NOVEL Darkness 2-3(Fourth)

ソクトア黒の章2巻の3の四


 天才の弟。
 周りからの声は、いつも聞こえていた。
 いつも比較対象だった兄。
 俺が大会を制しても、さすがは兄弟と言われた。
 ハッ!私の力じゃないってのか?
 まぁ無理も無い話だ。
 兄は、確かに天才だった・・・俺でさえも認める。
 でも俺だって、才能では決して劣って無い筈だ。
 なのに何だ?この違いは・・・。
 俺では認められるだけの才能が無いとでも、言うのだろうか?
 俺だけの強さが無ければ、周りは認めてくれないのだろうか?
 馬鹿馬鹿しい・・・馬鹿馬鹿しいが・・・。
 やらねばならないのか・・・。
 俺が、この事実を受け入れた時から、不敗を貫き通している。
 周りから何と言われようとも、負けないように努めた。
 その甲斐あってか、俺個人の名前も、覚えられるようになった。
 だが、そんな矢先の事だった。
 兄は、ガリウロルを代表する存在になった。
 周りの期待は、否が応でも兄に行くようになった。
 俺の存在価値は?
 兄は俺にこそ、真価があると言ってくれた。
 なら何故、周りは認めようとしないのだ?
 兄の存在が憎い。
 凄過ぎる兄が憎い。
 同じ道を進むが故に、憎い!!
 兄が憎い!憎い!!憎いいいいいいいいい!!!
 兄は、兄だけの技を持っていた。
 その技の冴えを、俺は何度も味わっている。
 何せ最初に食らったのは、俺だ。
 その技の凄さに最初は尊敬を覚えたが、嫉妬に狂ったものだ。
 だから、俺も完成させた。
 兄には出来ない、俺だけの技をだ。
 兄を見返して、兄を超えるにはコレしかない。
 だが、試せる相手が居ない。
 この技は、並みの技では無い・・・下手すると、人を殺してしまう。
 それだけの強さに、恵まれてる奴じゃないと・・・。
 この技をもって、俺は兄を超える・・・。
 そうだ・・・。超えてやるのだ・・・。
 次の相手だ。
 次の相手こそ、この技を試せる・・・。
 楽しみだ・・・。


 やっと館内は、落ち着いてきた。まだ倒れている生徒なども居るようだが、医務
室が、埋まる程では無かったらしい。まぁ、目の前でアレだけの試合があったんだ
から、その程度で済んでいるのは、幸運だと思ったほうが良いかも知れない。
 気になるヒート先輩の容態だが、どうやら、大事には至らなかったらしい。皮肉
にも、風見の言う通り、致死量に至るまでの出血では無かったらしく、安静にして
れば、3週間程で、完治すると言う事だった。それを聞いて安心した。俺の撒いた
種で、他人が死んじまうなんて冗談じゃない。
 アクシデントと言う事で、1時間程、休憩を挟んだおかげで、前の試合の疲れと
かは、すっかり取れた。その点については、感謝すべき事なのかも知れないな。よ
うやく、館内も、次の試合へと頭が回って来たらしく、喧騒に包まれつつあった。
 忙しかったのは、校長だったらしく、色々と疲れが出ていたようだ。警察などの
取調べにも応じていたらしい。不慮のアクシデントと言う事で、カタが付いたのは、
ほんの10分前だ。最初は、対抗戦の中断まで言われていたらしいが、これを楽し
みにしている生徒と、出るために頑張ってきた者達の想いなどを、散々説明して、
更には、ヒート先輩の容態が大事に至らなかったのが説得の決め手になったらしい。
 アナウンス席に、校長が座ると、アナウンスが、心配したように声を掛けるが、
校長は、大丈夫とばかりに頷く。そして合図をする。
「館内の皆様、アクシデントにつき、長らく中断させてしまった事を、深くお詫び
申し上げます。ただ今から、10分後に準決勝が始まります。」
 アナウンスが告げると、館内は、俄かに盛り上がってきた。さっきみたいな事は、
御免だが、やはり続きを見たいと言うのが、本音なんだろう。
「さすがに中断するかと思ったけど・・・さすが校長だね。」
 俊男が、声を掛けてきた。少し顔が和らいでる。ヒート先輩が無事だった事が、
要因のようだ。心配してたもんな。
「ヒート先輩も無事だった事だし、盛り下がった館内を盛り上げなきゃな!」
 俺は、努めて明るく答える。
「その調子だよ。大丈夫。瞬君なら勝てるよ。」
 俊男は、自信を持って言う。そう言われると嬉しいんだけど、紅先輩相手では、
間違いなく勝てるとも、言い難いよな。
「ありがとさん。やるだけやるさ。・・・それより、お前のほうこそ、絶対勝てよ。」
 俺は風見と闘う俊男の心配をする。風見に負けるって事は、さっきの試合の繰り
返しになる場合が、ほとんどだ。俊男が、あんな姿になったら、俺の方こそ、抑え
が利くかどうか、疑わしい。
「絶対勝つよ。・・・絶対にね。」
 俊男は、感極まった声を出す。俊男らしくないな。どうしたんだろう?ただ自信
が無いって訳じゃない。何か違う事に、責め立てられて傷付いてる感じだ。
「何か、あるのか?」
 俺は聞いてみる。やっぱり変だ。俊男は、いつもなら、こんな言い方しない。
「いや、何でもないよ。頑張ろうよ!」
 何か聞いて欲しくない感じだ。気になるけど、深入りするのは止めておくか。
「そうか。気のせいなら良いけど、余り抱え込むなよ?」
 俺は、これ以上の追及は止めておいた。俊男の事だ。悩んで、今の答えを出した
に違いない。引っ掛かりはする。でも、俊男を信じる事にした。
「時間ですよ!」
 係員が、声を掛ける。さて、そろそろ行かないと駄目だな。
「よし。じゃぁ行って来る。お互い、決勝で会おうぜ。」
「うん。瞬君も、勝ってよね。僕も、絶対に負けないからさ。」
 俊男は、拳を確かめている。そうだな。今は、集中しなきゃ駄目だ。何せ相手は、
去年の覇者にして、柔道王だ。気を引き締めなきゃ。
「お待たせしました!!これより、部活動対抗戦、準決勝を行います!!」
 アナウンスが掛かる。さーて、いっちょやるか。
「赤コーナー!!戦慄の柔道王!!紅ぃぃぃ修羅ぁぁぁぁ!」
 向こう側から、紅先輩が姿を現す。・・・って、何だ?この感じ?
(む。この相手・・・。闘気を、こちらに向けているな。)
 闘気?やっぱりそうか。すげぇな。ここまで伝わってくる闘気だから凄い量だ。
これだけの闘気を向けられるとは、紅先輩も只者じゃあない。
「青コーナー!!天下無双の剛拳!!天神ーーーー瞬ーーー!!」
 お。俺か。何だか、すっかり馴染まれたな。その異名。
「お。出て来たぜ!良い試合期待してるぞーー!!」
「ここまで来たからには、優勝しろよー!!」
「恵様のお兄様ー。頑張ってねー。」
 何だか前より、俺を純粋に応援してくれる人が、増えたような気がする。ちょっ
と嬉しいな。ま、期待に応えますか。
「フフフ。ついに君と闘える。」
 紅先輩は、嬉しそうだった。俺と闘うのが待ち遠しい感じだ。
「俺も楽しみですよ。紅先輩からは、闘気が見え隠れしてますからね。」
 俺は、反応するか試してみた。すると、不敵な笑みを漏らしてきた。
「君も体得したのかな?いや、問うまい。この試合で、分かる事だ。」
 紅先輩は、そう言うと、ニヤリと笑う。間違いない。紅先輩は、闘気を自在に操
る事が出来るんだろう。そう考えれば、今までの驚異的な見極めも納得出来る。
(瞬。ならば遠慮は要らぬ。今までの修行の成果を、見せてやるのだ。)
 そうは言うけどな。相手が、どれくらいの使い手なのか見極めなきゃ、大変な事
になら無いか?俺のは、壁に穴を開けるくらい強力なんだろ?
(ハァ。君は、お人好しだな。君がそう言うなら、様子見するのは構わないがな。
相手は本気だと言う事を、忘れるなよ。)
 慎重なだけだ。俺だって紅先輩が本気だと分かったら、容赦はしないさ。それに
用心に越した事はない。
「ほう・・・。まぁ、無難な考えだな。」
 紅先輩は、当然だろうと言わんばかりだ。俺は胴着を脱いだのだ。これは、当然
の選択だ。柔道は、胴着を最大限に活かす術を知っている。それに対して、胴着を
着たまま闘うのは、ハンデを負ってるに過ぎない。俺だって、胴着を利用する術は
知っている。しかし、柔道家は、全く違う。胴着を利用して闘う術を知っているの
だ。例えるなら、刀を振れるのと、剣術を身に付けている程の違いがある。それ相
手に、ハンデを背負う程、俺も馬鹿じゃあない。
「すげぇ・・・。あの筋肉・・・。」
 う・・・。話題にされてる。まぁ、俺だって体に自信が無い訳じゃあないけどさ。
改めて見られると、少し恥ずかしいな。ま、そんな事思っている場合じゃないか。
「それでは、部活動対抗戦、準決勝!第1回戦!始め!!」
 カーーーーン!!
 ゴングが鳴ったな。紅先輩は柔道の構えだ。前屈みで、常に捕まえるような動作
を意識している。俺は、上下に拳を持ってくる平均的な空手の構えを見せる。この
構えは、あらゆる攻撃を平均的に出せる結構優秀な構えだ。だが、天神流は、攻め
と受けをハッキリさせるために、敢えて構えが異なっているのだ。空手の構えは、
優秀なだけに、一撃必倒を目指す天神流には不向きなのだ。
「慎重な構えだな。君らしくない。」
 紅先輩は、構えを崩さないまま、俺の方に寄ってくる。
「そう言わないで下さいよ。紅先輩のプレッシャーが凄いから、慎重になってるん
ですからね。」
 正直な感想を言った。紅先輩からは、伊能先輩には無いプレッシャーを感じてい
た。伊能先輩は、体をフルに使ったプレッシャーだった。だが、紅先輩からは、懐
の深さと言うか、飛び込んだら何をされるか分からないと言った怖さが有るのだ。
「なら、このまま続けるか?」
「それじゃ、試合が終わってしまいますからね。行きますよ!!」
 俺は、敢えて仕掛ける事にした。何事も、仕掛けてみなければ分からない。紅先
輩は、構えを崩さぬまま俺の攻撃に備える。
「デェイヤアアアアア!!!!」
 俺は、基本となる中段突きを放った。速さ、腰の回転共に、しっかり加えてある
突きだ。それを紅先輩は見もせずに、体を横にずらすだけで避ける。・・・どう言
う事だよ!?俺の突きを、完全に見切ったとでも言うのか?
 俺は少し動揺したが、続けて肩を狙った突きを繰り出す。これも、体を捻って躱
された。しょうがないので膝を狙った蹴りを出す。すると、何と蹴りを、捕まえら
れた。俺は、蹴り剥がそうとするが、全く動く様子が無い。
「どうした?君の力は、こんな物では無いだろう?」
 紅先輩はニタッと笑う。背筋が凍りつくようだ。恐ろしい事しやがる。俺は、そ
のままの態勢で膝蹴りに移行する。捕まれてても膝蹴りは出来る。しかし膝蹴りを
出す前に、足を掴んだまま、足での一本背負いを仕掛けられる。何て力だ。俺は、
地面に叩きつけられる前に、両手で支えると、そのまま勢いで、足を振り回して、
何とか紅先輩を振り解いた。だが、紅先輩は、何事も無かったように、空中で一回
転をして、着地する。
「面白い動きをするね。さすがだよ。」
「何を言ってるんですか。足での一本背負いなんて、面白い真似してくれたのは、
どっちですか。全く、怖い事をしてくれますね。」
 俺は口を尖らす。おっかねぇ事する先輩だぜ。それに容赦も無い。そして何より
も、俺の動きを完全に読んだ、あの動きは、闘気を利用した物だろう。俺の闘気を
感じて、事前に避けた感じだった。攻撃する時は、封じていた闘気が、自然に出て
しまうからな。
(だから言ったであろう?遠慮する事は、無いだろうに。)
 はいはい。俺が悪かったよ。確かに強いわ。紅先輩。俺も、本気で闘気を使う事
にするか。まず、闘気を見る気にならなきゃ駄目だ。俺は、修練でやったように目
を凝らす。すると、闘気の渦が見えてきた。む・・・。紅先輩の闘気は、一層大き
いな。さすがだ。俺も、今まで禁じていた闘気を、体に浸透させるとするか。
「フゥゥゥゥゥ・・・。」
 俺は、心を落ち着けると、体の隅々に闘気を行き渡らせる。良い感じだ。指先の
神経まで、細かく闘気が入り込んでる感じがするぜ。
「ほう・・・。予想以上だ。やはり君になら、俺の最高の技を出せる!!」
 紅先輩は、闘気を漲らせる。何か仕掛けるつもりか?
「紅先輩が、どう言うつもりか知りませんが、俺は、俺の全力を出すまでです。」
 俺は、両拳に闘気を集中させる。そして、天神流の『十字の構え』を見せる。攻
撃と防御のバランスに特化した構えだ。
「まずは、どれだけ操れるか、見てやろう!」
 紅先輩は柔道の構えから、手を出してくる。俺は、紅先輩の闘気の流れを読みな
がら、右に左にと、切っていく。かなりの速さで突き出してくるが、見切っている
以上、そう簡単に、掴ませたりしない。俺は、その攻撃の合間を縫うように裏拳を
繰り出す。それを紅先輩は、払いのけるように腕を振ると、胴着の袖を利用して、
俺の裏拳を繰り出した右腕を、絡めとって、そのまま背負い投げに移行する。俺は、
背負いが来る前に、自ら飛んで紅先輩の前に着地する。投げられる前に飛べば、地
面に叩きつけられる前に、着地出来るのだ。俺は、そのやり方を熟知していた。
「セイァアアアアア!!」
 俺は、掛け声と共に裏拳を顔面に向けて繰り出す。それを紅先輩は、俺の裏拳を
掴んで止めるが、そこまでは俺も読んでいたので、そこから勢いを殺さずに肘を曲
げて、脇腹に肘打ちを食らわせる。
「ゲホォ!!!」
 紅先輩は、叫び声を上げる。さすがに今のは、対応出来なかったようだ。紅先輩
を吹き飛ばしてみせた。
「天神流肘打ち『央砕(おうさい)』!!」
 俺は、技名を叫ぶ。この技の裏拳は、見せ技で、肘を決めるための技だ。
「やるな・・・。さすがは天神流。しかも肘に回転を付けるとは・・・。」
 紅先輩は、脇腹を抑えながら苦々しい顔をする。無論、ただの肘技で終わらせる
天神流じゃない。入れるからには、回転を加える。
「フッフッフ。予想以上の強さだ。ゲフォッ!!・・・やはり君だ。」
 紅先輩は、少し血を吐きつつも、俺を見る眼は衰えていない。あれは、何か隠し
技を持っている。取っておきがあるに違いない。
「『央砕』を食らって、まだその闘気。怖いね。先輩は。」
「君こそ、よく言うな。闘気で強化してさえ、肋骨は折れた。君の拳、そして、君
の体の造りは、おかしいとしか言いようが無い。伊能が負ける筈だ。」
 紅先輩は、息を整えている。どうやら、普通の技を出す気は、もう無いみたいだ。
「この技は・・・兄を超えるために生み出した技だ。その成果を試せる人間。それ
は、君を置いて他に居ない。最初から、そう思っていた。」
 紅先輩は、そう言うと、柔道の構えを解く。
「フフフ。俺は、この技を編み出すためにパーズに出掛けた。その成果を見せよう。」
 パーズへ行った?だとすると、パーズ拳法でも、参考にしたのだろうか?しかし、
柔道一直線の紅先輩が、参考にする程の技があったと言うのだろうか?
「パーズ拳法では無い。もっと面白い者に会ってな!!」
 紅先輩は、猛獣のような構えを見せる。そして、まるで猛獣が獲物に飛び掛るよ
うな仕草で、俺に向かって腕を伸ばす。
「ウワッと!!」
 俺は、反射的に右の正拳を繰り出す。その瞬間だった。紅先輩は、左腕で俺の正
拳を絡め取ると、掌抵を顎に入れて、背負う形で足を払ってきた。俺は耐え切れず
に、体を浮かせてしまう。そして、そのまま頭から落とされた。そして、何と鳩尾
に、投げた勢いで膝を入れてきた。
「グフォッ!!!!」
 俺は、苦しみで言葉が発せなかった。何て投げ、そして、何て恐ろしい技なんだ。
腕を固定させて、顎を打ち抜いて、山嵐のように俺の両足を足で刈り取って、投げ
たのだろう。そして投げた瞬間、自分も飛んで、俺の鳩尾めがけて膝を落とす。こ
れが、一連の流れなんだろうが、そのタイミングの絶妙さたるや、天才の域だった。
「フフフフフッ。君は強かった。俺のオリジナル技『白虎(びゃっこ)落し』を出
させたのだからね。パーズで出会ったホワイトタイガーを相手に決めた技なんだよ。」
 紅先輩の声が聞こえる。だが、俺は、それ所では無い。顎を強打されて、鳩尾に
膝を落とされて、頭から、全体重で落とされたのだ。これ以上の投げは無い。
「審判。俺の勝ちだろう?」
 ・・・紅先輩は強い・・・。このまま立ち上がっても・・・。
「瞬君!!」
 あ・・・。江里香先輩の声だ・・・。
「兄様ぁ!!」
 恵・・・。お前、何て声出すんだよ。俺が負けるってのが、そんなに嫌なのか?
(おい。気を失ってないのなら、立ったらどうだ。天神流は敗北しないのでは、無
かったのか?私に語った、正しく強くありたいと言うのは、嘘だったのか?)
「チッ・・・。参ったぜ。」
 俺は、どうやら、このまま眠っちまう訳には、行かないらしい。
「・・・恐ろしい男だ。あの投げを食らって・・・立ち上がるとは。」
 紅先輩の声が聞こえる。そうだ。俺は、まだ終わっちゃいない。この痛みなら、
まだ耐えられる。立てないのなら仕方が無い。だが、心が折れて、立ち上がれない
なんてのは、絶対に嫌だ!!!
「天神、出来るか?」
 審判が、心配そうに駆け寄る。
「闘えなきゃ、立ちませんよ。」
 俺は、ハッキリと答えてやった。
「・・・よし!再開!!」
 審判の声と共に、轟音のような歓声が上がる。そうだ。俺は、まだ負けられない。
そうだ。俺はまだ、力を出し切っていない。そんな内に負けて堪るか・・・。
「ようやく立ち上がったか。だが、仕留めさせて貰う!!」
 紅先輩が来る。またやられるのか?フッ。おもしれぇ。やってみろってんだ。今
度の俺は、そう簡単に負けはしない。何故なら、セーブした力を、全部出してやる
ってんだからな!!!もう隠さねぇ!!!!
「終わりだ!!」
 紅先輩は、もう一度俺の右腕を引っ張りながら、顎に掌抵を入れる。
「・・・なっ!?」
 紅先輩は驚く。俺は掌抵を、まともに食らっても紅先輩を、見据えたまま投げさ
せなかった。仁王立ちのまま、右腕を逆回転させた。すると紅先輩は、掴んでいた
ので体を捻られて、倒れる。俺は、それを見ながら踏み付けを行う。それを、紅先
輩は、飛びのくように逃げる。
「君は・・・。本気では無かったのだな・・・。」
 紅先輩は、冷や汗を流す。俺は、とうとう本気になった。今までは、次があると
思って、無意識にセーブしていたのだ。だが、それも紅先輩の強烈な一撃で、目覚
めた。もう溢れる闘気を、隠そうとはしなかった。それは失礼に当たるからだ。
「紅先輩。・・・貴方は、俺の本当の強さを見せる3人目の人だ。」
 俺は、そう言うと、紅先輩の方へと歩いていく。そして、最も基本的な中段突き
の構えを見せる。正統派にして、己が拳の全てを、この一撃にぶつける。これこそ
が、天神の究極の境地だ。迷いは無い。
「フッ。恐ろしい・・・。その姿こそ、君の本当の武の境地なのだな。」
 紅先輩は、覚悟を決めた様だ。柔道の構えを見せる。
「一撃必倒・・・。全ての基本にして、全ての原点。それを、何万回も繰り返して、
基本技は、必殺となりえる・・・。」
 俺は爺さんから教わった、一番最初の言葉を復唱する。そして、それこそが天神
流の原点。俺は、この拳にありったけの闘気を込める。
「ウォォォォ!!」
 紅先輩は、飛び掛ってきた。その両腕を、俺は左手で払いのける。そして、最高
の一撃を、紅先輩の鳩尾に入れた。
「グァァァァァァアアアアアアア!!!!」
 紅先輩は、絶叫を上げながら吹っ飛んで倒れる。
「一撃必倒。天神流空手、突き技『貫』!!」
 俺は、技名を言い放つ。この技の前に、倒れぬ敵は居ない。
 カンカンカンカン!!!
「勝者!!天神 瞬!!」
 審判の声で、俺は腕を上げる。紅先輩は、まだ動かない。大丈夫だろうか?
(やり過ぎだな。君は、加減を知らぬのか?)
 アンタが、加減するなと言ったんじゃ無いか。
(君は切れると、相手の生死すら問わないようだな。怖い物だ。)
 くそう。言い返す言葉も無い。ちょっとやり過ぎたかも知れない。
「仕方の無い奴だ。」
 誰かが、またリングに上がってきた。あれ?この人は・・・。
「気絶しているか。ま、良い薬になっただろう。」
 その人は、紅先輩に肩に担ぐ。
「・・・なぜ・・・貴様・・・が。」
 紅先輩は、意識が戻ったようだ。
「その口の聞き方は、相変わらずだな。素直に敗北を認めるんだな。」
「煩い・・・。貴様・・・にだけは・・・情けを・・・掛けられたくない。」
 紅先輩は、息もやっとの事でしているというのに、その人の事は毛嫌いしている。
「俺の弟なら、潔く敗北も認めろ。」
 弟?って事は、この人が・・・紅 道雄さん?
「俺は・・・貴様を・・・超えるために!!!」
「全く。どこでこんな捻くれたんだか。そんなお前には、コレをやらんぞ。」
 道雄さんは、何かを手に持っていた。そこには『柔道ソクトア選手権推薦状』と
書いてあった。その宛先は、紅先輩だった。
「フン・・・。負けた・・・俺には・・・必要の無いものだ。」
「ったく・・・。この天邪鬼が!!」
 道雄さんは、紅先輩の頬をひっぱたく。
「お前なぁ。俺が、どんな思いでコレ持ってきたか、分かっているのか?」
 道雄さんは、紅先輩を睨む。
「知るか。」
「お前はな・・・。俺を差し置いて、無差別級で選ばれてるんだぞ?」
 道雄さんは、とんでもないことを言う。今度、ソクトア選手権の柔道で、無差別
級と言うのが、初めて開催される事は俺も知っていた。その初めての選手に、紅先
輩が選ばれたのだと言う。
「何だ・・・と?」
「俺は、100キロ級。お前は、無差別級で選ばれてるんだよ。強化合宿部長が言
ってたぜ。俺より、お前をソクトア全土に、名前を響かせたいってな。」
 道雄さんは、面白く無さそうに言う。そりゃそうだ。弟が、自分より上のクラス
で選ばれたのだ。
「何でだ・・・。俺は・・・いつも・・・アンタの弟でしか・・・見られて無いの
に・・・。わざと・・・辞退したんだな?」
 紅先輩は、信じようとしなかった。
「てめぇなぁ。俺が、そんなせこい事を、するかってんだよ。お前を立てる為に辞
退?馬鹿言ってんじゃねーよ。俺だって、喉から手が出る程、欲しかったに決まっ
てんだろうが!だがな。お前なら、しょうがねぇと思っただけだ。」
 道雄さんは溜め息を吐く。本当に残念だったのだろう。
「認めたくはねーが、お前の力は、既に俺を超えつつある。だがな。油断してるん
じゃねーぞ?てめぇが怠けてたら、俺が、すぐにまた超えてやるからな。」
 道雄さんは、面白く無さそうに、紅先輩の頭を何度も叩く。
「プッ・・・。愚かだな・・・。見捨てられたのか。」
「てめぇ、言うに事欠いて、それかよ・・・。全く・・・。強化合宿は、1週間後
だ。それまでに怪我を治せ。じゃねーと、俺がお前を、引きずり落とす。」
 道雄さんは、本気の目で紅先輩を見る。どうやら、仲が悪いように見えて、この
兄弟は、良いライバルのようだ。
「もう・・・代表の座は渡さん。・・・せいぜい足掻け。」
 紅先輩は、元気が出たのか、軽口を叩く。
「てめぇ、体が治ったら覚えてろよ。俺の『竜巻背負い』を、また食らわせてやる。」
 道雄さんの『竜巻背負い』は、相手を捻るようにして背負う、道雄さんの必殺投
げだ。あれで、何度も優勝している。
「良い度胸だ・・・。『白虎落し』・・・貴様にも決める。」
 紅先輩は結局、文句を言いながら、道雄さんの肩を借りつつ退場する。
「紅先輩!!道雄さん!!どっちも優勝ですよ!!」
 俺は、2人に声を掛けた。
『誰に言ってる。当然だ。』
 2人共、そう返してきた。やっぱり兄弟だ。
 俺は、この兄弟を羨ましく思った。最も近くに居て、最も超えなきゃならないラ
イバル。それが兄弟だなんて、贅沢な悩みなのかも知れない。
 こうして、俺は決勝へと進んだ。素晴らしい柔道家、紅兄弟を俺は忘れない。


 俺は控え室へと戻った。そこには、俊男が待っていた。入念に構えのチェックを
していた。そして、俺の顔を見ると、顔を綻ばせて肩を叩いてきた。
 俺は親指を立てて、約束は果たしたと言うジェスチャーを送る。
「モニターで見てたよ。瞬君は、さすがだよ。」
 俊男は、惜しみない称賛をくれた。
「そう言ってくれると嬉しいけどな。結構、危なかったぜ。」
 俺は、偽らざる気持ちを言った。何せあの『白虎落し』を食らった時は、本当に
駄目かと思った。底から湧きあがるような力を出せたのは、江里香先輩と恵。そし
て、ゼーダが俺の力を信じてくれた事が、大きな要因だろうな。
(君も、ようやく私の価値に気が付いたか。大きな成長だぞ。)
 一言多いっつーの。まぁ助かったけどな。
(素直では無いな。まぁいい。次は、俊男殿の番だな。)
 その通りだ。俺が約束を守った以上、今度は俊男の番だ。それに俊男の相手は、
神城の家臣の、風見なんだからな。
「次は、僕が約束を守る番だ。・・・決勝で会おう。」
 俊男は、迷いの無い目をしていた。アイツ、自信あるんだな。
「安心して良い。僕は、絶対に負けない。瞬君や紅先輩まで、本気を出したんだ。
僕も、自分の力を出し惜しみしない。・・・そう決めたんだ。」
 俊男は、今まで出し惜しみをしてたってのか?それで準決勝まで来るなんて、恐
ろしい奴だ。それを解禁すると言った。それは、並の決意じゃないのだろう。
「本当は、最後まで使う気は無かった。君と同じ。自分で、この力は封印して闘お
うと決めていたからね。」
 ・・・俊男の奴、まさか・・・。封印しようと決めた・・・そして俺と同じ。と
なると、俊男も使えるんだな。闘気を・・・。
「俊男。闘気を、解禁する気なんだな?」
「そのつもり。パーズ拳法の間では『気功』と呼ばれててね。危険だから、滅多に
使っちゃいけないんだ。師匠からも、ギリギリまで使わないように言われてるんだ。」
 俊男は、それを使うと言った。『気功』を解禁すると言う事は、相手に確実なダ
メージを与えるために、容赦をしないと決めたのだ。優しい俊男の事だ。迷ったに
違いない。でも、ヒート先輩の状態を見て、使うと決めたのだろう。
「そうか。でも、闘気なら、風見も使えるはずだ。天神流と同じく、神城流でも、
闘気の流れについては、習う対象になっている筈だ。」
 最も、俺の場合は、自らの内に持つ闘気を、外に出す事によって、打ち出す技術
まで身に付けているんだけどな。これは、天神流でも何でもない。
(敢えて言うなら、天上神流とでも言いたまえ。ハッハッハ。)
 言ってて、恥ずかしく無いか?
(一言多い!!!全く可愛くない弟子だ!!)
 ま、確かにゼーダから教わった闘い方だからな。間違いじゃない。
「分かってる。空手大会の決勝の時、君と扇の闘気が、ぶつかり合ってたのが見え
たからね。それに、僕との闘いも闘気のやり取りがあったしね。」
 ま、そうだな。体を硬くして耐えたりしたのも、闘気のおかげだ。天神流では、
普段から当たり前のように、闘気を取り入れている。いや、武術家なら、誰でも持
っている才能のはずだ。ただし、それの流れまで自在に見極めるには、修練が必要
だ。ここまでは、天神流や神城流でもやる事だ。だから俊男も、使わないと不利な
だけだ。
「瞬君。僕が解禁する闘気は、普段使う闘気じゃない。戦闘で、相手を動けなくす
るための、危険な闘気の方だよ。だから怖いんだよ。」
 俊男は、敢えて闘気を使うと言うからには、普段見せないような、凄い闘気を解
禁するつもりなんだろう。恐らく、空手大会ですら使ってない闘気。
(俊男殿は、闘気を打ち出す技術の事を、言っているのではないか?)
 ありえるな。俊男なら、使えても不思議じゃあない。
「君には、最初に見せておこう。」
 俊男は、壁から離れた所から構えを取る。そして右手に闘気を集める。・・・!?
凄い闘気だ!普段の俊男からは、信じられない量の闘気だ。
「把ッ!!」
 俊男は、右手を突き出すような形で闘気を打ち出す。すると、離れた所から、壁
に向かって闘気弾が放たれた。
 ボゥン!!!
 物凄い音と共に壁は見事に大穴を開けた。・・・俺が、自分の部屋で試したのと
同じだ。それ以上かも知れない。
「はぁ・・・。こりゃ躊躇うわな。」
「・・・うん。でも、勝つためには、使わなきゃならないと思う。だから使う。」
 俊男は決意を込めていた。風見の実力は、それくらい高いと見抜いているんだな。
「気功の中でも、この『外気』は危険なんだ。だから、封印してたんだけどね。」
「俊男。その『外気』、俺には遠慮するな。いや、する必要が無い。」
 俺は俊男に声を掛ける。すると、俊男は意外そうな顔をする。やはり、決勝でも
使う気が無かったんだな。でも、こんなの見せられた後では、不公平だ。
「セイッ!!!」
 俺は、拳に闘気を溜めると、同じように拳から闘気弾を打ち込む。
 ガゴォ!!!
 俊男とは、反対側の壁に穴が開いた。やっぱ、見せて置かなきゃ駄目だ。
「・・・やはり、決勝の相手が瞬君で良かった。」
 俊男は、嬉しそうに笑う。あれは、俺を本当のライバルと認めた笑みだ。嬉しい
限りだ。俊男は、自分だけで悩んでたに違いない。俺だって、この能力を知った時
は、悩んだ。使うまでには、勇気がいった。それを俊男が、同じ悩みを打ち明けて
くれたのだ。俺は、それに応えなきゃ嘘だ。
「島山 俊男君!準決勝、第2回戦、行くよ!!・・・って・・・。」
 係員が、呼びに来て、壁に開いた大穴を見て驚く。
「済みません。つい力が入りすぎて・・・。校長に、謝って置いて下さい。」
 俊男が、申し訳なさそうに言う。勿論『外気』の事は、伏せておく。
「あー。済みません。逆側は俺です。俺の分も、言って置いて下さい。」
 俺も、それに続く。俊男1人に謝らせるのはバツが悪い。
「はぁ・・・。決勝は君達だな・・・。確信したよ。」
 係員は、感嘆の声を上げると、共に笑う。
「よし。じゃぁ行って来る!瞬君。決勝では、互いにベストを尽くそう!!」
 俊男は、係員に付いていく。
「ああ。あの時の続き・・・。やろうぜ!!」
 俺は、俊男を見送ってやった。すると、俊男は控え通路の方へと向かっていく。
(驚いたな。君の他にも、アレだけ闘気を使いこなせる者が居たとは。)
 俊男だからな。アイツなら、ありえると俺は思っていた。
(決勝では、油断するんじゃないぞ。)
 分かってる。そんな事したら、俊男に失礼だ。俊男は、絶対決勝まで上がってく
る。なら俺は、全力を尽くすまでだよ。条件は同じだって分かったからな。
『それでは、これより!準決勝!第2試合を行います!!』
 モニターで、準決勝の様子が映し出される。さて、ここで観戦するか。
『赤コーナー!!居合いの手刀!!風見ぃぃぃぃ隆景ぇぇぇぇ!!』
 風見の入場だ。館内からは、誰も拍手を送らない。嫌われてるなぁ。まぁ、当た
り前か。あれだけの事をしたんだ。出られるだけ、マシって物だ。
『青コーナー!!最年少のパーズ拳法免許皆伝者こと島山ぁぁ!俊男ぉぉぉーー!』
 俊男の奴が、一歩一歩踏みしめるように入場する。それを風見は、不敵な笑いを
もって、見下ろすような形だ。余裕って所か。
『島山ぁぁぁ!!勝てよぉぉぉ!!』
『そうだぁ!!あんな奴に負けんなよぉ!!』
『お前のパーズ拳法と、天神流との対決を、俺は見たいんだ!!』
 おーおー。人気あるねぇ。風見が人気無い分、俊男に人気が集まってる感じだな。
風見は、飽くまで冷静に見下ろしている。
『校長!!この試合、どう見ます?』
 解説席は、相変わらず、やかましい様だ。
『心情的には島山 俊男が勝ち進んで欲しい。じゃが、あえて解説するなら、どち
らもテクニックは充分。切れ味、破壊力も申し分ない。となると、気力充分な方が
勝つであろうよ。体のバランスから言えば、島山の方が、少し有利じゃな。』
 さすが校長。ここで俊男応援団にならない所は、さすがだ。俊男は天性の才能が
ある。体のバランスと生真面目さから来る、体の鍛え方は見事としか言いようが無
い。だが、相手は、神城と同様の修練を積んできた風見だ。手刀の切れ味は、抜群
だ。相手は、この利点を、フルに使ってくるだろう。
『それでは、部活動対抗戦、準決勝!第2回戦!始め!!』
 始まったか。風見が、不気味な構えで近寄ってくる。例の手刀を隠す『居合い』
の構えだ。神城流の中でも、特殊な構えだ。神城流の中でも『居合い』を、あそこ
まで進化させた奴は、風見くらいな物だろう。神城の戦い方は、鋭利な刃物をチラ
つかせて、相手の覇気を削ぎつつ闘うやり方だが、風見の場合、その刃物を見せず
に、間合いを測らせずに闘う不気味な戦法だ。『居合い』とは、良く言った物だ。
『フッ。パーズ拳法か・・・。恐れるに足らず!!』
 風見は、俊男が動かないのを見て『居合い』を抜いた。そして俊男に、手刀が襲
い掛かる。それを俊男は、真正面から見据えて打ち払っていた。完璧だ。一番やっ
てはいけないのは、目を反らす事だ。しかし俊男は、少しの動きも見逃さずに、打
ち払っていた。
『・・・貴様・・・。』
 風見は、俊男の動きを見て油断するのは、拙いと思ったのだろう。
『先に言って置きます。貴方は、降参する気は、ありませんね?』
 俊男は睨み付けながら言う。それを聞いた風見が、烈火の如く顔を赤くする。
『降参?貴様、この私が敗走するとでも言うのか?扇様以外に、そんな事は有り得
ぬ!!見くびるのなら、相手を選ぶが良い!!』
 風見は、色んな方向から手刀を振り下ろす。一歩間違えば、ヒート先輩と同じ道
を歩む恐ろしい手刀だ。だが、俊男は、怯む事無く、打ち払っていた。
『ぬぅぅぅぅ!!!何故当たらぬ!!当たれば貴様など、すぐに散ると言うのに!!』
 風見は、頭に血が上っていて、周りが見えていないのか?俊男は、全て軌道を見
ながら、手で打ち払っていると言うのに・・・。
『なら、打たせましょう。』
 俊男は、手を広げて打たせるとばかりにポーズをとる。・・・俊男は、打たせる
つもりか。となると、俊男は使うんだろうな・・・。
『・・・貴様!!その侮辱!私刑に値する!!!』
 風見は、俊男に容赦なく斬り付ける。それも1回じゃない。2回、3回とだ。し
かし俊男は、傷一つ付いていない。俊男は完璧だ。
『貴方の闘気は、そこまでと言う事ですね。』
 そう。俊男は、闘気で自分の体を、硬質化したのだ。つまり、風見の闘気を込め
た手刀が、俊男の硬質化した筋肉の鎧に、負けたのだ。俊男は覚えていたんだ。空
手大会で、俺が使った天神流の受け技『鋼筋』をだ。そして、闘気の流れを覚える
につれ、技をマスターしたに違いない。何て言うセンスだ。
『何故だ!!私は風見 隆景!!神城流の第一の家臣だぞ!!貴様如きに、何故遅
れを取らねばならんのだ!!有り得ぬ!!』
 風見は、分かって無い。俊男のセンスは非凡だ。
『貴方は確かに『居合い』を使いこなせる素晴らしい強さをお持ちだ。だが、その
タネが分かった今、僕の敵じゃ無い。貴方は、武器が少なすぎるんだ。ヒート先輩
だって貴方の『居合い』の事を知っていたら、あんな結果にはならなかった。結果
も逆になっていたでしょう。貴方は、自惚れ過ぎだ!!』
 俊男が掌に力を込める。・・・物凄い力が込められているぞアレは・・・。モニ
ター越しにでさえ、俊男の掌の空間が歪んでいるのが分かる。あれは、闘気の塊だ。
俊男の奴、とうとう『外気』を使うつもりだ。
『互いを尊敬の念で称えあって、極みを目指す事こそ武道家の倣い。貴方は、それ
を怠った三流に過ぎない。僕が、本当の極みを見せてあげます。』
 俊男は、とうとう闘気を形にした。目に見えてるぜ・・・。アイツは、あそこま
で闘気を極めてやがったのか。参ったぜ。
『抜かせええええええええええ!!!!』
 風見は、逆上して飛び掛る。全力で手刀を振り下ろす気だ。それを俊男は、片手
で弾き飛ばすと、闘気を溜めていた掌を前に突き出す。
 ドゥゴォォォォォォォ!!!
 物凄い音と共に、風見はリングポールに吹き飛ばされる。そして、そのままビク
ンと肩を揺らすと、動かなくなった。完全に気絶している。よく見ると、鳩尾が陥
没している。何だ?あの威力は・・・。
『・・・病院で、ヒート先輩に謝ってください。』
 俊男は、そう言うと、風見を抱え込む。風見は完全に気絶していた。目で合図す
ると、救護班が、急いで風見を運び出した。俊男は、それを見送ると、手を合わせ
てお辞儀をする。その間、皆、呆気に取られていたが、決着がついたのを確認する
と、轟音のような歓声が上がる。
『勝者!!島山 俊男!!』
 審判も、それにつられて勝利者宣言をする。
 やっぱ当たっちまったな。俊男。お前が、相手なら、俺も手加減は抜きだ。
 俺とお前の、最高の決勝戦を見せてやろう。


 一度の敗北が、僕を修練の鬼へと変えた。
 その敗北に、後悔は無い。
 努力の集大成の結果が、敗北なら仕方が無い。
 だが、彼は、僕に更なる上を目指すように言った。
 その言葉が、僕を更なる本気にさせた。
 幼い頃から『天才』なんて呼ばれた。
 思えば、可愛く無い幼少時代を、過ごして来た物だと思う。
 修練を通して、僕は良い子にはなった。
 だが自惚れは、強くなったかも知れない。
 それを彼は、正してくれた。
 僕は、まだ強くなれる。
 彼が、僕にそれを教えてくれた。
 なら彼を超えるための、努力を惜しまない。
 それが彼への、最大の礼儀であるからだ。
 それから一日足りとも、修練を欠かした事は無い。
 修練の量は、寧ろ増えた。
 だが、昔と違って、楽しくて仕方が無かった。
 相手を倒すだけの修練じゃない。
 相手と競うために、最大限の努力をする。
 それが、こんなに気持ちの良い物だと、思わなかった。
 そして彼との対決は、やってきた。
 もう後戻りは出来ない。でも、後悔しない。
 彼を本気で目指した、僕の努力の結果が、もうすぐ出る。
 楽しみだった・・・いや、もう楽しんでいる。
 何故なら、彼も僕と同じ土俵に立っているからだ。
 闘気・・・。
 これを完全に使いこなせれば、闘い方は変わってくる。
 恐ろしい力だと分かっていたので、中々使えなかった。
 でも彼も、僕と同じくらい闘気を操っていた。
 条件は対等。
 これで、あの時の続きが出来る。
 あの時は、僕が先に降参した。
 でも今回は・・・今回こそは!!


 俺は集中していた。モニターで俊男の勝ちが決まり、俊男が反対側のコーナーへ
と引き返した瞬間に、モニターの電源を切った。俺の相手は島山 俊男。この爽天
学園に入って、最初に出来た友人。爽天学園に入る前から、分かり合えた友人。生
真面目で、強くなるための努力を惜しまない、とんでもない奴だ。
 そして・・・俺の相手となるのに、一番相応しい人物だ。最高の友人で、最強の
ライバル。これ以上の舞台があるか?ってくらいだ。俊男は、今度こそ本気で来る。
最後に見せた『外気』を応用した突きは、俺への挑戦状だ。俺に、全てをぶつけて
くると言う挑戦状なんだろう。なら俺は、その挑戦に全力を持って応えるまでだ。
 思えば、天神家に来て1ヶ月ちょっと経つ。そしてゼーダと、精神を共にして、
1ヶ月ちょうどくらい経つ。俺も随分と、この環境に慣れてきた。素晴らしい先輩
と、俺にはもったいない妹が笑ってくれる。そして、掛け替えの無い友人が、俺の
目の前に立つってんだから、皮肉な物だ。
 江里香先輩と恵が、凄い試合を見せてくれた。あの美しい姿が忘れられない。俺
は俊男と、決勝に立つ。アレを超える試合が出来るか、正直、自信は無い。だが、
色々な思いが錯綜した、この部活動対抗戦も、この試合で終わる。なら、悔いは残
さないようにしなきゃいけない。
「よし・・・。」
 俺は精神が、統一し終わった。眼を開けると、周りが良く見える。
(良い精神状態だ。私との特訓の成果も兼ねて、見せてもらおう。)
 そうだな。アンタとの指導は忘れられない。あんなきつかった1ヶ月は、久し振
りだ。成果くらいは、見せなきゃならないな。
(見る限り、相手も、君と同程度の使い手だ。油断は禁物だぞ。)
 わかってる。俺の最高って奴を、見せてくる。
(ならば言う事は無い。私だけでは無い。君の爺さんのためにも、頑張りたまえ。)
 うおっし!!俺が、どれくらい強くなったか、自分自身で確かめる!!
「天神君!時間だ!!」
 係員が、呼びに来る。俺は目で合図すると、係員に付いていく。
「決勝の君を、送り出す係員である事を、光栄に思う。」
 係員の人は、ニッコリ笑った。
「最高の褒め言葉として受け止めますよ。」
 俺は、係員の人に言葉を返す。いよいよ決勝戦だ!
 控え通路に出ると、すでに観客席が、盛り上がっているのが伝わる。
「赤コーナー!!天下無双の剛拳!!天神ぃぃぃ瞬ーーーー!!」
 アナウンサーの声と共に、物凄い歓声が聞こえた。俺は、その歓声を聞きながら、
一歩一歩リングへと向かっていく。
「天神ぃ!!最強は、お前だああああ!!」
「柔道王を退けた強さ!信じてるぞぉ!!」
「サウザンド伊能ジュニアの名に懸けても、負けるんじゃねぇ!!」
 俺への期待は、今まで俺が倒してきた強敵達の名と共に、上がってきている。期
待に応えなきゃいけないな。俺は、それを心に留めながらリングへと上がる。
「青コーナー!!最年少のパーズ拳法免許皆伝者こと島山ぁぁ!俊男ぉぉぉーー!」
 俊男だ。俊男も一歩一歩踏みしめながら、こちらに向かってくる。そして、その
顔は、満足げな笑みに包まれていた。闘いたくて、堪らないって顔だ。
「島山ぁぁ!!天神を倒せるのは、お前しかいねぇ!!」
「風見を倒した技、凄かったぜぇ!!」
「お前のパーズ拳法を、楽しみにしてるぜ!!」
 俊男も俺に負けないくらい声援を受けている。俊男の勝ち方も派手だったからな。
それ以上に、俺に刺激を与えてくれたしな。
「トシ君。私、あの技、初めて見た。少し悔しいけど、凄かった。決勝でも見せて
くれるわよね?」
「ごめんね。エリ姉さん。風見は、どうしても許せなくてね。」
 江里香先輩の追求に、俊男が照れながら話していた。良いなぁ。呼び方が違うっ
てだけで、ぐっと親しく見える。
「はぁ〜。トシ君らしいわ。で?瞬君は、あの技に対抗する手段ある訳?」
「済みません。先輩。俺も、同じような事が使えるんですよ。」
 俺は、包み隠さず教える。すると江里香先輩は、肩を竦めて笑う。
「2人共、私に隠れて色んな特訓しちゃって・・・。何だか悔しいなぁ。」
 江里香先輩は拗ねる。こりゃ、後が大変そうだ。
「闘気・・・ですね。しかも、御二人共、かなりのハイレベル。」
 恵は、見抜いているようだ。本当に恵は凄いな・・・。
「ま、私としては、兄様を応援しますが・・・俊男さん。貴方には、驚かされまし
てよ?兄様のライバルと言うのは、伊達では無かったと言う事を、見事に証明して
くれましたね。兄様と同様に、評価しますわ。」
 恵が、他人を、あそこまで評価するなんて珍しい。よっぽど俊男の事は認めてい
るんだろうな。それでも俺を応援する辺り、有難い限りだけどな。
「瞬様ー!!俊男様ーー!ファイトですわー!!」
 2階席から、当然のように葉月さんの声が聞こえてくる。
「ハハッ。僕達、期待されてるね。」
「あったり前だ。こりゃ良い試合しなきゃ、済みそうに無いぜ?」
 俺は、俊男の軽口に合わせる。周りも、俺達以上に期待している。プレッシャー
なのだが、何故か、今は、それが嬉しい。
「では・・・部活動対抗戦!決勝!!始めぇぇぇ!!」
 カーーーーーン!!
 ゴングが鳴った。とうとう俺と俊男の対決は始まった。俺は最初から『逆十字の
構え』を見せる。小細工抜きだ。俊男とは、とことん殴りあうつもりだ。『逆十時
の構え』は、攻撃に特化した構えだ。この構えこそが、俺の意思だった。
「瞬君。僕も・・・小細工は抜きだ!!」
 俊男は、腰をどっしりと落として、防御を少しも見せない攻撃の構えを見せた。
拳は、腰の所と前に突き出すようにある。守るような仕草は、全く無い。
「ハハッ。しょうがないな。俺達は・・・。」
「ほんとほんと。この決勝戦で、コレだもんね。」
 俺と俊男は笑いあう。今まで、散々技量だのスピードだのと、鍛え上げてきたの
に、決勝戦で選んだ選択肢は、力比べだ。
「んじゃ、やろうぜ。俊男!」
「行くよ!付いて来てよ!瞬君!!」
 俺と俊男は、同時に間合いを詰める。そこに、迷いは無かった。そして、それぞ
れが、互いの頬に拳を入れる。
「グアッ!!」
「ウグッ・・・。」
 俺達は、互いに、まともに入った事を確認する。申し合わせたかのようだ。
「やっぱり瞬君しか居ない。僕のこの拳を、全力で受け止められる相手は!そして
闘気で防御しているのに、更に上を行く痛みを当ててくる相手はね!!」
「そうだな!俺と、まともに打ち合えるなんて、お前くらいしか居ないぜ!!」
 互いに分かっていた。でも避けない。次を入れる。そして、休む事は無い。俺達
は、完全に足を止めつつも、殴り合っていた。闘気の流れを掴む前に殴る。だから、
避けられない。引いて避ける事なんて、頭に無い。何故なら、引いたら更に致命傷
を与えてくるに違いないからだ。だから引かない。だからこそ、子供のように互い
を打ち抜く。手の内は分かっている。俺達は、互いが止めるまで、闘気を乗せた拳
を突き入れる。
「・・・凄い・・・。」
 江里香先輩は見入っていた。
「引けない闘い・・・。自分では、やりたくないですわ。」
 恵も悪態をつきつつも、見入るしかない。目を反らすなんて出来ない。こんなに
互いを感じ取りながら殴り合っている2人は・・・かくも、美しく見えたのだから。
「あれこそ・・・本能での闘い・・・。それを、決勝で見られるとはな。」
 校長は、手に汗を握る。これ程、原初で美しい殴り合いが、あっただろうか?互
いに凄まじいスキルを持ちながら、全てを込める事で、原初に戻らざるを得ない。
 ガスッ!!バゴッ!!バキッ!!ゴォン!!
 凄まじい音が、リング内に鳴り響いている。互いに、隠すつもりなど微塵も無い。
溢れ出す闘気を、自分の拳に乗せて相手を打ち抜く。全力で打っているのに、次打
つ時は、さっきの一撃を越えるであろうかと言う勢いで、出される拳。それを顔面、
鳩尾、胸、腹、肩、腕と、容赦なく打ち抜いていく。
「どうしたぁ!!離れるなら、今の内だぞ!!」
「そう思うなら、離れてみると良いよ!!」
 俺達は、笑いながら、まだ打ち合う。互いにボロボロになりつつあるのに、まだ
相手を見据えている。そして、拳に力を入れる。
「ドゥオオオオオ!!!」
「セェェェェェェイ!!」
 俺達は、甲高い声を上げて、互いを突き飛ばすように相手を殴る。すると、互い
に、距離が出来た。もう俺も俊男も、肩で息をしている。当然だ。傷が付いて無い
所なんて、ほとんど無い。拳も殴り疲れて、腕を上げるのさえ、一苦労だ。
「俊男。本当にお前、鍛え上げたな。」
「僕は死に物狂いだったってのに・・・瞬君に追いつくのが、せいぜいか・・・。」
 俺と俊男は、本当に互角だった。拳の硬さも体の鍛え方も、誰にも負けて無いつ
もりだった。だが、俺は、この1ヶ月間で闘気を中心に、中に眠る力を鍛え上げた。
そして俊男は、闘気の扱いが、少し分かってたので、体を鍛え上げたのである。天
神流と呼ばれる俺の体の鍛え方に匹敵する何て・・・どう言う修練を積んだんだ。
「しかしさ。俺達、決勝まで来てコレだぜ?凄い馬鹿だよな。」
「ハハッ。馬鹿も、凄くなると認めてもらえるんだよ。」
 小細工抜きで殴り合う。これが、どんなに苦しくて、どんなに覚悟が要る物で、
どんなに楽しい事か・・・。俺達は、それを実行したんだ。なら、もう迷わない。
「俊男!!俺は、お前を倒した『貫』に全てを懸けて、突っ込む!!」
 俺は、宣言してやった。天神流、突き技『貫』。最高の基本技にて、全てを懸け
た時は、スピードでは、隼突きを凌駕するだろうし、威力は想像も付かない。それ
を、今から行うと宣言したのだ。
「ハハッ!さすが瞬君!なら僕は、この両手に全てを懸ける。発頸の掌波(しょう
は)に、闘気を込めて、迎え撃つよ!!」
 俊男も宣言した。ホント馬鹿だ俺達。でも、後悔なんてしない。どう闘うか、あ
れだけ楽しみにしてたのに、殴り合いしちゃったもんな。
「何だか、試合としては、短かったけどさ。楽しかったぜ。俊男!」
「僕もだよ。こんなにスッキリとした殴り合いは、初めてだよ!」
 もう2人共、吹っ切れていた。やる事は一つだ。俺は、全てを右拳に懸ける。そ
して俊男は、両手に全てを懸けて、迎え撃つ。それだけだ。
「いくぞ!・・・一撃必倒!!」
「発頸・・・ハァアアアアアアア!!」
 俺は、右拳に力を入れた。俊男は、両手に力を込めた。なら・・・行くだけ!!
「突き技!!『貫』!!!!」
「奥義!!『掌波』!!!」
 俺達は、同時に叫ぶ。そして俺は、高速移動で俊男に右拳をぶつける!!俊男は、
迎え撃つように両手で闘気の塊を、打ち出した。
 バシィィィィィ!!
 そして、それは起こった。俊男の闘気と、俺の拳の間に、闘気の衝突が起きて、
先に進めなくなった。互いに全力を打ち出しているので、態勢も変えようが無い。
「ヌヌヌヌヌヌヌ!!!!」
「ヌアアアアアアアアアア!」
 俺達の叫びに、呼応するかの如く闘気が溢れ出す。既に誰の目でも見えるくらい
の衝突だった。ここでも、力比べって訳だ。
「・・・ここまで互角とはね!!!」
 俊男は、顔を顰めながら、必死に俺の侵攻を阻む。しかし阻まれきった時、俊男
の闘気は、俺に降り掛かってくる。
「俊男!!悪い!決着を、つけさせてもらう!!!」
 俺は、今も全力だったが、これ以上を求められるなら、やるしかない。俺は、右
拳に、左手を添えて、右拳を抉るように回転させる。そして、それにより俺の闘気
は、より細く、強くなっていく!相手の闘気を抉るように、進んでいく。
「ウアアアアアア!!」
 俊男は、最後の力とばかりに、闘気を包み込もうとする。そして・・・。
 バゴォン!!!!!!
 凄まじい爆音と共に、俺と俊男は吹き飛ばされた。俺も俊男も、コーナーポスト
に叩きつけられる。
「ハァ・・・ハァ・・・。」
「・・・ウグッ!!!」
 俺は、膝に手を当てながら起き上がる。しかし俊男は、脇腹に痛みを感じて倒れ
た。そして、俺の方へ微笑み掛けると、床に手を付く。俺は最後に、天神流『攻め』
の構えを取った。
「勝者!!天神 瞬!!!」
 審判は、その様子を見て、弾けるように俺の勝利を宣言する。その瞬間に、俺は
全ての力が抜けて、倒れこんだ。そして、物凄い歓声が聞こえた・・・。
 でも、俺は、既に立ち上がる気力も無かった。それくらい疲れた・・・。



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