NOVEL Darkness 3-7(First)

ソクトア黒の章3巻の7(前半)


 7、親友
 深い夢を見た。
 それは、親子の夢。
 2人の父親に囲まれながら、幸せそうに自分の子を見せる子供の夢。
 その様子を、母親が嬉しそうに見つめる夢。
 父親達夫婦は、25年振りに子供と再会する。
 そして、驚きと歓喜に包まれながら、歓迎を受ける。
 そして、真実を知り、俺達に感謝する。
 でも、この幸せは、誰にでも、享受するべき物だ。
 俺達は、手助けをしたに過ぎない。
 でも・・・この夢で・・・救われた気がした。
 俺のした事は・・・間違っていなかった・・・筈だ。
 そんな、幸せな夢を見た。
 だから・・・だろうか。
 俺は、思い描くのだ。
 いつの日も、厳しい忠誠を貫いていた男の名前を・・・。
 その名は・・・ハイム=ジルドラン=カイザード。
「・・・ん・・・。」
 俺は、目が覚めたようだ。・・・ここは天神家だ。
 本当に戻って来れたんだな。今でも、あの時代に居た事が、信じられない。
 でも夢なんかじゃ無い筈だ。夢のような、毎日ではあったがね。
(余りに深く眠ったので、起こせなかったぞ。)
 ああ。ゼーダ。おはようさん。
(フッ。レイクとも相当修行したが、やはり、君とで無くてはな。)
 俺としては、余り有難く無いけどな。
(しかし、君の夢・・・。あれは、現実かも知れぬな。)
 ああ・・・。ジルさんとサイジン君の出会いだろ。そうあって欲しいな。
 偶像じゃなきゃ、良いよなぁ・・・。
 俺達は、既に今までの、旅の経緯を皆に話してある。濃い一ヶ月間だった。
 それと同時に、こっちで起きた出来事も聞いた。特に、生徒会長やゼリンの事は、
驚きだった。恵と俊男は、水晶玉を通して聞いていたらしく、そこまで驚いては居
なかった。それにしても、早乙女生徒会長まで『ルール』の使い手だったなんてな。
(恐ろしい『ルール』だったぞ。レイクの支配下にあった、私ですら、動きを拘束
されたのだからな。改めて、恐ろしさを感じたよ。)
 それを正しい事に活かせなかったのが、生徒会長の落ち度だな。
 それと、レイクさん達の仲間であり、父親代わりだって言う、ジェイルさんが生
きてたのも、驚きだった。今は、ファリアさんの親友である、ティーエさんを看病
中だとか。ここ1ヶ月の休養のおかげで、体は良くなったのだとか。後は、ティー
エさんを看病しながら、リハビリの最中なんだと言う。
(睦月の手当ても完璧だったしな。いやはや大した奴らだよ。)
 俺達も色々有ったけど、皆も、それぞれ成長してる。こりゃ手合わせが楽しみだ。
 下に降りると、恵が正装で、大広間に使用人を集めていた。
「一同、恵様に・・・礼!!」
 睦月さんが、掛け声を掛けると、皆、一糸乱れぬ動きで、礼をこなす。
「これまでの報告を、読ませて戴きました。」
 恵は昨日、睦月さんから、天神家の出来事を纏めた紙を渡されて目を通していた
らしい。すっげぇ分厚かったのに、一晩で読んだってのか・・・。
「不覚を取った私に対し、忠誠を誓い続けた事。そして、私が不在の間、不審に思
わせなかった、皆の手腕に、改めて感謝します。」
 そうか。恵は天神家の当主。居ないのが続くと、不審に思われるよな。
「天神家の外交関係を睦月、中の仕事は葉月が中心になってくれたようですね。特
に二人には、感謝します。そして、二人に良く尽くしてくれた皆に、改めて、御礼
を申しあげますわ。・・・そこで、睦月。皆の給料を1万ずつ上乗せしなさい。」
 恵は、高らかに宣言する。すると、従業員は皆、満面の笑みで深く礼をする。そ
うか。労った者には、礼を尽くすって事だな。
「その件、承知しました。しかし、恵様。皆、お金のために、やった訳では無いと
言う事は、分かってらっしゃいますよね?」
 睦月さんは、少し意地悪っぽく言う。
「睦月?私が、そう感じていたら、皆の昇給を、認めたとお思い?」
 さすが恵だ。鋭い切返しをしてくる。恵は、皆が本当に頑張っていた事を知って
いる。だからこそ、昇給を認めたのだ。
「恵様には、敵いませんね。ならば、皆、この昇給は、恵様のお気持ちと思って、
有難く頂戴致しましょう。良いですね?」
 睦月さんが纏めると、使用人達は、改めて、恵に礼をするのだった。・・・すげ
ぇ。誰一人として、恵に不審を抱いてる奴が居ない。凄い統制感だ。
「では解散!!」
 睦月さんの一言で、使用人達は、仕事に戻る。そうだよな。この家の事が、恙無
く進行するためには、彼らの力が必要不可欠だ。
「あら?兄様。早いじゃないですか。見てらしたの?」
 恵は、俺に気が付いたようだ。
「ん?ああ。いや、使用人の人達も、すげぇんだなーってね。」
 俺は、改めて、この家の強さを思い知った。
「フフッ。私が直接、面接して集めたんですのよ?当然じゃないですか。」
 ああ。そうだったのか。そういや、親父・・・厳導が死んでから、慌しかったよ
な。その時に面接してたってのか。すげぇ行動力だ。
「睦月と葉月以外は、篩いを掛けつつ、募集しました。信用に足る人物ばかりです。」
 それで、この一体感か。いやはや、俺には、真似出来ないな。
「そういや、睦月さんと葉月さんって、親父の時も、あんな感じだったのか?」
 俺は、疑問に感じていた事を聞く。
「・・・それは私の口から言う事では、ありませんわね。」
 なる程。そりゃそうだな。
「変な事を言って悪かった。直接、聞いてみるよ。」
 俺は、そう言って、トイレに向かった。食事の前に済ませておく。
 それから、優雅に食事をさせられて、俺は部屋で休んでいた。修練開始まで1時
間くらい時間がある。俺は、胴着に着替えて、気を落ち着かせる。
「戻ってきたんだな。」
 俺は、感慨深い物があった。やはり、この1ヶ月の事は、忘れられない。
「瞬さん。良いですか?」
 扉をノックする音が聞こえた。このノックは、葉月さんだ。
「あ。大丈夫ですよー。」
 俺は、ベッドに腰掛ける。すると、遠慮がちに葉月さんが帰ってきた。
「どうしたの?」
 俺は、葉月さんに尋ねる。何か用事でもあるのだろうか?
「いえ、恵様には、逸早く帰還のお祝いの挨拶をしたんですが、瞬さんには、まだ
だったんで、ご挨拶に、来たんですよ。」
 ああ。義理難い人だな。さすが、使用人長をやっているだけある。
「睦月さんには、一言言われただけだからね。嬉しいかも。」
 睦月さんは、昨日、突然来て、『瞬様のご帰還、嬉しかったですよ。』と、言わ
れただけだった。とは言え、珍しく気持ちが篭っていたので、少し嬉しかった。
「姉さんも来たんですね。抜け目が無いなぁ。」
 葉月さんは、頬を膨らませる。そんな仕草が、可愛く思える。
「ああ見えて、姉さんは、情が深いんですよ?」
 葉月さんは、はしゃいでいる。何か葉月さんが笑顔だと、こっちまで笑顔になる。
「へぇ・・・。あ。そうだ。そう言えばさ。恵が当主になる前って、どんな感じだ
ったの?俺、居なかったからさ。想像が付かなくて。」
 俺は、適当に切り出してみた。
「・・・瞬さん。それ、姉さんに、聞いちゃ駄目ですよ?」
 葉月さんは、妙に真面目な声で言う。
「・・・何か、あったの?」
 さすがに俺も、気にならずには、いられない。
「瞬さんは、不思議に思いません?姉さんは、厳導様を愛しておられたのは、知っ
てるでしょう?その上で、厳導様を手に掛けたのは恵様。なのに姉さんは、恵様に
忠誠を誓う所か、この上無い信頼をしている。」
 ・・・そう。気になっていたのだ。親父を手に掛けたのは、恵だと聞いている。
それには親父が、とても正気とは思えない実験を、恵で繰り返していたからだと、
聞いている。資質が有った恵は、凄まじい実験を、繰り返されていたのだ。
 そんな親父を、生前に睦月さんは、惚れ込んでいたのだと言う。恵を諭す役すら、
やったのだと言う。睦月さんは、親父のために、心を鬼にしたと恵も言っていた。
「姉さんは、今でも、厳導様の事を愛しています。」
 ・・・まぁそうかもな。修練場の歴代当主の写真の親父の所を見る目つきは、未
だに、恋をしている少女のような目だった。
「でもね。だからこそ、恵様を愛しく思ってるんです。姉さんは。」
 そこが、良く分からないんだよなぁ。
「厳導様は、恵様を最高傑作だと言った。恵様には、それが許せなかった。その気
持ちは、私にも分かるんです。でも、姉さんは、言ってました。厳導様は不器用だ
から、そう言う言葉でしか、娘を、愛してやれなかったのだと。」
 親父からしてみれば、最大の賛辞だったって事か。恵にとっては、屈辱以外の何
物でも無かったってのにな。皮肉な物だ。
「厳導様が、愛して止まなかった恵様を、姉さんは、厳導様の代わりに見届けるん
だって言ってました。それが、姉さんの、願いなんです。」
 何て事だ。こんな単純で、しかも、深い理由だったなんて・・・。
「だから、瞬様が来る前の、この屋敷は、陰鬱としてましたよ。」
 想像は付く。恵は荒れ狂っていただろうし、親父は、使用人を大事に思うような
奴じゃ無かったしな。
「何だか、重い事を聞いちゃったな。ごめんね。葉月さん。」
 葉月さんだって、余り思い出したくないだろう。
「私が言った事、内緒ですよ?」
「そりゃあ、分かってるよ。こんな事を言ったりしないよ。」
 葉月さんだって、口を滑らしたと、思われたくないだろう。俺だから答えたのだ。
「感謝する。けど、睦月さんへの態度を、変えたりはしないよ。」
 それが、俺に出来る事だと思う。
「アハッ。瞬さんなら、信じられます。」
 葉月さんは、また笑顔になった。やっぱ、この笑顔じゃなきゃな。
「ところで、瞬さん。どうでした?1000年前ってのは?」
「そうだねぇ。俺と出会ったジルさんは、凄い人だったよ。あんな忠誠心の固い人
は、居ないと思った。俺、あの人に会えて良かった。」
 葉月さんは、俺の言葉に耳を傾けている。楽しそうだった。
「やっぱ、伝記に載る位の人は、凄いんですね。」
 葉月さんは感心している。興味あるのかなー。
「で?憧れの江里香先輩との仲は、進んだんですかぁ?」
 葉月さんは、からかう様な視線を、送ってくる。
「ブッ。ななな、何でそ、そう思うの?」
 俺は必要以上にうろたえた。馬鹿だな。こんなんじゃ、バレるに決まってる。
「べっつにぃ?瞬さんは、モテるんですねー?恵様まで、本気だってのに。」
 うう。それも、分かってるんだよねぇ・・・。
「恵は・・・大事な妹なんだけどねぇ。」
 最近は、それ以上のスキンシップをしてくる。参った物だ。
「一生懸命やってる姿に、魅力を感じるって所でしょうか?」
「葉月さん・・・楽しんでる?」
 うう。この部屋に来たのも、からかいに来たのかな。参ったな。
「はい。楽しんでます。でも、もっと楽しんじゃおうかな。」
 葉月さんは、そう言うと、親指を立ててみせる。そして、俺を指差す。
「え?どう言う事?」
「つまりぃ。私も恋人候補になれば、もっと楽しいと思うんです!」
 ・・・はっ?え?え?何?
「ええとー・・・。え?」
 俺は完全に、パニックになっていた。冗談なのかな?
「むぅー?瞬さん、冗談だと思ってるでしょう?」
 よ、読まれてる。さすが、葉月さんだ。
「じゃぁ、私から、問題を出します。」
 問題?何だろう。・・・って、このノリは一体・・・。
「私にとって、一番身近な男性って誰ですか?」
 葉月さんにとって・・・。まぁ俺か。
「瞬さんですよね?じゃぁ専属の使用人として、朝に顔を見に来るのは誰ですか?」
 ・・・葉月さんだ・・・な。う・・・。
「体調管理から、料理まで作ってるのは、誰ですか?」
 ・・・あー・・・。葉月さんだ。
「あ、あはははは。そうだったね。」
 そう考えると、葉月さんが俺を好きなのって、別に変な事じゃ無いのか?
「で、実は、瞬さんのお世話をする係り、立候補したのは、私の方なんですよ?」
 え・・・。そうだったのか?てっきり睦月さんと恵が、勝手に決めた物かと。
「まーた意外そうな顔。瞬さんは、顔に出過ぎですよ?」
 ううう。俺の悪い癖だ。モロバレ・・・。
「じゃぁ・・・。本気で?」
「こんな事、冗談じゃ言いません。これでも今、結構恥ずかしいんですよ?」
 葉月さんは、顔がほんのり赤い。そうか。照れ隠しで見せてないだけだったんだ。
「驚いたけどさ。俺、嬉しいよ。」
「瞬さんは、優しいですね。女の子は、それに勘違いし易いんですよ?江里香先輩
と本気だったら、私の事は、振ってくれて構わないんですよ?」
 葉月さんは、少し厳しい事を言う。そうか。そうだよな・・・。
「でも、俺、葉月さんの事も好きだし、その気持ちを、いきなり断るってのは、出
来ないな・・・。だって今、嬉しいし。」
 俺は、優柔不断なんだろうか?
「その言葉で十分です。でも、私、本気にしちゃいますよ?」
 葉月さんは、緩まない。本気だったみたいだ。
「よし!今日は、ここまで!瞬さん。これからは、私も本気で行きますからね。」
 葉月さんは、吹っ切れたようだ。恐らく、今までは、恵が居て、江里香先輩が居
た。だから、自分を押し留めていたのかも知れない。でも、それで居ながら、俺の
事が好きだと言う気持ちを、持ってくれた。
 葉月さんか・・・。また俺には、もったいない女性が、好いてくれてると知った。
 嬉しいけど・・・。いつかは・・・。決めなきゃ、いけないんだよな。
 贅沢な悩みなのかも知れないな。


 瞬達が、帰ってきた翌日、皆は修練場に集まった。瞬達4人の実力を見るためだ。
 やはり、気になる。1000年前を旅して、奴ら4人が、どれ程の実力になって帰っ
て来たのかがだ。俺達だって、毎日のように修練している。だが、奴ら4人は、時
代を超えてきたのだ。強くなってるんだろうな。
 まず、恵が睦月さんと葉月さんを相手している。同時に、相手しているのに、全
く乱れない。凄まじい程のバランスだ。さすがだ。そして、江里香も凄い。勇樹や
亜理栖を相手にしているのだが、二人の攻撃を、掻い潜りながら攻撃を繰り出して
いる。一対多の攻撃方法を、完全に熟知している。
 俊男の攻防一体の攻撃は、更に磨きが掛かっている。まるで、それが一連の流れ
かのように巌慈の攻撃を捌いている。そして、瞬。俺の攻撃を予測するかのような
動きだ。参るな。これでも、修行したんだけどな俺・・・。
「さっすがレイクさん!動きが、前とは段違いだよ!」
「お前ねぇ。その俺の攻撃を、いとも簡単に捌いているのは誰だ?」
 瞬は、俺の攻撃を物ともしていない。前は、これでも負かす自信があったんだけ
どな。今は、その余裕が無いぜ。こっちは木刀を持ってるってのにな。
「せい!!」
 恵が本気を出したのか、睦月さんも、葉月さんも片手で投げ飛ばされてしまう。
凄い強さだ。江里香の方を見ると、隼突きで、吹き飛ばしている所だ。俊男も、巌
慈の足を払って、転ばせていた。そして・・・。
「・・・っと・・・。参った。」
 俺まで、瞬の拳が鼻先に突きつけられて、負けた所だ。
「お前達、強くなり過ぎだ。参っちまうぜ。」
 俺は悪態を吐く。本当に凄い強さだ。この短期間に、どれだけ強くなってんだか。
 俺達だって強くなってる。だが、コイツらは、それ以上の速度で成長していた。
特に技の部分が凄い。恐らく、力の部分は、俺達も相応に強くなっている。しかし、
技に関しては、瞬達の成長に追いついてない感じだ。
 感覚的には、力と言うのは日々の鍛錬で鍛える分、加算されていく感じだ。それ
に対し、ルールは能力だ。これは乗算されていくのに近い。そして、技だ。技は、
相手の力を削ぐ減算に近い。相手に力を出させない。それが技量と言う物だろう。
技で見切られれば、いくら力があろうとも、当たらないので、意味が無い。
 1000年前の先人達との鍛錬で技の部分が、大きく鍛えられたって事か。それだけ、
伝記の人々は、技に磨きを掛けてたって事だな。
 大きく水を空けられちまったな。だが、このままで居る気は無いぜ。
「こっちで大きく成長したのは、ファリアだろうな。」
 俺は、ファリアの名前を出す。ファリアは、4人を救った事で、満足感と達成感
を味わっている。そして、それに見合う成長をしたと、俺は思っている。ファリア
は、皆の中心になれる女性だ。そして、俺の誇りでもある。
「ファリアさんには、頭が上がりませんわ。」
 恵ですら、ファリアの事は認めている。ファリアは、天才肌なのに努力家だ。そ
して、水を吸収するかの如く、成長している。
「ファリアは、昔の私が危険と判断した程の逸材だからね。魔力では、随一だよ。」
 ゼリンも同調する。うーーん。仲間になったって、頭では分かってるんだけど、
違和感は、拭えないな。
「そう言う貴女だって、見上げた物よ。さすがは、神の子だけありますわ。この私
が、隙らしい隙を見付けられない相手なんて、中々居ませんわよ?」
 恵をもってしても、ゼリンには隙が無いか。そうだな。俺も見付けられない。や
っぱ技量は、凄い物を持っている。失われたのは、神気だけだって言うしな。
「私は、咎人。なればこそ、大きく皆の力に、ならなくてはならない。そして、貴
方達の修練は、ゼロマインドの予想を、大きく上回ってる。その手伝いをしなけれ
ばね。それが、私の存在意義なんだからね。」
 そうか。じゃぁ、明るい兆しと見て、良いのかな?
「だが、ゼロマインドは、今も成長している。君達が成長しているのと、同じよう
にね。追い付かなければ、ならないのは確かです。」
 やっぱ、すげー奴なんだな。・・・しかし、気になる事があるな。
「なぁ。ゼロマインドって、どう言う奴なんだ?」
 それは、単純にして、最大の疑問だった。ゼロマインドが、当面の敵だってのは、
分かった。だが、どう言う奴なんだろうか?
「ゼロマインドは、無から生まれし最悪の赤子みたいな物です。ただし、最近では、
知恵を付けています。まるで、人間から学んでいるようにね。」
 性質が悪いな。知恵を付けられるってのは、苦戦するかも知れないな。
「知恵とはのぉ。小賢しい事だのぉ。」
 巌慈も、気に食わないみたいだ。闘い辛い相手かもな。
「最近では、意識を分けていると言う噂も、あります。」
 ・・・?意識を分けている?
「また、勿体付ける言い方だな。」
 修羅も、気になっているようだ。
「私も詳しくは知らないのですが・・・無の存在のままでは、目立つためでしょう
ね。意識を分けて、自分が無の存在だと悟られないように、カモフラージュしてい
るみたいです。そして、人間に化けているとの情報は、得てるんですが・・・。」
 に、人間に化けているだって?そりゃ・・・とてつもなく、厄介なんじゃ?
「敵も、馬鹿では無いと、言う事ですわね。」
 恵も警戒を強めている。どう対処して良いのやら・・・。
「自らの力は制御しつつ、着実に力を蓄えていく・・・。上手い方法だと思います。」
 ゼリンは、目を伏せる。警戒しなきゃいけない事は、確かなようだな。
「意識を分けるって事は・・・。2人の人間に、化けているって事なのかな?」
 俊男も考えていた。なる程。意識を分けるって事は、そうかも知れないな。
「そう考えるのが妥当でしょうね。更に言うならば、私は『元老院』の中に、紛れ
込んでいるのでは無いか?と見ています。」
 セントの中枢を動かしているとも言われている、セントの最高の役職『元老院』。
国事総代表、最高裁断長、不正監視委員長の任命権を持ち、長く3つの役職に付い
た者だけがなれる国家のキモでも、ある筈。
「現在、『元老院』のメンバーは9名。どのメンバーも、それぞれの役職を20年
以上、経験している人達です。だから、20年以上も前から、意識を分ける作業を
している筈なのです。」
 つまり、どのメンバーも、怪しいと言う訳だな。
「特徴的なメンバーとかは、居ないのか?」
 瞬は尋ねてみる。特徴的なメンバーが居れば、分かり易いかもな。
「私も、過去に調査してみましたが・・・分かりませんでしたね。」
 ゼリンですら、分からないのか。
「八方塞かぁ・・・。」
 魁は、残念そうな声を上げる。
「ま、何も情報が無いよりは、マシじゃないの?」
 江里香が、前向きな事を言う。ま、そうかも知れないな。情報が、何も無いのと
比べれば、大した進歩かも知れない。
「『元老院』かぁ。私が捕まるちょっと前に、発足されたのよね。あの時は、私と
何か繋がりがあるかは、考えて無かったわね。」
 ファリアは、溜め息を吐く。恐らく、自分の数奇な運命に、呆れているのだろう。
 その時、チャイムが鳴った。誰か訪問者だろうか?
「私が、出てきます。」
 睦月さんが、手早く対応する。手際の良さは、相変わらずだ。
 しばらくすると、苦い顔をして戻ってきた。
「恵様。厄介な客が・・・。」
 睦月さんは、恵に耳打ちする。すると、少し考え込んでから、頷く。
「兄様。神城さんが、来たそうよ。」
 恵は、下手に隠さず、瞬に知らせる。アイツ、また来たのか。と言うより、今度
こそ、瞬と決着をつけに、来たのかも知れない。しかし、今の瞬は、ズバ抜けてい
る。扇が勝つのは、至難の業かも知れない。
「扇か。そう言えば、一回、来たんだっけか。」
 扇が来た事は、瞬にも話してある。
「ここの事情は、知っています。通しましょうか?」
 睦月さんは、余り気乗りしてないみたいだが、扇を迎え入れるか提案する。
「出来れば、お願いする。話したい事もあるしな。」
「良いでしょう。ここへ通しなさい。私も許可します。」
 瞬が了承すると、恵も許可を下す。ここの特殊な事情については、この前に来た
時に説明してある。信頼する訳じゃないが、周りに喋るようなタイプでもない。
 少しすると、風見を従えて扇が姿を現した。そして、周りを見渡す。
「良い道場だな。悪くない。」
 扇は、まず景色を見る。
「ここだけ空気が違う。これは、強くなる訳だな。」
 扇は、分析を始めていた。
「俺が居ない間に、来たんだって?」
 瞬が扇に尋ねる。何か思い当たっての事なのか?
「貴様と決着をつけに行ったんだがな。肩透かしだった。だが、面白い物を見させ
てもらった。貴様の仲間とやらは、面白い奴ばかりだな。」
 扇は、『転移』を体験している。それと、俺との手合わせも、合わせて言ってる
のかも知れない。
「今では、恩人でもあり、最高の仲間達だ。」
 瞬は、淀みなく言った。照れるなぁ。
「恵まれているな。ま、貴様らしい。」
 扇は、ある程度、瞬の事は認めている。
「話に聞くと、1000年前に行ってきたそうじゃないか。俄かには信じられんが。」
「信じなくても良い。だが、俺にとっては、黄金の日々だった。」
 瞬は、黄金の日々と言った。確かに、中々出来る体験じゃない。
「眼が違う。俺と試合をした時とは、眼の甘さが違う。真偽はどうあれ、成長した
のは、間違いないみたいだな。」
 扇は、鋭い事を言う。さすがは、神城流空手の継承者でもある。
「そこまで分かっていながら、俺と勝負するって言うのか?」
 瞬は、扇が全く、戦意を衰えさせていないのを、気にしているようだ。
「当然だ。前回、ここに来てから、今までに、貴様を倒すための、特訓をしていた
のだ。貴様を倒すためだけにな。」
 あれから、すぐ戻って特訓をしていたと言うのか。しかし、瞬以上の体験など出
来るのだろうか?中々思い付かない。
「貴様が、過去で達人と手合わせしたのなら、それなりの物を得て、帰ってくる。
それは、予想出来た。ならば、俺も、達人と手合わせするしか、なかろう。」
 達人?って事は・・・。現代の達人と?
「俺は、貴様を倒すために、達人の教えを請う事にした。」
 あの誇り高い扇が、人に教えを請うなんて・・・。
「アンタも成長したようだな。俺と手合わせした時では、考えられない事だ。」
 瞬も、驚いているようだ。
「いったい誰と、やったんじゃ?」
 巌慈も気になるようだ。現代の達人か・・・。
「俺が尊敬できる達人は、このソクトアに、一人しか居ない。究極の護身術の使い
手である、藤堂 秋月(しゅうげつ)ただ一人よ。」
 ・・・藤堂・・・秋月?どこかで聞いた事が、あるような・・・。
「お、お爺様の所に、行ったのですか!?」
 葉月さんの声が震えている。お爺様?・・・ま、まさか。
「耄碌もせず生きてるなんて、恐ろしい限りですね。あの爺さん。」
 睦月さんは、刺々しい事を言う。やはり、この二人の・・・。
「ほう。秋月の孫か。お前達。」
 扇も興味が、あるようだった。
「忌々しいけど、その通りです。あの爺さんは、まだ元気なのですか?」
 睦月さんは、相当、気に入らないらしく、まだ棘のある口調だ。
「技の冴えは、極まっている。秋月ならば、100歳生きても、おかしくはない。」
 扇は、秋月の事を、結構買っているようだ。
「お爺様・・・。まだ、あそこに居るのですか?」
 葉月さんは聞いてみた。あそことは?
「お前たちの言う「あそこ」が、どこかは知らぬ。だが訪ねたのはテンマの烏峠だ。」
 烏(からす)峠。確か、ガリウロルで、もっとも魔界に近いとされるオドロオド
ロしい峠だって話だが・・・。
「まだ、あそこに居るのね。父様の葬式にも、顔を出さない人を、肉親と認める気
は、ありません。」
 睦月さんは、一際、鋭い眼をする。
「私も、危篤の報せ、葬式の開催状を送ったのですがね。」
 恵は、呆れ顔になっている。なる程。
「あのご老人・・・。扇様を呼び捨てにされてたから、気に入りません。」
 風見は唇を噛む。風見らしい感想だ。
「力ある者が、優位に立つのは、当然の事だ。」
 扇は、大して気にしていないようだ。
「父に、継承権を譲った後は、一度も、こっちに来てないんです。」
 葉月さんは、悲しげな眼をする。余り家族を、顧みない人のようだな。
「人生を捨ててまで、強さに執着する。あの執念こそ、学ぶべき対象よ。」
 扇が気に入る訳だ。飽くまで強さが中心なんだな。
「恐ろしい達人が、居た物だな・・・。」
 修羅も呆れている。そこまでして得たい強さとは、何なんだろうな。
「無駄話は、ここまでだ。貴様が得た力と、俺が身に付けた強さ、どちらが上か。
俺が知りたいのは、それだけだ。」
 扇は、瞬との決着を望んでいるようだ。
「神城と天神の決着か?俺は、興味無いんだけどな。」
 瞬は、家に縛られるのを望んでいない。
「勘違いするな。家など関係ない。俺が、貴様を処刑したいだけだ。」
 扇は、飽くまで瞬に勝ちたいだけか。
「変わらないな。良いだろう。受けて立つ!」
 瞬も、やる気になったようだ。元々闘うのが、好きな男だからな。我慢しろと言
う方が無理か。恵などは、呆れている。
「しょうがないわね。じゃ、『結界』を張るわ。」
 ファリアが、一瞬にして『結界』を張る。この辺の手際は、見習うべき所だな。
 風見が下がる。それに呼応したかのように、俺達も、距離を取る事にした。
 2つの二大空手の頂点を決める闘いが、始まろうとしていた。


 生まれは1000年前・・・。
 パーズ拳法が、素手での隆盛を極めていた時代。
 ガリウロルに、パーズ拳法とは、違う強さを追い求める動きが出た。
 攻防一体の動きに、長けてきたパーズ拳法。
 だが、素手での一撃に、不満を持ち始めた男が居た。
 パーズ拳法の門弟として一緒に学んだ二人が、理想を持って飛び出した。
 その一人が、天神 龍(たつ)。
 そして、もう一人が、神城 源治(げんじ)。
 二人は、パーズ拳法を基にしつつも、最高の攻撃力が得られるように考えた。
 その結果、天神は、拳を極限にまで鍛えて、鈍器として使う道を。
 神城は、指先を極限まで鍛えて、鋭利な刃物と化す道を選んだ。
 そして、互いに、その道を究めるため、再戦を誓いつつ別れたのだった。
 天神 龍は、ひたすら拳を強化する道を選んだ。
 神城 源治は、人との闘いを求め、賊となる道を選んだ。
 互いに、擦れ違ったまま、次代に託す事を選んだ。
 そして、決着が果たされないまま、1000年の時が経った。
 その決着が、この前のような試合で済まされる筈が無い。
 互いに、不完全燃焼であった。
 俺は、試合であったので仕方が無いと言う見方であった。
 だが、扇は、納得行って無かったのである。
 だから・・・今日、決着を、つけてやる。
 それが、互いの継承者にとって、良い結論であるのだろうから。
 ・・・そして、この天神家の道場で、皆が見てる中での、立会いとなった。
 緊張する・・・だが、これは、マイナスではない。これから闘いが始まると言う
気持ちで迎える、良い緊張感だ。
「ゾクゾクするぜ・・・。貴様との決着・・・。やはり違う。」
 扇も心中は、同じみたいだ。
「扇。俺も、アンタとの決着は、楽しみだ。」
 神城家との闘いだからでは無い。扇は強い。だからこそ俺の持てる力を出したい
んだ。気を抜くと、一瞬で斬られる。その緊張感が・・・また良い。
 この闘いに『ルール』は互いに使用不能とした。それぞれが、切磋琢磨した修行
で得た力での勝負にしたいと思ったからだ。その事については、扇も納得している。
「確かに、この『ルール』とやらは便利だがな。それでの決着など、俺が望んだ物
では無い。この肉体での処刑。それこそが、望み!!」
 扇も『ルール』を使えるのは驚きだったが、使用禁止であれば、条件は同じだ。
 念入りにも、恵が『制御』のルールを使用して見張っている。
「私が、兄様に肩入れするとは思わないの?」
 恵が扇に尋ねる。確かに恵は、俺の妹だ。だから俺の行為だけ見逃す可能性もあ
るだろう。だが、恵は、絶対そんな事はしない。俺には、分かっている。
「フッ。好きにしろ。お前が天神を肩入れしようと、手出しさえしなければ、それ
で良い。『ルール』を使われたら、感覚的に分かるようになったしな。そうなった
ら、天神を見下すだけの事。まぁ、そうはなるまい。」
 扇は、堂々と反論する。それを聞くと、恵は、安心したような顔をする。
「そこまでの覚悟が或るのなら、私としても、手を抜けないですわね。ご安心なさ
い。この天神家の当主として、公平な裁きを下す事を、誓いますわ。」
 恵は、威厳のある言葉を紡ぐ。こう言う時の恵は、さすがは当主だと思う。
「扇様。この天神 恵ならば、信じられると、私も思います。」
 風見は爽天学園の生徒なので、恵が、どれ程の人物か知っている。恵は、有名人
だからな。恵が誓うと言えば、どんな事であろうとも、やり通す性格だと知ってい
るのだ。恵は、芯が強いからなぁ。
「まぁ良い。俺は、修行の成果を見せるだけの事だ。」
 扇は、早速構えに入る。上下の構え・・・。あらゆる事象に対応する構えだ。
 では、俺は、十字の構えにしよう・・・。十字の構えは守りを固めつつ、一撃を
狙う攻防一体構えだ。パーズ拳法の構えに近い。
(君らの実力を、見させてもらうぞ。)
 ゼーダに言われるまでも無い。扇との決着は、俺も望む所だ。
 しかし、扇め。葉月さんの爺さんに、特訓を受けたってのは、本当らしいな。あ
の構えは、合気道のそれに近い。葉月さんや、恵と手合わせしている時の事を思い
出すぜ。やり辛いったら、ありゃしない。
「・・・こう言う鬩ぎ合いも悪くない。・・・が、行くぜ!!」
 俺は、扇との間合いを詰める。そして、後ろ回し蹴りを、上下に打ち分ける。
「速い!」
 俊男は、思わず声に出す。
 しかし、扇は、それを蹴りが来る前の段階で、見切って掌で止めてきた。ピンポ
イントを、押さえてきやがる。
「技術は、思う存分、習ったからな。」
 扇は、押さえてきた手と反対の手で、俺の足首を掴むと、引き戻すタイミングを
見切って、投げに来た。俺は、自分の力を利用されて、一回転させられる。そして、
俺が倒れたのと同時に、電光の様な手刀が飛んできた。
「うお・・・っと。」
 俺は、咄嗟に避けたが、肩口が切れていた。何と言う切れ味だ。
 合気道で翻弄し、攻撃は、神城流で鍛えた指先と言う訳か。これは強敵だな。
「これしきで驚いては、体が持たぬぞ?」
 扇は、足を器用に伸ばして爪先を尖らせる。そして、回し蹴りをする。俺は、そ
れを体を仰け反る事で躱したが、そこから、更に踵が伸びてくる。
「つうっ!!」
 俺は肩を押さえる。肩口に攻撃を食らった。少し痺れているな。
「そらそら!!」
 扇は、流れるように攻撃を打ち込んでくる。前は攻め気に逸って、直線的だった
ってのに、今は、変幻自在だ。
 だが・・・俺だって、単に1000年前に行って来ただけじゃない。
「でぇい!!」
 扇の指先を打ち払いつつ、肘で攻撃する。扇は、それを見切っていたが、そこか
ら、拳を伸ばした。扇は、それにより、吹き飛ばされる。
「ぐぅ!!さすがは天神・・・。そうで無くてはな。」
 扇は、腹を押さえていたが、致命傷では無かったようだ。俺の攻撃が当たる瞬間、
体を撓らせて、攻撃を吸収したらしい。と言っても、完全では無かったらしく、腹
を押さえているのだが・・・。
「驚いたな・・・。あの瞬君と、技量で互角だなんて。」
 俊男は、俺の力と技を知っている。まぁ俊男とも、良い勝負だけどな。
「そろそろ、闘気を開放したらどうだ?」
 扇は、闘気の事に気が付いているみたいだ。まぁ気が付くか。この男のレベルな
ら。肉体だけの勝負では、中々決着がつかないのは、知っているので、互いに力を
使う時が来たようだ。『ルール』は禁じられてるが、力までは、禁じていない。
「とうとう、見せる気ね。」
 江里香先輩は、俺と行動を共にしていたから、知っている。俺は、この1ヶ月で、
掛け替えの無い力を、手に入れた事を・・・。
「扇。見せてやる。俺が手に入れた『信念』が、生み出す力を!」
 俺は、ジルさんの事を思い出す。ジルさんは、例え、どんな強さを持った相手で
も逃げなかった。どんなに、きつい責務でも逃げなかった。それは、ジルさんが、
自分に課した『信念』に拠る物。
「凄まじい気迫。それでこそ、天神よ・・・。いや、瞬よな。」
 扇の奴、俺の事を、ついに名前で呼んだか。それは、神城と天神の対決の構図か
ら、扇と俺の対決の構図に移ったと言っても、過言では無い。
「闘気を操る事に関しては、瞬に並ぶ奴は、レイクさんくらいな物だ。」
 魁が、レイクさんを引き合いに出す。レイクさんは、もっと上手い気が、するけ
どな。俺も伊達に、1000年前に行ってないって事だ。
「その代わり、魔力に関しては、まだまだ修行して、もらわないとね。」
 ファリアさんが、厳しい事を言う。うう。分かってるよう。
「俺も、闘気に関しては、少し勉強してきたぞ?こんな風にな!」
 扇は、闘気の塊を集めて、俺に向かって投げつけてきた。俺は、それを腕でガー
ドしつつ、受け止める。これは、かなりの威力だ。
「やはり、ここの奴らは、全てこの闘気が見えているようだな。」
 扇は周りの反応を見て判断する。俺がガードしたのも、周りが、それを眼で追っ
ていたのも、確認したようだ。
「俺の所の、道場の奴らでは、隆景以外は、見えんようだ。全く、無能だ。」
 神城の道場では、扇と風見以外は、見えないようだな。
「さぞかし退屈だっただろうな。なら、俺がその退屈から、眼を覚ましてやる!」
 俺は、お返しとばかりに、闘気弾を投げつけてやった。
「ぐっ!」
 扇はガードした。確かに、見えているようだ。
「この圧力。さすがだな・・・だが、これだけでは、俺に勝てぬぞ!」
 扇は、再び上下の構えを取る。・・・まさか・・・。
 俺は、ある事を確かめるために、闘気弾を両手に作り出して、連続で放ってみた。
 すると、扇は、闘気弾を闘気を絡めた腕で、綺麗に弾き返していた。
「・・・やはりな・・・。すげぇな。お前。」
 俺は驚きを隠せない。扇は、合気道の弾き返しの呼吸を、闘気弾にすら対応した
のだ。それは、天才的な呼吸が必要な筈だ。俺は、それが出来る奴を、恵と葉月さ
んくらいしか知らない。この男は、それを、1週間そこらで体得したのだ。
「・・・天才ね。認めない訳には、行かないわ。」
 恵も認めたようだ。合気道の呼吸を知っているだけに、扇のやっている事の凄さ
が分かるのだろう。
「こりゃ、攻め辛いぜ・・・。」
 俺は、恵と手合わせする時の事を、考えていた。扇の隙の無さは、恵に通じる物
がある。それ程、凄いと言う事だ。
 ならば、全てを駆使してみるか。
「せい!!」
 俺は、再び闘気を練り上げると、1発はそのまま、もう1発は、ジャンプして放
つ。そして、そのまま、腕に闘気を集めながら、構えを打つ。
 扇が、2発を綺麗に弾き返す。そこに天神流、突き技『貫』を放った。
「・・・ぐぅぅ!」
 呻き声を上げたのは、俺の方だった。この男・・・。凄まじいな。
 俺は『貫』を、先程の2発と、ほぼ同じタイミングで放った。そこでアイツは、
一番ダメージのある『貫』を警戒する事にして、他の闘気弾は、避ける事に切り替
えたのだ。そして、『貫』は、一瞬の内に突く技なので、全力で高速移動した。
 にも関わらず、アイツは、その『貫』に合わせて、合気の呼吸を使ってきたのだ。
俺の『貫』のダッシュする足に合わせて、足の指で、俺の足の甲を貫いたのだ。
「瞬君の『貫』に合わせて、合気・・・。凄い・・・。」
 俊男も、驚いているようだ。しかも、このツボを突かれると、無理に体を動かす
事が出来ない。考えてやがる。
「動けまい。俺も、秋月にやられた技だからな。」
 なる程。扇も、やられたのか。葉月さんの爺さんも、凄い人なんだな。
「ヌン!!」
 扇は、その体勢のまま、腹に、膝蹴りを見舞ってきた。ぐっ!きつい・・・。
 そして、俺の胸に目掛けて、手刀を振り下ろす。俺は、それを白羽取りのような
形で止める。しかし扇は、それでも構わず、力を込めてきた。白羽取りを緩める訳
には行かない。
「片方だけでは無いぞ?そらそら!!」
 扇は、もう片方の手で、俺をナマス切りにする。腕や足、腹や顔にまで傷を負う。
さすがに、きついぜ。急所は外しているが、このままでは・・・。
「瞬君!!」
 ・・・江里香先輩か。そうだ・・・。俺は、簡単に負ける訳には行かない!!
「うおおお!」
 俺は、扇の腕を捻りあげると、テコの原理で、投げ飛ばす。
「ちぃ!」
 扇は、素早く離れる。さすがに、拙いな。出血が、激しくなってきた。
(大丈夫か?まさか、ここで力尽きる事は、無いだろう?)
 フッ。大丈夫だよ。俺は、ジルさんに未来を託されたんだ。負けねぇよ!
「その出血で、まだやろうと言うのか?見上げた根性だが、いつまで続くかな?」
 扇は、余裕タップリに言う。
「瞬君、無理しないで!」
 江里香先輩は心配なのだろう。だが、俺は負けない!
「兄様。貴方は、未来を担う身。私は信じますわ。負ける筈が無いってね。」
 恵は、唇を噛みながら耐える。ありがとよ。お前の期待に応えないとな。
「瞬さん。今朝に宣言した事を、無にするような人じゃないって、信じさせてね。」
 葉月さんは、今朝、俺に告白してきた。そうだ・・・。こんな所で、くたばる訳
には、いかない。俺の中で、力が漲っていくのが分かる。
「扇。見せてやる。俺の魂をな。」
 俺は、体に力を入れる。すると、流れ出る血が止まった。
「・・・何と言う奴・・・。意志の力で、血を止めたってのか。」
「俺は・・・1000年前に誓った。未来を担って見せるとな・・・。その『信念』を
お前に見せてやる・・・。」
 俺は、目を瞑る。そして、両手の力を抜く。
「・・・『無』の構えか。」
 扇も、この構えの意味を知っている。全ての感覚を己だけに任せて、一撃。そう。
その一撃のために、全てを懸ける構え。レイクさんが使う、不動真剣術の『無』の
構えに、概念は似ている。感覚に全てを任せるのだ。ただし、あちらは、本能に任
せて剣を振るうのに対し、こちらは、カウンターでの一撃を、狙う事に意義がある。
2撃目は無い。その覚悟が必要なのだ。
「それは・・・合気の極意でもある・・・。周りと同化する。それが、貴様に出来
ると言うのか?俺ですら、至れぬ境地に!」
 扇は、まだ、攻め気を消し去る事が出来ていない。俺は・・・葉月さんとの手合
いの中で、全てを消し去る感覚を試した事がある。だから・・・出来る。
(君が、やろうとしている事は、神への挑戦でもある。)
 全てを一撃に懸けるなんて事は、普通は、出来はしない。だが・・・。俺はやる。
「それは、凄まじい覚悟が無ければ出来ぬ事・・・。貴様、本気だな。本気で未来
を担うなどと言う、戯言を信じているのだな。」
 扇は、挑発しようとしているが、俺は動じない。
「どれ程の一撃を・・・。想像も付かぬ・・・。」
 扇は、そう言いつつ、闘気を開放し始める。
「だからこそ見てやろう。貴様の魂とやらを!!」
 扇は、全ての闘気を手に集中させる。
「・・・。貴様は、最高の処刑に相応しい相手だ。さぁ、これで力尽きると良い!」
 扇は、全てを懸けて、俺の心臓を狙ってきた。まだだ・・・。まだ届かない。
 ・・・俺の心臓の、すぐ近くまで手が伸びてくる。・・・ここだ!
 ブォン!!
 扇の突きを、寸での所で躱す。そして、俺は拳を繰り出した。
「はぁ!!」
 扇は、それを合気の呼吸で弾く。しかし、俺の狙いは、そこでは無い!
 俺は、その間に、扇の鳩尾に足刀を止めるように乗せる。
「せいいい!!!」
 俺の気合と共に、足刀を全力を持って、打ち抜く。扇は吹き飛ばされた。
「ぐっ・・・グオッハ!!」
 扇は、アバラを押さえる。俺の蹴りで、何本か折れたらしい。
「天神流空手、蹴り技、『晃(こう)』!」
 この技は、相手の蹴る所に、そっと足刀を置き、そこから、全力を持って蹴り抜
く技だ。添えられた足刀を、相手は避ける事が、出来ない。
「さすが・・・瞬よな。・・・こう言う勝負を・・・。俺は、望んでいたのだ。」
 扇は、息も絶え絶えだ。俺も、全力を使ったのか、眼が霞んできた。さすがに、
出血が、ぶり返した様だ。だが、扇の前に立つ。
「止めを刺せ。」
 扇は、覚悟していた。喀血も酷い。
 そこに、風見が割り込んできた。
「隆景・・・。何をしている。どけ!!」
 扇は、風見を叱る。しかし風見は、どこうとしない。
「扇様は、私の命!私を先に!」
 風見は、死ぬ覚悟も、出来ているようだ。
「隆景!貴様、俺に恥を掻かせる気か!!」
 扇は、息も絶え絶えだと言うのに、風見の足を攻撃する。しかし風見は、ビクと
もしない。俺から、眼も逸らさない。
「例え、貴方を裏切る事になっても、私は、貴方さえ助かれば、何でもする!」
 見上げた根性だ。
「何で、そこまでするんだ?」
 俺は聞いてみた。気になる所だ。俺が、気絶する前に、聞いておきたい。
「私は、幼い頃、全ての人間に忌み嫌われていた。そう。親にさえも・・・。生ま
れてきたのが、間違いとさえ言われた・・・。それを・・・扇様は、救って下さっ
たのだ!私を、価値ある人間としたのは、扇様!故に、私の命なのだ!」
 風見は、幼い頃に、トラウマがあるようだ。扇は、風見の心を救ったのだろう。
それが例え、救うつもりじゃ無かったとしても、風見にとっては、救いだったのだ。
「お前の全てを憎む眼が、気に入っただけだ・・・それを、お前は・・・。」
 扇は、そこまで考えたのではないのかも知れない。だが、それこそ、風見にとっ
て、全てだったのだ。だから、ここまで、忠誠を誓えるのだろう。
「お前ら、勘違いしてるようだが・・・。俺は、止めなんか刺しに来たんじゃない。
・・・って言うか、この勝負・・・引き分けだろ・・・。」
 俺は、そう言うと、意識が途絶える。さすがに、疲れた・・・。と言うか、出血
多量で、立っているのも、やっとだったんだよな。


 ・・・君は、無茶をする・・・。
 意志の力で、出血を止める?
 それは、余りに行き過ぎた行為だ。
 そんな事をするから、その反動が来るのだ。
 君が力尽きたら、私はどうなる?
 そこまで考えて、行動したまえ。
 ま、説教はここまでだ。
 闘いに関しては、合格点だ。
 相手も、相当な使い手だったからな。
 見せてもらったぞ。
 君の『信念』とやらをな。
 時代を行き来する旅は、良い経験になったようだな。
 大事に使いたまえ。
 君のその経験こそ、ミシェーダやゼロマインドの脅威。
 私が更に鍛える事で、その脅威は、確実な物になるだろう。
 私をも、信じさせた『信念』。
 引き続き、見させてもらうぞ。
 ・・・。
 俺は、ここで、眼が覚めた。・・・ここは?
(天神家の医務室だ。)
 ああ。そうか。俺、気絶したんだっけ。
(あれだけ無茶をしたのだ。当然だ。)
 無茶したなぁ。・・・って、勝負はどうなったんだ?
(それは、本人に、聞いてみたまえ。)
 本人?・・・って・・・うわっと!
「目が覚めたか。瞬。」
 扇が、隣のベッドで横たわっていた。傍らには、風見が居た。
「アンタが、隣とはね。」
 俺は苦笑いを浮かべる。気まずいぜ。
「目が覚めたのね。」
 あ。江里香先輩・・・。
「ははっ。看病してくれたの?」
 俺は、ちょっと恥ずかしかった。
「3人で交代でね。」
 江里香先輩は、少し棘のある言葉で言う。
「う・・・。」
 江里香先輩の言う残り2人とは、間違いなく、恵と葉月さんだろう。
「まさか、葉月さんまで、瞬君の事、好きだったなんてね。」
 江里香先輩は細目にしてくる。うぐ。バレてる・・・。
「うぐぐ・・・。」
 俺は、唸る事しか出来ない。
「フハハハハ!余り笑わせるな。こちらも病み上がりだと言うのに。」
 扇に思い切り笑われた。く、くそう・・・。
「天下の天神 瞬ともあろうお方が、女3人には頭が上がらないとはな。傑作だ。」
 言いたい事を言いやがって・・・。
「扇様・・・。傷に障りますぞ。・・・クッ。」
 風見まで笑ってやがる。くっそう・・・。
「瞬君、モテるからねぇ。こっちの気苦労が、絶えないわよ。」
 言いたい放題だ。容赦ないなぁ・・・。
「しかし、俺に勝ったのだ。胸を張るのだな。」
 扇は、妙な事を言う。
「何を言ってるんだ。引き分けだろ?寧ろ、俺の方が先に気絶した気がするぜ?」
 そうだ。扇は、あの時、意識があった筈だ。
「阿呆。貴様、俺を動けなくさせておいて、何を言う。例え貴様が、そのまま気絶
しても、俺は貴様に、止めすらさせぬ状態だった。しかも、貴様は放っておいても、
傷口が塞がったらしいが、俺は、救護しないと危なかったって話だ。」
 あ。そうなの?にしても、俺の勝ちと言うには、説得力が欠ける気がするけどな。
「それに、貴様の言う『信念』を、見せてもらったからな。」
 扇は、憑き物が落ちたような顔をしていた。
「この神城 扇に勝利した事、一生忘れるなよ?」
 扇は、初めて俺が勝った事を、認める。
「俺は、色々な人の想いを背負っている。それを、忘れる気は無い。」
 それの重なりで、人は、強くなっていくと思う。
「全く、貴様と言い、レイクとか言う奴と言い、甘い奴よな。」
 扇は、鼻で笑う。しかし、その顔は、真剣だった。
「貴様らを狙う敵云々を、聞いた事がある。真実か?」
 扇は、レイクさん達からセントとの関係と、俺達を狙う敵の存在について、聞い
た事があると、言ってたな。
「勝手に狙われてるだけさ。」
 扇と同じで、と言うのを我慢した。無闇に、喧嘩を売る必要は無い。
「お前まで、付き合う必要はあるのか?狙われてるのは、レイク達だろう?」
 扇は、痛い所を突いてきた。確かに俺との関係は、薄い。
「俺も、最初は、そのつもりだったけどな。レイクさん達は、俺の大切な仲間だ。
その仲間を傷つける奴を、俺は許さない。例え、どんな敵だとしてもな。」
 もう、目の前で、知人が死ぬのを見るのは、真っ平だ。
「瞬君らしいわ。最も、私も同じだけどね。」
 江里香先輩は、同調してくれた。その目に、決意の色が浮かんでいる。
「・・・瞬。・・・俺は、また強くなって帰ってくる。・・・勝ち続けろよ。」
 扇は、そう言うと、背を向けてしまった。気恥ずかしくなったのかも知れない。
 扇は、今まで、ひたすら強さを求めた人生だった。だが、俺と手合わせした事で、
変わるかも知れない。・・・俺は、そう思えてならない。


 俺は・・・今まで、普通の人間だと思っていた。
 王族、貴族、勇士、魔術師・・・。
 そんな物とは、無縁だと思っていた。
 俺は、普通の人間・・・。
 それが、コンプレックスにも、なっていたかも知れない。
 レイクの兄貴は、言うまでも無い。
 あの人は、一目で特別な人だと分かった。
 助けてもらった時に、見えた後光は、今でも忘れられねぇ。
 エイディは、お調子者にしては、頭が切れると思っていた。
 時折見せる、身のこなしは、凄いと思っていた。
 ジェイルは、懐深い人だと思っていた。
 親父さんみたいな人・・・それが印象的だった。
 でも、ジェイルは、セントで、それなりに名が知れてる組長だと言う。
 そして、ファリア。
 何かと突っかかってくる、お嬢さんだと思っていた。
 最初こそ警戒してたファリアだが、打ち解けると、良い奴だった。
 でも、魔法が使えるなんて、すげぇと思っていた。
 俺が・・・俺だけが、何も無い。
 だから、この銃、ライティングをもらった時は、嬉しかった。
 俺は、昔からコントロールには、自信があった。
 狙いを定める事に関しては、集中力が高まる感じがしていた。
 皆と一緒に旅をして、ガリウロルに辿り着いた。
 脱走者としてだが・・・ワクワクしていた。
 皆の素性が、どんどん知られていくと、俺は、焦ったっけな。
 兄貴は、最も有名な勇士の子孫。
 エイディは、伝記の忍者、エルディスの子孫。
 ファリアは、魔法使いの子孫と来た物だ。
 ジェイルは違うけどさ・・・ガイア家って、セントじゃ有名だって言うし。
 俺は、ケチな家の生まれだと、思っていた。
 それが・・・まさか敵方の奴からの言葉で、俺の出生が分かるなんてな。
 伝記の英雄の一人、ゲラム=ユード=プサグル。
 勇士ジークの仲間の一人で、ジークの従兄弟だ。
 類稀な弓の名手で、器用な奴だったと言う。
 ゲラムは、特別に卓越した力を持っている訳では無かった。
 だからこそ誰も体得出来なかった、正確な狙いという能力を手に入れたと言う。
 それも、超人的な努力でだ。
 だが、その努力を苦ともせずに、皆と居る時は、笑顔を絶やさなかったと言う。
 話を聞く度に、俺とダブる。
 笑顔を絶やさなかったのは、怖かったからだ。
 置いて行かれるのが、怖かったから、超人的な努力をした。
 見限られるのが、怖かったから、常に笑顔を振り撒いた。
 確かに、他人とは思えない。
 だが、今は別の意味で怖い・・・。
 俺も、特別なのは分かったが・・・。
 それによって、皆の見る目が変わったりしないのだろうか?
 それが怖い・・・。
 ・・・俺は、兄貴を修練場に呼び出した。相談したい事があったからだ。仕事が
終わったので、エイディと、すぐに帰り、夕食を楽しく取った。瞬達が帰ってきた
後は、いっそう話題が尽きない。1000年前の話は、どれも興味深かった。
 特に、今の俺は、1000年前に深く関わっている。食い入るように聞いてしまった。
 昼間は、修練をしてたらしい。なんでも神城 扇が来たらしいので、瞬と決闘し
たんだとか。俺も、見てみたかった気がする。扇は、かなり修行をしてたらしく、
凄く良い勝負だったらしい。
「グリード。俺に話って、何だ?」
 兄貴は、屈託の無い顔をしている。この顔に、俺は惹かれたんだ。
「兄貴。伝記の子孫って・・・疲れるかい?」
 俺は尋ねてみた。兄貴は、事ある毎に、伝記の勇士、ジークと比較される。
「疲れる?・・・んー。そうだな。考えた事ねーな。」
 兄貴は、自然体として、受け入れてるのか。
「俺は、正直分からないんです。俺、馬鹿だから・・・。兄貴に、ずっと付いてい
けば、それで良いと思ってた。兄貴は、そう思える程の人だって知ってるし。俺が
迷うような要素は無い。なんたって、伝記の子孫だし。とか思ってた。」
 俺は、兄貴に、ずっと憧れていた。そして、こんなすげぇ人が仲間だなんて、俺
には、もったいないとさえ、思っていた。
「お前は、俺を、いつも買い被ってくれるな。嬉しいけどな。」
 兄貴は、恥ずかしそうだった。照れているようだ。
「でも、同時に羨ましかったんです。兄貴は、獄中に居るのに、憧れる要素の全て
を持ってた。・・・でも、それは、兄貴なんだから当然だって・・・。」
 俺は、全てを吐き出すつもりでいた。兄貴は黙って聞いてくれている。
「俺は何も無かった。だから気楽だし、これからも、迷う事は無いと思ってたんで
す。・・・でも、俺も、伝記の子孫だったんですね。」
 俺は、傍観者を決めてた癖に、伝記の子孫だった。
「俺は、何してたんでしょうね・・・。これから、俺が何をすべきかも分からない。
こんな奴が、兄貴に付いていって、良いのかな?」
 俺は、卑怯者だと思った。散々兄貴には憧れておいて、自分は傍観者決め込んで
おいて、その癖、自分が当事者だと知るとオロオロして・・・。
「グリードさ。勘違いしてないか?」
 兄貴は、バツの悪そうな顔をする。
「俺に付いて行くのに、許可なんか要るのか?お前、俺と一緒に居たいんだろ?」
「一緒に居たいに決まってます!でも・・・。」
 俺には、その資格が・・・。
「バーカ。お前が伝記の子孫だったから何だってんだよ。お前が、お前じゃ無くな
るのか?違うだろ?傍観者だった?だから、どうしたってんだよ。お前は、只の傍
観者じゃないだろ?俺は、お前が、どれだけ努力してきたのかも知ってる。」
 兄貴は、真剣な目をしていた。俺を叱る時の目だ。厳しい目付きだ。
「自信持てよ。お前は、誰よりも、俺達を大事に思う仲間じゃないか。俺達のため
に怒って、泣いて、笑って・・・。そんな事、誰にだって、出来る事じゃねぇ。」
 ・・・兄貴。俺なんかを、そんな風に見てたなんて。
「呆れたわね。」
 後ろから声がした。ファ、ファリア!?
「俺もだ。なーんだか仕事中も暗い顔してたから、気になってたんだがな。」
 エ、エイディも居る・・・。聞いてたのかよ。
「グリードはね。誰よりも、正直なだけですよ。」
 ジェイル・・・まで。
「お前達、立ち聞きは、良くないぞ?」
 兄貴は呆れていた。俺だってビックリだ。
「あんな深刻そうな顔してたら、気になるに決まってるでしょう?」
 ファリアは、口を尖らす。そんな顔に出てたのかな。俺。
「仕事中も、ブツブツ言ってましたしね。」
 う・・・。そうだったのか。
「私は、二人に誘われただけですよ?」
 ジェイルは言い訳する。なんだかなぁ。
「俺の話を聞いてたなら・・・。俺は・・・。」
「阿呆。俺もレイクと同じ意見だ。お前は、俺達の仲間以外の何者でもねぇ!」
 エイディは、俺の話を遮る。
「皆から見る目が変えられると思ったですって?馬鹿にしないでよ!そんな心の狭
い事を、する訳無いじゃない!全く。」
 ファリアは、本当に怒っていた。それは、叱咤する姿だった。
「グリード。不安だったんでしょう?でもね。私達は、変わりませんよ?」
 ジェイルは、諭すように言ってくれる。
「済まねぇ・・・。本当に済まねぇ・・・。」
 俺は、涙が止まらなかった。・・・俺、兄貴達の仲間で良かった・・・。今程、
そう思える時は無い。
「それは、そこに居る人達にも、言うべきよ?」
 ファリアは、自分達が居た所とは、反対の出口を見つめる。
「・・・口を、挟み難かっただけですわ。」
 け、恵!?って・・・瞬や江里香、俊男まで・・・。睦月や葉月、ゼリンまで居
るじゃねぇか。今日、帰った奴ら以外、全員かよ・・・。江里香は、瞬の見舞いを
するからで、俊男は、今日は、親が帰ってこないから泊まりになったんだっけな。
「私が言った言葉で、苦しませるとは・・・。申し訳ない。」
 ゼリンは、謝ってきた。でも、俺が勝手に、苦しんでいただけだ。
「僕は、グリードさんの気持ち、少し分かるよ。周りが凄いと、どうしてもね。」
 俊男は、俺に同調してくれた。
「グリード様、貴方が誰の子孫であっても、私共は、態度を改めるつもりは、あり
ません。それは、客人に対する礼節ですわ。」
 睦月は、顔色一つ変えない。さすがに、徹底しているな。
「グリードさんが居ると場が和みますからね。居なくなるなんて言わないで下さい。」
 葉月は、笑って答える。場が和む・・・か。
「レイクさん達の仲間って事は、当然、私達もよ?忘れては困るわ。」
 江里香も、俺を仲間だと思ってくれてるのか。
「どんな子孫であろうと、貴方は、貴方でしょう?気にする事はありませんわ。」
 恵は、優雅に答える。だが、想いは伝わってきた。
「俺さ。グリードさん程、努力してる人、見た事が無いんだよね。それはさ。どん
な肩書きだろうと、変わらない事なんじゃないかな?俺は、伝記の子孫だからグリ
ードさんを、尊敬する訳じゃないよ?」
 瞬は、俺の努力を見ていたのか・・・。嬉しい事を言ってくれるじゃないか。
「見なさい。誰一人として、変わらないじゃない。そんな人、ここには、誰も居な
いわよ。自分を見失っちゃ駄目よ?」
 ファリアが、優しい言葉を掛けてくる。
「グリード。伝記の子孫だったって事は、マイナスじゃない筈だろ?前を向こうぜ。
それが、一番良い生き方だと・・・俺は思うぜ。」
 兄貴・・・。俺は、幸せだよ・・・。こんな良い奴らと、生きてるなんてさ!
 俺は、ゲラムの子孫。だから、どうだって話か。そうだよな・・・。



ソクトア黒の章3巻の7後半へ

NOVEL Home Page TOPへ