな。レイリー様も、打ち解けるのが、上手い 御方であったからな。」  シャドゥは、本気で考え込んでいた。こう言う所が、いけないのだと本人分かっ ていないようだ。要するに、真面目なのが祟っているのだ。 「本音過ぎるのも、問題ありだと思うぜ?俺は。」  グリードは、手を首の後ろに持っていくと、からかうような顔でファリアを見る。 「アンタは、一言多いわね。モテ無いわよ?」  ファリアは、すぐに言い返す。こう言う所は、性分で、抑えきれない。 「おめぇさんに、言われたくないね。ナイアさんと上手く話せたのだって偶然だろ?」  グリードは挑発する。どうもグリードも、性格を抑えるタイプでは無いようだ。 「失礼ねぇ。・・・そう言えば貴方、早く、約束守りなさいよね。」  ファリアは、忘れてないわよと、言いたげに釘を刺しておく。 「お前も、忘れない奴だねぇ・・・。」  グリードは困った顔になる。約束とは、肌荒れに効くような物を探し出す事だ。 つい口約束を、してしまったのだった。 「この島に、肌荒れを抑える物を探すのって、大変じゃねぇか?」  グリードは、溜め息を吐く。亜熱帯のこの島では、どんな植物が、どこに生えて いるか、見当も付かない。 「そんな約束を交わしていましたか。しかし、この島には、肌荒れに効きそうな植 物は、たくさん生えていますので、安心して良いですぞ。」  シャドゥは約束する。確かナイアが、色々調合して、使っていた筈だ。 「と、言う事らしいわよ?頼んだわね。」  ファリアは、グリードの肩を叩く。グリードは、文句を言おうとしたが、約束し た事なので、黙っている事にした。 「ところでナイアは、何を望んでいましたか?良ければ聞かせて戴きたい。」  シャドゥは、あのナイアが、どんな望みを言ったのかが、気になった。 「はぁ・・・。もうシャドゥさんてば、鈍感ですねぇ・・・。」  ファリアは呆れてしまう。どうやらシャドゥも、気が付いてないようだ。 「決まってるじゃないですか・・・。ナイアさんは、シャドゥさんの事を、只の主 人だと思っている訳無いでしょう?・・・つまり、そう言う事ですよ。」  ファリアは、遠まわしに言う。余りこう言う事を、普通にしゃべる物でも無い。 「・・・ナイアが、そんな事を・・・。」  シャドゥは、難しい顔になる。 「シャドゥさん。ナイアさんが迫った時、とても怒ったらしいわね。多分、その理 由も分かるわ。貴方、主人の立場を利用して、ナイアさんと関係持ちたく無かった んでしょ?でも、その時に、理由を、ちゃんと言わなきゃ駄目だわ。」  ファリアは厳しい言葉を並べる。シャドゥの真面目さが、却ってナイアを傷付け ているのだ。その辺を、理解してもらわなければならない。 「ナイアは、素直で頑張り屋です。・・・でも私は、給仕だからと言って、卑下さ せるような真似は、今後もさせる気はありません。それにナイアは、私を同列に見 てくれません。必ず自分を下に見ます。そんな状態で、気持ちに応えても、それは、 私が立場を利用したのと、代わりありません。」  シャドゥは誓っていた。ナイアは、良く出来るために、つい奉仕活動が過剰にな ってしまう。それに溺れては、主人失格である。だからナイアを、幸せにしなけれ ばならないと誓っていた。だからナイアが、自分を棄てようとしたら、それを拾わ なければならない。 「そう言うと思ったわ。・・・だから、その時に、それを言えば良かったって、言 ってるのよ!だから誤解したままなのよ。貴方達は!」  ファリアは声を荒げる。すれ違ったまま、年月を過ごしている、この二人を見て、 イライラしたのだろう。 「誤解・・・?何をでしょう?」  シャドゥは、思い当たらない。自分が何を誤解したのだろう?それにナイアが、 何か誤解している事でもあるのだろうか?長い年月を過ごしているのに、分からな い。お互いに、何か言わなくても、通じる所がある二人なだけに、不安だった。 「まず・・・貴方はナイアさんが、奉仕のみの理由で迫っていると勘違いしてるわ。 ナイアは確かに奉仕精神が高いけど、貴方の事を、しゃべる時の態度は、明らかに 違う。それを見逃すなんて、あっちゃいけない事よ?」  ファリアは、シャドゥに指を差す。シャドゥは、その迫力に圧倒される。 「それとね。ナイアさんは、貴方が気持ちに応えないのは、自分に魅力が無いせい だって言ってたわ。どうなの?」  ファリアは、シャドゥに問いかける。するとシャドゥは、顔を真っ青にした。 「そんな事ある訳が無い!ナイアは、私にはもったいない程、優れた給仕だし、第 一、魅力的過ぎるくらいです!私は、ナイアを卑下した事などありませんぞ!」  シャドゥは並べ立てる。他の3人は、ポケーッと見ていた。シャドゥが、こんな に冷静さを失うのも、珍しい事だと思った。 「フフッ。そう言うと思ったわよ。だから、それを口で言わなきゃ分からないのよ。 彼女はね。・・・無骨なのも、過ぎるのは良くないって事よ。」 「そうですか・・・。ナイアは、そんな事を・・・。」  シャドゥは、自分が許せなくなりそうだった。自分が、ナイアの気持ちに応えな かったのは、彼女がどこか遠慮がちに言うからだ。それをシャドゥは、奉仕のみの 気持ちで来ていると思った。 「貴方、確かジェシーさんだっけ?これから会う人の事を、尊敬してるわよね。ナ イアさんは、貴方がジェシーさんの方を見ているから、自分に興味ないのでは?と も言ってたわよ。」 「そんな馬鹿な!私は、ジェシー様にお仕えするのは、飽くまでレイリー様を尊敬 する気持ちからです!・・・あの方は、もうレイリー様の伴侶であらせられるのだ から、そんな事を、思うのも筋違いです!」  シャドゥは、ファリアの言葉を否定する。ナイアの勘違いが、そこまで来ている とは、思っていなかったのだ。 「だから!それも言わなきゃ分からないでしょう!?貴方が、それを口にしてナイ アさんに言わなきゃ、いつまでも、このままなのよ!それで良いの!?」  ファリアは頭に来ていた。ここまで、はっきり述べる男が、何故ナイアには、そ の事を伝えないのか?大事に思っても、自分を伝えないのでは、一緒である。 「そうですか・・・ナイアは、それで私には、遠慮したような態度を取っていたの ですね・・・。お互いに、自分の事を隠し過ぎてましたね・・・。」  シャドゥは、ナイアの事を思う。思えば彼女は、いつも笑顔を絶やさなかった。 辛いなどと、一回も聞いた事が無い。しかし、いつだったか、ナイアは見えない所 で泣いていた記憶がある。それは確か、ナイアが迫った時に怒った日だ。あの時は、 ナイアは、自分に怒られた事を、気にして泣いていたのだろうと単純に思った。 (でも、違っていたんだな・・・。)  シャドゥは、自分の鈍感さを呪う。ナイアはあの時、口では奉仕活動と言いなが ら、本気だったのだろう。それを拒絶したのは、他でもない自分であった。そして、 ナイアと関係を持ったのは、彼女が本当に苦しそうにしていた時に、求められた時 だけだった。 (これでは、本気で相手したのかも、分からないでは無いか!)  シャドゥは、改めてそう思う。よく考えたら、ナイアを自分の意志で、しかも、 良く眼を見て愛した事が無い・・・。主人と給仕。その関係があるからこそ、肉体 関係は、それを理由にしてはならないと、シャドゥは思っていた。だが、そのせい で・・・そのせいで彼女は、本気で苦しんでいたのだ。その苦しみに、シャドゥは、 気が着かないでいたのだ。何て様なのだろう。 「・・・ファリア殿。貴女に感謝する。ナイアは私の宝です。でも、大事にし過ぎ たようです。」  シャドゥは、改めて自分の非を認める。大事にするのは、別に悪い事では無い。 だが、し過ぎる事で、相手に誤解を招くなど、本末転倒も良い所である。 「分かれば良いのよ。ナイアさんもね。自分を出すのが下手な人だからさ・・・。 つい、口を出したくなっちゃったって訳よ。」  ファリアは、指を振って、気にしていないと言うポーズを取る。 「ファリア。お前は、本当に優しい奴だな。」  レイクは、自分の事のように喜ぶ。ファリアは、本当に良い奴だ。お節介で意地 っ張りで、本音を隠す事が出来ない。その性格のおかげで、何度癒された事か。 「た、たまには、良い事しないとさ!」  ファリアは、照れ隠しに強がる。しかし、そう言う所も憎めない。 「くっそぉ。俺も良い所を見せないとなぁ・・・。」  グリードは、レイクに褒められているファリアを見て、羨ましがる。 「お前は、まず肌荒れに効く植物を、探さなきゃな?」  エイディは、グリードの頭を叩きながら、からかう。 「結局、そこかよ・・・。」  グリードは、溜め息を吐く。レイクの役に立ちたいのに、どうにも思う通りにい かない。何とも悲しかった。レイクは、望みなど言ってくれない。それは、グリー ドが、頼りにならないからでは無いか?と思ってしまう。  レイクは、一人で何でも出来てしまう。何かを手伝った所で、自分よりレイクの 方が早く終わる。能力だけの問題では無い。心構えが違う。何をやるにも一生懸命。 人の期待には、必ず応えようとする。グリードの中の、永遠の英雄が、レイクなの である。自分も英雄と言う響きに憧れていた。そのせいか、反セント運動に参加し たのも、英雄のように、実直でありたいと思ったからだ。だが、その結果は無残だ った。自分が、いつの間にか中心に居て、首謀者だと言う事で、捕まえられてしま った。グリードは有無言わさず『絶望の島』行きになった。その時のリーダーは、 いつの間にか、セント側の人間になっていた。それだけでは無い。信じてきた仲間 が、全員グリードが首謀者だと言ったと言う。グリードは、何が何だか、分からな いまま、監獄島入りとなったのだ。  人など信じられない。他人の言う事を信じれば、馬鹿を見る。それが、グリード の出した答えだった。それを覆したのは、レイクである。  最初は、いけ好かない奴だと思った。若年の癖に班長だと言う。確かに、他の男 とは、何か違う物を感じたが、まだ若造である。そんな奴に、班長面されるなんて、 真っ平だった。事ある毎に反発した。自分の事は放っておけと、忠告しておいた。 周りに居る大柄な男も、軽い口調の野郎も呆れて、放っておいた方が良いと言った。  それでも班長は諦めなかった。グリードを、このままにしては、悔いが残るとま で言った。それは勝手な言い分だと思っていた。自分が何しようが、この班長には 関係のない事だ。何故そこまで関わりたいのだろう?何か企みがあるに違いない。 ・・・そうとしか、当時のグリードは、思わなかった。  そして、イライラが募ったある日、他の班の奴の目が、気に入らないので、睨ん だら、突っ掛かって来たので、ボコボコにしてやった。その報復に、何と50人程、 仲間を連れてきた。大人気無いとも思いながら、自分も似たような物だと悟った。 どうせ、このまま生きていても、つまらないなら、こいつらを殴って、スッキリし て、死んでやろうと覚悟を決めたのだ。だが、スッキリ所では無い。グリードは、 あっと言う間に羽交い絞めにあって、ボコボコにした奴に、反対に打ちのめされる 羽目になった。そこで、グリードは自分が死ぬんだと直感した。こいつらは、全員 自分を殴る気でいる。鬱憤を晴らしたいだけなのだ。自分に似ていると思った。だ が、何故か悲しくなった。  その時、周りからどよめきが起こった。どうやら、あの人騒がせな班長であった。 班長は、グリードの様子を見て、唇から血が出る程、噛み締めながら怒っていた。 (なぜ、あの班長は、あんな無駄な事をするんだ?)  グリードには分からなかった。自分を助けた所で、自分からは悪態を付かれるに 決まっている。何故、分からないのだろうか?  そして班長は、その辺にあった1メートルくらいの棒切れを持つと、弓のように しなやかに、操り始めた。手先が見えない程の手早さで、振り回していた。  そして50人に対して、有無言わさず蹴りを入れて、闘いは始まった。こんなの 班長が勝てる訳が無い。どうやったら、この人数相手に、闘おうとするんだろう? 無謀も良い所だ。だが驚く事に、あっと言う間に5人が倒れた。班長は、正確に急 所を突き込んで、相手の動きが止まった所に延髄に回し蹴りを決めていた。その動 きたるや、流れるようであった。そして相手が、同じように角材などで襲い掛かっ て来たが、体を捻って躱すと、足で角材を踏んで、顔面に膝蹴りを入れていた。そ のまま、落ち際に違う奴の顔面を踏みつけつつ、隣の奴のコメカミを、棒で打ち抜 く。その調子で、あっと言う間に半数になった。すると、グリードを羽交い絞めに していた奴は、人質だと言わんばかりに、グリードを突き出すが、気付くと、羽交 い絞めされていた男が、吹き飛ばされた。後ろに、あの大柄な男が、フォローに回 ったのだ。そして手早くグリードの身の安全を確保する。  するとレイクは、咆哮しつつも、棒切れで斬る、突く、叩くと、やりたい放題暴 れて、ついには最後の一人を、踏みつけるにまで至った。そこで首謀者らしき奴に、 何か呟くと、首謀者は尻尾を巻いて逃げていった。まるで役者が違う。と言うより、 この世の物とは、思えない強さだった。  レイクは、この時の事を大人気無い暴れ方だったというが、グリードの目には、 素晴らしい強さに映った。その時、グリードは、自分の勝手を責めたければ責めろ と言った。自分のような男は、放っておけと言いたかった。するとレイクは、鉄拳 をグリードに入れて、胸倉を掴む。グリードは、その時言われた事を忘れない。 「てめぇ、仲間がピンチの時に、俺に黙ってろって言うのか?ふざけんな!!」  レイクは、そう言って本気で怒った。グリードは、その時、衝撃が走った。あん なに勝手な事をしたのに、自分のせいで、レイクは自分の手まで汚したのに、仲間 だと言ったのだ。しかも勝手な振る舞いに怒ったのでは無く、放っておけと言った 事に怒っていたのだ。こんな奴は、見た事が無い。  その時、グリードは打算や疑心と言った心が、晴れていった。レイクと言う男は、 本物の英雄であると悟ったのだ。この男を、サポートするのが、自分の人生だと誓 ったのだ。このような男を、この目で真剣に追い続けていく事が、グリードにとっ て、一番の幸せなのだと、感じたのだった。  それからである。グリードは土下座して、レイクに心酔した事を告げた。そして、 形だけでも良いので、義兄弟の盃を交わさせてくれと言った。レイクは、かなり恥 ずかしがっていたが、グリードが本気なのを見抜いて、嫌々だが、交わしてくれた。 その事が、グリードにとって、幸せな事だと、レイクにも感じたのだった。 (兄貴は、すげぇ人だ。この頃、らしくない所があったけど、この人は絶対に、何 かで成功する器の人だ。)  グリードは、その器が大成する時まで、付いて行くと決めたのだ。 「グリード殿。どうか、なされたか?」  シャドゥは、グリードが何か真剣に考えているのを見て、気に掛けていた。 「ああ。何でも無いっすよ。俺が兄貴の役に立てる事って、何だろうって考えてい たんですよ。まぁ差し当たっては、他の奴の約束を守る事ですかね。」  グリードは、苦笑いをする。レイクの役に立ちたいのに、他の奴の約束を優先し なければならない。自分の軽率さを、呪っていた。 「グリード殿。貴方は、実直なお人だ。だが急いては、物を仕損じます。出来る事 から、やっていくのが宜しいと思いますぞ。」  シャドゥは、グリードの様子を見て忠告する。グリードは、何でも頑張って、早 く済ませたいと思うタイプだが、それだけでは、成功する事が限られてくる。そう ならないように、忠告したのだった。 「アンタの言う通りだな。いつか、いつかで良いから、兄貴の役に立てば良いんだ よな。・・・どうも俺は、急ぎ過ぎるからなぁ・・・。」  グリードは、シャドゥの忠告を、有難く聞き入れる。この素直さも、グリードな らではの事だ。グリードは、この素直さのせいで、獄島入りとなったと聞いたが、 これからは、良い方向に行けばとシャドゥは思った。  シャドゥも、この人間達を見て、考え方が変わって来た物だと思う。この人間達 は、自分を飾る事も無い。本音をぶつけてくる。それで居て聞いていて、心地良い 響きを返してくる。このような人間ばかりなら、魔族と人間、更には、妖精や龍族 なども、ここまで疎遠にならなかっただろうと思った。  しかし現在は、険悪どころか、面会すら困難と言う状況である。果たして、ジェ シーが、この人間達を、歓迎してくれるかどうかも、分からない状況だ。シャドゥ としては、自分の眼力を信じて、面会を挑むだけである。  ジェシーのためにも、この面会が上手く行けば良いと、シャドゥは思わずには、 いられなかった。  結構早い時間に、シャドゥの家を出た筈である。しかし、まだジェシーの館まで、 着かなかった。一日で、回り切れる程、この島は狭くないと言う事だろう。しかも、 シャドゥの話では、ジェシーの館とシャドゥの家は、島の中でも、そんなに遠い方 では無いと言う。だから余計に、疲れが溜まってしまう。昼御飯は、ナイアが拵え てくれた、サンドイッチと唐揚げ、それと、犬のパステルのお腹の所に括り付けら れていた魔法瓶が昼食だった。魔法瓶の中は、冷たいスポーツドリンクだった。細 かい配慮の忘れない人だ。それに特製のバナナシェイクが、人数分用意してあった。 パステルは、それを疲れた様子も見せずに、背負っていた。本当は疲れている筈で ある。しかし、不満を見せる訳でも無く付いて来ていた。訓練されているのだろう。  この地域は、緯度70度付近にして、亜熱帯と温帯で分類される地域で、日差し は、そこまで強い訳では無いが、湿度が非常に高い。それだけに、一人一人に渡さ れていたタオルと、保冷剤は、非常に役立った。無かったら、今頃ファリアやグリ ードが、文句を言いまくってた筈である。こう言う事前の対処をしてくれていた、 ナイアの存在があるから、文句を言い辛いのであった。  しばらくすると、部落だろうか?ポツリポツリと、家が見え始めた。どの家も、 結構しっかりした造りになっていて、シャドゥの家のように、涼しくする工夫が、 そこかしこに、見られていた。そのほとんどが、魔法で補われていて、この島が、 電力に頼らず生きている証拠でもあった。 「家が見え始めると、何だかホッとするわね。」  ファリアは、好い加減、足が疲れ始めていた。歩きっぱなしである。途中、3回 程、休憩を設けたが、それでもまだ休み足りない。 「ホッとされたら困りますね。貴方達は、今の状況をお分かりか?」  シャドゥが、厳しい口調で、警戒するように促す。 「え?何でまた?」  ファリアは気が付かないでいた。しかし、それは、すぐに間違いだと気が付いた。 凄まじい程の視線を感じる。これは、別に厭らしいとか、そう言う視線では無い。 明らかな殺気だ。 「な、何だこれ!?」  レイクも、向けられる殺気に、警戒し始める。 「だから言ったでしょう?魔族のほとんどは、人間など認めていません。私が、側 に居なければ、彼らは敵意を持って、貴方達に向かって来ます。」  シャドゥは、説明してやる。シャドゥこそ、エイディに気が付いて、持て成しを してくれたが、今の魔族と人間の関係は、今向けられている敵意こそが、本来の姿 なのである。 「おい!」  突然、道の真ん中に魔族が立ち塞がる。年恰好からいって、かなり若そうだ。 「てめぇら、何ここを素通りしようってんだ?ああ!?ジェシー様の所に、攻め入 るつもりかよ?それなら、容赦しねぇぞ!!!」  若者の魔族は、因縁を付けてくる。しかし、人間のチンピラとは違う所は、こん な若者でも、かなりの殺気を感じる事である。 「て、てめぇ、俺達は!!」  グリードが、拳を握り締めて反論しようとするのを、シャドゥが手で制止する。 「このお方は、ジェシー様の客人だ。ちゃんと報せも入れてある。変な因縁は、君 の首を絞めると思うのだが?」  シャドゥは、紳士的に応対する。しかし、そのシャドゥだって、最初はレイク達 を見て、敵意を剥き出しにしていたのだから、人の事は言えないと思った。 「おい、アンタ馬鹿にするんじゃねぇよ。俺はなぁ。この界隈じゃ『猛犬』と恐れ られた、リーザー様だぞ?」  どうやら因縁を付けて来た男は、リーザーと言う男らしい。 「『猛犬』?知らんな。誰だか知らぬが、客人は疲れているんだ。ジェシー様への 面会も残っているし、素直に退いた方が良いぞ。この方達は、特別なのだからな。」  シャドゥは飽くまで、冷静に対処する。するとリーザーは、顔を真っ青にして、 怒り出した。馬鹿にされたと、思ったのだろう。 「いたぶるだけに、しようかと思ったが・・・殺すぞ!!」  リーザーは、歯を剥き出しにして、拳を握り締めて、拳に何かを溜め始めた。暗 黒色の何かが、リーザーの拳を纏っていた。 「あ、あれは何!?」  ファリアは警戒する。何か、得体の知れない物に見えたのだろう。 「あれは、魔族が得意とする、怒りや憎しみを力とする『瘴気』だ。この目で、見 る事が出来るとはな。」  エイディが説明してくれる。それにしても、エイディは落ち着いている。あのリ ーザーは、本気でこちらを攻撃する気なのに、暢気な物である。 「人間相手に、瘴気を出すのは、大人気無いのではないか?それとも、私に対して 出しているのか?ならば、もう少し、修行を積む事をお勧めする。」  シャドゥは全く怯んでいない。それ所か、軽く受け流している。 「てめぇ、余裕カマしてるんじゃねぇ!!」  リーザーは、素早い動きで、こちらに突っ込んでくる。その動きたるや、確かに 猛犬のように素早い動きだった。すると、シャドゥは、溜め息を吐く。 「この頃は、物を知らぬ若者が、増えたと言う事か・・・。」  シャドゥは、リーザーの動きを目で追いながら、人差し指と、中指を立てて、そ こに力を集中させる。 「キェェェェェェェェイ!!」  リーザーが飛び掛る。それをシャドゥは、睨み付ける。  ビシィ!!!  良い音が鳴ると、リーザーの動きが止まる。いや、止められたのだ。シャドゥは、 リーザーの動きを、何と2本の指だけで額を押さえて、動きを止めていたのだ。 「て、てめぇ!!」  リーザーは、慌てて飛びのく。この男は何なんだ?魔族の癖に、人間の味方をす る。そればかりか、自分の動きを2本の指だけで止めるなんて得体の知れない奴だ。 「これで、分かっただろう?急いでいるのだから、退きたまえ。」  シャドゥは、呆れた顔でリーザーを見る。 「ざっけんじゃねぇ!!俺は、まだ参っちゃいねぇぞ!!」  リーザーは、歯軋りしながら、第2弾の用意をする。 「見せなきゃ分からんのか?愚か者が!!」  シャドゥは、いきなり殺気の篭った眼をすると、リーザーに向かって、吹き飛ば しそうなくらい、強烈な瘴気を出して見せる。 「あ・・・あああああ!!!?」  リーザーは、瞬時に負けを悟った。こんな奴と、相対しちゃいけない。対峙する 事自体が無謀。今の自分が、向かった所で、100回やったら100回殺される。 リーザーは、下らない自尊心のために、死にたくは無かった。 「あ・・・アンタ・・・誰?」  リーザーは、後ろに下がりながら、いつでも逃げれるような体制を作る。 「全く。お前は、1ヶ月に1回の、ジェシー様の館への召集に来てないのか?」  シャドゥは呆れる。シャドゥは、ジェシーの第一の部下であり、筆頭の守護者で ある。2日に1回は、ジェシーの館に出向いているし、召集時は、必ずジェシーの 周りの護衛を担当している。見える位置に、必ず居るので、召集に毎回来ていれば、 自分を見逃す可能性は少ない。 「まさか・・・あの・・・周りに居た人・・・?」  リーザーは恐怖する。ジェシーの周りを担当していると言う事は、間違い無く位 が抜群に高い魔族の筈だ。ジェシーが、現在『魔王』の下級に位置するなら、周り に居る者は、『魔界剣士』の上級クラスの位を持っている筈である。  魔族には、厳しい階級社会がある。一番下が『妖魔』と呼ばれていて、現在は、 魔族の数も増えてきたので。『妖魔』の中でも上級、中級、下級と分かれている。 そして、次に『魔族』。勿論、階級は3つに分かれている。そして同様に『魔貴族』 そして今、ソクトアに残っている魔族の中でも、一番高い階級とされる『魔界剣士』 がある。その上が『魔王』なのだが、『魔王』になるには、魔界やこのソクトアで も、強烈に広い範囲の豪族にならなければならない。名を馳せてこその『魔王』な のである。現在ジェシーは、この島の全土を支配して領主として保っている。本人 は、余り呼ばれたくは無いらしいが、周りからは『魔王』と呼ばれている。ただし 『魔王』になってから、領土を広げたりしていないので、下級とされている。だが、 ジェシーは、その事を気にしている様子でも無かった。  さらに階級が上の『神魔』と言う位があるが、『神魔』になるには、神が使用す ると言われる『神気』を使いこなさなければならない。そのための方法は、三通り ある。独学で神の力を研究し、もしくは神を倒すなどして、強奪して手に入れる方 法。もしくは、神だった者が、悪行に染まって、強烈な力を残したままで、魔族に なる方法。そしてもう一つは、『神液』と呼ばれる、神の力が詰まった液体が、魔 界の封印された扉の奥に湧いているので、それを飲み干す方法だ。その試練は、純 粋な魔族である程、危険が多い。何せ瘴気と反発する力である、神気の詰まった液 を飲むのである。ほとんどの魔族は、押さえ込む事など出来ずに、消滅するか、そ の前に、発狂して死んでしまう。しかし、極稀に成功する者が居る。その者こそが、 『神魔』と成り得るのだ。伝記などでは、ワイス遺跡の名に、因んだ神魔ワイスや、 最後まで、ジークと死闘を演じた神魔エブリクラーデスなどは、神液を飲み干す方 法で、『魔王』から『神魔』となっている。因みに神魔王として、名高かったグロ バスは、元『破壊神』の称号を持った神で、神達の全体会議の決定に、不服を申し 立てて、戦争を起こしたがために、魔界に落とされ、魔族とされてしまった。要は、 神気を使いこなせる魔族。これが、神魔になるための条件なのだ。ちなみに、ジー クや、神々と戦う事で、神気を使いこなせるようになった神魔剣士の砕魔(さいま)  健蔵(けんぞう)も、最終的には『神魔』と言う部類に数えられている。  余談になってしまったが、『魔王』ジェシーの周りを警護しているという事は、 シャドゥは『魔界剣士』である可能性が高い。しかも、上級のだ。 「覚えて置くのだな。私は、ジェシー様の筆頭守護を務める、シャドゥだ。」  シャドゥは、一応名乗って置いた。リーザーは『魔族』の下級である。やっと、 『妖魔』を抜けたペェペェだから、シャドゥの事は、本来知っておかなくてはなら ぬ程の存在なのだ。だからこそ、シャドゥは溜め息を吐いたのだった。とは言え、 シャドゥは、余り自分の事を表に出したくない。だが、レイク達が危険に晒されて 黙っている程、甘くは無かった。 「し、失礼致しやした!!」  リーザーは、平伏すると即座に逃げていった。そして周りの殺気が、嘘のように 無くなる。シャドゥに殺気を向ける事は、魔族にとって、あってはならぬ事なのだ。 「シャドゥさんって、すげぇんだな・・・。」  グリードは、思わず腰を抜かしそうになる。シャドゥの力も、物凄い物だったが、 それ以上に、シャドゥの名を聞いただけで、周りが静かになる程の効果があると知 っただけで、驚き物だった。 「ジェシー様あっての事です。大した事では、ありませぬ。」  シャドゥは謙遜する。 「しかし・・・魔族の階級って、すげぇ意味があるんだな・・・。」  レイクは、人間だと、ここまで従いはしないと思った。昔からある掟に、従って いるからこその、ここまでの効果だと思った。 「魔族にとって、階級は目指すべき指標です。最も、私やジェシー様は、余り気に する方では、無いのですけどね・・・。」  シャドゥは、苦笑いをする。レイリーは、階級に関係無く話し掛けてくれた。そ の影響もあってか、ジェシーは、決して誰が相手でも、卑下したりはしない。それ は、レイリーに対する誓いの様でもあった。それに憧れてか、シャドゥも、現在の 地位を極めた所で、それを前面に押し出して威張ったりする事を嫌った。そんな事 は、誇り高い魔族がするべき行動じゃないとまで、思っている。真に誇りを持って いる者は、誰の意見でも聞いて、意見を尊重し、お互いを高める事に精進する。そ れこそが、魔族の目指すべき指標だと、シャドゥは思っていた。 「シャドゥさん。聞きたくないけど・・・ナイアさんは?」  ファリアは、これは聞いて置かなくてはならないと思った。 「・・・彼女の口からは聞けないでしょう。彼女は、『妖魔』の下級です。」  シャドゥは、ファリアが何を考えているのか読み取って、教えてやる。ナイアは、 一番下の『妖魔』の、更に下級なのだ。 「やっぱりね。この階級社会が、彼女の束縛だったのね。」  ファリアは思った通りだったので、溜め息を吐く。 「勘違いして戴きたく無いのは、私は、彼女がどんな階級であれ、尊重するつもり で居る。彼女は、優れた給仕です。私にとっては、それが大事なのですから。」  シャドゥは、念を押しておく。ナイアの事を卑下した事は一回も無い。 「違うのよ。シャドゥさんは、そうでも、ナイアさんが、気にしてるのよ・・・。 彼女は、そう言う所は、キッチリ守る人だったわ・・・。」  ファリアは、頭を手で被せる。 「そうですね。ファリア殿の言う通りですね。彼女が、必ず自分を下に見るのは、 魔族の習慣が邪魔している。それは、私も感じた事です。」  シャドゥは、それを気にするなと言った。しかし、気にするなと言う程、ナイア は、気にしていた。なのでシャドゥは、気にするなと言わないようにしたのだ。 「なら、シャドゥさんに出来る事は・・・ナイアさんに、自分の気持ちを正確に伝 える事・・・。しか無いわ。」  ファリアは、自分でその言葉を言って、伏せ眼がちになる。と言うのも、そう言 う忠告をしたファリアが、実行出来ている事だろうか?人にばっか言っているが、 肝心の自分は、レイクに言い出せずに居るでは無いか・・・。 「ファリア殿。ご忠告、有難く頂戴しよう。貴女は、私達の事を、真剣に考えて下 さる。それは、有難く感じます。だが・・・貴女自身の事も、忘れずにして下さい。 これは、お願いですぞ。」  シャドゥは、ファリアの心を見透かしたような事を言ってくる。ファリアは、ニ コッと笑うと、黙って首を縦に振った。 「階級社会・・・か。人間にも、似たようなのはあるな・・・。」  エイディは、遠い眼をする。セントの人間は、選ばれた人間だと勘違いしている 人が多い。しかも、セントに居る人間達は、他の国から資源を奪っている事を、当 然だと思っている人が多い。これも一種の階級社会だ。そして、獄島に送られた自 分達は、最下級の人間と言う事になる。 「けっ。下らねぇ事だぜ。セント生まれの奴だけが、幸福な社会なんてな。」  グリードは悪態を吐く。グリードは、ルクトリア出身なので、惨めになった故郷 を知っている。昔、東の大国と言われた面影は全く無い。セントの言いなりの国の 筆頭である。 「皆さん。そろそろ、お着きになりますよ。」  シャドゥは、ジェシーの館が見えてきたので、知らせる。どうやら奥にある、で かい門構えの建物が、そうなのだろう。 「こりゃ、ちょっとした宮殿ね・・・。」  ファリアが感想を述べる。さすがは、領主と言うだけあって、良い所に住んでい る。しかし、虚栄心が滲み出ているような建物では無い。どこか、攻め辛いと言っ た実戦的な造りになっている。  そして、少し歩くと門に着いた。そろそろ、足が悲鳴を上げてきた頃なので、助 かると思った。さぞ良い運動になったに違いない。そして、門の前に着くと、シャ ドゥが、待つように合図する。そして、壁掛けの顔に向かってしゃべる。 「ジェシー様。シャドゥ、参りました。昨日、お報せした、客人も一緒です。」  シャドゥが、顔に向かって話す。すると、顔が、こちらを向いて口を開ける。 「思ったより、早く着いたじゃないか。待ってたよ。」  低い女性の声が聞こえる。これが、ジェシーの声なのだろうか? 「では、これより、中に入ります。」  シャドゥが、恭しく礼をすると、門が、独りでに開いた。そこを通り抜けて行く。 中に入ると、高山植物や、熱帯植物が入り混じっているのだが、絶妙のバランスで、 綺麗に並んでいる花壇などがあった。館までは、更に歩く事になりそうだ。 「珍しい植物が、ここまで見事に咲いてるとはな・・・。」  エイディが驚く。この植物達の世話を、全てするのは、大変な労力が要る筈だ。  ・・・!!  普通に歩いていたが、突然レイクや、エイディが止まる。何かを感じたらしい。 「さすがですな。」  シャドゥが褒めた。ファリアやグリードは、ポカーンとしていた。 「何があったの?」  ファリアが尋ねてみる。レイク達は、少し脂汗を流していた。 「あの館の奥から、物凄い殺気を感じたんだよ。」  レイクは、脂汗を拭って前を向き直す。どうやらエイディも、感じているらしい。 「ジェシー様は、時々実力を、お試しになるんですよ。」  シャドゥは、ジェシーの殺気を素直に受け流していた。慣れた物である。 「こりゃ、大変な歓迎だな。」  エイディは笑って見せた。歩いて向かうだけでも、かなりの労力が要るが、舐め られて堪るか!と言う思いが強かった。そうして居ると、突然、殺気が無くなった。 「どうやらお認めになられたようです。気が付かなかったり、負けて怖気付くよう だと、ジェシー様は、お怒りの瘴気を放たれますからね。」  シャドゥは、ジェシーが普通に、殺気を放たなくなったのは、二人を認めた証拠 だと、気付いたのだ。そして、門の前で、シャドゥが呼び鈴を鳴らす。すると、門 番が、扉を開けてくれた。門番は、シャドゥやレイク達に会釈だけすると、扉を開 けたまま、口を噤んでいた。どうやら任務を忠実に、こなしているらしい。すると、 一際、存在感のある女性が、館の中央にある階段から降りてきた。 「シャドゥ。ご苦労さんだね。」  さっきの、女性の低い声が、その女性からした。 「勿体無きお言葉で御座います。」  シャドゥは、恭しく礼をする。どうやら、この女性が、ジェシーなのだろう。し かし、ジェシーは、非常に美しかった。漆黒の翼と下は、黒いマントを羽織ってい た。そして、金髪に漆黒の肌が映える。髪は、ストレートでありながら、ハーフロ ング。これほどの美しい魔族は、ジェシー以外に居るのだろうか?そして、中から 感じる雰囲気は、正に魔を極めた『魔王』の品格だった。伝記に書いてある通り、 いや、それ以上の荘厳さをジェシーは持っていた。そして、伝記に書いてある事が、 偽りでは無いと実感する瞬間でもあった。 「さっきは遊ばせて貰ったよ。悪かったね。私はジェシー。まぁこの島を仕切って る者だよ。シャドゥから、珍しいお客さんだと聞いたからね。少し、羽目を外しち まったよ。」  ジェシーは殺気を向けた事を、素直に謝る。思ったより、話せる女性のようだ。 しかし、軽い口調ながら、何故か荘厳さを感じるのは、1000年以上前から、実力者 であった証なのだろうか? 「ジェシー様。こちら、エルディス様のご子孫であらせられる、エイディ=ローン 様です。昨日から、我が家に滞在しております。」  シャドゥが、エイディを紹介する。エイディは、ジェシーの方を見る。 「へぇ。確かに顔立ちは、おやっさんソックリだね。それに、アイツにも似てるね。 嘘じゃないようだね。」  ジェシーは、エイディを値踏みする。どうやら本当に、エルディスやレイリーに 似ているようだ。自分では、分からない物だ。 「でも、良い男になるには、もうちょっと磨かなきゃ駄目さね。精進しなきゃ、駄 目だよ。器は、でっかいの持ってるようだしさ。」  ジェシーは、エイディの肩を叩く。その素振りは、何気なかったが、いつの間に か叩かれたと言う感じだった。いつの間に、移動したのだろう?何気なく、凄い事 をやる女性だ。その後レイクを見る。 「アンタ、何者だい?」  ジェシーは、レイクに興味を持ったようだ。 「俺は、仲間内の班長のレイクだ。シャドゥさんから聞いてると思うが、『絶望の 島』に、ずっと住んでいたんで、世間知らずな所が、あるかも知れない。その辺、 目を瞑ってくれると助かる。」  レイクは、ジェシーの眼を真っ直ぐ見て言った。するとジェシーは、細目になり ながら、値踏みをするような目をする。 「なる程ねぇ。シャドゥが言ってた通りだね。気に入ったよ。」  ジェシーは、そう言うと、豪快に笑って、シャドゥに親指を立てるモーションを 見せる。 「ジェシー様に気に入ってもらえて、幸いです。」 「それと、アンタがファリアさんだっけ?あのサイジンとレルファの子孫だって?」  ジェシーは、馴れ馴れしくファリアの事を呼ぶ。 「知ってるの!?って、知ってるんですよね。」  ファリアは、間抜けな事を言ったと思った。エルディスの下で、休養したと言う なら、レルファやサイジンとも会っている筈である。それに、ジェシーが『人道』 に入れたのは、他でも無いレルファとサイジンの助力があっての事だ。 「あの二人は、喧嘩する程、仲が良いって奴でさ。見てる分には困らなかったよ。」  ジェシーは、昨日の事のように思い出す。あの頃のメンバーは、誰を見ても、光 っていた。ジェシーは嫌々「人道」に従ったが、その後の待遇などは、非常に良い 物だった。何より心許せる友人になれたのが、嬉しかった。だが、それから1000年 も経つ。生きているのは、人間外の者くらいだった。 「ふーん。私が似てるかどうかは、分からないけど、気に入られれば光栄だわ。」  ファリアは、飽くまで自分を崩そうとしなかった。 「はっはっは!そんな言い草までソックリだよ。何だか、嬉しくなっちまうね。」  ジェシーは、本当に心から嬉しそうだった。こんな気持ちの良い人間に会うのは、 久しぶりだ。500年前に迫害されてから、出会った人間は、卑屈な奴が多かった。 実際に、シャドゥから話を聞いても、爽快な人間がまだ居るのか?と怪しんだ物だ。 「それにしても、伝記を読んだ身としては、ジェシーさんが生きていると言うだけ で、驚きだな。歴史の生き証人なんて、そう会える物じゃない。」  エイディは興味津々だった。何せ伝記は、人間達にとって素晴らしくも憧れの時 代が描かれている。その時代を知っていると言うのだ。どんな時代だったか、気に なるのは、極自然な事だ。 「アタシは、大した事はしてないさ。アイツと一緒に、『覇道』を信じて走り抜け ただけだ。それにね。今こうして生きているのも、アイツとの約束のせいなんだよ。」  ジェシーは、本当に懐かしむように話す。こんな事を人間に話すなんて、珍しい と思う。だが、レイリーの子孫。愛した人の子孫なら、伝えなければならない。 「アイツは言ったよ。生き延びろとね。自分は死んだ癖に、勝手な言い草さ。でも ね。今ソクトアに魔族が暮らしているのは、他でも無いアイツの影響を受けての事 さ。今残っている魔族で、アイツを知らない奴は居ないくらいだからね。それに、 アイツの親父はさ。息子が、アタシらのせいで死んだってのに・・・アイツの妻と して、アタシを迎え入れてくれたんだ。アタシはね。その恩義と絆は、伝えなきゃ いけないのさ。例え今の人間が変わっていようとも、あの時に恩を貰ったのは、間 違いない事だからね。」  ジェシーは、本当に感謝していた。子供が、無事産めたのは、エルディスのおか げだ。それからジェシーは、エルディスの所で忍術を習いつつも、『おやっさん』 と呼んで、出来る限りの手伝いをした。今、榊家が栄誉を保っているのは、ジェシ ー達の助力があっての事も含まれているだろう。だが、そんな事では、まだ恩義を 返せたとは思っていない。今の人間達が、どう変わろうとも、あの時にレイリーか ら貰った絆は、物だったし、エルディスから貰った恩は、忘れてはいけない物だ。 「だから、ジーク達が、伝えたかった事を、アタシは、アンタらに伝える。」  ジェシーは、そう言うと、真面目な顔付きで、レイク達を見る。 「『人道』は理想の道。それだけに困難な道さね。でも、理想を捨てて生きちゃい けない。それが困難であれば、誇りを持って、ぶつからなきゃいけない。共存と言 う道は、今の時代なら尚更大変だね。だからこそ、アンタらは、理想を追い求めて 欲しい。ジークが思い描いた未来は、今のようなソクトアじゃ、無かった筈だ。」  ジェシーは、ジークが言いたかった事の全てを、伝えられるとは思ってはいない。 でも、少しでも良い。あの時の人間達が、見せてくれた誇りを、伝えなければなら ない。それは、レイリーとの約束でもあったからだ。 「アタシは、ジーク達に、人間としての誇りを見た。だから約束して欲しいさね。 誇りを捨てないとね。で無いと・・・ジークが、浮かばれないよ。」  ジェシーは、自分がこう言うのは、おこがましい事かも知れないと思っていた。 ジェシーは、その『人道』を壊そうとした側の者だ。だが、レイリーが、死の間際 に選ばせた道が、間違っているとは思えない。それに500年程は、本当に平和だ った。それは、ジーク達が思い描いていたソクトアに違いなかった。今のソクトア を見れば、見る程、苦言を言いたくなるのだ。 「軽々しく約束は出来ない。」  レイクは、開口一番にそう言った。するとシャドゥは、ビックリした顔をする。 (レイク殿に限って・・・弱音を吐くなど!?)  シャドゥは、レイクの事を見誤ったかと思ってしまった。 「だが・・・約束します。俺は、ジェシーさんの言った言葉を生涯忘れないし、俺 が俺である限り、人間としての誇りを、持っていく事をね。」  レイクは言い切った。その姿を見て、シャドゥは、見込み違いでは無かった事を 悟った。レイクからは、何かを感じる。 「良い答えさね。アタシも、その約束、忘れないよ。」  ジェシーはニッコリ笑った。この人間からは、間違い無く見知っている、あの人 間の姿が重なる。顔立ちは違うが、雰囲気がソックリである。 「あ、兄貴!俺、感動しましたよ!!」  グリードは、我が事のように、はしゃいでいた。 「何言ってるのよ。レイクなら、ジェシーさんの、あの言葉を聞いて、約束しない 訳が無いと思ったわよ。全く。気苦労を増やしちゃってねぇ。」  ファリアは、口では文句を言っていたが、顔が嬉しそうだった。嘘を吐けない性 格である。レイクが約束したなら、自分もと言う顔だった。 「ま、同感だ。でも、気苦労が増える生き方ってのも、面白いかもな。」  エイディは軽口を叩きながらも、レイクに、とことん付いて行く事を宣言する。 「私の目に、狂いは無かった。ジェシー様に会わせて、心から良かったと思います。」  シャドゥは、自分の役目が果たせた事と、この場に立ち会った事を嬉しく思った。 「よし!堅苦しい挨拶は、ここまでにしようかね。アンタら、いつまでこの島に、 居る気だい?どうせ、しばらく居るんだろ?」  ジェシーが本題に入った。島を預かる身としては、当然レイク達の身柄の事が、 気になるのであった。 「ジェシーさんが構わないなら、問題無いですよ。俺達は、まだ流れ着いた身です からね。予定は、これから立てると言うのが、本当の所なんです。」  レイクは、どうにも立場が弱いと思った。何せ、流れ着いただけなのである。こ れから、どうするかなど、予定は立てていないのだ。 「何、遠慮してるんさね。アンタらが飽きるまで、この島に居ても問題無いよ。」  ジェシーは、レイクの肩をバンバン叩く。気持ちの良い応対をする女性だ。 「じゃぁ、好意に甘えさせてもらいます。」  レイクは、ここで断るのも失礼だと思ったし、何より、他に選択肢も無かった。 「住む所は・・・提供しても良いけど、その分だと、シャドゥの所が気に入った様 子みたいだね。なら、シャドゥの家に、滞在してるって事にしとくよ。」  ジェシーは、一目で見抜く。既にシャドゥと、打ち解けている所を見る辺り、シ ャドゥと、無理矢理離させるのも、酷だと思ったのだ。打ち解けてなければ、犬の パステルまで、レイク達に懐いている筈が無い。 「となると、後は、アンタらを登録しとくかね。」  ジェシーは、気になる事を言う。 「登録?そりゃどう言う事ですかい?」  グリードは、どうも登録と言う言葉に、弱いようだ。 「そんな難しい事じゃないよ。シャドゥの家から、ここまで『転移』出来る扉の、 登録をしとかないと、色々不便だろ?ここまで歩かせるのも、悪いしね。」  ジェシーは、あっさり凄い事を言う。どうやらジェシーの登録さえあれば、ジェ シーの館の前まで、直ぐに辿り着く事が、出来るのだと言う。 「『転移』・・・って、古代魔法じゃないですか!?」  ファリアは、ビックリする。自分が使っている通常の魔法よりも難解で、使うの に、色々制約が要る魔法の一種だ。古代魔法を使うのは、伝説の魔法使いと言えど、 一握りだ。伝記のジーク達一行の中でも、飛び抜けて魔法の才があった、トーリス だけしか、使えなかったと言う程、難しい魔法だ。 「ハハーン。ビックリしてるね?こう見えても、伊達に長生きしてないんだよ。」  ジェシーは、何と印を組まずに、魔法を唱えていた。今の世の中では、信じられ ない程の高等技術だ。既に魔法があって、当たり前なのだろう。それがジェシーの 生きていた時代の『普通』なのである。 (凄い人だわ・・・。本当に・・・。あ、人じゃなくて魔族か・・・。)  ファリアは、さすがは伝記に出てきた魔界三将軍だと思った。実力は、シャドゥ と比べても、魔力は飛び抜けている。シャドゥが心酔するのも分かるし、ナイアが 勘違いするのも、分かる気がした。こんなに美しく、こんなに朗らかで、尚且つ、 実力まで、トップレベルとあれば、ナイアとは違う意味でパーフェクトだ。 「じゃ、ちょっと、じっとしてなね。」  ジェシーは、指先に自分の魔力を込める。そして素早く4人の額に指を当てる。 すると、何故だか、少し軽くなったような気がした。 「はい。終わりだよ。今からシャドゥの家まで、帰るのも楽になるって物さ。」  ジェシーは事も無げに話すが、この技術は、凄い事なのである。人を、どこかへ 転移させると言う事は、どちらの場所にも、同等の情報を流さなければならない。 しかし、ジェシーは、違う次元を開く事が出来る程の、実力の持ち主なので、幹部 魔族や、気に入った者を登録して、転移させると言うのは、朝飯前なのだ。 「よーし。今日は楽しかったし、また明日、来ると良いよ。」  ジェシーは、さも当然かのように明日の事を話す。 「何の事でしょう?」  レイクは合点が、いかなかった。別に、いつでも来れるし、明日来ても構わない が、何だか、lジェシーの館に通うのが、さも当然かのような口調だった。 「なぁに。簡単な事さね。明日から、直ぐここに来れるなら、ミッチリ鍛えてあげ るって言ってるんだよ。」  ジェシーは、ニヤリと笑う。笑い方からするに、半端なシゴキでは無さそうだ。 「ゲゲ!ま、マジですか!?」  レイクは、つい地が出てしまう。そりゃ鍛えてもらえるなら、嬉しいが、相手は、 伝記の中での実力者なのだ。下手したら、動けなくなるかも知れない。 「素晴らしい!!エイディ様。それに皆様も、是非受けるべきですぞ!私でさえ、 ジェシー様の特訓を受けるのに、何十年掛かった事か・・・。いやぁ、幸運以上の 奇跡ですぞ!ジェシー様に感謝せねば!」  シャドゥは、4人の気持ちを無視するかの如く、感動していた。その喜び方を見 たせいで、余計に嫌な予感しか、しなかった。 「はっはっは!感謝されると、照れるさね。まぁ明日、同じ口が聞けるか、楽しみ だけどね。何せ約束した事だからねぇ?」  ジェシーは、恐ろしい言葉を言っていた。そして、その通りになりそうな予感が タップリした。だが、断れるような、雰囲気でも無い。 「よし!覚悟は決めた!宜しくお願いしますってんだ!!」  レイクは、半ばヤケになりながら、その申し入れを受け入れた。 「・・・はぁ・・・。レイクに付いて行くって、大変なのね・・・。」  ファリアは頭を抱える。それはそうだ。明日から、地獄の特訓が始まるのだ。 「ま、却って好都合だ。俺は、そのつもりで居たしな。」  エイディは、意外な答えを言う。どうやら本気らしい。 「俺も、なんだろうなぁ・・・。兄貴に付いて行くって・・・決めたしなぁ。」  グリードは、既に泣き言を言っていた。どうやら、三者三様の反応のようだ。 「何と素晴らしい日だ!帰って、ご馳走にしなくては、なりませぬな!」  シャドゥは、珍しく浮かれていた。何が、そこまで嬉しいのだろうか? 「ああ。そうそう。特訓は、私も付き合いますぞ!」  シャドゥは、更に余計な事を言う。鬼教官が、増えた気しかしなかった。 (前途多難・・・よねぇ・・・。)  ファリアは、更に頭を抱える事となった。  しかし、伝記に出てくる者との特訓は、一生掛かっても、体験出来る事では無い。 4人は、頭を抱えながらも、実は期待をしていると言うのが事実であった。  魔界三将軍の『黒炎』のジェシー。彼女は伝記の通り、いや、それ以上のスケー ルを持った、魔族である事は、間違いないと肌で感じていた。