NOVEL Darkness 1-8(Second)

ソクトア黒の章1巻の8(後半)


 確かめなければ、ならない事があった。
 それは、小さな切っ掛けから・・・。
 ふとした事で、思い付いた事でもあった。
 前に聞いた時は、何でも無い事だと、思っていた。
 でも・・・俺の、生まれに関する事だ。
 聞いて置かなければ、いけない。
 答えてくれるだろうか?
 いや、聞かなくては、ならない。
 時間が無いのだ。
 これ以上経つと、一生、聞けないかも知れない。
 そんな想いは、したくなかった。
 だから、聞いておこうと心に決めた。
 俺は・・・そう。親父の部屋へと入った。
 ノックをする。すると親父は、まだ起きているみたいで、返事が返ってきた。俺
は、扉に手を掛けて中に入る。
「おお。レイクか。今日は、心配を掛けたな。」
 親父は、やっぱり弱っていた。他ならぬ、俺が傷付けたのだ。
「良いよ。どうせ、止めても来ただろうしね。」
 親父の性格からして、決めた事は、覆そうとは思わない筈だ。
「親父。寝なくても大丈夫か?」
「フッ。馬鹿にするな。一日中、寝てられる程、器用では無い。」
 親父は、痩せ我慢もあったが、しゃべるのに、苦痛と言う事も無さそうだ。
「それより、私に、聞きたい事が、あるんじゃないのか?」
 さすがは親父だ。俺の言いたい事など、見抜いているようだ。
「ああ。差支えが無ければ、教えて欲しい。」
 俺は親父を見つめる。どうせ、回りくどい事を言っても、同じだろう。
「なんだ?私とお前は、実の親子だ。遠慮は要らんぞ。」
 親父は、すっかり親モードに入っている。
「なぁ。俺、本当に、ユード家の子孫なのか?」
 俺は、まず最初に、これが疑問に思った。
「ふざけているようでは、無さそうだな。どうして、そう思う?」
 親父は、怒らないで聞いてくれている。
「俺は・・・時々、こう・・・何が何でも、やらなきゃ!って、血が湧く時が、あ
るんだ。でも、親父には無いだろ?俺、てっきり自分が、おかしいのかと思った。」
 俺は、自分が何者か分からない時でさえ、仲間がやられると、凄い力を発揮する
瞬間があった。仲間から言わせれば、無茶も良い所らしいのだが、それで乗り切っ
た部分もある。
「お前には、濃く受け継がれていて、私には、そうでも無いと言う証拠だ。かのジ
ークも、お前と同じく、仲間のために命を燃やす事があったと言う。だからな。お
前が、おかしいんじゃない。私が・・・らしくないのだ。」
 親父は、自分の方こそ駄目だと、決め付けている。それが、どうも俺には、腑に
落ちない。
「親父は、強いじゃないか。俺を扱いた時の強さは、何処行ったんだよ。」
「・・・剣術の上では、私は、他の誰よりも強いかも知れんな。」
 親父は、嘘を言ってる目では無かった。どうやら親父は、本当に、自信があるら
しい。しかし、その部分が、余り気に入ってる様でも無かった。
「だが、私は、不動真剣術という枠のくくりでは、最低の継承者だ。私程、酷い継
承者は居ない。・・・ま、仕方が無い事だがな。」
 親父は、目を閉じる。何やら事情がありそうだ。
「・・・俺、引っ掛かってたんだよ。・・・前に聞いた時さ。俺の祖父のリークだ
っけ?その人が、親父がやられた時より、俺の母さんがやられた時に、決起をした
って聞いた時、違和感を、感じたんだよ。」
 俺は、いくら親父が才能が無いとは言え、その扱いは、あんまりだと思った。
「フッ・・・。そうか。」
 親父は、何やら納得の表情をしていた。
「それに今日、あの剣を渡しただろ?『護法の剣』だっけ?あれ、本当は、継承者
に渡す筈なんだろ?でも親父は、シャドゥさんに渡した・・・。」
「お前の想像通りだ。そして、お前にはお前で、違う物を渡すつもりだ。・・・や
っぱり、隠せぬな。私は、真実を隠し通すのが下手らしい。」
 親父は、観念したようだ。どうやら、俺の想像は、当たっていたらしい。
「じゃ、やっぱり・・・。」
「その通りだ。私は、ユード家の者では無い。」
 想像していた通りだった。しかし、いざ聞くと、少しショックだ。
「私の本当の名は、ハイム=ゼハーンド=カイザード。天武砕剣術の継承者だ。」
 そうだったのか・・・。それで俺の謎は解けた。誰よりも、剣が鋭かったのは、
どっちの剣術も、極めていたからだったのだ。しかし闘気を中心に、湧き上がる力
全てを使う不動真剣術の継承者としては、親父は、使いこなせて無かったのだ。
「じゃぁ、ユード家の血を引いてるのは・・・母さんだったんだな?」
 俺は聞いてみる。それでしか、俺がユード家の血を引いている理由が無い。
「その通りだ。私は、男子が産まれなかった不動真剣術の家へ婿に入って、不動真
剣術を絶やさぬために、不動真剣術を学ばされた。習ったのは成人してからだ。」
 もう親父は、隠すつもりは無かった。親父は、不動真剣術の才能が無かったんじ
ゃない。どっちも器用に使いこなすと言う、才能しか無かったのだ。だから、剣が
鋭いのに、湧き上がる力を使いきれない、半端者になってしまったのだ。
「血脈と言うのは、非情な物だ。私が、血反吐を吐いてまで覚えようとしても、ど
うしても、湧き上がる力は使い切れなかった。養父リークの輝かしき強さは、私に
は、身に付かなかった。でも、お前は違う。」
 親父は、俺は違うという。だが俺は、自分にそこまでの才能があるとは思えない。
「俺如きが、そこまで強いとは、思えないよ。親父。」
 俺は正直な感想を言った。親父の方が、数倍も強いと思っている。
「お前は自分の才能に気が付いて無いんだな。仕方の無い事だ。今まで、私が付い
て無かったのだからな。・・・良いだろう。お前に、受け継がれた血脈が、どんな
に凄いかと言う事と、お前が、どれ程の才能があるか、分からせてやろう。」
 親父は、そう言うと、バッグから巻物のような物を出す。かなり古い文献のよう
だ。だが、魔力でも掛かっているのか、まったく破れていない。
「これは・・・なんだ?」
 俺は、親父から巻物を受け取る。すると、急に頭の中が、透き通っていった。何
故だろう?巻物の内容が、直に頭に叩き込まれるような感覚だった。
「・・・その様子だと、やはり、お前は真の継承者らしいな。」
 親父の言葉が、聞こえたが、それすらも虚ろに聞こえる程、頭が、この巻物の事
でいっぱいになる。そして、駆け足で、俺の頭を駆け巡ったと感じた瞬間に、透き
通った感覚から、解放された。
「養父リークから聞かされていた。この不動真剣術の『秘儀書』を手に取って、そ
の内容が、頭の中で駆け巡る者こそ、真の継承者だとな。お前は、これで今日から
継承者となるのだ。私は晴れて、隠居の身になれるな。」
 親父は、嬉しそうに俺を見る。何だか、肩の荷が降りた様な顔をする。
「親父・・・。まだ早いだろ。隠居は。」
「いや、私には、その透き通った感覚は感じなかったからな。継承者にすら、なれ
て居なかったんだよ。だが、お前は違った。今、頭の中に駆け巡った技を、思う存
分、使えるのは、お前の方だ。」
 親父は、あの感覚が無かったのか・・・。確かに巻物の中身は、もう見るまでも
無い。今まで、血肉を懸けて作り上げてきた継承者の技の全てが、俺の中で駆け巡
っている。多分、俺は、これを受け取る前より、数段強くなっただろう。
「でも・・・親父は・・・。まだ・・・。」
「心配するな。隠居になっても、やる事はある。継承者が、お前に移ったと言うだ
けの話だ。隠居だって、闘えるぞ?」
 良かった。親父は、まだ闘う気を失ってはいない。親父が剣の道を諦めるのは、
まだ早過ぎると言う物だ。
「それとな。この二つも、今日から、お前の物だ。失くすんじゃないぞ?」
 親父は、巻物と剣を取り出す。これも偉く年代物だ。
「これは?」
 俺には、想像もつかない。ただ、物凄い値打ちが、ありそうだとしか感じない。
「この巻物は、天武砕剣術の『秘儀書』だ。本当は、託せる人物を探すのが、真実
なのだが、お前なら、使いこなせる。」
 親父は、俺を信頼し切っているんだな・・・。俺って、そんなに凄いんだろうか?
ついこの間まで、『絶望の島』で班長をやってたような男なんだぞ?
「信じられないと言う顔をしているな。お前は強い。自信を持て。この私に、ここ
まで傷を付けられる人間は、お前だけだ。」
 親父は、そう言うと、肩や腹を抑える。それを言われると辛いが、それすらも、
誇りにしろと言うのだろうか?だが、親父の、この期待には応えたかった。
「分かったよ。何処まで出来るか、分からねぇけど・・・やってみるさ。」
 俺は天武砕剣術の『秘儀書』を手にとる。すると、今度は、大自然が駆け巡るか
のように、穏やかに俺の頭の中に何かが入っていく。これが・・・天武砕剣術。そ
うか!これが、天武砕剣術だったのか!!
「その顔を見る限り、天武砕剣術も、受け入れたようだな。私は、時々技を出して
いたから、ほとんど、受けた事が、ある技の筈だ。」
 親父は、ニヤリと笑う。知らぬ間に、俺は身に食らっていたのか・・・。
「そして、この剣だ。この剣は、天武砕剣術に伝わる『法力(ほうりき)の剣』だ。」
 親父の手から『法力の剣』を授かる。この、手に吸い付くような剣は、何だ?そ
れに、この剣には、刃先が無い。どうやら闘気で、具現化するタイプの剣のようだ。
古い遺物には、このような剣もあると、聞いた事がある。
「この剣は、ハイム=ジルドラン=カイザードが、使ってた剣として有名なんだ。
その後、実子であるサイジン=ルーンに渡って・・・実は、ここからは歴史にすら
書かれていないのだが・・・勇士ジークの第2子である、ケイン=ユード=ルクト
リアが、その後を継いでな・・・。名前をハイム=ケイン=カイザードとして変え
て、その跡を継いだんだ。」
 とんでもない事実を聞かされる。勇士ジークには、2人子供が居たと言うのは、
エイディ辺りから聞かされていたが、まさか、その一人が天武砕剣術を継いでいて、
改名までしていたとは・・・。
「仕方が無い事だ。私の場合の反対だ。サイジンには、娘が2人しか生まれなかっ
たからな。継がせたくても、継がせられなかったのだ。娘の姉の方は、どうやら、
『死角剣』の方を極めたと言う話だけどな。由緒ある天武砕剣術を、絶やさせたく
無かったのだろう。頼み込んで、ケインに継いでもらったと言う経緯があるようだ。」
 伝記の時代でも、それなりのゴタゴタがあったようだ。時代によって、悩みは違
う。しかし、その時代を乗り越えてきて、今があるのだ。それを忘れてはならない。
「この剣は、見ての通り、刃先が無い。だが、持つと、吸い付くような感覚が、あ
る筈だ。そうなったら、少量の闘気で、剣を具現化出来る。要領は『光砕陣』と同
じだ。少量の闘気で、最大限の威力が発揮出来る。ゼロ・ブレイドも、このタイプ
の剣だ。覚えて置くと良い。・・・私にも使えたのだから、お前なら大丈夫だ。」
 親父は、剣の説明をしてくれる。結構、便利そうな剣だ。何せ、今は剣を持って
いると帯剣法違反(たいけんほういはん)で、逮捕される時代だ。これなら、いざ
と言う時だけ、使える。非常に使い勝手が良い。
「しかし、何だって、いきなり、ここまで渡すんだよ。」
 俺は、親父に尋ねてみる。親父の事だから、もっと鍛えてから渡されるかと思っ
ていた。何より、急すぎる程、物をくれていた。
「渡せる時に渡さないと、後悔してしまうからな。」
 親父は、もう後悔したくないのだろう。
「それに・・・明日、発つのだろう?」
 親父は、ビックリする事を言う。何故、驚いたかと言うと、こちらの事が、バレ
ていたからだ。そう。俺達は、そろそろこの島を出ようと決心していた。
「何で分かったんだ?」
「その遠慮するような目でな。何となく察した。黙って出て行くつもりだろうが、
恐らく、シャドゥ殿にはバレているぞ。ナイア殿にもな。」
 親父が言うのだから、間違いないだろう。そして、誰も止めに来ようとしないと
言う事は、納得済みなのだろう。
「この島は、俺にとっちゃ夢のような島だった。そして、体験した事の無い2ヶ月
だった。俺は、この島に感謝し切れない。だけど・・・ここに居ると、絶対セント
からの追っ手が来る。この島が、潰されるのだけは、我慢出来ないんだ。」
 俺は、正直な気持ちを話した。いくらセントが、この島に気が付いていなくても、
この島に居続けてたら、俺達の存在がバレるだろう。そしてバレた時に、セントが
取る手段など目に見えている。そんな光景だけは、目にしたく無かった。他ならぬ
この島が好きだから、去らなければならない。
「お前の考えは、間違っていない。セントの上には奴が居る。他ならぬゼリン=ゼ
ムハードがな。2ヶ月経った今、奴は、気が付き始めている頃だ。」
 ゼリンは『絶望の島』に、俺達を置いてきたかったぐらい、危険視しているのだ。
ごっそり居なくなって2ヶ月経つ。そろそろ追っ手等も差し向けている頃だろう。
「本当は、親父も連れて行きたかったけど・・・。」
「馬鹿者。余計な心配はするな。お前は、これからの仲間達の事を考えていれば良
い。私も、この体が治ったら、ここを発つつもりで居るしな。」
 親父も、やはりこの島を出るつもりでいた。そうだろうと思っていた。
「俺達は、まずガリウロル島に向かう。セントの息が掛かってない、あの島で様子
を見ようと思っている。そこで、色々この世界の事を知っておこうかと思っている
んだ。」
 俺は、常識も知らない。何せ『絶望の島』で育ったのだ。外の世界の事は、何も
知らない。このソクトアの歴史は深い。それを学ぶのも良いだろう。
「そうか。まぁ、それしかあるまいよ。セントも、あの島なら簡単に刺客を差し向
けたりは、出来んしな。・・・それに・・・。」
 親父は、さすがに分かっている。ガリウロル島の自治意識は非常に高い。それに
セントからも、かなり離れているので、手を出し難いのが現状なのだ。
「それに?」
 俺は、聞き返してみる。
「お前達が、ここに居ると聞いた時から、次は、ガリウロルに行くだろうと、私も
予想していた。」
 うわ。さすがだ。読まれてら。親父も、気を使うよなぁ。
「敵わないな。」
 俺は、降参のポーズを取る。
「で、親父は、どうするんだ?」
「私は、お前達の後を追う。・・・と、言いたい所だがな。別行動を取らせてもら
う。名前を変えて、セントに、潜入するつもりだ。」
 親父は大胆な事を言う。セントに潜入するだって?それこそ、自殺行為も良い所
だ。敵の懐に、敢えて入るような物だ。それにセントは、ソーラードームがある。
潜入するのだって、命懸けだ。
「親父は、死ぬつもりなのかよ。これ以上、無理しないでくれよ。」
 俺は、つい文句を言ってしまう。そんな危険な事は、さすがに容認出来ない。
「落ち着くんだ。私だって、馬鹿では無い。それにセントには、既に何回か、侵入
している。その手を使って、今回は長期で行くだけの話だ。」
 親父は、何か手があるようだった。
「これを見ろ。」
 親父は、バッグから何かを取り出す。すると、そこには『セントメトロポリス国
民章』と書かれていた。番号も書いてあるし、名前も違う名前が書いてあった。
「まさか、偽物の国民章とかか?」
 考えられない事では無い。偽造して入るのは、確かにありえる手段だろう。
「そんな事をしたら、セントのメインコンピュータから、すぐ割り出されてバレる。
これは、正真正銘、私の国民章だ。」
 親父の国民章だと言う。それにしては、名前が違うような気がする。
「これは、私がハイム=ゼハーンド=カイザードを名乗っていた時に、作ってもら
った国民章だ。よく見ろ。名前が、ハイムから始まっているだろ?」
 親父の言う通りだった。名前の欄には、ハイム=ゼハーンド=カイザードと書い
てあった。と言う事は・・・。
「って事は・・・親父は、元はセントメトロポリスに居たのか?」
「そうだ。私は、ユード家に行く前は、セントで暮らしていた。セントには、昔の
我が家も、まだある筈だ。」
 何て事だ。親父は、元セントの住民だったとは・・・。
「この国民章を持ってる者に対して、セントは非常に優遇してくれる。心配する事
はない。セントには、1000万を超える人々が住んでいる。ゼリンと言えど、把握し
切れてないのだ。で無ければ、もうこの国民章は、使えなくなってた筈だ。なのに
も関わらず、私は、ほんの3ヶ月前にも、一回入れたからな。」
 セントは、自国民に対しては、素晴らしく寛大で自由も与えている。国民章を持
っていると言うだけで、他国民より優遇するのである。
「なる程・・・。それなら親父一人の方が、却って安全かも知れないな。」
 俺は納得する。ちゃんとした国民章があるのなら、正式に入って、情報を集めた
方が、遥かに効率が良い。
「そういう事だ。ただ、私が調べるのは、トップシークレットに触れる事ばかりだ
からな。慎重にやるつもりだ。」
 シークレット・・・。そうか。親父が調べる事と言えば、ゼロ・ブレイドの在り
処、ゼリンの居場所、そしてソーラードームの秘密などだ。生半な事で、判明する
事項では無い。
「ま、分かったら、出来る限り詳しく把握して、シャドゥ殿の所に連絡する。ガリ
ウロルの裏郵便の住所を書けば、この島に関する郵便が届く事になっている。それ
を利用するさ。お前も、シャドゥ殿に連絡先を教えて置けよ。」
 親父は、シャドゥさんを通じて、やり取りするらしい。それが一番ベストな方法
だろう。俺は、お尋ね物も良い所だ。そこに直接郵便では、危険過ぎる。俺が送る
のも同じだ。シャドゥさんなら、上手い事やってくれるだろう。頼るのは、余り好
ましい事では無いが、そんな事も言ってられない。
「親父。悪いけど、ガリウロルの裏郵便の宛先を、教えてくれるか?」
 兎にも角にも、その郵便先が分からなければ、連絡のしようが無い。連絡先を教
えようにも、最初に、何処に住んでいるか、教えなければ話にならない。
「ふむ。郵便先はな・・・。」
 親父は、ペンを取り出してサラサラッと、分かり易い字で書いてくれた。幸いに
も『絶望の島』でも、郵便制度はあったので、やり方は心得ている。
「あれ?この住所は何だ?」
 俺は、郵便先以外の住所を見つける。
「実は、ガリウロルにツテがあってな。ここの家主に、私の事情を話してある。だ
から、私の紹介だと言えば、色々助けてくれる筈だ。」
 親父は、色々考えてくれてたんだな。これで、断るのも野暮って物だな。
「なる程ね。色々考えてくれてたんだな。助かるよ。」
 俺は、この紙を、携帯用のバッグの中の、手帳に挟む。
「レイク。お前こそ、無理はするなよ。まずは外の世界に慣れるんだ。お前が体験
しなきゃならない事は山程ある。この島は、まだ特別な方なんだ。ガリウロルでの
生活。これが恐らく、お前にとって大きな壁になる筈だ。仲間に相談するのも良い。
どんな形でも良い。普通の生活を身に付けろ。」
 親父は、心配してくれていた。何せ俺は『絶望の島』と『魔炎島』こと硫黄島し
か知らないのだ。ガリウロルみたいな国家を形成している国に、行くのは初めての
事だ。緊張するなと言われれば、ちょっと無理がある。
「俺は、俺なりの生き方を見つけるさ。親父こそ、無理しないでくれよ。」
「お前に言われるまでも無い。緊張しているのは、お互い一緒だ。」
 余裕そうに答えている親父でも、緊張はしているのだろう。親父は、セントでの
潜入生活。俺は初めての国家での生活。それぞれ大きな意味を持つに違いないのだ。
「せっかく親と子として会えたのにな。済まんな。こんな早く、別行動になってし
まってな。・・・だが忘れるな。お前の事を忘れた事は一度も無い。これからもだ。」
 親父・・・。そうだな。親父にとって、それが支えになってるんなら、俺だって
言う事は無い。これから、いくらだって、支えになってやりたい気分だ。
「俺も親父の事は、朧気ながら、覚えていた。これからは忘れない。親父は一人で
頑張ってるだなんて、もう思わないでくれ。俺の力が必要なら、存分に言ってくれ。」
 俺は、正直な気持ちを答えた。親父の役に立ちたい。これまで頑張ってきた親父
を楽をさせたいんだ。
「フッ。お互いに相手に心配からとはな。これでは、ファリア殿に親子そっくりだ
と言われてしまう訳だな。」
 親父は、嬉しそうに話す。まぁ俺も親父も、筋金入りの仲間想いだ。自分より、
仲間を優先してしまうのは、血のなせる業なのだろうか?
「じゃ、そろそろ俺の用事は終わりだ。親父は、しっかり休んで、体を治してくれ。」
「そうだな・・・。っと、そうだ。忘れていた。」
 親父は、またバッグの中を漁る。まだ何かあるのだろうか?すると、そこからは
凄い輝きを放った宝石が出てきた。眩しい程だ。
「コイツは何だ?親父が宝石に興味あるとは、思えないけど・・・。」
 それにしても凄い。緑色に光っているのだが、尋常では無い。昔テレビで見たエ
メラルドが、こう言う輝きをする筈だが、ここまで光っているのは見た事が無い。
「只の宝石じゃあない。これは、連絡用の宝石だ。コイツに、闘気なり魔力なりを
込めると、ある人物が、この宝石の在り処に気が付く。その人物は、必ずや、お前
の力になってくれる筈だ。」
 ある人物ねぇ・・・。でも、これに似た輝きを持つ人に、出会った事があるよう
な気がした。一回だけしか会ってないが、強烈に印象に残っている・・・。
「そっか・・・。あの人か。」
 俺は、答えに辿り着いた。だが、正体を知った以上、易々と呼べる相手では無い
事も分かった。あの人は・・・ちょっと特別過ぎる。本当に困った時や、呼ばなけ
れば解決出来ない時などに、呼ぶ事にしよう。
 俺は光り輝くエメラルドを、バッグに仕舞うと、ふとした事を思いつく。
「・・・なぁ親父。俺は、今の世の中にとっては、邪魔なのかな?」
 俺は、丁度疑問に思っていた所だ。不平等な世の中ではあるが、今の世の中は、
それなりに成り立っている。俺が、何かをする事で、それが壊れるのなら、ゼリン
の言う通り、俺は不要分子でしか無い。
「難しい質問だな。是とも否とも言い難い。だが、疑問に思ったのなら、行ってみ
ると良い。ガリウロルでの滞在が終わったら、大陸を見てくると良い。セント以外
の国ならば、行ける筈だ。そこで現状を見てくれば、自ずと答えが出るだろうよ。」
 親父は、俺の質問は、他人が出す物じゃないと思ったらしい。いや、親父の言う
通りだ。自分自身の目で確かめて、俺の存在価値を見出すしか無い。全部知った上
で、自分の位置を把握しなければならない。そう簡単に出る答えじゃ無かった。
「あまり難しく考えるな。私もお前も、今は生きているのだ。生きてやらなければ
いけない事と、やりたい事を見つけて進めば良い。私は、やらなければいけない事
の方が多かっただけの話だ。何かが見つかるさ。他ならぬお前ならば、きっとな。」
 親父は、応援してくれた。どんな生き方でも応援してくれる。親父は、そのつも
りだった。有難い。自分を肯定してくれる存在が、こんなに有難い物だったとは、
思わなかった。その存在に気付かせてくれたのは・・・ファリアだ。彼女と会って
から、全てが変わった。
 最初は、互いに取るに足らない存在だった。ファリアにとっては、自分を襲うか
も知れない敵。俺にとっては、只の新入りだった。だが、日が経つに連れて、ファ
リアは、俺の中で大きくなった。それは、共感出来る部分が多かったからかも知れ
ない。そして、ファリアの性格が気に入ったと言うのもあった。ファリアの、物怖
じしない性格と、物事に対して納得行くまで話す、あの性格は、俺にとって、斬新
だった。そこに俺は、惹かれた。もちろんグリードやエイディ、そしてジェイルは、
俺にとって、掛け替えの無い仲間だ。だがファリアは、只の仲間じゃない。俺の全
てを理解してくれる存在だった。アイツは、俺の過去を知らない内から、俺を知ろ
うとした。そして、知っても尚、受け入れてくれた。その上で、俺と恋人になりた
いと言ってくれた。俺からしてみれば、もったいないくらいだ。今、親父やシャド
ゥさん、ナイアさんなどと気軽に話す事が出来るのは、ファリアの存在が大きい。
「親父。母さんって、どんな人だったか、教えてもらって良いか?」
「シーリスか。彼女は、私にとって全てだった。彼女は、私の全てを受け入れてく
れた。病気になる前は、剣術も、結構な腕前だったな。自分で言った事は、絶対曲
げない信念も持っていた・・・。亡くなってしまった今でも、私は、シーリスを愛
している。」
 親父は、淀みなく答えた。母さんは、幸せだったのかも知れないな。親父に、こ
れだけ想われてるんだからな。ただ、俺の姿を、見せたかったな・・・。
「レイク。ファリア殿と婚約でもしたのなら、連絡を寄越すのだぞ?」
 俺は、顔が真っ赤になって、吹き出しそうになった。ちょっと咽てしまう。
「・・・今更、隠そうとしても無駄?」
「当たり前だ。お前もファリア殿も、すぐ顔に出る。恋仲な事くらい分からないと
でも思ったか?それにファリア殿なら、私も安心してレイクを任せられる。」
 親父は口元を吊り上げて、からかう。やっぱりバレバレだったか・・・。そんな
に素振り見せた覚えは、無いんだけどなぁ・・・。ああ。でも、時々、互いの目を
見たり、笑いあったりしてたような・・・。
「分かったよ・・・。でも、当分先だぜ?まだ、そんな余裕無いんだからな。」
 俺は、もう否定するのを止めた。した所で、無駄だと分かってたからだ。
「心得た。・・・さて、そろそろ休むとしよう。じゃ、また会う時まで、達者でな。」
 親父は別れの挨拶をする。親父は、明日、俺が出る時間に、起きられない事が分
かっているのだ。それくらい体を休めなきゃ駄目なのだ。なので、別れの挨拶をし
たのだろう。
「今度会う時は、もっと腕を上げてるからな。その時は、勝負しようぜ。・・・じ
ゃあ、またな!親父!」
 俺も、辛気臭い別れ方は好きでは無かったので、憂いの無いように務めながら、
親父に声を掛けて部屋を出た。
 色々と話が聞けた。何よりもスッキリした。生まれの事や、様々な遺物の由来な
ども聞けて、安心した。これで、俺はレイク=ユード=ルクトリアとして名乗って
いける。最も、余り目立ち過ぎるのも良くないので、しばらくは、レイク=ユード
と名乗る事にしようと思っている。ユードと言う名前は、結構ポピュラーな名前な
ので、そう目立つ事も無い。
 これで旅立つ準備は、出来た。
 これからの人生に、期待が高まる。
 だが、それ以上に不安が高まる。
 こう言う事を経て、人生は成り立っていくのだろう。
 まずは、前に進もう。
 それから出来る事は、いっぱいある筈なのだから・・・。


 生きていれば、出会いと言う物は、必ずやって来る。
 そして、同時に別れもやって来る。
 獄島に住んできた俺にとって、生活すると言う事は、夢だった。
 その夢を、この島では、存分に味あわせてくれた。
 その島が、人間から忘れ去られた島であろうとも・・・。
 俺にとっては、最高の島だったと胸を張って言える。
 俺は、この島で第2の人生の始まりを体験した。
 そして、これからの新しい人生の糧になろう。
 ここでの生活は、俺に夢を与えてくれた。
 何もかもが、有難い。
 いつか、感謝を返したい。
 それが、異種であっても関係ない事だ。
 俺は、それを心に誓っていた。
 魔族・・・俺にとっては、掛け替えの無い仲間達だ。
 仲間達には、礼で返そう。
 それが俺の誓い・・・。
 そして、目覚めはやってくる。何故だろう。今日だけは、何故か、いつもより早
く起きる事が出来た。目が覚めたのだから、仕方が無い。気持ちが昂ぶってるせい
なのかも知れない。俺は手早く着替えると、こっそり、纏めてある荷物を、いつで
も持ち出せるように、部屋の扉の近くに置いた。
 そして扉を開けて、朝食を取りに行こうとすると、廊下には、既に、いつもの面
子が顔を揃えていた。昨日、結婚式が終わった時点で、ガリウロルに向かう事を話
したら、皆は反対した。出て行く理由が無いからだ。だが、俺は、これ以上シャド
ゥさんの所に居たら、前に進めなくなると思っていた。俺達は、ここで色んな事を
学んだ。だからこそ、それを活かせる所に行かなければならないのだ。それを、説
明すると、真っ先に賛同したのは、ファリアだった。
 一番反対してくると思ったので、意外だった。だが、ファリアは言った。
『ゼハーンさんと言う親が見つかって、一番滞在したい筈のレイクが、今よりも上
を求めて出て行くと判断したのなら・・・私は従う。』・・・と。
 ファリアだって出たくない筈だ。親友とさえ言えるナイアさんとの別れは辛い筈
だ。しかし、そんな事は、おくびにも出さなかった。強いんだな・・・って思う。
ファリアに、そこまで言われたら、エイディもグリードも、反対する理由は無いみ
たいだ。寧ろ俺やファリアに気を使ってたらしく、本当に、それで良いのか聞いて
きた。だが、俺は決心を違える事は無い。親父は、俺に外の世界で、羽ばたけと言
った。ならば、その想いを受け継いで、思う存分羽ばたかなければ、ならない。
 ただ、シャドゥさんやナイアさんに知らせるのは、どうしても辛くて、出来なか
った。ファリアも同じみたいで、ナイアさんには、知らせてないようだ。
 俺達は、仕方無いので今日、言う事にした。皆で揃って、礼を言って出ようと決
めたのだ。どうせ眠れなかったので、丁度良い。
 俺達は、下に降りる。すると、既に朝食が出来ていたようで、凄く良い匂いがし
た。この匂いとも、おさらばか・・・。
「おはよう御座・・・。」
 俺は挨拶しようと思って周りを見た。すると、シャドゥさんが既に座っていて、
ナイアさんが寄り添うように立っていた。そして言葉を失ったのは、ここからだ。
何とジェシーさんが、脇に立っていたのだ。
「お早い起床だね?少しばっかり待っちまったよ。」
 ジェシーさんは、事も無げに話しかけてくる。
「ど、どうしてジェシーさんが?」
 グリードも、驚いているようだ。
「私がお呼びしました。ジェシー様だって、ちゃんとした別れがしたい筈ですから。」
 ナイアさんはニッコリ笑う。ああ・・・。そうか。この人は、全部分かっていた
んだな。だからジェシーさんも呼んで、ご馳走まで作って・・・。シャドゥさんも
平然としていたが、分かっていたのだろう。叶わないな・・・。
「静かに出ようなんて・・・無理だったかしらね。」
 ファリアは、観念したようだ。最もこの方が、憂いが無くて良いかもしれない。
「ファリア様は、顔に出易いですからね。案の定、調べてみたら旅支度してらした。
シャドゥ様とご相談して、ジェシー様を、お呼びする事にしたのです。」
 ナイアさんは、全て分かった上で笑顔で居た。俺達に対して、別れの涙は良くな
いと思ったのだろう。
「アタシに黙って出ようだなんて、ムシが良過ぎるよ。大体どうやって出ようと思
ったんだい?あの樽の船かい?」
 ジェシーさんは、俺達が来た時に使った樽で出来た船・・・まぁ筏の事を言った。
「そのつもりでしたけど・・・。」
「やーーっぱりね。アンタら、この辺の海の、今の時期を舐め過ぎだよ。エイディ
だったら分かってるだろうけどね。今は南半球は、とても暑い時期なんだ。嵐の量
は、半端じゃあ無いんだよ。それを、あんな筏で渡ろうだなんて、恐ろしくて、見
てらんないよ。だからね。良い物を、貸してやる事にしたのさ。」
 ジェシーさんは、ニッコリ笑う。そして表を指差す。俺達は、一斉に外に出てみ
た。シャドゥさんの家から、停泊所までは、すぐだ。なので一目で分かった。
「こ、こ、これ!?」
 グリードは、余りの事にビックリする。かなり大型のクルーザーだった。これな
ら、ちょっと位の嵐に、負けはしないだろう。それに、これなら、荷物もかなり積
めるだろう。ジェシーさんは、どうやって運んだのだろうか?・・・あ。そうか。
転移の魔法で送ったんだな・・・。とんでもない事を、してくれる。
「こんな・・・悪いですよ。」
 俺は、こんな凄い物、ちょっともらえないと思った。
「良いから使いなよ。どうせ、私は使わないんだ。それに、貸すだけなんだし、ち
ゃんと、返してもらうんだからね。」
 ジェシーさんは、背中を叩いてくる。・・・貸すって言う表現が、ジェシーさん
らしい。つまり返しに、ここに戻って来いと、敢えて言っているのだ。
「レイク。借りようぜ。せっかくの厚意だ。受け取らない方が、失礼ってもんだ。」
 エイディは乗り気だ。でも、確かにここまで用意してもらって、断るのも失礼だ。
「分かりました。お借りします。でも、操縦が出来る奴、居ませんよ?」
 俺は、一抹の不安を口にする。
「問題ねぇ。俺が運転出来る。このクルーザー、前に出た、ルクトリア型と一緒だ
ろ?それなら、何度か運転した事がある。」
 エイディは、意外な所で、結構器用だ。こう言う計器類に強いのは、正直助かる。
「エイディ。ヘマするんじゃないよ。」
 ジェシーさんは、軽口を叩く。
「任せとけよ。こう見えても、本番には強い方なんだぜ?」
 エイディは、いつになく饒舌だ。それが凄く自然なように見えてくる。
「それだと良いけどね。この前みたいな無茶したら、ただじゃ置かないからね。」
 ジェシーさんは、エイディが前に無茶をした航海の事を言っているのだろう。結
構、本気のようだ。目が笑っていない。
「何のために、ここで修行したと思ってるんだ?大丈夫だよ。」
 エイディは、ジェシーさんとは、いつの間にかタメ口だ。
「シャドゥさん。エイディの奴、何で、あんなに強気なんだ?」
 俺は、シャドゥさんに尋ねてみる。エイディの奴、ジェシーさんに、随分強気な
発言を繰り返している。
「ジェシー様の要望のようです。・・・やっぱり、あの方の面影があるから、対等
に話したいんだとか・・・。あんな嬉しそうな、やり取りをするジェシー様を、私
は止められませんよ。」
 シャドゥさんは、どうやら事情を知っているらしい。そうか。エイディは、エル
ディス=ローンの血を受け継いでいるし、レイリーとも、似てるって話だったな。
ジェシーさんにとっちゃ、あの頃に戻ったようで、嬉しいのかも知れないな。
「ファリア様。この携帯電話を、お持ちになって下さい。」
 お?携帯電話だって?初めて聞いたぞ。
「へぇ・・・。これ結構、最新式のじゃ無い。良いの?この島じゃ、滅多に手に入
らないでしょ?セントでは、結構頻繁に、出回ってたけどね。」
 ファリアは、簡単に開けてみて、具合を確かめている。相当慣れてるな・・・。
「ファリア。携帯電話って・・・これ、電話なのか!?」
 俺はビックリする。結構小さい。手の平サイズじゃないか。こんなんで、電話の
機能が付いてるのかよ。『絶望の島』じゃあ、島主の部屋くらいしか無かったぞ?
電話自体が・・・。こんなんで、本当に通じるのかよ。
「まぁ、レイクじゃ仕方ないか・・・。今セントで、急速に広がりつつある携帯電
話よ。やっと中流層でも、手が出せる値段になってきたのよ。ガリウロルでも、か
なり電線が広がってるらしいから、電波状況は、心配ないわね。」
 ファリアは、フムフムと納得しながら、携帯電話を弄っていた。
「ああ。一応、この島はセントに知られないために、電波分散させる霧を放ってる
から、繋がるのは、アタシのとこと、シャドゥの所だけだからね。」
 そりゃそうだ。セントに、この島の事を、大っぴらに知られてはいけない。電波
妨害くらいしないと、盗聴され兼ねない。
「電話番号は、その携帯電話に登録してあります。ジェシー様と・・・うちだけで
すけどね。電波防御は、しっかりしているから、安心して掛けて下さい。」
 ナイアさんは、一瞬戸惑ったが、『うち』と言った。もう、シャドゥさんだけの
家では無い事を強調させるためだろう。
「ははっ。そうね。使わせてもらうわ。」
 ファリアは、嬉しそうだった。そういや、電話があるなら、郵便なんて、使う必
要が無いのかもな・・・ってそうか・・・。親父の事だ。それすら頭に無いって事
は、携帯電話は勿論の事、電話も、余り使えないんだろうなぁ・・・。
 しかし、あんなちっこいのが電話の代わりになるなんて・・・化学も、捨てた物
じゃないな。悪い事だけじゃあ無いんだよな。便利になった物も、あるんだよな。
グゥゥゥゥゥゥ・・・
っと・・・話し込んでたら、お腹が減ってきたな。そう言えば朝を何も食べてない。
「あ。朝食摂ってからに、しましょう!」
 ナイアさんは、すかさず家に戻ると、料理が冷めてないか、点検している。手早
いなぁ。さすがとしか、言いようが無い。
「アタシも、ご相伴に預かるよ。」
 ジェシーさんも、一緒に食べるようだ。
「私の食事が、お気に召すと良いのですが・・・。」
 ナイアさんは、不安そうだ。ジェシーさんは、この島の盟主だ。やはり緊張する
のかも知れない。
 そして、いざ食事になってみると、ジェシーさんは、女性か?と思う程、モリモ
リ食べていた。フムフムと相槌を打ちながら、口の中に物を運ぶ。
「あー・・・。うん!ナイア!お替りもらえるかい?」
 ジェシーさんは、実に気持ち良く食事を口にする。俺達より豪快に食べるなぁ。
「負けてられないな。ナイアさん。俺も、もう一杯くれ!」
 エイディは、味わいながら食べていたが、ジェシーさんに釣られて、モリモリ食
べ始めた。グリードまで『やっぱうめーや。』とか言いながら、結構な量を食べて
いる。まぁ俺もなんだけどね。ナイアさんのご飯は、安心するって言うか、和むん
だよなぁ。途中で、ファリアが呆れた表情をしながら、皆のご飯を盛り始める。
「アンタらねぇ・・・。ナイアさんが食べられないでしょう?全く。」
 ファリアは、文句を言いながら、ご飯を盛ってくれた。
「私でしたら、後でも・・・。」
「駄目よ!ナイアさん自身が食べてくれないと、私が安心出来ないの。」
 ナイアさんが、言い切る前に口を塞ぐ。ファリアは、手伝うと決めたのだろう。
こうなると、ファリアはテコでも動かない。全く、素直じゃないって言うか・・・。
「ファリア様には、敵いませんね。」
 ナイアさんは、ファリアに最上級の笑みを送る。すると、ファリアは、ちょっと
目を逸らす。何だか照れているようだ。照れるくらいなら、やらなければ良いのに。
「しかし、今日の刺身は、美味いな。獲れたてのハゼだろ?これ。」
 エイディは、刺身を掻い摘んで言う。確かにコリコリしていて絶品だ。こんなの
滅多に食える物じゃない。俺達が洋上で取れた時も、ここまで上手く捌けなかった。
「アタシも、ただのご相伴に預かるだけのつもりだったんだけどね。こりゃ感服物
だね。いやぁ、シャドゥの嫁だけはある。」
 ジェシーさんは、本当に美味かったらしく、ウンウンと頷いていた。しかし、シ
ャドゥさんの皿だけ、別扱いになっていた。見ると、ワサビの量が、半端では無か
った。なんだあれは・・・。シャドゥさんのだけ、俺達の3倍くらいワサビが、入
ってるぞ。いや、それだけじゃない。シャドゥさんのメニューだけ、どの品も赤み
掛かっている。唐辛子を、良く使っている証拠だろう。まぁ、いつも見た風景とは
言え、相変わらず辛党なようだ。ジェシーさんも、分かっているのか呆れている。
「シャドゥだけ、別扱い。か・・・。まぁ、そうならざるを得ないのさね。」
 ジェシーさんも、ご存知のようだ。シャドゥさんが、如何に辛党であるかを。
「そんなに、私のは特殊なのですか?自覚は無いのですが・・・。」
 シャドゥさんは、顎に手を掛けて考え込む。皆が皆、同じ反応をするからだろう。
でも、初めて見た人は、ビックリするのは当然だろう。
「自覚が無い・・・か。とっくに幸せ者だったって訳か。」
 ジェシーさんは呆れていた。シャドゥさんだけ別メニュー。しかも皆のグレード
に合わせてと言うのが、どれだけ大変な事か・・・。それをナイアさんは、文句一
つも言わずに、200年も作り続けてきたのだ。それも、シャドゥさんの食べる量
を全て計算した上でだ。とっくに、シャドゥさんに似合う相手が、ナイアさんしか
居なかったと言う訳である。他の女性じゃ、こうは行くまい。
 そうこうしてる内に、食事は終わった。やっぱりナイアさんの食事は美味しい。
この味に慣れ始めてきただけに、少し寂しい物があった。
「これからの予定を、聞いて置こうか?」
 ジェシーさんが口を開く。まぁ行く事がバレてるなら、隠したって仕方が無いだ
ろう。俺は、昨日、親父と話した事を少しずつ話していった。親父が、どう言う予
定なのかも話しておいた。
「ふーん。セントね。そりゃ、正解かも知れないね。あそこに入る手段が、あるの
なら、内部から調べた方が都合の良い事は、いっぱいある。何せ、ソーラードーム
ってのは、かなりの曲者だからね。アタシやアイツ等が手を拱く程だからね。」
 ジェシーさんは、少し忌々しいと思ったのか、顔を顰めて話す。ソーラードーム
は、とてつもない力が隠されているに違いないのだ。それを解明するためには、中
から調べなきゃならないだろう。ちなみにアイツ等と言うのは、あの、とてつもな
いインパクトを残した、2人の事だろう。
「ただゼハーンには、アタシの方からも、無理しないよう言っとくよ。事が事だけ
に、慎重にやらなきゃいけない筈さね。」
「それは、本当に助かります。」
 俺は、素直に答えた。親父はすぐに無理をする。するなと言っても無理をするよ
うな性質だ。だが、ジェシーさんの言葉なら、多少制御も掛かると言う物だろう。
「ま、俺達の予定は、特に無いんだがな。敢えて言うなら、定住出来る程の力を付
けなきゃならんって所か。」
 エイディは、あっけらかんと話す。まぁ言ってる事は間違いじゃあない。まずガ
リウロルでは、自分達の生活をしなければならない。
「生活ねぇ・・・。なら、ガリウロルの西の都といわれるサキョウを目指すんだね。
東は首都のアズマがあるけど、あそこは、止めた方が良い。」
 ジェシーさんは、助言してくれた。しかし何故、首都に行ってはいけないのか?
「どうしてって顔してるね。説明してやんなシャドゥ。アンタの方が詳しいだろ?」
 ジェシーさんは、シャドゥさんに話を振る。
「分かりました。・・・そうですね。ただ滞在するだけなら、アズマでも問題は無
いんです。でもレイク殿達は、生活をなされるのでしょう?そうなると、ガリウロ
ルでも、市民権と言う物が存在します。それを獲得しなければなりません。」
 シャドゥさんは説明してくれる。市民権ねぇ。俺には無縁だった物だな。だが、
他の皆は分かっているらしく、考え込んでいるようだ。
「レイク殿。今のソクトアでは、住居を取得するには、必ず市民になるための手続
きが必要なのです。国家を成り立たせるのは、国民の税金であるように、その町に
住むためには、市民となって、市へ税金を納めなければなりません。」
 シャドゥさんは図に描いてくれた。まず大きく円を描く。そこに『国家』と書か
れていた。そして『国家=ガリウロル』を書いた。なる程、分かり易い。そして、
その後に中に小さな円を2つ程書く。その円の中に『市』と書く。その後に、更に
『市=サキョウ(例)』と書く。
「市は、サキョウやアズマだけではありません。ガリウロルには、3つの大きい都
市があります。北の都にテンマと言う都市が有名です。他にも、市と呼ばれる所は、
十数個あるので、全部覚えろとは言いませんが、首都アズマと、西のサキョウ、北
のテンマは、覚えて置いた方が良いでしょう。」
 シャドゥさんは、国家の説明で書いた図の横に、簡易的なガリウロルの国の形を
書いて、3つの大都市が何処に位置するのか、簡単な図を書いてくれた。
「で、この市の中で生活するとなれば、当然、市民権を得なければ生活していると
は言えません。生活すると言うからには、必ず、市民権を取って下さい。」
 シャドゥさんは、そう言うと、小さな円の中に黒い丸を付けて、黒い丸に『市民』
と書いた。なる程。市民になる事で、市を形成して言って、市で集めた金の一部を
税金として納める事で、国家が成り立つと言う訳か。
「ありがとう。シャドゥさん。」
「ホント役立ったぜ。それ、クルーザーの上で、俺がレイクに説明しようと思って
いた内容だ。骨が折れると思っていた所だぜ。」
 エイディが、ニヤリと笑いながら俺の肩を叩く。そう言えば・・・昨日、船上で
説明しなきゃならねぇ事もあるから、覚悟しとけとか言ってた気がする。
「エイディ様が、言うおつもりでしたか。それならば、安心でしたな。」
「ハハッ。構いませんよ。それより俺は、アズマに行く予定だった。何せこの島か
ら近いのは、アズマの方だしな。何でサキョウが、お勧めなんだ?」
 エイディが、そっちの説明を求める。そう言えば聞いていない。
「それは、市民権の獲得について、アズマでは問題があるからです。」
 シャドゥさんは一息吐く。どうやら、余り良い問題では無いらしい。
「俺は、ガリウロルの国の事情までは知らない。良かったら、教えて下さい。」
 エイディは尋ねてみた。エイディは、知識はあるようだが、事情や細かい問題な
どは、余り知らないようだ。
「分かりました。まず第一に、アズマでは外国人での扱いが、余り良くありません。
ガリウロル人以外で、市民権を発行すると言う事は極稀です。ガリウロルでは、セ
ントの影響が少ない。それは、セントの影響だけでは無く、ソクトア全体の影響を
受けないように、やってきた経緯があります。今でこそ、セントの良い所をどんど
ん取り入れて、近代的な発展を遂げていますが、それまで、封建的に国家を運営さ
せてきた歴史があるのです。その考えが根強いせいか、外国人に市民権を与えると
言うリスクは背負おうと、しないでしょう。この島が、セントにバレずにしようと
しているのと同じです。他の者を引き入れるのは、並大抵のリスクでは無い筈です。」
 シャドゥさんが説明する。しかし考えてみれば、その封建的な考えのおかげで、
セントを、ずっと警戒をしてきて、セントの支配を逃れているのだ。その判断は、
英断と言えるのかも知れない。ただ、寂しい考え方だとは思った。
「なる程な・・・。まぁ分からなくも無い話だ。だが、それだけじゃないって顔で
すね。ついでに、教えてくれませんか?」
 エイディは、シャドゥさんが第一にと言った事を覚えていたのだろう。
「2つ目は簡単です。アズマは首都です。しかも、ソクトア大陸に一番近いのもア
ズマです。セントの外交官なども、アズマに住んでいます。これだけ言えば、分か
りますね?」
 シャドゥさんは、エイディを見る。エイディは溜め息を吐いた。どうやら分かっ
たらしい。そういえば、ガリウロルは『く』の字を、少し倒したような形をしてい
る。その先端がアズマで、折れ曲がる所がサキョウ、てっぺんがテンマだったか。
「つまりは、俺達自身が、問題って訳だな。アズマで取得すると、すぐにセントに
俺達の事が、バレちまうって訳だ。」
 エイディが呆れたように手を広げる。なる程ね。『絶望の島』からの追っ手は、
なるべく避けた方が良い。そのためには、アズマで生活してると、すぐに身元が割
れてしまうと言う訳だ。俺達も、中々厄介な立場である。
「ご名答です。・・・一方でサキョウなんですが、ここは良い所です。首都から結
構遠くにあるせいか、アズマとは違う文化が根付いていると言われています。アズ
マより先に、ソクトア大陸と貿易していたと言う事実もあります。」
 へぇ。わざわざ遠いのに、貿易が盛んだったと言うのは驚愕だな。
「それだけ、サキョウの方が自由な印象が多いんです。それ故に、外国人だからと
言って、市民権を拒む事は余りありません。ただし、通常より手続きが必要ですけ
どね。基本的には、市民を登録するためのお金と、定住する場所の提示、職業の提
示、外国人なら、元の国の提示が求められます。ただし、一々全部、確かめる訳で
はありません。基本的にプサグル、ルクトリア、デルルツィア辺りを書いて置けば
大丈夫です。セントだけは、止めた方が良いですけどね。セントの場合だけ、セン
トの住民章の提示を求められますから。」
 シャドゥさんは、サキョウの印象について語ってくれた。しかしセントの住民章
の提示となると、ファリアなどは持っていても、出したら一発で身元が割れてしま
うって訳か。それは確かに、拙いかも知れない。つくづく俺達って、お尋ね者なん
だなぁとか、思ってしまう。
「なる程ね。まぁ俺は正直に、パーズ人と言えば良いし、グリードも、正直にルク
トリア人と言えば大丈夫だ。問題は、ファリアとレイクか・・・。ユードの名前は
ルクトリアにも多い名前だし、レイクはルクトリア人だな。ファリアは・・・。」
 エイディが、ふーむと考えながら話し込む。まぁこういう所は、エイディに任せ
て置いた方が、安心かも知れない。
「そう言えば、エイディってパーズ人だったっけか?」
「おいおい。俺は元々パーズ人だよ。ガリウロルに、前移住した時だって、パーズ
人で通っていたんだからな。そんな質問するなっての。」
 エイディは、俺に文句を言ってきた。そう言えば、ローンと言う名前は、パーズ
に多いって、エイディも言ってたっけか。
「私は、プサグル人と名乗るわ。母の生まれ故郷は、セントとプサグルの国境付近
だったしね。あの辺にも、ルーンの名前は多いと聞いてるわ。」
 ファリアは、プサグル人と名乗る事を決めたようだ。まぁ無難な理由だろう。
「そう言えば、親父から、こんなメモを貰ったんだが?」
 俺は、メモをシャドゥさんや、ジェシーさんに見せる。
「何だ。紹介があるのかい?手回しが良いじゃないか。ゼハーンも。」
 ジェシーさんは、意外そうな顔をしていた。
「この住所は・・・サキョウの名門の、天神家じゃないでしょうか?」
 シャドゥさんは知っているようだ。
「確か最近、凄い勢いで伸びて来ている名門ですよ。そんな方と知り合いだったと
は・・・ゼハーン殿も顔が広いのですな。」
 シャドゥさんの口振りから言って、相当な名門の家みたいだ。
「まぁ正直、最初から手続きするのは、大変だし、頼った方が賢明だと思うさね。」
 ジェシーさんも、異議は無いようだ。まぁ俺達は、手続きとか苦手だしな・・・。
「決まりのようですね。サキョウへの航海地図を渡して置きましょう。今の時期の
嵐も計算に入れての、航海地図です。」
 シャドゥさんは、エイディに航海専用の地図を渡す。エイディは、真剣な顔で、
地図に目を通していた。しかし、何から何まで悪いくらいである。
「こりゃ黙って行くなんて、お門違いだったな。相談して正解だったぜ。」
 エイディは地図に目を通して、脂汗を流す。どうやら最初に通ろうと思ってた航
路は、相当危なかったようだ。
「じゃ、そろそろだな。」
 俺達は、時間を見る。確かに良い時間だ。荷物は、既に纏めてある。取りに行こ
うと思ったら、既に用意されていた。
「あれ?あ!!」
 俺達は、忘れていた。他に挨拶すべき者を・・・。
「サンキューな。パステル。お前が、居たんだったよな。」
 そう。パステルが、既に荷物を取りに言っていたのだ。しかもナイアさんの指示
じゃない。自分の意思で、荷物を運んでくれたのだった。
「よーし。せっかくだし、写真を撮って置くよ!」
 ジェシーさんは、玄関を出て、外に三角立てを用意しておく。最初から、そのつ
もりだったのだろう。カメラも、結構良い物を用意していた。
「よーし!じゃぁ、並んで並んで!」
 ジェシーさんは、上手く撮ろうと調整していた。
「ジェシー殿!・・・私も、入りますかな?」
 何と、上から声がした。その声を聞いて、ジェシーさんは呆れる。
「アンタ・・・全く、無理するなと散々言われてるのに。仕方の無い男だねぇ。調
整してやるよ!!その窓からだろ?」
 ジェシーさんは、写してやる事にした。その相手とは、勿論、親父の事だった。
「寝てろって言っただろう?・・・全く・・・。」
 俺も呆れてしまう。まぁ良い時間になったし、目が覚めたのだろう。そうしたら
ジェシーさんがカメラの用意をしている。そこまでくれば、親父だって、何をする
かくらい想像付いたのだろう。親父の部屋が、玄関の真上なのが幸いした。
「よーし!ピントは、バッチリさね。」
 ジェシーさんは、全員が写るようにバッチリ調整した。真ん中は、シャドゥさん
とナイアさんだ。そして段差の上で、俺とファリアが真ん中に居る。そして俺の横
に、グリード。ファリアの隣に、エイディが居る。そして段差の下でナイアさんの
隣にはパステルが座っていた。と言う事は、シャドゥさんの隣にジェシーさんが入
るつもりなのだろう。そして窓の上に、親父だ。
「よし!後は、このボタンを押すだけさね。」
 ジェシーさんは、遠隔操作用のボタンを持ってくると、素早くシャドゥさんの隣
に入る。そして皆との距離を合わせる。
「よーし!じゃぁ撮るよ!皆、笑顔で頼むよ!1、2の3!」
 ジェシーさんのカウントと共に、最高の笑顔を送る。新しい門出だ。そして皆が、
祝福してくれる。困難な道かも知れないけど、俺は、堪らなく嬉しかった。その気
持ちを、前面に押し出したつもりだ。そう思ってる内に、カメラのシャッターは切
られたようだ。そして間髪入れずに、もう一枚撮ったようだ。
「よーし。じゃぁ、写真が出来たら、送るよ。この住所で良いんだね?」
 ジェシーさんは、俺の肩を叩く。
「そうですね。親父の紹介ですしね。写真の件は、お願いします!」
「それで良い。ああ。それと、この写真、あんま見せるんじゃないよ?もし見られ
たら、ええーと、何だっけ?」
 ジェシーさんは、言葉が思い付かないようだ。
「コスプレしてると言えば、通じますわ。ですね?ジェシー様。」
 ナイアさんが、クスッと笑う。コスプレ?
「そう!それそれ。さすが、良く知ってるねー。」
 ジェシーさんは、ナイアさんを褒める。ところでコスプレって何だ?
「なぁ、ファリア。コスプレって何?」
「ノーコメントよ。ナイアさんたら・・・マニアック・・・。」
 ファリアは、知っているようだった。しかし、顔がどこか赤い。何か、恥ずかし
い事なんだろうか?うーーん。奥が深そうだ。
「何だか、良く分からないけど、そう言っときゃ良いんですね。」
 俺は、イマイチ良く分からないが、とりあえず指示に従う事にした。
「君にも、その内分かるさ。ハッハッハ。」
 シャドゥさんは、からかうように俺の肩を叩く。何なんだろうか?上で親父は呆
れていた。グリードも、イマイチ良く分かってないようだった。エイディは、ゲラ
ゲラ笑っていた。何か知ってそうだが、からかわれそうな予感がするなぁ。
「よし!じゃあ行って来な!半端な事すんじゃないよ!」
 ジェシーさんは、これ以上無い発破を送る。相変わらず、気持ちの良い事を言っ
てくる。やる気が出てくる。
「昨日も言ったが、また会う時まで、無理するでないぞ!」
 親父が、窓から声を掛けてくる。自分の事を棚に上げて、良く言うぜ。でも、気
持ちだけは貰っておいた。
「レイク殿。ファリア殿。グリード殿。そしてエイディ様。私は、貴方達と言う人
間が居た事を、生涯忘れぬ。私が人間を認めたとしたら、貴方達の影響だと思って
戴きたい。」
 シャドゥさんは最大の賛辞を送ってくる。最初は、人間を敵としか見なして無か
ったシャドゥさんにとって、俺達は、それ程、特別な存在になったのだろう。何だ
か照れ臭くなった。
「皆様ー!また来てくださいね!それと、ファリア様!お電話待ってますよー。」
 ナイアさんは最後まで笑顔で居た。涙は、絶対見せないつもりなのだろう。あの
涙脆かったナイアさんがだ・・・。それとパステルが、いつまでもこっちを見て、
尻尾を振り続けている。
「絶対電話するから、そっちこそ出ないなんて無しよ?じゃぁ頑張りまーす!!」
 ファリアらしい元気な挨拶をする。そして、クルーザーに乗り込む。
「この島で、俺は成長しました。この恩は忘れはしませんぜ!この島は、俺の第2
の故郷だぜ!よっしゃ!行って来るぜぇ!!」
 グリードは、珍しく一礼すると、気合を入れてクルーザーに乗り込む。
「ま、適度に頑張ってくるからよ。応援頼むぜ?じゃあな!」
 エイディは、親指を立てて挨拶すると、さっさとクルーザーに乗り込む。
「色々あったけど・・・。楽しかった!俺は、この島に来て本当に良かったと思っ
てます。また挨拶しに行きますから、待っていて下さい!俺の人生は、ここから始
まったんだし、簡単には終わらない!!・・・よし!やれる所まで、突っ切ってや
るから見ててくれ!行くぜぇ!!」
 俺は、とにかく感情をぶつけて挨拶すると、最後にクルーザーに乗り込む。それ
を確認すると、エイディは、エンジンを吹かす。そして航海地図で、方向などを確
認して、舵を動かし始める。上手い物だ。
 そして、船は動き出した。島を見ると、対岸のあちこちで、一緒に稽古した魔族
達が、集まって手を振っていた。俺達は、手を振り返していた。
 種族が違う・・・それが、何なんだろうか?
 絆さえあれば、分かり合えない事なんて無い。
 一番拘っているのは、人間なんだろう。
 一度その枠さえ取れば・・・分かり合えると言うのに。
 俺達は、その枠を作らない事を、ここで誓った。
 こんなに素晴らしい仲間が見ててくれた。
 それだけで胸が、いっぱいになる。
 魔族の島、硫黄島『魔炎島』『鬼ヶ島』・・・。
 この島を、畏怖で呼ぶ奴が居るが、俺達にとっては、楽園の島だった。
 その島を敢えて離れるのは、愚かかも知れない。
 でも甘えたくないのだ。
 自分から進むために離れるのだ。
 未だ見ぬ国家ガリウロル・・・。
 ここでは、何が待ち受けているか分からない。
 でも、俺は負けない。
 この島で、学んだ事は大きいから・・・。
 それに俺の生きる道は、まだ始まりを迎えたばかりだ。
 立ち止まってなんか、いられない。
 遠く離れていく硫黄島を見て、俺は強く願った。
 俺の知る素晴らしき仲間に、幸福をと・・・。
 届いたかどうかは知らないが、船は進んでいくばかりだった。
 ソクトア2041年11月・・・歴史はゆっくりと動いていた。



ソクトア黒の章2巻の1前半へ

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