NOVEL Darkness 3-6(Second)

ソクトア黒の章3巻の6(後半)


 俺達が辿り着くよりも先に、待機していた。それは、俊男と江里香先輩である。
そこには、呻きながらも、息があるジルさんが居た。良かった。生きている。
 そして、俺達は、誰にも見つからないようにして廃屋の中に入る。ティアラさん
の鼓動は、今にも止まりそうだ。息をしていない。
「お帰り。・・・大丈夫?」
 江里香先輩が、出迎えてくれた。
「ティアラさん・・・顔が蒼白だよ?」
 俊男も、心配している。
「正直、危ないわ。今すぐ、始めましょう。」
 恵は、真剣な顔付きになる。そして、ティアラさんをベッドの上に運ぶ。
「俺に関係するって言ってたな。何を、すれば良い?」
 俺の能力で、何とかすると、恵は言っていた。
「兄様。『破拳』のルールよ。用意して。」
 恵は、俺の『破拳』のルールが、必要だと言っている。
「兄様は、『破拳』のルールで、何でも破壊出来ると、言ってましたわ。なら、破
壊して下さい。ティアラさんの病気を!!」
 恵は、とんでもない事を言う。
「出来るのか?本当に・・・。俺、試した事も無いぞ。」
 俺は、ルールを発動させながら、不安になる。
「兄様。不可能だと考えちゃ駄目よ。病気だって一つの固体。なら、それを打ち砕
いて下さいませ。それが、未来を切り開くと、言う事でしょう?」
 恵は、真剣な眼で言う。・・・参ったな。そんな事言われたら、やるしかないじ
ゃないか。・・・出来ないじゃ、済まされないじゃないか!
「・・・よし!分かった!!集中する!」
 俺は覚悟を決める。これが成功出来れば、俺は、新たな能力を得る事になる。
「この力は、何でも破壊出来る凶器だと、俺は思っていた。・・・それを、人を救
うために使う・・・。こんな理想的な事は無い!」
 そうだ。俺の拳は、人を助けるために使いたい!
「やってやる・・・。絶対に、救ってみせる!!」
 俺は、『破拳』のルールを、完全に発動させる。
「瞬君!・・・行け!!」
 俊男も応援している。
「ティアラさんを、救ってあげて!!」
 江里香先輩もエールを送る。
「兄様なら出来る・・・。切り開くのよ!未来をも!」
 恵は、俺を信じている。失敗なんか出来ない!!
「ティアラさんの病魔よ。俺の、この拳を受けて、消え去るが良い!!」
 俺は、願いも込めて、ティアラさんの病状が進んでいる胸の中心部に拳を放った!
そして、ティアラさんの胸に痣が出来た所で、時は止まった。
「・・・どうだ・・・。」
 俺は拳を引く。ティアラさんは、横たわっていた。
「・・・う・・・。」
 ティアラさんは、呻き声を上げる。まさか・・・まさか!!
「・・・う・・・そ。みたい・・・。」
 ティアラさんは、目を開ける。そして、自分の力で起き上がった。
「ティ、ティアラさん!!」
 俺は、嬉しくなり過ぎて、どうにか、なりそうだった。
「す、凄い!!」
 俊男は、奇跡を目の前にして、興奮を抑え切れないようだ。
「ティアラさん!!ティアラさん!!」
 江里香先輩は、ティアラさんに抱きつく。
「お見事ですわ。兄様。」
 恵は、涙ぐみながらも、誉めてくれた。
「・・・本当に凄い・・・。今まで有った痞えが、無くなったわ。奇跡よ。これは。
今まで所か、生まれて初めてよ。こんな気分。」
 ティアラさんは、自分の体に起こっている事が、信じられないようだ。
「・・・こ・・・こは?」
 丁度ジルさんも、目を覚ます。
「ジル!!」
 ティアラさんは、ジルさんを発見すると、慌てて駆けていく。
「ティ、ティアラ!?・・・大丈夫なのか!?」
 ジルさんも、ティアラさんの病気具合を知っているだけに、こんな元気に駆け寄
ってくるのが、信じられないようだ。
「良かった!本当に良かった!!」
 俺は、涙で、前が見えなくなりそうだった。
「何が、どうなっているんだ?」
 ジルさんは、混乱していた。無理もない。
 恵が一から説明する。ジルさんは、あの場では死んで居なかった事。そして、ジ
ルさんは、プサグルの現状を見て、人々がルクトリア軍を歓迎してる様子を見て、
責任を感じ自害してしまう事。それが元で、ティアラさんの死期が早まる事。そし
て、サイジン君がグラウドさんの養子になる事・・・。そして、そのサイジン君に
会うためには、25年の時が必要だと言う事をだ。
 その上で、俺達がした事も話した。グラウドさんに、サイジン君を託した事。瀕
死のジルさんを、介抱した事。そして、今、俺が起こした奇跡をだ。
「・・・信じ難い。だが、信じずには、おれぬな。」
 ジルさんは、首を振りつつも、納得してくれた。
「瞬。君には、奇跡を起こしてもらった。本当に礼を言う。」
 ジルさんは、感謝の意を表する。ちょっと照れてしまうな。
「私の痞えが取れる日が来るなんて、思いませんでした。瞬君には、感謝し切れま
せん。その上で、夫も助けてもらうなんて・・・。」
「俺は、自分の信じる道を貫く事が出来た。それだけで十分なんです。感謝するの
は、こちらの方です。俺は、自分の道を信じる事が出来る!」
 そう。俺は、全てを破壊する拳が怖かった。『破拳』のルールは、諸刃の剣。こ
んな恐ろしい拳で、正しい道を貫けるのか?と思っていた。だが、恵が教えてくれ
た。俺の能力は、人を救うためにあると。
「兄様だから、出来たのよ。謙遜する事じゃあ無いわよ?」
 恵は、俺を最後まで信じていてくれた。それが、俺には嬉しかった。
「参ったね。瞬君は、どんどん凄くなってくよ。追いつくの大変だよ。」
 俊男は、嬉しそうに言う。俊男なら、追いつくかもな。
「新たな力よね。私も頑張らなくちゃなー。」
 江里香先輩は、口を尖らす。
「・・・さて、しかし、これからどうするかな。」
 ジルさんは迷っていた。命を捨てる覚悟ではあった。だが、拾われた命を捨てる
程、ジルさんは薄情な人間では無い。
「私は、ソクトアを回ってみたいです。」
 ティアラさんは、ニッコリ笑いながら答える。
「ハハッ。世捨て人となる訳だからな。それも、良いかも知れないな。」
 ジルさんは憑き物が取れたようになってしまった。そう。ジルさんは、これから
歴史の表舞台に出て来ては、いけないのだ。ティアラさんもそうだ。二人とも、死
人として、認識されているのだから・・・。
「無理を強いて、済みません・・・。」
「何を言うんだ。一度、命を捨てた身だ。なら、生まれ変わらなきゃならぬ。」
 俺の言葉に、ジルさんは反論する。
「偽名で通すさ。25年後に、息子に会えると思えば、苦は無い。」
 ここに居るジルさんは、『雷』のジルドランでは無い。父親の顔だった。
「しばらくは、フードを被る生活だな。悪くないかも、知れぬ。」
 今までのジルさんからしたら、全く違う生活だ。
「瞬。これを、受け取ってくれ。」
 ジルさんは、剣を手に取ると、お下げの部分を切り取った。そして丁寧に紙に包
むと、俺に手渡した。
「この包みは、私が、将軍として鮮烈に生きた証だ。・・・瞬が持っていると思え
ば、私は、誇りを持って、次の生活を生きていける。」
 ジルさんは、本気で生まれ変わろうとしている。これを託されると言う事は、今
までの、ジルさんの人生を貰うのと同じだ。
「俺、ジルさんの忠義を忘れません。プサグルを誰よりも愛して、王に忠義を立て、
命を懸けた姿を忘れません。だから、これからは、肩の力を抜いて生きて欲しい。」
 俺は、ジルさんが、望んでいるであろう言葉を、口にする。
「ありがとう。その言葉を聞ければ、私は、これからの生活を生きて行ける。」
 ジルさんは、今までの、プサグルを愛すと言う事すら、忘れて生きて行くと言っ
ているのだ。それは、本来ジルさんにとっては、耐え難い事の筈なのだ。
「私もお供しますよ。どこまでも。将軍の妻では、無くなったのですから。」
 ティアラさんも笑っていた。今まで重圧だったのかも知れない。修道女として生
きて、将軍の妻になり、愛された生活。それを捨てて、生きるのだ。
「フードは、用意してありますわ。」
 恵は、上等なフードを買ってきていた。抜け目が無いな。
「何から何まで、世話になるな。感謝し切れないな。」
 ジルさんは、大人しく受け取った。そして、被ってみる。
「大丈夫か?」
「ええ。傍目からでは、ジルさんだと分かりませんよ。」
 フードからでは、人となりは、見えない。
「指し当たっては、君たちの故郷、ガリウロルに行ってみるか。」
 ジルさんは、そう言うと、俺達を、この上なく優しい目で見る。
「私はバルゼをお勧めしますわ。・・・ただし、25年後は近づいちゃいけません。」
 恵は、バルゼの事を話す。そうか。商業国家バルゼは、消滅するんだったな。
「それも伝記とやらか?分かった。忠告を聞いておこう。ここまで来て、犬死は御
免だからな。生きて息子に会う日まで、生き抜いてみせる。」
 ジルさんは、死の覚悟では無く、何が何でも生き抜く覚悟を決めたようだ。
 そして、全員廃屋から出ると、ジルさんとティアラさんは、フードを被ったまま
俺達の方を向く。
「世話になった。・・・君達は、もう戻るんだろ?」
 ジルさんは、自分達の事が終わり次第、俺達が、戻ろうとしている事を察してい
た。グラウドさんにも、別れを告げたしな。
「はい。そろそろ心配してる奴等を、安心させてやりたいんです。」
 ここに来て1ヶ月。そろそろ戻らないと、いけない。
「お別れだ。君に出会えた事は、珠玉だと思っている。」
 ジルさんは、手を差し出す。俺は握手した。
「ジルさんの生きた証を、俺は忘れません。」
 ジルさんに、包みを見せながら言う。
「ありがとう。4人共。貴方達のような素敵な関係を、羨ましく思います。」
 ティアラさんは、そう言って、全員に握手をする。
「礼には及びません。天神家では、人助けをするのは、義務ですわ。」
 恵らしいな。人に感謝されるのは、日常茶飯事と思っているのだ。
「僕は、少しの間でしたが、忠義を貫く姿を、目に焼き付けました。忘れませんよ。」
 俊男にも、少なからず影響があるようだ。
「私、楽しかった。この時代に来た時、どうなる事かと思ったけど・・・来て良か
った!皆との絆も、確認出来たしね。」
 江里香先輩は、晴れやかな顔をしていた。素敵な笑顔だな。
「・・・フッ。じゃぁ、ありがとな。君達は、君達の時代で頑張れ!」
 ジルさんは、そう言うと、背を向けた。
「しっかり戻るのよ?戻れる事を、祈ってるわ。」
 ティアラさんも笑顔を見せて、背を向けた。
「さらばだ。」
 ジルさんが、そう締めくくると、二人は下山して行った。
「・・・行っちゃったね。」
 江里香先輩は、寂しそうだった。
「25年後に、あの人達の人生は、再開するのよ。」
 恵は、厳しいようだが、現実を見据えていた。
「・・・しかし、手間が省けたわね。」
 恵は、突然、闘気を噴出させると、木に向かって撃ち出す。
「・・・う・・・。」
 誰か居たようだ。ずっと身を隠していたのかも知れない。俺達は、全然、気が付
かなかったぞ。
「凄まじい能力をお持ちのようね。私達全員の目を欺けるくらいの・・・ね。」
 確かに、そこには人が居た。俺達の行動を、見張っていたようだ。
 一体、誰が・・・え?そ、そんな!!
「信じたくなかったわ。」
 江里香先輩は、苦渋の顔で、その人物を見る。
「だって・・・。この人は!!」
 俺も、つい声を張り上げる。この人は・・・修道長じゃないか!!
「修道長、レイシーさん。・・・ですわね?」
 恵は、修道長の存在を確認する。
「いつから・・・気付いていたのですか?」
 レイシーさんは、もう観念したのだろうか。俺達に質問する。
「江里香先輩から、伝記上に居ない人物を、確かめた瞬間からですわ。」
 恵は、江里香先輩から聞かされた時に、確信したのか。
「でも、修道長は、俺が助けると決めて、助けたんだ!」
 そうじゃなかったら、自決していた筈なのだ。
「・・・瞬君。信じたい気持ちは分かる。けど、この人は、本当に自決するつもり
だったのだろうか?」
 俊男まで否定してくる。どういう事なんだ?
「尾行の極意は自分の存在を消す事。死んだと思ってもらえば、一番、好都合なん
じゃない?信じたくは無いけど・・・。」
 ・・・じゃぁ・・・俺のやっていた事は・・・。
「レイシーさん。嘘だと言ってくれ!・・・俺は、アンタの自決を、防ぎたかった
だけなんだ!あの時の決意は、偽物だったのか?」
 俺は、レイシーさんに詰め寄る。
「あの時は、嬉しかったですよ?こんな老人の命を、救いたいと言ってくれて。で
も、私には、役目があったのです。」
 レイシーさんは、目を閉じると、両手を祈る形にする。そして、その瞬間、背中
から、天使の翼が生えてきた。
「あ・・・。ああ・・・。」
 俺は、愕然となる。レイシーさんは・・・天使だったのか。天使だから、天使に
一番近い天人だと、名乗っていたのか・・・。
「貴方達に感謝しているのは本当です。でも、私の役目は、この世界の監視。そし
て、時を越えてきた者を、霧に覆い隠す事。」
 レイシーさんは、左手を広げると、そこには、物凄く濃密な霧が発生する。これ
が、俺達の帰還の邪魔をしていた正体か!
「だから、私を拾ったのね?」
 江里香先輩は、目を伏せる。レイシーさんが、敵だと信じたく無かったのだ。
「私の本来の役目は、ムーン家の存続。ミシェーダ様は、リチャードが魔族である
事を見抜いていました。マレルと結ばれたら、強力な子を授かるかも知れない。そ
れを防ぐ役目を、私に下さったのです。」
 レイシーさんは、その強力な霧の力で、リチャードに、マレルさんが見つかる事
を防いでいたのか。
「でも、その総仕上げの最中に、マレルが、貴女を発見した。」
 レイシーさんは、江里香先輩を見る。
「私は一目で、貴女が、この時代の人間じゃないと、分かりました。なら何故、こ
の時代に送られたか?・・・そう考えれば、すぐ結論に、辿り着いた。」
 レイシーさんは、マレルさんが、江里香先輩を助けた時に、既に考えていたのか。
「そんな芸当が出来るのは、ミシェーダ様だけです。そして、私の役目は監視。な
らば、霧の力で、監視するしか無いと考えたのです。」
 そして、レイシーさんが同行している以上、強烈な霧の力で、ファリアさんです
ら、俺達の事を見つけられなかったと言う訳だ。
「偶然に近い物があるわ。でも、私達は、ただ帰りたいだけなんです。貴女と争う
気は無いし、霧を止めてくれると、助かるのだけど?」
 江里香先輩は、これまでの経緯を理解したらしく、これからの事を言う。
「私も、そのつもりでした。・・・でも、貴方達は歴史を変えようとした!それは
許されるべき事では、ありません!」
 レイシーさんは、ジルさんとティアラさんの事を言っているのだろう。
「じゃぁ、あのまま見過ごせとでも、言いたいのですか?冗談じゃない!」
 俺は、反論する。俺達は、その後の事に支障が無いように、あの二人を助けたの
だ。それまで、否定するつもりなのだろうか?
「・・・運命を変えたら駄目なのです。ミシェーダ様は、お怒りになる。」
 レイシーさんは、厳しい顔付きで言う。
「見殺しにするのが運命なら、運命なんて、破壊する道を俺は選ぶ!」
 そう。見殺しにするのが、正しい道の訳が無い!
「僕達は、間違った道を選んでいるとは思いません。」
 俊男も同調してくれた。
「神の道理は、厳しいのかも知れませんがね。私達人間には、自分で道を切り開く
と言う選択があるのよ?悪いけど、引けないわね。」
 恵は、一歩も引く気は、無いようだ。
「私達を、これ以上苦しめないで。お願い・・・。」
 江里香先輩は苦しそうだった。レイシーさんには、手を上げたくないのだろう。
「私は、神のリーダーに従う天使。見過ごせません。霧天使レイシーとして、貴方
達を止めます。・・・こう見えても、4大天使の次の位ですからね。『霧』のルー
ルがある限り、私を捉える事は、出来ませんよ?」
 レイシーさんは、辺り一面に濃霧を発生させる。凄まじい霧だ。飽くまでやるつ
もりなのか?レイシーさん・・・。
「レイシーさん。よしてくれ!俺は、争いたくなんか無いんだ!」
 俺は、レイシーさんと旅をしていたから分かる。細やかな気配りが出来る、素晴
らしい修道長だった。そんなレイシーさんに、手を上げたくなど無い。
「目の前の私は敵だと、何度言えば、分かるのですか?」
 レイシーさんは、厳しい声を上げる。
「俺は、争いたくなんか無いんだ!!」
 俺は、レイシーさんを敵と思うだなんて出来ない。『破拳』のルールで拳を振り
抜くと、霧は消し飛んだ。
「・・・貴方は霧まで破壊出来ると言うの?『ルール』まで破壊出来ると言うの?」
 レイシーさんは、驚いていた。当然である。全てを破壊出来ると言っても、普通
は、限りがある。霧や病気などの概念まで、破壊出来ると言う俺の拳は、文字通り
全てを破壊出来るのだ。そんな能力は、危険なのかも知れない。
「でも、その能力、その凄まじさ故の疲労は、多いみたいですね。」
 レイシーさんは、見抜いていた。俺の『破拳』は進化したからこそ、疲労は、極
度に上がるのだった。
「ならば、持久戦に持ち込みます!」
 レイシーさんは、再び霧を噴出させる。
「もう。仕方ありませんわね。」
 恵が、そう言うと『制御』のルールを発動させる。すると、霧は広がれないまま
その姿を消した。まさに制御されたのだった。
「・・・なんで、貴方達は、私を攻撃しないの?」
 霧が出せなくなった今、レイシーさんを攻撃するチャンスだ。
「攻撃出来る訳無い!」
 江里香先輩は、声を荒げる。
「私は、右も左も分からない時に助けてもらったのよ?攻撃なんて出来ない!」
 江里香先輩は、特に、恩義を感じているのだろう。
「エリカ・・・。まったく、甘い子ですね。私は天使ですよ?なら、私を倒さない
限り、貴方達の霧が、晴れないんですよ?」
 レイシーさんは、しつこく言って来る。
「エリ姉さんの気持ちも、分かってくださいよ!助けてもらった人に、拳を向ける
なんて、エリ姉さんが、出来る訳無いじゃないですか!」
 俊男には、分かっていた。江里香先輩が、そんな事出来る人では無いと。
「・・・なんて甘い。それでは、元の時代に、帰れませんよ?」
 レイシーさんは呆れる。無防備の天使を、攻撃出来ないのだ。
「違う方法で、見つけ出すまでですよ。」
 俺は、レイシーさんを何とかしてまで、元の時代には帰りたくない。それは、こ
こに居る全員が、同じ気持ちだった。
「まったく・・・しょうがない子達ですね。」
 レイシーさんは、溜め息を吐く。何かを、悟ったような顔をしていた。
「未来へ帰りなさい。貴方達の信じる道を・・・ね・・・。」
 レイシーさんは、そう言うと、霧を解除する。今まで、俺達を覆っていた目に見
えない霧も、これで拭い去れたのかも知れない。
「貴方達を未来に帰すのを・・・ミシェーダ様は、恐れていた。」
 レイシーさんは説明する。
「自分が送ったであろう貴方達を帰すのは、未来の自分に、迷惑が掛かると分かっ
ていた。だから、私に真っ先に、その存在を隠すように言われたのです。」
 なる程。この時代のミシェーダは、俺達を自分が送ったと見抜いていた訳だ。
「それで・・・江里香先輩に、近づいたんですね?」
「はい。真っ先に発見したのが、エリカでした。危険な存在だと言われていたので、
最初は、様子見するつもりでした。」
 ミシェーダは、俺達を危険分子と判断したのだろう。それを言われていたレイシ
ーさんは、まず江里香先輩を、自分の手元に置いたのだ。
「でもね。エリカは良い子だった。・・・私の中の使命感が薄れたのは・・・それ
からでしたね。・・・神のリーダーを疑っては、いけない定めなのに・・・。」
 レイシーさんは、そう言うと、口から血を吐き出す。
「レ、レイシーさん!!」
 俺達は、一斉に駆け寄る。いきなりの出来事だった。
「良いのですよ。・・・分かっていた事です。・・・ミシェーダ様の使命を違えた
ら、こうなる運命なのです。・・・それが天使。」
 レイシーさんは、自分の命が懸かっていたのだ。だから、今まで、霧を晴らせな
かったのだ。それを、俺達のために、霧を晴らしたのだった。
「自らの判断で・・・霧を晴らしたら・・・こうなる。・・・それがミシェーダ様
との・・・約束でした・・・。」
 レイシーさんは、自分の腹を見せる。そこには、妙な紋章が浮かんでいた。
「・・・これは!誓約の紋章!!」
 恵が、何かに気付いたようだ。
「言うことを従わせるための保険のような紋章・・・。こんな物を施されてたなん
て・・・。酷いですわ・・・。これを破ったら、紋章が、体を蝕んでいく仕掛け。」
 恵が説明してくれた。酷い紋章だ・・・。レイシーさんは、自分を守るために霧
を出していたのか。
「・・・私のために・・・泣かないで。」
 レイシーさんは、江里香先輩の頭を撫でる。
「貴女は・・・未来を担える子。・・・強く生きなきゃ、駄目です。」
「『治癒』のルールが、効かないなんて!!」
 江里香先輩は、一生懸命『治癒』を試みている。しかし、誓約は強い。
「エリカ・・・。それに皆さんも聞いて・・・。貴方達は、未来を変える能力を持
っています。・・・でもそれは、諸刃の剣。・・・決められた運命を、捻じ曲げる
のは・・・駄目ですよ?・・・運命は・・・必ず、違う人を不幸にします。」
 レイシーさんは、優しく諭す。俺達のした事は間違っていなかったと思う。だが、
その行動で、誰かが傷付く可能性を忘れるなと、レイシーさんは言いたいのだ。
「今回は・・・あの二人の分を・・・私が持っていきます。・・・それで良いので
す。・・・それで、この時代の運勢は、変わらずに済む・・・。」
 !!レイシーさんは、こうなる事を望んでいたのか・・・。俺達が、助けた事で、
あの二人の不幸を、背負う者が居なければならない。その役を、買って出たのだ。
「ごめんなさい!レイシーさん!!」
 江里香先輩は、レイシーさんに抱きつく。
「・・・マレルも・・・貴女も良い子でした・・・。やっと・・・私の役目が終わ
る。・・・天使は悲しい運命・・・。貴方達の手で・・・この運命を・・・変えて
ね・・・。頼み・・・ました・・・よ。」
 レイシーさんは、そう言うと、安らかな笑顔を浮かべたまま、眠るように、息を
引き取る。・・・救えなかった・・・。
「レイシーさん!!うわぁぁぁぁ!!!」
 江里香先輩は、大声で泣く。ここでの時代の、母代わりだったのだろう。
「俺は・・・間違っていたんだろうか?」
 目の前の人を、救う事が出来なかった。
「そんな事無い・・・。けど、運命を変える時は、責任を考えなきゃいけない。そ
れを、レイシーさんは、言いたかったのですわ。」
 恵は、目を伏せる。目には光る物があった。
「僕達が、安易に力を使うことを・・・危険だと教えてくれたんだ。身を持って。」
 俊男はレイシーさんが言いたかった事を、理解していたようだ。
「レイシーさん・・・。私、分かった・・・。安易に力に頼らない!!」
 江里香先輩は、そう言うと顔を上げる。『ルール』の力は絶大だ。だからこそ、
無闇に使っては、いけない。それが、レイシーさんの教えだった。
「レイシーさん・・・。俺も肝に銘じる!俺達の力は、未来を救うためにあるって
事を!それを、忘れちゃいけないんだ。」
 無闇に使うのでは無い。必要な時に、この力を使えば良いんだ。
「そこに居るのは・・・誰かしら?」
 恵が木の奥を見つめる。どうやら、誰か居るようだ。
「隠れるつもりは、無かったんだがな。」
 出てきたのは、フジーヤさんだった。
「フジーヤさん!従軍してたんじゃないの!?」
 俺は驚いた。フジーヤさんは、てっきり従軍して離れられないと思っていた。
「今、プサグルをルクトリア軍の手で、解放した所だ。今日は、所々で、宴をやっ
てて、軍会議をやるような雰囲気じゃないんでな。抜けてきたんだよ。」
 フジーヤさんは、説明してくれた。そうか。プサグルを解放したんだ・・・。
「ジルドランの処遇も気になってたんだが・・・。どうやら、上手くいったようだ
な。最初、相談された時は、ビックリしたけどな。」
 そう。フジーヤさんにだけは、伝えてある。ジルドランさんを回復させて、落ち
延びさせる事をだ。ティアラさんの事も話してある。そして、この事は、誰にも言
わないように、口止めしてある。
「だが・・・。まさか、この修道長が天使だったなんてな・・・。悪いが、見させ
てもらった。・・・まさか、こんな所で繋がってたなんてな・・・。」
 フジーヤさんは、呟くや否や、フジーヤさんの後ろに、悲しそうな顔をした女性
が現れる。この人は・・・。
「その方は・・・誰です?」
 恵が尋ねる。疑問に思うのも、当然だ。
「お前達なら知ってるんじゃないか?俺の相方の天使、ルイシーだ。」
 ・・・ルイシー!そうか。フジーヤさんの未来の嫁さんだった筈だ。フジーヤさ
んの相方として、生物の魂を抜き取る担当をして、魂流操心術を完成させたパート
ナーだった筈だ。
「皆さん、初めまして。ルイシーです。・・・皆さんには、お礼を言いたいです。」
 ルイシーさんは、俺達に一礼する。
「礼をされるような事は、してませんよ?」
 江里香先輩は、不思議そうな顔をする。
「このように満ち足りた顔をして死ぬ天使を、私は知りません。姉に代わって、御
礼を申しているのです。」
 ・・・姉?ま、まさか・・・。レイシーさんと、ルイシーさんは・・・。
「姉妹・・・だったんですか?」
 俊男は、ビックリする。俺だってそうだ。
「姉は、ずっと使命に苦しんでました。解放されたがってました。」
 ルイシーさんは、姿を消しながらも、レイシーさんの動向を見ていたのか。
「俺も驚いたさ。お前さんと一緒に居た修道長を見るなり、ルイシーが『姉さん!』
なんて叫ぶもんだからな。」
 フジーヤさんは、大分前から、その事を知っていたようだ。
「エリカさん。姉は、貴女の事をマレルさんと同じく、娘だと思って接してきた筈
です。姉に代わって、そのような気持ちにさせてくれた事に、礼を言います。」
 ルイシーさんは、穏やかな笑みを浮かべる。江里香先輩は感極まって、泣いてし
まった。本当に、仲が良かったんだな。
「ああ。それでよ。もう帰れるんだろ?」
 フジーヤさんは、本題に入ったようだ。
「そうですわね。夜が明けてから、帰ろうと思ってますわ。」
 恵は、水晶玉を取り出す。・・・そうか。もう帰れるんだ。
「なら、見送りくらいさせてくれ。ライルに繊一郎、マレル辺りは、気になってし
ょうがないみたいだしな。グラウドは・・・まぁ無理か。」
 フジーヤさんは、グラウドさんが、ティアラさんの埋葬を済ませた事を、知って
いたようだ。手紙を見せてくれた。
「ついさっき届いた。伝書鳩でな。サイジンをパーズに預けてから、俺等の軍に戻
るそうだ。不器用な男だ。」
 フジーヤさんは、そう言いつつも、グラウドさんを認めていた。
「そうね。黙っていくのは・・・もう、たくさんよね。」
 江里香先輩は、目の下にクマが出来ていたが、大丈夫そうだった。
「お世話になった人達に感謝をしないで去るのは、良くない事だしね。」
 俊男も、大歓迎だったようだ。
「グズグズは出来ませんが・・・。心残りを残すのは、良くない事ですわ。」
 恵も、挨拶をしたいようだ。
「決まりだな。ただ、人目に付きたくないから、待ってるので、夜が明けたら来て
下さい。恐らく、ここは、人目に付き難い場所でしょう。」
 俺も賛成した。反対する理由が無かった。
「じゃ、また来る。レイシーは、俺達が埋葬する。良いか?」
 フジーヤさんは、ルイシーさんに合図をしていた。
「是非、お願いします。妹さんに埋葬されるなら、レイシーさんも、本望だと思っ
てます。」
 江里香先輩は、顔を上げる。もう吹っ切れたようだ。
「分かりました。エリカ。無理しないでね。」
 ルイシーさんは、自分の娘かのように声を掛ける。
 こうして、修道長は息を引き取った。俺は目の前で人が死ぬのは、もうたくさん
だと思っている。そう言う時が来たら、俺の拳で・・・何とかしたい。
 しかし、それが元で、理を乱しては、いけない。それをレイシーさんは、命をも
って教えてくれた。責任を、忘れてはならない・・・。


 登校日から、早3日。それぞれが、思い思いに過ごしていた。魔力の鍛錬をする
者、闘気を高めて、ぶつかり合う者。日々を過ごしながら、待つ者。
 想いは一緒だった。やはり、あの4人が居ないと寂しいし、締まらない。
 私やレイクが落ち込んでいては、更に締まらなくなるので、中心になって、やっ
ている。だけど、やっぱ、何か物足りないのだ。
 ちなみに、シャドゥさんやナイアは、ジェシーさんを補佐すると言う仕事が残っ
ているので帰っていった。あの4人が帰ったら、是非、知らせて欲しいとの事だ。
 心配よね。飛ばされてから1ヶ月。もう学校だって、始まってしまう。夏休みは、
もう少しで終わってしまうのだ。確か、あと1週間程だ。
 でも、私に出来る事は、自分の魔力を、磨き上げる事だけだ。今回だけは、絶対
に失敗出来ない。『転移』と『召喚』を、同時に操らなければならない。そして、
古代魔法の一つ、『時空』も使わなければならないだろう。『時空』は、高等魔法
だ。『転移』の上魔法であり、空間を切り飛ばして、部屋を作る魔法だ。昔の魔族
が良く使っていたと言うのを聞いた事がある。伝記でも『次元城』なる城を作った
者が居るくらいだ。要領は、掴んでいる。実際に、切り飛ばしも成功した。
 しかし、今回は、『転移』と『召喚』を使って、同時進行でやるので、成功する
かどうか、不安だった。だからこそ、自らの力を高めているのだ。『召喚』は、ル
ールを使えば問題ない。あの状態なら、どんな時代でも、呼ぶ事が出来る。ただし、
安全に召喚するためには、道を作らなければならない。そこで道を作るために『時
空』の魔法を、使わなければならないのだ。
 朝の瞑想を終わらせる。魔方陣には、今も魔力を入れ続けている。また、一日が
始まるのね。
「ファリアさん!!」
 何か焦った様子で、魁が瞑想の部屋に入ってくる。一緒に瞑想していた、莉奈や
葵がビックリする。魁は、ちょっと前に、魔方陣の様子を見ていた筈だ。
「どうしたの?ビックリしたじゃない。」
 私は、極めて落ち着いて対処する。思えば、魁もレベルアップしたわよね。一番
努力して、『ルール』にまで目覚めて、莉奈を守ろうと、必死になってる。
「よ・・・よにん!!4人揃ってる!!」
 魁は、焦っているようだ・・・って4人?まさか!
「本物!?間違いない!?」
 私も声が上ずる。とうとう・・・とうとう、4人揃ったのね!!
「返って来る反応も、アイツらに間違いないと思う!!」
 魁は、拳を握って、嬉しそうにしていた。これは・・・急がなくちゃね。
「私は、魔方陣で、気合を入れてくるわ。悪いけど、莉奈!葵!皆を呼んで!」
「はい!!」
 莉奈も、葵も嬉しそうに返事をする。やっと・・・。やっとなのね!
 私は、逸早く、魔方陣に向かって、水晶に写されている映像を見た。
「瞬君!!江里香さん!!恵さんに俊男君!!」
 私は、水晶から映りだされているのが、あの4人に間違いないのを確認する。
 あの4人の後ろに何人か居る。・・・レ、レイク!?それに、私そっくりな人が
居る!!どういう事!?
『久しぶり!ファリアさん!!良かった!反応が返ってきたよ。』
 瞬君の声がする。久し振りだわ。
『何か、懐かしい感じが、するね。』
 江里香さんも元気そうだ。良かったわ。後は、私の腕に懸かってるって訳だ。
「何か、ギャラリーが、いっぱい居るのね。」
 私は、悪戯っぽく言ってやった。
『こちらに居るのは、ライルさん、マレルさん、繊一郎さん、フジーヤさんよ?』
 恵さんが説明してくれる。それにしても、有名所ばっかりね。こんな短期間で、
伝記の英雄と知り合いになるなんて、やっぱ、あの4人は只者じゃないわ。
「おい!ファリア!!4人が見つかったって本当か!」
 レイクが、慌しく入ってきた。そして、水晶の映像を見る。
「うお!俺そっくり?」
 レイクも、気が付いたようだ。
『こっちのライルさんも、驚いてますよ。』
 俊男君が2人に代わって、話しているようだ。あっちには、映像は見れるようだ
が、音声までは、届かないらしい。飽くまで、あの4人しか、音声が届かないよう
になっている。と言うより、そう言う風に、水晶を設定したのだ。
「ライルさん、だそうよ。」
「あー・・・。ご先祖か。納得。ゼロ・ブレイドでの映像に、そっくりだ。」
 レイクは、納得する。ゼロ・ブレイドでの映像を、見てるんだっけ。
 そうこうしてる間に、皆、来たようだ。皆、心配してたのね。
『おー!皆、居る!何だか、帰れるって実感が湧いてきたな!』
 瞬君が盛り上がっていた。しかし、どことなく寂しそうだった。
 話したい事は、山程ある。しかし、喋ってる時間さえ、惜しい。
「4人共!悪いけど、話してるだけでも、魔力が食われるわ。早速、始めたいんだ
けど良い?」
 私は、声を掛ける。
「なーんだか、緊張してたなぁ。」
 魁が、嬉しそうに見つめる。魁が居なければ、この4人を発見出来なかった。
「とうとうなんだよね!」
 莉奈も緊張した面持ちになった。彼女の健気さには、助けられている。
「恵様、何だか寂しそうだね。」
 葵は、恵さんの事を心配していた。優しい子だ。
「何だか、でかくなったのぉ。4人共。こりゃあ楽しみだわい!」
 巌慈は、豪快に笑う。この人の肝っ玉は、見習うべきよね。
「フッ。これは、腕を確かめないと、いけないな。」
 修羅は修行の成果を確かめたがってる。確か合宿は、もうちょっとよね。
「あたしらだって、相当修練したんだ。そんなに簡単には、負けないよ。」
 亜理栖は、明るく言い放つ。
「瞬の奴、強くなってそうだね。楽しみだなぁ。」
 勇樹も強くなった。皆の修行に、付いていってるもんね。
「恵様・・・。やっとなのですね。」
 睦月は、感無量なのだろう。目には、光る物がある。
「腕に、よりを掛ける時が来た!って所かなー。ご馳走を作らなきゃですね。」
 葉月は、明るく振舞ってるが、嬉しさを、抑えきれないらしい。
「とうとうなんだな。長かったなー。おい。」
 グリードは、減らず口を叩いている。だが、心配は、人一倍していた。
「こっちも色々変わったし、情報交換だな。」
 エイディは、落ち着いているようで、うずうずしている。
「ファリア!頑張れよ!!」
 レイクは励ましてくれた。嬉しい限りだ。
「皆!やるわよ!!」
 私は、とうとう、本番が来た事を悟る。
 絶対成功させる!皆を取り戻してみせる!失敗なんかしない!
 私は、魔力を集中させ始めた。


 長かったようで、短かったのかも知れない。
 1ヶ月・・・こっちに送られてから、もうそんなに経つのか。
 ファリアさんなら、失敗しないだろう。
 時を操るミシェーダは、確かに脅威だ。
 だが、ファリアさんが使う『召喚』も、神技の域にまで達している。
 恐らく、『転移』、『時空』、『召喚』の3つを同時に操るのだろう。
 正直、難易度は高い。
 ファリアさんは『召喚』のルールで、召喚魔法は、ほぼ完璧にする事が出来る。
 今のファリアさんなら『転移』と『時空』を操るのは、問題ないだろう。
 それでも失敗したら、時の迷い児に、なってしまう。
 だが、私はファリアさんを信じる。
 それしか帰る道が無いと言うのも、事実。
 だが、それ以上に、ファリアさんの力を信じる。
 向こうとの交信は、終わった。
 後は、扉が出てくるのを待つだけだ。
「緊張するね。ファリアさんの実力は、分かってるけどさ。」
 俊男さんが、結構神妙な面持ちになっている。
「俺そっくりな奴居たよな。1000年後か・・・。」
 ライルさんは、考え込んでいた。無理もない。子孫を見てしまったのだから。
「私そっくりの人も、居ましたね。」
 マレルさんも不思議そうだった。まさか子孫が、大魔法使いになってるとは、思
わないだろう。
「ま、そっくりさんくらい居るだろうよ。しかし、この目で奇跡を目撃出来るチャ
ンスがあるとはな。時代を超える・・・か。」
 フジーヤさんは、恐らく予想が付いているのだろう。深くは突っ込まなかった。
「拙者も楽しみで御座る。寂しくも、有り申さん。」
 繊一郎さんには、お世話になったわね。
「それにしても驚いたのは修道長様です。突然、手紙を残して去ってしまうなんて。」
 マレルさんは、知らない。レイシーさんは天使で、ミシェーダのせいで、死んで
しまったと言う事実を・・・。
「あれだけ熱心な人も、居ないからな。いつか会えるだろうさ。」
 フジーヤさんは、軽口を叩くように言う。さすがね。表情一つ変えないわ。
「そろそろだね。何だか、ドキドキしてきた・・・。」
 兄様は、落ち着きがない。全く・・・。帰ったら、礼儀も教えなきゃいけません
わね。天神家たる者、堂々と振舞わなくては。
「帰れる・・・か。長く感じたけど、短かったわ。」
 江里香先輩も、私と同じ気持ちのようだ。
「これで良かったのですわ。これ以上、こっちに居ると、帰りたくなくなってしま
います。でも、私達は、この1ヶ月間を、忘れませんわ。」
 それは間違いなかった。こんなに印象深い1ヶ月は、無かった。
「恵殿は、未来の女傑になれる器。拙者も、忘れはしませぬぞ。それと、俊男殿。
ショウ殿が、言っておられた。『パーズ拳法の未来は、託した。』と。」
 繊一郎さんは、感慨深く話す。それと、俊男さんへの伝言ね。
「ははっ。パーズ拳法最大の使い手と言われるショウさんに託されるとは、光栄で
す。こりゃ責任重大だね。」
 俊男さんは、託されるだけの実力が、お有りよね。
「それと・・・江里香殿。貴女程の使い手も、拙者初めてお見受けした。そして、
瞬殿。貴殿は、未来を担える器とお見受けした。拙者1000年前から、そなたの御武
運を、お祈りするで御座る。」
 繊一郎さんは、江里香先輩と兄様についても言及する。兄様との手合わせで、繊
一郎さんは、ビックリしてた物ね。純粋な実力差が分かったのは、初めてだって。
 負かされたのでは無く、負けを認めさせられた。その事実が、繊一郎さんの心に
深く刻まれたのだろう。
「私は、まだまだ未熟よ。だからこそ、修練は欠かさないわ。」
「俺もだ。力は、ついてきたけど、技の未熟さを、この時代で痛感した。俺より力
が劣る人と、引き分けたりしたしな。俺は、もっと技を磨くよ。」
 兄様も、気合十分ね。兄様らしいわ。
『4人共!そこに、扉が出来るわ!!』
 ファリアさんが気合の入った声を出す。とうとう帰るのね。
「とうとう、この時が、来たようね。」
 私は、緊張する。やはり失敗した時の事を考えてしまう。
「恵。俺達以上に、ファリアさんは心配してるんだ。信じてやろうぜ。」
 ・・・そうだったわ。私達が不安な顔を、してはいけない。
 そう思っていると、銀色に光る扉が出現した。
「これが・・・召喚の扉か。」
 何とも言えない。不思議な扉だった。
「よし・・・。帰ろう!!」
 兄様は、扉のノブを開ける。奥は、不気味な光り方をしていた。
「エリカ!私、楽しかったです!!貴女に会えて良かった!」
 マレルさんは、江里香先輩に声を掛ける。
「ありがとうマレルさん!!私も忘れない!忘れるもんですか!!」
 江里香先輩は、涙ながらに、そう叫ぶと、扉に向かって走っていった。
「瞬!!俺達の事、忘れるなよ!」
 ライルさんが、鼓舞をする。
「良いか!お前達との出会いは、俺達の誇りでもあるんだ!忘れんな!!」
 フジーヤさんは、らしい事を言う。
「俺は、忘れませんよ!この黄金の時の体験をね!」
 兄様は、そう言うと、扉に飛び込んで行った。
「俊男殿。これは、ショウ殿からの手紙で御座る。」
 繊一郎さんが、俊男さんに手紙を渡す。
「こ、これは・・・この時代の免許皆伝!?・・・参ったなぁ。」
 俊男さんは困惑する。これを託されると言う事は、これから先のパーズ拳法を、
俊男さんに、任せると言う証でもあった。
「もう逃げられないな。やってやるか!ありがとう!繊一郎さん!!」
 俊男さんは、気合十分で扉に飛び込む。
「そして・・・恵殿。拙者の事は忘れないで欲しい。」
 繊一郎さんが、神妙な顔をする。
「忘れませんわ。馬鹿正直な、忍者さん。」
 私は茶化す。それくらいの方が、私の性にあっている。
「恵殿。・・・拙者は、貴女の事が、好きになってしまった。」
 ・・・やだ・・・。もう・・・繊一郎さんも大胆ねぇ。
「・・・こんな時に言う事?・・・んもう。」
 私は、顔が熱くなる。・・・思えば、繊一郎さんは、常に私を見てくれてたわね。
 よし。しょうがないな。
「繊一郎さん!!」
 私は、叫ぶと、繊一郎さんの唇を、私の唇で塞いでやる。
「私には、想い人が居ます。けど、貴方の事も、気に入ってましてよ?」
 私は、照れ隠しをしながら、扉に手を掛ける。
「・・・恵殿・・・。・・・拙者、忘れませんぞ!!絶対に!!」
 繊一郎さんは、人生で、初かも知れない涙を流す。参ったわね。
「名を残す英雄にならないと、拗ねちゃいますわよ?・・・ありがとう。」
 何だか照れ臭いわね。最後に、こんな気持ちになるなんてね。
 これ以上は、留まっちゃいけない。この時代を、離れられなくなる。
「拙者、一生、忘れませぬぞ!!!」
 繊一郎さんの叫びが後ろで聞こえた気がする。私は、その瞬間、笑顔で繊一郎さ
んに振り向くと、扉を閉めた。
 だから・・・別れは嫌だったのよ。・・・でも、しないより良かったかな。
 私は、後は迷いは無い。ファリアさんを信じて、この道の奥にある光を目指す。
凄いわね。あの光以外の空間は、不気味極まりない。これが時空の道か。
 光に向かって、走る。遠い遠い旅をした。その終焉に迫る。
 もう皆、着いているのだろう。私しか居ない。私は、光に飛び込んだ。
 ・・・ん・・・。
 あ・・・。魔方陣・・・。見覚えがありますわ。
「恵様!!!」
 私が見渡すと、同時に誰かが抱きついてきた。あらら。睦月じゃないの。
「・・・戻ってきたのですね。私も。」
 私は、睦月の頭を、愛おしそうに撫でてやる。
「遅いから心配したよ?」
 俊男さんが横に立っている。そこで、私と同じように、莉奈の頭を撫でていた。
「何かまだ、実感ないけどな。えれぇ旅だったな。」
 兄様は、スッキリした顔になっていた。
「この1ヶ月を無駄にしない。そうよね?恵さん。」
「当たり前ですわ。江里香先輩。無駄になんか、なる物ですか。」
 私は、江里香先輩に返してやる。
「・・・良かった・・・。成功した・・・。」
 ファリアさんは、精も根も、尽き果てたような顔をしていた。
「皆様には、感謝し切れませんわ。本当に、ありがとう。」
 私は、周りの皆に、感謝の意を示す。
「悪いけど、私は休むわ。・・・ふう・・・。」
 ファリアさんは、そのまま気絶する。倒れる前に、レイクさんが、抱きかかえて
やった。そうよね。ファリアさんは、一仕事終えたのよね。
「葉月!ファリアさんに、最上のベッドを用意するのよ。」
「分かってます!恩人ですから!」
 葉月は、早速ベッドメイクをしに行った。行動が素早くなったわね。
「あ。そうだ。瞬!」
 レイクさんが、兄様に握手をするポーズをする。兄様は、つられて握手する。
「どうし・・・うわ!!・・・ああ。そうか。」
 兄様は、一瞬ビックリしたが、すぐに理解したようだ。
「ゼーダが居る事を、忘れてたよ。」
 ああ。天上神の。そう言えば、レイクさんが、預かってたって話だったわね。
「瞬。後で手合わせしような!!」
 レイクさんは、そう言うと、ファリアさんを抱いたまま、部屋を出て行った。
「ハハッ。嬉しい事を言ってくれますね。」
 兄様は、満更でも無かったようだ。相変わらずね。
 こうして、私達の、長く短い旅は、終わったのである。
 しかし、油断は出来ない。飛ばした張本人が、まだ居るのだから・・・。



ソクトア黒の章3巻の7前半へ

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