8、祝福  赤い絨毯の夢・・・。  その正体が分かった時、俺の中で、何かが壊れた。  そして、いつしか俺は、光に向かって歩く夢を見始めた。  何故なんだろう?  あの怨嗟の声は、消えたのだろうか?  いや、消えはしない。消えさせては、いけない。  しかし、あの声があったからこそ、俺は親父と会えた。  俺には、そう思えてならなかった。  いつしか、記憶が風化しても・・・この事が、無かった事にはならない。  親父と、爺さんの罪。  それは、俺へと引き継がれた。  俺は、それを受け入れた。  確かに結果をみれば、悲しい出来事だった。  だが、親父や爺さんにとって、最善の行動だと思っての事だ。  それが、全くの駄目な行為だと、俺には思えなかった。  親父の行動を、非難するのは簡単だ。  だが、だからこそ、認めてやる。  認める事で、先に進めるのだから・・・。  そして理想は、俺に圧し掛かってきた。  だけど、遣り甲斐がある。  これを胸に、遥かに遠い光を追っていこうと・・・俺は思った。  それからだ。  赤い絨毯の夢は、いつしか光に向かって、歩く夢に変わって行ったのは・・・。  その傍らには、仲間達が居る。その仲間を、生涯掛けて守り通そう。  それが俺の誓い・・・。 「・・・ク?・・・レイク?」  俺の名を呼ぶ女性・・・。それは、俺の愛しき人に違いなかった。 「レイク?朝よ。・・・疲れてるのねぇ。」  この声は・・・。 「ああ。おはよう。ファリア。」  俺は、やっと目が覚めた。確かに日が昇り始めている。あの激しい戦いの後、親 父は、そのままベッドに運ばれ、俺は、休んでくると告げて、そのまま眠りに入っ たらしい。あれだけの闘いの後、あの衝撃の事実を聞けば、心も体も疲れると言う 物だ。知らぬ間に、ベッドメイクされている辺り、ナイアさんの、心遣いが伝わっ てくる。それに、ファリアも心配そうにしていた。 「俺、かなり寝てた?」  さすがに、気になっていた。 「16時間よ。良く寝てたわねぇ。」  ファリアは、茶化すように俺を見る。しかし16時間とは、我ながら良く寝た物だ。 「・・・俺は、やっと、一人前に、なれたのかな・・・。」  俺は、今まで、自分の正体を知らない、半人前でしか無かった。 「私は・・・前から、半人前だったなんて、思ってないわよ。」  ファリアは、励ますように言って来る。 「俺の思い込み・・・かな。でも、俺の中では、確かに変わったんだ・・・。」  俺の中で、自分の事を、大切にする気持ちが芽生えていた。それは、間違いじゃ ない筈だ。自分を大切にする事で、仲間を守っていけるのだ。 「踏ん切りが付いたって、所かしら?良い方向じゃない。」  ファリアは、軽口で答えてくれるが、心配していたようだ。 「ファリア・・・。あの時の約束を、果たすよ。」  俺は、ファリアの肩を引き寄せる。ファリアは、少し、ビクッとしたが、目を瞑 ってくれた。そして、ファリアの唇を自分の唇で塞いだ。 「ファリア。俺は、君の事が好きだ。もう気持ちを隠すつもりは無い。」  俺は、ファリアの目を見て、言った。待たせた分、俺から言わなきゃ駄目だ。フ ァリアに辛い思いをさせた分、俺から言わなきゃ駄目なんだ。 「これからは・・・容赦しないんだからね。」  ファリアは、目に涙を溜めていた。でも、嬉しそうだった。 「お手柔らかに頼む。俺も、手加減しない。」  俺は、ファリアを抱きしめてやった。俺の愛しい人。俺が一生を懸けて、幸せに しなきゃいけない人は、目の前に居るんだ。 「もう・・・離れないから・・・ね。」  ファリアは、抱き締め返してくれた。本当に、暖かな気持ちになれる・・・。 「俺も、離れないし、絶対離す物か!」  それが、俺の誓いだった。ファリアを、幸せにしてみせる。 「嬉しい・・・。約束、守ってくれたのが、一番嬉しいよ。」  ファリアには、もどかしい想いをさせた。その分、愛してやるんだ。 「・・・うん。・・・よし!スッキリした!」  ファリアは、少し涙顔ながらも、憑き物が落ちたような顔をした。悩ませたから な。俺が、心配させちゃったからな。 「・・・あ。そうだ。親父は?」  俺は、ファリアがスッキリしてたみたいなので、聞いてみる事にした。 「絶対安静中よ。派手に、やったもんねぇ?」  ファリアは、ヒヒヒと口に手を当てて笑う。この調子では、命に支障があると言 う訳では無さそうだ。 「それにしても・・・俺と親父って・・・これから、仲良くなれるかな?」  俺は少し不安だった。俺には、蟠りは無いと思いたい。しかし、親父は、あんな 調子だし、俺だって、再会して、まだ1ヶ月とちょっとだ。 「そんな事を気にしてたの?大丈夫よ。」  ファリアは、あっけなく答えた。 「そ、そんな事って・・・お前なぁ。俺は、真剣なんだぞ?」  さすがに、俺も口答えする。するとファリアは、溜め息を吐く。 「端から見れば、アンタとゼハーンさんは、親子にしか見えないわよ?」  ファリアは、ビックリする事を言う。 「ほ、ほんとかよ。」 「嘘なんか言わないわよ。銀髪ってのも珍しいし、剣術もそっくりだし、何より行 動パターンも、そっくり。頑固だし自分の事を顧みない所まで、そっくりよ。」  ファリアは、人の気にしている事を、ずけずけと話す。反省しろと、暗に俺に言 っているのであろうか? 「納得しました・・・。反省します。」 「よく出来ました。じゃ、下に行きましょう。ナイアさんが用意してくれてるわよ。」  ファリアは、俺が、思ったより元気そうなのを確認すると、下へ行ってしまった。 有難い限りだ。なんだかんだ言って、俺を心配してくれていたんだろう。  俺は、手早く着替えると、下へと降りていった。まだ傷が痛む。さすがに、まだ 完全に治ってる訳では、無さそうだ。 「お。兄貴!おはようさんす!!」  グリードは、開口一番、元気な挨拶をしてくる。これを聞くと、元気が出てくる。 「昨日は、よーーーく眠れたようだな。あんま心配を掛けさすなよ?」  エイディは、軽口で皮肉を言ってくる。有難い歓迎だ。 「レイク殿。ゼハーン殿は、今日の昼にも目を覚ましますぞ。安心なされい。」  シャドゥさんは、俺の気になっていた事を答えてくれた。 「おはよう御座います。レイク様。」  ナイアさんは、食事を鼻歌交じりで持ってくる。何か良い事でもあったのか? 「皆、おはよう!いやぁ、結構寝ちまったぜ。」  俺は、頭を掻きながら席に座る。するとナイアさんは、嬉しそうに切り盛りをし ていた。踊るように朝食が出来ていく。 「・・・ファリア。ナイアさん、いつになく機嫌良いな?」  俺は、小声でファリアに話しかける。その瞬間、ファリアは、右手に魔力を集中 させる。も、もしかして、怒っているのか? 「レーーイーーークーー!?何、寝ぼけてんの?アンタ。」  ファリアは、まるで鬼のような形相になる。ななな何だってんだ!? 「まさか・・・今日が、結婚式だって、忘れてた訳じゃないでしょうね?」  ファリアの右手は青白く光っている。やばい。本気で怒ってる・・・。  って、そう言えば、そうだった・・・。あの宣言から、今日でちょうど1ヶ月。 シャドゥさんとナイアさんの結婚式じゃないか!! 「わ、忘れてました・・・。済みません・・・。いや、あのナイアさんもシャドゥ さんも済みません・・・。今更ながらですが、おめでとう御座います!」  俺は、誤魔化しながら祝福を送る。 「まぁ、昨日あれで、今日だからな。仕方無いさ。ゼハーン殿に至っては、あの状 態だからな。まぁそれでも、昼から絶対式に出ると言って、聞かないくらいだがな。」  親父は、忘れてなかったか・・・。やべぇ・・・。 「全く、こう言う大事な事は、覚えてなさいよね。」  ファリアは呆れていた。まぁ仕方の無い事だ。俺が悪い。 「ところでさ。魔族の結婚式って、どんななんだ?服とか用意してねーぞ。俺。」  そう。忘れていたのもそうだが、皆も、魔族の結婚式など初めての事なので、何 も用意して無かったのだ。 「人間の結婚式と、そう変わりはありませんよ。それに、服は、私の方で、皆さん の分を予約していたので、大丈夫ですよ。」  シャドゥさんは、用意が良い。それにしても、これじゃ祝うのは、どっちなのか 分からない。せいぜい派手に祝福して置かないと、俺達の立場が無いな。 「朝食は、軽めにしました。・・・それにしても不思議ですね。」  ナイアさんは、穏やかな顔をする。 「何が不思議なの?」 「私は、この日が本当に来るのか、不安で堪りませんでした。なのに、今日になる と、嬉しさで、いっぱいなんです。不思議で仕方ありません。」  ナイアさんは、顔に手を当てて喜んでいる。本当に嬉しいんだろう。こんなに舞 い上がっているナイアさんは、初めて見た。 「ナイアさん。それは、自然な感情よ。何も不思議なんかじゃない。」  ファリアは、一緒になって笑う。ファリアも、この日が来るのを、楽しみにして たんだろう。本当に仲が良い二人だ。 「ありがとう御座います。今日は・・・頑張りますね!」  ナイアさんが、皆に礼をする。 「ま、肩の力が、入り過ぎない程度にした方が良いですよ。」  エイディは軽やかに答える。エイディは、極普通に言っているが、このエイディ の態度に、どれだけ救われたか分からない。皮肉屋だが忠告を忘れない。突き放す ようで心配性。エイディは掴み所が無いようだが、非常に親しみの持てる人物だ。 「私の方こそ、緊張しないようにしますよ。」  シャドゥさんは口元で笑う。だが、貫禄がある。この人は、失敗しないだろう。 「俺、実は、結婚式って出るの初めてなんだよなぁ。」  グリードは考え込む。結婚式で何をするかとかも、分かってないのだろう。俺だ って初めてだ。何をするのか、検討がつかない。 「俺も初めてだよ。ファリアは?」  エイディも、初めてなのだと言う。それにしては、随分余裕を持っていたように 見えた。その辺見せない所は、性格の違いなんだろうか? 「私は3度目ね。友達の結婚式と、叔父の結婚式に出たわ。」  意外にも、ファリアが一番、慣れているようだ。いや、意外でも何でもない。フ ァリアは、一番『絶望の島』に居る年数が短いのだ。ありえる事だ。 「どんな所を、気を付ければ良いかな?」  俺は尋ねてみる。するとファリアは、顎に手を当てて考え込む。 「一番は、食事のテーブルマナーかしらね。皆、何も知らないでしょう?」  ファリアは、テーブルマナーと言う言葉を出した。その言葉すら、俺には初めて 聞く言葉だ。どうやらグリードも、同じような顔をしている。 「・・・そんな謎めいた顔しないでよ。本当に、不安になってきたわ。」  ファリアは溜め息を吐く。このメンバーが、如何に式に向いてないか、実感して いるのだろう。まぁ、上品な事なんて、一度も無かったしな・・・。 「皆、落ちた食器とか、拾ったりしたら駄目よ?」 「え?・・・それって、何か冷たくないか?ほっぽいたままなんてよぉ。」  グリードが、もっともな事を言う。何だか、そのままにしていると言うのも、気 になる物だ。それもテーブルマナーとやらの、一部なのだろうか? 「あのねぇ・・・。落ちた食器で、食べる姿を見せる方こそ、不快と思う人も居る のよ。だから、そう言うのは、式のお手伝いさんが片付けてくれるんだから、式に 集中しなさいって事よ。それも、マナーの一つよ。」  ファリアは、眉を吊り上げて言う。まぁ、確かに、そう言う考え方もあるかな。 「でも5秒以内だったら、そう、汚れてもないぜ!」 「お馬鹿!!そう言う問題じゃないのよ!!」  グリードの5秒ルールに、ファリアは注意する。うーーん。奥が深いな。テーブ ルマナー。エイディは、横で高らかに笑っているが、この男も、本当は知らないの だろう。エイディが妙に余裕を、かましている時は、実は自分も、やろうとしてい たので、危ない危ないなどと、思っている時だ。 「あー。もう・・・。先が思いやられるわ。」  ファリアは頭を抱える。俺達が、そう言うの覚えると言うのが、如何に難しいか 身に染みたのだろう。 「まぁまぁ、ファリア殿。魔族の結婚式は、そこまで気にする者は居ませんぞ。」  シャドゥさんがフォローを入れる。まぁ、でもマナーは気を使うべきかなぁ。 「会場は・・・やっぱり・・・あそこかな?」 「ファリア殿の思っている通り、ジェシー様の館で、行います。」  シャドゥさんは頭を掻く。かなり照れているようだ。上司の館に、お招きされて 結婚式を挙げられるなんて、幸せだと思っているのだろう。 「お。そろそろ、こんな時間か。ナイア。先に行ってなさい。」  シャドゥさんは、時間を気にしだしている。まだ朝を、少し過ぎたくらいなのに、 随分と早く気にする物だ。 「分かりました。会場で、お待ちしております。」  ナイアさんは、シャドゥさんに最高の笑顔を送ると、身支度を始めた。一緒に、 会場入りするんじゃないんだな。 「シャドゥさんとナイアさんは、先に会場に行ってなきゃ、駄目なのよ。」  ファリアが、俺が怪訝そうな顔をしているのに気が付いて、教えてくれた。 「忙しいんだなぁ。結婚するってのも、大変なんだな。」 「むー・・・。それでも最高の式にしたいでしょ?そのためなら、大変なんて思っ てらんない物よ。」  ファリアは、まるで我が事のように言う。俺も結婚するとなったら、ああ言う風 にするんだろうか?想像つかないなぁ・・・。  しばらくすると、ナイアさんは、ここでの仕事を、素早く終わらせて、ジェシー さんの館への扉へと向かう。ジェシーさんは、当日、会場に行くのに便利なように 特別に、異次元の扉を拵えたようだ。そう言う所は、しっかりしてるよな。 「では、私も、そろそろ向かう。君達は、会場にゆっくり向かってくれ。」  シャドゥさんは、ナイアさんと一緒に扉を開ける。それが自然だと言わんばかり にだ。やはり、このペア以外の結婚は、この二人の間には、考えられない。  自然な事。それが、どれだけ浸透してる事か。この二人は、既に夫婦と言う形以 上に、分かり合ってるような感じさえする。そんな二人が、離れて暮らすなど、も う考えられない。 「俺達も、そろそろ行く準備しなきゃな。」  エイディは、腕を伸ばして伸びをする。 「その前に!言っとくわ。恥ずかしい行動は、控えるようにしてよね。」  ファリアは釘を刺す。どうやら、余り信用されてないようだ。まぁ、信用出来る 要因など、何処にも無いのだから当たり前だ。 「わーかったよ。俺達だって、台無しにしたい訳じゃないんだから、任せろよ。」  グリードが言うと、どうにも信用度が薄いようだ。ファリアは、口を曲げてこっ ちを見ている。俺の方も見たので、胸を拳で叩いて見せた。 「あれこれ考えたって始まらない物ね。貴方達は。まぁ行きましょうか。」  ファリアは、溜め息を吐きながら言う。  それにしても、ナイアさんと言うのは、自分が出かける時は、いつも、こうして いるのだろうか?と思いたくなる程、完璧に準備が整っていた。今日の留守番は、 セントバーナードのパステル君だ。さすがに、訓練されているだけあって、ドアも 器用に開けるわ、時間を見ながら、花の世話をやるわで、完璧だった。餌のある場 所も、ちゃんと把握しているようで、時間が来るまで、手を付けようともしない。 それ所か、寝ている親父の、頭の上のタオルを、口で引っ張って、替えのタオルを 器用に振り回して乗せた所を見た時は、さすがに驚いた。ナイアさんは、一体どん な訓練をしたのだろうか?優秀どころの話では無い。  このお犬様は、どうやら並の犬では無いらしい。任せても良さそうだ。 「じゃぁ、留守番、頼んだよ。パステル。・・・親父も、ゆっくりしてな。」  俺は、パステルに挨拶をする。パステルは、優しげな目を向けると、送り出して くれた。親父は、相変わらず寝たきりだったが、パステルが見てる限り大丈夫だ。  外に用意された転移の扉の所へ行く。すると皆が来るのを確認して、扉に手を掛 けた。その瞬間、眩い光に包まれた。  すると、景色は、一瞬の内にジェシーさんの館に変わった。いつ見ても、凄い魔 法だと思う。この魔法を見つけ出した者は、天才だと思うくらいだ。 「お。来たね。思ったより、早かったじゃないか。」  横から声がする。どうやら、ジェシーさんのようだ。 「ジェシーさん。おめでとう御座います!」  ファリアが、開口一番に、そう答えた。 「ああ。ありがとよ。シャドゥは可愛い部下だからね。本当に嬉しい物さね。」  ジェシーさんは、嬉しさを隠さなかった。本当に嬉しいんだろうなぁ。かく言う 俺だって嬉しい。シャドゥさんは、ここでお世話になった一人だし、ナイアさんだ って、俺の友人の一人だ。あんなに似合いの二人は居ない。やっと正真正銘夫婦に なるってんだから、祝福しない訳が無い。 「あ。そうそう。アンタ達はあっちで、ファリアは、向こうに衣装が用意してある から行って来な。一応、祝い事だしね。」  ジェシーさんは、着替え室を指差す。まぁ確かに『絶望の島』の時のような、囚 人服じゃないとは言え、俺達の服装は、普段着と変わらない。やっぱ、着飾らなき ゃならないんだろうな。とは言え、俺にとっては、この普段着すら上等な物だ。囚 人服が、いつもだった俺には、礼服など夢のまた夢だった。  俺達が、部屋の中に入ると、着付けをする魔族が待っていた。どうやら、見立て はバッチリらしく、後は、ちょっとした手伝いをしてくれるようだ。あの黒いバリ ッとした服が、礼服と言う奴なのだろう。こんなの、似合うのだろうか? 「何だか照れるな。こんな服着るなんて・・・。兄貴は、どうです?」  グリードは、こう言う服を、着た事が無いのだろう。横でエイディが、如何にも 着こなしてるように腕を通しているが、踵のチェックまでしている所を見ると、エ イディも、物珍しさ満点なんだろう。 「俺も、ちょっと困惑気味ではある。まぁ今日は晴れ舞台だし、堂々としてようぜ。」  そう。飽くまで主役は、シャドゥさんとナイアさんだ。俺達は、引き立て役にな れれば良い。堂々と見守るのが、筋って物だろう。 「しかし、何だな。この服は、何とも気が引き締まる感じがするな。」  エイディは、もっともらしい事を言っている。着慣れていれば、そう感じる事も 無い筈だ。まぁそう言う俺も、気が引き締まる感じがするので変わった物では無い。 「出来上がりました。」  手伝いの女性魔族が、深々と礼をする。 「ありがとう御座います。おかげで、助かりました。」  俺一人じゃ、まず着れなかっただろう。 「珍しいですね。人間が、そう言う事を言うなんて・・・。」  女性魔族達は、物珍しそうに、俺達を見てる。 「え?だって俺一人じゃ無理だったし、礼は言うべき何じゃないか?」  俺は、特別違う事を言ったつもりは、無かった。 「シャドゥ様の言う通り、貴方達は、ただの人間達とは違うのですね。人間達は、 私達に礼なんか言いませんわ。」  そんな物なのだろうか?人間は、何か偉いのだろうか?寧ろ、魔族達の方が、凄 いと俺は思うんだが・・・。 「礼を言うのは、当然だと思うけどなぁ。」  何かを、やってくれる事に対して、礼を言うのは、当たり前の事だ。 「へぇ。言いますね。私達のような違う種族を、貴方は信頼出来ると言うの?」  魔族達は、俺の意見を求めているようだ。だが俺の意見は、決まっている。 「俺は、魔族の奴ら好きだぜ。裏表も無いしさ。一度信頼してくれると、とことん 信じてくれる。確かに瘴気ってのは、暗い力なのかも知れないけど、そんなの関係 無い。俺は、信頼してくれる人には、恩義で返したいんだ。」  俺は、真っ直ぐ見つめ返して答えた。何処まで効いたのか知らないけど、魔族達 は、納得したようだ。 「本当は、この仕事、降りようと思ったんだけどね。今の意見が聞けて、それが間 違いだって事に気が付いたよ。さすが、シャドゥ様が信頼した人間達ね。」  魔族達は、そう言うと、嬉しそうに、こちらを見る。何だか照れてしまう。 「俺は、思った事を言っただけなんだけどなぁ。まぁ、信頼してくれるに越した事 は無いな。貴女達も、シャドゥさんの結婚式を心から祝ってくれると嬉しい。」 「そうね。相手が相手だけに、素直に喜べなかったけど、貴方達の頼みとあれば素 直に聞くわ。本当は、お似合いだしね・・・。あの二人。」  女性魔族達から見れば、シャドゥさんは、高嶺の花なのだろう。ナイアさんが射 止めた事に反対する魔族も、少なくなかったのだ。だがナイアさんの能力を知って、 シャドゥさんの幸せそうな笑顔を見る度に、諦めざるを得ないと悟ったのだろう。 「ありがとう!じゃぁ、俺達も着替え終わったし、行ってくる。本当に助かったよ。」  俺は、礼服に皺が無いのを確認すると、女性魔族達に挨拶をする。 「本当に助かったぜ。兄貴を信じてくれた事もあるし、礼を言うよ!」  グリードも、礼を言っていた。まぁ当然だな。 「また、祝いの席で会おうぜ。」  エイディも、軽くお礼を言っておいた。すると、皆、満更でも無さそうだった。 「エイディ様に、着替えさせる事が出来て、こちらこそ光栄でしたわ。」  あー・・・。そうか。そう言えば、エイディは、ここの魔族とは相性良かったん だっけか。すっかり忘れてたぜ。  俺は、少し納得行かない顔でエイディを見ながら、廊下に出る。どうやら、ファ リアは、まだ着替え中のようだ。随分遅い事だ。女性は、時間掛かるのだろうか? 「何打。ファリアの奴、まだかよ。おっせーなぁ。」  グリードが、口を尖らす。そうは言っても、俺達だって終わったばっかなのに、 気の早い事だ。すると女性用の着替え室から、笑いが込み上げてきた。どうやら、 談笑しているようだ。楽しそうなファリアと、女性魔族の笑い声が聞こえる辺りを 見ると、どうやら仲良くなれたようだ。 「良い気な物だぜ。全く・・・。」  グリードは、呆れて両手を広げるポーズをする。 「そう言うなよ。お前さんは、少しせっかちだな。」  エイディが、グリードに突っ込みを入れる。何だか、見慣れた光景だ。 「ま、気長に待とうぜ。」  俺は適当にあしらう。あんま深く相手するのも、どうかと思ったからだ。  しばらくすると、楽しそうな声と共に、扉が開く。 「おい。ファリア。遅・・・おお!?」  グリードは、口を尖らそうとしたが、口をあんぐり開けていた。俺はと言うと、 ファリアの姿を見て、ちょっと硬直してしまった。ファリアらしい色とも言うべき 赤のドレスを着ていた。そして、胸元は開いているタイプで、寂しくないように、 ネックレスを首に掛けていた。どこぞの令嬢と、見紛うかの如き美しさだった。フ ァリアのプロポーションも悪くは無いので、見栄えも充分だった。 「あ。レイク!似合うかな?これ。」  ファリアは、俺に感想を聞いてくる。・・・って、俺にかぁ・・・。 「う、うん。似合ってるんじゃないかな?何て言うか・・・あー・・・。」  俺は、口篭ってしまう。どうにも綺麗過ぎて、言葉にならない。それにしても、 いつも接しているように出来ないと言うのは、情けない。 「ジェシーさんも、中々良いチョイスするじゃねーかよ。」  エイディは、純粋に目の保養とばかりに楽しんでいた。性格の違いか・・・。今 は、ちょっとエイディが羨ましかった。 「あー。馬子にも衣装とは、良く言ったもんだぜ。」  グリードは、顔を赤くしながら言う。全く説得力がない。 「だーれが、馬子よ。まぁ良いか。アンタ達だって、似合ってるわよ?」  ファリアは、いつもの口調で返してくる。あー。やっぱりファリアだ。この口調 を聞いて、安心するなんて、俺も修行が足りないな。  そうこうしてる内に他の来場者も、どんどん参列していく。魔族達も、俺達と同 じような格好をしている。つくづく、用意してもらって良かったと思う。 「しかし、すっごい来場者の数ね。200人は、超えてるかも知れないわ。」  200人って、少ない方なのか?その辺、イマイチ良く分からないな。 「うーーーん。俺は、もっと来るかと思ってたけどなぁ。」  グリードも、俺と同じで分かってないようだ。 「何言ってるのよ。どこぞの王族の結婚式だって、せいぜい300人くらいよ?こ の数は、凄い数と考えて申し分無いわよ。」  ファリアは、前にテレビでやってた結婚式の事を言ってるのだろう。俺は、テレ ビでしか見た事が無いので、普通かと思ってしまった。その辺の常識は、ファリア の方が、良く知ってるに違いない。 「それだけ、シャドゥさんの人徳が凄いって、こったな。」  エイディは、もっともらしい事を言う。この男こそ、良く知らないのに平然と言 ってのける辺り、性格と言う物だが、出てるのだろうか? 「何、ボヤッとしてるんだい。着替えは、無事済んだら報告しなよ。」  後ろからジェシーさんの声が聞こえた。・・・っと、ジェシーさんも黒いドレス に身を包んでいる。中々ビシッと決まっていた。綺麗なのに格好良い。さすがは、 ジェシーさんだ。有無言わさない、豪華さがあった。 「ジェシーさん、すごーい。気合入ってますねー。」  ファリアは、素直に感激している。女性から見ても格好良いんだろうなぁ。 「余り茶化すんじゃないよ。このドレスは、アイツとの告別式以来さ。」  ジェシーさんは、思い入れがあるようだ。アイツ・・・。つまり、ジェシーさん の亡き夫である『魔人』レイリーの、告別式以来なのだろう。 「シャドゥは、息子のような物だからね。是非、このドレスで祝福してやりたかっ たのさ。アイツも見守ってる感じがして、安心出来るのさね。」  ジェシーさんは、本当に嬉しそうに話す。レイリーとの別れは、確かに辛かった。 しかし、忘れ去るのは、もっと悲しい事だから・・・。この思い入れのあるドレス と共に、息子のようなシャドゥさんを、祝福してやりたかったのだろう。 「強いんですね。ジェシーさんは。私、尊敬しちゃうなぁ。」  ファリアは、思わず溜め息が出てしまう。ジェシーさんは、強いのに、それらし い素振りを、ほとんど見せようとしない。なのに強さが目立つ。それは、肉体的な 強さだけでは無い。精神的なタフさも備えている。真に強い、女性の理想は、ジェ シーさんのようなのかも知れない。ファリアが尊敬したくなるのも、分かる。 「はは。煽てても、何も出ないよ。そろそろ、会場に移動しようさね。」  ジェシーさんは、気さくな笑顔のまま、会場の方に連れたがっていた。まぁ断る 理由も無いので、俺達は、会場の方へと移動する。会場では、いつでも宴会が出来 るように用意されていた。それにしても広い・・・。新郎と新婦の席から、末端ま で見えないかと思うくらいの広さだ。 「すっげぇなぁ・・・。これが結婚式って、奴なんだなぁ。」  グリードは、素直に感動している。俺だって、多分そんな顔をしているに違いな い。こんな荘厳な雰囲気は、味わった事も無い。 「アンタ達は、ここだよ。分かり易いだろ?」  そう言って、ジェシーさんが指した席は、新郎と新婦の目の前の席だった。こり ゃ分かり易い。しかし良く見ると、俺達の席は、4席しかなかった。席に名前のプ レートが書いてあるんだが、親父の名前が一つある。って事は、一人足りない。 「あれ?私の席は?」  そう。ファリアの席が、足りないのだ。 「アンタ、今日の役目、分かってるのかい?」  ジェシーさんは、呆れた声を出す。 「あ・・・そっか・・・。そうだったわよね。」  ファリアは、思い出したかのように頭を抱える。一体、どうしたのであろうか? 「おい。ファリアは、何処に座るんだ?」  俺は、ちょっと心配になったので聞いてみる。どうやら普通の席では無さそうだ。 「あー・・・あそこよ。あそこ。」  ファリアは、渋い顔をしながら、何と新郎と新婦の席を指差す。 「何言ってるんだよ。お前が結婚する訳じゃないだろ?」  グリードが、笑っていると、ファリアは、グーでグリードを殴る。 「馬鹿言うんじゃないわよ!あのね。私は仲人なの。な・こ・う・ど。仲人っての はね。新郎と新婦の仲を取り持ったって意味で、二人を囲む席に座るのが通例なの よ。良く見なさいよ。私とジェシーさんの名前が、あるでしょう?」  良く見ると、確かに、ファリアとジェシーさんの名前があった。しかし、あの席 って緊張するなぁ。こりゃファリアも、溜め息を吐く筈だ。 「ゆっくり出来そうも無い席ね。」  ファリアは、スピーチもしなきゃならないのだ。緊張しているのだろう。 「どうせ、ここに居たって、ゆっくりしないだろ?丁度良いんじゃないか?」  俺は、ファリアの肩を叩いてやる。 「ま、そうね。何てったって、シャドゥさんとナイアさんの式だもんね。」  ファリアは、緊張の糸が途切れたようだ。無理に考えなきゃ、いつものファリア が出せる筈だ。ファリアは、ああ見えて本番には強いタイプだと思う。  と、そうこうしてる内にブザーが鳴り始めた。 「お。とうとう式が始まる時間さね。最初は、向かいにある協会で誓いの儀をやる から、急がなきゃね。」  ジェシーさんは、協会と言った。人間は結婚式は『教会』でやる事が多い。しか し、魔族は神など信仰していない。なので、魔族が尊敬する神魔王グロバスに、協 力を要請する場所である『協会』で、式を挙げるのが普通らしい。この辺で、妙に 人間と魔族との差を感じてしまう。  遅れるといけないので、さっさと協会に向かった。すると、荘厳な雰囲気の中で 椅子が並べられていた。その中の最前列に、俺達は連れて行かれた。しかし、この 協会は、さすが魔族のための建物だけあって、床には、強力な六芒星が描かれてい た。それに正面には、生贄に使われたであろう鹿の首が、ぶら下げてある。人間で 言う所の教会とは、雰囲気がまるで違う。これはこれで、厳格な感じがしたのは、 不思議であった。  しばらくすると、演奏が始まった。曲は、賛美歌と言うより、何かを召喚する時 のような始まりを感じさせる曲が、流れてきた。その曲に合わせて、祝福するため の魔族が、入場しては席に座っていく。 「やっぱ、私が知ってるのとは、少し違うわねぇ・・・。」  ファリアが、興味深そうに音楽などを聴いている。やはり、少し違うのだろう。  やがて、ここに参列に来る予定の者は、全て入りきる。すると、黒い骨のような 物を、首に掛けている魔族が、祭壇の所に立つ。どうやら、始まりのようだ。 「皆、よく集まった。これより、魔界の誓いの儀を執り行う。」  魔族は、どうやら宣誓者のようだ。雰囲気も、他の魔族とは少し違う。 「新郎シャドゥ殿。入るが良い。」  宣誓者の言葉と共に、扉が開かれる。すると、そこには顔立ちも整えて、暗黒色 の礼服に身を包んだシャドゥさんが入場する。その姿は、非常に凛々しい物だった。  シャドゥさんは、壇上の前まで進むと、皆に向かって一礼する。 「良くぞ参った。続いて、新婦ナイア殿。入るが良い。」  宣誓者が言うと、今度はナイアさんが・・・入ってきた。 「うわ・・・。」  俺はビックリする。ナイアさんは、ピンク色に輝いているドレスを身に着けてい た。何と眩しい。そして、この世の物とは思えない程、美しい輝きを誇っていた。 「白じゃなくて、ピンクなのね・・・。それにしても綺麗・・・。」  ファリアが、横でうっとりしていた。その気持ちも分かる。ナイアさんは、これ 以上無い程、輝いていた。黒いドレスのジェシーさんを凌ごうかと言う輝きだった。  そしてナイアさんも、壇上の前でシャドゥさんを向かい合う形で振り向くと、一 礼する。二人とも、この上無い程、素晴らしい笑顔をしていた。 「これより、魔界への誓いを宣誓する。」  宣誓者が、片手を上げる。 「魔界の従者たるシャドゥよ。お主は、母なる魔界に誓い、先の神魔王たるグロバ スに恩顧の礼を尽くし、如何なる時も助け合い、手を取り合って、生涯の伴侶に、 ナイアを選ぶ事を誓うか?」  宣誓者が、グロバスへの恩顧の言葉を口にする。やはり、人間とは、ちょっと違 うらしい。ファリアは興味津々で、見ていた。 「この魂に賭けて、誓う事を宣言する。」  シャドゥさんは、キッパリと答えた。 「宜しい。・・・では魔界の子たるナイアよ。お主は、偉大なる魔界に誓い、先の 神魔王グロバスに栄華の念を願い、如何なる時も、この礼を忘れず、手を取り合っ て、生涯の伴侶にシャドゥを選ぶ事を、誓うか?」  どうやら、新郎と新婦で、内容が少し異なるようだ。 「魂尽きるまで、誓います。」  ナイアさんも、キッパリ答えた。うう。凄く絵になるなぁ。 「グロバスよ。我らの願いと共に、この二人の前途に祝福を・・・。」  宣誓者は、六芒星に向かって、祈りを捧げる。すると、六芒星から、指輪が排出 される。凄い演出だなぁ。 「グロバスと、魔界のお許しが出た。ここに、二人の祝福を宣言する!」  宣誓者が宣言すると、周りからは、感嘆の声と拍手が巻き起こる。 「では新郎シャドゥ、新婦ナイアよ。想いの強さを体で表し、誓いの儀を完了せよ。」  宣誓者が、そう言って、シャドゥさんとナイアさんに指輪を手渡す。すると、二 人は、迷い無く指輪を填めて、指と指輪が同化する。それが喜びとなったのか、シ ャドゥさんとナイアさんは、見つめ合って誓いのキスをした。すると、また一段と 強い拍手が巻き起こる。凄く絵になる・・・。羨ましいなぁ・・・。勿論、俺達も 周りに負けない程、拍手をする。ファリアなどは、少し涙ぐんでいた。 「これにて、誓いは達成された!前途ある二人に幸あれ!!」  宣誓者の言葉と共に、シャドゥさんとナイアさんは、扉に向かって、手を取り合 って歩いていく。するとナイアさんは、既に泣きそうになっているのを、シャドゥ さんが、支えるように歩かせていた。 「皆、ありがとう!」 「ありがとう御座います。私は幸せです!」  シャドゥさんとナイアさんは、皆に向かって礼の言葉を投げる。うう。俺まで、 涙が出そうだ。横を見るとグリードも、ちょっと涙ぐんでいたし、エイディも、鼻 を咬む仕草で、誤魔化しながら、拍手をしていた。  魔族の誓いの儀とは、どう言う物か、予想もつかなかったが、こう言うのも、あ りかな?と思ったりもしていた。やはり、誰かが喜びに包まれるのは、嬉しい事な んだと、再認識出来る儀でもあった。  誓いの儀は、無事に終わった。色々、人間との違いもあるようだが、かなり順調 に進んだと、ファリアも認めていた。ジェシーさんは大満足だったらしく、後で宣 誓者にボーナスを、やるみたいな事を言っていた。随分とスケールの大きい話だ。  すると披露宴と呼ばれる誓いの後の式が行われる事になった。何でも、形式ばっ た儀とは違って、皆と共に喜ぶための式だと言う話なので、俺も結構楽しみにして いた。俺達は、最前列の席に座っていた。  司会なども居るみたいで、それなりに進行の上手い魔族がノリ良く進めていた。 やっぱ魔族でも、ノリの良い奴と言うのは居る物なのだろう。 「これで皆、集まりましたね?それでは、これより新郎新婦の入場です!!皆様、 盛大な拍手でお迎え下さい!」  司会の言葉と共に、扉が開かれる。すると、いつの間にか、白いスーツに着替え たシャドゥさんと、合わせるかのように、白いドレスに身を包んだナイアさんが現 れる。すると、さっきより人数もあるせいか、物凄い拍手が巻き起こる。やっぱり 200人も居ると、また一段と違う物だなぁ・・・。  シャドゥさんとナイアさんは、手を取り合って、会場の皆に、笑顔を振りまく。 そして挨拶していく。式前には、色々いざこざがあったようだが、今では、すっか り皆、祝福をしている。やはり魔族は、潔い。  そうこうしてる内に俺達の所まで来た。するとナイアさんが、こっちを見て嬉し そうに礼をする。やっぱ幸せなんだろうな。良い顔してるぜ。シャドゥさんも、会 釈してきた。シャドゥさんは、後悔など微塵も無いと言う顔をしていた。そして、 俺の所に近づいてきた。 「・・・次は、君の番だぞ。」  シャドゥさんは、小声で俺に、そう言った。・・・次は俺・・・か。だが俺は、 まだやらなきゃいけない事がある。それが終わるまでは・・・。そして、それが終 わったら、ファリアと・・・結婚しなきゃな。  こうしてシャドゥさんとナイアさんは、共に席に着く。席に着くと、ファリアと ジェシーさんと握手をして、リラックスしていた。 「新郎新婦の堂々たる入場に、皆様の祝福が届く事を祈ります。・・・続きまして、 仲人の挨拶を、始めたいと思います。」  司会がプログラムを読み上げる。するとジェシーさんが、来たなと言わんばかり にスピーチの紙を取り出す。その横で、ファリアは深呼吸をして、自分を落ち着か せていた。アイツ・・・大丈夫なのか? 「では、新郎側仲人、皆様もご存知の我らが盟主、ジェシー様のスピーチです。」  司会がジェシーの紹介をする。とは言っても、ジェシーは誰もが知る所なので、 司会も余計な説明はしていなかった。まぁ当然だろうな。ジェシーさんは、少し緊 張した面持ちで、マイクの所まで来る。 「今日は、これだけ集まってくれて、感謝の言葉もないよ。シャドゥとナイアの笑 顔を見れば、分かるってもんさね。」  ジェシーさんは、堂々としていた。さすが慣れているなぁ。 「そうさね。シャドゥは、子供の時から、何かに打ち込むと周りが見えなくなるよ うな真っ直ぐ過ぎる子供だったさね。でも、実直さでは、この島一番だと私は思っ てる。それに、私の事を本当に補佐してくれて助かってた。それは事実さ。・・・ そんなシャドゥがある日、お願いと、来た物だ。珍しい事だと、私は思ったね。」  ジェシーさんは、シャドゥの事を本当に良く知っている。 「あれはね。皆も知ってるかも知れないけど、『忌み子』の調査をシャドゥに命じ た時の事だったさね。・・・その時、シャドゥが言ったのさ。私に、お金を貸して 欲しいと・・・。この島では、人間の金なんか、密かに続いているガリウロルとの 外交でしか、使ってなかったからね。でも、それにしては、かなりの額を貸して欲 しいと、せがんだのさ。こりゃ、何かあると思ったね。」  シャドゥさんが、お金を貸して欲しいと言った理由、それは、俺には分かってい た。シャドゥさんが、初めて言った我儘らしい、我儘だったのかも知れない。 「理由を聞くと、調査どおり『忌み子』は、魔族だったから、救いたいと言ってき たのさ。その時の真剣な目を見て、私は即座に本気だと思ったね。私は、二つ返事 で了承したさ。そして、救った子を見せてもらった。その時の子が、このナイアだ ったのさ。」  ジェシーさんは、ナイアさんに微笑みかける。ナイアさんは、ちょっと涙ぐんで る。どうやら、思い出したらしい。シャドゥさんは、大丈夫だとばかりに、肩を叩 いてやっていた。やっぱり似合うなぁ。 「ま、その後にね。ナイアを、シャドゥの家で預かると聞いた時、シャドゥは、本 気で惚れたんだって、私は気付いたさ。そんな二人を、許さない程、私は野暮じゃ あ無い。他ならぬ、シャドゥが望んだ事だ。幸せになって欲しかった。」  やっぱりジェシーさんは、シャドゥさんを息子と同じように扱っているな。 「でもね。不思議と、200年もの間、何も言って来なかった。私は、待ち続けて いた。アンタらが、いつ式を挙げたいと言っても、良い様に準備してた。なのに、 来なかったからね。じれったい事、してるんだろうなぁと、想像ついた物さ。」  ジェシーさんは、口を酸っぱくさせる。すると、二人とも、申し訳無さそうな顔 をしていた。分かり易いなぁ。 「だからね。1ヶ月前に、式を挙げたいと言った時、私は、心が躍るような気分だ ったさ。可愛い息子に、こんな補佐するのが上手い娘が、嫁いでくるなんて、万々 歳じゃないか。反対する理由も、無かったよ。」  ジェシーさんは、本当に嬉しかったのだろう。誰よりも、シャドゥさんの事を見 ているし、知っている。しかし、それは愛しいと言う感情で、では無い。親子が抱 く感情で見ていたのだ。それにナイアさんの事も、良く見ていた。見立ては、ばっ ちりである。ジェシーさんが、貫禄ある盟主で居られるのは、皆を良く見ているか らなのかも知れない。だからこそ、皆からも尊敬されているのだ。 「だからね。言っとくよ。幸せになんなきゃ、許さないからね。これから、しっか り見てやるから、覚悟しておく事だよ!・・・と、私らしい挨拶と言う事に、して 置いてくれると嬉しい。今日は、本当にありがとうよ!皆!」  ジェシーさんは、そう言うと、皆に手を振る。すると盛大な拍手が巻き起こった。 皆、結構感動している。そう言う俺も、力いっぱい拍手しているのだから、感動し ているのだろう。シャドゥさんとナイアさんなど感動して、互いに涙を浮かべてる。 「素晴らしいスピーチを、ありがとう御座いました!我らがジェシー様のスピーチ でした。・・・続きまして、新婦側仲人のファリア=ルーン様のスピーチです。」  司会は、一言褒めておく事を忘れなかった。そしてファリアの出番を告げる。す ると、大きく息を吐いて、立ち上がる。アイツ、緊張してるなぁ。ジェシーさんの スピーチも、かなり良かったからなぁ・・・。大丈夫か?アイツ。  しかし、それとは別に、ざわめきが起こる。 「ルーンって、もしかして・・・。」 「あの一族の人間?」  魔族達は、ヒソヒソしながらも、ファリアの方を見ている。そうか。ルーンって 言う名前は、魔族達からして見れば、忘れられない一族の名前なのだろう。『人道』 として共に歩んだ事が、あるからだろう。 「えー。ご紹介に預かったファリア=ルーンです。シャドゥさんの事は、ジェシー さんが素晴らしいスピーチをしてくれたから、ナイアさんのスピーチをします。」  ファリアは、無難な所から入った。落ち着いて頑張れよー。 「私は、ここに2ヶ月程前に、漂着しました。そこで調査に来ていたシャドゥさん に会ったのです。シャドゥさんは、最初こそ私達人間を、敵だと見なしていました が、私達の真意を知ると、何も無い私達に、宿を分けてくれました。その節は、感 謝しています。」  ファリアは、俺達の事から話す。まぁ、それが無いと始まらないわな。 「そこで、家事を全てこなす、ナイアさんに出会いました。最初の印象は、随分と 伏せ目がちな方だと思いました。でも、やる事は凄い。シャドゥさんの家は、凄く 広いと言うのに、毎日掃除に片付け、食事に皆の体調管理まで、全てこなしていま した。ナイアさんは、謙遜してたけど、私は凄いと思ったんです。・・・なのに。」  ファリアは、そこで詰まる。いや、わざと詰まらせたのかも知れない。 「ナイアさんは、シャドゥさんとは、不釣合いだと言ったんです。さっきのスピー チでも出てきましたが、ナイアさんは、不幸な生まれでした。『忌み子』と呼ばれ て、人間扱いされなかった毎日を送っていたような自分が、シャドゥさんと結ばれ ては行けないと言うんです。・・・私はね。その時、本気で怒りました。」  ファリアは、皆の方を向く。魔族の出席者は皆、耳を傾けている。 「ナイアさんには、素晴らしい能力がある!それに、シャドゥさんだけじゃない。 ナイアさんだって、シャドゥさん無しの生活なんて考えられないって言うのに、結 婚すると、不幸になると言う。そんな事が、あって堪るもんですか!離れられない と思う程、好きなのに・・・不幸になんて、なる筈が無い!」  ファリアは、結構感情的になっている。でも、不思議だ。嫌な響きじゃない。寧 ろ、聞いてて良かったと思えてくる。 「そんな、すれ違いの二人を見て、私は背中を押してやったんです。だって・・・ 擦れ違うまま、200年も過ごして来たんですよ?なら、これから幸せになるべき じゃないですか。幸せになりたいと言う願いは、人間も魔族も、変わらない筈です!」  アイツ・・・結局、本音で話す事にしたんだな。ファリアらしいや。 「だから、私は、ナイアさんに本気で打ち明けてもらった時は、嬉しかった。それ をシャドゥさんが聞いた時、受け入れてもらったのを見て、幸せになれた。ナイア さんは、私のおかげだと言うけど、そんなの違う。私は、本音を聞かせてもらった だけ。それにね。幸せになるのは、これからの筈よ。」  ファリアは、ナイアさんの事を見る。ナイアさんは、涙を拭わずに、ファリアの 方を見る。本当に仲が良いんだなぁ・・・。そう言えば、ファリアの前では、不思 議と嘘吐けないんだよな。本音で言わないと、怒られちまう。 「だから、私に、感謝すると言うなら、これからも末永く幸せになってね。それが 私の本音。・・・シャドゥさん。ナイアさんと、お幸せに居て下さい。私は、いつ までも二人の事忘れませんからね。・・・私からのナイアさんへのメッセージは、 以上で終わりにしたいと思います。皆さんも、応援して下さい!私のお願いです。」  ファリアは、そう言うと、ナイアさんにニコッと笑いかけて、着席する。すると 周りから、さっきに劣らぬ程、凄まじい拍手が起こる。共感してくれたのだろうか? 「人間にも、あんな人が居たんだなぁ!俺、考え方変わりそうだぜ!」 「あんなに仲が良くなれる物なのね。素晴らしい事ですわ!」  周りからは、感嘆の声が巻き起こった。すげぇ。大成功じゃないか。ファリアの 本音スピーチには、叶わないなぁ・・・。俺も感動しちゃったぜ。 「ファリア様!ありがとう!!」  ナイアさんは、とうとうファリアの胸に、泣き付いて来た。ファリアは、この上 無い笑顔で、ナイアさんを見つめている。絵になるなぁ・・・。 「こりゃ、一本取られたね。」  ジェシーさんですら、ファリアの演説を認めている。でも、あれは演説ってより 感情をぶつけたって感じだよな。そこが、ファリアの良い所なんだけどな。 「新婦側仲人ファリア=ルーン様の、素晴らしいスピーチでした!」  司会も、思わず忘れそうになる程、引き込まれていたのだろう。  本音になれるってのは、良い物なんだな。魔族と人間の壁が、また一枚無くなっ たような気がしたぜ。このスピーチは、明日にも有名になるんだろうな。  俺にとっても、忘れられない結婚式になりそうだ。  人は、絆を大切にする。  だが、それは人だけの物じゃない。  どんな種族だって、絆は大切にする物だ。  友だと思う者に対して、絆を感じるのは当然の事だ。  俺は、結婚と言う絆を深める儀式を見られたのは、僥倖だと思う。  俺には、縁の無い物だと思っていたからだ。  結婚式は、愛を確かめ合う儀式だと思っていた。  だが、友との絆を確かめ合う事も出来る物だと・・・俺は実感した。  友のために、祝ってやりたい。  友と一緒に、祝ってもらいたい。  形は違えど、想いは一緒だ。  互いに幸せな気分になるために・・・この儀式は、あるのかもしれない。  確かに、この後、離婚する夫婦も居るだろう。  でも、この時に祝ってやりたいと思った心は、偽りでは無いと信じたい。  それは、例え魔族でも・・・人間でも同じ事だ。  俺には、そう思えた・・・。  披露宴も、かなり進んできて、シャドゥさんの失敗話や、ナイアさんの、いつも の生活などが、写真や映像で映し出されたりして、思い出に浸っていた。何より、 食い物が、結構美味しかったのは意外だった。しかし、それもその筈だった。メニ ューは、全てナイアさんが考えて、細かなレシピを厨房の人に渡したのだと言う。 厨房の魔族曰く、本職顔負けの味らしく、さすがは、ナイアさんだと思わせる一面 が、増えた。  シャドゥさんもナイアさんも、すっかり皆と話しこんでいて、俺はと言うと、フ ァリアの勧めで、他の魔族のテーブルなどに行き、積極的に話し込んだりしていた。 「おー!アンタも、あの大会見たのか!」 「はい。あの天神と言う少年は、光る物を感じましたね。」  俺は、空手大会の事をネタに魔族と話し込んでいた。案の定、闘い好きな魔族が、 飛び付いてきた。準決勝までは、レベルが低いと思ったが、準決勝から、急にレベ ルが高くなってビックリしたと言っている。準々決勝も、それなりだと思ったが、 レベルに、差があり過ぎたのかも知れない。  横を見ると、グリードの周りを魔族達が囲んでいる。険悪な雰囲気では無い。 「射撃のコツは、一点を見る事っすよ。そして、自分は外さないと言う自信を持た なきゃ駄目っすよ。例えば、あそこにケーキがあるでしょ?それをこの爪楊枝で、 こうこうっとね!」  グリードは、お調子に乗って、爪楊枝で射的をしている。寸分狂わずやってのけ る辺り、すげぇんだがな・・・。魔族達は、感嘆の声を上げる。 「忍術の基礎は、闘気と魔力と体力。だから闘気の修行は、生まれた頃からやって たから、ここで魔力の修行をしたって訳よ。でな。体力は、こう見えても毎日鍛え てるからな。自信有りって所よ。でもな。忘れちゃいけないのが、忍耐力なんだ。 修行が辛いと思った時こそ、自分が、どれくらい強くなりたいかを思い浮かべる。 そうすりゃ修行で、音を上げてる暇なんて無い!と思えば上等。」  エイディも、酒が回ってきて、かなり饒舌にしゃべっている。まぁ、なんとも頼 もしい事だ。しかし、女性魔族にしか話しかけない辺り、エイディだよな。 「ファリアさんって、凄い魔法の達人なんでしょ?私、見た事あるんですよ!」  ファリアには、何故か女性魔族が話し掛けてくる。まぁ俺としては、男の魔族に 声を掛けられるよりマシだが、何やら、スッキリしない物があった。 「魔術はコツよ。イメージをする事が大事なのよ?だからね。思い浮かべたら逃が さないくらいの意気込みで、やるのが良いと思うわ。貴女も、見た感じ、魔力が高 そうだし、重点的にやったら、私なんて追い越されちゃうかも!」  ファリアも、上手く話し込んでいた。さすがだなぁ。 「レイク殿の剣は、不動真剣術でしたな!私は、まだ300年しか生きてないので、 かの剣術は、初めて目にしました!いやぁ、勉強になりましたぞ!」  ・・・何故か、俺の所には、体育会系っぽい魔族が集まって来るんだよなぁ。ま ぁ、良い奴らだから構わないんだけど・・・。何故だろうねぇ? 「俺なんて、まだ18年ですよ。親父に教わったのが、一番の強みでしょう。なん たって、継承者なんですからね。」  俺は、照れながらも謙遜する。 「ふむぅ。確かにゼハーン殿は凄い剣の冴えであったが・・・何故か、継承者と言 う感じがしないのですよ。いや、私などでは、全く叶わないのですけどね。なんて 言うか、レイク殿の剣を受けてる時に感じる光を、あの方には感じないのですよ。」  さすがは魔族だ。見ている所は、見ている。親父の剣は、凄まじい鋭さだ。力強 さも抜群だ。だけど・・・迫るような怖さが無い。魔族が言うには、俺には、それ があるのだと言う。実感出来てないけどな・・・。負けたくない!と思った時に、 力が湧いてくるような感じの事を言ってるのかな?  まぁでも、親父は、ただ単に出し惜しみしているだけかも知れない。何せ、実力 では、まだまだ親父の方が、上だと俺は思っている。 「楽しそうじゃないか!ほらほら!」  ジェシーさんは、魔族達と共に、宴会でも始めそうな雰囲気だ。あんなに羽目を 外したジェシーさんも、珍しいな。 「さて、そろそろ、終わりの時間が近づいて参りました。」  司会が残念そうに話す。演技も、多少入っているのだろうが、結構、本気なのか も知れない。それくらい騒ぎに騒いだ。  その時、何やら異変が起きたようで、司会と受け付けが、何やら打ち合わせをし ている。何が起きたのだろう? 「・・・レイク様。レイク様は、居られますか?」  司会が、俺の事を呼んでいる。何か、やらかしたかな?俺は、とりあえず司会の 所へと足を運ぶ。何の用だろう? 「俺ですが・・・?」  俺は、隠しても仕方がないので、堂々と名乗る。 「ご足労掛けます。・・・実は、受け付けに、貴方のお知り合いを名乗る方が、来 てまして・・・。しかも、ペット同伴らしいのですよ。」  は?何の事だろうか?そんな知り合いこの島に居たっけか? 「レイクと、話をつける必要は無いぞ。」  扉の向こうから、声が聞こえた。・・・こ、この声は!!  そう思っている内に、扉が開かれた。 「・・・お、お客様!困ります!」  受け付けが、オロオロしている。そりゃそうだ。このお客とやらは、かなりの重 傷を負っている。なので、横にいる犬が支えて、ここまで来たのだから・・・。 「何やってるんだよ!親父!寝てなきゃ駄目だろ!」  俺は、つい言ってやった。そう。そこに現れたのは、親父だった。まだ傷は治っ ていない。横に居るのは、犬のパステルだ。間違いない。 「ゼ、ゼハーン殿!?」  さすがにシャドゥさんも、ビックリしている。今日は、安静にしているのかとば っかり思っていたからだ。 「パステル!連れて来たのは、貴方ですね?」  ナイアさんが、パステルを見る。その眼は怒っていた。珍しい。ナイアさんが、 怒るなんて、初めて見た。パステルは目を閉じる。お咎めは覚悟の上らしい。 「ナイア殿。パステルを責めては、駄目ですぞ。私が、どうしてもと頼んだのです。 そうでなければ、這ってでも、ここに来るつもりでした。」  親父らしい。パステルは、何度も止めたのだろう。その証拠に、親父の裾は、何 回か、引っ張られたような跡があった。それでも行くと言うので、親父の助けにな ったのだろう。それでもお叱りを辞さないと言うパステルの態度は、立派だった。 「ゼハーン殿・・・。何故、そこまでして・・・。」  シャドゥさんも驚いていた。何より、体の事が心配なのだろう。俺だってそうだ。 全く無茶してくれる。 「今日で無くては・・・ここで無くては、駄目なのだ。」  親父は、そう言うと、長い包みを渡す。 「これを届けるために?・・・家に帰ってからでも、良いでは無いか!」  シャドゥさんは怒っている。そりゃそうだ。無茶してまで、ここで渡す理由があ るのだろうか?親父は、何か強い理由があって、今渡すのだろう。 「お主達の新しい門出を、どうしても今日、祝いたかったのだ!受け取ってくれ。」 「・・・これ以上の無茶をしない方が、私のためになる。お前と言う男は、仕方の 無い男だ。レイク殿を、困らせるのが、そんなに好きか?」  シャドゥさんは、溜め息を吐きながら、包みを開ける。すると、そこには、恐ろ しく年代物の剣が入っていた。しかし、その輝きたるや、恐ろしい物があり、ただ の剣では無い事は、会場の誰もが感じた。 「これは・・・?・・・この感じ。どこかで・・・。」  シャドゥさんは、一度見ているかも知れないと、呟いていた。 「それは・・・『護法(ごほう)の剣』だ。聞いた事があろう?」  『護法の剣』?初めて聞いたな。 「ま、まさか!あの剣か!」  シャドゥさんは、気が付いたようだ。一体、どんな剣なのだろうか? 「ははぁ・・・。あれかい。」  ジェシーさんも、気が付いたようだ。 「一体、どんな剣だって言うんです?」  俺は聞いてみた。親父が、ここまでして渡したい剣だ。只の剣では無いだろう。 「これは、あのジークが、好んで使ってた剣さ。トーリスの魔力が込められている って話さ。トーリスが、ジークの20歳の誕生日の時に、防御力を高める魔法を込 めて、この剣をジークに贈ったって言う話さね。良くこんな古いの持ってたねぇ。」  ジェシーさんは、呆れていた。懐かしいが1000年前の歴代物だ。しかも、傷がほ とんど付いていない。 「凄い・・・。1000年前の品なのに、ここまでの輝きとは・・・。」  シャドゥさんも、つい見惚れる程の出来だ。こりゃ、本物なのだろう。 「お主は、この剣で、ナイア殿との家庭を守ってやれ。私が、今日出来る事と言え ば、これくらいしか無い。お主には、レイクを助けてもらった。その恩を、どうし ても祝いの日に、返したかったのだ。」  親父・・・。それにしても、無茶が過ぎるぜ・・・。まぁ俺を、大事にしてくれ る気持ちは、有難いけど、あんまり心配を掛けさせないで欲しい。 「・・・馬鹿者が!言われなくても、分かっている!全く・・・お前と言う男は、 無茶ばかりだ!親子揃って、頑固者だ!」  ・・・シャドゥさんは呆れていたが、本当に嬉しかったのだろう。涙ながらに、 剣を受け取っていた。それにしても、俺も似てるんだろうか? 「パステル・・・。今日の事は、不問にして置きますが、今度は、体を張ってでも 止めるのよ?言いつけを守らない子は、悪い子なんですからね?」  ナイアさんは、パステルの頭を撫でながら、諭すように言う。パステルは、シュ ンとしながらも、ナイアさんの方を向いて、尻尾を振っていた。自分のやった事が、 間違っていなかったと理解したのだろうか?相変わらず賢い犬だ。 「しっかし兄貴と言いゼハーンさんと言い、自分を大切にする事を覚えて欲しいぜ。」  む・・・。グリードにまで、言われる始末。そんなに俺って、自分に無茶してる のかな?まぁ確かに、皆を大切にしたいなーとは、思ってるけどさ。 「ハハッ。無理を言うな。レイクは、馬鹿正直な位が丁度良いんだ。レイクの父親 のゼハーンさんなら、これぐらいの無茶は、範疇に入れとかなきゃ駄目だぜ?」  エイディも、酷い言い様だ。俺は、ここまで無茶・・・するかもな・・・。 「ま、いいわ。立ち話もなんでしょうし、せめて椅子にくらい座って欲しいわね。」  ファリアは呆れながらも、親父を椅子に座らせてやる。全く、何とも出来た我が 仲間達だ。言いたい放題、言ってくれる。 「親父。帰ったら、安静にするんだぜ?」  俺は、親父の椅子を支えながら、一言加えておいた。 「言われなくても、そうする。頼りにしてるぞ?」  はぁ・・・。こりゃ分かってない顔だ。ま、良いんだけどよ・・・。 「そろそろ、お開きにしようかね。」  ジェシーさんが、司会に合図を送る。 「大変失礼致しました!ちょっとしたハプニングがありましたが、ゼハーン殿の心 からのプレゼント贈呈でした。」  司会は、上手く纏める。意外に冷静なんだなぁ。結構、しゃべりも上手いし、魔 族にも、上手い纏め役ってのは、居る物なんだな。 「では、最後となりました。これより、新郎シャドゥ様からメッセージがあります。」  司会が、紹介すると、シャドゥさんは、前に出てくる。 「今日は、本当にありがとう御座います。私は、この式を開けた事を、心から誇り に思います。そして、今日参列戴いた人間代表の方には、非常に感謝しています。」  シャドゥさんは、皆に礼を言う。ナイアさんも、それに倣っていた。 「私は、この式に参加して戴いた者達を、心より仲間だと思っております。ナイア とは、長い付き合いですが、これからは、もっと長い付き合いになります。皆様の 前で、ナイアとの誓いが出来た事を、忘れる事は出来ません。」  シャドゥさんは、目を閉じる。何かを思っているのだろう。それは、ナイアさん との出会いからかも知れない。そして、俺達との出会いの事も、思い出してるかも 知れない。最初の印象は最悪だったが、本当に、ここに来て良かったと俺は思う。 「ジェシー様の補佐としての仕事、これからも、誇りに思いながら続けて行きます。 そして、馬鹿な友人が、持ってきた剣を振るって、仕事が出来る事を、心の支えに しようと思っています。」  シャドゥさんは、剣を掲げる。すると凄い光を放っていた。もしかしたら、ジー クまでも、祝福してくれているのかも知れない。 「私は、これだけの仲間に囲まれて幸せです。・・・これからも、ナイアと暮らし ていくので、見守ってください。今日は、本当に、ありがとう御座いました!」  シャドゥさんが、一礼をすると、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。  俺は、絆を忘れない。  この会場に出来た絆を、忘れない。  魔族だから・・・人間だから・・・。  そんな、ちっぽけな差は、この会場からは微塵も感じなかった。  こんな輪が、作り出せた事を俺は忘れない。  これからも、良い思い出として、俺の胸に残っていく事だろう。  それが・・・生まれて初めて経験した結婚式での印象だった。  確かめなければ、ならない事があった。  それは、小さな切っ掛けから・・・。  ふとした事で、思い付いた事でもあった。  前に聞いた時は、何でも無い事だと、思っていた。  でも・・・俺の、生まれに関する事だ。  聞いて置かなければ、いけない。  答えてくれるだろうか?  いや、聞かなくては、ならない。  時間が無いのだ。  これ以上経つと、一生、聞けないかも知れない。  そんな想いは、したくなかった。  だから、聞いておこうと心に決めた。  俺は・・・そう。親父の部屋へと入った。  ノックをする。すると親父は、まだ起きているみたいで、返事が返ってきた。俺 は、扉に手を掛けて中に入る。 「おお。レイクか。今日は、心配を掛けたな。」  親父は、やっぱり弱っていた。他ならぬ、俺が傷付けたのだ。 「良いよ。どうせ、止めても来ただろうしね。」  親父の性格からして、決めた事は、覆そうとは思わない筈だ。 「親父。寝なくても大丈夫か?」 「フッ。馬鹿にするな。一日中、寝てられる程、器用では無い。」  親父は、痩せ我慢もあったが、しゃべるのに、苦痛と言う事も無さそうだ。 「それより、私に、聞きたい事が、あるんじゃないのか?」  さすがは親父だ。俺の言いたい事など、見抜いているようだ。 「ああ。差支えが無ければ、教えて欲しい。」  俺は親父を見つめる。どうせ、回りくどい事を言っても、同じだろう。 「なんだ?私とお前は、実の親子だ。遠慮は要らんぞ。」  親父は、すっかり親モードに入っている。 「なぁ。俺、本当に、ユード家の子孫なのか?」  俺は、まず最初に、これが疑問に思った。 「ふざけているようでは、無さそうだな。どうして、そう思う?」  親父は、怒らないで聞いてくれている。 「俺は・・・時々、こう・・・何が何でも、やらなきゃ!って、血が湧く時が、あ るんだ。でも、親父には無いだろ?俺、てっきり自分が、おかしいのかと思った。」  俺は、自分が何者か分からない時でさえ、仲間がやられると、凄い力を発揮する 瞬間があった。仲間から言わせれば、無茶も良い所らしいのだが、それで乗り切っ た部分もある。 「お前には、濃く受け継がれていて、私には、そうでも無いと言う証拠だ。かのジ ークも、お前と同じく、仲間のために命を燃やす事があったと言う。だからな。お 前が、おかしいんじゃない。私が・・・らしくないのだ。」  親父は、自分の方こそ駄目だと、決め付けている。それが、どうも俺には、腑に 落ちない。 「親父は、強いじゃないか。俺を扱いた時の強さは、何処行ったんだよ。」 「・・・剣術の上では、私は、他の誰よりも強いかも知れんな。」  親父は、嘘を言ってる目では無かった。どうやら親父は、本当に、自信があるら しい。しかし、その部分が、余り気に入ってる様でも無かった。 「だが、私は、不動真剣術という枠のくくりでは、最低の継承者だ。私程、酷い継 承者は居ない。・・・ま、仕方が無い事だがな。」  親父は、目を閉じる。何やら事情がありそうだ。 「・・・俺、引っ掛かってたんだよ。・・・前に聞いた時さ。俺の祖父のリークだ っけ?その人が、親父がやられた時より、俺の母さんがやられた時に、決起をした って聞いた時、違和感を、感じたんだよ。」  俺は、いくら親父が才能が無いとは言え、その扱いは、あんまりだと思った。 「フッ・・・。そうか。」  親父は、何やら納得の表情をしていた。 「それに今日、あの剣を渡しただろ?『護法の剣』だっけ?あれ、本当は、継承者 に渡す筈なんだろ?でも親父は、シャドゥさんに渡した・・・。」 「お前の想像通りだ。そして、お前にはお前で、違う物を渡すつもりだ。・・・や っぱり、隠せぬな。私は、真実を隠し通すのが下手らしい。」  親父は、観念したようだ。どうやら、俺の想像は、当たっていたらしい。 「じゃ、やっぱり・・・。」 「その通りだ。私は、ユード家の者では無い。」  想像していた通りだった。しかし、いざ聞くと、少しショックだ。 「私の本当の名は、ハイム=ゼハーンド=カイザード。天武砕剣術の継承者だ。」  そうだったのか・・・。それで俺の謎は解けた。誰よりも、剣が鋭かったのは、 どっちの剣術も、極めていたからだったのだ。しかし闘気を中心に、湧き上がる力 全てを使う不動真剣術の継承者としては、親父は、使いこなせて無かったのだ。 「じゃぁ、ユード家の血を引いてるのは・・・母さんだったんだな?」  俺は聞いてみる。それでしか、俺がユード家の血を引いている理由が無い。 「その通りだ。私は、男子が産まれなかった不動真剣術の家へ婿に入って、不動真 剣術を絶やさぬために、不動真剣術を学ばされた。習ったのは成人してからだ。」  もう親父は、隠すつもりは無かった。親父は、不動真剣術の才能が無かったんじ ゃない。どっちも器用に使いこなすと言う、才能しか無かったのだ。だから、剣が 鋭いのに、湧き上がる力を使いきれない、半端者になってしまったのだ。 「血脈と言うのは、非情な物だ。私が、血反吐を吐いてまで覚えようとしても、ど うしても、湧き上がる力は使い切れなかった。養父リークの輝かしき強さは、私に は、身に付かなかった。でも、お前は違う。」  親父は、俺は違うという。だが俺は、自分にそこまでの才能があるとは思えない。 「俺如きが、そこまで強いとは、思えないよ。親父。」  俺は正直な感想を言った。親父の方が、数倍も強いと思っている。 「お前は自分の才能に気が付いて無いんだな。仕方の無い事だ。今まで、私が付い て無かったのだからな。・・・良いだろう。お前に、受け継がれた血脈が、どんな に凄いかと言う事と、お前が、どれ程の才能があるか、分からせてやろう。」  親父は、そう言うと、バッグから巻物のような物を出す。かなり古い文献のよう だ。だが、魔力でも掛かっているのか、まったく破れていない。 「これは・・・なんだ?」  俺は、親父から巻物を受け取る。すると、急に頭の中が、透き通っていった。何 故だろう?巻物の内容が、直に頭に叩き込まれるような感覚だった。 「・・・その様子だと、やはり、お前は真の継承者らしいな。」  親父の言葉が、聞こえたが、それすらも虚ろに聞こえる程、頭が、この巻物の事 でいっぱいになる。そして、駆け足で、俺の頭を駆け巡ったと感じた瞬間に、透き 通った感覚から、解放された。 「養父リークから聞かされていた。この不動真剣術の『秘儀書』を手に取って、そ の内容が、頭の中で駆け巡る者こそ、真の継承者だとな。お前は、これで今日から 継承者となるのだ。私は晴れて、隠居の身になれるな。」  親父は、嬉しそうに俺を見る。何だか、肩の荷が降りた様な顔をする。 「親父・・・。まだ早いだろ。隠居は。」 「いや、私には、その透き通った感覚は感じなかったからな。継承者にすら、なれ て居なかったんだよ。だが、お前は違った。今、頭の中に駆け巡った技を、思う存 分、使えるのは、お前の方だ。」  親父は、あの感覚が無かったのか・・・。確かに巻物の中身は、もう見るまでも 無い。今まで、血肉を懸けて作り上げてきた継承者の技の全てが、俺の中で駆け巡 っている。多分、俺は、これを受け取る前より、数段強くなっただろう。 「でも・・・親父は・・・。まだ・・・。」 「心配するな。隠居になっても、やる事はある。継承者が、お前に移ったと言うだ けの話だ。隠居だって、闘えるぞ?」  良かった。親父は、まだ闘う気を失ってはいない。親父が剣の道を諦めるのは、 まだ早過ぎると言う物だ。 「それとな。この二つも、今日から、お前の物だ。失くすんじゃないぞ?」  親父は、巻物と剣を取り出す。これも偉く年代物だ。 「これは?」  俺には、想像もつかない。ただ、物凄い値打ちが、ありそうだとしか感じない。 「この巻物は、天武砕剣術の『秘儀書』だ。本当は、託せる人物を探すのが、真実 なのだが、お前なら、使いこなせる。」  親父は、俺を信頼し切っているんだな・・・。俺って、そんなに凄いんだろうか? ついこの間まで、『絶望の島』で班長をやってたような男なんだぞ? 「信じられないと言う顔をしているな。お前は強い。自信を持て。この私に、ここ まで傷を付けられる人間は、お前だけだ。」  親父は、そう言うと、肩や腹を抑える。それを言われると辛いが、それすらも、 誇りにしろと言うのだろうか?だが、親父の、この期待には応えたかった。 「分かったよ。何処まで出来るか、分からねぇけど・・・やってみるさ。」  俺は天武砕剣術の『秘儀書』を手にとる。すると、今度は、大自然が駆け巡るか のように、穏やかに俺の頭の中に何かが入っていく。これが・・・天武砕剣術。そ うか!これが、天武砕剣術だったのか!! 「その顔を見る限り、天武砕剣術も、受け入れたようだな。私は、時々技を出して いたから、ほとんど、受けた事が、ある技の筈だ。」  親父は、ニヤリと笑う。知らぬ間に、俺は身に食らっていたのか・・・。 「そして、この剣だ。この剣は、天武砕剣術に伝わる『法力(ほうりき)の剣』だ。」  親父の手から『法力の剣』を授かる。この、手に吸い付くような剣は、何だ?そ れに、この剣には、刃先が無い。どうやら闘気で、具現化するタイプの剣のようだ。 古い遺物には、このような剣もあると、聞いた事がある。 「この剣は、ハイム=ジルドラン=カイザードが、使ってた剣として有名なんだ。 その後、実子であるサイジン=ルーンに渡って・・・実は、ここからは歴史にすら 書かれていないのだが・・・勇士ジークの第2子である、ケイン=ユード=ルクト リアが、その後を継いでな・・・。名前をハイム=ケイン=カイザードとして変え て、その跡を継いだんだ。」  とんでもない事実を聞かされる。勇士ジークには、2人子供が居たと言うのは、 エイディ辺りから聞かされていたが、まさか、その一人が天武砕剣術を継いでいて、 改名までしていたとは・・・。 「仕方が無い事だ。私の場合の反対だ。サイジンには、娘が2人しか生まれなかっ たからな。継がせたくても、継がせられなかったのだ。娘の姉の方は、どうやら、 『死角剣』の方を極めたと言う話だけどな。由緒ある天武砕剣術を、絶やさせたく 無かったのだろう。頼み込んで、ケインに継いでもらったと言う経緯があるようだ。」  伝記の時代でも、それなりのゴタゴタがあったようだ。時代によって、悩みは違 う。しかし、その時代を乗り越えてきて、今があるのだ。それを忘れてはならない。 「この剣は、見ての通り、刃先が無い。だが、持つと、吸い付くような感覚が、あ る筈だ。そうなったら、少量の闘気で、剣を具現化出来る。要領は『光砕陣』と同 じだ。少量の闘気で、最大限の威力が発揮出来る。ゼロ・ブレイドも、このタイプ の剣だ。覚えて置くと良い。・・・私にも使えたのだから、お前なら大丈夫だ。」  親父は、剣の説明をしてくれる。結構、便利そうな剣だ。何せ、今は剣を持って いると帯剣法違反(たいけんほういはん)で、逮捕される時代だ。これなら、いざ と言う時だけ、使える。非常に使い勝手が良い。 「しかし、何だって、いきなり、ここまで渡すんだよ。」  俺は、親父に尋ねてみる。親父の事だから、もっと鍛えてから渡されるかと思っ ていた。何より、急すぎる程、物をくれていた。 「渡せる時に渡さないと、後悔してしまうからな。」  親父は、もう後悔したくないのだろう。 「それに・・・明日、発つのだろう?」  親父は、ビックリする事を言う。何故、驚いたかと言うと、こちらの事が、バレ ていたからだ。そう。俺達は、そろそろこの島を出ようと決心していた。 「何で分かったんだ?」 「その遠慮するような目でな。何となく察した。黙って出て行くつもりだろうが、 恐らく、シャドゥ殿にはバレているぞ。ナイア殿にもな。」  親父が言うのだから、間違いないだろう。そして、誰も止めに来ようとしないと 言う事は、納得済みなのだろう。 「この島は、俺にとっちゃ夢のような島だった。そして、体験した事の無い2ヶ月 だった。俺は、この島に感謝し切れない。だけど・・・ここに居ると、絶対セント からの追っ手が来る。この島が、潰されるのだけは、我慢出来ないんだ。」  俺は、正直な気持ちを話した。いくらセントが、この島に気が付いていなくても、 この島に居続けてたら、俺達の存在がバレるだろう。そしてバレた時に、セントが 取る手段など目に見えている。そんな光景だけは、目にしたく無かった。他ならぬ この島が好きだから、去らなければならない。 「お前の考えは、間違っていない。セントの上には奴が居る。他ならぬゼリン=ゼ ムハードがな。2ヶ月経った今、奴は、気が付き始めている頃だ。」  ゼリンは『絶望の島』に、俺達を置いてきたかったぐらい、危険視しているのだ。 ごっそり居なくなって2ヶ月経つ。そろそろ追っ手等も差し向けている頃だろう。 「本当は、親父も連れて行きたかったけど・・・。」 「馬鹿者。余計な心配はするな。お前は、これからの仲間達の事を考えていれば良 い。私も、この体が治ったら、ここを発つつもりで居るしな。」  親父も、やはりこの島を出るつもりでいた。そうだろうと思っていた。 「俺達は、まずガリウロル島に向かう。セントの息が掛かってない、あの島で様子 を見ようと思っている。そこで、色々この世界の事を知っておこうかと思っている んだ。」  俺は、常識も知らない。何せ『絶望の島』で育ったのだ。外の世界の事は、何も 知らない。このソクトアの歴史は深い。それを学ぶのも良いだろう。 「そうか。まぁ、それしかあるまいよ。セントも、あの島なら簡単に刺客を差し向 けたりは、出来んしな。・・・それに・・・。」  親父は、さすがに分かっている。ガリウロル島の自治意識は非常に高い。それに セントからも、かなり離れているので、手を出し難いのが現状なのだ。 「それに?」  俺は、聞き返してみる。 「お前達が、ここに居ると聞いた時から、次は、ガリウロルに行くだろうと、私も 予想していた。」  うわ。さすがだ。読まれてら。親父も、気を使うよなぁ。 「敵わないな。」  俺は、降参のポーズを取る。 「で、親父は、どうするんだ?」 「私は、お前達の後を追う。・・・と、言いたい所だがな。別行動を取らせてもら う。名前を変えて、セントに、潜入するつもりだ。」  親父は大胆な事を言う。セントに潜入するだって?それこそ、自殺行為も良い所 だ。敵の懐に、敢えて入るような物だ。それにセントは、ソーラードームがある。 潜入するのだって、命懸けだ。 「親父は、死ぬつもりなのかよ。これ以上、無理しないでくれよ。」  俺は、つい文句を言ってしまう。そんな危険な事は、さすがに容認出来ない。 「落ち着くんだ。私だって、馬鹿では無い。それにセントには、既に何回か、侵入 している。その手を使って、今回は長期で行くだけの話だ。」  親父は、何か手があるようだった。 「これを見ろ。」  親父は、バッグから何かを取り出す。すると、そこには『セントメトロポリス国 民章』と書かれていた。番号も書いてあるし、名前も違う名前が書いてあった。 「まさか、偽物の国民章とかか?」  考えられない事では無い。偽造して入るのは、確かにありえる手段だろう。 「そんな事をしたら、セントのメインコンピュータから、すぐ割り出されてバレる。 これは、正真正銘、私の国民章だ。」  親父の国民章だと言う。それにしては、名前が違うような気がする。 「これは、私がハイム=ゼハーンド=カイザードを名乗っていた時に、作ってもら った国民章だ。よく見ろ。名前が、ハイムから始まっているだろ?」  親父の言う通りだった。名前の欄には、ハイム=ゼハーンド=カイザードと書い てあった。と言う事は・・・。 「って事は・・・親父は、元はセントメトロポリスに居たのか?」 「そうだ。私は、ユード家に行く前は、セントで暮らしていた。セントには、昔の 我が家も、まだある筈だ。」  何て事だ。親父は、元セントの住民だったとは・・・。 「この国民章を持ってる者に対して、セントは非常に優遇してくれる。心配する事 はない。セントには、1000万を超える人々が住んでいる。ゼリンと言えど、把握し 切れてないのだ。で無ければ、もうこの国民章は、使えなくなってた筈だ。なのに も関わらず、私は、ほんの3ヶ月前にも、一回入れたからな。」  セントは、自国民に対しては、素晴らしく寛大で自由も与えている。国民章を持 っていると言うだけで、他国民より優遇するのである。 「なる程・・・。それなら親父一人の方が、却って安全かも知れないな。」  俺は納得する。ちゃんとした国民章があるのなら、正式に入って、情報を集めた 方が、遥かに効率が良い。 「そういう事だ。ただ、私が調べるのは、トップシークレットに触れる事ばかりだ からな。慎重にやるつもりだ。」  シークレット・・・。そうか。親父が調べる事と言えば、ゼロ・ブレイドの在り 処、ゼリンの居場所、そしてソーラードームの秘密などだ。生半な事で、判明する 事項では無い。 「ま、分かったら、出来る限り詳しく把握して、シャドゥ殿の所に連絡する。ガリ ウロルの裏郵便の住所を書けば、この島に関する郵便が届く事になっている。それ を利用するさ。お前も、シャドゥ殿に連絡先を教えて置けよ。」  親父は、シャドゥさんを通じて、やり取りするらしい。それが一番ベストな方法 だろう。俺は、お尋ね物も良い所だ。そこに直接郵便では、危険過ぎる。俺が送る のも同じだ。シャドゥさんなら、上手い事やってくれるだろう。頼るのは、余り好 ましい事では無いが、そんな事も言ってられない。 「親父。悪いけど、ガリウロルの裏郵便の宛先を、教えてくれるか?」  兎にも角にも、その郵便先が分からなければ、連絡のしようが無い。連絡先を教 えようにも、最初に、何処に住んでいるか、教えなければ話にならない。 「ふむ。郵便先はな・・・。」  親父は、ペンを取り出してサラサラッと、分かり易い字で書いてくれた。幸いに も『絶望の島』でも、郵便制度はあったので、やり方は心得ている。 「あれ?この住所は何だ?」  俺は、郵便先以外の住所を見つける。 「実は、ガリウロルにツテがあってな。ここの家主に、私の事情を話してある。だ から、私の紹介だと言えば、色々助けてくれる筈だ。」  親父は、色々考えてくれてたんだな。これで、断るのも野暮って物だな。 「なる程ね。色々考えてくれてたんだな。助かるよ。」  俺は、この紙を、携帯用のバッグの中の、手帳に挟む。 「レイク。お前こそ、無理はするなよ。まずは外の世界に慣れるんだ。お前が体験 しなきゃならない事は山程ある。この島は、まだ特別な方なんだ。ガリウロルでの 生活。これが恐らく、お前にとって大きな壁になる筈だ。仲間に相談するのも良い。 どんな形でも良い。普通の生活を身に付けろ。」  親父は、心配してくれていた。何せ俺は『絶望の島』と『魔炎島』こと硫黄島し か知らないのだ。ガリウロルみたいな国家を形成している国に、行くのは初めての 事だ。緊張するなと言われれば、ちょっと無理がある。 「俺は、俺なりの生き方を見つけるさ。親父こそ、無理しないでくれよ。」 「お前に言われるまでも無い。緊張しているのは、お互い一緒だ。」  余裕そうに答えている親父でも、緊張はしているのだろう。親父は、セントでの 潜入生活。俺は初めての国家での生活。それぞれ大きな意味を持つに違いないのだ。 「せっかく親と子として会えたのにな。済まんな。こんな早く、別行動になってし まってな。・・・だが忘れるな。お前の事を忘れた事は一度も無い。これからもだ。」  親父・・・。そうだな。親父にとって、それが支えになってるんなら、俺だって 言う事は無い。これから、いくらだって、支えになってやりたい気分だ。 「俺も親父の事は、朧気ながら、覚えていた。これからは忘れない。親父は一人で 頑張ってるだなんて、もう思わないでくれ。俺の力が必要なら、存分に言ってくれ。」  俺は、正直な気持ちを答えた。親父の役に立ちたい。これまで頑張ってきた親父 を楽をさせたいんだ。 「フッ。お互いに相手に心配からとはな。これでは、ファリア殿に親子そっくりだ と言われてしまう訳だな。」  親父は、嬉しそうに話す。まぁ俺も親父も、筋金入りの仲間想いだ。自分より、 仲間を優先してしまうのは、血のなせる業なのだろうか? 「じゃ、そろそろ俺の用事は終わりだ。親父は、しっかり休んで、体を治してくれ。」 「そうだな・・・。っと、そうだ。忘れていた。」  親父は、またバッグの中を漁る。まだ何かあるのだろうか?すると、そこからは 凄い輝きを放った宝石が出てきた。眩しい程だ。 「コイツは何だ?親父が宝石に興味あるとは、思えないけど・・・。」  それにしても凄い。緑色に光っているのだが、尋常では無い。昔テレビで見たエ メラルドが、こう言う輝きをする筈だが、ここまで光っているのは見た事が無い。 「只の宝石じゃあない。これは、連絡用の宝石だ。コイツに、闘気なり魔力なりを 込めると、ある人物が、この宝石の在り処に気が付く。その人物は、必ずや、お前 の力になってくれる筈だ。」  ある人物ねぇ・・・。でも、これに似た輝きを持つ人に、出会った事があるよう な気がした。一回だけしか会ってないが、強烈に印象に残っている・・・。 「そっか・・・。あの人か。」  俺は、答えに辿り着いた。だが、正体を知った以上、易々と呼べる相手では無い 事も分かった。あの人は・・・ちょっと特別過ぎる。本当に困った時や、呼ばなけ れば解決出来ない時などに、呼ぶ事にしよう。  俺は光り輝くエメラルドを、バッグに仕舞うと、ふとした事を思いつく。 「・・・なぁ親父。俺は、今の世の中にとっては、邪魔なのかな?」  俺は、丁度疑問に思っていた所だ。不平等な世の中ではあるが、今の世の中は、 それなりに成り立っている。俺が、何かをする事で、それが壊れるのなら、ゼリン の言う通り、俺は不要分子でしか無い。 「難しい質問だな。是とも否とも言い難い。だが、疑問に思ったのなら、行ってみ ると良い。ガリウロルでの滞在が終わったら、大陸を見てくると良い。セント以外 の国ならば、行ける筈だ。そこで現状を見てくれば、自ずと答えが出るだろうよ。」  親父は、俺の質問は、他人が出す物じゃないと思ったらしい。いや、親父の言う 通りだ。自分自身の目で確かめて、俺の存在価値を見出すしか無い。全部知った上 で、自分の位置を把握しなければならない。そう簡単に出る答えじゃ無かった。 「あまり難しく考えるな。私もお前も、今は生きているのだ。生きてやらなければ いけない事と、やりたい事を見つけて進めば良い。私は、やらなければいけない事 の方が多かっただけの話だ。何かが見つかるさ。他ならぬお前ならば、きっとな。」  親父は、応援してくれた。どんな生き方でも応援してくれる。親父は、そのつも りだった。有難い。自分を肯定してくれる存在が、こんなに有難い物だったとは、 思わなかった。その存在に気付かせてくれたのは・・・ファリアだ。彼女と会って から、全てが変わった。  最初は、互いに取るに足らない存在だった。ファリアにとっては、自分を襲うか も知れない敵。俺にとっては、只の新入りだった。だが、日が経つに連れて、ファ リアは、俺の中で大きくなった。それは、共感出来る部分が多かったからかも知れ ない。そして、ファリアの性格が気に入ったと言うのもあった。ファリアの、物怖 じしない性格と、物事に対して納得行くまで話す、あの性格は、俺にとって、斬新 だった。そこに俺は、惹かれた。もちろんグリードやエイディ、そしてジェイルは、 俺にとって、掛け替えの無い仲間だ。だがファリアは、只の仲間じゃない。俺の全 てを理解してくれる存在だった。アイツは、俺の過去を知らない内から、俺を知ろ うとした。そして、知っても尚、受け入れてくれた。その上で、俺と恋人になりた いと言ってくれた。俺からしてみれば、もったいないくらいだ。今、親父やシャド ゥさん、ナイアさんなどと気軽に話す事が出来るのは、ファリアの存在が大きい。 「親父。母さんって、どんな人だったか、教えてもらって良いか?」 「シーリスか。彼女は、私にとって全てだった。彼女は、私の全てを受け入れてく れた。病気になる前は、剣術も、結構な腕前だったな。自分で言った事は、絶対曲 げない信念も持っていた・・・。亡くなってしまった今でも、私は、シーリスを愛 している。」  親父は、淀みなく答えた。母さんは、幸せだったのかも知れないな。親父に、こ れだけ想われてるんだからな。ただ、俺の姿を、見せたかったな・・・。 「レイク。ファリア殿と婚約でもしたのなら、連絡を寄越すのだぞ?」  俺は、顔が真っ赤になって、吹き出しそうになった。ちょっと咽てしまう。 「・・・今更、隠そうとしても無駄?」 「当たり前だ。お前もファリア殿も、すぐ顔に出る。恋仲な事くらい分からないと でも思ったか?それにファリア殿なら、私も安心してレイクを任せられる。」  親父は口元を吊り上げて、からかう。やっぱりバレバレだったか・・・。そんな に素振り見せた覚えは、無いんだけどなぁ・・・。ああ。でも、時々、互いの目を 見たり、笑いあったりしてたような・・・。 「分かったよ・・・。でも、当分先だぜ?まだ、そんな余裕無いんだからな。」  俺は、もう否定するのを止めた。した所で、無駄だと分かってたからだ。 「心得た。・・・さて、そろそろ休むとしよう。じゃ、また会う時まで、達者でな。」  親父は別れの挨拶をする。親父は、明日、俺が出る時間に、起きられない事が分 かっているのだ。それくらい体を休めなきゃ駄目なのだ。なので、別れの挨拶をし たのだろう。 「今度会う時は、もっと腕を上げてるからな。その時は、勝負しようぜ。・・・じ ゃあ、またな!親父!」  俺も、辛気臭い別れ方は好きでは無かったので、憂いの無いように務めながら、 親父に声を掛けて部屋を出た。  色々と話が聞けた。何よりもスッキリした。生まれの事や、様々な遺物の由来な ども聞けて、安心した。これで、俺はレイク=ユード=ルクトリアとして名乗って いける。最も、余り目立ち過ぎるのも良くないので、しばらくは、レイク=ユード と名乗る事にしようと思っている。ユードと言う名前は、結構ポピュラーな名前な ので、そう目立つ事も無い。  これで旅立つ準備は、出来た。  これからの人生に、期待が高まる。  だが、それ以上に不安が高まる。  こう言う事を経て、人生は成り立っていくのだろう。  まずは、前に進もう。  それから出来る事は、いっぱいある筈なのだから・・・。  生きていれば、出会いと言う物は、必ずやって来る。  そして、同時に別れもやって来る。  獄島に住んできた俺にとって、生活すると言う事は、夢だった。  その夢を、この島では、存分に味あわせてくれた。  その島が、人間から忘れ去られた島であろうとも・・・。  俺にとっては、最高の島だったと胸を張って言える。  俺は、この島で第2の人生の始まりを体験した。  そして、これからの新しい人生の糧になろう。  ここでの生活は、俺に夢を与えてくれた。  何もかもが、有難い。  いつか、感謝を返したい。  それが、異種であっても関係ない事だ。  俺は、それを心に誓っていた。  魔族・・・俺にとっては、掛け替えの無い仲間達だ。  仲間達には、礼で返そう。  それが俺の誓い・・・。  そして、目覚めはやってくる。何故だろう。今日だけは、何故か、いつもより早 く起きる事が出来た。目が覚めたのだから、仕方が無い。気持ちが昂ぶってるせい なのかも知れない。俺は手早く着替えると、こっそり、纏めてある荷物を、いつで も持ち出せるように、部屋の扉の近くに置いた。  そして扉を開けて、朝食を取りに行こうとすると、廊下には、既に、いつもの面 子が顔を揃えていた。昨日、結婚式が終わった時点で、ガリウロルに向かう事を話 したら、皆は反対した。出て行く理由が無いからだ。だが、俺は、これ以上シャド ゥさんの所に居たら、前に進めなくなると思っていた。俺達は、ここで色んな事を 学んだ。だからこそ、それを活かせる所に行かなければならないのだ。それを、説 明すると、真っ先に賛同したのは、ファリアだった。  一番反対してくると思ったので、意外だった。だが、ファリアは言った。 『ゼハーンさんと言う親が見つかって、一番滞在したい筈のレイクが、今よりも上 を求めて出て行くと判断したのなら・・・私は従う。』・・・と。  ファリアだって出たくない筈だ。親友とさえ言えるナイアさんとの別れは辛い筈 だ。しかし、そんな事は、おくびにも出さなかった。強いんだな・・・って思う。 ファリアに、そこまで言われたら、エイディもグリードも、反対する理由は無いみ たいだ。寧ろ俺やファリアに気を使ってたらしく、本当に、それで良いのか聞いて きた。だが、俺は決心を違える事は無い。親父は、俺に外の世界で、羽ばたけと言 った。ならば、その想いを受け継いで、思う存分羽ばたかなければ、ならない。  ただ、シャドゥさんやナイアさんに知らせるのは、どうしても辛くて、出来なか った。ファリアも同じみたいで、ナイアさんには、知らせてないようだ。  俺達は、仕方無いので今日、言う事にした。皆で揃って、礼を言って出ようと決 めたのだ。どうせ眠れなかったので、丁度良い。  俺達は、下に降りる。すると、既に朝食が出来ていたようで、凄く良い匂いがし た。この匂いとも、おさらばか・・・。 「おはよう御座・・・。」  俺は挨拶しようと思って周りを見た。すると、シャドゥさんが既に座っていて、 ナイアさんが寄り添うように立っていた。そして言葉を失ったのは、ここからだ。 何とジェシーさんが、脇に立っていたのだ。 「お早い起床だね?少しばっかり待っちまったよ。」  ジェシーさんは、事も無げに話しかけてくる。 「ど、どうしてジェシーさんが?」  グリードも、驚いているようだ。 「私がお呼びしました。ジェシー様だって、ちゃんとした別れがしたい筈ですから。」  ナイアさんはニッコリ笑う。ああ・・・。そうか。この人は、全部分かっていた んだな。だからジェシーさんも呼んで、ご馳走まで作って・・・。シャドゥさんも 平然としていたが、分かっていたのだろう。叶わないな・・・。 「静かに出ようなんて・・・無理だったかしらね。」  ファリアは、観念したようだ。最もこの方が、憂いが無くて良いかもしれない。 「ファリア様は、顔に出易いですからね。案の定、調べてみたら旅支度してらした。 シャドゥ様とご相談して、ジェシー様を、お呼びする事にしたのです。」  ナイアさんは、全て分かった上で笑顔で居た。俺達に対して、別れの涙は良くな いと思ったのだろう。 「アタシに黙って出ようだなんて、ムシが良過ぎるよ。大体どうやって出ようと思 ったんだい?あの樽の船かい?」  ジェシーさんは、俺達が来た時に使った樽で出来た船・・・まぁ筏の事を言った。 「そのつもりでしたけど・・・。」 「やーーっぱりね。アンタら、この辺の海の、今の時期を舐め過ぎだよ。エイディ だったら分かってるだろうけどね。今は南半球は、とても暑い時期なんだ。嵐の量 は、半端じゃあ無いんだよ。それを、あんな筏で渡ろうだなんて、恐ろしくて、見 てらんないよ。だからね。良い物を、貸してやる事にしたのさ。」  ジェシーさんは、ニッコリ笑う。そして表を指差す。俺達は、一斉に外に出てみ た。シャドゥさんの家から、停泊所までは、すぐだ。なので一目で分かった。 「こ、こ、これ!?」  グリードは、余りの事にビックリする。かなり大型のクルーザーだった。これな ら、ちょっと位の嵐に、負けはしないだろう。それに、これなら、荷物もかなり積 めるだろう。ジェシーさんは、どうやって運んだのだろうか?・・・あ。そうか。 転移の魔法で送ったんだな・・・。とんでもない事を、してくれる。 「こんな・・・悪いですよ。」  俺は、こんな凄い物、ちょっともらえないと思った。 「良いから使いなよ。どうせ、私は使わないんだ。それに、貸すだけなんだし、ち ゃんと、返してもらうんだからね。」  ジェシーさんは、背中を叩いてくる。・・・貸すって言う表現が、ジェシーさん らしい。つまり返しに、ここに戻って来いと、敢えて言っているのだ。 「レイク。借りようぜ。せっかくの厚意だ。受け取らない方が、失礼ってもんだ。」  エイディは乗り気だ。でも、確かにここまで用意してもらって、断るのも失礼だ。 「分かりました。お借りします。でも、操縦が出来る奴、居ませんよ?」  俺は、一抹の不安を口にする。 「問題ねぇ。俺が運転出来る。このクルーザー、前に出た、ルクトリア型と一緒だ ろ?それなら、何度か運転した事がある。」  エイディは、意外な所で、結構器用だ。こう言う計器類に強いのは、正直助かる。 「エイディ。ヘマするんじゃないよ。」  ジェシーさんは、軽口を叩く。 「任せとけよ。こう見えても、本番には強い方なんだぜ?」  エイディは、いつになく饒舌だ。それが凄く自然なように見えてくる。 「それだと良いけどね。この前みたいな無茶したら、ただじゃ置かないからね。」  ジェシーさんは、エイディが前に無茶をした航海の事を言っているのだろう。結 構、本気のようだ。目が笑っていない。 「何のために、ここで修行したと思ってるんだ?大丈夫だよ。」  エイディは、ジェシーさんとは、いつの間にかタメ口だ。 「シャドゥさん。エイディの奴、何で、あんなに強気なんだ?」  俺は、シャドゥさんに尋ねてみる。エイディの奴、ジェシーさんに、随分強気な 発言を繰り返している。 「ジェシー様の要望のようです。・・・やっぱり、あの方の面影があるから、対等 に話したいんだとか・・・。あんな嬉しそうな、やり取りをするジェシー様を、私 は止められませんよ。」  シャドゥさんは、どうやら事情を知っているらしい。そうか。エイディは、エル ディス=ローンの血を受け継いでいるし、レイリーとも、似てるって話だったな。 ジェシーさんにとっちゃ、あの頃に戻ったようで、嬉しいのかも知れないな。 「ファリア様。この携帯電話を、お持ちになって下さい。」  お?携帯電話だって?初めて聞いたぞ。 「へぇ・・・。これ結構、最新式のじゃ無い。良いの?この島じゃ、滅多に手に入 らないでしょ?セントでは、結構頻繁に、出回ってたけどね。」  ファリアは、簡単に開けてみて、具合を確かめている。相当慣れてるな・・・。 「ファリア。携帯電話って・・・これ、電話なのか!?」  俺はビックリする。結構小さい。手の平サイズじゃないか。こんなんで、電話の 機能が付いてるのかよ。『絶望の島』じゃあ、島主の部屋くらいしか無かったぞ? 電話自体が・・・。こんなんで、本当に通じるのかよ。 「まぁ、レイクじゃ仕方ないか・・・。今セントで、急速に広がりつつある携帯電 話よ。やっと中流層でも、手が出せる値段になってきたのよ。ガリウロルでも、か なり電線が広がってるらしいから、電波状況は、心配ないわね。」  ファリアは、フムフムと納得しながら、携帯電話を弄っていた。 「ああ。一応、この島はセントに知られないために、電波分散させる霧を放ってる から、繋がるのは、アタシのとこと、シャドゥの所だけだからね。」  そりゃそうだ。セントに、この島の事を、大っぴらに知られてはいけない。電波 妨害くらいしないと、盗聴され兼ねない。 「電話番号は、その携帯電話に登録してあります。ジェシー様と・・・うちだけで すけどね。電波防御は、しっかりしているから、安心して掛けて下さい。」  ナイアさんは、一瞬戸惑ったが、『うち』と言った。もう、シャドゥさんだけの 家では無い事を強調させるためだろう。 「ははっ。そうね。使わせてもらうわ。」  ファリアは、嬉しそうだった。そういや、電話があるなら、郵便なんて、使う必 要が無いのかもな・・・ってそうか・・・。親父の事だ。それすら頭に無いって事 は、携帯電話は勿論の事、電話も、余り使えないんだろうなぁ・・・。  しかし、あんなちっこいのが電話の代わりになるなんて・・・化学も、捨てた物 じゃないな。悪い事だけじゃあ無いんだよな。便利になった物も、あるんだよな。 グゥゥゥゥゥゥ・・・ っと・・・話し込んでたら、お腹が減ってきたな。そう言えば朝を何も食べてない。 「あ。朝食摂ってからに、しましょう!」  ナイアさんは、すかさず家に戻ると、料理が冷めてないか、点検している。手早 いなぁ。さすがとしか、言いようが無い。 「アタシも、ご相伴に預かるよ。」  ジェシーさんも、一緒に食べるようだ。 「私の食事が、お気に召すと良いのですが・・・。」  ナイアさんは、不安そうだ。ジェシーさんは、この島の盟主だ。やはり緊張する のかも知れない。  そして、いざ食事になってみると、ジェシーさんは、女性か?と思う程、モリモ リ食べていた。フムフムと相槌を打ちながら、口の中に物を運ぶ。 「あー・・・。うん!ナイア!お替りもらえるかい?」  ジェシーさんは、実に気持ち良く食事を口にする。俺達より豪快に食べるなぁ。 「負けてられないな。ナイアさん。俺も、もう一杯くれ!」  エイディは、味わいながら食べていたが、ジェシーさんに釣られて、モリモリ食 べ始めた。グリードまで『やっぱうめーや。』とか言いながら、結構な量を食べて いる。まぁ俺もなんだけどね。ナイアさんのご飯は、安心するって言うか、和むん だよなぁ。途中で、ファリアが呆れた表情をしながら、皆のご飯を盛り始める。 「アンタらねぇ・・・。ナイアさんが食べられないでしょう?全く。」  ファリアは、文句を言いながら、ご飯を盛ってくれた。 「私でしたら、後でも・・・。」 「駄目よ!ナイアさん自身が食べてくれないと、私が安心出来ないの。」  ナイアさんが、言い切る前に口を塞ぐ。ファリアは、手伝うと決めたのだろう。 こうなると、ファリアはテコでも動かない。全く、素直じゃないって言うか・・・。 「ファリア様には、敵いませんね。」  ナイアさんは、ファリアに最上級の笑みを送る。すると、ファリアは、ちょっと 目を逸らす。何だか照れているようだ。照れるくらいなら、やらなければ良いのに。 「しかし、今日の刺身は、美味いな。獲れたてのハゼだろ?これ。」  エイディは、刺身を掻い摘んで言う。確かにコリコリしていて絶品だ。こんなの 滅多に食える物じゃない。俺達が洋上で取れた時も、ここまで上手く捌けなかった。 「アタシも、ただのご相伴に預かるだけのつもりだったんだけどね。こりゃ感服物 だね。いやぁ、シャドゥの嫁だけはある。」  ジェシーさんは、本当に美味かったらしく、ウンウンと頷いていた。しかし、シ ャドゥさんの皿だけ、別扱いになっていた。見ると、ワサビの量が、半端では無か った。なんだあれは・・・。シャドゥさんのだけ、俺達の3倍くらいワサビが、入 ってるぞ。いや、それだけじゃない。シャドゥさんのメニューだけ、どの品も赤み 掛かっている。唐辛子を、良く使っている証拠だろう。まぁ、いつも見た風景とは 言え、相変わらず辛党なようだ。ジェシーさんも、分かっているのか呆れている。 「シャドゥだけ、別扱い。か・・・。まぁ、そうならざるを得ないのさね。」  ジェシーさんも、ご存知のようだ。シャドゥさんが、如何に辛党であるかを。 「そんなに、私のは特殊なのですか?自覚は無いのですが・・・。」  シャドゥさんは、顎に手を掛けて考え込む。皆が皆、同じ反応をするからだろう。 でも、初めて見た人は、ビックリするのは当然だろう。 「自覚が無い・・・か。とっくに幸せ者だったって訳か。」  ジェシーさんは呆れていた。シャドゥさんだけ別メニュー。しかも皆のグレード に合わせてと言うのが、どれだけ大変な事か・・・。それをナイアさんは、文句一 つも言わずに、200年も作り続けてきたのだ。それも、シャドゥさんの食べる量 を全て計算した上でだ。とっくに、シャドゥさんに似合う相手が、ナイアさんしか 居なかったと言う訳である。他の女性じゃ、こうは行くまい。  そうこうしてる内に、食事は終わった。やっぱりナイアさんの食事は美味しい。 この味に慣れ始めてきただけに、少し寂しい物があった。 「これからの予定を、聞いて置こうか?」  ジェシーさんが口を開く。まぁ行く事がバレてるなら、隠したって仕方が無いだ ろう。俺は、昨日、親父と話した事を少しずつ話していった。親父が、どう言う予 定なのかも話しておいた。 「ふーん。セントね。そりゃ、正解かも知れないね。あそこに入る手段が、あるの なら、内部から調べた方が都合の良い事は、いっぱいある。何せ、ソーラードーム ってのは、かなりの曲者だからね。アタシやアイツ等が手を拱く程だからね。」  ジェシーさんは、少し忌々しいと思ったのか、顔を顰めて話す。ソーラードーム は、とてつもない力が隠されているに違いないのだ。それを解明するためには、中 から調べなきゃならないだろう。ちなみにアイツ等と言うのは、あの、とてつもな いインパクトを残した、2人の事だろう。 「ただゼハーンには、アタシの方からも、無理しないよう言っとくよ。事が事だけ に、慎重にやらなきゃいけない筈さね。」 「それは、本当に助かります。」  俺は、素直に答えた。親父はすぐに無理をする。するなと言っても無理をするよ うな性質だ。だが、ジェシーさんの言葉なら、多少制御も掛かると言う物だろう。 「ま、俺達の予定は、特に無いんだがな。敢えて言うなら、定住出来る程の力を付 けなきゃならんって所か。」  エイディは、あっけらかんと話す。まぁ言ってる事は間違いじゃあない。まずガ リウロルでは、自分達の生活をしなければならない。 「生活ねぇ・・・。なら、ガリウロルの西の都といわれるサキョウを目指すんだね。 東は首都のアズマがあるけど、あそこは、止めた方が良い。」  ジェシーさんは、助言してくれた。しかし何故、首都に行ってはいけないのか? 「どうしてって顔してるね。説明してやんなシャドゥ。アンタの方が詳しいだろ?」  ジェシーさんは、シャドゥさんに話を振る。 「分かりました。・・・そうですね。ただ滞在するだけなら、アズマでも問題は無 いんです。でもレイク殿達は、生活をなされるのでしょう?そうなると、ガリウロ ルでも、市民権と言う物が存在します。それを獲得しなければなりません。」  シャドゥさんは説明してくれる。市民権ねぇ。俺には無縁だった物だな。だが、 他の皆は分かっているらしく、考え込んでいるようだ。 「レイク殿。今のソクトアでは、住居を取得するには、必ず市民になるための手続 きが必要なのです。国家を成り立たせるのは、国民の税金であるように、その町に 住むためには、市民となって、市へ税金を納めなければなりません。」  シャドゥさんは図に描いてくれた。まず大きく円を描く。そこに『国家』と書か れていた。そして『国家=ガリウロル』を書いた。なる程、分かり易い。そして、 その後に中に小さな円を2つ程書く。その円の中に『市』と書く。その後に、更に 『市=サキョウ(例)』と書く。 「市は、サキョウやアズマだけではありません。ガリウロルには、3つの大きい都 市があります。北の都にテンマと言う都市が有名です。他にも、市と呼ばれる所は、 十数個あるので、全部覚えろとは言いませんが、首都アズマと、西のサキョウ、北 のテンマは、覚えて置いた方が良いでしょう。」  シャドゥさんは、国家の説明で書いた図の横に、簡易的なガリウロルの国の形を 書いて、3つの大都市が何処に位置するのか、簡単な図を書いてくれた。 「で、この市の中で生活するとなれば、当然、市民権を得なければ生活していると は言えません。生活すると言うからには、必ず、市民権を取って下さい。」  シャドゥさんは、そう言うと、小さな円の中に黒い丸を付けて、黒い丸に『市民』 と書いた。なる程。市民になる事で、市を形成して言って、市で集めた金の一部を 税金として納める事で、国家が成り立つと言う訳か。 「ありがとう。シャドゥさん。」 「ホント役立ったぜ。それ、クルーザーの上で、俺がレイクに説明しようと思って いた内容だ。骨が折れると思っていた所だぜ。」  エイディが、ニヤリと笑いながら俺の肩を叩く。そう言えば・・・昨日、船上で 説明しなきゃならねぇ事もあるから、覚悟しとけとか言ってた気がする。 「エイディ様が、言うおつもりでしたか。それならば、安心でしたな。」 「ハハッ。構いませんよ。それより俺は、アズマに行く予定だった。何せこの島か ら近いのは、アズマの方だしな。何でサキョウが、お勧めなんだ?」  エイディが、そっちの説明を求める。そう言えば聞いていない。 「それは、市民権の獲得について、アズマでは問題があるからです。」  シャドゥさんは一息吐く。どうやら、余り良い問題では無いらしい。 「俺は、ガリウロルの国の事情までは知らない。良かったら、教えて下さい。」  エイディは尋ねてみた。エイディは、知識はあるようだが、事情や細かい問題な どは、余り知らないようだ。 「分かりました。まず第一に、アズマでは外国人での扱いが、余り良くありません。 ガリウロル人以外で、市民権を発行すると言う事は極稀です。ガリウロルでは、セ ントの影響が少ない。それは、セントの影響だけでは無く、ソクトア全体の影響を 受けないように、やってきた経緯があります。今でこそ、セントの良い所をどんど ん取り入れて、近代的な発展を遂げていますが、それまで、封建的に国家を運営さ せてきた歴史があるのです。その考えが根強いせいか、外国人に市民権を与えると 言うリスクは背負おうと、しないでしょう。この島が、セントにバレずにしようと しているのと同じです。他の者を引き入れるのは、並大抵のリスクでは無い筈です。」  シャドゥさんが説明する。しかし考えてみれば、その封建的な考えのおかげで、 セントを、ずっと警戒をしてきて、セントの支配を逃れているのだ。その判断は、 英断と言えるのかも知れない。ただ、寂しい考え方だとは思った。 「なる程な・・・。まぁ分からなくも無い話だ。だが、それだけじゃないって顔で すね。ついでに、教えてくれませんか?」  エイディは、シャドゥさんが第一にと言った事を覚えていたのだろう。 「2つ目は簡単です。アズマは首都です。しかも、ソクトア大陸に一番近いのもア ズマです。セントの外交官なども、アズマに住んでいます。これだけ言えば、分か りますね?」  シャドゥさんは、エイディを見る。エイディは溜め息を吐いた。どうやら分かっ たらしい。そういえば、ガリウロルは『く』の字を、少し倒したような形をしてい る。その先端がアズマで、折れ曲がる所がサキョウ、てっぺんがテンマだったか。 「つまりは、俺達自身が、問題って訳だな。アズマで取得すると、すぐにセントに 俺達の事が、バレちまうって訳だ。」  エイディが呆れたように手を広げる。なる程ね。『絶望の島』からの追っ手は、 なるべく避けた方が良い。そのためには、アズマで生活してると、すぐに身元が割 れてしまうと言う訳だ。俺達も、中々厄介な立場である。 「ご名答です。・・・一方でサキョウなんですが、ここは良い所です。首都から結 構遠くにあるせいか、アズマとは違う文化が根付いていると言われています。アズ マより先に、ソクトア大陸と貿易していたと言う事実もあります。」  へぇ。わざわざ遠いのに、貿易が盛んだったと言うのは驚愕だな。 「それだけ、サキョウの方が自由な印象が多いんです。それ故に、外国人だからと 言って、市民権を拒む事は余りありません。ただし、通常より手続きが必要ですけ どね。基本的には、市民を登録するためのお金と、定住する場所の提示、職業の提 示、外国人なら、元の国の提示が求められます。ただし、一々全部、確かめる訳で はありません。基本的にプサグル、ルクトリア、デルルツィア辺りを書いて置けば 大丈夫です。セントだけは、止めた方が良いですけどね。セントの場合だけ、セン トの住民章の提示を求められますから。」  シャドゥさんは、サキョウの印象について語ってくれた。しかしセントの住民章 の提示となると、ファリアなどは持っていても、出したら一発で身元が割れてしま うって訳か。それは確かに、拙いかも知れない。つくづく俺達って、お尋ね者なん だなぁとか、思ってしまう。 「なる程ね。まぁ俺は正直に、パーズ人と言えば良いし、グリードも、正直にルク トリア人と言えば大丈夫だ。問題は、ファリアとレイクか・・・。ユードの名前は ルクトリアにも多い名前だし、レイクはルクトリア人だな。ファリアは・・・。」  エイディが、ふーむと考えながら話し込む。まぁこういう所は、エイディに任せ て置いた方が、安心かも知れない。 「そう言えば、エイディってパーズ人だったっけか?」 「おいおい。俺は元々パーズ人だよ。ガリウロルに、前移住した時だって、パーズ 人で通っていたんだからな。そんな質問するなっての。」  エイディは、俺に文句を言ってきた。そう言えば、ローンと言う名前は、パーズ に多いって、エイディも言ってたっけか。 「私は、プサグル人と名乗るわ。母の生まれ故郷は、セントとプサグルの国境付近 だったしね。あの辺にも、ルーンの名前は多いと聞いてるわ。」  ファリアは、プサグル人と名乗る事を決めたようだ。まぁ無難な理由だろう。 「そう言えば、親父から、こんなメモを貰ったんだが?」  俺は、メモをシャドゥさんや、ジェシーさんに見せる。 「何だ。紹介があるのかい?手回しが良いじゃないか。ゼハーンも。」  ジェシーさんは、意外そうな顔をしていた。 「この住所は・・・サキョウの名門の、天神家じゃないでしょうか?」  シャドゥさんは知っているようだ。 「確か最近、凄い勢いで伸びて来ている名門ですよ。そんな方と知り合いだったと は・・・ゼハーン殿も顔が広いのですな。」  シャドゥさんの口振りから言って、相当な名門の家みたいだ。 「まぁ正直、最初から手続きするのは、大変だし、頼った方が賢明だと思うさね。」  ジェシーさんも、異議は無いようだ。まぁ俺達は、手続きとか苦手だしな・・・。 「決まりのようですね。サキョウへの航海地図を渡して置きましょう。今の時期の 嵐も計算に入れての、航海地図です。」  シャドゥさんは、エイディに航海専用の地図を渡す。エイディは、真剣な顔で、 地図に目を通していた。しかし、何から何まで悪いくらいである。 「こりゃ黙って行くなんて、お門違いだったな。相談して正解だったぜ。」  エイディは地図に目を通して、脂汗を流す。どうやら最初に通ろうと思ってた航 路は、相当危なかったようだ。 「じゃ、そろそろだな。」  俺達は、時間を見る。確かに良い時間だ。荷物は、既に纏めてある。取りに行こ うと思ったら、既に用意されていた。 「あれ?あ!!」  俺達は、忘れていた。他に挨拶すべき者を・・・。 「サンキューな。パステル。お前が、居たんだったよな。」  そう。パステルが、既に荷物を取りに言っていたのだ。しかもナイアさんの指示 じゃない。自分の意思で、荷物を運んでくれたのだった。 「よーし。せっかくだし、写真を撮って置くよ!」  ジェシーさんは、玄関を出て、外に三角立てを用意しておく。最初から、そのつ もりだったのだろう。カメラも、結構良い物を用意していた。 「よーし!じゃぁ、並んで並んで!」  ジェシーさんは、上手く撮ろうと調整していた。 「ジェシー殿!・・・私も、入りますかな?」  何と、上から声がした。その声を聞いて、ジェシーさんは呆れる。 「アンタ・・・全く、無理するなと散々言われてるのに。仕方の無い男だねぇ。調 整してやるよ!!その窓からだろ?」  ジェシーさんは、写してやる事にした。その相手とは、勿論、親父の事だった。 「寝てろって言っただろう?・・・全く・・・。」  俺も呆れてしまう。まぁ良い時間になったし、目が覚めたのだろう。そうしたら ジェシーさんがカメラの用意をしている。そこまでくれば、親父だって、何をする かくらい想像付いたのだろう。親父の部屋が、玄関の真上なのが幸いした。 「よーし!ピントは、バッチリさね。」  ジェシーさんは、全員が写るようにバッチリ調整した。真ん中は、シャドゥさん とナイアさんだ。そして段差の上で、俺とファリアが真ん中に居る。そして俺の横 に、グリード。ファリアの隣に、エイディが居る。そして段差の下でナイアさんの 隣にはパステルが座っていた。と言う事は、シャドゥさんの隣にジェシーさんが入 るつもりなのだろう。そして窓の上に、親父だ。 「よし!後は、このボタンを押すだけさね。」  ジェシーさんは、遠隔操作用のボタンを持ってくると、素早くシャドゥさんの隣 に入る。そして皆との距離を合わせる。 「よーし!じゃぁ撮るよ!皆、笑顔で頼むよ!1、2の3!」  ジェシーさんのカウントと共に、最高の笑顔を送る。新しい門出だ。そして皆が、 祝福してくれる。困難な道かも知れないけど、俺は、堪らなく嬉しかった。その気 持ちを、前面に押し出したつもりだ。そう思ってる内に、カメラのシャッターは切 られたようだ。そして間髪入れずに、もう一枚撮ったようだ。 「よーし。じゃぁ、写真が出来たら、送るよ。この住所で良いんだね?」  ジェシーさんは、俺の肩を叩く。 「そうですね。親父の紹介ですしね。写真の件は、お願いします!」 「それで良い。ああ。それと、この写真、あんま見せるんじゃないよ?もし見られ たら、ええーと、何だっけ?」  ジェシーさんは、言葉が思い付かないようだ。 「コスプレしてると言えば、通じますわ。ですね?ジェシー様。」  ナイアさんが、クスッと笑う。コスプレ? 「そう!それそれ。さすが、良く知ってるねー。」  ジェシーさんは、ナイアさんを褒める。ところでコスプレって何だ? 「なぁ、ファリア。コスプレって何?」 「ノーコメントよ。ナイアさんたら・・・マニアック・・・。」  ファリアは、知っているようだった。しかし、顔がどこか赤い。何か、恥ずかし い事なんだろうか?うーーん。奥が深そうだ。 「何だか、良く分からないけど、そう言っときゃ良いんですね。」  俺は、イマイチ良く分からないが、とりあえず指示に従う事にした。 「君にも、その内分かるさ。ハッハッハ。」  シャドゥさんは、からかうように俺の肩を叩く。何なんだろうか?上で親父は呆 れていた。グリードも、イマイチ良く分かってないようだった。エイディは、ゲラ ゲラ笑っていた。何か知ってそうだが、からかわれそうな予感がするなぁ。 「よし!じゃあ行って来な!半端な事すんじゃないよ!」  ジェシーさんは、これ以上無い発破を送る。相変わらず、気持ちの良い事を言っ てくる。やる気が出てくる。 「昨日も言ったが、また会う時まで、無理するでないぞ!」  親父が、窓から声を掛けてくる。自分の事を棚に上げて、良く言うぜ。でも、気 持ちだけは貰っておいた。 「レイク殿。ファリア殿。グリード殿。そしてエイディ様。私は、貴方達と言う人 間が居た事を、生涯忘れぬ。私が人間を認めたとしたら、貴方達の影響だと思って 戴きたい。」  シャドゥさんは最大の賛辞を送ってくる。最初は、人間を敵としか見なして無か ったシャドゥさんにとって、俺達は、それ程、特別な存在になったのだろう。何だ か照れ臭くなった。 「皆様ー!また来てくださいね!それと、ファリア様!お電話待ってますよー。」  ナイアさんは最後まで笑顔で居た。涙は、絶対見せないつもりなのだろう。あの 涙脆かったナイアさんがだ・・・。それとパステルが、いつまでもこっちを見て、 尻尾を振り続けている。 「絶対電話するから、そっちこそ出ないなんて無しよ?じゃぁ頑張りまーす!!」  ファリアらしい元気な挨拶をする。そして、クルーザーに乗り込む。 「この島で、俺は成長しました。この恩は忘れはしませんぜ!この島は、俺の第2 の故郷だぜ!よっしゃ!行って来るぜぇ!!」  グリードは、珍しく一礼すると、気合を入れてクルーザーに乗り込む。 「ま、適度に頑張ってくるからよ。応援頼むぜ?じゃあな!」  エイディは、親指を立てて挨拶すると、さっさとクルーザーに乗り込む。 「色々あったけど・・・。楽しかった!俺は、この島に来て本当に良かったと思っ てます。また挨拶しに行きますから、待っていて下さい!俺の人生は、ここから始 まったんだし、簡単には終わらない!!・・・よし!やれる所まで、突っ切ってや るから見ててくれ!行くぜぇ!!」  俺は、とにかく感情をぶつけて挨拶すると、最後にクルーザーに乗り込む。それ を確認すると、エイディは、エンジンを吹かす。そして航海地図で、方向などを確 認して、舵を動かし始める。上手い物だ。  そして、船は動き出した。島を見ると、対岸のあちこちで、一緒に稽古した魔族 達が、集まって手を振っていた。俺達は、手を振り返していた。  種族が違う・・・それが、何なんだろうか?  絆さえあれば、分かり合えない事なんて無い。  一番拘っているのは、人間なんだろう。  一度その枠さえ取れば・・・分かり合えると言うのに。  俺達は、その枠を作らない事を、ここで誓った。  こんなに素晴らしい仲間が見ててくれた。  それだけで胸が、いっぱいになる。  魔族の島、硫黄島『魔炎島』『鬼ヶ島』・・・。  この島を、畏怖で呼ぶ奴が居るが、俺達にとっては、楽園の島だった。  その島を敢えて離れるのは、愚かかも知れない。  でも甘えたくないのだ。  自分から進むために離れるのだ。  未だ見ぬ国家ガリウロル・・・。  ここでは、何が待ち受けているか分からない。  でも、俺は負けない。  この島で、学んだ事は大きいから・・・。  それに俺の生きる道は、まだ始まりを迎えたばかりだ。  立ち止まってなんか、いられない。  遠く離れていく硫黄島を見て、俺は強く願った。  俺の知る素晴らしき仲間に、幸福をと・・・。  届いたかどうかは知らないが、船は進んでいくばかりだった。  ソクトア2041年11月・・・歴史はゆっくりと動いていた。