NOVEL Darkness 3-5(Second)

ソクトア黒の章3巻の5(後半)


 最近の報告では、明るい話題ばかりだ。1000年前に繋いで、恵さんと俊男から報
告を受けている。どうやら、無事にルクトリアに着いたそうだ。更に、その途中で、
ミシェーダが用意したと思われる4大天使とか言うのを、2人も撃破したようだ。
 これで、瞬達も同じように破ってくれれば、1000年前の靄も晴れて、こっちに移
動する準備が整うかも知れないと言っていた。そうすれば、またアイツらに会える。
やっぱ、あの4人が居ないと締まらない物だ。レイクさんやファリアさんが、物足
りないんじゃない。でも、恵さんや、瞬、俊男、江里香先輩が居ないのは、寂しい
物だ。全員が帰ってくるのを、楽しみにしている状態だ。
 修行も、アイツらに負けないようにって事で、過熱している。レイクさんは、ゼ
ーダ神から聞いたらしい。奴らは、強くなって帰ってくるかをだ。すると、間違い
なく強くなって、帰ってくるとの事だ。ゼーダ神は1000年前の事は分からないが、
奴らが時を越えた旅をして、何も得る物が無い筈が無いそうだ。納得。
 最近では、レイリーさんやグリードさんも、加わる事が多い。レイリーさんは、
凄い忍術の達人だし、グリードさんは、遠距離から狙う事の達人だ。最近は、職場
でも鍛えてる事が多いらしく、俺達に負けないくらい、修行しているようだ。
 それにしても、凄いのは睦月さんかな。天神家を見事に取り仕切っている。当主
不在と言う事を、逆に利用している。恵さんが、若い事を理由に、当主としての修
行をさせていると言う事で、周りからは、恐れを抱かせているらしい。元々、恵さ
んは、優れたカリスマ性を見せていたが、それが強化されて帰ってくるのかと思う
と、肝が冷えるのだとか。凄い話だ。
 ああ。それと、ジェイルさんって人と、話をする事が出来たのも、大きいかな。
あの人は、何て言うか、心が深い人だ。一筋縄行かないような目をしているのに、
皆を見る目は、限りなく優しい。何でも、昔は、セントを闊歩する極道グループの
組長だったらしく、その事で監獄の島『絶望の島』に入れられたらしい。とても、
そんな風には見えないけどね。それと、一緒に助けたティーエさんも、そろそろ悪
いクスリが、抜けるそうだ。今は、禁断症状と闘っているらしい。全く、酷い事を
する物だ。人体実験なんて、ゾッとする話だぜ。
 ちなみに、この俺、今は魔法修行中。800ページもある『魔法体現書』に目を
通して、瞑想をする毎日。簡単な魔法なら何とか使えるようになってきた。だけど
まだ、実践的じゃあないな。周りは、ドンドン強くなってる。俺も置いてけぼりに
されないようにするのが、やっとだ。
 それはそうと、とうとう来ちまったな。中間登校日って奴だ。平たく言えば、爽
天学園の生徒が集まる日だ。もうちょっとで、4人が帰って来そうだってーのにな
ぁ。まぁしょうがない。校長には連絡済なので、上手く取り計らうらしいが・・・。
 今は、俺達が色々と聞かれる立場だ。全く存在感があるよな。瞬と言い、俊男と
言い・・・。アイツらが居ないってだけで、最近アイツらと、つるんでる俺に質問
が来たって形だ。まぁ、口裏は合わせてある。
『あの4人は、すげぇ修行するために、2学期から登校するらしい。』
 と言う風に返すようにしている。皆は、あの4人が、狂ったように修行をしてい
るのを知っているので、残念そうにしながらも、納得していた。
 人気あるんだなー。やっぱ、クラスの中心だよな。レイクさんも、さっきから質
問攻めだ。だけど、返す答えは同じだ。ま、そうだよな。
 今は、生徒会長の長ったらしい話が終わって、先生達と、ミーティングをしてい
る所だ。夏休み中に正月を挟んだので、ぶったるんでないかどうか?とか、どうで
も良い話だ。ま、学校だし、仕方ねーか。
 暇だぜー。こう言う時は、俺が、やっと手に入れた『探知』の能力の復習に限る。
いざって時に出せねーと、かっこ悪いからな。この桜川 魁、『探知』の能力では、
負けないぜ!とか言って見たいぜ。
 ・・・ん?誰か『ルール』の修行でもしてるのか?
 俺の『探知』を使ってすら、薄っすらとしか、感じない『ルール』を放ってる奴
が居る。でも、ちょっと広くねーか?3キロちょっとか?一応『防御』しておくか。
不穏な感じが、するんだよな。
 ・・・!!!!!?
 うお!いきなり、『ルール』を発動させた馬鹿が居る!!?しかも、これ洒落に
ならねーぞ!何だよ!このプレッシャーは!?・・・俺は『防御』してたから、何
とか、防げたみたいだな。・・・ま、まさか・・・敵!?いや、でも何が何だか、
分かりゃしねぇ。でも、仲間内の『ルール』の筈が無い。こんな敵意は初めてだ。
「う・・・ぐぐ!!」
 レイクさんも苦しんでいる。それだけじゃねぇ。クラス全員が、どこか虚ろめい
た表情だ。何なんだよ!何なんだよ!!これ!!
「レイクさん!・・・どうなってるんだよ!これ!!」
「魁・・・無事みたいだな・・・。油断したぜ!・・・この『ルール』、どうやら
強力な洗脳っぽい・・・。ゼーダさんが言ってる。・・・俺の体じゃ、ゼーダさん
が外に出れないから、どうしようもない・・・。喋ってるだけでも、奇跡だ。」
 何て事だ・・・。レイクさんからして、喋るのが、やっとって事なのかよ。
「良いか?・・・冷静に行動するんだ・・・。他に防御している奴を見つけて、ソ
イツと一回逃げろ!・・・ハッキリ言って、やばい。・・・まずは、天神家に連絡
を取れ。・・・出来れば・・・奴らともな・・・。」
 奴ら・・・。そうか。恵さんと俊男だな。俺は頷く。そして、グズグズしている
暇は無いので、さっさと教室を出る。・・・ちくしょう。出た所で何の反応も無い。
皆、操られてるって事かよ!
 俺は、隣の教室を覗く。辛うじて抵抗してるのは、ファリアさんだけで、利奈や
葵まで、昏睡状態だ。ちっくしょう!
 『探知』で誰だか探るか?・・・いや、それは駄目だ。そんな事に集中して、今
の『防御』を崩したら、元も子も無い。・・・レイクさんは、冷静になれって言っ
た。俺に出来る事を、やらなきゃ駄目だ。
 俺は、知り合いの教室を覗いたが、全滅だった。・・・俺だけかよ・・・。
 しょうがねぇ。まずは脱出するか。・・・校門から出るか?・・・いや、危険だ。
今は、操るのに手一杯って感じだが、さっきから、様子がおかしい。全員の動きが、
やたら揃って来ている。揃って無い奴を、探し出している感じにも見える。そう。
『俺』みたいな奴を、探し出しているのかも知れない。
 あっちに気付かれたら終わりだ。何せ、3キロ先まで、及んでる能力だ。それな
のに、ここまでのプレッシャーって事は、この『ルール』には、それなりの制限が
ある筈なんだ。恐らく、単純な事しか探れないのかも知れない。だから、俺の事も、
まだ気付かれずに、いるのか。
 ・・・あそこから出よう・・・。あそこは、俺みたいな馬鹿な奴しか知らない筈
だ。昔、遅刻しそうだった時に使った、校舎のネットの穴だ。体を縮めれば、何と
か出れる筈だ。
 俺は、何とか外に出る。まだ校庭の人間なんかは、単純な統制を取っている。行
ける・・・。俺は、穴を見つけると、そこから飛び込んだ。
 ・・・ガサッ。
 音は鳴ったが、成功だ。校舎から出る事が出来た。・・・と、誰か来てねーか?
・・・いや、構ってる暇はねぇ。とにかく、ここから一早く脱出しねーと、やばい。
 俺は、がむしゃらに突っ走った。・・・あそこが、範囲外だ。
 ヴォン!!!
 範囲外に出た瞬間、何かに押さえつけられるような感覚が、消えた。
「・・・ふう。参るぜ。」
 誰だか分からないが、恐ろしい能力だ。こりゃ、やば過ぎるぜ。
 何か変な感触がするな。・・・誰か居る?いや、何かに引っ掛かってる感じだ。
「・・・これは・・・。」
 よく見ると、俺の腰に、紐のような物が付いている。これは『線糸』?
「・・・勇樹!!」
 俺は、苦しみながらも、糸を頼っている勇樹を見つけた。そうか。勇樹は、自由
になった俺を見て、何とか、糸を括り付けて来たのか。
 俺は、糸を手繰り寄せる。そして、何とか、勇樹も外に出した。
「・・・ふう。助かったぜ。・・・しかし、あの胸糞悪いのは、何なんだ!」
 勇樹は、忌々しい物を見る目付きで、学園を睨み付ける。
「俺にも分からない。・・・とにかく、天神家に行こうぜ。」
 まずは、連絡して、団結しなきゃ駄目だ。あんな、すげぇ能力だしな。
「お前、仲間を見捨てるってのかよ!」
「勇樹!・・・俺達二人で、何が出来る?」
 俺は、必死の説得をする。ここで、あっちに戻っちゃ駄目だ。
「駄目だって分かってたって、助けに行かなきゃ、いけないだろうが!」
 勇樹は、落ち着いていない。その気持ちは、分かる。
「その心意気は、間違っちゃいない。でもな。俺は、皆を助けたい!玉砕するなん
て、真っ平ゴメンだ!俺の手で、何とかならないんだったら・・・頼るしかねぇ!」
 俺は、勇樹を止めつつ叫ぶ。俺は、間違って無いと思う。俺と勇樹だけじゃ、こ
の状況を、打開出来るは筈が無い。
「俺だって死ぬ程悔しい!!今すぐに、利奈と葵を助けたい!!でも、無謀に飛び
込むのは、可能性を、ゼロにするだけなんだ!!」
 俺は、思いの丈を話す。
「・・・ヘッ。偉そうに言ってくれるぜ。俺の負けだよ。お前のが正しい。だが、
頼るのは、天神家だけじゃないよな?」
 勇樹は、ビルの方を指差す。あのビルは・・・エイディさんと、グリードさんの
勤務先だ。なる程な。それは、確かに言う通りだ。
「勇樹・・・。よし!じゃぁ、俺は、天神家に連絡する。勇樹は、あの二人を!!」
 俺の提案に、勇樹は頷く。これで決まりだ。
 俺は、天神家まで走る。あの『ルール』の中じゃ、何をされるか分かったもんじ
ゃない。あんな凄まじい敵意は、初めてだ。
「一体誰が・・・。」
 恐らく、勇樹も同じ事を考えているだろう。俺達の仲間内じゃあない。だが、学
園の関係者だろう。先生達か?誰か、怪しいのでも居たかな?
 俺は、天神家に逸早く着いた。そして、急いでチャイムを鳴らす。
「・・・魁様?」
 天神家の使用人とは顔見知りだ。俺に気が付いたのか、急いで睦月さんに連絡を
取っているみたいだ。話が早くて、助かる。
「学校は、どうなさいました?」
 少し待つと、睦月さんが、インターホン越しに話し掛けてきた。
「睦月さん。悪いけど、説明してる暇が無い。あそこへ行かせてくれ!」
 俺は、睦月さんには、分かるように強調する。その言葉に、真意を悟ったのか、
睦月さんは、俺を招き入れて、例の場所へと直行する。その途中、葉月さんを呼ぶ
ように指示していた。さすがだ。
「話して下さい。何が、ありました?」
 睦月さんは、移動しながら聞いてくる。
「学園が乗っ取られました。恐らく、『ルール』の使用によってです。」
 俺は、手早く説明する。睦月さんは、それを聞いて、一大事だと悟ったみたいだ。
「それで、あの場所へ・・・。でも成功しますか?」
 睦月さんは、厳しい目を向ける。分かってる。成功率は低い。
 俺は、魔方陣が陣取られてる場所へ着いた。そう。俺がやろうとしている事は、
恵さんへのアクセスだった。人並み外れた嗅覚を持つ恵さんなら、突破口を見出せ
るかも知れない。
「姉さん!」
 葉月さんが、到着した。そして、その後ろには、もっと頼もしい人達が居た。
「聞いたぜ。全く・・・レイクと居ると、飽きないぜ。」
「兄貴を苦しめるなんて、許せねぇぜ!」
 エイディさん、グリードさん、それに、勇樹も居た。
「大変な事になったようだな。及ばずながら、協力しよう。」
 明日帰る予定のシャドゥさんまで、来てくれたみたいだ。
「ファリア様の一大事・・・。放って置けません!」
 ナイアさんも、気合十分だ。
「この魔方陣で、魔力を通してくれる人を決めて欲しい。俺は、話さなきゃならね
ぇ。状況説明も、しなきゃいけないしな・・・。」
 恵さんとアクセスを取るには、それなりに大量の魔力が必要だ。
「魔方陣の維持は、私と葉月がやります。」
 睦月さんと葉月さんは、ずっと魔法陣を保たせるための魔力を送り込むと言って
いた。それも重要な役目だ。
「ならば、話す時に使用する魔力は、私とナイアで作り出そう。」
 シャドゥさんとナイアさんが、魔方陣に手を触れる。
「俺達も・・・。」
「グリード、君とエイディ、そして勇樹と魁は、救い出すための戦力だ。良いね?」
 シャドゥさんは、手伝おうとするグリードさんを、嗜める。
「分かった。兄貴は、絶対救い出す!」
 グリードさんは、唇を噛みながら、我慢する。
「・・・行きます・・・。」
 ナイアさんは、ニコッと笑った後、魔方陣に魔力を注ぎ始める。
 すると、すぐに変化が現れ始めた。スクリーンに恵さんと俊男の姿が見えた。
『あら?珍しい時間に呼び出しね。』
 恵さんが、こちらを向く。そして、メンツを見て、訝しげな表情を見せる。
『・・・何か起こったわね?』
 恵さんは、すぐに気が付く。さすがだ。道楽で呼び出したとは考えてないようだ。
「恵さん。今日は、学園の登校日なんだが・・・。学園が、何者かに乗っ取られた!
恐らく『ルール』だ!俺は、直前に防御してたので助かった!勇樹は、俺に糸を括
り付ける事で、抜け出して来たんだ!」
 俺は、手短に話す。で無くては、シャドゥさんとナイアさんの魔力が、もたない
のだ。ファリアさんですら、多少話しただけで消耗する程なのだ。
『不意に『ルール』を仕掛けたようね。そうなれば、レイクさんや、ファリアさん
でも、打開は難しいわね。貴方が防御出来たのは、奇跡に等しいって訳ね。』
『くっ!僕達が、居ない間を狙うなんて・・・。速く戻りたい!』
 恵さんは冷静に考えて居るが、俊男は、悔しいみたいだ。
『離脱したのは正解よ。恐らく、反撃を試みたら、返り討ちに遭うわ。その人は、
私と同じ、制約を担って『ルール』を発動させてるわ。』
 恵さんは、制約の話をする。制約を掛けると、『ルール』の力が増幅されるのだ
と言う。だからこそ、3キロと言う途方も無い範囲を、カバーしているのだろう。
『一体、誰が・・・。こんな酷い事!!』
『見当は、ついてる。こんな事しようとするのは、一人しか居ないわ。』
 恵さんは、口元で笑う。もう誰がやったか、見当がついてるようだ。
「だ、誰なんだい?」
 俺は、緊張しながらも聞いてみる。唾を飲み込む。
『生徒会長の早乙女 元就よ。彼は、私と言う目の上のタンコブが居なければ、行
動を起こす人よ。しかも、そんな用意周到に仕掛けるなんて、彼らしいわ。』
 !!生徒会長!そうか!早乙女幕府のアイツか!!
「あの野郎かぁ!!」
 勇樹は、怒りに顔を歪ませる。
『そろそろ限界みたいね。んじゃ、手短に、作戦内容を話すわ。』
 恵さんは、俺達に策を預ける。そうだ。誰か分かったのならば、今度は反撃する
番だ!こんな酷い事しやがって・・・。待ってろよ。早乙女会長!!


 いつだって僕は、優秀だった。
 学年で一番?そんな事は、常識だ。
 誰よりも才能がある?何を今更・・・。
 人間と言う生き物に生まれたのなら、腕力よりも頭脳を目指す。
 人間程、頭脳が発達した動物は居ない。
 ならば、それをフルに活かすのが、正しい生き方なのだ。
 鮮烈に強さを求める生き方も認めよう。
 だが、それは、正しい人間の生き方では無い。
 増して、その生き方が、賞賛される世の中など間違っている。
 人間の本分とは・・・頭脳を使い、勝利を収める事だ。
 その頭脳に於いて、僕を上回る者など居ない。
 敢えて、その可能性があるとすれば・・・天神 恵君だ。
 彼女が、爽天学園に入学した時の異名は・・・『天才少女』だった。
 頭脳的に高校の頭脳など、飛び抜けていると言う。
 つまりは、僕と同レベルだと言う訳だ。
 最初は、只の冗談かと思った。
 だが、実際に会ってみて、生徒会副会長に任命した時に、気付いた。
 この少女は、僕の後を引き継ぐに、相応しい人物だと。
 聞けば、彼の有名な天神家の、若き当主なのだと言う。
 カリスマ性、運動能力、頭脳、芸術、何をやらせても超一流だった。
 才能だけで言えば、僕をも上回る。
 彼女の場合、頭脳が優秀なのは当然で・・・。
 それ以外も、超一流で無ければ、ならないのだとか。
 あんな凄い覚悟を持った人物は、初めて見た。
 この僕が、学園を掌握する時に、一番のキーとなる存在は恵君だった。
 しかし、彼女は図るまでも無く、僕の敵だった。
 この爽天学園の中心的メンバーとなりつつある天神 瞬の妹であったからだ。
 聞けば、部活の後の特訓を、毎日続けているらしい。
 呆れて、物が言えない。
 そこまでの強さが、今の時代に、何の役に立つ!
 頭脳に生きる僕にとって、最大の障害だった。
 ・・・その中心たるメンバーの4人が、居ないのだという。
 そして、運が向いてきたのか、僕は『能力』を手に入れた。
 このチャンスを逃す手は無い。
 登校日を利用するしかない。
 こうして、下準備もして、今を迎える事になった。
「学園の統制は、最高潮にある。」
 僕の意のままにあるのだから、楽しみでしょうがない。
 だが、どうやら、2人程、逃したようだ。誰だかは分からないが、中心的人物の
気配は、チェックしてある。一人は外本 勇樹のようだな。不良が一人では、何も
出来ぬ。臆する事は無いな。
「まずは、報せだな。」
 僕は、貰った水晶に魔力を込めると、水晶は、あっと言う間に崩れて溶けた。
 これで、ゼリンに連絡が行く筈だ。
「単純な支配しか出来ないが、故に強力な能力。単純さをカバーするのが、我が頭
脳。正に、お誂え向きな能力じゃないか。」
 全ては、僕の頭脳の出来次第。なら、圧倒的な筈だ。
 ふふふ。全てを把握出来ているぞ。『ルール』を持っている者は、抗おうとして
必死だが、毛先程も、自由では無い。そして、『ルール』を持たぬ者は、意識すら
無い。抗おうとしている者も、精神は無事なようだが、体の自由は、奪わせてもら
っている。
 このような学園のように出入り口が、ある程度決まっている所では、変形的な魚
鱗の陣こそ寛容。足止め出来る程度の実力者を、校舎の四隅に置く。然る後に、生
徒会室の廊下を挟むように、実力者である伊能 巌慈と紅 修羅を置く。そして、
生徒会室の門番は、レイクさんとファリアさん。これで決まりだ。死角すら作らぬ。
 持久戦も出来るように、食糧確保ルートまで押さえてある。死角は無い。
「成功したようだな。まずは、おめでとう。」
 ゼリンが来たようだ。早いな。
「君にあげた水晶の所に、移動出来るように、仕込んでおいたのさ。」
 ゼリンは、事も無げに言う。しかし、かなりの高等テクニックに違いない。
「虫が2匹程、逃げた。気にする程でも無いとは思うが、少々厄介かも知れん。」
 僕は、まずは経過報告をする。
「なる程。それは、余り宜しくない事だな。」
 ゼリンも、快く思ってないようだ。
「安心したまえ。主要人物は、押さえてある。」
 僕は、門番に扉を開けさせる。
「・・・私に、よくも・・・!!!!ゼ、ゼリン!!!」
 おや、門番が口を開いた。そう言えば神の自由までは取れなかったんだったな。
「おやおや、久しぶり。半年程、見ぬ間に変わったでは無いか。」
 ゼリンの知り合いだったのか。では、プサグル出身と言うのは、嘘である可能性
が高いな。セント出身なのかも知れないな。
「アンタが、絡んでたなんてね。油断したわ。」
 ファリアさんは、ゼリンを睨み付ける。
「私は、偵察に来ただけだがな。脱走者が、学園に通っていたとは・・・。」
 ゼリンは、鼻で笑う。余り親しげな中では無さそうだ。
「せいぜい油断してると良いわ。」
 ファリアさんは、仲間を信じているようだ。
「俺達を、駒に使うつもりか。良い身分だ。」
 レイクさんの方は、覚悟を決めているようだな。
「フッ。不良一人と、あと一人は、誰だ?」
 僕は、把握し損ねていた。ああ。思い出した。あのお調子者か。
「桜川 魁?だったか。あのような者達に、何が出来ると言うのだ?」
 外本 勇樹より、恐れるに足らぬ存在よな。
「ま、せいぜい、そう思っていると良い。」
 レイクは、負け惜しみを言う。あのような小者に、何が出来ると言うのか。
「そう思っているとしよう。せいぜい門番を、頑張ってくれたまえ。」
 僕は、合図を鳴らすと、二人は勝手に、門番の仕事をしだす。
「なる程。見事な能力だな。何より配置が良い。やはり才能があるな。君は。」
 ゼリンは褒めてくるが、僕にとっては、当然の事だ。
「貴方は、どうする気だ?」
「私か?例の用意をする。体育館を、使わせてもらおう。」
 あの件か。まぁ、僕の支配に一役買ったのだ。協力しないとな。
「派手にやると、処理に困る。その辺の調整は、お願いしますよ?」
 僕は釘を刺しておく。ゼリンが持ち掛けてきた話だ。体育館を改造して、この能
力を、バラ撒いた主の下に、力を供給するシステムを、作るらしい。やり過ぎると、
衰弱してしまう生徒も出兼ねないから、釘を刺しておいたのだ。
「こちらは任せなさい。そちらは、お任せするよ?」
 ゼリンは、そう言うと、体育館の方へと、向かっていった。
 フッ。ここまで上手く行くと、先が怖いな。


 今の爽天学園は言うなれば、魔窟だ。
 一人の男に、全てを握られている。
 しかも相手は、学園きっての天才、早乙女 元就だ。
 こっちの仲間は、エイディさんにグリードさん、そして勇樹だ。
 睦月さんは、天神家から離れられないし、葉月さんは魔方陣に魔力を注入中だ。
 シャドゥさんとナイアさんは、さっきの恵さんとの会話で、魔力が尽きている。
 4人で、何とかしなきゃならない。
 作戦は、練ってある。
 後は、成功するかどうかだ。
 だが、相手だって馬鹿じゃない・・・寧ろ天才だ。
 恵さんの作戦での、俺の役目は、特に重要だ。
 まずは、俺とエイディさんで、『ルール』に対する、防御壁を作る。
 勇樹の『線糸』を利用するためだ。
「シィ!!」
 勇樹は、俺とエイディさんの防御壁の中で『線糸』のルールを発動させる。
 そして、俺達は、『支配』のルールの中に入る。
「クッ!3キロも広げてる割に、強力だな。それでいて体の自由を奪っているって
事は、単純な命令しか、下せない筈だ。」
 エイディさんは、改めて把握する。だが、俺は油断していない。何せ早乙女会長
の事だ。単純な命令と言っても、配置で何とかしてしまう可能性がある。
「恵が言っていた配置を鵜呑みにすれば・・・生徒会室がある第1校舎の正門には
亜理栖、裏門には風見 隆景が、居る筈だ。」
 恵さんは、早乙女会長は、確実な守りをしてくる筈なので、正門には亜理栖先輩
を置いてくるとの事だった。そして、裏門に風見 隆景。そして、生徒会室の階段
の守りに伊能先輩、逆側に修羅先輩を置くとの事だった。そうする事で、どこから
攻めようとも強力な敵と闘わなきゃならない、魚鱗の陣を完成させるのだとか。
「その通りだとすると、厄介だな。門番にレイクとファリアだろ?冗談じゃないぜ。」
 エイディさんは、お手上げと言った感じで、ジェスチャーする。
「減らず口を、叩いてる暇は無いだろ?」
 勇樹は、『線糸』を伸ばしていく。それを丸めて、いつでも伸ばせるようにして
いた。校舎へは、特殊な入り方をする。校庭にだって、一般生徒がたくさん居る。
 傷付けないようにするためには、奇襲する他無い。
「お前の『探知』で、教室の守りは、それぞれ2名ずつ、校舎を取り囲むように、
生徒が守っているって聞いた。ま、つまりは、侵入ルートは・・・。」
 そう。エイディさんが言っている通り、『探知』を使って、どこに誰が居るかは、
把握してある。『支配』の中でも、俺の『探知』でバッチリだ。
 そして侵入ルートは、勇樹が作る。そのための『線糸』だ。校門の周りは、特に
人が多い。正門も裏門も、生徒は、いっぱい居る。
「忍び込むぞ!」
 勇樹が合図すると、2階の視聴覚室の窓の縁に『線糸』を巻き付ける。
「掴まれ!!」
 勇樹の腹の辺りに掴まる。エイディさんは、その後ろだ。
「そして、ここから一気に糸を戻す!!」
 勇樹が、引っ張る仕草をすると、俺達は、引っ張られるように視聴覚室の窓の縁
へ移動していった。見事だ。こんな事が出来るなんてな。そして、間髪いれず、エ
イディさんが、窓をぶち壊して中へと入る。俺と勇樹は、それに続いた。
「・・・。」
 生徒達は、俺達に気が付くと、襲い掛かってきたが、たった3人だったので、エ
イディさんが、延髄に手刀を入れて、気絶させる。
「・・・わりぃな!少し寝ててくれ。」
 エイディさんは、そう言いつつも、視聴覚室の扉を開ける。
 これで、亜理栖先輩と風見 隆景とは、闘わずに済む。
 俺達は、階段へと急ぐ。モタモタすると、配置を換えられ兼ねない。『支配』の
ルールの最大の弱点は、命令が単純故に、配置を変えるのにも時間が掛かると言う
事らしい。勇樹は、『線糸』を短くして、『防御』しつつ、進む事にする。
 そして、階段を上っていくと、苦しい顔をした伊能先輩が立ちはだかっていた。
「・・・凄いのぉ、お主等。」
 伊能先輩は褒めているが、攻撃態勢に入っている。ここを通る者に、攻撃するよ
うに、命令されているのだろう。
「フッ。ここらが潮時だな。行きな!エイディさん!魁!!」
 勇樹は覚悟を決めていた。つまり、伊能先輩を足止めする役目を引き受けると言
ってるのだ。勇樹は、『線糸』を半分も出しちゃいない。『防御』も使用している
せいだ。なのに、引き受けると言ってるのだ。
「・・・行くぞ。魁!」
 エイディさんも、分かっている。敵う筈が無い。だが、先に進まなきゃならない
のだ。俺は、歯痒い想いで、ここを抜ける。
「無理するんじゃねぇぞ!!勇樹!!」
 俺は言って置いた。でも、勇樹は、覚悟を決めたような顔をしていた。馬鹿野郎!
心配するような顔を、するんじゃねーよ!
 俺は、断腸の想いで進んでいく。しかし、『その人達』は、待っていた。
「ぐっ!!エイディ!!」
「か、魁君!!」
 レイクさんと、ファリアさんだ。恵さんの読み通りだ。参ったね。こりゃ。
「分かってると思うが・・・ここに、アイツは居る!」
「抜けてちょーだい!何とか!」
 言葉では、励ましてくれているのだが、門番として、絶対通さないと言う体勢だ。
 この人達ですら、この状態かよ・・・。
「おい。・・・魁。覚えているな?」
 エイディさんは、小声で話してくる。覚えている?・・・覚えているよ。恵さん
の作戦の事だ。何とか生徒会長の所まで辿り着いて、俺が、やらなきゃならない事
があると言うのだ。エイディさんと勇樹は、違う役目がある。それは・・・その前
に立ちはだかる者を、足止めすると言う役だ。・・・でも無茶だ!!
「エイディさん!!」
「ごちゃごちゃ言うな!!皆を、元に戻すためだ・・・。非情になれ!!」
 エイディさんは、厳しい目付きで言う。俺は迷うな!と言う事だ。俺がやらなき
ゃいけない事。それは、生徒会室へ辿り着いて・・・。会長と対決する!そして、
『アレ』をする事だ。そうすれば、勝てると言った。
「良いか?振り向かずに、行動しろ!出来りゃ、8割勝てる。おいしい勝負なんだ
ぜ?・・・やるんだ!!」
 エイディさんは、そう言うと、ファリアさんを『紅蓮』のルールで、作り出した
炎で、門からどかせる。その隙に扉を開ける。そして、それを阻止せんと、レイク
さんが繰り出した剣激を、白羽取りする。その隙を、逃す訳には行かない。
 俺は、生徒会室へ踊りこんだ。すると、生徒会室は、勝手に閉まる。
「良いか!!振り返るんじゃねーぞ!!」
 エイディさんは、二人を相手するつもりなのだ。無謀・・・だけど、しなきゃい
けないのだ。俺は、心を鬼にして、生徒会室に入った。
 そして、中に入ると、思った通り、生徒会長が居た。
「生徒会長!!・・・いや、早乙女!!」
 俺は、叫ぶと同時に、睨み付ける。
「・・・ふう・・・。まさか君とはね。」
 生徒会長は、余裕タップリに俺をみる。
「他の者なら僕も操られたフリでもする所だが・・・君相手にするつもりは無い。」
 生徒会長は、冷静だ。操られたフリをしようとでも思ってたらしい。最も、相手
が俺だったので、そんな事をしなくても、結構だと判断したのだろう。
「舐めるな!!」
 俺は、『火矢』の魔法を使って、飛ばしてみる。しかし生徒会長は、それを余裕
に受け止めた。どうやら、魔法を習得しているらしい。氷系の魔法で、掻き消した
のだろう。器用な事だ。
「私は魔法を習得して日が浅い。だが、君に負けるつもりは無いよ?」
 生徒会長め。余裕だな。今の氷系魔法の使い方から見ても、生徒会長は、かなり
マスターしている筈だ。
「君みたいに、たまたま『ルール』に目覚めただけの奴に負ける程、僕は弱くは無
いんでね。喧嘩をした事すら、無いのだろう?」
 ・・・見抜いてやがる。俺は、みっともない姿を晒すのが嫌だとか理由付けて、
喧嘩をした事が無い。何て事は無い。ただ、臆病だっただけだ。修練だって、負け
続けだ。そんな俺が、真剣勝負?確かに、負けは目に見えている。
「アンタの言う通りだ。俺には何の特技も無い。だが、こんなチャンスを貰ったん
だ。お調子に乗るくらい出来るぜ!!」
 そうだ。負けるかも知れないから、闘わないじゃ、前に進めないんだ。
「調子に乗る・・・か。仕方が無いな。・・・天才と凡人の差を見せてあげよう。」
 生徒会長は、正面を向く。そして、魔力を発動させる。
「んな!!!」
 俺は驚愕するばかりだ。生徒会長の魔力・・・。こんなかよ!!なんて雄大で、
スケールの大きい・・・。これが奴の言う、天才と凡人の差って奴か!
「本来なら、君如きに見せても仕方が無い。だが、調子に乗られるのは嫌いでね。」
 生徒会長は、『炎熱』の魔法を叩きつけてくる。
「うわああ!!」
 俺は、『氷結』の魔法で相殺しようとする。しかし威力が、あちらの方が上だ。
それは、魔法の難易度が、あちらの方が上だからに、他ならない。俺が使っている
のは、氷系の魔法の第2段階目の『氷結』であり、向こうは、第4段階目の『炎熱』
を使っているのだ。相殺出来る訳が無い。
「君は、まだ第2段階までしか、教わってないようだね。」
 生徒会長に見切られる。その通りだった。まだ2段階目までしか教わっていない。
だから、4段階目とも言われる『氷砕』の魔法を使えないのだ。
「ふふふ・・・。終わりの時間が、近づいてきたよ?」
 生徒会長は、雷の魔法の3段階目である『雷撃』の魔法を繰り出してくる。俺は
またしても、吹き飛ばされる。畳み掛けるように風の3段階目の『風車』を、ぶっ
放してきた。何て早さでやってきやがる。・・・俺は、いつの間にか、窓を背にし
てしまう。このままでは、叩き落されてしまう。
「後が無いね。まぁ、良く防いだ方だね。褒めてあげるよ。」
 生徒会長は、仕上げに魔力の塊を放ってきた。純粋に魔力をぶつける。これが、
またきついんだ・・・。俺は、両腕に魔力を込めて、ガードしたが、窓の外へと吹
き飛ばされた。窓も、今の衝撃で壊されたようだ。
「う・・・ぐぐ・・・。」
 俺は、窓の縁を、何とか掴んで、ぶら下がる。
「フフフ。無様だね。調子に乗るからだよ?」
 生徒会長が見下ろしてくる。
「・・・やはり俺の力では、敵わないか・・・。恵さんの読み通りだな!」
 俺は、ニヤリと笑う。実は、恵さんの作戦通りだった。俺が行く事で、生徒会長
は、俺が相手と言う事で、正々堂々闘いに来るに違いないと読んでいた。後は、俺
が窓に近づくように誘導させて、この窓を壊させる事。これが、この作戦の肝だっ
た。開けてさえくれれば・・・!
「恵?恵君の事か?・・・うぉ!!」
 生徒会長は、突然襲った衝撃で、吹き飛ばされる。俺は、その隙に窓を上る。
「・・・ま、まさか!!これが、狙いだったと言うのか!!」
 生徒会長はうろたえる。そう。突然襲ったのは、グリードさんの愛銃であるライ
ティングでの一撃だった。生徒会長のコメカミを、正確に狙っていた。
「フフフ。起死回生の一撃だったようだが、コメカミだったよ?残念だったな!」
 生徒会長は、外れたと言いたいのだろうか?
「会長さん。実は、グリードさんは、そこを狙ったんだよ?」
 外しちゃあいない。コメカミと言うのは、痛みを感じる場所が集中していて、集
中力を途切れさせるのに向いている。だから、わざと狙ったのだ。
「・・・負け惜しみを・・・。集中力が続かなくとも『支配』を使う事は出来る!」
 会長は再び『支配』のルールを発動させる。空気が重くなる。
「・・・分かっちゃいない。・・・アンタは、もう終わりだ。」
 俺は、『防御』に集中していた。それくらいしか出来ない程、疲労していたから
だ。しかし、構わない。俺の役目は、もう終わった。
 バン!!!
 扉から、レイクさんとファリアさんが出てくる。
「お?やっと外の刺客を倒したのか?丁度良い。そこの不埒者を、摘み出すんだ。
・・・残念だったな。」
 生徒会長は、余裕タップリに命令する。レイクさんは、近づいてきた。
 バキィッ!!!
 そして、レイクさんは、生徒会長の顔面を思いっきり、ぶっ叩いた。
「ノァァァァ!!!?」
 生徒会長は、吹き飛ばされる。
「アンタ、俺達の大切な友人に、舐めた真似してくれたな?許さねぇ・・・。」
 レイクさんは、これ以上無い程、怒っていた。
「どんなお仕置きを、してやろうかしら?」
 ファリアさんもだった。自分達の手で、エイディさんを襲わなくては、いけなか
った事が、怒りを、増徴させているのだろう。
「ば、馬鹿な!!『支配』が・・・。」
 生徒会長は、自分の『ルール』に疑問を持っているのだろうか?
「バーカ!!もう、俺達全員『防御』を使ったに、決まってるじゃねぇか!!」
 そう。それが狙いだったのだ。いくら生徒会長とは言え、不意にコメカミに攻撃
を食らえば、集中力が途切れて『支配』を解かざるを得ない。そうすれば、レイク
さん達は、自由になる。そうなれば、『防御』を使う事だって可能な筈なのだ。
「・・・なら仕方が無い。降参だ。」
 生徒会長は、降参を申し出る。
「・・・この期に及んで、何言ってるんだ?アンタ。」
 レイクさんは、指を鳴らして、生徒会長の腹に強烈な蹴りを入れる。
「グハッ!!・・・こ、降参だと、言ってるじゃないか!!」
「あれだけの事をして、降参で済むとでも思ってるのか?アンタ。」
 レイクさんは、本気で怒っていた。許す気は無さそうだ。
「・・・ファリアさん!貴女なら、分かってくれ・・・る・・・!?」
 生徒会長は、ファリアさんの方に向かうが、ファリアさんは、いきなり首に手を
掛けた。そして、侮蔑の目で、生徒会長を見る。
「何を言ってるのかしら?貴方?」
 ファリアさんは、そのまま手に『熱』の魔法を込める。
「あ、熱い熱い!!」
 生徒会長は、のたうち回る。拷問に等しい。生徒会長は気絶したのか、『支配』
のルールが、解けたようだ。
「お?やっとるのぉ。」
 伊能先輩の声がした。勇樹とエイディさんを抱えている。二人とも、所々にダメ
ージを負っていた。
「私らを操ろうなんて・・・何様だい?」
 亜理栖先輩もやってきた。その後ろには、修羅先輩もいる。
「まさか、生徒会長がな・・・。参ったもんだぜ。」
 修羅先輩も、不覚を取ったのが悔しいようだ。
「・・・良かった・・・。良かったよ・・・。」
 俺は、安心してヘタり込んでしまう。相殺してたとは言え、かなりの量の魔法を
食らっている。体中に、痛みが走っているくらいだ。
「・・・上手くやったじゃねーか。」
 エイディさんが、傷付いた体を起こしながら、ニコッと笑う。
「・・・おいしい所を、持ってきやがったな!」
 勇樹も、祝福してくれた。
「俺は、窓を開けただけだよ。実際コメカミ撃ったのは、グリードさんだし。」
 俺は、喧嘩でも、生徒会長に勝てる気がしなかった。役立ったとは思えない。
「・・・バーカ!一番に役立ったのは、お主じゃろうに。」
 伊能先輩が、頭を撫でて来た。
「相手よりも劣っていると認めた上で、魔力勝負を挑んだそうじゃないか。出来る
事じゃないぜ?・・・しかも、窓を開ける所まで、作戦の内なんだろ?」
 修羅先輩も励ましてくれた。俺が役に立ったのか?
「自信を持てよ。魁。お前は、俺達の恩人なんだぜ?」
 レイクさんまで、嬉しい事を言ってくれる。
「か、買い被り過ぎだっての!!」
 俺は、照れ隠しに、減らず口を叩いてしまう。
「俺は見直したぜ?助けたいって気持ちを押し殺して、助けを呼んだ。暴走しそう
な俺を止めた。自分だけじゃ敵わないって知ったから、恵さんに作戦を聞いた。敵
わないと知りながらも、自分の使命を忘れずに窓を開けた。すげぇよ。お前は。」
 勇樹は、俺の行動全てが、賞賛に値すると言っているのだろうか?俺は、臆病な
だけかも知れないのに・・・。
「確実に勝つために、全ての能力を振るう。簡単に出来る事じゃあない。頑張った
わね。貴方は、最高の弟子の一人よ。」
 ファリアさんは、俺を、一人前と認めてくれた。
「皆して・・・買い被り過ぎだぜ!」
 俺は、いつの間にか、嬉し泣きしていた。
「魁!!・・・大丈夫?」
 葵が来た。そうか。『支配』は、解けたんだったな。
「魁君!!」
 莉奈まで入ってくる。心配させちゃったな。
「ハハッ。ちょっと生徒会長と、喧嘩をしちゃったよ。」
 俺は軽口を叩く。
「皆が正気に戻れたのは、コイツのおかげさ。全く、すげぇ奴だよ。」
 レイクさんが、褒めてくれた。何だか照れちゃうな。
「これで・・・学園も元通り・・・かな?」
 俺は、何とか立ち上がる。ヘバる程じゃあない。
「・・・待って・・・体育館に、おかしい気配が感じるわ。・・・これは・・・。」
 ファリアさんが警戒する。どうやら、体育館が、怪しいようだ。
「間違いないようだな。さっきの気配だ・・・。ゼリンだ。」
 レイクさんも気が付く。その名が出た途端、レイクさんとファリアさんは、殺気
を発する。余程の因縁が、あるみたいだな。
「・・・ゼリンか・・・。俺も聞きたい事がある。悪いが、体育館まで運んでくれ。
グリードも、すぐ来るだろう。俺たち4人にとっては、忘れられねぇ名なのさ。」
 エイディさんは、殺気と言うより、警戒心のが強い。
 俺は、運ばれたまま、体育館へと侵入する。すると、切れ長の目に整った顔、そ
して、吸い込まれそうな顔をした奴が、こちらを向く。
「おやおや。これは、皆さんお揃いで。」
 ソイツが、余裕綽々に俺達の方を向く。
「ゼリン・・・!アンタね?」
 ファリアさんは、感情を抑えながら聞く。
「さっきも顔を合わせたでしょう?まぁ、お初の方も居るみたいだし、挨拶してお
きましょうか。私の名は、ゼリン=ゼムハード。以後、お見知り置きを・・・。」
 優雅に挨拶してみせる。その仕草は、恵さんにも迫るくらいだ。
「ここで、何をやっている?」
 レイクさんが尋ねる。確かに魔方陣のような物が、広げられている。
「力を、セントに送ってるのですよ。」
「な、何じゃと!?」
 ゼリンの答えに、皆が唖然とする。伊能先輩も驚きの声を上げる。
「最近のガリウロルは、優秀な者が集まって居るようですので、出来るだけ送ろう
としたのですが、ほんの僅かしか、送れませんでした。ここの生徒会長、もうちょ
っと優秀だと思ったのですがね。案外、早く落ちましたね。」
 ゼリンは、元から、生徒会長を当てにしてなかったみたいだ。要するに、捨て駒
だったって訳だ。アイツも、良い奴じゃねぇが、哀れだな。
「変わらないわね。誰も信用しないその眼。1年前に見た時と、一緒ね。」
 ファリアさんは、睨み返す。
「貴女は、変わったね。ファリア。従順だった日が、嘘のようだね。」
「魔力抵抗が上がったおかげでね。色々と見えるようになったのよ。」
 ゼリンは、ファリアさんを魅了の魔法で、惑わせていたのだ。
「男装してまで私を魅了するなんて、念の入った事よね。その上、私の逮捕をする
だなんてね。私、貴女を両親の仇として、殺すために魔力を磨き上げたのよ?」
 ファリアさんは、ハッキリ『殺す』と答えた。恐ろしい程の殺気だ。
「物騒だねぇ。私は、任務をこなしただけだと言うのに。大体、貴女がセントに逆
らう意志を見せたから、いけないのだろう?」
 ゼリンは、何の不思議にも思ってない声を出す。
「いつ見せたのよ?ふざけないで!!私は、セントを出る気すら無かったわ!!」
 ファリアさんは、元々、セントの中で生きるつもりだったのだと言う。
「ゼロマインド様が、間違いないと言ったのだ。貴女と、エイディもね。」
 ゼリンは、ゼロマインドの名を口にする。余程、心酔しているのだろう。淀みが
全く無かった。続いて、エイディさんの名を口にする。
「軽く言ってくれるな。俺は、あの日から人生が変わった。育ての親と、お前にハ
メられた日にな!!盗みしか教えなかった、クソ親だったけどよ。俺にとっちゃ、
親だったんだ。それをお前は、利用してくれたよな?親と一緒に・・・。俺は、あ
の日の事を、忘れた事はねぇ!」
 エイディさんまで感情的になっている。苛烈な日々だったのだろう。エイディさ
んは言っていた。忍術の修行をしている以外は、ほとんど盗みの連続だったと言う。
盗みに、忍術を使った事すら、あるようだ。
「盗みなど働くお前が悪い。私は、合理的に捕まえようとしただけだろう?何が悪
い。大体、私は、両親に金を渡すように指示されただけだ。そしたら、ゼロマイン
ド様が予言した通り、お前の居場所を、両親が喋ってくれたのだ。」
 ゼリンは、嘘を言ってるのか?いや、あれは本気の眼だ。何であんなに、ゼロマ
インドとやらを、信じられるのだろうか?分からないぜ。
「・・・お前、自分の考えは、無いのか?」
 エイディさんは、気になったのだろう。
「あってどうする。ゼロマインド様が予言した事で、間違った事など一つも無い。」
 本気だ。このゼリン、マジに信じている。恐ろしいぜ。
「操り人形だったって訳だ・・・。哀れだな。」
 エイディさんは、もう感情的になど、なっていない。寧ろ、ゼリンを哀れんでい
た。ゼリンは、忠実に任務をこなしていた。
「さっきから聞いてたがよ・・・。」
 後ろから声がした。グリードさんが、追いついていたのだ。
「俺が首謀者だってのも、そのゼロマインドってのが、決めたのか?」
 グリードさんは、反セントデモに参加した。その時の首謀者として捕まったのだ。
「それ以外の何がある?類稀な動体視力を持つゲラム=ユード=プサグルの子孫が、
煽動していると言われたのだ。疑う余地も無かろう。」
 ゼリンは、言い切る。・・・え?
「な、何だと!?お、俺が、ゲラムの子孫だと!?」
 グリードさんは、動揺しているみたいだ。全く身に覚えが無いのだろう。俺だっ
て驚いている。
「知らなかったのか?ゲラムは、ルイ=コラットと結婚後、リュート、マイの二人
の子供が出来た。その内、血を濃く受け継ぐリュートは、ルクトリアに定住を持っ
た。その子孫が、君だ。」
 ゼリンは、淡々と話す。どうやら、本当の事らしい。
「俺も・・・伝記の子孫だったってのかよ。・・・信じらんねぇよ。」
 グリードさんは、嬉しさ半分、驚き半分だったようだ。
「さて、長話をしてしまったようだな。」
 ゼリンは、丁寧に手を翳すと、魔方陣が消えてなくなった。
「証拠を隠滅せねばならないのでな。ゼロマインド様は、痕跡を残すのを嫌ってお
られる。魔方陣の撤去、そして、ここに来た君達の隠滅だ。」
 ゼリンに殺気が帯びる。これが、さっきまで優雅に話していた奴の殺気だと言う
のか?信じられない程、強い。
「命じられたまま動く機械。今の貴女は、正にそれよ。」
 ファリアさんは、哀しい眼をしていた。
「俺の出生を教えてくれた礼を、しなきゃならねぇようだな。」
 グリードさんは、光銃ライティングを取り出す。
「目を覚まさせてやるよ。全く、世話が掛かる奴だ。」
 エイディさんは、ボロボロの体を起こして向き合う。
「これ以上の悲劇は要らない。俺の見てる前では、起こさせない!!」
 レイクさんは、強い眼で、ゼリンに向き合う。
「巌慈さんに亜理栖さん、それに修羅さん!体育館に、誰も入れさせないで!」
 ファリアさんは、周りに結界を張りつつ、魔力を溜め始める。
「結界か。それは、私にとっても、好都合だ。利用させてもらおう。」
 ゼリンは、ファリアと共に、強力な結界を完成させる。これで、体育館は正に、
別次元となった。足を踏み入れた瞬間に、異界と感じるだろう。
「君達4人で良いのか?全員で掛かってきても、良いのだぞ?」
 ゼリンは挑発する。しかし、俺達が入っても、却って邪魔になるだけだ。実力が
では無い。ゼリンと因縁のある、4人の想いにである。
「見くびられたものだな。こう見えても私は、神の子だぞ?」
 ゼリンは、右手に、とてつもない魔力、左手に神気を溜めて、攻撃に移る。
「エイディ兄さん!」
 亜理栖先輩は、エイディさんに源の塊を受け渡す。他人に受け渡すには、それ相
応のダメージが返って来る筈だ。亜理栖先輩は、眩暈を起こす。
「亜理栖!無理すんな!」
 エイディさんは、亜理栖先輩に駆け寄って、心配そうに見つめる。
「アイツ、凄い力感じるけど、勝ってよ。絶対にさ!」
 亜理栖先輩は、そう言うと、壁に、もたれかかる。
「おうおう。無理し過ぎじゃぞ。」
 伊能先輩は、溜め息を吐きつつも、亜理栖先輩に闘気を分ける。
「ここを守る。それが、俺達の務めだ。」
 修羅先輩は、周りに気を配っている。一般生徒は、まだ混乱中なのかも知れない。
「誰も入れさせねぇ!だから、絶対に勝つんだぜ!」
 勇樹も傷付いた体を奮い立たせながら叫ぶ。勝利を信じて、疑わないようだ。
「心配せずとも、ここには来れないよ。結界を張った時に、強力な暗示を掛けてお
いた。ここは、無い物として、扱われている筈だ。そして、私かファリアが倒れる
まで、この結界が崩れる事も無い。」
 ゼリンが答える。なる程。と言う事は、決着がつくまで、ここに居ると言う訳だ。
念の入った事だ。
「ファリアさん!!勝利を、信じてます!」
 莉奈が、声を張り上げる。
「私達のお師匠は、負けないんだから!」
 葵も、勝利を信じているようだ。
「お師匠!レイクさん!エイディさんにグリードさん!今度は、俺に、奇跡を見せ
て下さいよ!」
 俺は、精一杯叫ぶ。4人共、力強く頷き返してくれた。
「フフフ。青いねぇ。その青さが、ゼロマインド様を苛立たせているのかもね。」
 ゼリンは、不敵に笑う。余裕あるなぁ。
「先手を打たせてもらうぜ!!ルール!『紅蓮』!!」
 エイディさんは、両手に、渦巻く豪炎を灯す。凄い炎だ!
「ライティング・・・最大火力で、行くぜ!!」
 グリードさんは、ライティングの威力を、最大に合わせる。
「さーて、通じるかしらね。聖槍ニケローン!!」
 ファリアさんは、恐ろしい力を帯びた槍を、召喚する。
「不動真剣術の奥義を見せる!」
 レイクさんは、五芒星を描き始める。
「・・・これは、舐められないな。」
 ゼリンは、両手を合わせて、力を増大させる。
「『紅蓮』よ!『火遁』となって、襲い掛かれ!!」
 エイディさんは、『紅蓮』のルールを使った『火遁』を放つ。
「ショット!!」
 グリードさんは、乱れ撃ちを始めた。
「ニケローンの一撃を・・・受けなさい!!」
 ファリアさんが腕を翳すと、ニケローンは、猛スピードでゼリンに襲い掛かる。
「食らえ!!奥義!『光砕陣』!!」
 レイクさんは、五芒星から凄まじいエネルギーを放つ『光砕陣』を放った!
「くっ!!・・・人間が、これ程の力を!!」
 ゼリンは、さすがに焦っているようだ。4人の力に、完全に押されている。
「仕方が無い・・・まさか、この私が『ルール』を解放しなくては、ならないとは!」
 ゼリンはそう叫ぶと、『ルール』を解放した。その瞬間、急に4人の攻撃が遅く
なる。そして、ゼリンは急に宙を浮き始めた。そして、4人の力は、行き場無く爆
発した。その凄まじさたるや、結界全体が揺れる程だ。
「感服したよ。まさか、この私に、『ルール』を使わせるなんてね。」
 ゼリンは、肩で息をしている。よっぽど焦っていたのだろう。
「逃げたって無駄だぜ!!」
 グリードさんは、すかさずゼリンに銃口を向ける。
「いけませんねぇ。物騒です。」
 ゼリンは、そう言うと、グリードさんに、何かを食らわせる。その瞬間、ライテ
ィングを、地面に落としてしまう。
「うぐあ!何だこれ!!」
 グリードさんは、信じられない物を見つめるかのように、ライティングを見る。
「大丈夫か!!」
 エイディさんが、駆け寄ろうとする。
「うああ!か、体が重い!!」
 グリードさんは、立っていられないのか、這い蹲る。
「ぬあああ!何だこれは!!?」
 エイディさんも、膝を突いてしまう。いや、エイディさんだけじゃない。
 お、俺の体も、急に重くなったような感じだ。何だよこれ!?
「私の、ルールのお味は、如何かな?『重力』のルールは?」
 じゅ、『重力』だって!?凄まじい能力じゃねぇか!!
「君達の体は、今、3倍の重さを感じている筈だ。」
 通りで、動けねぇ筈だ!!
「私に、『ルール』を使わせるとは、大した物だ。しかし・・・切り札は、私の方
が強かったようだ。・・・物騒な君達の能力は、排除しなくては!」
 ゼリンは、ファリアさんに近づく。ファリアさんも、動けないようだ。
「ちっくしょう!冗談じゃねぇ!!」
 レイクさんは、食いしばって、立ち上がる。凄い!
「君は、立ち上がる事まで、出来るのか。恐ろしいな。だが、そこまでだ。何も出
来まい。悔しさに塗れて、見ているが良い!」
 ゼリンは、神気を帯びた手を翳すと、ファリアさんの方を向く。
「俺の力は、皆を守るための力だ!!ここで出来なくて、どうする!!」
 レイクさんは、そう言うと、剣を振り回す。
「うおおおお!!『万剣』よ!!全てを!全てを切り裂け!!」
 レイクさんが剣を振った瞬間、重さが急に取れた。ファリアさんは、転げるよう
に避ける。そして、向き直した。
「な、何だと!?」
 一番ビックリしているのは、ゼリンのようだ。
「お前の力は、『ルール』すら、切り裂けると言うのか!?」
 ゼリンは、恐怖に打ち震えている。
「レイク!!額と首の、サークレットとネックレスよ!それを打ち壊して!!」
 ファリアさんが叫ぶ。ゼリンは、サークレットとネックレスを確かにしていた。
 その瞬間だった。レイクさんは、一瞬にしてゼリンの裏側に回りこむ。
 正に神速だった。誰の目にも、止まらなかっただろう。
「不動真剣術、袈裟斬り!『閃光』!!」
 レイクさんが叫ぶと同時に、ゼリンのサークレットとネックレスが、弾け飛ぶ。
「グォ!ウォォォォォォァァ!!!」
 ゼリンが、この世の者とは思えない叫びを発する。そしてゼリンの口から、眼か
ら、亡霊のような者が、姿を現す。
「・・・燐!!」
 どこからとも無く、虚無僧が姿を現した。
「邪悪なる魂よ!滅せよ!!」
 虚無僧は、手早く五芒星を描き出すと、その亡霊のような者を封じ込めて、消し
去った。物凄い手際だった。
「・・・美味しい所を、持ってくわねー?」
 ファリアさんは、この虚無僧を、知っているらしい。
「毘沙丸(びしゃまる)さん!」
 レイクさんも知っているようだ。・・・毘沙丸って言うと、確か、俊男に憑いて
いた魔神レイモスを、消滅させた北神とか言う神!
「結界が強力ゆえ、入るのに手間取った。遅れて済まぬ。」
 毘沙丸さんが、口を開く。
「それにしても、タイミング良過ぎだぜ?」
 エイディさんも、呆れ返っている。
「侵入したら、レイク殿が『ルール』を破っている所であった。」
 毘沙丸さんは、バツが悪そうにしていた。
「で、コイツは、どうするんだ?」
 グリードさんは、倒れているゼリンを指差す。
「それについては・・・私が、判断出来る所では無い。」
 毘沙丸さんは、眼を伏せる。
「今、父上を呼び出している。」
 毘沙丸さんが、そう言うや否や、結界が消滅した。
 ゼリンが倒れた事で、結界が壊れたと言うのもあるが、それ以上に、外から圧力
が、加えられたのだろう。
「あ。ジュダさん。それに赤毘車さんだ。」
 レイクさんは、気さくに挨拶する。すると、3人の男女が見えた。一人は、ポニ
ーテールの長髪の男だ。物凄く気合の入った眼をしている。そして、陣羽織を着て
いる女性だ。燃えるような赤い髪をしていた。そして、もう一人は、そのお付きと
言った感じの男だった。だが、その気配は、2人に微塵も劣っていない。
「久しぶりだな。・・・お前も、元気だったか?」
 ジュダさんは、毘沙丸さんの方を向く。
「お久しぶりです。父上、母上。」
 毘沙丸さんは、緊張した面持ちだった。
「ふむ。おっと。初対面の者も居るな。俺は竜神ジュダ=ロンド=ムクトーだ。」
 竜神・・・え?ま、まさか、伝記に出てくる神のリーダー!?
「私は剣神、赤毘車=ロンド。宜しくな。」
 隣の女性が名乗る。赤毘車と言えば、竜神の妻であり剣神だった筈だ。
「私は、鳳凰神ネイガ=ゼムハードです。この度は、大変失礼しました。」
 ネイガと名乗った神は、いきなり謝罪する。あ。そうか。ゼリンは、ネイガさん
の娘さんだったな。養子みたいだけど。
「ほ、ほえー・・・。夢みたい・・・。」
 莉奈は、驚きっぱなしだ。
「わ、私も・・・。」
 葵もだ。ひれ伏す寸前だ。
「はっはっは。止めときな。そう言うの嫌うんだよ。この神さんは。」
 亜理栖先輩は、一礼をしつつも、ちゃんと眼を見て話していた。すげぇ。
「ハッ!よく言うぜ。初見の時は、お前もひれ伏しっぱなしだったじゃねぇか!」
 エイディさんは、亜理栖先輩をからかう。
「それを言われると、辛いねぇ・・・。」
 亜理栖先輩は、素直に認めた。まぁ、そうだよね。
「神とも知り合いだなんて、スケールのでかい話じゃのぉ。」
 伊能先輩も、驚いているようだ。
「全く、どう驚いて良いやらって感じだな。」
 修羅先輩まで、恐縮しまくっている。
「か、神様かぁ・・・。実感湧かないぜ。」
 勇樹も、眼を瞬かせている。
「ハハッ。そうビビるなって。」
 ジュダさんは、笑い飛ばしている。そう言われてもなぁ・・・。
「それよりだ。ゼリンの様子はどうだ?」
 ジュダさんは、本題に入るようだ。
「多分、もう目を覚ますでしょう。」
 毘沙丸さんが答える。確かに、気絶していたが、体が動き始めている。どうやら、
目を覚ますようだ。
「・・・う・・・はぁ・・・。」
 ゼリンは、少しずつ目を開けていく。そして、薄目ながら、周りを確認する。
「私は・・・ハッ・・・?」
 ゼリンは、気が付いたようだ。周りに居る人物、そして、自分の状況が。
「に、兄様。それに、母さんに父さん!?父上まで!!」
 ゼリンは、まず、神の存在に気が付いたようだ。
「・・・ここは・・・体育館・・・。た、体育館だと!?」
 ゼリンは、ここが体育館だと気が付いて、驚愕する。
「ま、ままま、まさか!現実だったと言うのか!!?」
 ゼリンは、狼狽する。一人で、随分舞い上がってるようだ。
「あ、あんな恐ろしい事を・・・馬鹿な!!馬鹿なぁああああ!!」
 ゼリンは、頭を抱える。そして、泣き出してしまった。
「・・・夢だと思いたかったか?・・・ゼリン。」
 毘沙丸さんは、哀しい目をしていた。
「兄様・・・。私、私は・・・とんでも無い事を・・・。そうか・・・。そのため
に・・・父上達が来たんだね。」
 ゼリンは、真っ直ぐな目をしていた。吹っ切れたのであろうか?それにしても、
さっきまでのゼリンとは、まるで別人だ。
「ゼリン・・・。私は、養父として、何も出来なかった。許せ。」
 ネイガさんは、養子として引き取ったのに、世話が出来なかった事を、悔やむ。
「私の甘えを知って、養父となって下さった貴方を、恨む気持ちはありません。道
を誤ったのは私です。・・・どんな罰でも、受けましょう。」
 ゼリンの余りの変わりように、皆ポカーンとしていた。
「驚いているみたいだな。アイツは、何をするにも、真っ直ぐ過ぎんだ。」
 ジュダさんは、呆れていた。
「ゼリン。貴女の罪は、3つ。ゼロマインドと組んでソクトアを混乱させた事、ソ
クトアの監督を怠った事。そして、『ルール』を解禁した事だ。」
 赤毘車さんが罪を述べる。『ルール』を解禁した事って、重罪なんだな。
「ハッキリ言って、罪が重過ぎる。本来ならば、極刑だ。」
 ジュダさんは、目を伏せる。ゼリンは、驚きすらしなかった。
「当然です。・・・私は、数え切れないくらい命を奪った。その3つの罪だけでは
無い。ゼロマインドと組んで、ソクトアを無にしても、構わないとさえ、思い込ん
でいた。・・・許される事では、ありません。」
 ゼリンは、身動き一つすらしない。覚悟が固まっているのだろう。
「兄が結婚し、私が自暴自棄になる寸前に、ゼロマインドは、姿を現しました。奴
は、私が救われるには、兄との結婚を、無にすれば良いと言った。その手伝いをす
る忠誠の証に、ネックレスとサークレットを授かった・・・。それからは、奴の言
う事が全て・・・そう信じ込んでしまった・・・。何と愚かな事だ・・・。」
 ゼリンは、心底、自分を恨んでいた。本当に哀れな奴だ。
「私を・・・殺してください。」
 ゼリンは、レイクさん達の方を向く。
「・・・あー・・・。不器用だな!アンタは!!俺も人の事は言えないけどよぉ。」
 レイクさんは、イライラしてるようだった。
「気が削がれたわよ。私も・・・。」
 ファリアさんは、溜め息を吐く。両親の仇が、違うと気が付いたのだろう。
「俺は、女に手を上げるなんてこたーしない主義でな。」
 エイディさんは、肩を竦める。すっかり元通りだ。
「何だか、頭の中ぐちゃぐちゃしてて、それ所じゃねーんだよ。」
 グリードさんは、頭の中で、今を整理しているようだ。
「おい。ゼリン。無視するな。」
 ジュダさんは呆れていた。ゼリンさんが勝手に話を進めようとしていたからだ。
「話し合ってきたんだよ。今まで。神の決定を言うぞ!」
 どうやら、ジュダさんは、ゼリンさんの処遇を、決めていたようだ。
「悪いが、お前の死だけでは、償い切れないと決まった。お前に与える罰は、まず
は、神の遺伝子の没収。これによって、お前は、神の子では無く、人間として生ま
れ変わる事になる。それが一つ。」
 神の遺伝子の没収?凄いなまた・・・。なる程。その遺伝子があるからこそ、神
は、長生き出来るって事か。
「その人間の身で、今のソクトアを正しい方向に導く事。セントを・・・そして、
ゼロマインドを撃ち滅ぼせ。それが一つ。」
 赤毘車さんが説明する。元凶がゼロマインドなら、当然そう言う流れか。
「そして平和になった時、お前の『ルール』を封じさせてもらう。それが最後だ。」
 ネイガさんが、説明する。『ルール』の剥奪って訳だ・・・。俺は、『ルール』
を持っているから分かる。それは、非常に辛い決断だ。
「私に名誉を挽回せよと・・・。その条件で良ければ、喜んで受けましょう。」
 ゼリンに迷いは無かった。どんな罰でも受ける。その覚悟は、本物だったようだ。
「ただし、それは、私を貴方達が認めてくれるかに拠る。貴方達が私から受けた屈
辱は、並大抵の物では無い。それを、忘れられますか?」
 ゼリンは、俺達・・・いや、レイクさん達の方を向く。ゼリンは凄いな。普通、
自分の罪とは向き合いたくない物だ。俺だって、許された時、涙が出た程だ。
「それは、アンタが、ゼロマインドと闘うという誓いを立ててくれれば俺は認める。」
 レイクさんは、ゼロマインドとの決別を求める。
「了解です。ならば、これ以上無い程の、誓いの証を持ってきます。」
 ゼリンは、『転移』を唱えたようだ。次元の扉が開かれる。
「30秒程で済みます。待っていて下さい。」
 ゼリンは、そういうと、扉の中へと入っていった。まさか・・・逃げた?
「逃げたのかな?」
 俺は、つい口に出して言う。
「そこまで堕ちていたのなら、俺自らが、鉄槌を食らわす。まぁ待ってよう。」
 ジュダさんは、容赦しないようだった。恐ろしいな。
 すると、本当に30秒程で戻ってきた。
「・・・少し遅れました。まさか、結界まで張られてたとはね。」
 ゼリンは、両腕に酷い火傷のような物を負っていた。
「私ですら、信用がな無かった言う事だ。念の入った事だね。」
 ゼリンは、そう言うと、レイクさんに装飾の施された剣を渡す。
「これは?」
「私の誓いの証、ゼロ・ブレイドです。」
 ゼリンは、事も無げに言う。ゼロ・ブレイド?ゼロ・ブレイドって、確か伝記で
使われた剣じゃなかったか?『勇士』ジークが持っていた剣だ。
「これが・・・本物なのか?」
 さすがにレイクさんも、問い正してしまう。伝記の剣だ。無理もない。
「この剣は、『絶望の島』の最下層に保管されていた物です。人体改造研究所の更
に下。そこは、ギミックがあり、研究所からの扉は、魔力によって、壁にしか見え
ない。そこからエレベーターで、その部屋に行ける。・・・最も、ゼロマインドは、
更に結界を張ったようだけどね。私が、信用ならなかったのだろうね。」
 ゼリンは自虐的に言う。今の話が本当なら、そんな場所、見つけられっこない。
正に、厳重に守られていたのだろう。
「それが・・・本物ならば、君が、その剣を抜いてみれば、分かる。」
 ゼリンは、レイクさんに、抜くように言った。
「その剣は、只の剣じゃない。『記憶の原始』と呼ばれる、意識の塊が剣に形を変
えているだけの存在です。一族じゃない者が触れると、たちまちに記憶障害を起こ
す。そして、一族と認められた者には、それまでに、剣が記憶している歴史を垣間
見る事になるのです。つまり、抜けば、君に膨大な歴史が、詰め込まれるのです。」
 ・・・つまりは、レイクさんが、伝記の一族だって言う証拠にもなるって事か。
そうじゃなければ、廃人になってしまうのかも知れない。
「俺は、親父の言う事を信じる。」
 レイクさんは、静かに剣の柄を手に取る。そして、勢い良く、抜きさった。
「・・・!!!」
 レイクさんは、その瞬間、剣を持ったまま倒れた。



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