NOVEL Darkness 3-4(First)

ソクトア黒の章3巻の4(前半)


 4、発見
 生きている・・・か。
 私は生かされていた。
 こんな状態で、生きている事は恥辱でしかない。
 いっそ、殺してほしいと思った。
 実験に耐えるだけの毎日。
 何度、自殺しようと思ったか分からない。
 ・・・だが、ギリギリの所で、留まる。
 心に浮かぶのは、いつも仲間達の事。
 最高の仲間達、ガリウロルに行くつもりだったか・・・。
 エイディの話では、地図に存在しない島に、行くのだとか・・・。
 私も行きたかった・・・が、私の力で、皆が生かされるのなら良い。
 誰か一人でも欠いたら、私は、私を許せない。
 ・・・あ・・・。
 ・・・そうだったのか・・・。
 私は、仲間が、そう思うからこそ、こうやって生きていたのか。
 簡単な話だったな。
 私は、皆と会いたい。
 皆も私に会いたいと思ってると、私は信じてる。
 だからか・・・それと・・・。
 この女性だな・・・。
 ファリアが、友人が出来たと言って紹介した女性。
 ファリアが嬉しそうに紹介するものだから、つい親しくなったのだったな。
 ファリアの嬉しそうな顔を見て、レイクも笑っていたっけな。
 レイクが楽しそうなのを見て、グリードも笑っていたっけな。
 エイディは、その皆の様子を見て、嬉しそうにしていたっけな。
 フッ・・・何て事は無い。
 生に執着してるのは、私か。
 それに、この私の世話を毎日してくれている女性。
 ファリアの友人、ティーエさん。
 ティーエさんは、毎日、酷い目にあっている筈だ。
 なのに、必ず、私の牢に来て世話をする。
 この女性を救い出したい。
 なのに、この体は言う事を効かない・・・。
 すまぬ・・・ティーエさん。
 ぐっ!!また、脳を侵食する機械か!
 やめろ!!この気持ちを、消されたくない!!
「うあああああああ!!」
 私は起きた。・・・また、あの夢か。もうあそこから出て、1週間だと言うのに
な。未だに私は、あの夢を見続けているのか。情けない。
 あの生活が、後1ヶ月続いていたら・・・私もティーエさんも、廃人になったか
も知れない。そう思うと、ぞっとする。しかし、こうやって生きているからには、
与えられた仕事をしなければな。横で寝ているティーエさんの世話は、私がやって
いる。私も療養中の身だが、私は、そろそろ投薬しなくても大丈夫になると、睦月
さんが言っていた。・・・それにしても、あの藤堂姉妹は、大した者だ。姉は、天
神家の実権を守っている。客への応対なども、全て承っている。彼女が居なければ、
当主の居ないこの家は、崩壊してただろうな。それと妹は、メイドの大会で、同時
優勝したと言うだけあって、この館の仕事の、ほとんどを見ている。言わば家人の
取り纏め役だ。大会が終わった後、貫禄が付いてきたと、姉が言ってたな。
 しかし大きい家だ。レイク達も運が良い。ここと知り合いになれたなんて、幸運
も良い所だ。『魔炎島』では、シャドゥさんと知り合えたと言うし・・・。あの魔
族は、本当に信頼出来るしな。本当に運がある。それに学校に行ってるなんてな。
レイクと言い、ファリアと言い、制服が似合ってるから参る。思わずジーンとして
しまったな。グリードとエイディは、警備の仕事についてるらしいし・・・。この
家には、世話になりっぱなしだな。
 だからこそ、ファリアが今、捜している過去に飛ばされた4人は、是非、救助し
なければならないな。レイクや、学校の仲間達は、戦いに備えている。何でも、元
運命神だと言うミシェーダに打ち勝つためだとか。スケールが大き過ぎて、驚くば
かりだが、こちらにも、神が味方していると言う話だし、何とかなるかも知れない
な。レイクは、そう言う気持ちにさせてくれる男だ。
 そういえば、ファリアが、時代を特定出来そうなんだとか。今から1000年前の可
能性が高いと言っていたな。そこで爆発的な、激突があったらしい。『ルール』と
か言う、特殊な能力の激突を確認したので、4人の可能性が高いのだとか。私には、
その『ルール』が使えないので、馴染みが薄いけどな。一度見せてもらったが、信
じられない力だと言う事くらいしか分からない。私が居ない間に皆、超人にでもな
ったのかと、思ったくらいだ。それを言ったら、私は、改造人間に近いけどな。
「ああああ・・・。」
 む・・・。ティーエさんが苦しんでいる。・・・あの症状か。
「くす・・・り・・・。」
「ティーエさん。我慢の時です。」
 私は、ティーエさんの腕を静かに握ってやる。激しく動かそうとしたが、私は、
今、凄い力を手に入れているので、ビクともしない。
 この様子が示すとおり、ティーエさんは薬の依存が抜けてないのだ。麻薬の類だ
ろうな。今は、体をケアしながら、薬抜きをしている最中だ。
「欲しい・・・ほじ・・・いいいい!!」
 禁断症状が出てるな。仕方が無い。
「ティーエさん失礼する。」
 私は断って、ティーエさんを落ち着かせるため、背中に手を回して、背中を軽く
叩いてやった。ティーエさんは、私の首などを絞めようとするが、悪いが、今のテ
ィーエさんの力では、私の首など、絞まりそうに無い。私は、ティーエさんが暴れ
るのを受け止めてやる。そうすれば、ある程度、気分が晴れるらしく、しばらくす
れば、落ち着くのだ。こうやって、薬を抜いていくしかない。
 しばらくすると、ティーエさんは疲れたのか、抵抗を止めて、また床に着いた。
 ・・・。我ながら気の長い事だな。・・・薬の禁断症状は恐ろしいからな。私は
目の当たりにしてきたからな。・・・あの時は、最低のチンピラだったからな。今
でも馬鹿だったと思う。セントで、チンピラをやってた時は、界隈を支配する事だ
けしか、目が無かった。逆らう奴は片っ端から、のしていた。そして、警察の世話
にならないように、金を握らせて、支配権を増やしていく。自分では、手を出さな
いのに、麻薬をばら撒いて、禁断症状も、その時に何度か見た。すると、泡銭が手
に入る。
 本当に愚かな人間だったな。支配権に負けるまで、気付かなかったんだから、本
当の馬鹿だ。『絶望の島』に入れられてからも、すぐに出てやると、息巻いてたっ
けな。・・・あの時にレイクに会って、10歳のガキに、コテンパンにされて、そ
の時にレイクの純粋さに惚れなかったら、まだ馬鹿な事をやってたでしょうね。
 レイクは私の恩人だ。何があっても、見守らなきゃならない存在なんだ・・・。
 本当は、ここに留まって欲しい。ここは楽園のような存在だ。学校にも行ける。
今となっては、セントの混乱もあって、追っ手が来る事も無い。だけど、レイクの
中に流れる英雄の血が、それを許さないのだ。レイクは、表面上では修練して強く
なると言っているが、いつかは、アイツの祖父リーク=ユード=ルクトリアのよう
に、立ち上がる日が来るんだろうな。アイツは、そう言う男だ。
 私に出来る事。それは、レイクの助けになる事。だけだな。
 まずは、与えられた仕事を、こなすしかないようだな。


 もう少しで、夏休みが終わりそうだ。それまでに、あの4人を、取り戻したいと
思う。だが、その命運、はファリアに託されている。時代が特定できたと言う事で、
捜し易くなったと言ってた。だが、それは不安でもあった。ファリアの話によれば、
『ルール』の発動を捉えたと言う話だ。と言う事は、誰かが『ルール』を発動しな
きゃならない事態になったと言う事だ。
 そうすると、強敵に会ったか、奴ら自身が闘う羽目になったのか・・・。そう考
えるのが自然だ。誰かが、死に直面しているかも知れないのだ。ファリアも、気が
付いているようで、1000年前を特に調べている最中だ。勇士ジークの時代か、英雄
ライルが居た時代かが、まだ特定出来ないと言っていた。伝記を見る限り、ジーク
の時代の方が、可能性は高いと思うのだが・・・。ファリアは、ライルの時代じゃ
ないかと、思っているようだ。
 何にしても・・・。俺達が出来る事は、非常事態に備えて、強くなる事だな。
(分かっているようだな。瞬達が帰ってきた時に、笑顔で迎えられなきゃな。)
 そうですね。それに帰ってきた時に、実力が離されるのは癪ですし。
(フッ。言うようになったな。まぁ瞬達の事だ。何か成果は、あるだろうな。)
 はい。しかも伝記の時代に行ったのなら、尚更です。
 俺達は、朝食を食べ終えた。これから、皆が集まる頃だ。その前に、準備運動を
しておく。不動真剣術の基本を繰り返し、反復させる。親父から、皆伝書を貰った
のは良いが、まだ全部を使いこなせている訳では無い。速くマスターしないとな。
 と、玄関が騒がしいな。睦月さんや、葉月さんが、対応しているようだ。誰か来
たようだな。仲間内では無いみたいだが・・・。行ってみるか。
「この家の主人は、留守なのですか。残念です。」
 結構、丁寧な口調だ。だが、帰る気は無さそうだ。結構、背が高いな。何て言う
か、落ち着いた人だな。
「我が主人は、忙しい方なので、少々遠出をなさっているのです。」
 睦月さんは、丁寧に対応している。
「ならば、仕方ありません。・・・あれ?そこのお方は?」
 客人は、俺を見る。そして、驚くような顔をする。
「ジーク!・・・いや違う・・・。」
 ジーク?って勇士の?
「ええと、どちら様ですか?俺の事を知ってるんですか?」
 いきなり、勇士ジークに間違えられるなんてなぁ・・・。
「失礼。貴方は、もしやレイク=ユード=ルクトリア殿か?」
 あれ?何で、俺の名前を知ってるんだ?この人。
「そうですけど・・・。アンタ何者ですか?」
 いきなり俺の名前を知っている辺り、余り良い気分はしない。まさか追っ手?
「レイク様は、大事な客人。貴方の正体を教えてもらうまで、警戒せざるを得ませ
んよ?貴方が何者なのか、教えて戴けませんか?」
 睦月さんの目が、警戒に変わった。
「失礼しました。・・・何と言えば、信じて戴けるでしょうかね。そうだ。私の上
司が、1回会ったと言ってましたね。」
 上司?この人の上司って、誰だよ。
「私の上司なんですが・・・毘沙丸(びしゃまる)=ロンド=ムクトーに会った事
はありますか?・・・私は、その部下の、アインと申します。」
 毘沙丸さん!?って、確か北神・・・だったか。
「毘沙丸さんの部下って、本当ですか?俄かには、信じ難いんですけど。」
「・・・それは、そうですよね。何か証明出来る物があれば、良いんですけどね。」
 アインさんは、困っている。
「良いでしょう。ここの道場で、証明なさってください。」
 睦月さんは、何かに気が付いたのか、アインさんを通す事にする。そして葉月さ
んに目配せする。
「・・・それにしても、ここに来る客人は、ここの所、貴方のような人ばかりです。」
 睦月さんは、呆れ果てた口調で言う。
「んー?何か騒がしかったけど、誰か来たの?」
 ファリアが、顔を出す。そして、客人を見る。
「あれ?・・・客人ですか?」
「レルファ!?・・・あ・・・。」
 アインさんは、また間違えてしまったようだ。・・・段々この人の正体が、分か
ってきた気がした。なる程。だから睦月さんは、道場に向かっているのか。
「失礼。人違いのようでした。ご無礼仕りました。」
 アインさんは、丁寧に謝る。
「いや、良いんですけどね。ちょっと、ビックリしただけですよ。」
 ファリアは、何が何だか、分からないような顔をしながら、笑う。
「ここが、道場です。」
 睦月さんは、道場の前まで案内する。俺とアインさん、それとファリアも中に入
っていった。すると、何かを感じた。
「『ルール』!?」
 ファリアも瞬時に気が付いたようだ。これは『ルール』発動した感覚だ。しかも
誰かの『ルール』内に入った感覚だった。
「お静かに。今、道場は『結界』のルールに包まれています。これなら、多少の無
理も出来ます。アインさんと申しましたか・・・力を見せて下さい。」
 睦月さんは、証明させると言っていた。なる程。アインさんの力を見るためだっ
たのか。葉月さんは、『結界』のルールを発動させたんだな。
「驚きました。まさか、人間が『ルール』を使えるとは・・・。話に聞いてただけ
で、実際に見たのは、初めてですよ。」
 アインさんは、驚きを隠せないようだ。しかし実際に包まれている。
「なる程ね。じゃ、これ。」
 俺は、何となく察していたので、アインさんに木刀を渡す。俺も木刀を持つ。い
つもの修練の、延長みたいな物だな。
「ちょっと・・・レイク。これは何なのよ。」
 ファリアは、まだ感付いてないようだ。
「アインさんは、毘沙丸さんの部下なんだそうだ。」
 俺は、アインさんを指差して言う。
「毘沙丸さんって・・・あの?」
 ファリアも半信半疑のようだ。毘沙丸さんは神だ。その部下と言う事は・・・。
自ずと想像が付く。何しろアインさんは、同名なのだから。
「だから私を、レルファと勘違いしたっての?」
 ファリアも合点が行ったようだ。あとは証明だけか。
「気が付かれましたか。なら、私の技を、見せなくては、ならないようですね。」
 アインさんは、木刀を構える。やはり、あの型か!
「行きます!!」
 アインさんが、襲い掛かってくる。さすがに、踏み込みが早い!
「フン!!オオオ!」
 俺は、雄叫びを上げながら、アインさんの攻撃を弾き返す。すると、アインさん
は、木刀を持ち替えて、撫で斬りに来た。俺は、それを上段で弾き返すが、唸るよ
うに2段目が来る。胴狙いだ。俺は、それを木刀を縦にする事で弾く。そこから、
更に顔を狙って、木刀が唸る。俺は、それを読んで、屈んで避ける。
「見事。さすが、不動真剣術ですね。」
「アインさんこそ凄いですよ。俺、その技を、食らった事があるから、避けた後に
反撃するつもりだったんですよ。なのに、避けるのが精一杯だったなんてね。」
 恐ろしい技の冴えだった。俺が避けるだけで、精一杯だったなんてね。
「でも、これで確信しました。やはり、貴方は、伝記に天人となったアインさんで
すね。その剣術は、父親から、譲られたルース流剣術ですね。」
 そう。伝記にも書かれている。「法道」を信じる人々のために救世主となり、天
人としての試練を潜り抜けた男。それこそが、アインさんだった。しかし、運命神
ミシェーダの、余りの暴虐振りを目の当たりにして、鳳凰神ネイガ=ゼムハードと
共に反旗を翻して、「人道」を支持したと言う伝記が残されている。アインさんは、
天人としての体があるからこそ、1000年の間、生き続けてきたのだろう。細胞レベ
ルでは、神に近いのが天人だからだ。
「ルース流剣術は、私の父、ルースが命を削って作り上げた剣術。現在も、道場が
あると聞く。有難い事です。」
 アインさんの言う通り、ルース流剣術は、ルースの偉大なる名を讃えて、今も伝
えられている。ルクトリアに、道場がある筈だ。
「それにしても、不動真剣術。いつ剣を交えても、素晴らしい強さです。」
 アインさんは木刀を収める。すると、『結界』のルールが消えた。
「もっと激しくなると思いましたけど。まぁ宜しいでしょう。」
 睦月さんの合図で、葉月さんが『結界』のルールを解いたのだった。
「葉月さん、何で『ルール』使ってたの?」
 どうやら、いつものメンバーが顔を出してきたようだ。グリードが尋ねている。
「今回の客人に、関係あるんじゃないのか?」
 エイディも軽口を叩いている。すると、アインさんは、信じられない顔をする。
「レイリー!レイリー・・・じゃないですよね・・・。」
 アインさんは、またも間違えたようだ。
「俺のご先祖様を知ってる客人か。レイクと居ると、結構、会うんだよな。」
 エイディは、苦笑いをする。シャドゥさんに、ジェシーさんも知ってたよな。
「本当に、そっくりです。ただ、彼はもっと野卑な性格でしたけどね。」
 アインさんは、珍しく丁寧な言い様じゃ無くなる。
「俺も、余りご丁寧なんかじゃないぜ?」
「彼の場合、魔に捉われる程です。だが、彼は、私の恩人。私を庇って死んだ。こ
れで、ますます、貴方達に力を貸さなくては、なりませんね。」
 アインさんは、協力を申し出る。そうか。伝記でも書いてあった。レイリーはア
インさんには出来なかった事をした。魔神レイモスを、羽交い絞めにして自分の体
ごと貫かせたのだ。結果的に、アインさんが、レイリーを殺した事になる。だが、
レイリーは、自分の信じる道のために、犠牲になったのだ。残った「覇道」を歩む
人々の救済のために、最期まで戦ったのだ。その出来事は、今でも伝えられている。
「今の世界は、ミシェーダが目指した「法道」を形にしたかのようです。500年
前辺りから狂ってきた。私が仕える、毘沙丸様の妹であらせられるゼリン様のせい
でしょう。毘沙丸様は、非常に心を痛めています。私も、手伝わなくてはならない
のです。」
 アインさんは、俯いている。上司の妹であるゼリンは、アインさんにとっても、
大事な存在なのかも知れないな。
「ゼリン様は・・・毘沙丸様を、心より愛しておられた・・・。その心が、絶望に
変わった時、何もかもを、変えてしまいたかったのかも知れません。私は・・・未
だに信じられないんです・・・。ゼリン様は、500年前まで、非常に勤勉で、真
面目な方でした。毘沙丸様を慕い、神を目指した事も、ある御方です。」
 アインさんは、昨日の事のように話す。ゼリンは、歪む前は、凄く真面目な性格
だったと言うのは聞いた事がある。しかし、今も歪んだだけで、真面目な事は変わ
り無いのだろう。規律だらけの、この世界を作り上げたのだから・・・。
「毘沙丸様は、ゼリン様を誑かしていると思われている、ゼロマインドを倒すつも
りです。ゼリン様を、影で操る真の敵。奴は、私も討ち取りたく存じます。」
 アインさんは、雄弁に語る。毘沙丸さんも、間違いであって欲しいと言っていた。
「アインさんには、悪いけど、私はゼリンを許す気には、なれない。」
 ファリアは、はっきり言った。
「それは、当然の事。ゼリン様は、許されない事をしている。・・・ネイガ様も、
怒りと悲しみで、包まれていらっしゃいます。」
 ネイガは、ゼリンの義父である。
「まさか、こんなミシェーダが、望んだ世界になさるとは・・・。」
 アインさんは、呆れている。
「ミシェーダが、関わっている可能性が高いわ。」
 ファリアは、指摘する。
「どう言う事でしょう?」
 アインさんが説明を求める。そこでファリアは、今置かれている状況を話す。俺
達が、何故ここに居るのか、そして、学校での出来事。ミシェーダに会ったと言う
事をだ。瞬、恵、俊男に江里香が居ない理由も話した。
「なるほど・・・。ミシェーダは、急激に力を付けてきた、貴方達の主要メンバー
を全員、過去に追いやろうとした訳ですね。」
 アインさんは、分析する。幸いにも、俺とファリアだけは助かった。
「『輪廻回帰』を使うとはね。だが、あれは最初から、どの時代に飛ばすか、決め
ていなければ、ならないはずです。4人共、同じ時代に居るのは間違いない筈です。」
 アインさんは、貴重な情報を教えてくれた。同じ時代に、放り込む事しか出来な
い技なんだそうだ。それは、助かる情報だった。
「さて、そろそろ私は、行かねばなりません。ここに寄ったのは、毘沙丸様の行方
を確かめるためです。また、捜す旅に出なくてはね。」
 アインさんは、俺達を見渡す。
「名残惜しいですね。今度は、ちゃんとした手合わせして下さいね。」
 俺は、手合わせの約束をして、握手を求める。
「セントに向かうことになったら是非、一報下さい。私も、必ず駆けつけます。こ
の『聖騎士』アインを、忘れずに置いて下さい。」
 『聖騎士』か。アインさんは、異名を持つ程、上り詰めたのか。
「アンタ程の男だ。こっちから知らせなくても、気付くだろうよ。」
 エイディが軽口を叩く。それをアインさんは、懐かしそうに見ていた。
「・・・そうだ。それと、お時間があったら、ここに向かうと良いでしょう。」
 アインさんは、地図を手渡す。どうやら、行った方が良い場所のようだ。
「では、失礼。この次は、必ずや、手合わせをしましょう。」
 アインさんは、そう言い残すと、風のように去っていった。
 『聖騎士』アインか・・・。伝記の人に、また会ったな。俺って、もしかして、
そう言う人達に、会い易い体質なのでは無いだろうか?と、思ってしまう。


 私は、弱虫だった。
 心を繋ぎ止めておかないと、狂いそうだった。
 彼らの親切心は、痛い程、伝わった。
 それが本物であると、分かっているから苦しいのだ。
 だから、自分に嘘を吐いてまで出ようとした。
 それを指摘されて、激昂してしまった。
 馬鹿みたいだ・・・。
 兄様が近くに居れば、こんな事は無いと思っていた。
 でも、こんなんじゃ、兄様に会った所で同じよね。
 同じ過ちを、兄様の前で犯さなかっただけ、マシかも知れない。
 でも・・・俊男さんは、身を犠牲にしてまで私を止めてくれた。
 私は、自分が許せない。
 俊男さんは・・・兄様と同じくらい、大事な人。
 ・・・フッ・・・信じられない。
 いつからでしょうね・・・こう、思うようになったのは・・・。
 兄様の親友である、俊男さん。
 兄様と同じように、修行馬鹿な俊男さん。
 皆の幸せを願う俊男さん。
 魔神に乗っ取られた、妹想いの俊男さん。
 私の師匠である、俊男さん。
 江里香先輩を慕う、純粋な俊男さん。
 その全てが眩しい。
 まるで、兄様みたい・・・。
 いつ話しかけても、真剣に、私の事を気遣ってくれる。
 笑うと、誰もが元気になる。
 そんな気持ちにさせてくれる人・・・。
 1000年の時を遡って・・・最初に会ったのは、俊男さんだった。
 そんな俊男さんを・・・私は・・・。
 涙が出る・・・情けなくて・・・。
 俊男さんに謝りたい・・・。
「・・・ハッ・・・。」
 私は目覚めた。鳩尾が、ズキッとする。思わずお腹を触ってしまう。
「おお。目が覚め申したか。」
 この声は・・・繊一郎さんだ。
「ここ・・・聖亭?」
 見慣れてきた景色。ここは、聖亭の私の部屋だ。
「意識朦朧としておられるな。無理は、禁物で御座る。」
 繊一郎さんは、気遣ってくれる。しかし、今の私には、そんな資格は無い。私は、
この人達の善意を、無駄にしようとしたのだ。
「・・・心配くらい、させてもらえるか?」
 繊一郎さんは、笑い掛けてくる。
「何があったかは知らぬ。だが、路地裏に2人が、倒れてたので御座る。レイホウ
殿も、心配しておられたぞ?」
 そうか。レイホウさんにまで・・・。
「私・・・馬鹿ですわ・・・。本当に・・・。」
 俊男さんの純粋さを、馬鹿呼ばわりした自分が恥ずかしい。
「俊男殿と闘って、勝利されたのか?」
「・・・ハハッ。見事に負けたわ。俊男さんは、信念を貫くためなら、誰にも負け
ない人だって、分かったんですのよ。」
 私は、気持ちが良いくらいに負けた。全てに於いて、私が上回っていたのに、負
けた。俊男さんは、油断を誘発して、細い勝利の糸を手繰ったのだ。
「そうで御座ったか。無茶をなさる御仁で御座るな。俊男殿も。」
 繊一郎さんは、苦笑いをする。
「俊男さんは・・・。無事?」
 私は、気になって、仕方が無かった。
「俊男殿は、強靭な体をお持ちで御座る。無事で御座るよ。」
 繊一郎さんの言葉で、安堵する。
「私が・・・この手で、傷を付けましたの・・・。」
 私は、昨日の事を、正直に話した。私の独断で、ここを飛び出した事。そして、
俊男さんに、暴走を止められた事をだ・・・。
「拙者が、決定的な情報を持って来れないのが悪い。お詫び致し申す。」
「止めて!・・・私は、分かっていたの。貴方達が、誠心誠意でやってくれている
って・・・。だから・・・別れるのが辛くて・・・あんな事をしたんです。」
 そう。見つからないと言うのは、只の言い訳だった。私は、この人達と、余り離
れたくなかった。別れが辛くなると思った。だから、そうなる前に、出て行こうと
したのだ。兄様を捜したい気持ちもある。だが、それは言い訳だった・・・。
「私、ここの事を気に入ってきてる・・・。絶対、別れが惜しくなる。そうなるの
が怖くて・・・飛び出したんです。でも、俊男さんは・・・そんな事をしたら、余
計に、辛くなるから・・・止めて下さったの。」
 俊男さんは、私が、こんな別れ方するのを、見てられなかったのだ。本当に優し
い人。私の身勝手を、見逃せないなんて・・・。
「俊男殿は、厳しくも、優し過ぎる御仁で御座るな。・・・拙者、俊男殿程の心の
持ち主を、知らぬ。彼もまた、英雄としての器をお持ちで御座る。」
 繊一郎さんは、参ったと言う顔をする。嬉しそうだった。
「俊男殿は、隣の部屋で御座る。見舞いに行くと良かろう。拙者は、今の話を聞い
て、余計に情報を集めたくなり申した。行って参る。」
「いつも有難いですわ。頼みます。」
 私は、素直に頭を下げる。今まで、しなかった事だ。だが、俊男さんを見ていた
ら、今まで、下げなかったのこそ、良くなかったと思う。
「やる気も倍増で御座るよ。では、御免!」
 繊一郎さんは、ニコッと笑うと、一瞬にして、姿を消した。さすがは忍者。本当
に速い。こんなに情報収集力をある人を、疑うなんてね・・・。
「ア。恵サン。起きたネ。今日は、仕入れ日にして休みにしたから、ゆっくりして
ると良いネ。無理しちゃ駄目だヨ!」
 下から声が聞こえた。レイホウさんだ。どうやら、私が、只ならぬ様子だったの
で、予定を変えたのだろう。有難い事だ。繊一郎さんが声を掛けて置いたのだろう。
それで、下から声を、掛けてきたのだ。
「分かりましたわ。お気遣い、感謝しますわ!」
 私は、感謝の意を述べる。レイホウさんは、それを聞くと、嬉しそうに鼻歌を鳴
らした。帳簿を、つけ始めたのだろう。
 私は、俊男さんの部屋をノックする。返事は無い。仕方ないので入る事にした。
「・・・!!」
 私は言葉を失ってしまった。俊男さんは無事!?これで!?確かに、命に別状ま
では、無さそうだ。だが・・・傷だらけだし、肩と足を貫いた跡は、特に酷かった。
・・・私は・・・こんな事を・・・。
「・・・う・・・うううううう・・・。」
 私は、思わず涙を流す。嗚咽が、漏れてしまった。何て事を・・・。
「・・・あ。恵さん?」
 俊男さんが、起きてしまったようだ。私は泣き顔で、俊男さんを見る。
「・・・ごめんなさい・・・。ごめん・・・なさい・・・!!」
 私は、感情を抑える事が出来ない。すると、俊男さんは、私の手を握ってきた。
「泣かないで・・・。こっちまで、悲しくなっちゃうよ。」
 俊男さんは、優しい笑顔で、こちらを見ていた。俊男さんは、優し過ぎる。
「恵さん。もう・・・黙って行かないよね?」
 俊男さんは、約束の事を言う。
「うん・・・。絶対に行かない・・・。黙ってなんて行かないよ・・・。」
 私は、涙を流しながら誓う。俊男さんは、こんなになっても、私の事を心配して
くれているのだ。なんて健気・・・。
「良かった!ちょっと痛いけど、安心したよ。」
 俊男さんは、体を起こす。酷い跡が出来ていた。でも、本当に、何でも無さそう
に、こちらを見て、笑い掛ける。
「恵さん。・・・こう言う時こそ、笑って。恵さんが笑うとね。何故か、力が出る
んだよ。療養だと思ってさ。」
 俊男さんは、依然と同じように、笑い掛けてくれる。素敵な笑顔だった。
「こ、こう?」
 私は、無理矢理にでも、笑顔を作った。
「肩の力を抜かなきゃ!リラックスしようよ!」
 俊男さんは、こんな私でも、受け入れてくれる。私の半魔族の姿まで見たのに。
「笑えって言われてもね。私、鬼ですのよ?魔族の姿、見たでしょ?」
 私は、下を向く。あの姿を見せたのは、ファリアさんと兄さんと藤堂姉妹くらい
にしか見せていない。ファリアさんは治療の協力のため、藤堂姉妹は治療のため、
兄様には、不意打ちで見られただけだ。本当に力を振るうために見せたのは、憎き
あの男と、俊男さんだけだ。
「ああ。あれ?いやぁ、凄かったよね。」
 俊男さんは、恐れてなど、居なかった。なんか目を輝かせている。
「恵さんの魔族姿ってさ。すっごい神秘的で、綺麗だったよ!」
 綺麗って・・・。あの姿は、忌むべき姿なのに・・・。
「私にとっては、余り良い物じゃ御座いませんのよ?」
 俊男さんは、天然にも、程がある。あの姿を見れば、恐れるのが普通だ。
「そうなの?強い上に幻想的で、凄いなーと思ってたのに。」
 ・・・ハァ・・・。肩の力が抜けちゃったわ。俊男さんたら・・・あの姿を、綺
麗だなんて・・・。ずれてるにも、程がある。
「も、勿論、普段の恵さんだって、凄く・・・き、綺麗だよね!」
 俊男さんは、顔を真っ赤にしながら言う。恥ずかしいなら、言わなきゃ良いのに、
不器用な人だ。
「プッ。あっはっはっは!俊男さんは、見てて飽きませんわ!」
 私は、笑ってしまう。失礼なようだが、今まで心配してたのが、馬鹿みたいだ。
「エ、エリ姉さん以外には、使った事が無いんだから、仕方ないだろー・・・。」
 俊男さんは、真っ赤な顔のまま言う。なんだか必死だ。
「江里香先輩は、綺麗です物ねぇ。」
 私は、からかってしまう。俊男さんと居ると、つい、こう言う事をしたくなる。
「んもう・・・。僕を、こう言う扱いするのは、エリ姉さんと、恵さんだけだよ。」
 俊男さんは、口を尖らす。
「フフッ。そんな俊男さんには、止めてもらった礼をしないとねー。」
 私は、ニンマリ笑う。
「ここに居てくれるだけで良いって。恵さんのお礼だと、天神家に帰ってから、凄
い事に、なりそうなんだもん。正月だって、凄かったよ・・・ね!?」
 俊男さんが、冗談を言ってる内に、口を塞いだ。私の唇を使ってだ。私の素直な
気持ちだった。命を懸けてくれた俊男さんが、好きで堪らなくなっていた。兄様と
同じくらい好きな人なんて、もう、俊男さん位しか居ないと確信した。
「・・・お礼、安上がりかしら?」
 私は、少し恥ずかしかったが、俊男さんは、もっと真っ赤になっていた。
「・・・ぼ、ぼぼぼ僕で・・・良かったの?」
 俊男さんは、私が、兄様を好きなのを知ってる。
「私、安い女じゃ無くてよ?す、好きじゃなきゃ、こんな事は、しませんわ。」
 言ってて恥ずかしくなるのだから、我ながら未熟だ。
「ははっ。何か、夢みたいだ・・・。僕は・・・エリ姉さん以外で、始めて憧れた
のは、恵さんだったからさ・・・。本当に嬉しくて・・・。」
 俊男さんは、口下手ながらも、好きだと言ってくれた。何だか、こっちも嬉しく
なってくる。兄様の事も好きだけど・・・。俊男さんも同じくらい・・・。
「こう言うの、二股って言うのかしら?」
 つい、そんな言葉が浮かんでしまう。
「ハハッ。二股って言われるくらいなら、僕は本望だよ。瞬君に、負けたくない!」
 俊男さんは、真っ直ぐこっちを見る。本当に眩しい。兄様とは、また違う、それ
でいて、兄様みたいに優しい。本当に心が揺らぐ。こんな事は、初めてだ。
「貴方って、いつまでも純粋なのね。羨ましい。」
 私は尊敬の意味を込めて言う。
「瞬君と恵さんのおかげだよ。僕は・・・魁に復讐する心で染まっていた。莉奈の
事でね。そこを魔神に付込まれた。支配されそうになった時に、救い出してくれた
瞬君には、感謝し切れない。そして、恵さんにもね。」
 俊男さんは、まだ、あの事を、引きずっていたのか。妹が酷い事されたんなら、
怒って当然だと思う。それに、平和に解決出来たじゃないか。
「妹を想う心が、本物だっただけでしょう?恥じる必要は、無いと思いますわ。」
 俊男さんは優し過ぎるから、魔神に付込まれた自分の心を、責めているのだ。
「それに・・・私は、何もしてない筈・・・。」
「いいや、あの後、僕にパーズ拳法の手解きを請いに来たじゃない。・・・実は、
あれが、僕の救いになったんだよ。」
 パーズ拳法を教わりに行ったのは、瘴気を抑える術が、知りたかったからだ。
「あれは・・・私の体のためですわ。」
「例えそうだとしても・・・。僕にとっては、本当に救いになったんだよ。恵さん
が、来なかったら、僕は、自責の念で潰れていたよ。」
 ・・・そうだったのか。俊男さんは、あの時、救いが欲しかったのだ。人のため
に出来る何かを探していたのだ。そこに私が、教えを請いに来たから、俊男さんは、
快諾したのだ。私は、自分の事で、手一杯だっただけなのにね。
「偶然って、怖い物ね。」
「そうだね。・・・でも、僕は、この偶然に感謝してるよ。」
 俊男さんは、真っ直ぐな瞳で私を見る。心を克服した者の強さ。眩しい強さ。
「・・・俊男さん。ちょっと良いかしら?」
 私は、俊男さんの肩と足に触れる。そして、ありったけの想いを、ぶつけた。
「・・・う・・・。わ・・・わわ・・・。」
 俊男さんは驚いている。というのは、私は今、『癒(いや)し』の魔法を、唱え
たのだ。実は、密かに、ファリアさんに教わっていたのだ。
「おおお!凄い!傷が塞がっていくのが、分かるよ!」
 俊男さんが興奮する。それ程、酷い怪我だったのだろう。私の、うろ覚えの回復
魔法でも効くのなら、やってみて正解だったな。
「それは、俊男さんの生命力が溢れてるからですわ。その人の治りたいって意思が
強ければ強い程、良く効くんですのよ。」
 ファリアさんの受け売りですけどね。皆が忍術を習ってる時に、魔法を習ってお
いて、正解でしたわ。忍術も、身に付けた事は身に付けたんですけどね。ついでで
習った魔法が、役立つとはね。
「よーし・・・。この分なら、明日から動けそうだ。」
 俊男さんは、本当に元気になったようだ。
「良かった。でも、また寝てなくては駄目よ?」
 私は、そう言うと微笑んでみた。
「恵さんは、ズルいや・・・そんな笑顔されたら、従うしかないよ。」
 俊男さんは、顔を真っ赤にしていた。からかうつもりじゃ、無かったんだけどな
ぁ。ま、元気になってきたなら、良いとしますか。


 ルクトリアの国境。中央大陸との境目。ここには、人の気配が無い。動物達の王
国と言っても良い。こんな所の近くに、生物学者フジーヤは住んでいると言うのだ
ろうか。相当に外れだ言うのは、文献で知っていたが、ここまでとはね。
 俺達は、馬車を使って、1週間程、旅している。通常ならルクトリアに着いてい
る頃だが、俺達は、大所帯な上に暴走気味なプサグル軍に、会う訳にも行かない。
プサグル軍は、勝利に酔って、暴走する兵士が出始めているのだと言う。正確に言
えば、プサグル軍では無く、プサグルの中の遊撃隊の傭兵達だが・・・。そのよう
な行為を、してはならないと、お触れを出しても、無くならないような状況だ。
 何度か退治したし、囲まれた中を突破した事もあった。それに加え、『太陽の皇
子』が、全力でマレルさんを探している。参った物だ。
 川の流れが緩やかな、大地の恵みが溢れる土地が、眼前に広がる。ルクトリアの
国境に、近づいてきたのだろう。休めそうな所があったので、休憩を取る事にした。
多少の食料も、取らなきゃならない。林間学校で、こんな事もしたっけか。それも、
つい最近なのに、思い出になっていく。感慨に、耽っている場合じゃないか。
 俺が主となる食料の調達。江里香先輩は釣りが得意だと言うので、渓流の方に行
った。元気のある事だ。マレルさんは、水を汲みに行ったようだ。林間学校の時の
ような大蛇を見つけるのは、さすがに無理だし、熊でも見つけるかな。
 俺は、獣道を散策する事にした。確か、こう言う山道は、獣道が多い筈だ。その
道には猪や兎の他、熊なども通る確率が高い。まぁ、ブラブラ歩いてりゃ良いかな。
 ガサガサッ!!
 お。早速、何かが現れたようだ。猿か。猿は、食べる対象じゃあないなぁ。
「ん?何だお前?」
 え?さ、さ、猿がしゃべった!?
「猿が、しゃべった・・・のか?」
「何でぇお前は。いきなりご挨拶じゃあねぇか。俺っちを、誰だと思ってやがる。」
 間違いなく、この猿が喋っているようだ。待てよ・・・。って事は、この猿は。
「まさか、伝説の猿、スラート?」
 伝記に出てきた喋る猿、スーパーモンキーのスラートかも知れない。
「で、伝説とまで言われると、俺っち照れるぜ。お前、見所あるぜ。」
 この調子の良さと言い、スラートに間違い無さそうだ。フジーヤが最初に手掛け
た新生物。それがスラートだった。通常の猿の10倍の能力を与え、あらゆる事に
精通させたスーパーモンキー。フジーヤの、あらゆる世話を担当している筈だ。
「って、俺っちの名前を、知ってるって事は、フジーヤに用かい?」
 スラートの方も、分かっているらしい。スラートを知ってる人間は、フジーヤに
用事があると言うのをだ。
「色々あるけど、まずは、泊めさせてくれないかな?ってのが、本音だ。」
 俺は、正直に言った。もう野宿をさせるのは、酷だ。
「その様子だと、一人じゃないみてーだな。しょうがねぇ。付いていってやるよ。」
 スラートは、人懐っこく笑う。表情が豊かな猿だ。
 俺達は、馬車のある川のほとりの方へ向かう。すると、馬車の周りが騒がしかっ
た。追っ手だろうか?俺は、緊張した面持ちで、馬車へと近づく。すると、マレル
さんが、祈りながら、心配そうに倒れてる人を見ていた。
「マレルさん。どうしました?」
 俺は声を掛けてみる。
「大変なんです。この二人が、川から流されて来たんです。」
 ・・・この二人?まさか・・・。
「これは・・・。レイ・・・いや、違う。」
 思わずレイクさんと言いそうになった。似ている。金髪を銀髪にすれば、レイク
さんだと思うくらい似ている。もう一人は、間違う事は無い。この兜は、1週間前
にも見たグラウドさんだ。
「酷い怪我だな・・・。」
 伝記にも書いてあった。中央大陸での激突で、二人は一騎打ちをしたのだ。どち
らも真剣で、である。グラウドさんが、正々堂々とした勝負を望んだのだ。その結
果、とてつもない崖から、激流の川へと落ちたのだ。この二人で無ければ、命を落
としていた事だろう。だが、まだ息をしている。
「死に掛けじゃねぇか。大丈夫かよ。コイツら。」
 スラートは、訝しげに見ていた。
「え?お猿さんが喋った!?」
「一々驚くんじゃねーよ。フジーヤの噂は、聞いてんだろ?」
 スラートは、マレルさんに注意する。変わり者のフジーヤは、横に凄い能力を秘
めた猿を、所有していると言う噂は、俺も何度か聞いた。
「あら?これはこれは・・・怪我人ですか?」
 レイシー修道長も来る。心配そうに二人を見つめていた。
「瞬君。このお猿は、なーに?」
 江里香先輩が、俺の肩に座っているスラートを指差す。どうやら、全員、揃った
ようだな。ティアラさんも、心配そうに二人を見つめている。
「姉ちゃん。俺っちを、只のお猿と一緒にすんなよ。聞いて驚け!スーパーモンキ
ーことスラートとは、俺っちの事よ!!」
 スラートは、自己紹介をする。得意げに、ポーズまで決めている。
「ああ。貴方が、あの有名なスラート君?」
 江里香先輩も気が付いたらしい。
「誰がスラート君か!!それにしても、面倒な事になりそうだなぁ。」
 スラートは、考え込んでいる。俺達を連れて行くと言う事は、フジーヤにも面倒
が掛かる可能性が、増えると言う事である。
「グラウド・・・。大丈夫かしら・・・。」
 ティアラさんが、青ざめた顔で見ている。ティアラさんと俺は、グラウドさんを
知っているだけに、心配である。
「出し惜しみしてる場合じゃないわね。マレルさん、こっちの人を頼むわ。」
 江里香先輩は、金髪の少年の方をマレルに任せる。江里香先輩は、グラウドを抱
える。すると二人共、『治癒』の魔法を使い出した。
「おうおう!?おめーら、すげーじゃねーか。コイツは魔法じゃねーかよ。」
 スラートは、すぐに気が付く。フジーヤも魔法の研究をしている分、魔力に対し
て、敏感なのだろう。さすが、助手も兼ねているだけある。
「くっ・・・。」
 マレルさんは、顔を顰める。と言うのは、中々効かないからである。
「参ったわね。思ったより、傷が深いわ。この二人。」
 江里香先輩も、深刻な顔になる。魔力量が足りないのかな。
「仕方ない。・・・マレルさん、手を出して!」
 江里香先輩は、マレルさんの方を向く。すると、マレルさんは、訝しげだったが、
黙って手を差し出す。その手を江里香先輩は握る。そして、江里香先輩は集中する
ように目を閉じる。・・・もしかして・・・。
「『ルール』発動・・・!」
 やはり!江里香先輩は、『治癒』のルールを発動させる。そして、その力をマレ
ルさんにも、伝達する。どうやら、狙いは成功したようだ。マレルさん自体、ビッ
クリしている。江里香先輩の力を、感じたためだろう。
「凄い・・・。何これ・・・。」
 マレルさんは、自分でも信じられないくらい『治癒』の魔法が、強化されてるの
を感じた。そして、二人の傷は、みるみる回復していった。物凄い威力である。
「・・・ぐっ!!」
 江里香先輩は『治癒』のルールを解除した瞬間、眩暈がしたのか、倒れそうにな
る。それを俺は、素早く抱え込んでやった。
「・・・拙かったかなー・・・。」
「・・・そうかも。でも・・・先輩は、ほっとけなかったんでしょ?」
 俺は、抱えたまま笑い掛けてやる。先輩は、自分の力以上に『ルール』を発動し
たに違いない。だから、疲労感も多いのだ。伝記では、マレルが、献身して助ける
と言う風になっているが、マレルさん一人で、助かったとは思えない。・・・とな
ると、俺達が来た事で、歴史に、何らかの力が加わったのかも知れない。二人の傷
は、思った以上に酷かった。伝記では、意識を失って、動けなかったくらいで、命
の危険性まであったとは、書いていなかった筈だ。
「・・・瞬君。説明、願えるかしら?」
 ティアラさんまで、疑惑の眼差しだった。
「ここまで来たら、仕方ねーか。・・・スラート。フジーヤさんの家まで、案内し
てくれ。話は、それからだ。この人達を、休ませなきゃならねぇしな。」
 俺は、馬車にライルとグラウドさんと江里香先輩を乗せる。江里香先輩は、いつ
の間にか、気絶してしまった。
 その後、視線は、痛い程だったが、スラートの案内で、フジーヤさんの家に向か
う。スラートは近くの山菜を探してたらしく、本当に、自然に囲まれた所に、フジ
ーヤさんの家はあった。近くには、宿屋一軒と、ちょっとした部落なので、数件の
家があるだけだ。寂しい場所だが、自然の香りが、する所だった。
 で、スラートが、フジーヤさんに事情を説明している。すると、すぐに、大きな
麦藁帽子を被った、目付きの鋭い男が出てきた。髪はボサボサだったが、服装は、
汚くなかった。だが、鋭い視線は、誰よりも強い。フジーヤさんだな。
「・・・俺に、用があるそうだな。」
 フジーヤさんは、俺に話し掛けてくる。
「はい。安全な場所を求めて、ここまで来ました。泊めさせて戴きたい。」
 俺は、簡潔に話す。余り嘘を吐いても、仕方が無い。
「困った物だな。宿は隣だぞ?とは言え、そこの怪我人二人は、面白そうな事情が
ありそうだし、何より、今スラートから良い事を聞いた。まぁ話次第によっちゃ、
承諾しても良いぜ。幸い、俺一人が住むには、余りある家だ。」
 フジーヤさんは、さっきの俺達のやり取りを、スラートから聞いたらしく、大い
に興味を、持ち始めていた。
「丁度、皆が、俺達の事情を知りたがっています。一切、包み隠さず、全ての事情
を話しましょう。その後、信じてくれるかは、貴方次第です。」
 俺は、真っ直ぐと、フジーヤさんを見る。
「フフッ。そう返すか。おもしれぇな。中に入れよ。話を聞いてやろう。」
 フジーヤさんは、中へと招待する。俺達は、馬車から3人を運び出して、ベッド
に寝かせる。その途中に、玄関にライオンが居たのには、ビックリしたが、フジー
ヤさんが、躾けた大人しいライオンだったので、事無きを得た。
「ここは・・・。」
 ベッドに寝かせたところ、金髪の少年が、目を覚ました。
「うう・・・。っと・・・。」
 グラウドさんもだ。まだ体は、痛むようだ。江里香先輩は、まだ寝ていた。まぁ
仕方が無い。江里香先輩の『治癒』のルールの範囲は、自分自身だった筈だ。それ
を、他人に移したって事が、既に、力の使い過ぎに繋がるのだ。
「俺は・・・確か、崖から・・・。」
「・・・瞬。か。」
 二人とも、意識がハッキリしてきたようだ。
「そこの二人も起きたようだし、事情を聞こうじゃないか。」
 フジーヤさんは椅子に掛ける。俺達も座って、話をする事にした。
「まず、そこの二人の事を、言い当てましょう。」
 俺は、ベッドで寝ている二人を指差す。
「一人は、ライルさん。不動真剣術の伝承者にして、ルクトリアの遊撃隊長。それ
も、入ったのは、つい最近ですね?もう一人はグラウドさん。俺が世話になってい
たハイム=ジルドラン=カイザードさんの友人です。まぁ、顔見知りです。」
 俺は、二人を紹介する。すると、全員が驚いた。グラウドさんの事は、まだしも、
ライルさんの事を、一発で言い当てたからだ。ティアラさんだけは驚かなかったが。
「君は・・・何者なんだ?俺の事、どこで知ったんだ?」
 ライルさんは、驚きで、目が冴えたらしい。
「不思議な奴だと思っていたけど、ますます不思議だぜ。何者だよ。お前。」
 グラウドさんも、驚きを隠せない様子だ。
「貴方達は、あの憎き戦争の中、崖の近くで決闘を行って、崖から落ちた。そして、
あそこまで運ばれてきた。その際、ライルさんが、グラウドさんを庇って、背中か
ら落ちた。だから、まだ背中が、痛い筈です。」
 俺は、更に続ける。また当たってたらしく、ライルさんは、背中を擦る。
「なる程な。あの戦争中に、決闘やるたぁ、酔狂な奴らだ。」
 フジーヤさんは、豪快に笑い飛ばす。さすが、スケールの大きい人だ。
「では、俺達の事を話しましょう。」
 俺は、皆に向けて語りだす。・・・それは、とてつもなく遥か先の話で、俺達が、
1000年以上、未来から来た事。そして、その世界で、俺達と生活を共にしている仲
間達。そして、俺達が有する、神にも匹敵する力『ルール』。それを恐れて、やっ
て来た時間を支配する敵、その敵にやられて、俺と江里香先輩と恵と俊男が、1000
年前の、この世界に飛ばされた事を、話した。ただ、ライルさんとグラウドさんの
手前上、レイクさん達の事は、話せなかった。未来が変わってしまっては、駄目だ
と思ったからだ。
 そして、俺が助けられたのは、プサグルの『雷』の将軍ハイム=ジルドラン=カ
イザードであり、江里香先輩が助けられたのが、ここに居るマレルさんだった。
「・・・と言う事です。ティアラさんは、ジルさんの妻です。戦乱に、サイジン君
を、巻き込ませたく無いがために、ここまで来ました。」
 俺は話し終える。これは疲れる物だな。サイジン君は、伝記では、生まれが分か
るまで、ジークと同じ歳とされていたが、それは、ジルさんの息子だと言う事実を
隠すためであり、実は、ジークより6つも年上なのだ。
「これまでも、珍客ってのは、あったけどよ。今日のは格別だ。参るぜ。」
 フジーヤさんは、そう言いつつも、笑顔だった。
「神の力『ルール』か・・・。今なら分かる。あの時、エリカから感じた力は、と
てつもない力だった。・・・瞬君は、何を使えるの?」
 マレルさんが、聞いてくる。包み隠さず言うと約束したので、言う事にした。
「俺の力は、この拳で、全てを破壊する『破拳』のルールです。」
 俺は、拳を握る。数回しか使った事が無いが、これは、恐ろしい力だと言う事が
分かる。触れた物の全てを破壊する事が、出来る力だ。
「お前らしい力だな。恐ろしい奴と稽古してた物だ。」
 グラウドさんは、頭を掻く。
「本当にピンチの時しか使いませんって。必要とする時にしか、使いません。」
 俺は、凄い力だと認識しているからこそ、簡単には使わないのだ。
「しかし、1000年後か。どうなってるか、想像も付かないなぁ。」
 ライルさんは、能天気な事を言う。そのライルさんこそ、偉大な『勇士』の父で
あり『英雄』であると、伝記に書かれているのにな。
「お前さんは、俺達が、どんな一生を送ったのか知ってる訳だ。変な気分ではある。
ま、言う必要は、無いけどな。」
 フジーヤさんは、俺達を見ながら考え込む。フジーヤさんこそ、後の大魔術士ト
ーリスの父親で、ジークを死の淵から、救った英雄の一人だ。
「この時代の事は、結構、文献に書かれています。だから、皆さんの知ってる情報
が欲しい。この時代に合わない事を、している奴らが居る筈なんです。ソイツらこ
そ・・・俺達を、仕留めに来る刺客であり、倒すべき敵なんです。」
 俺は、情報を求める。伝記に全て書いてあるとは思えないが、明らかに、違う事
をしている奴らが、居る筈。そして、それは、恵か俊男・・・または、敵だ。
「俺達は、時代を乱す気は、ありません・・・。でも、どうしても見過ごせない事
がありました。目の前で、悲劇が起ころうと言う時に、無視なんて出来ない!」
 俺は、レイシーさんを見る。俺が止めなければ、この人は、間違いなく修道院ご
と死んだのだろう。文献でも、マレルさん以外は、生き残ったとは書いていない。
「ふふ。では、文献では、あの修道院は、跡形も無かったのですね。私が、修道院
と共に爆死した・・・ってのが、本来じゃないですか?」
 レイシーさんは、気付いていた。やっぱり、あそこで死ぬ覚悟だったのだ。
「お前、そんな事やって、元の時代に、戻れなくなるかも知れんぞ。」
 フジーヤさんは脅す。それは、俺にも分かっている。
「でも、助けられる者を放っておくなんて、俺には出来ない!!」
 そう。元の時代に戻れたとしても、助けないでいたら、俺は、自分を許せない。
「俺は、元の時代に帰れなくたって、あの選択を、後悔はしない!」
 それが、俺の中での正しい事だ。爺さんに教わった、正しい事だ!!
「瞬・・・と言ったね。俺は、この戦乱で姉と母を取られて、絶望していた。だけ
ど、君は、それ以上に、きつい目に遭っているのに、他人の事を思いやれる。その
心意気に、感服したよ。是非、俺にも、手伝わせてくれ。」
 ライルさんは、真っ直ぐ、俺の方を向いてくる。この眼差し、やはりレイクさん
にそっくりだ。さすが、濃い血を持っているだけある。
「ありがとう御座います。でも、いざ闘う時は、俺達の手で、やらなきゃ駄目な気
がするんです。だから、情報が、とにかく欲しい。と言っても、俺の事で、貴方達
のやるべき事を、変えて欲しくないんです。」
 俺は、やるべき事と言った。それは、ライルさんがルクトリアで旗揚げし、フジ
ーヤさんが軍師となって、マレルさんが横に付き添い、グラウドさんが仲間になる。
そんな、伝記のような物語。
「う・・・ここは・・・。」
 江里香先輩が起きた。周りの状況を確認している。
「話は聞かせてもらった。俺は、フジーヤだ。宜しく。江里香。」
 フジーヤさんは、江里香先輩に微笑み掛ける。
「あ、ありがとう御座います。と言う事は・・・。瞬君が、全部話してくれたのね。」
 江里香先輩は、周りの反応を見て、判断する。
「エリカ。貴女は、私以上に、運命を背負ってる人。帰らないとね。」
 マレルさんは、江里香先輩の手を握る。
「何だか、照れちゃうわね。」
 江里香先輩は頭を掻く。
「礼を言う。俺の命が助かったのは、貴女と、そこの聖女のおかげだ。」
 グラウドさんは、礼を言った。
「俺も、貴女とマレルさんに救われました。本当に感謝してます。」
 ライルさんも続く。それを聞いて、江里香先輩は、照れてしまった。
「おい。何だか、外が騒がしいぜ。」
 スラートが、外を指差す。どうやら、何か気配を感じたらしい。
「おい!ここだ!!」
 外から声がした。かなり多い。
「・・・プサグル兵か。穏やかじゃないな。」
 フジーヤさんが、気が付いたようだ。
「ここに居るのか?ルクトリアの第2王子の、ライル=ユード=ルクトリアが!!」
「そういう話だ。慎重に行けよ。何やら、胡散臭い家だしな。」
 兵士達の声が聞こえた。すると、ライルさんは、驚きで声が出なくなってしまっ
た。ルクトリアの第2王子と言う言葉に反応したのだろう。しかし、これで、姉と
母が、連れ去られる理由を知ったのだろう。
「おい!プサグルの者だ!開けたまえ!!」
 玄関口で、ドンドンと音がする。
「俺は、どっちでも良かったんだがな。これで、腹を決めたぜ。俺の家を、胡散臭
いなどと呼んだ連中に、鉄槌を食らわさなきゃな!!」
 フジーヤさんは、そう言うと、扉を開けて、目の前に居た兵士を、蹴りつける。
良い蹴りだ。あれなら、良い空手使いになれるな。
「何をする!貴様!我らが、プサグルの者と知っての事か!」
 兵士達は、たじろぐ。あの程度で、情けねぇな。
「ああ?胡散臭い家の持ち主だがよ。てめぇらみたいな、礼儀知らずは、歓迎する
つもりは無いんでね。死にたくなかったら、さっさと、失せるんだな。」
 フジーヤさんは、右手に、凄まじいエネルギーを溜める。・・・あれは『ルール』
だ!!この時代に『ルール』使いが、居たのか!!
「おちょくると、痛い目にあうぞ!!」
 プサグル兵は、襲い掛かってきた。それをフジーヤさんは簡単に見切って、心臓
目掛けて、右手を翳す。するとプサグル兵は、力無く倒れる。
「な、なななな、何をした!貴様!!」
 完全に、びびってるな。しかし結構な数だ。数で押されたら、拙いかも知れない。
「魂を抜き取ったんだよ。安心しな。死なないギリギリまでに、しておいた。」
 魂を抜き取った?・・・まさか、『魂流操心術』!?伝記では、魂を抜き取って、
溜めた力で、新たに生物に魂を入れ込む事をやっていたと書いてあった。フジーヤ
さんの家に伝わる奥義だった筈だ。そうか・・・。凄い能力だと思ったけど、あれ
は、『ルール』だったのか。
「おのれ化け物め!」
 プサグル兵達は、固まりだした。これじゃ分が悪いな。よし。
 フジーヤさんの後ろから近づく兵が見えた。そこを俺は、蹴り倒す。
「ぐあ!貴様・・・まさか、ジルドラン将軍の家に居た、手伝い人!?」
 俺って、有名だったのか?
「馬鹿な!何故、こんな所に居ると言うのだ。間違いではないのか?」
 リーダーらしき奴が、聞いてきた。
「俺、外から覗いた事があるんです。アイツ、確かジルドラン将軍と、互角以上に
闘ってた奴ですよ・・・。」
 どうやら、覗かれていた事も、あったようだ。
「瞬君だけに、目立たせないわよ。」
 江里香先輩が、踵落としを綺麗に決めて、失神させる。
「アイツ、修道院の時に居た女だ!また、やられてぇのか!」
 どうやら、あの時に居た下衆共も、混じっているようだ。
「ふん。背中さえ襲われなきゃ、余裕だったわよ。四の五の言わずに、掛かってら
っしゃい!瞬君と一緒なら、絶対に負けないわよ。」
 俺を頼ってくれるのは、嬉しい事だ。
「何やってる!相手は3人だぞ!速く捕まえろ!」
 リーダーが命じる。すると、次々に襲い掛かってきた。
「馬鹿な奴らだ!!」
 フジーヤさんは、通り抜け様に魂を抜き取っていく。すると、抜き取られた兵士
達は、力が無くなっていく。
「貴方達に、良い踊りを見せてあげるわ。」
 江里香先輩は、軽やかなステップを取り始める。襲い掛かってくる相手を軽く往
なしながら、まるで踊るかのように相手を翻弄する。と言うのも、肘打ちに行った
と見せかけて、膝蹴りが飛んできたり、足払いと思わせといて、鳩尾に突き上げを
打ったり、幻惑しながらの踊りだ。
「私の『拳舞(けんぶ)』は、完成したのよ。」
 江里香先輩の動きに、プサグル兵たちは付いていけない。そうか。この前は、囲
まれて、後ろを取られたのか。後ろに来た相手は、俺が、一人ずつ薙ぎ倒していく。
「甘いんだよ!!」
 俺は、地味に一人ずつ吹き飛ばしていく。襲い掛かる剣を、俺は拳で砕いていく。
「お前も凄いな・・・。負けられないな!!」
 フジーヤさんが褒めてくれた。天神流の拳は、こんな剣に負けるもんか!!
 俺は、腰に手を当てる。そして、正中線四連突きを水平にした天神流の突き『四
海(しかい)』を繰り出す。複数人相手に、効果を発揮する技だ。4人を纏めて倒
す。コレくらいで、負ける俺じゃない。
「コイツで終わりだな。」
 フジーヤさんが、最後の一人の魂を抜き取る。すると、フジーヤさんは、スラー
トに合図をする。その瞬間、スラートは、ロープを器用に巻きつけていく。なる程。
後処理か。それにしても、テキパキしている。
「コイツら、どうするんだ?」
 スラートが全員を巻きつけ終えると、器用に、リヤカーに乗せる。
「近くの野営地にでも、捨てて来い。全員分の魂は、抜いておいた。気が付いても、
ここの事は、忘れてるだろうよ。それに、2日は、目が覚めんだろうからな。」
 魂を抜かれた者は、凄まじい疲労感に襲われるのだろうな。俺の中に、ゼーダが
入った時も、凄まじい疲労感に襲われた。アレに近い状態なのだろう。
「・・・フジーヤさん。貴方も『ルール』を使えたんですね。」
「お前達の話を聞いてて、もしやとは思ったが・・・。この力が『ルール』か。」
 フジーヤさんは、否定しなかった。自分でも、薄々感づいていたのだろう。
「しかし、お前さん達、『ルール』の力を使わずに、その強さか。」
 フジーヤさんは驚いていた。まぁ、それも無理は無い。俺達は、知らず知らずの
内に、腕を上げていたと言う事になる。もし、この時代に恵や俊男が居たら、腕を
かなり、上げているのかも知れない。無事に帰れたら、手合わせしなくちゃな。



ソクトア黒の章3巻の4後半へ

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