4、発見  生きている・・・か。  私は生かされていた。  こんな状態で、生きている事は恥辱でしかない。  いっそ、殺してほしいと思った。  実験に耐えるだけの毎日。  何度、自殺しようと思ったか分からない。  ・・・だが、ギリギリの所で、留まる。  心に浮かぶのは、いつも仲間達の事。  最高の仲間達、ガリウロルに行くつもりだったか・・・。  エイディの話では、地図に存在しない島に、行くのだとか・・・。  私も行きたかった・・・が、私の力で、皆が生かされるのなら良い。  誰か一人でも欠いたら、私は、私を許せない。  ・・・あ・・・。  ・・・そうだったのか・・・。  私は、仲間が、そう思うからこそ、こうやって生きていたのか。  簡単な話だったな。  私は、皆と会いたい。  皆も私に会いたいと思ってると、私は信じてる。  だからか・・・それと・・・。  この女性だな・・・。  ファリアが、友人が出来たと言って紹介した女性。  ファリアが嬉しそうに紹介するものだから、つい親しくなったのだったな。  ファリアの嬉しそうな顔を見て、レイクも笑っていたっけな。  レイクが楽しそうなのを見て、グリードも笑っていたっけな。  エイディは、その皆の様子を見て、嬉しそうにしていたっけな。  フッ・・・何て事は無い。  生に執着してるのは、私か。  それに、この私の世話を毎日してくれている女性。  ファリアの友人、ティーエさん。  ティーエさんは、毎日、酷い目にあっている筈だ。  なのに、必ず、私の牢に来て世話をする。  この女性を救い出したい。  なのに、この体は言う事を効かない・・・。  すまぬ・・・ティーエさん。  ぐっ!!また、脳を侵食する機械か!  やめろ!!この気持ちを、消されたくない!! 「うあああああああ!!」  私は起きた。・・・また、あの夢か。もうあそこから出て、1週間だと言うのに な。未だに私は、あの夢を見続けているのか。情けない。  あの生活が、後1ヶ月続いていたら・・・私もティーエさんも、廃人になったか も知れない。そう思うと、ぞっとする。しかし、こうやって生きているからには、 与えられた仕事をしなければな。横で寝ているティーエさんの世話は、私がやって いる。私も療養中の身だが、私は、そろそろ投薬しなくても大丈夫になると、睦月 さんが言っていた。・・・それにしても、あの藤堂姉妹は、大した者だ。姉は、天 神家の実権を守っている。客への応対なども、全て承っている。彼女が居なければ、 当主の居ないこの家は、崩壊してただろうな。それと妹は、メイドの大会で、同時 優勝したと言うだけあって、この館の仕事の、ほとんどを見ている。言わば家人の 取り纏め役だ。大会が終わった後、貫禄が付いてきたと、姉が言ってたな。  しかし大きい家だ。レイク達も運が良い。ここと知り合いになれたなんて、幸運 も良い所だ。『魔炎島』では、シャドゥさんと知り合えたと言うし・・・。あの魔 族は、本当に信頼出来るしな。本当に運がある。それに学校に行ってるなんてな。 レイクと言い、ファリアと言い、制服が似合ってるから参る。思わずジーンとして しまったな。グリードとエイディは、警備の仕事についてるらしいし・・・。この 家には、世話になりっぱなしだな。  だからこそ、ファリアが今、捜している過去に飛ばされた4人は、是非、救助し なければならないな。レイクや、学校の仲間達は、戦いに備えている。何でも、元 運命神だと言うミシェーダに打ち勝つためだとか。スケールが大き過ぎて、驚くば かりだが、こちらにも、神が味方していると言う話だし、何とかなるかも知れない な。レイクは、そう言う気持ちにさせてくれる男だ。  そういえば、ファリアが、時代を特定出来そうなんだとか。今から1000年前の可 能性が高いと言っていたな。そこで爆発的な、激突があったらしい。『ルール』と か言う、特殊な能力の激突を確認したので、4人の可能性が高いのだとか。私には、 その『ルール』が使えないので、馴染みが薄いけどな。一度見せてもらったが、信 じられない力だと言う事くらいしか分からない。私が居ない間に皆、超人にでもな ったのかと、思ったくらいだ。それを言ったら、私は、改造人間に近いけどな。 「ああああ・・・。」  む・・・。ティーエさんが苦しんでいる。・・・あの症状か。 「くす・・・り・・・。」 「ティーエさん。我慢の時です。」  私は、ティーエさんの腕を静かに握ってやる。激しく動かそうとしたが、私は、 今、凄い力を手に入れているので、ビクともしない。  この様子が示すとおり、ティーエさんは薬の依存が抜けてないのだ。麻薬の類だ ろうな。今は、体をケアしながら、薬抜きをしている最中だ。 「欲しい・・・ほじ・・・いいいい!!」  禁断症状が出てるな。仕方が無い。 「ティーエさん失礼する。」  私は断って、ティーエさんを落ち着かせるため、背中に手を回して、背中を軽く 叩いてやった。ティーエさんは、私の首などを絞めようとするが、悪いが、今のテ ィーエさんの力では、私の首など、絞まりそうに無い。私は、ティーエさんが暴れ るのを受け止めてやる。そうすれば、ある程度、気分が晴れるらしく、しばらくす れば、落ち着くのだ。こうやって、薬を抜いていくしかない。  しばらくすると、ティーエさんは疲れたのか、抵抗を止めて、また床に着いた。  ・・・。我ながら気の長い事だな。・・・薬の禁断症状は恐ろしいからな。私は 目の当たりにしてきたからな。・・・あの時は、最低のチンピラだったからな。今 でも馬鹿だったと思う。セントで、チンピラをやってた時は、界隈を支配する事だ けしか、目が無かった。逆らう奴は片っ端から、のしていた。そして、警察の世話 にならないように、金を握らせて、支配権を増やしていく。自分では、手を出さな いのに、麻薬をばら撒いて、禁断症状も、その時に何度か見た。すると、泡銭が手 に入る。  本当に愚かな人間だったな。支配権に負けるまで、気付かなかったんだから、本 当の馬鹿だ。『絶望の島』に入れられてからも、すぐに出てやると、息巻いてたっ けな。・・・あの時にレイクに会って、10歳のガキに、コテンパンにされて、そ の時にレイクの純粋さに惚れなかったら、まだ馬鹿な事をやってたでしょうね。  レイクは私の恩人だ。何があっても、見守らなきゃならない存在なんだ・・・。  本当は、ここに留まって欲しい。ここは楽園のような存在だ。学校にも行ける。 今となっては、セントの混乱もあって、追っ手が来る事も無い。だけど、レイクの 中に流れる英雄の血が、それを許さないのだ。レイクは、表面上では修練して強く なると言っているが、いつかは、アイツの祖父リーク=ユード=ルクトリアのよう に、立ち上がる日が来るんだろうな。アイツは、そう言う男だ。  私に出来る事。それは、レイクの助けになる事。だけだな。  まずは、与えられた仕事を、こなすしかないようだな。  もう少しで、夏休みが終わりそうだ。それまでに、あの4人を、取り戻したいと 思う。だが、その命運、はファリアに託されている。時代が特定できたと言う事で、 捜し易くなったと言ってた。だが、それは不安でもあった。ファリアの話によれば、 『ルール』の発動を捉えたと言う話だ。と言う事は、誰かが『ルール』を発動しな きゃならない事態になったと言う事だ。  そうすると、強敵に会ったか、奴ら自身が闘う羽目になったのか・・・。そう考 えるのが自然だ。誰かが、死に直面しているかも知れないのだ。ファリアも、気が 付いているようで、1000年前を特に調べている最中だ。勇士ジークの時代か、英雄 ライルが居た時代かが、まだ特定出来ないと言っていた。伝記を見る限り、ジーク の時代の方が、可能性は高いと思うのだが・・・。ファリアは、ライルの時代じゃ ないかと、思っているようだ。  何にしても・・・。俺達が出来る事は、非常事態に備えて、強くなる事だな。 (分かっているようだな。瞬達が帰ってきた時に、笑顔で迎えられなきゃな。)  そうですね。それに帰ってきた時に、実力が離されるのは癪ですし。 (フッ。言うようになったな。まぁ瞬達の事だ。何か成果は、あるだろうな。)  はい。しかも伝記の時代に行ったのなら、尚更です。  俺達は、朝食を食べ終えた。これから、皆が集まる頃だ。その前に、準備運動を しておく。不動真剣術の基本を繰り返し、反復させる。親父から、皆伝書を貰った のは良いが、まだ全部を使いこなせている訳では無い。速くマスターしないとな。  と、玄関が騒がしいな。睦月さんや、葉月さんが、対応しているようだ。誰か来 たようだな。仲間内では無いみたいだが・・・。行ってみるか。 「この家の主人は、留守なのですか。残念です。」  結構、丁寧な口調だ。だが、帰る気は無さそうだ。結構、背が高いな。何て言う か、落ち着いた人だな。 「我が主人は、忙しい方なので、少々遠出をなさっているのです。」  睦月さんは、丁寧に対応している。 「ならば、仕方ありません。・・・あれ?そこのお方は?」  客人は、俺を見る。そして、驚くような顔をする。 「ジーク!・・・いや違う・・・。」  ジーク?って勇士の? 「ええと、どちら様ですか?俺の事を知ってるんですか?」  いきなり、勇士ジークに間違えられるなんてなぁ・・・。 「失礼。貴方は、もしやレイク=ユード=ルクトリア殿か?」  あれ?何で、俺の名前を知ってるんだ?この人。 「そうですけど・・・。アンタ何者ですか?」  いきなり俺の名前を知っている辺り、余り良い気分はしない。まさか追っ手? 「レイク様は、大事な客人。貴方の正体を教えてもらうまで、警戒せざるを得ませ んよ?貴方が何者なのか、教えて戴けませんか?」  睦月さんの目が、警戒に変わった。 「失礼しました。・・・何と言えば、信じて戴けるでしょうかね。そうだ。私の上 司が、1回会ったと言ってましたね。」  上司?この人の上司って、誰だよ。 「私の上司なんですが・・・毘沙丸(びしゃまる)=ロンド=ムクトーに会った事 はありますか?・・・私は、その部下の、アインと申します。」  毘沙丸さん!?って、確か北神・・・だったか。 「毘沙丸さんの部下って、本当ですか?俄かには、信じ難いんですけど。」 「・・・それは、そうですよね。何か証明出来る物があれば、良いんですけどね。」  アインさんは、困っている。 「良いでしょう。ここの道場で、証明なさってください。」  睦月さんは、何かに気が付いたのか、アインさんを通す事にする。そして葉月さ んに目配せする。 「・・・それにしても、ここに来る客人は、ここの所、貴方のような人ばかりです。」  睦月さんは、呆れ果てた口調で言う。 「んー?何か騒がしかったけど、誰か来たの?」  ファリアが、顔を出す。そして、客人を見る。 「あれ?・・・客人ですか?」 「レルファ!?・・・あ・・・。」  アインさんは、また間違えてしまったようだ。・・・段々この人の正体が、分か ってきた気がした。なる程。だから睦月さんは、道場に向かっているのか。 「失礼。人違いのようでした。ご無礼仕りました。」  アインさんは、丁寧に謝る。 「いや、良いんですけどね。ちょっと、ビックリしただけですよ。」  ファリアは、何が何だか、分からないような顔をしながら、笑う。 「ここが、道場です。」  睦月さんは、道場の前まで案内する。俺とアインさん、それとファリアも中に入 っていった。すると、何かを感じた。 「『ルール』!?」  ファリアも瞬時に気が付いたようだ。これは『ルール』発動した感覚だ。しかも 誰かの『ルール』内に入った感覚だった。 「お静かに。今、道場は『結界』のルールに包まれています。これなら、多少の無 理も出来ます。アインさんと申しましたか・・・力を見せて下さい。」  睦月さんは、証明させると言っていた。なる程。アインさんの力を見るためだっ たのか。葉月さんは、『結界』のルールを発動させたんだな。 「驚きました。まさか、人間が『ルール』を使えるとは・・・。話に聞いてただけ で、実際に見たのは、初めてですよ。」  アインさんは、驚きを隠せないようだ。しかし実際に包まれている。 「なる程ね。じゃ、これ。」  俺は、何となく察していたので、アインさんに木刀を渡す。俺も木刀を持つ。い つもの修練の、延長みたいな物だな。 「ちょっと・・・レイク。これは何なのよ。」  ファリアは、まだ感付いてないようだ。 「アインさんは、毘沙丸さんの部下なんだそうだ。」  俺は、アインさんを指差して言う。 「毘沙丸さんって・・・あの?」  ファリアも半信半疑のようだ。毘沙丸さんは神だ。その部下と言う事は・・・。 自ずと想像が付く。何しろアインさんは、同名なのだから。 「だから私を、レルファと勘違いしたっての?」  ファリアも合点が行ったようだ。あとは証明だけか。 「気が付かれましたか。なら、私の技を、見せなくては、ならないようですね。」  アインさんは、木刀を構える。やはり、あの型か! 「行きます!!」  アインさんが、襲い掛かってくる。さすがに、踏み込みが早い! 「フン!!オオオ!」  俺は、雄叫びを上げながら、アインさんの攻撃を弾き返す。すると、アインさん は、木刀を持ち替えて、撫で斬りに来た。俺は、それを上段で弾き返すが、唸るよ うに2段目が来る。胴狙いだ。俺は、それを木刀を縦にする事で弾く。そこから、 更に顔を狙って、木刀が唸る。俺は、それを読んで、屈んで避ける。 「見事。さすが、不動真剣術ですね。」 「アインさんこそ凄いですよ。俺、その技を、食らった事があるから、避けた後に 反撃するつもりだったんですよ。なのに、避けるのが精一杯だったなんてね。」  恐ろしい技の冴えだった。俺が避けるだけで、精一杯だったなんてね。 「でも、これで確信しました。やはり、貴方は、伝記に天人となったアインさんで すね。その剣術は、父親から、譲られたルース流剣術ですね。」  そう。伝記にも書かれている。「法道」を信じる人々のために救世主となり、天 人としての試練を潜り抜けた男。それこそが、アインさんだった。しかし、運命神 ミシェーダの、余りの暴虐振りを目の当たりにして、鳳凰神ネイガ=ゼムハードと 共に反旗を翻して、「人道」を支持したと言う伝記が残されている。アインさんは、 天人としての体があるからこそ、1000年の間、生き続けてきたのだろう。細胞レベ ルでは、神に近いのが天人だからだ。 「ルース流剣術は、私の父、ルースが命を削って作り上げた剣術。現在も、道場が あると聞く。有難い事です。」  アインさんの言う通り、ルース流剣術は、ルースの偉大なる名を讃えて、今も伝 えられている。ルクトリアに、道場がある筈だ。 「それにしても、不動真剣術。いつ剣を交えても、素晴らしい強さです。」  アインさんは木刀を収める。すると、『結界』のルールが消えた。 「もっと激しくなると思いましたけど。まぁ宜しいでしょう。」  睦月さんの合図で、葉月さんが『結界』のルールを解いたのだった。 「葉月さん、何で『ルール』使ってたの?」  どうやら、いつものメンバーが顔を出してきたようだ。グリードが尋ねている。 「今回の客人に、関係あるんじゃないのか?」  エイディも軽口を叩いている。すると、アインさんは、信じられない顔をする。 「レイリー!レイリー・・・じゃないですよね・・・。」  アインさんは、またも間違えたようだ。 「俺のご先祖様を知ってる客人か。レイクと居ると、結構、会うんだよな。」  エイディは、苦笑いをする。シャドゥさんに、ジェシーさんも知ってたよな。 「本当に、そっくりです。ただ、彼はもっと野卑な性格でしたけどね。」  アインさんは、珍しく丁寧な言い様じゃ無くなる。 「俺も、余りご丁寧なんかじゃないぜ?」 「彼の場合、魔に捉われる程です。だが、彼は、私の恩人。私を庇って死んだ。こ れで、ますます、貴方達に力を貸さなくては、なりませんね。」  アインさんは、協力を申し出る。そうか。伝記でも書いてあった。レイリーはア インさんには出来なかった事をした。魔神レイモスを、羽交い絞めにして自分の体 ごと貫かせたのだ。結果的に、アインさんが、レイリーを殺した事になる。だが、 レイリーは、自分の信じる道のために、犠牲になったのだ。残った「覇道」を歩む 人々の救済のために、最期まで戦ったのだ。その出来事は、今でも伝えられている。 「今の世界は、ミシェーダが目指した「法道」を形にしたかのようです。500年 前辺りから狂ってきた。私が仕える、毘沙丸様の妹であらせられるゼリン様のせい でしょう。毘沙丸様は、非常に心を痛めています。私も、手伝わなくてはならない のです。」  アインさんは、俯いている。上司の妹であるゼリンは、アインさんにとっても、 大事な存在なのかも知れないな。 「ゼリン様は・・・毘沙丸様を、心より愛しておられた・・・。その心が、絶望に 変わった時、何もかもを、変えてしまいたかったのかも知れません。私は・・・未 だに信じられないんです・・・。ゼリン様は、500年前まで、非常に勤勉で、真 面目な方でした。毘沙丸様を慕い、神を目指した事も、ある御方です。」  アインさんは、昨日の事のように話す。ゼリンは、歪む前は、凄く真面目な性格 だったと言うのは聞いた事がある。しかし、今も歪んだだけで、真面目な事は変わ り無いのだろう。規律だらけの、この世界を作り上げたのだから・・・。 「毘沙丸様は、ゼリン様を誑かしていると思われている、ゼロマインドを倒すつも りです。ゼリン様を、影で操る真の敵。奴は、私も討ち取りたく存じます。」  アインさんは、雄弁に語る。毘沙丸さんも、間違いであって欲しいと言っていた。 「アインさんには、悪いけど、私はゼリンを許す気には、なれない。」  ファリアは、はっきり言った。 「それは、当然の事。ゼリン様は、許されない事をしている。・・・ネイガ様も、 怒りと悲しみで、包まれていらっしゃいます。」  ネイガは、ゼリンの義父である。 「まさか、こんなミシェーダが、望んだ世界になさるとは・・・。」  アインさんは、呆れている。 「ミシェーダが、関わっている可能性が高いわ。」  ファリアは、指摘する。 「どう言う事でしょう?」  アインさんが説明を求める。そこでファリアは、今置かれている状況を話す。俺 達が、何故ここに居るのか、そして、学校での出来事。ミシェーダに会ったと言う 事をだ。瞬、恵、俊男に江里香が居ない理由も話した。 「なるほど・・・。ミシェーダは、急激に力を付けてきた、貴方達の主要メンバー を全員、過去に追いやろうとした訳ですね。」  アインさんは、分析する。幸いにも、俺とファリアだけは助かった。 「『輪廻回帰』を使うとはね。だが、あれは最初から、どの時代に飛ばすか、決め ていなければ、ならないはずです。4人共、同じ時代に居るのは間違いない筈です。」  アインさんは、貴重な情報を教えてくれた。同じ時代に、放り込む事しか出来な い技なんだそうだ。それは、助かる情報だった。 「さて、そろそろ私は、行かねばなりません。ここに寄ったのは、毘沙丸様の行方 を確かめるためです。また、捜す旅に出なくてはね。」  アインさんは、俺達を見渡す。 「名残惜しいですね。今度は、ちゃんとした手合わせして下さいね。」  俺は、手合わせの約束をして、握手を求める。 「セントに向かうことになったら是非、一報下さい。私も、必ず駆けつけます。こ の『聖騎士』アインを、忘れずに置いて下さい。」  『聖騎士』か。アインさんは、異名を持つ程、上り詰めたのか。 「アンタ程の男だ。こっちから知らせなくても、気付くだろうよ。」  エイディが軽口を叩く。それをアインさんは、懐かしそうに見ていた。 「・・・そうだ。それと、お時間があったら、ここに向かうと良いでしょう。」  アインさんは、地図を手渡す。どうやら、行った方が良い場所のようだ。 「では、失礼。この次は、必ずや、手合わせをしましょう。」  アインさんは、そう言い残すと、風のように去っていった。  『聖騎士』アインか・・・。伝記の人に、また会ったな。俺って、もしかして、 そう言う人達に、会い易い体質なのでは無いだろうか?と、思ってしまう。  私は、弱虫だった。  心を繋ぎ止めておかないと、狂いそうだった。  彼らの親切心は、痛い程、伝わった。  それが本物であると、分かっているから苦しいのだ。  だから、自分に嘘を吐いてまで出ようとした。  それを指摘されて、激昂してしまった。  馬鹿みたいだ・・・。  兄様が近くに居れば、こんな事は無いと思っていた。  でも、こんなんじゃ、兄様に会った所で同じよね。  同じ過ちを、兄様の前で犯さなかっただけ、マシかも知れない。  でも・・・俊男さんは、身を犠牲にしてまで私を止めてくれた。  私は、自分が許せない。  俊男さんは・・・兄様と同じくらい、大事な人。  ・・・フッ・・・信じられない。  いつからでしょうね・・・こう、思うようになったのは・・・。  兄様の親友である、俊男さん。  兄様と同じように、修行馬鹿な俊男さん。  皆の幸せを願う俊男さん。  魔神に乗っ取られた、妹想いの俊男さん。  私の師匠である、俊男さん。  江里香先輩を慕う、純粋な俊男さん。  その全てが眩しい。  まるで、兄様みたい・・・。  いつ話しかけても、真剣に、私の事を気遣ってくれる。  笑うと、誰もが元気になる。  そんな気持ちにさせてくれる人・・・。  1000年の時を遡って・・・最初に会ったのは、俊男さんだった。  そんな俊男さんを・・・私は・・・。  涙が出る・・・情けなくて・・・。  俊男さんに謝りたい・・・。 「・・・ハッ・・・。」  私は目覚めた。鳩尾が、ズキッとする。思わずお腹を触ってしまう。 「おお。目が覚め申したか。」  この声は・・・繊一郎さんだ。 「ここ・・・聖亭?」  見慣れてきた景色。ここは、聖亭の私の部屋だ。 「意識朦朧としておられるな。無理は、禁物で御座る。」  繊一郎さんは、気遣ってくれる。しかし、今の私には、そんな資格は無い。私は、 この人達の善意を、無駄にしようとしたのだ。 「・・・心配くらい、させてもらえるか?」  繊一郎さんは、笑い掛けてくる。 「何があったかは知らぬ。だが、路地裏に2人が、倒れてたので御座る。レイホウ 殿も、心配しておられたぞ?」  そうか。レイホウさんにまで・・・。 「私・・・馬鹿ですわ・・・。本当に・・・。」  俊男さんの純粋さを、馬鹿呼ばわりした自分が恥ずかしい。 「俊男殿と闘って、勝利されたのか?」 「・・・ハハッ。見事に負けたわ。俊男さんは、信念を貫くためなら、誰にも負け ない人だって、分かったんですのよ。」  私は、気持ちが良いくらいに負けた。全てに於いて、私が上回っていたのに、負 けた。俊男さんは、油断を誘発して、細い勝利の糸を手繰ったのだ。 「そうで御座ったか。無茶をなさる御仁で御座るな。俊男殿も。」  繊一郎さんは、苦笑いをする。 「俊男さんは・・・。無事?」  私は、気になって、仕方が無かった。 「俊男殿は、強靭な体をお持ちで御座る。無事で御座るよ。」  繊一郎さんの言葉で、安堵する。 「私が・・・この手で、傷を付けましたの・・・。」  私は、昨日の事を、正直に話した。私の独断で、ここを飛び出した事。そして、 俊男さんに、暴走を止められた事をだ・・・。 「拙者が、決定的な情報を持って来れないのが悪い。お詫び致し申す。」 「止めて!・・・私は、分かっていたの。貴方達が、誠心誠意でやってくれている って・・・。だから・・・別れるのが辛くて・・・あんな事をしたんです。」  そう。見つからないと言うのは、只の言い訳だった。私は、この人達と、余り離 れたくなかった。別れが辛くなると思った。だから、そうなる前に、出て行こうと したのだ。兄様を捜したい気持ちもある。だが、それは言い訳だった・・・。 「私、ここの事を気に入ってきてる・・・。絶対、別れが惜しくなる。そうなるの が怖くて・・・飛び出したんです。でも、俊男さんは・・・そんな事をしたら、余 計に、辛くなるから・・・止めて下さったの。」  俊男さんは、私が、こんな別れ方するのを、見てられなかったのだ。本当に優し い人。私の身勝手を、見逃せないなんて・・・。 「俊男殿は、厳しくも、優し過ぎる御仁で御座るな。・・・拙者、俊男殿程の心の 持ち主を、知らぬ。彼もまた、英雄としての器をお持ちで御座る。」  繊一郎さんは、参ったと言う顔をする。嬉しそうだった。 「俊男殿は、隣の部屋で御座る。見舞いに行くと良かろう。拙者は、今の話を聞い て、余計に情報を集めたくなり申した。行って参る。」 「いつも有難いですわ。頼みます。」  私は、素直に頭を下げる。今まで、しなかった事だ。だが、俊男さんを見ていた ら、今まで、下げなかったのこそ、良くなかったと思う。 「やる気も倍増で御座るよ。では、御免!」  繊一郎さんは、ニコッと笑うと、一瞬にして、姿を消した。さすがは忍者。本当 に速い。こんなに情報収集力をある人を、疑うなんてね・・・。 「ア。恵サン。起きたネ。今日は、仕入れ日にして休みにしたから、ゆっくりして ると良いネ。無理しちゃ駄目だヨ!」  下から声が聞こえた。レイホウさんだ。どうやら、私が、只ならぬ様子だったの で、予定を変えたのだろう。有難い事だ。繊一郎さんが声を掛けて置いたのだろう。 それで、下から声を、掛けてきたのだ。 「分かりましたわ。お気遣い、感謝しますわ!」  私は、感謝の意を述べる。レイホウさんは、それを聞くと、嬉しそうに鼻歌を鳴 らした。帳簿を、つけ始めたのだろう。  私は、俊男さんの部屋をノックする。返事は無い。仕方ないので入る事にした。 「・・・!!」  私は言葉を失ってしまった。俊男さんは無事!?これで!?確かに、命に別状ま では、無さそうだ。だが・・・傷だらけだし、肩と足を貫いた跡は、特に酷かった。 ・・・私は・・・こんな事を・・・。 「・・・う・・・うううううう・・・。」  私は、思わず涙を流す。嗚咽が、漏れてしまった。何て事を・・・。 「・・・あ。恵さん?」  俊男さんが、起きてしまったようだ。私は泣き顔で、俊男さんを見る。 「・・・ごめんなさい・・・。ごめん・・・なさい・・・!!」  私は、感情を抑える事が出来ない。すると、俊男さんは、私の手を握ってきた。 「泣かないで・・・。こっちまで、悲しくなっちゃうよ。」  俊男さんは、優しい笑顔で、こちらを見ていた。俊男さんは、優し過ぎる。 「恵さん。もう・・・黙って行かないよね?」  俊男さんは、約束の事を言う。 「うん・・・。絶対に行かない・・・。黙ってなんて行かないよ・・・。」  私は、涙を流しながら誓う。俊男さんは、こんなになっても、私の事を心配して くれているのだ。なんて健気・・・。 「良かった!ちょっと痛いけど、安心したよ。」  俊男さんは、体を起こす。酷い跡が出来ていた。でも、本当に、何でも無さそう に、こちらを見て、笑い掛ける。 「恵さん。・・・こう言う時こそ、笑って。恵さんが笑うとね。何故か、力が出る んだよ。療養だと思ってさ。」  俊男さんは、依然と同じように、笑い掛けてくれる。素敵な笑顔だった。 「こ、こう?」  私は、無理矢理にでも、笑顔を作った。 「肩の力を抜かなきゃ!リラックスしようよ!」  俊男さんは、こんな私でも、受け入れてくれる。私の半魔族の姿まで見たのに。 「笑えって言われてもね。私、鬼ですのよ?魔族の姿、見たでしょ?」  私は、下を向く。あの姿を見せたのは、ファリアさんと兄さんと藤堂姉妹くらい にしか見せていない。ファリアさんは治療の協力のため、藤堂姉妹は治療のため、 兄様には、不意打ちで見られただけだ。本当に力を振るうために見せたのは、憎き あの男と、俊男さんだけだ。 「ああ。あれ?いやぁ、凄かったよね。」  俊男さんは、恐れてなど、居なかった。なんか目を輝かせている。 「恵さんの魔族姿ってさ。すっごい神秘的で、綺麗だったよ!」  綺麗って・・・。あの姿は、忌むべき姿なのに・・・。 「私にとっては、余り良い物じゃ御座いませんのよ?」  俊男さんは、天然にも、程がある。あの姿を見れば、恐れるのが普通だ。 「そうなの?強い上に幻想的で、凄いなーと思ってたのに。」  ・・・ハァ・・・。肩の力が抜けちゃったわ。俊男さんたら・・・あの姿を、綺 麗だなんて・・・。ずれてるにも、程がある。 「も、勿論、普段の恵さんだって、凄く・・・き、綺麗だよね!」  俊男さんは、顔を真っ赤にしながら言う。恥ずかしいなら、言わなきゃ良いのに、 不器用な人だ。 「プッ。あっはっはっは!俊男さんは、見てて飽きませんわ!」  私は、笑ってしまう。失礼なようだが、今まで心配してたのが、馬鹿みたいだ。 「エ、エリ姉さん以外には、使った事が無いんだから、仕方ないだろー・・・。」  俊男さんは、真っ赤な顔のまま言う。なんだか必死だ。 「江里香先輩は、綺麗です物ねぇ。」  私は、からかってしまう。俊男さんと居ると、つい、こう言う事をしたくなる。 「んもう・・・。僕を、こう言う扱いするのは、エリ姉さんと、恵さんだけだよ。」  俊男さんは、口を尖らす。 「フフッ。そんな俊男さんには、止めてもらった礼をしないとねー。」  私は、ニンマリ笑う。 「ここに居てくれるだけで良いって。恵さんのお礼だと、天神家に帰ってから、凄 い事に、なりそうなんだもん。正月だって、凄かったよ・・・ね!?」  俊男さんが、冗談を言ってる内に、口を塞いだ。私の唇を使ってだ。私の素直な 気持ちだった。命を懸けてくれた俊男さんが、好きで堪らなくなっていた。兄様と 同じくらい好きな人なんて、もう、俊男さん位しか居ないと確信した。 「・・・お礼、安上がりかしら?」  私は、少し恥ずかしかったが、俊男さんは、もっと真っ赤になっていた。 「・・・ぼ、ぼぼぼ僕で・・・良かったの?」  俊男さんは、私が、兄様を好きなのを知ってる。 「私、安い女じゃ無くてよ?す、好きじゃなきゃ、こんな事は、しませんわ。」  言ってて恥ずかしくなるのだから、我ながら未熟だ。 「ははっ。何か、夢みたいだ・・・。僕は・・・エリ姉さん以外で、始めて憧れた のは、恵さんだったからさ・・・。本当に嬉しくて・・・。」  俊男さんは、口下手ながらも、好きだと言ってくれた。何だか、こっちも嬉しく なってくる。兄様の事も好きだけど・・・。俊男さんも同じくらい・・・。 「こう言うの、二股って言うのかしら?」  つい、そんな言葉が浮かんでしまう。 「ハハッ。二股って言われるくらいなら、僕は本望だよ。瞬君に、負けたくない!」  俊男さんは、真っ直ぐこっちを見る。本当に眩しい。兄様とは、また違う、それ でいて、兄様みたいに優しい。本当に心が揺らぐ。こんな事は、初めてだ。 「貴方って、いつまでも純粋なのね。羨ましい。」  私は尊敬の意味を込めて言う。 「瞬君と恵さんのおかげだよ。僕は・・・魁に復讐する心で染まっていた。莉奈の 事でね。そこを魔神に付込まれた。支配されそうになった時に、救い出してくれた 瞬君には、感謝し切れない。そして、恵さんにもね。」  俊男さんは、まだ、あの事を、引きずっていたのか。妹が酷い事されたんなら、 怒って当然だと思う。それに、平和に解決出来たじゃないか。 「妹を想う心が、本物だっただけでしょう?恥じる必要は、無いと思いますわ。」  俊男さんは優し過ぎるから、魔神に付込まれた自分の心を、責めているのだ。 「それに・・・私は、何もしてない筈・・・。」 「いいや、あの後、僕にパーズ拳法の手解きを請いに来たじゃない。・・・実は、 あれが、僕の救いになったんだよ。」  パーズ拳法を教わりに行ったのは、瘴気を抑える術が、知りたかったからだ。 「あれは・・・私の体のためですわ。」 「例えそうだとしても・・・。僕にとっては、本当に救いになったんだよ。恵さん が、来なかったら、僕は、自責の念で潰れていたよ。」  ・・・そうだったのか。俊男さんは、あの時、救いが欲しかったのだ。人のため に出来る何かを探していたのだ。そこに私が、教えを請いに来たから、俊男さんは、 快諾したのだ。私は、自分の事で、手一杯だっただけなのにね。 「偶然って、怖い物ね。」 「そうだね。・・・でも、僕は、この偶然に感謝してるよ。」  俊男さんは、真っ直ぐな瞳で私を見る。心を克服した者の強さ。眩しい強さ。 「・・・俊男さん。ちょっと良いかしら?」  私は、俊男さんの肩と足に触れる。そして、ありったけの想いを、ぶつけた。 「・・・う・・・。わ・・・わわ・・・。」  俊男さんは驚いている。というのは、私は今、『癒(いや)し』の魔法を、唱え たのだ。実は、密かに、ファリアさんに教わっていたのだ。 「おおお!凄い!傷が塞がっていくのが、分かるよ!」  俊男さんが興奮する。それ程、酷い怪我だったのだろう。私の、うろ覚えの回復 魔法でも効くのなら、やってみて正解だったな。 「それは、俊男さんの生命力が溢れてるからですわ。その人の治りたいって意思が 強ければ強い程、良く効くんですのよ。」  ファリアさんの受け売りですけどね。皆が忍術を習ってる時に、魔法を習ってお いて、正解でしたわ。忍術も、身に付けた事は身に付けたんですけどね。ついでで 習った魔法が、役立つとはね。 「よーし・・・。この分なら、明日から動けそうだ。」  俊男さんは、本当に元気になったようだ。 「良かった。でも、また寝てなくては駄目よ?」  私は、そう言うと微笑んでみた。 「恵さんは、ズルいや・・・そんな笑顔されたら、従うしかないよ。」  俊男さんは、顔を真っ赤にしていた。からかうつもりじゃ、無かったんだけどな ぁ。ま、元気になってきたなら、良いとしますか。  ルクトリアの国境。中央大陸との境目。ここには、人の気配が無い。動物達の王 国と言っても良い。こんな所の近くに、生物学者フジーヤは住んでいると言うのだ ろうか。相当に外れだ言うのは、文献で知っていたが、ここまでとはね。  俺達は、馬車を使って、1週間程、旅している。通常ならルクトリアに着いてい る頃だが、俺達は、大所帯な上に暴走気味なプサグル軍に、会う訳にも行かない。 プサグル軍は、勝利に酔って、暴走する兵士が出始めているのだと言う。正確に言 えば、プサグル軍では無く、プサグルの中の遊撃隊の傭兵達だが・・・。そのよう な行為を、してはならないと、お触れを出しても、無くならないような状況だ。  何度か退治したし、囲まれた中を突破した事もあった。それに加え、『太陽の皇 子』が、全力でマレルさんを探している。参った物だ。  川の流れが緩やかな、大地の恵みが溢れる土地が、眼前に広がる。ルクトリアの 国境に、近づいてきたのだろう。休めそうな所があったので、休憩を取る事にした。 多少の食料も、取らなきゃならない。林間学校で、こんな事もしたっけか。それも、 つい最近なのに、思い出になっていく。感慨に、耽っている場合じゃないか。  俺が主となる食料の調達。江里香先輩は釣りが得意だと言うので、渓流の方に行 った。元気のある事だ。マレルさんは、水を汲みに行ったようだ。林間学校の時の ような大蛇を見つけるのは、さすがに無理だし、熊でも見つけるかな。  俺は、獣道を散策する事にした。確か、こう言う山道は、獣道が多い筈だ。その 道には猪や兎の他、熊なども通る確率が高い。まぁ、ブラブラ歩いてりゃ良いかな。  ガサガサッ!!  お。早速、何かが現れたようだ。猿か。猿は、食べる対象じゃあないなぁ。 「ん?何だお前?」  え?さ、さ、猿がしゃべった!? 「猿が、しゃべった・・・のか?」 「何でぇお前は。いきなりご挨拶じゃあねぇか。俺っちを、誰だと思ってやがる。」  間違いなく、この猿が喋っているようだ。待てよ・・・。って事は、この猿は。 「まさか、伝説の猿、スラート?」  伝記に出てきた喋る猿、スーパーモンキーのスラートかも知れない。 「で、伝説とまで言われると、俺っち照れるぜ。お前、見所あるぜ。」  この調子の良さと言い、スラートに間違い無さそうだ。フジーヤが最初に手掛け た新生物。それがスラートだった。通常の猿の10倍の能力を与え、あらゆる事に 精通させたスーパーモンキー。フジーヤの、あらゆる世話を担当している筈だ。 「って、俺っちの名前を、知ってるって事は、フジーヤに用かい?」  スラートの方も、分かっているらしい。スラートを知ってる人間は、フジーヤに 用事があると言うのをだ。 「色々あるけど、まずは、泊めさせてくれないかな?ってのが、本音だ。」  俺は、正直に言った。もう野宿をさせるのは、酷だ。 「その様子だと、一人じゃないみてーだな。しょうがねぇ。付いていってやるよ。」  スラートは、人懐っこく笑う。表情が豊かな猿だ。  俺達は、馬車のある川のほとりの方へ向かう。すると、馬車の周りが騒がしかっ た。追っ手だろうか?俺は、緊張した面持ちで、馬車へと近づく。すると、マレル さんが、祈りながら、心配そうに倒れてる人を見ていた。 「マレルさん。どうしました?」  俺は声を掛けてみる。 「大変なんです。この二人が、川から流されて来たんです。」  ・・・この二人?まさか・・・。 「これは・・・。レイ・・・いや、違う。」  思わずレイクさんと言いそうになった。似ている。金髪を銀髪にすれば、レイク さんだと思うくらい似ている。もう一人は、間違う事は無い。この兜は、1週間前 にも見たグラウドさんだ。 「酷い怪我だな・・・。」  伝記にも書いてあった。中央大陸での激突で、二人は一騎打ちをしたのだ。どち らも真剣で、である。グラウドさんが、正々堂々とした勝負を望んだのだ。その結 果、とてつもない崖から、激流の川へと落ちたのだ。この二人で無ければ、命を落 としていた事だろう。だが、まだ息をしている。 「死に掛けじゃねぇか。大丈夫かよ。コイツら。」  スラートは、訝しげに見ていた。 「え?お猿さんが喋った!?」 「一々驚くんじゃねーよ。フジーヤの噂は、聞いてんだろ?」  スラートは、マレルさんに注意する。変わり者のフジーヤは、横に凄い能力を秘 めた猿を、所有していると言う噂は、俺も何度か聞いた。 「あら?これはこれは・・・怪我人ですか?」  レイシー修道長も来る。心配そうに二人を見つめていた。 「瞬君。このお猿は、なーに?」  江里香先輩が、俺の肩に座っているスラートを指差す。どうやら、全員、揃った ようだな。ティアラさんも、心配そうに二人を見つめている。 「姉ちゃん。俺っちを、只のお猿と一緒にすんなよ。聞いて驚け!スーパーモンキ ーことスラートとは、俺っちの事よ!!」  スラートは、自己紹介をする。得意げに、ポーズまで決めている。 「ああ。貴方が、あの有名なスラート君?」  江里香先輩も気が付いたらしい。 「誰がスラート君か!!それにしても、面倒な事になりそうだなぁ。」  スラートは、考え込んでいる。俺達を連れて行くと言う事は、フジーヤにも面倒 が掛かる可能性が、増えると言う事である。 「グラウド・・・。大丈夫かしら・・・。」  ティアラさんが、青ざめた顔で見ている。ティアラさんと俺は、グラウドさんを 知っているだけに、心配である。 「出し惜しみしてる場合じゃないわね。マレルさん、こっちの人を頼むわ。」  江里香先輩は、金髪の少年の方をマレルに任せる。江里香先輩は、グラウドを抱 える。すると二人共、『治癒』の魔法を使い出した。 「おうおう!?おめーら、すげーじゃねーか。コイツは魔法じゃねーかよ。」  スラートは、すぐに気が付く。フジーヤも魔法の研究をしている分、魔力に対し て、敏感なのだろう。さすが、助手も兼ねているだけある。 「くっ・・・。」  マレルさんは、顔を顰める。と言うのは、中々効かないからである。 「参ったわね。思ったより、傷が深いわ。この二人。」  江里香先輩も、深刻な顔になる。魔力量が足りないのかな。 「仕方ない。・・・マレルさん、手を出して!」  江里香先輩は、マレルさんの方を向く。すると、マレルさんは、訝しげだったが、 黙って手を差し出す。その手を江里香先輩は握る。そして、江里香先輩は集中する ように目を閉じる。・・・もしかして・・・。 「『ルール』発動・・・!」  やはり!江里香先輩は、『治癒』のルールを発動させる。そして、その力をマレ ルさんにも、伝達する。どうやら、狙いは成功したようだ。マレルさん自体、ビッ クリしている。江里香先輩の力を、感じたためだろう。 「凄い・・・。何これ・・・。」  マレルさんは、自分でも信じられないくらい『治癒』の魔法が、強化されてるの を感じた。そして、二人の傷は、みるみる回復していった。物凄い威力である。 「・・・ぐっ!!」  江里香先輩は『治癒』のルールを解除した瞬間、眩暈がしたのか、倒れそうにな る。それを俺は、素早く抱え込んでやった。 「・・・拙かったかなー・・・。」 「・・・そうかも。でも・・・先輩は、ほっとけなかったんでしょ?」  俺は、抱えたまま笑い掛けてやる。先輩は、自分の力以上に『ルール』を発動し たに違いない。だから、疲労感も多いのだ。伝記では、マレルが、献身して助ける と言う風になっているが、マレルさん一人で、助かったとは思えない。・・・とな ると、俺達が来た事で、歴史に、何らかの力が加わったのかも知れない。二人の傷 は、思った以上に酷かった。伝記では、意識を失って、動けなかったくらいで、命 の危険性まであったとは、書いていなかった筈だ。 「・・・瞬君。説明、願えるかしら?」  ティアラさんまで、疑惑の眼差しだった。 「ここまで来たら、仕方ねーか。・・・スラート。フジーヤさんの家まで、案内し てくれ。話は、それからだ。この人達を、休ませなきゃならねぇしな。」  俺は、馬車にライルとグラウドさんと江里香先輩を乗せる。江里香先輩は、いつ の間にか、気絶してしまった。  その後、視線は、痛い程だったが、スラートの案内で、フジーヤさんの家に向か う。スラートは近くの山菜を探してたらしく、本当に、自然に囲まれた所に、フジ ーヤさんの家はあった。近くには、宿屋一軒と、ちょっとした部落なので、数件の 家があるだけだ。寂しい場所だが、自然の香りが、する所だった。  で、スラートが、フジーヤさんに事情を説明している。すると、すぐに、大きな 麦藁帽子を被った、目付きの鋭い男が出てきた。髪はボサボサだったが、服装は、 汚くなかった。だが、鋭い視線は、誰よりも強い。フジーヤさんだな。 「・・・俺に、用があるそうだな。」  フジーヤさんは、俺に話し掛けてくる。 「はい。安全な場所を求めて、ここまで来ました。泊めさせて戴きたい。」  俺は、簡潔に話す。余り嘘を吐いても、仕方が無い。 「困った物だな。宿は隣だぞ?とは言え、そこの怪我人二人は、面白そうな事情が ありそうだし、何より、今スラートから良い事を聞いた。まぁ話次第によっちゃ、 承諾しても良いぜ。幸い、俺一人が住むには、余りある家だ。」  フジーヤさんは、さっきの俺達のやり取りを、スラートから聞いたらしく、大い に興味を、持ち始めていた。 「丁度、皆が、俺達の事情を知りたがっています。一切、包み隠さず、全ての事情 を話しましょう。その後、信じてくれるかは、貴方次第です。」  俺は、真っ直ぐと、フジーヤさんを見る。 「フフッ。そう返すか。おもしれぇな。中に入れよ。話を聞いてやろう。」  フジーヤさんは、中へと招待する。俺達は、馬車から3人を運び出して、ベッド に寝かせる。その途中に、玄関にライオンが居たのには、ビックリしたが、フジー ヤさんが、躾けた大人しいライオンだったので、事無きを得た。 「ここは・・・。」  ベッドに寝かせたところ、金髪の少年が、目を覚ました。 「うう・・・。っと・・・。」  グラウドさんもだ。まだ体は、痛むようだ。江里香先輩は、まだ寝ていた。まぁ 仕方が無い。江里香先輩の『治癒』のルールの範囲は、自分自身だった筈だ。それ を、他人に移したって事が、既に、力の使い過ぎに繋がるのだ。 「俺は・・・確か、崖から・・・。」 「・・・瞬。か。」  二人とも、意識がハッキリしてきたようだ。 「そこの二人も起きたようだし、事情を聞こうじゃないか。」  フジーヤさんは椅子に掛ける。俺達も座って、話をする事にした。 「まず、そこの二人の事を、言い当てましょう。」  俺は、ベッドで寝ている二人を指差す。 「一人は、ライルさん。不動真剣術の伝承者にして、ルクトリアの遊撃隊長。それ も、入ったのは、つい最近ですね?もう一人はグラウドさん。俺が世話になってい たハイム=ジルドラン=カイザードさんの友人です。まぁ、顔見知りです。」  俺は、二人を紹介する。すると、全員が驚いた。グラウドさんの事は、まだしも、 ライルさんの事を、一発で言い当てたからだ。ティアラさんだけは驚かなかったが。 「君は・・・何者なんだ?俺の事、どこで知ったんだ?」  ライルさんは、驚きで、目が冴えたらしい。 「不思議な奴だと思っていたけど、ますます不思議だぜ。何者だよ。お前。」  グラウドさんも、驚きを隠せない様子だ。 「貴方達は、あの憎き戦争の中、崖の近くで決闘を行って、崖から落ちた。そして、 あそこまで運ばれてきた。その際、ライルさんが、グラウドさんを庇って、背中か ら落ちた。だから、まだ背中が、痛い筈です。」  俺は、更に続ける。また当たってたらしく、ライルさんは、背中を擦る。 「なる程な。あの戦争中に、決闘やるたぁ、酔狂な奴らだ。」  フジーヤさんは、豪快に笑い飛ばす。さすが、スケールの大きい人だ。 「では、俺達の事を話しましょう。」  俺は、皆に向けて語りだす。・・・それは、とてつもなく遥か先の話で、俺達が、 1000年以上、未来から来た事。そして、その世界で、俺達と生活を共にしている仲 間達。そして、俺達が有する、神にも匹敵する力『ルール』。それを恐れて、やっ て来た時間を支配する敵、その敵にやられて、俺と江里香先輩と恵と俊男が、1000 年前の、この世界に飛ばされた事を、話した。ただ、ライルさんとグラウドさんの 手前上、レイクさん達の事は、話せなかった。未来が変わってしまっては、駄目だ と思ったからだ。  そして、俺が助けられたのは、プサグルの『雷』の将軍ハイム=ジルドラン=カ イザードであり、江里香先輩が助けられたのが、ここに居るマレルさんだった。 「・・・と言う事です。ティアラさんは、ジルさんの妻です。戦乱に、サイジン君 を、巻き込ませたく無いがために、ここまで来ました。」  俺は話し終える。これは疲れる物だな。サイジン君は、伝記では、生まれが分か るまで、ジークと同じ歳とされていたが、それは、ジルさんの息子だと言う事実を 隠すためであり、実は、ジークより6つも年上なのだ。 「これまでも、珍客ってのは、あったけどよ。今日のは格別だ。参るぜ。」  フジーヤさんは、そう言いつつも、笑顔だった。 「神の力『ルール』か・・・。今なら分かる。あの時、エリカから感じた力は、と てつもない力だった。・・・瞬君は、何を使えるの?」  マレルさんが、聞いてくる。包み隠さず言うと約束したので、言う事にした。 「俺の力は、この拳で、全てを破壊する『破拳』のルールです。」  俺は、拳を握る。数回しか使った事が無いが、これは、恐ろしい力だと言う事が 分かる。触れた物の全てを破壊する事が、出来る力だ。 「お前らしい力だな。恐ろしい奴と稽古してた物だ。」  グラウドさんは、頭を掻く。 「本当にピンチの時しか使いませんって。必要とする時にしか、使いません。」  俺は、凄い力だと認識しているからこそ、簡単には使わないのだ。 「しかし、1000年後か。どうなってるか、想像も付かないなぁ。」  ライルさんは、能天気な事を言う。そのライルさんこそ、偉大な『勇士』の父で あり『英雄』であると、伝記に書かれているのにな。 「お前さんは、俺達が、どんな一生を送ったのか知ってる訳だ。変な気分ではある。 ま、言う必要は、無いけどな。」  フジーヤさんは、俺達を見ながら考え込む。フジーヤさんこそ、後の大魔術士ト ーリスの父親で、ジークを死の淵から、救った英雄の一人だ。 「この時代の事は、結構、文献に書かれています。だから、皆さんの知ってる情報 が欲しい。この時代に合わない事を、している奴らが居る筈なんです。ソイツらこ そ・・・俺達を、仕留めに来る刺客であり、倒すべき敵なんです。」  俺は、情報を求める。伝記に全て書いてあるとは思えないが、明らかに、違う事 をしている奴らが、居る筈。そして、それは、恵か俊男・・・または、敵だ。 「俺達は、時代を乱す気は、ありません・・・。でも、どうしても見過ごせない事 がありました。目の前で、悲劇が起ころうと言う時に、無視なんて出来ない!」  俺は、レイシーさんを見る。俺が止めなければ、この人は、間違いなく修道院ご と死んだのだろう。文献でも、マレルさん以外は、生き残ったとは書いていない。 「ふふ。では、文献では、あの修道院は、跡形も無かったのですね。私が、修道院 と共に爆死した・・・ってのが、本来じゃないですか?」  レイシーさんは、気付いていた。やっぱり、あそこで死ぬ覚悟だったのだ。 「お前、そんな事やって、元の時代に、戻れなくなるかも知れんぞ。」  フジーヤさんは脅す。それは、俺にも分かっている。 「でも、助けられる者を放っておくなんて、俺には出来ない!!」  そう。元の時代に戻れたとしても、助けないでいたら、俺は、自分を許せない。 「俺は、元の時代に帰れなくたって、あの選択を、後悔はしない!」  それが、俺の中での正しい事だ。爺さんに教わった、正しい事だ!! 「瞬・・・と言ったね。俺は、この戦乱で姉と母を取られて、絶望していた。だけ ど、君は、それ以上に、きつい目に遭っているのに、他人の事を思いやれる。その 心意気に、感服したよ。是非、俺にも、手伝わせてくれ。」  ライルさんは、真っ直ぐ、俺の方を向いてくる。この眼差し、やはりレイクさん にそっくりだ。さすが、濃い血を持っているだけある。 「ありがとう御座います。でも、いざ闘う時は、俺達の手で、やらなきゃ駄目な気 がするんです。だから、情報が、とにかく欲しい。と言っても、俺の事で、貴方達 のやるべき事を、変えて欲しくないんです。」  俺は、やるべき事と言った。それは、ライルさんがルクトリアで旗揚げし、フジ ーヤさんが軍師となって、マレルさんが横に付き添い、グラウドさんが仲間になる。 そんな、伝記のような物語。 「う・・・ここは・・・。」  江里香先輩が起きた。周りの状況を確認している。 「話は聞かせてもらった。俺は、フジーヤだ。宜しく。江里香。」  フジーヤさんは、江里香先輩に微笑み掛ける。 「あ、ありがとう御座います。と言う事は・・・。瞬君が、全部話してくれたのね。」  江里香先輩は、周りの反応を見て、判断する。 「エリカ。貴女は、私以上に、運命を背負ってる人。帰らないとね。」  マレルさんは、江里香先輩の手を握る。 「何だか、照れちゃうわね。」  江里香先輩は頭を掻く。 「礼を言う。俺の命が助かったのは、貴女と、そこの聖女のおかげだ。」  グラウドさんは、礼を言った。 「俺も、貴女とマレルさんに救われました。本当に感謝してます。」  ライルさんも続く。それを聞いて、江里香先輩は、照れてしまった。 「おい。何だか、外が騒がしいぜ。」  スラートが、外を指差す。どうやら、何か気配を感じたらしい。 「おい!ここだ!!」  外から声がした。かなり多い。 「・・・プサグル兵か。穏やかじゃないな。」  フジーヤさんが、気が付いたようだ。 「ここに居るのか?ルクトリアの第2王子の、ライル=ユード=ルクトリアが!!」 「そういう話だ。慎重に行けよ。何やら、胡散臭い家だしな。」  兵士達の声が聞こえた。すると、ライルさんは、驚きで声が出なくなってしまっ た。ルクトリアの第2王子と言う言葉に反応したのだろう。しかし、これで、姉と 母が、連れ去られる理由を知ったのだろう。 「おい!プサグルの者だ!開けたまえ!!」  玄関口で、ドンドンと音がする。 「俺は、どっちでも良かったんだがな。これで、腹を決めたぜ。俺の家を、胡散臭 いなどと呼んだ連中に、鉄槌を食らわさなきゃな!!」  フジーヤさんは、そう言うと、扉を開けて、目の前に居た兵士を、蹴りつける。 良い蹴りだ。あれなら、良い空手使いになれるな。 「何をする!貴様!我らが、プサグルの者と知っての事か!」  兵士達は、たじろぐ。あの程度で、情けねぇな。 「ああ?胡散臭い家の持ち主だがよ。てめぇらみたいな、礼儀知らずは、歓迎する つもりは無いんでね。死にたくなかったら、さっさと、失せるんだな。」  フジーヤさんは、右手に、凄まじいエネルギーを溜める。・・・あれは『ルール』 だ!!この時代に『ルール』使いが、居たのか!! 「おちょくると、痛い目にあうぞ!!」  プサグル兵は、襲い掛かってきた。それをフジーヤさんは簡単に見切って、心臓 目掛けて、右手を翳す。するとプサグル兵は、力無く倒れる。 「な、なななな、何をした!貴様!!」  完全に、びびってるな。しかし結構な数だ。数で押されたら、拙いかも知れない。 「魂を抜き取ったんだよ。安心しな。死なないギリギリまでに、しておいた。」  魂を抜き取った?・・・まさか、『魂流操心術』!?伝記では、魂を抜き取って、 溜めた力で、新たに生物に魂を入れ込む事をやっていたと書いてあった。フジーヤ さんの家に伝わる奥義だった筈だ。そうか・・・。凄い能力だと思ったけど、あれ は、『ルール』だったのか。 「おのれ化け物め!」  プサグル兵達は、固まりだした。これじゃ分が悪いな。よし。  フジーヤさんの後ろから近づく兵が見えた。そこを俺は、蹴り倒す。 「ぐあ!貴様・・・まさか、ジルドラン将軍の家に居た、手伝い人!?」  俺って、有名だったのか? 「馬鹿な!何故、こんな所に居ると言うのだ。間違いではないのか?」  リーダーらしき奴が、聞いてきた。 「俺、外から覗いた事があるんです。アイツ、確かジルドラン将軍と、互角以上に 闘ってた奴ですよ・・・。」  どうやら、覗かれていた事も、あったようだ。 「瞬君だけに、目立たせないわよ。」  江里香先輩が、踵落としを綺麗に決めて、失神させる。 「アイツ、修道院の時に居た女だ!また、やられてぇのか!」  どうやら、あの時に居た下衆共も、混じっているようだ。 「ふん。背中さえ襲われなきゃ、余裕だったわよ。四の五の言わずに、掛かってら っしゃい!瞬君と一緒なら、絶対に負けないわよ。」  俺を頼ってくれるのは、嬉しい事だ。 「何やってる!相手は3人だぞ!速く捕まえろ!」  リーダーが命じる。すると、次々に襲い掛かってきた。 「馬鹿な奴らだ!!」  フジーヤさんは、通り抜け様に魂を抜き取っていく。すると、抜き取られた兵士 達は、力が無くなっていく。 「貴方達に、良い踊りを見せてあげるわ。」  江里香先輩は、軽やかなステップを取り始める。襲い掛かってくる相手を軽く往 なしながら、まるで踊るかのように相手を翻弄する。と言うのも、肘打ちに行った と見せかけて、膝蹴りが飛んできたり、足払いと思わせといて、鳩尾に突き上げを 打ったり、幻惑しながらの踊りだ。 「私の『拳舞(けんぶ)』は、完成したのよ。」  江里香先輩の動きに、プサグル兵たちは付いていけない。そうか。この前は、囲 まれて、後ろを取られたのか。後ろに来た相手は、俺が、一人ずつ薙ぎ倒していく。 「甘いんだよ!!」  俺は、地味に一人ずつ吹き飛ばしていく。襲い掛かる剣を、俺は拳で砕いていく。 「お前も凄いな・・・。負けられないな!!」  フジーヤさんが褒めてくれた。天神流の拳は、こんな剣に負けるもんか!!  俺は、腰に手を当てる。そして、正中線四連突きを水平にした天神流の突き『四 海(しかい)』を繰り出す。複数人相手に、効果を発揮する技だ。4人を纏めて倒 す。コレくらいで、負ける俺じゃない。 「コイツで終わりだな。」  フジーヤさんが、最後の一人の魂を抜き取る。すると、フジーヤさんは、スラー トに合図をする。その瞬間、スラートは、ロープを器用に巻きつけていく。なる程。 後処理か。それにしても、テキパキしている。 「コイツら、どうするんだ?」  スラートが全員を巻きつけ終えると、器用に、リヤカーに乗せる。 「近くの野営地にでも、捨てて来い。全員分の魂は、抜いておいた。気が付いても、 ここの事は、忘れてるだろうよ。それに、2日は、目が覚めんだろうからな。」  魂を抜かれた者は、凄まじい疲労感に襲われるのだろうな。俺の中に、ゼーダが 入った時も、凄まじい疲労感に襲われた。アレに近い状態なのだろう。 「・・・フジーヤさん。貴方も『ルール』を使えたんですね。」 「お前達の話を聞いてて、もしやとは思ったが・・・。この力が『ルール』か。」  フジーヤさんは、否定しなかった。自分でも、薄々感づいていたのだろう。 「しかし、お前さん達、『ルール』の力を使わずに、その強さか。」  フジーヤさんは驚いていた。まぁ、それも無理は無い。俺達は、知らず知らずの 内に、腕を上げていたと言う事になる。もし、この時代に恵や俊男が居たら、腕を かなり、上げているのかも知れない。無事に帰れたら、手合わせしなくちゃな。  グズグズしては、いられない。  夏休みは、もうすぐ終わってしまう。  気が付けば、4人が居なくなって、3週間程、過ぎていた。  校長には、話を通してあるから、ある程度なら誤魔化せる。  だが、ずっと帰ってこなければ、怪しまれるに違いない。  私の力量が、問われているんだ。  ここで、諦めて堪るか!  僅かでも良い・・・手掛かりを、見つけなければ。  そして、4人を、この家に戻さなければ・・・。  天神家では、当主不在であっても、睦月さんを中心とする使用人達が、しっかり 役割を果たしている。先代の厳導さんと、恵さんの、余りのカリスマで、居なくな っても、その威光は、輝いている。だが、いつまでもじゃないだろう。  だからこそ、私の力で、何とかしなければ・・・。  私は集中している。魔方陣の上に立てば、外界の空気は、閉ざされるくらいに集 中している。これまでに1000年前から、アクセスがあったのは1回だ。『ルール』 同士のぶつかり合いだった。その軌跡を辿った所、1030年前の『英雄』の時代だと 言う事は、特定出来た。恐らく『秩序の無い戦い』と呼ばれた、ルクトリアとプサ グルの戦争に、巻き込まれたのだろう。  時代を超える『召喚』と、次元を超える『転移』を組み合わせる。あの4人を、 呼び戻すには、それしかない。しかし、誰も見つからないのだ。まるで、何かが、 邪魔してるかのように見えない。これは、本当に、何かが邪魔しているのかも知れ ない。  何者かの邪魔があるなら、取り除けば良い。・・・が、それは、こちらからは、 不可能だと言う事は、分かっていた。瞬君達自身が、障害を取り除いてくれないと、 こちらからのアクセスは、不可能だった。  焦ってはいけない。待つしか無い。集中力は、切らせちゃ駄目だ。難しい物ね。 「・・・ファリアさん。・・・ファリアさん!」  私を呼ぶ声?誰? 「ファリアさん!瞑想を解いて下さい。大変なんです!」  莉奈ね。どうしたのかしら? 「何かあったの?」  瞑想を解かせると言う事は、私に、何か用事があると言う事だ。余程の事でも、 あったのだろうか? 「ここは、私が引き継ぎますので、急ぎ玄関に、向かって下さい。」  莉奈が、そこまで言うとは、何事だろうか。向かうしかないか。 「頼んだわよ。探知の方陣も、忘れずにね。」  私は指示しておく。今は召喚と探知の、両方の方陣を掛け合わせて、魔方陣を組 んでいる。どちらかを怠ると、大変なのだ。  玄関の方に行くと、目付きの鋭い男と・・・あれは、2年の風見 隆景だったか しら。その二人が、仁王立ちしていた。睦月さんが対応していた。 「天神の使いなら、さっさと、あの男を連れて来い。」  目付きの鋭い男が、睦月さんに無茶を言う。とは言え、居ないなんて知らないの だろう。だが、こちらが居場所を聞きたいくらいなのだ。連れて来れる訳が無い。 「瞬様は、外出中だと言った筈です。お引取り下さい。」  睦月さんは引かない。瞬君が居ない事は、余り公にしては、いけないからだろう。 「ならば、ここで待たせて貰おう。」  目付きの鋭い男も引かない。強引な男だ。・・・どこかで見たことあるわね。ん? あ・・・そうか。この男が、神城 扇ね。風見の主にして、神城流空手の伝承者。 「ちょっと。ここで待たれちゃ、邪魔じゃないのよ。」  私は、つい口出ししてしまう。 「む?誰だ貴様。・・・外人が、何故、この家に居るのだ。新しい召使いか?」  ・・・思いっきり失礼ね。この男。 「ファリア様は、我が天神家の大事な客人です。そのような下衆な勘繰りは止めて 戴きたい。そのような方に、瞬様を会わす訳には、いきません。」  睦月さんが、厳しい口調で咎める。 「フッ。怒るな。俺が用事があるのは、天神だけだ。」  扇は馬鹿にしたように鼻で笑う。 「あー。もう。まだるっこしいわね。瞬君は居ないの。帰りなさいよ。」 「ミスブロンド!この御方に、そのような口調、許さぬぞ!」  ・・・風見は相変わらず、この扇に忠誠を誓ってるのね。ご苦労な事ね。 「爽天学園の生徒か。これは驚いた。あの校長が、外人の女を認めるとはな。」  扇は意外だと言わんばかりの顔をする。私のような生徒は、珍しいのだろう。 「別に良いじゃないの。知ったこっちゃないわ。しかし、貴方、そんなに瞬君に会 いたがってるけど、用件は、何なのよ?」  聞くまでも無いかも知れないが、一応聞いてみる。 「知れた事。天神を、処刑しに来た。」  処刑と来たか。また物騒な人だ。 「処刑しに・・・ねぇ。されにの間違いじゃないの?」  挑発しておく。こんな失礼な男なら、別に構わない。 「口の利き方を知らぬ女だな。余り言うと、八つ裂きでは済まぬぞ?」 「上等じゃないのよ。人の家に来て、友人を処刑しに来たなんて言われて、黙って られる程、私は、我慢強くないわよ?」  こんな失礼な男に親切に対応する必要は無い。 「フッ。校長が気に入る訳だな。仕方が無い。女に、我が手刀を入れるのは我が意 では無い。どこへ行ったか、居場所だけ聞こうか。自分で探す。」  意外だ。挑発に乗るかと思ったら、冷静だ。 「ぶっちゃけ言うと、私達も、知りたいくらいよ。」  これは本当だ。瞬君の居場所を知りたいのは、こっちのほうだ。 「ミスブロンド。隠すと、ためにならないぞ!」 「あのねぇ。風見先輩?私は嘘吐いてまで、隠すような女じゃないわよ?」  私は、わざと風見に先輩を付ける。 「・・・何を隠してる。居場所を知らないのは、本当だが、天神に何が起こったの かは、知ってると言うような感じだな。」  ・・・何だ。扇ったら、結構鋭いじゃないのよ。ただ失礼なだけじゃないのね。 「何も隠し事など御座いません。お引取りを・・・。」  睦月さんは、顔色一つ変えずに言う。さすがね。 「あー。もう、我慢の限界だぜ。」  後ろから声がした。レイクだ。いつの間にか、来ていたらしい。 「おい。神城 扇とか言ったな。瞬は今、この時代に居ねーんだ!帰りやがれ!」  ・・・馬鹿ねぇ。レイクって、本当に馬鹿ねぇ。嘘吐けないのね・・・。 「何だよファリア・・・。そんな目をして。」 「時代に居ないとは、どう言う意味だ?」  扇も、何かがおかしいと、気が付いたようだ。 「あ・・・。えーと・・・。あー!もう分かった!俺が悪かったよう!そんな目で 睨むなよう・・・。よし!こうしよう!俺と手合わせして、勝ったら教える!」  レイクって、本当に、考え無しに言うのね。参ったわ。 「この俺に勝負を挑むと?外人。無知は、身を滅ぼすぞ?」  扇は嬉しそうだった。どうかしてるわ・・・。 「扇様!お気を付けを・・・。このレイクと言う男は、隠れた実力者として、名を 馳せております。私が調べた所によると、あの天神 瞬とも、互角かと・・・。」  風見ってば、いつ、そんな事調べたんだろう。あの林間学校の時でも、覗き見し てたのかしら。 「ほう。確かに、隠しようが無い闘気は感じる。だが、天神ほどの圧力があるか?」  扇は、結構冷静に分析していた。強敵かも知れないわね。 「瞬と俺の戦歴は、ほぼ互角だぜ。」  レイクも自信を持っている。最近は、ゼーダさんとの修行を受けてるせいか、更 に、力が高まった感じだ。それに『ルール』もある。 「ほう。自信は、あるようだな。良いだろう・・・確かめてやる。」  扇は、ニヤリと笑った。レイクの。悪い癖が出たわね。 「アンタ、闘いたいと思っただけでしょ。」  私は、レイクを睨む。レイクは、笑いながらも、すっ惚けていた。 「・・・睦月さん。悪いけど、道場借りるわよ。」  私が、目配せすると、睦月さんも、溜め息を吐いていた。 「レイク様がお望みなら、仕方ありません。」  睦月さんは、そう言うと、扇と風見を案内する。  道場では、いつもの面子が、手合わせをしていた。ただし、学生組だけだ。ティ ーエは、まだ復活してないので、ジェイルが、面倒を見ているし、エイディとグリ ードは、警備の仕事に行ってしまった。 「ぬ?客か?・・・と、これは珍しい客じゃのぉ。風見か。おんし。」  巌慈が、風見に気が付く。さすがに、生徒は分かるか。 「横に居るのは・・・神城 扇だね?・・・良くここに、乗り込んできた物だね。」  亜理栖が、扇を睨み付ける。只事では無い。憎悪に近い目だった。 「がっつくな。お前の相手をしても良いが、先約は、コイツだ。」  扇は、軽く受け流すと、レイクを指差す。 「ほう。レイクさんを相手に・・・。面白いな。見学にするか。」  修羅が、本心から、そう思ったのか、手合わせを中止する。 「フン。あたしゃ、総一郎兄さんを、アレだけの目に合わせた事を忘れちゃいない。」  あ・・・。そうか。そう言えば、亜理栖は、榊 総一郎の従兄弟だったっけか。 大事な事を忘れてたなぁ。 「ったく。1000年前の事なんかで、総一郎兄さんに、逆恨みなんかしやがって。」  亜理栖は、本気で怒っている。総一郎さんは、今でこそ、元気になったようだが、 あの時は、死線を彷徨ったと言う話だ。 「ああ。あの事で怒ってたのか?フッ。ソイツは悪い事をしたな。1000年前の話は 有名だったんでな。榊の頭領に、本気を出して貰うために言った方便だ。忘れろ。 俺が、本気で倒したいのは、天神だけだ。安心しろ。」  扇は悪びれもせずに謝った。意外と冷静なのね。この男、ただ単にキレる男じゃ ないわ。中々手こずりそうね。 「謝るなら、総一郎兄さんに、謝んな。」  亜理栖は、ぶっきらぼうに言ってはいたが、少しは、気が晴れたようだ。 「俺の悪い癖でな。相手に本気になってもらわんと、気が済まんのだ。強い奴を処 刑してこそ、価値がある。最終的な処刑対象は、天神だがな。」  扇は、自らの指を鳴らす。よっぽど瞬君とは、因縁があるのね。 「扇様は、世に神城の名を轟かせる御方だ。天神と決着を付けなければならん!」  風見は、大々的に、扇を盛り立てる。本当に忠実なのね。 「大した事は無い。馬鹿が、ソクトアの最強の座を掴みたいと思っているだけだ。」  扇は、嬉しそうに笑う。この人の事は、何となく分かってきたわ。口は悪いけど、 瞬君やレイクのような、戦闘馬鹿ね。 「よーし!やっぱ、思った通りだ。良いね。アンタ。目のギラ付きが違うぜ。」  レイクも相当な物ね。闘うの好きな癖に、限りなく優しいんだから、放っておけ ないのよね。悩みの種よ。 「んで、俺は、剣術が得意なんで、竹刀を使って良いか?」  レイクは、竹刀を見ながら、尋ねる。 「好きにしろ。神城流空手の前では、真剣ですら、ナマクラに近い。」  余程の自信があるのね。でも、レイクに、竹刀持たせちゃ拙いわよー。 「扇。レイクは、竹刀を持ったら、瞬君より上よ。」  私は教えてやる。竹刀を持ったレイクは、最強に近い。 「フッ。俺より奴の心配をしろ。半端な強さだと、殺しかねん。」  扇は、まだ大口を叩いている。呆れたわ。 「はいはい。んじゃ下がって。結界を張るわよー。」  私は、手馴れた手付きで、結界を張っていく。激しい闘いになったら、近所迷惑 になるしね。最低限の事は、やって置かないと。 「『結界』!!」  私は、空間を作り上げる。これで、外部には、ほとんど情報が行かない筈だ。 「・・・手馴れた物だな。しかも、その面妖な力、侮れんな。」 「そりゃどーも。でも、今はレイクが相手よ?」  扇は、私の事を認めたようだが、知ったこっちゃ無い。 「扇様!お気を付けを!!」  風見が下がる。応援に回ったようだ。私の事も警戒してる。 「そう警戒するなって。力比べだろ。派手にやろうぜ!!」  レイクは、そう言うと、竹刀に闘気を込め始める。まずは、半分って所かな? 「貴様も闘気を操れるのか。面白い!!それでこそ処刑しがいがあると言う物!」  扇も構えを取って、手刀を作って闘気を込め始める。中々凄いわね。 「そうそう。そうこなくっちゃな!!」  レイクは、不動真剣術の『攻め』の型を作る。 「良いぞ。このヒリ付きこそ、闘争だ!!」  扇も、かなり攻めに近い型を取る。あれは、瞬君で言う所の、逆十字の構えかし ら?攻めに特化した構えよね。 「いくぞ!せいーーーー!!」  レイクが踏み込む。さすがに速い。左斜め下からの、突き上げから右からの薙ぎ、 一転して、上正面そして、袈裟斬り!それを、扇は避けつつ、鋭い腹への突き、そ して右回し蹴りから、回転するように左の蹴りによる突き、そして左斜め上からの、 爪を繰り出す。流れるようなコンビネーションだ。どちらも、躱し切っている。 「これ程の威圧感を放つ相手とは・・・。面白いぞ!貴様!!」  扇は、嬉しそうに笑う。戦闘狂も良い所ね。 「アンタも、俺相手に、反撃とは・・・。良いね。なら、見せてやるか。」  レイクは、竹刀をダラリと下げる。これは、不動真剣術『無』の構え。 「・・・フハハハハハ!!並の相手なら、貴様が手加減したと思われるんだろうが、 何だ?その威圧感は。この神城相手に、そのような挑発的な構えとは!!ならば、 貴様には、それ相応の、罰を与えなければならんな。」  扇は、そういうと『×』の形に手を交差させる。これは、大会でも見せた構えだ。 「神城流、『罰の構え』だ。処刑する時の構えだ。」  扇は、攻防一体の構えを選択したのだ。 「行くぞ!!」  扇は、攻めに転じる。攻めながらも、次の攻撃に備えている。何とも効率の良い 構えだ。扇の攻撃を、レイクは紙一重で躱して、とてつもない速さで、反撃する。 傍から見てると、手品のように攻防が一体化されている。 「見せてやろう!神城の真髄を!!」  扇は、獣のように襲い掛かる。 「神城流斬撃!!『手刀燕返し三段』!!」  扇が技名を叫ぶと、ほぼ同時に、死角からの攻撃を繰り出す。縦と横と斜めに、 手刀を振り下ろす。完全に一点に集中する所は、凄い威力になるに違いない。 「・・・見切った!!」  レイクは、叫ぶと、その一点を見切って、竹刀を全く同じように振るう。そして、 全て弾いて見せた。こんな芸当、レイクにしか出来ないだろう。そして、竹刀を少 し斜めに傾けた瞬間に、レイクの姿が消えた。  バシィィィィィ!!  凄まじい音と共に、扇は吹き飛ばされる。 「不動真剣術、袈裟斬り『閃光』!!」  レイクは、技名を叫ぶ。さすがだ。『閃光』は、正に目にも止まらぬ速さだった。 「う・・・ぐ・・・。やるな・・・。貴様。」  扇は、吹き飛ばされながらも、ニヤリと笑った。 「扇様!!」  風見が、飛び出そうとするが、『結界』に阻まれる。 「ならば、隠しておいた力を、解き放つか・・・。」  扇は、コメカミに手を当てる。その瞬間、『ルール』の力を感じる。 「な・・・!!まさか、アンタ、『ルール』を使えるのか?」  レイクも、いや、皆、気が付いたようだ。 「何の話だ。この前、修行の内に身に付いた力の事か!!」  扇は、どうやら気が付いてないようだ。 「違う!その力は、禁忌の力なんだ!無闇に使って良い力じゃない!止めろ!」  レイクは、説明する。『ルール』は、乱用して良い力じゃない。 「この力なら、天神にも、引けは取らぬ!!」  扇は、『ルール』を解放する。そして、腕を振ると、凄まじい程の風が巻き起こ る。それは、真空となり、カマイタチになる。 「喰らうと良い!!」  扇は、凄まじい程の疾風を、レイクに喰らわせようとした。 「頭を冷やせ!!馬鹿野郎!!」  レイクは、『万剣』のルールを解放して、その疾風を、全て斬った。 「んな!!」  扇は、余程意外だったのか、目を丸くしてしまう。 「闘いは、これまでだ・・・。話さなきゃいけない事がある。」  レイクは、竹刀を、扇の目の前に突きつける。 「チッ。天神に続いて、貴様にまで負けるとは・・・。俺の修行も、まだ甘かった ようだな。喜べ。貴様も、処刑対象にしてやる。」  扇は悪態をつきながらも、覚悟を決める。 「なら、話を聞け。アンタには、話さなきゃならない話だ。」  レイクは勝ったが、話をする事にする。 「仕方が無い。この力は、修行の賜物では無いようだし、話を聞かせて貰おうか。」 「ああ。それに、瞬達の事も、話してやる。」  レイクは、最初から勝っても負けても、言うつもりだったのだろう。 「敗者の権利では無いな。気に入らんな。」  扇は負けた事に、かなり拘っている。 「じゃぁ、約束しろ。アンタに有益な情報を話す。その代わり、さっきの風の力は、 無闇に使うな。能力を磨くのは良いが、乱用は、しちゃ駄目だ。」  レイクは、扇の力を制限する。なる程。その方が良さそうね。 「貴様の話次第だな。」  扇は、レイクの眼を見て言う。この男、結構冷静なのね。 「今から話す事を、全て信じろとは言わない。だけど、本当に起こった話だと言う 事は、覚悟して置いて欲しい。」  レイクは無茶を言う。信じなくても良いけど、本当の事を言う。何の脅しだろう か。妙な迫力があった。  それから、レイクは、扇と風見に、今まで起こった事を全て話した。私達の出身 の話、そして『絶望の島』の話。それから『魔炎島』での話。そして、辿り着いた のが、ここだと言う事。そして、ここでの生活。そして突然、使えるようになった 能力の事を話す。『ルール』は、神の力の行使。使い過ぎは厳禁だと言う事。そし て、『ルール』を使うと、他の『ルール』使用者にバレると言う事。そして、『ル ール』を使ったがために、時を操る敵が現れた事。神の話は、伏せておいた。言っ ても、信じないからだろう。  そして時を操る敵によって、瞬君達4人が、1000年前に飛ばされた事も話す。そ して、その救出方法は『転移』と『召喚』を、使う事も話した。 「・・・以上だ。・・・好い加減疲れた・・・。」  そりゃそうだ。レイクは、そんな口が上手い方じゃないのに、あんなに説明する 羽目になるとはね。 「腑に落ちない点はある。だが、貴様も使った『ルール』とやらの力。そして、俺 も使える、この『ルール』。危険な力だと言うのは、理解した。しかし貴様、俺が 処刑するまでも無く、囚人だったとはな。」  扇は、鼻で笑う。しかし、目は真剣その物だった。 「わ、私には、信じ難い話です・・・。私は、その『ルール』が使えませんから。」  風見は、半信半疑だった。『ルール』が使えれば、話が早いのだが、使えない者 にとっては、夢物語にしか、聞こえないのかも知れない。 「それが普通の反応よ。私達が経験してきた事は、普通じゃないのよ。」  私は、フォローしてやる。信じろと言うのも、無理な話なのだ。 「そうだな。俺は、貴様が使う魔力とやらの力が、本物ならば信じよう。」  扇は提案する。魔力ねぇ。まぁ、信じ難いかも知れないわね。 「何を、すれば良い訳?」  私は、こうなった以上、見せるつもりだった。出し惜しみしても、しょうがない。 「天神が見つかった時に『転移』とやらを、使うらしいが、その力でも、見せても らおうか。この目で見るまでは、信じられん性格でな。」  扇は、さっきレイクが話した、瞬君達の救出方法を、覚えていたようだ。 「分かったわ。知ってる場所しか行けないから、学園にするわよ。今は休校中だし。」  余り人に見られて良い魔法じゃない。いきなり人が現れたら、ビックリさせてし まう。見られないように目立たない場所に、移動しなければならない。 「爽天学園か。分かり易いな。やってみせろ。」 「気安く言わないで欲しいわね。意外と、神経を使う魔法なのよ?」  私は、そう言いつつも、手に魔力を溜める。そして、古代魔法の術式の印を結ぶ。 そして学園の1−Bの教室を思い浮かべる。いつも使ってる教室だ。 「・・・『転移』!!」  私は、魔力を解き放って、空間を切り裂く。すると、次元を切り裂いた所に、扉 が出来る。まぁ上出来ね。 「・・・面白い物を見せてもらった。どれ。行くか。風見。」  扇は楽しんでいた。大物ねぇ。普通は、警戒する物よ。 「扇様の後なら、どこへでも!」  風見も臆する事無く、付いて行く。忠実ねぇ・・・。  扇は扉を開けて、通り抜ける。私達は、その後に続く。  すると、一瞬で景色が変わる。いつもの教室だ。さすがに静かねぇ。 「・・・ま、間違いなく学園だ・・・。」  風見は、呆気に取られていた。まだ、信じられないのかも知れない。 「ハッハッハ!これは、信じる他あるまい!女、久しぶりに、俺は愉快だ。世は、 広い物だ!このような芸当が出来る奴が、近くに居るとはな。これは、修行を強化 せねばならんな。悔しさも、沸いてこぬわ!」  扇は、本当に楽しそうだった。この人、口は悪いけど、素直なのね。 「よし。天神が戻るまで、極限まで強さを、高めねばならぬな!」  扇は、鋭い目付きに戻る。 「風見、付き合え!このままでは、また負け兼ねん。」  扇は、冷静だった。レイクが、瞬君と同じくらいの強さだったとするならば、今 の自分では、敵わないと悟ったのだ。 「瞬君が帰ってこれるって、信じてるの?それに今の話も・・・。」 「当然だ。この目で、このような体験をした。そんな奴の言う事だ。信じるに決ま っている。それに、天神は、1000年前で燻ってる程、素直では、あるまい。」  扇は、誰よりも、瞬君の強さを信じているのだ。全く素直じゃない奴ね。 「良い目標が出来た。今度会うときこそ、処刑してやる。待っていると良い!」  扇は、そう言うと、窓から飛び降りる。風見が、それに続く。  何だか、台風みたいな人だったわね。 「瞬も、大変だな・・・。」  レイクは、溜め息を吐いた。自分も、これから狙われるのだと思うと、溜め息も 吐きたくなるのだろう。前途多難な事は、間違いなかった。  俺は、普通なんだろうか?  それとも、普通じゃないんだろうか?  答えは、返ってこない。  自分の事だし、自分で見つける他無い。  今、友人となった人達は、尋常じゃない。  空手家、拳法家、お嬢、メイド、プロレスラー、忍者、剣術者、魔法使い・・・。  どう人生を面白おかしくすれば、こんな連中と、仲良くなれるのか。  つまり、俺も、普通じゃないって事かな。  それに、俺の中にも神の力とか言われてる『ルール』が宿っているのだと言う。  お笑い種も、良い所だ。  魔力とやらは、ファリアさんに解放してもらったが、平均的だし。  俺は、喧嘩すら勝った事が無い。  そんな俺が『神の力』?  本当に、ある物かよ・・・。  せいぜい、莉奈や葵と共に、魔力での手伝いするのが関の山さ。  でも・・・本当にあるのなら、使ってみたい。  乱用するんじゃない・・・でも、いざと言う時に守れる力が、欲しい。  俺は・・・誰かを、傷付けて生きてきた。  友人を狂わせる程に、傷付けてしまった。  恋人に心の傷を、作ってしまった。  そんな俺を・・・こんな俺なのに、愛してくれる恋人が居る。  俺は、絶交される・・・いや、殺されるとさえ、思った。  そんな俺を、彼女は、菩薩のような笑顔で許してくれた。  有難いと同時に、俺は、心底自分を恨んだ。  こんな優しい彼女を・・・傷付けてきた・・・蹂躙した!!  だから・・・莉奈・・・彼女だけは、守らなきゃ駄目だ。  俺の償いであると共に、笑顔をずっと見ていたいからだ。  もう・・・あんな想いを、させちゃ駄目だ。  だから、勝ち目の無い修練だって、喜んでやる。  いつも吹き飛ばされてばかりだ・・・周りは、化け物みたいに強い。  でも、莉奈を、守れる力が欲しい!!  どんな事でも良い・・・誇れる力が、欲しいんだ!! 「魁君。大丈夫?」  心配そうに見る・・・その顔を守りたい。 「うぐ・・・。また気絶してた?俺。」  我ながら情けない。修練中に、吹き飛ばされたか。 「5分程ね。でも、紅先輩相手の投げを、一回抜けるなんて凄いじゃない。」  葵は、褒めてくれた。まぁその後、本気で投げられた気がするけどね。 「ガリウロル柔道代表の、投げを抜けたんだ。誇って良いぞ。」  紅先輩は、事も無げに言ってくれる。それにしても、勝てない。 「あー・・・。勝てないなぁ。」 「挑むだけでも、凄いと思うなぁ。」  莉奈は、フォローしてくれる。だけど、やっぱ、やるからには勝ちたい。 「でも、段々良い勝負してんじゃん。人生の大半を、修練に費やした人達と良い勝 負なんだから、誇っても良いんじゃないの?」  葵もフォローしてくれる。だけどなぁ。いざと言う時、負けちゃ意味が無い。 「カッカッカ!お前さんの気持ち、分かるぞぉ。どんなに差があっても、やるから には、勝ちたい!そうじゃろ?」  伊能先輩が背中を叩いてくる。・・・痛いし。まぁ共感してくれるのは嬉しいけ どね。いざと言う時に、勝つ力が欲しいんだし。 「いざと言う時、勝つ力が欲しい・・・そうでしょ?」  ・・・言い当てられた。この声は、師匠のファリアさんだ。魔方陣は、どうした のかな?昼間は、常に魔力を当てないと、消えちゃうんじゃ無かったっけ? 「その顔は、魔方陣の心配?大丈夫よ。ここに居ない人に頼んだわ。」  となると・・・葉月さんか。睦月さんは天神家を取り仕切らなきゃいけないから、 いざと言う時に、対応しなきゃいけないから、葉月さんが、やってるんだろう。 「魁君は、魔力の伸びが良いからね。勝つためには、魔法を覚えた方が、良いわよ。」  ファリアさんがアドバイスをしてくれる。確かにこの頃、魔力は、上がった気が する。魔方陣への魔力の供給も、最初は辛かったけど、今は、そうでもない。 「簡単な魔法は使えるけど、実践的なのは、教えてないしね。そろそろ、覚えても 良い頃かしらね。莉奈さんと葵さんは駄目よ。伸びてきてるけど、まだ早いからね。」  ファリアさんは、釘を刺しておく。俺って、魔力が上がってるんだな。 「魁君。十分凄いよ。私達より、成長早いもんねぇ。」 「全くよ。毎日同じように瞑想してるのに、何故かしらねぇ。」  二人とも文句を言う。そう言われたってなぁ。自分でも、分からないのに。 「悪いな。二人共。追いつくの、待ってるぜい。」  俺は、調子の良い事を言う。俺の悪い癖だ。だけど、場が和むなら、それで良い。 「言ったなー。負けないからねー!」 「見てなさいよ。鼻を明かしてやるわ。」  莉奈も葵も分かっている。だから笑い合うのだ。こんな日々が取り戻せたのも、 瞬が、俊男が・・・俺の目を覚ましてくれたからだ。皆が、許してくれたからだ。  あのままだったら、俺は、エスカレートしてたかも知れない。そう思うと、ゾッ とする。悪い事だと思っていたのに、止められない・・・。あの時の俺は、最悪だ った。あの時の俺に、戻りたくない。 「・・・魁君?・・・魁君。どうしたの?」  横で、ファリアさんの声がした。・・・俺は、また考え込んでいたのか。 「・・・最近、貴方は、伸びが良いのに、心ここに非ずね。」  ファリアさんには見抜かれている。あの時だってそうだ。この人は、やると決め たら、やる人だ。俺に猛省を求めた時、今度やったら、次元に放り込むだけじゃ済 ませないって言ってたしな。この人なら、やりそうだ。 「・・・昔の事は、忘れなさい。莉奈さんも、明るくなってきたのよ?」  やっぱり見抜かれてら。この人には、敵わないな。 「怖いんですよ。こうやって馬鹿やってる時も、あのままだったらとか考えちまう。」  俺は、正直に言った。あの時は、罪悪感でいっぱいだった。なのに、命令するの を止めない。最低だったよな。 「莉奈さんを大事に思う気持ちを、忘れなきゃ大丈夫よ。今の貴方には、あるんで しょ?」  ファリアさんは、諭してくれる。この人には、本当に敵わないな。 「はい。だからこそ、俺は、いざと言う時に、負けない力が欲しいんです。」  正直な気持ちだった。俺は、償いだけを、しているんじゃない。泣きながらも、 俺と一緒に居たいと言った、莉奈を俺は守りたいんだ。 「フフッ。貴方も男の子だったって事ね。ま、焦らず、強くなりなさい。」  ファリアさんは、そう言うと、魔法体現書を指差した。魔法のやり方が詰まった 本だ。全800ページにも及ぶ本。これを見ろと言う事は、魔法を勉強しろと言う 事だ。前は、形だけしか出来なかった。 「良い?魔法はタイミングよ。魔力量の調節とタイミングを掴まないと、大変だか らね。その本の説明を、良く読むのよ?」  ファリアさんは、説明書の部分を指差す。すると、説明書きが、かなり書いてあ った。結構、細かいんだな。 「分かりました。大事に、使わせて戴きます。」  俺は真剣な目で応える。いくら、いつもふざけてるキャラだからって、こう言う 時は、決めないとな。 「これでもね。貴方達3人は、頼りにしてるのよ?魔方陣の手伝いは、結構助かっ てるのよ。あれ、維持するの、かなり大変なんだからね。」  ファリアさんは、いつも俺達がやってる魔方陣の維持について、褒めてくれた。 「そんな物ですかねぇ・・・。」  どうにも頼られてる実感が、沸かない。 「もっと素直に喜びなさいよ。・・・何を悩んでるんだか。」  ファリアさんには、隠せないかもな。 「悩んでる・・・か。そうかも知れない・・・。」  俺は、つい呟いてしまう。実は、魔法の事は、悩んでいない。 「貴方、結構、順調だと思うんだけどね。恋人とも仲が良いし、魔法の伸びも。」  確かに順調だ。他の人に比べたら、俺程、順調な奴も居ないだろう。 「正直に言うと・・・『ルール』の事です。」 「あー。それは、難しい問題よねぇ。アドバイスのしようが無いし・・・。」  ファリアさんは、難しい顔をする。アドバイスのしようが無いか。やっぱ自分で 見つけるしか、ないんだよなぁ。でも、何をやっても成功しない。 「誰かが『ルール』を使った時は、分かるんですよ。」  それが分かると言う事は、『ルール』の力を持ってるのは間違いないのだろう。 「難しいわよねぇ。戦闘向きかどうかも、分からないし。」  ・・・戦闘向き?戦闘向きじゃないルールなんて、あるのか? 「戦闘向きじゃない『ルール』なんて、あるんですか?」  俺は、何となく尋ねてみる。 「さぁねぇ。勇樹なんかは、余り、戦闘向きでも無いわよ?」  そういやそうだ。外本の能力は『線糸』。余り戦闘向きじゃあない。 「まぁ、そっちも焦らない事よ。ある日、いきなり分かったりする。そう言う能力 よ。今かも知れないし、ずっと先かも知れない。」  言いたい事は分かる。『ルール』は、訓練すれば、誰でも使える訳じゃあない。 だから、思いも寄らない時に、発現するのだろう。 「それに、今は、あの4人を探す事が先決よ。」  そうだな。俺は、魔方陣に魔力を供給する事しか、やってないけどな。 「やっぱ、場所は、まだ分からないんですか?」 「無理よ。何かは知らないけど、妨害されてるわ。正確な場所さえ分かれば、妨害 されてても、会話くらい、出来ると思うんだけどね。」  ファリアさんは悔しそうだった。自分では、どうする事も出来ないんだろう。そ の気持ちは分かる。俺が『ルール』を、発現出来ないのに、似ている。 「どこら辺に居るかも、分からないのよね。生きてるとは、思うんだけどね。」  生きてるか・・・。1000年前で、ライルの時代と言えば、『秩序の無い戦い』な んかも、あった筈だ。アレに巻き込まれてたら、アイツらだって、危ないんじゃな いか?そんな事は、想像したくも無い。アイツらは俺の親友だ。俺の罪を許してく れた親友なんだ。殺させたくない。俺を受け入れてくれた、恩人だって居る。  今、どこで何してるんだ。死んじゃ駄目だぞ・・・。  ・・・え?  何だ?今の?・・・何かの風景が、目の前に・・・。  随分、昔の・・・木造りの宿屋?・・・で、お下げの弁髪・・・。俊男!?  それに・・・横で手合わせしてるのって、恵さんか?何だこれ?横で、あ。テレ ビで見た榊 総一郎さんが楽しそうに見ている。何だよ?これ。看板が見える。  これは・・・『聖亭』!? 「ちょっと・・・魁君!!魁君!!」  ファリアさんが、肩を揺さぶっている。あれ?何だったんだ?今の。 「あ・・・ファリアさん?」  まだ、ボーっとする。今のは一体・・・? 「いきなり、ボーっとして、目の焦点が、合ってなかったわよ?」  ファリアさんは、俺の様子を語る。今のは夢?にしては・・・なんてリアルな。 待てよ。・・・まさか・・・。 「ファリアさん。俺を、魔方陣に連れてって下さい。」  俺は、真剣な表情で言う。 「まだ出番じゃないけど・・・何かあったのね?良いわ。行きましょう。」  ファリアさんは、何かを察してくれた。助かる。  俺の考えが正しければ、魔方陣の前なら、もっと分かる筈だ。  天神家の、納屋の奥の倉庫に、魔方陣が描かれている。魔方陣の所に着くと、案 の定、葉月さんが、魔力を供給していた。 「あれ?もう交代ですか?」  葉月さんは、意外な顔をする。そりゃそうだろう。まだ始めて間も無かった筈だ。 「何か、魁君が、やりたい事が、あるんだって。」  ファリアさんは、目配せする。葉月さんは、面食らいながらも、どいてくれた。 「ファリアさん。探知の方陣は、こっちでしたっけ。」  俺は、2重に描かれている方陣の、小さい方を指差す。 「そうよ。・・・まさか探す気?・・・出来るの?」  ファリアさんは、心配していた。ファリアさんですら、失敗する探知。それが、 俺に出来るんだろうか・・・。こんな能力に乏しい俺が・・・。でも・・・さっき の風景は、気のせいじゃないと思うんだ・・・。 「やってみるだけ、やってみます。」  俺は、方陣に触れる。すると、頭の中にソクトアの地図が見えた。上から眺めた 感じ、セントが無い。荒野と化してる所を見ると、時代は、ライルの時代の物か。 確かに『ルール』の残滓を感じる。さすが、ファリアさんだ。時代の探索は、バッ チリだ。でも、その後が、ぼやけている。探ろうとしても近寄れない。  出来るか?俺に出来るのか?でも、やるしかない。『ルール』の発動の仕方は分 かる。何回かやった。でも、どう言う効果なのか、さっぱりだった。だが!! 「『ルール』発動!!」  俺は、『ルール』を発動する。その瞬間だった。ぼやけた所が、薄くなった。寧 ろ、ルクトリア周辺だけしか、ぼやけていない。行ける!! 「まさか・・・貴方の『ルール』って・・・。」  ファリアさんが、気が付いたようだが、俺は、それに構ってられない。  俊男・・・。瞬・・・。どこだ・・・。恵さん・・・。江里香先輩・・・。どこ だ!・・・これは、俊男の気配なのか?温かい闘気を感じる。ストリウスだ。  さっきの風景からだと・・・確か『聖亭』?あそこか。  ・・・あれだ!!間違いない!恵さんと、一緒じゃないか!!手合わせしてる。 変わってないな。元気そうだ。良かった・・・。 「ファリアさん。楔って、打てる?」 「思い描いた場所に、ありったけの魔力を、打ち込んでみて。」  ファリアさんの指示が聞こえた。ここだ。ここに俺の魔力を!!皆、気付け!気 付いてくれえええええええええ!! 「うぐ!!・・・はぁ・・・はぁ・・・。」  俺は、魔力を注ぎ込むと、弾かれた様に吹き飛ばされる。いつの間にか『ルール』 も解いていた。耐えられ無かったか。 「あ・・・。ここね!!」  ファリアさんは、俺の魔力を辿っていたのだろうか、すぐ様、魔方陣を調べてく れていた。ファリアさんも、魔力を注ぎ込む。楔を、強化してるのだろう。 「あ・・・。本当に居る!!す、凄いわ!!」  ファリアさんは、興奮していた。良かった。間違ってなかったんだ。 「葉月さん!!皆を呼んで!!今から、恵さんと俊男君の所に、アクセスするわ!」  さすがだ・・・。ファリアさんは、テキパキしている。俺の敵う人じゃあないな。 「へへっ。居やがったよ。俊男の奴、相変わらず・・・手合わせしてやがった。」  俺は、目が霞んだが、意識を失わずに見る事にする。冗談じゃない。やっと、俊 男と話せるんだ。疲れてるからって、意識を失って堪るか。 「向こうも気が付いたわ!凄い!魁君。お手柄よ!」 「俺は・・・探せただけですよ。」  俺は、喋るのも、辛くなっていた。 「これを飲んで、しっかりなさい。」  ファリアさんは、魔力の水を渡してくれた。これを飲むとスッキリするんだよな。 「・・・私だけじゃ無理だった。ソクトア全体が、ぼやけてた・・・。どうやって 探すんだと思ったわ。大体1000年前に意識をやるのだって、きつい。その・・・奇 跡を貴方はやったのよ・・・。誇りを持ちなさい。自分の能力に。」  ファリアさんは、賛辞を送ってくれた。ソイツは嬉しい。これって、奇跡だった んだな。1000年前の人間を探し出す。奇跡だったんだ!  すると、皆が集まりだした。倒れてる俺を見て、莉奈が膝枕をしてくれた。有難 いや。葵も、心配そうに見ていた。 「凄いじゃない。見つけたんだって?」  葵が褒めてくれる。アイツが、俺を褒めるなんて珍しいな。 「頑張ったんだよね!トシ兄のために、頑張ったんだよね。嬉しい!」  莉奈が喜んでくれた。その顔を見れて、俺の方が、嬉しくなっちまう。 「じゃ、映像は、そこに流すわ!」  ファリアさんが、意識を集中させると、目の前の壁に、風景が映し出される。 「よーし!アクセスするわ!!」  ファリアさんが、魔力を飛ばす。すると、目の前の、壁の中の人間が、こっちを 見る。恵さんだ!それに俊男も!後ろに、もう一人居るな。 『驚いたわ。こっちに、アクセスするなんて。』  しゃべった!聞こえたぞ!恵さんの声だ。 「こっちの声も、この玉から聞こえてるわ。皆、話して。」  ファリアさんは、魔力の水晶玉を取り出して、喋れるようにする。 『凄いや!さすが、ファリアさん!嘘みたいだ!』  俊男の声だ・・・。俊男の声だ!! 「俊男・・・。元気そうで、良かったな!」  俺は、ありったけの声で言う。 『魁。君が探してくれたらしいね。見直したよ。』 『その事には、私も驚きでしてよ?』  凄いや。反応が返ってきた。何だよ。嬉しいじゃないかよ! 「おかげで、この様だ!ははっ!何でだよ。嬉しいのに、鼻水が出るぜ!!」  俺は、泣いていたのかも知れない。でも、今は、そんなの関係ない。 「恵様!ご無事で、嬉しいです!」  睦月さんが、涙を流しながら喜んでいる。心配だったのだろう。 『睦月。大袈裟よ。私が、この時代で駄目になるとでも、お思い?天神家は、大丈 夫かしら?全権を、貴女に任せてる筈ですが?』  恵さんは、天神家の心配をしている。タフだ。 「勿論です!恵様が、いつお帰りになっても、良い様にしてあります!」  睦月さんは、話せる事で安心したのだろう。 「恵様!私、大会で、同時優勝しましたよ!これトロフィーです!」  葉月さんが、トロフィーを見せる。 『あら。頑張ったわね。葉月。見たかったわ。貴女の雄姿を・・・。』  恵さんは、少し残念そうだった。 「俊男!その様子だと、頑張っておるみたいじゃな!安心したぞ!」 『伊能先輩。帰ったら、手合わせしましょう。自信ありますよ。俺。』  俊男は、伊能先輩に挑戦をする。伊能先輩は、嬉しそうにしていた。 「なぁ。瞬は、居ないのか?ゼーダが話したがってるぜ。」  レイクさんは、瞬の事を話す。 『兄様は、見つかってないわ。消息も、分からないのよね。』  そうか。瞬は、居ないのか。それは残念だな。 『エリ姉さんも、まだなんだ。僕と恵さんが合流したのも、奇跡みたいな物だよ。』  俊男は、残念そうに言う。江里香先輩も、まだだったのか。難しいよな。 「安心しなさい。絶対に、その時代に居るわ。あの忌々しいミシェーダの技は、予 め、飛ばす時代は設定してあるようよ。別々の時代に飛ばすなんて、出来ないらし いわ。本側近の人に聞いたから、間違いないわ。」  ファリアさんは、アインさんが言った情報を教えてやる。 『その情報は、凄く有難いですわ。フフッ。兄様は、この時代に居るのね。』  恵さんは、表情が明るくなる。どうやら、心配だったようだ。 『これで、探し甲斐もあるって物だね。』  俊男も嬉しそうだ。江里香先輩の事、好きだったもんな。アイツ。 「それより、そこに何故、総一郎兄さんが居るんだ?」  亜理栖先輩は、そっちの方が、気になってるようだ。 『ああ。似てるわよね。この人、榊 繊一郎さん。』  恵さんは、紹介してくれる。・・・って榊 繊一郎!? 「・・・マジなの?」  ファリアさんですら、ビックリしている。それはそうだ。伝記の人だ。 『あ・・・。見えてるけど聞こえてないみたいね。残念。』  なるほど。こちらの事を、見ているけど、聞こえたり話したりは、無理だって事 か。さすがに、制限はあるんだな。 『で、帰れるのかしら?』  恵さんが、肝心の事を、聞いてきた。 「今は無理よ。妨害が強いから、こう話せるだけでも、奇跡よ。」  ファリアさんが説明する。結局は、妨害してる奴を、止めなければ駄目なのだ。 「あ。そろそろ、時間よ。その魔力の玉、持っていてね。連絡する時は、魔力を込 めるわ。さすがに、これ以上は、きついわ。」  ファリアさんは、嬉しそうだったが、少し、辛そうな顔をする。 『了解よ。ちなみに兄様の居場所とか、分かります?』  恵さんは、尋ねてきた。気になるのだろう。 「・・・。恐らくルクトリア周辺。あの辺だけ、妨害が多かった。」  俺は、伝えておく。あの周辺に妨害が多いと言う事は、何かしら、あるのだろう。 『分かった。サンキューな。魁!』  俊男は、いつもの感じで、答えてくれた。そして、その瞬間、映像が消える。 「・・・はぁ・・・はぁ・・・。さすがにきついわ。魔方陣の供給を頼むわ・・・。 不甲斐ない・・・。次は、もっと話せるように修練しないとね。」  ファリアさんは、魔力の水を飲んで、休憩する。 「トシ兄、凄く元気そうだった。良かった!」  莉奈が、喜んでくれる。これだけで俺まで、嬉しくなってくる。  この笑顔を守るためなら、俺は・・・魔法も、使えるようにする!  ハハッ。俺も、とっくに普通じゃ無かったんだな!嬉しいこったぜ。  久しぶりに聞いた旧友の声は、臓腑に染み渡った。  こんなに嬉しいと思ったのは、こっちへ来て、初めてだ。  希望を貰ったし、先も見えた。  瞬君も、この時代に飛ばされてるらしいし、エリ姉さんも、どうやら居るらしい。  場所も、ルクトリア周辺だって分かっている。  これは、行くしかない。  しかし、心残りはあった。  特に恵さんが、結構長い間『聖亭』に居たので、別れ難かったらしい。  出発する前の晩は、客の前でピアノなどを披露して、ちょっとした騒ぎになった。  そして、出発の朝では、レイホウさんに、泣かれてしまった。  恵さんは、その顔を見るのが、辛かったそうだ。  でも、ちゃんとお別れしてきて、スッキリしたと言っていた。  そこで気持ちを入れ替えられるのが、恵さんの凄い所だ。  ちなみに繊一郎さんは、もう少し僕達に付いて行くらしい。  何でも、瞬君の器を、確かめたいんだそうだ。  その気持ちは、分かるなぁ。  瞬君は、出てるオーラが違う。  散々僕達が言ったもんだから、会いたくて仕方が無いらしい。  繊一郎さんって、結構お茶目な点があったんだな。 「俊男殿。瞬殿は、何のために強くなったので御座るか?」  この調子だ。繊一郎さんは、瞬君の事が、気になって仕方が無いようだ。 「彼の師匠の遺言でね。『自分が正しいと思う生き方を目指せ』と言われたらしい よ。だから、日々研鑽して、仲間を守るための力を磨いている・・・。瞬君らしい よね。僕も、その精神を、学ばせてもらってるよ。」  僕は魔神によって、心を奪われた。仲間を傷付ける行動に出た。そんな僕だから こそ、瞬君の仲間を守るための闘い・・・この言葉の意味が、重い事を知っている。 「兄様は、落ち着きが無いし、思った事を、そのまま行動にしちゃう癖があるのが 問題よねぇ。口酸っぱく、言ってるんですけどね。」  さすが恵さん。手厳しい。恵さんは、自分の制御に関しては、今や僕より上だ。 パーズ拳法の精神も、段々本質で、理解し始めている。 「楽しみで御座るな。しかし、拙者が驚き申したのは、それで御座る。」  繊一郎さんは、恵さんが、腰にぶら下げているバッグを指差す。中には、例の魔 力の玉が入っている。アレには驚いた。修練している最中に、突然、天から勢い良 く落ちてきたのだ。でも、不思議と、轟音はしなかった。そして、恵さんと一緒に、 怪訝そうにしてたら、ファリアさんの声が聞こえたんだから、ビックリだった。 「本当に驚きましたわ。しかも、切っ掛けが、彼の御方とはね・・・。」  恵さんは、魁の過去を知ってるので、余り良い顔はしない。とは言え、あの行動 は、相当に評価してるらしく、『随分と改心された物ですわ。』とか言ってた。 「魁は、命懸けで、僕達にメッセージを届けてくれた。無にはしないよ。」  魁の『ルール』は、恐らく『探知』だろう。地味なようだが、確実に役に立つ。 現に僕達を探すと言う、神業をやってのけた。 「ふーむ。良い仲間をお持ちで御座ったな。傍から見ているだけでも、素晴らしい 絆を感じましたぞ。それに、魔力を込めてた女性は、凄まじき威圧感を、受け申し たぞ。彼女は、只者では、御座いますまい。」  繊一郎さんも、ファリアさんの凄さを感じたらしい。目に見える程の魔力を放つ 女性だからね。ファリアさんが居るからこそ、戻れる事に期待が持てるのだ。 「当然ですわ。私が唯一、凄いと認めた女性でしてよ。ファリアさんは。」  そういえば、恵さんが認める女性と言うのも、珍しい。 「それにしても、これ、便利ですわね。」  ファリアさんが、足を指差す。そう。僕達は、繊一郎さんの取って置きの道具で ある『忍びの足袋(たび)』を貸してもらっている。何でも、源の力が宿っている らしく、少し地面から浮いているのだ。『風迅(ふうじん)』の忍術が、掛けられ ているので、凄い速さで、滑る事が出来る。いわゆる現代で言う、ローラースケー トみたいな物だ。速さは、それ以上出ているが・・・。 「ルクトリアまで偵察に行く時は、これと『空歩』を掛け合わせると、3時間程で 飛べるので御座る。道なりに行かなければ、結構短いので御座るよ。」  これで、繊一郎さんが、毎日と言って良い程、情報を集めてこれる理由が分かっ た。滑りが熟達している繊一郎さんに、忍術の『空歩』で空から行けば、それは、 とんでもない速さで駆け抜けられる事だろう。いつもは、気配を遮断しながら空を 駆けているらしい。 「ま、今回は『空歩』経由で無い故、少し時間が掛かるで御座るが、普通に歩くよ りは、早いで御座るよ。」  繊一郎さんが説明する。なる程ね。確かに、この足袋なら、馬車で行くより、よ っぽど早い。こりゃ便利だな。 「それにしても・・・お二人共、慣れるのが早いで御座るな。」  繊一郎さんは驚いている。まぁ僕は、実はローラースケートが流行った時に、結 構、練習したので出来たのだが・・・。恵さんは、習っていたフィギュアスケート の要領で、何とか行けるのだとか。フィギュアまで出来たってのが、驚きだ。  む?上から何か気配がする。・・・何かが降ってくるな。 「ハッ!!」  僕と恵さんは、上から、突然攻撃されたのを避けた。僕達は足を止める。 「アレを避けるか。聞いた通り、大した人間だな。」  上から声がする。・・・背中に翼?まさか、天使か? 「無礼な方ですのね。いきなり攻撃なんて、穏やかじゃないですわよ?」  恵さんは、優雅に髪を掻き上げながら、皮肉を言う。 「拙者、翼が生えている人間を見るのは、初めてで御座る。」  まぁ、普通じゃないよな。この時代に天使とは、恐れ入る。 「僕達を狙ったようだけど・・・。理由を聞かせてもらえるかな?」  僕は、既に戦闘態勢に入っていたが、一応、尋ねてみる。 「貴様らの方が分かっていよう?時代の迷い子よ?」  天使は、指摘する。やはり、俺達への刺客か。 「しかし、今頃になって、ノコノコ出てくるなんて、何のおつもり?」  恵さんは、余裕たっぷりだ。 「別に?ソクトアとて、人は多い。探していただけだ。」  どうやら、目立つ動きをしている人間を、チェックしていたようだ。 「さて、ミシェーダ様は、貴様らのような半端な分子を、放っては置かぬ。」  天使は、腰にぶら下げている槍を、手にする。 「場所の特定も終わったし、我ら4大天使が、それぞれの所に、向かった。」  4大天使?初めて聞いたな。 「フッ。副天使長イジェルン様の下で働くのが、我らの務め。」  なるほど。イジェルンの下に居る天使か。 「だが、貴様らも目立っては困るであろう?そこで、我らが結界を用意した。外界 からは、遮断される。これなら、思い切り闘えるだろう?」  負ける事なんて、考えてないって感じだ。甘いな。 「随分、用意が良いのね。ま、良いわ。俊男さんも私も、負けるとは思えないし、 入ってあげましょう。」  恵さんは、自信たっぷりに言い放つ。あの様子から見るに、罠じゃないな。よし。 「僕も受けよう。アンタ達を倒さなきゃ、帰れないなら、尚更だ。」  恐らく、瞬君達の所にも、刺客は向かっているのだろう。 「良い度胸だ。先に待ち受けようぞ。」  天使達は、先に結界の中に入る。なる程。全く気配を感じない。 「行く事は、無いので御座る。」  繊一郎さんは、止める。罠だと考えているのだろう。 「繊一郎さん。私達は、もう退けないのよ。帰れるチャンスでもあるの。」  恵さんは、この状況を、どうにかしたいのだろう。 「繊一郎さん。終わったら、また足袋を貸してもらうから、持っててくれない?」  僕と恵さんは、それぞれ足袋を脱ぐ。戦闘の準備は、出来ている。 「・・・分かり申した。この時代の人間が、口を出せる状況では御座いますまい。 ご武運をお祈り申し上げる。」  繊一郎さんは、そう言うと、足袋を受け取る。 「じゃ、行くわよ。俊男さん。」 「さーて、飛ばすかな!」  恵さんも僕も、気合は十分だ。僕達は、結界の中に入る。なる程。異次元だな。 ファリアさんが良くやる『結界』に、そっくりだ。 「怖気ずに来るとはな。褒めおこうか。」  天使たちは、まだ油断している。 「我が名は、4大天使が一人、ニケエル!!」 「同じく4大天使が一人、ベルゼール!!」  ニケエルとベルゼール。ああ。神書に出てくる、4大天使の一人だったっけ。と なると、本物って事か。 「私が、様子見で突っ込むわ。俊男さんは、後ろのフォローをお願い。」  恵さんが耳打ちしてくる。油断は、してないな。 「このニケエルが剣を、受けられるか!!」  ニケエルは、左手を前に突き出して、右手を引くような形で右手に剣を持つ。背 中の槍は、まだ使わないつもりかな? 「セイアアアア!!」  ニケエルは、かなりの速さで突っ込んでくる。恵さんは、それを首の動きだけで、 躱す。しかしニケエルは、立て続けに、突きを繰り出す。中々の早さだ。しかし、 恵さんには、当たらない。必要最小限の力だけで、避けている。  しかし、その間にベルゼールが、魔力弾を手に溜めて、恵さんに投げつける! 「させるか!!」  僕は、それを闘気弾で、掻き消す。ベルゼールへの備えは、僕の役目だ。 「ぐっ!!何故だ!何故、当たらぬ!」  ニケエルは焦っていた。凄い突きなのに、当たらないのだ。恵さんは、ニケエル が疲れてきた所を見計らって、腕を取って引き倒す。そのまま、顔面を踏みつける。 「アグアアアアア!!」  さすが恵さん。えげつない。ニケエルは、鼻血を出して苦しみ悶える。 「あら。ごめんなさいな。」  恵さんは、口では謝りながら、サッカーボールキックを見舞う。 「ぬおっ!!!・・・おのれ、人間如きが!!」  ニケエルは、屈辱で悶える。すると、狂ったように剣を振ってきた。しかし、こ んな雑な剣では、恵さんには当たらない。 「チョコマカと逃げおって!!」  ニケエルは、怒り心頭の様子だった。その言葉を聞いて、癪に障ったのか、恵さ んは、指拳を作って、ニケエルの剣を弾いて見せた。 「んな!?」  ニケエルは驚く。剣を弾く程、実力差があると言う事だろう。 「素直に、実力差を認めなさい。」  恵さんは、言い放った後に、手甲で剣を叩き折った。さすがである。 「ば、馬鹿な!!この理力の剣が、折られただと!?」  理力の剣が折られる。それは、実力差が無ければ、出来ない事だ。理力とは、魔 力を、そのまま力に出来る事。つまり、絶対量で負けていると言う事なのだ。 「嘗め過ぎたようだな。ニケエル。奥の手を使うしか、無さそうだぞ。」  ベルゼールは、次元を開いて、手を突っ込む。すると、とんでもない神気を纏っ た槍が、出現した。それをニケエルに手渡す。 「くっ。まさか、この闘いで、聖槍ニケローンを使う羽目になるとは・・・。」 「聖槍ニケローン・・・。まさか、文献だけかと思ってた・・・。」  僕は、驚かざるを得なかった。聖槍ニケローンは、太古より受け継がれてきた正 真正銘の神器の一つだった。その轟きで、大地を割る事も可能だと言う話だ。 「私のニケエルと言う名前は、ニケローンを授かった時に受けた名でな。」  ニケエルは突きの構えを取る。さっきの剣とは、大違いの迫力だった。さっきの は、小手調べと言う事か。 「気が乗らないですわね。・・・ま、仕方ありませんわ。本気の姿を、晒すとしま しょうか。私を本気にさせたのですから、誇って良いですわよ。」  恵さんは、余裕をかましていた。その理由は僕だけが知っていた。恵さんは、な るつもりだ。・・・あの形態に・・・。 「何を寝惚けた事を!!一気に決めてやる!!ニケローンよ唸れ!!!天衝槍点撃 (てんしょうそうてんげき)!!」  ニケエルは、天高く羽ばたくと、ニケローンを回転しながら、凄まじい槍の攻撃 を2度繰り出して、十字に切る。唸るような一撃が迫ってくる! 「・・・ハアアア!!!」  恵さんは、眼を紅く光らせる。そして、髪の色は暗黒色に染っていく。優雅さを 失わずに変化を遂げた。そして、迫り来る一撃を、片腕の爪で引き裂いて消し去る。 「そ、そんな馬鹿な!!!」  ニケエルは、信じられないと言った顔になる。恵さんは、その隙を逃さず、もう 片方の腕の爪を、高速で伸ばす。そして、ニケエルの心臓を貫く。そして、間髪入 れずに、爪で首を絞めて、ニケエルが大量の血を吐き出した所で、爪を元に戻す。 「あ・・・が・・・は・・・。」  ニケエルは、信じられないと言った顔をしたまま倒れる。そして、首の力が無く なると、血を吐き出したまま、動かなくなった。 「ニケエル・・・。ぬうううううう!!」  ベルゼールは、不利になった状況が、気に入らないようだ。 「使えぬ奴め。この私の手を煩わせるとは!!」  ベルゼールは、悲しんでいる様子は無い。 「仲間が死んでも、その程度なの?」  恵さんは、敵が死んだと言うのに、その眼は悲しみに満ちていた。最も、すぐに 戦闘体勢に入る辺り、さすがと言うべきだ。 「ニケエルは、直情派だからな。しかし、思ったより戦力を削れなかったか。使え ぬ。せっかくニケローンを出してやったと言うのに。馬鹿が!」  ベルゼールは、ニケエルの事など、どうでも良かったのだろう。ニケローンまで 出して、戦力を削れなかった現状を、嘆いているようだ。 「そこの女・・・貴様、魔族だったとはな。しかも、かなりの高位だな。今ソクト アを騒がせている黒竜王などより、ずっとな・・・。」  ベルゼールは、戦力分析をしている。どうやら、冷静になっているようだ。 「勘違いを、なされているようですが、私は半魔族よ。それに、人間を捨てるつも りも無いわ。この姿は、仮でしか無いですのよ?」  恵さんは、以前より冷静だ。以前は、正気を失っていたようだが、今は、落ち着 いて、話ながら変身出来ている。 「なる程。槍天使ニケエルでは、役不足か。ならば、この魔天使ベルゼールは、倒 せるかな?半端な事をするつもりは無いぞ。」  ベルゼールが言い放つと、ベルゼールから瘴気が吹き出してきた。天使が瘴気を つかいこなすなんて・・・。 「私は元魔族。それをイジェルン様の導きで天使となれたのよ。瘴気と神気を使い こなす私に、勝てるかな?」  器用な魔族だ。どちらも使いこなせるとは・・・。それに奴の翼が、蛾の羽のよ うな形に、変わっていく。とても天使には見えない。 「フハハハハ!!蛾の化身ベルゼール様を、舐めるなよ!!」  ベルゼールの顔も、段々蛾のように、触角が生え始める。 「醜い・・・。それで魔族?それで天使ですって?笑わせるわ。」  恵さんは、心底嫌そうに見ていた。恵さんは、ああ見えて、魔族である事には、 誇りを持っている。忌み嫌われてる力であっても、優雅に使う事を常としている。 だからこそ、ベルゼールの醜い姿が、許せないのだろう。 「馬鹿者め。姿に囚われるようでは、二流よ!!」  ベルゼールは、そう言い放つと、恵さんに、瘴気弾の束をぶつけに来る。 「二流は貴方よ!!」  恵さんは、瘴気弾を爪で切り裂いていく。爪は瘴気を纏っていた。 「力、技、速さ、優雅さの全てが合わさってこそ、真の強さなのよ。貴方のように、 上辺だけの力を見ている者に、私は負けない!」  恵さんは、力強く見つめ返す。この眼差しに、僕は惹かれたんだったね。 「フッ。この形態の凄みが分からぬとは、哀れだな・・・。ならば、見せてやろう。 強さに裏打ちされた姿だと言う、証明をな!」  ベルゼールは、羽を羽ばたかせる。すると、瞬く間に、燐粉が広がっていった。  凄い量だ・・・。まるで前が見えない。それ所か、燐粉が侵食していくような気 配すらある。これは、危険だ! 「この燐粉(りんぷん)が、貴様らの自由を奪っていくのだ。フハハハハ!!」  ベルゼールは勝ち誇る。 『俊男さん。分かってるわね?』  恵さんが耳打ちしてくる。僕は頷く。恵さんが何をし、そして、僕が何をすれば 良いのか、分かっていた。だから、僕は、自分のやるべき事に集中する。 『行って。』  恵さんが合図を送る。その瞬間、僕と恵さんは『ルール』を発動させる。  恵さんは、『制御』のルールで、燐粉の動きを、全てカットしていた。その間に、 僕が『跳壁』のルールで奴に近づく。奴は、突然僕たちが『ルール』を使い始めた ので、警戒しているようだ。気づいたと言う事は、『ルール』の事も、ご存知のよ うだ。上級天使なら、使いこなす奴も、居ると言う事か。 「なる程。人間如きが、『禁忌の力』を使いこなしてる訳か。イジェルン様が、警 戒を強める訳だな。イレギュラーめ・・・。」  ベルゼールは、吐き捨てるように言う。 「私の燐粉を女が防いで、男が私に向かってくる・・・訳だな!」  ベルゼールは、僕の拳を掌で防ぐ。だが僕も、これで終わりにするつもりは無い。 「シィィ!!」  僕は掛け声と共に、左右に蹴りを放つ。だが、ベルゼールは、全て防いで見せた。 この天使、口だけじゃない。本当に強い・・・。 「女の方は、私の燐粉を押さえつける程の力を持っている。脅威だ。だが、貴様は、 それ程でも無いようだな。先に倒させてもらうか!」  嘗められた物だ。その認識が、間違ってる事を、教えなくちゃいけないな。 「フ・・・笑わせるわね。相手の力も見抜けないようね。貴方。」  恵さんが不敵に笑う。恵さんは、僕の力を信じてる。負ける訳には行かないな。 「ハッタリは、通用せんぞ!」  ベルゼールは肉体戦を挑んできた。いや、力は恵さんの『制御』のルールで抑え こんでいるので、肉体戦に、ならざるを得ないんだ。 「アンタが、どれほどの物かは分からない。だが、僕は、歴史あるパーズ拳法の代 表だ。肉体戦で、アンタに負ける訳には行かない!」  僕は、パーズ拳法の構えを取る。この構えを取らせたら、瞬君以外に、負ける訳 には行かない。僕は、瞬君をも超える覚悟で、居るんだ! 「ほざけ!青二才が!!」  ベルゼールは、唸る豪腕で、僕に襲い掛かってくる。確かに当たれば、恐ろしい 威力に違いない。・・・だがこんな物に、当たる訳が無い。 「うぐ!何故、当たらぬ!!貴様、何か特別な力が!?」  なる程。ベルゼールは、不思議で仕方が無いんだろうな。 「フゥッ!」  僕は、気合一閃で、ベルゼールの鳩尾に拳を突き入れる。ベルゼールの攻撃を防 ぐと同時にだ。これこそ、パーズ拳法、八極拳の真髄だ。 「ブフゥァ!!」  ベルゼールは悶絶する。僕は鳩尾に入れた後、間髪入れずに、脇腹に蹴りを放っ たからだ。そして、頭が下がった所に、テンプルに掌打を打ち付ける。 「アグゥア!・・・き、貴様の、その強さ!!どこから来るのだ!!」  ベルゼールは、信じられないのだろう。確かに単純な力なら、ベルゼールが上か も知れない。だが・・・それだけでは、僕には勝てない。 「僕のこの拳、そして構えには、1500年の歴史と英知が備わっている。今、アンタ が体験している物。それは、練り上げられた『技』の強さだ!」  そう。パーズ拳法は負けない!もう僕は、瞬君にだって、負けたくないんだ! 「ぬううう!『技』だと!?そんな物は、私は認めぬ!」  ベルゼールは、無茶苦茶に暴れてきた。だが僕は、冷静に全ての攻撃を受け流す。 さっきとは逆だ。さっきは構えを取っていない。だが、今は、歴史を背負っている 構えだ。だから、さっきとは、立場が逆になるんだ。 「・・・ならば・・・。」  ベルゼールは、勝てないと悟ったのだろう。何かを、してくるつもりだ。 「これでどうだぁ!!?」  ベルゼールは、恵さんの方に向かう。拙い!ばれた!?今の恵さんは、全ての力 を抑えるために、無防備な状態なんだ! 「・・・チィィィ!!!」  僕の体よ!パーズ拳法で培ったこの体よ!!動け!アイツより早く!!そして、 アイツを止めるんだ!!! 「もう遅いわああ!!」  ウォォォォォォ!!!僕は・・・守る!!!!恵さんを!!! 「ウグハァアア!!」  ベルゼールは喀血する。ベルゼールは、一瞬動きを止めた。それは、僕の『銚壁』 のルールで、目の前に、壁を作ったからだ。そして、一瞬怯んだ隙に、僕はベルゼ ールの胸を、この拳で貫いた。 「・・・何故だ!!何故・・・人間如きに!!・・・アアアアアグアアアアア!」  ベルゼールは、奇声を上げると、その体は、瘴気と神気を撒き散らしながら、崩 れていく。そして、蛾の形が脆くも崩れ去り、消えていった。 「・・・ふぅ・・・。」  良かった・・・。恵さんを、狙ってくるとは・・・。 「ご苦労様。助かったですわ。」  恵さんは、涼しい顔をしている。怖くなかったのか? 「何ですの?その顔。私はね。貴方が、きっと間に合わせるって分かってたから、 少しも恐怖なんて、感じてませんでしたわ。」  ・・・これだ・・・。だから恵さんには、敵わないよ。 「でも、恵さんを危険に晒しちゃうなんて、まだまだ修行が足りないな。」  甘いと言われても、仕方がない。 「まーた、そうやって考え込む・・・。少しは、肩の力を抜くと良いですわ。」  !!恵さんが、いきなり僕の唇を奪う。こ、これって・・・。 「守ってくれた御礼よ。しかと受け取りなさい。」  ・・・ほんと・・・恵さんには、敵わないや。  天使を退けた僕達は、瞬君に会うだけになった。これで、先が見えてきた。  寂しい気もするけど・・・それが本来の姿なんだから、仕方が無い事だ。