NOVEL Darkness 2-7(Second)

ソクトア黒の章2巻の7(後半)


 翌日、早速、皆は動いた。まぁ、俺は寝てた訳だが。その間にも、ゼーダと死ぬ
程、修練積んでた訳だが。どうやら寝てる間に、かなりの事が決まっていたらしい。
特に、ファリアさんと恵、そして江里香先輩と亜理栖先輩は、それぞれの機関への
説明に追われてたらしい。ファリアさんは、レイクさんと一緒に、男子学生全員に。
江里香先輩は、女子学生全員に。そして恵は、生徒会及び先生方全員に。そして、
亜理栖先輩が、手伝い及び旅館の人への説明を、承ったらしい。見事な物で、全員
に事情が伝わった。・・・偽だけどね。ここで本当の事を漏らすのは、拙いと判断
したのだろう。魁が、興味本位で穴を調べてたら、落っこちてしまったって事に、
しているらしい。魁にも、そう言う事で通すように、硬く口止めされてるらしく、
魁は猛省させられていた。
 それにしても、あれだけの事をやってた魁が、ああも自分だけ、反省させられる
事を良く拒まなかったな。・・・まぁ話によると、悪事を全部バラして、社会的な
信用を下げるだけ下げられたく無かったら、大人しくしろと、誰かから言われたと
か?・・・恐ろしい・・・。
 まぁ、魁も、軽い眩暈だけで済んでたらしいので、説明が早くて助かった。あの
場所へは、立ち入り禁止で、封鎖する事で、林間学校は再開されると言う事だった
ので、安心と言えば安心だ。何でも、江里香先輩が、校長に色々口添えしたとの事
だが、何て言ったら、こんな事態になるのだろうか?まぁ深く考えても、分からな
いか。
 そして、トラブルメーカーの魁が起こした事で、足止め食らったが、再開される
なら、まぁ良いかと思える、ウチの学校の気質にも、感謝されたか。
 俺達はと言うと、これまで以上に、団結力を強くした。やっぱ、あの俊男を助け
る時の団結力は、簡単には、忘れられないだろう。
 葵さんと莉奈さんは、極自然に親しくしてたし、その輪の中に、自然に恵やファ
リアさんが混じる。本当に、自然になっていた。
(君達の団結力には、驚かされるばかりだ。)
 俺だって驚いてるさ。
 しかし驚いたのは魁だな。俺が起きると、いきなり皆に呼び出されて、何事かと
思ったら、魁が、皆に話があるとの事だった。ここで言う皆は、俊男を助けた皆だ。
どうするのかと思ったら、いきなり、土下座したからな。ビックリしたぜ。
 魁は、内心、ビクビクしていたらしい。悪い事をしていると言う認識はあった。
なのに、自分のちっぽけなプライドを守るために、莉奈さんを傷つけた事を本当に
後悔している様だった。
『何でも良い。俺に償える事があったら、言ってくれ。』
 と涙ながらに、言っていた。まだ体が本調子じゃないのに・・・だ。あれは、と
ても演技には、見えなかった。すると・・・。
『私は、莉奈が、納得する内容に従う。それだけ。』
 と、葵さんが切り出した。あれは、莉奈さんを、本当に思いやってる顔だった。
『僕も、心からの謝罪が欲しかっただけだからね。莉奈が決めなさい。』
 俊男も、莉奈に、全権を委ねるようだった。アイツは、良い奴過ぎる。
『・・・。何でも良いの?』
 莉奈さんは、顔を真っ赤にしていた。自分に委ねられるとは思ってなかったのだ
ろう。魁は、深く頷いた。もう観念したのだろう。
『なら・・・やり直したい。・・・私、今でも、魁君の事は好きなの。馬鹿だよね。
だけど・・・何でもしてくれるって言うなら、やり直したい・・・。』
 莉奈さんは、震える声で吐き出した。すると、俊男と葵さんは、溜め息を吐いて、
互いに、顔を見合わせる。そして首を横に振る。
『莉奈・・・。本当に・・・それで良いのか?俺、甘えちゃうぞ?』
 魁は、涙でボロボロだった。
『魁君はね。皆に見栄を張りたかったんだよね?それが・・・最悪な結果になった
だけ・・・。私は、魁君の、これからに期待したい。』
 莉奈さんは、本当に菩薩のような笑顔で言う。
『はぁ・・・。莉奈も甘いわねぇ。でも、莉奈が決めた事だし、私は反対しない。』
 葵さんは、少し苦笑しながら、莉奈さんの肩を叩く。
『魁。君は一度、僕に殺された。だから、やり直してくれ。僕は、莉奈が幸せであ
れば良い。だから、今度こそ、莉奈に、幸せを運んでくれ。』
 俊男は、真剣な目付きで魁に言う。皆、人が良過ぎる。でも、それが俊男であり、
莉奈さんであり、葵さんなんだろうな。
『俺、もう何されても仕方が無いと思ってた・・・。それこそ、仲間に入れないの
なら、しょうがないと思ってた。正直、俺、絶対にそうなると思ってた!・・・な
のに!!なのに!!』
 魁は、それ以上言えなかった。そこからは、優しさに触れて、感動して嗚咽して
いる魁の姿しかなかった。
『私もね。馬鹿だったの。だからさ。やり直そう?ね?皆、思ったより優しいんだ
よ?全部知った上で・・・優しくしてくれるんだよ?こんな仲間、私は、もう離し
たくない。だからさ。魁君も、頑張ろうよ。この仲間に、相応しくなれるようにさ。』
 莉奈さんも、嬉し涙を流しながら、魁に語りかける。
『全く・・・。優し過ぎ!でも、莉奈らしいですわ。』
 恵は、ヤレヤレと顔に出ていた。
『私達、買い被られた物ねぇ。ま、莉奈が、そう望むなら仕方無いわね。』
 ファリアさんも、笑顔で許していた。皆、結局許すのな。そして、いつの間にか、
他人行儀では無く、名前を呼び捨てていた。
『俺、忘れない!!今のソクトアに、こんな素晴らしい物があるんだって事!!』
 ・・・こうして、魁への儀式みたいな物も、終わった。
 それは良いんだがな・・・。それからと言う物、うちの団結力は凄まじく、林間
学校のプロセスである山登りも、難なくこなした。まぁ、鍛え方違うしね。俺達の
班で、葵さんと莉奈さんだけだった。息を切らしていたのは・・・。他は、我先に
と競走になるんだから、恐ろしい話だよな。まぁ、勝ったのは俺だが。
(君が、一番ムキになってたと思うがね。)
 煩いやい。山に住んでたという名目上、遅れを取る訳には行かないんだよ。
 そんな訳で、旅館の飯が出来るまでの間に、修練しよう!と、誰かが言い出す始
末。疲れを微塵も見せない俺達に、先生方も、呆れていた。
 でまぁ、手合わせが始まるなーと思ったんだけどな。
 あれは何だ?俊男と恵?
「じゃ、俊男さん。例の約束、果たしなさい。」
「恵さん。一応、僕が教えるんだけど?」
 何を教える気だ?何が始まるんだ?
「私に教えられるのよ?光栄だと思わなきゃ。」
 相変わらず、不敵な妹よ。それにしても、似合うな。
「分かりましたよ。んじゃ、パーズ拳法の基礎から行くよ。」
 ・・・何とも不思議な図だ。恵が威張りながら、俊男が、仕方無くパーズ拳法の
基礎を教えている・・・。奇妙だ・・・。
「一体、何を考えてるのかしらねぇ・・・。」
 江里香先輩も、真意を測り兼ねてるようだ。
「パーズ拳法は、己の心に勝つための心得。そのための型であり、力であり、奥義
が有ると言っても過言じゃあ無いんだ。じゃぁ、型は、さっき教えた通りだから、
実際に、やってみてごらんよ。」
 俊男は、結構本格的に教えている。これは、恵も、本気なのかも知れないな。
「ここから、こうやって・・・こう!ですわね?」
 恵は、美しく型を決めていく。
「・・・凄いな。恵さんは。初見で、覚えちゃうなんてね。」
 俊男は感心している。俊男が驚くくらいなら、相当な物なのだろう。
「じゃ、次は、八極拳の型を教えるね。」
 俊男は続けていく。こりゃ本格的にやりそうだ。いきなりどうしたんだろうなぁ。
 で、ファリアさんだけど、こっちはこっちで・・・入り込んでるなぁ。
 遠目から見ても分かるくらい、魔力が満ち満ちている。何なんだ・・・あの才能。
俺も、源の力を覚える一環として、魔力を覚えたから分かる。あの量は化け物だ。
「気合入ってるよね。さすがファリアだ。」
 亜理栖先輩が、惚れ惚れする程の腕だ。こと魔力に関しちゃ、ファリアさんの右
に出る人は居ない。伝記のレルファ=ユードの末裔。さすがとしか言いようが無い。
エイディさん曰く、あの魔力は、伝記のトーリスと比べても、引けを取らないくら
いだろう。と称されるくらいだ。
「ふぅぅぅ・・・。」
 ファリアさんは、閉じた眼を開ける。瞑想を、終わらせたらしい。
「気合入ってるね。ファリアさん。」
 俺は話し掛けてみた。
「当然よ。やっっっとゼリンの尻尾掴めたんだからね。ギタンギタンにしてやらな
きゃ、気が済まない気分なのよね。フフフフフ。」
 ・・・怖過ぎる。何て恐ろしい・・・。女性だと知って、尚更、闘志に火が点い
たみたいだ。魔力は、嘗て無い程、高まっている筈だ。
「私の得意魔法も、分かってきたしね。」
 得意魔法かぁ。そう言えば、ファリアさんって、何でもこなしちゃうから、中々
得意魔法が掴めないって、言ってたな。
「何なんです?」
「どうやら、風と相性が良いみたい。色々応用が利くから、便利よ。」
 ファリアさんは、指をパチンと鳴らすと、俺の体が浮く。
「う、うわわわわ。」
 浮いてる!俺、浮いてるよ!?
「風の魔法の応用よー。鳥になった気分は、どう?」
 ファリアさんは、ああ言ってるけど、自分で操ってる気がしないので、現実感が
無い。大丈夫なのか?これ。
「か、感想と言われても・・・。自分でやってる気が、しないですしー・・・。」
「あー。なる程ー。じゃ、しょうがないよね。残念。」
 ファリアさんは、納得すると、指を軽く動かして、俺を地面まで下ろす。自由自
在だな。しかし風か・・・。色々出来そうだよな。
「正確には、空気と相性が良いのよ。ちょっとした真空も作れるのよ?」
 ファリアさんは、指を少し切るだけで、木の枝が切れる。本当に、何気ない仕草
で凄い事を、やってのける人だ。
「普段とか、何気無く、魔法使わないようにして下さいね?」
 恵が、修練を積みながら、口を出してくる。
「分かってるわよー。さすがに、衆人の中じゃ使わないわよ。」
 ファリアさんは、そう言いつつも、魔力の感じを確かめていた。
「いやー・・・。皆は、普段こんな事してたんですか?」
 莉奈さんは驚いていた。俺達の修練の恐ろしさにだ。
「こりゃ確かに、付いていけないわ・・・。」
 葵さんは、頬を掻いていた。
「そんな事は無いわよ?」
 ファリアさんは、ジーッと莉奈さんと葵さんを見る。
「ん。やっぱりね。莉奈さんも葵さんも、素質はある。あー。はいはい。魁もね。」
 実は、魁にも、俺達の事は全部話してある。どんな修練をしてて、それぞれの事
情は、どんなだったのかをだ。これから、生活していく上で、隠せないだろうから、
絶対話さない事を条件に、教えておいたのだ。恵の事だけは話していないけどな。
「そうか!俺も明日から、魔法使いに!!」
 魁は、盛り上がっていた。
「なれたら苦労しないわよ。あのねぇ。魔力の素質だけじゃ駄目なの。まず、この
『魔法体現書』を全て覚えて、印や手の操作を、全て暗記しないと使えないわよ?」
 ファリアさんは、忠告しておいた。はっきり言って、俺には無理だ。
「・・・何?この分厚い本・・・。マジで、これ全部?」
 魁は、固まっていた。そりゃそうだ。あれを暗記しろ何て言われたらなぁ・・・。
「それに、魔力は、素質だけじゃ駄目。それを意識して引き出さなきゃ、駄目だか
らね。・・・3人が、本当にやる気あるんなら、私が引き出すわよ?」
 ファリアさんは、3人の覚悟を計っていた。そう簡単に、教えられる物じゃない
らしい。そりゃそうだ。今では、魔法は、禁忌に近い。
「・・・お願いするわ。」
 葵さんは、迷い無く答えた。
「あ、葵ちゃん!」
「莉奈。私ね。莉奈が苦しんでる時に、何も出来なかった。そして、利男君の話を
聞いた時、恐怖するしか無かった。そんなの、もう嫌なの。後悔したく無いのよ!」
 葵さんの決意は、固いようだった。葵さんは、未だに自分を責めているのだ。
「私も、お願いします!」
 莉奈さんも強い目で、こちらを見返す。
「私、守られるだけなんて、嫌なんです!だから、教えて下さい!」
 莉奈さんは、今回の事で、自分の力の無さを痛感したのだろう。
「俺もやります。何てーかな。俺ってさ。何やるにしても、中途半端だったっしょ?
ここらで、変わらなきゃいけねーっつーか・・・。まぁ、お願いしますよ。」
 魁は、見た目とは裏腹に、腹を括ったようだ。
「分かった。なら3人共、これから魔力を体験してもらうわ。まず、自分の中に持
っている魔力ってのを、知りなさい。」
 ファリアさんは、冷静に事を進める。あの声の様子だと、本当に危険なのだろう。
慎重に3人に手を翳す。どうやら、能力を確かめているようだ。
「・・・行くわよ。せい!!」
 ファリアさんは、何かを引くような動作をする。すると、3人とも震えだした。
「な、何これ!?」
「何かが、駆け巡ってるよぉ!」
「おわ!!なななな、何の冗談だよ!?これはさ!!」
 3人共、ビックリしているようだ。
「本来は、じっくりやる物なんだけどね。今からじゃ、時間が掛かり過ぎるから、
荒療治になっちゃったわね。ま、気絶しない程度にしなさいな。そして、今感じる
力を自分の物にするのよ。勘違いして貰っちゃ困るけど、その力は、敵じゃないの
よ。自分の中にある、掛け替えの無い力よ?」
 ファリアさんが説明する。つまり、俺なんかは、ゼーダから魔力の基礎から教わ
って、出し方などレクチャーされたが、それをすっ飛ばして、魔力を体験してもら
う事で、いきなり魔力を身に染みさせると言う、荒業に出たのだった。
(面白い引き出し方だ。今度、参考にしよう。)
 アンタ、本気だから怖いよ・・・。
「う・・・あ・・・!」
 葵さんは、しばらく経つと、自分の手を見る。
「これ・・・が魔力?」
 葵さんは、手の中に魔力を持っていた。すげぇ。もう練れるようになったのか?
「うわっと・・・。これが、魔力って奴なのか!?うお!すげーよ!!」
 魁は驚いていた。力が収まると同時に、魔力がどんな物かって理解出来たようだ。
魔力とは、自然の力。自然現象を操る力なのだ。
「あ・・・凄い・・・。」
 莉奈さんも、落ち着いた様だ。3人から迸る程の魔力を感じる。
「皆、センス良いわね。驚いたわよ?」
 ファリアさんは、満足そうに笑っていた。思ったより早く覚えそうだ。
「じゃ、このままじゃ、魔力を垂れ流しになっちゃうから、閉じるわね。」
 ファリアさんは、3人に、それぞれ押すような形で栓をするような動作をする。
「ど、どうやったのよ!?これ!?」
「あれれれれー!?」
「うわ・・・。無くなった・・・。嘘みてーだ。」
 3人とも驚くばかりだ。今さっき体験した力が、無くなってしまったからだ。
「まだ早いのよ。今出した時の感じを、覚えてるわね?そして、今閉じた感覚を忘
れないでね。魔力は、無尽蔵じゃないのよ。魔力が尽きると気絶し兼ねないわよ。」
 つまり、あのままだと、3人とも気絶していたと言う訳か。
「じゃ、3人に宿題。これを、20ページまで覚えて来なさい。」
 ファリアさんは、『魔法体現書』を取り出す。
「マジっすか?」
 魁は、引きつるような顔をする。無理も無い。20ページって、結構あるぞ。そ
れにどうやら、1冊しか無いらしく、共同で使えと、言っているのだろう。
「共同じゃ拙いだろう?俺のも使いな。俺は、しばらく剣の方に打ち込むから。」
 レイクさんが、もう1冊取り出す。レイクさんも密かに勉強してたんだな。
「・・・仕方無いな。そこで待ってなさい。」
 ファリアさんは、おもむろに結界を作る。カモフラージュのための結界だ。すげ
ぇ。アレだけ高度な結界を、一瞬で作っちまったぞ。この結界、姿だけじゃなくて、
力すらも隠す事の出来る結界じゃねぇか。そして、ファリアさんの気配が消えた。
3人共、余りの凄さにビックリしていた。
「今のファリアさんの魔力、感じた?」
「うん・・・。すっごかった・・・。」
「本当に、すげぇんだな・・・。ファリアさんってば・・・。」
 3人とも驚くしか無い。当然だ。3人だけじゃない。ファリアさんの凄さには、
皆が舌を巻いている。レイクさんだって、ファリアさんには、敵わないって言って
たしなぁ。
「お待たせー。」
 ファリアさんは、結界から出て来た。そして指をパチンと鳴らすと、結界は、一
瞬の内に消え失せた。事も無げに、ああ言う事やるんだから、凄いよな。
「はいこれ。『魔法体現書』取ってきたわよ。正確には『買ってきた』かな?」
 ファリアさんは、3冊の『魔法体現書』を持っていた。いつの間に?って言うか、
結界の中で何してたんだ?
「ファリアさん。どこでこれを?」
 莉奈さんが、聞いてみる。当然の疑問だ。
「あー。前に話した『魔炎島』の主から買ってきたのよ。丁度余ってるからって、
安く買えたわ。ラッキーね。」
 は?ファリアさん、何を言ってるんだ?
「ど、どど、どうやって『魔炎島』へ?」
 魁は、驚きついでに聞く。『魔炎島』の事は、話してあったが、実際取ってきた
となると、急に現実感が湧く。それにしても、どうやって、こんな短期間で?
「決まってるじゃない。結界の中で『転移』を使ったのよ。」
 ファリアさんは至極当然のように言う。しかし、それは高等なテクニックだった。
「相変わらず、空恐ろしい人だ・・・。」
 亜理栖先輩が、やれやれと手を広げていた。結界を作るだけでも、高等な技術な
のに、その中で、あんな短期間で『転移』を使うなんて、信じられない。『転移』
は、古代魔法の一つで、相当高度な魔法だって、教わった筈なんだがな。まぁ、そ
の教えたのが、ファリアさんなんだけどね。実際も使いこなせてるのは、ファリア
さんしか居ない。
「ま、とりあえず、物は揃ったし、頑張りなさいね。」
 ファリアさんは、それぞれに『魔法体現書』を渡す。
「了解っすぅ・・・。」
 魁なんかは、すっかり恐縮している。無理もない。これだけの強さを見せ付けら
れちゃあな。にしても、ファリアさんは、凄まじいな。うちに来た当初よりも、格
段に実力が上がっている。これは、もはや才能の域を超えている。これが、天才な
んだろうな。
 3人は、しばらく『魔法体現書』と睨めっこだろうな。
「ハッ!!」
「やるねぇ。鋭い蹴りだ。それに自然と源を変換した『火遁』を付ける辺りに才能
を感じるよ。でも、私も、負けるつもりは無いよ!」
 江里香先輩と亜理栖先輩が、組み打ちしている。その激しさは、かなりの物だっ
た。江里香先輩が、常に動いて攻撃の先手を取っている。それを亜理栖先輩が、正
確に受け止めている感じだ。江里香先輩も、かなりのスピードなのだが、うちらと
組み打ちをする内に、亜理栖先輩も、相当な速さに対応出来るようになっている。
対応力は、かなりの物だ。先読みと言うべきなのだろうか。この前の部活動対抗戦
の時は、何て言うか、がむしゃらに動いていた感じだった。だが、今は、先読みし
て動いている感じだ。それもその筈。亜理栖先輩は、こう見えて、対応力は、ずば
抜けているのだ。
「・・・『裂空(れっくう)』!!」
 亜理栖先輩は、風を切る忍術を使う。それで江里香先輩の目を逸らさせつつも、
足払いを見舞う。すげぇ。江里香先輩は、倒れつつも、片手で着地して、回し蹴り
を放つ。さすがに、只では転ばない。
「『電迅』!!」
 江里香先輩は、態勢を整える前に『電迅』で攻撃した。
「チィッ!」
 亜理栖先輩は『電迅』を首で避ける事で躱す。しかし、その隙に江里香先輩が距
離を詰める。そして、あの構えは!
 スパァァァーーーーン!!
 綺麗な音と共に、亜理栖先輩は吹き飛ばされる。あれは隼突きだ。音を切る程の
音速拳。これには、亜理栖先輩も避けようが無かったようだ。
「へへーっ!一本ですね!」
 江里香先輩が、ガッツポーズを見せる。すげーな。
「全く、江里香も、どんどん強くなるね。」
 亜理栖先輩は、素直に負けを認める。
「何を言ってるんですか。私より、亜理栖先輩の方が成長してるじゃないですか。」
 江里香先輩は、お世辞で言っている訳では無い。亜理栖先輩は、凄い速度で成長
している。組み打ちに関しては、早々に引けを取らなくなっている。
「ハハッ。なら良いけどね。後輩に、負けっぱなしなのも、愉快じゃないからね。」
 亜理栖先輩は、結構気にしているらしい。ふと、俊男の方を見ると、どうやら、
基礎的な事は、終わったようだ。
「なるほどね。理に適ってますわね。」
 恵が感心している。どうやら八極拳について、随分と習っているようだ。
「恵さんは覚えが早くて、教えてる身としては、嬉しいけどね。怖いくらいだよ。」
 俊男が引きつった笑みを見せる。余程、出来が良いのだろう。恵は、何にするに
しても、徹底して頑張る奴だからな。凄いよな。
「よし。じゃぁ手合わせだ。」
 俊男は、構えを見せる。その瞬間、恵は溜め息を吐く。
「教わってみると良く分かるわ。俊男さんも、人の事言えない程の怖さよ?」
 恵は、お世辞では無く、俊男の恐ろしさを感じているのだろう。俊男は、極自然
に構えている、あの構えだが、全く隙が無い。いや、あるにはあるんだが、あれは、
わざと作ってるに違いない。わざと作る事で、他の方向からの攻撃を防ぐ。理に適
っていた。パーズ拳法の合理性には、舌を巻く。
「ま、良いわ。まだ付け焼刃だけどね。やってみますわ。」
 恵は、すり足から、綺麗に構えを変えていく。あの構えの変化は、確かにパーズ
拳法の物だ。凄まじい速さで吸収してるな。そして、俊男の構えに近づいていくと、
鋭い蹴りを放つ。早い!!
「シッ!!」
 俊男は、それを受け流すと同時に拳を突き出す。それを恵は、体を捻って、その
まま屈みながら、回し蹴りを放つ。それを俊男は、足の甲で受け止めながら、恵の
肩めがけて、蹴りを放った。だが、蹴りを背中で通過するように受け止めると、そ
のまま裏拳を繰り出す。しかし俊男は、それを読んで屈みながら腕で足を払った。
「くっ!さすが俊男さん。」
 恵は、今の攻防で、俊男の読みの深さを思い知っていた。って言うか、何だ?今
のは。まるで、俊男が二人居るかのような動きだったぞ。
「さすがと言いたいのは、こっちだよ。とても初めての動きとは、思えないよ。」
 俊男は、危なかったのだろう。本当に恵は、パーズ拳法を吸収していると言う事
を実感しているようだ。
「俊男さんの教わった通りに、動いているだけですわ。」
 恵は、事も無げに言うが、それが一番難しいと言う事を、理解していない。
「恵さんは、何でも出来るね。パーズ拳法の基礎、そして八極拳の足の運びは、バ
ッチリだよ。・・・でも、ここからが大変だよ?恵さん。」
 俊男は、最初に言っておく。闘気を操る事。そしてパーズ拳法における理念を理
解するのが、かなり大変らしい。しかし恵は、本気だ。あの恵が本気になれば、か
なり短い時間で、吸収して行く事だろう。
「分かってますわ。それに、まだ全部を理解したとは思ってません物。」
 恵は、完璧主義者だ。だから復習を忘れない。
「なる程。じゃぁ、恵さんは、今日の動きを、復習しておいてよ。」
 俊男は、パーズ拳法の礼をして、恵と挨拶する。恵も、それに倣って礼をした。
「おい。俊男。お前、いつの間に、恵と修行する事になったの?」
 俺は、不思議で、なら無かったので、聞いてみる事にした。
「ああ。それなんだけどね。」
 俊男は、俺にだけ聞こえるように話してくれた。恵の症状を教えてもらった事。
そして、恵が魔族とハーフだったって事を、教えてもらった事を告白する。そうか。
俊男にも教えたんだな。さらには、魔神の瘴気を抑える術を聞きたがってたので、
パーズ拳法の平常心を引き出す極意の事を、話したのだと言う。
「・・・なる程な。」
 理解した。恵の事だ。いつまでも睦月さんの薬に頼るのではなく、新たな道を模
索しようとする試みなのだろう。それで、どうせならと言う事で、俊男からパーズ
拳法を習う事にしたのだろう。大胆だな。
 しかし・・・あの恵がパーズ拳法を物にしたら・・・敵う奴は居るのか?
 俺は、末恐ろしい物を、背筋に感じていた。


 そして、ついに林間学校の最終日前になった。今日は、大きなイベントがある。
それが、この焔山を使ったサバイバルだ!そう。食材から何から自分で取ってきて
食事を作る。丸一日をキャンプ場と山の中で過ごすと言う、何とも爽天学園らしい
イベントだ。と言うより、そんな事するのは、ここくらいだ。
 魁は、後遺症もないし、俺達の訓練に参加するくらいだってのに、調子が悪いの
でキャンプ場で待機と言う事になった。アイツ・・・。もうケロリとしている癖に
サボりやがったな。まぁ良い。後で、俺達の料理を見せて、ビックリさせてやる。
 早速、2班合同になった。で、俺達は予定していた通り、恵達と組になった。最
初こそ恵達の所は、かなりの班が、立候補していたのだが、恵の凄過ぎる視線に、
皆、潮を引くように去っていった。そして、めでたく俺達と合同になったと言う訳
だ。ちなみにファリアさんも、フォローを入れつつ、俺達としか、組む気が無い事
を伝える辺り鬼だ。
 で、まずテントを張る事から、始めた。既に俺達は、ここ何日かで、この近くの
地形を回っていたので、場所取りは問題無い。風が少なく、川の近めを避ける。崖
の上なども駄目だ。そうなると、森の中の道の近く。小高く盛り上がってる所が良
い。丁度良い場所は、すぐに見つけた。川からも、そう遠くも無い。良い場所だ。
これなら、安心して寝れるな。
 それから、早速、行動開始となった。レイクさんは、斧を手渡されて、早速、倒
木などを、探しに行った。薪を割る材料探しだろう。で、俊男は予定通り、石の釜
戸を作るために、適当な石を探しに行った。ファリアさんと恵は、茸や山菜などを
取りに行くと言ってたし、莉奈さんと葵さんは、携帯用の椅子や、キャンプ場から
机などを借りてきて、俺達の共有の食事場を作っている。
 俺は・・・そう。一番重要な役割だ。食材探し。これによって、今日の飯のメイ
ンは決まる。まずは、昼飯からだ。焔山は、自然が大いに感じられる所だからな。
とは言え、どうするかな。山菜などは、ファリアさんと恵が充分持ってくるだろう
から、動物性の食物じゃないと駄目か・・・。確か、この山には・・・野生の鹿や
熊が居た筈だ。それ以外にも、動物類なら、かなりの数が居た筈だ。それに川に行
けば、川魚も居るしな。・・・だが、川は、どうやら皆が狙っていたらしく、結構
盛況を見せている。釣り場探しだけで、結構な生徒数が居た。
 となると・・・俺は、大物狙いで行くしかない。山の中腹に行くしかないな。
「さて・・・この辺りだと、誰も居ないな・・・。」
 熊出没注意の看板がある。俺は、それを無視して奥へと行ってみた。
 ガサッ・・・。
 お。早速、何か居たかな?・・・と!
 ソイツは不意を狙ってきた。こりゃまたでかい。大物だな。その正体は、蛇だっ
た。どう見ても、4メートルくらいある。こりゃ中々・・・。この山の主って言っ
ても、過言じゃあ無いな。
「・・・よーし。天神流空手継承者、天神 瞬、参る!」
 俺は律儀に名乗って、蛇に向かっていく。蛇は、こちらが怯むと思っていたらし
く、意外だと思ったのか、攻撃の手が遅れている。変幻自在に体を変化させて、噛
み付きに来るが、俺は、打ち払ったり、躱したりしている。すると、やがて、蛇も
頭に来たのか、さっきよりスピードを上げてきた。俺は、それでも難なく躱す。
「っと・・・。それが狙いじゃ無かったって訳か!」
 いつの間にか、俺は蛇に巻き付かれていた。締め上げる気だ。これで仕留めに掛
かるつもりなのだろう。凄い力で絞め上げてきた。伊能先輩と良い勝負だ。
「だが、甘い!こんな程度で、参る俺じゃない!」
 俺は腕を蛇の体の外に抜くと、頭を掴む。蛇は、抵抗出来ないと思っていたのか、
油断していた。頭を持つと、抵抗してきた。しかし、俺は離すつもりは無い。
「お前に恨みがある訳じゃないが、これも勝負の内だ。許せよ!!」
 俺はそう言うと、蛇の頭を掴みながら、正拳を見舞う。すると、巻きつける力が
弱まる。効いてるな。俺は、更に拳を見舞うと、蛇は力が抜けてきた。そして、俺
は祈りながら源を込めた拳で殴り付けた。すると、蛇の頭は見事に砕け散った。こ
れが、この蛇の、最期だった。
「せめて、最高に美味い料理になってくれ。」
 俺は、敬意を忘れない。物を食べると言う事は、こう言う事だと、山に入った時
から思っていた。それを忘れてしまったら、いけないと、心に誓っている。
 そして、この蛇を籠の中に入れた。それにしても凄い重量だな。さすがだ。
 俺は、そのままキャンプ場に戻る。すると莉奈さんと葵さんが作業していた。
「瞬君だ。お帰・・・いい!?」
 莉奈さんが、思わず言葉を無くす。
「どうしたの?ん?・・・うわっち・・・。」
 葵さんまで引いていた。やっぱ蛇だしなぁ・・・。
「これ、今日の・・・?」
 莉奈さんは、これを本気で食べるのか?と聞いている。
「蛇は、力付くよ?」
 俺は、蛇が美味いと言う事を知っている。皆、慣れてないかも知れないが、是非、
食べて欲しいと思った。
「あら。帰ってたの?・・・なる程。」
 ファリアさんと恵も、帰ってきて俺の収穫を見る。莉奈さんと葵さんが、引いて
る訳を悟ったのだろう。恵は、興味深そうに見ていた。
「蛇かぁ。余り捌いた事は無いけど・・・まぁ、何とかなるでしょ。」
 ファリアさんは、別に、余り気にしていない様子だった。
「蛇は、余り食卓に並びませんからね。美味しいんですの?」
「ああ。恵も初めてか?結構、美味しいぞ。」
 俺は、結構食ってるからな。焼いても美味しいし、煮込むと独特の味わいが出る。
「でも、このサイズは中々無いわよねー・・・。しょうがない。鱗から取るか。」
 ファリアさんは、愛用の包丁を取り出す。そして、鮮やかな手付きで、鱗を剥が
しに掛かる。おお。さすが、でかいだけあって、鱗も、でかいな。
「確か、レイクは帰ってたわよね。・・・レイクー!!」
 ファリアさんは、レイクさんを呼ぶ。すると、斧を持ったレイクさんが現れた。
「おう。やっと昼の分くらいは、薪が割れたけど・・・お?」
 レイクさんも、蛇に気が付いた。まぁ鱗を取ってるし、気が付くよな。って言う
か、ギャラリーが増えてきたような気がする。
「こりゃまた、でかいなー。瞬も、随分と大胆な獲物を狙うねぇ。」
 レイクさんは、蛇に興味深々だった。
「ちょっと、鱗取るの手伝ってくれる?この表面の奴、レイクなら早いでしょ?」
 ファリアさんが鱗を見せる。なる程、。表面の鱗が多いもんな。
「これを、削れば良いだけか?んじゃ、ファリアも、離れてな。」
 レイクさんは、斧を構える。すると、綺麗な構えから、手早く左右に動かす。す
ると、綺麗に鱗だけ取れていった。凄い早さだ。しかも蛇を回しながら、綺麗に取
っていく。レイクさんの剣術の冴えは、恐ろしい物があるな。
 あっと言う間に鱗が取れて、捌ける状態になった。早いなー。
「サンキューね。レイク。んじゃ、始めますか。」
 ファリアさんは、包丁を握る。結構、様になってるな。レイクさんは、任せてお
いて安心と悟ったのか、薪割りの続きに行った。
「俊男さん。石釜戸の製作の調子は、どうかしら?」
 恵が俊男の方を見る。俊男は、石を運んでは積み上げていた。
「んー。確か要望だと、炙り焼きをするスペースと、フライパンを使うスペースだ
ったよね。炙り焼きのスペースが、もうちょっと掛かるね。」
 フライパンのスペースは、出来上がっている。おお。結構本格的だ。それに加え
て、熱を利用する密室型石釜戸まで、作るつもりらしい。やる気マンマンだな。
「上等よ。これから瞬君が捕ってきた獲物を捌くから、それまでに、お願いね。」
 ファリアさんは、まず、頭を削ぎ落とす。ま、ほとんど砕いちまったから当然か。
そして、まず1メートルずつに切り分ける。そして、丹念に血抜きをする。血は栄
養分があるらしいが、その分、雑菌も多いため、抜かなくては駄目なんだそうだ。
「恵さん。こっちは、炒め物、尻尾の方は、後で燻製にするから、それぞれ切り分
けて置いて頂戴。私は、こっちの2切れを処理するわ。」
 ファリアさんが、恵に指示をする。恵は笑みを浮かべつつ包丁を握る。・・・ア
イツ、包丁なんて使った事があるのか?
「兄様?私の包丁捌きが、心配かしら?」
 ・・・何で見抜かれるんだよ。俺って、顔に出易いのか?
「ご心配無く。基本的な事は、睦月から教わってますのよ。」
 恵は、そう言いつつも、豪快な包丁捌きで次々切っていく。尻尾の方は燻製にす
ると言った言葉通り、大きめに串に刺せるくらいの大きさだ。そして、炒め物に使
うと言った方は横に撫で斬りするように掻っ捌くと、骨を素手で引き剥がして、そ
の後に皮を思い切り引っ張りつつ剥がしていく。鮮やかだ。本当に恵は隙が無いな。
「恵さんたら、凄いわねぇ・・・。」
 ファリアさんは感心している。見つつも、自分の分の骨と皮を分断している辺り、
さすがだ。その後、恵は、炒め物用に適度な大きさに切り分ける。ファリアさんの
方は、薄く切ったり、ちょっと厚めに切ったりしている。蛇の刺身か。まぁ、捕っ
てきたばかりだから、それも有りだな。そして、団子のように切り分ける。これは、
唐揚げ用だな。そして、もう一つは平たく切っている。・・・何にするつもりだ?
「ファリアさんだって、凄いじゃない・・・。」
「違うわよ。恵さんは、あれで包丁握ったのが、2ヶ月目だって聞いたのよ。だか
ら、凄いって言ったの。」
 ・・・は?マジで?どう言う才能だよ。
「ここの行くと決めた時から、睦月に、死に物狂いで習いましたからね。それなり
にモノにしましたわ。」
 ・・・これが、それなりにモノにしたって言うレベルかよ。恵は、才能だけじゃ
ない。絶対に、手を抜かない。努力を怠らない。凄いな・・・。気高く美しく、そ
して、強く生きている。それは、自分が魔族とのハーフだと言う事を自覚している
からこそ、弱みを見せたくないと言う、気持ちの現われかも知れない。だからこそ、
今まで人前では、魔族の姿を見せていないのだ。
「よーし。こっちは出来たわよー?俊男君。」
 ファリアさんが声を掛ける。早いな・・・。余りの速さに圧倒されちまったぜ。
「さすが早いねー。こっちは、密室形のを作ってますよー。」
 俊男は、もう密室型に取り掛かっていると言う事は・・・。
「おお!やるなぁ!!」
 俺は、思わず声を上げる。これは、ただ石を積んだだけじゃない。平らになるよ
うに、石を割った後もある。キッチンスペースとグリルスペースで分かれてるし。
「いい仕事じゃないの。こりゃ、腕に、よりを掛けなきゃね!」
 ファリアさんは、ノッてきた。こりゃ、想像以上に凄い料理が出来そうだ。で、
いつの間にかギャラリーが集まっている。そりゃそうだ。俺達くらいだろう。こん
な本格的なもん作ってるのは。しかも蛇でだ。他の班は、ほとんど魚と茸が中心だ。
「んじゃ、恵さんは、これの炙り、頼んだわね。黄金色になるまで焼くのよ。」
 ファリアさんは、恵に平たく切った身を串に刺した物を手渡す。これは・・・。
蒲焼か!蛇の蒲焼!これは、考えたなぁ。美味そうだ。蛇の蒲焼には、塩を振って
ある。慣れさせると、ジワリと味わいが増す。やるなぁ。
「任されましてよ!」
 恵は、蒲焼を網の上で蒲焼にしていく。見極め方もバッチリだ。
 ジュワーーーー!!
 向こうで、音が鳴ったかと思えば、ファリアさんが、蛇の唐揚げを作っていた。
油が適温まで、温まったらしい。ここで下味を付けた蛇の身を投入していく。本格
的だな。それに、あのジャン鍋を持ってくる辺り、ファリアさんも凝り性だよな。
「この分だと、4人分なんかじゃ済まないわね。なら、一気に振舞うまでよ。」
 ファリアさんは、豪快に揚げていく。おおー。あの揚げ色・・・。見事だ。
「兄様も、大物を取って来た物ねぇ。ま、皆で、戴きますかね。」
 恵は、楽しそうに蒲焼を作っている。あの分だと、クラス全員に行き渡る分だけ
作れそうだ。何せ大物だったしな。
「ファリアさーん。密室型釜戸が、出来たよーーー。」
 俊男は、息を切らせながら、叫ぶ。おお。立派なのが、出来てるじゃねぇか。
「理想通りよ。俊男君。ナイス!あ、莉奈さんに葵さん。ちょっと来て。」
 ファリアさんは、親指を立てると、今度は、莉奈さんと葵さんを呼ぶ。
「何ですか?」
 二人とも圧倒されてたのか、恐縮している。まぁファリアさんは、既に、この二
人の、魔術の先生でもある訳だしな。
「ええとね。あの釜で、余熱で、これ燻って。分かる?」
 ファリアさんが、端的に説明する。アレで分かるのかな?
「分かりました!」
 莉奈さんは、笑みで応える。分かったのか。すげーな。
「莉奈。分かるの?」
「大体ね。じゃぁ葵ちゃん。まず、この薪を釜の中で燃やそう。」
 莉奈さんは、レイクさんの作った薪を釜の中に入れて、葵さんがマッチで火を点
ける。すると中で反応して、あっと言う間に燃え広がった。さすが密閉されてるな。
「葵ちゃん。もっともっとー。」
 莉奈さんは、楽しんでいる。明るい笑顔だ。この笑顔を、俊男は取り戻したかっ
たんだ。今なら、その気持ちも分かる。見違えるようだ。
「はぁ・・・はぁ・・・。まだやるの?」
 葵さんは、額に汗を掻いて、必死になりながらも、その顔は笑っていた。
「んー。多分、大丈夫。薪を取り出そう。」
 莉奈さんが、指示をする。葵さんは、それに応えて作業を進める。親友二人が、
支えあってる光景。良い光景だな。そうこうしてる間に、薪を取り出す。
「よーし。じゃぁ、これを、余熱で焼いちゃおう。」
 莉奈さんは、ファリアさんから渡された、尻尾の部分を串打ちした物を、地面に
付かないように、大皿の上に乗っけて釜戸の中に入れた。
「これだけで焼けるの?」
「うん。これだけしっかりしてれば、大丈夫だよ。俊男君のおかげだね。」
 莉奈さんは、学校では、俊男君で通す事にしている。本当は、トシ兄と呼びたい
らしいのだが、まだ公にはしたく無いとの事だった。異母兄妹じゃ仕方ない事だ。
「はっはっは。そう言ってもらえると、やった甲斐があるって物だね。」
 俊男は、素直に喜んでいた。それで良い。
「いよーし!薪は、かなり出来たぞー・・・って、もうこんな使ったのかよ。」
 レイクさんは呆れている。かなりの量を既に消費している。多分、俺のせいだ。
あれだけでかい蛇だと、並みの量じゃ、駄目なのだ。
「ま、これも鍛錬だと思えば良いさ。」
 レイクさんは、苦笑しながら、納得していた。
「よーし。唐揚げ終わり!恵さん。頼んでおいた炊飯、大丈夫?」
 ファリアさんの声が澄み渡る。俺も手伝うか。
「土鍋で、炊いて置きましたわ。うん。バッチリ。あ。兄様。手伝いですか?」
 恵は、俺が腕捲くりをしているのに、気が付いた様だ。
「さすがに何もしないのは、良くないからな。獲物だけじゃ駄目だろ?」
 さっきから見ているだけだったからな。やっぱ動かないとな。
「殊勝な心掛けですわ。じゃ、ご飯の切り分けと、盛り付けは私がやるので、運ん
で下さいな。崩しちゃ駄目ですよ?」
 恵は、そう言うが、何だ?この盛り付けは・・・。見栄えも良いし、美味しさも
伝わってくる。何て言うかな。これが元が蛇だと思わせないくらいの出来だ。それ
でいて、周りを、使わなくなった皮を炙った物で添えるなんて、粋な事をしている。
「綺麗ねー。盛り付けでは、恵さんには勝てないわ。」
 ファリアさんも認める程だ。相当なのだろう。俺は、慎重にテーブルに運ぶ。今
日は風も弱いし、何とかなりそうだな。何か、良い匂いもするしなぁ・・・。
「よっし。炒め物は終わり。後は、茸と山菜の味噌汁があるから楽しみにしててね。」
 ファリアさんてば、凝り性だ。アレだけでも十分凄いのに・・・。更に味噌汁ま
で作るなんて・・・。学生が作ったとは、思えないぞ。これ。
「おー。やっとるのぉー・・・。うお!?何じゃ?このフルコースは!?」
 伊能先輩が、様子を見に来たようだ。そして驚く。
「派手に、やってるねー。アンタ等が組んで、目立つなってのも無理か。」
 亜理栖先輩は、茶化すように、こちらを見る。
「す、すげーよ!俺っちの班って、こんな凄かったのかよ!?」
 魁は、今更、ノコノコとやってきた。
「あーら。魁君。遅かったわねー?食べたいー?」
 ファリアさんが、嫌味っぽく魁に近づく。
「この匂いで、食えないなんて殺生で御座る!是非、食いたいでーす!!」
 都合の良い事を言ってやがるな。
「んー。ま、良いか。正直に言えたので、特別よ?その代わり、味噌汁盛るくらい
やりなさい。良いわね?」
 ファリアさんは、味噌汁の鍋を指差す。結構ある。切り分けるの大変だ。でも、
それだけなら、良い方だと思う。
「オッス。不肖、桜川 魁、盛らせて戴きまっすぅ。」
 魁はちゃっちゃと働きに出かける。
「・・・元気あるわねー。それにしてもファリアさんに恵さん、凄いわね。」
 江里香先輩が来た。江里香先輩は、羨望の眼差しで見ている。
「俺も、圧倒されちゃいましたよ。」
「・・・料理も習おうかしら・・・。」
 江里香先輩は、本気で考えてる。まぁこれを見させられちゃあね。
 こうしてる間に、全ての用意が完了した。皆は、出来た所で集まる。
「さて、で、提案なんだけどさ。」
 ファリアさんは、全ての用意が出来た所で、皆を集める。料理は、全部出来てい
る。後は食べるだけだ。盛り付けも切り分けも、皿の用意も出来た。燻製なども、
後は取り出すだけらしい。もう、うちらの班は、皆、集まっている。
「・・・どう?」
 ファリアさんは、ある提案を持ち掛ける。
「ファリアさんが、そうしたいのなら、反対しませんわよ。」
 恵は、大賛成のようだった。俺達も、ファリアさんの提案を断われるような、立
場じゃない。そうじゃなくても、賛成だった。
「決まりね。んじゃ、号令は、恵さん。頼むわねー。」
 ファリアさんは、一番影響力のある恵を、指名する。
「分かってますわよ。」
 恵は、苦笑しつつも、他の班の人達の方を向く。
「皆様。実は、うちの班、かなり多く作って、困ってるんですの。一緒に食べませ
ん事?」
 恵は、皆に通る声で言う。すると、皆は、哀願するかのように集まってきた。
「恵様とファリアさんが、作った料理だってよ!蛇らしいけど、関係ないぜ!」
「ぜ、是非!ご一緒させて下さい!!」
「うおおおお!俺達も、アレ食えるのか!!お願いしまっす!!」
 皆は嬉しそうに、近寄ってきた。うんうん。この方が楽しいしな。
「じゃ、皆で戴きましょう。では、戴きます。」
『戴きます!!』
 恵の掛け声と共に、戴きますが言い終わる。大量にある蛇料理が減っていく。
「あ。これ、うちの班の焼き魚です!」
「恵様と比べたら、みすぼらしいですけど!これも一緒に!」
 皆は、一緒に食べると言っただけあって、飯盒以外は、机を一つにして、バイキ
ングのような形にする。なる程。これなら、皆、料理をつつけると言うわけだ。
「うおーー!美味いではないか!!」
 いつの間にか、伊能先輩が居た。
「こら!余りそそっかしく食うんじゃないよ。お。美味しいねぇ。これ。」
 亜理栖先輩も、ちゃっかりご相伴していた。
「ううう。うちの料理係より美味しいしー。凄い!ファリアさんに恵さん!」
 江里香先輩も居た。悔しがりながら、美味しそうにに食べている。器用だ。
「おお!すげーな!これ、うめーよ!あ。これ、俺が作った料理な。」
 勇樹は、自分の料理を指差しながら、蛇料理をつついていた。お。この焼き物美
味い。勇樹は、料理上手だって本当だったんだな。
「勇樹さんも、負けてませんよ!!負けてせんって!!」
 取り巻きも相変わらずだ。だが、蛇料理の方も、唸りながら食っていた。
「うむ。料理が出来ると言うのは美徳ですね。素晴らしい。」
 おっと。生徒会長まで、来ていた。早乙女先輩も、さりげなく混じってるなぁ。
「ほう・・・。うちのお袋より美味いな。やるな・・・。」
 ・・・?あれ?何で居るの?この人。
「む。噂に違わぬ味付け。だが、俺には、まだ辛さが足りん。」
 ・・・うおい!?何で、コイツまで・・・。
「アンタ等、いつの間に?」
 俺は、つい声を掛けてしまった。だって、この場に居るとは、思えない人物が居
たからだ。何で居るんだ?
「失礼な。やましい理由など無いぞ?決して、私の時は、柔道選手権で行けなかっ
た。等と言う理由では無い。れっきとした手伝いだ!」
 ・・・すげぇ理由だ・・・。ちなみに、勿論、紅先輩だ。柔道代表の強化合宿は
どうしたんだよ。
「ふっ。偉そうに言うな。紅弟。どうせ、追試に引っ掛かったのだろう?」
 そして、こっちの嫌味な奴は、風見だった。
「風見。私は、これでも2年でトップだぞ?純粋に手伝いに来ただけだ。ま、生徒
会長に借りが無ければ、断わってたがな。そう言う貴様こそ、追試だろう?」
 紅先輩は、確か1位だった。なのに追試かもと言ってるって事は・・・。
「ふっ。この俺が、追試以外の理由で、ここに居る訳が無かろう?当然だ!」
 威張って言われた・・・。風見は、思ったより馬鹿なのかも知れない。
「威張って言う事じゃないだろう?しょうがない奴だ。それにしても、この蛇を仕
留めたのは、他ならぬ天神だな?」
 紅先輩は、蛇のスケールを計りながら言う。
「大物だったんで、つい、倒しちゃいました。」
 俺は、頭を掻きながら言う。
「4メートル程か。中々やるな。だが、扇様は、全長3メートルはあろう巨大熊を
仕留めた事のある御方。これぐらいの蛇では、威張れんな!ハッハッハッ!!」
 風見は、高らかに笑っているが、別にそれは、風見が笑う所じゃない気がする。
それにしても、扇も随分派手な事をしてるんだな。
「扇は、まだあの家に居るのか?」
 俺は、風見に尋ねてみる。
「フン!貴様に、運悪く負けた事を悔やんで居られた。今頃、命を懸けて、修行な
さってる筈だ。いずれ、借りは返されるだろう。その時が、貴様の命日よ。」
 風見は、なんだかんだ言って、教えてくれた。・・・結構、短絡的な奴だ。
「それに、神城の家は、今、おかしいのだ・・・。あの状態では、扇様も居辛かろ
う。扇様は、真摯に強さを追い求めてるだけだと言うのに・・・。」
 風見は、溜め息を吐く。どうやら、余り良くない事が起こっているようだ。
「もしかして、徹(てつ)が、何かやったのか?」
 俺は、聞いてみる。徹と言うのは、扇の弟だ。
「貴様に教えてやる義理は無い。だが、徹様は貴様に、この事を教えろと言う。大
々的に扇様が、不在な事を広めろと言う・・・。乗っ取る気なのかも知れぬな。」
 風見は、扇を慕っている。だが神城家では、強さに敗れた者は、厳しいペナルテ
ィを課すのが当然と言う、風潮がある。扇は俺に負けたので、借りを返すまで、戻
る気は、無いのだろう。徹は、その間に神城家を掌握するつもりなのかも知れない。
「扇様のような、強さを追い求める姿勢こそ褒められるべきなのだ。徹様は・・・
家の権利の事しか頭に無い・・・。あれでは、神城家は衰退する・・・。」
 風見は案じていた。確かに徹が、扇の勝ったと言う話は聞いた事が無い。扇は、
誰もが認める神城家の当主であり、神城流空手の継承者だったのだ。
「俺のせいか・・・。」
「馬鹿者!自惚れるな!!扇様は、貴様に敗れた事が失意で去ったのでは無い!!
天神を超え、更なる高みを目指すために、去ったのだ!!貴様1人のせいで去った
ような言い方をするな!それは、扇様への侮辱になる!!」
 風見は、本当に扇の事が、心配なのだろう。そして扇も、俺に敗れた事で何か切
っ掛けを掴んだのかも知れない。
「そうか。悪かった。でも、悪いけど、俺も、負ける気は無い。」
「当たり前だ!馬鹿者!手を抜いたら、この風見 隆景が許さん!真剣勝負を汚す
者は、何よりの愚か者だ!!その上で、扇様は勝利を掴み取る!」
 風見は、熱い目をしていた。格闘馬鹿なんだな。俺も、扇も、そして風見も。何
だか、親近感が湧くな。
「分かった。俺も、死に物狂いで、強くなる。絶対にな。」
「そうだ。貴様は、扇様に勝ったのだ。他の誰にも、負けてはならん!」
 風見は、根は良い奴なのかも知れない。ただ、扇を崇拝し過ぎているだけなんだ
ろう。物騒だからな。神城流空手は。天神流も似たような物かな。
「でもさ。お前さん達の『処刑』だの『斬刑』だのってのは、辞めた方が良いんじ
ゃないの?あれは、気持ちの良い物じゃないぞ?」
「貴様ら分かっておらぬ。俺も扇様も、分別の付かぬ子供では無い。相手を圧倒す
ると言う意味で、対決する者以外に、神城流は使わぬわ。だが、一度闘うと決めた
ら、真剣勝負。そこに情け容赦など要らん。それが残酷に写ると言うなら、貴様の
天神流とて、エグイ物では無いか。」
 風見は、正論を言ってきた。まぁね。天神流も、きついよな。俺と闘った奴は、
大概ハンマーに殴られたような、傷みが走るとか言ってたし。鈍器か手刀かの違い
なだけかもな。俺も、人の事は、言えないなぁ。
「正論だ。だけど、お前達の徹底振りには頭が下がるな。もうちょっと、気を抜い
ても、良いんじゃないのか?」
「愚問だな。我が人生は、扇様を支えるためにある。気を抜いて、扇様を怒らせる
方が、よっぽど怖い。今だって、進級しないと、扇様に呆れられてしまうから、行
ってるような物だ。で無ければ、こんな手伝いなどするか。」
 ・・・口調は、やたら挑発的なのに、言ってる事は、情けないなぁ・・・。
 まぁ良いか。風見の意外な一面が見れて、俺としては満足だ。
 林間学校は、こうして過ぎて行った。


 そして夜も、大いに賑わった。メインは、俺の捕ってきた猪だった。猪の額に俺
の拳を打ち付けて倒した大物だ。豪勢に鍋に仕立てて、これまた皆と一緒に食うと
言った、豪快振りを発揮して、楽しく過ごさせて戴いた。片付けなどは、サボって
いた魁にやらせる。
 あとは、キャンプで就寝だ。だが、まだ寝るには早い。各班で、色々自由時間を
過ごしているらしい。俺達は、凝りもせず修行に入った。この日は、いつものメン
バーに伊能先輩と勇樹を加えて、有意義に過ごした。俺達も、こんな所まで来て、
また修行するんだから、懲りない。だが、確実に技は磨かれている。力も、充実し
てきている。
(順調と言えば順調だ。だが、落とし穴があるように思えてならんな。)
 アンタも、そう思うか?何だか胸騒ぎがするんだ。
 俺は、胸騒ぎが止まらなかったので、皆と離れる。何かが、起こる予感がするの
だ。それが何なのか分からないが、この方角だ・・・と思う。
(私の力が、君に影響を与えているな。君が、その方角だと言うなら、間違いない
だろう。)
 俺は、広く拓けている場所に来る。山の中にしては珍しい。辺りを見回す。する
と、どうやら祠の近くだと言う事は分かった。この土地に住んでいる人々が、信仰
している山の神の祠だろう。
(ふむ。確かに、強い神気を感じる。だが、神では無い。私には分かる。)
 ゼーダが言うなら、間違いない。ゼーダは神のリーダーだったのだ。
(土地全体が、神気を持ち始めた感じだな。神聖な土地と化しているな。)
 ゼーダは分析する。神程じゃないにしろ、神聖な土地に、間違いない様だ。
 ザザザ・・・。
 音がした。右の方向からだ。すると、そこから、いつの間にか誰かが来ていた。
「・・・これは、瞬殿に天上神ですな。」
 この声は・・・毘沙丸さんの声だった。
「毘沙丸さん。どうしました?」
 俺は、声を掛けてみる。
「今日は、瞬殿でいらっしゃるな。拙は、この近くで修行して居ました。」
 毘沙丸さんは、何時にも増して緊張している。
「俺は、妙な胸騒ぎを覚えて、ここに来ました。」
 何かが起こる。・・・それが何かまでは、予想がつかない状態だ。
「胸騒ぎ・・・か。瞬殿は、天上神と同化していらっしゃる。何か感じたのかも知
れませ・・・む!?」
 毘沙丸さんの気配が代わった。これは、警戒する構えだ。
「まさか・・・!馬鹿な!!ゼリン!!辞めるのだ!!」
(むぅぅ!!これは・・・何と、危険な事を!!)
 2人同時に警戒しだした。どう言う事なんだろう。
「その力を広めるつもりか!!馬鹿な!このソクトアの人間達を、どうするつもり
なのだ!・・・そうか。コマが足りぬのだな!」
 毘沙丸さんは、何かに、気が付いた様だ。
「・・・才能ある者に・・・神の力を、宿させるつもりか!!!」
 何の事なんだろう?良く分からない。
「どう言う事です?」
「・・・私より、天上神殿の方が詳しい。お聞きなされ。」
 毘沙丸さんは、何やら、空中に飛び去って数を数えているようだ。何が起きたの
だろう?アンタなら、分かるってのか?
(恐ろしい物を発動したのだ。セントの奴らは。方角からして、セントの頂上から
に間違いない。ある種の賭けに出た訳だ。ゼロマインドとやらは。)
 さっぱり、分からないんですが。
(教えてやろう。今は、まだ実感は無いかも知れん。しかし、近い将来、絶対的な
力を持った者達が、溢れかえる。間違い無くな・・・。セントから、溢れ出た力。
それは、禁断の神の力だ。神気では無いぞ?本当の意味での、神の力だ。)
 神の力?神気じゃない?じゃぁ、何だって言うんだ?今の所、何も感じないが?
(それはそうだ。だが、近い将来、恐らく君にも宿る。彼の力は、強き者、そして
特徴ある者に、近づく性質を持っている。神の力。私達は、神の間だけで『ルール』
と呼んでいる力だ。今まで、神にしか授けられなかった力だよ。)
 『ルール』?何だ?そりゃ?
(この世には・・・このソクトアですら、摂理がある。その中に於いて、人は進化
し、ついには6つの力を発現した。それは、前にも勉強させたな?)
 『闘気』やら『魔力』やらだよな。『神気』も・・・じゃないのか?
(そうだ。それは、飽くまで摂理の中での話だ。それは世が敷いている摂理と言う
強い『ルール』が存在しているからだ。・・・だが、自らの中に違う『ルール』を
設けられる者が居る。その力を行使出来るのが『神』だ。)
 違う『ルール』?それは、何かの反則技みたいな物か?
(その認識は、かなり近い。摂理を捻じ曲げるのだからな。神魔ですら、持ってな
い力。天界に住む天人では、決して持てない力。それが『ルール』なのだ。元神だ
ったグロバス辺りは、発動出来るがな、)
 まだイマイチ分からないな。アンタの『予知』も、その一つか?
(その通りだ。私は『ルール』を与えられた時、恐ろしい程の読みの力を授かった。
それを最高に訓練して伸ばした果てに、身に付けた力。それが『予知』だ。ジュダ
なら宝石に全ての力を溜め込む事が出来る『付帯』。この力が・・・セントから流
れ出ている。相応しい者に、身に付けさせるためだ。)
 相応しい者・・・か。俺が、この祠に導かれたのは・・・。
(そうだ。この力を受け取るためだ。ここなら、かなり早い時間で受け取れる。)
 力の集まる場所には、それだけ集まり易いと言う事か。
 ・・・!?今・・・何かが脳に入った・・・。何だ?何なんだ?
(・・・やはり君にも入ったか。今は、違和感でしか無いだろう。まだ、それぞれ
が開花するまで時間が掛かるだろう。覚えておけ。その力こそが『ルール』だ。)
 何なんだよ。これ・・・。今まで修行で感じてきた力とは、明らかに異質だ。
(そうだろうな。修行で身に付ける力は、今までの蓄積だ。つまり加算で、強くな
っていくのだ。やった分だけ強くなれる。だが、その力は使い様だ。使い方の一つ
違うだけで、何倍も強くなる。乗算なんだよ。)
 ・・・しかし、これを何でゼロマインドって奴は、バラ撒いたりしたんだ?
(恐らく、力の溜まり方に限界を感じたんだろう。そこで奴は、賭けに出たんだ。
セントの力を吸い上げると言うのは、確かに利口なやり方だが、時間が掛かる。そ
れに、もう神が気付いて来ている。ジュダなども、そうだ。グズグズしていると、
失敗し兼ねない。奴は、そこで賭けに出た。膨大な力を得たゼロマインドは、その
内部エネルギーで、神の力『ルール』を解明したんだろうさ。だが、自分1人だけ
では、使い方が分からなかったのさ。恐らくだが、神では無いゼリンも、分からな
かったのだろう。そうなると、使いこなし方を学ぶのに、一番手っ取り早いのは、
実験台を使う事だ。このソクトアを、実験台にしようと考えたのだ。奴は。)
 何て事を・・・。俺達は、弄ばれる為に生きてる訳じゃねぇぞ!!
(そして、この力を分け与える事で、ゼリンのような同志を作ろうって腹だろう。
この力を得れば、仲間になりたいと思う奴は、必ず出てくる筈だ。それが、敵をも
強くしてしまうと言う不条理を考えた上でも、有益だと判断したんだろう。)
 それでか・・・。この分だと・・・俺の仲間達も・・・。
(君の仲間達は、ほとんどが目覚めるだろうさ。ソクトアに新しい風が吹く。だが、
それは、神の力に拠る物だ。何が起こるか分からない。危険な存在だ。使いこなさ
れたら、神ですら危うい。制御出来るかさえも、怪しいのだ。)
 危険な力だな。・・・でも、これを有効に利用する。そうすれば、反対に正しい
事にも使えるって事だ。
(そうだ。だが、そうも行かないのが世の常さ。今は、この力を説明するしか無い
だろう。君の口から、話したまえ。恐らく1週間以内の内に、知り合いのほとんど
が、この力に染まっている事だろう。)
 ゼーダは断言した。何の力に目覚めるか分からない・・・か。しかもその力は、
神が行使する力と同等。恐ろしい話だ。
「瞬殿。貴方も、受け取られたようですな。」
 毘沙丸さんが、話し掛けてきた。
「恐らくですがね。体の中に、違和感がします。」
 俺は、隠してもバレるだろうから、話しておいた。
「ふむ・・・。貴方の中に『ルール』の力を感じる。間違いありませぬな。」
 毘沙丸さんは、力を感じ取ったようだ。
「どう言う力になるのかは、受け取った者次第。見た限り、100以上は、飛んで
行ったのを感じた故、調査をしなければ、なりませぬ。」
 毘沙丸さんは、責任を感じているようだった。
「俺は、仲間が『ルール』を受け取っても、慌てないように言って置きます。」
「それは助かります。拙と父だけでは、どうしても限界がありますからね。」
 毘沙丸さんは、『ルール』を使える者を見つけたら、どうするつもりなんだろう?
「毘沙丸さん。もし『ルール』を使える者を見たら、どうするの?」
「使えるようになってしまった者には注意を促す。自粛も促さなきゃならぬ。そし
て悪用している者は、封印しなきゃならんでしょう。世に蔓延してからでは、遅い
のです。だが、ゼロマインドからしても、脅威になる素質を持つ者も現れるでしょ
う。その時は、共闘を呼び掛けます。」
 毘沙丸さんは、ゼロマインドを倒さなければ、今のソクトアに未来は無いと見て
いる。しかし、この『ルール』の解放に、力の大半を使った事は間違いないのだ。
力を再び集める前なら、倒せるかも知れないと踏んでいるのだ。
「分かりました。んじゃ、俺は、早速、皆に知らせてきます。」
 俺は、そろそろ仲間の所に戻らないと、心配されると思った。
「お願いします。拙は、こうなった原因を突き止めに行きます。」
 毘沙丸さんは、そう言うと、早速駆けていった。
 俺も、早々と皆の所に帰る。この力の説明をしなきゃ駄目だからだ。
 俺では、説明し切れない所があったので、テントの中で、ゼーダに変わって説明
してもらった。
(アレだけ説明してやったのに、理解しない君が悪い。)
 うるへー。そんなに簡単に、慣れないっての。
「なる程・・・。確かに、先程、体に違和感がありました。それが神の力だったと
はね。驚きですわ。」
 恵は、真っ先に感じたらしい。
「要は使い方って訳か。過信は禁物。いざと言う時の切り札にしなきゃ駄目ね。」
 さすがファリアさんだ。既に、どう言う力なのか理解しているようだ。
「どんな能力になるか・・・発動しなきゃ、分からないってのも不安だな。」
 レイクさんは、まだ正体が、分かってない力なので、気乗りしてないみたいだ。
「あたしらは、良いけどさ。悪党にも関係無くバラ撒いたってのは感心しないね。」
 亜理栖先輩は、気になるようだった。どんな使い方するか、分からないからな。
「その時は、私達が、何とかするって方向なのかな?」
 江里香先輩は、肩を竦めていたが、満更じゃない様子だった。
「何とかするっても、相手も、どんな能力なのか、分からないと、きついね。」
 俊男は、江里香先輩の言葉に反応する。確かに、相手の能力も、分からないのは、
不気味極まりないな。
「俺っちも感じたんだけど・・・わっかんねーんだよねー。」
 魁も違和感を感じたらしく、どうやら『ルール』の力を受け取ったらしいのだが、
自分では実感出来ていないらしい。俺も、そうなんだけどね。
「私と莉奈は、何も感じないわ。蚊帳の外ねー。」
「でも、皆、余り嬉しそうな感じじゃないし、良いんじゃないかな?」
 葵さんと莉奈さんは、受け取ってないらしい。
「まずは、自分達の能力を把握しなきゃ駄目だな。」
 俺は、言いながら考える。俺に宿った能力。それは何なんだろう?
 考えたが、結論は出ない。余り考え過ぎても、しょうがないので、お開きになっ
た。それぞれのテントに戻って、一夜を過ごす事になった。
 明日で、この林間学校も終わりだ。長いようで短い気がした。だが、これまでに
無い経験をした。そして、何よりも新たな力を得た。これをどう使うのか・・・。
 俺は、中々眠れないので、さっきの祠に向かう事にした。あそこは、霊的な神気
が溢れているので、落ち着くのだ。
 俺は、さっきの『ルール』の力を、思い出すかのように出してみる。
 すると、俺の周りに、何かが纏わり付いてきた。どうやら、これが結界らしい。
(『ルール』を纏った『能力者』は『ルール』による結界を作り出せる。その中で、
君ならではの、能力が発揮される。)
 俺ならではの能力か・・・。俺は、いつものように、正拳突きの構えをする。
「うお!?何だ!?」
 その瞬間、俺の拳が、異様な程、光っているのを感じた。これは!?
(その拳・・・恐ろしい程の力を感じる・・・。それが君の力か!)
 これは・・・凄い。かつてジュダさんが、レイクさん達を止めた時以上の力だ。
いや、そんなの、比較にならないくらいだ。
(『ルール』の制約で、強化された拳。全てを破る拳。聞いた事がある。『破拳』
(はけん)の『ルール』か。)
 『破拳』・・・。それが、俺の力か。全てを破る拳って、どんな力なんだ?
(その力ならば、ソーラードームを、破壊する事も出来るかも知れん。)
 そこまでなのか!?ジュダさんですら、歯が立たなかったってのに・・・。
(ただし、君の力を強化しなければ、使えんだろう。飽くまで、切り札であり、自
分の補助だって事を忘れるな。乱用すれば、命を落とすのは君だ。)
 これが神の力か。『ルール』・・・。この力が、解禁された、このソクトアは、
何処に向かうってんだ・・・。
 俺は、言いようの無い恐怖を感じた。
 こうして・・・林間学校は幕を閉じた。だが・・・この林間学校での出来事は、
俺達に新たな衝撃と、問題を作ってしまった。
 俺達が、何処に向かうのか・・・それは俺達自身で考えるしかない。
 今、間違いなく起こっている事。それは、神の力が分散された事。そして、これ
からこの力と共に生きていくしかないって事だ。
 強く正しく生きる・・・思ったより難しいんだな。この生き方は・・・。
 ソクトア歴2042年になろうかと言う時期・・・。事態は大きな局面を迎えていた。



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