NOVEL Darkness 3-5(First)

ソクトア黒の章3巻の5(前半)


 5、激突
 ルクトリア・・・東の軍事大国と言われ、美しき緑と豊穣なる海に囲まれた国。
 その美しい国が、一つの敗戦によって、陵辱された。
 それが、今なのだ・・・。
 正確には、1000年も昔の話・・・。
 でも、その悲惨さを目の当たりにしているのだから、信じざるを得ない。
 人々の目は、絶望に打ちひしがれ、何かに縋っている。
 プサグルの兵士によって、奴隷のような扱いをされている。
 ここまでとはね・・・。
 ただし、場所によっては、統制がなされていた。
 それぞれの配下によって、軍規が違うのだろう。
 とりわけ、ジルドラン将軍の所の管轄は、一糸乱れぬ統制がなされていた。
 瞬君が、ジルドラン将軍の所に厄介になったと言う。
 それに、ティアラさんの夫が、そんな暴挙に出る事は、無いのだろう。
 話によると、忠義のため、心を鬼にして参戦しているそうだ。
 さぞや、辛い心境だろう。
「あれが・・・今のルクトリア・・・か・・・。」
 ライルさんは、落胆していた。一人増えて、四天王となった将軍の所の管轄は、
とても風紀が良いのだが、それ以外の所は、地獄であった。四天王の所に逃げてい
る人が絶えないのだと言う。だが、そんな事は、他の管理者が許さない。
 見つけ次第、処刑している所もあるとか・・・。残酷な話ね。
「ルドルフ王・・・。アンタが目指した理想が、これなのか?」
 グラウドさんは、拳を強く握り締める。情けないのだろう。
「ライル。お前の兄であるヒルト王子の居場所が、分かったぞ。」
 フジーヤさんが、耳打ちする。私達は、情報収集のために、ここに来たのだった。
勿論、表立った行動はしない。情報を手に入れるためだ。
 だが、私達は知っていた。私と瞬君は、歴史の授業で習っている。どう辿ってい
ったのか、思い出すだけで良いのだ。でも、瞬君も黙っている。何でも、今のルク
トリアを、知ってもらう事も、重要なんだとか。
 とは言え・・・この荒れようじゃあね・・・。
「ヒルト王子・・・いや、兄さんの居場所か。」
 ライルさんは、まだ王子が、自分の兄だと信じられないらしい。そして、自分が、
王家の人間だと言う自覚も無いんだろう。・・・よく考えたら、レイクさんも、ル
クトリア王家の直系の人間って事よね。・・・似合わない・・・。
「サマハドールだ。女帝国家の所らしい。ま、順当と言えば、順当だ。」
 フジーヤさんは、不思議がっていない。それはそうだ。同盟国で、ヒルト王子の
婚約者が治めている国だ。戦力を整える場所としても、好都合だ。
「ライル。行くぞ。サマハドールに行って、合流しなきゃ明日は無いんだ。」
 グラウドさんが促す。グラウドさんは、すっかりライルさんと打ち解けたようね。
「くそっ・・・。姉さんや母さん、それに・・・父さんが捕まってるってのに!」
 ライルさんは悔しがる。無理もない。肉親が、囚われの身なのだ。
「その気持ちは忘れるな。だが、怒りを力に変えて・・・お前は、生きなきゃなら
ない。それまでは、お前の友人の、ルースを信じろ。」
 フジーヤさんは、諭すような口振りで言う。ルースさんは、囚われの3人の命を
保障させるために、プサグルの将軍として、立つ事を選んだのだ。
「ルースにばかり・・・負担を強いるとは・・・。済まない・・・。」
 ライルさんは、本当に悔しそうだった。ルースさんが、心を鬼にして、プサグル
のために戦っている。それは、見ているだけでも、悲痛な事だ。
「俺達のすべき事は、一刻も早く、ヒルト王子と合流する事だ。」
 フジーヤさんは正論を言う。その通りだ。悔やむ前に行動。その論理には賛成。
「ライルさん。貴方の気持ちは、分かる。俺が、同じ気持ちですから。」
 瞬君が、口を出す。そうだ。この時代には、恵さんとトシ君が居る。彼らの身の
安全すら、分からないのだ。
「そうだったな。瞬は、俺以上の目に遭ってたんだな。よし・・・。前が、見えて
きたぞ。俺は、俺の成すべき事を、しなきゃな。」
 ライルさんは、真っ直ぐな目をしていた。こういう時の目は、レイクさんに、そ
っくり。やっぱり、彼の先祖なのね。
 そんなやり取りがあったのが、3日以上前だろうか。今は、道中にいる。もう少
しで、野営の時間だ。
 彼らとの手合わせも、何度かやっているが、戦闘技術に関しては、やはりライル
さんは、ズバ抜けていた。不動真剣術が、如何に完成されている剣技か、思い知ら
される。それに、付いて行く瞬君も凄いけどね。
「もう少しで、サマハドールだ。」
 フジーヤさんが、距離を測っている。ちなみに3日で、かなりの距離を進んでい
る。それは、フジーヤさんによって、魂を込められて、強化された馬のおかげだ。
「この子達には、感謝しないとですね。」
 マレルさんが、丁寧に丁寧に馬の背を撫でてやる。すると、嬉しそうに嘶く。
「マレルさんは、優しいなぁ。」
 ライルさんが、その光景を嬉しそうに見守る。すると、マレルさんは、照れ臭そ
うに笑った。やっぱり、未来の結婚相手だけあって、もう惚れてるのかしらね。
「おい。瞬。」
 グラウドさんが声を掛けてくる。
「何でしょう?」
 瞬君は、素直に振り向く。
「ハァ・・・本当に信じらんねーな。こんな穏やかな顔を浮かべる奴が、一番つえ
えなんてな。未来は、どれだけ強い奴が居るってんだよ。」
 グラウドさんは呆れる。グラウドさんは、これでも自分は強いと思っていたと言
っていた。実際強いのだが、ライルさんや瞬君との手合わせで、井の中の蛙だった
と、思い知らされたらしい。
「ご安心を。瞬君は、その中でも、特別強い方よ。」
 私は付け加える。瞬君を基準にされたら、敵わないわ。
「エリカだって、十分強いでしょう?私は、ビックリしてるのよ。」
 マレルさんは、話題に加わる。
「それに関しちゃ、俺も同感だ。女で、俺に付いてこれる奴、初めて見たよ。」
 グラウドさんは、またしても呆れる。付いてこれるって言っても必死なんだけど
なぁ。それでも、グラウドさんには、トータルでは、負けてる筈だ。
「江里香先輩も、特別だからね。俺の妹と、同レベルですから。」
 瞬君たら、まーた、口が軽いんだから。
「あのねぇ。恵さんと一緒にしないでくれる?私は、どう足掻いたって、恵さんに
は、勝てないわよ?本物の女傑ってのは、あの人の事を、言うと思うわ。」
 嘘偽りの無い気持ちだった。悔しいけど、付いていくのが、やっとだ。恵さんに
は、勝てない。彼女は上に立つ者として、王者としての貫禄が、染み付いている。
「その妹さんて・・・そんな凄いんだ・・・。」
 ライルさんまで、興味津々だ。まぁあの人は、特別だからね。
「ハハッ。確かに恵は、凄いな。俺ですら敵わないと思うくらいね。恵の凄い所は、
そこまで上り詰める努力を、当然と思っている所なんだ。アレは真似出来ないよ。」
 瞬君ですら、頭が下がる程の女性。まぁ、恵さんはね。本当に、完璧に近い存在
だからね。妬けちゃうわね。
「想像つかねーわ。俺でも。・・・一度は、会ってみたい物だな。」
 フジーヤさんは、両手を広げる。参ったってサインだ。
「お。ここらで野営みたいだな。明日には、着きそうだな。」
 馬達の動きが止まったので、フジーヤさんが、皆に知らせる。
「では、食事の用意をしませんとね。」
 修道長こと、レイシーさんが調理道具を運び始める。それを皆が、手伝い始めた。
ティアラさんは、サイジン君をあやしながら、ミルクの用意を頼んでいた。
 料理は、レイシーさんとマレルさんの担当だ。修道院で、その辺の事を切り盛り
してるだけあって、非常に慣れている。私も、習おうかしらね。
 食事は、質素だが、非常に丁寧に味付けされていた。こう言う食事は、理想に近
いわね。習いたい物だ。皆、それぞれ片付けをしている。そして食事が終わると、
手合わせをする時間だ。
 私は、瞬君に目配せする。瞬君は頷く。どうやら、気が付いたようだ。
「ちょっと、見回りに行ってくるよ。」
 瞬君は、皆に、そう告げる。今の状況から考えて、追っ手を感知する見回りは、
重要な役割だ。何せ、身分が高い人達が多いからね。
「私は、近くに湖にでも、行ってくるわ。」
 野営する時に、湖があるのを、私は見逃さなかった。
「おう。気を付けろよ。」
 グラウドさんが、声を掛けてくる。皆、すっかり信用してくれている。
 私は、会釈すると、湖の近くまで行く。
「そろそろかしらね。」
 皆と、少し離れた所だ。ここなら、色々あっても、気付き難いだろう。
「出てらっしゃいな。居るのは、分かってるのよ?」
 私が、上空を睨み付けて、声を掛ける。
「フッ。人間よ。私達を感知するとは、やるではありませんか。」
 上空から嫌な気配が、ずーっとしていた。もう気づかない振りをするのも、限界
だったのだ。人に翼が生えていた。なる程。天使様って訳?鮮烈な程、神気を放っ
ている。どうやら、正統派のようだ。
「だが、感心せぬな。我らを、一人で相手する気なのか?」
 もう一人も、降りてくる。こっちは、不気味な感じがした。
「一人な訳無いだろ?気が付いてるんだぜ?こっちは。」
 後ろから、瞬君が来た。瞬君も、とっくに気が付いていたのだ。
「なる程。我らを、燻り出しに来たと。嘗められた物だな。」
 もう一人の天使は、翼が黒かった。
「この時代で、俺達に興味のある天使か。怪しいな。」
 瞬君は、当たりをつけている。ずーっと絶えなかった違和感。それは、コイツら
だったのだろうか?
「お気付きの通り・・・この時代を乱す輩は、我らが排除する。ミシェーダ様の命
令だからな。貴様らのような、イレギュラーは、見過ごせないのでな。」
 なる程。イレギュラーね。確かに、その通りだわ。でも、ここに連れてきた一味
に言われる筋合いは無いわ。
「ったく、ミシェーダは、この時代に放り込んでおいて、お前らを使ってまで、俺
達を、殺したいってのか?冗談じゃねーな。」
 瞬君も、頭に来ているみたいだ。嘗めてるのは、あっちの方よね。
「・・・貴様ら、ミシェーダ様に、送り飛ばされたのか?」
 ・・・?どういう事?
「君達は、未来のミシェーダ様に、送り込まれたのですか?」
 ・・・この天使達、事情を知らないとでも言うの?
「しらばっくれるんじゃない!俺達が帰れないのは、どう説明するんだ!」
 瞬君は、天使達を睨み付ける。しかし、天使達の様子は、変わらない。
「時代を乱す者に、渇を入れに来たんだが・・・。当てが外れたようだな。」
 この天使達、本当に、事情を知らないようだ。
「しかし、ミシェーダ様が、わざわざ送り込む程の輩。どうやら、見過ごす訳には、
行かないようですね。」
 勘違いだとしても、見過ごせないって訳か。強情な事だ。
「そうだな。それに、貴様らの仲間が我らの同士を殺したとあれば、仇を討たねば
ならぬしな。」
 ?どういう事?私達の仲間?
「って言うと・・・トシ君や恵さんも、来ているって訳?」
 私は、尋ねてみる。どうやら、この天使達は、色々事情を知っていそうだ。
「惚けた事を・・・。我が同士は、パーズ拳法の男と女傑に、やられたのだ!」
 なる程ね。どうやら、あの二人も、この時代に紛れ込んでだって訳か。
「あの二人も来てたんだな。よーし。これで、希望が湧いてきたぞ!」
 瞬君は、嬉しそうだった。
「小馬鹿にするとは・・・。葬ってあげましょう!!」
 天使の一人が、空間を広げる。これは・・・『結界』。なる程。この時代を乱し
たくないってのは、本当だったのね。
「こっちの方が、俺達としても、好都合だ。」
 瞬君も同じのようだ。そう。フジーヤさん達を、巻き込みたくは無い。だからこ
そ、二人だけで、離れたのだ。
「我が名は、4大天使が一人、聖天使セラフィエル!私の鉄槌を食らうと良い!!」
 セラフィエルと名乗る天使は、両手に、とてつもない程の神気を集める。そして、
それを事も無げに私達に、ぶつけてくる。それを、私達はステップを駆使して躱す。
「フッ。避けましたね。そうこなくてはね。」
 セラフィエルは、全身に神気を纏う程の、正統派のようだ。
「ついでに自己紹介させて貰おうか。我が名は4大天使が一人、裁天使サタラエル!
貴様らの、絶望の声を聞くのが、我が仕事よ!」
 サタラエルと名乗る天使は、右手に神気、左手に魔力の束を収束させる。そして、
合わせると、同時にシャワーのように、それを降らせる。
「くっ!!」
 私と瞬君は、とっさに闘気で、目の前に壁を作って防御する。それにしても、何
と器用な事を、してくるのか・・・。
「私は、いつに無く本気だ。覚悟するが良い。」
 セラフィエルは、全身に神気を纏う。そして、纏ったまま瞬君に突っ込んできた。
「キエエエエエ!!」
 気合の声を上げながら、貫手で左右のコンビネーションを見せる。瞬君は、右に
左に、首を振って躱す。そこに跳ね上がるように、蹴りが飛んできた。
「おっと・・・。」
 瞬君は、それを、何とか闘気でブロックする。凄い・・。瞬君が、見切れない程
だなんて。早いし、力もある。瞬君が、闘気を使って防御しなければ、危なかった。
 そこにサタラエルが、追撃してきた。魔力と闘気を両手に宿らせて、まるで機関
銃の如く、撃ちこんで来た。
「えええい!!」
 私は、その魔力弾と闘気弾を、隼突きで弾き返していく。拳に闘気を宿らせれば、
不可能では無い筈だ。
「女、中々やるではないか。」
 サタラエルは、不敵な笑みを溢す。こっちは、結構、必死だってのに・・・。
「私の体術を、嘗めないで戴こうか。」
 セラフィエルは、どうやら肉弾戦が、得意なようだ。
「肉弾戦が得意なようだけど・・・。天神流空手を相手に、勝てると思ってもらっ
ては困るよ。天神流空手は、負けはしない!」
 瞬君は、天神流の十字の構えを取る。どうやら、天神流空手で挑むようだ。
「ふっ。天使の技と人間の技か・・・。貴様が、どれ程の物なのか、見せてもらう!」
 セラフィエルは、回し蹴りから入って、貫手で、頭と肩口と胴を狙う。それを、
瞬君は、冷静に捌く。そして、瞬君は、懐に飛び込んで肘打ちを放つ。しかし、そ
れを、セラフィエルは左手でガードして、瞬君の腕を取る。そして、関節を、逆に
捻ってきた。
「チィィ!!」
 瞬君は、それを読んだのか、捻る方向に合わせるように、飛んで躱す。しかし、
セラフィエルは、そこから腕を絡め取って、脇固めに行こうとする。
「エィ!!」
 瞬君は、咄嗟に拳を引く。凄い。流れるような関節技だ。この流れは、柔道の天
才、紅 修羅を、上回るかも知れない。
「なるほど・・・。関節技まで使ってくるとはね。でも・・・天神流空手は、関節
技の抜け方を、全て伝授されている。どんな関節であろうと、遅れはしない!」
 瞬君は、天神流空手。現代空手の流れを汲む一条流ならば、関節を極められたら
外せないかも知れない。しかし、瞬君は違う。全てに勝つために関節の外し方、更
には、掛け方まで教わっていると言う。その辺が、普通の空手とは違う所だ。
「フフフフフ・・・。面白い事を抜かすな。私の技に遅れは取らぬだと?」
 セラフィエルは、ゆらりと近寄ってくる。顔面が隙だらけだ。
「セェイ!!」
 瞬君は、ガラ空きの顔面を狙う。しかし、セラフィエルは、それを読んでいたの
か、脇から回り込む。そして、瞬君の胴を持つと、腰の力で投げようとする。これ
は、現代で言う所の、スープレックス!
「んが!!!」
「な、なに!!」
 瞬君が、気合で重心を前に置くと、セラフィエルは、投げられなくなったらしく、
一度警戒してか、距離を取った。
「急に重くなったな・・・。貴様、重心の技を、覚えているとは・・・。」
 セラフィエルは驚く。瞬君は、重心をずらしたのだ。更に言うなら、投げられな
いために、足腰で踏ん張ったのだ。物凄い脚力である。
「本気になった俺を、投げる事は、出来ない!!」
 瞬君は、修羅ですら、そう簡単に投げさせなかった。白虎(びゃっこ)落しくら
いだ。綺麗に決まったのは。あれは、人の才能を超えた技だと言っても良い。なの
で、普通の投げが決まる程、瞬君は甘くは無い。
「ぬううう!!小賢しい人間めぇ!!ならば、我が本気を受けるが良い!!」
 セラフィエルは、額に指を2本当てると、集中する。
「『加速』発動!!」
 セラフィエルは、『ルール』を発動させる。『加速』・・・って事は、速さが増
すって事ね・・・。セラフィエルも、『ルール』を使えたのか・・・。
「我が速さは、風の如き!人間に見切れる速さでは無いわ!!」
 セラフィエルは、あっと言う間に間合いを詰めて、回し蹴りを放つ。そこに、瞬
君は、反撃するが、セラフィエルは、もう居ない。それ所か、裏に回りこんで、蹴
りを放とうとする。とんでもない早さだ。
「チィ!!」
 瞬君は、辛うじてブロックする。
「よくぞ防いだ。だが、この動きを続ける限り、貴様に勝ち目は無い!私の勝利だ!」
「ふーん。勝利宣言か。そりゃ、まだ早いんじゃないか?」
 瞬君は、ニヤリと笑う。どう言う事だろう。
「アンタの本気の動きは見せてもらった。だが、付いていけない速さじゃない!」
 瞬君は、闘気と魔力を解放する。そして、源を発現させると、それを、全身に纏
う。そして、全身を『強化』する。一時的に速く動くために、編み出された忍術だ。
瞬君は、もう使う事が出来たのか・・・。
「珍妙なる術を使う・・・。しかし、小手先の術で、付いてこれると思うな!!」
 セラフィエルは、先程の動きを見せる。そして、瞬君に貫手を見舞おうとした。
だが、不発に終わった。瞬君は、セラフィエルの後ろを取って、正拳突きを放つ!
「グゥハァ!!」
 セラフィエルは、振り向いたため、まともに鳩尾に決まり、吹き飛ばされる。
「馬鹿な!!私の『加速』に、付いて来ただと!?」
 セラフィエルは、信じられないようだ。私も、信じられない。
「アンタは、速い事に満足して、それ以上の動きを、追求していない。そんな未熟
者には、負けない!それに、俺は、もっと早く動ける人を知っている。」
 誰?・・・ああ。ゼーダさんの事か。そう言えば、夢の中で、ゼーダさんと修行
してたって言ってたわね。ゼーダさんって、もっと早いのか。
「うっ・・・くっ!・・・仕方が無い。小細工を弄していたのは、私の方だと言う
事か。・・・ならば、もう迷うのは、止めにするか・・・。」
 セラフィエルは、観念したのか、目を瞑る。そして、自分の中に眠る神気を全て
を、引き出そうとする。す、凄い・・・。結界全体が、揺れるような神気だ。
「私とて、4大天使としての誇りがある!!貴様の技には負けた!だが、力で負け
るつもりはない・・・。宣言しよう!!この右拳が、貴様を貫く!」
 セラフィエルは一切の小細工を抜きにしたのだ。そして、右正拳に、全ての力を
込める。これは、生半可な覚悟じゃない。右拳を固めている以外に、ガードすらし
ていない。次の事を、考えていないのだ。
「詰まらないエゴを捨てて、プライドを懸けてきたか。・・・怖いな。怖い・・・。
でも、俺は、明日を生き抜くために、アンタを超える!応えてやろう!!」
 瞬君も、全てを右拳に込めた。だが、ルールを使わない気だ。
「瞬君!なんで、『ルール』を使わないのよ!」
 このままでは、瞬君が、負けてしまうかも知れない。
「江里香先輩。セラフィエルを見なよ。全てを金繰り捨てて、俺に挑んできてるん
だ。『破拳』を使えば、楽に勝てるかも知れない。でも、それは、セラフィエルの
意地に負けたのを、認めているような物だ。それは出来ない!それに・・・セラフ
ィエルの後、倒さなきゃいけない奴も居る。」
 瞬君は、プライドに対して、プライドで応える気なのだ。それは、美しくも凄い
事だと思う。でも、死んじゃうかも知れないのに!確かに『破拳』のルールは、負
担が大きい。サタラエルが控えている以上、乱発は避けるべきだ。でも・・・。
「瞬君・・・。ただの力比べとは違うのよ?負けたら・・・死よ?」
 私は瞬君に脅しを掛ける。いや、実際、脅しでも無いだろう。本当の事だ。
「江里香先輩。俺を、信じてくれるかい?」
 瞬君は、男の眼をしていた。退けないんだって言う、強い意志を感じる。
「馬鹿・・・。馬鹿よ。貴方・・・。」
 勝てる勝てないんじゃない。勝負をしたい。・・・なんて大馬鹿。
「負けたら、私が許さない。良いわね?」
 私には、こう言う事しか出来なかった。
「サンキュ。大丈夫。俺は負けない!!」
 瞬君の全ての力が、右拳に宿っている。嵐でも巻き起こりそうだ。
「フフフ。ゾクゾクするな。互いに負けたら死・・・だな・・・。化け物め。」
 セラフィエルも分かっていた。勝てるかどうかでは無く、この勝負に負けたら、
死への道を行く他無いと言う事をだ。
「だが、それでこそ、我が全力を出す意味があると言う物!!行くぞ!瞬!!」
 セラフィエルは、初めて、瞬君の名を叫ぶ。全力を尽くす相手だと、認めたのだ
ろう。腰を低くして、突撃の体勢を取る。
「応!!行くぞ!セラフィエル!!」
 瞬君も、それに応える。そして天神流の『逆十時の構え』を取る。攻撃に特化し
た構えだ。この拳に全てを懸けると言う、意志の表れだろう。
「ウオオオオオオオオ!!!」
「ダアアアアアアアア!!!」
 互いに咆哮すると、それぞれ、右拳を突き出して、その拳同士が、ぶつかり合う。
すると、後は、力比べだ。互いの力が拮抗している。
「オオオオ!」
 セラフィエルが、捻りながら押し貫こうとする。
「ヌアアアア!!」
 瞬君は、それを足で踏ん張って、耐えつつも押し戻そうとする。
「ここまでやる人間が、居るとは思わなかったぞ!!だが、私が勝つ!!」
 セラフィエルは、天使としての力の全てを、右拳に入れようとする。
「俺は、誓った!!正しく生き、そして生き抜くと!!これは、俺の信念だ!!例
え相手が、天使であろうとも、絶対に負けない!!!」
 瞬君は、目を見開くと、渾身の力を込めて、正拳を押す!押す!!
 ゴォォォォォォ!!!!!
 凄まじい轟音と共に、目の前が激しく光った。眩しい・・・。
 そして、光が無くなっていくと、目の前に、二人が立っていた。
「・・・ウゥ!!」
 瞬君は、口から血を流していた。そして、倒れこみそうになる。
「瞬君!!!」
 私は、瞬君を支える。・・・だが、大丈夫だ。まだ力強い眼をしていた。
「フッ・・・。楽しかったですね・・・。ウグゥァァァァァ!!」
 セラフィエルは、ボロボロになりながら、立っていたが、ついには倒れる。
「セラフィエル・・・。アンタの強さを、俺は忘れない。」
 瞬君は、セラフィエルを見た。その眼は、戦友を見る眼だった。
「フフッ・・・。私に勝ったからには・・・サタラエルに負けたら・・・許しませ
んよ。・・・グフゥ!!!」
 セラフィエルは、心安らかな顔をして倒れた。
「フッ。一言余計だ。」
 サタラエルは、笑っていた。
「フム。セラフィエルまで倒すとは、中々やる。お前達を、褒めおこう。」
 サタラエルは、笑いが止まらないようだ。どうしたと言うのだろう。
「まぁ、感謝せねばなるまい。貴様達にな。」
 サタラエルは、両手を広げる。すると、上空に緑の光と、黒い塊と、白い光が漂
っていた。それぞれが、サタラエルの中に入る。
「何だ?この光は?」
 瞬君が、疑問に思う。私も何か、分からない。
「貴様らにも教えておこう。4大天使として、授かったあの日、私達は、ある誓い
をしたのだ。・・・4大天使が、最後の一人になった時の事でな。」
 サタラエルは、両手を組んで、力を溜める。
「フフフ。それぞれの力を、最後の一人が受け継ぐ。それが我らの誓い!!」
 サタラエルは、姿を変えていく。・・・馬鹿な!そんな・・・。
「槍天使ニケエル。その槍捌きは、天まで届く!!」
 サタラエルは、そう言うと、一振りの槍を、次元から取り出す。
「魔天使ベルゼール。瘴気と神気を併せ持つ蛾の化身。逃げられはせぬ!」
 サタラエルから蛾の触角が生える。それと同時に、手を翳すだけで、凄まじい程
の瘴気と、燐粉が舞い散る。
「そして、聖天使セラフィエル。最高の体術を極め、限りない神気の使い手よ!」
 サタラエルから、セラフィエルを超える程の神気が、溢れ出す。
「フハハハハ。素晴らしいぞ。それを全て扱えるのは、この裁天使サタラエルのみ
よ。手に入れたばかりの力であっても、最高の水準まで引き出す。それが私の能力
よ。負けよう筈が無いな!ハハハハハ!」
 なる程ね・・・。どうやら、最後に、とんでもない奴が残ったって訳か。
「しょうがないわね・・・。こうなったら、同時に仕掛けるわよ。瞬君。」
 私は、瞬君に耳打ちする。瞬君は、セラフィエルとの戦闘を終えたばかりだ。だ
が、私だけ行ったのでは、只の無謀だ。
「ハアアア!!!」
 私は、叫びと共に、懐に入り込むと、隼突きを繰り出す。それと同時に、瞬君も
左回し蹴りを放った。それをサタラエルは、軽くあしらうように、防いでいく。
「普段の私ならば、防げんかったかもな。だがセラフィエルの体術は素晴らしいな。」
 サタラエルは、セラフィエルの捌きを見せているのだ。更に言うなら、私は、一
つ一つに、源を乗せて放っているのだが、それを瘴気と神気を、上手に使い分けて、
防いでいる。何てセンス。力を初めて使う奴だとは、思えない。
「これで・・・終わりかぁ!?」
 サタラエルは、瞬君を裏拳で弾き飛ばすと、私には、腕の関節を逆に極めて、そ
のまま投げてきた。私は、このままでは腕が折れるので、自ら飛んで投げを食らう。
「ウグッ!!」
 息が詰まる。腕は折れなかった物の、強烈な投げを食らったのだ。
「江里香先輩!!」
「大丈夫!大丈夫よ!」
 私は、すぐに距離を取る。しかし、技を食らって分かった。とても、私程度の力
じゃ、通用しない。何て化け物じみてるの・・・。
(頼るしかないか・・・。)
 私は、もう一つの事しか出来ない。そして、これに賭けるしかない。
「瞬君。身勝手なようだけど・・・。頼んだわよ!!」
 私は『治癒』のルールを発動させる。そして、今、出せるだけの精神力を絞って、
瞬君の『治癒』に力を当てる。すると、さっきまで、疲労困憊だった瞬君が、見る
見る内に、生気を取り戻していく。
「う、ウオオオオオオ!!?」
 瞬君は信じ難いようだ。だが、これが私のルールの力だ。
「ウアッ!」
 そして、瞬君の『治癒』を終えた瞬間に、私に負担が掛かった。文字通り、絞り
込んだからだ。私は、その場に倒れてしまう。でも、意識までは、失わない。失っ
て、堪るもんですか!
「江里香先輩!」
 瞬君は、心配そうに私を見つめる。
「大丈夫・・・。後は、任せたわよ・・・。」
 私は、手を突きながらも、瞬君を見つめ返す。
「・・・分かった。絶対に勝ってみせるから!」
 瞬君は、そういうと、サタラエルの方を向き返す。
「茶番は、終わったか?」
 サタラエルは、余裕ぶって、待っていたようだ。
「そこの女の能力、中々に面白い物だが、『治癒』するだけで、力が増す訳では、
無いようだな。ならば、我が勝ちは動かんな。」
 サタラエルは、勝ちを確信しているようだ。
「自分が動けなくても、俺に希望を託す・・・。江里香先輩の想いは受け取った!!
来い!サタラエル!!俺は、負けない!!」
 瞬君は、さっきのセラフィエルの時以上の、力を見せる。
「ほう。セラフィエルの時は、限界かと思っていたが・・・。」
 サタラエルも、驚いているようだ。
「限界だったさ。でも不思議なんだ。江里香先輩の想いを受け取ったと思ったら、
更に力が沸き出てきたんだ・・・。これなら・・・行ける!」
 瞬君は、気が付いていない。自分でも、セーブを掛けてる事を・・・。彼は、相
手が強ければ強い程、燃えて強くなるタイプだ。絶望的な力の差を味わっても、這
い上がる度に、強くなる。だから、誰にも負けない。
「あながち、そこの女がやった事は、無駄では無かったと言う事か。だが、我は任
務を遂行して、イジェルンの座を、奪い取らねばならぬ。」
 サタラエルは、最初から、そのつもりだったのだろう。副天使長イジェルン。彼
の座を奪い取るために、4大天使の誓いを利用したのだ。
「力に執着したのが、権力のためか・・・。醜いな。」
 瞬君は、握り拳を握る。
「セラフィエルは、こうなると分かっていても、俺との勝負を挑んだ。その精神を
持っていないお前に、負ける訳には行かない!!」
 瞬君は、セラフィエルの想いも受け取って、更に強くなる。
「フッ。現実を見ない坊やに、何が出来る。我は甘くないぞ?」
 サタラエルは、右手に槍を持って、翼をはためかせて、燐粉を飛ばしながら、左
手は、神気の塊を溜めて、攻撃する気だ。
「この聖槍ニケローンの攻撃を受けろ!!」
 サタラエルは、3段突きをみせる。轟音が鳴る程の振りだった。しかし、瞬君は、
直前で全て見切る。さすがだ。しかし、あの槍、神話の時代からあると言われるニ
ケローンだと言うの?恐ろしい物を持ってるわね・・・。
「これでは、終わらぬぞ!」
 そこに瞬君に、ぶつける様に神気を放り投げる。瞬君は、後ろに飛ばされる!
「・・・フゥ・・・。」
 瞬君は、直前にちゃんとガードしていたようだ。だが、そこに燐粉が飛んでくる。
「・・・オォォ!!」
 瞬君は、拳を打ちだすと、燐粉は影も形も無くなった。
「なにぃ?」
 さすがにサタラエルは驚いたようだ。霧散したのでは無い。影も形も無くなった
のだ。しかも突然だ。
「貴様、何をした?」
 サタラエルは警戒する。普通の芸当じゃあないからだ。
「さぁね。」
 瞬君は、答えるつもりは無い。瞬君は、『破拳』のルールを使ったのだろう。燐
粉を攻撃する事で、燐粉の存在を破壊したのだ。恐ろしいルールよね。だが、その
反動は大きい。凄いルールが故に、軽々しくは使えないのだ。
「・・・貴様は危険分子のようだな。ならば、力を使わせてもらおうか。」
 サタラエルは『ルール』を解放する。この天使も、ルールを使えたのか!
「神の力ではあるが、上級天使ともなれば、授かる事が出来るのだ。」
 サタラエルは、そう言うと、手に何かを握る。・・・何あれ?
「これを使わせるとは、大した物よ。消耗するので、使いたくなかったのだがな。
これで貴様は終わりだ!」
 サタラエルは、その何かを、瞬君に投げつける。瞬君は、闘気で拳を覆うと、そ
の塊を殴りつけた。しかし、その塊は、消えもせず・・・ただ消えた。
「フッ。」
 サタラエルは、満面の笑みを浮かべる。
「・・・!?」
 私は、瞬君の様子を見る。すると、何かに囚われたかのように、指一本も動かせ
なくなる。何をしたら、ああなるんだろう?
「何をしたの!?」
 私はサタラエルに尋ねる。
「分からん。コイツが何を見ているかは、我も、想像が付かん。」
 どういう事?使ったサタラエルすら、想像も付かないなんて・・・。
「ただ、言えるのは・・・コイツが今、見ているのは、これまでの人生。自らを振
り返って、思い出させているのだ。罪をな。」
 罪?瞬君が罪?そんな物、無いに決まっている!
「フフフ。コイツに罪が無いと、信じている顔だな。だが、甘い。例え本当に、罪
が無いとしても、コイツ自身が、罪だと思っている出来事があれば、それだけで反
応してしまうのが、我がルール。『天罰』のルールだ!」
 サタラエルは、高笑いをする。そんなのずるい・・・。人は、後悔をする生き物
だ。後悔しない人なんて居ない。そこを、突くだなんて・・・。
「・・・爺さん・・・。」
 瞬君は、うわ言を繰り返している。何て事・・・。
 私には、何も出来ないのだろうか?


 『お前の罪を、告白せよ。』
 俺の罪・・・。それは、間に合わなかった事だ・・・。
 『間に合わなかったと申すか。何をだ!』
 爺さんは、俺に天神流を継がせるために、身命を賭した。
 『期待に応えられなかったのが、罪か!』
 期待には応えた・・・だが、俺は爺さんに、俺の勇姿を見せたかった。
 『罪人よ!その罪を思い出せ!!』
 そうだ・・・。あれは・・・。
 ・・・ん?
「フッ。いつまで寝ておる。天神流を継ぐ者が、寝坊をして、どうする?」
 爺さんの声だ。そうだ。俺は、爺さんと稽古をしないと、いけないんだっけか。
「おはよう爺さん。」
 俺は、情けない声を出す。眠さが取れないんだ。
「朝から、わしをガッカリさせるで無い。瞬。」
 爺さんは、厳しい事を言う。でも、これは、爺さんの俺への愛情の裏返しだ。天
神流を背負う者として、成長して欲しい。それが、爺さんの願いなのだ。
「朝は弱くてねー。でも、眼が覚めれば、バッチリだぜ!爺さん。」
 俺とて、それに気付けない程、馬鹿では無い。一日でも早く、爺さんの重荷を解
きたかった。天神流として、恥じぬ実力を身に付けたかった。
 爺さんと婆さんは、俺の誇りだ。俺を見る、暖かい眼差しが伝わる度に、この人
達の血縁で、良かったと思う。この人達から、親父が生まれたのが不思議でならな
い程だ。親父は、寂しい人だったんだと思う。天神流を継がないばかりか、恵を、
天神家の当主とするべく励んでいるのだと言う。俺へは何のアプローチも無かった。
 俺は、昔から天神流に憧れていた。そして1000年の重みを聞く度に、継がなきゃ
ならないと思っていた。何故なら、神城流も、跡継ぎが出たと言う話を聞いたから
だ。話によると、とんでもない才能なんだと言う。余りの才能故、反対意見が出た
にも関わらず、神城流を、継承したのだとか。
「神城の話が、気になるか?瞬よ。」
 爺さんは、俺の考えを読んでくる。分かり易い顔をしてたんだろうなぁ。
「気にするでない。確かに、大した天秤だと聞く。だが、わしは、お前の方が天才
だと思うておる。神城が強者の才能ならば、お前は、神に愛されし才能じゃ。」
 爺さんは、俺に、そこまで期待していた。
「何か照れるな。でも、そこまで言ってくれる人に、応えられるようにはしたいね。」
 俺は、期待を背負っている。それを重々承知だった。
 天神流は、天を目指す拳。一撃に想いを込める。相手を倒す事。それだけではな
い。例え何が相手であろうとも、引く事の無い拳。それを体現する。
 一撃必倒。どんな相手にも負けず、どんな信念より勝る。それを強固にするため
の激しい特訓であり、全ては、一撃のために。これが、天神流の教えだった。
 型を全て覚え、信念で拳を鍛えていく。俺は、欠かさず訓練し、強くなった。
 そしてある日。
「瞬。こっちへきなさい。」
 爺さんが、珍しく俺を睨み付けた。俺は、何か間違いでも犯したのか?と思って
いた。だが、それは、突然告げられた。
「空手大会があるじゃろ?あれの頂点を取って来い。お前なら出来ような?出来ぬ
筈が、無いのじゃが?」
 爺さんは、俺を空手大会に出そうとしていた。俺はまだ、認められてなかった筈
なのにだ。だが、出るからには、優勝しろと言ってるのだ。
「取ります・・・。頂点を取ります!」
 俺は、その時、昂ぶっていたんだろうな。・・・だから、気付けなかった。
 爺さんは、俺の勇姿を、目に焼き付けたかったんだって事をだ。
 俺は優勝したが・・・爺さんは倒れた。婆さんが倒れた時だって、俺は何も出来
なかった。その愚を、また繰り返したのだ。
 俺の罪。それは気付けなかった事だ。そんな俺が継承者?・・・笑わせる。


 瞬君の告白を、私は、側で聞いていた。サタラエルは、面白く無さそうな顔をし
ていたが、最後まで聞いていた。
 それが罪だとでも言うの?瞬君の爺さん、つまり天神 真は、瞬君が成長したと
思ったから安心して逝ったんでしょう?それを罪だと言うの?貴方は・・・。
「人とは、詰まらぬ生き物だな。他人の死を、自分の罪と思うとは・・・。」
 サタラエルは、その事が、気に入らないらしい。
「だが、この者にとって、それが罪なら、仕方あるまいな。」
 サタラエルは、瞬君の頭上に手を伸ばすと、何かを取り出した。
「『天罰』のルールの一つ・・・これぞ死の仮面よ。」
 サタラエルは、仮面を手にする。そして、その仮面を被って見せた。
「なっ!!」
 私は驚いた。そこに居たのは、鋭い眼光を放つ老人だったからだ。いきなり変身
するなんて・・・。本当に、別人にしか見えない。
「・・・ここは・・・。」
 瞬君が気が付いたようだ。どうやら幻惑からは、逃れたらしい。
「瞬よ。」
 声まで違う。中身はサタラエルの筈だ。
「・・・じ、爺さん!?」
 瞬君は、驚きを隠せない。・・・あれが・・・天神 真の姿・・・。
「ど、どうして・・・ここは、まだ夢だとでも言うのか?」
 瞬君は混乱している。さっきまでの告白を、夢だと思っている。
「瞬。稽古は、しておるか?」
 真は尋ねてくる。真と言っても、中身はサタラエルの筈だ。
「爺さん、俺、神様の稽古を受けてるんだよ!」
 瞬君は、目を輝かせながら、話している。
「神との稽古!?・・・そりゃ凄いのぉ。なんて名前じゃ?」
 サタラエルは、口調を真似ながら、聞き出している。
「ゼーダさんって言うんだ。凄いきついけど、爺さんとの稽古に、耐えた俺なら、
平気だよ!今は、ちょっと、会えないみたいだけどね。」
 瞬君は、嬉々として話す。サタラエルは、情報を聞きだす気なのだ。
「天上神ゼーダ。なる程・・・。強くなる訳じゃな。」
 サタラエルは、瞬君の強さの基礎を、探り出していた。
「瞬よ。お前は、まだ強くなりたいか?」
 サタラエルは、ニヤリと笑う。
「も、勿論だよ!まだ修行不足だしさ!」
 瞬君は、握り拳を作ってみせる。
「そこの彼女は、お主の恋人か?」
 ・・・え?私?な、な、な、何でいきなり・・・?
「え・・・まぁ・・・江里香先輩は学校の先輩で・・・勿論、好きだけど。」
 瞬君たら正直過ぎ。私まで照れちゃう・・・。
「馬鹿者!修行を怠る原因を作って、どうするのじゃ!」
 サタラエルは、憤怒の形相を作る。な、何てこじつけなの。
「・・・瞬は優しい子じゃ。そこの彼女を諦めよと言っても、聞かんじゃろう?な
らば、わしが、何とかしてやるぞい。」
 な、何!?私を殺す気!?くっ!体が動かない!ご丁寧に、術まで掛けてる。
「じ、爺さん止めてよ!!」
 瞬君が、サタラエルと私の間に、割って入る。
「瞬、邪魔してはならぬぞ!わしは、お前を思ってこそ、言っておるのじゃ。」
 サタラエルは、そう言うと、私を殴ろうとする。
 ベキッ!!
 瞬君は、その拳を受け止める。
「しゅ、瞬君!」
 私は、何て無力なんだ!せっかく瞬君の体を癒したって言うのに・・・。足手纏
いにしか、ならないなんて・・・。
「瞬よ。強く正しく生きるためには、彼女の存在は危険なのじゃ!」
 サタラエルは、無理矢理な事を言っては、私を殴ろうとするが、全て、瞬君が受
け止めてくれていた。
「じ、爺さん・・・。」
 瞬君は、額から血を流しながらも、私の事を庇っていた。
「瞬君・・・。止めて・・・。もう良いの・・・。私の事は良いから・・・。眼を
覚まして、そこの偽者を倒して!!」
 私のために、瞬君がボロボロになっていくなんて、耐えられないのよ。
「そこの偽者は、サタラエルなのよ!!眼を覚ましてぇ!!」
 瞬君は、仁王立ちの構えのまま、まだサタラエルの攻撃を、受けていた。
「強情な奴よ。分かり合えぬのなら、仕方あるまいの。」
 サタラエルは、一段と強く、拳を握る。
「・・・ぬぅおおおおおおお!!!」
 瞬君は吼えた。この世の全てを、振り払うかのように吼えた。そして、目の前の
何も無い空間を、殴りつける。サタラエルは、勿論大きく後退する。
「わしに攻撃するのか?わしを、もう一度、殺すと言うのか?」
 汚い・・・。そんな事を言われたら、瞬君は、攻撃出来ない・・・。
「爺さんは・・・爺さんは、そんな事は言わない!!!!!!」
 瞬君は、もう一度、強く殴りつける。
 パキッ!
 妙な音がすると共に、サタラエルの仮面が、割れて落ちた。
「・・・馬鹿な!!私の『天罰』のルールとも言うべき仮面を、割っただと!?」
 サタラエルは信じられなかったのだろう。驚きを隠せないでいた。あれは、瞬君
の『破拳』のルールだ。まさか、サタラエルのルールを、破壊したのだろうか?
「爺さんは・・・俺に全てを託して死んだ。その俺が、爺さんの死を引きずってい
たこと。それが俺の、本当の罪・・・。俺は、もう迷わない。俺は、まだ爺さんの
理想に届いてないかも知れない・・・。でも、前に、突き進んでみせる!!」
 瞬君は、そう宣言すると、溢れんばかりの闘気、魔力、そして神気まで放ってい
た。神々しい光を携えている。これは・・・まるで神のようだ・・・。凄い。
「・・・貴様は、何者だ!!何故、そこまでの神気を放てる!!」
 サタラエルは、瞬君の才能の恐怖したのか、冷や汗を流す。
「俺の中の眠っていた才能・・・。俺が殻を作って、閉じ込めていた記憶と共に、
封じた才能。それを、お前は開いた。俺を強くしたのは、お前自身だ!!」
 瞬君は、そう言うと、目にも止まらぬ速さで、サタラエルの懐に飛び込むと、ロ
ーキックを左右で放ち、正中線四連突きを放った。
「ぬおおおおお!!馬鹿な!?全く見えんだと!?」
 サタラエルは、4大天使の力を全開にしても、見えなかったのだろう。恐れ戦い
ている。瞬君は・・・神の領域に、入ったのかも知れないわね。
「・・・貴様は人間では無い。そこまで神気を放つ人間が、居て堪るか!!」
 サタラエルは、全てを全開にしたのだろう。血管が浮き出ていた。
「貴様を放って置いたら、秩序が乱れる!!断じて許さぬ!許さぬのだ!!」
 サタラエルは、全てを剥き出しにして、瞬君に襲い掛かってきた。
「・・・この拳に、全てを乗せる。想いだけじゃあない。俺の全ての技術を乗せる。
四肢の全てをフル稼働し、一つの拳に全てを乗せる・・・。」
 瞬君は、正拳突きの構えを見せる。しかし、その筋肉は異様に盛り上がっていた。
あれは・・・関節を全て体を堅くするのに使っている。・・・私の隼突きの全く逆
の発想だ。全ての四肢を早くするために、使うのでは無く、全ての四肢を威力のた
めに使っている。同じなのは、構えだ。両足を踏みしめて、踏み込むと同時に、全
ての力と合わさった技となり、サタラエルを貫く!!
「あ・・・が・・・が・・・。」
 サタラエルは、勝負を挑んだ左拳が砕け、咄嗟にガードした右腕は破壊され、そ
れでも弱まらない拳に、胸を貫かれた。・・・凄い威力だ。
「昔の俺には出来なかった・・・。これぞ、天神流空手、突き技の魔技。『剛』!」
 瞬君は、自分から、加減する事が多い。だから一撃必殺の技である『剛』を繰り
出せずに居たのだ。だが、正しい目的のため、それを思い出したために、放てたの
だ。それに瞬君の力が、乗せられたのだ。防御出来る訳が無い。
「4大・・・天使が・・・消えていく・・・。」
 サタラエルは、中空に手を伸ばす。既に意識絶え絶えなのだ。
「こんな所で・・・終わるのか!・・・私は!!!!」
 サタラエルは、そう言い残すと、最後に血を吐き出して、倒れる。そして、首の
力が無くなると、灰となり消えていった。
「・・・ふう・・・。」
 ・・・勝ったのね。私達・・・。
「さすがよ・・・。瞬君。」
 私は、瞬君に祝辞を送る。体が動かないので、それくらいしか出来ない。
 気が付くと、『結界』が晴れていた。そりゃそうか。張っていた相手を、私達が
倒したのだ。
「・・・探したぞ?」
 突然、後ろから声を掛けられる。
「全く、ボロボロになりやがって。まーた、何かに巻き込まれたんだろ。お前達。」
 その声は、フジーヤさんだった。優しい声だ。
「色々あってね。」
「詳しくは、聞かん。だが、そのやり遂げた顔を見れば、十分だ。」
 フジーヤさんは、私達が、何者かと戦ったのを、見越していたのだろう。
「皆も寝ている。早く合流しておけ。今なら、気付かれずに済む。」
 フジーヤさんは、私達の心配を掛けまいとする心意気まで、汲み取ってくれた。
「ありがとう。フジーヤさん。」
 瞬君は、礼を述べると、フジーヤさんは、頷いた。そして、一足速く、皆の所に
帰っていった。この時代にも、ああ言う人が居たのね。
「よし。じゃ、帰ろう。よっと・・・。」
「ちょ、ちょっと瞬君!」
 びっくりした。瞬君は、私を、お姫様抱っこしていた。
「『治癒』のルールのおかげで、助かったんだ。これくらいさせてよ!」
 ・・・だから、そう言う事じゃなくて・・・ま、もう良いわ。
 こう言う瞬君だから、私は、好きになったのよね・・・。参っちゃうわ。


 選ばれし者か。
 悪くない・・・。
 この力は、正に僕の世界その物。
 最近は、妙に調子に乗ってる者が、居る事だし・・・。
 どう認めさせようか、迷っていたが・・・。
 ひょんな事で、良い物を貰った。
 これを活用しない手は無いな。
 効果範囲も、効用も分かっている。
 散々テストをした結果だ・・・後は、実践あるのみだ。
 楽しみでしょうがない。
 ・・・う・・・。
「誰か、居るのですか?」
 ここは僕の家だ。だが、何か違和感がした筈だ。何せ、咄嗟に『ルール』を広げ
て探ったら、反応が返ってきたから、間違いない筈だ。
「フフッ。慣れてるじゃないか。」
 女?男の声かな?
「どなたか存じませんが、勝手に家に入るのは、不法侵入ですよ。」
 僕は、極めて冷静に、対処する。
「中々面白いね。君。普通は、恐れる物だよ?」
 侵入者の方も、進入する事に慣れている様だ。
「恐れて見せましょうか?」
 僕は、侵入者の方を向く。・・・なる程。そりゃ恐れ入った。
「ほう。君にも分かるのか?私の怖さが。」
 侵入者は、余裕たっぷりだ。ちょっと試してみるか。
「勝手に入ってきて、その余裕は、いけませんね。・・・。」
 僕は例の力を使ってみる。範囲は、僕の部屋に絞り込むつもりだ。
「手馴れているな。何度か使ったろう?その力。」
 ・・・侵入者の方が一枚上手か。この力の事を、知っているみたいだな。
「防御手段があるとは、思いませんでしたけどね。」
 何でか知らないが、侵入者は、僕の力を防いでいる。
「なる程。それは、良くないな。実戦では、何が起こるか、分からぬからな。」
 侵入者は頷いている。・・・どうやら僕と、敵対したい訳では、無さそうだ。
「参考になりました。さて、では僕の部屋に侵入した訳を、お聞かせ願いたい。」
 僕は本題に入る。誰だか知らないが、僕に用事があるようだった。
「・・・お。『ルール』を解いたか。冷静な判断だ。」
 『ルール』?一体、何の事だ?
「怪訝そうな顔をしているな。その力の事を、知りたくないか?」
 相手は知っているからこそ、僕に、聞いてきているのだろう。
「是非、聞かせて貰いたい。情報は、あるに越した事は、ありませんから。」
 何者か知らぬ者からの情報。普段ならば、信用などしない。しかし、この侵入者
は、何かが違う。僕と似たような雰囲気も持っている。
 それから、僕は、この『能力』の事を聞いた。その前に6つの力の事も、聞いて
置いた。世の中にある力の事だ。伝記は、隈なく目を通していたので、ある程度は
知っていたが、実在した事には、多少驚いた。そして、『ルール』。単純な力では
無く、神が行使する力の一つだそうだ。それを、この侵入者の上司が、力ある者の
元へ行くようにして、ばら撒いたらしい。理由は簡単。この上司が、一時期弱った
としても、それを取り戻せれば良い訳で、『能力』を人間に渡す事で、成長した所
で、より強大な力を吸い取るのだとか。分かり易く言えば、豚を太らせて美味く食
うためなんだとか。確かに理に適っている。だが、油断し過ぎでは無いかと思う。
 話を戻して、『ルール』とは、自分が決めた領域に対し、自分の戒律を生む事が
出来るのだとか。素晴らしい話だ。だが、それは『ルール』を持つ者には感づかれ
てしまう。この侵入者がやったみたいに、『ルール』を発動すれば防げてしまう。
「なる程。面白い力ですが、危険が伴うと言う事ですね。」
 良くある話だ。危険の無い力など、強くは無いのだ。
「飲み込みが早くて助かる。発動させれば、相手にも気付かれる。だが、気付かれ
る前に『ルール』の範囲内に置けば、『能力』次第で、封じ込める事も可能だ。」
 やられる前に、やると言う話か。
「そこで、僕の『ルール』が、最適だと言う訳ですか。」
 侵入者は、この言葉に、ニッコリ笑う。どうやら、僕の能力は、チェック済みの
ようだ。抜け目が無いな。
「君の能力は、『支配』だろう?」
 侵入者は言い当てた。まだ名前を付けてなかったが、確かに『支配』と言う言葉
は、しっくり合う。
「お見通しのようですね。『支配』のルール。なる程。響きが良いですね。」
 悪くない。この言葉を採用しよう。
「まだ、実行に移してないようだが、その『ルール』。どう使うつもりだ?」
 なる程。用途を聞いてるのか。
「『支配』ですからね。時期を見て、発動させますよ。人の集まる場所でね。」
 僕は、わざと、集まる場所と言う言葉を、強めに言う。
「なる程。うん。理想的だ。」
 侵入者は、勝手に納得している。何の話だろう?
「君が、『支配』する日に、私を呼んでもらえないだろうか?」
 それは、また随分と、急な願いだ。
「それは、間接的に、仲間になれと?」
 初めて会う人間を信用する程、僕は馬鹿じゃあない。
「もって回した言い方をして悪かった。私達の仲間に、なって欲しい。」
 結構大胆だな。そんな言い方で、僕を引き入れられると思っているのだろうか?
「そうですね。条件次第ですね。それに、名前も、教えてもらわないと。」
 名前を聞いて、目的を聞く。それを論理的に分析して、次の事を決めよう。
「これは失礼した。私の名前は、ゼリン=ゼムハード。」
 ゼムハード・・・?聞き覚えが・・・!まさか・・・。
「お気付きの通り、私の養父は、ネイガ=ゼムハード。鳳凰神さ。」
 僕は、神の存在を信じて居なかったが、ここに、本物が居ると言うのか?
「信じられないかい?伝記に書いてある事を、信じていない人間が多いみたいだね。
この時代の人間は・・・。まぁ、そうするように仕向けたのも、僕なんだけどね。」
 なんだか、遠い時代の話をされてるようだ。
「ま、その話は良い。私の与太だと思ってくれても、構わない。目的の方を話そう。
・・・君が発動するのは、『あそこ』だろ?」
 ゼリンは、意味ありげに言う。まぁ間違っては居ない。
「想像通りの場所です。人が集まる場所ですから。」
 否定しない。どうせ悟られている事だ。
「実は、この『ルール』、そこに集まる連中が、かなりの確率で握っているんだ。」
 なる程・・・。力ある者に付く能力。ならば自然と、そうなるかも知れない。
「さて、そうなると、防御する連中も、中には居るかもね。」
 居ないとも限らない。悟られれば、間違いなく、防御されるだろう。
「うーん・・・。ここからは、仲間にならないと、教えてあげられない情報ばかり。」
 フン・・・。なる程。ここからは、取引の時間だと言うのか。
「勿体ぶらないで結構です。ここまで聞いた以上、協力しないと、何されるか分か
りませんからね。」
 力は、明らかに、あちらが上。勝てない勝負を挑むつもりは無い。
「ご協力感謝する。・・・実は、その危ない連中の内の4人が、今は居ないのだよ。」
 居ない?また、随分と漠然的だ。
「私達の仲間になった奴が、過去に飛ばすと言う芸当が出来る、化け物でね。ソイ
ツが仕掛けた時間飛ばし技で、今、4人程、居ないのだ。チャンスだと思わぬかね?」
 時間を飛ばす技と言うのも、ビックリする。どんな凄い奴なんだ。
「その4人と言うのが、天神 瞬、天神 恵、一条 江里香、島山 俊男の4人だ。」
 何と・・・中心となるべき4人が居ないと言うのか。それは、とてもチャンスだ。
手強いと思っていた4人が居ない。
「上手く行けば、全員、君の力で『支配』出来るチャンス。有用な情報だろう?」
 ゼリンは、口元を歪める。なる程。コイツも、したたかな物だな。
「確かに・・・。これで、現実味が帯びてきましたね。」
 本当の意味での支配。行ける・・・。行けるぞ。
「ちなみに、範囲は、どれくらいなのだね?」
 ゼリンは聞いてくる。
「伸びる可能性はありますが・・・。恐らく半径3キロ程です。」
 限界までやった時、その程度だったので、間違いないだろう。
「広いな。十分だ。それまでに、魔力を、強めておきたまえ。」
 ゼリンは、分厚い本を渡す。・・・『魔法体現書』?
「その本を、実行日まで、目を通すだけでも、違う筈だ。やって損は無い。」
 ゼリンの言葉に嘘は無い。コイツは、仲間と認めた者に対しては、嘘を吐かない
のかも知れない。直感的に、そう思った。
「分かりました。では当日は、どう呼べば良いのですか?」
 僕は聞いておく。連絡方法は、あるのだろうか?
「これを渡しておこう。」
 ゼリンは、妙な形の宝石を手渡す。
「これは?・・・水晶?」
 手触りは水晶だ。妙な形の割には、意外に硬い。
「ふむ。それに魔力を通すと、私の携帯電話に連絡が入るようになっている。しか
も、勝手に消滅してくれると言う便利機能付きだ。」
 それは便利だ。連絡した事の痕跡を、辿られなくて済むのは、有難い限りだ。
「便利ですね。是非、利用させてもらいましょう。」
「交渉成立と言う事で・・・。では、当日を楽しみにしてますよ。」
 ゼリンは、用は果たしたのか、すぐに去っていった。
 神云々の話を真に受ける訳じゃあない。だが、この能力と、力の存在は、どうや
ら、嘘では無いようだ。これは利用した方が良さそうだ。
 恐らくは、勝負は一瞬。だが、勝算は、低くない。
 僕が『支配』する日か。悪くない・・・。クククククク・・・。



ソクトア黒の章3巻の5後半へ

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