NOVEL Darkness 3-3(First)

ソクトア黒の章3巻の3(前半)


 3、遭遇
 これは・・・俺の未練なんだろうか?
 あの時は、救えなかった・・・だが、今なら・・・。
 正直、あそこには、戻りたくなかった。
 それだけ、今の生活が、素晴らしい物だからだ。
 でも・・・だからこそ、救えるのなら救いたい。
 俺のエゴかも知れない・・・でも、素晴らしい仲間と共に救いたい。
 そして、見てもらうんだ。
 俺の新しくも、素晴らしい仲間を!
 そして俺を救ってくれた、かつての仲間を!
 俺は・・・この決意を胸に、目が覚めた。
 ・・・天神家だ。ここでの朝も、もう慣れたな。主が居ないが、藤堂姉妹が、良
くやっている。それに他の使用人一同も、鍛えられてるようで、普段通りに過ごし
ている。不安もある事だろう。だが、皆が、当主を信じているのだ。
「今日は、早いじゃない。」
 起こしに来たのだろうか?ファリアが、側に立っていた。
「さすがにな。今日は、気合の入れようが違う。」
 今回の作戦は、失敗出来ない。これ以上の犠牲は、絶対に出さない。
「心配無いわ。私達は成功する。そのための、特訓でしょ?」
 そうだな。何度も練習した。今回の救助のために、想定までした。
「私は、ティーエを・・・。レイクはジェイルさんを・・・。助けるわ。絶対ね。」
 ファリアは、自分にも言い聞かせるように言う。ファリアだって、あの島に行き
たい訳じゃない。俺より、行きたくないと思っているだろう。
 しかし、俺達は、乗り越えなければならない。今日は、チャンスでもあるのだ。
 チャンスを演じるために、葉月は、敢えて全ソクトアご奉仕メイド大会に出る。
そしてファリアが不在の時の魔方陣は、魁、莉奈、葵が・・・。家の全ての対処を
するのは睦月だ。残りは、俺達と一緒に救助。頼もしい奴らばかりだ。
 俺達は、早速集まって、食事も軽く済ます。便所にも行ったし、バッチリだ。良
い意味での緊張で、俺達は包まれている。
「では、私は出発します。」
 葉月は、緊張していた。
「葉月。貴女なら、私を超えて、ナイアを超えられる。その事を証明するのよ。」
 睦月さんは、力強い言葉を掛ける。
「あーら。ナイアは、手強いわよ?」
 ファリアは、ナイアさんとは親友だ。
「姉さんも期待している。なら私は、全力でぶつかって、超えるだけです!」
 葉月は、オーラのような物が出ていた。闘志が満ち溢れている。これは、手強い
な。しかしファリアは、それを見て、楽しそうだった。
「フフッ。その意気よ。ナイアも応援してるけど、貴女も、彼女に負けないように
頑張ってね。私は、全力を尽くす人が好きよ。」
 ファリアは、敢えて発破を掛けたのだ。全く・・・。
「ファリアさんこそ、頑張って下さい。楽しみにしてますよ。」
 葉月は、俺達の成功しか見ていない。失敗するだなんて、微塵も思ってないのだ。
「任せとけ。俺達が失敗する物か!」
 俺も力強く答える。それが礼儀だ。それを見て安心したのか、葉月は満面の笑み
を浮かべながら、会場へと向かっていった。
「よっし。莉奈。葵。俺達は、例の魔方陣の所に行くぞ。」
 魁は、最初こそ文句を言っていたが、ファリアから魔方陣を守るのは、大事な仕
事だと言われている。既に、やる気モードだ。
「頼んだわ。多分、今回の事で、私は救出に、魔力を使い果たすから、すぐに戻っ
たとしても、魔力注入なんて、出来ないしね。」
 そうすると、消えた4人の行動を、キャッチするのに困難になってしまう。それ
だけは、避けなくては駄目なのだ。魔方陣を消しては、ならない。
「3人で交代してやるつもりです。」
 莉奈は、自分の役目を守るのだと、決意を表す。
「最初は魁、そして莉奈、そして私の順ね。」
 なる程。その方が、良いかもしれないな。
「あの4人を、ここに戻すため・・・頼んだわ。」
 ファリアは、今回の救出で、魔力を惜しみなく使うだろう。帰ってきて、注入な
ど出来ないくらい、疲弊するに違いない。
「瞬や俊男、それに江里香先輩に、恵お嬢さんのためだ。」
「トシ兄も、江里香姉さんも、瞬君も恵様も、皆、大事な人だもん。」
「この世界に、無くてはならない人のためなら、惜しみない努力をするつもりよ。」
 3人共、気合充分で、ファリアに笑い掛けると、魔方陣がある倉庫の方へと向か
っていく。まだファリアが、昨日の夜に注入した分が残っているから、大丈夫だろ
う。ファリアも魔方陣が、どれくらいの魔力で保てるか分かっている。
「さて・・・大会開始の時間に合わせて、突入するわ。」
 ファリアが、段取りを説明する。構造は分かっている。警備の場所だけ気を付け
れば、後は、敵を倒すだけだ。騒ぎにならない内に奪還する。それがベストだ。
「確認するぞ。まず、ジェイルを助ける方だ。俺と、エイディ、後は、巌慈と亜理
栖だ。地下への扉は、俺が破る。巌時と亜理栖は、銃を持った奴を相手してくれ。
勿論、『ルール』はフルに使うぞ。エイディは、俺の補佐だ。」
 俺は、ジェイルを助けに行く。地下は、研究施設だと言う。無論、警備も堅いだ
ろう。そこで、巌慈の『鋼身』のルールだ。これを使えば、余程、強力な銃で無け
れば跳ね返せるらしい。そして亜理栖の『帯雷』のルールで、銃を相手から離す事
が出来る。弾丸も、雷のバリアを張っておけば、貫通しないのだという。かなり強
い磁場を発生させる事も、可能だと言う話だ。そして、数々の扉は、俺の『万剣』
のルールで斬り裂いていく。エイディは、忍術及び『紅蓮』のルールで、敵を翻弄
する役目だ。
「それぞれの役目が決まってると言うのは、頼もしい限りだのぉ。」
 巌慈は、己の腕を見る。自分を信じる事で、震えを鎮めているようだ。
「さぁて、一暴れするとしますかね。」
 亜理栖も、自分の能力を、信じる事にしているようだ。
「レイク。1時間だ。1時間以内に片付けるぞ。」
 エイディは、あの島の警備がどんな物か知っている。グズグズしてられないのだ。
それに地下への入り口も分かっているのだ。俺達が立ち入り禁止だった、あそこだ
ろう。実験施設が、あるなんてな。
「私達は、目指すは3階よ。島主は、自分の気に入った女性を、主に3階に囲んで
いるわ。本当は、全部吹き飛ばしたい気分だけどね。そうも行かないわ。ティーエ
は、私が知っている。だから確認するのは私。修羅は、速やかに看守達を気絶させ
てね。グリードは、奴らの銃の無力化、勇樹は、鍵開け・・・頼むわ。」
 ファリアは確かめ及び、最後の脱出時の要だ。そして、グリードが看守達の銃を
無力化させて、柔道の絞め技に長けている修羅が、看守達が騒がない内に、無力化
させる。そして勇樹は『線糸』のルールを使って、鍵を開けていく。
「今の俺っちなら、アイツらが構える前に、全て銃身を打ち抜く自信があるぜ。」
 グリードは、ハッタリで言っているのでは無い。
「俺の本気の絞めを、見せてやろう。」
 修羅は、ああ見えて、器用な所があるからな。
「悪いけど・・・鍵を開けた後は、アンタが確かめてくれよ。」
 勇樹は、見たくないのだろう。言わば、島主の愛人の部屋だ。勇樹は、そんな女
性達を見るのが、嫌なのだろう。
「分かってるわよ。任せなさいって。」
 ファリアは、気丈に言う。自分もトラウマが、ある筈なのにな。
「・・・よし。じゃぁ・・・行くわよ。」
 ファリアは、魔力を集中させる。
「レイク。事が終わったら、これを握りなさいね。」
 ファリアは、玉を渡してくる。これこそ、ファリアの魔力に直結している宝玉だ。
これを使って、脱出の合図を送ると言う事だ。ファリアがまだなら、宝玉は、青く
光ると言う話だ。行ける時は、ファリアがこちらに『転移』して、一緒に脱出する
手筈になっている。タイミングが重要だ。
「ここまで用意したんだから、絶対に・・・成功させるわ。」
 ファリアは、そう言うと、見事な『転移』の扉を作り上げる。
 俺達は、互いに頷くと、扉を開けて飛び込んで行った。


 俺達は、嫌な臭いで気が付いた。
 間違いない。ここは、俺達が居た監獄の島である『絶望の島』の・・・俺が、い
つも使ってたトイレだ。この雰囲気は、変わってねーな。
 今は、看守も囚人も、作業中の筈だ。誰も居ないようだ。
 ファリアの方を見る。周りに誰も居ないか、確かめているようだ。
「よし。俺達は、地下だ。俺とエイディから離れないでくれ。」
 俺は、指示を送る。亜理栖と巌慈は、顔を見合わせると、俺に付いてくる。
「後ろは、俺が警戒する。レイクは、前方に注意するんだ。」
 エイディが、フォローに回る。そうだ。俺達は、もう後へは引けない。絶対に、
ジェイルを連れ戻すんだ。
 周りを見ると、俺達の方は、大丈夫と見たのか、ファリアは、2階へと向かって
いた。早速、人を倒した音がした。結構、静かに仕留めている。勇樹の『線糸』で
動きを止めて、グリードの射撃で、武器を無力化して、修羅が絞め倒していた。良
い連携だ。俺達も負けられないな。
 進んでいくと、前方に、厳重な扉を守っている看守が、4人居た。ここは、かな
り人数を割いている。俺は、合図を送る。すると、亜理栖が『帯雷』で、看守の銃
を奪う。そして、怯んでいる隙に、俺が峰打ちで2人。エイディが、延髄を狙って
1人、巌慈がフェイスロックで、1人絞め落としていた。
「よし。行けるな。」
 手応えを感じていた。思ったよりも、手早く行ける。後は倒れた奴らを、手を背
中に回して、縛っておく。
「本番じゃな。行けるぞ。」
 巌慈は、気合を入れなおす。
「いつでも行って良いよ。」
 亜理栖も、すっかり戦闘モードだ。
「紐を忍術で、強化しておいた。簡単に切られる事は、無いだろう。」
 エイディは、細かい事を忘れない。こう言う抜け目が無い所は、正直助かる。
「よし!行くぞ!!」
 俺は、剣に『万剣』のルールを込める。そして、頑丈な扉を、一刀両断する。さ
すがだ。まるでバターのように、簡単に斬れやがった。
「な、何事だ!?」
 看守達が驚いている。それだけ、普段この部屋は訪れる人が少ないのだろう。
「分からん!とにかく・・・撃てぇ!!」
 看守達が、一斉に掃射する。そこに巌慈が立ちはだかる。そして『鋼身』のルー
ルを発動させる。すると、弾は、巌慈が全て弾き返す。ビクともしない。大した硬
さだ。貫通させてないようだ。
「10人か・・・。ハッ!!」
 亜理栖が、人数を確かめると、次々無力化していく。そこを、俺とエイディが、
駆け抜けながら、次々と気絶させていく。しかし、それでも、まだ出てくる。これ
だけの人数で守っているとは・・・。ここが、どれだけ守られているかが、分かる。
 しかし、今の俺達を、止める事は出来ない。後ろを向く事は無い!このまま、突
っ走って、ジェイルを、助け出すんだ!!
 何度か扉があったが、構造的には、ほとんど一本道だった。途中に出て来た敵は、
全て、薙ぎ倒した。仲間達のおかげだ。疲れを見せながらも、役割は、ちゃんとこ
なしている。巌慈は、体が鋼鉄とは言え、細かい傷を受けていたし、亜理栖の『帯
雷』も、少しずつ弱まっている。余り無理は出来ない。
『止まれ!!』
 電子的な声が聞こえた。どうやら、スピーカーとモニタで、こちらを監視しなが
ら、話し掛けてきているようだ。施設の中が、映し出されていた。
『貴様らの目的はなんだ!!・・・それに囚人では無いな!!』
 フン。マニュアル通りの尋ね方だな。
「大人しくジェイルを出しな。ここに居るのは、分かっている。」
 俺は、挑戦的な目を投げつけてやる。
『なぜ、それを知っている・・・それに貴様、何者だ!』
 向こうは、核心を迫られて、焦っているようだ。
「想像力が乏しいな。・・・ジェイルを取り返しに来たなら、誰だか分かるだろ?」
 俺は、モニターを睨みつける。
『貴様はレイク!!!生きていたのか!!』
 気が付いた様だ。俺は、ここでは有名だからな。
『しかも・・・人間離れした力を手に入れたようだな。・・・恐れていた事が起こ
ったと言うのか。伝記の末裔と言うのは、忌々しい存在よ。』
 なるほど。向こうも、俺の出生の事は知っているようだ。当然か。
「出生の事なんて、どうでも良い。俺は、仲間を取り返しに来ただけだ。」
 俺にとって、生まれがどうとかは、関係無かった。仲間であるジェイルを助け出
す。それこそが、俺の成すべき事だ。
『フン。青臭い事を!!・・・まぁ良い。こちらも馬鹿ではない。返してやろう。』
 え?俺は、てっきり色々攻撃されるのかと思っていた。随分、あっさりしてるな。
「罠かも知れん。気を付けろ。」
 エイディが、警戒を呼び掛ける。言われるまでも無い。
 バタン!!
 奥の扉が開いたかと思うと、誰かが、ヨロヨロと歩いてくる。
「・・・ジェイル・・・!ジェイルだ!!」
 間違いない。あの背が高い、ガッシリとした体格。包み込むような大きな手。
「待て・・・様子が変だ!!」
 エイディが俺の手を引っ張る。・・・どう言う事だ?
『やれ。ジェイル。』
 その声を聞くと、ジェイルは唸りだす。
「グゥオオオオオオオオオオオ!!!」
 な、何だこの声は!?これが、人間の発する声だと言うのか!?
「ジェイル!!俺だ!!分からないのか!!」
 俺は、あらん限りの声を上げる。
「ドゥルアアアアア!!」
 ジェイルは、唸り声を上げながら、拳を振り下ろしてきた。俺は、間一髪避ける。
鉄製の地面が、ひしゃげていた。すげぇパワーだ。
「おい!!てめぇら、ジェイルに何をした!!」
 こんなの、ジェイルじゃない!!獣のような眼をしたジェイルなんて見たくない!
『化学の結晶だよ。ジェイルは、数々の投薬、実験に耐え抜いて、最高の肉体状態
にある。それに加えて、命令を聞かせられるように、脳を弄ってみた。』
「何だと!?てめぇら!!!」
 怒りに震えた。冗談では無い。人間を、そんな扱いして良い筈が無い!なんて奴
らだ。こんな奴らの実験台に、ジェイルは、されたってのか!!
「グゥアアアアアア!!」
 ジェイルは、形振り構わず拳を振り上げる。
「ジェイル!くそ!!どうすりゃ良いんだ!!」
 ジェイルに、攻撃なんて出来るか!!
「・・・レイク。お前と巌慈で、ジェイルを抑えててくれ。」
 エイディは、それだけ言うと、真っ直ぐ走って言った。そこには亜理栖の姿もあ
った。・・・そうか!そう言う事か!
「しょうがねぇ。ジェイル。まず落ち着かせてやる!」
 俺は親父から受け取った『法力(ほうりき)の剣』を取り出す。すると、俺の闘
気に合わせて、刀身が現れる。勿論、抑え目だ。今の俺の本気をぶつけたら、ジェ
イルの体ごと斬り兼ねない。それじゃ本末転倒だ。
「ヌゥオオオオオオ!!」
 ジェイルは、叫びながら、襲い掛かってくる。それを、巌慈が、力比べをする態
勢で受け止める。しかも『鋼身』を使って、踏ん張れるようにしている。
「このサウザンド伊能ジュニアを、舐めるでないわああ!!」
 巌慈は、ジェイルの驚異的なパワーを押し返そうとしている。しかし、ジェイル
は、底無しのスタミナであるらしく、だんだん巌慈が、押されてきていた。
「ぬぐぐぐぐ!何てパワーだ!!」
 巌慈は、腰を落として踏ん張っている。しかし単純なパワーでは、負けていると
悟ったのか、後ろに回りこんで、バックドロップをお見舞いした。
「ぬぐぅ。ワシに競り勝つとは・・・。」
 巌慈は、信じられない想いだった。校内では、単純なパワーでは、瞬でさえも凌
ごうかと言うパワーの持ち主なのに、今のジェイルは、それ以上のパワーで、底無
しなのである。人間離れしている。
「ゴゥルルルルルルル・・・。」
 ジェイルは、アレだけ叩きつけられたのに、何でもないように立ち上がる。
『フハハハハハ!素晴らしいぞ。これぞ化学のパワーだ!!』
 ちっ。化学者共め。調子に乗りやがって。
 その時、扉の辺りで音がした。どうやら、エイディと亜理栖が辿り着いた様だ。
『フッ。ここに入って、私達を翻弄する気か?考えたみたいだが、その扉は特別製
でな。どんな熱や衝撃にも、耐えられるように設計されている。』
 なる程。敵が来た時のために、考えてるって訳か。
「そんな事は、お見通しなんだよ!!」
 エイディは叫ぶ。どうやら考えがあるらしい。
「亜理栖!用意は良いか?」
「あとは、エイディ兄さんがやるだけさ!任せな!」
 二人とも、何をするつもりなんだろう?
「レイク!よそ見するで無い!来るぞ!」
 巌慈が声を掛ける。俺は、ジェイルの拳を『法力の剣』で弾く。つっ!!凄いパ
ワーだ。受け止めるだけで、弾かれるなんてな!
「やるじゃねぇか!ジェイル。だが、その強さは、本物じゃあない。作り物の強さ
で俺を倒すなんて、まだまだ早いぞ!!」
 俺は、ジェイルの攻撃を躱しつつも、剣の柄で攻撃して追い詰めていく。
(パワーだけでは、君には勝てぬと言う訳か。)
 当然ですよ。不動真剣術は、本来、自分より強い相手に対抗するための剣術なん
ですからね。パワーだけで、俺に勝とうなんて早過ぎる!
 ピ・・・ピピピピピピ!!ガキャ!!!
 凄い音がして扉が崩壊した。
『馬鹿な!!ど、どうやって!?』
 化学者達は驚く。相当に自信があったのだろう。
『フッ。教えてやる。こうやったんだ!!『紅蓮』のルール!!』
 エイディは、凄まじい炎を両手に宿す。あれが『紅蓮』のルールか。すげぇな。
『そーらよ!!』
 エイディは、今までの研究施設に『紅蓮』をぶつける。すると、恐ろしい勢いで
飛び火する。灼熱の地獄と化した。
『そこに、『水遁』!!』
 亜理栖が叫ぶ。なる程な。炎で熱くした物体を、急激に冷やすと・・・破壊し易
くなるっての、聞いた事があるな。
『ば、化け物め!!うわああ。』
 化学者達は逃げようとするが、亜理栖が『帯雷』で、鋼線を引き寄せると、あっ
という間に縛った。上手い物だ。
『た、助けるんだ!!ジェイル!!』
 しまった!ジェイルは、動き出した!
「ウォォォォォォォォォォォ!!」
 ジェイルは、渾身の力で立ち上がる。さすがに命令が下ると、凄いパワーを発揮
するようだ。くっ!押さえられるのか!?
「見せてやるぁ!!サウザンド伊能ジュニアの底力をな!!」
 巌慈はそう叫ぶと、ジェイルの首を絞めつけて、フロントチョークの形で、押さ
えつける。すげぇ!筋肉が浮き出る程の、力を込めている。
『おい!ジェイルの操作系統は、どこでやっている!!吐け!!』
 エイディは、化学者達に尋問する。ジェイルに言う事を聞かせるために、どこか
で、脳を弄る機械が、あると踏んだのだろう。化学者達は、ニヤリと笑うだけだ。
『フン。教えないつもりかい?良い度胸じゃないか。巌慈の馬鹿が頑張ってるんだ。
こっちも、手加減しないよ!!』
 亜理栖は、容赦なく鋼線に電流を流す。俺達ならば、何事も無いくらいの電流だ
が、化学者達は、悶え苦しむ。鍛え方が足りねーな。
「ヌグゥオオオオオオオオ!!!」
 ジェイルは暴れている。それを巌慈は、必死に押さえつけていた。
「俺は、伝説を継ぐ男じゃああああ!!」
 巌慈は、絞め続けている。その顔は、紅潮していた。
「ジェイル!!目を覚ませ!!」
 俺は、巌慈が絞めている間に叫びながら、間接に攻撃を加える。動けなくするた
めだ。だが、ほとんど効いていない。恐ろしいな。
『早く言いな・・・。次は、今の2倍の量を流してやるよ。』
 亜理栖は、危険な目をしていた。次は、容赦しないと言う目だ。
『わ、分かった!!左耳の後ろだ!!そこにある装置だ!』
 とうとう化学者の1人が吐いた。
『貴様!何を吐いてる!!それこそ、敵の思う壺では無いか!!』
 別の化学者が非難をする。どうやら間違いない様だ。俺は、ジェイルの左耳の後
ろを見る。目立たない所だったが、しっかりと、ヘバりついてる機械があった。
「これか!・・・今の俺なら・・・出来る筈だ!!」
 本当は、注意深く、抜かなければならない所だ。だが、今の俺は『万剣』のルール
がある。見つけさえすれば、その部分だけ斬る事は可能な筈だ。
「ジェイル・・・。楽にしてやるぞ!!」
 俺は、意識を集中させて『万剣』のルールを適用させる。すると、ジェイルにヘ
バりついていた機械は、綺麗に消滅した。
『ああああ!我らの実験の成果が・・・!!』
 化学者達は項垂れる。これが実験の成果だと?こんな邪悪な物は、必要無い!
『んじゃ、後は寝てな!』
 エイディは、化学者達の延髄を、正確に狙い定めて、気絶させていく。
 何処となく嬉しそうだ。アイツも、ジェイルの事は悔やんでたからな。
 ジェイルは、気を失っていたが、命に別状は無さそうだった。
 ジェイル、苦労を掛けたな・・・。


 私達は3階へ着いた。2階は、グリードの射撃で罠を全て外し、迎える敵を、勇
樹の糸で動けなくして、修羅の柔道技で、気絶させていた。私は、『雷衝(らいし
ょう)』の魔法で、敵の武器を使い物にならなくさせていた。
 ティーエは、絶対に救い出す。私のせいで、酷い目に遭っているのなら尚更だ。
2階は、激しい音も鳴らしていない。だが、油断は禁物だ。一応のため、グリード
に、目配せする。すると、『千里』のルールを発動させて、周囲に、気を配り始め
る。そして、頷く。どうやら、バレていないようだ。
「ファリア。3階は手薄だ。2階に、やたら看守が居たのは3階が手薄なせいだ。
3階は、部屋の前に1人ずつしか居ない。島主の部屋だけ、4人居るけどな。」
 グリードが教えてくれた。なる程。じゃぁ8部屋あるから8人か。島主の部屋
は、修羅とグリードに任せるかな。
「グリード、修羅。島主の部屋の4人は、恐らく手練よ。その4人は任せるわね。」
 私は、島主の部屋を、2人に任せる事にする。後の8人は私がやる。
「私は、一気に8人を片付けるわ。勇樹。鍵は、お願いね。」
 私が片付ける。勇樹には、糸を使っての鍵開けを頼んだ。
「ヘイヘイ。片っ端から開けりゃ良いんだろ。でもどうやって8人倒すんだ?」
 勇樹は、そっちの方が不思議なようだ。
「見せてあげるわね。ちょっと荒っぽいけどね。」
 私は、『召喚』のルールを発動させて、渡り廊下の奥に、父の霊を配置させる。
看守達は、気付いていない。行ける!
「よし。行くわよ!父さん!『結界』!!」
 私は、父の霊を、渡り廊下の奥に配置させてある。そして同時に、魔力を放つ事
で、別空間を用意する。そして、『結界』の魔法を完成させる事で、一気に8人を
包み込んだ。そして、その『結界』を、手前に引っ張って、トイレへと仕舞いこむ。
「ううわ・・・。おっかな・・・。」
 勇樹は舌を巻く。自分でも、強引な方法だと思った。まぁ閉じ込めてしまえば、
危害を加える事も無い。
 しかし、物音に気が付いたのか、島主の部屋に居た看守が、次々と飛び出してき
た。その瞬間に、グリードが、物凄い連射で、相手の銃身を次々狙い撃ちしていく。
あっと言う間に、丸腰になった。それを見て、修羅が走る。そして、銃を拾う前に
テンポ良く投げ飛ばす。そして勇樹の『線糸』で縛る。その上で、修羅が絞め技で
気絶させて、本物のロープで縛り付ける。勇樹の『線糸』は、ルールを解いた瞬間
に、消えてしまうからだ。しかし、見事に上手くいった。
「ナイス。3人共。」
 私も、見惚れるくらいの手際だった。
「ま、兄貴と修行してるんだ。これくらい当然だぜ。」
 グリードは、胸を張りながら言う。言ってる事と態度が違うわねー。
「ガリウロル柔道代表としては、これくらいは、せんとな。」
 修羅は、柔道代表だったっけ。考えてみれば有名人よね。
「この『線糸』の実験台には、持って来いって所だな。」
 勇樹は、自分のルールを確認している。彼女も模索中なのね。
「んじゃ、開けていくよ。」
 勇樹は、手前の扉から綺麗に開けていく。さすがだ。手馴れて来ている。
 私は、中を覗き込む。すると、焦点の合ってない目で、こちらを見る女性の姿が
あった。・・・何よこれ・・・。
「・・・大丈夫か?」
 修羅が声を掛けてくる。私の顔は、真っ青だったのかも知れない。
「しっかりしろよ。・・・まぁショックなのは、分かるけどよ。」
 グリードにまで励まされる。悪態の一つでも、つきたい所だが、今は感謝する。
冷静な状態でなんか、居られる物か。これが・・・『3階』の女性達の末路?背筋
が凍った。私は、レイクに助けられなかったら、ああなっていたのかも、知れない。
「ゴメン。もう大丈夫。」
 私は、気持ちを切り替える事にした。ティーエも、そうなってる可能性が高いの
だ。だったら、尚更、助けなきゃ駄目だ。今度こそ、私が助けなきゃ駄目だ!
「・・・。」
 勇樹も、悲痛な顔をしていた。いつもは男勝りでも、女性なのだ。だからこそ、
嫌悪感を、感じているのかも知れない。
「さっさと終わらせて、帰ろう。」
 勇樹は、それだけ言うと、全部の扉を開けてくれた。
「そうね。ありがと。・・・しっかりしなきゃ!」
 私は気合を入れると、次の扉を開ける。また、同じように私を見る女性が居た。
今度は大丈夫。・・・ティーエじゃない。次!!
 ここも・・・違う・・・。となると、後は最後か・・・。
「ティー・・・!!!!」
 私も予想は、ついていた。自分が逃げた事で、激昂している島主。その手引きを
したとバレたのだろう。最上階に連れて行かれたティーエ。最上階は、島主の『お
気に入り部屋』。それは、ただ飼われるだけの、人生になるのだ。作業も、させて
もらえない。・・・その代わり、男の相手を、させられるだけだ。
 分かっていたつもりだった。でも・・・ボロクズのようにされながら、栗色の髪
が乱れているティーエを見た・・・。壮絶な姿だ。それでも、臭いだけは、しない。
と言う事は、風呂だけは、入るように厳命されているのだろう。
「何よこれ・・・何よ、これはあああああ!!!!」
 私は、魂の奥底から、声を上げる。目の前が、怒りで真っ赤になった。
「殺したい!!今すぐ、アイツを殺したい!!!」
 私は、本当に憎いと思った。ティーエは、その叫びに気が付いたのか、こっちを
見る。そして、笑い掛ける。
「ティーエ・・・。」
 近寄る。ティーエが話し掛けてくれる。
「・・・次は・・・アンタなのかい?」
 ティーエが発した言葉は、絶望的だった。私の事が、分かっていないのだ。
「うぅぅぅぅぅぅ!ゴメンなさい!!ゴメンなさい!!ティーエエエエエエエ!!」
 私は涙が止まらなかった。ティーエを、こんな風にしたのは、私にも責任がある。
「・・・おい。ティーエさんに、これを着せろ。」
 そう言って、服を持ってきたのは、グリードだった。
「んで、落ち着け。ここから、ティーエさんと一緒に、ここを脱出させられるのは、
お前しか居ないんだ。しっかりしろ!」
 グリードは、真っ直ぐ私の目を見て言う。その目は、済まないと語っていた。
「・・・そう・・・ね。」
 私は、グリードが拳を握り過ぎて、血を流してるのを見て、我に返る。誰もが怒
っている。だが、冷静にならなきゃ、ならないのだ。
「ティーエ。これを着て。」
 私は、ティーエを立たせて、服を着せる。ティーエは、命令には良く従っていた。
その姿すら、私には痛かった。
「・・・おい。兄貴から、成功の知らせだ。」
 グリードが、宝玉を見せる。向こうも用事が済んだらしいわね。よし。しっかり
しなきゃ!私は、宝玉を握り締めると、青のサインを出す。
「うっ・・・。」
 ティーエは、気を失う。どうやら、修羅が、当身をしてくれたようだ。
「私が背負う。ファリアさんは、脱出の用意をするんだ。」
 修羅は、本来、私がするべき事を手早くやってくれた。本当に、頼もしい仲間達
だ。私は、この仲間と知り合えた事を、感謝した。
「絶対、成功させるわ。地下入り口の・・・あそこよね。」
 私は、最初にレイク達と別れた場所を思い出して、『転移』を出す。
 それに、皆、入っていった。私も入る。
 そして、行き着いた先で、レイク達を見つける。巌慈さんが、ジェイルを背負っ
ている。どうやら成功したようね。
「追っ手が来てる。頼むぞファリア!」
 レイクが、何が起きたか聞く前に、私に頼んできた。その忙しさが、私には有難
かった。私は間髪入れずに、天神家への『転移』を開く。
 確かに追っ手が迫っていた。皆が入ると同時に、私も入って、急いで『転移』の
扉を閉じる。どうやら、間に合ったらしい。・・・全員居る!!
「お!?おおお。成功したか?」
 巌時さんが、周りを見て、天神家だと判断したのか、溜め息を吐く。
 どうやら、皆、居る。大成功だ。・・・さすがにつ、疲れたわ・・・。


 会場は、満席になっていた。いつもこの大会は、結構な人が集まるが、今年も例
外無く集まったようだ。『絶望の島』の島主の姿も確認した。これで安心だ。
 私の目的は二つ。島主が、ここに来て最後まで興味を惹き付ける事。そして、姉
さんの分を引き受けて出たのだから、優勝する事。それには、優勝候補の筆頭であ
るナイアさんを、超えなきゃならない。
 私は、全てをナイアさんに教えた上で、ナイアさんに、全力でやって貰うように
頼んだ。姉さんは、全力で挑んで、勝利する事を望んでいた。代わりに出ているの
だから、私が、それを望むのも当然だった。
 それを伝えたら、ナイアさんは、顔を引き締めていた。
「私が前回の大会で、最も警戒したのは貴女なんです。前々回よりも、凄い成長を
感じました。その貴女が、睦月様の闘志を受け継いで、今までに無い全力で来られ
る。その貴女に対して、私は全力を出さなければ、相手にも、なりません。」
 ナイアさんは、そう言い切った。私の事は、過大評価だと思うが、ナイアさんが
全力で来てくれるなら、大歓迎だ。
 島主の事は、もう忘れよう。彼は事が終わるまで、ここに居る事だろう。そして、
戻った時に、やられている事に気が付くだろう。今、集中すべきは、目の前のナイ
アさん。私が天神家代表であり、藤堂 睦月の代理として出ている以上、無様に負
ける事は出来ない。
「さぁ、今年も、始まりました。全ソクトアご奉仕メイド大会!!」
 アナウンスが入る。やっと開幕する。
「この大会は、メイドとしての適正、品格、仕事の全ての観点から見て、最も優れ
ている者を、決める大会です!」
 妙に力説されても困る。もう私は、後には引けないんだし。
「今年は、残念な事に、優勝候補の一人、天神家の仕事人こと、藤堂 睦月が不参
加なんですね。彼女は、非常に優れていただけに、惜しまれます。」
 姉さんの事だ。やっぱ注目されてたんだな。
「そうなると、優勝請負人こと、9回連続優勝のナイアが圧倒的有利ですね。」
 アナウンサーが、解説者に話を振る。
「どうでしょうか?私の情報では、藤堂 睦月が出られないのは、今年亡くなられ
た天神 厳導さんの代わりに、家を守っているためだと聞いてます。そして、睦月
選手の跡を継ぐ才能とまで言わしめる選手が、居ます。」
 ・・・何だか、恥ずかしい解説をする。
「睦月選手の実の妹である藤堂 葉月ですね。彼女は、去年3位でしたね。」
 皆こっちを見る。注目されてる・・・。でも私は姉さんの代わり。だから堂々と
していよう。みっともない真似は、出来ない。
「彼女は、一昨年に7位、去年は、睦月選手に迫るくらいの3位だったんですよ。
この大会が、3度目とはいえ、優勝候補と言っても、過言では無いでしょう。」
 ・・・そうだったのか。私は、姉さんとの開きは大きいと思っていた。でも迫っ
ていたのか。でも、姉さんの壁は、大きかった。私だけは知っている。姉さんは、
メイドとしての仕事だけじゃない。色んな仕事を兼任している。その中で、ナイア
さんに迫る仕事をしている。そして、大会での仕事振りは、完璧だった。
「しかも驚く事に、あの睦月選手が、『妹が負けたのなら、私が負けたと思っても
らっても構わない。』と書いた手紙を、送っているんです。」
 姉さんたら、大会に、そんな手紙まで渡しているとは・・・。
「それは凄い信頼ですね。これは注目です。」
 すっごい注目されてる・・・。でも、それで良い。緊張が保てると言う物。私は、
天神家の代表だもの。負けられない!
「葉月様。私は、この大会を10連覇で終えて、花を添えるつもりで居ます。手加
減は致しません。それが、睦月様に対しての、礼儀にも、なるんですよね。」
 ナイアさんは、本気で来ると約束してくれた。その本気のナイアさんを倒す。私
に、出来るんだろうか?
「応援してくれる人が居るんです。その人達のために、私は勝ちます。」
 気迫だけでも、伝えなきゃならない。姉さんは、いつも気合十分で臨んでいた。
「それでは!第1試験!ベッドメイク!始め!!」
 第1試験、基本であるベッドメイク。速さと綺麗さがポイントだ。私は、ここで
姉さんに教わった全ての技を、見せなくては!ぐちゃぐちゃのベッドの上を、ポイ
ントを見つけて直す。枕の位置、布団の位置、そして、シミが付いている所は、シ
ミ抜きで落とすのだが、ここで一工夫。布団の端を、ベッドの狭間に入れて、布団
を広げる。そこでシミの付いた所を一気に落とす。そのまま、要点をドライアーで
乾かす。その時間、僅か2分。そして、シワが出来ないように、端を引っ張りつつ、
布団を思いっ切り回転させる。敷布団が用意出来た所で、回転している掛け布団を
掴むと、そのまま、柔らかく仕上げる。完璧だ!
「おおっと!!ここでフィニッシュ!!凄い!タイムは5分29秒!!」
 アナウンスが流れる。・・・そうだ。ナイアさんは?終わってる!?負けた!?
「凄いですね。藤堂 葉月選手、ナイア選手共に、同タイムです。」
 脇目も振らずにやっていたが、同じタイムだったとは・・・。
「仕上がりは、どちらも完璧!素晴らしい!」
 ナイアさんのを見る。私のより、少し丸みを帯びている感じだ。これは、これで
綺麗だなぁ。私のは、全てを、ピッタリに合わせてある。
「これは・・・両者共に満点!!文句無し!」
 私とナイアさんは、早速2回戦の出場を決める。
 行ける・・・。今までは、どこか届かなかったけど、今回は違う!


 伝記のオアシスとも言われている『聖亭』。女将のファン=レイホウの懐の深さ
が、魅力だと伝記にも書いてあった。今なら分かる。このアットホームな雰囲気。
この心地良さに、皆は惹かれるんだろう。私も、惹かれつつある。だが、私は手伝
っている以上、皆に、惹かれさせなきゃならない。
 私の仕事は、主に料理と運搬と、この頃、名物になりつつある演奏だ。ピアノが、
かなり受けている。これは意外だった。天神家の当主として、皆に聞いてもらうの
は、レベルアップとして役立つ。私のピアノが目に付いたのか、旅の音楽一家が、
立ち寄った時は、ちょっとした演奏会になっていた。その時に、バイオリンやリュ
ート、竪琴などもあったので、全て完璧に弾いて見せたら驚かれたっけ。多芸なの
も、たまには役立つ物だ。しかし、さすが伝記の中に出てきた有名な音楽家よね。
稀代最高の音楽家レルロードのフルートは、凄い物があったわ。私も、フルートを
やらせてもらったけど、あの出来には、敵わなかった。
 それにしても、噂なんて言うのは、結構、限られている物ね。今の話題は、ルク
トリアとプサグルの模擬戦の事ばかり。中でも、新鋭ライルの噂と、プサグルの不
穏な噂は多いわね。どうなるかは、私は知っているだけに、興味が薄い。
 気になるのは・・・パーズの人集めの話しかしらね。パーズ王のショウ=ウィバ
ーン=トリサイルが、極秘裏に人集めをしているとの噂だ。しかも、捜しているの
が、ガリウロル人だと言うのだから引っ掛かる。こんな動き、伝記を見た限りじゃ
知らないし、妙だ。私達の内の誰かが、頼んだ可能性があるのでは無いか?と見て
いる。しかし、王を動かす程だとすると、よっぽど信頼されなくちゃならない筈。
 ま、考えても仕方無いか。手掛かりの一つに、するしかないわよね。
「恵サン!今日は、コレで最後だヨ!」
 レイホウさんが、食事を持ってくる。さすがに美味しそうな大皿だ。
「っと。6番テーブルね。」
 私は、大皿だが、片手でバランスを取って、優雅に置いてみせる。
「さすが、恵さんだなー!」
 客から拍手が、起きる。悪くない。
「フフフ。良く味わって食べる事です。」
 私は、客に応える形で退場する。
「イヤー。恵サン人気者だネ。助かるヨ。」
 レイホウさんは、楽しそうにしていた。
 やがて、客が引いていく。食事が終われば、帳簿付けだ。後は、宿泊客しか残ら
ない。帳簿は、レイホウさんが管理している。その間に、手早く片付けを済ませて、
繊一郎さんと手合わせをする。これが思いの他、役に立っている。
「今日は、6対4で、拙者の勝ちで御座るな!」
 繊一郎さんは、本気でやってくれる。そうでなきゃ、手合わせにならないと言っ
ていた。私としても、レベルアップのためだ。大歓迎である。
「トータルでは、まだ私の方が、上でしてよ?」
 毎日10本ずつ手合わせして、勝敗を競っている。繊一郎さんは、私が働いてい
る間に、諜報活動をしていて、手合わせの時間に帰ってくる。その情報が結構、役
に立っている。パーズでの噂も、繊一郎さんからの口コミだ。
「終わったヨ!後は、店仕舞いネ。」
 レイホウさんが声を掛けてくる。これで、忙しい一日が終わる。
 ・・・しかし・・・。私は、帰れるのかしらね。不安になる。兄様は、居るのだ
ろうか?江里香先輩も、居るのだろうか?・・・俊男さんも、居るのだろうか?私
一人が、この時代に飛ばされたんだとしたら、打開策を見つけるのは困難だ。
「・・・ん?お客さんカ?」
 レイホウさんが、扉をノックする音を聞く。
「悪いけど、今日は、もう店仕舞いにする所ヨ?」
 レイホウさんが、断りを入れようとする。
「あー・・・。夜分遅くです物ね。申し訳ありません。」
 ・・・?こ、この声・・・。あれ?ま、まさか!!
「んー。どうしてもと言うなら、仕方無いヨ。」
 レイホウさんと話している男性を見る。・・・見間違い!?見間違いじゃない!
「と、俊男さん!?」
 私は、思わず口にする。
「・・・ああああ!!恵さん!!恵さんじゃないか!!」
 向こうも、相当に驚いているのだろう。開いた口が、塞がらないようだ。
「・・・知り合いカ?」
 レイホウさんは、私と俊男さんを見比べる。
「ええ。ガリウロルの友人です。ハァ・・・肩の力が、抜けそうですわ。」
 私は、安堵の余り、力が抜けて椅子に座った。俊男さんが居た・・・って事は、
兄様や江里香先輩も、居る可能性が高い。
「うーむ。恵殿の親友で御座るな。いやはや。」
 繊一郎さんは、唸りながら、俊男さんを見る。
「ビックリしたよ。何かの情報が掴めれば良いって思って、パーズから来たんだけ
どさ。いきなり、恵さんに会えるだなんて、思わなかったよ。」
 ・・・なるほど。パーズのお触れを頼んだのは、俊男さんだったのね。
「ふふっ。私も、不意を突かれましてよ?」
 私は余裕ある振りをする。だが、内心は、とても喜んでいた。
「恵サンの友人なら、泊めない訳には、いかないネ!」
 レイホウさんは、頷きながら、俊男さんの方を見る。
「あ、ありがとう御座います!いやー。今日は、野宿かと思いましたからねー。」
 まぁ、野宿は嫌ですわね。
「俊男殿と言われたか・・・お主、何か武術を、心得てるので御座るか?」
 繊一郎さんが、鋭い目付きで俊男さんを見る。相変わらず、強さに関しては、抜
け目が無い人だ。俊男さんの強さを、逸早く見抜いている。
「あ。パーズ拳法の免許皆伝を、戴いてます。」
 俊男さんは、そう言うと、パーズ拳法の一礼をしてみせる。
「なる程!それは素晴らしき事。是非、この榊 繊一郎と、手合わせ願いたい!」
 繊一郎さんも、結構好きよね。この人は、強くなりたいと言う心に、際限が無い。
「貴方が榊 繊一郎さんですか!?それは凄い!是非、こちらからもお願いします!」
 ・・・俊男さんも、修練好きだったもんねー。
「俊男殿は、話せますな!拙者、楽しみになってきましたぞ!」
 盛り上がってるなー。さすがは、修練好き。兄様とも、良い勝負よね。
「好きよねー。ま、私も人の事言えた物じゃ、ありませんけどね。」
 私も、強くなるのは大歓迎だ。
 俊男さんが、チェックインしたようだ。それを見たレイホウさんが、私と俊男さ
んと、繊一郎さんを呼ぶ。どうしたんだろう?
「繊一郎。これをみてヨ。」
 レイホウさんは、台帳を見せる。すると、繊一郎さんは、何かに気が付く。
「俊男さん。何か、特別な事でもしました?」
「い、いや?名前を書いただけだと思ったけど?」
 俊男さんにも、不審な点は思い当たらないらしい。
「む・・・。俊男殿は、島山と言う苗字で御座るか。・・・何者で御座るか?ガリ
ウロルに島山と言う苗字は、存在して御座らぬぞ?」
 そうか!島山と言う苗字は、この時代には、まだ存在していないのか!繊一郎さ
んは、榊家の頭領だから、ガリウロルの事については、知らない事は、ほぼ無い。
「恵さん。僕達の事情を、話してなかったの?」
 俊男さんは、事情を話してなかったのか?と目で問い掛けてきた。こう言うから
には、パーズでは、話してきたと言う事か。
「だって・・・私達の事を言って、頭がおかしいと、思われないかしら?」
「恵さんらしくないよ!真実は、一つしか無いんだから、順を追って説明しなきゃ、
相手だって、納得してくれないでしょ?」
 俊男さんの目付きは真剣だった。・・・私とした事が・・・目が曇っていたかな。
この時代の人の事を、侮っていたかも知れない。
「やはり、何か訳が、ありそうで御座るな。」
 繊一郎さんは、私が名乗った時に、薄々気が付いていたのかも知れない。
「何か悩んでたのは知ってたヨ。そろそろ、話してくれても良いんじゃないカ?」
 レイホウさんは、優しげな目で見てくれる。ああ。私ったら・・・自己嫌悪しそ
うだわ。こんな人達に黙ってるなんて、罪深い事よね。
「ごめんなさい。結構、突飛な事だったから・・・。説明し切る自信が、無かった
だけですわ。誠意ある対応じゃ、無かったですわね。」
 私は開き直る。全部、話してみよう。この人達なら・・・信じてくれる。
「では、お話しましょう。私たちの経緯を・・・。」
 私は、順を追って説明した。まず、私達が未来から来た事。それは、私と兄様と
俊男さんと江里香先輩の4人だって事。そして、飛ばされた訳は、時を操る敵と出
会ったからだと言う事。今は、打開策を考え中だって事。そして、私達の自己紹介
を含めて、話した。最初こそ驚いていた物の、順を追って説明する内に、理解して
きたようだ。
「あの場所で倒れていた所から、変だとは、思っていたので御座る。」
「私は、恵サンの服を見たときに気付いたネ。この時代の服とは思えなかったから
ネ。あんな上等な洋服を、ガリウロル人の恵サンが着ていたんだからネ。」
 なる程。結構、観察されてたんだな。怪しいと思われて当然か。
「パーズ王、ショウ=ウィバーン=トリサイルにも話しました。ショウさんは、僕
達の身の上を理解した上で、捜す事に協力してくれました。」
 俊男さんは、最初から私達を、全力で探す気だったのね。負けたわ。
「そうなると・・・拙者達の事を、最初から知ってたってのも・・・文献か何かに
残っていたと言う事で御座ろうか?」
 繊一郎さんは考える。本当は、私達の時代では、余りにも有名な伝記に、書かれ
ているのだが、これは、言う訳には、いかない。
「ハハッ。この『聖亭』も残ってるって事かもネ。安心したヨ。」
 レイホウさんも、気が付いたようだ。私は最初から『聖亭』の事は、知っている
様子を見せていたからね。
「しかし、1000年か。今の拙者達にとっては、途方も無い未来で御座る。」
 繊一郎さんが、考えている。繊一郎さんが言った事は、総意でもあるだろう。
「しかし、どうやって戻るので御座るか?」
 それが問題だ。見当も付かない。
「まだ全然、見当も付かない。だから、兄様や江里香先輩に会っておきたいのよね。」
 まずは集まる事で、何かを得られるかも知れない。
「難しい物ネ。でも、恵サンなら、大丈夫ヨ。」
 何だか、レイホウさんに励まされた。
「この1週間余りで、貴女を見てきたネ。貴女は優しくて、行動力があって、強く
て、何よりも状況判断に優れた人だヨ。その貴女が、一生懸命になって出来ない事
なんて無いヨ。私は、勝手にそう思ってるヨ?」
 レイホウさんは、嬉しい事を言ってくれる。あれこれ考え過ぎなのも、私の悪い
癖なのかも、知れないわね。
「その意見は、拙者も同じで御座る。恵殿程の女傑は、知り申さん。」
 女傑って・・・。まぁ褒められてるので、悪い気分じゃないけど・・・。
「さすが恵さん!僕達の時代でも、瞬君と恵さんは、誰よりも慕われてます!」
 俊男君も、オーバーね。まぁ兄様が慕われてるのは、分かるけど。
「んもう。過剰表現よ。ま、期待には、応えますけどね。」
 私の性格上、期待に応えないのは、天神家の当主として許せない。
「人捜しなら、私も協力するヨ。今週の売り上げは、今までに無い位だったから、
そのお礼ヨ。」
 レイホウさんは、にっこり笑う。
「拙者も協力しよう。恵殿や俊男殿が心酔する、天神 瞬を、この目で拝見したく
存ずる。どれ程の器なのか、見極めたいで御座る。」
 繊一郎さんは、兄様の器を確かめたいようだ。兄様は、並みの器じゃない。
「本当に、有難いですわ。それじゃ、頼らせてもらいますね。」
 好意を受けないと言うのも、感じが悪いですしね。何より情報収集と言う点では、
レイホウさんの顔が広いと言う点と、繊一郎さんの諜報能力は、頼れる所だ。
「じゃ、俊男サン。今日から、ここに泊まるのネ?」
「はい!宜しくお願いします!」
 俊男さんは、迷わず答える。まぁ当然か。
「幸い、パーズから資金面では援助してくれてるんで、何らかの手がかりを見つけ
るまで、滞在しようと思ってます。」
 随分と信用されたものね。俊男さんも、やるわねー。
「これは、大口ネ。こちらとしても幸運ヨ。」
 レイホウさんは、思わず拳を握る。まぁ気持ちが、分からなくも無いですけど。
「では、拙者は、ルクトリアの情報を集めてくるで御座る。ストリウスとパーズに
関しては、恵殿と俊男殿の方が、詳しいで御座るしな。」
 なるほど。考えてみれば、私がストリウスで俊男さんがパーズって事は、兄様や
江里香先輩は、他の国の可能性が高い。となれば、人が多いルクトリアを調べるの
は、当然かしらね。軍事大国の頃のルクトリアは、凄かったらしいですし。
 しかし俊男さんに出会えるなんて幸運ね。この調子で、江里香先輩や兄様に会え
ると良いんですけどね。特に、兄様は何をやってらっしゃるのかしら?空回りが多
い人だから、変な事に、巻き込まれてなけりゃ、良いんですけどね。



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