7、親友  深い夢を見た。  それは、親子の夢。  2人の父親に囲まれながら、幸せそうに自分の子を見せる子供の夢。  その様子を、母親が嬉しそうに見つめる夢。  父親達夫婦は、25年振りに子供と再会する。  そして、驚きと歓喜に包まれながら、歓迎を受ける。  そして、真実を知り、俺達に感謝する。  でも、この幸せは、誰にでも、享受するべき物だ。  俺達は、手助けをしたに過ぎない。  でも・・・この夢で・・・救われた気がした。  俺のした事は・・・間違っていなかった・・・筈だ。  そんな、幸せな夢を見た。  だから・・・だろうか。  俺は、思い描くのだ。  いつの日も、厳しい忠誠を貫いていた男の名前を・・・。  その名は・・・ハイム=ジルドラン=カイザード。 「・・・ん・・・。」  俺は、目が覚めたようだ。・・・ここは天神家だ。  本当に戻って来れたんだな。今でも、あの時代に居た事が、信じられない。  でも夢なんかじゃ無い筈だ。夢のような、毎日ではあったがね。 (余りに深く眠ったので、起こせなかったぞ。)  ああ。ゼーダ。おはようさん。 (フッ。レイクとも相当修行したが、やはり、君とで無くてはな。)  俺としては、余り有難く無いけどな。 (しかし、君の夢・・・。あれは、現実かも知れぬな。)  ああ・・・。ジルさんとサイジン君の出会いだろ。そうあって欲しいな。  偶像じゃなきゃ、良いよなぁ・・・。  俺達は、既に今までの、旅の経緯を皆に話してある。濃い一ヶ月間だった。  それと同時に、こっちで起きた出来事も聞いた。特に、生徒会長やゼリンの事は、 驚きだった。恵と俊男は、水晶玉を通して聞いていたらしく、そこまで驚いては居 なかった。それにしても、早乙女生徒会長まで『ルール』の使い手だったなんてな。 (恐ろしい『ルール』だったぞ。レイクの支配下にあった、私ですら、動きを拘束 されたのだからな。改めて、恐ろしさを感じたよ。)  それを正しい事に活かせなかったのが、生徒会長の落ち度だな。  それと、レイクさん達の仲間であり、父親代わりだって言う、ジェイルさんが生 きてたのも、驚きだった。今は、ファリアさんの親友である、ティーエさんを看病 中だとか。ここ1ヶ月の休養のおかげで、体は良くなったのだとか。後は、ティー エさんを看病しながら、リハビリの最中なんだと言う。 (睦月の手当ても完璧だったしな。いやはや大した奴らだよ。)  俺達も色々有ったけど、皆も、それぞれ成長してる。こりゃ手合わせが楽しみだ。  下に降りると、恵が正装で、大広間に使用人を集めていた。 「一同、恵様に・・・礼!!」  睦月さんが、掛け声を掛けると、皆、一糸乱れぬ動きで、礼をこなす。 「これまでの報告を、読ませて戴きました。」  恵は昨日、睦月さんから、天神家の出来事を纏めた紙を渡されて目を通していた らしい。すっげぇ分厚かったのに、一晩で読んだってのか・・・。 「不覚を取った私に対し、忠誠を誓い続けた事。そして、私が不在の間、不審に思 わせなかった、皆の手腕に、改めて感謝します。」  そうか。恵は天神家の当主。居ないのが続くと、不審に思われるよな。 「天神家の外交関係を睦月、中の仕事は葉月が中心になってくれたようですね。特 に二人には、感謝します。そして、二人に良く尽くしてくれた皆に、改めて、御礼 を申しあげますわ。・・・そこで、睦月。皆の給料を1万ずつ上乗せしなさい。」  恵は、高らかに宣言する。すると、従業員は皆、満面の笑みで深く礼をする。そ うか。労った者には、礼を尽くすって事だな。 「その件、承知しました。しかし、恵様。皆、お金のために、やった訳では無いと 言う事は、分かってらっしゃいますよね?」  睦月さんは、少し意地悪っぽく言う。 「睦月?私が、そう感じていたら、皆の昇給を、認めたとお思い?」  さすが恵だ。鋭い切返しをしてくる。恵は、皆が本当に頑張っていた事を知って いる。だからこそ、昇給を認めたのだ。 「恵様には、敵いませんね。ならば、皆、この昇給は、恵様のお気持ちと思って、 有難く頂戴致しましょう。良いですね?」  睦月さんが纏めると、使用人達は、改めて、恵に礼をするのだった。・・・すげ ぇ。誰一人として、恵に不審を抱いてる奴が居ない。凄い統制感だ。 「では解散!!」  睦月さんの一言で、使用人達は、仕事に戻る。そうだよな。この家の事が、恙無 く進行するためには、彼らの力が必要不可欠だ。 「あら?兄様。早いじゃないですか。見てらしたの?」  恵は、俺に気が付いたようだ。 「ん?ああ。いや、使用人の人達も、すげぇんだなーってね。」  俺は、改めて、この家の強さを思い知った。 「フフッ。私が直接、面接して集めたんですのよ?当然じゃないですか。」  ああ。そうだったのか。そういや、親父・・・厳導が死んでから、慌しかったよ な。その時に面接してたってのか。すげぇ行動力だ。 「睦月と葉月以外は、篩いを掛けつつ、募集しました。信用に足る人物ばかりです。」  それで、この一体感か。いやはや、俺には、真似出来ないな。 「そういや、睦月さんと葉月さんって、親父の時も、あんな感じだったのか?」  俺は、疑問に感じていた事を聞く。 「・・・それは私の口から言う事では、ありませんわね。」  なる程。そりゃそうだな。 「変な事を言って悪かった。直接、聞いてみるよ。」  俺は、そう言って、トイレに向かった。食事の前に済ませておく。  それから、優雅に食事をさせられて、俺は部屋で休んでいた。修練開始まで1時 間くらい時間がある。俺は、胴着に着替えて、気を落ち着かせる。 「戻ってきたんだな。」  俺は、感慨深い物があった。やはり、この1ヶ月の事は、忘れられない。 「瞬さん。良いですか?」  扉をノックする音が聞こえた。このノックは、葉月さんだ。 「あ。大丈夫ですよー。」  俺は、ベッドに腰掛ける。すると、遠慮がちに葉月さんが帰ってきた。 「どうしたの?」  俺は、葉月さんに尋ねる。何か用事でもあるのだろうか? 「いえ、恵様には、逸早く帰還のお祝いの挨拶をしたんですが、瞬さんには、まだ だったんで、ご挨拶に、来たんですよ。」  ああ。義理難い人だな。さすが、使用人長をやっているだけある。 「睦月さんには、一言言われただけだからね。嬉しいかも。」  睦月さんは、昨日、突然来て、『瞬様のご帰還、嬉しかったですよ。』と、言わ れただけだった。とは言え、珍しく気持ちが篭っていたので、少し嬉しかった。 「姉さんも来たんですね。抜け目が無いなぁ。」  葉月さんは、頬を膨らませる。そんな仕草が、可愛く思える。 「ああ見えて、姉さんは、情が深いんですよ?」  葉月さんは、はしゃいでいる。何か葉月さんが笑顔だと、こっちまで笑顔になる。 「へぇ・・・。あ。そうだ。そう言えばさ。恵が当主になる前って、どんな感じだ ったの?俺、居なかったからさ。想像が付かなくて。」  俺は、適当に切り出してみた。 「・・・瞬さん。それ、姉さんに、聞いちゃ駄目ですよ?」  葉月さんは、妙に真面目な声で言う。 「・・・何か、あったの?」  さすがに俺も、気にならずには、いられない。 「瞬さんは、不思議に思いません?姉さんは、厳導様を愛しておられたのは、知っ てるでしょう?その上で、厳導様を手に掛けたのは恵様。なのに姉さんは、恵様に 忠誠を誓う所か、この上無い信頼をしている。」  ・・・そう。気になっていたのだ。親父を手に掛けたのは、恵だと聞いている。 それには親父が、とても正気とは思えない実験を、恵で繰り返していたからだと、 聞いている。資質が有った恵は、凄まじい実験を、繰り返されていたのだ。  そんな親父を、生前に睦月さんは、惚れ込んでいたのだと言う。恵を諭す役すら、 やったのだと言う。睦月さんは、親父のために、心を鬼にしたと恵も言っていた。 「姉さんは、今でも、厳導様の事を愛しています。」  ・・・まぁそうかもな。修練場の歴代当主の写真の親父の所を見る目つきは、未 だに、恋をしている少女のような目だった。 「でもね。だからこそ、恵様を愛しく思ってるんです。姉さんは。」  そこが、良く分からないんだよなぁ。 「厳導様は、恵様を最高傑作だと言った。恵様には、それが許せなかった。その気 持ちは、私にも分かるんです。でも、姉さんは、言ってました。厳導様は不器用だ から、そう言う言葉でしか、娘を、愛してやれなかったのだと。」  親父からしてみれば、最大の賛辞だったって事か。恵にとっては、屈辱以外の何 物でも無かったってのにな。皮肉な物だ。 「厳導様が、愛して止まなかった恵様を、姉さんは、厳導様の代わりに見届けるん だって言ってました。それが、姉さんの、願いなんです。」  何て事だ。こんな単純で、しかも、深い理由だったなんて・・・。 「だから、瞬様が来る前の、この屋敷は、陰鬱としてましたよ。」  想像は付く。恵は荒れ狂っていただろうし、親父は、使用人を大事に思うような 奴じゃ無かったしな。 「何だか、重い事を聞いちゃったな。ごめんね。葉月さん。」  葉月さんだって、余り思い出したくないだろう。 「私が言った事、内緒ですよ?」 「そりゃあ、分かってるよ。こんな事を言ったりしないよ。」  葉月さんだって、口を滑らしたと、思われたくないだろう。俺だから答えたのだ。 「感謝する。けど、睦月さんへの態度を、変えたりはしないよ。」  それが、俺に出来る事だと思う。 「アハッ。瞬さんなら、信じられます。」  葉月さんは、また笑顔になった。やっぱ、この笑顔じゃなきゃな。 「ところで、瞬さん。どうでした?1000年前ってのは?」 「そうだねぇ。俺と出会ったジルさんは、凄い人だったよ。あんな忠誠心の固い人 は、居ないと思った。俺、あの人に会えて良かった。」  葉月さんは、俺の言葉に耳を傾けている。楽しそうだった。 「やっぱ、伝記に載る位の人は、凄いんですね。」  葉月さんは感心している。興味あるのかなー。 「で?憧れの江里香先輩との仲は、進んだんですかぁ?」  葉月さんは、からかう様な視線を、送ってくる。 「ブッ。ななな、何でそ、そう思うの?」  俺は必要以上にうろたえた。馬鹿だな。こんなんじゃ、バレるに決まってる。 「べっつにぃ?瞬さんは、モテるんですねー?恵様まで、本気だってのに。」  うう。それも、分かってるんだよねぇ・・・。 「恵は・・・大事な妹なんだけどねぇ。」  最近は、それ以上のスキンシップをしてくる。参った物だ。 「一生懸命やってる姿に、魅力を感じるって所でしょうか?」 「葉月さん・・・楽しんでる?」  うう。この部屋に来たのも、からかいに来たのかな。参ったな。 「はい。楽しんでます。でも、もっと楽しんじゃおうかな。」  葉月さんは、そう言うと、親指を立ててみせる。そして、俺を指差す。 「え?どう言う事?」 「つまりぃ。私も恋人候補になれば、もっと楽しいと思うんです!」  ・・・はっ?え?え?何? 「ええとー・・・。え?」  俺は完全に、パニックになっていた。冗談なのかな? 「むぅー?瞬さん、冗談だと思ってるでしょう?」  よ、読まれてる。さすが、葉月さんだ。 「じゃぁ、私から、問題を出します。」  問題?何だろう。・・・って、このノリは一体・・・。 「私にとって、一番身近な男性って誰ですか?」  葉月さんにとって・・・。まぁ俺か。 「瞬さんですよね?じゃぁ専属の使用人として、朝に顔を見に来るのは誰ですか?」  ・・・葉月さんだ・・・な。う・・・。 「体調管理から、料理まで作ってるのは、誰ですか?」  ・・・あー・・・。葉月さんだ。 「あ、あはははは。そうだったね。」  そう考えると、葉月さんが俺を好きなのって、別に変な事じゃ無いのか? 「で、実は、瞬さんのお世話をする係り、立候補したのは、私の方なんですよ?」  え・・・。そうだったのか?てっきり睦月さんと恵が、勝手に決めた物かと。 「まーた意外そうな顔。瞬さんは、顔に出過ぎですよ?」  ううう。俺の悪い癖だ。モロバレ・・・。 「じゃぁ・・・。本気で?」 「こんな事、冗談じゃ言いません。これでも今、結構恥ずかしいんですよ?」  葉月さんは、顔がほんのり赤い。そうか。照れ隠しで見せてないだけだったんだ。 「驚いたけどさ。俺、嬉しいよ。」 「瞬さんは、優しいですね。女の子は、それに勘違いし易いんですよ?江里香先輩 と本気だったら、私の事は、振ってくれて構わないんですよ?」  葉月さんは、少し厳しい事を言う。そうか。そうだよな・・・。 「でも、俺、葉月さんの事も好きだし、その気持ちを、いきなり断るってのは、出 来ないな・・・。だって今、嬉しいし。」  俺は、優柔不断なんだろうか? 「その言葉で十分です。でも、私、本気にしちゃいますよ?」  葉月さんは、緩まない。本気だったみたいだ。 「よし!今日は、ここまで!瞬さん。これからは、私も本気で行きますからね。」  葉月さんは、吹っ切れたようだ。恐らく、今までは、恵が居て、江里香先輩が居 た。だから、自分を押し留めていたのかも知れない。でも、それで居ながら、俺の 事が好きだと言う気持ちを、持ってくれた。  葉月さんか・・・。また俺には、もったいない女性が、好いてくれてると知った。  嬉しいけど・・・。いつかは・・・。決めなきゃ、いけないんだよな。  贅沢な悩みなのかも知れないな。  瞬達が、帰ってきた翌日、皆は修練場に集まった。瞬達4人の実力を見るためだ。  やはり、気になる。1000年前を旅して、奴ら4人が、どれ程の実力になって帰っ て来たのかがだ。俺達だって、毎日のように修練している。だが、奴ら4人は、時 代を超えてきたのだ。強くなってるんだろうな。  まず、恵が睦月さんと葉月さんを相手している。同時に、相手しているのに、全 く乱れない。凄まじい程のバランスだ。さすがだ。そして、江里香も凄い。勇樹や 亜理栖を相手にしているのだが、二人の攻撃を、掻い潜りながら攻撃を繰り出して いる。一対多の攻撃方法を、完全に熟知している。  俊男の攻防一体の攻撃は、更に磨きが掛かっている。まるで、それが一連の流れ かのように巌慈の攻撃を捌いている。そして、瞬。俺の攻撃を予測するかのような 動きだ。参るな。これでも、修行したんだけどな俺・・・。 「さっすがレイクさん!動きが、前とは段違いだよ!」 「お前ねぇ。その俺の攻撃を、いとも簡単に捌いているのは誰だ?」  瞬は、俺の攻撃を物ともしていない。前は、これでも負かす自信があったんだけ どな。今は、その余裕が無いぜ。こっちは木刀を持ってるってのにな。 「せい!!」  恵が本気を出したのか、睦月さんも、葉月さんも片手で投げ飛ばされてしまう。 凄い強さだ。江里香の方を見ると、隼突きで、吹き飛ばしている所だ。俊男も、巌 慈の足を払って、転ばせていた。そして・・・。 「・・・っと・・・。参った。」  俺まで、瞬の拳が鼻先に突きつけられて、負けた所だ。 「お前達、強くなり過ぎだ。参っちまうぜ。」  俺は悪態を吐く。本当に凄い強さだ。この短期間に、どれだけ強くなってんだか。  俺達だって強くなってる。だが、コイツらは、それ以上の速度で成長していた。 特に技の部分が凄い。恐らく、力の部分は、俺達も相応に強くなっている。しかし、 技に関しては、瞬達の成長に追いついてない感じだ。  感覚的には、力と言うのは日々の鍛錬で鍛える分、加算されていく感じだ。それ に対し、ルールは能力だ。これは乗算されていくのに近い。そして、技だ。技は、 相手の力を削ぐ減算に近い。相手に力を出させない。それが技量と言う物だろう。 技で見切られれば、いくら力があろうとも、当たらないので、意味が無い。  1000年前の先人達との鍛錬で技の部分が、大きく鍛えられたって事か。それだけ、 伝記の人々は、技に磨きを掛けてたって事だな。  大きく水を空けられちまったな。だが、このままで居る気は無いぜ。 「こっちで大きく成長したのは、ファリアだろうな。」  俺は、ファリアの名前を出す。ファリアは、4人を救った事で、満足感と達成感 を味わっている。そして、それに見合う成長をしたと、俺は思っている。ファリア は、皆の中心になれる女性だ。そして、俺の誇りでもある。 「ファリアさんには、頭が上がりませんわ。」  恵ですら、ファリアの事は認めている。ファリアは、天才肌なのに努力家だ。そ して、水を吸収するかの如く、成長している。 「ファリアは、昔の私が危険と判断した程の逸材だからね。魔力では、随一だよ。」  ゼリンも同調する。うーーん。仲間になったって、頭では分かってるんだけど、 違和感は、拭えないな。 「そう言う貴女だって、見上げた物よ。さすがは、神の子だけありますわ。この私 が、隙らしい隙を見付けられない相手なんて、中々居ませんわよ?」  恵をもってしても、ゼリンには隙が無いか。そうだな。俺も見付けられない。や っぱ技量は、凄い物を持っている。失われたのは、神気だけだって言うしな。 「私は、咎人。なればこそ、大きく皆の力に、ならなくてはならない。そして、貴 方達の修練は、ゼロマインドの予想を、大きく上回ってる。その手伝いをしなけれ ばね。それが、私の存在意義なんだからね。」  そうか。じゃぁ、明るい兆しと見て、良いのかな? 「だが、ゼロマインドは、今も成長している。君達が成長しているのと、同じよう にね。追い付かなければ、ならないのは確かです。」  やっぱ、すげー奴なんだな。・・・しかし、気になる事があるな。 「なぁ。ゼロマインドって、どう言う奴なんだ?」  それは、単純にして、最大の疑問だった。ゼロマインドが、当面の敵だってのは、 分かった。だが、どう言う奴なんだろうか? 「ゼロマインドは、無から生まれし最悪の赤子みたいな物です。ただし、最近では、 知恵を付けています。まるで、人間から学んでいるようにね。」  性質が悪いな。知恵を付けられるってのは、苦戦するかも知れないな。 「知恵とはのぉ。小賢しい事だのぉ。」  巌慈も、気に食わないみたいだ。闘い辛い相手かもな。 「最近では、意識を分けていると言う噂も、あります。」  ・・・?意識を分けている? 「また、勿体付ける言い方だな。」  修羅も、気になっているようだ。 「私も詳しくは知らないのですが・・・無の存在のままでは、目立つためでしょう ね。意識を分けて、自分が無の存在だと悟られないように、カモフラージュしてい るみたいです。そして、人間に化けているとの情報は、得てるんですが・・・。」  に、人間に化けているだって?そりゃ・・・とてつもなく、厄介なんじゃ? 「敵も、馬鹿では無いと、言う事ですわね。」  恵も警戒を強めている。どう対処して良いのやら・・・。 「自らの力は制御しつつ、着実に力を蓄えていく・・・。上手い方法だと思います。」  ゼリンは、目を伏せる。警戒しなきゃいけない事は、確かなようだな。 「意識を分けるって事は・・・。2人の人間に、化けているって事なのかな?」  俊男も考えていた。なる程。意識を分けるって事は、そうかも知れないな。 「そう考えるのが妥当でしょうね。更に言うならば、私は『元老院』の中に、紛れ 込んでいるのでは無いか?と見ています。」  セントの中枢を動かしているとも言われている、セントの最高の役職『元老院』。 国事総代表、最高裁断長、不正監視委員長の任命権を持ち、長く3つの役職に付い た者だけがなれる国家のキモでも、ある筈。 「現在、『元老院』のメンバーは9名。どのメンバーも、それぞれの役職を20年 以上、経験している人達です。だから、20年以上も前から、意識を分ける作業を している筈なのです。」  つまり、どのメンバーも、怪しいと言う訳だな。 「特徴的なメンバーとかは、居ないのか?」  瞬は尋ねてみる。特徴的なメンバーが居れば、分かり易いかもな。 「私も、過去に調査してみましたが・・・分かりませんでしたね。」  ゼリンですら、分からないのか。 「八方塞かぁ・・・。」  魁は、残念そうな声を上げる。 「ま、何も情報が無いよりは、マシじゃないの?」  江里香が、前向きな事を言う。ま、そうかも知れないな。情報が、何も無いのと 比べれば、大した進歩かも知れない。 「『元老院』かぁ。私が捕まるちょっと前に、発足されたのよね。あの時は、私と 何か繋がりがあるかは、考えて無かったわね。」  ファリアは、溜め息を吐く。恐らく、自分の数奇な運命に、呆れているのだろう。  その時、チャイムが鳴った。誰か訪問者だろうか? 「私が、出てきます。」  睦月さんが、手早く対応する。手際の良さは、相変わらずだ。  しばらくすると、苦い顔をして戻ってきた。 「恵様。厄介な客が・・・。」  睦月さんは、恵に耳打ちする。すると、少し考え込んでから、頷く。 「兄様。神城さんが、来たそうよ。」  恵は、下手に隠さず、瞬に知らせる。アイツ、また来たのか。と言うより、今度 こそ、瞬と決着をつけに、来たのかも知れない。しかし、今の瞬は、ズバ抜けてい る。扇が勝つのは、至難の業かも知れない。 「扇か。そう言えば、一回、来たんだっけか。」  扇が来た事は、瞬にも話してある。 「ここの事情は、知っています。通しましょうか?」  睦月さんは、余り気乗りしてないみたいだが、扇を迎え入れるか提案する。 「出来れば、お願いする。話したい事もあるしな。」 「良いでしょう。ここへ通しなさい。私も許可します。」  瞬が了承すると、恵も許可を下す。ここの特殊な事情については、この前に来た 時に説明してある。信頼する訳じゃないが、周りに喋るようなタイプでもない。  少しすると、風見を従えて扇が姿を現した。そして、周りを見渡す。 「良い道場だな。悪くない。」  扇は、まず景色を見る。 「ここだけ空気が違う。これは、強くなる訳だな。」  扇は、分析を始めていた。 「俺が居ない間に、来たんだって?」  瞬が扇に尋ねる。何か思い当たっての事なのか? 「貴様と決着をつけに行ったんだがな。肩透かしだった。だが、面白い物を見させ てもらった。貴様の仲間とやらは、面白い奴ばかりだな。」  扇は、『転移』を体験している。それと、俺との手合わせも、合わせて言ってる のかも知れない。 「今では、恩人でもあり、最高の仲間達だ。」  瞬は、淀みなく言った。照れるなぁ。 「恵まれているな。ま、貴様らしい。」  扇は、ある程度、瞬の事は認めている。 「話に聞くと、1000年前に行ってきたそうじゃないか。俄かには信じられんが。」 「信じなくても良い。だが、俺にとっては、黄金の日々だった。」  瞬は、黄金の日々と言った。確かに、中々出来る体験じゃない。 「眼が違う。俺と試合をした時とは、眼の甘さが違う。真偽はどうあれ、成長した のは、間違いないみたいだな。」  扇は、鋭い事を言う。さすがは、神城流空手の継承者でもある。 「そこまで分かっていながら、俺と勝負するって言うのか?」  瞬は、扇が全く、戦意を衰えさせていないのを、気にしているようだ。 「当然だ。前回、ここに来てから、今までに、貴様を倒すための、特訓をしていた のだ。貴様を倒すためだけにな。」  あれから、すぐ戻って特訓をしていたと言うのか。しかし、瞬以上の体験など出 来るのだろうか?中々思い付かない。 「貴様が、過去で達人と手合わせしたのなら、それなりの物を得て、帰ってくる。 それは、予想出来た。ならば、俺も、達人と手合わせするしか、なかろう。」  達人?って事は・・・。現代の達人と? 「俺は、貴様を倒すために、達人の教えを請う事にした。」  あの誇り高い扇が、人に教えを請うなんて・・・。 「アンタも成長したようだな。俺と手合わせした時では、考えられない事だ。」  瞬も、驚いているようだ。 「いったい誰と、やったんじゃ?」  巌慈も気になるようだ。現代の達人か・・・。 「俺が尊敬できる達人は、このソクトアに、一人しか居ない。究極の護身術の使い 手である、藤堂 秋月(しゅうげつ)ただ一人よ。」  ・・・藤堂・・・秋月?どこかで聞いた事が、あるような・・・。 「お、お爺様の所に、行ったのですか!?」  葉月さんの声が震えている。お爺様?・・・ま、まさか。 「耄碌もせず生きてるなんて、恐ろしい限りですね。あの爺さん。」  睦月さんは、刺々しい事を言う。やはり、この二人の・・・。 「ほう。秋月の孫か。お前達。」  扇も興味が、あるようだった。 「忌々しいけど、その通りです。あの爺さんは、まだ元気なのですか?」  睦月さんは、相当、気に入らないらしく、まだ棘のある口調だ。 「技の冴えは、極まっている。秋月ならば、100歳生きても、おかしくはない。」  扇は、秋月の事を、結構買っているようだ。 「お爺様・・・。まだ、あそこに居るのですか?」  葉月さんは聞いてみた。あそことは? 「お前たちの言う「あそこ」が、どこかは知らぬ。だが訪ねたのはテンマの烏峠だ。」  烏(からす)峠。確か、ガリウロルで、もっとも魔界に近いとされるオドロオド ロしい峠だって話だが・・・。 「まだ、あそこに居るのね。父様の葬式にも、顔を出さない人を、肉親と認める気 は、ありません。」  睦月さんは、一際、鋭い眼をする。 「私も、危篤の報せ、葬式の開催状を送ったのですがね。」  恵は、呆れ顔になっている。なる程。 「あのご老人・・・。扇様を呼び捨てにされてたから、気に入りません。」  風見は唇を噛む。風見らしい感想だ。 「力ある者が、優位に立つのは、当然の事だ。」  扇は、大して気にしていないようだ。 「父に、継承権を譲った後は、一度も、こっちに来てないんです。」  葉月さんは、悲しげな眼をする。余り家族を、顧みない人のようだな。 「人生を捨ててまで、強さに執着する。あの執念こそ、学ぶべき対象よ。」  扇が気に入る訳だ。飽くまで強さが中心なんだな。 「恐ろしい達人が、居た物だな・・・。」  修羅も呆れている。そこまでして得たい強さとは、何なんだろうな。 「無駄話は、ここまでだ。貴様が得た力と、俺が身に付けた強さ、どちらが上か。 俺が知りたいのは、それだけだ。」  扇は、瞬との決着を望んでいるようだ。 「神城と天神の決着か?俺は、興味無いんだけどな。」  瞬は、家に縛られるのを望んでいない。 「勘違いするな。家など関係ない。俺が、貴様を処刑したいだけだ。」  扇は、飽くまで瞬に勝ちたいだけか。 「変わらないな。良いだろう。受けて立つ!」  瞬も、やる気になったようだ。元々闘うのが、好きな男だからな。我慢しろと言 う方が無理か。恵などは、呆れている。 「しょうがないわね。じゃ、『結界』を張るわ。」  ファリアが、一瞬にして『結界』を張る。この辺の手際は、見習うべき所だな。  風見が下がる。それに呼応したかのように、俺達も、距離を取る事にした。  2つの二大空手の頂点を決める闘いが、始まろうとしていた。  生まれは1000年前・・・。  パーズ拳法が、素手での隆盛を極めていた時代。  ガリウロルに、パーズ拳法とは、違う強さを追い求める動きが出た。  攻防一体の動きに、長けてきたパーズ拳法。  だが、素手での一撃に、不満を持ち始めた男が居た。  パーズ拳法の門弟として一緒に学んだ二人が、理想を持って飛び出した。  その一人が、天神 龍(たつ)。  そして、もう一人が、神城 源治(げんじ)。  二人は、パーズ拳法を基にしつつも、最高の攻撃力が得られるように考えた。  その結果、天神は、拳を極限にまで鍛えて、鈍器として使う道を。  神城は、指先を極限まで鍛えて、鋭利な刃物と化す道を選んだ。  そして、互いに、その道を究めるため、再戦を誓いつつ別れたのだった。  天神 龍は、ひたすら拳を強化する道を選んだ。  神城 源治は、人との闘いを求め、賊となる道を選んだ。  互いに、擦れ違ったまま、次代に託す事を選んだ。  そして、決着が果たされないまま、1000年の時が経った。  その決着が、この前のような試合で済まされる筈が無い。  互いに、不完全燃焼であった。  俺は、試合であったので仕方が無いと言う見方であった。  だが、扇は、納得行って無かったのである。  だから・・・今日、決着を、つけてやる。  それが、互いの継承者にとって、良い結論であるのだろうから。  ・・・そして、この天神家の道場で、皆が見てる中での、立会いとなった。  緊張する・・・だが、これは、マイナスではない。これから闘いが始まると言う 気持ちで迎える、良い緊張感だ。 「ゾクゾクするぜ・・・。貴様との決着・・・。やはり違う。」  扇も心中は、同じみたいだ。 「扇。俺も、アンタとの決着は、楽しみだ。」  神城家との闘いだからでは無い。扇は強い。だからこそ俺の持てる力を出したい んだ。気を抜くと、一瞬で斬られる。その緊張感が・・・また良い。  この闘いに『ルール』は互いに使用不能とした。それぞれが、切磋琢磨した修行 で得た力での勝負にしたいと思ったからだ。その事については、扇も納得している。 「確かに、この『ルール』とやらは便利だがな。それでの決着など、俺が望んだ物 では無い。この肉体での処刑。それこそが、望み!!」  扇も『ルール』を使えるのは驚きだったが、使用禁止であれば、条件は同じだ。  念入りにも、恵が『制御』のルールを使用して見張っている。 「私が、兄様に肩入れするとは思わないの?」  恵が扇に尋ねる。確かに恵は、俺の妹だ。だから俺の行為だけ見逃す可能性もあ るだろう。だが、恵は、絶対そんな事はしない。俺には、分かっている。 「フッ。好きにしろ。お前が天神を肩入れしようと、手出しさえしなければ、それ で良い。『ルール』を使われたら、感覚的に分かるようになったしな。そうなった ら、天神を見下すだけの事。まぁ、そうはなるまい。」  扇は、堂々と反論する。それを聞くと、恵は、安心したような顔をする。 「そこまでの覚悟が或るのなら、私としても、手を抜けないですわね。ご安心なさ い。この天神家の当主として、公平な裁きを下す事を、誓いますわ。」  恵は、威厳のある言葉を紡ぐ。こう言う時の恵は、さすがは当主だと思う。 「扇様。この天神 恵ならば、信じられると、私も思います。」  風見は爽天学園の生徒なので、恵が、どれ程の人物か知っている。恵は、有名人 だからな。恵が誓うと言えば、どんな事であろうとも、やり通す性格だと知ってい るのだ。恵は、芯が強いからなぁ。 「まぁ良い。俺は、修行の成果を見せるだけの事だ。」  扇は、早速構えに入る。上下の構え・・・。あらゆる事象に対応する構えだ。  では、俺は、十字の構えにしよう・・・。十字の構えは守りを固めつつ、一撃を 狙う攻防一体構えだ。パーズ拳法の構えに近い。 (君らの実力を、見させてもらうぞ。)  ゼーダに言われるまでも無い。扇との決着は、俺も望む所だ。  しかし、扇め。葉月さんの爺さんに、特訓を受けたってのは、本当らしいな。あ の構えは、合気道のそれに近い。葉月さんや、恵と手合わせしている時の事を思い 出すぜ。やり辛いったら、ありゃしない。 「・・・こう言う鬩ぎ合いも悪くない。・・・が、行くぜ!!」  俺は、扇との間合いを詰める。そして、後ろ回し蹴りを、上下に打ち分ける。 「速い!」  俊男は、思わず声に出す。  しかし、扇は、それを蹴りが来る前の段階で、見切って掌で止めてきた。ピンポ イントを、押さえてきやがる。 「技術は、思う存分、習ったからな。」  扇は、押さえてきた手と反対の手で、俺の足首を掴むと、引き戻すタイミングを 見切って、投げに来た。俺は、自分の力を利用されて、一回転させられる。そして、 俺が倒れたのと同時に、電光の様な手刀が飛んできた。 「うお・・・っと。」  俺は、咄嗟に避けたが、肩口が切れていた。何と言う切れ味だ。  合気道で翻弄し、攻撃は、神城流で鍛えた指先と言う訳か。これは強敵だな。 「これしきで驚いては、体が持たぬぞ?」  扇は、足を器用に伸ばして爪先を尖らせる。そして、回し蹴りをする。俺は、そ れを体を仰け反る事で躱したが、そこから、更に踵が伸びてくる。 「つうっ!!」  俺は肩を押さえる。肩口に攻撃を食らった。少し痺れているな。 「そらそら!!」  扇は、流れるように攻撃を打ち込んでくる。前は攻め気に逸って、直線的だった ってのに、今は、変幻自在だ。  だが・・・俺だって、単に1000年前に行って来ただけじゃない。 「でぇい!!」  扇の指先を打ち払いつつ、肘で攻撃する。扇は、それを見切っていたが、そこか ら、拳を伸ばした。扇は、それにより、吹き飛ばされる。 「ぐぅ!!さすがは天神・・・。そうで無くてはな。」  扇は、腹を押さえていたが、致命傷では無かったようだ。俺の攻撃が当たる瞬間、 体を撓らせて、攻撃を吸収したらしい。と言っても、完全では無かったらしく、腹 を押さえているのだが・・・。 「驚いたな・・・。あの瞬君と、技量で互角だなんて。」  俊男は、俺の力と技を知っている。まぁ俊男とも、良い勝負だけどな。 「そろそろ、闘気を開放したらどうだ?」  扇は、闘気の事に気が付いているみたいだ。まぁ気が付くか。この男のレベルな ら。肉体だけの勝負では、中々決着がつかないのは、知っているので、互いに力を 使う時が来たようだ。『ルール』は禁じられてるが、力までは、禁じていない。 「とうとう、見せる気ね。」  江里香先輩は、俺と行動を共にしていたから、知っている。俺は、この1ヶ月で、 掛け替えの無い力を、手に入れた事を・・・。 「扇。見せてやる。俺が手に入れた『信念』が、生み出す力を!」  俺は、ジルさんの事を思い出す。ジルさんは、例え、どんな強さを持った相手で も逃げなかった。どんなに、きつい責務でも逃げなかった。それは、ジルさんが、 自分に課した『信念』に拠る物。 「凄まじい気迫。それでこそ、天神よ・・・。いや、瞬よな。」  扇の奴、俺の事を、ついに名前で呼んだか。それは、神城と天神の対決の構図か ら、扇と俺の対決の構図に移ったと言っても、過言では無い。 「闘気を操る事に関しては、瞬に並ぶ奴は、レイクさんくらいな物だ。」  魁が、レイクさんを引き合いに出す。レイクさんは、もっと上手い気が、するけ どな。俺も伊達に、1000年前に行ってないって事だ。 「その代わり、魔力に関しては、まだまだ修行して、もらわないとね。」  ファリアさんが、厳しい事を言う。うう。分かってるよう。 「俺も、闘気に関しては、少し勉強してきたぞ?こんな風にな!」  扇は、闘気の塊を集めて、俺に向かって投げつけてきた。俺は、それを腕でガー ドしつつ、受け止める。これは、かなりの威力だ。 「やはり、ここの奴らは、全てこの闘気が見えているようだな。」  扇は周りの反応を見て判断する。俺がガードしたのも、周りが、それを眼で追っ ていたのも、確認したようだ。 「俺の所の、道場の奴らでは、隆景以外は、見えんようだ。全く、無能だ。」  神城の道場では、扇と風見以外は、見えないようだな。 「さぞかし退屈だっただろうな。なら、俺がその退屈から、眼を覚ましてやる!」  俺は、お返しとばかりに、闘気弾を投げつけてやった。 「ぐっ!」  扇はガードした。確かに、見えているようだ。 「この圧力。さすがだな・・・だが、これだけでは、俺に勝てぬぞ!」  扇は、再び上下の構えを取る。・・・まさか・・・。  俺は、ある事を確かめるために、闘気弾を両手に作り出して、連続で放ってみた。  すると、扇は、闘気弾を闘気を絡めた腕で、綺麗に弾き返していた。 「・・・やはりな・・・。すげぇな。お前。」  俺は驚きを隠せない。扇は、合気道の弾き返しの呼吸を、闘気弾にすら対応した のだ。それは、天才的な呼吸が必要な筈だ。俺は、それが出来る奴を、恵と葉月さ んくらいしか知らない。この男は、それを、1週間そこらで体得したのだ。 「・・・天才ね。認めない訳には、行かないわ。」  恵も認めたようだ。合気道の呼吸を知っているだけに、扇のやっている事の凄さ が分かるのだろう。 「こりゃ、攻め辛いぜ・・・。」  俺は、恵と手合わせする時の事を、考えていた。扇の隙の無さは、恵に通じる物 がある。それ程、凄いと言う事だ。  ならば、全てを駆使してみるか。 「せい!!」  俺は、再び闘気を練り上げると、1発はそのまま、もう1発は、ジャンプして放 つ。そして、そのまま、腕に闘気を集めながら、構えを打つ。  扇が、2発を綺麗に弾き返す。そこに天神流、突き技『貫』を放った。 「・・・ぐぅぅ!」  呻き声を上げたのは、俺の方だった。この男・・・。凄まじいな。  俺は『貫』を、先程の2発と、ほぼ同じタイミングで放った。そこでアイツは、 一番ダメージのある『貫』を警戒する事にして、他の闘気弾は、避ける事に切り替 えたのだ。そして、『貫』は、一瞬の内に突く技なので、全力で高速移動した。  にも関わらず、アイツは、その『貫』に合わせて、合気の呼吸を使ってきたのだ。 俺の『貫』のダッシュする足に合わせて、足の指で、俺の足の甲を貫いたのだ。 「瞬君の『貫』に合わせて、合気・・・。凄い・・・。」  俊男も、驚いているようだ。しかも、このツボを突かれると、無理に体を動かす 事が出来ない。考えてやがる。 「動けまい。俺も、秋月にやられた技だからな。」  なる程。扇も、やられたのか。葉月さんの爺さんも、凄い人なんだな。 「ヌン!!」  扇は、その体勢のまま、腹に、膝蹴りを見舞ってきた。ぐっ!きつい・・・。  そして、俺の胸に目掛けて、手刀を振り下ろす。俺は、それを白羽取りのような 形で止める。しかし扇は、それでも構わず、力を込めてきた。白羽取りを緩める訳 には行かない。 「片方だけでは無いぞ?そらそら!!」  扇は、もう片方の手で、俺をナマス切りにする。腕や足、腹や顔にまで傷を負う。 さすがに、きついぜ。急所は外しているが、このままでは・・・。 「瞬君!!」  ・・・江里香先輩か。そうだ・・・。俺は、簡単に負ける訳には行かない!! 「うおおお!」  俺は、扇の腕を捻りあげると、テコの原理で、投げ飛ばす。 「ちぃ!」  扇は、素早く離れる。さすがに、拙いな。出血が、激しくなってきた。 (大丈夫か?まさか、ここで力尽きる事は、無いだろう?)  フッ。大丈夫だよ。俺は、ジルさんに未来を託されたんだ。負けねぇよ! 「その出血で、まだやろうと言うのか?見上げた根性だが、いつまで続くかな?」  扇は、余裕タップリに言う。 「瞬君、無理しないで!」  江里香先輩は心配なのだろう。だが、俺は負けない! 「兄様。貴方は、未来を担う身。私は信じますわ。負ける筈が無いってね。」  恵は、唇を噛みながら耐える。ありがとよ。お前の期待に応えないとな。 「瞬さん。今朝に宣言した事を、無にするような人じゃないって、信じさせてね。」  葉月さんは、今朝、俺に告白してきた。そうだ・・・。こんな所で、くたばる訳 には、いかない。俺の中で、力が漲っていくのが分かる。 「扇。見せてやる。俺の魂をな。」  俺は、体に力を入れる。すると、流れ出る血が止まった。 「・・・何と言う奴・・・。意志の力で、血を止めたってのか。」 「俺は・・・1000年前に誓った。未来を担って見せるとな・・・。その『信念』を お前に見せてやる・・・。」  俺は、目を瞑る。そして、両手の力を抜く。 「・・・『無』の構えか。」  扇も、この構えの意味を知っている。全ての感覚を己だけに任せて、一撃。そう。 その一撃のために、全てを懸ける構え。レイクさんが使う、不動真剣術の『無』の 構えに、概念は似ている。感覚に全てを任せるのだ。ただし、あちらは、本能に任 せて剣を振るうのに対し、こちらは、カウンターでの一撃を、狙う事に意義がある。 2撃目は無い。その覚悟が必要なのだ。 「それは・・・合気の極意でもある・・・。周りと同化する。それが、貴様に出来 ると言うのか?俺ですら、至れぬ境地に!」  扇は、まだ、攻め気を消し去る事が出来ていない。俺は・・・葉月さんとの手合 いの中で、全てを消し去る感覚を試した事がある。だから・・・出来る。 (君が、やろうとしている事は、神への挑戦でもある。)  全てを一撃に懸けるなんて事は、普通は、出来はしない。だが・・・。俺はやる。 「それは、凄まじい覚悟が無ければ出来ぬ事・・・。貴様、本気だな。本気で未来 を担うなどと言う、戯言を信じているのだな。」  扇は、挑発しようとしているが、俺は動じない。 「どれ程の一撃を・・・。想像も付かぬ・・・。」  扇は、そう言いつつ、闘気を開放し始める。 「だからこそ見てやろう。貴様の魂とやらを!!」  扇は、全ての闘気を手に集中させる。 「・・・。貴様は、最高の処刑に相応しい相手だ。さぁ、これで力尽きると良い!」  扇は、全てを懸けて、俺の心臓を狙ってきた。まだだ・・・。まだ届かない。  ・・・俺の心臓の、すぐ近くまで手が伸びてくる。・・・ここだ!  ブォン!!  扇の突きを、寸での所で躱す。そして、俺は拳を繰り出した。 「はぁ!!」  扇は、それを合気の呼吸で弾く。しかし、俺の狙いは、そこでは無い!  俺は、その間に、扇の鳩尾に足刀を止めるように乗せる。 「せいいい!!!」  俺の気合と共に、足刀を全力を持って、打ち抜く。扇は吹き飛ばされた。 「ぐっ・・・グオッハ!!」  扇は、アバラを押さえる。俺の蹴りで、何本か折れたらしい。 「天神流空手、蹴り技、『晃(こう)』!」  この技は、相手の蹴る所に、そっと足刀を置き、そこから、全力を持って蹴り抜 く技だ。添えられた足刀を、相手は避ける事が、出来ない。 「さすが・・・瞬よな。・・・こう言う勝負を・・・。俺は、望んでいたのだ。」  扇は、息も絶え絶えだ。俺も、全力を使ったのか、眼が霞んできた。さすがに、 出血が、ぶり返した様だ。だが、扇の前に立つ。 「止めを刺せ。」  扇は、覚悟していた。喀血も酷い。  そこに、風見が割り込んできた。 「隆景・・・。何をしている。どけ!!」  扇は、風見を叱る。しかし風見は、どこうとしない。 「扇様は、私の命!私を先に!」  風見は、死ぬ覚悟も、出来ているようだ。 「隆景!貴様、俺に恥を掻かせる気か!!」  扇は、息も絶え絶えだと言うのに、風見の足を攻撃する。しかし風見は、ビクと もしない。俺から、眼も逸らさない。 「例え、貴方を裏切る事になっても、私は、貴方さえ助かれば、何でもする!」  見上げた根性だ。 「何で、そこまでするんだ?」  俺は聞いてみた。気になる所だ。俺が、気絶する前に、聞いておきたい。 「私は、幼い頃、全ての人間に忌み嫌われていた。そう。親にさえも・・・。生ま れてきたのが、間違いとさえ言われた・・・。それを・・・扇様は、救って下さっ たのだ!私を、価値ある人間としたのは、扇様!故に、私の命なのだ!」  風見は、幼い頃に、トラウマがあるようだ。扇は、風見の心を救ったのだろう。 それが例え、救うつもりじゃ無かったとしても、風見にとっては、救いだったのだ。 「お前の全てを憎む眼が、気に入っただけだ・・・それを、お前は・・・。」  扇は、そこまで考えたのではないのかも知れない。だが、それこそ、風見にとっ て、全てだったのだ。だから、ここまで、忠誠を誓えるのだろう。 「お前ら、勘違いしてるようだが・・・。俺は、止めなんか刺しに来たんじゃない。 ・・・って言うか、この勝負・・・引き分けだろ・・・。」  俺は、そう言うと、意識が途絶える。さすがに、疲れた・・・。と言うか、出血 多量で、立っているのも、やっとだったんだよな。  ・・・君は、無茶をする・・・。  意志の力で、出血を止める?  それは、余りに行き過ぎた行為だ。  そんな事をするから、その反動が来るのだ。  君が力尽きたら、私はどうなる?  そこまで考えて、行動したまえ。  ま、説教はここまでだ。  闘いに関しては、合格点だ。  相手も、相当な使い手だったからな。  見せてもらったぞ。  君の『信念』とやらをな。  時代を行き来する旅は、良い経験になったようだな。  大事に使いたまえ。  君のその経験こそ、ミシェーダやゼロマインドの脅威。  私が更に鍛える事で、その脅威は、確実な物になるだろう。  私をも、信じさせた『信念』。  引き続き、見させてもらうぞ。  ・・・。  俺は、ここで、眼が覚めた。・・・ここは? (天神家の医務室だ。)  ああ。そうか。俺、気絶したんだっけ。 (あれだけ無茶をしたのだ。当然だ。)  無茶したなぁ。・・・って、勝負はどうなったんだ? (それは、本人に、聞いてみたまえ。)  本人?・・・って・・・うわっと! 「目が覚めたか。瞬。」  扇が、隣のベッドで横たわっていた。傍らには、風見が居た。 「アンタが、隣とはね。」  俺は苦笑いを浮かべる。気まずいぜ。 「目が覚めたのね。」  あ。江里香先輩・・・。 「ははっ。看病してくれたの?」  俺は、ちょっと恥ずかしかった。 「3人で交代でね。」  江里香先輩は、少し棘のある言葉で言う。 「う・・・。」  江里香先輩の言う残り2人とは、間違いなく、恵と葉月さんだろう。 「まさか、葉月さんまで、瞬君の事、好きだったなんてね。」  江里香先輩は細目にしてくる。うぐ。バレてる・・・。 「うぐぐ・・・。」  俺は、唸る事しか出来ない。 「フハハハハ!余り笑わせるな。こちらも病み上がりだと言うのに。」  扇に思い切り笑われた。く、くそう・・・。 「天下の天神 瞬ともあろうお方が、女3人には頭が上がらないとはな。傑作だ。」  言いたい事を言いやがって・・・。 「扇様・・・。傷に障りますぞ。・・・クッ。」  風見まで笑ってやがる。くっそう・・・。 「瞬君、モテるからねぇ。こっちの気苦労が、絶えないわよ。」  言いたい放題だ。容赦ないなぁ・・・。 「しかし、俺に勝ったのだ。胸を張るのだな。」  扇は、妙な事を言う。 「何を言ってるんだ。引き分けだろ?寧ろ、俺の方が先に気絶した気がするぜ?」  そうだ。扇は、あの時、意識があった筈だ。 「阿呆。貴様、俺を動けなくさせておいて、何を言う。例え貴様が、そのまま気絶 しても、俺は貴様に、止めすらさせぬ状態だった。しかも、貴様は放っておいても、 傷口が塞がったらしいが、俺は、救護しないと危なかったって話だ。」  あ。そうなの?にしても、俺の勝ちと言うには、説得力が欠ける気がするけどな。 「それに、貴様の言う『信念』を、見せてもらったからな。」  扇は、憑き物が落ちたような顔をしていた。 「この神城 扇に勝利した事、一生忘れるなよ?」  扇は、初めて俺が勝った事を、認める。 「俺は、色々な人の想いを背負っている。それを、忘れる気は無い。」  それの重なりで、人は、強くなっていくと思う。 「全く、貴様と言い、レイクとか言う奴と言い、甘い奴よな。」  扇は、鼻で笑う。しかし、その顔は、真剣だった。 「貴様らを狙う敵云々を、聞いた事がある。真実か?」  扇は、レイクさん達からセントとの関係と、俺達を狙う敵の存在について、聞い た事があると、言ってたな。 「勝手に狙われてるだけさ。」  扇と同じで、と言うのを我慢した。無闇に、喧嘩を売る必要は無い。 「お前まで、付き合う必要はあるのか?狙われてるのは、レイク達だろう?」  扇は、痛い所を突いてきた。確かに俺との関係は、薄い。 「俺も、最初は、そのつもりだったけどな。レイクさん達は、俺の大切な仲間だ。 その仲間を傷つける奴を、俺は許さない。例え、どんな敵だとしてもな。」  もう、目の前で、知人が死ぬのを見るのは、真っ平だ。 「瞬君らしいわ。最も、私も同じだけどね。」  江里香先輩は、同調してくれた。その目に、決意の色が浮かんでいる。 「・・・瞬。・・・俺は、また強くなって帰ってくる。・・・勝ち続けろよ。」  扇は、そう言うと、背を向けてしまった。気恥ずかしくなったのかも知れない。  扇は、今まで、ひたすら強さを求めた人生だった。だが、俺と手合わせした事で、 変わるかも知れない。・・・俺は、そう思えてならない。  俺は・・・今まで、普通の人間だと思っていた。  王族、貴族、勇士、魔術師・・・。  そんな物とは、無縁だと思っていた。  俺は、普通の人間・・・。  それが、コンプレックスにも、なっていたかも知れない。  レイクの兄貴は、言うまでも無い。  あの人は、一目で特別な人だと分かった。  助けてもらった時に、見えた後光は、今でも忘れられねぇ。  エイディは、お調子者にしては、頭が切れると思っていた。  時折見せる、身のこなしは、凄いと思っていた。  ジェイルは、懐深い人だと思っていた。  親父さんみたいな人・・・それが印象的だった。  でも、ジェイルは、セントで、それなりに名が知れてる組長だと言う。  そして、ファリア。  何かと突っかかってくる、お嬢さんだと思っていた。  最初こそ警戒してたファリアだが、打ち解けると、良い奴だった。  でも、魔法が使えるなんて、すげぇと思っていた。  俺が・・・俺だけが、何も無い。  だから、この銃、ライティングをもらった時は、嬉しかった。  俺は、昔からコントロールには、自信があった。  狙いを定める事に関しては、集中力が高まる感じがしていた。  皆と一緒に旅をして、ガリウロルに辿り着いた。  脱走者としてだが・・・ワクワクしていた。  皆の素性が、どんどん知られていくと、俺は、焦ったっけな。  兄貴は、最も有名な勇士の子孫。  エイディは、伝記の忍者、エルディスの子孫。  ファリアは、魔法使いの子孫と来た物だ。  ジェイルは違うけどさ・・・ガイア家って、セントじゃ有名だって言うし。  俺は、ケチな家の生まれだと、思っていた。  それが・・・まさか敵方の奴からの言葉で、俺の出生が分かるなんてな。  伝記の英雄の一人、ゲラム=ユード=プサグル。  勇士ジークの仲間の一人で、ジークの従兄弟だ。  類稀な弓の名手で、器用な奴だったと言う。  ゲラムは、特別に卓越した力を持っている訳では無かった。  だからこそ誰も体得出来なかった、正確な狙いという能力を手に入れたと言う。  それも、超人的な努力でだ。  だが、その努力を苦ともせずに、皆と居る時は、笑顔を絶やさなかったと言う。  話を聞く度に、俺とダブる。  笑顔を絶やさなかったのは、怖かったからだ。  置いて行かれるのが、怖かったから、超人的な努力をした。  見限られるのが、怖かったから、常に笑顔を振り撒いた。  確かに、他人とは思えない。  だが、今は別の意味で怖い・・・。  俺も、特別なのは分かったが・・・。  それによって、皆の見る目が変わったりしないのだろうか?  それが怖い・・・。  ・・・俺は、兄貴を修練場に呼び出した。相談したい事があったからだ。仕事が 終わったので、エイディと、すぐに帰り、夕食を楽しく取った。瞬達が帰ってきた 後は、いっそう話題が尽きない。1000年前の話は、どれも興味深かった。  特に、今の俺は、1000年前に深く関わっている。食い入るように聞いてしまった。  昼間は、修練をしてたらしい。なんでも神城 扇が来たらしいので、瞬と決闘し たんだとか。俺も、見てみたかった気がする。扇は、かなり修行をしてたらしく、 凄く良い勝負だったらしい。 「グリード。俺に話って、何だ?」  兄貴は、屈託の無い顔をしている。この顔に、俺は惹かれたんだ。 「兄貴。伝記の子孫って・・・疲れるかい?」  俺は尋ねてみた。兄貴は、事ある毎に、伝記の勇士、ジークと比較される。 「疲れる?・・・んー。そうだな。考えた事ねーな。」  兄貴は、自然体として、受け入れてるのか。 「俺は、正直分からないんです。俺、馬鹿だから・・・。兄貴に、ずっと付いてい けば、それで良いと思ってた。兄貴は、そう思える程の人だって知ってるし。俺が 迷うような要素は無い。なんたって、伝記の子孫だし。とか思ってた。」  俺は、兄貴に、ずっと憧れていた。そして、こんなすげぇ人が仲間だなんて、俺 には、もったいないとさえ、思っていた。 「お前は、俺を、いつも買い被ってくれるな。嬉しいけどな。」  兄貴は、恥ずかしそうだった。照れているようだ。 「でも、同時に羨ましかったんです。兄貴は、獄中に居るのに、憧れる要素の全て を持ってた。・・・でも、それは、兄貴なんだから当然だって・・・。」  俺は、全てを吐き出すつもりでいた。兄貴は黙って聞いてくれている。 「俺は何も無かった。だから気楽だし、これからも、迷う事は無いと思ってたんで す。・・・でも、俺も、伝記の子孫だったんですね。」  俺は、傍観者を決めてた癖に、伝記の子孫だった。 「俺は、何してたんでしょうね・・・。これから、俺が何をすべきかも分からない。 こんな奴が、兄貴に付いていって、良いのかな?」  俺は、卑怯者だと思った。散々兄貴には憧れておいて、自分は傍観者決め込んで おいて、その癖、自分が当事者だと知るとオロオロして・・・。 「グリードさ。勘違いしてないか?」  兄貴は、バツの悪そうな顔をする。 「俺に付いて行くのに、許可なんか要るのか?お前、俺と一緒に居たいんだろ?」 「一緒に居たいに決まってます!でも・・・。」  俺には、その資格が・・・。 「バーカ。お前が伝記の子孫だったから何だってんだよ。お前が、お前じゃ無くな るのか?違うだろ?傍観者だった?だから、どうしたってんだよ。お前は、只の傍 観者じゃないだろ?俺は、お前が、どれだけ努力してきたのかも知ってる。」  兄貴は、真剣な目をしていた。俺を叱る時の目だ。厳しい目付きだ。 「自信持てよ。お前は、誰よりも、俺達を大事に思う仲間じゃないか。俺達のため に怒って、泣いて、笑って・・・。そんな事、誰にだって、出来る事じゃねぇ。」  ・・・兄貴。俺なんかを、そんな風に見てたなんて。 「呆れたわね。」  後ろから声がした。ファ、ファリア!? 「俺もだ。なーんだか仕事中も暗い顔してたから、気になってたんだがな。」  エ、エイディも居る・・・。聞いてたのかよ。 「グリードはね。誰よりも、正直なだけですよ。」  ジェイル・・・まで。 「お前達、立ち聞きは、良くないぞ?」  兄貴は呆れていた。俺だってビックリだ。 「あんな深刻そうな顔してたら、気になるに決まってるでしょう?」  ファリアは、口を尖らす。そんな顔に出てたのかな。俺。 「仕事中も、ブツブツ言ってましたしね。」  う・・・。そうだったのか。 「私は、二人に誘われただけですよ?」  ジェイルは言い訳する。なんだかなぁ。 「俺の話を聞いてたなら・・・。俺は・・・。」 「阿呆。俺もレイクと同じ意見だ。お前は、俺達の仲間以外の何者でもねぇ!」  エイディは、俺の話を遮る。 「皆から見る目が変えられると思ったですって?馬鹿にしないでよ!そんな心の狭 い事を、する訳無いじゃない!全く。」  ファリアは、本当に怒っていた。それは、叱咤する姿だった。 「グリード。不安だったんでしょう?でもね。私達は、変わりませんよ?」  ジェイルは、諭すように言ってくれる。 「済まねぇ・・・。本当に済まねぇ・・・。」  俺は、涙が止まらなかった。・・・俺、兄貴達の仲間で良かった・・・。今程、 そう思える時は無い。 「それは、そこに居る人達にも、言うべきよ?」  ファリアは、自分達が居た所とは、反対の出口を見つめる。 「・・・口を、挟み難かっただけですわ。」  け、恵!?って・・・瞬や江里香、俊男まで・・・。睦月や葉月、ゼリンまで居 るじゃねぇか。今日、帰った奴ら以外、全員かよ・・・。江里香は、瞬の見舞いを するからで、俊男は、今日は、親が帰ってこないから泊まりになったんだっけな。 「私が言った言葉で、苦しませるとは・・・。申し訳ない。」  ゼリンは、謝ってきた。でも、俺が勝手に、苦しんでいただけだ。 「僕は、グリードさんの気持ち、少し分かるよ。周りが凄いと、どうしてもね。」  俊男は、俺に同調してくれた。 「グリード様、貴方が誰の子孫であっても、私共は、態度を改めるつもりは、あり ません。それは、客人に対する礼節ですわ。」  睦月は、顔色一つ変えない。さすがに、徹底しているな。 「グリードさんが居ると場が和みますからね。居なくなるなんて言わないで下さい。」  葉月は、笑って答える。場が和む・・・か。 「レイクさん達の仲間って事は、当然、私達もよ?忘れては困るわ。」  江里香も、俺を仲間だと思ってくれてるのか。 「どんな子孫であろうと、貴方は、貴方でしょう?気にする事はありませんわ。」  恵は、優雅に答える。だが、想いは伝わってきた。 「俺さ。グリードさん程、努力してる人、見た事が無いんだよね。それはさ。どん な肩書きだろうと、変わらない事なんじゃないかな?俺は、伝記の子孫だからグリ ードさんを、尊敬する訳じゃないよ?」  瞬は、俺の努力を見ていたのか・・・。嬉しい事を言ってくれるじゃないか。 「見なさい。誰一人として、変わらないじゃない。そんな人、ここには、誰も居な いわよ。自分を見失っちゃ駄目よ?」  ファリアが、優しい言葉を掛けてくる。 「グリード。伝記の子孫だったって事は、マイナスじゃない筈だろ?前を向こうぜ。 それが、一番良い生き方だと・・・俺は思うぜ。」  兄貴・・・。俺は、幸せだよ・・・。こんな良い奴らと、生きてるなんてさ!  俺は、ゲラムの子孫。だから、どうだって話か。そうだよな・・・。  ソクトアの地図に、載っていない場所がある。  ガリウロルの東の先端から、僅かに見える活火山の島。  硫黄島とも言われているが、別名は『魔炎島』。  その活火山の強さ故、この島を取り囲むように、嵐が発生している。  入り口は、1箇所しかない。  その入り口は、ガリウロルの一部の人間にしか、知らされていない。  故に、地図には描けない島となってしまったのだ。  その秘匿性を利用して、住んでいるのが、魔族である。  『神魔戦争』で、『人道』が勝ち、魔族は敗れた。  そして、その後500年は、人間との共存が続いた。  しかし、人間側から、魔族不要論が、出て来たのである。  そして、迫害され、移り住んで来たのが、この『魔炎島』である。  魔族の代表でもあるジェシーは、『魔炎島』に移り住むのを由とした。  人間との無用な争いを、避けたためである。  事実、この島に移り住んでからは、無用な争いが起きる事は、無かった。  そうして、日々の平和を、守ってきたのである。  つい最近、勇士ジークの子孫達が来た。  あの真っ直ぐな目は、そっくりだった。  レイリーの子孫も居たな・・・。  正確には、エルディスの子孫だが・・・。  あれから、シャドゥなどは、レイク達と交流があるらしい。  ちょくちょく電話をしているとの話だ。  ナイアと言い、シャドゥと言い・・・。  魔族も、変わったものだ。  でも、それは、喜ばしい事なのかも知れないな。 「ジェシー様。シャドゥ、ここに参りました。」  シャドゥが、部屋に入ってくる。 「お帰り。ナイアは、また優勝したのかい?」  シャドゥは、ナイアが参加した、全ソクトアご奉仕メイド大会の護衛に付いてい ったのだ。そのついでに、天神家に居ると言うレイク達に、会うよう言っておいた のだ。元気そうだと、良いんだけどね。  丁度、土産話でも聞こうと思っていた所だ。 「はい。同時優勝でしたがね。人間にも、凄い奴が居るようです。」  シャドゥは、藤堂 葉月と言う女性と優勝を分け合った事を話した。確か、天神 家の給仕だった筈だ。凄い能力だな。あのナイアと、分けるとは・・・。 「あと、色々と変化がありました。その報告を致します。」  そういえば、護衛の予定は2週間だった筈なのに、1ヶ月近く掛かってるね。何 か、あったのだろうか?  シャドゥは、ここ1ヶ月間の報告をする。何とまぁ、色々な事が起こっていた物 だ。羽根突大会から始まって、レイク達が、世話になっている天神家の話を、し始 めた。ゼロマインドなる敵の存在も、教えてもらった。 「皆、凄い素質の持ち主でした。彼らは、未来を担う逸材です。」  シャドゥに、ここまで言わせるとはね。それに、ほぼ全員が『ルール』を使える と言うのも、気になるな。ゼロマインドの奴、『ルール』を解放したらしいが、命 取りに、なるかも知れないな。神の能力の一つである『ルール』を解放する・・・。 危険ではあるが、使える事には、変わりは無いからね。  続けて、シャドゥは、天神家の主要の4人が、1000年前に連れ去られた事も話し た。ミシェーダの奴、復活したのか・・・。厄介な奴が、復活したもんさね。  それから、ゼリンが、仲間に入った事も伝えた。爽天学園の生徒会長に取り入っ たらしいが、見事に打ち破ったらしい。しかも、奇想天外の方法でだ。 「中々考えるもんだねぇ。」  狙撃が出来ると言うのは、強みだねぇ。 「そして、今朝方、電話がありまして、4人共、戻られたようです。」  凄いねぇ。1000年前から引き上げるなんてね。ファリアも腕を上げたみたいだね。 『召喚』はルールで、『転移』と『次元』を、同時使用って事か。  ミシェーダの時間を利用する技は、それ相応の代償を、払わなければならない。 恐らく、今まで溜め込んだ力は、使ったと考えて良いだろうね。 「良かったじゃないか。しかし・・・人間も、捨てたもんじゃないね。」  この世界に呼ばれた時の私は、人間は矮小で、駄目な奴らだと思っていた。魔界 でも、神の庇護を受けてるだけの存在だって、習ったしね。  でも、レイリーを見て、その考えは変わった。彼は人間でありながら、魔族の生 き方を望んでいた。その強烈な想いに、惹かれたもんさね。  しかし人間は退化した。500年前に裏切られ、それからは酷い物だった。  それが、ここ最近は、世相も変わってきたのか、凄い人間達が、多いみたいだ。 シャドゥの考え方を一新出来る程のだ。 「それにしても・・・ゼロマインドとやらは、放って置けないかも知れないね。」  無の存在にして、ソクトアを、無に帰そうとしている。  ・・・ん?島の入り口で、妙な気配を感じるね。 「ジェシー様。来訪者・・・ですかね?」  シャドゥも感じたようだ。たった一つしかない入り口付近は、特に警戒を強めて いる。よって、レイク達の時もそうだが、動きがあると、すぐ分かるように仕掛け てある。今日は、ガリウロルからの定期船が、来る日では無い。 「行ってみましょう。」  シャドゥは、警戒を強めた。入り口付近のシャドゥの家には、扉を設けてある。 次元の扉で、何かあったら、すぐ行けるようにするためだ。  扉を潜ってみると、簡易的な船が停船していた。 「誰か居るようですぞ。」  シャドゥは、平然とした動きの中だが、いつでも剣を抜けるようにしていた。  ・・・誰だろうね。この気配は、人間じゃない気がする。しかも、どこかで感じ た事のある気配だ。どこで・・・あ・・・。 「ふう・・・。ここに来るには、骨が折れる事だな。」  聞き覚えのある声だ。間違いないようだね。 「何しに来たのさ。ミカルドだろ?」  そう。妖精の森に移り住んだミカルドだった。1000年前、『人道』と手を組んで、 闘いに勝利した後、500年前に迫害を受けて、妖精の森に、また戻っていた筈だ。 「な、ミカルド様でしたか!」  シャドゥは、丁重に頭を下げる。ミカルドと言えば、クラーデスの息子にして、 私の元上司でもある。シャドゥにとっては、雲の上と魔族と言っても過言では無い。 それだけでは無く、信念のために、妖精達に尽力したミカルドを、シャドゥは尊敬 していると言う話を、聞いた事がある。 「ここの警護隊長か。良い腕を、してそうだな。」  ミカルドは、シャドゥの実力を一発で見抜いていた。さすがだね。 「光栄なお言葉。」  シャドゥは、嬉しそうだった。まぁ憧れだったみたいだしね。 「で、用事なんだが・・・。お前達には、知らせておこうと思ってな。」  ミカルドは、鋭い目付きになった。どうやら本題のようだね。 「・・・近頃、セントで、親父の気配がする。」 「なんだって!?本当かい?」  さすがにビックリした。ここで言う親父とは、クラーデスの事だ。 「まだ、朧気ではある。だが、確かに感じるんだ。」  どうやら本気のようだ。クラーデスが復活するとなると、大変な事になる。ミシ ェーダ一人でさえ、大変だってのに・・・。 「ソイツは、参った情報だね・・・。」  頭を抱えたい気分だよ・・・。ここ最近は、平穏だったんだけどね。 「重要な情報だね。有難いよ。態々済まないね。」  これを言いに、この険しい『魔炎島』に来るとは、根性あるねぇ。 「途中、2回程、難破しそうになった。何とかならんのか?ここは。」  ミカルドは文句を言う。と言ってもねぇ。防衛のためだしねぇ。 「ま、久々に顔を見れただけでも、由とするか。それにしても、最近、良い事でも あったのか?昔と比べると、随分と、嬉しそうな顔をしていたぞ?」  あー・・・。さすがにバレてるか。レイク達との交流の後は、奴らの成長が楽し みで、しょうがないんだよね。 「ミカルド様・・・。実は・・・。」  シャドゥは、ここ最近の出来事を話す。ミカルドは、かなり興味深そうに聞いて いた。それと、ミカルドも『ルール』解放については、感じていたようだ。 「何だか、面白そうじゃないかよ。」  ミカルドの顔が、どんどん笑い顔に変わっていく。人の事を言えないじゃないか。 「ジークの子孫に、天上神が取り憑いてる奴?それにジュダの娘まで加わってると か、すげーな。その面白い家は、是非にも、訪問しなきゃいかんな。」  ミカルドは、今すぐにでも、行きそうな勢いだ。好きだねぇ・・・。 「行って、どうなさるおつもりですか?」  シャドゥは、少し訝しげだ。 「まぁ、挨拶だけにするつもりだけどな。是非、知り合いたいぜ!」  子供のように目を輝かせている。妖精の森では、余程、暇だったんだろうな。 「貴方様一人では、怪しまれるやも知れません。私が付いていきましょう。」  シャドゥは、同行を願い出た。まぁ、その方が無難だね。でも・・・。 「シャドゥ。悪いけど、留守番を頼めるかい?」  私は、シャドゥの同行を、拒否した。 「な・・・まさか、ジェシー様が、行かれるおつもりか?」  シャドゥには、すぐにバレてしまった。 「んー・・・。しょうがない。本音を言おうか。」  私は、ニヤリと笑った。 「そんな面白い所にシャドゥだけ行って、悔しいじゃないか。私も行きたいんだよ。 いつか行こうと思ってたけど、ミカルドに先を越されるなんて、なお悔しいじゃな いか!・・・と言う訳で、私も行く。」  包み隠さず言った。だって、本当に悔しいじゃないか。 「何と言う本音・・・。呆れて良いやら、微笑ましいやら・・・。」  シャドゥは、かなり呆れていた。呆れられても、行く物は行くよ。 「で、案内なんだけどさ。そこに隠れてる、ナイアに頼みたいんだ。」  私は、隠れながら見ているナイアに声を掛ける。ナイアは照れながら出てきた。 「バ、バレちゃいました?申し訳ありません。」  私が、気付かない訳無いだろ。当然ミカルドも、気が付いていた。 「ナイア。ご挨拶しなさい。こちらが、ミカルド様だ。」  シャドゥは、ナイアに挨拶するように言う。 「あ。シャドゥ様の給仕・・・いや、妻のナイアです。」  ナイアは、給仕と言いかけて、シャドゥに小突かれた。そして、言い直した。可 愛い所が、あるじゃないか。 「俺はミカルドだ。もっと、気楽で良いぞ。君みたいな美しい魔族なら大歓迎だ。」  ミカルドは、歯が浮くような台詞を言う。 「アンタ、リーアに怒られるよ。」 「う・・・。リ、リーアは、心が広いから大丈夫さ!」  その割には、言葉が震えてるようだけど・・・。 「お褒め頂き、光栄です。宜しくお願いします。」  ナイアは、丁寧に挨拶をして頭を下げる。完璧ねぇ。こう言う所。 「では、すぐ近くに、ホテルを1年契約で取ってありますので、そこに『転移』の 扉を出しましょう。」  シャドゥは、あるホテルを、常に貸し切り状態で借りている。その部屋は、プラ イベート設定にされていて、姿を見られる心配も無い。 「一通りの服も、買い揃えてあるので、ご自由にお使い下さい。変装用にピッタリ ですよ。ジェシー様用の服も、運び込んであります。」  あー。いつか行ってみたいと漏らした時に、買った服さね。用意が良いね。 「お前の所の警備隊長、本当に優秀だな。」  ミカルドは、舌を巻いていた。こう言う所の手際は良いね。 「んじゃ、悪いけど、ここの守りは頼むよ。」  私は、シャドゥに目配せする。 「行ってらっしゃいませ。」  シャドゥは、文句一つ言わない。心の中では、呆れてるだろうけどね。  シャドゥは、溜め息を一つ吐いてから、『転移』の扉を用意する。  さーて、行こうかね。私も、行ってみたかったんだよ。  とうとう、明日は新学期だ。何だか、色々な事があって、濃過ぎる1ヶ月を過ご した気がするな。だけど、夢じゃないんだよなぁ。  ジルさんの誇り、そして、神城との新たな誓い、皆との絆。どれをとっても、こ れ以上無いくらい、大事な事ばかりだ。まぁ、恵曰く、『後は、勉学を疎かにしな い事ですよ。天神足る者・・・分かっていますわね?』との事で、勉強も頑張らな きゃいけない。前より悪かったら、何を言われるか、分かった物じゃない。  勿論、日々の鍛錬を、欠かすつもりは無い。前以上に、頑張らなきゃならないな。 それに、最近、レイクさん辺りは、俺の技量に付いて来ている。最初は、1000年前 からの技で、翻弄してた物の、レイクさんは、それすら見越しての動きになってき ている。何て言うか・・・。そう言う所は、さすがだと、言わざるを得ない。  しかし、これ以上、驚くような事は、もう起きないだろう・・・と信じたい。 (君は、中々のトラブル体質だからな。何が起こっても、おかしくない。)  余計なお世話だ。寝てる間、アンタとも鍛錬しているのに、まだ鍛錬してる俺の 身にも、なれってーの。 (喜ばしい事では無いか。ここ最近は、君もレベルアップしてきて、私としても、 やり甲斐が、あるくらいだ。)  疲れも2倍なんですけど・・・。その生活に慣れてきている自分が、恐ろしい。  そんなこんなで、今は、休んでいる途中だ。今日は、エイディさんやグリードさ んも、休みらしくて、充実した鍛錬をしている。  ・・・と、玄関のチャイムが鳴った。睦月さんは、対応しに行く。  すぐに戻ってきたが、顔色が良くない。そして、あからさまにファリアさんを見 ている。そして、ファリアさんに耳打ちした。 「ええ?また来たの?」  ファリアさんも驚いているようだ。同時に、少し怪しんでいた。 「誰か来たんですか?」  俺は尋ねてみた。ビックリするような人が、来たのだろう。 「んー・・・。ナイアが、また来たみたいなのよ。」  ファリアさんは、腑に落ちないようだ。ナイアさんか。 「だけど、一人じゃなくて、後二人、連れてるんだってさ。」  後二人?シャドゥさんと・・・かな? 「んー。ちょっと見分ける自信が無いわね。レイク、エイディ、グリード。一緒に 確かめましょう。本物だとは、思うんだけどね。」  ファリアさんは、一応のため、4人で行く事にした。 「私も、行きましょう。」  恵も行く事にしたようだ。不審者だったら追い返すつもりなのだろう。 「俺も行くか。」  俺も、そのナイアさんを見てみたいな。偽者だったら、闘うかも知れないし。  こうして、6人で、玄関口まで来た。そして、皆、すぐに戦闘態勢になれるよう にする。そして、ファリアさんが、玄関口のカメラを見る。 「・・・多分ナイアよ。後ろの二人は・・・。あれ?」  ファリアさんは、一人を、よーく観察する。 「・・・あれ、ジェシーさんじゃない?」  ファリアさんは、後ろにいる女の人を見る。確か、ジェシーって・・・魔族の? 「間違いない。ジェシーさんだな。」  レイクさんも気が付いたようだ。 「でも、後の一人は誰だ?シャドゥさんじゃ無いみてーだぞ。」  グリードさんは、もう一人に注目する。 「まぁ、詳しく話を聞かないと、分からんね。」  エイディさんは、扉を開ける事を提案した。 「・・・ま、二人程、素性が分かってるなら、良いでしょう。」  恵は許可する。結構、渋々だったけどな。 「お待たせしました。本来なら、それ相応の許可が要るのですが、ナイアさんと、 もう一人の素性が分かりましたので、入る事を許可しますわ。」  恵は、優雅な声で、許可を与える。すると、扉が自然に開いた。どう言うシステ ムになってんだ?これ。 「お騒がせしました。恵様。私の顔を立てて下さって、ありがとう御座います。」  ナイアさんが、丁重に挨拶をする。 「貴女を信じたまでです。ところで、後ろの二人を、紹介してくれるわね?」  恵は、後ろの二人の事が、気になるようだ。俺も気になる。 「おっと。私は、聞いてるかも知れないけど、シャドゥの上司の、ジェシーって者 さね。いきなりの訪問で悪いね。一回、行きたかった物でね。」  話していた通り、ジェシーさんのようだ。なんだか、サッパリとした感じの女性 だ。悪い魔族では無さそうだ。 「やっぱりジェシーさんだったね。久しぶりです。」  レイクさんが、挨拶する。 「ははっ。堅苦しい挨拶は、抜きで良いよ。」  ジェシーさんは、笑いながら帽子を脱ぐ。角などは隠してあるようだ。 「俺は、恐らく、初めてになるな。」  後ろの男が口を開く。 「俺の名は、ミカルドだ。覚えてくれると嬉しい。」  ・・・ミカルド?どっかで聞いた事あるような・・・。あ・・・。 「ミ、ミカルドって・・・まさか・・・。」  思い出したぞ。確か、クラーデスの息子で、妖精の森の族長のリーアと結婚した 魔族だ。『人道』に加わる際、交渉役を行ったとされる魔族だ。 「む?俺って有名?」 「当たり前さね。私と共に、有名なんじゃないかい?」  ジェシーさんも、話は聞いていたとは言え、1000年前から生きてるんだよね。  しかし、なんと言うか、気さくな魔族達だ。 「天神家も有名になった物ね・・・。次から次へと、変わった客人がいらっしゃる わ。まぁ、敵意が無いのなら、大歓迎ですわ。」  恵は、呆れながらも、歓迎する。  そして、玄関じゃ落ち着かないので、道場に移動する。皆も、修練を止めて、こ ちらに集まってきた。 「うん。思った通り、凄い磁場を感じるな。ここ。」  ミカルドさんが、変わった事を言う。 「磁場?って?」  レイクさんが尋ねる。俺も聞いた事が無い単語だ。 「この土地に惹かれ易いって事さ。凄く心地良いのも、そのせいだ。・・・と、ア ンタが、レイクかい?」  ミカルドさんは、レイクさんの顔を見る。 「・・・似てる。本当に似てるなぁ。ここが1000年後か、分からねぇくらい似てる。 アンタだけじゃなくて、後ろの三人もな。」  ファリアさんと、エイディさんと、グリードさんの事だろう。 「いきなり言われると、不躾なんですが・・・。そんなに、似てるのかしらね?」  ファリアさんは、ちょっと憮然とした表情になる。余り、良い気はしないのだろ う。まぁ、いきなり言われてもねぇ。 「済まんな。1000年振りの感覚なんで、つい懐かしくてな。」  ミカルドさんは、遠い目をする。1000年前の事を思い出す・・・か。確かにその 気持ちは、分からなくも無い。俺も1000年前から戻ってきた時、その余りの違いに、 少なからずズレを感じたものだ。 「ところで・・・ミシェーダに狙われたってのは、本当か?」  ミカルドさんは、俺達の方を向く。 「1000年前に飛ばされました。夢のような体験だったけど、夢じゃないみたいです。」  俺は率直な感想を言う。ジルさんの鮮烈な生き方を、俺は忘れられない。 「そうか。大変だな。・・・ミシェーダまで、生き返らせていたとは・・・。」  ミカルドさんは、憂えているようだ。 「ミシェーダまでって・・・どう言う事かしら?」  恵は、ミシェーダまでと言う言葉が、気になっていたようだ。 「んー・・・。ああ。実はな。セントに俺の親父の気配がするんだ。今日は、それ を報せに、来たような物だ。」  ・・・ミカルドさんの親父?・・・って、まさか・・・。 「クラーデスまで、復活と言う意味!?」  江里香先輩は青ざめていた。伝記を読んだ事がある人間なら、誰だって驚く。 (クラーデス・・・か。私の時は、小者だったのだがな。ジークの時代に、とてつ もないパワーアップをしたと言う、魔族だな。)  ゼーダの時は、グロバスが脅威だったのだろうが、伝記を知ってる者なら、クラ ーデスは、相当な脅威だ。 (無の力を操る魔族だったな。グロバスと同等以上ならば、相当な脅威だ。)  間違いなく、それくらい強い筈だ。 (少し、ミカルドと、話させてくれ。)  アンタが話すのか?・・・最近は、負担も減ってきたし、何とかするか。 「あー・・・。ゼーダが、ミカルドさんと話したいらしいんだけど。」  俺は、皆に言う。すると、ミカルドさんは、興味津々の顔になった。 「ゼーダのオッサンが?それは楽しみだな。」  ミカルドさんにとっては、アンタもオッサンなのか。 (口の減らぬ小僧だ。あ奴が、子供の時に会った事があるのでな。) 「兄様は、体の負担は、大丈夫?」  恵は、心配してくれているようだ。 「最近は、入れ替わるだけなら、そう負担でも無いよ。」  入れ替わるだけならね。話をするだけならね。 (念を押すな。何もせんよ。) 「へぇ。私も初めて見るよ。楽しみさね。」  ジェシーさんも、目を丸くしていた。 (ジェシーとも、随分久し振りだな。)  ジェシーさんとも、面識あったのか。まぁ良いや。変わるぞ。  ・・・  ・・・ほう。かなりスムーズになったな。君の成長を見て取れる。 (伊達に、1000年前に行ってないって事だ。)  その通りだな。お・・・。3人共、驚いているようだな。 「・・・確かにオッサンの気配だ。驚いたぜ。マジだったとは・・・。」  ミカルドは、半信半疑だったようだな。 「変わってないねぇ。本当に、その子に体の中に居るとはね。」  ジェシーも、余り変わっておらぬな。 「は、初めまして!私、ナイアと申します!」  ナイアは、緊張しておるようだな。 「そう、畏まらなくても良い。今は、体を借りている身だ。」  私は、無力と言う程でも無いが、現実に居れる程では無い。 「久し振りであるな。ミカルド。あの悪たれ小僧が、そこまで、でかくなるとは、 時が経つのを、感じる物だ。まさか、人間の仲間とはな。」  悪ガキだったミカルドが、成長して、人間と共に歩んでいるのは、驚きだ。 「そういや、アンタと出会った時は、睨み付けて、悪態を吐いたっけな。」  覚えているでは無いか。丁度、グロバスを封じた時に会ったんだったな。 「クラーデスが復活しそうだと言うのは、間違いないのか?」  私は尋ねてみる。取るに足らない存在だった、あの頃とは違うらしいしな。 「俺は仮にも息子だ。セントで、微かにしか感じねぇが、間違いない。」  微かにしか感じないと言う事は、完全に復活したとは、言い難い訳か。 「まったく、迷惑なもんさね。1000年前、消滅したとばかり思っていたんだけどね。 今のソクトアには・・・そして魔族には、必要無い存在さね。」  ジェシーは、溜め息を吐く。クラーデスは、自分の上司ではある。だが、復活を 望んでいる訳では無さそうだ。 「クラーデス・・・その情報は、聞いた事が無い。私が去ってから、始めた物かも 知れない。ゼロマインドは、何をしようとしているのだ・・・。」  ゼリンですら、知らない情報らしい。 「何を、なさろうとしているのでしょうね。」  恵は溜め息を吐く。昔の奴らを復活させてから、滅ぼそうと言うのだろうか? 「ま、俺に出来る事は、報せる事くらいだ。直接、手伝いたい気持ちもあるが、妖 精の森を、守ってやらにゃならない。」  ミカルドは、おどけたように手を広げる。しかし、その決意は本物のようだ。 「お前が、妖精の森を守ってやる存在だとはな。」  私は、不思議で仕方が無かった。ミカルドは魔族である。その魔族が、妖精と共 に暮らし、必死に、その生活を守っている。 「面倒だけどさ。俺は約束しちまったんだ。死んじまった奴等の代わりは、しなき ゃよ。アイツが生きていれば、未だに、同じ事をしているに違いないんだ。」  ミカルドは遠い目をした。そうか。妖精の森の長だった、エルザードか。彼も、 あの戦いで死んでしまったんだったな。 「伊達に、1000年も『樹海士』をやってないって事だ。」  『樹海士』と言うのは、『妖精王』の次の位だった筈だ。 「神に魔族、はたまた妖精まで・・・お主等と居ると、飽きぬな。」  巌慈は、豪快に笑っている。これくらいの豪胆さは、見てて気持ち良いな。 「その知り合いになった俺達も、普通じゃないんだろうな。」  修羅は、笑っていた。自分の境遇に、呆れているのかも知れない。 「もう何が来ても、早々驚かないよ。」  亜理栖は、これまで色々な奇跡を目にしてきた。今更なのだろう。 「俺達も、色々巻き込まれた感じ?」  魁は、複雑な表情をしていた。余り良くは、思ってないのだろうな。 「何だか怖いね。・・・でも、大事な事なんだろうね。」  莉奈は、気力を奮い立たせている。彼女は、ごく普通の人間に近いだけに、無理 はさせたくない所だな。 「色々あるけどさ。私等は、出来る事をやるだけでしょ?」  葵は開き直っていた。それが、正しいのだろうな。 「天神家としては、恵様の意向に従うだけです。」  睦月は覚悟を決めているようだ。切り替えが早い事だ。 「瞬さんなら、仲間が増えたって、喜んでるんじゃないでしょうか?」  葉月には、見透かされてるようだぞ。 (アンタが言うな。まぁ図星なのは確かだけどな。) 「しかし、俺っちは、やっぱりゲラムの子孫なんですね。」  グリードは、自分が、似てると指摘されて、考え込んでいるようだ。 「俺も、散々似てるって言われてるからな。」  エイディは、慣れているようだ。 「似てる所で、私は私よ。関係ないわ。」  ファリアは、半ば諦めている。 「俺も似てるってだけじゃなくて、それに負けないくらい力を付けなきゃな。」  レイクは、気持ちを新たにしていた。良い心掛けだ。 「いつの間にか、私等って、伝記と関わってるのよねぇ。」  江里香は、呆れていた。何しろ、1000年前に飛ばされたくらいだからな。 「仕方ないだろうねぇ。エリ姉さんも飛ばされたじゃない。」  俊男は、私と同じ事を考えていた。 「何が相手であろうと、心を平穏に保つ。そして、冷静な対処をしてこそ、天神家 の務めが、果たせるという物ですわ。」  恵は強いな。君の妹の強靭な精神力には、舌を巻く。 (俺には、出来過ぎた妹だよ。) 「あ。・・・済みません。ちょっと良いですか?」  勇樹が緊張気味にミカルドの前に来る。 「ん?俺にか?どうした。もっと、気楽にして良いぞ?」  ミカルドは不思議がっていた。勇樹は、何の用があるのだ? 「いえ、俺は・・・その・・・羅刹拳の使い手なんですが・・・。」  ああ。そうか。羅刹拳と言う拳法の創始者は、ミカルドであったな。 「おお?本当か?それは、何とも嬉しい話だな。」  ミカルドは、本当に嬉しそうだった。自分の作った拳法が、人間に1000年間も伝 わっている。それは、何物にも代え難い、嬉しさなのだろう。 「そ、創始者に会えるなんて・・・俺、感激です!」  勇樹は、目を輝かせている。父親からは、凄い魔族だったと、伝え聞いているの だろう。幼い頃から、言われてるのかも知れない。 「俺も、感慨深い物があるな。少しの人間にしか、教えてないってのに、伝わって いるなんてな。筋が良いのも居たから、ソイツ等の子孫か?」  ミカルドは、思い出しているようだった。 「俺は、外本 勇樹って言います!」  勇樹は、名乗ってみた。すると、ミカルドは手を叩く。 「外本!外本 一徹の子孫か!」  ミカルドは、思い出したようだ。どうやら本当だったみたいだな。 「お、俺の祖先の名前です!やっぱり!」  勇樹は、間違いないのを確認すると、感激に浸っていた。こんな出会いが、あり 得るなんて、夢のある話だな。 「羅刹拳の真髄を、言ってみろ。」  ミカルドが御題を出す。真髄と来たか。 「極限を窮め、自らの信念を突きに宿し、あらゆる物を粉砕する覚悟を持て!」  勇樹は淀み無く答える。なる程。こんな事まで、伝わっていると言うのか。 「教えた通りだ。うん。こりゃ、本物だな・・・よし!俺に突いてみろ!」  ミカルドは気さくに話す。しかし、それは、勇樹にとっては、重大な事だ。 「そ、創始者に、拳を向けるなんて・・・。」  さすがに勇樹も、気が乗らないようだ。 「創始者だからこそ、お前の成長を、確かめたいと思うんだよ。」 「・・・わ、分かりました!!」  勇樹は緊張しながらも、しっかりと腰を落として、獣のような構えを取る。羅刹 拳の本気の構えだ。両手を前に突き出して、唸りを上げるような構え。 「キエエエエエエエエ!!」  勇樹は鋭い眼光を携えながら、渾身の一撃を放つ。速さ、気合共に十分だ。 「ヌゥン!!」  ミカルドは、その突きの鋭さに驚きながらも、全力で受け止める。体にまともに 入った。だが、ミカルドは、丹田に力を入れて、しっかりと受け止める。 「はぁ・・・はぁ・・・。」  勇樹は、相当本気で打ったのか、肩で息をしていた。 「・・・ふぅ・・・。やるな!筋が良い!インパクトの瞬間、全く迷いが、無かっ た。この手応えを、大事にすると良い!」  ミカルドは、胸に痣が出来ていたが、それを逆に喜んでいた。  これは・・・良い師弟関係になりそうだな。 (勇樹なら・・・ミカルドさんの全てを、受け継げる才能がある筈だ!)  ほう。君も、そう思うか。 「あ、ありがとう御座いました!!」  勇樹は、頭を下げて礼を言う。本当に尊敬してるんだろうな。  1000年の悠久の時を経て、自らの拳法が伝承する。  格別な思いがあったに違いない・・・。ミカルドも、幸せ者よな。  俺は、今、興奮しているのかも知れない。  とてつもない相手から、果たし状を貰った。  この前の神城との闘いも、興奮した。  正直な話、俺は負けていたと思っている程だ。  今度の相手は、神城に、勝るとも劣らない相手だ。  神城は、技術で圧倒してきた。  この相手は、技術と気合を、持ち合わせている。  良く知る相手でもある。  事実、組み手でも、ほぼ五分の戦績だ。  その相手からの果たし状だ。  言うまでも無い。  その相手とは・・・島山 俊男。  俊男とは、何度も、やりあっている。  正当な試合では、俺が2勝している。  だが、いつでも、ギリギリの勝利だった。  だが、この頃の俊男の強さは、伸び過ぎだと思う程、伸びている。  その、俊男が、俺に本気で果たし状を出してきた。  『瞬君と、本気で闘いたい。理由は、会ってから話す。』  これ以上無い程、簡潔だったが、文字に想いが込められていた。  アイツを、これ程までに、動かす物は何だろう?  場所は、学校の校庭だ。  俺は、誰にもバレない様に、ファリアさんから、身代わりの人形を貰っている。  そして、移動は、屋敷にある学校への魔方陣からだ。  物音一つ立てずに、歩いてきた。  ・・・この先に、俊男が待っている。  ファリアさんにだけは、この事実を知らせてある。  なので、ファリアさんは、校庭に結界を張ってくれると約束してくれた。  ・・・後は、俺の覚悟だ。  俊男が、何故、俺と本気で闘いたいのかは知らない。  だが、アイツが本気である以上、受け止める覚悟が必要だ。  ・・・よし・・・行ったら戻れないかも知れないが、行かなきゃ始まらない。  俺は、魔方陣から『転移』の扉にて、学校へと出た。  僕は、無謀な相手と闘おうとしている。  全てを破壊できる拳を持つ、素晴らしい仲間。  そして、僕の今の想いを、ぶつけられる相手。  僕は、逃げ出したいと、今日だけで何度も思った。  でも、果たし状を出した。  もう逃げられない・・・それに逃げるつもりも無い。  僕から出したのだ。  瞬君は、僕の親友だ。  僕の目標であり、ライバルであり、一番の仲間だ。  だからこそ、超えなきゃならない。  僕は、2敗している。  どれも惜しい負け方をしたと、自分でも思う。  だけど、その一歩が足りない。  瞬君を倒すための覚悟が、今まで足りなかったのかも知れない。  今何故、僕が闘いたいと思ったか・・・。  瞬君は、その辺を聞いてくるに違いない。  瞬君は、この決闘の事実を、ファリアさんにしか、知らせてないと言う。  ファリアさんなら、信頼出来る。  立会人としても、色々な用意にしても、器用にこなせる人だ。  とうとう・・・試合だから仕方無くじゃない・・・僕の闘いが始まる。  僕は・・・興奮しているのか?  でも、ただ闘いたいから、闘うんじゃない。  瞬君を、一度でも超えなきゃいけない理由がある。  ・・・彼女は、悲しむかも知れない。  そして、こんな事に意味はないと、言うかも知れない。  でも・・・本気なんだ・・・。  本気だからこそ、超えなきゃいけないんだ!!  『転移』の扉が見える。  とうとう・・・来るんだ・・・。  僕の・・・島山 俊男の、全てをぶつけられる男!  天神 瞬・・・が!  私は、何事かと目を丸くした。  最初は、意味が分からなかった。  瞬君が、頼みがあると、頭を下げてきた。  意味が分からないので聞いてみると、手紙を差し出した。  俊男君の文字で・・・果たし状だった・・・。  私は罠かも知れないと、警告した。  俊男君は、良い子だし、瞬君だって、素晴らしい仲間だしね。  こんな事に意味は無いし、俊男君と瞬君が闘う理由なんて、分からなかった。  だけど・・・学校の校庭を選んでいる事と・・・。  筆跡鑑定もしたが・・・本物だった。  私は、瞬君がどうしても!って言うから、身代わり人形を渡した。  そして、校庭への『転移』の扉を、皆には内緒で開いてやった。  瞬君は、悩みながらも、行く覚悟だった。  それと同時に、すぐに俊男君の家に向かった。  そして、俊男君から、直接、理由を聞いてみた。  それを聞いて・・・とても、止めろとは言えなかった・・・。  俊男君の意地が懸かっていた。  そして、本気なのを悟った。  そんな強い眼差しを見て、止めろとは言えなかった。  気が重いけど、校庭に結界を張る事にした。  つまりは、用意よね。  私って、信用されてるんだろうけど・・・。  こんな事ばかり、借り出されるってのは、運命かしらね。  でも、見逃しちゃ駄目・・・。  死闘になる・・・その意地を・・・見届けないのは、私の美学に反する。  俊男君は、色々考えているようだ。  だけど、その闘気に、揺らぎは無い。  やる気満々だ。  そして・・・『転移』の扉から反応があった。  ・・・瞬君だ。  とうとう始まる・・・。  死闘が! 「・・・瞬君。誰にも見つからなかった?」  私は、一応聞いてみる。瞬君は、黙って頷いた。 「俊男君。・・・今更だけど、止める気は無いわね?」  私は確認してみた。俊男君は少し俯いていたが、瞬君を見て、真っ直ぐ頷き返す。 「・・・俊男。・・・俺は、お前の事を、一番の親友だと思っている。」  瞬君は、拳を作って、それを眺めながら、俊男君に話し掛ける。 「瞬君。それは、僕も一緒だ。君は一番の親友。仲間だ。」  俊男君の言葉にも、嘘偽りは無い。 「・・・じゃぁ、教えてくれ。俺とお前が、闘う理由を・・・。」  瞬君は、その理由が知りたかったのだろう。果たし状を、握り潰す。 「多分・・・人が聞けば、馬鹿な理由と、思われるかも知れない。」  俊男君は、少し自嘲気味に、話す。 「でも・・・僕にも意地がある!瞬君!君には、勝たなくてはならない!」  俊男君の口調が激しくなる。結界を張ってて、良かったわ。 「瞬君は、エリ姉さん、葉月さん、そして恵さんから、告白されたと聞いている。」  俊男君は、拳を握る。 「瞬君は、優しい人だ。だから、誰を好きになっても・・・傷付けてしまうと考え ている。だから決められない・・・。僕には、分かっている!」  俊男君は、全て悟っているようだ。 「俊男・・・。俺は、馬鹿だからな。お前の言う通りだ。」  瞬君は認めた。瞬君は、本当に仲間想いだ。だから、3人の想いを無碍には出来 ないのだ。何故なら、3人共、本気だと知っているからだ。 「僕は、その事を責めるつもりは無い・・・。でもね。僕にも意地がある!」  俊男君は、真っ直ぐ瞬君を見る。 「1000年前に行って、君はエリ姉さんと過ごしたように、僕は恵さんと過ごした。 最初は、ただの憧れだったけど、今は違う!本気で・・・本気で好きなんだ!!」  俊男君は、恵さんへの想いを、吐露する。 「エリ姉さんにも憧れた事はあった。でも、恵さんとは違う!恵さんの事を想う毎 に、狂おしくなる程なんだ!」  俊男君は、目を逸らさない。本気なんだね。 「君が決められないのは良い・・・。でも、僕は、恵さんに見合う男になりたい! 僕が、そうなるには、君を、超えるしか無いんだ!」  俊男君は、唇を噛んでいた。 「迷惑なのは分かっている・・・。だけど、君と、本気で闘いたい!」  俊男君は、全てを吐露した。俊男君は、狂おしい程に恵さんが、好きみたいね。 「俊男・・・。俺は、馬鹿だな。お前を、そんなに苦しめていたなんて・・・。」  瞬君は、目を閉じる。 「はっきり言って、僕の都合だ。断ってくれて構わない。」  俊男君は、自分の意地のために闘っている。断るのも一つの手だろう。 「俊男、お前の覚悟を聞いて、奮い立たない俺じゃないぜ?」  瞬君は、無碍に断るような人じゃない。 「瞬君。君は優しい。だけど、本気で来てくれなきゃ意味は無い。分かってるね?」  俊男君は本気だった。闘気からは、敵意が剥き出しになっている。 「見抜かれてたな。でも、手を抜いたりしたら、尚更、お前を苦しめる事になるん だよな。・・・なら・・・。本気で行く・・・。本気で行くぞ!!」  瞬君は、とうとう覚悟を決めたようだ。 「ストップ。私は見届けるけど、『ルール』は無しよ?殺し合いだけは、見たくな いからね?じゃ無かったら降りるわ。」  私は、一応釘を刺しておいた。じゃないと、本気で出し兼ねない勢いだった。 「神城と、同じ条件だね?俺は承諾した。」  瞬君は、早速闘気を、高め始めている。 「分かってます。俺の本気は、『ルール』で凌ぐ事じゃありません。今まで負けた 2回の条件で、君に勝つ事だ!」  俊男君も、承諾したようだ。 「二人とも、必ず守りなさいよ?・・・はぁ・・・。気が重いけど・・・それなら 認めない訳には、いかないわ。・・・用意・・・始め!!」  私は、合図を送った。その瞬間だった。  ガキッ!!!!!  物凄い衝撃音が聞こえた。二人が同時に突進して、組み合ったのだ。恐ろしい速 さ・・・。見えなかったわ。  そのまま、拳と肘、膝に蹴りの応酬が始まった。何て隙が無い・・・。  瞬君が、先手を取ろうと、拳による突きで突進する。これは、『貫』だったわね。 しかし俊男君は、それを読んで、拳に合わせて強烈な膝蹴りで、相殺する。普通な ら、瞬君の硬い拳で、俊男君の膝は破壊される。だけど、俊男君の体から吹き出る 闘気で、威力を完璧に、相殺している。凄いわ・・・。 「すげぇ・・・。お前、そこまで極めたのか?闘気を・・・。」  瞬君は驚いていた。確かに、あの瞬君の拳と同等なんて、並みの芸当では無い。 「僕が君の拳に対抗するには、これくらいの事はしなくては駄目なんだ。」  俊男君は・・・す、凄い!そうか!俊男君は、瞬君の攻撃のタイミングを完璧に 見切って、その瞬間だけ、闘気を開放している。その瞬間に、全てを開放する事で、 瞬君よりも密度の濃い闘気を実現しているのだ。しかし、それは諸刃の剣だ。タイ ミングを間違えば、俊男君は一溜まりも無いだろう。つまり、食らう所も、完璧に 見切って受け止めているのだ。相当な覚悟じゃなきゃ、出来ない芸当だ。 「本気だな。本気なんだな?」  瞬君は、驚きを隠せないようだ。 「本気だよ。・・・僕は、恵さんに相応しい男になる!」  俊男君の覚悟は、本物だ。瞬君は、飲み込まれようとしている。 「俊男。お前は、恵の正体を知っているよな?知ってても尚・・・。」  瞬君は、俊男君を試そうとしていた。 「瞬君?それを材料にするのは、良くないわ。」  私は釘を刺しておく。俊男君の本気を図るために、使うべきじゃない。 「良いんです。ファリアさん。それで、僕の覚悟が伝わるならね。」  俊男君も・・・知っていたのね。 「・・・悪かったな。でも、どうしても確認したくてな。」  瞬君は、試すような事を言って、悪いと思っているようだ。 「1000年前でね。恵さんは、瞬君に会いたくて暴走した。それを僕は、この手で止 めた・・・。止めてみせた!これは、君にも話して無かったけどね。」  そうか。『制御』のルールですら、抑えきれない程の暴走を起こしたのね。それ を止めたのが、俊男君だったのか・・・。 「俊男・・・。それを止めた上だって事は・・・。どれだけ、深いんだ。」  瞬君には無い愛情の深さを、俊男君は持っていた。 「僕は・・・恵さんの為なら、魔人になる覚悟がある。」  ・・・!!魔人!かつて・・・レイリー=ローンが体現したと言う魔人!  『魔液』と言う瘴気の液体を飲んで、克服する事で、魔族と人間の力を持つ魔人 になれる・・・。かつて、レイリー=ローンも行った事だ。 「そこまで・・・恵を・・・。」  瞬君は、想いの深さを知って、たじろぐ。 「僕は1000年前に行った時、恵さんの本当の強さ。そして本当の弱さを知った!そ の上で美しいと思った!恵さんを、本気で守りたいと思った!その事に、嘘偽りは 無い!そのために、僕は、君と言う壁を越えたい!」  俊男君は、恵さんと一緒に過ごした事を忘れないだろう。ただ一緒に居ただけじ ゃない。一緒に過ごす事で、恵さんの本当の素晴らしさを、知ったのだろう。 「・・・ハッハッハ!すげぇ!すげぇよ俊男!!俺は、嬉しい!恵を本気で好いて くれる・・・そして、俺を本気で、壁だと思ってくれる!そんなお前と、親友だな んてさ。嬉しいじゃないか!!・・・もう迷いは、しねぇ。」  瞬君は、更に強烈な闘気を噴出させる。手加減してた訳じゃないだろう。だけど、 無意識の内に、セーブが掛かってたかも知れない。それを解いたのだ。  俊男君も、それを見て、ニヤリと笑う。 「そうさ。その君のベストコンディションに、勝ってこそだ!!」  俊男君は、八極拳の基本であるダッシュしての肘技を繰り出す。  瞬君は、それを受け止めると、間髪入れずに回し蹴りを放つ。その瞬間、俊男君 が吹き飛ばされた。何と言う強烈な蹴り・・・。 「俺は、お前の壁になれる存在なら・・・そう簡単に、超えさせちゃ駄目って事だ よな!!覚悟しろよ!俊男!妹を簡単にくれてやる程、甘くはないぞ!」  瞬君は、迷いを捨てたようだ。告白を受けた者としてでは無く、妹を守る兄とし て、俊男君の壁になる決意を、したようだ。 「さっすが!」  俊男君も予想以上の衝撃だったみたいで、顔から脂汗を垂らしながら立ち上がる。 「休ませねーぞ!!」  瞬君は、矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。俊男君は、それを捌きつつも、少しずつ打 撃を与えてはいる。だが瞬君の剛健さは、それ以上で、俊男君の打撃を、物ともせ ず受け止めて、尚且つ、俊男君を確実に弱らせている。  瞬君は、攻撃を受けても構わないと思っているから、遠慮無く、攻撃突ききって いる。それに対し、俊男君は、攻撃を避ける事に専念している。だから、避け切れ ない攻撃に対して、ダメージが残るのだ。 「どうした!!お前の攻撃は、そんな物か!!」  瞬君は、叱咤しつつ、攻撃を繰り出す。 「・・・こんな・・・物じゃない!!」  俊男君は、瞬君の攻撃の拳に対して、全力の肘を入れて、対抗する。すると、ど ちらも鈍器に殴られたような音がして、弾かれる。 「ハァ・・・ハァ・・・。」  俊男君の息が上がってきた。細かい痣も増えている。さすが瞬君だ。強いなんて 物じゃない。 「俊男!俺に勝つなんて、まだ早いぞ!!」  瞬君は、止めとばかりに正拳突きを繰り出す。 「・・・!!」  俊男君は、その瞬間を見逃さなかった。その正拳突きの腕を取って、取ったまま 飛び上がって瞬君の延髄に、蹴りを入れる。すると、さすがの瞬君も、体勢がふら つく。すると、その反動で、瞬君を倒して、腕を捻り上げる。これは・・・腕ひし ぎ逆十時! 「ぐっ!!俊男!!」  瞬君は、余りの速さに、対処出来なかった。いつもなら、関節技を食らう前に、 腕を引いたり、逆の手で殴ったりして、対応しているのだが・・・。 「油断禁物だよ!」  俊男君は、力の限り捻り上げる。俊男君は、ああ見えて、関節技も上手いのだ。 「俊男・・・天神流を、甘く見るな!!」  瞬君は、捻り上げられた腕に力を込めて、そのまま立ち上がる。・・・嘘!?凄 いわ・・・。俊男君の体重を、片手一本で上げたって言うの!?どれだけ怪力なの よ。そして、そのまま地面に、叩き付ける。 「ウグア!!」  俊男君は、さすがに手を離す。そのまま、何とか体勢を整えて対峙する。 「凄過ぎるって!瞬君!決まったと思ったのにさ!」  俊男君は、額から血が出ている。確かに信じられないわね。 「俺だって、ビビったぜ。まさか、あんな極め方してくるなんてよ。おかげで、左 腕は痛くて、仕方が無いぜ。」  さすがの瞬君も、無理したらしく、左腕のダメージは効いている様だ。だが、俊 男君のダメージの方が、深刻かも知れない。 「息が上がってるぜ?俊男。」  瞬君の言う通り、俊男君の方が、疲労は多いようだ。 「さすがだよ。でも、僕も、このまま負けるつもりは無いよ!!」  俊男君は、まだ頑張るつもりだ。 「その心意気は認めるぜ。だが、ここまでだ!」  瞬君は、天神流の突き技、『貫』だろうか?神速の攻撃を繰り出す。  俊男君は、その攻撃の瞬間を見切ってだろうか・・・突然、背中を向ける。そし て、背中で、攻撃を一発受け止めた後、そのまま死角に入り、背中で相手を押すよ うな形で攻撃する。しかも、その勢いたるや、『貫』を凌ぐ勢いだ。あれは、正し く、八極拳の奥義だ。受けると同時のカウンター技。見事だ。 「これぞ、奥義、『鉄山靠(てつざんこう)』!!」  かの有名な技か!背中で攻撃を受け止めつつ、相手の死角に入り込み、背中全体 で攻撃する奥義だ。この場面で、出すなんて! 「ゲッハ!!・・・何て衝撃だ!!」  瞬君は、片膝を突く。さすがに効いた様だ。 「・・・八極拳の奥義、鉄山靠は、奥の手だからね。」  俊男君は、そう言いながらも、背中を押さえる。背中で受け止めたとは言え、瞬 君の『貫』を食らって、平気な筈が無い。 「ハァ・・・本当に・・・成長したな。俊男!」  瞬君は過去2回の闘いよりも、俊男君が、手強くなっているのを、感じているの だろう。覚悟で人は、ここまで強くなる物なのね。 「僕は全てを懸けている。・・・瞬君!君に勝つ!」  俊男君は、自らが出せる全ての闘気を、掌に集める。そして、力を高め始めた。 「『発頸(はっけい)』か。お前と初めて対戦した時も、それだったよな。」  瞬君は、空手大会の事を思い出す。そう言えば、あの時は、俊男君が『発頸』を 放ったっけ。その後、瞬君は、『貫』で、俊男君を倒したんだったっけね。 「俊男の本気に返せる技は・・・これしかないな。」  瞬君は、腕を回すようにすると、左腕を前に持って行き、右腕を後ろに持って行 く。そして、右の掌は、卵を抱え込むような形をしていた。 「あれは・・・『響(きょう)』・・・?」  私は見覚えがあった。確か、空手大会で、扇を一撃で仕留めた技だ。 「良く覚えてましたね。そう。俺の中で最も破壊力のある技!これの恐ろしさは、 俊男も、知ってるだろう?」  扇の肋骨を、いとも容易く粉砕した技だった筈だ。それを・・・俊男君に使うと 言うの?・・・瞬君も、本気なんだわ。 「背筋が凍る想いだよ。・・・でも、そんな君に、僕は感謝する!」  俊男君の願いは、本気の瞬君に勝つ事。それは、瞬君が、本気にならないと意味 が無い。だが、瞬君は、奥義を出そうとしている。 「俊男。最初に言っておくが、この技は、場合によっちゃ、死に至る程の技だ。そ れは、分かってるな?俺の本気は・・・分かってもらえるな?」  瞬君は、全力で仕掛けるつもりなのだ。最高の技を最高のタイミングで、仕掛け るつもりなのだ。 「瞬君。君は優しい。普通は、僕の覚悟を試したりしない。でも、僕は、全てを超 えるつもりなんだ。遠慮は要らない!」  俊男君は受けるつもりだ。本気と覚悟のぶつかり合い。只では、済むまい。 「それにね。瞬君。僕の『発頸』も、無傷で受けられる程、甘くないよ。」  俊男君も、必殺の技を繰り出そうとしていた。 「お前の覚悟・・・。しかと見た!だが、俺を超えさせはしない!」  瞬君は、勝ちを譲るつもりは無いようだ。 「悪いがな。俺は、神城と約束したんだ!誰にも負けないってな!」  そうか・・・。瞬君は、扇との死闘の後、約束したと言ってたわね。律儀ね。 「扇さんの言葉か・・・重いね。でも、そんな瞬君を、僕は超える!!」  俊男君は、瞬君の不退転の想いを、自らの覚悟で、打ち破るつもりだ。  二人の間合いは詰まっていく。少しずつ互いに近寄っている。どちらも、近距離 からの必殺の一撃だ。問題は、いつ、ぶつかるかだ。  とうとう、間合いに入った!瞬君は、まだ放たない。俊男君は、両手で瞬君を挟 み込むようにして、襲い掛かる!そこを、瞬君は、『響』で、俊男君を吹き飛ばそ うとした。どちらが早く、相手に触れられるかが勝負だ! 「ヌゥオオオオオオオオ!!!」  瞬君の雄叫びが聞こえた。掌底に回転を加えた最高の技だ。 「フン!!!」  瞬君の『響』を俊男君は、両手で挟み込む!そ、そうか!瞬君の『響』を『発頸』 で迎え撃ったのか!俊男君の狙いは、初めから、瞬君の技を止める事だったのだ。 「ウウウウウグウウウウウ!」  瞬君は、俊男君の鳩尾を狙っていた。しかし、俊男君は全力で『発頸』を放つ事 で、入れさせなかった。  やがて、瞬君の『響』が俊男君の肩口に掠った!俊男君は、掠っただけなのに、 片膝を突いた。さすが、凄まじい威力である。  しかし、俊男君は、そのまま、瞬君の鳩尾に、足を添える。 「しまっ!!」  瞬君が気付いた時には遅かった。俊男君は、その足から、これまでの力を、全て 込める形で、全力で蹴り飛ばした。 「ガフッ!!ゴフッ!!」  瞬君は、まともに食らって、20メートル程、吹き飛ばされる。 「・・・足を添えて、蹴りにて放つ発頸・・・。『巴発頸(ともえはっけい)』!」  俊男君は、手での発頸で、瞬君の技を止めて、蹴りでの発頸を叩き込む気だった のだ。見事である。 「・・・ブッハ!!」  俊男君は、相手を見据えたまま、手を突いて倒れる。 「この衝動!!これが・・・『響』!!」  瞬君が起こした、捻りによる回転が、俊男君の脳を揺らしているのだ。只で、や られるつもりは、ないようだ。 「・・・ウゥ!!」  瞬君も追撃どころでは無い。カウンター攻撃を2撃に『発頸』を1発、まともに 食らっているのだ。立ち上がるのすら、困難な筈だ。 「・・・だ、駄目だ・・・。足に力が入らねぇ・・・。」  瞬君は、仰向けのまま、大の字になった。 「・・・うううううぅぉおおおお!!」  俊男君は、肩で息はしているが、立ち上がって見せた。 「・・・決まりね。」  私は、二人の様子を見て、判断した。 「俊男君。君の勝ちよ。・・・面白い物を、見せてもらったわ。」  恐らく、こんな死闘をお目に掛かれる機会は、少ないだろう。 「・・・はぁ・・・。か、勝てたのか?」  俊男君は、息も絶え絶えだが、瞬君の方を向く。 「お前の勝ちだ・・・。ったく、俺は、本気を出しての闘いで、初めて負けたぜ。」  瞬君は、負けたが、清々した顔をしていた。 「本当に強くなったな。俊男。・・・負けて悔い無しと言いたいが・・・。駄目だ。 悔しくてしょうがない。今度やった時は、俺が勝たせてもらうぞ!」  瞬君は、寝たまま拳を作って、俊男君に見せる。 「次か・・・。そうだね・・・。また、いつか・・・やろうね・・・。」  俊男君は、そう言うと、そのまま倒れる。 「・・・二人共、無理し過ぎよ。全く・・・。心配掛けさせないでよね。・・・心 配するのは、私だけじゃ無いんだからね。謝りなさいよ?」  私は、そう言うと、結界を解く。すると、案の定、恵さんと江里香さんが居た。 「・・・え?居たの?」  俊男君は、二人の姿を見ると、苦笑いする。 「・・・兄様が、抜け出したのを感じたからよ。・・・全く・・・。」  恵さんは、闘いの成り行きを見守っていた事になる。 「私も、胸騒ぎがしてね。無茶し過ぎよ。二人共。」  江里香さんも呆れていた。無理もない。 「ま、ファリアさんの立ち会いの下じゃ、文句が付けられないしね。」  ははは。私って、信用されてるなぁ。 「んもう・・・。兄様も俊男さんも・・・。心配を掛けてばっかりですわ。」  恵さんは、そう言いつつも、恥ずかしそうに笑っていた。 「トシ君たら、かっこ良かったわよ?そういうの、嫌いじゃないわ。」  江里香さんは、俊男君を茶化す。 「今更ながら、恥ずかしいね。・・・でも、僕は本気だよ?」  俊男君は、恵さんの瞳を見て言う。一々かっこ良いなぁ。 「言葉に出さなくても知ってますわ。・・・あーあ。私は、浮気性じゃないと思っ たのですがね。俊男さんは、放って置けないですわ。」  恵さんは、優しい瞳で、俊男君に見つめ返す。 「でも、知っての通り、私は半魔族・・・。本当に、それでも良いの?」  恵さんは、俊男君の、目を見て話す。 「さっき言った通りだよ。僕は、君のためなら、魔人になっても、悔いは無い。半 魔族だから何?・・・僕が、君を好きだと言う事に、変わりは無い。」  俊男君は、淀み無く答えた。青春ねぇ。 「あーあ。トシ君の本気モードに、火が点いちゃったわね。ああなったら頑固よ?」  江里香さんは、俊男君の覚悟を、汲み取ったのだろう。 「誰かさんソックリね。本当に似てますわ。」  恵さんは、瞬君を、ジト目で見た後に、俊男君の方を向く。 「良いこと?天神家当主が、付き合う事を許すのよ?全力で、付いてくる事ね。」  恵さんは、そう言うと、口を尖らす。 「・・・それって・・・おお!やった。やったよー!」  俊男君は、倒れたままなのに、はしゃいでいた。余程、嬉しかったのだろう。 「お前、そのまま、はしゃぐなよ・・・。」  瞬君ですら、呆れていた。満身創痍の筈なのにねぇ。 「人の事を言えないでしょ?瞬君も、無茶し過ぎ。」  江里香さんは、瞬君を軽く小突くと、『治癒』のルールで、癒していく。 「ま、そうだね。しっかし・・・くそー。負けるって、ムカつきますね。」  瞬君は、改めて、敗北の味を確かめているようだ。 「本当は、それが普通なんだけどね。瞬君の場合、勝ち過ぎよ。」  江里香さんの言う通りだ。敗北を知らないと言うのは、良い事ばかりじゃない。 時には、敗北を知らなきゃいけない事もある。 「そうだね。この味を知る事で、二度と、負けたくないって思ったよ。」  瞬君は、ジワジワと、敗北が身に染みているのだろう。  しかし・・・無事終わって良かったわ・・・。一時は、どうなる事かと・・・。  新たな学園生活が始まる。  俺は、何を願っただろう?  平穏と同時に、皆の無事を祈っただろうか?  俺の人生は、今が一番、充実しているのかも知れない。  だからこそ、皆を守りたい。  天神家は、本当に良い場所になった。  最初は堅苦しい家かも知れないと思った。  でも、素晴らしい才能と、不思議な温かみが、増していった。  瞬は、どこに行っても、めげない奴だ。何より、俺に似ている。アイツは仲間を 守るためなら、神とも神魔とも、闘うだろう。それだけの覚悟を持っている。  恵は、あの歳ながら、最高のカリスマ性を持っている。努力も怠らない。意志の 強さも格別だ。だけど、惚れた相手の前では、意地っ張りになる。そこが魅力的だ。  俊男は、誰よりも努力をしている。仲間を想う気持ちは、瞬にも負けない。1000 年前から帰ってきて、意志の強さが、増した気がする。凄い奴だ。  江里香は、優しい奴だ。誰よりも慕われていて、それに驕る事も無い。だから、 凄い敵が現れても、皆を守ろうとする。例え相手が、自分よりも強くても・・・。  睦月さんは、厳しい人だ。だけど、その中には、優しさがある。これ以上、自分 の親しい人を死なせて成るものかと言う、気迫がある。  葉月は、頑張り屋だ。普段は、おっとりしているのに、皆のベッドメイクとなる と、人が変わったように用意しだす。努力の賜物なのだろうな。  巌慈は、懐の深い男だ。どんなに危機に陥りようとも、笑い飛ばす豪胆さを持っ ている。彼の明るさに、皆も勇気付けられた事だろう。  修羅は、冷静な奴だ。だけど、その冷静さは、時に激情に変わる時がある。修羅 は、必要な時だけ、熱くなれる。自分をコントロール出来る奴だ。  亜理栖は、面倒を見るのが好きな奴だ。しょうがないなどと、言いつつも最後ま で付き合う。そんな奴だ。皆を大切にする心を、彼女は忘れない。  勇樹は、器用な奴だ。あの性格なので、荒っぽそうに見えるが、あれで、かなり 細かい。料理も上手だし、勉強も出来る。その器用さが、役立つ時が来るだろう。  魁は、成長した。本当に、そう思う。最初は駄目な奴だった。だけど、皆に付い て行こうとして、ついには、俺達までも救った。閃きは凄い物がある。  莉奈は、守ってやらなきゃいけない。彼女は、苦しんできた分、幸せにならなき ゃいけない。魁も幸せにする事に、逃げるつもりは無いようだ。  葵は、俺達と一緒に居る事が、楽しいようだ。そう思われてるだけでも嬉しい。 だから、仲間として、彼女を迎えてやらなければならない。  ジェイルは、俺達の命の恩人だ。今でも、そう思っている。今では、自力で修練 する事が出来るまで、回復した。喜ばしい事だ。  グリードは、掛け替えの無い奴だ。彼が場を明るくしてくれるおかげで、どれだ け助かってるか、分からない。見習わなきゃいけない。  エイディは、欠かせない奴だ。彼の鋭さ、そして冷静さは、時に残酷に見える。 だけど、皆を思うからこそなのは、分かっている。本当に助かっている。  ゼリンは・・・敵だった。実際に恨みもした。だけど、俺の本当の敵は、ゼリン じゃない。後ろで操っている奴だ。ゼリンは、ソイツを討ち果たすのに、協力して くれるだろう。  ファリアは・・・。俺の大切な人だ。今更、彼女抜きで、俺は語れない。最初は、 良い所のお嬢さんだと思っていた。だけど、芯の強さと脆さ、そして、冷静に振舞 っているようで、心の中では誰よりも熱い。彼女の笑顔を見るために、俺は生きて いる・・・。俺は、ファリアと出会えて、本当に良かったと思っている。  俺は・・・。そんな皆を大切にしたい。ここに居る仲間は、生涯の友だ。それを 崩すのならば、俺は、命を賭して闘う事だろう。  登校の朝、俺は、そんな事を思いながら歩いていた。嘘も偽りも無い。俺は、大 事な仲間を守るために、生きている。それが確信になりつつある。  学校は初日から、騒がしかったが、無事終えた。それは、生徒会長の元就が、万 事上手くこなしていたせいもある。俺達が懲らしめてやったのが効いているのか、 変な考えは、起こさないようだ。  そして、初日は昼休み前に終わった。だが、俺達は、恵に招集が掛けられていた。 何でも、屋上でだそうだ。何だろうなぁ。  皆、不思議がりながらも、集まっていた。何だか眠そうにしている奴まで居た。 「集まりましたね?皆さん。」  恵は、見渡してみる。そして、俺に合図を送る。そして、何かを手渡した。 「・・・これは?・・・手紙?・・・?・・・親父!?」  俺は、目を見張る。これは俺の親父、ゼハーンからの手紙だった。 「・・・どれどれ・・・な、何だって・・・!?」  俺は、手紙の内容を見て驚く。俺達が、学園に居た間、親父は、セントでの潜入 捜査をしていた筈だ。そして、その内容は、驚愕に値した。  その内容を、俺は、皆に読み上げた。親父が、近々、こちらに来るという事らし い。しかも、詳しい話は、会って話すそうだ。そして、帯同している人物の名に、 恐ろしい人物が書いてあった。通称『司馬』。それは、セントの伝説の人斬りと呼 ばれる男の事だった。  そして、セントの情報を見る限り、闘いは、これからだと書いてあった。 「・・・また厄介な事に、なりそうね。」  恵は頭痛がするのか、溜め息を吐く。 「とんでもない・・・けど、これは、チャンスね。」  ファリアは、強気だ。確かに、この内容が正しいのならば、凄い事になる。 「でも、信用出来るんか?」  巌慈が怪しんでいた。無理もない。相手が相手だ。 「近々来るみたいだな。挨拶を考えて置いた方が、身のためだな。」  修羅は、お手上げだといわんばかりだ。 「かつてない危険な相手だろうね。」  俊男ですら、警戒している。 「ビビるだけじゃ、前に進めないのさ。」  亜理栖は、迎え入れるしかないと思っている。 「俺っち、会うのさえ怖いぜ・・・。」  魁にとっては、全く接点が無い人物だ。仕方が無い事だろうな。 「でも、レイクさんのお父さんが居るなら、大丈夫ない?」  莉奈は、俺の親父を信用してくれた。 「今までの知り合いから、考えると、もう今更、驚く事も無いんじゃない?」  葵は、今まで知り合った人物のことを言う。確かに、とんでもない面子が多い。 「しかし、また増えるわねー。」  江里香は、これから来るであろう人の事を考える。 「どんな奴等か、気になるな。」  勇樹で無くても、気になるだろう。俺だって気になる。 「まずは、会って確かめるのが、先だ。どんな人達か、見てやろうぜ。」  瞬は、なんだかんだ言いながら、楽しみにしているようだ。 「ま、これからだ・・・。やるしかないって、所だな。」  俺は言った。2学期を告げる風は、風雲急を告げる物だったのかも知れない。  だからこそ、俺達は、前に進む事を選ぶ。  親父の言葉が本当なら、闘いは、本当に、これからなのだから・・・。