6、事件  何かが変わった・・・。  私の知らない所で、何かが変わった。  端から見れば、今までと変わらない。  でも、何か雰囲気が違う。  それは、私だからこそ気付ける事。  ライバルが、出し抜いたことを私は知った。  となると・・・これは、グズグズしていられない。  ここまで来て・・・諦める私じゃない。  こちらに有利な材料は、いっぱいあった筈・・・。  何が、変わったのだろうか?  多分、根本的な事だ。  私は、もう後戻りは出来ない。  それに、まどろっこしいやり方は、私の好みでは無い。  まずは、宣戦布告する。  そして、正々堂々決着をつける。  負けないし、負けるつもりは無い。  大丈夫・・・今回こそは、私が勝つ。  負けっぱなしで済む程、甘い性格じゃない。  ここ1週間ほど、相手は、露骨に態度を変えてきた。  なら、私も、態度を変える程の出来事を見せてやるまでよ。  負けるはずが無い・・・負ける筈が無いんだから!!  いや、勝ち負けだけの問題じゃない。  この競り合いには、勝たなきゃ駄目だ。  私の気持ちが、押し潰される・・・。  私が駄目になる・・・これじゃ駄目だ!  全ては、初めが肝心だ。  あの人の性格を考えたら、ストレートに言うしかない。  怖い・・・正直怖い。  でも、勝負しないで負けるよりマシ!  絶対に・・・乗り切って見せるんだから!!  恵が告白してきてから、1週間ほど経った。一応、周りには細心の注意を払って いつも通りの生活をしている。表面上はだ。だけど、恵は、俺が江里香先輩や、亜 理栖先輩と話す度に、青白いオーラを立ててきたり、二人の時に穏やかな笑みを浮 かべてたり、俺の悪い癖をガンガン指摘したり・・・指摘した後に、憂いを帯びた 表情をしたりするのを除けば、至って普通だ・・・。あれ?  俺は、細心の注意を払っている。だが、恵の態度は、明らかに何かが、おかしい。 俺は、何度も二人きりの時に、注意したりしたが、拗ねるような抗議するような目 を向けられては、俺も、強く言えない。参った物だ・・・。  まぁ、俺も、あれからと言う物、恵の事は、一人の女性としても見ている。妹と して守りたいのと同時に、女性として意識しようと試みてるせいかもな。  そのせいで、何故か、江里香先輩からジト目で睨まれる事が多くなった。亜理栖 先輩からは、からかわれたりしている。皆、勘が鋭いからな。気付いているのかも 知れない。俺に、安寧の時は無いのかよ・・・。 (フン。私の稽古を、サボったりするからだ。嘆かわしい。)  アンタも、しつこいなぁ。あの時は、体がきつかったんだって。好い加減、疲れ てたんだし、仕方ないだろう? (言い訳するな。ま、妹君の事が分かり合えたし、君の事も分かった。事情を知れ ば納得と言った所だ。最も・・・使用人の姉妹の事で気になる事が、あるがな。)  睦月さんと葉月さんの事か。まぁ、それは、俺も感じてた。まずは、何故あんな に忠誠的だったのかって事。そして恵が、あれだけ嫌っていた厳導に、何で仕えて たのかって所だな。でも、無理に暴くのも、気が引けるんだよな。  そんなこんなで稽古中でも、つい恵の事を考えてしまったりする。良くない事だ。 今日も、江里香先輩に2回も怒られた。亜理栖先輩からも注意を受けたし、これは 拙い。一方の恵は、これまで以上に稽古に身が入っているようで、とんでもなく絶 好調だ。俺とは、正反対だ・・・。 「デヤァアアアア!!」 「クッ!!」  今も俊男の素早い手刀突きを躱しながら、防御の体制に入る。いつものように、 反撃が出来ない。心に余裕が無いせいだろう。 「隙あり!!」  俊男が源を帯びさせた拳を突き入れる。まともに、鳩尾に入った。 「チィ!!」 「瞬君。これで一本だね。どうしたんだい?今日は、本当に気合入って無いよ?」  俊男にまで、言われる始末か。そりゃ思われて当然だ。全然集中して無いのだ。 「はぁ・・・。わりぃ。ちょっと頭を冷やしてくるわ。」  俺は、道場の脇にある水道の所で、頭から水を被る。今までの靄を消さなければ ならない。こんな状態が続けば、腑抜けてしまう。急に態度を変えるのは、良くな い。俺がこんなんじゃ、いずれバレてしまう。参ったぜ。 「あー・・・。どうにも上手くいかねぇ・・・。」  とうとう、声にも出してしまう。 「今日は、ずっと上の空よねー。」  そうそう。どうにも修練って感じが、しないんだよなー。 「・・・って、江里香先輩ですか?」  江里香先輩の気配に、気が付かないとは・・・。重症だな。 「随分、余裕ねぇ。でも修練を真面目に続けてないと、俊男君に抜かれるわよ?」  今回は優しかった。一昨日辺りから、怒られっぱなしだったからな。今回は、ど う叱られるかと思ったぜ。でも江里香先輩の言う通り、既に俊男に抜かれかけてる。 「瞬君らしくないわねぇ。シャキッとしなさいな。」  江里香先輩は、気合を入れてくれる。有難い限りだ。だが、まだ恵の顔がチラつ いている。俺って、こんなに駄目な奴だったっけ? 「むー。・・・はぁ・・・。」  気合を入れようと思ったが入らない。江里香先輩も、それに気が付いたのだろう。 溜め息を吐いている。仕方が無いだろうな。 「ちょっと!瞬君!こっちに来なさいな!」  およよ?何だか強引だな。江里香先輩に引っ張られて、物置の裏まで、連れてか れる。うう。体育館裏に連れてかれるみたいで、嫌だな。相手が江里香先輩じゃ、 逆らえないしなぁ。空手部主将だし、不甲斐無い俺を叱るつもりなんだろう・・・。 「全く・・・気合を、入れてあげるわ。」  さすがの江里香先輩も、我慢の限界か。まぁ、俺も酷かったしなぁ。 「目を瞑りなさい。ハァー・・・。」  江里香先輩は、握り拳に吐息をかける。ゲンコツ一発なら、何とか耐えられるか な。これで隼突きとか来たら、倒れる所だ。俺は覚悟を決めて目を瞑る。 「・・・。」  江里香先輩は、無言で、にじみ寄って来る。 「・・・ん・・・。」  ん?何か唇に何か押し当てられた。ん?んんんん!!!?こ、これって!?  江里香先輩・・・は、俺の首に手を回してくる。そして更に・・・吸うようにキ スをする。・・・この感触・・・。恵とは、また・・・違う・・・。  ・・・って、ええええええ!? 「・・・え、江里香先輩?」  江里香先輩は、唇を離す。俺は呆然としていた。そんな・・・突然・・・。 「気合・・・。入ったわよね?」  江里香先輩は、顔を背けながら、目だけこっちを向いて問い掛ける。 「いや、まぁ、気合だけじゃなく・・・色々と・・・。」  何を言ってるんだ?俺は・・・。しかし、今の・・・。キスを、されたのか。 「江里香先輩・・・。どうして?」  俺は、間抜けな質問をする。どうしてもクソも無い。 「私に言わせる気?酷いのね。」  江里香先輩は、顔を真っ赤にして、そっぽを向く。 「いえ・・・。でも、唐突だったんで・・・。済みません。変な対応しちゃって。」  そうだと分かれば、もっとちゃんと対応出来たかも知れない。いや、出来ないだ ろうな。ファリアさんも言ってたけど、俺、奥手だからな・・・。 「敢えて言うなら・・・恵さんと、何かあったのを悟ったから・・・かな?」  ううううう。やっぱり気付かれてた・・・。気付かれない筈が無いか。 「正直に吐きなさい?何をされたのかしら?」  江里香先輩は、邪悪な笑みを浮かべる。あうう・・・。 「・・・江里香先輩と、同じ事をしました・・・。」  すまん。恵。俺は、嘘付ける程、器用じゃないんだよ・・・。 「ふぅーん。やっぱりねー。」  江里香先輩は、思った通りだと踏んでいた。鋭いなぁ。 「やっぱりねー。・・・で済ませる気ですか?先輩?」  ・・・こ、こ、この声は・・・。 「あら?恵さん?どうしたのかしら?」  江里香先輩は、何事も無かったかのように振舞っている。 「私のした事を、吐かせた上に、兄様とキスしたのね?」  恵は眼が紅く光る。肌の色は、何とか抑えているようだ。それでもやばい! 「人聞きが悪いわね。先手を打ったのは、貴女でしょう?」  江里香先輩は容赦が無い。恵が来た所で、言い逃れとかする気は無さそうだ。 「ええ。そうですとも。でも、意外でしたわ。貴女が、こんな手を打つなんてね。」  恵は、まだ落ち着いていた。ここで前ならキレていた筈だ。その点はコントロー ルしているようだ。 「どうやら、貴女も本気っぽかったからね。私も、宣戦布告させてもらうわ。」  江里香先輩は、危機感を抱いていたのだろうか?俺と恵の間に、何があったのか 悟ってから、俺を誘うつもりだったのだろう。 「私ね。貴女と同じ。瞬君の事は好きよ。一目見た時から、気に入っていたわ。一 緒に修練して・・・ますます惹かれたわ。このまま、何もしないで、貴女に取られ るくらいだったら、堂々と立ち向かう。好きになっちゃったんだからね。」  江里香先輩・・・。まさか、こんなにストレートに伝えてくるとは・・・。俺っ て、何処が良いんだろうなぁ?何で、こんなに2人から好かれるんだろ? 「面白い・・・面白いわ。その挑戦、受けてあげます。貴女とは、想っている年季 が違う。絶対、兄様は、私に振り向かせて見せます。」  恵は、これ以上無いくらい燃え上がる眼をする。しかし、それは、憎しみの眼で は無かった。これこそ、ライバルを見る時の眼だった。 (ハッハッハ。君はモテるねぇ。羨ましいよ。)  やかましい。板挟みの身にも、なってみろってんだ。 「・・・いつかで良い。答えを出して下さい。兄様。」 「・・・私も、いつでも待ってる。答えを頂戴ね。瞬君!」  恵も江里香先輩も待ってると言った。それに俺も答えを出せそうに無い。優柔不 断だと言われてもしょうがない。でも、ずっと想い続けてくれた恵。それに俺しか 見てなかった江里香先輩。2人共、勿体無いくらいだ。そんな2人に、今すぐ答え を出す事なんて、出来ない。でも、いつか出さなきゃ駄目だ。  もう先行き不安だとか思わない。いつか言う覚悟を決める。それが、俺が今、出 来る最大の努力なのだから・・・。  レイクさん達が天神家で暮らすようになって、1ヶ月ほど経った。9月に始まっ た1学期も、12月で終わる。ガリウロルは、南半球なので、これから、夏真っ盛 りだ。日付は12月20日。明日から、1年は林間学校だ!と言いたい所だが、俺 は、そう言ってもいられない。2週間程前から、必死に勉強会を開いた。稽古も大 事だが、勉学を疎かにするのは良くないと言う結論に至った。赤点を取ると、林間 学校内でも、追試があると言う話だ。そんな寂しい林間学校は嫌だ。ここは是が非 でも、赤点は回避して、思う存分、楽しまないといけない。  当たり前と言えば当たり前だが、こういう時に限って、ゼーダは試験中に寝ると 言い出して、何にも反応が返ってこなかった。まぁ、ズルするのは正しい事に反し てるので、構わないのだが、何だか、損した気分なのは気のせいだろうか? (君が、寝てろと言ったのであろう?私のせいにするな。)  手伝ってもらっちゃ意味が無いからな。それは分かっているんだけどな。凄いプ レッシャーなんだよ。俺、学校の点数は、そんな良い方でも無かったからさ。爽天 学園って、結構偏差値高いって話じゃないか。俺なりには、出来たつもりでも、駄 目駄目だって時があるだろ?それが、怖くてなぁ。 (普段の勉学の試験だろう?頭に入れてなかった、君が悪いだけだ。)  それを言われるときついなぁ。まぁ、俺としては、受け取るしかない訳で。  で、テストは返ってきたんだ。・・・ウゴ!!結構、細かいミスしてる・・・。 点数は・・・無難に60点台が、ほとんどか・・・。 (君は、やっとこさ稽古に身が入ってきて、それなりの強さを身に付けてきたな。 と感心していたのに、頭の方は、本当にそこそこなんだな。嘆かわしい限りだ。)  長々と嫌味な事を言うんじゃねーよ。そこそこで悪かったな。問題は・・・赤点 にならなきゃ良いんだが・・・。1教科でも、引っ掛かりたくねぇからな。 「瞬君。テストは、どうだったよ?」  俊男が、深い溜め息を吐きながら、こちらに来る。テストを返される時の溜め息 は、付き物だ。くそう。ワクワクしてる奴の、顔が見たいぜ!! 「テストって、色んな問題が出るんだなー。ワクワクしたぜ!」  レイクさん!?いや、レイクさんは、どう見ても出来そうに無いんだが・・・。 「レイクさん、テストは良かったのか!?」  俺は思わず聞いてみる。ちなみに俺と俊男とレイクさんは、クラスも一緒なので、 一緒に居る事が多い。親友に近い物がある。と言うより、俊男とは親友だと思って いる。しかしレイクさんは、良かったってのか!? 「え?ははは!50点以上なのが、4つもあっただけマシだよ。」  そ、そんな嬉しそうに言われても困る・・・。科目は、7つあったから、3つは 赤点の可能性が、高いじゃないか・・・。 「僕は、70点以下の物が2つあるからね。正直危ないよ。」  ぬ、ぬあにぃ!?俊男の奴、俺より、良いじゃねぇか!! 「瞬君は・・・あー・・・。ご愁傷様。」 「ぐぅぅぅ。屈辱的だ!!だが、赤点を、すり抜けられれば、由とする!!」  俊男には騙されたが、問題は、どの教科が何点まで大丈夫か、それに掛かってい る。俺は、何気に60点以下のテストは、一つも無い。 「では、赤点のラインを言うぞー。」  先生が赤点の基準点を発表する。どれも50点以下が多い。助かった・・・。レ イクさんは、苦笑いをしている所を見ると、2つ程、引っ掛かったようだ。ん?ソ クトア史のテストは、ラインが62点!?一つだけ、飛び抜けて高いぞ! 「あ。俺、大丈夫だ。」  そうだった。ソクトア史。要するにソクトア全体の歴史のテストは、ゼーダと付 き合ってるのもあって、更には、レイクさんやゼハーンさん達と会ってる事で、大 半が、知ってる出来事ばっかりだったので、珍しく88点の高得点をマークしたん だった。このテストは、レイクさんも75点ほど取っている。俊男は、俺に負けて、 82点だったらしい。 「僕も、赤点は無し!やったね。瞬君!」 「ああ。これも、スパルタ勉強会のおかげだ・・・。」  思い出したくも無い。3週間前の小テストの結果を見て、爽天学園に通ってるメ ンバーは、稽古の後に、2時間程、勉強会を開く事に決定した。それを、2週間ミ ッチリやらされただけある。勉強会と言うけどな。恵とファリアさん、それに、江 里香先輩は、ほとんど完璧なんだよ。何気に、仕事が早く終わった時は、エイディ さんも手伝ってくれた。あの人、頭良かったんだなぁ。教え方も抜群に上手かった。 「あのおかげで、俺も、思ったより取れたしな。」  レイクさんも、これで進歩した方だ。小テストの結果は、20点程だった。これ にファリアさんが、鬼のような顔をして、キレたらしく、本当にどうなるかと思う くらい勉強をした。あんなに勉強をしたのは、生まれて初めてだった。  その一方で、恵と江里香先輩とファリアさんは、良い刺激になったとかで、テス トは、調子良かったとか言ってたもんな。鬼だ。あの人達。ちなみに亜理栖先輩は、 キッチリ努力でこなすタイプなので、普段通りに勉強したとの事だ。あの人も普通 に、学年で20位以内に入ったりしてるんだよな。今回は、勉強会をしたという事 で、一桁を狙うと言っていた。俺達とは、レベルが違う・・・。 「と言う事で、赤点に引っ掛かった者は、林間学校中の、夕飯前の1時間前に集ま るように。追試を受けてもらう。良いな?」  先生は、容赦が無い。まぁ、容赦が無くて、当たり前なんだが。  あー・・・。ほっとしたぜ・・・。俺は、あの恵の兄貴だ。まぁ本当の兄貴じゃ ないけどね。比べられるから、赤点だけは避けたかった。  廊下に、成績優秀者の発表があった。どれどれ。というか、1年と3年は、見な くても分かるから嫌だ。 「あー。思った通りだ。完璧だな。この2人。」  3年の1位は、爽天学園の生徒会長こと早乙女会長だった。7教科で700点っ て鬼だ・・・。1年の1位もぶっちぎりで恵だった。何でも、自分でも分かるミス をしたと言っていたので、その教科だけ97点だった。697点。我が妹ながら、 恐ろしい実力だ。この2人は、2位以下を30点以上離している。化け物だ・・・。  2年の1位は・・・。うお!マジか!?紅先輩だ!!あの人、頭も良いのか。完 璧じゃねぇか。文武両道・・・って奴か。って2位は江里香先輩だ!!すげぇー! 江里香先輩も隙が無いなぁ・・・。ちなみに1年の3位にファリアさんが居た。キ ッチリ全教科を90点以上取っているらしい。何?この差?  亜理栖先輩もキッチリ9位だ!一桁に入ってる!!3年は、他に15位にヒート 先輩の名前があるな。うむー・・・。 「うわっはっはっは!瞬!点数が気になるか!?」 「あ。伊能先輩。いやぁ・・・我が妹ながら、恐ろしい感じですよ。」  俺は、恵の出来の良さに感心してしまう。発作と闘って、稽古も俺達と同じ位し て、尚且つ、当主としての務めを果たしてあの点数だ。半魔族と知っていても、恐 ろしい限りだ。 「さすがよのぉー。わしも、今回は良かったぞー!赤点が5つから3つに減ったぞ!」  ・・・さすが伊能先輩。想像通りだ。 「伊能さん!仲間だな!」  レイクさんも、伊能さんに赤点2つの報告をする。 「がっはっは!追試がナンボのもんじゃい!それだけ勉強が増えるんじゃ!良い事 だらけよ。のぉ?気が合うのぉ!」  言う事も、一味も二味も違う。レイクさんも豪快に笑ってるんだから、恐ろしい。 「そぉ?赤点2つだったの?ふぅーん?」  こ、この声は・・・。 「おー!ファリア!2つで済んだなんて、良かったと思わない?」  レイクさんたら、恐ろしい事を・・・。 「あー・・・。もう!何処から突っ込めば良いのか気が失せるわ。2つなら追試も 初日で終わるし、今回は、特例で許してあげるわ。次回は無いわよ?」  ファリアさんは、青白い炎を目に宿していた。あれは本気だ。恐ろしい・・・。 「あ・・・ははははは!次は、0を目指すぜ!!」  最初から、目指して下さい・・・。俺達の心臓にも悪いです。 「やっほー。瞬君に俊男君。赤点じゃなかったのねー。心配したわよ?」  江里香先輩だ。終わった解放感もあっての事か、笑顔が眩しかった。 「エリ姉さんこそ、2位なんて凄いじゃん!」 「全くですよ。俺達には届かないような点数です。」  本当に届く筈が無い。江里香先輩も、見えない所で、かなり勉強してる事だろう。 努力を見せない所が、先輩の凄い所だ。 「あれ?しゅ、瞬君!1年の5位の所を、見るんだ!」  俊男が驚いている。滅多に、こんな声出さないのに珍しいな。 「・・・へ?」  俺も、呆気にとられた声を出した。そこには『外本 勇樹』と書いてあった。勇 樹って、あの喧嘩を吹っかけてきた勇樹だよな?しかもアイツ、1年だったのか。 「アイツ・・・グループの番を張ってたのに、頭が良かったのか・・・。」  意外過ぎる。しかも、5位って、並の成績じゃないぞ。 「ボス!!さすがであります!!」  お。あのグループは、正しく勇樹のグループだ。勇樹は・・・な、何ぃ!?女子 の制服着てるぞ!!?この前は長ラン着てたってのに。しかも、何気に似合ってる。 「そのボスっての、辞めろって。何回も言わせるなよ。」  勇樹は照れていた。どうやら俺達と闘った一件以来、不良グループは、解散した ようだ。それでも慕ってくる辺り、人気は、あったのだろう。 「そうでした!勇樹さん!5位、おめでとう御座います!」 『おめでとう御座います!』  何処の応援団だ・・・。あれは。 「ま、もうちょっと上を狙いたかったけど、仕方無いな。」  勇樹は、本当に上の方を狙いたかったのだろう。余り嬉しそうな顔じゃなかった。 「お?そこに居るのは、瞬に俊男か。」  勇樹が、こちらに気が付いた様だ。こう見ると、顔立ちも整ってるし、人気が出 るのも分かる気がする。俊男も、少し照れていた。ギャップが激しいよな。 「まさか、女装しているとは、思わなかったぞ!」 「お前、蹴るよ?」  俺は、ちょっとした冗談を言ったら、真顔で返された。相変わらず強気だ。 「じょ、冗談だよ。で、5位だなんて、凄いじゃないかよ。」  俺は、サラッと受け流す。余り挑発しても、仕方が無い。 「5位以内は、奨学金が出るからな。親父は、男手一人で俺を育ててくれたし、少 しでも、恩返ししなきゃいけないんだよ。」  勇樹は親父さんには、かなり甘い。勇樹に対しては厳しい父、羅刹拳を教えてく れない父、そして格闘大会の賞金で生活している父。余り良い父とは言えない。 「親父さんは、やっぱ大事か?」 「当たり前の事を聞くなよ。あれでも昔は、結構優勝してたんだよ。俺にとって、 目指す者は、父親だったさ。まぁ、今は、飲んだくれてるけどな。」  勇樹は、悲しい顔をする。勇樹の父である外本 稔は、あの大会後、俺達に負け たショックで、何もしていないらしい。 「勇樹さんはな。バイトを2件も増やして、この学園に通ってるんだ!」  取り巻きが教えてくれる。勇樹も、苦労してるんだな。 「余計な事を言うなって。ま、これで奨学金が貰えるから、少しは楽になるさ。」 「少しは、マシな顔になったわね。」  後ろから江里香先輩が声を掛けてくる。勇樹は、江里香先輩を見て頭を下げる。 「先輩の説教のおかげですよ。親父と一緒に、駄目になる所だったからね。」  勇樹は、素直に頭を下げていた。怒っているような様子は無い。 「何のバイトしてるの?」  江里香先輩は、相談に乗る先輩になる。こう言う時は頼もしいよな。 「学校終わってからは、夕食の時間までトレーニングを兼ねて、配達の仕事だな。 そこから夕食を作ったら、和食の店での手伝い。で、朝方になったら、牛乳配達。 配達の2個は、先輩達に諭されてから、始めたんだ。」  勇樹は、スケジュールを教えてくれる。って言うか、学校と食事以外は、ほとん どバイトじゃ無いか。良く体が持つな。 「あら?友達かしら?」  ファリアさんが、レイクさんに説教を終えたらしく、こちらに興味を持つ。 「は、ははは!楽しそうだな。オイ。」  レイクさんは、引きつった顔を浮かべながら、こっちに来た。絞られてたな。 「ん?アンタら、誰です?」  勇樹は、ファリアさんとレイクさんを見る。それで納得行ったらしい。 「ああー。瞬の所で世話になってる留学生って、アンタらの事か。俺は、1年の外 本 勇樹。羅刹拳の使い手だ。覚えてくんな。」  勇樹は指先を見せる。確かに、前より鋭くなっている。修練は、ちゃんと積んで いるみたいだ。親父さんが、あんなだから独学でだろう。 「ああー。恵さんから聞いたわ。瞬君に喧嘩を挑んだって言うの、貴女ね。」  ファリアさんは、言い難い事を、ズバッと言う。さすがだ。 「負けて、目が覚めたって所さ。」  勇樹は、負けてから自分を取り戻したようだ。今の方が、あの時より目が澄んで いる。あの時は、悔しがるだけだったが、今は、生き生きしている。 「へぇ。瞬と闘おうとするなんて凄いな。容赦を知らないからなぁ。瞬は。」  レイクさんも、言い難い事を、ズバズバ言う。どうせ加減を知らない男ですよー だ。しかし、何で、そこで皆、頷くかなー。 「あら。これは皆さん、お集まりで。随分を賑やかです事。」  恵だ。点数は、今更見るまでも無いと言った感じだった。恐ろしい妹だ。 「お。アンタは、天神 恵。アンタにも礼を言っとく。」  勇樹は頭を下げる。それを見て、恵は、思い出そうとしていた。 「勇樹さんね。なる程。私のアドバイスが、効いたって事ね。」  恵は、どうやらアドバイスを与えてたらしい。 「アンタの言う通り、5位に入った。バイトの許可の時も助かったし、恩に着る。」  どうやら、バイトの許可を受ける時と、今度の奨学金の話の時に、生徒会で恵が 口添えをしたらしい。早乙女幕府に口出し出来るのは、限られてるからな。 「口添えはしたけど、努力したのは、貴女の力よ。誇りに思いなさい。」  恵は驕る事は無い。それにしても、暗躍してるんだな。さすが生徒会だ。 「カッコ付け過ぎだよ。恵。」  勇樹は、照れ隠しに憎まれ口を叩く。なんだかんだ言って認め合ってるんだな。 「これが私のスタイルよ。ご心配無く。・・・ところで兄様は、テストは、どうだ ったのかしら?あれだけ勉強したし、まさか赤点なんて事は、ありませんよねぇ?」  恵は、早速、俺の点数を気にしだす。自分より、俺の点数の方が気になるんだろ うな。赤点が無くて、良かったぜ・・・。俺は、テストの答案を見せる。 「・・・細かいミスが多過ぎます。あーあーあ。勿体無いですわ。地理のテストな んて、エイディさんが見たら、悲しみますわよ?」  うう。さすが恵。容赦ねーよ。誰にも増して、グサグサ刺さるぜ。 「次は、もっと善処するよ・・・。」 「そうですね。兄様は、有言実行の御方だから、信じてますよ。」  恵は目を輝かせて言う。あれは、絶対わざとだ。 「はっはっは!アンタらは、見てて飽きないねぇ。林間学校も楽しみだよ!」  勇樹は、楽しそうに笑う。俺達って、馬鹿やってるよなぁ。まぁ、それが良いん だけどさ。それにしても、勇樹も1年だから、林間学校に行くのか。 「勇樹さん!俺と一緒に、行きましょう!」  取り巻き共は、早速、勇樹とつるむ気満々だ。 「お前!抜け駆けするなよ!勇樹さんは、俺と一緒に!」 「何を言ってるんだ!勇樹さんを困らせるな!お前ら!」  うわ・・・。人気あるなぁ。勇樹って、意外とモテるんだなぁ。まぁ友達として 付き合うなら、話し易い奴だし、人気も出るよな。 「こーら!こんな所で、喧嘩すんなって。仲間だったら、全員で行こうぜ?」  勇樹は、頭を抱えながら提案する。 「さ、さすが勇樹さんだ!」 「じゃぁ、一緒の部屋になるのは・・・。」  あ、また余計な事を言う奴発見。取り巻き達は、まだ睨みあっている。 「盛り上がってる所、申し訳ありませんが、当然、男女別々ですわよ?」  恵は、釘を刺しておく。まぁそうだよな。 「お前ら・・・俺は一応、女なんだぞ?」  勇樹は溜め息を吐く。 「勇樹さんが、女性らしいのは良く知ってますよ!!」  取り巻き達は力説する。へぇ。あの口調からは、そう見えないけどな。 「勇樹さんは!親父さんのために猛勉強する、父親思いだって事も!」 「そうそう!夕食の用意だって、必ずしてるし!」 「和食屋のバイトで、腕に磨きが掛かったのだって、知ってます!」  ・・・本当に良く知ってるな。コイツら・・・。ストーカーじゃないよな。 「お・ま・え・らーーー!!何を、暴露してるんだ!!!」  勇樹は、拳をワナワナと震わせている。余り見せた事の無い一面を知られるのは、 嫌なのだろう。何となく分かるけど・・・。 「勇樹って家庭的なんだなー。良い嫁さんに、なれるんだろうなぁー。」  料理も上手で、頑張り屋で、そのための努力を惜しまない。凄い理想的だ。 「そ、そうか?でもさ。俺、無愛想だしさ。」  勇樹が照れている。こんな顔もするのか。 「ちょっと。瞬君?話があるの。体育館裏まで、来てくれる?」 「江里香先輩もですか?奇遇ですねぇ。私も兄様に、用事が出来た所なんですよ。」  江里香先輩と恵は、コメカミに青筋立てながら、こちらを見ている。お、俺、何 か言いましたでしょうか!? (君は、女心を早く理解したまえ。無駄に怪我を増やすな。本当にやれやれだ。)  アンタ、止めなかった癖に、そんな事を言うなよなあああ!!  俺は、半ば強引に引きずられながら、体育館裏まで連れてかれる。去り際に、俊 男から同情されるような目で見られた。アイツも、止める気ねーよな。 「結論から言いますと・・・兄様は、流され過ぎ。」 「そうね。そんでもって鈍過ぎ。」  恵と江里香先輩は、開口一番に注意をする。さっきの嫁さん発言か? 「話の流れで、言っただけだろー?」  勇樹の家庭的な一面を、見ただけじゃないか・・・。 『考えて、発言なさい!』  うう・・・。ハモりやがった・・・。 「はい・・・。にしても、先輩と恵って、仲良かったっけ?」  つい疑問を口にする。さっきから、息がピッタリだ。 「私は、これ以上、ライバルを増やしたく無いだけ。・・・せっかく瞬君と、テス ト以外の話が、出来ると思ったのにさ・・・。んもう・・・。」  江里香先輩は、終了の日を楽しみにしてたのか・・・。そりゃ悪い事したな。 「私もです。林間学校の話で、兄様と計画を建てようと思ったのに・・・。」  恵は、なんだかんだ言って、林間学校は凄く楽しみにしているらしい。俺もテス トの結果で、赤点が無かったから、楽しみではある。 「江里香先輩は2年ですから、一緒に行けなくて、残念でしたわね。」  あー。そうか。学年違うしな。 「それならご心配無く。生徒会の募集で、林間学校の手伝いやる事になったから。」  ・・・え?じゃぁ江里香先輩も、付いて来るって事か? 「貴女・・・空手部主将の癖に、あんな募集に食いついたっての!?」  恵はビックリしている。そりゃあそうだ。空手部主将ともあろう人が、生徒会の 手伝いの募集に応募したんだから、普通じゃない。 「瞬君と4泊5日も離れるなんて、嫌ですからね。爺様に頼んで、入れてもらった のよ。誰かさんのおかげで、副会長の代わりが出来るんだから、感謝しなきゃね。」  ぬ、抜け目が無いなぁ。そこまでして、俺と居たいと言ってくれるのは嬉しいけ ど、やり方は、強引極まりない。 「大人気ない・・・。良いでしょう。早乙女会長だけじゃフォローも難しいでしょ うからね。その代わり、貴女は、フォローに徹するのよ?」  恵は渋々認める。いや、決まっている事なのだから、認めざるを得ないのだが、 呆れながらも自分が不在の時の意味を知るのだった。  林間学校、明日からだよな・・・。どうなっちまうんだろうか?  正直、期待と不安でいっぱいだった。  翌朝、12月21日。快晴。これから、夏になるガリウロルにとって、幸先の良 い朝だ。空が晴れると、心も晴れる。陰鬱な気分で行かないためにも、この晴れは、 歓迎すべき事項だった。今日のための用意も完璧だ。山は、急に天候が変わると言 うので、雨具も持った。そして忘れちゃいけないのが胴着だ。やっぱ自由時間だけ でも、これを着ないと、落ち着かない。着替えも持った。洗面用具も持った。タオ ルなども持ったし、携帯用のポットも持った。  そんな俺に対し、恵の荷物は、何故か2つあった。何でも旅館に送る用のバッグ の中には、着替えが、ぎっしり詰まっているらしい。何をしに行くつもりだ、アイ ツは。ファリアさんは慣れた物で、簡易的な調理器具や、十得ナイフなども忍ばせ ていた。爽天学園の林間学校は、ただの旅行じゃない。1日は、サバイバルがある と聞いての事だろう。確か、先生も、1班に1人は、調理係を決めるように言って たな。ファリアさんは、恵と同じ組らしく、当然恵の班の食事係を、務める事にな ったらしい。何でもファリアさんの調理実習は、かなり本格的だったらしく、恵も 認めている程の腕だったと言う。いつも睦月さんや葉月さんが、出来過ぎてるだけ で、ファリアさんも、凄いのかも知れない。  一方、俺は、レイクさんや俊男と同じ組だが、調理は、誰も出来ない。最も、そ れを見越してか、その日のサバイバルは、他の組と、一緒に楽しくやりなさいとの 事なので、真っ先に、恵達の組と合流しようと思っている。他のクラスとも、合同 なので、それもアリだ。その辺の打ち合わせも、昨日しておいた。当然の事ながら、 男子と女子では、班が同じと言う事には、ならないようになっている。まぁ当然だ ろう。なので、サバイバルは、手を合わせるようにと言うのは、女子と手を合わせ て、作るように指示されているのと同じだ。  ちなみに4人一組との事だったので、俺達は、レイクさんの隣の席の桜川(さく らがわ) 魁(かい)を入れた。彼は、レイクさんが転校当時から、仲良くなって、 今じゃ結構、普通に話をする仲らしい。自然な流れで俺達の班に入った。まぁ俺も、 良く話をするし、魁は理屈っぽいけど、話をしてて面白い奴だ。問題無いだろう。  一方、恵の方は、難航したらしい。後の2人と言うのが、争奪戦だったのだとか。 ほぼ女子の全員が、恵と組みたがり、結局、ジャンケンで勝ち残った2人に決まっ たと言うのだから何とも凄い話だ。確か名前は、桐原(きりはら) 莉奈(りな) と斉藤(さいとう) 葵(あおい)の2人だ。この2人とは、朝の登校中にも、結 構話をしてたようだし、ファリアさんは、誰とでも、すぐに仲良くなっているとの 事なので、心配無いそうだ。それを聞いて、安心した。  現在は、バスで旅館に向かう途中だ。レイクさんなんかは、初めてなので、しき りに感心している。ガリウロルの自然を楽しんでいるようだった。今回、向かうの は、ガリウロルでも、自然の多く残っている場所で、テンマとサキョウの境の所だ と言う。爺さんの家も、この近くだ。懐かしいな。 「すげぇなぁ。ガリウロルの自然ってのは、テレビで見てたけどさ。実際に見ると 違うなぁ。こう言う広大な風景は、中々お目に掛かれる物じゃないよ。」  レイクさんは『絶望の島』に長く居たから、当たり前なのだろうが、感動してい た。一応体面上は、ストリウスに居た事になっている。 「この辺はガリウロルでも、有名な風景の一つなんだよ。ガリウロルお手軽百景の 中でも、ベスト10に入る程の絶景だよ。」  魁が説明する。魁は、こう言う説明する時は、生き生きしている。 「パーズの自然も凄かったけどね。こう言う緑と崖の融合してる風景ってのは、中 々無かったな。滝なんかも、ガリウロルで初めて見たよ。」  俊男は、パーズに居た時の経験を語る。どっちも自然豊かな国だが、趣が違うの だろう。ガリウロルの方が、見るための景色としては上のようだ。パーズの場合、 肌に感じるような自然があると、俊男から聞いた事がある。 「俺の爺さんの家も、この辺だったけどさ。この辺は、特に山が多い所だぜ?空気 は、抜群に綺麗だって事は、保証する。」  そう。この辺は、特に空気が澄んでいる所だ。開発が進んだ、アズマやサキョウ と比べると、雲泥の差だ。それに高地特有の空気を、味わう事も出来る。 「瞬なんかは、この辺の山の頂上とか、行った事あるんじゃない?テンマとサキョ ウの境にある焔山(ほむらやま)は、ガリウロル3位の高さらしいしな。」  魁は、良く知っている。確かに、この辺の山は、ガリウロルの中でも高山の地域 で、焔山は、大陸移動のズレによって生じた、ガリウロル3番目の高さを誇る山だ。 「確かに良く登ってたな。でも、さすがに焔山の頂上は、まだ行ってないぞ。」  爺さんと稽古と称して、良く登らされた物だが、焔山の頂上までは行ってない。 「へぇ。瞬君なら、ガリウロルの山は、全部制覇したと思ったけどね。」  俊男は好き勝手な事を言う。山を登るのは嫌いじゃないけどな。 「山か。林間学校では、頂上まで行くんだろ?楽しみだなぁ。」  レイクさんは、初めての体験に想いを馳せている。レイクさんは、色んな体験を しなきゃ駄目だ。今まで、ずっと絶望の島に居たんだ。こう言う学生生活を、満喫 させなきゃ駄目だと思っている。 「山の頂上からの景色は、最高だよ?見なきゃ損ですよ。」  俺はレイクさんに見るべきところを教える。やっぱ頂上からの眺めは、見た人じ ゃなきゃ、分からない。 「そりゃ楽しみだ。やっぱ、生で見なきゃなぁ。」  レイクさんは、本当に楽しそうだ。この人には、心底楽しんでもらいたいね。 「でも、レイクさんは、補習も頑張らなきゃ駄目ですよ?」  魁は、ちゃんとチェックしていたらしい。 「それを言われると、辛い所だ。まぁ、早く楽しみたいし、頑張るよ。」  レイクさんは、頭を抱えたが、こればっかりは、しょうがない。 「ところで・・・。」  魁は、小声で話し始める。 「ウチの班は、例の女子組と組めるって、本当なのかい?」  魁も気になっているようだ。まぁ恵達の班の事だろう。あの組は、豪華だからな。 誰しもが、組みたいと思っているらしいが、悪いが、打ち合わせしてある。あっち も、ウチの班と組む事になっている。 「ま、期待してろって。伊達に、兄妹やってないぜ?」  俺も小声で話してやる。すると、魁は、感動に打ち震えていた。 「あの組は、ミス・フロイラインだけじゃない。ミス・ブロンドも入っている。で も、まぁ、あの2人は、俺以外の3人目当てなんだろうなぁ・・・。でも、めげな いぞ!他の2人も、何気にレベル高いしな!」  魁は、1人で盛り上がっている。中々楽しい奴。 「全く話せない訳じゃないからさ。妹と、仲良くしてやってよ。」  俺は、フォローを入れておく。何だか、幻想を砕くようで悪いけどな。 「当たり前よ。やっぱフロイラインと話すってのは、男子の夢だぜ?合同サバイバ ルが、待ち遠しいぜぇ。」  めげない奴だ。こう言う奴が、1人居ると、退屈せずに済む。 「それだけじゃないぞ?ああ見えて、ファリアの料理は、かなりの腕だ。そっちも 期待出来るぞ。俺が、保証するよ。」  レイクさんは、魁に教えてやる。魁は、またしても顔を綻ばせる。嬉しそうだな ぁ。ただ、迂闊な事を、言わない方が良い。他の男子の眼は、結構厳しい。魁が盛 り上がってるのを見て、察している者も、居るようだ。 「魁は、サバイバルの調理器具の仕出しをやってもらうから、ヨロシクな。」  俺は、役割を言っておく。 「俺が?他に役は無いの?」  露骨に、嫌な顔をする。でも、一番、楽な仕事なんだがな。 「なら、材料を捕まえるのと、薪を割るのと、調理用の石段組むの、どれが良い?」  順に俺、レイクさん、俊男の役割だ。調理器具の仕出しは、一番楽なのだ。 「うぃっす。喜んで、仕出しを、やらせて戴きます。」  全く調子の良い奴だ。ま、それが、コイツの良い所でも、あるんだけどな。 「そういや瞬は、材料捕まえるのなんか、出来るのか?」 「ああ。魁は、知らないんだっけ?俺は、良く修行と言われながら、やってたぜ。」  そう。爺さんに毎日のように、食材を取らされる日々だった。ハッキリ言って、 きつい事この上ない。取れなかった日は、おかず無しだったし、必死だったな。 「それじゃぁ、材料の方も、バッチリって訳か。頼もしいな。ウチの班は。」  魁は、ラッキーとばかりに喜んでいる。まぁ当然と言えば、当然かな。レイクさ んは、斬る練習にもなると、うちの薪割りをやってるくらいだし、俊男は、力仕事 なら、そこらの男には負けないし、良く考えたら、ウチの班程、人材が揃ってる所 も無いだろう。合流する女子は、料理の上手いファリアさんに、何でも器用にこな す恵が居る。 「それにしても瞬って、材料取りまで、やらされてたんだ。例の1000年の歴史って のも、大変なんだな。」  魁に言われてもな。まぁでも、1000年の歴史ってのは、今考えても長い事だよな。 「先人の教えの賜物って奴だ。自然の中から、学ぶ事も多いんだぜ?」  ガリウロルの大自然は、厳しさの中に恵みが隠されている。それに触れた時の嬉 しさは、格別な物だ。それは、触れてみなければ、分からない事だ。 「自然から学ぶか。それは、パーズ拳法でも、良く言われる教えだよ。」  俊男も、相当自然の濃い所で、修行したのだろう。やっぱり自然の良さが、分か っているみたいだ。大自然の雄大さを知ると共に、自然が有限であると言う事実も、 そこから見出せる。だからこそ、自然を大事にするのだ。 「自然を知る。そして自分を知る事で、全てを知る。ってな。」  爺さんから学んだ事の一つだ。人間こそ自然の一部であり、その存在を感じる事 で、ソクトアの仕組みを知ると言う物だ。 (中々、深い事をやっているでは無いか。ソクトアの豊かな自然を感じると言う事 は即ち、摂理を知る事に繋がる。自然を大事にするのは、ソクトアにとっても人間 にとっても有益になる。便利さだけを求める、今の傾向を良く考えてみると良い。)  アンタの言う通りだ。特にセントは、ソクトアを支配したと思いこんでる節があ る。人間は、自然を上回っては駄目だと、俺は思う。 (うむ。特に魔法を使う者は、そう感じるであろうな。魔力の源は、自然にある。 自然豊かな所は、魔力が溜まり易いとも言う。)  なる程な。ファリアさんなんかは、特に自然を大事にしてそうだもんな。魔法を 使うってのは、自然を借りるのと同義だからな。 「瞬って、時々深い事言うよなぁ。やっぱ1000年の歴史って奴なんだな。」 「時々は余計だよ。ま、爺さんの受け売りだけどな。」  天神流を学ぶに当たって、色々教わったしな。その中で大切な事は、たくさんあ った。それを忘れては、いけない。何せ今は、継承者なんだからな。 「何だか、凄い綺麗な所に出たぜ?」  レイクさんが指を差す。確かに凄い景色だ。花畑だけじゃない。自然が、あるが ままの雑草の中に、花が生えている。そこに依存しているかのように、動物達が暮 らしている。都会では、見られない光景だ。 「ここは、ガリウロルでも指折りの高原の一つ、セツナ高原だな。」  魁は本当に良く知っているな。噂には聞いていたけど、ここがセツナ高原か。こ の辺は、人間が入らないように、管理されているので、行った事がなかったな。そ れに、この高原の景色が見れるのは、道路からだけだしな。 「そろそろ着くみたいだよ。」  俊男が、窓の景色を見ながら、教えてくれた。確かに旅館は、もうすぐだ。 「いやぁ、あの景色と言い、山での生活が、楽しみだな。」 「何だか、元気が湧いてくる。不思議な物だな。」  俺もレイクさんも、気分は、浮いている。山での生活は、爺さんとの生活を、思 い出すなぁ。 「よーし!じゃあ、そろそろ着くから、出る準備をしなさい!」  ウチの担任の影山(かげやま) 隆道(りゅうどう)だ。影山は、仕事を適当に こなすだけなので、余り慕われて無い。生徒からは『カゲ』先生と呼ばれている。 「よし。これから、4泊5日を楽しむとするか!」  俺は気合を入れる。やっぱ来たからには、楽しまなきゃ損だ。  そしてバスから降りた。この空気・・・やっぱ、テンマの辺りは、ソクトア全体 から見ても、空気が澄んでいる所だ。吸うだけで、元気が漲るようだ。  隣を見ると、俊男や魁にレイクさんも、伸びをして空気を吸っている。やっぱ、 この澄んだ空気は、格別なのだろう。 「あら。兄様。着きましたのね?」 「お。恵のクラスの方が、早かったようだな。」  いつの間にか恵が居た。どうやら恵の組は、先に着いて、荷物を置いてきたらし い。そう言えば、恵の荷物は一つは旅館に郵送で、一つは手荷物だったようだが、 相当な大きさだったはずだ。 「そういや、あのでかいバッグは、旅館の中に運んだのか?」 「ええ。ご心配なく。何故か私のクラスからも、大丈夫か聞かれましたけどね。」  そりゃ、あれだけ大きくて重いバッグを、恵が運ぼうとしたら誰だって心配する。 「さっきまで、どよめいてたわよ?」  ファリアさんが溜め息を吐く。ファリアさんも、結構大きめだったのに良く言う。 「大袈裟ですね。大体私は、日頃から鍛錬しているんです。あれくらいの重さで、 音を上げるようでは、葉月に呆れられますわ。」  実に頼もしい妹だ。恵は、何をやらせても完璧だな。 「まぁ私は、日頃見てるから、驚かないけどね。」  ファリアさんは、そう言うが、このどよめきから察すると、ファリアさんの方こ そ、驚かれていたようだ。我が女性陣は、パワフルな事だ。 「恵様!ファリアさん!先生が、呼んでますわー!」  女生徒の声がした。ウェーブの掛かった髪が特徴の子だ。確か斉藤 葵さんだ。 「分かりました。今行きますわ。葵。」  恵は、優雅に答えると、集合場所の場所に向かっていく。 「では、また後程。」  恵は、こっちに挨拶すると、集合場所の場所に向かう。 「私も行くわ。レイクの事、ヨロシクね。」  ファリアさんは、ウィンクすると、集合場所の場所に向かう。改めて見なくても ファリアさんは美人だよな。レイクさんも、俺には勿体無いなんて言ってる位だし。 「恵とファリアとの挨拶は、済んだか?」  レイクさんが、こちらに来た。どうやら気が付いていたようだ。 「ええ。先に着いて、あの荷物を運んでみせて驚かれたようです。」  俺は、ありのままに説明する。 「相変わらず、派手な事が好きだな。」  レイクさんは、あの2人らしいと笑っていた。  それから、すぐに荷物を運んだ。部屋は、見晴らしの良い所で、これからの林間 学校の楽しみが、また増えた感じだ。俺や俊男、レイクさんも、荷物は簡単な物で 済ませていたので、すぐに運び終えた。なのに魁は、何故か、凄く大きいリュック サックを持ってきていたので、途中で、俺が手伝った程だ。 「俺のバイブルが入っているからな。重くて、当然って奴さ。」  魁は誇らしげに、こんな事を言っていたが、碌な物が入っていないに違いない。  それから少しして、先生の集合の合図があった。俺達は、すぐに集まると、どう やら、林間学校の生徒からの、手伝いを募集していたらしく、その俺達の、サポー トをする生徒の紹介のようだ。 「よし。集まったな。んじゃ、紹介始めなさい。」  カゲ先生は、たるそうに、首をコキコキ鳴らしながら合図をする。  すると、3人程、出てきた。・・・ってマジか・・・。 「ガッハッハ!この俺がサポートするには、大船に乗った気持ちで居なさい!ワシ の名を知らん奴は居ないと思うが、紹介するぞぉ?ワシこそは、千の技を持つ男! サウザンド伊能ジュニア!伊能 巌慈じゃあ!!」  伊能先輩だ・・・。あの人、プロレス部は、どうしたんだよ・・・。ウチの主将 と言い、何で居るんだか・・・。しかも、変な方向に盛り上がってるし。 「私も、紹介しておこう。3年の榊 亜理栖だ。やるからには尽力しよう。」  亜理栖先輩まで居たとは・・・。運動部は、主将がほとんど抜けてるって事か。 大丈夫なのか?確かに部の合宿などと、ぶつかる時期じゃないけどさ・・・。 「そして、僕は生徒会長の任に就いている、早乙女 元就だ。5日間と言う短い間 だけど生徒会の名に恥じないサポートを心掛けるつもりだから、宜しく頼む。」  そして早乙女先輩か・・・。生徒会長が、うちらのクラスのサポートとはね。何 だか、見知った人ばかりだ。 「よーし。紹介は終わったね?んじゃ、旅館の女将が、挨拶があるそうだから、聞 いとけよー?真面目に、聞くんだぞー。」  カゲ先生は、やる気無さそうに紹介する。  それから、旅館の女将さんの、この旅館での決まりなどを説明してもらった。  何やら、ここは昔、炭鉱だったらしく、その宿場を旅館にしてしまったのだとか。  あと、注意も受けた。焔山は、今は大人しいが、活火山地域なので、源泉も多い が、底無し沼なども多いので、その地域には、近づかないようにとの事だ。  さて、これから、どんな5日間になる事やら・・・。  お膳立ては、出来た・・・。  後は、獲物を誘い込むだけ・・・なんて簡単な物。  林間学校ねぇ・・・。  勝手に、楽しんで置くと良い。  必ず、後悔させてやる。  平穏なんて、訪れさせはしない。  あの屈辱を、思い出す度に腹が立つ。  産まれて来た事を、後悔した。  あの屈辱は、倍にして返さないと、気が済まない。  全ては明日だ・・・明日になれば、分かる。  後悔させてやるんだ。  この仕掛けさえあれば・・・絶対に出来る。  問題は、時間だ。  バレる訳には、いかない。  あんな奴のために、人生を台無しにする気は無い。  大丈夫・・・上手く行く筈だ。  何気なく、押すだけだ。  それに奴が、食いつきそうな所だ。  絶対来る。  そのための準備も、してある・・・。  絶対・・・許さない。  そして・・・絶対殺す。  これを実行しなければ、一生このままだ。  それだけは、避けなければならない。  迷いは禁物だ・・・確固たる決意が必要だ。  迷いなど無い。  なのに、何故、手が震えるんだ・・・。  あんな奴を殺すと決めただけで、何でこんなに・・・。  迷う訳が無い・・・。  何故だ・・・何故なんだ!!!  夜になった。深々と静けさを増す森だが、自然の雄大さを、まざまざと見せ付け てくれる。大自然の空気を吸うと、落ち着いてくる。俺は許可を得て、胴着に着替 えて、いつもの日課を終わらせる事にした。外に、ちょうど良い広場があったので、 そこでの訓練だ。自然の中で打つ拳は、非常に清々しい。爺さんとの修行を、思い 出すようだ。俺が修練をしていると、いつものメンバーが、ゾロゾロとやってくる。 魔法や源、闘気など表立ってやるのは厳禁だが、いつもの手合わせ程度なら、出来 るだろう。  旅館の明かりも、許可を得て、明るくしてもらってるので、充分に目も見える。 俺は、俊男と手合わせ中だ。相変わらず恐ろしい鋭さを誇る。その中に、重さまで 加わっているのだから、手に負えない。そしてレイクさんは、木刀を持ってファリ アさんと簡単な組打ちをしている。近頃、ファリアさんの剣の腕が、メキメキと上 達して来ていると言う。と言うのも、ファリアさんは、召喚魔法を使う際に、持ち 主の記憶までコピーしているらしく、動作が身に付いたのだとか。恐ろしい話だ。 ちなみに、レイクさんは、本人曰く『地獄だった』と言う補習を終えたようだ。  恵は、亜理栖先輩と江里香先輩を相手に、合気道の練習をしていた。捌き方は、 更に堂に入っている。恵の奴も、一段と腕を磨いたな。と言っても、亜理栖先輩も 江里香先輩も、実力を出し切っていない。あれは捌きの練習だと割り切っている。 「・・・おい・・・。あれ、人間の動きかよ・・・。」 「あんな練習してたのか。アイツら・・・。」  上の方から声がする。どうやら旅館で休んでいる生徒達が、見学しているらしい。 俺達の動きは常人から見たら、おかしいくらい、強いんだろうなぁ・・・。 「ガッハッハ!ワシも許可を貰ったぞぉ!」  ドアから伊能先輩が出てきた。どうやら、伊能先輩も補習が終わったようだ。 「俺達の練習に、混ざります?」  俺は尋ねてみる。勿論、俊男と組手をしながらだ。 「当たり前じゃぁ!お主等の気合の入った声を見て、火が点かない訳が無い。何じ ゃ何じゃ。お主等は、いつも、こんな面白い特訓してたとは、知らなかったぞ?」  伊能先輩は、俺達が一緒に帰ってた事は、この練習をするためだと悟った。と言 う物の、本当は、もっと凄い事をしている訳だが・・・。 「オイ。俺も、許可貰ったから、混ぜな。」  今度は勇樹が出てきた。すっかり、胴着に着替えている。 「貴女も混ざる気?」  恵が尋ねてくる。勿論、捌きをしたままだ。 「伊能先輩と一緒だよ。こんなの目の当たりにして、黙ってられる程、大人しく無 いんだよ。」  勇樹も燃えるような目をしていた。どうやら、純粋に混ざりたいらしい。 「いらっしゃいな。捻ってあげるわ。」  恵は、亜理栖先輩と江里香先輩に合図をして、どかせると勇樹を誘う。 「上等だよ。恩と稽古は、別だろうな?」  勇樹は、自分が負けるとは思っていない。だが、残念だが、俺は恵が勝つと思っ ている。恵の実力は、半端じゃない。俺が本気を出しても、勝てるかどうか危うい くらいなのだ。やってみれば分かる。強いと言うより恐ろしいのだ。 「当たり前ですわ。恩で勝利を拾う程、下衆じゃありませんの。」  さすが恵。優雅に受け答えする。上からの野次馬が増える。勇樹も番を張ってた って事で、相当有名だからなぁ。 「ボス!叩きのめしてやんな!」  上から部下も覗いている。アイツらも、相当暇なんだな。まぁ自由時間だしな。 今は。しかし、こんな大人数に稽古の許可をくれるなんて爽天学園くらいな物だ。 「チェェイ!!」  勇樹は、独特の指のポーズから、一転して足払いをする。考えてるな。それを恵 は、ミリ単位の見切りで、後ろに下がる。そして勇樹が鋭い指を打つも、恵は、予 め来る所が、分かってたかのように体を捻る。そして、優しく手首と肘を掴むと、 逆に極める。そして、わざと離した。その瞬間、勇樹は指を急いで引っ込める。 「あ、アンタ・・・。」  勇樹は、瞬間的に額から汗が出てくる。あれは冷や汗だ。恵は、ゆっくりだが、 間違いなく極めて見せたのだ。しかも本気では無く、勇樹に見せるための極めだ。 「どうしました?私は、逃げませんわよ?」  恵は優雅に笑いながら、勇樹の方に歩を進める。勇樹は、少し後ずさりする。 「冗談じゃない!羅刹拳が、逃げて堪るか!」  勇樹は、気力を振り絞って恵に、必殺の指のオンパレードを披露する。かなり速 い突きだ。だが、恵は、それを一瞬で見抜いて、躱すと同時に、腕を絡めて、その まま投げ飛ばした。そして腕を極めたまま、顔面に中指を立てた拳を突き入れる。 「ぐっ!!」  勇樹は、覚悟するが、拳は、勇樹の目の前で止まっていた。 「一本ですわね?」  恵は、サラリと言うと、腕の極めを離す。 「はぁ・・・まぁったく・・・アンタと言い、瞬と言い、何でそんなに強いんだか。」  勇樹は、悔しさを通り越して、呆れていた。完全に敗北を認めた様だ。 「こう見えても、毎日訓練してますのよ?命を削ってね。」  恵の言葉に、嘘は無い。恵はそれこそ、命を削るかの如く、魔族の衝動を抑えな がら、稽古を続けていたのだ。強くならない訳が無い。 「恵様・・・凄い・・・。」 「ああ・・・惚れ惚れしちゃう・・・。」  上から取り巻き達の声がする。恵は、それを見て手を振り返す。こりゃ、人気も 出る訳だ。兄として、かなり心配だ。 「負けられんのぉ?瞬。」 「全くですよ。出来過ぎですよ。アイツは。」  俺は、偽らざる感想を述べる。 「しかし・・・俺が驚いたのは、あそこだのぉ。」  伊能先輩はレイクさんと、ファリアさんの方を指差す。さっきから、一心不乱に 打ち込みをしている。とは言え、レイクさんは、やや流し気味だ。 「ありゃ剣道の域を越えとるな。ファリア殿も凄い冴えじゃい。惚れ直しそうじゃ。」  伊能先輩は、武芸者として尊敬の意を示している。あれは、いつ見ても凄いよな。 「ファリア。息があがってるが、大丈夫か?」 「余計な心配よ。駄目な時は、私が木刀を止める時よ。」  レイクさんは、気遣うが、ファリアさんは、更に激しい勢いで、木刀を振るう。 「仕方ないな。付き合うよ。」  レイクさんは、流しながら、要所要所に死角を付いて、ファリアさんに防御の練 習もさせる。並みの芸当じゃない。 「・・・ハァ・・・。もう駄目・・・。」  ファリアさんは、手に力が入らなくなったらしい。仕方の無い事だ。しかしレイ クさんは、涼しい顔をしている。さすがだ。 「レイクさん。手合わせしましょう。」  俺は、レイクさんと、手合わせする事にした。 「皆が見てるぜ?良いのか?優勝者。」  レイクさんは、俺が部活動対抗戦の優勝者だって事を知っている。 「大丈夫ですよ。そう簡単に負けませんし。」 「言ったな。よし!掛かって来い!」  レイクさんは、嬉しそうな表情を浮かべると、木刀を構え直した。さすがだ。全 く隙が無い。当たり前だ。レイクさんは、伝記の最強の剣術を継いだ男だ。強いの は、最初から分かっている。だが、俺だって1000年の歴史を背中に背負っている。 「ハッ!」  俺は、まず間合いを測って拳を打つ。それにレイクさんは、鋭い斬りで対応する。 「お前とやる時は、本気で出来る。これ以上に嬉しい事は無い。」  レイクさんは、目を輝かせる。レイクさんは、木刀の先にまで闘気を注入する。 「凄い気合ですね。じゃ、俺も応えなきゃね。」  俺も、拳の先にまで気合を入れる。闘気が漲る。何度かの手合わせで、レイクさ んが、どれくらい対応してくるのかは、分かっている。あっちも同じだろう。後は、 どれくらい、相手の予想を上回れるかだな。 (なるほど。これが、不動真剣術の闘気か。さすがだな。)  ああ。でも、俺だって毎日アンタに、やられながら強くなってるって所を、見せ なきゃな。伊達に、やられちゃいない。 (頼むぞ。私の修練方針を、変えなくて済むようにしてくれよ?)  分かってら。皆も見てるしな。勝って見せるさ。いつの間にか、皆、こっちに注 目している。却って好都合だ。 「よし・・・んじゃ見せるぜ。」  レイクさんは、不動真剣術の『攻め』の型を見せる。俺も、負けずに天神流空手 の『攻め』の型を見せた。互いに、守る気は無い。 「ハァァァ!!」  レイクさんが、前に踏み込んで袈裟斬り、横薙ぎ、振り下ろしを見せる。それを 俺は、肘打ち、正拳突き、回し蹴りで対応する。鈍い音がゴッ!!ガッ!!と鳴る。 俺の拳と、レイクさんの気合の木刀が、互いにぶつかり合っている音だ。 「恐ろしい音よのぉ。」 「僕も、あの域に入るまで、修練あるのみですよ。」  伊能先輩も俊男も、音の意味が分かっているようだ。だが、この音は、俺の拳に 闘気が宿る事で、初めて成る硬さだ。俊男の拳は肉を破壊する強さだが、俺の拳は、 肉に響く硬さなのだ。一発で、相手を失神させるための拳だ。 「ヌゥリャアア!!」  レイクさんは、それでも渾身の力を込めて、俺を防御している腕ごと、吹き飛ば す。そして、レイクさんの木刀が少し上に向いた。これは、間違いない! 「くらえぇ!!」  レイクさんは、恐らく、あの技で来る!距離は関係ない!  バシィ!!!  俺はレイクさんの木刀を、掌抵で防御する。予想は当たった。 「瞬。お前・・・『閃光』を読んだな?」  レイクさんは、悔しそうな顔をする。何故なら、この後の俺の行動が、分かった からだ。俺は、すぐ様、もう片方の拳を固めて、レイクさんに最も基本にして、最 高の突き技を決める!!  ゴゥ!!  俺の拳の音が、伝わると共に、レイクさんは吹き飛ばされる。 「天神流空手、突き技『貫』!!」  俺は言い放つが、レイクさんは、派手に吹き飛んだだけで怪我は無い。何故なら、 これが稽古だからだ。俺は、その辺を加減した。レイクさんも、敗北を認めていた ので、これで良い。しかしギリギリだったぜ・・・。 「俺の負けだな。最後に、手加減されたのも含めてな。」  レイクさんは、何事も無かったかのように立ち上がる。痣すら出来ていない。 「すっげぇー。何だあれ?」 「俺、レイクさんとは、普通に話してたけど、天神とタメ張るくらい強いなんて。」 「最後の動きなんか、俺、見えなかったぜ?」  上から驚きの声が、あがっていた。まぁ無理も無いか。 「さーて、そろそろ、ザワついて来たし、戻るとしようか。」  レイクさんが促す。体も温まったし、良い修練になったな。 「瞬ってさ。時々凄いよな。」  勇樹は、褒めてくる。うーーん。時々って、どう言う事なんだろう。 「兄様は、こう見えても、凄いのよ?私の兄です物。」  恵は、当然と言う風に頷いている。素直に、頷いて良いのかなぁ。 「瞬君。空手部の威厳を、損なう試合しちゃ駄目よ?」  江里香先輩の目が厳しい。今の打ち合いが、どれくらい危なかったか、見抜かれ ているようだ。紙一重だったしな。『閃光』が見抜けなかったら、吹き飛んだのは、 俺の方だ。レイクさんと初めての打ち合いだったら、負けたのは俺だな。  そんなこんなで、お騒がせな俺達だった。  それから、食事を取った。皆で会食と言う感じだったが、何で、こう学生向けの 食事は、いつも決まりきった物かね。不味い訳じゃあない。だけど、何かこう、一 味足りない。俺達は、いつも、あの天神家の食事を戴いている。並外れた料理の腕 を持つ睦月さんの料理だ。どうにも満足出来ない。まぁ割り切って食べたので、良 いんだけどね。ファリアさんは、勝ったわ。とか呟いてたし・・・。恵なんかは、 顔を顰めて、ファリアさんに耳打ちすると、ファリアさんが、苦笑しながら何かや っていた。後で聞いたら、味付けを、いつもの様にしてくれと言っていたらしく、 ファリアさんが、置いてあった調味料を絶妙なバランスで、何とか仕上げたのだと か。あの、お嬢様気質は、何とかしなきゃいけない気がするな。  レイクさんなんかも、苦笑していた。『絶望の島』の飯よりは旨いけど・・・。 と言う話だ。まぁ、致し方ない事だ。それでも、量を食う辺り、レイクさんらしい。  ま、そんなこんなで、食事は終わった。そして、この宿特製の、半露天風呂に入 る事にした。男女で分かれているが、外の眺めが見れる風呂として、有名だ。ただ、 さすがに半露天風呂と言うだけあって、外の景色が眺めるだけだ。向こうに行く事 は、出来ないらしい。それでも、空気を取り入れていると言う話だったので、空気 は、凄く美味しかった。それはそうと、何故か、魁が色々調べていたが、あれは、 何の意味があるんだ?魁に聞くと・・・。 「ここの風呂の断面図を、調べていた。」  だそうだ。何でも、覗くための経路を探していたとか・・・。本当に、こう言う 事には、良く鼻が利く奴だ。 「魁君、先生に捕まるぞ?」  俊男は、警告する。まぁ、余り良い事じゃあないな。 「バレなきゃ良いんだよ。」  とは魁の台詞。前にも更衣室に仕掛けをして、先生に、こっぴどく叱られた経緯 があるってのに、懲りない奴である。その時は、魁がやったと言う事は、知られな かったようだが・・・。俺達は、聞いてるので知っている。呆れた奴だ。 「大体、興味無いのか?お前達?」  魁がニシシシと笑う。こういう時の、悪ノリした魁は、手に負えない。 「興味が無い訳じゃあないさ。でも、強引にってのは、好きじゃないだけだ。」  俺は、ヤレヤレとジェスチャーする。俺は2人から、求愛されている。興味が無 い訳じゃあない。だけど、こんな犯罪染みた事を、したく無いだけだ。 「お堅いなぁ。お前達は・・・。」  魁は渋い顔をする。まぁ、魁じゃ無くても、似たような事を考える奴は、居るん だろうなぁ。でも、俺は、万が一にでも、恵にバレた時の事を考えると、とてもじ ゃないが、そんな事を、する気にはなれない。 「大体、そんな事しなくてもだなぁ。」  レイクさんは、言い掛けて止めた。レイクさんは、ファリアさんと公認の仲だ。 必要が無いと言えば、それまでだ。しかし、それを口にするのは、どうかと思った のだろう。 「ま、まぁ、僕も興味が無い訳じゃないけどさ。エリ姉さんや、恵さんにバレた時 の事を考えたく無いから、止めとくよ。」  俊男は俺と同じ考えらしい。俺も俊男も、江里香先輩や恵の恐ろしさを、知って いるだけに、そう簡単に、不埒な事は出来ない。 「わーっかったよ。ま、構造を調べるだけに、しておくよ。」  魁も、3対1じゃ分が悪いと思ったのだろう。素直に止める事にした。 「おっし。じゃぁ俺は、あがるよ。上で待ってるからな。」  俺は、逸早く風呂場から出ると、レイクさんも、早風呂なのか、出て来た。お互 い風呂は、苦手のようだ。 「魁は面白いんだが、やり過ぎる所があるなぁ。」  レイクさんも、その辺を気にしているみたいだ。  風呂から上がって、休憩室に行くと、恵達の班も休んでいた。どうやら向こうも 風呂上りらしい。そして、江里香先輩も居た。 「あら?兄様。その様子ですと、風呂上りかしら?」  恵は、俺の浴衣姿を見て、判断する。 「まぁな。俺とレイクさんは、先に上がったって訳だ。」  俺は、後ろに居るレイクさんを指差す。 「どうせ、2人共、早かったんでしょ?せっかくの露天風呂は、楽しまなきゃ駄目 だってのに・・・勿体無い事ね。」  ファリアさんは、カラカラ笑いながら指摘する。ズバリ当たってるから怖い。 「そういえば、江里香先輩って、恵達のクラスの、手伝いなんですか?」  俺達に亜理栖先輩や伊能先輩が付いているのだから、不思議でも無い。 「そうよ。せっかくだし、風呂も、ご一緒したのよ。」  江里香先輩は、事も無げに話す。うーーん。喧嘩でもしなきゃ良いんだけど。 「喧嘩でもしなきゃ良いなぁ?とか、考えてません?兄様。」 「な、何言ってるんだよ。そんな事、考えて無いよ。」  恵は、凄く勘が良い。危うく勘付かれる所だった。恐ろしい奴。 「あれ?恵さんやファリアさん。それにエリ姉さんも、今、風呂から上がったの?」  お。俊男も上がったらしいな。さっぱりした顔になっている。 「あら。俊男さん。随分と、スッキリした顔になってよ?」  恵は、俊男の方に意識が向いたらしい。助かったぜ。 「そうかな?温泉のおかげかも、知れないね。」  俊男は、笑いながら話す。って・・・あれ? 「ここって、温泉なのか?」 「そう聞いてますわ。担任から、説明がありましたけど。」  恵は担任から、聞いていたらしい。 「うちの担任は・・・あのカゲだろ?そんな説明無かったぜ。」 「そうだね。僕も、ここの旅館の人に、聞いたくらいだしね。」  まったく・・・あの担任は、しょうがねーな。 「恵様!紅茶を、お点てしました!」  ポニーテールで眼鏡を掛けている子が紅茶を持ってくる。確か、恵と同じ班の桐 原 莉奈だ。その後ろには、ウェーブの髪が似合ってる斉藤 葵が居る。 「あら。そこまで気を使わなくて良いのに・・・。」  恵は嬉しそうだったが、申し訳無さそうだった。 「入浴後の、優雅なティータイムをお過ごしと聞いてたので、是非と思いまして。」  ・・・あの2人、恵が入浴後に紅茶を飲む事を、何で知っているんだ? 「あ、皆さんの分もあるんですよ?お気遣いなく!」  莉奈さんは、明るい笑顔で、皆の分の紙コップを配る。 「莉奈は、紅茶を点てるの、上手いんですよ?」  葵さんは、誇らしげに言う。何で葵さんが誇らしげなんだろうか。 「へぇ。じゃぁ、有難く戴くわ。」  恵は、優雅に紙コップを口に付ける。そして少し驚いた顔になる。 「莉奈さん、これくらいの腕ならば、誇っても良いと思いますわ。」  珍しい。恵が褒めている。どれどれ・・・俺も飲んでみるか。・・・す、凄い! これは美味しい!何て言うか、喉に後味を残させるだけの、スッキリした味わいだ。 「うん。これは、美味しいわね。後でやり方を教えてくれる?」  ファリアさんは早速、興味を持ったようだ。ああ言う貪欲な所は、ファリアさん らしいなぁ。あの人、料理関係については、魔法と同じくらい真面目なんだよね。 「そ、そんな!皆に、満足してもらえて、嬉しいです。」  莉奈さんは、満面の笑顔で言う。へぇ。良い笑い方するんだな。 「うん。これは良いわね。私も、緑茶なら、点てられるんだけどね。」  江里香先輩は難しい顔をする。そういや、江里香先輩は、茶道部からお誘いが来 る程の腕だってのは、聞いた事があるな。 「へぇ。紅茶って、味わいが違ってくる物なんだなぁ。」  レイクさんは、不思議そうに見ていた。 「莉奈、良かったじゃない。点数稼ぎは、バッチリだよ!」  葵さんは莉奈さんを励ましていた。しかし・・・点数稼ぎって何だ・・・。 「パーズに居た時は、良くジャスミン茶を飲んでたけど、紅茶も良いね。」  俊男は、感慨深く紅茶を飲む。そういえば、パーズは、ジャスミン茶が良く飲ま れてるって話を聞く。ジャスミン茶の香りは、どうにも慣れなくてなぁ。 「魁の奴、遅いなぁ。何やってんだ?」  レイクさんが、心配していた。そういや、まだ上がらないのか?アイツ。 「魁君なら、部屋に戻るって言ってたよ。何でも、旅館の屋敷図を作るとか、張り 切ってたけど・・・。」  俊男が呆れながら、言った。相変わらずだな。アイツは。 「屋敷図?珍しい物に、興味あるのね。」  恵が、不思議そうにしていた。そりゃなぁ・・・。魁が、覗きを遂行するために 屋敷図を作ってるなんて、想像出来ないだろうなぁ。 「桜川君が、屋敷図ー?不順な目的じゃなきゃ、良いんだけどねぇ。」  葵さんは、魁の意図に気が付いているようだ。 「やめなよ。葵ちゃん。いくら桜川君だからって、そこまでしないよぉ。」  莉奈さんは気を使っているが、そう言う奴なんだよね。変な情熱だけはあるんだ。 「ま、良いんじゃないの?変な気配がしたら、即効気が付くし。私。」  江里香先輩が、恐ろしい顔で言う。うん。絶対止めよう。まかり間違っても、覗 きなんて考えちゃ駄目だな。何されるか、分かったもんじゃない。 「ん・・・。ファリアさん。宜しいかしら?」  恵が、ファリアさんに目配せする。 「あー。はいはい。ちょっと化粧直ししてくるわね。すぐに戻るから。」  ファリアさんが、気が付いたらしく、恵と共に足早に女子トイレの方へと向かう。 ・・・あの様子だと、多分、薬の時間だ。恵の発作を止めるための薬を、飲ませて いるのだろう。ファリアさんが居てくれて、本当に助かるな。 「なんだ。便所か?早く済ませろよー。」  レイクさんが、品の無い事を言う。 「レーイークー?後で、覚えてなさいよ。」  ファリアさんは、鬼のような形相でレイクさんを見つめる。レイクさんは、空笑 いをしていた。うん。何かを覚悟した顔だ。あれは・・・。 「駄目ですよー?レイクさん。恵様とファリアさんは、デリケートなんですから。」  葵さんが、レイクさんに注意する。 「ははっ。そうだな。デリカシーが無かったな。気を付けるよ。」  レイクさんは、結構素直な人だからなぁ。年下に注意された所で、怒ったりする 人じゃない。訳隔て無い接し方。それが、レイクさんの魅力の一つだろうな。 「そういえば、明日の合同サバイバルは、瞬君達と一緒だっけ?」  葵さんが、話し掛けてくる。珍しいな。 「そうなってるな。ま、俺は、材料探ししてくるから、期待しててよ。」  俺にとっては、この辺の山は、庭も同然だ。 「瞬君なら安心だね。私は、ファリアさんの手伝いする予定ー。」  莉奈さんは、ニコッと笑う。頼られるのは悪くないな。莉奈さんは、ファリアさ んの手伝いか。今の紅茶の腕前を見る限り、適任かな。 「ちなみに、俺は、薪割り。まぁ、期待してな。」  レイクさんは、腕をブルンブルンと回す。 「僕は、石段を積み上げる予定だね。頑張るよ。」  俊男も、自信がある様だ。まぁ、それぞれ得意そうな事を選んだし、大丈夫だろ。 「魁君は、なにやるの?」  江里香先輩が、不思議そうにしていた。 「魁は雑用。仕出し。」 「あー。なる程ね。まぁ残ってる仕事は、そうなるわね。」  江里香先輩は、納得いったようだ。 「私は盛る係りらしいわね。恵様は、盛り付けをやるって張り切ってたわ。」  なるほど。葵さんが分量を測りながら盛って、飾り付けや盛り付けを恵が、担当 するって訳か。恵は芸術センス抜群だから、問題無いだろうな。 「どんな材料で、どんな料理になるか楽しみ!」  葵さんは、素直に喜ぶ。うちの班は、人材の点から言っても、揃ってるからな。 「決めた。私も、見させてもらうわよ。ファリアさんの腕が、見たいしね。」  江里香先輩も、うちの班の担当にしてもらうように頼み込むつもりらしい。 「皆、頑張ろうね!」  莉奈さんが、呼びかける。皆は深く頷いた。  恵の班の2人も中々話し易いし、良い感じだと思った。これなら、楽しい林間学 校になる。明日が楽しみだ。  寒い・・・。  いくら夏とは言え、このタオル一丁で、ここは寒いよな。  面白い発見したと思った直後に・・・。  あれ?何で俺、ここに居るんだっけ?  大体、ここは何処なんだよ。  薄暗いし、変な洞窟っぽい感じだな。  それに後頭部が、少しヒリヒリする。  血も、出てるじゃねぇか。  って言うか、ここは動くスペースも無いな。  動けない?まさか・・・。  閉じ込められた?  じょ、冗談じゃない!  こんな所に、ずっと居たら凍えちまう。  何で、こんな目に、合わなきゃならねーんだ!  俺に恨みのある奴なんか・・・。  ・・・ま、まさか・・・。  あ、アイツが、俺を裏切るとは思えない。  いや、でも、俺が普段アイツにしている事は・・・。  や、やべぇ・・・。  感覚が麻痺してきた・・・。  アイツなのか?アイツが俺を・・・殺す気で・・・。  嘘だろ・・・。  だったら・・・奴も一緒だよな。  ・・・良く考えろ・・・。  もしかして、まず、俺を始末しに?  充分ありえる話だ。  ここから出て、教えないと・・・。  出ないと、出ないと、出れねえじゃねぇか!!  やばい!本当にこのままじゃ・・・。  う・・・ぐ・・・。  やばい。このままじゃやばい!  昨日の夜は、お騒がせだった。魁の奴が、あれから何処かに出かけたらしく、置 き手紙がしてあった。屋敷の外にまで、出掛けたと言うのだから、アイツらしい。 仕方無いので、俺達は、寝る事にした。ま、幸いにも、先生に気付かれて無いよう なので、こっそり帰ってくる事だろう。俺は、寝た後に、ゼーダに意識だけ叩き起 こされて、また特訓を、やるハメになったけどな。  翌朝になって、魁の荷物の服が、洗濯に出されていたのと、また風呂一式が無く なってるって事は・・・朝風呂かな?魁は、朝風呂したいなどと言ってた気がする。 団体行動の出来ない奴だ。不思議と、憎めないんだけどな。  その証拠に、莉奈さんが起き掛けに魁が、洗面用具を持って風呂に出掛けたと言 っていたし、旅館の人も、朝風呂を許可していたらしく、結構、入る男子生徒が居 たと言う話だ。姿くらい、見せろってーの。 「まったく。困った物だな。布団も、敷きっぱなしだし。」  レイクさんが、頭を抱える。レイクさんは『絶望の島』で、団体行動の時にキチ ッと片付ける癖が付いていたらしく、敷きっぱなしなのは、気分が悪いのだとか。 「ははっ。魁君らしいよね。」  俊男も、苦笑している。呆れた奴だ。 「朝風呂からも帰ってこないし・・・食事時に、注意しとくよ。」  俺は、一応、この班の班長だったので、しっかりしてないと、ならない。最初は、 レイクさんが班長になる物だと思っていたので、俺が任された時は、ビックリした 物だ。レイクさん曰く、俺が班長の方が、良い勉強になるのだとか。 (君の友達にも、色々居るのだな。)  まーな。俺は昨日の特訓で、精神的には、それ所じゃないんだけどな。 (日々修練は、基本だろう?)  林間学校に来てまで、やらされるとはな。有難い限りだ。 (君のためを、思ってこそだ。)  あー。はいはい。有難い事です。  今日は、とうとう山に登る日だ。はっきり言って、俺は慣れた物だが、他の人は、 そうは行かないだろう。山の天気は、移りやすい。それに野生動物と出くわす時も ある。見くびってると、遭難するかも知れない。 「おい。そろそろ、朝食みたいだぞ。」  レイクさんが、妙に似合う浴衣姿で答える。本当に似合うな。 「部屋は、片付けておいたけどさ・・・。魁君が、まだ来てないよ?」  俊男は心配そうにしている。アイツは、何やってるんだかな。さすがに、心配に なってきたな。湯冷めとか、してなきゃ良いけどな。 (・・・それ所では、無いかも知れんぞ。)  どういう事だ?何か感じ取ったのか? (逆だ。魁の気配は、全く感じぬ。いつ頃からかは、分からんがな。)  ・・・それは拙いな。やばい感じがするか? (非常に嫌な予感がする事は確かだ。私の予感は、残念ながら当たるぞ。)  分かった。本格的に探すとするか。 「レイクさん。さすがに、ちょっとおかしい。探してみよう。」 「そうだな。いくら魁だって、こんなに楽しみにしてた林間学校で、遅刻なんて、 おかしいからな。羽目を外し過ぎにも、程がある。」  レイクさんも、少し感じ取っていたみたいだ。何だか、おかしい。魁は、イベン ト好きな男だ。ここまで、集団から外れた行動を、する男じゃない筈だ。 「僕は、聞き込みをしてみるよ。」  俊男も、やばい雰囲気を悟ったのか、協力する事にする。 「俺は、ファリア達に知らせてくる。瞬は、旅館の人達に報せて探索しよう。」  レイクさんは、手早く分担させる。そうだな。確か、朝風呂の許可が出た時に、 一斉に入った奴が、居ると聞いたし、その辺を調べてみよう。  俺は、女将を見つけたので、掻い摘んで説明する。魁の特徴なども教えてやる。 「・・・はて?それは大変ですなぁ。番台が居ますので、聞いて見ましょう。」  女将は、風呂の番台の所へ連れて行く。更衣室の手前の廊下に番台が居た。確か 昨日も、ここに居たはずだ。俺は、事情を説明すると、番台は、顎に手を掛けて、 思い出そうとしていた。 「あの騒がしいアンちゃんだろ?覚えてるぜ。似たような髪型の奴を、今朝入って くのは、見たけどな。確か・・・出て来た覚えは、ねーな。」  ・・・何だって?・・・となると・・・。まさか、風呂の中か? 「悪いんですが、露天風呂の中を、調べさせて貰って良いですか?」  俺は、女将にお願いする。この際、非常事態だ。 「本当は、禁止してはるんですが、特別です。私も同伴します故、行きましょう。」  女将は、自分の目が届く範囲で、探せと言ってるのだろう。それでも、探さない よりマシだった。許可が出たと言う事は、只事じゃないと、女将も悟っているのだ ろう。俺は、女将と一緒に、裸足で上は着たまま、露天風呂の中に入っていく。 「・・・女将さん。この露天風呂で、隠れられる場所とかってあります?」  俺は、嫌な予感がしたので、聞いて見る。 「隠れられる場所ですか?・・・穴は塞いでありますゆえ・・・。昔、不届き者が 開けた穴がありましてな。そこは、塞いでおいたのですがね。」  穴か。聞くと、女湯と男湯の間にある壁の所に、穴を開けた馬鹿が、前に居たそ うだ。今は、穴を塞いでいると言う。その場所に行ってみると、確かに、塞いであ る。大きな石で、ピッタリと填まるように塞いである。これじゃ、そう簡単には取 れない。魁じゃ、とても無理だろう。 「人を呼んで、開けてみますか?まさか、ここじゃないと思うのですが・・・。閉 じ込められたりしたら、大変ですから。」  女将は、自分で言ってて、寒気が走ったのだろう。顰めっ面になる。 「・・・って。ここって、塞いだんじゃないんですか?」  そうだ。今の話じゃ、この石が、あるだけだと言う事になる。 「後1ヶ月程で、林間学校の生徒さんが居なくなるので、その時期に、完全に埋め ようって話だったんですけどね。まだ、ここは空洞のままなのですよ。」  そうか・・・。なら、ここもあり得る。 (可能性は、高いな。)  ああ。まかり間違って、落ちたのかも知れない。開けてみよう。 「人を呼ぶ必要はありません。これくらいの石だったら、何とかなります。」  俺は、腕を交差させて、力を集中させると、ありったけの力を込めて、石を掴む。 そして、手前に引くと、石が音を立てて、ズレ始めた。行ける!! 「・・・す、凄いのですなぁ・・・。1人で動かしてる人なんて、初めて見ました わぁ・・・。ビックリです。」  女将さんは、口を開けてビックリしている。ちょっとやり過ぎたかな。でも、時 間が惜しい。ここに閉じ込められてるとなると、酸素も心配だし、体が冷える事も あるだろう。俺は、意を決して、中に入ってみる。すると、女将も、恐る恐る付い てきた。番台も、一緒らしい。 「・・・中は、そんな長く無いな。・・・あれ?誰もいないか・・・。」  予想は外れたか。この中だと思ったんだが・・・。女湯の手前の大石の前に来て しまった。試しに大石を押して開けてみたが、女湯の前だった。誰も入ってなかっ たので助かった。まぁ、女将も居るし、指示が飛んでるんだろう。 「居なかったですなぁ。もしやとは、私も思ったのですがねぇ。」  女将が安堵するが、ここに居ないと言うだけで、安堵する事は出来ない。寧ろ、 心配になってきた。ここだと思ったんだがな。 「・・・あれ?」  俺はある事に気が付いた。蜘蛛が居たのだ。女湯側の出口の近くには、蜘蛛の巣 が張ってあった。しかし、男湯側には無い。 「人騒がせな、お方ですなぁ。」  女将さんが、出ようとする。 「女将さん。やっぱ変です。女湯側に蜘蛛の巣が張ってるのに、こっちには綺麗に 無い。そんな事が、あるんでしょうか?」  たまたまと言う事もある。だが、良く見ると、綺麗に、こちら側だけ無いのだ。 女将も、それに気が付いてか、真っ青になる。 「ここは使われたって事ですかえ?」 「・・・それしか、考えられねぇでしょう。」  女将の問いに番台も、おかしいと気が付いてか、話に加わる。  思い出せ・・・。何か忘れてる。確か・・・。 「!!!女将さん!!ここって昔、炭鉱だったって話ですよね。もしかして、その 経路って、ここと、ぶつかったりします?」  俺は思い出した。女将さんが言ってた事だ。炭鉱の出口が、いっぱいあって、そ の上に、旅館を建てたのだとか。 「いや・・・どうだったか・・・。」 「確か、ここじゃないけど、あるぜ。」  番台が口を挟んできた。何やら知っているらしい。 「俺が、炭鉱労働者をやってた時は、ここじゃねぇけど、近くに、トロッコの道が あった筈だ。」  番台は、昔、ここの炭鉱で、働いた事があるのか! 「良く覚えているねぇ。」 「毎日のように、通ってたからな。」  女将さんと番台は、つまんなそうに、やり取りする。 「・・・ここだ・・・。」  俺は、咄嗟に発見した。蜘蛛の巣が、付着している地面がある。間違いなく、こ こだ。俺の読みが間違い無ければ、ここの筈だ! 「どうしたい?・・・この岩・・・。」  番台は、目付きが変わる。明らかに、地面では無い。何か、人工的な岩だ。上手 くカモフラージュしてあるが、これは、地面じゃない。 「岩削機でも、持ってくるかい?」  さすがの女将も、気が付いた様だ。この下に居る。いや、居るかも知れないって 事をだ。まだ決まった訳じゃあない。 「離れてて下さい。砕きます。」  俺は、迷いはなかった。持ってくる手間が惜しい。時間が惜しい。  そうだ。俺の拳は、人を救うために鍛えた拳だ。こんな時に、役に立てないで、 どうする!今こそ、この拳が役立つ時だ! 「魁!!今、助けるぞ!!!」  俺は気合を入れて、拳に集中する。 「天神流空手!!突き技!『貫』!!」  俺は気合と共に、岩に拳をぶつける。岩は俺の拳の前には、無力だった。音を立 てて、崩れ去る。そして、岩の真下は、空洞になっていた。そして、空気が流れ込 んだせいか、風が流れ込んだ気がした。俺は、覗き込む。 「・・・!魁!!」  俺は、見つけた。生気の無い表情。そして酸欠になっていて、タオルを肩に巻い て倒れている魁を見つけた。・・・まさか・・・。間に合わなかったのか!? 「おい!魁!!」  俺は急いで、抱き上げて空洞の中から出る。やっと見つけたのに!! 「・・・うわあ・・・。」  女将は、悲痛な表情をしていた。 「女将!救急車だ!救急車を呼べ!!」  番台が指示すると、女将が、正気に戻って、慌てて連絡しに行った。 「ありがとう御座います。」  俺は、番台の気遣いに、感謝する。 「感謝するのは、助かってからで良い。もう死人を見るのは、御免だ。」  番台は憂いを帯びた表情で言う。番台は昔、炭鉱で働いていた。と言う事は、同 じ表情で、死んでいった仲間も居ると言う事なんだろう。  そして、この迅速な対処のおかげで、魁は、何とか一命を取り留めた。しかし、 まだ予断の許さない状況だと言う。思ったより、体が衰弱しているらしい。安心す るには、まだ早いらしかった。  それから、俺は説明に追われた。皆が集まってから、どうやって助けたかを説明 した。俺の判断が、一歩でも遅かったら、酸欠で死んでいたと言う話だ。それくら い、酸素が残ってなかったのだと言う。しかし、危険な事には、変わりは無い。  恵辺りは、俺の機転に、珍しく感心していたが、俺も必死だった。もう一回やれ と言われれば、出来るかどうか、怪しかった。  だが、それは別として、誰が、何のために魁を嵌めたのか?が、疑問に残った。 そして、どうやって?と言う話に繋がる。  ・・・ハッキリ言って、あの状況からして、自然に、ああなったとは考え難い。 誰かが、穴を開けて罠を張っていたに違いない。そして岩を使って閉じ込めたのだ。  俺は、あれから考えていた。だが、どうしても分からない事があった。 (君が考えてる事は、分かっている。一つだけ、辻褄が合わないからな。)  そう。あそこだけが、分からない。・・・でも何とかするしかないな。 「それにしても、大変な事が起きましたわね・・・。」  恵が悲痛な顔をする。やっぱり知り合いが重体になるのを見るのは辛いのだろう。 「手遅れにならなくて、良かったぜ。俺は、もうあんな思いは、たくさんだからな。」  レイクさんは、溜め息を吐く。レイクさんは、『絶望の島』で、ジェイルと言う 人を失っている。そのショックが、あるのだろう。 「この学校で、こんな事件が起きるなんてね。私も、認識が甘かったかしら。」  江里香先輩は、微妙な顔をする。自分の学校で、こんな殺人事件紛いの事件が起 きるなんて、思ってもみなかったのだろう。 「元気になってくれれば、良いけどね。」  俊男が江里香先輩の言葉に、反応して答える。 「・・・。魁は悪い奴じゃ無いんだよ。どうして?」  ・・・?葵さんが呟くように言う。葵さんは、魁の事を知っているんだろうか? 「葵ちゃん・・・。」  莉奈さんも、事情を知っているようだった。 「・・・私はさ。魁とは、同じ学校だったんだ。アイツはさ。馬鹿だけどさ。皆を 可笑しくさせようとして、必死だった。笑いが絶えなかったよ。」  葵さんは、悲痛な面持ちになる。前の学校からの、知り合いだったのか。 「魁君は、元気になるって。葵ちゃん。」  莉奈さんが励ます。やっぱ、嫌な気分なんだろうな。 「魁は、この焔山を下った先にある焔(ほむら)村立総合病院に運ばれている。連 絡が入ったら、見舞いに行こう。アイツなら大丈夫だ。」  俺は連絡先を教える。今は、集中治療室の筈だ。 「林間学校は、1週間後だし、それまでには、結果が出るはず。魁さんの元気な姿 を待ちましょう。私達だけでも、信じないと駄目ですわ。」  恵が皆を励ます。自分だって、沈痛な気持ちなのに、良く励ませるな。さすがだ。 「よし!俺は、ちょっと体を動かしてくる。やっぱ、いつも通りにして無いと、ア イツに、笑われちまうからな。」  俺は拳を作る。こういう時こそ、平常心が必要なのだ。 「瞬は、そうでなくちゃな。よし。皆も魁の無事を祈りながら、元気を出そうぜ!」  レイクさんは、一番辛い筈なのに、元気な顔を見せる。それを見て、皆も元気が 出る。レイクさんは、場を盛り上げるのが上手いな。 「じゃ、各自、自由行動としましょう。先生方には、私から連絡しておくわ。」  江里香先輩が、手伝いとしての立場を見せる。皆、心配しながらも、いつもの調 子を、取り戻してるようだな。 (君とレイクが、切っ掛けだ。その明るさは、長所でも短所でもある。)  一言多いっての。まぁ良いや。皆、それぞれ体を動かしに行くようだし・・・。 俺も、本格的に始めなくちゃいけない。  ・・・そう。どうしても、やらなくちゃいけない。  どうして・・・魁が襲われたのか。  そして、誰が襲ったのか・・・。  俺は・・・もう見当が付いていた。  1つの事項を除いて、1人にしか、当てはまらない。  その事項だけが謎だが、それは聞き出す事にしよう。  俺の勘が正しければ、この自由行動の時に、動き出すだろう。  ・・・間違いであってほしいが、今までの事が、1人を指し示している。  しかし、あの事項を考慮すると・・・もしかすると・・・。  それと、共犯者も居る筈だ。  俺は、静かに息を潜めながら、ソイツを待つ事にした。