NOVEL Darkness 3-1(First)

ソクトア黒の章3巻の1(前半)


・プロローグ
 かつて、美しい大地を誇っていたソクトア大陸。
 神々の祝福に恵まれ、人は神を敬っていた。そして、地の底から魔族が襲ってき
た時にも、神々の力のおかげで、守られた時もあった。
 だが、織り成す人々にとって忘れられないのは、1000年前の伝記である。事実を
物語った伝記は、未だに、人々の心を惹き付けて止まない。
 当時の運命神ミシェーダを中心に、神の世界をソクトアに降臨させようとした、
『法道』。魔族を中心に、力の理をソクトアに反映させようとした『覇道』。新た
な世界を作る事を前提に、ソクトアを消し去ろうとした『無道』。そして、共存と
言う名の下に、全ての種族と、共にありたいと願った人の歩むべき道『人道』。
 それぞれの思惑がぶつかって、最終的に勝利したのは『人道』だった。それは、
共存と言う夢を、最後まで諦めなかった、人間こそが、勝利したと言う劇的な話。
・・・それは事実であった。
 だが、1000年の時を経て、人間は、その精神を忘れ去ってしまったようだ。伝記
は、飽くまで作り話だと言う説が有力となり、このソクトアは、人間の所有物であ
るかのように、勘違いしてしまったようだ。確かに、もう人間以外は、暮らしてい
るとは言えない。しかし隠れつつも、住んでいるのだ。それは、いつか人間と和解
出来るかも知れないと言う期待からだ。・・・だが、大半は、人間の愚かさに失望
して、関わらないように生きていきたいと言う、思いの表れからだった。
 『人道』を思い描いて、勝利に導いた伝記の『勇士』ジーク=ユード=ルクトリ
アが、この現状を見たら、さぞ嘆き悲しむ事だろう。
 その最もたる所以が、セントメトロポリス(通称セント)の建造だろう。ソクト
ア大陸の中心にあり、かつて中央大陸と呼ばれた、広大な土地に出来上がった、近
代化学発祥の地。それが、セントだった。文明は頂点を極め、セントから、他の国
へと物が流れ込む。正に化学が、このソクトアを支配した表れであった。
 他のソクトア大陸の国、ルクトリア、プサグル、デルルツィア、サマハドール、
ストリウス、パーズ、クワドゥラート。その7つの国は、全てセントの言いなりで
あった。逆らえないのである。逆らったら、一生懸けても、出られないと言われて
いる、恐ろしい島『絶望の島』と言う監獄島へと送られる運命にあった。しかも、
セント反逆罪などと言う罪名が、流布している。何とも、悲しい事実だった。
 ソクトア大陸は、今や化学の元である『電力』が無ければ、まともに生活出来な
い。便利な物が増え過ぎたせいである。電話、自動車、電球、果ては、農作物を作
る農具でさえ、電力が必要なのである。しかし、電力は、自然に出来る訳では無い。
大規模な火力を利用した火力発電、豊かな水源を利用した水力発電、降り注ぐ太陽
を利用した太陽発電、そして、電力工場と呼ばれる所で、ひたすら働いて巨大な滑
車を回して発電する、人力発電の4つが主流だった。
 火力発電と水力発電、そして太陽発電については、管理者が十数人付いていれば
やっていける程だった。主に自然の力を利用していたからである。だが、人力発電
は別である。この工場で働く人々は、数千から数万に渡ると言われる。しかも単純
作業なので、賃金も高くは無い。要するに、発電のためだけに雇われた人々である。
しかも思った以上に成績を上げられなかった場合は、最悪『絶望の島』行きである。
人々は、ただ電力を生み出すために生きていく。そんな地獄のような状態の所が、
ソクトア大陸全土に、広がっていたのだ。
 人々は皮肉を込めて、『黒の時代』などと呼んでいる有様である。
 しかも驚くべき事に、電力の供給は、セントに向かって伸びていくのだ。そう言
うシステムを既に構築してしまったのだ。これでは、他の国は、その恩恵を受けら
れない。電力が無い国は無い。だが、セントに比べると、その差は歴然である。
 その屈辱に耐え兼ねて、クーデターを起こした人物が居た。その中心人物は、ジ
ークの末裔、リーク=ユード=ルクトリアである。だが、彼は失敗した。多くの人
々を連れて、セントまで迫ったが、セントの圧倒的な兵器の前に、敗れ去ったので
ある。この世で究極とさえ言われていた、全てを消し去る力『無』の力を使っても
勝てなかったのだ。正確に言うと、セントを覆うソーラードームと呼ばれるバリア
が、『無』の力までも防いでしまったのだ。そのせいで、大量の死者を出したリー
クは、見せしめとして首を刎ねられて、全ソクトアに、その顔を晒されたと言う。
 この事件以後、人々は、セントに逆らう気力を無くしてしまった。いや、例え小
規模な、いざこざであっても『絶望の島』に入れられてしまったので、不満の声す
ら封じられてしまったのである。恐怖政治の、始まりでもあった。
 そんな中で唯一つの国家だけ、その難を逃れた国があった。それは、島国の国家
であるガリウロルである。ソクトア大陸の6分の1程度しかないガリウロル島だが、
セントの支配を逃れているため、その自由度は、とてつもない物があった。更には
ここ数十年で、セントの良い所だけ取り入れようと、少しずつ貿易を開始したので、
化学の素晴らしい所だけを真似ている傾向にある。更に、この国が幸運だったのは
豊かな自然であった。この国は、日照時間が多く、豊かな水源、自然があるため、
人力発電など無くても、電力が賄える程であった。
 よって、セント以外で、一番栄えてる国は、他でも無いガリウロルだった。セン
トは、さすがに警戒を強めているが、まずは圧力で、貿易を開始させただけでも由
としたのか、それ以上の追求は無かった。数十年前までは、それすら断ってきた国
である。余程、独自の文化が強いのであろう。
 ガリウロル島のは『く』の字の形をしていて、その『く』の中心に位置する都市
サキョウ。そのサキョウにある豪邸がある。その主は、天神家である。天神家は、
近頃成功しだした名家で、企業としての天神グループは、かなりの影響力を持って
いる。その当主が、僅か14歳である天神(あまがみ) 恵(けい)だと言うのだ
から驚きである。さすがに学生の身分なので、大まかな所は、側近に任せているら
しい。使用人でもある藤堂(とうどう) 睦月(むつき)が、そのノウハウのほと
んどを受け継いでいるらしく、現在の天神 恵は、当主としての帝王学を学んでい
る最中だと言う。
 その天神家を中心に、天神 恵の学校である、爽天学園も個性的なメンバーばか
り集まった。その林間学校の際に、恐ろしい出来事が起こった。
 それは、ガリウロルに限った事では無く、全ソクトアに飛び散った、神の力であ
った。それが神以外の者に継承されてしまったのだ。その力とは、『ルール』であ
る。『ルール』とは、神が、行使する禁断の力。この世の摂理を壊す事の出来る力。
その力には、個により差があり、その強さは、自身の力を限界まで引き上げる事が
出来る。このような危険な力が、ソクトアに飛び散ったのである。
 それは、平和だった学園に、新たな火種が出来たのだった。






 1、正月
 俺が、その夢を継いだのは、いつだっただろうか?
 強く正しく生きろと言われたのは、いつだっただろうか?
 ずっと、子供の頃に聞かされていた・・・。
『自分の心に、嘘を吐いては、いけない。』
『間違ってると思ったら、従ってはいけない。』
『強くなるって事は、責任を負わなきゃいけない。』
『お前さんは、強くなりたいんなら、それを忘れるなよ。』
 と・・・聞かされてきた。
 俺は、その時、眩しく思ったんだ。
 この人の想いを、継ぎたいと・・・。
 だから、俺は目指した。
 究極の高み・・・そして、強さへの道を。
 その目標をくれた人が死んだ。
 正直きつかった・・・けど、絶望はしていない。
 俺は、夢を託されたからだ。
『良いか・・・。強く・・・正しく生きるのだ・・・。我が・・・息子よ。』
 それが、最期の言葉だった。
 息子と言うのは、本当は聞いていない。
 でも、後に真実を聞いて、そう言っていたのだと気付いた。
 子供の頃から、好きだった爺さん。
 実の親父だった、爺さん。
 俺は、強いって方向だけ、進んでいると思う。
 すげぇ強くなったんだと思う。
 だから・・・今度は、正しく生きる。
 見ていてくれよ・・・。爺さん。


 参ったな・・・。久しぶりに夢を見た。
 俺は、天神 瞬(しゅん)。恵の兄だ。まぁ実の所は違うのだが、俺は恵の事を
妹だと思っているし、向こうだって・・・いや、向こうはどうなんだろうな。
(起きたか。今日は、集まりがあるのを、忘れてはいないな?)
 このお節介は、ここ最近になって、俺に取り憑いた神、天上神ゼーダだ。ゼーダ
とは、文句を言いながらも、上手くやっている。これも俺の温厚な性格のおかげか。
 俺は、今日こそ大事な話をしなきゃならない。
 林間学校の時、飛び散った神の力を、俺達の仲間は受け継いだ。強い心の持ち主
に行くらしく、俺の仲間達のほとんどは、それを受け取ったのだ。それが、神の力
『ルール』。そして、帰って来た時に聞いたのだが、ここの居候である、レイクさ
んのお仲間。エイディ=ローンさん、グリードさんも、受け取ったらしい。そして、
ここの使用人の藤堂 睦月さん。そして妹の葉月(はづき)さんも、同様らしい。
さすがに困惑したらしく、しばらくジッとしていたらしいのだが、俺達が帰ってき
て、その事を説明すると、複雑な表情を見せていた。実感が、沸かないのだろう。
 それから1日休んで、俺達は、学校が休みになる。新年を越して、学校が休みに
なるのだ。1月は、ほとんど夏休みだ。その間に『ルール』の力を、極めなくちゃ
いけない。そのために、今日集まるのだ。まず、どう言う力か、そして、どう使え
ば良いのか、そしてどう見分けるのか・・・だ。
 下に降りると、朝食の用意が出来ていた。・・・って何これ。
「遅いな。天神。」
「おう!瞬!!ここの飯は、うめーなー!」
 ・・・なんで、柔道部主将の紅(くれない) 修羅(しゅら)先輩と、プロレス
部主将の伊能(いのう) 巌慈(がんじ)先輩が居るんだ?
 いや、それだけじゃない。いつものメンツが集まっている。
「瞬君って、いつも、こんな時間に起きるの?休みだからって駄目じゃない?」
 からかうような口調は、一条(いちじょう) 江里香(えりか)先輩だ。
「ま、あれだ。早起きは三文の得って言葉を、忘れないようにしなよ。」
 恰幅の良い口調なのは、榊(さかき) 亜理栖(ありす)先輩。
「瞬君は、例の天上神さんの特訓で疲れてるんだよ。しょうがないよね。」
 何故か、フォローをくれるのは俺の親友の島山(しまやま) 俊男(としお)。
「この味付け・・・。どうやるか知りたいな!お?今、起きたの?お前。」
 俺より食事の味付けの方が気になってるのは、羅刹拳の使い手で、男のような口
調なのに、女だって言う外本(ほかもと) 勇樹(ゆうき)。
「調味料は、ただ入れるだけじゃ、駄目なんです。タイミングが、重要なんです。
・・・おはよう御座います。瞬様。いつもより、お早くて嬉しいですよ。」
 この嫌味を言ってくるのは、藤堂 睦月さん。口調は丁寧なのに、きつい事を言
ってくる。もう慣れたけどね。
「すいません。瞬様。私、起こしに行ったのですが、25回起こしても、起きなか
ったもので・・・申し訳ありません!」
 言わなくても良い事を言う、天然の人は藤堂 葉月さん。睦月さんの妹だけど、
性格は和やかだ。
「25回?そりゃ兄様の、自業自得ですわね。天神家の長男なんですから、もっと
しっかりなさって下さいな。」
 注意してくるのは、俺の妹の天神 恵。アイツの言う事は、正論なので、反論出
来た事は無い。俺の自慢の妹だ。
「はっはっは。怒られてやんの。その点、俺っちは、早起きだろ?」
 自分を指差すクラスメートの桜川(さくらがわ) 魁(かい)。お前には、言わ
れたくない。お前、絶対、誰かに起こしてもらった口だろ。
「15回目で起きたから、魁君の勝ちだね。」
 おっとり口調の天然さんが桐原(きりはら) 莉奈(りな)さん。林間学校の事
件以来、魁と和解して、今では、彼女らしい。ちなみに俊男の腹違いの妹だ。
「最後、布団を引っぺがしたくらいだから不合格点じゃないのぉ?」
 ノリが良い女性が斉藤(さいとう) 葵(あおい)さんだ。莉奈さんと魁の友人
で、林間学校を通じて、この3人とも仲良くなった。っていうか、魁の野郎、ほと
んど俺と、変わりねーじゃないか。
「ま、良いんじゃない?起きたならね。瞬君と、あの馬鹿は、まだ寝てたんだし。」
 ブロンドの綺麗な女性だが、きつい事言ってくる、この女性はファリア=ルーン
さん。うちの居候で、魔法を使わせたら、この人以上の人は居ない。
「兄貴は、朝弱いからな。しょうがねーって。」
 年下の人を、兄貴と呼ぶこの人は、グリードさん。グリードさんも、朝は余り強
くない筈だが・・・。
「お?慌てて扉が開く音がしたな。来るぞ?」
 横で楽しげな口調で話すのはエイディ=ローンさんだ。すると、階段からダダダ
ダダと音がして、扉が開かれる。
「お、おはよう・・・って何だぁ?この人数は!!?」
 この落ち着きの無い銀髪の人はレイク=ユード=ルクトリアさん。伝記の英雄の
末裔で、凄まじい程の剣の冴えを見せる達人。だけど、どこか俺に似てる人だ。
「いやぁ、俺も、説明が欲しい所でして・・・。」
 俺は、頭を掻いて冷や汗を流しながら、皆を見る。
「お前も今、起きた所か。なら安心。」
 レイクさんに、安心されてしまった。
「安心じゃないでしょ?学校無いからって、油断するんじゃないっての。」
 ファリアさんは注意する。俺にも、向けられてる言葉だよなぁ。
「ファリアさんの言う通りよ。今日は、皆が集まるって決めてたんですから、恥ず
かしくないように、務めて下さるわね?」
 恵が念を押してきた。その圧倒的な迫力に、俺は頷くしか無かった。
 朝食は、賑やかながら安寧に終わる。だが、今日は、安寧に行くのは、ここまで
かも知れない。今日ここでやるのは、重要な事だ。
「で?伊能先輩と、紅先輩。それに、勇樹が居るのは何故だ?」
 俺は尋ねてみる。この3人は、いつものメンバーには、居なかった筈だ。
「俺は、昨日の鍛錬中に、体の違和感について、話し合ってただけだ。そこの伊能
とな。」
 紅先輩も体の違和感・・・って事は、あの力を・・・。
「おう。ワシも紅と話してたら、途中で俊男が、加わってきてな。ここに来れば、
その事が分かるっちゅうんで、ここに行く事になった。」
 伊能先輩もか。ある程度、予想はついていたが、ここまで、ほとんどのメンバー
が、あの力を受け取っているとはね。莉奈さんと葵さん以外、全員だ。
「って事は・・・勇樹も?」
「まーな。俺も体がしっくり来ないんで、昨日の内に、恵に相談したら、ここに来
るように、言われたんだ。一体、何だってんだ?これは。」
 勇樹も受け取ったって事か。まぁ最初の内は、戸惑うよな。
(君達は、才能を受け取るに足りる存在だと言う訳か。恐ろしい事だ。)
 感心してる場合じゃないだろ。説明しなきゃならねーな。
「では、兄様から説明があるので、道場に行きましょう。皆が入っても、充分動け
るだけのスペースは、御座いますわ。」
 恵が当たり前のように言う。しかし、それは学園の施設より大きいという事を意
味する。まぁ、確かに、ここの道場は、広いけどな。
 俺達は、それぞれ着替えて、道場に入る。あれ?何か涼しいぞ。いつのまに冷房
器具を入れたんだ?ついこの間まで、無かったじゃないか。
「おい。恵。いつの間に、空調入れたんだよ。」
「入れてないですわよ。ファリアさんの言う通りに改造したら、風が入るようにな
っただけですわ。」
 恵は、風の通り道を作る事で、この道場の締め切って暑いのを、何とかしたらし
い。ファリアさんも詳しいよな。
 そして、全員集まる。俺は、皆を見渡せる位置の中心に立っている。何だか緊張
するな。結構な人数だ。
「じゃ、説明を願いますわ。兄様。」
「・・・なぁ。それって、アイツ呼ぶのか?」
 俺は、恵に確認を取る。
「中の方が良いと言うのなら、大丈夫だと思いますわ。ここに加わった方には、こ
こでの事を絶対にしゃべらないと言う条件をつけて、いらっしゃるんですからね。」
 さすが恵だ。根回しは忘れない。それに確かに、ここに居る人達は、口が軽い方
じゃない。まぁ、大丈夫か。
(余り見世物っぽくして欲しく無いのだが?)
 あー。アンタが駄目なら、辞めとくさ。
(構わぬ。寧ろ、神の力を説明する時に、私が出てこなければ混乱するだろう?)
 そういや、そうだな。一番説明し易いしな。
「交渉成立した。代わるよ。」
 俺は、恵に交渉成立した事を伝える。
「分かりましたわ。じゃ、睦月に葉月、それとグリードさんにエイディさん。それ
と今日お招きした御三方は、これから起こる出来事を、特に他言しないように頼み
ますわ。初めてだと、驚かれるでしょうけどね。」
 恵は説明してくれた。まぁ皆も驚くわな。俺だって混乱したし。
(君は、私と代わる事に、集中したまえ。)
「なぁ。一体、何の話なんじゃ?」
「私に聞くな。どうやら天神に、何かが起こるらしいが?」
 伊能先輩と紅先輩が、早速、訝しげ始めている。
「何が起こるか、分からないけど、楽しみにしようじゃないか。」
 勇樹は、興味津々の様子だった。
「今日を楽しみにって、この事だったのでしょうか?」
「そうだと思いますけどね。」
 葉月さんと睦月さんまで、注目してる。緊張するなぁ。
「俺達は、何があっても驚かないつもりだけどなぁ。」
「まぁ色々あったしな。何が起こるか、楽しみにしようじゃないか。」
 グリードさんとエイディさんは、心待ちにしている。この人達は、レイクさん達
と色々体験して来ているので、多少の事じゃ、驚かない筈だ。
「じゃ、代わる・・・む・・・。」
 俺は、代わる事に集中し始めた。
 ・・・。
(代われたか?お。代われたみたいだな。)
 ふむ。君の気配が、そちらに行ったのを感じた。君も慣れてきたな。
(ま、これで4、5回目だしな。っと、やっぱ驚いてるな。)
 ま、この姿になると、目付きも、体付きも変わるからな。
「何だ?この異様なまでの神気は・・・。」
 エイディが、私の神気を感じ取ったようだ。まぁ、驚くだろう。
「こりゃ驚いた・・・。まさか、ここまでたぁね。」
 グリードも、予想外だったようだ。
「瞬様なんですか?」
「多分・・・そうなんでしょうけど・・・。」
 葉月も睦月も、信じられないようだ。
「アイツの髪、輝いておるぞ?ありゃ手品か?」
「そんな雰囲気じゃ、無さそうだ・・・。」
「何だよ?これ!?」
 巌時に修羅、それに勇樹も、驚きを隠せない様子だ。
「相変わらず派手だな。ええと、もう代わったんだよな?」
 レイクが確認する。私は頷いた。
「お初にお目に掛かる者も居るな。私は、瞬の中に居させてもらってる、天上神ゼ
ーダだ。お分かりだろうが、この事を知られると厄介なんで、他言無用を頼みたい。」
 私が言葉を発すると、さらに驚いた様だ。まぁ口調も、声色も違うしな。
「おい。レイク。これ本当か!?」
 エイディは、レイクに確認を取る。
「間違いない。俺は、あの姿で、奇跡を目撃している。」
 レイクは奇跡と言った。なる程。俊男を助けた時のか。
「ええと・・・神様・・・?」
 勇樹は、恐る恐る聞いてくる。
「そんな畏まる必要は無い。・・・それに君達が得た力は、私を得たに等しい力を
手にしているのだから、尚更だ。」
 私は説明してやる。そう。その力は、神に匹敵する。
「ええと・・・ゼーダ様は、私達の違和感について、ご存知なんですか?」
 葉月が聞いてくる。私は、頷いてやった。
「その説明をするのだったな。まだ理解してない者も多いだろうから、説明してお
こう。ま、聞いて置きたまえ。瞬もだぞ。」
 私は胸を見ながら、瞬に語りかける。
(わーっかってるよ。早くしろ。)
 せっかちだな。君は。・・・私は説明を始めた。


 おさらいをする。まず、力と言うものが存在する。その力について説明しよう。
 力には6種類ある。『闘気』『魔力』『源』『瘴気』『神気』『無』。この6つ
の力。それぞれ特徴がある。
 『闘気』。それは闘う気力を意味している。主に内部で爆発し、それは拳や剣な
どを通じて、力となって相手を圧倒する。格闘家が多い君達には、馴染みの力だ。
いつも闘う時に発揮してる力だと、思ってもらえば良い。
 『魔力』。これは、現在では余り知られてないが、伝記を読めば、結構使われて
いた力だと言う事が分かる。大自然の力を具現化する際に使われる力で、自然現象
を、左右させる力だと言っても、過言では無い。
 『源』。これは闘気と魔力を掛け合わせた力。それを宿す事によって、自然現象
を最速の速さで操る事が可能だ。爆発力を伴う事で、忍術などを使う際に使われる
力だ。速さに於いて、有利になる。
 『瘴気』。これは妬みや憎しみと言った暗い力を具現化した力だ。誰しもが心の
内に抱えている。この力は、破壊的な願望が強い。よって余りに大きな瘴気は、破
滅へと導きかねない。魔族が、得意とする力でもある。
 『神気』。これは癒しや享楽などを具現化した力。その力は前述した4つの力と
は意味合いが違う。これを利用する事で、奇跡と言われている事が実現し易い。天
変地異や、驚異的な回復などに使われる。瘴気と相反した力だな。
 『無』。これは、恐ろしい力だ。他の5つの力とは次元が違う。全てを無に帰す
能力で、これを纏った力に触れると、全てが無くなる。これを具現化すれば、全て
を遮る事が出来、全てを破壊する事が可能だ。
 この6つの力は伝記で使われてきた主な力だ。これは力であり、象徴でもある。
これを鍛える事で、皆は強くなる。日々の積み重ねが重要であり、そのために、修
練をする。強くなるとは、こう言う事を意味するのだ。
 ここで話を戻そう。君達が違和感を感じたと言う力だ。・・・正確には、力では
無い。これは『能力』だ。6つの力が、単純に力なら、今回手にした力は『特殊能
力』に近い。それぞれが、違う能力を手にしたのと同じだ。この能力次第で、今ま
で積み重ねた力が、一気に数倍になったりする。力が加算するのならば、能力は、
乗算と考えてもらって構わない。
 だが、この『能力』は、扱いが厄介でな。発動条件が、力とは根本的に異なる。
力は、その者が有しているので、出し切れば良い。だが『能力』は、自分から使お
うとしない限り、発動する物では無い。
 この能力は、神となった時に、それぞれ授かる事が出来る。いわゆる切り札、補
助的な能力だ。この能力は、世の摂理を無視する事も可能だ。その事から、我々は
この能力を『ルール』と呼んでいる。『ルール』とは、古代語で規則の事だ。つま
り、この能力は、規則を自分で作る事が可能だと言う意味だ。
 だが、この『ルール』。さっきも言ったとおり、使う者によって違う。摂理を無
視出来る範囲。つまり効果範囲が、能力により異なる。大概は、強力な能力程、効
果範囲が狭い。恐らく、発動すれば、どれくらいなのか分かる筈だ。
 どう言う能力なのか、教えて欲しいかも知れんが、自分で発動してみない限り、
分からない。だから、注意して、発動してみるのだ。そうすれば、どう言う能力な
のか、自ずと分かってくる。だが、それは、飽くまで見るだけに留めた方が良い。
この能力は、強力が故に扱いが難しい。暴走するなんて事も、ままありえる。だか
ら、乱用は、避けた方が良い。飽くまで、切り札だと言う事を忘れてはならない。


 私は話し終えた。どうやら、自分達に宿った力が、どれだけ危険な事か、理解し
始めた様だ。そうで無くては、駄目だがな。
「以上だ。何故、分散されたかは、ファリアが説明したまえ。私は、そろそろ瞬に
戻る。今日は瞬も、この能力を鍛えねばならぬ故、余り、消耗させたくない。」
 私は、話し終えると瞬に意識を渡す。
 ・・・。
 くっ・・・。お。以前より疲れが少ない。まぁ話すだけなら、そう力は消耗しな
いって事か。
「おい。戻ったのか?」
 紅先輩が聞いてくる。
「・・・はい。相変わらず、慣れないので、少し疲れました。」
 俺は、座り込む。すると、汗がダラダラ出て来た。やっぱ以前みたいに、いきな
り意識を失う何て事は無いが、きついぜ。
「んじゃ、ゼーダさんに頼まれたし、説明するわね。」
 ファリアさんは、自分達が、巻き込まれてきた事から話し始める。『絶望の島』
での体験。そして、この家に来る事になった事。そして自分達の生まれについて。
セントの横暴さに、セントで支配している、ゼリンとゼロマインドの事。上手い説
明を加えていた。俺は、その時間を休みに取れたので、かなり助かる。更に、恵が
加わって、何でここに集まったか、そして俺達が、何故こんな集まりになったのか
を説明してくれた。この前の、俊男の事件も説明してくれたから助かる。
「凄まじいな・・・。どうやら、とんでもない事に巻き込まれたって事だ。」
 伊能先輩も、さすがにマジな顔になってる。
「宿命・・・か。この爽天学園に集まった事も、偶然とは思えんな。」
 紅先輩は、今までの事を、思い返しつつも強い目付きになっていた。
「苦労してるの、俺だけじゃ、無いんだなー。」
 勇樹は、楽しそうな顔になっていた。共有する事で仲間になれた。それが、嬉し
いのだろう。基本的には、良い奴だからな。
「ま、この1日で理解するってのも、難しいだろうからな。夏休みの間は、ミッチ
リ俺達との特訓に付き合ってもらわないとな。俺は、昼から仕事があるから、それ
までだけどな。な?グリード?」
 エイディさんは、ちょっと残念そうにしていた。
「ま、仕方ねーか。兄貴は、俺達の分まで、強くなって下さいよ。」
 グリードさんは、本当に悔しそうだった。
「仕事から帰ってきたら、特訓に付き合うから、そう腐るなって。」
 レイクさんは苦笑する。学生なのは、こう言う時に強いな。
「そう言えば、どんな仕事してるんですか?」
 俺は疑問に思っていた。
「ああ。日雇いの警備さ。俺もグリードも、緊張感がある方が似合ってるんでな。」
 エイディさんが、警備員か。一番似合ってるかもな。
「まぁ、時間が決められてる分だけ、マシだ。」
 グリードさんは、不平を言いつつも、今の仕事は気に入ってるようだ。
「じゃ、そろそろ特訓を始めましょう。皆のご挨拶も兼ねてね。」
 恵は恐ろしい事を言う。これから、こんな調子が続くのだろうなぁ・・・。
 俺達は、この日から能力を探し、磨く。そして修行も兼ねると言った、恐ろしい
生活をする事になった。


 なる程。これが神の力。納得出来る。
 今まで、どんな苦労をも、無にしてきた忌々しい力を・・・ここまで操れるとは
ね。これは、凄い力だ。これを使いこなせば、私は、理想の私になれる。
 とは言え、油断は出来ない。これから、何が起こるか分からない。あらゆる手を
打っておく事は重要だ。もう・・・あの力で、苦しむのは真っ平だ。私は知ってい
るのだ。この力のせいで、どれだけ回りに迷惑を掛けているかをだ。
 元はと言えば、あの男が悪い。だが、そのせいばかりにしてられない。あの男の
せいにしたままで、努力を怠るなんて、私が最も忌み嫌う行為だ。
 もう一度、復習してみよう。これまでの事もある。何度と無く失敗してきた日々、
その度に、あの男を恨む事で、乗り越えてきた日々。それも、限界に達した時に、
ついに、この忌まわしい力を解放してしまった。あの男を、この手で殺した。不思
議と罪悪感は無かった。何よりも、私に殺される事を、あの男が願っていたのだ。
何と言う皮肉。私が思っていた理想と、あの男が抱いていた野望が一緒だった。
 私は『完成品』らしい。産まれた時から、凄まじい才能を有していたらしい。そ
んな事は、私は知らない。あの男は、自分に才能が無かった物だから、私に全てを
注ぎ込んだ。そのおかげか、私は、とてつもない強さを手に入れた。しかし、それ
が人間が宿しては、いけない力だと気が付いたのは、物心が付いてすぐだった。そ
の時、既にこの力の方は、完成していた。あの男曰く、こんな才能は、見た事が無
いらしい。そんな事、知る物か。こんな力、私は要らなかった。小さな幸せが守れ
れば、良いと思っていた。
 私が殺した男。その男の名は、天神 厳導(げんどう)。本名は魔族ゲンドゥ。
母である天神 愛(あい)は、戸籍上では、結婚しない事になっている。今は、ど
こかの寺で、尼をやっていると聞いた。私を産み落とした罪を、贖っていると言う
話だ。フフフフフ。私は、産まれてくるのすら罪だったのか。魔族とのハーフ。私
が苦しむと知りながら、産んだ事を悔やんでいると聞いた。ま、実際に、この力を
抑えるのは、大変だったし、それも頷ける話だ。だが、勝手な事だ。おかげで私は、
母の居ない生活だった。だけど、別に構わない。私には兄様が居た。血の繋がって
ない兄様。遠縁に当たる兄様。正確には、叔父に当たる。兄様は、昔から眩しい存
在だった。穢れの無い魂をしている。正しいと思う事を、理解して実践出来る人。
 今の生活は、今までの生活からしてみたら、夢のような生活。ただ強くなって、
帝王学を学ぶ日々とはサヨナラ。学校へ行っても、天神家と言うだけで、人々が道
を開ける詰まらない生活ともサヨナラ。私は、生きていると実感出来る。だが、そ
のためには、私の中に眠る忌々しい瘴気を、完全にコントロールしなければならな
いと思っていた。暴発し兼ねない力。瘴気に捉われた人間は、自らの理性を失うと
言う事例もある。それだけは避けたかった。そのために、パーズ拳法も習った。
 だが、幸運は突然訪れた。それがこの神の力『ルール』。今、兄様の中に居る天
上神ゼーダさんからの話だと、それぞれ違う力を有していて、『能力』として乗算
に値する力だと言う事だ。その時は、ピンと来なかったが、少しずつ『ルール』を
意識して使ってみたら、私の一番、欲しかった能力だと言う事に気が付いた。
 私は、この『ルール』に既に名前を付けている。私に相応しい力だ。それが『制
御(せいぎょ)』のルール。あらゆる力の『制御』を司る力。試しに、最近覚えた
『源』なども、思うがままに操る事が出来た。これは凄い力だ。ゼーダさんの言う
通り、神だけに許された力と言うのも、納得出来る。有効範囲は、500メートル
程だ。ルールを発動しているギリギリの所まで、力の制御を細分化して管理出来る。
とは言え、湧き出る瘴気を抑えるために、いちいちルールを発動していたのでは、
割に合わない。飽くまで緊急の時にだけだ。そう言う意味で、ゼーダさんが、色々
制約があると言ったのも理解出来る。ルールは強力な力だが、余り使い過ぎると、
感覚が麻痺してしまう。最も仲間内で、どう言うルールが発動出来るのかを、教え
るくらいは、構わないと言っていた。ただし把握するのは、自分の役目らしい。
 平常の私でも、瘴気をコントロールしてこそ、初めて自分に打ち勝てたと言える
だろう。ルールを使い過ぎるのは、止めよう。だが、自分の力を理解するのは大事
だ。だから少しずつ慣れていく。そして、いつか自由に使いこなしてみせる。


 妙な能力が蔓延したものだ・・・。と俺は思った。ここに来てから、素晴らしい
仲間達に会えた。勿論、ジェイルを忘れた訳じゃあない。でも俺は、ここに来てか
ら、伸び伸び生きている感覚を覚えている。
 ファリア、エイディ、グリードも共に居る。これでジェイルも一緒ならな。と、
いつも思う。でも暗い事を考えるのは、体に毒だと励ましてくれる仲間が居るから
敢えて、考えないようにしている。勿論、忘れた訳じゃないけどな。
 それにしても、仲間内で、神に取り憑かれる奴が居るとは思わなかった。しかも
本人は、満更でも無さそうだしな。ジュダさんも、勿論凄い神だ。でも瞬の中に居
るゼーダは、それ以上の、威厳を感じる。ジュダさんの前の神のリーダーだったっ
て聞かされたので、なる程。納得だ。
 魔炎島での出来事は、勿論忘れない。魔族にだって、良い奴がいっぱい居るって
事を、身をもって味わった。でも、ここでの出来事は、それ以上かも知れない。共
感出来る仲間が居る。今までの仲間も、共感する。今までの生活からしてみたら、
信じられないくらい充実している。これも、あの瞬の妹の天神 恵のおかげだ。若
いのに、大した物だよ。あのお嬢様は。
 それはそうと、ゼーダさんから説明された能力。『ルール』と言ったか。俺は、
真っ先に思いついたのは、剣術だった。瞬も空手に関する事だって、仄めかせてい
たし、それを考えると、俺は、剣術に関する事なんだろうって直感で思った。案の
定、何か漲る力を感じた。今まで以上だ。ルールの発動の仕方は、何となく理解し
た。頭の中のスイッチを入れる感じだ。すると、自分を中心として、ルールの範囲
が把握出来る。他人のルールが発動されていると、多少の違和感を感じるから、ル
ールを持っている者同士だと、存在が分かるのかも知れない。ただ、ほんの僅かな
違和感なので、恐らく意識して無いと無理だ。瞬は勿論、恵も、時々使っている節
がある。俺も発動してるので、範囲に入っていれば、アイツらも気が付くだろう。
 ファリアやエイディ、グリードも、時々使っているみたいだ。ただ、共通の認識
として、自分のルールは、自分で把握する事。って事になっている。何でかと言え
ば、自分で使う事で、自分のルールを作り上げると言う感覚が、大事なのだとゼー
ダさんは言ってた。つまりどう操るかも、自分のセンスに掛かっていると言う訳だ。
 だからルールの名前も、自分で付ける事になっている。瞬は、早速見つけたらし
い。確か『破拳(はけん)』のルールだと言ってた。全てを貫く、破壊の拳と言う
意味らしい。如何にも瞬らしい。恵は『制御』のルールだと言っていた。どう言う
ルールか聞いてみたが、凄まじい程の応用力の良さで、まさしく、鍵になるであろ
うルールだとファリアは言っていた。いかにも恵らしいルールだとも言ってたな。
 で、俺のルールは・・・ルールの中であれば、斬りたい物が斬れると言う凄いル
ールだ。効果範囲の中なら、何でも斬れる。俺は、空間まで切り裂いて、次元の入
り口を作る事が出来た時には、寒気がした。これが神の力か・・・と。その代わり、
斬りたく無い物は無視出来る。そこが俺のルールの、優れた所だろう。このルール
を俺は、『万剣(ばんけん)』のルールと呼ぶ事にした。万物を斬る剣と言う意味
でだ。
 滅多に使わないだろうが、どういうルールか把握するのは、悪い事じゃない。ど
うやら集中して見れる範囲なら、全てに適用らしいので、効果範囲は、20メート
ル程だ。だが、注意を広げる事で、遠くの物も斬る事が出来るし、反対に、注意を
狭める事で、近くのみ斬る事も可能だ。近くの場合は、斬る威力が増す事も分かっ
ている。俺のルールは、瞬のルールと似ている。ただし、瞬の方が、段違いに威力
は上だろう。俺も、かなり近めに限定すれば、瞬のルールに近い威力を出す事は可
能だが、同じにはならない。瞬のルールは、拳の先までなので1メートル行くか行
かないかだ。それだけに、威力は段違いに強い筈だ。
 俺は、このルールを徹底的に把握して、剣術にも磨きを掛けている。それは、親
父が言っていた、あの伝記の剣ゼロ・ブレイドを発見した時に、最大限の力を発揮
しなければ、ならないからだ。今回の敵と思われるゼロマインドを打倒するには、
ゼロ・ブレイドの力が無くては、不可能だろう。
 そう言えば、ゼーダさんが、妙な事を教えてくれたな。ゼロ・ブレイドは、剣じ
ゃ無いと・・・。あれは記憶を、無尽蔵に溜め込む記憶の渦であり、『記憶の元始
(げんし)』と言うのが、正式名称だと言っていた。そして俺の血脈には、ゼロ・
ブレイドを扱えると言う記録が、刷り込まれているのだと言う。そして、持ち主の
強い志向によって、形が変わるのは、生きている証拠なのだと。
 今の俺が触ると・・・どう変わるんだろうな・・・。
 『万剣』のルールと、『記憶の元始』。俺の力に、なってくれるんだろうか?


 一通り把握した。私の『ルール』。確か、自分が望む力が強ければ、強い程、相
応しいルールが、手に入るんだったっけ。それなら納得。
 瞬君は『破拳』のルール。全てを破壊する拳。彼らしい。彼の場合、派手だから
ね。使ってると、すぐに分かる。禍々しいまでの力を感じる物。で、恵さんが『制
御』のルールか。全ての力を、制御出来るとか言ってたわね。しかも範囲は500
メートルを超えると言う話だし。凄いわね。彼女は、自分の中に居る魔の力、瘴気
を抑えたがってた。なら、納得よね。でも彼女の凄い所は、それを、更に進化させ
た事だ。より強力にするために、自分で更なるルールを追加したらしい。と言うの
は、限界を解除するためのルールらしい。彼女のルールは、全ての力を制御出来る
凄いルールだけど、制御には、限界がある。だけど、それを更なる強化を施すため
に、自らの力を完全に遮断する事で、更なる制御が出来るようにしたらしい。集中
力が高まって、能力をフルに発揮出来るとか言ってた。その状態なら、神ですら止
めてみせると、彼女は言った。凄い自信だけど、彼女になら、出来そうだと思える
所が、また凄い所よね。
 で、レイクは、思った通り、剣術を使ったルールだった。『万剣』のルールと言
う名前らしいけど、目の前に映る物を、斬る事が出来るルールらしい。それは、例
え空間であろうが、放たれる力の塊であろうが、関係無しに斬れる。効果範囲を狭
めると、その威力も増すと言う話なので、かなり使い勝手が良いルールなんだろう。
 そう言う意味では、私のルールも負けてはいない。でも、私は、既にこのルール
の効果範囲を決めてしまっている。本当は、効果範囲を広げる事も出来た。だけど、
このルールを、どうしても強力にしたい。その一心で、効果範囲は、ゼロにする事
にした。それは即ち、自らの中でしか、発現出来ないルールと言う事になる。だが、
強力な程、好都合なのだ。私のルールは『召喚(しょうかん)』のルール。その名
の通り、このルールを使用している間は、召喚に関する事項が、全て強化される。
そのレベルは、想像を超えて、強化出来る。以前なら、相当魔力を要した神話の中
での武器の召喚など、『召喚』のルールを使用すれば、湯水のように出せる。後ろ
に、その類の武器を並べて、次々に投げつける事だって出来る。以前では、考えも
しない程の力だ。その召喚の範囲を広げる事も可能だった。だが、そんな事は無意
味だ。それならば、自らの召喚の力を強化して、完全なる制御が出来る方が良いに
決まってる。この状態なら・・・魂の召喚も可能・・・。私は、そう思っている。
 でも、それは、まだ早い。もうちょっと慣れてから、そして、誰かと一緒の時で
なければならない。それくらい慎重にしないと、いざ乗っ取られた時に、対処出来
ない。だが、この力なら、いける。そう思わせる程の力だ。神の力と言われれば、
納得出来る。こんな力が、ありふれていたら、それこそ困る。
 最初は、魔力関係のルールだと思ったんだけどな。まさか、召喚に特化したルー
ルだとは、思わなかった。でも、考えてみれば当然だった。私が、あれ程、魔力を
磨いたのは、全て召喚に耐えられるだけの魔力を、手に入れたいと思ったからだ。
そして、自分で言うのもなんだが、私は、魔力に関しては、ズバ抜けた才能がある
と自負していた。だから、召喚に特化する事は、寧ろ好都合だった。
 これで、ゼロ・ブレイドを召喚出来れば良かったのだが、あの剣だけは、無理だ
った。あの剣は、正体が、剣ですら無い。何より自分で触る事すら出来ない。あれ
は、レイクの一族でしか触れない物だ。それだけじゃない。何か強力な封印が施さ
れている感じだった。・・・あるいは、セントが、どこか凄まじい場所に、隠した
のだろう。
 いずれにしろ、この力を磨くしかない。そして、念願の召喚が出来る。ずっと夢
見てた。召喚しなきゃならない人が居る。やっと・・・出来るんだ。


 凄い力だ。神の力なんて呼ばれるのも分かる。僕が手に入れた『ルール』は、大
した事が無いように思われる。だけど、これは、僕にとっては凄い事だった。最初
は半信半疑だった。でも、実際、こんな事が出来るんだ。信じなきゃいけない。
 僕はパーズ拳法の八極拳が主体だ。この拳法は、常に体勢を落ち着かせなければ
ならない。どんな強い技でも、好い加減な足場では、半分の力も出せない。そんな
想いが通じたのか、僕の『ルール』は、『跳壁(ちょうへき)』のルールだった。
これは、好きな所に、足場と壁を作る事が出来るルールだ。このルールを使用して
いる間は、自分が認識した所は、全て足場として理解出来る。例えば、空中でも良
い。これならパーズ拳法は、完全に発揮出来る。
 しかもこれは、僕だけでは無い。僕が許可すれば、誰にだって可能だと言う所が、
また凄い。この力を上手く使えれば、戦局を大きく変える事も可能だろう。僕が、
ここが壁だ、ここが足場だと認識出来る所は、見えるようになる。つまり許可した
人だけが、そこに壁があるように見えると言う訳だ。見えない人は、空中を行き来
するようにしか、見えないだろう。
 効果範囲は、自分を中心に50メートル程だ。段々見えてきた。色々、汎用性も
ある。生物は、足場を見つけると言うのは、大事な事だ。それをいつでも作れると
言うのは心強い。
 ルールを適用する時は、頭のスイッチを切り替える。常にオンにしているのは危
ない。浪費し続けると、いざと言う時に、フルに発揮出来ない。それでは駄目だ。
これは、他の人も感じている筈。だから、ルールを使用し続けたりしないのだろう。
 そう言えば、恵さんは『制御』のルールと言っていた。自分の力だけで無く、全
ての力を制御するルールらしい。これでパーズ拳法は、教えなくても制御出来ると
言ったら、拳で殴られた。ルールを適用しないと抑えられない様な、不完全なまま
では嫌だと言っていた。それに、ここまで来て、パーズ拳法を中途半端なままで終
わらせるのは、自分の心が許さないとも言っていた。恵さんらしい。自分に課す事
を、絶対に忘れない。それに恵さんの言う通り、ルールを適用しなければ、抑えら
れないのでは、意味が無いかも知れない。僕としては、恵さんに稽古をつけられる
と言うだけで、ホッとしてしまう。彼女は優秀な弟子だ。あれで、合気道の方も全
く衰えてない所を見ると、自分の自由時間は、合気道の復習もしているのだろう。
恐ろしいまでの覚悟だ。それでいて、天神家の当主としての役目も忘れていない。
ああ見えて、恵さんは最終的な決定は、全て自分でやっている。その残処理を、睦
月さんに任せているとの事だ。本当に僕より年下なのだろうか?疑ってしまう程だ。
 そう言えば、皆、言っていたな。恵さんは、適応能力が非常に高いと。ファリア
さん曰く、1教えたのに、10を理解してくれるらしい。料理の飲み込みも、凄ま
じい早さだった。葉月さんも、合気道の基本から応用までマスターするのに、1年
掛からなかったと言っていた。睦月さんも天神家の当主としての心構えを教えた、
次の日から、実践して見せたと話していた。勉強一つとっても、普通の人が勉強を
するといったら、公式を覚えたり、情報を詰め込んだりするのに対して、恵さんは、
常に理由まで詮索して勉強しているらしい。そう考えると、楽しく出来るからと言
うのが、理由らしいが、とんでもない。僕達は、覚えるだけで手一杯だというのに。
 見習わなきゃいけないのかもな。感心しているだけじゃ、駄目だな。


 どうやら皆、『ルール』を使いこなしているみたいだ。瞬君は元より、恵さんや
トシ君、レイクさんにファリアさん何かも、どう言う『ルール』か把握していて、
どう言う風に使っていくのか、考えている最中だと言う。
 だけど・・・私のは、軽く使って良い『ルール』じゃない。さすがにビックリし
た。皆から情報を聞いてるから、どういう風に『ルール』を発動するのかは分かっ
た。頭のスイッチを切り替える感じ。私にも、すぐ出来た。そして効果範囲だけど、
私には効果範囲が最初から設定されてない事も判明した。それは当たり前の事だ。
強力過ぎるからだ。最初は、何も起こらないので、意味が分からなかった。何だか
置いてけぼりにされたようで、気に食わなかった。だがある日、突然、その効能が
分かった。いつも修練用に叩いているサンドバッグが傷んでいた。長年使っている
ので、直した方が良いかな。と思いつつも、『ルール』を込めた拳で殴りつけた。
すると、奇跡が起きたのだ。サンドバッグの傷が、みるみる塞がったのだ。
 まさかと思って、私は、枯れかけた花に、ルールを使ってみると、元気になった
のだ。その瞬間悟った。私のルールは『治癒(ちゆ)』のルールだと・・・。何で
この能力が発動したのかは知らない。だけど、近所の猫の怪我とかも、治せる事も
知ると、間違いなかった。信じられない。ファリアさん曰く、神聖魔法は、素質に
拠る物が大きいのだと言う。凄い能力の持ち主だと、触れるだけでも、傷を負った
箇所を治せたりするらしい。私は、半信半疑だった。確かに伝記の時代なら、それ
くらいの能力の持ち主も居たかも知れない。だけど、今は、魔法を使うと言う概念
ですら危うい時代なのだ。それだけじゃない。ファリアさんは言っていた。どんな
凄い素質の持ち主でも、傷を塞ぐ作業と、痛みを和らげる作業を、一緒に行う事が
出来ないのだと。だから、まず傷を塞ぐ。そして、傷が大丈夫だと判断したら、痛
みを和らげる。それが、回復させる時の基本だとも言っていた。だが、私のは、明
らかに両方を同時にやっている。実際に私に対しても、怪我した際に使ってみたら、
間違いなく、両方やっていたのだ。だが、強力な故に、この『ルール』を発動させ
た後に、やってくるのは激しい疲労だった。恐らくこれは、私自身の力が、足りな
いせいだろう。無理矢理、回復の力を得ているせいで、体が過剰反応しているのだ。
よって、私は神聖魔法を習わなくてはならない。思えば滑稽な事。魔法なんて、余
り信じてなかった自分が、魔法の素質を認めて、習おうとしてるのだ。
 ファリアさんに言ったら、正直に驚いていたが、すぐに理解してくれた。そして、
ついでに素質を見てもらったが、間違いなく神聖魔法に特化した素質だったらしい。
反対に言えば、他の魔法の取得なんて、無駄だと思えるくらいらしい。基本魔法で
ある『熱』よりも、神聖魔法の疲れを癒す『精励』の方が魔力の負担が少ないくら
いなのだと言う。それは、素質の問題らしかった。
 私は基本魔法である『熱』ですら、苦労していたので、見逃したらしい。私には
魔法の才能は無いと判断したらしい。それが、間違いだったのだ。私は、神聖魔法
のみに於いては、ファリアさんを上回る才能を持っていたのだ。だが、基本魔法で
ある『熱』ですら、覚えるのに結構掛かった私に、神聖魔法のみ素晴らしい才能が
あるなんて、誰が見抜けようか。見抜けはしない。
 まさか一条流空手の跡取りが、神聖魔法が上手く使えるなんてね・・・。


 『ルール』について分かってから1週間がたった。大体どんな『ルール』か把握
して、それぞれに試している段階だ。
 俺は言うまでもなく『破拳』のルール。全てを破壊する拳。要するに、このルー
ルを発動中は、凄まじい攻撃力を得る事が出来る。だが、効果範囲は、拳が伸びる
までなので、無いに等しい。その分、強力なのだと言う。
 恵は『制御』のルール。あらゆる力の制御。と言っても、限界があるらしいので、
恵は自らの行動を制限する事で、限界を上げたと言っていた。恐ろしい事を考える。
このルールを利用すれば、かなりの制御が可能だと言う話だ。
 俊男は『跳壁』のルール。足場を作るルール。一見大した事が無さそうだが、俊
男に許可されて『跳壁』の足場を見させてもらったら、凄い事だと判明した。どん
な空間であろうと、安定した足場を作れる。これは、かなりの物だ。
 江里香先輩は、『治癒』のルール。一瞬にして、全てを回復する事が出来るルー
ル。言うまでもなく強力だが、まだ、神聖魔法を習ってない分、体に負担が掛かる
のだとか。神聖魔法の凄い素質があるらしく、現在、ファリアさんに習い中だ。
 レイクさんは『万剣』のルール。万物を斬るルール。俺と違うのは、効果範囲を
広げたり絞ったり出来る点だ。その範囲の中でなら、目の前にある物の全てが斬れ
るのだと言う。効果範囲を絞れば、俺と同じくらい威力が増すらしい。
 ファリアさんは『召喚』のルール。召喚に特化したルールだ。このルールを適用
時には、神話の時代の強力な武器を、湯水のように召喚することが出来るという。
実際に見せてもらったが、凄い数だった。だが、ゼロ・ブレイドだけは、無理だっ
たと言う。何か制限が、ついているらしい。分からない物だ。
 グリードさんは『千里(せんり)』のルール。異様な程、目が良くなるルールら
しい。効果範囲は、5キロにもなる。正に千里眼だ。グリードさんの射撃と合わせ
ると、どれくらい恐ろしい能力なのか、分かる気がした。
 エイディさんは『紅蓮(ぐれん)』のルール。元々、炎の忍術が得意だったエイ
ディさんの能力を、増したようなルールだ。効果範囲は10メートル程だが、強力
な炎を、纏う事が出来るのだと言う。
 亜理栖先輩は、それに対応するかのように『帯雷(たいらい)』のルールだ。亜
理栖先輩は、雷に関する能力が得意だったため、身に付いたルールだ。効果範囲は、
これも10メートル程で、雷を纏う事が出来る。
 睦月さんは『転移(てんい)』のルール。自分の知っている場所なら一瞬にして
移動が出来るルールだ。一日中、家の中を動き回らなければならない睦月さんには、
ピッタリの能力だ。効果範囲は、20メートル程だが、非常に助かってるらしい。
 葉月さんは『結界(けっかい)』のルール。魔法で作る『結界』に似ているらし
いが、それより凄いらしい。その中では、次元が全く違うらしく、何者も入り込め
ない。ルールまでも、遮断する事が可能らしい。
 紅先輩は『重心(じゅうしん)』のルール。重心のポイントをずらす事で、倒れ
なくなるらしい。柔道に打ち込んできた紅先輩らしいルールだ。これは効果範囲内
なら、誰でも適用可能らしく、30メートル以内なら誰でも適用なのだとか。
 伊能先輩は『鋼身(こうしん)』のルール。文字通り鋼鉄の肉体になるルールだ。
使ってる間は、限りなく肉体は硬くなって重くなる。だが体の自由は利くし、使い
勝手は良いらしい。その代わり、効果範囲はゼロだ。
 勇樹は『線糸(せんし)』のルール。ルールを発動した瞬間に、糸のイメージが
出来たのだと言う。その後は、その糸を、自由自在に使いこなす事が可能だったと
言う。効果範囲は200メートル程で、かなり自由が利く能力だと言う話だ。
 そして、魁は、まだ決まっていない。違和感を感じるが、まだ何が出てくるのか
分からないのだと言う。ゼーダ曰く、目覚めるのが遅い者も、居ておかしくないと
の話だったので、間違ってないのだろう。
 それにしても、色々な能力に目覚めた物だ。だが、それに甘えること無く、普段
の修練を積んでいる。結局は、この力も、元の力が強くなければ、無駄になってし
まいがちだからだ。いつものメンバーに、伊能先輩、紅先輩、勇樹が加わっただけ
の話だ。天神家では、そろそろ、道場をでかくしようか考え中なのだと言う。
 どうなる事やら・・・。


 そんなこんなで、新年に入った。さすがに新年は、修練中止との事だったので、
朝からゆっくりするのかと思いきや、皆で、初詣に行くと言う話になったので、付
き合う事になった。さすがに三賀日は、エイディさんやグリードさんも、仕事が休
みになったとかで、晴れ着の女の子をゲットせねばと、息巻いている。何ともエイ
ディさんらしい。レイクさんなんかも、初詣なんて、人生で初めてなので、どうや
るのか?と俺に凄く聞いてきた。嬉しいんだろうなぁ。
 女性陣は、晴れ着を着るので、忙しいので早起きをするらしい。微笑ましい限り
だ。ガリウロルは南半球なので、晴れ着と言っても、浴衣に近い格好なのだが。そ
れでも、いつもとは、違う魅力があるに違いない・・・とエイディさんは言ってた。
そんな物なのかな?でも恵とかの晴れ着は、3年振りだしな。アイツも、多少変わ
ったんだろうな。それは兄としても、嬉しい限りだ。
 そんなこんなで、うちには客人が、いっぱい来る事になっている。睦月さんの提
案で、朝は、天神家で雑煮を振舞う事になったのだ。だから、俺達が起きるより早
く、うちに来ている奴も居る。
 早速、降りてみると、晴れ着を着るのに手間取っている女性陣以外は、皆、居た。
中々現金な人達だ。
「あけましておめでとうだな!瞬よ!」
 豪快に挨拶するのは伊能先輩だ。雑煮を食うつもりで、腹を空かせていたと言う
のは、あながち嘘じゃないだろう。紅先輩もいる。
「さすがに、女性陣は遅いね。」
 そう言いつつも、ウキウキしてるのは俊男だ。この日ばかりは、俊男も浮かれて
いる。珍しい図だ。魁なんかも、同調している。平和な事だ。
「ふあーあ・・・。ねみぃ・・・。明けましておめでとう?だっけ。」
 寝惚けた挨拶をするのは、レイクさんだ。相変わらず朝が苦手らしい。昨日教え
た正月ならではの挨拶を、ちゃんと覚えていたらしい。
「しかし、用意が良いねぇ。皆さんは。」
 俺は呆れる。これから、晴れ着の女性がいっぱい出るとなると、こんなにも早起
きする物なのかね。
「兄貴が起きてたから、俺も、起きたまでですよ。」
 と言うのはグリードさんだ。この人はレイクさんに遵守する。相変わらずだ。
 しばらくすると、扉が開かれる。すると、藤堂姉妹が出て来た。
「皆様、明けましておめでとう御座います。今年も、宜しくお願いしますわ。」
 睦月さんだ。丁寧な挨拶で締めくくる。それにしても、髪を束ねて、中々色っぽ
いな。いつもの、使用人ご用達のメイド服も嫌いではないが・・・。
「皆さん、明けましておめでとう御座います。今年も、宜しくお願いします!」
 ちょっと柔らかな口調なのは、葉月さんだ。黒髪はそのままだ。青い晴れ着が、
かなり似合っている。中々に乙な物だ。ちなみに睦月さんは緑色の晴れ着だ。
「うむ。やっぱ正月は良い!!」
 魁が、拳を握りながら喜んでいる。まぁ気持ちは分かるけどね。
 と、そこに来客が来たようだ。この足音だと、2人だな。
「明けましておめでとー!今年もよっろしく!」
「明けましておめでとうね!今年も、宜しくです!」
 葵さんと莉奈さんだ。正月なので、いつもより元気だ。それにしても葵さんは、
名の通り薄い、紺色の晴れ着。莉奈さんはピンク色だ。結構似合うな。
「お。今日は、めかしこんで来たな。莉奈。」
「トシ兄は、気にしなさ過ぎなんですよ。」
 俊男の冷やかしも、気にしない。今日は、かなり浮かれているようだ。
「うん。似合ってる・・・。」
 魁は、見惚れているようだ。意外に照れ屋だな。
「ありがとう。魁君に言って欲しかった。」
 莉奈さんは、本当に嬉しそうな顔をする。幸せだな。魁の奴・・・。
 そうこうしてる内に、今度は、3人来たようだ。
「明けましておっめでとー!やっぱ、正月は晴れ着に初詣よね!」
 江里香先輩だ。かなりハイテンションだ。黄色の晴れ着を着ている。明るくて、
江里香先輩に、似合うと思った。
「よっ。明けましておめでとさん。今年も頼むよ。」
 亜理栖先輩は、気さくな感じに挨拶する。紫の晴れ着か。落ち着いた感じだな。
これもまた、似合うなぁ。
「明けおめだな。あー・・・この着物、着難いぜ。親父の奴、着てけって、うるせ
ーし。全く、俺には、似合わないと思うんだがなー。」
 勇樹は、ぶつくさ文句言いながら、橙色の着物を着ていた。あ、あの勇樹が、な
んつう色気だ!着物って怖いぜ!!
「うむ。良きかな良きかな!正月は、色々楽しめるのぉ!!うむ!!」
 伊能先輩まで、感涙している。皆、美人だしな・・・。そういえば、我が家のあ
と2人は、何をしているんだ?
「あら?もう、皆、揃ってるみたいですわね。」
「本当に?あら・・・本当だ。手伝ってもらって悪いわねー。」
 2人の声が扉越しに聞こえる。珍しいな。恵は、結構キッチリ時間は守る方だ。
となると、ファリアさんが着るのに、手間取ったのだろう。そして、出てくる。
「うわぁ・・・。」
 俺達は、感嘆の声を上げる。こりゃ凄い・・・。恵は、真っ赤な晴れ着だ。一部
の隙も無い。完璧と言っても良い。着こなしも、完璧なら身のこなしも完璧だ。そ
れに対して、ファリアさんも凄い。初々しいのだが、金髪に真っ白な晴れ着。似合
い過ぎる。凄く神聖な感じがした。この選択は、ピッタリとしか言いようが無い。
「明けましておめでとう御座いますわ。皆様。今年も、宜しくお願いしますわ。」
「明けましておめでとう!いやー。着物って、面倒臭い物なのねー。」
 恵は、完璧に挨拶したのに対し、ファリアさんは、笑いながら挨拶する。
「いやぁ・・・凄いな。恵。」
 俺は、素直な感想を言った。豪華絢爛と言えば良いのか・・・。ファリアさんが
透き通るような美しさなら、恵のは、幻想的な炎のような美しさだった。
「ガリウロルの正月は、サイコーだ!!」
 エイディさんが、力説している。同感だなぁ。
 それから、皆で、雑煮を食べた。昨日の内に用意しておいたので、後は、俺達で
突くだけだった。そうなると、どんどん突いて、どんどん作るだけだ。皆で、餅を
突いた後に、美味しく食べた。藤堂家秘伝の雑煮だったらしく、睦月さんや葉月さ
んが自信を持っていたっけ。この所、二人共、やたらと気合が入ってる。
 どうやら、『ルール』の事だけじゃなく、全ソクトアご奉仕メイド大会が近づい
ているせいでもあるらしい。睦月さんも、葉月さんも上位入賞の常連だ。簡単に、
その座を明け渡す訳には、いかないのだろう。
 と、睦月さんの耳に誰かが耳打ちする。すると、恵の耳にも入る。すると、恵が
手招きする。俺とファリアさんとレイクさんか。
「どうした?何かあったのか?」
 俺は聞いてみる。
「レイクさん達一行が、泊まって無いか?って客が、来たらしいですわ。」
 恵は、緊張した面持ちで答える。なる程。確かレイクさん達は、追われてる身だ
ったよな。それを尋ねてきたってのは・・・拙いかもな。
「ま、相手がどうあれ、会うしか無いかな。」
 ファリアさんは、思案していたようだが、下手に逃げるのは、良くないと思った
らしい。相手も、こっちに居ると知っていて来たのなら、いつかは、バレると思っ
たのだろう。それに、ここにレイクさん達一行が居るなんて、普通は思わない事だ。
「睦月、私と兄様で対応します。レイクさんとファリアさんは、玄関越しで見てて
下さい。相手の正体を、見極めないと、いけません。」
 恵は、キビキビと指示を出す。どうやら、正月早々、事件の匂いがするぜ。
 俺達は、玄関に向かう。そして、レイクさんとファリアさんは、玄関越しに玄関
の様子が見える、モニターの所で、待機となっていた。俺と恵は門をくぐって対面
する事になった。
 すると、そこには柔らかな顔をした晴れ着を着た女性と、スーツが似合う色黒の
男性が立っていた。
「天神家にお越し戴いて、ありがとう御座います。当主の、天神 恵と申します。
ご用件をお伺いに来ましたわ。」
 恵は、丁寧に挨拶する。相手の反応を伺うつもりかな。
「恵の兄の天神 瞬です。知人に会いに来られたんでしたっけ?」
 俺は、さりげなく切り出す。恵から、余計な事を言うなと、目で抗議される。
「あ。はい。ええと・・・こちらにレイク様を含む4人がいらっしゃるってお手紙
を貰いまして・・・せっかくだし、ご訪問しようかな?と思って来たんです。」
 女性は、ニッコリ笑いながら、手紙を恵に手渡す。
「その手紙は、友人であるゼハーンが書いた物だ。参考になると思うが?」
 男性は、説明を付け加える。ゼハーンさんまで、知られているのか。
「あ、申し遅れました。私、ナイアと申します。」
「私はシャドゥと言う。名を名乗らないのは、非礼であった。許されよ。」
 ナイアと名乗った女性と、シャドゥと名乗った男性は、一礼する。すると、扉が
勝手に開いた。そこには、興奮した面持ちのレイクさんとファリアさんが居た。
「ナイア!それにシャドゥさんじゃない!」
 ファリアさんは、懐かしそうに二人を見る。
「久しぶりです!!いやぁ、ここまで来るなんて!」
 レイクさんも、俺達の事は、お構い無しだ。
「・・・ええ、ええ。こうなると思いましたとも。でもね。もうちょっと我慢と言
う物を、覚えて下さらないかしら?お二人。」
 恵は、呆れた口調で二人を見る。すると、二人とも、冷や汗を掻いていた。あれ
だけ慎重に事を運ぼうとしていた恵を、台無しにしたからだろう。
「ハッハッハ。変わってないな。二人共。元気そうで、何よりだ。」
 シャドゥさんは、懐かしそうに二人の肩を叩く。
「安心しました。でも、お二人だけなんですか?」
 ナイアさんは、エイディさんとグリードさんの事も知っているようだ。
「はは。今日は、正月ですからね。中で雑煮を食べてますよ。」
 俺は、もう隠す事も無いと思って、二人に話す。
「緊張するのも馬鹿らしいわね。では、ご案内しますわ。せっかくの日ですもの。
皆で、賑やかにやりましょうかね。緊張したのが、馬鹿みたいですし。」
 恵も緊張が、解れたのか、家の中を案内しだした。まぁ、これくらいの方が良い
な。こりゃ、賑やかな一日になりそうだな。



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