NOVEL Darkness 2-2(Second)

ソクトア黒の章2巻の2(後半)


 昼食の時間になって、俺は、再び恵と顔を合わせた。さっきより、大分顔色が良
かった。あれから、睦月さんに診断してもらって、薬を飲んだのが幸いだったらし
く、随分と苦い薬を、飲んだのだとか・・・。
 睦月さんは、自分が失敗したと思ったのか、恵が倒れた事を知ると、急いで、恵
の心配をしていたらしい。それから、余り表情が冴えない。恵の御付でありながら、
恵が倒れるのを予想出来なかった自分を、恥じたらしい。しかし恵の発作は、定期
的な物らしく、さっきのは、かなり珍しいタイミングだったと言うので、仕方の無
い事なんじゃないだろうか?それに恵も、元気になっているみたいだし・・・。
 それにしても凄いのは、この昼食だ。元気が無くて、表情が冴えなかったと言う
のに、料理の方は手抜きを感じない。竹の子は、非常に上手く味付けしてあるし、
大根の煮付けも固くも無く、柔らかくも無く絶品だ。おかげ様で、美味しく戴けた。
 まぁそれから少し経ったので、好い加減、体を動かさないと、鈍ってしまうと思
ったので、道場に赴いた。この天神家の道場も、『企業家』としての天神家にして
は、立派な物だった。爺さんちの道場と比べても、遜色無かった。
「これが、敷地内にあるってのが、信じられないぜ。」
 俺は、道場を見渡す。爺さんちだって、屋外に道場があった。塀の敷地内に、こ
んなでかい道場があるのは、天神家ならではだろう。
 つくづく俺の生まれた家ってのは、特別なんだなと思う。この家でしか、体験出
来ない事は、嫌と言うほど体験した。また、この家を出てから体験した事も、俺に
とっては、新鮮だった。今は・・・この家に居ながら、家を出てから体験した事を
活かしている状態とでも、言うべきだろうか?充実してると言えば、してるな。
 俺は早速、胴着に着替えて、1人稽古を始める。相手を想像しながら戦う基本的
な稽古の一つだ。独闘とも言われている。たかが独闘と思っては、いけない。描く
物が現実的になればなる程、この稽古の意味は、強まるのだ。俺は毎日のように爺
さんと稽古していた。だから、仮想爺さんとの組み手は、未だに出来る自信がある。
より現実的に思い描く事は、より実践的になるとも言える。
 俺は、右拳を腰に当て、左手を、前に突き出す天神流空手の基本とも言える構え
をする。そこから、爺さんとやった組み手を、より正確に思い出しながら、避けて
拳を繰り出す。爺さんとは、ほとんど実戦形式の組み手ばかりやっていた。最初は、
触れる事も出来なかったが、最後の方は、俺の方が、勝率が増したくらいだ。
「せぃぃ!!」
 俺は、気合を乗せた拳を打つ。俺にとっては、空を打ってる訳では無い。飽くま
で、仮想爺さんを倒すための拳だ。防御だって、忘れない。爺さんは、隙さえあれ
ば、容赦無く打ち込んできた。打ち返すためには、防御と同時に攻撃の事を考えな
ければならない。仮想爺さんは、蹴りを放ってくる。それを、しゃがんで躱すと、
下段蹴りで、仮想爺さんを浮かす。そこに正面への蹴りを放つ。
「ふぅぅぅぅぅ・・・。」
 俺は、仮想爺さんを、吹き飛ばすのが見えた。一本だ。
「お見事ですわ。」
 道場の扉から声がした。いつの間にか、恵が来ていた。恵だけじゃない。睦月さ
んや、葉月さんまで居る。皆、胴着と袴を着てる所を見ると、稽古しに来たのだろ
う。結構、欠かさず稽古してるんだな。
「見てたのか?」
 俺は、少し恥ずかしくなる。端から見れば、1人で動いてるようにしか見えない。
「ええ。あんなに実践的な、独闘が出来るなんて、凄いですわ。」
 恵は、最初から見ていたらしい。
「さすがは天神流。独闘にも、気合の入り方が違いますね。」
 睦月さんも、参考になったみたいだ。
「1人で動いてるとは、思えない動きでした。相手は、誰を思い浮かべてたのでし
ょうか?誰かと闘ってるのを、想像していたようですが?」
 睦月さんは、気が付いていたか。まぁガードまで混ぜれば、分かるかな。
「爺さんだよ。毎日、稽古してたからな。」
 爺さんの動きは、手に取るように分かる。向こうも、そうだったのかも知れない。
「瞬様は、真様の事を、尊敬しているのですね。」
 睦月さんは、尋ねてくる。
「祖父で、師だからな。尊敬してたよ。」
 俺は、当然のように返す。爺さんは、俺にとって、欠かす事の出来ない人物だっ
た。それは、間違いない。
「瞬様には申し訳ありませんが、私は、好きにはなれない人でした。」
 睦月さんは、溜め息を吐く。睦月さんが、ここまでキッパリ意見を言うのも、珍
しい事だ。だが、それだけに、本当に嫌いだったのだなぁと思う。
「睦月。爺様の事は、吹っ切れなさいと、言った筈ですよ。」
 恵が、苦言を言う。睦月さんは、どうしても好きになれない理由があるのだろう。
「姉さん・・・厳導様は、真様がお嫌いだったのでは、無い筈ですよ。」
 葉月さんが、フォローを入れる。
「お黙りなさい!葉月。厳導様は、関係ありません。」
 睦月さんが、厳しい目付きで葉月さんを見る。どうやら、睦月さんの前で、父の
話をするのは、余り良くないみたいだ。
「睦月。関係無かったら、貴方が怒る筈も無いと思うから、言ってるのではありま
せんか。全く・・・。それに、貴方と父様が、どれだけ互いを信用してたのか、分
からない私だと思って?少しは、素直になる事です。」
 恵が、口を尖らす。確かに父は、睦月さんの事は、全面的に信用していたし、睦
月さんも、全力でそれに応えた。息が合うと言うのは、正に睦月さんと、父のため
にあるような言葉だと言っても良かったくらいだ。俺が居なかった3年間も、変わ
らず頑張っていたのだろう。今の恵の言葉にも、それは表れている。
「厳導様のお側に居た12年間は、幸せでした。でも、私は、今も幸せなんですよ?」
 睦月さんは、俺が物心が付く頃から、使用人をしていた。しかし、15の時から
使用人をしていたのか・・・。睦月さんは・・・。
「厳導様の遺志を継ぐ恵様。そして、お戻りになられた瞬様が居る。厳導様が望ん
でいた光景を見れる私は、幸せ者なのです。」
 睦月さんは、幸せなのだと言う。父が死んでしまったと言うのに、幸せなのだろ
うか?俺は、考えてしまう。でも睦月さんは、本当に幸せそうだ。
「後は瞬様が、このお屋敷に慣れて下されば、言う事は、ありません。」
 睦月さんは、付け加える。やっぱりそう言う所は、睦月さんらしい。
「ま、立ち話は、ここまでにしましょうか。稽古を始めましょう。」
 恵が、機敏に体を動かしている。そう言えば恵は、さっきの発作は、大丈夫なの
だろうか?まるで、何事も無かったかのように、振舞っている。
「恵。大丈夫なのか?」
「ああ。発作が治まると、普段通りの生活と変わりませんので、大丈夫です。」
 それに、嘘は無いようだ。その証拠に、睦月さんが、さっきまでしていた心配を
していない。睦月さんは、無理をしていれば、すぐに見抜いただろう。
「恵様。まずは、私とお願いします。」
 葉月さんが、自然体に近い形で、上下に手を持っていって構える。
「綺麗な型だな。」
 俺は、つい感想を漏らす。葉月さんは、極自然に構えているが、文句の付けよう
が無い。葉月さんも、相当な使い手なんだよなぁ。
「それは、恵様の構えを見てから、言った方が良いですよ。」
 睦月さんが、忠告する。恵の方は・・・。
「・・・す、凄い・・・。」
 俺は感嘆の声を上げた。恵は、まさしく普段通りの構えを見せている。そう。普
段通りなのだ。優雅に髪を掻き上げる仕草も変わっていない。凄い自然体だ。
 更に凄いのは、恵からは、何も感じない事だ。まさに風の如し。どうやったら、
あそこまで、闘気を消せるのだろうか?
「あれが恵様です。完全なる周りとの合気を、具現出来る素晴らしい才能です。」
 睦月さんが言っているのは、恵が主人だからだと言う事を差し引いても、本当の
事だろう。そう思わせる程、完璧な佇まいだった。
「葉月。遠慮は要りませんわ。掛かって来なさい。」
 恵は、余裕の表情で、葉月さんを見る。
「失礼します。」
 葉月さんは、恵の襟を取る。そして引っ張ろうとした瞬間、恵が、葉月さんの腕
を取って小手返しを決める。
「早い!」
 俺は、恵の小手返しの瞬間を確かに見た。その返しは、正に完璧なタイミングだ
った。葉月さんは、受身を取って立ち上がる。そして腕を取る。そして、もう一歩
の手を添えようとした瞬間に、恵が腕を捻って投げを決める。凄い・・・。相手の
力を、入れる瞬間を見切っている。どんな感覚を持っていると言うんだ。
「恵様は、凡人なら30年は掛かると言われた合気を、3年で習得なさいました。
勿論、その努力は、凄まじい物がありました。空き時間は、全て修行に費やした程
です。しかも、合気の達人のビデオを買われて、徹底分析などもなさいました。」
 恵は、病気と闘いながらも、そんな事までしていたのか。凄い奴だ。俺だって3
年で天神流を覚えるのは大変だった。恵の努力には追いつくかどうか・・・。
「参りました!私が敵う所では、ありません。」
 葉月さんは、とうとう降参する。確かに恵の投げを、あれだけ綺麗に決められた
ら、堪った物では無いだろう。
「どうです?兄様。」
「さすがだよ。見事な投げを、あれだけ打てれば、言う事なんか無いさ。」
 俺は正直な感想を言う。確かに鋭い投げだった。葉月さんも、綺麗に受身が取れ
る程だ。素晴らしく切れ味が良かった。
「そう言われると、光栄なんですけどね。そうも、いかないんです。」
 恵は、溜め息を吐いた。そして、葉月さんの方を向く。
「葉月?手加減されたら、練習になりませんわ。」
 恵は、厳しい声で葉月さんに言う。・・・って、手加減だって?
「私は・・・そんな・・・!」
「あら?騙せると思ったのかしら?私の眼は、節穴ではありませんよ?」
 恵は腕を組む。かなり不満そうだ。
「・・・なる程ね。おかしいと思いました。葉月・・・。手加減をしていたのです
ね。恵様に、お情けなんか、掛けられる立場では無いと言うのに・・・。」
 睦月さんも、葉月さんを睨む。手加減していたのか?確かに葉月さんの性格上、
ありえる事だ。でも、そんな風にも見えないけどな。
「お情けなんて、掛けて無いです!」
 葉月さんは、必死に頭を振る。
「なる程。嘘でも無いようね。なら言い直すわ。手加減してるつもりは、無いでし
ょう。でも、貴女は、本気が出せないようですね。」
 恵は言い直す。なる程。そう言われれば、何となく分かる。葉月さんは、手加減
してるつもりが無くても、つい、加減をしてしまう。これは、性格の問題だろう。
「・・・葉月。貴女の、その心の弱さは、藤堂家として致命的です。」
 睦月さんは、いつものような、尖った口調では無かった。葉月さんに対しては、
諭すように話し掛けている。俺とは、えらい違いだ。
「申し訳ありません。姉さん。」
 葉月さんは、目を伏せる。自分でも、気が付いているのだろう。
「葉月。全力を出さないのは、相手を負かすより、失礼な事なのですよ?」
 睦月さんは、葉月さんの性格を、直そうとしている。
「この機会に言って置きます。勝負する時は、持っている物を全てをぶつけるつも
りで行きなさい。例え私や、恵様、瞬様が相手でもです。良いですね?」
 睦月さんは、言い聞かせる。葉月さんの性格上、こうでも言わない限り、無意識
の内に遠慮してしまうのだろう。
「すぐには出来ないと思いますが・・・頑張ります。」
 葉月さんは、睦月さんの目を見据えて言った。確かに、すぐ治る物でも無いだろ
う。だが、葉月さんが頑張る以上、良くなって行く事は、間違い無い。
「じゃぁ、もう一度、勝負しましょう。」
 恵は、もう一度構える。相変わらず優雅だ。構えてるのかすら、分からない。だ
が、良く見ると、ちゃんと一重の半身の型になっている。移動の足捌きなども、基
本と共に相手に合わせて、ずらしたりしている。その動きは、理に叶っていた。
「葉月。貴女の本気を、見せてもらうわ。」
 恵は、初めてちゃんと構えた。受けじゃなくて、攻撃に転ずる気だ。
「心を強く・・・ですね。」
 葉月さんは、そう言うと、さっきとは違う構えを見せる。何だか、見てるだけで
落ち着きそうな、自然な構えだ。
「さすがね。さっきとは、大違いよ。」
 恵は、慎重に歩を進める。葉月さんは、ゆっくりと、恵の手を取る。そして、ゆ
っくりとだが、テキパキと恵の腕を捻りに掛かる。非常に自然な形だ。恵は、それ
を反対に利用して、手首の返しで投げようとする。しかし、投げる前に、葉月さん
は、恵の腕を離して、恵の投げをサラリと躱す。そのまま手刀の部分で、こめかみ
を打ちにくる。それを恵は、後方に回って避けると、半身を捻りながら、近づく。
「・・・二人共、凄い動きだ。」
 俺は、ハッキリ言って、びっくりした。二人共、思った以上に動きが早い。ゆっ
くりに見えるのだが、無駄が無いのだ。
「思った通りですね。葉月は、本当はあれだけ、動けるのです。」
 睦月さんは、葉月さんの動きを見て、納得している。
「いつも、あんな組み手をやってるのか?」
「いいえ。あそこまで激しいのは、見た事無いですね。葉月は、いつも遠慮してい
ましたからね。葉月は、昔から、そう言う所が、ありましたから。」
 睦月さんは、葉月さんの能力には、一目置いているようだ。
「そうで無くては、困るんですよ。葉月は、藤堂流合気道の継承者ですから。」
「へぇ・・・って、マジですか!?」
 俺は、飛び上がるほどビックリする。あの葉月さんが、藤堂流合気道の継承者だ
った何て、初めて知った。睦月さんが、継いだのかと思っていた。
「私も、最初は反対でした。心の弱さを指摘しました。ですが、父上のお心は、変
わりありませんでした。ですが、葉月の実力は、私も良く存じていましたので、命
に従いました。」
 睦月さんは、認めていたようだ。葉月さんは、藤堂流を継ぐのに相応しい実力を
持っていると言う事をだ。
「一昨年の事でしたがね。それが、父の遺言でした。それからしばらくして、葉月
は、このお屋敷に勤めると、決めたようです。」
 睦月さんは教えてくれた。そうか。藤堂のオジさんは、一昨年に亡くなったのか。
全然知らなかった。俺は、オジさんから、結構良くしてもらったのにな。
「継承者でありながら、使用人の道を選ぶと、私に、ハッキリと言いましたからね。
反対でしたが、葉月の決意が固かったので、私は、容認する事にしました。」
 葉月さんは、ああ見えて、決めた事に関しては、必ずやり通す強さを持っている。
相手に対する優しさ故の弱さを持ちながら、諦めない強さを持っている。
 だから睦月さんも、葉月さんの意見を、尊重したのだろう。恵は、その葉月さん
の強さを見抜いていた。だからこそ、葉月さんが手加減してるように見えたのだ。
「良いわよ。葉月。私が見たかったのは、その姿よ。」
 恵は、葉月さんに、当て身を食らわそうとするが、葉月さんは、自然体で避けま
くっている。反対に葉月さんの当て身は、恵が優雅に捌いている。並みの格闘家の
打撃なら、全部往なされてしまいそうな程の、捌きだった。
「恵様も凄いです。私の当て身が、これ程、捌かれたのは、初めてです。」
 葉月さんは、良い汗を掻いていた。それ程、恵とは、実力が近いのかも知れない。
「私は天神家の当主ですからね。そう簡単に、負ける訳には、いかないのです。」
 恵は、葉月さんの腕を取る。腕取りか!そして、手首を極めに掛かる。それを、
極められる前に、葉月さんは手を引く。そして、手の返しだけで、恵を投げに掛か
る。恵は、自ら飛んで、投げが決まる前に着地する。そして、腕を引きながら、葉
月さんの腕を、折り曲げて、小手投げを決めようとする。だが葉月さんは、投げに
逆らわずに、前転するような感じで受身を取る。そして葉月さんは、正座に近い形
で、座る。足の爪先で、立たせてる感じだ。少し浮いてるようにも見える。
「脆座(ぎざ)・・・。葉月の、得意な形に入りましたわ。」
 睦月さんは、脆座は、葉月さんの得意な形だと言った。確かに、ただ座ってるだ
けなのに、感じる圧力は、相当な物だった。
「脆座なんて、只の基本の動きに過ぎないのにね。貴女が座ると、それだけで圧力
を感じる何てね。そうこなくては、面白く無いわ。」
 恵は、返し手刀で中心線を狙う。それを葉月さんは、座ったまま左手で、受け止
める。そして、恵の手首を掴んで捻る。それと同時に、恵の肘を、右手で押し込ん
で、無理矢理座らせる。恵も、脆座の形になる。
「余程、自信があるみたいね。」
 恵は、冷や汗を掻きながら、葉月さんを見つめる。
「まずは、自分の中でも、自信のある形で、本気を出します。」
 葉月さんは、心に打ち勝とうと必死なのだ。そのために、一番自信のある形にし
たのだ。この形なら、葉月さん有利だと踏んだのだろう。
「私が勝ちたかったのは、その圧力を放つ、貴女よ。」
 恵は、当て身を放つ。葉月さんは、それをわざと腹に受ける。しかし、それと同
時に、恵の体が空中を舞った。
 バスン!!
 良い音が鳴る。恵が文字通り、叩き付けられたのだ。下が畳とは言え、結構効く
だろう。それにしても、恵を投げるなんて、想像以上の強さだ。恵の当て身を食ら
って、攻撃に、意識が集中する瞬間を、狙って投げたのだろう。
「やるわね。葉月!!」
 恵は、燃えるような瞳で、葉月さんを見る。気のせいか、恵の瞳が、赤くなって
いるように見える。どう言う事なんだ?
「恵様!いけません!!」
 睦月さんが、飛び込む。そして、葉月さんと恵の間に入る。
「どうしたんだ?」
 俺には、訳が分からない。葉月さんが、有利だったかに見えたが?
「あ・・・。睦月。」
 恵は、冷静さを取り戻す。確かに、さっきの恵は、ちょっと普通じゃ無かった。
「恵様、今日は、安定しない日のようですね。」
 睦月さんは、恵をその場で診断する。元気が良さそうに見えるが、そうでもない
のだろう。ああ見えて、結構な疲労があるのかも知れない。
「そのようですね。・・・睦月。済まないけど、休みます。」
 恵は冷静になると、深呼吸をする。どうやら、さっきの発作らしき物が、再発し
たらしい。早く、良くなってもらいたい物だと思う。
「申し訳ありません。恵様。体調の事も考えずに・・・。」
 葉月さんが、謝る。
「私が望んだ事です。謝罪は、不要です。葉月。」
 恵は、気丈に言った。恵の奴、本当に強くなったんだな。それに、思いやる心も
忘れていない。俺なんかより、しっかりしてるぜ。
「葉月。恵様が言っておられるのなら、気にする必要はありません。良いですね?」
 睦月さんは、葉月さんに念を押す。睦月さんは、こう言う所で、意外と平等に扱
う。変に、主人に媚びたりはしない。そういう所は、尊敬出来る。
 チリーン・・・。
 鈴の音が鳴る。この音は、どこかで聞いた事があった。
「来客でしょうか?」
 葉月さんは、近くの同僚の使用人に目配せする。すると確かめに行ったようだ。
 しばらくすると、パタパタと使用人の人が、戻ってきた。
「どうでしたか?・・・なる程。」
 葉月さんは、事情を聞いている。どうやら、重要な客でも無さそうだ。
「恵様。御学友が、訪問に来たようです。」
「学友?学友と呼べる者は、まだ居ないのですけどね。名前を聞いてらっしゃい。」
 恵は命じる。すると使用人が、手早く反応した。さすが管理は、行き届いてる。
 しかし学友ともなると、俺も知ってる奴かな?すると、使用人が戻ってきた。
「え?ええ・・・。分かりました。」
 葉月さんは、神妙な表情を見せる。
「どうしたんだい?葉月さん。」
 俺は、葉月さんの様子に気が付いて、尋ねてみた。
「どうやら、名前を教えてくれないそうなので・・・私が、対応しに行きます。」
 葉月さんは、名前を聞きに行く。恵はその間、道場で、睦月さんの看病を受けて
いる。と言っても、睦月さんが見るまでも無く、恵は立ち上がった。どうやら、軽
い発作だったようだ。しかし、大丈夫なのだろうか?
「大丈夫か?恵。」
 俺は、尋ねてみた。恵は深呼吸をすると、手の感覚を確かめていた。
「問題無いみたいですわ。ご心配掛けました。」
 恵は、目の輝きが戻る。大丈夫そうだ。しかし、さっきの変化は、何だったのだ
ろうか?あれも、病気の内の一つなのだろうか?
「大丈夫そうですね。ですが、このお薬も、飲んで置いて下さい。」
 睦月さんは、懐から薬を取り出す。どうやら、持ち歩いていたようだ。さすが睦
月さんだ。恵の管理は、しっかりしている。
「分かりました。全く・・・災難続きです。」
 恵は不平を言いながら、薬を口に含む。体調管理が出来ない自分に、苛立ってい
るようだ。でも恵のは、持病だし仕方が無い気がする。
 そうこうしている内に、葉月さんが戻ってきた。
「恵様。ご学友の訪問は、瞬様の見舞いだそうです。」
 葉月さんは、俺を見ながら話す。
「なる程。で、どなたが来たのです?」
 恵は、大体予想が付いているらしく、余裕の表情になる。
「一条 江里香様です。」
 ん?って、江里香先輩か!俺の見舞いに来たって・・・。
「兄様。うろたえないで下さい。なる程。あの先輩でしたか。」
 恵は、思っていた通りだったようで、溜め息を吐く。
「仕方がありません。私が、対応します。」
 恵は、顔色も良くなって来た様で、葉月さんに付き添われて玄関の方に向かった。
「俺が行けば、良いだけじゃないのか?」
 俺は、先輩が見舞いに来たのなら、俺が行けば、良いだけだと思った。
「瞬様。瞬様は今日、お休みになられたのですよ?お忘れになりましたか?」
 睦月さんが、ジト目で俺の事を見る。そうだった・・・。俺は、今日失神して、
休んだんだった。休んでる人間が、いきなり対応しに行くなんて、おかしい話だ。
「でも、それは恵も一緒じゃ?」
「恵様は、瞬様の看病と言う理由で、お休みになったので問題無いと思います。」
 そうだった・・・。睦月さんに突っ込まれなきゃ分からないなんて、俺も馬鹿だ
な。しばらくすると、鈴の音が鳴った。あれ?さっきと違う気がする。
「瞬様。どうやら、ご学友がここに来られるみたいです。今のは、その合図です。」
 睦月さんは説明する。って、ここに来るのか?うーーーーん。良いんだろうか?
俺は、休んでる立場なのに、ここで元気に稽古しているなんて・・・。
 しばらくすると、恵の話し声が聞こえた。
「良いですか?兄様は、体調が良くなったとは言え、大事を取っているんです。く
れぐれも、無理させぬよう、気を付けて下さい。」
 恵は、先輩に釘を刺しているようだ。
「無理なんてさせないわよ。空手部の主将として、様子見に来ただけなんだから。」
 江里香先輩の声も聞こえた。本当に、来てたんだ・・・。
「まぁ良いですわ。稽古してる程、ピンピンしてますからね。」
 恵は呆れたような声を出しながら、道場の扉を開ける。すると、江里香先輩の顔
も見えた。恵は、溜め息を吐いていた。
「おおー。瞬君、かなり元気そうじゃない。さては、ズル休みかなー?」
 江里香先輩は、口元を上げて笑っている。しかし、憎めないから不思議だ。
「いや、そう言う訳でも無いんですけどね。まぁ、元気になったし大丈夫かなーっ
て思いまして・・・稽古して無いと、落ち着かないんですよ。」
 俺は、言い訳臭い事を言う。何で、もっと上手く言えないんだろうね。俺ってば。
「ははっ。冗談よ。今朝は、派手に倒れたみたいだけど、元気そうで何よりよ。」
 江里香先輩は、ニコッと笑う。ああ。やっぱり、この人は優しい。なんだかんだ
言って、俺の事を、心配してくれている。
「しっかし噂に違わぬ大きい家ねぇ。敷居の中に道場がある家なんて、初めてだわ。」
 江里香先輩は、興味深そうに道場を眺めている。まぁ俺でさえ、信じられないく
らい大きいと思っているんだし、当然かな。
「先輩。先輩の一条家も、結構な大きさでは無いですか。謙遜は、いけませんわ。」
 恵が、突っ込みを入れてくる。
「いやぁ・・・うちだって、そこらの家よりは大きいと思うけど、ここまでじゃな
いわよ。お世辞抜きで、立派な家だと思うわよ。」
 江里香先輩の家も大きいのか。まぁ、あの校長の孫だもんなぁ・・・。あの校長
も、相当なやり手だし、結構、大きい家なんだろう。
「一条の方に、そこまで言われると、光栄ですわ。」
 恵は、余裕で流す。何て自然なんだ。俺は、ああ言う切り返しは出来ないな。
「あれ?そう言えば先輩。部活は?」
 まだ部活が終わっていない時間の筈だ。
「部活?今日は、瞬君が居ないから、張り合いが無いし、副主将に任せちゃったわ。」
 うわ。さすが先輩だ。サラリと、凄い事を言う。
「主将が、何をやってるんですか。全く・・・。」
 恵は、江里香先輩の好い加減さに呆れていた。まぁ、恵が呆れる気持ちも分かる。
「良いのよ。どうせ私が入ったら、稽古にならないわよ。」
 江里香先輩は、後ろ髪を掻き上げながら言う。しかし本当の事だろう。部員達に
は悪いが、江里香先輩の実力は、群を抜いている。
「それにしても・・・恵さんも、武道やってるんだ。」
 江里香先輩は、恵が胴着を着ているのが、珍しいと思ったようだ。
「ええ。合気道を嗜み程度に。」
 うげ。あれで、嗜み程度と言うのか?どう見たって、そんなレベルじゃないぞ。
「へぇー。合気道かぁ。そちらのお姉さん二人も、強そうね。」
 江里香先輩は、睦月さんと葉月さんを見る。この人は、実力を見抜くのが早いな。
「人に見せられる程度では、御座いません。」
 睦月さんは、速攻で答える。取り付くシマも無いな。
「護身術の一つと思って、やっています。」
 葉月さんは、おっとりと答える。護身術にしては、随分と凄いんだが・・・。
「先輩。うちの使用人相手に、何を聞いてらっしゃるのですか?」
「使用人だったの?ふーん。でも、その二人は、扱いが特別って感じするんだけど?」
 うげ。鋭い。さすがは先輩だ。睦月さんと葉月さんは、使用人の中でも、特に俺
達に近い。権限も、他の使用人とは、段違いなのだ。
「特別って程でもありません。私は恵様のお世話をしているだけです。」
 睦月さんは、サラリと言ってのける。充分、特別な気がする。
「ま、あまり詮索するのも野暮かしらね。」
 先輩は、あっさりと引き下がった。
「でも、名前くらい教えてくれても、良いんじゃない?私は、一条 江里香よ。」
 先輩は先に名乗る。こう言われると、名乗らない訳には行かない
「私は藤堂 睦月と言います。ご満足ですか?」
 睦月さんは、一礼する。それにしても部外者には冷たいんだなぁ。睦月さん。
「私は藤堂 葉月と申します。」
 葉月さんは、丁寧に挨拶する。
「ああー。なる程。藤堂流合気道の人達だったのね。」
 うわ。さすが先輩。一発で見抜いた。どう言う眼力してるんだ。この人は。
「先輩。使用人に、根掘り葉掘り聞いて、どうするんですか?」
 恵は、イライラしているみたいだ。
「そう怒らないでよ。ちょっと興味が出てきただけじゃない。カリカリし過ぎると
体に毒よ?恵さん。」
 先輩は、指を振ってニコッと笑う。あの恵が、優雅に対応出来ないなんて、先輩
も凄いな。しかし、楽しそうだなぁ。
「カリカリなんてしてません。呆れているだけです。」
 恵は、腰に手を当てて、吐き捨てる。どうやら先輩とは相性が悪いようだ。
「ああー。先輩。今日は、見舞いありがとう御座います。」
 俺は、言い忘れていたと思ったので、言って置いた。
「礼を言われる程の事じゃないわよ。それに、私も楽しんでるから問題無しよ。」
 と言うより、明らかにそっちの方が、メインなんじゃないだろうか?
「よーし!じゃぁ帰ろうかな。瞬君の顔を見て安心した。明日から出なさいよ。」
 江里香先輩は、納得したようで、帰り支度をする。
「お帰りになるのですね。今日は、わざわざご足労お掛けしました。」
 恵は、優雅に挨拶する。イラついてても、優雅さを忘れない。
「機会があったら、また来るわね。」
 江里香先輩は、サラっと凄い事を言う。
「その時は、お手合わせ願うわ。恵さんに、睦月さんに葉月さん。」
 江里香先輩は、本気のようだ。また来る気、満々だなぁ。
「せめて用事を作って、来て下さい。」
 恵は呆れっぱなしだ。江里香先輩は自由過ぎる。あれで、あそこまでの器が無か
ったら、恵相手に、あそこまで言えないだろう。
「あ。私が送ります。」
 葉月さんは、江里香先輩に付き添っていった。どうやら、玄関まで見送るようだ。
仕事を忘れない葉月さんの姿勢には、感服するなぁ。
「大変な、ご学友をお持ちのようですね。瞬様。」
 睦月さんは、嫌味を言ってくる。睦月さんも、呆れているのだろう。
「良い先輩なんだけどね。自由過ぎる所があるから。」
 俺は、笑って誤魔化す。と言うより、それくらいしか出来ない。
「あの人には、通用しない事がいっぱいあるから、気を付けなさい。」
 恵は、睦月さんにアドバイスを送る。
 ああ。何だか、これから色々トラブルが起きそうな予感がする・・・。


 大変な一日だったが、何とか無事に終わったようだ。夕食後は、特に何も無く、
無事過ごせた。このままなら、明日から学園に戻っても支障は無い。そう何日も休
む程、俺は不真面目でも無いからな。
 それにしても・・・帰ってきたって実感が、やっと沸いてきた。今までは、疲れ
過ぎたと言うのと、色々な人の死が、俺に余裕を忘れさせていた。だが、こうやっ
て、余裕を持つようになると、自然と、色々な事を考えてしまう。
 特に夜と言うのは、色々と物思いに耽るには持って来いの環境だ。窓から見ると、
月も出ている。綺麗な月だ。昨日は、この月を見るまでも無く、失神してしまった
んだったな。勿体無い事だ。
(君も、根に持つね。)
 物思いに耽っている時に、現れるなんて無粋だなぁ。
(君とは、意識レベルで繋がっているからね。自然と君の考えは伝わってくるんだ。)
 そう考えると、非常に嫌だな。いつ何処でも、覗かれているようだ。
(失礼だな。私だって分別はあるぞ。今のように、失礼な事さえ思わなきゃ、君の
考えに入り込もうだなんて、思ってはいない。安心したまえ。)
 そんな事を聞いた後で、安心しろと言われてもね。無理があるって物だ。
(そうだな。君の言う通りかも知れんな。では、諦めたまえ。)
 容赦無いなぁ。アンタ・・・。
(時に、物思いに耽っているらしいが、どんな事だ?)
 あのね・・・。そう言う事は、自分1人でやる物だろ?まぁ、アンタに言っても
無駄か。一つは、恵の事だ。
(妹君か。中々の人物だな。)
 ああ。俺なんかより、よっぽどしっかりしてる。恵が居る限り、俺はしっかりと
した兄貴として、振舞わなけりゃならない。
(嫉妬でも、しているのか?)
 馬鹿言っちゃ困る。俺は、恵のようにはなれないし、あっちだって、俺のように
は、なれないさ。でも、一緒に暮らす限り、恵の役には立ちたいんだ。3年間も、
ほったらかしにしてきたからな。助けになる事なら、どんな事でも、してやりたい。
(なる程。だが、一抹の不安は、拭い去れないと言う訳だな。)
 ・・・気付いていたんだな。アンタ。
(君が狼狽する様を見れば、自然と見当が付く。)
 意識レベルで繋がってるってのは、本当らしいな。確かに恵は、病気がちだが、
頼れるようになった出来の良い妹だ。・・・だが、時折見せる表情は、俺は見た事
も無い表情なんだ・・・。あの恵は、何者なんだ?
(君に良く無い方向での話なら、3つ程、考えられる。)
 良く無い方向で・・・か。参ったな。まぁ良いや。教えてくれ。
(ふむ。だが、これを説明する前にだ。君は、魔族の存在を知っているか?)
 魔族?良く伝記で耳にする単語だな。ソクトア記第2章だっけか?あの伝記なら
爺さんの家に、全巻揃ってたから、読んだぜ。
(その時代を、私は知らないのだが、私も伝記は、目にした事がある。それなら、
話は早いな。その伝記で出てくる魔族だ。)
 そういや、アンタ、その時代をすっ飛ばして、今に飛ばされたんだっけか。
(ミシェーダも、ふざけた事をしてくれる物だ。)
 話が、逸れそうだな。戻してくれ。
(そうだな。その魔族と言うのは、今でこそ存在を隠されているが、今も、ソクト
アに隠れ住んでいる。私もてっきり、魔族は、遥か地下の魔界に帰ったとばかり思
っていたのだがな。どうやら、地表である人間界に、まだ居るみたいだな。)
 ふーん・・・。魔族ねぇ。実感が沸かないぜ。見た事無いしな。しかし今、アン
タ、凄い事を言ったな。この俺達の遥か地下に、魔界があるとか・・・。
(そうか。伝記にも、書いて無かったな。ならば教えておこう。我ら、天界と言う
のは、神が作り上げた、あらゆる万物の雲の上に直結している世界の事だ。あらゆ
る星の、生物が居る所なら、全て転移する扉がある。ソクトアは、その転移する扉
の一部に過ぎない。最もソクトアは、余りに力ある者が出過ぎているため、最重要
地域として、認定されているのだがな。全宇宙を見ても、この星程、強者が出る星
は少ない。)
 それこそ実感が沸かないな。この星が特別ってのがなぁ・・・。最重要地域の割
には、結構平和なんじゃないのか?
(あのな。今の時代の、何処が平和なのだ?君には、あのセントの、邪悪なる意志
が、感じないのか?あそこは、おかしい事が起こっている。この星を引っ繰り返す
程の出来事が起きても、おかしくない程の怪しさだぞ。本来なら、それぞれ星には、
監視の神か、神に近い信用ある者を就ける。だから間違いが起こらない筈だった。)
 それが、間違いが起こり始めたって訳なのか?このガリウロルで暮らしていると、
セントが何しているかなんて、分かりゃしねぇよ。
(まぁ、今の人間達が、かつての力を失ってしまったから、無理も無い。気付いて
ないのだろうが、そう仕向けている邪悪な意志が、セントから感じるのだ。本来あ
るべき力が、今では無い物とされているからな。伝記にすら、ハッキリと記されて
いるのに、伝記の出来事は、絵空事としか受け取られて無い風潮を見る辺り、危機
管理が甘いとしか、言い様が無い。)
 力を失ったって・・・。昔の奴らって、そんな強かったのか?
(そうだな。肉体的な強さは、今の君の時代の人間の方が遥かに上だろうな。だが、
精神的な強さの面では、私が知っている時代の人間の方が強いな。大体、伝記に書
かれている事を見て、凄いと思っている内は、序の口だ。)
 あの伝記って、本当の事だったのか・・・。だとしたら、魔法やら何やら、色々
出てくるよなぁ。あれまで、本当の事だって言うのか?
(魔力は、未だに存在する。現に魔法を使っている者も、少なくない。最も、表沙
汰にすると、セントに睨まれるからな。)
 何で、セントは、そこまで徹底してるんだ?
(決まっているだろう。支配するには、強い人間と言う物は、必要無いからだ。セ
ントの目的は、統制の取れた世界。だろうな。セントを中心とした整然たる世界。
だが、操り人形のようにされて、生きてると言えるのか?)
 冗談じゃねぇな。何だその世界。面白くも無いし、間違ってる。セントだけが、
良い思いをする世界なんて、フェアじゃねぇよ。
(君の言う通りだ。まぁ、それはそれとしてだ。君の疑問に答えてなかったな。地
表を私達は、大地と呼んでいる。あらゆる生物が、共有可能な夢の世界だ。だが、
その考えは、今の世界では、理想とされている。共存と言う考えは、優越感を持つ
者にとっては、耐え難い事なのだろう。いずれ共存は崩れ去る。私が見た中で、共
存が続いた例は、一度も見たことが無い。このソクトアで、500年間も続いてい
たと言うのならば、大した物だと、褒めたいくらいだな。)
 共存って・・・そんな難しい事なのか?共存しなきゃ、どうやって生きていくん
だ?俺達だけになったら、生きていける訳が無いじゃないか。
(口で言うのは易い。それが分かっていても、破る者が必ず出る物なのだ。現に今
のソクトアでも、整然とした世界を実現させようと時代が動いているではないか。)
 それが・・・セントによる支配か・・・。今まで考えた事が無かったけど、そう
考えると、恐ろしい事なんだな。
(私が、出しゃばってまで君を選んだのには、急がなければならないと思ったから
だ。あと10年遅ければ、このソクトアの整然化は、実現してしまうだろうからな。)
 冗談じゃないぜ。・・・このガリウロルにまで、セントが支配を及ぼそうとして
いるのは、そう言う訳があったのか。汚い野郎達だ。
(君の怒りは正しい。心に留めて置くべきだ。・・・おっと。疑問に答えなくては
な。それと魔界と言うのは、地表より遥か地下に存在する異次元世界だ。原理は、
天界と近い。あらゆる大地のある星の地下に繋がってる世界だとも言える。だが、
魔界から地表への行動は、一切出来ないと言う制約付きだ。そこが、天界とは、ま
るで違う。なので、魔界から地表に出るには、地表の者が魔界に通じる門を開く必
要がある。それには、大量の瘴気が必要となる。良く伝記に出てくる『闇の骨』と
呼ばれる媒介は、瘴気の塊だ。掌サイズの『闇の骨』で、上位の魔族を呼び出す事
が出来る。それを通して、魔界は地表と繋がるのだ。魔界からやってきた瘴気を操
る事を得意とする種族の事を、総じて『魔族』と呼ぶのだ。)
 へぇ・・・。すっげぇな。しかしアンタの話を聞いてると、伝記ってのは、事細
かに書いてあるんだな。魔族の地位についての説明も、詳しく書いてあったぜ。
(君は怒るかもしれんが・・・本来、人間と魔族は、起源は一緒なのだ。)
 ・・・は?嘘だろ。
(嘘では無い。神は、細胞レベルで人間とは異なる。だが、人間と魔族は、極めて
種が似ている。人が神になるためには、試練を受けなければならない。神の試練を
乗り越えた時に、細胞を神として作り替えられるのだ。だが、人間が、魔族になる
ためには、魔性液(ましょうえき)と呼ばれる瘴気を身に付けるための液体を飲み
干すだけでなれる。その事実からも、起源が近い事が伺えると言う物だ。)
 度々出てくる魔族と言う言葉には、余り良い響きが無い。だが、その魔族は、俺
達と、そう変わらないのだと言う。
(瘴気は、憎しみや怒りや、妬みなどを糧にして出す力だ。その力を身に付けると、
力を解放する瞬間に、目が赤く光るのだ。魔族の目が光ると言うのは、瘴気を使用
する瞬間に、他ならない。)
 へぇ・・・。そんな兆候が・・・って、ま、まさか・・・。
(散々話が逸れたな。私が言いたいのは、君の妹が、ふとした瞬間に見せた、あの
赤い目の事だ。あれは、偶然とは、私には思えなくてな。)
 確かに恵の目は、赤く光っていた・・・。だが、あれは見間違いかも知れない。
すぐに治ったじゃないか。病気の発作の時に赤くなるなんて、負担が増えるだけだ。
(そうかも知れないな。だが、私が思う悪いケースの可能性は、3つだ。妹君は、
人間でありながら、瘴気を身に付けてしまった。それが一つ。もう一つは、妹君に
魔族の魂が取り付いてしまった。これだと、追い出すのが億劫だ。そして最後は、
妹君が魔族になってしまった。魔性液さえ手に入れば、なれるからな。)
 どれも、碌なケースじゃないな。確かに悪いケースだ。
(だが、君の妹は、かなり安定している。今言った3つの可能性の、どれか一つで
も当てはまれば、あの程度の発作で治まる訳が無い。だから、妙だと思ってな。)
 なら、違う可能性もあるって事か。
(そうだな。ただの病気かも知れない。その辺は、使用人の姉妹に尋ねた方が詳し
く聞けると言う物だろう。ただし、簡単に口を開いてくれるとは、思えぬな。)
 睦月さんに葉月さんか。必要な事なら、とっくに俺に知らせている筈だしな。確
かに、今まで聞かされて無いって事は、何かあるに違いない。
(やはり、妹の事が心配か?)
 当たり前だ。恵は、俺のたった一人の妹だ。幼い頃から、恵は俺を慕ってきたん
だ。そんな妹が困ってるなら、少しでも良い。力になりたいんだ。
(その想いがあるなら、大丈夫だろう。それにあの妹君は、君の事が、随分と好き
なようだしな。)
 口煩いけどな。元気な恵の姿が見れるだけ、俺だって安心出来るって物だ。
(鈍いな君も。私が言いたいのは、妹君は、異性として、君を見ていると言いたい
のだが?見た限りでは、相当な物だぞ。)
 ぶっ。何言ってやがる。恵は、妹だぞ。俺は兄として、尊敬されてるだけだろう。
(では異性として、何も興味を感じぬと言うのか?)
 ・・・しつこいな。アンタも。どうせ隠したってバレるだろうから言うけど、恵
は、確かに綺麗になった。俺も見違える程にな。異性としての意識も、無い訳じゃ
あない。でも、俺にとっては、それ以上に可愛い妹なんだ。
(なる程な。意識が無い訳じゃないと。向こうも、一緒だと思うぞ。君以外の異性
を見る目は、ゼロに近いでは無いか。君と話す時だけ自然と来れば、君が特別扱い
されている証拠だろう?)
 そ、そうだが・・・。それは、兄として見られてるだけだろう。だから、自然な
んだよ。そうじゃなきゃ恵は、俺を見たりはしないさ。
(君も強情だね。ま、詮索まではしない。だが、妹君の気持ちに、少しは応えてや
る気には、なれんのか?)
 あのな。俺と恵は、兄妹なんだぞ。応えてやれる訳無いじゃないか。
(・・・君に、面白い事例を聞かせてやるとしようか。)
 急に何だよ。何だか、余り良い話だとは思えないなぁ。
(良いから聞くと良い。・・・ある星に双子の姉弟が産まれた。子供の頃から、そ
の双子は、とてつもない才能に恵まれていてな。周りは、天才と称した。事実、天
才だったのだろうな。・・・だが、この双子は、余りに他と違い過ぎた。)
 何だか、いきなり途方も無い話だな。違い過ぎたってのが、気になるな。
(ふむ。この双子は、確かに凄い力を持っていたからな。だが、困った事にな。こ
の双子は、それぞれ以外の異性に、興味を持たなくなってしまってな。まぁ、肉体
関係まで結んでしまったと言うのだから、驚きだ。)
 ・・・随分生々しいな。しかし双子でかよ・・・。俺と恵以上だな。それは。
(だが、真に愛して止まなかったのだろう。その双子は、ついには、どうすれば正
式に結ばれるか、考えたそうだ。そして、ある結論に至ったのだ。)
 すげぇ執念だな・・・。でも、それだけ愛せるってのは、どれくらいの想いなん
だろうな?俺には、まだ想像も出来ないな。
(想いの深さは、本物だったからな。双子である事を、心底呪ったらしい。ま、そ
れでだ。その方法が、また凄い。さっきも説明したとおり、神になるとな。細胞レ
ベルで、体が作り変えられるんだ。だから、双方共に、違う神の座を得られれば、
それぞれの神の特徴を受け継ぐ形の細胞に変化する。それを利用しようとしたんだ。)
 マジかよ・・・。それ・・・。それぞれ神になるって、アンタが言ってた通り、
試練があるんだろ?それを、どっちも通り抜けたって事か?
(驚く事に、その通りだ。奴らは、天才と言うのは、普通の人間レベルの天才では
無かった。それに、そこまでしても想いを遂げたいと言う、強い願いがあった。だ
からこそ、成し遂げられたんだろうな。恐ろしい奴らだよ。)
 すげぇ話だ。でも、俺と恵は、そこまでする兄妹じゃないぞ。
(君も頑固だな。せっかく良い事例を聞かせてやったと言うのに。ま、君もまだ若
いしな。それに君は、あの江里香先輩とやらが、随分と気になるみたいだしな。)
 あー。もう。全部分かっちまうってのは、本当にむかつく事だな。アンタ、性格
悪いぜ。でもまだ、好きってより、ただの憧れ程度だぜ。
(性格悪いは余計だ。君は、本当に一言多いな。私が天上神だと言う事が、分かっ
ているのか?)
 本物だって事は、嫌と言うほど分かっているけどなぁ・・・。まさか、天上神っ
てのが、ここまでおしゃべりな奴だとは、思わなかったよ。
(失礼だな。君は。リーダーだった時は、激務で話す機会が、ほとんど無かっただ
けだ。私は本来、話すのは、好きな方でな。)
 まぁ、俺に乗り移ったからには、相手するけど・・・。余り勝手な事は、止めて
くれよ。俺だって、まだ頭を整理するので、いっぱいなんだからよ。
(若いのだから、頑張りたまえとしか言えぬな。何せ、これより修行をしてもらわ
なきゃならんからな。)
 は?修行?どう言う事だよ。修行なら、いつもやってるぜ。
(肉体的な修行は、あれで充分だ。だが君は、精神的な力と言う物を知らな過ぎる。)
 精神的な力?イマイチ分かり辛いな。
(しょうがないな。君にも分かるように説明しよう。・・・現在、力と呼ばれる物
は、大きく分けて、6つある。と言っても、現代では伝える者が絶えてしまった為、
ほとんど知られていない。が、伝記の中に全ての力について書かれていた筈だ。)
 伝記の中に?伝記なら、結構読んでるからなぁ。
(ふむ。でだ。君達が拳を作って、打ち出す時に感じる力が無いか?)
 気合を入れる時はあるな。気合を、拳に乗せて打ち出すのは、良くやってる。
(その力は『闘気』と言う力だ。君達は、内なる闘気を爆発させて技と成している。
その技術に関して、君に並ぶ程の実力を持つ者は、中々居ないだろう。)
 気合入れる時に感じる力の事を、闘気って言うのか・・・。
(そうだ。だが君は、闘気を形にして放つ事に関する知識が、まるで無い。おかし
な事だ。爆発させる時の技術は、ピカイチだと言うのにな。)
 これって、飛ばせたりする物なのか?全然イメージが湧かないぜ。
(やった事が無いのなら、当たり前の話だ。基本的に、全ての力は突き詰めると、
内部で爆発させて打ち出すか、形として外に出して、突き出すかのどっちかになる。
ある者は、剣に力を凝縮させて斬りつける言った技術も持っている。君の場合は、
信じる拳に乗せるのが一番理想的だろう。・・・だが、打ち出す技術を持っていな
ければ、牽制にも、なりはしない。その技術は、是非身に付けるべきだ。)
 それって、今からでも、身に付けられる物なのか?やった事が無いから、全然見
当が付かないんだが・・・。
(君のやる気次第だ。正しい事を貫くつもりなら、身に付けなくては、外敵に負け
るぞ。敵は、この技術を持っている可能性が高いからな。)
 やるさ。やらなくちゃならない物だったら、身に付けてやるさ。
(その意気込みだ。その前に、その他の力に付いて、説明しておこう。そうだな。
闘気と言うのは、字の如く闘う為の気力だと思ってもらえば良い。次に説明するの
は、『魔力』だ。魔力には、個人差が激しくある。先天的に身に付いている者と、
遺伝的に身に付いている者の2種類に分かれるな。この力は、自然の力を利用する
ための力だ。自然を、内に感じる事が出来る者程、この力は、身に付きやすい。例
えば、炎をイメージする時に、通常は、摩擦によって熱を発して、炎を作り上げる
と言うイメージが多いだろう。だが、魔力でのイメージは、全く違う。炎を、手の
平で作り上げるイメージをする。そして魔力と人間の体内にある熱の力を利用して、
炎を作り上げる。つまり、自然の力と自分の力の融合。それこそが魔力の元なのだ。)
 ええと・・・つまり、個人によって、魔力ってのは違いがあって、自然の力を具
現化するのに、魔力ってのが必要って事か?
(ほう。君にしては、理解が早い。魔力を使う力の行使を『魔法』と呼んでいる。
魔法は、自然の力なら何でも利用する事が出来るため、具現化の法などとも言われ
ていた。ああ。ちなみに君にも、魔力の才能はありそうだと私は睨んでいる。)
 俺にも、魔法が使えるって事?
(魔力の才能があるのと、魔法の行使が出来る事は、全く違う。魔法と言うのは、
厄介な事に、詠唱を全て覚えるしかない。たまに詠唱無しで撃つ者が居るが、あれ
は、詠唱が全て頭の中に入っている事が前提で、さらに魔力の放出量が、一定を超
えなければ、そんな事は不可能だ。つまり、未だに魔法のやり方すら知らない君に
は、ちょっと難しいな。それに、詠唱を全て覚えた所で、魔力を打つタイミングは、
人によって違う。)
 難しいなぁ・・・。ちょっと俺には、無理かも知れないな。勉強だけで覚えるの
は、精一杯だ。魔法までなんて、覚えてられないよ。
(そう言う君には、面白い物がある。ここ千年程の間で、発達した力の『源』だ。
この力は、主に忍術を扱う際に、使われる。)
 源?また随分と、面倒臭そうな・・・。
(それが、そうでもない。この力は至って単純だ。自然を連想させる魔力と、内な
る気合を引き出す闘気を、掛け合わせた力だ。魔法が苦手だと言うのだが、内に魔
力を秘めてる者が、好んで使う。)
 忍術?そう言えば、榊さんとこが、元は忍術の出だったって話だな。
(ふむ。忍術は、元々榊流のように、世を忍んで影ながら世の平定を願う者達が、
開発したから忍術と呼んでいる。歴史の影には、必ず忍術使いが居ると言う話だ。
最も、私は、その時代をすっ飛ばしたので、知らないがな。)
 まぁ、そうだろうな。千年の間に発達したってんなら、そうだろうよ。でも、な
んでアンタ、知ってるんだ?
(50年程前に、目を覚ましたと言ったであろう?その時に、魂だけ浮遊させて、
色々と見てきたのでな。最も、詳しく知れたのは、源の事だけだがな。)
 なる程。まぁ、50年も、ただ浮遊してきた訳じゃないしなぁ。
(気になる言い方だな。まぁ良い。続きを言おう。・・・魔族が好んで使う力が、
『瘴気』だ。瘴気は負の感情エネルギーが元になっている。魔族は馴染み易いと言
うだけで、この力は誰もが持ちえる力だ。最も、私のような神だと、使いこなせる
力では無い。神との相性が、悪い力なのだよ。)
 あんまり良い方向の力じゃ無さそうな響きだもんなぁ。でも、この力が使えるっ
てだけで、魔族な訳じゃないんだろ?
(その通りだ。だが、この力を行使すると、負の感情に偏り易くなる。結果として
魔族に近い体に、なる者が多い。制御できる者は、中々居ないだろうな。)
 ・・・恵は、本当に瘴気を使ったんだろうか?確かに、あの時は、葉月さんの投
げを食らって、怒りを覚えたのかも知れない。でも、興奮しただけで、葉月さんを
憎む事なんて出来ないよなぁ。恵の性格なら、尚更、我慢する事だろう。
(私も詳しくは分からぬ。まぁ只の病気の線も、疑ってみる事だ。)
 そうだな。アンタにしては、まともな事を言うじゃないか。
(一言多い!全く・・・。まぁ良い。次の説明をしよう。次は、神が得意とする力、
『神気』だ。この力は、定義では皆を救う。そして悪を許さないと言った時に発揮
する力とされている。確かに、そのような心を持つ者程、神気は発揮し易い。)
 神気なんて言うんだから、アンタみたいな神が得意な力なんだろうな。でも、ち
ょっとした疑問が残るな。
(君の言いたい事は分かる。この力は、あのミシェーダすらも、使いこなせる力。
更にはクラーデスの様な輩すら、会得したと言われている。・・・つまり、神気と
は、単に瘴気とは逆の力でしか無かったのだ。瘴気とは、悲しみや憎しみを糧にし
ている。ならば、神気を出すには、癒しや喜びを糧とすれば良い。神としての体質
が、神気を出し易くしているだけの話で、それさえ分かってしまえば、神気の会得
は容易いのだ。・・・最近になって、分かった事でもあるがな・・・。)
 ・・・なる程。つまり他人のための癒しで無くても、神気は、威力を発揮出来る
って事か。。喜びや癒しの力を意識すれば、良いだけって事だな。
(その通りだ。正の感情にさえ働いていれば良いだけなのだ。まぁ、最もこの力は、
魔力の上位に当たる力だ。故に神としての力の行使がし易い。世に言う神による天
変地異と言うのは、神気の力による所が大きい。魔力の倍の力を神気は秘めている。
神として、最高に使い勝手の良い力である事は、間違いない。)
 一見、良い力に聞こえるけど、実は、そうでも無いって事だな。正の力とて、悪
用されないとは限らないって事か。だが、伝記の時代では、聖なる力と信じられて
いたって訳だな。まぁ、有り得ない話じゃないな。
(皮肉な物だ。その最もな例を、私は食らってしまったのだからな。)
 ま、不意打ちじゃ、仕方無いんじゃないか?
(やられた事実は、変わらんよ。)
 結構、気にする性格なんだな。
(1200年も飛ばされれば気にもする。・・・君も、配慮の足りない男だな。)
 アンタに、言われたく無いぞ・・・。
(お互い様だ。キリが無いな。次の説明に行くぞ。・・・最後は『無』の力だ。こ
れは、本来発現させては、いけない力だ。物質を『無』に返す力など、私に言わせ
れば、禁忌だ。完全なる無心。ひたすらに、穏やかな心を持った人間の英雄が、見
つけた力であったな。このような力を発現させるなど、奇跡に等しい。)
 伝記の中でも、眉唾物の力だな。全てを無に返す力なんて、恐ろしくて考えたく
も無いな。大体、存在ごと消すなんて、使って良い力じゃあ無いだろ。
(その通りだ。私も、その存在を疑っていたが、15年前に浮遊している時に発見
した。確かに吸い込まれる程の力であった。あのような力は、無闇に使っていたら、
この星ごと消える事になるぞ。)
 15年前?何かあったのか?俺が、生まれたばっかりの頃かな?
(ふむ。君は、リークの反乱と言うのを、聞いた事があるかな?)
 ああ。何だか伝記の『勇士』であるジークの一族の末裔だろ?確かセントの門の
前まで、迫ったとか何とかって、習ったな。
(そうだ。あの時に、私は浮遊しながら見ていた。その時に、リークが使っていた
力。あれは『無』の力に、間違いない。)
 マジかよ・・・。さすが末裔って言うだけあるな。伝記の『勇士』の力が、その
まま使えるなんて、恐ろしい一族も居た物だ。
(それは、どうかな?)
 どう言う事だよ?だって『無』の力っての、使ってたんだろ?
(それは間違いないだろう。本人も、そのような事を言っていたし、何より、私が
体験した事も無い力と言えば、『無』の力と考えて間違い無い。だが、伝記の『勇
士』は、本当に、この力なのだろうか?と考えたな。私は。)
 何で、そう思うんだ?俺には見当も付かないぞ。
(お前も、リークの反乱の話を聞いた事があるなら、顛末を知っているだろう?あ
れは、ソーラードームによって防がれた。その時に、リークと対峙した者が、言っ
ていたのだ。リークは、本来の『無』の力を、使いこなせていないとな。)
 本来の『無』の力?ますます分からないぞ。
(私にも良く分からぬ。だが、伝記に出てくるゼロ・ブレイドは、例え闘気であっ
ても『無』の力に変換して、放つ事が出来るそうだ。そのような事を言っていた。)
 本当かよ・・・。それ。それだったら、その剣を持ってる家系は、とんでもない
力を、いつでも解放出来るって事なんじゃないか?
(その通りだ。だが、過去に、数回しか使われて無い所を見ると、良識と言う物を
弁えていたのだろうな。で無ければ、今頃、この星など吹っ飛んでいる。)
 おっそろしい事言うなぁ・・・。でも本当の事なんだろうな。試しで使って良い
剣じゃ無さそうだなぁ。
(そんな考えの者には、継承させなかったであろうよ。と言うか、そのような考え
の持ち主が、あの剣を握れる筈が無い。)
 どう言う事だよ?何か仕掛けでもあるって言うのか?
(仕掛けでは無い。あの剣は、只の剣では無い。あの剣には、生命が宿っている。)
 剣に生命?って・・・勝手に動き出したりするって事か?
(そんな事は出来ぬ。だが、あの剣は、持ち主に比例して、自らの力を増していく
剣だ。そして、持ち主を剣自身が、判断するんだ。あの剣は、資格無き者が触ると、
脳を破壊しようとする。その資格と言うのを、あの剣は血脈で判断しているのだ。
一番濃く受け継がれたユード家以外の者は、触れられぬ。)
 何て言うか、反則みたいな剣だな。でも、それだけ大事に受け継いできたって事
か。その気持ちは、何となく分かるな。俺も天神流の継承者だしな。
(伝記を見る限り1000年前に『勇士』の父であるライルが、不動真剣術を受け継い
だと言う事だが、この出会いこそが、最高の組み合わせを生む切っ掛けになったの
だろう。最高の剣術と持ち主に、比例して強くなる剣の組み合わせは、正に反則だ。)
 何か宿命的な物が、あったのかも知れないけどな。それだけ苦労したんじゃない
かと思う。受け継いでみて、分かるんだ。継承者ってのは、楽じゃあない。受け止
める覚悟が足りないと、押し潰されそうになる。
(他ならぬ君が言うのなら、そうなんだろうな。それにしても、神ですら扱える者
が少ない『無』の力を体現できるとは・・・さすがは『記憶の元始(げんし)』だ。)
 また新しい言葉を出したな。何だよ。その『記憶の元始』ってのはよ。
(今は、ゼロ・ブレイドなどと呼ばれている、あの剣の本当の名前だ。あれは剣で
は無い。人間が誕生して間もなく、ルクトリアに、文明をもたらすために神が落と
した記憶の渦だ。触れる資格のある人間の、見たままの記憶を、全て記録出来る高
度な道具なのだ。『記憶の元始』は、扱う者の力を大きく受け継ぐ。そして、その
人間と共に生き抜いて、その記憶を記録する。それは、感情から力まで全てだ。大
した道具だ。『記憶の元始』に初めて触れた人間が、ルクトリア王家を作り出した
人物に、間違いない。)
 全ての記憶を記録するって、また随分、面白い物を与えたんだな。
(文明の手助けになるくらいにしか、考えていなかった。当時、凶暴だった魔族を
何とか魔界に還す事が出来たが、人間の手助けをする余裕すら無かった物でな。文
明を起こさせるには、何か切っ掛けを作ってやらねばならなかった。そこで、『記
憶の元始』を、人間に与えたのだ。その目論見は、成功して、見事にルクトリアに
文明が栄えた。それを切っ掛けに、ソクトアは全土に渡り、発展していったのだ。)
 最初は、それが切っ掛けだったと・・・。それが今じゃ、神を超えるかも知れな
い力を持つ剣に、変わった訳だ。分からない物だな。
(厳しい指摘だな。だが、それは、正解であるとしか言いようが無い。ルクトリア
の王家が発展していく内に、シンボルとして、剣の形に『記憶の元始』は、姿を変
え始めた。それを、宝剣ペルジザードと王が名付けた。それからは安定して、その
剣を象徴として使って、平和な時が流れていた。強いて言うなら、私がリーダーだ
った時に起きた、魔族流出事件くらいか。その時は、破壊神だったグロバスと、月
神だったレイモスが天界に対して反乱を起こしてな。魔族の召喚までして私達に対
抗しようとした。だが、私達は多少の犠牲で何とか抑えた。それが、私が転生され
る200年前辺りの出来事だ。だが、伝記を見る当たり、不心得者が居たらしいな。
魔族を呼び出そうとする人間が、出てくるとはな・・・。)
 1000年前の出来事は、今でさえ語り継がれる程の出来事だったからな。しかも、
稀代の英雄が、2代に渡って生まれたってんだから、アンタとしては、イレギュラ
ーだったと言う事か。
(その通りだ。よもや『無』の力など生まれるとは思っても居なかったし、それを
人間が、使いこなして勝ち得ようなどとは、頭の隅にも無かった事だ。)
 よっぽど、イレギュラーだったみたいだなぁ。
(まぁ、話が逸れてしまったが、認めたくは無いが、第6の力が『無』の力と言う
訳だ。その内、研究して使えるようにしておく。)
 アンタも、相当負けず嫌いなんだな。危険な力だって、あんなに力説してたのに。
(私より若い奴らが使えるのに、私に使えぬと言うのは、どうも許せん性質でな。)
 そう言う性格、嫌いじゃないけど、『無』の力ってのは、危険なんじゃ?
(その危険さを知るために研究するんだ。君は、気にしなくても良い。それよりも、
これから、やる修行について、説明しよう。)
 そう言えば、話の最初に、そんな事を言ってたな。
(力の説明は、充分過ぎる程、説明したつもりだ。その内の、まず『闘気』につい
て、極めてもらおうと思っている。君には、才気もあるし、普段から使える力だか
らな。使えるようになっておいて、損になる事は無い。)
 そう言ったって、どう修行するんだよ。大体、俺だって寝なきゃいけないんだぜ?
明日から、学園に行かなきゃいけないんだしよ。
(それなら心配しなくて良い。君は今、どう言う状態かな?)
 どうって・・・あれ?俺、いつの間に座ってたりしてるんだ?布団で寝ながら、
考え事してた筈なのに・・・。それに、何か空中に浮いているような?
(私が、話し始めた時から、魂を取り出したのに、気が付かなかったかな?)
 ・・・何ぃぃ!?俺、今は、魂だけで会話してるってのか!?
(その通り。体は休めると良い。だが、寝ている間は、私と魂で修行をしてもらう。
手っ取り早いだろう?)
 相変わらず勝手な事を・・・。それに何だか、起きても修行、寝ても修行なのか?
俺・・・。修行は嫌いじゃないけどなぁ・・・。
(文句を言うな。この私が、直々に稽古を付けるには、この方法しか無いのだから
な。それに魂での修行で、力の操作は学べる。そうすれば、いざ体に戻った時も、
使えるようになる。君にとっても、悪い話じゃ無い筈だが?)
 つまり俺の体に戻った時に、闘気とか、操れるようになるって事か?
(無論、君が、習得すればの話だ。)
 でも、そこまで強くなる意味あるのか?
(正しい道を進みたいと思うのならば、今の世では、強くなければ道は示せぬ。分
かるだろう?今の世の中で、正しい事を貫くの難しさが・・・。)
 何となく・・・だけどな。今の世の中って、やっぱおかしいのか?
(今の世が500年も続けば、ソクトアは滅びるな。私の予想は、意外と当たるぞ?)
 只の脅しじゃあ無さそうだな。ま、仕方ねーか。爺さんと約束したしな。こうな
ったら、やれる所まで、やってやるさ!
(ほう。やる気が出たか。そう来なくては面白くない。私も、ただ浮遊し続けるだ
けでは、面白く無かったのでな。最も、魂で闘ったのは、これが初めてでは無い。)
 何度かやってるって事か?
(今のソクトアは、浮遊霊が意外に多いのでな。その者達と、手合わせなどは、し
てみたぞ。過去の英傑なども居たから、参考になった部分もある。)
 アンタ、そんな事までやってたのか。
(最も、魂での戦闘では、現界に影響を与える事は出来ぬ。だから、単に力比べに
なる事が多い。まぁ、それでも私は、無敗だがな。)
 うげ・・・。その言葉、嘘じゃ無いよな。
(フフフ。手合わせすれば、嘘かどうか、すぐに分かるぞ。)
 まぁ、迷ってたって仕方ないよな。どうせ鍛えると決めたんだ。で、どうやって
闘うんだ?俺、闘い方なんて知らないぞ。
(難しい事は無い。魂同士なら・・・ハッ!!)
 うお!?何だか周りが真っ白になったぞ。それに大地がある。
(周りを、君と私だけの空間に変えた。魂同士なら、意識さえ通じれば、こう言う
事も可能なのだよ。魂と言っても、体の強さは現界と同じだ。)
 それなら俺にだって、勝つチャンスは・・・。
(私も甘く見られた物だ。こう見えても私は、一日たりとも、修練を欠かした事は
無いのだがな。君に乗り移ってからも、魂だけで出来る事をやってたしな。)
 うぐ・・・。万全って事か。だが、俺だって、鍛え方には自信があるぞ!
(そうだな。君も人間の中では、体の強さは抜群だろうな。私が目を付けたくらい
だからな。だが、君も運が悪い。私は、こう見えても神のリーダーをやってたので
な。そこらの神に負ける程、弱くは無いぞ。)
 や、やってみなくちゃ分からないって!!
(なら、来たまえ。私も、闘気のみ使う事にしよう。そして、この体一つで勝負し
ようでは無いか。まずは、挨拶代わりにな。)
 言ってくれるじゃないか。アンタも、よっぽど自信があるみたいだが・・・。俺
だって、そう簡単に負けはしない!!
 俺は、十字の構えをとってゼーダに近寄る。ゼーダは極自然に腕を組んでいる。
凄い余裕っぷりだ。俺は中段回し蹴りを放つ。すると、不思議な感覚に包まれた。
ゼーダは、確かに後ろに下がった。しかし少しだ。しかも俺の回し蹴りの伸びの部
分まで計算して、ギリギリで避けた。・・・背筋が寒くなってきたぞ。
(直情的に攻めるのは、感心しないな。蹴るなら、こう蹴る事だ。)
 ゼーダは、腕を組んだまま蹴りを出してきた。俺は、確かに避けた。だが・・・
ゼーダは、その避けの部分まで計算して、ひとっ飛びしながら蹴ってきた。
 ズン!!
 体に衝撃が走る。いや、魂にか・・・。
(相手を良く見て、蹴らないと駄目だ。相手の動きの全てを、神経で感じ取って、
蹴るんだ。)
 アンタ・・・本当に恐ろしい奴だな。改めて、アンタが神だと言う事を信じるぜ。
(そいつはどうも。夜明けまで、もう少し時間がある。闘技の基本を教えてやろう。)
 俺は、それから朝に目覚めるまで、ミッチリ訓練させられた。クッタクタだった
のに、体は休まっていると言う、不思議な体験をする事になった。
 こうして俺の、修練に満ちた生活が始まるのだった・・・。



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