NOVEL Darkness 2-5(Second)

ソクトア黒の章2巻の5(後半)


 結論から言うと、全宇宙にはソクトア以外にも人間が居る。人間では無くても、
主要となる生物から、危機を救うために神は派遣される事がある。ソクトア星は、
宇宙の星から比べると、質量は大きくないし、何より、密度もそう多くない。だが、
この星には、自然が溢れていた。よって魔力なども、そこから得られやすいし、生
物にとって、暮らし易い極限の状態が、保たれていた。
 これだけじゃ無かったんだ。ソクトアは、特異点とも言うべき星だった事が、最
近になって、分かったのだ。ソクトアは、他の次元との係わり合いが、特に強い星
だったのだ。他に、このように魔族や神が降臨する星は、少ない。色んな種が様々
な方法で、生きていく手段を探せる星など、ソクトア以外には、存在しないと言っ
ても良い。その原因も、ここ2000年の内に発覚した。ソクトアの星には、神の意思
が宿っている。この星の礎には、創造神ソクトアと言う神が関わっていたのだ。最
近まで、その存在すら知らなかった。宇宙創世記から、存在する神で、この星と、
同化しているなど、誰が考えようか?その溢れる自然力は、この神の力に拠る所が
大きい。そして、特異を引き寄せるのも、創造神のせいだろう。
 ここで言っておこう。神や魔族の領域にまで、力を付けられる人間が存在するの
は、この星だけだ。他の星の人間達は、必ず種としての限界が来る。そして、その
限界を保ったまま、死んでいく。しかし、この星の人間は違う。いや、この星から
生まれた生物は、とにかく強い。そして特殊な能力に溢れている。神が脅威に思う
程だ。魔族も、神もソクトアに執着する理由は、この特異点に拠る物だ。ここの覇
権を取ってしまえば、才能溢れる者達を、操れると言う事になる。これはでかい。
 天界や魔界は、全ての星に通じているが、出現率が一番多いのは、この星だ。質
量も少ないこの星に、集まるのは、以上のような理由があるからだ。だから君達は、
自分達を誇って良いし、危機感を募らせなきゃ駄目だ。人間達が、この星を守って
きたのと同時に、今は、覇権を奪われつつあるのだ。君達人間が、前に打ち出した
『共存』と言う原理は、この星には、理想のシステムだったのだ。それを、取り戻
すが良い。
 だが、君達は、敵を知らない。恐らく、ゼリンくらいしか知らないだろう。私達
ですら、ゼリンの事くらいしか知らない。にも関わらず、近寄れすらもしない。あ
のセントメトロポリスと言うのは、恐ろしい要塞と化している。そこで私達は、君
達と会って無い間に、あのソーラードームを、調べておいた。
 ソーラードームの特徴を言うとだ。全ての攻撃を無効化し、『無』の攻撃すら吸
収すると言う壁だ。ここから結論を出すと、あのソーラードームは『無』の力で覆
った壁だと言う事だ。結論を、口に出すのも恐ろしい程だ。だが、間違いないだろ
う。ソーラードームは、セントを全て覆っている事から考えると、凄まじい程の質
量だ。それを、ゼリン一人でやったとは考え難い。ゼリンは、協力しただけだろう。
他に恐ろしい何かが、待ち受けてるに違いない。それと、我等が気付かない、何か
が施されている可能性がある。それは大事な事だ。気付けば、こちらに有利な状況
にも変わり兼ねないからだ。
 それを探るのは置いておいて、このソクトアの進化について、妙な事が判明した。
これだけ化学が躍進しているにも関わらず、ソクトアは、空での移動手段が、余り
にも発展していない。これは、ソーラードームの鉄壁の守りのせいもあるが、それ
以上に、セントが、わざと成長を止めている可能性が高い。本来なら、とっくに空
での移動する手段が出来ても、良い筈なのだ。だが、ソーラードームの細部を調べ
られるのを恐れているのか、全く発展しない。それとだ。この星は、余りにも銃器、
飛び道具などに対する進化が遅い。銃器は、100年程前から、製造されているに
も関わらず、全く銃器の使い手が居ない。今、一番上手く使えるのは、グリードだ
ろう。君は、稀有な存在だ。それはセントにとって、驚異にも成りえると言って良
い。それは、セントは、遠距離からの攻撃を恐れている。要塞と化したソーラード
ームだが、中に入ってしまえば、狙撃のチャンスも出てくる。それを恐れての事か、
銃器のエキスパートが、全く育っていない。軍隊を動員して、戦車や銃器を扱わせ
たが、大まかな狙いを付けられるだけだ。これは、極度に狙撃を恐れているからだ
ろう。だが、その代わりに、ソクトアでは『人斬り』と呼ばれる集団が、暗殺を担
っている。これはセントにとっても、意外な事だっただろう。本来、銃器と言うの
は暗殺に、好都合な武器だ。しかし、その使い手が育たないから、『人斬り』と呼
ばれる、殺し屋集団が発達したのだ。歪な進化を遂げさせた責任が、違う方向への
進化を促した結果になったのだ。
 ソクトアの人間は、可能性が無限大にあると言って良い。だからこそ、今のよう
な世の中になりつつ、奪われている自由も、君達なら取り戻せると信じている。


 赤毘車さんは話し終えた。何か、とてつも無い話だった。俺は今まで、セントと
言うのは、どんな所で、自分達が置かれている状況が、どんな事なのか、想像もし
ていなかった。しかし、今の話を聞く限り、ギリギリのバランスで、今のソクトア
は成り立っていて、俺達には、それを食い止める可能性があると言う事だ。
「もしかしたら・・・俺達って、人間じゃないのかもな。」
 レイクさんが、ふと洩らした。俺も、同じ感想だった。他の星の人間は、神に近
づける程と言うのは、稀なのに、このソクトアでは、可能性として、充分にあると
言う時点で、別の生き物の気がしてきた。
「君達は、このソクトアの人間さ。ソクトアの人間として、胸を張ると良い。」
 赤毘車さんは、心強い事を言ってくる。何よりも、ソクトアの人間だと言う事を
誇りに思うように、言っているのだ。
「そうそう。かく言う赤毘車も、ソクトアの、しかもガリウロル人なんだぜ?」
 ジュダさんは、ビックリする事を言う。
「ジュダ!・・・口が軽いぞ。全く・・・。」
 本当かよ・・・。赤毘車さんまで、この星の人間だったとは・・・。しかも、ガ
リウロルの人間だったなんて、驚きだ。
「どうせ隠したって、分かる事じゃあねぇか。あ。ちなみに俺は、金剛神と蓬莱神
の間に出来た息子だ。その辺は、確か伝記でも書いてあったっけか?」
 ・・・そうだ。さも平然と話しているが、この人は、1000年以上生きている伝記
の時代からの、人だったんだ。不思議な事、この上ない。
「14年しか生きていない私にとっては、途方も無い話ですわ。とは言え、こうし
て話していると、不思議と、感じない物ですのね。」
 恵は肝が据わっている。神を相手にしても、動じない。最初こそ驚いていたが、
落ち着くにつれて、普通に話している。そう言うオーラが、恵には感じられた。
「ま、お前達みたいに、凄く気の合う奴らは少ない方だ。ジーク達以来だぜ?」
 ジュダさんは、俺達を伝記のジークと比較する。あっちは、伝説とまで言われて
いるのにな。それと比べられても、困る。
「そう言えば、ジーク達にも、稽古をしてやったな。フフフフフ・・・。」
 赤毘車さんは、恐ろしい笑みを浮かべていた。どう言う稽古をしたのだろう。
「是非、受けたいな!赤毘車さん、強そうだもんなぁ!」
 レイクさんは、目を輝かせる。
「はっはっは!俺達は、まだソーラードームの詳細を調べなきゃいけないし、もっ
と力を付けてからにしろ。冗談抜きで、赤毘車の稽古は死ぬぞ?」
 ジュダさんは、冷や汗を掻きながら忠告する。その様子は、茶化してる様子は無
かった。そういえば、伝記でも、赤毘車さんの地獄の稽古の事に、少し触れていた
ような箇所もあった。あれは、本当だったのか・・・。
「ジュダ。志願を無にするのは、良くない。私の稽古が受けたいと言うのならば、
いつでも引き受けるぞ。遠慮しない方が良い。」
 赤毘車さんは、不気味この上ない顔で笑う。寒気を感じるのは、俺だけなんでし
ょうか?稽古マニアのようだ。
「ま、次の機会にしようや。ソーラードームの作成者を調べるのが、先だ。」
 ジュダさんは、真面目な顔になる。やっぱり気になるのだろう。セントを覆う程
の『無』の力を体現出来る持ち主。一体、誰なんだろう?
「ジュダが、そう言うのなら仕方が無いな。次に来た時は、修行をつけてやろう。」
 赤毘車さんは、本当に嬉しそうな笑みを浮かべながら、怖い事を言う。
「ま、お前達は、修行を続けてろ。今の生活を、壊す事もあるまい。」
 ジュダさんは、気を使っていた。この問題は、俺達を巻き込む事じゃあないと思
っているのだろう。それは正論だ。だけど、このままで良いのか?その疑問は、つ
いて回る。俺達は、ソクトアの細部まで知ってしまったのだ。
「ご配慮は有難いです。でも、いざと言う時は、声を掛けて下さい。」
 俺は、後悔だけは、したく無いと思った。爺さんの時の例もある。いざと言う時
に、何も出来なかった時程、後悔する瞬間は無い。
「分かったよ。考えとく。ま、今は、強くなる事を考えろ。」
 ジュダさんは、今やるべき事を考えろと言う。
「それとな。ファリア。」
 ジュダさんは、ファリアさんの方を向く。
「あの召喚魔法、いつも使ってるのか?」
 ジュダさんは、ファリアさんが使った召喚魔法が、気になっていたようだ。
「この頃、使いこなせるようになりました。まだ、修行中ですけどね。」
 ファリアさんは、古代魔法の研究だとか言ってたけど、召喚魔法を中心に、やっ
ていたらしい。しかし、召喚って凄いよな。
(凄い所では無い。この魔法は、奇跡に近い。過去の遺物を召喚するとなると、か
なりの魔力が必要になる。危険極まりない。)
 へぇ。奇跡に近いって言う程か。
「水を差すようで悪いが、このまま続けていくと、危ないぞ。」
 ジュダさんは、忠告する。やっぱ危ないのか。
「重々承知してます。古代魔法を極めると決めた時から、覚悟は出来てます。」
 ファリアさんは、落ち着いた声で言い放つ。
「レイク。お前は良いのか?ファリアは、自分の命を縮めているのかも、知れない
んだぞ?召喚魔法は、それくらい危険なのだぞ?」
 ジュダさんは警告する。ファリアさんじゃなくて、レイクさんに言う所を見ると、
本気で、心配しているのだろう。
「本当は辞めて欲しいですよ。でも、言って聞くようなファリアじゃないです。な
ら、お互いが頑張るしか無いでしょう?俺も、死ぬ気で強くなるつもりですから。」
 レイクさんは、キッパリと言い放った。凄い覚悟だ。ファリアさんを、全面的に
信頼している。その上で、それに負けない努力をレイクさんは、しようとしてる。
並大抵の覚悟じゃない。俺にも、覚悟が示せるのだろうか?
「全く・・・参った奴等だ。覚悟が出来てるなら、やってみろ。ただし、自分の力
以上の事は、やるなよ?しっかり実力を付けてから、召喚するんだ。暴走したら大
変だからな。」
 ジュダさんは、物騒な事を言う。暴走なんてするのか?
「暴走ですか・・・。そうですね。気を付けます。」
 ファリアさんも、重々承知のようだ。
「召喚に限っては、召喚した者より、召喚された方が強いと、暴走したりするのよ。」
 ファリアさんは、皆にも分かるように説明する。魔力が、暴走するんじゃないの
か。つまりは、自分の力量以上の事をすると、しっぺ返しが来るって訳だ。
「そんな危険まで冒して・・・ファリアさんは、何をするつもりなの?」
 江里香先輩は、不思議になっていた。ファリアさんがする事は、命懸けに等しい。
そこまでして召喚に、拘る理由が、聞きたいのだろう。
「最終的に呼びたいのは、決まってるわ。そこまでは、極めるつもりよ。」
 ファリアさんは、目標があるようだった。
「・・・力以上の事は、避けるべきですわ。」
 恵は、何だか悟ったような口調だった。あの顔を見る限り、ファリアさんが、何
をしたいのか、見切ったようだ。
「大丈夫よ。それまでの準備は万全にするわ。焦っちゃ駄目だしね。」
 ファリアさんは、極力無理はしないと宣言する。その方が良いだろう。
「よし。それじゃ、そろそろ行く。・・・それと、ここまで話しておいてなんだが、
お前達は、無理に戦いに出る必要は無いぜ。今が幸せなら、それを優先するべきだ。」
 ジュダさんは、俺達の事を思って言う。戦いに巻き込みたくないのだろう。確か
に、これはジュダさんが収めるべき問題だ。
「それは、俺達が判断します。今は純粋に、貴方達と会って話が出来て良かったと
思っています。また話がしたいです。」
 俺は、素直な気持ちを言う。この話を聞いたから、ジュダさん達と会わなければ
良かったと思う事は無い。確かに大事な話かも知れない。俺達が巻き込まれるかも
知れない。だが、それを苦にする程、俺達は、弱くないはずだ。
「そう言う事なら、こちらも大歓迎だ。また遊びに来るぜ。」
 ジュダさんは、気楽に手を振る。そして急に、腕を前に突き出すと、両手で押し
広げるような仕草をする。すると、空間が、突然裂けて、扉が出来上がった。
「じゃ、またな!今度は、俺も稽古に参加するぜぃ!」
 ジュダさんは、そう言うと、扉の中に入っていった。
「私も行こう。今度は私の稽古、楽しみにしてると良い。」
 赤毘車さんは、嬉しそうな笑みを浮かべたまま扉の中に入っていった。そして、
そのまま空間が戻る。
「何だ今の?」
 俺は、ジュダさんが開いた空間の所を触ってみるが、何処も、おかしい所は無い。
「古代魔法の一つ、『転移』よ。行った事がある所に、次元の扉を開く魔法よ。」
 ファリアさんが説明してくれた。なるほど。何だか軽く使っていたけど、あれが
『転移』か。便利そうな魔法だ。
「しかし、凄い話だったねぇ。あたしゃ、まだ半信半疑だよ。」
 亜理栖先輩が、顎に指を持ってきて、考える。
「俺達だって、最初はビックリしたし、そんなもんさ。」
 グリードさんは、レイクさんに出会ってから、不思議な事の連続だと話していた。
アレくらいで、ビビッていたら、体が持たないのだろう。
「それにしても、伝記の神ってのは、軽いのねぇ。」
 江里香先輩も、すっかり慣れてしまったようだ。まぁジュダさんは、とっつき易
い神だからなぁ。俺だって、凄く話し易かったし。
(軽視されるのは、納得いかんなぁ。)
 まぁ、アンタはな。でも、話しやすい方が、却って信用されるんじゃないのか?
(それはだなぁ。私だって、特別偉ぶったりはしなかったがな?あそこまで、ぶっ
ちゃける神なんぞ、初めて見たぞ。)
 隠し事したくないだけだろ。まぁ、ジュダさんの場合、それが行き過ぎなくらい
だけどな。もうちょっと、存在を隠しても良いよなぁ。
「それでも、神だって信じられるのも・・・アレを見たからだよね。」
 俊男は、さっきの激突が目に焼きついているようだ。俺だって、忘れられないく
らいだ。あんな激突、滅多に見れる物じゃあない。しかも片手で止めてたしな。
(単純な力のバランスを比べたら、ジュダに勝る神は居ないだろうな。私とて、力
勝負では、勝てる気がしない。最も、実戦なら、負ける気がせんがな。)
 本当かよ?あの化け物みたいな強さを持つジュダさんに、勝てるってのか?
(君は、私の特殊能力を知らんからな。ジュダと私の力の差は、見た所、少しジュ
ダが、上回ってるくらいだ。それなら私の能力を使えば、負けはしない。)
 アンタの特殊能力って・・・そんな凄いのか?
(フッ。何せ、あのミシェーダが恐れるくらいだ。当然だ。教えんぞ?)
 ちぇ。ケチ。まぁ、いざと言う時に、見せてくれれば、それで良いさ。
(ふっ。ジュダとて、特殊能力を隠し持ってる。まぁ私の読みは、そこまで入って
無いから、せいぜい互角だろうよ。奴の能力は、予測が付くけどな。)
 へぇ。ジュダさんも、特殊能力があるんだ。しかも分かってるのか?
(フム。奴は指輪をしていたが、本来在るべき所に、物が無かった。つまり、奴は
宝石に、力を込める事が出来る。そして隠された力まで全て引き出す能力。だろう
な。宝石の数の必殺技を持っている。って事だ。恐ろしい奴だ。)
 確か、『魔法体現書』にも宝石魔術って項目があったな。魔力を宝石に溜め込む
んだっけ?それを宝石に応じて、打ち出す魔力を変えられるって奴だったよな。
(ジュダのは、そんな生易しい物じゃない。奴は魔力であろうが、神気であろうが、
宝石に溜め込む事が出来る能力だろう。しかも宝石毎に、使える能力が違うと言う
話だ。応用力もあるし、素晴らしい能力だ。ま、ジュダの懐から、恐ろしいまでの
神気を感じたからな。それで気が付いたんだがな。)
 なる程・・・。そりゃすげぇ。それでいて、あの実力か。本当に勝てるのかよ?
(言っただろう?私の能力は、それすら上回る能力だと。)
 えらい自信あるな。アンタが言うんだから、間違いないんだろうけどさ。
「よし。決めましたわ。」
 恵は、周りを見回す。どうしたんだ?
「今度からは、一緒に稽古しましょう。実戦に近い形で稽古しないと、意味無いで
すわ。皆さんも、忍術の基礎は、もう大丈夫ですし・・・。いけますわね?」
 恵は、これからは、手加減無しの、実戦形式で稽古をしようと言っているのだ。
あちゃあ・・・。恵の奴、火が付いたな。昔から、負けず嫌いだったもんなぁ。
「どうせ言っても無駄だろ?それに、俺は、それくらいの覚悟あるし、構わんぜ?」
 俺は賛成する。どうせ、その内、こうなると思っていた。
「僕も、これ以上強くなるには、それしかないと、思っていた所です。」
 俊男も賛成らしい。と言うより、皆、やる気満々だ。
「やれやれ・・・お付き合いしますか。」
「姉さんは、素直じゃないなぁ。私は頑張りますよー♪」
 藤堂姉妹も、やる気満々だ。睦月さんは、結構渋々だけど、強くなりたいと言う
気持ちはあるらしい。葉月さんは、争う気は無いけど、強くなる気は、誰よりもあ
るみたいだ。なんだかんだ言って、この姉妹は、巻き込まれる事を恐れていない。
「よーし。じゃぁ、グリードは、鏃の無い矢で、俺は木刀で行く。容赦はしないぜ?」
 レイクさんは、竹刀から木刀に変わった。俺達と手合わせをする内に、竹刀じゃ
なくても大丈夫だと悟ったからだろう。
「フフフ。最終的に勝つのは、当主の私よ?覚悟しなさい。」
 恵は勝つ気満々だった。これで、本当に勝っちゃう所が、恵の凄い所だ。これか
らは、兄貴として、恵に負けないくらいに、ならなきゃいけない。こりゃ大変だ。
(ジュダの話を聞いて、ますますやる気を出すとはね。本当に、ソクトアの人間と
言うのは、楽しませてくれる。君に宿って、正解だったよ。)
 宿らせた覚えは無いけどな。そのうち、アンタだって、超えてみせるぜ!
(ほぉ。面白い。やってみたまえ。負けないように、私も特訓するからな。)
 そうこなくっちゃな。楽しくなってきたぜ!!
 ・・・俺達は、馬鹿なのかも知れない。こんなやばい話を聞いて、ますます燃え
上がる。今の時代には、必要ない。
 でも・・・正しく、強くあり続けるために、間違った事はしていない・・・と、
俺は思い続けた。前を見て・・・強くなろうとするのだから・・・。


 俺は、夜に目が覚めた。何て事は無い。ゼーダとの特訓が、きつかったせいだ。
これまで以上に、実戦形式で稽古してたのに、寝てる時でさえ、それ以上の特訓を
させられてるのだ。冗談じゃない。神経が磨り減ってしまう。とは言え、日に日に
力が増していくのは感じている。そこは、感謝しなきゃいけない。
 辺りは、寝静まっているな。目が覚めた事だし、夜の道場で、瞑想するのも悪く
ないな。魔力を溜める訓練も、しておかないと、源が使えないんじゃ話にならない。
 さすがに皆も疲れて寝てるんだろう。物音がしない。明かりは・・・ん?道場の
奥に、明かりが見える。確か物置だった筈だ。誰か居るのか?
 俺は足音を消して、気配も消す。全く、この家に、泥棒だなんて良い度胸してる
ぜ。・・・っと。あれは・・・睦月さんか?泥棒じゃ無かったのか。何をしてるん
だ?それに葉月さんも居る。こんな夜中に、何をやってるんだ?特訓するなら道場
に行く筈だし・・・。
 考えていたら、今度は、裏口から誰か出てきた。様子を見るか。俺は、茂みと木
の間に、身を隠す。誰が来たんだ?・・・とあれは・・・ファリアさんか。何か、
呼び出されたような感じだ。あの2人が、ファリアさんに用事?珍しい事もあるな。
「ようこそ、いらっしゃいました。ファリア様。」
 睦月さんが、一礼する。表情は、結構硬い。何か重要な事を話すのだろうか?
「こんな夜中に、呼び出されるとはね。何の用かしら?」
 ファリアさんは、眠そうだったが真面目な顔だった。
「夜分遅くに済みません。貴方に、折り入って頼みがあります。」
 睦月さんは、物置の扉の方に目配せをする。すると、物置の扉が開いた。その瞬
間、刺すような空気が、辺りに漂い始めた。な、何だこれは!?
「・・・この家では、何を隠しているのかしら?」
 ファリアさんは、扉の方を鋭い目付きで睨む。
「・・・姉さん。」
 中から葉月さんが出てくる。・・・と、凄い顔色だ。青白い顔をしている。どう
言う事だ?俺だって、こんな顔をする葉月さんは知らないぞ。
「葉月。収まりましたか?」
「・・・はい。すぐに、出てくると思います。」
 睦月さんは、葉月さんに何かを確認する。すると、扉の奥の刺すような空気が収
まってきた。そして、奥から誰かが出てきた。
「・・・!!!?」
 俺は、つい叫びそうになった。そこに居たのは・・・恵だった。いや、恵なのか?
そこに居る恵は、肌の色が薄っすらと、黒くなっていた。しかも髪の毛は、ガリウ
ロル人とは言え、余りにも暗い漆黒。そして眼は紅く輝いていた。
「・・・恵さん・・・よね?」
 さすがのファリアさんも、驚かざるを得ないようだ。
「・・・はぁ・・・はぁはぁぁぁぁ・・・ふぅ・・・。」
 恵は、肩で息をしながら、呼吸を整えていく。気分を、落ち着けているのだろう。
しかし、何でそんな事に?あれは、本当に恵なのか?
「・・・お待たせしました。ファリアさん。」
 恵が、眼を紅くしたまま、ファリアさんの方を向く。それでも恵は優雅だった。
いや、優雅と言うより綺麗だった。幻想的な世界から、抜け出たような綺麗さだっ
た。とても、この世の者とは思えない。
「・・・まずは呼び出した理由と、この状況の説明を、お願い出来るかしら?」
 ファリアさんも、落ち着いてきたらしい。状況把握から始めているようだ。
「呼び出した理由は、貴女にしか、出来ない事があったからです。」
 睦月さんが口を開く。恵は黙って見ていた。
「ファリアさんに、頼むつもりだったのね?全く・・・。」
 恵は口を尖らす。どうやら、余り気乗りしていないようだ。
「恵様。・・・今度の林間学校に行くのならば、ファリア様しか、頼める人は、居
ませんよ。お分かりでしょう?」
 睦月さんは、諭すような口調で恵を宥める。恵は、苦い顔をしながら承知したよ
うだ。そう言えば、そろそろ期末テストが終わって、林間学校に行く時期だな。1
年は、テンマとサキョウの間にある、キチョウという山間宿で、楽しく過ごす予定
だ。焔山に近い所だったな。確か4泊5日だったっけ。
「ああー。私も、資料貰ったわね。キチョウだっけ?ガリウロルの国家文化財があ
るとかで、色々楽しみにしてるわ。でも、それと、この物騒な状況は、何か関係が?」
 ファリアさんは、緊張を解いた様だ。林間学校の話なんか出るとは、思ってなか
ったんだろうな。しかし恵の奴、持病持ちなのに、行きたいだなんて・・・。
「恵様の抑えが効かなくなった時に、この鎮静剤を、飲ませて戴きたいのです。」
 葉月さんが、睦月さんに、肩を貸してもらいながら、懐から薬を出す。
「これは、恵さんが患ってる病気の鎮静剤かしら?」
 ファリアさんには、恵の体の事も、話してある。
「・・・恵様。どうします?」
「睦月。頼むのなら・・・話すと良いわ。」
 恵は、睦月さんに許可を出す。何の許可だろう?
「・・・では言いましょう。恵様は、ご病気ではありません。」
 ・・・何だって?どういう事だ。あの苦しみようを見ても・・・病気としか思え
ないのに・・・。
「どう言う事かしら?」
「恵様は、魔族の血を引いていらっしゃいます。そして、今渡した鎮静剤は、瘴気
を抑えるための鎮静剤です。飲ませるのに、葉月がここまで、やられる程の力です。」
 はっ?恵が魔族の血を引いてる?どう言う事だよ・・・。何を言ってるんだ。睦
月さんは・・・。だったら、俺も、魔族の血を引いてるって言うのかよ!?
「薬の原因は、分かったけど・・・。意外ね。」
 ファリアさんは、納得の行かない顔をしていた。
「不思議に思うのも無理はありません。でも、魔族をご存知のファリア様なら、恵
様の体の事も、お分かりになるでしょう?」
 睦月さんは、懇願する。今まで、発作を抑えると言うのは、恵が、瘴気を放ちま
くっていたのを、抑えていたためだったのか・・・。
「その点については大丈夫。見た所、恵さんは、凄い瘴気を持ってるようだし、私
も次元の結界を作ってでも、抑えて飲ませるわ。」
 確かに、そんな真似が出来るのは、ファリアさんしか居ない。しかし・・・恵の
奴、ファリアさんが居なかったら、どうするつもりだったんだ?・・・欠席したん
だろうな。恵の事だ。最悪の場合も、想定してるに違いない。
「・・・ご迷惑をお掛けします。本当に、こちらの都合だけで申し訳無いですわ。」
 恵が頭を下げる。あんな恵は初めて見た。それ程、抑え難い衝動なんだろう。だ
からこそ真摯に、物を頼んでいるのだ。
「それは良いんだけどね。瞬君が、魔族の血を引いてるなんて、ビックリだわ。」
「・・・フッ。勘違いなさらないで下さいな。兄様が、魔族の血なんて引いてる訳
無いじゃないですか。あんな、純粋な人が・・・。」
 何を言ってるんだ?ナニヲ・・・?恵は・・・魔族の血を引いてて、俺は引いて
ない?だったら、俺はなんだ?俺は誰なんだ?俺は・・・何者なんだ?
「・・・異母兄妹かなんか?」
 ファリアさんは、訝しげな眼で恵を見る。
「違います。兄様が、あんな下衆の血を引いてる訳が無い。天神 厳導の血を引い
てるのは、私一人で充分だわ!!兄様は・・・。」
 恵は、哀しい目をしていた。そうだ・・・。父の・・・いや厳導を、悪し様に言
えば、言う程、血を引いてると認めている恵は、貶められるのだ。
「まさか・・・他人だとでも言うの?」
 ファリアさんは、驚きを隠せなかった。当たり前だ。俺だって、信じたくない。
「全くの他人では無いのですよ。天神家は、3代前辺りから、空手を継ぐ者と、事
業を継ぐ者に分かれたのです。その空手を継いだのが、天神 真こと、私のお爺様
です。そして・・・事業を継いだのが、父の厳導なんです。」
 その話は、聞いた事がある。空手を継ぐと決めた爺さんは、事業を継がせたかっ
た父親から、恨まれたのだとか。そして、事業を継ぐと決めた厳導も、爺さんから、
疎まれていた。思えば、擦れ違いの親子だった。
「でもね。天神 厳導は、真の実の子ではないのです。私の父、天神 厳導こそ、
魔族。ゲンドゥと言うのが、本名らしいですわ。幼少の頃、真に拾われて、養子に
なったと聞いてます。」
 ・・・あの父が・・・魔族。魔族だったなんて・・・。
「その厳導の一人娘が、この私・・・。天神 恵よ。」
 そんな・・・じゃ、恵は・・・魔族と、人間のハーフだったのか。
「母親は?それに、瞬君は何者なの?」
 ファリアさんは、尋ねてみる。俺が知りたい答えでもある。
「母は、真の兄弟の娘、つまり私の戸籍上の叔母である、天神 愛(あい)よ。」
 恵は、吐き捨てるように言った。母親は、俺が幼少の頃、死んだ筈だ。あの母親
が、叔母だったなんて・・・。
「厳導の何処が良いのかは知らない。本人は、放って置けなかったらしいけどね。」
 恵は、父である厳導を、激しく憎んでいるようだ。
「で、瞬君は?その叔母の息子なの?」
「違うわ。兄様は、奇跡の子なのよ。私などとは、訳が違うのよ?私のような呪わ
れた血とは訳が違うのよ。・・・兄様は、天神 真の息子よ。真と祖母の天神 喜
代の間に出来た、晩年の子供よ。50近くで出産したと聞いてるわ。」
 ・・・何だよ・・・。何だよそれ?・・・俺が・・・俺だけが、知らなかったっ
て言うのか?だから・・・だから俺に、家系図を見せたくなかったってのか?
「本当に驚いたわ。・・・それを、瞬君に言わないの?」
「言える訳が無いじゃない。」
 恵は、眼が紅く光りだす。そう言えば、さっきから、優雅な口調が全く無くなっ
ている。興奮しているせいなのかも知れない。
「私のような呪われた女が妹だなんて・・・言える訳が無いじゃないのよ!!」
 恵は、眼に涙を浮かべながら、叫びだす。・・・馬鹿。馬鹿!!恵の馬鹿!!そ
んな事で俺が!!俺が、軽蔑するとでも思ったのかよ!!
「参ったわね・・・。恵さんらしくないわ。」
 ファリア・・・さん。ファリアさんは、穏やかな笑みを浮かべていた。
「大体ね。あの瞬君が、恵さんの事を軽蔑する?・・・あり得ないわね。」
「何で分かるの?・・・同情なら要らないわよ。」
 恵・・・俺は、お前が、誰であろうとも妹だ・・・。分かってくれないのか?
「あの瞬君の性格ね。レイクに、そっくりなのよ。だから分かるの。」
 やっぱり・・・そうだったのか。レイクさんと会った時、何だか、他人のような
感じがしなかった。あれは、似た物同士だったって事か。
「瞬君、言ってたわよね。強く正しい人になりたいって。そのために、瞬君は、自
分を犠牲にしてまで、正しくあろうとする。・・・レイクもなのよ。レイクの場合、
仲間を大切にする。そのために、自分がいくら傷付いても、構わないって思ってる。」
 俺は、確かに強く正しくありたいと願った。それが爺さんの願いだからだ。俺が
強く正しくあるためには、身を犠牲にするくらいの覚悟が必要だと思っていた。そ
れをファリアさんは、見抜いていたと言う訳か。
「そんな瞬君が、恵さんを見て、魔族だから見捨てる?そんな事しないわ。これだ
けは、自信を持って言える。誰よりも、頑張ってる貴女を見てきた瞬君でしょう?
なら、見捨てる訳が無い。」
 ファリアさんは、俺の言いたい事を言ってくれた。俺は、恵が誰であろうとも、
見捨てたりしない。それは爺さんの願いなんて、関係ない。恵だからだ!
「・・・真っ直ぐですのね。兄様みたいな事を言うのね。貴女。でもね。私、欲張
りなんですの・・・。もう兄様の『妹』だけじゃ嫌なんです。」
 ?どう言う事だ。恵は何を言ってるんだ?
「血が繋がってないから余計に・・・か。ま、そうよねー。」
 ファリアさんまで、分かっているようだ。俺には、さっぱり分からない。
「私は・・・兄様の事が好き。愛してるんです。兄様無しでは、生きられないと思
うくらいなんです。これは『妹』として、だけじゃ、ありませんわ。」
 ・・・!え・・・。ええええ!?あ、あ、あ、あいつ・・・。何を何を何を!?
・・・そりゃあ、江里香先輩に、良く突っ掛かってくるなぁと思ってたけど・・・。
「最も、兄様には、伝わって無いでしょうね。」
「そりゃ間違いないわ。レイクも、本当に馬鹿でね。奥手だったわよー?」
 恵とファリアさんは、笑いあっている。やべぇ・・・。俺は笑えん。どうすりゃ
良いんだよ・・・。俺は・・・。
「・・・曲者!!」
 ん?あ、やべぇ!睦月さんが、気が付いた!!に、逃げなきゃ!!
「そこね!!」
 ファリアさんまで!!やべぇ!!・・・逃げなきゃ・・・って逃げられねぇ!!
何だか、地面が割れ・・・うわっ!!
「フッ。・・・『地砕』の応用よ。大地に割れ目を作って足止め!」
 ファリアさんは、得意げに話す。で、でも逃げなきゃ!・・・って、俺が逃げる
事なんてあるのかな?良く考えたら・・・でも盗み聞きした事になるよな・・・。
「捕まえました!!デリャァ!!」
 睦月さんは、容赦無く投げ飛ばす!!いでぇええ!!そして・・・顔を確認して、
物凄く邪悪な笑みを浮かべる。
「これは、いけませんねぇ。」
 はい・・・観念しました・・・。
「・・・!!!!!に、兄様!!!?」
 あぁぁぁぁ・・・終わりだぁ・・・。ええい!くそ!!こうなったら、ヤケだ!
「ああ。悪かったよ!俺は、最低な野郎だ!最初から、こうするつもりは無かった
けど、言い訳は出来ねぇ!好きにしろい!!」
 ああ。カッコ悪い・・・。何て様だ・・・。
「瞬さん?今回ばかりは、私も怒りますよ?」
 う・・・。葉月さんに言われると、背筋が凍るくらい怖い・・・。
「う、うわぁぁぁん!!!兄様が・・・うわぁ・・・。」
 ・・・恵の奴・・・泣いちゃったよ・・・。どうすりゃ良いんだよ・・・。
「はぁ・・・。瞬君?男なら、ビシッと決めなさい?」
 ファリアさんが、ジト目で睨んできた。つまりは逃げるなって事か。
 しょうがない。俺は恵に近寄る。
「恵・・・。恵!」
 俺は、肌が黒くなっている・・・そして震えて、泣いている妹を抱きしめた。
「に・・・い・・・様?」
 恵は、眼をパチクリしている。
「恵・・・。長い間・・・苦しんでたんだな。俺、馬鹿だからさ。気付けなかった。
俺、お前を守ってやるって言ったのに・・・守れなかった。」
 俺は、恵の顔を覗き込む。恵は、まだ涙をいっぱいに溜めていた。魔族が、なん
だ!!こんな震えてる妹を、見捨てたり出来る物か!!
「そんなの・・・言わなかった私のせいでもあります!・・・私・・・呪われてる
の・・・。聞いてたし、見てるでしょう!?」
「だから何だ!!俺は、俺を兄と慕ってくれる妹を、手放せない!・・・そして、
俺を好きだと・・・愛していると言ってくれた人を・・・放り出したりするもんか!」
 俺は、想いの丈を込めて、抱きしめてやる。そして頭を撫でる。呪われてるって
なんだよ!俺には・・・関係ない!!
「・・・強く正しい人間が・・・魔族を認めて良いの?」
 恵は、まだ認めていない。自分が魔族だと言う事に、引け目を感じている。
「馬鹿!言わせるな!!魔族だからって、邪険にするような奴が、強く正しい人間
な訳が無い!それが強く正しい人間だってんなら、俺は、なりたくない!」
 俺は、唇を噛み締める。間違った事は言ってない。それに爺さんなら、きっと分
かってくれる。こんな恵を見捨てる事の方が、間違いだって事に・・・。
「・・・私、欲張っちゃいますよ?・・・恋人候補に、立候補しますよ?」
「・・・恵。俺は今、複雑なんだよ。・・・正直言って、俺は嬉しい。恵が、俺の
事を、そこまで想ってくれてたなんて本当に嬉しい。でも、妹として守ってやりた
いと思う気持ちもある。・・・欲張りなのは、俺の方だ。」
 そう。恵は大事な妹だ。だから、これからも守っていきたい。その一方で、恵に
これだけ想われてたなんて知った今、愛おしい気持ちもある。
「フフッ。欲張りで結構です。私、どちらも受け止める自信が、ありますのよ?」
「・・・恵。」
 恵は、ここでも出来た妹であり、俺が守りたかった妹だった。そして恵は、眼を
潤ませると、最上の笑みを浮かべながら、俺の唇にキスをしてきた。
「・・・け、恵・・・。」
「今のは、待たせた報酬です!ね?」
 か、可愛い・・・。恵って、こんなに可愛かったっけか?いつの間にか、眼も黒
くなったし、髪の色は、いつもの黒髪に戻る。
「大胆ですねぇ・・・。若いってのは、羨ましい・・・。」
 睦月さんは、呆れる様に、こちらを見ていた。
「青春ですよねぇ!私、感動しちゃいますー!」
 葉月さんは嬉しそうな顔をしていたが、あれは本心だろうか?
「よぉし!合格よ?瞬君!」
 ファリアさんは、頷きながら俺の肩を叩いてきた。下を見ると、今更ながら、恥
ずかしいのか、恵が真っ赤な顔をしていた。
「あー・・・。何だ。結果オーライ?」
 俺は、照れ隠しに笑う。本当に恥ずかしいな。これは・・・。
「まぁまぁ、他言しませんから・・・。」
「そうですよぉ。他言するような、私達じゃありませんよ?」
「ま、時と場所を、弁えなさいよ?」
 うぐ・・・。あの3人の反応・・・。明らかに楽しんでやがる・・・。
「ただ・・・盗み聞きは、いけませんよ?」
 葉月さんは、容赦が無い。結構、怒っているらしい。
「それは、分かってます・・・。反省してます。」
 反論の余地も無かった。何せ、先に悪い事をしたのは俺だ。仕方が無い。
「ま、良い物も見れたし、薬の件は引き受けたわ。普段の学園生活でも、危ないと
思ったら使うから・・・それで良いわね?」
 ファリアさんは、思い出したように、薬の件を確認する。
「頼みます。これは、ファリア様にしか頼めませんしね。」
 睦月さんは、至って真面目な顔付きに戻る。しかし、便利な薬もあるものだ。
「大丈夫・・・。兄様との葛藤が無ければ・・・そうそう発作は、起きませんから!
ふふっ。本当に・・・胸の痞えが、取れましたわ・・・。」
 恵は、本当に良い笑顔をしていた。これが、本当の恵なんだろうな。今まで、本
当に無理をしてきたんだな・・・。
「明日から、改めて宜しく頼みます。兄様♪」
 恵は、顔を赤らめながら、握手を求める。改めて・・・って・・・。
「まぁ、過度な期待は、するなよ?出来る限りは、するけどさ。」
 俺は、お手柔らかにって感じで、握り返す。
「当面の相手は・・・江里香先輩って事ね。」
 恵は、物騒な事を言いながら、手を離す。大丈夫なのか?俺・・・。
 こうして、恵と俺の出生を知ったのだった。
 恵は呪われてたのかも知れない。・・・俺は、奇跡の子なのかも知れない。でも、
それに、何の価値があろうか?人を想うと言う事に比べれば、ちっぽけな物でしか
無い。生まれだけで、人生を決められて堪るか!
 少なくとも・・・俺はそう思った。



ソクトア黒の章2巻の6前半へ

NOVEL Home Page TOPへ