NOVEL Darkness 2-6(First)

ソクトア黒の章2巻の6(前半)


 6、事件
 何かが変わった・・・。
 私の知らない所で、何かが変わった。
 端から見れば、今までと変わらない。
 でも、何か雰囲気が違う。
 それは、私だからこそ気付ける事。
 ライバルが、出し抜いたことを私は知った。
 となると・・・これは、グズグズしていられない。
 ここまで来て・・・諦める私じゃない。
 こちらに有利な材料は、いっぱいあった筈・・・。
 何が、変わったのだろうか?
 多分、根本的な事だ。
 私は、もう後戻りは出来ない。
 それに、まどろっこしいやり方は、私の好みでは無い。
 まずは、宣戦布告する。
 そして、正々堂々決着をつける。
 負けないし、負けるつもりは無い。
 大丈夫・・・今回こそは、私が勝つ。
 負けっぱなしで済む程、甘い性格じゃない。
 ここ1週間ほど、相手は、露骨に態度を変えてきた。
 なら、私も、態度を変える程の出来事を見せてやるまでよ。
 負けるはずが無い・・・負ける筈が無いんだから!!
 いや、勝ち負けだけの問題じゃない。
 この競り合いには、勝たなきゃ駄目だ。
 私の気持ちが、押し潰される・・・。
 私が駄目になる・・・これじゃ駄目だ!
 全ては、初めが肝心だ。
 あの人の性格を考えたら、ストレートに言うしかない。
 怖い・・・正直怖い。
 でも、勝負しないで負けるよりマシ!
 絶対に・・・乗り切って見せるんだから!!


 恵が告白してきてから、1週間ほど経った。一応、周りには細心の注意を払って
いつも通りの生活をしている。表面上はだ。だけど、恵は、俺が江里香先輩や、亜
理栖先輩と話す度に、青白いオーラを立ててきたり、二人の時に穏やかな笑みを浮
かべてたり、俺の悪い癖をガンガン指摘したり・・・指摘した後に、憂いを帯びた
表情をしたりするのを除けば、至って普通だ・・・。あれ?
 俺は、細心の注意を払っている。だが、恵の態度は、明らかに何かが、おかしい。
俺は、何度も二人きりの時に、注意したりしたが、拗ねるような抗議するような目
を向けられては、俺も、強く言えない。参った物だ・・・。
 まぁ、俺も、あれからと言う物、恵の事は、一人の女性としても見ている。妹と
して守りたいのと同時に、女性として意識しようと試みてるせいかもな。
 そのせいで、何故か、江里香先輩からジト目で睨まれる事が多くなった。亜理栖
先輩からは、からかわれたりしている。皆、勘が鋭いからな。気付いているのかも
知れない。俺に、安寧の時は無いのかよ・・・。
(フン。私の稽古を、サボったりするからだ。嘆かわしい。)
 アンタも、しつこいなぁ。あの時は、体がきつかったんだって。好い加減、疲れ
てたんだし、仕方ないだろう?
(言い訳するな。ま、妹君の事が分かり合えたし、君の事も分かった。事情を知れ
ば納得と言った所だ。最も・・・使用人の姉妹の事で気になる事が、あるがな。)
 睦月さんと葉月さんの事か。まぁ、それは、俺も感じてた。まずは、何故あんな
に忠誠的だったのかって事。そして恵が、あれだけ嫌っていた厳導に、何で仕えて
たのかって所だな。でも、無理に暴くのも、気が引けるんだよな。
 そんなこんなで稽古中でも、つい恵の事を考えてしまったりする。良くない事だ。
今日も、江里香先輩に2回も怒られた。亜理栖先輩からも注意を受けたし、これは
拙い。一方の恵は、これまで以上に稽古に身が入っているようで、とんでもなく絶
好調だ。俺とは、正反対だ・・・。
「デヤァアアアア!!」
「クッ!!」
 今も俊男の素早い手刀突きを躱しながら、防御の体制に入る。いつものように、
反撃が出来ない。心に余裕が無いせいだろう。
「隙あり!!」
 俊男が源を帯びさせた拳を突き入れる。まともに、鳩尾に入った。
「チィ!!」
「瞬君。これで一本だね。どうしたんだい?今日は、本当に気合入って無いよ?」
 俊男にまで、言われる始末か。そりゃ思われて当然だ。全然集中して無いのだ。
「はぁ・・・。わりぃ。ちょっと頭を冷やしてくるわ。」
 俺は、道場の脇にある水道の所で、頭から水を被る。今までの靄を消さなければ
ならない。こんな状態が続けば、腑抜けてしまう。急に態度を変えるのは、良くな
い。俺がこんなんじゃ、いずれバレてしまう。参ったぜ。
「あー・・・。どうにも上手くいかねぇ・・・。」
 とうとう、声にも出してしまう。
「今日は、ずっと上の空よねー。」
 そうそう。どうにも修練って感じが、しないんだよなー。
「・・・って、江里香先輩ですか?」
 江里香先輩の気配に、気が付かないとは・・・。重症だな。
「随分、余裕ねぇ。でも修練を真面目に続けてないと、俊男君に抜かれるわよ?」
 今回は優しかった。一昨日辺りから、怒られっぱなしだったからな。今回は、ど
う叱られるかと思ったぜ。でも江里香先輩の言う通り、既に俊男に抜かれかけてる。
「瞬君らしくないわねぇ。シャキッとしなさいな。」
 江里香先輩は、気合を入れてくれる。有難い限りだ。だが、まだ恵の顔がチラつ
いている。俺って、こんなに駄目な奴だったっけ?
「むー。・・・はぁ・・・。」
 気合を入れようと思ったが入らない。江里香先輩も、それに気が付いたのだろう。
溜め息を吐いている。仕方が無いだろうな。
「ちょっと!瞬君!こっちに来なさいな!」
 およよ?何だか強引だな。江里香先輩に引っ張られて、物置の裏まで、連れてか
れる。うう。体育館裏に連れてかれるみたいで、嫌だな。相手が江里香先輩じゃ、
逆らえないしなぁ。空手部主将だし、不甲斐無い俺を叱るつもりなんだろう・・・。
「全く・・・気合を、入れてあげるわ。」
 さすがの江里香先輩も、我慢の限界か。まぁ、俺も酷かったしなぁ。
「目を瞑りなさい。ハァー・・・。」
 江里香先輩は、握り拳に吐息をかける。ゲンコツ一発なら、何とか耐えられるか
な。これで隼突きとか来たら、倒れる所だ。俺は覚悟を決めて目を瞑る。
「・・・。」
 江里香先輩は、無言で、にじみ寄って来る。
「・・・ん・・・。」
 ん?何か唇に何か押し当てられた。ん?んんんん!!!?こ、これって!?
 江里香先輩・・・は、俺の首に手を回してくる。そして更に・・・吸うようにキ
スをする。・・・この感触・・・。恵とは、また・・・違う・・・。
 ・・・って、ええええええ!?
「・・・え、江里香先輩?」
 江里香先輩は、唇を離す。俺は呆然としていた。そんな・・・突然・・・。
「気合・・・。入ったわよね?」
 江里香先輩は、顔を背けながら、目だけこっちを向いて問い掛ける。
「いや、まぁ、気合だけじゃなく・・・色々と・・・。」
 何を言ってるんだ?俺は・・・。しかし、今の・・・。キスを、されたのか。
「江里香先輩・・・。どうして?」
 俺は、間抜けな質問をする。どうしてもクソも無い。
「私に言わせる気?酷いのね。」
 江里香先輩は、顔を真っ赤にして、そっぽを向く。
「いえ・・・。でも、唐突だったんで・・・。済みません。変な対応しちゃって。」
 そうだと分かれば、もっとちゃんと対応出来たかも知れない。いや、出来ないだ
ろうな。ファリアさんも言ってたけど、俺、奥手だからな・・・。
「敢えて言うなら・・・恵さんと、何かあったのを悟ったから・・・かな?」
 ううううう。やっぱり気付かれてた・・・。気付かれない筈が無いか。
「正直に吐きなさい?何をされたのかしら?」
 江里香先輩は、邪悪な笑みを浮かべる。あうう・・・。
「・・・江里香先輩と、同じ事をしました・・・。」
 すまん。恵。俺は、嘘付ける程、器用じゃないんだよ・・・。
「ふぅーん。やっぱりねー。」
 江里香先輩は、思った通りだと踏んでいた。鋭いなぁ。
「やっぱりねー。・・・で済ませる気ですか?先輩?」
 ・・・こ、こ、この声は・・・。
「あら?恵さん?どうしたのかしら?」
 江里香先輩は、何事も無かったかのように振舞っている。
「私のした事を、吐かせた上に、兄様とキスしたのね?」
 恵は眼が紅く光る。肌の色は、何とか抑えているようだ。それでもやばい!
「人聞きが悪いわね。先手を打ったのは、貴女でしょう?」
 江里香先輩は容赦が無い。恵が来た所で、言い逃れとかする気は無さそうだ。
「ええ。そうですとも。でも、意外でしたわ。貴女が、こんな手を打つなんてね。」
 恵は、まだ落ち着いていた。ここで前ならキレていた筈だ。その点はコントロー
ルしているようだ。
「どうやら、貴女も本気っぽかったからね。私も、宣戦布告させてもらうわ。」
 江里香先輩は、危機感を抱いていたのだろうか?俺と恵の間に、何があったのか
悟ってから、俺を誘うつもりだったのだろう。
「私ね。貴女と同じ。瞬君の事は好きよ。一目見た時から、気に入っていたわ。一
緒に修練して・・・ますます惹かれたわ。このまま、何もしないで、貴女に取られ
るくらいだったら、堂々と立ち向かう。好きになっちゃったんだからね。」
 江里香先輩・・・。まさか、こんなにストレートに伝えてくるとは・・・。俺っ
て、何処が良いんだろうなぁ?何で、こんなに2人から好かれるんだろ?
「面白い・・・面白いわ。その挑戦、受けてあげます。貴女とは、想っている年季
が違う。絶対、兄様は、私に振り向かせて見せます。」
 恵は、これ以上無いくらい燃え上がる眼をする。しかし、それは、憎しみの眼で
は無かった。これこそ、ライバルを見る時の眼だった。
(ハッハッハ。君はモテるねぇ。羨ましいよ。)
 やかましい。板挟みの身にも、なってみろってんだ。
「・・・いつかで良い。答えを出して下さい。兄様。」
「・・・私も、いつでも待ってる。答えを頂戴ね。瞬君!」
 恵も江里香先輩も待ってると言った。それに俺も答えを出せそうに無い。優柔不
断だと言われてもしょうがない。でも、ずっと想い続けてくれた恵。それに俺しか
見てなかった江里香先輩。2人共、勿体無いくらいだ。そんな2人に、今すぐ答え
を出す事なんて、出来ない。でも、いつか出さなきゃ駄目だ。
 もう先行き不安だとか思わない。いつか言う覚悟を決める。それが、俺が今、出
来る最大の努力なのだから・・・。


 レイクさん達が天神家で暮らすようになって、1ヶ月ほど経った。9月に始まっ
た1学期も、12月で終わる。ガリウロルは、南半球なので、これから、夏真っ盛
りだ。日付は12月20日。明日から、1年は林間学校だ!と言いたい所だが、俺
は、そう言ってもいられない。2週間程前から、必死に勉強会を開いた。稽古も大
事だが、勉学を疎かにするのは良くないと言う結論に至った。赤点を取ると、林間
学校内でも、追試があると言う話だ。そんな寂しい林間学校は嫌だ。ここは是が非
でも、赤点は回避して、思う存分、楽しまないといけない。
 当たり前と言えば当たり前だが、こういう時に限って、ゼーダは試験中に寝ると
言い出して、何にも反応が返ってこなかった。まぁ、ズルするのは正しい事に反し
てるので、構わないのだが、何だか、損した気分なのは気のせいだろうか?
(君が、寝てろと言ったのであろう?私のせいにするな。)
 手伝ってもらっちゃ意味が無いからな。それは分かっているんだけどな。凄いプ
レッシャーなんだよ。俺、学校の点数は、そんな良い方でも無かったからさ。爽天
学園って、結構偏差値高いって話じゃないか。俺なりには、出来たつもりでも、駄
目駄目だって時があるだろ?それが、怖くてなぁ。
(普段の勉学の試験だろう?頭に入れてなかった、君が悪いだけだ。)
 それを言われるときついなぁ。まぁ、俺としては、受け取るしかない訳で。
 で、テストは返ってきたんだ。・・・ウゴ!!結構、細かいミスしてる・・・。
点数は・・・無難に60点台が、ほとんどか・・・。
(君は、やっとこさ稽古に身が入ってきて、それなりの強さを身に付けてきたな。
と感心していたのに、頭の方は、本当にそこそこなんだな。嘆かわしい限りだ。)
 長々と嫌味な事を言うんじゃねーよ。そこそこで悪かったな。問題は・・・赤点
にならなきゃ良いんだが・・・。1教科でも、引っ掛かりたくねぇからな。
「瞬君。テストは、どうだったよ?」
 俊男が、深い溜め息を吐きながら、こちらに来る。テストを返される時の溜め息
は、付き物だ。くそう。ワクワクしてる奴の、顔が見たいぜ!!
「テストって、色んな問題が出るんだなー。ワクワクしたぜ!」
 レイクさん!?いや、レイクさんは、どう見ても出来そうに無いんだが・・・。
「レイクさん、テストは良かったのか!?」
 俺は思わず聞いてみる。ちなみに俺と俊男とレイクさんは、クラスも一緒なので、
一緒に居る事が多い。親友に近い物がある。と言うより、俊男とは親友だと思って
いる。しかしレイクさんは、良かったってのか!?
「え?ははは!50点以上なのが、4つもあっただけマシだよ。」
 そ、そんな嬉しそうに言われても困る・・・。科目は、7つあったから、3つは
赤点の可能性が、高いじゃないか・・・。
「僕は、70点以下の物が2つあるからね。正直危ないよ。」
 ぬ、ぬあにぃ!?俊男の奴、俺より、良いじゃねぇか!!
「瞬君は・・・あー・・・。ご愁傷様。」
「ぐぅぅぅ。屈辱的だ!!だが、赤点を、すり抜けられれば、由とする!!」
 俊男には騙されたが、問題は、どの教科が何点まで大丈夫か、それに掛かってい
る。俺は、何気に60点以下のテストは、一つも無い。
「では、赤点のラインを言うぞー。」
 先生が赤点の基準点を発表する。どれも50点以下が多い。助かった・・・。レ
イクさんは、苦笑いをしている所を見ると、2つ程、引っ掛かったようだ。ん?ソ
クトア史のテストは、ラインが62点!?一つだけ、飛び抜けて高いぞ!
「あ。俺、大丈夫だ。」
 そうだった。ソクトア史。要するにソクトア全体の歴史のテストは、ゼーダと付
き合ってるのもあって、更には、レイクさんやゼハーンさん達と会ってる事で、大
半が、知ってる出来事ばっかりだったので、珍しく88点の高得点をマークしたん
だった。このテストは、レイクさんも75点ほど取っている。俊男は、俺に負けて、
82点だったらしい。
「僕も、赤点は無し!やったね。瞬君!」
「ああ。これも、スパルタ勉強会のおかげだ・・・。」
 思い出したくも無い。3週間前の小テストの結果を見て、爽天学園に通ってるメ
ンバーは、稽古の後に、2時間程、勉強会を開く事に決定した。それを、2週間ミ
ッチリやらされただけある。勉強会と言うけどな。恵とファリアさん、それに、江
里香先輩は、ほとんど完璧なんだよ。何気に、仕事が早く終わった時は、エイディ
さんも手伝ってくれた。あの人、頭良かったんだなぁ。教え方も抜群に上手かった。
「あのおかげで、俺も、思ったより取れたしな。」
 レイクさんも、これで進歩した方だ。小テストの結果は、20点程だった。これ
にファリアさんが、鬼のような顔をして、キレたらしく、本当にどうなるかと思う
くらい勉強をした。あんなに勉強をしたのは、生まれて初めてだった。
 その一方で、恵と江里香先輩とファリアさんは、良い刺激になったとかで、テス
トは、調子良かったとか言ってたもんな。鬼だ。あの人達。ちなみに亜理栖先輩は、
キッチリ努力でこなすタイプなので、普段通りに勉強したとの事だ。あの人も普通
に、学年で20位以内に入ったりしてるんだよな。今回は、勉強会をしたという事
で、一桁を狙うと言っていた。俺達とは、レベルが違う・・・。
「と言う事で、赤点に引っ掛かった者は、林間学校中の、夕飯前の1時間前に集ま
るように。追試を受けてもらう。良いな?」
 先生は、容赦が無い。まぁ、容赦が無くて、当たり前なんだが。
 あー・・・。ほっとしたぜ・・・。俺は、あの恵の兄貴だ。まぁ本当の兄貴じゃ
ないけどね。比べられるから、赤点だけは避けたかった。
 廊下に、成績優秀者の発表があった。どれどれ。というか、1年と3年は、見な
くても分かるから嫌だ。
「あー。思った通りだ。完璧だな。この2人。」
 3年の1位は、爽天学園の生徒会長こと早乙女会長だった。7教科で700点っ
て鬼だ・・・。1年の1位もぶっちぎりで恵だった。何でも、自分でも分かるミス
をしたと言っていたので、その教科だけ97点だった。697点。我が妹ながら、
恐ろしい実力だ。この2人は、2位以下を30点以上離している。化け物だ・・・。
 2年の1位は・・・。うお!マジか!?紅先輩だ!!あの人、頭も良いのか。完
璧じゃねぇか。文武両道・・・って奴か。って2位は江里香先輩だ!!すげぇー!
江里香先輩も隙が無いなぁ・・・。ちなみに1年の3位にファリアさんが居た。キ
ッチリ全教科を90点以上取っているらしい。何?この差?
 亜理栖先輩もキッチリ9位だ!一桁に入ってる!!3年は、他に15位にヒート
先輩の名前があるな。うむー・・・。
「うわっはっはっは!瞬!点数が気になるか!?」
「あ。伊能先輩。いやぁ・・・我が妹ながら、恐ろしい感じですよ。」
 俺は、恵の出来の良さに感心してしまう。発作と闘って、稽古も俺達と同じ位し
て、尚且つ、当主としての務めを果たしてあの点数だ。半魔族と知っていても、恐
ろしい限りだ。
「さすがよのぉー。わしも、今回は良かったぞー!赤点が5つから3つに減ったぞ!」
 ・・・さすが伊能先輩。想像通りだ。
「伊能さん!仲間だな!」
 レイクさんも、伊能さんに赤点2つの報告をする。
「がっはっは!追試がナンボのもんじゃい!それだけ勉強が増えるんじゃ!良い事
だらけよ。のぉ?気が合うのぉ!」
 言う事も、一味も二味も違う。レイクさんも豪快に笑ってるんだから、恐ろしい。
「そぉ?赤点2つだったの?ふぅーん?」
 こ、この声は・・・。
「おー!ファリア!2つで済んだなんて、良かったと思わない?」
 レイクさんたら、恐ろしい事を・・・。
「あー・・・。もう!何処から突っ込めば良いのか気が失せるわ。2つなら追試も
初日で終わるし、今回は、特例で許してあげるわ。次回は無いわよ?」
 ファリアさんは、青白い炎を目に宿していた。あれは本気だ。恐ろしい・・・。
「あ・・・ははははは!次は、0を目指すぜ!!」
 最初から、目指して下さい・・・。俺達の心臓にも悪いです。
「やっほー。瞬君に俊男君。赤点じゃなかったのねー。心配したわよ?」
 江里香先輩だ。終わった解放感もあっての事か、笑顔が眩しかった。
「エリ姉さんこそ、2位なんて凄いじゃん!」
「全くですよ。俺達には届かないような点数です。」
 本当に届く筈が無い。江里香先輩も、見えない所で、かなり勉強してる事だろう。
努力を見せない所が、先輩の凄い所だ。
「あれ?しゅ、瞬君!1年の5位の所を、見るんだ!」
 俊男が驚いている。滅多に、こんな声出さないのに珍しいな。
「・・・へ?」
 俺も、呆気にとられた声を出した。そこには『外本 勇樹』と書いてあった。勇
樹って、あの喧嘩を吹っかけてきた勇樹だよな?しかもアイツ、1年だったのか。
「アイツ・・・グループの番を張ってたのに、頭が良かったのか・・・。」
 意外過ぎる。しかも、5位って、並の成績じゃないぞ。
「ボス!!さすがであります!!」
 お。あのグループは、正しく勇樹のグループだ。勇樹は・・・な、何ぃ!?女子
の制服着てるぞ!!?この前は長ラン着てたってのに。しかも、何気に似合ってる。
「そのボスっての、辞めろって。何回も言わせるなよ。」
 勇樹は照れていた。どうやら俺達と闘った一件以来、不良グループは、解散した
ようだ。それでも慕ってくる辺り、人気は、あったのだろう。
「そうでした!勇樹さん!5位、おめでとう御座います!」
『おめでとう御座います!』
 何処の応援団だ・・・。あれは。
「ま、もうちょっと上を狙いたかったけど、仕方無いな。」
 勇樹は、本当に上の方を狙いたかったのだろう。余り嬉しそうな顔じゃなかった。
「お?そこに居るのは、瞬に俊男か。」
 勇樹が、こちらに気が付いた様だ。こう見ると、顔立ちも整ってるし、人気が出
るのも分かる気がする。俊男も、少し照れていた。ギャップが激しいよな。
「まさか、女装しているとは、思わなかったぞ!」
「お前、蹴るよ?」
 俺は、ちょっとした冗談を言ったら、真顔で返された。相変わらず強気だ。
「じょ、冗談だよ。で、5位だなんて、凄いじゃないかよ。」
 俺は、サラッと受け流す。余り挑発しても、仕方が無い。
「5位以内は、奨学金が出るからな。親父は、男手一人で俺を育ててくれたし、少
しでも、恩返ししなきゃいけないんだよ。」
 勇樹は親父さんには、かなり甘い。勇樹に対しては厳しい父、羅刹拳を教えてく
れない父、そして格闘大会の賞金で生活している父。余り良い父とは言えない。
「親父さんは、やっぱ大事か?」
「当たり前の事を聞くなよ。あれでも昔は、結構優勝してたんだよ。俺にとって、
目指す者は、父親だったさ。まぁ、今は、飲んだくれてるけどな。」
 勇樹は、悲しい顔をする。勇樹の父である外本 稔は、あの大会後、俺達に負け
たショックで、何もしていないらしい。
「勇樹さんはな。バイトを2件も増やして、この学園に通ってるんだ!」
 取り巻きが教えてくれる。勇樹も、苦労してるんだな。
「余計な事を言うなって。ま、これで奨学金が貰えるから、少しは楽になるさ。」
「少しは、マシな顔になったわね。」
 後ろから江里香先輩が声を掛けてくる。勇樹は、江里香先輩を見て頭を下げる。
「先輩の説教のおかげですよ。親父と一緒に、駄目になる所だったからね。」
 勇樹は、素直に頭を下げていた。怒っているような様子は無い。
「何のバイトしてるの?」
 江里香先輩は、相談に乗る先輩になる。こう言う時は頼もしいよな。
「学校終わってからは、夕食の時間までトレーニングを兼ねて、配達の仕事だな。
そこから夕食を作ったら、和食の店での手伝い。で、朝方になったら、牛乳配達。
配達の2個は、先輩達に諭されてから、始めたんだ。」
 勇樹は、スケジュールを教えてくれる。って言うか、学校と食事以外は、ほとん
どバイトじゃ無いか。良く体が持つな。
「あら?友達かしら?」
 ファリアさんが、レイクさんに説教を終えたらしく、こちらに興味を持つ。
「は、ははは!楽しそうだな。オイ。」
 レイクさんは、引きつった顔を浮かべながら、こっちに来た。絞られてたな。
「ん?アンタら、誰です?」
 勇樹は、ファリアさんとレイクさんを見る。それで納得行ったらしい。
「ああー。瞬の所で世話になってる留学生って、アンタらの事か。俺は、1年の外
本 勇樹。羅刹拳の使い手だ。覚えてくんな。」
 勇樹は指先を見せる。確かに、前より鋭くなっている。修練は、ちゃんと積んで
いるみたいだ。親父さんが、あんなだから独学でだろう。
「ああー。恵さんから聞いたわ。瞬君に喧嘩を挑んだって言うの、貴女ね。」
 ファリアさんは、言い難い事を、ズバッと言う。さすがだ。
「負けて、目が覚めたって所さ。」
 勇樹は、負けてから自分を取り戻したようだ。今の方が、あの時より目が澄んで
いる。あの時は、悔しがるだけだったが、今は、生き生きしている。
「へぇ。瞬と闘おうとするなんて凄いな。容赦を知らないからなぁ。瞬は。」
 レイクさんも、言い難い事を、ズバズバ言う。どうせ加減を知らない男ですよー
だ。しかし、何で、そこで皆、頷くかなー。
「あら。これは皆さん、お集まりで。随分を賑やかです事。」
 恵だ。点数は、今更見るまでも無いと言った感じだった。恐ろしい妹だ。
「お。アンタは、天神 恵。アンタにも礼を言っとく。」
 勇樹は頭を下げる。それを見て、恵は、思い出そうとしていた。
「勇樹さんね。なる程。私のアドバイスが、効いたって事ね。」
 恵は、どうやらアドバイスを与えてたらしい。
「アンタの言う通り、5位に入った。バイトの許可の時も助かったし、恩に着る。」
 どうやら、バイトの許可を受ける時と、今度の奨学金の話の時に、生徒会で恵が
口添えをしたらしい。早乙女幕府に口出し出来るのは、限られてるからな。
「口添えはしたけど、努力したのは、貴女の力よ。誇りに思いなさい。」
 恵は驕る事は無い。それにしても、暗躍してるんだな。さすが生徒会だ。
「カッコ付け過ぎだよ。恵。」
 勇樹は、照れ隠しに憎まれ口を叩く。なんだかんだ言って認め合ってるんだな。
「これが私のスタイルよ。ご心配無く。・・・ところで兄様は、テストは、どうだ
ったのかしら?あれだけ勉強したし、まさか赤点なんて事は、ありませんよねぇ?」
 恵は、早速、俺の点数を気にしだす。自分より、俺の点数の方が気になるんだろ
うな。赤点が無くて、良かったぜ・・・。俺は、テストの答案を見せる。
「・・・細かいミスが多過ぎます。あーあーあ。勿体無いですわ。地理のテストな
んて、エイディさんが見たら、悲しみますわよ?」
 うう。さすが恵。容赦ねーよ。誰にも増して、グサグサ刺さるぜ。
「次は、もっと善処するよ・・・。」
「そうですね。兄様は、有言実行の御方だから、信じてますよ。」
 恵は目を輝かせて言う。あれは、絶対わざとだ。
「はっはっは!アンタらは、見てて飽きないねぇ。林間学校も楽しみだよ!」
 勇樹は、楽しそうに笑う。俺達って、馬鹿やってるよなぁ。まぁ、それが良いん
だけどさ。それにしても、勇樹も1年だから、林間学校に行くのか。
「勇樹さん!俺と一緒に、行きましょう!」
 取り巻き共は、早速、勇樹とつるむ気満々だ。
「お前!抜け駆けするなよ!勇樹さんは、俺と一緒に!」
「何を言ってるんだ!勇樹さんを困らせるな!お前ら!」
 うわ・・・。人気あるなぁ。勇樹って、意外とモテるんだなぁ。まぁ友達として
付き合うなら、話し易い奴だし、人気も出るよな。
「こーら!こんな所で、喧嘩すんなって。仲間だったら、全員で行こうぜ?」
 勇樹は、頭を抱えながら提案する。
「さ、さすが勇樹さんだ!」
「じゃぁ、一緒の部屋になるのは・・・。」
 あ、また余計な事を言う奴発見。取り巻き達は、まだ睨みあっている。
「盛り上がってる所、申し訳ありませんが、当然、男女別々ですわよ?」
 恵は、釘を刺しておく。まぁそうだよな。
「お前ら・・・俺は一応、女なんだぞ?」
 勇樹は溜め息を吐く。
「勇樹さんが、女性らしいのは良く知ってますよ!!」
 取り巻き達は力説する。へぇ。あの口調からは、そう見えないけどな。
「勇樹さんは!親父さんのために猛勉強する、父親思いだって事も!」
「そうそう!夕食の用意だって、必ずしてるし!」
「和食屋のバイトで、腕に磨きが掛かったのだって、知ってます!」
 ・・・本当に良く知ってるな。コイツら・・・。ストーカーじゃないよな。
「お・ま・え・らーーー!!何を、暴露してるんだ!!!」
 勇樹は、拳をワナワナと震わせている。余り見せた事の無い一面を知られるのは、
嫌なのだろう。何となく分かるけど・・・。
「勇樹って家庭的なんだなー。良い嫁さんに、なれるんだろうなぁー。」
 料理も上手で、頑張り屋で、そのための努力を惜しまない。凄い理想的だ。
「そ、そうか?でもさ。俺、無愛想だしさ。」
 勇樹が照れている。こんな顔もするのか。
「ちょっと。瞬君?話があるの。体育館裏まで、来てくれる?」
「江里香先輩もですか?奇遇ですねぇ。私も兄様に、用事が出来た所なんですよ。」
 江里香先輩と恵は、コメカミに青筋立てながら、こちらを見ている。お、俺、何
か言いましたでしょうか!?
(君は、女心を早く理解したまえ。無駄に怪我を増やすな。本当にやれやれだ。)
 アンタ、止めなかった癖に、そんな事を言うなよなあああ!!
 俺は、半ば強引に引きずられながら、体育館裏まで連れてかれる。去り際に、俊
男から同情されるような目で見られた。アイツも、止める気ねーよな。
「結論から言いますと・・・兄様は、流され過ぎ。」
「そうね。そんでもって鈍過ぎ。」
 恵と江里香先輩は、開口一番に注意をする。さっきの嫁さん発言か?
「話の流れで、言っただけだろー?」
 勇樹の家庭的な一面を、見ただけじゃないか・・・。
『考えて、発言なさい!』
 うう・・・。ハモりやがった・・・。
「はい・・・。にしても、先輩と恵って、仲良かったっけ?」
 つい疑問を口にする。さっきから、息がピッタリだ。
「私は、これ以上、ライバルを増やしたく無いだけ。・・・せっかく瞬君と、テス
ト以外の話が、出来ると思ったのにさ・・・。んもう・・・。」
 江里香先輩は、終了の日を楽しみにしてたのか・・・。そりゃ悪い事したな。
「私もです。林間学校の話で、兄様と計画を建てようと思ったのに・・・。」
 恵は、なんだかんだ言って、林間学校は凄く楽しみにしているらしい。俺もテス
トの結果で、赤点が無かったから、楽しみではある。
「江里香先輩は2年ですから、一緒に行けなくて、残念でしたわね。」
 あー。そうか。学年違うしな。
「それならご心配無く。生徒会の募集で、林間学校の手伝いやる事になったから。」
 ・・・え?じゃぁ江里香先輩も、付いて来るって事か?
「貴女・・・空手部主将の癖に、あんな募集に食いついたっての!?」
 恵はビックリしている。そりゃあそうだ。空手部主将ともあろう人が、生徒会の
手伝いの募集に応募したんだから、普通じゃない。
「瞬君と4泊5日も離れるなんて、嫌ですからね。爺様に頼んで、入れてもらった
のよ。誰かさんのおかげで、副会長の代わりが出来るんだから、感謝しなきゃね。」
 ぬ、抜け目が無いなぁ。そこまでして、俺と居たいと言ってくれるのは嬉しいけ
ど、やり方は、強引極まりない。
「大人気ない・・・。良いでしょう。早乙女会長だけじゃフォローも難しいでしょ
うからね。その代わり、貴女は、フォローに徹するのよ?」
 恵は渋々認める。いや、決まっている事なのだから、認めざるを得ないのだが、
呆れながらも自分が不在の時の意味を知るのだった。
 林間学校、明日からだよな・・・。どうなっちまうんだろうか?
 正直、期待と不安でいっぱいだった。


 翌朝、12月21日。快晴。これから、夏になるガリウロルにとって、幸先の良
い朝だ。空が晴れると、心も晴れる。陰鬱な気分で行かないためにも、この晴れは、
歓迎すべき事項だった。今日のための用意も完璧だ。山は、急に天候が変わると言
うので、雨具も持った。そして忘れちゃいけないのが胴着だ。やっぱ自由時間だけ
でも、これを着ないと、落ち着かない。着替えも持った。洗面用具も持った。タオ
ルなども持ったし、携帯用のポットも持った。
 そんな俺に対し、恵の荷物は、何故か2つあった。何でも旅館に送る用のバッグ
の中には、着替えが、ぎっしり詰まっているらしい。何をしに行くつもりだ、アイ
ツは。ファリアさんは慣れた物で、簡易的な調理器具や、十得ナイフなども忍ばせ
ていた。爽天学園の林間学校は、ただの旅行じゃない。1日は、サバイバルがある
と聞いての事だろう。確か、先生も、1班に1人は、調理係を決めるように言って
たな。ファリアさんは、恵と同じ組らしく、当然恵の班の食事係を、務める事にな
ったらしい。何でもファリアさんの調理実習は、かなり本格的だったらしく、恵も
認めている程の腕だったと言う。いつも睦月さんや葉月さんが、出来過ぎてるだけ
で、ファリアさんも、凄いのかも知れない。
 一方、俺は、レイクさんや俊男と同じ組だが、調理は、誰も出来ない。最も、そ
れを見越してか、その日のサバイバルは、他の組と、一緒に楽しくやりなさいとの
事なので、真っ先に、恵達の組と合流しようと思っている。他のクラスとも、合同
なので、それもアリだ。その辺の打ち合わせも、昨日しておいた。当然の事ながら、
男子と女子では、班が同じと言う事には、ならないようになっている。まぁ当然だ
ろう。なので、サバイバルは、手を合わせるようにと言うのは、女子と手を合わせ
て、作るように指示されているのと同じだ。
 ちなみに4人一組との事だったので、俺達は、レイクさんの隣の席の桜川(さく
らがわ) 魁(かい)を入れた。彼は、レイクさんが転校当時から、仲良くなって、
今じゃ結構、普通に話をする仲らしい。自然な流れで俺達の班に入った。まぁ俺も、
良く話をするし、魁は理屈っぽいけど、話をしてて面白い奴だ。問題無いだろう。
 一方、恵の方は、難航したらしい。後の2人と言うのが、争奪戦だったのだとか。
ほぼ女子の全員が、恵と組みたがり、結局、ジャンケンで勝ち残った2人に決まっ
たと言うのだから何とも凄い話だ。確か名前は、桐原(きりはら) 莉奈(りな)
と斉藤(さいとう) 葵(あおい)の2人だ。この2人とは、朝の登校中にも、結
構話をしてたようだし、ファリアさんは、誰とでも、すぐに仲良くなっているとの
事なので、心配無いそうだ。それを聞いて、安心した。
 現在は、バスで旅館に向かう途中だ。レイクさんなんかは、初めてなので、しき
りに感心している。ガリウロルの自然を楽しんでいるようだった。今回、向かうの
は、ガリウロルでも、自然の多く残っている場所で、テンマとサキョウの境の所だ
と言う。爺さんの家も、この近くだ。懐かしいな。
「すげぇなぁ。ガリウロルの自然ってのは、テレビで見てたけどさ。実際に見ると
違うなぁ。こう言う広大な風景は、中々お目に掛かれる物じゃないよ。」
 レイクさんは『絶望の島』に長く居たから、当たり前なのだろうが、感動してい
た。一応体面上は、ストリウスに居た事になっている。
「この辺はガリウロルでも、有名な風景の一つなんだよ。ガリウロルお手軽百景の
中でも、ベスト10に入る程の絶景だよ。」
 魁が説明する。魁は、こう言う説明する時は、生き生きしている。
「パーズの自然も凄かったけどね。こう言う緑と崖の融合してる風景ってのは、中
々無かったな。滝なんかも、ガリウロルで初めて見たよ。」
 俊男は、パーズに居た時の経験を語る。どっちも自然豊かな国だが、趣が違うの
だろう。ガリウロルの方が、見るための景色としては上のようだ。パーズの場合、
肌に感じるような自然があると、俊男から聞いた事がある。
「俺の爺さんの家も、この辺だったけどさ。この辺は、特に山が多い所だぜ?空気
は、抜群に綺麗だって事は、保証する。」
 そう。この辺は、特に空気が澄んでいる所だ。開発が進んだ、アズマやサキョウ
と比べると、雲泥の差だ。それに高地特有の空気を、味わう事も出来る。
「瞬なんかは、この辺の山の頂上とか、行った事あるんじゃない?テンマとサキョ
ウの境にある焔山(ほむらやま)は、ガリウロル3位の高さらしいしな。」
 魁は、良く知っている。確かに、この辺の山は、ガリウロルの中でも高山の地域
で、焔山は、大陸移動のズレによって生じた、ガリウロル3番目の高さを誇る山だ。
「確かに良く登ってたな。でも、さすがに焔山の頂上は、まだ行ってないぞ。」
 爺さんと稽古と称して、良く登らされた物だが、焔山の頂上までは行ってない。
「へぇ。瞬君なら、ガリウロルの山は、全部制覇したと思ったけどね。」
 俊男は好き勝手な事を言う。山を登るのは嫌いじゃないけどな。
「山か。林間学校では、頂上まで行くんだろ?楽しみだなぁ。」
 レイクさんは、初めての体験に想いを馳せている。レイクさんは、色んな体験を
しなきゃ駄目だ。今まで、ずっと絶望の島に居たんだ。こう言う学生生活を、満喫
させなきゃ駄目だと思っている。
「山の頂上からの景色は、最高だよ?見なきゃ損ですよ。」
 俺はレイクさんに見るべきところを教える。やっぱ頂上からの眺めは、見た人じ
ゃなきゃ、分からない。
「そりゃ楽しみだ。やっぱ、生で見なきゃなぁ。」
 レイクさんは、本当に楽しそうだ。この人には、心底楽しんでもらいたいね。
「でも、レイクさんは、補習も頑張らなきゃ駄目ですよ?」
 魁は、ちゃんとチェックしていたらしい。
「それを言われると、辛い所だ。まぁ、早く楽しみたいし、頑張るよ。」
 レイクさんは、頭を抱えたが、こればっかりは、しょうがない。
「ところで・・・。」
 魁は、小声で話し始める。
「ウチの班は、例の女子組と組めるって、本当なのかい?」
 魁も気になっているようだ。まぁ恵達の班の事だろう。あの組は、豪華だからな。
誰しもが、組みたいと思っているらしいが、悪いが、打ち合わせしてある。あっち
も、ウチの班と組む事になっている。
「ま、期待してろって。伊達に、兄妹やってないぜ?」
 俺も小声で話してやる。すると、魁は、感動に打ち震えていた。
「あの組は、ミス・フロイラインだけじゃない。ミス・ブロンドも入っている。で
も、まぁ、あの2人は、俺以外の3人目当てなんだろうなぁ・・・。でも、めげな
いぞ!他の2人も、何気にレベル高いしな!」
 魁は、1人で盛り上がっている。中々楽しい奴。
「全く話せない訳じゃないからさ。妹と、仲良くしてやってよ。」
 俺は、フォローを入れておく。何だか、幻想を砕くようで悪いけどな。
「当たり前よ。やっぱフロイラインと話すってのは、男子の夢だぜ?合同サバイバ
ルが、待ち遠しいぜぇ。」
 めげない奴だ。こう言う奴が、1人居ると、退屈せずに済む。
「それだけじゃないぞ?ああ見えて、ファリアの料理は、かなりの腕だ。そっちも
期待出来るぞ。俺が、保証するよ。」
 レイクさんは、魁に教えてやる。魁は、またしても顔を綻ばせる。嬉しそうだな
ぁ。ただ、迂闊な事を、言わない方が良い。他の男子の眼は、結構厳しい。魁が盛
り上がってるのを見て、察している者も、居るようだ。
「魁は、サバイバルの調理器具の仕出しをやってもらうから、ヨロシクな。」
 俺は、役割を言っておく。
「俺が?他に役は無いの?」
 露骨に、嫌な顔をする。でも、一番、楽な仕事なんだがな。
「なら、材料を捕まえるのと、薪を割るのと、調理用の石段組むの、どれが良い?」
 順に俺、レイクさん、俊男の役割だ。調理器具の仕出しは、一番楽なのだ。
「うぃっす。喜んで、仕出しを、やらせて戴きます。」
 全く調子の良い奴だ。ま、それが、コイツの良い所でも、あるんだけどな。
「そういや瞬は、材料捕まえるのなんか、出来るのか?」
「ああ。魁は、知らないんだっけ?俺は、良く修行と言われながら、やってたぜ。」
 そう。爺さんに毎日のように、食材を取らされる日々だった。ハッキリ言って、
きつい事この上ない。取れなかった日は、おかず無しだったし、必死だったな。
「それじゃぁ、材料の方も、バッチリって訳か。頼もしいな。ウチの班は。」
 魁は、ラッキーとばかりに喜んでいる。まぁ当然と言えば、当然かな。レイクさ
んは、斬る練習にもなると、うちの薪割りをやってるくらいだし、俊男は、力仕事
なら、そこらの男には負けないし、良く考えたら、ウチの班程、人材が揃ってる所
も無いだろう。合流する女子は、料理の上手いファリアさんに、何でも器用にこな
す恵が居る。
「それにしても瞬って、材料取りまで、やらされてたんだ。例の1000年の歴史って
のも、大変なんだな。」
 魁に言われてもな。まぁでも、1000年の歴史ってのは、今考えても長い事だよな。
「先人の教えの賜物って奴だ。自然の中から、学ぶ事も多いんだぜ?」
 ガリウロルの大自然は、厳しさの中に恵みが隠されている。それに触れた時の嬉
しさは、格別な物だ。それは、触れてみなければ、分からない事だ。
「自然から学ぶか。それは、パーズ拳法でも、良く言われる教えだよ。」
 俊男も、相当自然の濃い所で、修行したのだろう。やっぱり自然の良さが、分か
っているみたいだ。大自然の雄大さを知ると共に、自然が有限であると言う事実も、
そこから見出せる。だからこそ、自然を大事にするのだ。
「自然を知る。そして自分を知る事で、全てを知る。ってな。」
 爺さんから学んだ事の一つだ。人間こそ自然の一部であり、その存在を感じる事
で、ソクトアの仕組みを知ると言う物だ。
(中々、深い事をやっているでは無いか。ソクトアの豊かな自然を感じると言う事
は即ち、摂理を知る事に繋がる。自然を大事にするのは、ソクトアにとっても人間
にとっても有益になる。便利さだけを求める、今の傾向を良く考えてみると良い。)
 アンタの言う通りだ。特にセントは、ソクトアを支配したと思いこんでる節があ
る。人間は、自然を上回っては駄目だと、俺は思う。
(うむ。特に魔法を使う者は、そう感じるであろうな。魔力の源は、自然にある。
自然豊かな所は、魔力が溜まり易いとも言う。)
 なる程な。ファリアさんなんかは、特に自然を大事にしてそうだもんな。魔法を
使うってのは、自然を借りるのと同義だからな。
「瞬って、時々深い事言うよなぁ。やっぱ1000年の歴史って奴なんだな。」
「時々は余計だよ。ま、爺さんの受け売りだけどな。」
 天神流を学ぶに当たって、色々教わったしな。その中で大切な事は、たくさんあ
った。それを忘れては、いけない。何せ今は、継承者なんだからな。
「何だか、凄い綺麗な所に出たぜ?」
 レイクさんが指を差す。確かに凄い景色だ。花畑だけじゃない。自然が、あるが
ままの雑草の中に、花が生えている。そこに依存しているかのように、動物達が暮
らしている。都会では、見られない光景だ。
「ここは、ガリウロルでも指折りの高原の一つ、セツナ高原だな。」
 魁は本当に良く知っているな。噂には聞いていたけど、ここがセツナ高原か。こ
の辺は、人間が入らないように、管理されているので、行った事がなかったな。そ
れに、この高原の景色が見れるのは、道路からだけだしな。
「そろそろ着くみたいだよ。」
 俊男が、窓の景色を見ながら、教えてくれた。確かに旅館は、もうすぐだ。
「いやぁ、あの景色と言い、山での生活が、楽しみだな。」
「何だか、元気が湧いてくる。不思議な物だな。」
 俺もレイクさんも、気分は、浮いている。山での生活は、爺さんとの生活を、思
い出すなぁ。
「よーし!じゃあ、そろそろ着くから、出る準備をしなさい!」
 ウチの担任の影山(かげやま) 隆道(りゅうどう)だ。影山は、仕事を適当に
こなすだけなので、余り慕われて無い。生徒からは『カゲ』先生と呼ばれている。
「よし。これから、4泊5日を楽しむとするか!」
 俺は気合を入れる。やっぱ来たからには、楽しまなきゃ損だ。
 そしてバスから降りた。この空気・・・やっぱ、テンマの辺りは、ソクトア全体
から見ても、空気が澄んでいる所だ。吸うだけで、元気が漲るようだ。
 隣を見ると、俊男や魁にレイクさんも、伸びをして空気を吸っている。やっぱ、
この澄んだ空気は、格別なのだろう。
「あら。兄様。着きましたのね?」
「お。恵のクラスの方が、早かったようだな。」
 いつの間にか恵が居た。どうやら恵の組は、先に着いて、荷物を置いてきたらし
い。そう言えば、恵の荷物は一つは旅館に郵送で、一つは手荷物だったようだが、
相当な大きさだったはずだ。
「そういや、あのでかいバッグは、旅館の中に運んだのか?」
「ええ。ご心配なく。何故か私のクラスからも、大丈夫か聞かれましたけどね。」
 そりゃ、あれだけ大きくて重いバッグを、恵が運ぼうとしたら誰だって心配する。
「さっきまで、どよめいてたわよ?」
 ファリアさんが溜め息を吐く。ファリアさんも、結構大きめだったのに良く言う。
「大袈裟ですね。大体私は、日頃から鍛錬しているんです。あれくらいの重さで、
音を上げるようでは、葉月に呆れられますわ。」
 実に頼もしい妹だ。恵は、何をやらせても完璧だな。
「まぁ私は、日頃見てるから、驚かないけどね。」
 ファリアさんは、そう言うが、このどよめきから察すると、ファリアさんの方こ
そ、驚かれていたようだ。我が女性陣は、パワフルな事だ。
「恵様!ファリアさん!先生が、呼んでますわー!」
 女生徒の声がした。ウェーブの掛かった髪が特徴の子だ。確か斉藤 葵さんだ。
「分かりました。今行きますわ。葵。」
 恵は、優雅に答えると、集合場所の場所に向かっていく。
「では、また後程。」
 恵は、こっちに挨拶すると、集合場所の場所に向かう。
「私も行くわ。レイクの事、ヨロシクね。」
 ファリアさんは、ウィンクすると、集合場所の場所に向かう。改めて見なくても
ファリアさんは美人だよな。レイクさんも、俺には勿体無いなんて言ってる位だし。
「恵とファリアとの挨拶は、済んだか?」
 レイクさんが、こちらに来た。どうやら気が付いていたようだ。
「ええ。先に着いて、あの荷物を運んでみせて驚かれたようです。」
 俺は、ありのままに説明する。
「相変わらず、派手な事が好きだな。」
 レイクさんは、あの2人らしいと笑っていた。
 それから、すぐに荷物を運んだ。部屋は、見晴らしの良い所で、これからの林間
学校の楽しみが、また増えた感じだ。俺や俊男、レイクさんも、荷物は簡単な物で
済ませていたので、すぐに運び終えた。なのに魁は、何故か、凄く大きいリュック
サックを持ってきていたので、途中で、俺が手伝った程だ。
「俺のバイブルが入っているからな。重くて、当然って奴さ。」
 魁は誇らしげに、こんな事を言っていたが、碌な物が入っていないに違いない。
 それから少しして、先生の集合の合図があった。俺達は、すぐに集まると、どう
やら、林間学校の生徒からの、手伝いを募集していたらしく、その俺達の、サポー
トをする生徒の紹介のようだ。
「よし。集まったな。んじゃ、紹介始めなさい。」
 カゲ先生は、たるそうに、首をコキコキ鳴らしながら合図をする。
 すると、3人程、出てきた。・・・ってマジか・・・。
「ガッハッハ!この俺がサポートするには、大船に乗った気持ちで居なさい!ワシ
の名を知らん奴は居ないと思うが、紹介するぞぉ?ワシこそは、千の技を持つ男!
サウザンド伊能ジュニア!伊能 巌慈じゃあ!!」
 伊能先輩だ・・・。あの人、プロレス部は、どうしたんだよ・・・。ウチの主将
と言い、何で居るんだか・・・。しかも、変な方向に盛り上がってるし。
「私も、紹介しておこう。3年の榊 亜理栖だ。やるからには尽力しよう。」
 亜理栖先輩まで居たとは・・・。運動部は、主将がほとんど抜けてるって事か。
大丈夫なのか?確かに部の合宿などと、ぶつかる時期じゃないけどさ・・・。
「そして、僕は生徒会長の任に就いている、早乙女 元就だ。5日間と言う短い間
だけど生徒会の名に恥じないサポートを心掛けるつもりだから、宜しく頼む。」
 そして早乙女先輩か・・・。生徒会長が、うちらのクラスのサポートとはね。何
だか、見知った人ばかりだ。
「よーし。紹介は終わったね?んじゃ、旅館の女将が、挨拶があるそうだから、聞
いとけよー?真面目に、聞くんだぞー。」
 カゲ先生は、やる気無さそうに紹介する。
 それから、旅館の女将さんの、この旅館での決まりなどを説明してもらった。
 何やら、ここは昔、炭鉱だったらしく、その宿場を旅館にしてしまったのだとか。
 あと、注意も受けた。焔山は、今は大人しいが、活火山地域なので、源泉も多い
が、底無し沼なども多いので、その地域には、近づかないようにとの事だ。
 さて、これから、どんな5日間になる事やら・・・。



ソクトア黒の章2巻の6後半へ

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