NOVEL Darkness 3-4(Second)

ソクトア黒の章3巻の4(後半)


 グズグズしては、いられない。
 夏休みは、もうすぐ終わってしまう。
 気が付けば、4人が居なくなって、3週間程、過ぎていた。
 校長には、話を通してあるから、ある程度なら誤魔化せる。
 だが、ずっと帰ってこなければ、怪しまれるに違いない。
 私の力量が、問われているんだ。
 ここで、諦めて堪るか!
 僅かでも良い・・・手掛かりを、見つけなければ。
 そして、4人を、この家に戻さなければ・・・。
 天神家では、当主不在であっても、睦月さんを中心とする使用人達が、しっかり
役割を果たしている。先代の厳導さんと、恵さんの、余りのカリスマで、居なくな
っても、その威光は、輝いている。だが、いつまでもじゃないだろう。
 だからこそ、私の力で、何とかしなければ・・・。
 私は集中している。魔方陣の上に立てば、外界の空気は、閉ざされるくらいに集
中している。これまでに1000年前から、アクセスがあったのは1回だ。『ルール』
同士のぶつかり合いだった。その軌跡を辿った所、1030年前の『英雄』の時代だと
言う事は、特定出来た。恐らく『秩序の無い戦い』と呼ばれた、ルクトリアとプサ
グルの戦争に、巻き込まれたのだろう。
 時代を超える『召喚』と、次元を超える『転移』を組み合わせる。あの4人を、
呼び戻すには、それしかない。しかし、誰も見つからないのだ。まるで、何かが、
邪魔してるかのように見えない。これは、本当に、何かが邪魔しているのかも知れ
ない。
 何者かの邪魔があるなら、取り除けば良い。・・・が、それは、こちらからは、
不可能だと言う事は、分かっていた。瞬君達自身が、障害を取り除いてくれないと、
こちらからのアクセスは、不可能だった。
 焦ってはいけない。待つしか無い。集中力は、切らせちゃ駄目だ。難しい物ね。
「・・・ファリアさん。・・・ファリアさん!」
 私を呼ぶ声?誰?
「ファリアさん!瞑想を解いて下さい。大変なんです!」
 莉奈ね。どうしたのかしら?
「何かあったの?」
 瞑想を解かせると言う事は、私に、何か用事があると言う事だ。余程の事でも、
あったのだろうか?
「ここは、私が引き継ぎますので、急ぎ玄関に、向かって下さい。」
 莉奈が、そこまで言うとは、何事だろうか。向かうしかないか。
「頼んだわよ。探知の方陣も、忘れずにね。」
 私は指示しておく。今は召喚と探知の、両方の方陣を掛け合わせて、魔方陣を組
んでいる。どちらかを怠ると、大変なのだ。
 玄関の方に行くと、目付きの鋭い男と・・・あれは、2年の風見 隆景だったか
しら。その二人が、仁王立ちしていた。睦月さんが対応していた。
「天神の使いなら、さっさと、あの男を連れて来い。」
 目付きの鋭い男が、睦月さんに無茶を言う。とは言え、居ないなんて知らないの
だろう。だが、こちらが居場所を聞きたいくらいなのだ。連れて来れる訳が無い。
「瞬様は、外出中だと言った筈です。お引取り下さい。」
 睦月さんは引かない。瞬君が居ない事は、余り公にしては、いけないからだろう。
「ならば、ここで待たせて貰おう。」
 目付きの鋭い男も引かない。強引な男だ。・・・どこかで見たことあるわね。ん?
あ・・・そうか。この男が、神城 扇ね。風見の主にして、神城流空手の伝承者。
「ちょっと。ここで待たれちゃ、邪魔じゃないのよ。」
 私は、つい口出ししてしまう。
「む?誰だ貴様。・・・外人が、何故、この家に居るのだ。新しい召使いか?」
 ・・・思いっきり失礼ね。この男。
「ファリア様は、我が天神家の大事な客人です。そのような下衆な勘繰りは止めて
戴きたい。そのような方に、瞬様を会わす訳には、いきません。」
 睦月さんが、厳しい口調で咎める。
「フッ。怒るな。俺が用事があるのは、天神だけだ。」
 扇は馬鹿にしたように鼻で笑う。
「あー。もう。まだるっこしいわね。瞬君は居ないの。帰りなさいよ。」
「ミスブロンド!この御方に、そのような口調、許さぬぞ!」
 ・・・風見は相変わらず、この扇に忠誠を誓ってるのね。ご苦労な事ね。
「爽天学園の生徒か。これは驚いた。あの校長が、外人の女を認めるとはな。」
 扇は意外だと言わんばかりの顔をする。私のような生徒は、珍しいのだろう。
「別に良いじゃないの。知ったこっちゃないわ。しかし、貴方、そんなに瞬君に会
いたがってるけど、用件は、何なのよ?」
 聞くまでも無いかも知れないが、一応聞いてみる。
「知れた事。天神を、処刑しに来た。」
 処刑と来たか。また物騒な人だ。
「処刑しに・・・ねぇ。されにの間違いじゃないの?」
 挑発しておく。こんな失礼な男なら、別に構わない。
「口の利き方を知らぬ女だな。余り言うと、八つ裂きでは済まぬぞ?」
「上等じゃないのよ。人の家に来て、友人を処刑しに来たなんて言われて、黙って
られる程、私は、我慢強くないわよ?」
 こんな失礼な男に親切に対応する必要は無い。
「フッ。校長が気に入る訳だな。仕方が無い。女に、我が手刀を入れるのは我が意
では無い。どこへ行ったか、居場所だけ聞こうか。自分で探す。」
 意外だ。挑発に乗るかと思ったら、冷静だ。
「ぶっちゃけ言うと、私達も、知りたいくらいよ。」
 これは本当だ。瞬君の居場所を知りたいのは、こっちのほうだ。
「ミスブロンド。隠すと、ためにならないぞ!」
「あのねぇ。風見先輩?私は嘘吐いてまで、隠すような女じゃないわよ?」
 私は、わざと風見に先輩を付ける。
「・・・何を隠してる。居場所を知らないのは、本当だが、天神に何が起こったの
かは、知ってると言うような感じだな。」
 ・・・何だ。扇ったら、結構鋭いじゃないのよ。ただ失礼なだけじゃないのね。
「何も隠し事など御座いません。お引取りを・・・。」
 睦月さんは、顔色一つ変えずに言う。さすがね。
「あー。もう、我慢の限界だぜ。」
 後ろから声がした。レイクだ。いつの間にか、来ていたらしい。
「おい。神城 扇とか言ったな。瞬は今、この時代に居ねーんだ!帰りやがれ!」
 ・・・馬鹿ねぇ。レイクって、本当に馬鹿ねぇ。嘘吐けないのね・・・。
「何だよファリア・・・。そんな目をして。」
「時代に居ないとは、どう言う意味だ?」
 扇も、何かがおかしいと、気が付いたようだ。
「あ・・・。えーと・・・。あー!もう分かった!俺が悪かったよう!そんな目で
睨むなよう・・・。よし!こうしよう!俺と手合わせして、勝ったら教える!」
 レイクって、本当に、考え無しに言うのね。参ったわ。
「この俺に勝負を挑むと?外人。無知は、身を滅ぼすぞ?」
 扇は嬉しそうだった。どうかしてるわ・・・。
「扇様!お気を付けを・・・。このレイクと言う男は、隠れた実力者として、名を
馳せております。私が調べた所によると、あの天神 瞬とも、互角かと・・・。」
 風見ってば、いつ、そんな事調べたんだろう。あの林間学校の時でも、覗き見し
てたのかしら。
「ほう。確かに、隠しようが無い闘気は感じる。だが、天神ほどの圧力があるか?」
 扇は、結構冷静に分析していた。強敵かも知れないわね。
「瞬と俺の戦歴は、ほぼ互角だぜ。」
 レイクも自信を持っている。最近は、ゼーダさんとの修行を受けてるせいか、更
に、力が高まった感じだ。それに『ルール』もある。
「ほう。自信は、あるようだな。良いだろう・・・確かめてやる。」
 扇は、ニヤリと笑った。レイクの。悪い癖が出たわね。
「アンタ、闘いたいと思っただけでしょ。」
 私は、レイクを睨む。レイクは、笑いながらも、すっ惚けていた。
「・・・睦月さん。悪いけど、道場借りるわよ。」
 私が、目配せすると、睦月さんも、溜め息を吐いていた。
「レイク様がお望みなら、仕方ありません。」
 睦月さんは、そう言うと、扇と風見を案内する。
 道場では、いつもの面子が、手合わせをしていた。ただし、学生組だけだ。ティ
ーエは、まだ復活してないので、ジェイルが、面倒を見ているし、エイディとグリ
ードは、警備の仕事に行ってしまった。
「ぬ?客か?・・・と、これは珍しい客じゃのぉ。風見か。おんし。」
 巌慈が、風見に気が付く。さすがに、生徒は分かるか。
「横に居るのは・・・神城 扇だね?・・・良くここに、乗り込んできた物だね。」
 亜理栖が、扇を睨み付ける。只事では無い。憎悪に近い目だった。
「がっつくな。お前の相手をしても良いが、先約は、コイツだ。」
 扇は、軽く受け流すと、レイクを指差す。
「ほう。レイクさんを相手に・・・。面白いな。見学にするか。」
 修羅が、本心から、そう思ったのか、手合わせを中止する。
「フン。あたしゃ、総一郎兄さんを、アレだけの目に合わせた事を忘れちゃいない。」
 あ・・・。そうか。そう言えば、亜理栖は、榊 総一郎の従兄弟だったっけか。
大事な事を忘れてたなぁ。
「ったく。1000年前の事なんかで、総一郎兄さんに、逆恨みなんかしやがって。」
 亜理栖は、本気で怒っている。総一郎さんは、今でこそ、元気になったようだが、
あの時は、死線を彷徨ったと言う話だ。
「ああ。あの事で怒ってたのか?フッ。ソイツは悪い事をしたな。1000年前の話は
有名だったんでな。榊の頭領に、本気を出して貰うために言った方便だ。忘れろ。
俺が、本気で倒したいのは、天神だけだ。安心しろ。」
 扇は悪びれもせずに謝った。意外と冷静なのね。この男、ただ単にキレる男じゃ
ないわ。中々手こずりそうね。
「謝るなら、総一郎兄さんに、謝んな。」
 亜理栖は、ぶっきらぼうに言ってはいたが、少しは、気が晴れたようだ。
「俺の悪い癖でな。相手に本気になってもらわんと、気が済まんのだ。強い奴を処
刑してこそ、価値がある。最終的な処刑対象は、天神だがな。」
 扇は、自らの指を鳴らす。よっぽど瞬君とは、因縁があるのね。
「扇様は、世に神城の名を轟かせる御方だ。天神と決着を付けなければならん!」
 風見は、大々的に、扇を盛り立てる。本当に忠実なのね。
「大した事は無い。馬鹿が、ソクトアの最強の座を掴みたいと思っているだけだ。」
 扇は、嬉しそうに笑う。この人の事は、何となく分かってきたわ。口は悪いけど、
瞬君やレイクのような、戦闘馬鹿ね。
「よーし!やっぱ、思った通りだ。良いね。アンタ。目のギラ付きが違うぜ。」
 レイクも相当な物ね。闘うの好きな癖に、限りなく優しいんだから、放っておけ
ないのよね。悩みの種よ。
「んで、俺は、剣術が得意なんで、竹刀を使って良いか?」
 レイクは、竹刀を見ながら、尋ねる。
「好きにしろ。神城流空手の前では、真剣ですら、ナマクラに近い。」
 余程の自信があるのね。でも、レイクに、竹刀持たせちゃ拙いわよー。
「扇。レイクは、竹刀を持ったら、瞬君より上よ。」
 私は教えてやる。竹刀を持ったレイクは、最強に近い。
「フッ。俺より奴の心配をしろ。半端な強さだと、殺しかねん。」
 扇は、まだ大口を叩いている。呆れたわ。
「はいはい。んじゃ下がって。結界を張るわよー。」
 私は、手馴れた手付きで、結界を張っていく。激しい闘いになったら、近所迷惑
になるしね。最低限の事は、やって置かないと。
「『結界』!!」
 私は、空間を作り上げる。これで、外部には、ほとんど情報が行かない筈だ。
「・・・手馴れた物だな。しかも、その面妖な力、侮れんな。」
「そりゃどーも。でも、今はレイクが相手よ?」
 扇は、私の事を認めたようだが、知ったこっちゃ無い。
「扇様!お気を付けを!!」
 風見が下がる。応援に回ったようだ。私の事も警戒してる。
「そう警戒するなって。力比べだろ。派手にやろうぜ!!」
 レイクは、そう言うと、竹刀に闘気を込め始める。まずは、半分って所かな?
「貴様も闘気を操れるのか。面白い!!それでこそ処刑しがいがあると言う物!」
 扇も構えを取って、手刀を作って闘気を込め始める。中々凄いわね。
「そうそう。そうこなくっちゃな!!」
 レイクは、不動真剣術の『攻め』の型を作る。
「良いぞ。このヒリ付きこそ、闘争だ!!」
 扇も、かなり攻めに近い型を取る。あれは、瞬君で言う所の、逆十字の構えかし
ら?攻めに特化した構えよね。
「いくぞ!せいーーーー!!」
 レイクが踏み込む。さすがに速い。左斜め下からの、突き上げから右からの薙ぎ、
一転して、上正面そして、袈裟斬り!それを、扇は避けつつ、鋭い腹への突き、そ
して右回し蹴りから、回転するように左の蹴りによる突き、そして左斜め上からの、
爪を繰り出す。流れるようなコンビネーションだ。どちらも、躱し切っている。
「これ程の威圧感を放つ相手とは・・・。面白いぞ!貴様!!」
 扇は、嬉しそうに笑う。戦闘狂も良い所ね。
「アンタも、俺相手に、反撃とは・・・。良いね。なら、見せてやるか。」
 レイクは、竹刀をダラリと下げる。これは、不動真剣術『無』の構え。
「・・・フハハハハハ!!並の相手なら、貴様が手加減したと思われるんだろうが、
何だ?その威圧感は。この神城相手に、そのような挑発的な構えとは!!ならば、
貴様には、それ相応の、罰を与えなければならんな。」
 扇は、そういうと『×』の形に手を交差させる。これは、大会でも見せた構えだ。
「神城流、『罰の構え』だ。処刑する時の構えだ。」
 扇は、攻防一体の構えを選択したのだ。
「行くぞ!!」
 扇は、攻めに転じる。攻めながらも、次の攻撃に備えている。何とも効率の良い
構えだ。扇の攻撃を、レイクは紙一重で躱して、とてつもない速さで、反撃する。
傍から見てると、手品のように攻防が一体化されている。
「見せてやろう!神城の真髄を!!」
 扇は、獣のように襲い掛かる。
「神城流斬撃!!『手刀燕返し三段』!!」
 扇が技名を叫ぶと、ほぼ同時に、死角からの攻撃を繰り出す。縦と横と斜めに、
手刀を振り下ろす。完全に一点に集中する所は、凄い威力になるに違いない。
「・・・見切った!!」
 レイクは、叫ぶと、その一点を見切って、竹刀を全く同じように振るう。そして、
全て弾いて見せた。こんな芸当、レイクにしか出来ないだろう。そして、竹刀を少
し斜めに傾けた瞬間に、レイクの姿が消えた。
 バシィィィィィ!!
 凄まじい音と共に、扇は吹き飛ばされる。
「不動真剣術、袈裟斬り『閃光』!!」
 レイクは、技名を叫ぶ。さすがだ。『閃光』は、正に目にも止まらぬ速さだった。
「う・・・ぐ・・・。やるな・・・。貴様。」
 扇は、吹き飛ばされながらも、ニヤリと笑った。
「扇様!!」
 風見が、飛び出そうとするが、『結界』に阻まれる。
「ならば、隠しておいた力を、解き放つか・・・。」
 扇は、コメカミに手を当てる。その瞬間、『ルール』の力を感じる。
「な・・・!!まさか、アンタ、『ルール』を使えるのか?」
 レイクも、いや、皆、気が付いたようだ。
「何の話だ。この前、修行の内に身に付いた力の事か!!」
 扇は、どうやら気が付いてないようだ。
「違う!その力は、禁忌の力なんだ!無闇に使って良い力じゃない!止めろ!」
 レイクは、説明する。『ルール』は、乱用して良い力じゃない。
「この力なら、天神にも、引けは取らぬ!!」
 扇は、『ルール』を解放する。そして、腕を振ると、凄まじい程の風が巻き起こ
る。それは、真空となり、カマイタチになる。
「喰らうと良い!!」
 扇は、凄まじい程の疾風を、レイクに喰らわせようとした。
「頭を冷やせ!!馬鹿野郎!!」
 レイクは、『万剣』のルールを解放して、その疾風を、全て斬った。
「んな!!」
 扇は、余程意外だったのか、目を丸くしてしまう。
「闘いは、これまでだ・・・。話さなきゃいけない事がある。」
 レイクは、竹刀を、扇の目の前に突きつける。
「チッ。天神に続いて、貴様にまで負けるとは・・・。俺の修行も、まだ甘かった
ようだな。喜べ。貴様も、処刑対象にしてやる。」
 扇は悪態をつきながらも、覚悟を決める。
「なら、話を聞け。アンタには、話さなきゃならない話だ。」
 レイクは勝ったが、話をする事にする。
「仕方が無い。この力は、修行の賜物では無いようだし、話を聞かせて貰おうか。」
「ああ。それに、瞬達の事も、話してやる。」
 レイクは、最初から勝っても負けても、言うつもりだったのだろう。
「敗者の権利では無いな。気に入らんな。」
 扇は負けた事に、かなり拘っている。
「じゃぁ、約束しろ。アンタに有益な情報を話す。その代わり、さっきの風の力は、
無闇に使うな。能力を磨くのは良いが、乱用は、しちゃ駄目だ。」
 レイクは、扇の力を制限する。なる程。その方が良さそうね。
「貴様の話次第だな。」
 扇は、レイクの眼を見て言う。この男、結構冷静なのね。
「今から話す事を、全て信じろとは言わない。だけど、本当に起こった話だと言う
事は、覚悟して置いて欲しい。」
 レイクは無茶を言う。信じなくても良いけど、本当の事を言う。何の脅しだろう
か。妙な迫力があった。
 それから、レイクは、扇と風見に、今まで起こった事を全て話した。私達の出身
の話、そして『絶望の島』の話。それから『魔炎島』での話。そして、辿り着いた
のが、ここだと言う事。そして、ここでの生活。そして突然、使えるようになった
能力の事を話す。『ルール』は、神の力の行使。使い過ぎは厳禁だと言う事。そし
て、『ルール』を使うと、他の『ルール』使用者にバレると言う事。そして、『ル
ール』を使ったがために、時を操る敵が現れた事。神の話は、伏せておいた。言っ
ても、信じないからだろう。
 そして時を操る敵によって、瞬君達4人が、1000年前に飛ばされた事も話す。そ
して、その救出方法は『転移』と『召喚』を、使う事も話した。
「・・・以上だ。・・・好い加減疲れた・・・。」
 そりゃそうだ。レイクは、そんな口が上手い方じゃないのに、あんなに説明する
羽目になるとはね。
「腑に落ちない点はある。だが、貴様も使った『ルール』とやらの力。そして、俺
も使える、この『ルール』。危険な力だと言うのは、理解した。しかし貴様、俺が
処刑するまでも無く、囚人だったとはな。」
 扇は、鼻で笑う。しかし、目は真剣その物だった。
「わ、私には、信じ難い話です・・・。私は、その『ルール』が使えませんから。」
 風見は、半信半疑だった。『ルール』が使えれば、話が早いのだが、使えない者
にとっては、夢物語にしか、聞こえないのかも知れない。
「それが普通の反応よ。私達が経験してきた事は、普通じゃないのよ。」
 私は、フォローしてやる。信じろと言うのも、無理な話なのだ。
「そうだな。俺は、貴様が使う魔力とやらの力が、本物ならば信じよう。」
 扇は提案する。魔力ねぇ。まぁ、信じ難いかも知れないわね。
「何を、すれば良い訳?」
 私は、こうなった以上、見せるつもりだった。出し惜しみしても、しょうがない。
「天神が見つかった時に『転移』とやらを、使うらしいが、その力でも、見せても
らおうか。この目で見るまでは、信じられん性格でな。」
 扇は、さっきレイクが話した、瞬君達の救出方法を、覚えていたようだ。
「分かったわ。知ってる場所しか行けないから、学園にするわよ。今は休校中だし。」
 余り人に見られて良い魔法じゃない。いきなり人が現れたら、ビックリさせてし
まう。見られないように目立たない場所に、移動しなければならない。
「爽天学園か。分かり易いな。やってみせろ。」
「気安く言わないで欲しいわね。意外と、神経を使う魔法なのよ?」
 私は、そう言いつつも、手に魔力を溜める。そして、古代魔法の術式の印を結ぶ。
そして学園の1−Bの教室を思い浮かべる。いつも使ってる教室だ。
「・・・『転移』!!」
 私は、魔力を解き放って、空間を切り裂く。すると、次元を切り裂いた所に、扉
が出来る。まぁ上出来ね。
「・・・面白い物を見せてもらった。どれ。行くか。風見。」
 扇は楽しんでいた。大物ねぇ。普通は、警戒する物よ。
「扇様の後なら、どこへでも!」
 風見も臆する事無く、付いて行く。忠実ねぇ・・・。
 扇は扉を開けて、通り抜ける。私達は、その後に続く。
 すると、一瞬で景色が変わる。いつもの教室だ。さすがに静かねぇ。
「・・・ま、間違いなく学園だ・・・。」
 風見は、呆気に取られていた。まだ、信じられないのかも知れない。
「ハッハッハ!これは、信じる他あるまい!女、久しぶりに、俺は愉快だ。世は、
広い物だ!このような芸当が出来る奴が、近くに居るとはな。これは、修行を強化
せねばならんな。悔しさも、沸いてこぬわ!」
 扇は、本当に楽しそうだった。この人、口は悪いけど、素直なのね。
「よし。天神が戻るまで、極限まで強さを、高めねばならぬな!」
 扇は、鋭い目付きに戻る。
「風見、付き合え!このままでは、また負け兼ねん。」
 扇は、冷静だった。レイクが、瞬君と同じくらいの強さだったとするならば、今
の自分では、敵わないと悟ったのだ。
「瞬君が帰ってこれるって、信じてるの?それに今の話も・・・。」
「当然だ。この目で、このような体験をした。そんな奴の言う事だ。信じるに決ま
っている。それに、天神は、1000年前で燻ってる程、素直では、あるまい。」
 扇は、誰よりも、瞬君の強さを信じているのだ。全く素直じゃない奴ね。
「良い目標が出来た。今度会うときこそ、処刑してやる。待っていると良い!」
 扇は、そう言うと、窓から飛び降りる。風見が、それに続く。
 何だか、台風みたいな人だったわね。
「瞬も、大変だな・・・。」
 レイクは、溜め息を吐いた。自分も、これから狙われるのだと思うと、溜め息も
吐きたくなるのだろう。前途多難な事は、間違いなかった。


 俺は、普通なんだろうか?
 それとも、普通じゃないんだろうか?
 答えは、返ってこない。
 自分の事だし、自分で見つける他無い。
 今、友人となった人達は、尋常じゃない。
 空手家、拳法家、お嬢、メイド、プロレスラー、忍者、剣術者、魔法使い・・・。
 どう人生を面白おかしくすれば、こんな連中と、仲良くなれるのか。
 つまり、俺も、普通じゃないって事かな。
 それに、俺の中にも神の力とか言われてる『ルール』が宿っているのだと言う。
 お笑い種も、良い所だ。
 魔力とやらは、ファリアさんに解放してもらったが、平均的だし。
 俺は、喧嘩すら勝った事が無い。
 そんな俺が『神の力』?
 本当に、ある物かよ・・・。
 せいぜい、莉奈や葵と共に、魔力での手伝いするのが関の山さ。
 でも・・・本当にあるのなら、使ってみたい。
 乱用するんじゃない・・・でも、いざと言う時に守れる力が、欲しい。
 俺は・・・誰かを、傷付けて生きてきた。
 友人を狂わせる程に、傷付けてしまった。
 恋人に心の傷を、作ってしまった。
 そんな俺を・・・こんな俺なのに、愛してくれる恋人が居る。
 俺は、絶交される・・・いや、殺されるとさえ、思った。
 そんな俺を、彼女は、菩薩のような笑顔で許してくれた。
 有難いと同時に、俺は、心底自分を恨んだ。
 こんな優しい彼女を・・・傷付けてきた・・・蹂躙した!!
 だから・・・莉奈・・・彼女だけは、守らなきゃ駄目だ。
 俺の償いであると共に、笑顔をずっと見ていたいからだ。
 もう・・・あんな想いを、させちゃ駄目だ。
 だから、勝ち目の無い修練だって、喜んでやる。
 いつも吹き飛ばされてばかりだ・・・周りは、化け物みたいに強い。
 でも、莉奈を、守れる力が欲しい!!
 どんな事でも良い・・・誇れる力が、欲しいんだ!!
「魁君。大丈夫?」
 心配そうに見る・・・その顔を守りたい。
「うぐ・・・。また気絶してた?俺。」
 我ながら情けない。修練中に、吹き飛ばされたか。
「5分程ね。でも、紅先輩相手の投げを、一回抜けるなんて凄いじゃない。」
 葵は、褒めてくれた。まぁその後、本気で投げられた気がするけどね。
「ガリウロル柔道代表の、投げを抜けたんだ。誇って良いぞ。」
 紅先輩は、事も無げに言ってくれる。それにしても、勝てない。
「あー・・・。勝てないなぁ。」
「挑むだけでも、凄いと思うなぁ。」
 莉奈は、フォローしてくれる。だけど、やっぱ、やるからには勝ちたい。
「でも、段々良い勝負してんじゃん。人生の大半を、修練に費やした人達と良い勝
負なんだから、誇っても良いんじゃないの?」
 葵もフォローしてくれる。だけどなぁ。いざと言う時、負けちゃ意味が無い。
「カッカッカ!お前さんの気持ち、分かるぞぉ。どんなに差があっても、やるから
には、勝ちたい!そうじゃろ?」
 伊能先輩が背中を叩いてくる。・・・痛いし。まぁ共感してくれるのは嬉しいけ
どね。いざと言う時に、勝つ力が欲しいんだし。
「いざと言う時、勝つ力が欲しい・・・そうでしょ?」
 ・・・言い当てられた。この声は、師匠のファリアさんだ。魔方陣は、どうした
のかな?昼間は、常に魔力を当てないと、消えちゃうんじゃ無かったっけ?
「その顔は、魔方陣の心配?大丈夫よ。ここに居ない人に頼んだわ。」
 となると・・・葉月さんか。睦月さんは天神家を取り仕切らなきゃいけないから、
いざと言う時に、対応しなきゃいけないから、葉月さんが、やってるんだろう。
「魁君は、魔力の伸びが良いからね。勝つためには、魔法を覚えた方が、良いわよ。」
 ファリアさんがアドバイスをしてくれる。確かにこの頃、魔力は、上がった気が
する。魔方陣への魔力の供給も、最初は辛かったけど、今は、そうでもない。
「簡単な魔法は使えるけど、実践的なのは、教えてないしね。そろそろ、覚えても
良い頃かしらね。莉奈さんと葵さんは駄目よ。伸びてきてるけど、まだ早いからね。」
 ファリアさんは、釘を刺しておく。俺って、魔力が上がってるんだな。
「魁君。十分凄いよ。私達より、成長早いもんねぇ。」
「全くよ。毎日同じように瞑想してるのに、何故かしらねぇ。」
 二人とも文句を言う。そう言われたってなぁ。自分でも、分からないのに。
「悪いな。二人共。追いつくの、待ってるぜい。」
 俺は、調子の良い事を言う。俺の悪い癖だ。だけど、場が和むなら、それで良い。
「言ったなー。負けないからねー!」
「見てなさいよ。鼻を明かしてやるわ。」
 莉奈も葵も分かっている。だから笑い合うのだ。こんな日々が取り戻せたのも、
瞬が、俊男が・・・俺の目を覚ましてくれたからだ。皆が、許してくれたからだ。
 あのままだったら、俺は、エスカレートしてたかも知れない。そう思うと、ゾッ
とする。悪い事だと思っていたのに、止められない・・・。あの時の俺は、最悪だ
った。あの時の俺に、戻りたくない。
「・・・魁君?・・・魁君。どうしたの?」
 横で、ファリアさんの声がした。・・・俺は、また考え込んでいたのか。
「・・・最近、貴方は、伸びが良いのに、心ここに非ずね。」
 ファリアさんには見抜かれている。あの時だってそうだ。この人は、やると決め
たら、やる人だ。俺に猛省を求めた時、今度やったら、次元に放り込むだけじゃ済
ませないって言ってたしな。この人なら、やりそうだ。
「・・・昔の事は、忘れなさい。莉奈さんも、明るくなってきたのよ?」
 やっぱり見抜かれてら。この人には、敵わないな。
「怖いんですよ。こうやって馬鹿やってる時も、あのままだったらとか考えちまう。」
 俺は、正直に言った。あの時は、罪悪感でいっぱいだった。なのに、命令するの
を止めない。最低だったよな。
「莉奈さんを大事に思う気持ちを、忘れなきゃ大丈夫よ。今の貴方には、あるんで
しょ?」
 ファリアさんは、諭してくれる。この人には、本当に敵わないな。
「はい。だからこそ、俺は、いざと言う時に、負けない力が欲しいんです。」
 正直な気持ちだった。俺は、償いだけを、しているんじゃない。泣きながらも、
俺と一緒に居たいと言った、莉奈を俺は守りたいんだ。
「フフッ。貴方も男の子だったって事ね。ま、焦らず、強くなりなさい。」
 ファリアさんは、そう言うと、魔法体現書を指差した。魔法のやり方が詰まった
本だ。全800ページにも及ぶ本。これを見ろと言う事は、魔法を勉強しろと言う
事だ。前は、形だけしか出来なかった。
「良い?魔法はタイミングよ。魔力量の調節とタイミングを掴まないと、大変だか
らね。その本の説明を、良く読むのよ?」
 ファリアさんは、説明書の部分を指差す。すると、説明書きが、かなり書いてあ
った。結構、細かいんだな。
「分かりました。大事に、使わせて戴きます。」
 俺は真剣な目で応える。いくら、いつもふざけてるキャラだからって、こう言う
時は、決めないとな。
「これでもね。貴方達3人は、頼りにしてるのよ?魔方陣の手伝いは、結構助かっ
てるのよ。あれ、維持するの、かなり大変なんだからね。」
 ファリアさんは、いつも俺達がやってる魔方陣の維持について、褒めてくれた。
「そんな物ですかねぇ・・・。」
 どうにも頼られてる実感が、沸かない。
「もっと素直に喜びなさいよ。・・・何を悩んでるんだか。」
 ファリアさんには、隠せないかもな。
「悩んでる・・・か。そうかも知れない・・・。」
 俺は、つい呟いてしまう。実は、魔法の事は、悩んでいない。
「貴方、結構、順調だと思うんだけどね。恋人とも仲が良いし、魔法の伸びも。」
 確かに順調だ。他の人に比べたら、俺程、順調な奴も居ないだろう。
「正直に言うと・・・『ルール』の事です。」
「あー。それは、難しい問題よねぇ。アドバイスのしようが無いし・・・。」
 ファリアさんは、難しい顔をする。アドバイスのしようが無いか。やっぱ自分で
見つけるしか、ないんだよなぁ。でも、何をやっても成功しない。
「誰かが『ルール』を使った時は、分かるんですよ。」
 それが分かると言う事は、『ルール』の力を持ってるのは間違いないのだろう。
「難しいわよねぇ。戦闘向きかどうかも、分からないし。」
 ・・・戦闘向き?戦闘向きじゃないルールなんて、あるのか?
「戦闘向きじゃない『ルール』なんて、あるんですか?」
 俺は、何となく尋ねてみる。
「さぁねぇ。勇樹なんかは、余り、戦闘向きでも無いわよ?」
 そういやそうだ。外本の能力は『線糸』。余り戦闘向きじゃあない。
「まぁ、そっちも焦らない事よ。ある日、いきなり分かったりする。そう言う能力
よ。今かも知れないし、ずっと先かも知れない。」
 言いたい事は分かる。『ルール』は、訓練すれば、誰でも使える訳じゃあない。
だから、思いも寄らない時に、発現するのだろう。
「それに、今は、あの4人を探す事が先決よ。」
 そうだな。俺は、魔方陣に魔力を供給する事しか、やってないけどな。
「やっぱ、場所は、まだ分からないんですか?」
「無理よ。何かは知らないけど、妨害されてるわ。正確な場所さえ分かれば、妨害
されてても、会話くらい、出来ると思うんだけどね。」
 ファリアさんは悔しそうだった。自分では、どうする事も出来ないんだろう。そ
の気持ちは分かる。俺が『ルール』を、発現出来ないのに、似ている。
「どこら辺に居るかも、分からないのよね。生きてるとは、思うんだけどね。」
 生きてるか・・・。1000年前で、ライルの時代と言えば、『秩序の無い戦い』な
んかも、あった筈だ。アレに巻き込まれてたら、アイツらだって、危ないんじゃな
いか?そんな事は、想像したくも無い。アイツらは俺の親友だ。俺の罪を許してく
れた親友なんだ。殺させたくない。俺を受け入れてくれた、恩人だって居る。
 今、どこで何してるんだ。死んじゃ駄目だぞ・・・。
 ・・・え?
 何だ?今の?・・・何かの風景が、目の前に・・・。
 随分、昔の・・・木造りの宿屋?・・・で、お下げの弁髪・・・。俊男!?
 それに・・・横で手合わせしてるのって、恵さんか?何だこれ?横で、あ。テレ
ビで見た榊 総一郎さんが楽しそうに見ている。何だよ?これ。看板が見える。
 これは・・・『聖亭』!?
「ちょっと・・・魁君!!魁君!!」
 ファリアさんが、肩を揺さぶっている。あれ?何だったんだ?今の。
「あ・・・ファリアさん?」
 まだ、ボーっとする。今のは一体・・・?
「いきなり、ボーっとして、目の焦点が、合ってなかったわよ?」
 ファリアさんは、俺の様子を語る。今のは夢?にしては・・・なんてリアルな。
待てよ。・・・まさか・・・。
「ファリアさん。俺を、魔方陣に連れてって下さい。」
 俺は、真剣な表情で言う。
「まだ出番じゃないけど・・・何かあったのね?良いわ。行きましょう。」
 ファリアさんは、何かを察してくれた。助かる。
 俺の考えが正しければ、魔方陣の前なら、もっと分かる筈だ。
 天神家の、納屋の奥の倉庫に、魔方陣が描かれている。魔方陣の所に着くと、案
の定、葉月さんが、魔力を供給していた。
「あれ?もう交代ですか?」
 葉月さんは、意外な顔をする。そりゃそうだろう。まだ始めて間も無かった筈だ。
「何か、魁君が、やりたい事が、あるんだって。」
 ファリアさんは、目配せする。葉月さんは、面食らいながらも、どいてくれた。
「ファリアさん。探知の方陣は、こっちでしたっけ。」
 俺は、2重に描かれている方陣の、小さい方を指差す。
「そうよ。・・・まさか探す気?・・・出来るの?」
 ファリアさんは、心配していた。ファリアさんですら、失敗する探知。それが、
俺に出来るんだろうか・・・。こんな能力に乏しい俺が・・・。でも・・・さっき
の風景は、気のせいじゃないと思うんだ・・・。
「やってみるだけ、やってみます。」
 俺は、方陣に触れる。すると、頭の中にソクトアの地図が見えた。上から眺めた
感じ、セントが無い。荒野と化してる所を見ると、時代は、ライルの時代の物か。
確かに『ルール』の残滓を感じる。さすが、ファリアさんだ。時代の探索は、バッ
チリだ。でも、その後が、ぼやけている。探ろうとしても近寄れない。
 出来るか?俺に出来るのか?でも、やるしかない。『ルール』の発動の仕方は分
かる。何回かやった。でも、どう言う効果なのか、さっぱりだった。だが!!
「『ルール』発動!!」
 俺は、『ルール』を発動する。その瞬間だった。ぼやけた所が、薄くなった。寧
ろ、ルクトリア周辺だけしか、ぼやけていない。行ける!!
「まさか・・・貴方の『ルール』って・・・。」
 ファリアさんが、気が付いたようだが、俺は、それに構ってられない。
 俊男・・・。瞬・・・。どこだ・・・。恵さん・・・。江里香先輩・・・。どこ
だ!・・・これは、俊男の気配なのか?温かい闘気を感じる。ストリウスだ。
 さっきの風景からだと・・・確か『聖亭』?あそこか。
 ・・・あれだ!!間違いない!恵さんと、一緒じゃないか!!手合わせしてる。
変わってないな。元気そうだ。良かった・・・。
「ファリアさん。楔って、打てる?」
「思い描いた場所に、ありったけの魔力を、打ち込んでみて。」
 ファリアさんの指示が聞こえた。ここだ。ここに俺の魔力を!!皆、気付け!気
付いてくれえええええええええ!!
「うぐ!!・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
 俺は、魔力を注ぎ込むと、弾かれた様に吹き飛ばされる。いつの間にか『ルール』
も解いていた。耐えられ無かったか。
「あ・・・。ここね!!」
 ファリアさんは、俺の魔力を辿っていたのだろうか、すぐ様、魔方陣を調べてく
れていた。ファリアさんも、魔力を注ぎ込む。楔を、強化してるのだろう。
「あ・・・。本当に居る!!す、凄いわ!!」
 ファリアさんは、興奮していた。良かった。間違ってなかったんだ。
「葉月さん!!皆を呼んで!!今から、恵さんと俊男君の所に、アクセスするわ!」
 さすがだ・・・。ファリアさんは、テキパキしている。俺の敵う人じゃあないな。
「へへっ。居やがったよ。俊男の奴、相変わらず・・・手合わせしてやがった。」
 俺は、目が霞んだが、意識を失わずに見る事にする。冗談じゃない。やっと、俊
男と話せるんだ。疲れてるからって、意識を失って堪るか。
「向こうも気が付いたわ!凄い!魁君。お手柄よ!」
「俺は・・・探せただけですよ。」
 俺は、喋るのも、辛くなっていた。
「これを飲んで、しっかりなさい。」
 ファリアさんは、魔力の水を渡してくれた。これを飲むとスッキリするんだよな。
「・・・私だけじゃ無理だった。ソクトア全体が、ぼやけてた・・・。どうやって
探すんだと思ったわ。大体1000年前に意識をやるのだって、きつい。その・・・奇
跡を貴方はやったのよ・・・。誇りを持ちなさい。自分の能力に。」
 ファリアさんは、賛辞を送ってくれた。ソイツは嬉しい。これって、奇跡だった
んだな。1000年前の人間を探し出す。奇跡だったんだ!
 すると、皆が集まりだした。倒れてる俺を見て、莉奈が膝枕をしてくれた。有難
いや。葵も、心配そうに見ていた。
「凄いじゃない。見つけたんだって?」
 葵が褒めてくれる。アイツが、俺を褒めるなんて珍しいな。
「頑張ったんだよね!トシ兄のために、頑張ったんだよね。嬉しい!」
 莉奈が喜んでくれた。その顔を見れて、俺の方が、嬉しくなっちまう。
「じゃ、映像は、そこに流すわ!」
 ファリアさんが、意識を集中させると、目の前の壁に、風景が映し出される。
「よーし!アクセスするわ!!」
 ファリアさんが、魔力を飛ばす。すると、目の前の、壁の中の人間が、こっちを
見る。恵さんだ!それに俊男も!後ろに、もう一人居るな。
『驚いたわ。こっちに、アクセスするなんて。』
 しゃべった!聞こえたぞ!恵さんの声だ。
「こっちの声も、この玉から聞こえてるわ。皆、話して。」
 ファリアさんは、魔力の水晶玉を取り出して、喋れるようにする。
『凄いや!さすが、ファリアさん!嘘みたいだ!』
 俊男の声だ・・・。俊男の声だ!!
「俊男・・・。元気そうで、良かったな!」
 俺は、ありったけの声で言う。
『魁。君が探してくれたらしいね。見直したよ。』
『その事には、私も驚きでしてよ?』
 凄いや。反応が返ってきた。何だよ。嬉しいじゃないかよ!
「おかげで、この様だ!ははっ!何でだよ。嬉しいのに、鼻水が出るぜ!!」
 俺は、泣いていたのかも知れない。でも、今は、そんなの関係ない。
「恵様!ご無事で、嬉しいです!」
 睦月さんが、涙を流しながら喜んでいる。心配だったのだろう。
『睦月。大袈裟よ。私が、この時代で駄目になるとでも、お思い?天神家は、大丈
夫かしら?全権を、貴女に任せてる筈ですが?』
 恵さんは、天神家の心配をしている。タフだ。
「勿論です!恵様が、いつお帰りになっても、良い様にしてあります!」
 睦月さんは、話せる事で安心したのだろう。
「恵様!私、大会で、同時優勝しましたよ!これトロフィーです!」
 葉月さんが、トロフィーを見せる。
『あら。頑張ったわね。葉月。見たかったわ。貴女の雄姿を・・・。』
 恵さんは、少し残念そうだった。
「俊男!その様子だと、頑張っておるみたいじゃな!安心したぞ!」
『伊能先輩。帰ったら、手合わせしましょう。自信ありますよ。俺。』
 俊男は、伊能先輩に挑戦をする。伊能先輩は、嬉しそうにしていた。
「なぁ。瞬は、居ないのか?ゼーダが話したがってるぜ。」
 レイクさんは、瞬の事を話す。
『兄様は、見つかってないわ。消息も、分からないのよね。』
 そうか。瞬は、居ないのか。それは残念だな。
『エリ姉さんも、まだなんだ。僕と恵さんが合流したのも、奇跡みたいな物だよ。』
 俊男は、残念そうに言う。江里香先輩も、まだだったのか。難しいよな。
「安心しなさい。絶対に、その時代に居るわ。あの忌々しいミシェーダの技は、予
め、飛ばす時代は設定してあるようよ。別々の時代に飛ばすなんて、出来ないらし
いわ。本側近の人に聞いたから、間違いないわ。」
 ファリアさんは、アインさんが言った情報を教えてやる。
『その情報は、凄く有難いですわ。フフッ。兄様は、この時代に居るのね。』
 恵さんは、表情が明るくなる。どうやら、心配だったようだ。
『これで、探し甲斐もあるって物だね。』
 俊男も嬉しそうだ。江里香先輩の事、好きだったもんな。アイツ。
「それより、そこに何故、総一郎兄さんが居るんだ?」
 亜理栖先輩は、そっちの方が、気になってるようだ。
『ああ。似てるわよね。この人、榊 繊一郎さん。』
 恵さんは、紹介してくれる。・・・って榊 繊一郎!?
「・・・マジなの?」
 ファリアさんですら、ビックリしている。それはそうだ。伝記の人だ。
『あ・・・。見えてるけど聞こえてないみたいね。残念。』
 なるほど。こちらの事を、見ているけど、聞こえたり話したりは、無理だって事
か。さすがに、制限はあるんだな。
『で、帰れるのかしら?』
 恵さんが、肝心の事を、聞いてきた。
「今は無理よ。妨害が強いから、こう話せるだけでも、奇跡よ。」
 ファリアさんが説明する。結局は、妨害してる奴を、止めなければ駄目なのだ。
「あ。そろそろ、時間よ。その魔力の玉、持っていてね。連絡する時は、魔力を込
めるわ。さすがに、これ以上は、きついわ。」
 ファリアさんは、嬉しそうだったが、少し、辛そうな顔をする。
『了解よ。ちなみに兄様の居場所とか、分かります?』
 恵さんは、尋ねてきた。気になるのだろう。
「・・・。恐らくルクトリア周辺。あの辺だけ、妨害が多かった。」
 俺は、伝えておく。あの周辺に妨害が多いと言う事は、何かしら、あるのだろう。
『分かった。サンキューな。魁!』
 俊男は、いつもの感じで、答えてくれた。そして、その瞬間、映像が消える。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・。さすがにきついわ。魔方陣の供給を頼むわ・・・。
不甲斐ない・・・。次は、もっと話せるように修練しないとね。」
 ファリアさんは、魔力の水を飲んで、休憩する。
「トシ兄、凄く元気そうだった。良かった!」
 莉奈が、喜んでくれる。これだけで俺まで、嬉しくなってくる。
 この笑顔を守るためなら、俺は・・・魔法も、使えるようにする!
 ハハッ。俺も、とっくに普通じゃ無かったんだな!嬉しいこったぜ。


 久しぶりに聞いた旧友の声は、臓腑に染み渡った。
 こんなに嬉しいと思ったのは、こっちへ来て、初めてだ。
 希望を貰ったし、先も見えた。
 瞬君も、この時代に飛ばされてるらしいし、エリ姉さんも、どうやら居るらしい。
 場所も、ルクトリア周辺だって分かっている。
 これは、行くしかない。
 しかし、心残りはあった。
 特に恵さんが、結構長い間『聖亭』に居たので、別れ難かったらしい。
 出発する前の晩は、客の前でピアノなどを披露して、ちょっとした騒ぎになった。
 そして、出発の朝では、レイホウさんに、泣かれてしまった。
 恵さんは、その顔を見るのが、辛かったそうだ。
 でも、ちゃんとお別れしてきて、スッキリしたと言っていた。
 そこで気持ちを入れ替えられるのが、恵さんの凄い所だ。
 ちなみに繊一郎さんは、もう少し僕達に付いて行くらしい。
 何でも、瞬君の器を、確かめたいんだそうだ。
 その気持ちは、分かるなぁ。
 瞬君は、出てるオーラが違う。
 散々僕達が言ったもんだから、会いたくて仕方が無いらしい。
 繊一郎さんって、結構お茶目な点があったんだな。
「俊男殿。瞬殿は、何のために強くなったので御座るか?」
 この調子だ。繊一郎さんは、瞬君の事が、気になって仕方が無いようだ。
「彼の師匠の遺言でね。『自分が正しいと思う生き方を目指せ』と言われたらしい
よ。だから、日々研鑽して、仲間を守るための力を磨いている・・・。瞬君らしい
よね。僕も、その精神を、学ばせてもらってるよ。」
 僕は魔神によって、心を奪われた。仲間を傷付ける行動に出た。そんな僕だから
こそ、瞬君の仲間を守るための闘い・・・この言葉の意味が、重い事を知っている。
「兄様は、落ち着きが無いし、思った事を、そのまま行動にしちゃう癖があるのが
問題よねぇ。口酸っぱく、言ってるんですけどね。」
 さすが恵さん。手厳しい。恵さんは、自分の制御に関しては、今や僕より上だ。
パーズ拳法の精神も、段々本質で、理解し始めている。
「楽しみで御座るな。しかし、拙者が驚き申したのは、それで御座る。」
 繊一郎さんは、恵さんが、腰にぶら下げているバッグを指差す。中には、例の魔
力の玉が入っている。アレには驚いた。修練している最中に、突然、天から勢い良
く落ちてきたのだ。でも、不思議と、轟音はしなかった。そして、恵さんと一緒に、
怪訝そうにしてたら、ファリアさんの声が聞こえたんだから、ビックリだった。
「本当に驚きましたわ。しかも、切っ掛けが、彼の御方とはね・・・。」
 恵さんは、魁の過去を知ってるので、余り良い顔はしない。とは言え、あの行動
は、相当に評価してるらしく、『随分と改心された物ですわ。』とか言ってた。
「魁は、命懸けで、僕達にメッセージを届けてくれた。無にはしないよ。」
 魁の『ルール』は、恐らく『探知』だろう。地味なようだが、確実に役に立つ。
現に僕達を探すと言う、神業をやってのけた。
「ふーむ。良い仲間をお持ちで御座ったな。傍から見ているだけでも、素晴らしい
絆を感じましたぞ。それに、魔力を込めてた女性は、凄まじき威圧感を、受け申し
たぞ。彼女は、只者では、御座いますまい。」
 繊一郎さんも、ファリアさんの凄さを感じたらしい。目に見える程の魔力を放つ
女性だからね。ファリアさんが居るからこそ、戻れる事に期待が持てるのだ。
「当然ですわ。私が唯一、凄いと認めた女性でしてよ。ファリアさんは。」
 そういえば、恵さんが認める女性と言うのも、珍しい。
「それにしても、これ、便利ですわね。」
 ファリアさんが、足を指差す。そう。僕達は、繊一郎さんの取って置きの道具で
ある『忍びの足袋(たび)』を貸してもらっている。何でも、源の力が宿っている
らしく、少し地面から浮いているのだ。『風迅(ふうじん)』の忍術が、掛けられ
ているので、凄い速さで、滑る事が出来る。いわゆる現代で言う、ローラースケー
トみたいな物だ。速さは、それ以上出ているが・・・。
「ルクトリアまで偵察に行く時は、これと『空歩』を掛け合わせると、3時間程で
飛べるので御座る。道なりに行かなければ、結構短いので御座るよ。」
 これで、繊一郎さんが、毎日と言って良い程、情報を集めてこれる理由が分かっ
た。滑りが熟達している繊一郎さんに、忍術の『空歩』で空から行けば、それは、
とんでもない速さで駆け抜けられる事だろう。いつもは、気配を遮断しながら空を
駆けているらしい。
「ま、今回は『空歩』経由で無い故、少し時間が掛かるで御座るが、普通に歩くよ
りは、早いで御座るよ。」
 繊一郎さんが説明する。なる程ね。確かに、この足袋なら、馬車で行くより、よ
っぽど早い。こりゃ便利だな。
「それにしても・・・お二人共、慣れるのが早いで御座るな。」
 繊一郎さんは驚いている。まぁ僕は、実はローラースケートが流行った時に、結
構、練習したので出来たのだが・・・。恵さんは、習っていたフィギュアスケート
の要領で、何とか行けるのだとか。フィギュアまで出来たってのが、驚きだ。
 む?上から何か気配がする。・・・何かが降ってくるな。
「ハッ!!」
 僕と恵さんは、上から、突然攻撃されたのを避けた。僕達は足を止める。
「アレを避けるか。聞いた通り、大した人間だな。」
 上から声がする。・・・背中に翼?まさか、天使か?
「無礼な方ですのね。いきなり攻撃なんて、穏やかじゃないですわよ?」
 恵さんは、優雅に髪を掻き上げながら、皮肉を言う。
「拙者、翼が生えている人間を見るのは、初めてで御座る。」
 まぁ、普通じゃないよな。この時代に天使とは、恐れ入る。
「僕達を狙ったようだけど・・・。理由を聞かせてもらえるかな?」
 僕は、既に戦闘態勢に入っていたが、一応、尋ねてみる。
「貴様らの方が分かっていよう?時代の迷い子よ?」
 天使は、指摘する。やはり、俺達への刺客か。
「しかし、今頃になって、ノコノコ出てくるなんて、何のおつもり?」
 恵さんは、余裕たっぷりだ。
「別に?ソクトアとて、人は多い。探していただけだ。」
 どうやら、目立つ動きをしている人間を、チェックしていたようだ。
「さて、ミシェーダ様は、貴様らのような半端な分子を、放っては置かぬ。」
 天使は、腰にぶら下げている槍を、手にする。
「場所の特定も終わったし、我ら4大天使が、それぞれの所に、向かった。」
 4大天使?初めて聞いたな。
「フッ。副天使長イジェルン様の下で働くのが、我らの務め。」
 なるほど。イジェルンの下に居る天使か。
「だが、貴様らも目立っては困るであろう?そこで、我らが結界を用意した。外界
からは、遮断される。これなら、思い切り闘えるだろう?」
 負ける事なんて、考えてないって感じだ。甘いな。
「随分、用意が良いのね。ま、良いわ。俊男さんも私も、負けるとは思えないし、
入ってあげましょう。」
 恵さんは、自信たっぷりに言い放つ。あの様子から見るに、罠じゃないな。よし。
「僕も受けよう。アンタ達を倒さなきゃ、帰れないなら、尚更だ。」
 恐らく、瞬君達の所にも、刺客は向かっているのだろう。
「良い度胸だ。先に待ち受けようぞ。」
 天使達は、先に結界の中に入る。なる程。全く気配を感じない。
「行く事は、無いので御座る。」
 繊一郎さんは、止める。罠だと考えているのだろう。
「繊一郎さん。私達は、もう退けないのよ。帰れるチャンスでもあるの。」
 恵さんは、この状況を、どうにかしたいのだろう。
「繊一郎さん。終わったら、また足袋を貸してもらうから、持っててくれない?」
 僕と恵さんは、それぞれ足袋を脱ぐ。戦闘の準備は、出来ている。
「・・・分かり申した。この時代の人間が、口を出せる状況では御座いますまい。
ご武運をお祈り申し上げる。」
 繊一郎さんは、そう言うと、足袋を受け取る。
「じゃ、行くわよ。俊男さん。」
「さーて、飛ばすかな!」
 恵さんも僕も、気合は十分だ。僕達は、結界の中に入る。なる程。異次元だな。
ファリアさんが良くやる『結界』に、そっくりだ。
「怖気ずに来るとはな。褒めおこうか。」
 天使たちは、まだ油断している。
「我が名は、4大天使が一人、ニケエル!!」
「同じく4大天使が一人、ベルゼール!!」
 ニケエルとベルゼール。ああ。神書に出てくる、4大天使の一人だったっけ。と
なると、本物って事か。
「私が、様子見で突っ込むわ。俊男さんは、後ろのフォローをお願い。」
 恵さんが耳打ちしてくる。油断は、してないな。
「このニケエルが剣を、受けられるか!!」
 ニケエルは、左手を前に突き出して、右手を引くような形で右手に剣を持つ。背
中の槍は、まだ使わないつもりかな?
「セイアアアア!!」
 ニケエルは、かなりの速さで突っ込んでくる。恵さんは、それを首の動きだけで、
躱す。しかしニケエルは、立て続けに、突きを繰り出す。中々の早さだ。しかし、
恵さんには、当たらない。必要最小限の力だけで、避けている。
 しかし、その間にベルゼールが、魔力弾を手に溜めて、恵さんに投げつける!
「させるか!!」
 僕は、それを闘気弾で、掻き消す。ベルゼールへの備えは、僕の役目だ。
「ぐっ!!何故だ!何故、当たらぬ!」
 ニケエルは焦っていた。凄い突きなのに、当たらないのだ。恵さんは、ニケエル
が疲れてきた所を見計らって、腕を取って引き倒す。そのまま、顔面を踏みつける。
「アグアアアアア!!」
 さすが恵さん。えげつない。ニケエルは、鼻血を出して苦しみ悶える。
「あら。ごめんなさいな。」
 恵さんは、口では謝りながら、サッカーボールキックを見舞う。
「ぬおっ!!!・・・おのれ、人間如きが!!」
 ニケエルは、屈辱で悶える。すると、狂ったように剣を振ってきた。しかし、こ
んな雑な剣では、恵さんには当たらない。
「チョコマカと逃げおって!!」
 ニケエルは、怒り心頭の様子だった。その言葉を聞いて、癪に障ったのか、恵さ
んは、指拳を作って、ニケエルの剣を弾いて見せた。
「んな!?」
 ニケエルは驚く。剣を弾く程、実力差があると言う事だろう。
「素直に、実力差を認めなさい。」
 恵さんは、言い放った後に、手甲で剣を叩き折った。さすがである。
「ば、馬鹿な!!この理力の剣が、折られただと!?」
 理力の剣が折られる。それは、実力差が無ければ、出来ない事だ。理力とは、魔
力を、そのまま力に出来る事。つまり、絶対量で負けていると言う事なのだ。
「嘗め過ぎたようだな。ニケエル。奥の手を使うしか、無さそうだぞ。」
 ベルゼールは、次元を開いて、手を突っ込む。すると、とんでもない神気を纏っ
た槍が、出現した。それをニケエルに手渡す。
「くっ。まさか、この闘いで、聖槍ニケローンを使う羽目になるとは・・・。」
「聖槍ニケローン・・・。まさか、文献だけかと思ってた・・・。」
 僕は、驚かざるを得なかった。聖槍ニケローンは、太古より受け継がれてきた正
真正銘の神器の一つだった。その轟きで、大地を割る事も可能だと言う話だ。
「私のニケエルと言う名前は、ニケローンを授かった時に受けた名でな。」
 ニケエルは突きの構えを取る。さっきの剣とは、大違いの迫力だった。さっきの
は、小手調べと言う事か。
「気が乗らないですわね。・・・ま、仕方ありませんわ。本気の姿を、晒すとしま
しょうか。私を本気にさせたのですから、誇って良いですわよ。」
 恵さんは、余裕をかましていた。その理由は僕だけが知っていた。恵さんは、な
るつもりだ。・・・あの形態に・・・。
「何を寝惚けた事を!!一気に決めてやる!!ニケローンよ唸れ!!!天衝槍点撃
(てんしょうそうてんげき)!!」
 ニケエルは、天高く羽ばたくと、ニケローンを回転しながら、凄まじい槍の攻撃
を2度繰り出して、十字に切る。唸るような一撃が迫ってくる!
「・・・ハアアア!!!」
 恵さんは、眼を紅く光らせる。そして、髪の色は暗黒色に染っていく。優雅さを
失わずに変化を遂げた。そして、迫り来る一撃を、片腕の爪で引き裂いて消し去る。
「そ、そんな馬鹿な!!!」
 ニケエルは、信じられないと言った顔になる。恵さんは、その隙を逃さず、もう
片方の腕の爪を、高速で伸ばす。そして、ニケエルの心臓を貫く。そして、間髪入
れずに、爪で首を絞めて、ニケエルが大量の血を吐き出した所で、爪を元に戻す。
「あ・・・が・・・は・・・。」
 ニケエルは、信じられないと言った顔をしたまま倒れる。そして、首の力が無く
なると、血を吐き出したまま、動かなくなった。
「ニケエル・・・。ぬうううううう!!」
 ベルゼールは、不利になった状況が、気に入らないようだ。
「使えぬ奴め。この私の手を煩わせるとは!!」
 ベルゼールは、悲しんでいる様子は無い。
「仲間が死んでも、その程度なの?」
 恵さんは、敵が死んだと言うのに、その眼は悲しみに満ちていた。最も、すぐに
戦闘体勢に入る辺り、さすがと言うべきだ。
「ニケエルは、直情派だからな。しかし、思ったより戦力を削れなかったか。使え
ぬ。せっかくニケローンを出してやったと言うのに。馬鹿が!」
 ベルゼールは、ニケエルの事など、どうでも良かったのだろう。ニケローンまで
出して、戦力を削れなかった現状を、嘆いているようだ。
「そこの女・・・貴様、魔族だったとはな。しかも、かなりの高位だな。今ソクト
アを騒がせている黒竜王などより、ずっとな・・・。」
 ベルゼールは、戦力分析をしている。どうやら、冷静になっているようだ。
「勘違いを、なされているようですが、私は半魔族よ。それに、人間を捨てるつも
りも無いわ。この姿は、仮でしか無いですのよ?」
 恵さんは、以前より冷静だ。以前は、正気を失っていたようだが、今は、落ち着
いて、話ながら変身出来ている。
「なる程。槍天使ニケエルでは、役不足か。ならば、この魔天使ベルゼールは、倒
せるかな?半端な事をするつもりは無いぞ。」
 ベルゼールが言い放つと、ベルゼールから瘴気が吹き出してきた。天使が瘴気を
つかいこなすなんて・・・。
「私は元魔族。それをイジェルン様の導きで天使となれたのよ。瘴気と神気を使い
こなす私に、勝てるかな?」
 器用な魔族だ。どちらも使いこなせるとは・・・。それに奴の翼が、蛾の羽のよ
うな形に、変わっていく。とても天使には見えない。
「フハハハハ!!蛾の化身ベルゼール様を、舐めるなよ!!」
 ベルゼールの顔も、段々蛾のように、触角が生え始める。
「醜い・・・。それで魔族?それで天使ですって?笑わせるわ。」
 恵さんは、心底嫌そうに見ていた。恵さんは、ああ見えて、魔族である事には、
誇りを持っている。忌み嫌われてる力であっても、優雅に使う事を常としている。
だからこそ、ベルゼールの醜い姿が、許せないのだろう。
「馬鹿者め。姿に囚われるようでは、二流よ!!」
 ベルゼールは、そう言い放つと、恵さんに、瘴気弾の束をぶつけに来る。
「二流は貴方よ!!」
 恵さんは、瘴気弾を爪で切り裂いていく。爪は瘴気を纏っていた。
「力、技、速さ、優雅さの全てが合わさってこそ、真の強さなのよ。貴方のように、
上辺だけの力を見ている者に、私は負けない!」
 恵さんは、力強く見つめ返す。この眼差しに、僕は惹かれたんだったね。
「フッ。この形態の凄みが分からぬとは、哀れだな・・・。ならば、見せてやろう。
強さに裏打ちされた姿だと言う、証明をな!」
 ベルゼールは、羽を羽ばたかせる。すると、瞬く間に、燐粉が広がっていった。
 凄い量だ・・・。まるで前が見えない。それ所か、燐粉が侵食していくような気
配すらある。これは、危険だ!
「この燐粉(りんぷん)が、貴様らの自由を奪っていくのだ。フハハハハ!!」
 ベルゼールは勝ち誇る。
『俊男さん。分かってるわね?』
 恵さんが耳打ちしてくる。僕は頷く。恵さんが何をし、そして、僕が何をすれば
良いのか、分かっていた。だから、僕は、自分のやるべき事に集中する。
『行って。』
 恵さんが合図を送る。その瞬間、僕と恵さんは『ルール』を発動させる。
 恵さんは、『制御』のルールで、燐粉の動きを、全てカットしていた。その間に、
僕が『跳壁』のルールで奴に近づく。奴は、突然僕たちが『ルール』を使い始めた
ので、警戒しているようだ。気づいたと言う事は、『ルール』の事も、ご存知のよ
うだ。上級天使なら、使いこなす奴も、居ると言う事か。
「なる程。人間如きが、『禁忌の力』を使いこなしてる訳か。イジェルン様が、警
戒を強める訳だな。イレギュラーめ・・・。」
 ベルゼールは、吐き捨てるように言う。
「私の燐粉を女が防いで、男が私に向かってくる・・・訳だな!」
 ベルゼールは、僕の拳を掌で防ぐ。だが僕も、これで終わりにするつもりは無い。
「シィィ!!」
 僕は掛け声と共に、左右に蹴りを放つ。だが、ベルゼールは、全て防いで見せた。
この天使、口だけじゃない。本当に強い・・・。
「女の方は、私の燐粉を押さえつける程の力を持っている。脅威だ。だが、貴様は、
それ程でも無いようだな。先に倒させてもらうか!」
 嘗められた物だ。その認識が、間違ってる事を、教えなくちゃいけないな。
「フ・・・笑わせるわね。相手の力も見抜けないようね。貴方。」
 恵さんが不敵に笑う。恵さんは、僕の力を信じてる。負ける訳には行かないな。
「ハッタリは、通用せんぞ!」
 ベルゼールは肉体戦を挑んできた。いや、力は恵さんの『制御』のルールで抑え
こんでいるので、肉体戦に、ならざるを得ないんだ。
「アンタが、どれほどの物かは分からない。だが、僕は、歴史あるパーズ拳法の代
表だ。肉体戦で、アンタに負ける訳には行かない!」
 僕は、パーズ拳法の構えを取る。この構えを取らせたら、瞬君以外に、負ける訳
には行かない。僕は、瞬君をも超える覚悟で、居るんだ!
「ほざけ!青二才が!!」
 ベルゼールは、唸る豪腕で、僕に襲い掛かってくる。確かに当たれば、恐ろしい
威力に違いない。・・・だがこんな物に、当たる訳が無い。
「うぐ!何故、当たらぬ!!貴様、何か特別な力が!?」
 なる程。ベルゼールは、不思議で仕方が無いんだろうな。
「フゥッ!」
 僕は、気合一閃で、ベルゼールの鳩尾に拳を突き入れる。ベルゼールの攻撃を防
ぐと同時にだ。これこそ、パーズ拳法、八極拳の真髄だ。
「ブフゥァ!!」
 ベルゼールは悶絶する。僕は鳩尾に入れた後、間髪入れずに、脇腹に蹴りを放っ
たからだ。そして、頭が下がった所に、テンプルに掌打を打ち付ける。
「アグゥア!・・・き、貴様の、その強さ!!どこから来るのだ!!」
 ベルゼールは、信じられないのだろう。確かに単純な力なら、ベルゼールが上か
も知れない。だが・・・それだけでは、僕には勝てない。
「僕のこの拳、そして構えには、1500年の歴史と英知が備わっている。今、アンタ
が体験している物。それは、練り上げられた『技』の強さだ!」
 そう。パーズ拳法は負けない!もう僕は、瞬君にだって、負けたくないんだ!
「ぬううう!『技』だと!?そんな物は、私は認めぬ!」
 ベルゼールは、無茶苦茶に暴れてきた。だが僕は、冷静に全ての攻撃を受け流す。
さっきとは逆だ。さっきは構えを取っていない。だが、今は、歴史を背負っている
構えだ。だから、さっきとは、立場が逆になるんだ。
「・・・ならば・・・。」
 ベルゼールは、勝てないと悟ったのだろう。何かを、してくるつもりだ。
「これでどうだぁ!!?」
 ベルゼールは、恵さんの方に向かう。拙い!ばれた!?今の恵さんは、全ての力
を抑えるために、無防備な状態なんだ!
「・・・チィィィ!!!」
 僕の体よ!パーズ拳法で培ったこの体よ!!動け!アイツより早く!!そして、
アイツを止めるんだ!!!
「もう遅いわああ!!」
 ウォォォォォォ!!!僕は・・・守る!!!!恵さんを!!!
「ウグハァアア!!」
 ベルゼールは喀血する。ベルゼールは、一瞬動きを止めた。それは、僕の『銚壁』
のルールで、目の前に、壁を作ったからだ。そして、一瞬怯んだ隙に、僕はベルゼ
ールの胸を、この拳で貫いた。
「・・・何故だ!!何故・・・人間如きに!!・・・アアアアアグアアアアア!」
 ベルゼールは、奇声を上げると、その体は、瘴気と神気を撒き散らしながら、崩
れていく。そして、蛾の形が脆くも崩れ去り、消えていった。
「・・・ふぅ・・・。」
 良かった・・・。恵さんを、狙ってくるとは・・・。
「ご苦労様。助かったですわ。」
 恵さんは、涼しい顔をしている。怖くなかったのか?
「何ですの?その顔。私はね。貴方が、きっと間に合わせるって分かってたから、
少しも恐怖なんて、感じてませんでしたわ。」
 ・・・これだ・・・。だから恵さんには、敵わないよ。
「でも、恵さんを危険に晒しちゃうなんて、まだまだ修行が足りないな。」
 甘いと言われても、仕方がない。
「まーた、そうやって考え込む・・・。少しは、肩の力を抜くと良いですわ。」
 !!恵さんが、いきなり僕の唇を奪う。こ、これって・・・。
「守ってくれた御礼よ。しかと受け取りなさい。」
 ・・・ほんと・・・恵さんには、敵わないや。
 天使を退けた僕達は、瞬君に会うだけになった。これで、先が見えてきた。
 寂しい気もするけど・・・それが本来の姿なんだから、仕方が無い事だ。



ソクトア黒の章3巻の5前半へ

NOVEL Home Page TOPへ