NOVEL Darkness 3-7(Second)

ソクトア黒の章3巻の7(後半)


 ソクトアの地図に、載っていない場所がある。
 ガリウロルの東の先端から、僅かに見える活火山の島。
 硫黄島とも言われているが、別名は『魔炎島』。
 その活火山の強さ故、この島を取り囲むように、嵐が発生している。
 入り口は、1箇所しかない。
 その入り口は、ガリウロルの一部の人間にしか、知らされていない。
 故に、地図には描けない島となってしまったのだ。
 その秘匿性を利用して、住んでいるのが、魔族である。
 『神魔戦争』で、『人道』が勝ち、魔族は敗れた。
 そして、その後500年は、人間との共存が続いた。
 しかし、人間側から、魔族不要論が、出て来たのである。
 そして、迫害され、移り住んで来たのが、この『魔炎島』である。
 魔族の代表でもあるジェシーは、『魔炎島』に移り住むのを由とした。
 人間との無用な争いを、避けたためである。
 事実、この島に移り住んでからは、無用な争いが起きる事は、無かった。
 そうして、日々の平和を、守ってきたのである。
 つい最近、勇士ジークの子孫達が来た。
 あの真っ直ぐな目は、そっくりだった。
 レイリーの子孫も居たな・・・。
 正確には、エルディスの子孫だが・・・。
 あれから、シャドゥなどは、レイク達と交流があるらしい。
 ちょくちょく電話をしているとの話だ。
 ナイアと言い、シャドゥと言い・・・。
 魔族も、変わったものだ。
 でも、それは、喜ばしい事なのかも知れないな。
「ジェシー様。シャドゥ、ここに参りました。」
 シャドゥが、部屋に入ってくる。
「お帰り。ナイアは、また優勝したのかい?」
 シャドゥは、ナイアが参加した、全ソクトアご奉仕メイド大会の護衛に付いてい
ったのだ。そのついでに、天神家に居ると言うレイク達に、会うよう言っておいた
のだ。元気そうだと、良いんだけどね。
 丁度、土産話でも聞こうと思っていた所だ。
「はい。同時優勝でしたがね。人間にも、凄い奴が居るようです。」
 シャドゥは、藤堂 葉月と言う女性と優勝を分け合った事を話した。確か、天神
家の給仕だった筈だ。凄い能力だな。あのナイアと、分けるとは・・・。
「あと、色々と変化がありました。その報告を致します。」
 そういえば、護衛の予定は2週間だった筈なのに、1ヶ月近く掛かってるね。何
か、あったのだろうか?
 シャドゥは、ここ1ヶ月間の報告をする。何とまぁ、色々な事が起こっていた物
だ。羽根突大会から始まって、レイク達が、世話になっている天神家の話を、し始
めた。ゼロマインドなる敵の存在も、教えてもらった。
「皆、凄い素質の持ち主でした。彼らは、未来を担う逸材です。」
 シャドゥに、ここまで言わせるとはね。それに、ほぼ全員が『ルール』を使える
と言うのも、気になるな。ゼロマインドの奴、『ルール』を解放したらしいが、命
取りに、なるかも知れないな。神の能力の一つである『ルール』を解放する・・・。
危険ではあるが、使える事には、変わりは無いからね。
 続けて、シャドゥは、天神家の主要の4人が、1000年前に連れ去られた事も話し
た。ミシェーダの奴、復活したのか・・・。厄介な奴が、復活したもんさね。
 それから、ゼリンが、仲間に入った事も伝えた。爽天学園の生徒会長に取り入っ
たらしいが、見事に打ち破ったらしい。しかも、奇想天外の方法でだ。
「中々考えるもんだねぇ。」
 狙撃が出来ると言うのは、強みだねぇ。
「そして、今朝方、電話がありまして、4人共、戻られたようです。」
 凄いねぇ。1000年前から引き上げるなんてね。ファリアも腕を上げたみたいだね。
『召喚』はルールで、『転移』と『次元』を、同時使用って事か。
 ミシェーダの時間を利用する技は、それ相応の代償を、払わなければならない。
恐らく、今まで溜め込んだ力は、使ったと考えて良いだろうね。
「良かったじゃないか。しかし・・・人間も、捨てたもんじゃないね。」
 この世界に呼ばれた時の私は、人間は矮小で、駄目な奴らだと思っていた。魔界
でも、神の庇護を受けてるだけの存在だって、習ったしね。
 でも、レイリーを見て、その考えは変わった。彼は人間でありながら、魔族の生
き方を望んでいた。その強烈な想いに、惹かれたもんさね。
 しかし人間は退化した。500年前に裏切られ、それからは酷い物だった。
 それが、ここ最近は、世相も変わってきたのか、凄い人間達が、多いみたいだ。
シャドゥの考え方を一新出来る程のだ。
「それにしても・・・ゼロマインドとやらは、放って置けないかも知れないね。」
 無の存在にして、ソクトアを、無に帰そうとしている。
 ・・・ん?島の入り口で、妙な気配を感じるね。
「ジェシー様。来訪者・・・ですかね?」
 シャドゥも感じたようだ。たった一つしかない入り口付近は、特に警戒を強めて
いる。よって、レイク達の時もそうだが、動きがあると、すぐ分かるように仕掛け
てある。今日は、ガリウロルからの定期船が、来る日では無い。
「行ってみましょう。」
 シャドゥは、警戒を強めた。入り口付近のシャドゥの家には、扉を設けてある。
次元の扉で、何かあったら、すぐ行けるようにするためだ。
 扉を潜ってみると、簡易的な船が停船していた。
「誰か居るようですぞ。」
 シャドゥは、平然とした動きの中だが、いつでも剣を抜けるようにしていた。
 ・・・誰だろうね。この気配は、人間じゃない気がする。しかも、どこかで感じ
た事のある気配だ。どこで・・・あ・・・。
「ふう・・・。ここに来るには、骨が折れる事だな。」
 聞き覚えのある声だ。間違いないようだね。
「何しに来たのさ。ミカルドだろ?」
 そう。妖精の森に移り住んだミカルドだった。1000年前、『人道』と手を組んで、
闘いに勝利した後、500年前に迫害を受けて、妖精の森に、また戻っていた筈だ。
「な、ミカルド様でしたか!」
 シャドゥは、丁重に頭を下げる。ミカルドと言えば、クラーデスの息子にして、
私の元上司でもある。シャドゥにとっては、雲の上と魔族と言っても過言では無い。
それだけでは無く、信念のために、妖精達に尽力したミカルドを、シャドゥは尊敬
していると言う話を、聞いた事がある。
「ここの警護隊長か。良い腕を、してそうだな。」
 ミカルドは、シャドゥの実力を一発で見抜いていた。さすがだね。
「光栄なお言葉。」
 シャドゥは、嬉しそうだった。まぁ憧れだったみたいだしね。
「で、用事なんだが・・・。お前達には、知らせておこうと思ってな。」
 ミカルドは、鋭い目付きになった。どうやら本題のようだね。
「・・・近頃、セントで、親父の気配がする。」
「なんだって!?本当かい?」
 さすがにビックリした。ここで言う親父とは、クラーデスの事だ。
「まだ、朧気ではある。だが、確かに感じるんだ。」
 どうやら本気のようだ。クラーデスが復活するとなると、大変な事になる。ミシ
ェーダ一人でさえ、大変だってのに・・・。
「ソイツは、参った情報だね・・・。」
 頭を抱えたい気分だよ・・・。ここ最近は、平穏だったんだけどね。
「重要な情報だね。有難いよ。態々済まないね。」
 これを言いに、この険しい『魔炎島』に来るとは、根性あるねぇ。
「途中、2回程、難破しそうになった。何とかならんのか?ここは。」
 ミカルドは文句を言う。と言ってもねぇ。防衛のためだしねぇ。
「ま、久々に顔を見れただけでも、由とするか。それにしても、最近、良い事でも
あったのか?昔と比べると、随分と、嬉しそうな顔をしていたぞ?」
 あー・・・。さすがにバレてるか。レイク達との交流の後は、奴らの成長が楽し
みで、しょうがないんだよね。
「ミカルド様・・・。実は・・・。」
 シャドゥは、ここ最近の出来事を話す。ミカルドは、かなり興味深そうに聞いて
いた。それと、ミカルドも『ルール』解放については、感じていたようだ。
「何だか、面白そうじゃないかよ。」
 ミカルドの顔が、どんどん笑い顔に変わっていく。人の事を言えないじゃないか。
「ジークの子孫に、天上神が取り憑いてる奴?それにジュダの娘まで加わってると
か、すげーな。その面白い家は、是非にも、訪問しなきゃいかんな。」
 ミカルドは、今すぐにでも、行きそうな勢いだ。好きだねぇ・・・。
「行って、どうなさるおつもりですか?」
 シャドゥは、少し訝しげだ。
「まぁ、挨拶だけにするつもりだけどな。是非、知り合いたいぜ!」
 子供のように目を輝かせている。妖精の森では、余程、暇だったんだろうな。
「貴方様一人では、怪しまれるやも知れません。私が付いていきましょう。」
 シャドゥは、同行を願い出た。まぁ、その方が無難だね。でも・・・。
「シャドゥ。悪いけど、留守番を頼めるかい?」
 私は、シャドゥの同行を、拒否した。
「な・・・まさか、ジェシー様が、行かれるおつもりか?」
 シャドゥには、すぐにバレてしまった。
「んー・・・。しょうがない。本音を言おうか。」
 私は、ニヤリと笑った。
「そんな面白い所にシャドゥだけ行って、悔しいじゃないか。私も行きたいんだよ。
いつか行こうと思ってたけど、ミカルドに先を越されるなんて、なお悔しいじゃな
いか!・・・と言う訳で、私も行く。」
 包み隠さず言った。だって、本当に悔しいじゃないか。
「何と言う本音・・・。呆れて良いやら、微笑ましいやら・・・。」
 シャドゥは、かなり呆れていた。呆れられても、行く物は行くよ。
「で、案内なんだけどさ。そこに隠れてる、ナイアに頼みたいんだ。」
 私は、隠れながら見ているナイアに声を掛ける。ナイアは照れながら出てきた。
「バ、バレちゃいました?申し訳ありません。」
 私が、気付かない訳無いだろ。当然ミカルドも、気が付いていた。
「ナイア。ご挨拶しなさい。こちらが、ミカルド様だ。」
 シャドゥは、ナイアに挨拶するように言う。
「あ。シャドゥ様の給仕・・・いや、妻のナイアです。」
 ナイアは、給仕と言いかけて、シャドゥに小突かれた。そして、言い直した。可
愛い所が、あるじゃないか。
「俺はミカルドだ。もっと、気楽で良いぞ。君みたいな美しい魔族なら大歓迎だ。」
 ミカルドは、歯が浮くような台詞を言う。
「アンタ、リーアに怒られるよ。」
「う・・・。リ、リーアは、心が広いから大丈夫さ!」
 その割には、言葉が震えてるようだけど・・・。
「お褒め頂き、光栄です。宜しくお願いします。」
 ナイアは、丁寧に挨拶をして頭を下げる。完璧ねぇ。こう言う所。
「では、すぐ近くに、ホテルを1年契約で取ってありますので、そこに『転移』の
扉を出しましょう。」
 シャドゥは、あるホテルを、常に貸し切り状態で借りている。その部屋は、プラ
イベート設定にされていて、姿を見られる心配も無い。
「一通りの服も、買い揃えてあるので、ご自由にお使い下さい。変装用にピッタリ
ですよ。ジェシー様用の服も、運び込んであります。」
 あー。いつか行ってみたいと漏らした時に、買った服さね。用意が良いね。
「お前の所の警備隊長、本当に優秀だな。」
 ミカルドは、舌を巻いていた。こう言う所の手際は良いね。
「んじゃ、悪いけど、ここの守りは頼むよ。」
 私は、シャドゥに目配せする。
「行ってらっしゃいませ。」
 シャドゥは、文句一つ言わない。心の中では、呆れてるだろうけどね。
 シャドゥは、溜め息を一つ吐いてから、『転移』の扉を用意する。
 さーて、行こうかね。私も、行ってみたかったんだよ。


 とうとう、明日は新学期だ。何だか、色々な事があって、濃過ぎる1ヶ月を過ご
した気がするな。だけど、夢じゃないんだよなぁ。
 ジルさんの誇り、そして、神城との新たな誓い、皆との絆。どれをとっても、こ
れ以上無いくらい、大事な事ばかりだ。まぁ、恵曰く、『後は、勉学を疎かにしな
い事ですよ。天神足る者・・・分かっていますわね?』との事で、勉強も頑張らな
きゃいけない。前より悪かったら、何を言われるか、分かった物じゃない。
 勿論、日々の鍛錬を、欠かすつもりは無い。前以上に、頑張らなきゃならないな。
それに、最近、レイクさん辺りは、俺の技量に付いて来ている。最初は、1000年前
からの技で、翻弄してた物の、レイクさんは、それすら見越しての動きになってき
ている。何て言うか・・・。そう言う所は、さすがだと、言わざるを得ない。
 しかし、これ以上、驚くような事は、もう起きないだろう・・・と信じたい。
(君は、中々のトラブル体質だからな。何が起こっても、おかしくない。)
 余計なお世話だ。寝てる間、アンタとも鍛錬しているのに、まだ鍛錬してる俺の
身にも、なれってーの。
(喜ばしい事では無いか。ここ最近は、君もレベルアップしてきて、私としても、
やり甲斐が、あるくらいだ。)
 疲れも2倍なんですけど・・・。その生活に慣れてきている自分が、恐ろしい。
 そんなこんなで、今は、休んでいる途中だ。今日は、エイディさんやグリードさ
んも、休みらしくて、充実した鍛錬をしている。
 ・・・と、玄関のチャイムが鳴った。睦月さんは、対応しに行く。
 すぐに戻ってきたが、顔色が良くない。そして、あからさまにファリアさんを見
ている。そして、ファリアさんに耳打ちした。
「ええ?また来たの?」
 ファリアさんも驚いているようだ。同時に、少し怪しんでいた。
「誰か来たんですか?」
 俺は尋ねてみた。ビックリするような人が、来たのだろう。
「んー・・・。ナイアが、また来たみたいなのよ。」
 ファリアさんは、腑に落ちないようだ。ナイアさんか。
「だけど、一人じゃなくて、後二人、連れてるんだってさ。」
 後二人?シャドゥさんと・・・かな?
「んー。ちょっと見分ける自信が無いわね。レイク、エイディ、グリード。一緒に
確かめましょう。本物だとは、思うんだけどね。」
 ファリアさんは、一応のため、4人で行く事にした。
「私も、行きましょう。」
 恵も行く事にしたようだ。不審者だったら追い返すつもりなのだろう。
「俺も行くか。」
 俺も、そのナイアさんを見てみたいな。偽者だったら、闘うかも知れないし。
 こうして、6人で、玄関口まで来た。そして、皆、すぐに戦闘態勢になれるよう
にする。そして、ファリアさんが、玄関口のカメラを見る。
「・・・多分ナイアよ。後ろの二人は・・・。あれ?」
 ファリアさんは、一人を、よーく観察する。
「・・・あれ、ジェシーさんじゃない?」
 ファリアさんは、後ろにいる女の人を見る。確か、ジェシーって・・・魔族の?
「間違いない。ジェシーさんだな。」
 レイクさんも気が付いたようだ。
「でも、後の一人は誰だ?シャドゥさんじゃ無いみてーだぞ。」
 グリードさんは、もう一人に注目する。
「まぁ、詳しく話を聞かないと、分からんね。」
 エイディさんは、扉を開ける事を提案した。
「・・・ま、二人程、素性が分かってるなら、良いでしょう。」
 恵は許可する。結構、渋々だったけどな。
「お待たせしました。本来なら、それ相応の許可が要るのですが、ナイアさんと、
もう一人の素性が分かりましたので、入る事を許可しますわ。」
 恵は、優雅な声で、許可を与える。すると、扉が自然に開いた。どう言うシステ
ムになってんだ?これ。
「お騒がせしました。恵様。私の顔を立てて下さって、ありがとう御座います。」
 ナイアさんが、丁重に挨拶をする。
「貴女を信じたまでです。ところで、後ろの二人を、紹介してくれるわね?」
 恵は、後ろの二人の事が、気になるようだ。俺も気になる。
「おっと。私は、聞いてるかも知れないけど、シャドゥの上司の、ジェシーって者
さね。いきなりの訪問で悪いね。一回、行きたかった物でね。」
 話していた通り、ジェシーさんのようだ。なんだか、サッパリとした感じの女性
だ。悪い魔族では無さそうだ。
「やっぱりジェシーさんだったね。久しぶりです。」
 レイクさんが、挨拶する。
「ははっ。堅苦しい挨拶は、抜きで良いよ。」
 ジェシーさんは、笑いながら帽子を脱ぐ。角などは隠してあるようだ。
「俺は、恐らく、初めてになるな。」
 後ろの男が口を開く。
「俺の名は、ミカルドだ。覚えてくれると嬉しい。」
 ・・・ミカルド?どっかで聞いた事あるような・・・。あ・・・。
「ミ、ミカルドって・・・まさか・・・。」
 思い出したぞ。確か、クラーデスの息子で、妖精の森の族長のリーアと結婚した
魔族だ。『人道』に加わる際、交渉役を行ったとされる魔族だ。
「む?俺って有名?」
「当たり前さね。私と共に、有名なんじゃないかい?」
 ジェシーさんも、話は聞いていたとは言え、1000年前から生きてるんだよね。
 しかし、なんと言うか、気さくな魔族達だ。
「天神家も有名になった物ね・・・。次から次へと、変わった客人がいらっしゃる
わ。まぁ、敵意が無いのなら、大歓迎ですわ。」
 恵は、呆れながらも、歓迎する。
 そして、玄関じゃ落ち着かないので、道場に移動する。皆も、修練を止めて、こ
ちらに集まってきた。
「うん。思った通り、凄い磁場を感じるな。ここ。」
 ミカルドさんが、変わった事を言う。
「磁場?って?」
 レイクさんが尋ねる。俺も聞いた事が無い単語だ。
「この土地に惹かれ易いって事さ。凄く心地良いのも、そのせいだ。・・・と、ア
ンタが、レイクかい?」
 ミカルドさんは、レイクさんの顔を見る。
「・・・似てる。本当に似てるなぁ。ここが1000年後か、分からねぇくらい似てる。
アンタだけじゃなくて、後ろの三人もな。」
 ファリアさんと、エイディさんと、グリードさんの事だろう。
「いきなり言われると、不躾なんですが・・・。そんなに、似てるのかしらね?」
 ファリアさんは、ちょっと憮然とした表情になる。余り、良い気はしないのだろ
う。まぁ、いきなり言われてもねぇ。
「済まんな。1000年振りの感覚なんで、つい懐かしくてな。」
 ミカルドさんは、遠い目をする。1000年前の事を思い出す・・・か。確かにその
気持ちは、分からなくも無い。俺も1000年前から戻ってきた時、その余りの違いに、
少なからずズレを感じたものだ。
「ところで・・・ミシェーダに狙われたってのは、本当か?」
 ミカルドさんは、俺達の方を向く。
「1000年前に飛ばされました。夢のような体験だったけど、夢じゃないみたいです。」
 俺は率直な感想を言う。ジルさんの鮮烈な生き方を、俺は忘れられない。
「そうか。大変だな。・・・ミシェーダまで、生き返らせていたとは・・・。」
 ミカルドさんは、憂えているようだ。
「ミシェーダまでって・・・どう言う事かしら?」
 恵は、ミシェーダまでと言う言葉が、気になっていたようだ。
「んー・・・。ああ。実はな。セントに俺の親父の気配がするんだ。今日は、それ
を報せに、来たような物だ。」
 ・・・ミカルドさんの親父?・・・って、まさか・・・。
「クラーデスまで、復活と言う意味!?」
 江里香先輩は青ざめていた。伝記を読んだ事がある人間なら、誰だって驚く。
(クラーデス・・・か。私の時は、小者だったのだがな。ジークの時代に、とてつ
もないパワーアップをしたと言う、魔族だな。)
 ゼーダの時は、グロバスが脅威だったのだろうが、伝記を知ってる者なら、クラ
ーデスは、相当な脅威だ。
(無の力を操る魔族だったな。グロバスと同等以上ならば、相当な脅威だ。)
 間違いなく、それくらい強い筈だ。
(少し、ミカルドと、話させてくれ。)
 アンタが話すのか?・・・最近は、負担も減ってきたし、何とかするか。
「あー・・・。ゼーダが、ミカルドさんと話したいらしいんだけど。」
 俺は、皆に言う。すると、ミカルドさんは、興味津々の顔になった。
「ゼーダのオッサンが?それは楽しみだな。」
 ミカルドさんにとっては、アンタもオッサンなのか。
(口の減らぬ小僧だ。あ奴が、子供の時に会った事があるのでな。)
「兄様は、体の負担は、大丈夫?」
 恵は、心配してくれているようだ。
「最近は、入れ替わるだけなら、そう負担でも無いよ。」
 入れ替わるだけならね。話をするだけならね。
(念を押すな。何もせんよ。)
「へぇ。私も初めて見るよ。楽しみさね。」
 ジェシーさんも、目を丸くしていた。
(ジェシーとも、随分久し振りだな。)
 ジェシーさんとも、面識あったのか。まぁ良いや。変わるぞ。
 ・・・
 ・・・ほう。かなりスムーズになったな。君の成長を見て取れる。
(伊達に、1000年前に行ってないって事だ。)
 その通りだな。お・・・。3人共、驚いているようだな。
「・・・確かにオッサンの気配だ。驚いたぜ。マジだったとは・・・。」
 ミカルドは、半信半疑だったようだな。
「変わってないねぇ。本当に、その子に体の中に居るとはね。」
 ジェシーも、余り変わっておらぬな。
「は、初めまして!私、ナイアと申します!」
 ナイアは、緊張しておるようだな。
「そう、畏まらなくても良い。今は、体を借りている身だ。」
 私は、無力と言う程でも無いが、現実に居れる程では無い。
「久し振りであるな。ミカルド。あの悪たれ小僧が、そこまで、でかくなるとは、
時が経つのを、感じる物だ。まさか、人間の仲間とはな。」
 悪ガキだったミカルドが、成長して、人間と共に歩んでいるのは、驚きだ。
「そういや、アンタと出会った時は、睨み付けて、悪態を吐いたっけな。」
 覚えているでは無いか。丁度、グロバスを封じた時に会ったんだったな。
「クラーデスが復活しそうだと言うのは、間違いないのか?」
 私は尋ねてみる。取るに足らない存在だった、あの頃とは違うらしいしな。
「俺は仮にも息子だ。セントで、微かにしか感じねぇが、間違いない。」
 微かにしか感じないと言う事は、完全に復活したとは、言い難い訳か。
「まったく、迷惑なもんさね。1000年前、消滅したとばかり思っていたんだけどね。
今のソクトアには・・・そして魔族には、必要無い存在さね。」
 ジェシーは、溜め息を吐く。クラーデスは、自分の上司ではある。だが、復活を
望んでいる訳では無さそうだ。
「クラーデス・・・その情報は、聞いた事が無い。私が去ってから、始めた物かも
知れない。ゼロマインドは、何をしようとしているのだ・・・。」
 ゼリンですら、知らない情報らしい。
「何を、なさろうとしているのでしょうね。」
 恵は溜め息を吐く。昔の奴らを復活させてから、滅ぼそうと言うのだろうか?
「ま、俺に出来る事は、報せる事くらいだ。直接、手伝いたい気持ちもあるが、妖
精の森を、守ってやらにゃならない。」
 ミカルドは、おどけたように手を広げる。しかし、その決意は本物のようだ。
「お前が、妖精の森を守ってやる存在だとはな。」
 私は、不思議で仕方が無かった。ミカルドは魔族である。その魔族が、妖精と共
に暮らし、必死に、その生活を守っている。
「面倒だけどさ。俺は約束しちまったんだ。死んじまった奴等の代わりは、しなき
ゃよ。アイツが生きていれば、未だに、同じ事をしているに違いないんだ。」
 ミカルドは遠い目をした。そうか。妖精の森の長だった、エルザードか。彼も、
あの戦いで死んでしまったんだったな。
「伊達に、1000年も『樹海士』をやってないって事だ。」
 『樹海士』と言うのは、『妖精王』の次の位だった筈だ。
「神に魔族、はたまた妖精まで・・・お主等と居ると、飽きぬな。」
 巌慈は、豪快に笑っている。これくらいの豪胆さは、見てて気持ち良いな。
「その知り合いになった俺達も、普通じゃないんだろうな。」
 修羅は、笑っていた。自分の境遇に、呆れているのかも知れない。
「もう何が来ても、早々驚かないよ。」
 亜理栖は、これまで色々な奇跡を目にしてきた。今更なのだろう。
「俺達も、色々巻き込まれた感じ?」
 魁は、複雑な表情をしていた。余り良くは、思ってないのだろうな。
「何だか怖いね。・・・でも、大事な事なんだろうね。」
 莉奈は、気力を奮い立たせている。彼女は、ごく普通の人間に近いだけに、無理
はさせたくない所だな。
「色々あるけどさ。私等は、出来る事をやるだけでしょ?」
 葵は開き直っていた。それが、正しいのだろうな。
「天神家としては、恵様の意向に従うだけです。」
 睦月は覚悟を決めているようだ。切り替えが早い事だ。
「瞬さんなら、仲間が増えたって、喜んでるんじゃないでしょうか?」
 葉月には、見透かされてるようだぞ。
(アンタが言うな。まぁ図星なのは確かだけどな。)
「しかし、俺っちは、やっぱりゲラムの子孫なんですね。」
 グリードは、自分が、似てると指摘されて、考え込んでいるようだ。
「俺も、散々似てるって言われてるからな。」
 エイディは、慣れているようだ。
「似てる所で、私は私よ。関係ないわ。」
 ファリアは、半ば諦めている。
「俺も似てるってだけじゃなくて、それに負けないくらい力を付けなきゃな。」
 レイクは、気持ちを新たにしていた。良い心掛けだ。
「いつの間にか、私等って、伝記と関わってるのよねぇ。」
 江里香は、呆れていた。何しろ、1000年前に飛ばされたくらいだからな。
「仕方ないだろうねぇ。エリ姉さんも飛ばされたじゃない。」
 俊男は、私と同じ事を考えていた。
「何が相手であろうと、心を平穏に保つ。そして、冷静な対処をしてこそ、天神家
の務めが、果たせるという物ですわ。」
 恵は強いな。君の妹の強靭な精神力には、舌を巻く。
(俺には、出来過ぎた妹だよ。)
「あ。・・・済みません。ちょっと良いですか?」
 勇樹が緊張気味にミカルドの前に来る。
「ん?俺にか?どうした。もっと、気楽にして良いぞ?」
 ミカルドは不思議がっていた。勇樹は、何の用があるのだ?
「いえ、俺は・・・その・・・羅刹拳の使い手なんですが・・・。」
 ああ。そうか。羅刹拳と言う拳法の創始者は、ミカルドであったな。
「おお?本当か?それは、何とも嬉しい話だな。」
 ミカルドは、本当に嬉しそうだった。自分の作った拳法が、人間に1000年間も伝
わっている。それは、何物にも代え難い、嬉しさなのだろう。
「そ、創始者に会えるなんて・・・俺、感激です!」
 勇樹は、目を輝かせている。父親からは、凄い魔族だったと、伝え聞いているの
だろう。幼い頃から、言われてるのかも知れない。
「俺も、感慨深い物があるな。少しの人間にしか、教えてないってのに、伝わって
いるなんてな。筋が良いのも居たから、ソイツ等の子孫か?」
 ミカルドは、思い出しているようだった。
「俺は、外本 勇樹って言います!」
 勇樹は、名乗ってみた。すると、ミカルドは手を叩く。
「外本!外本 一徹の子孫か!」
 ミカルドは、思い出したようだ。どうやら本当だったみたいだな。
「お、俺の祖先の名前です!やっぱり!」
 勇樹は、間違いないのを確認すると、感激に浸っていた。こんな出会いが、あり
得るなんて、夢のある話だな。
「羅刹拳の真髄を、言ってみろ。」
 ミカルドが御題を出す。真髄と来たか。
「極限を窮め、自らの信念を突きに宿し、あらゆる物を粉砕する覚悟を持て!」
 勇樹は淀み無く答える。なる程。こんな事まで、伝わっていると言うのか。
「教えた通りだ。うん。こりゃ、本物だな・・・よし!俺に突いてみろ!」
 ミカルドは気さくに話す。しかし、それは、勇樹にとっては、重大な事だ。
「そ、創始者に、拳を向けるなんて・・・。」
 さすがに勇樹も、気が乗らないようだ。
「創始者だからこそ、お前の成長を、確かめたいと思うんだよ。」
「・・・わ、分かりました!!」
 勇樹は緊張しながらも、しっかりと腰を落として、獣のような構えを取る。羅刹
拳の本気の構えだ。両手を前に突き出して、唸りを上げるような構え。
「キエエエエエエエエ!!」
 勇樹は鋭い眼光を携えながら、渾身の一撃を放つ。速さ、気合共に十分だ。
「ヌゥン!!」
 ミカルドは、その突きの鋭さに驚きながらも、全力で受け止める。体にまともに
入った。だが、ミカルドは、丹田に力を入れて、しっかりと受け止める。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
 勇樹は、相当本気で打ったのか、肩で息をしていた。
「・・・ふぅ・・・。やるな!筋が良い!インパクトの瞬間、全く迷いが、無かっ
た。この手応えを、大事にすると良い!」
 ミカルドは、胸に痣が出来ていたが、それを逆に喜んでいた。
 これは・・・良い師弟関係になりそうだな。
(勇樹なら・・・ミカルドさんの全てを、受け継げる才能がある筈だ!)
 ほう。君も、そう思うか。
「あ、ありがとう御座いました!!」
 勇樹は、頭を下げて礼を言う。本当に尊敬してるんだろうな。
 1000年の悠久の時を経て、自らの拳法が伝承する。
 格別な思いがあったに違いない・・・。ミカルドも、幸せ者よな。


 俺は、今、興奮しているのかも知れない。
 とてつもない相手から、果たし状を貰った。
 この前の神城との闘いも、興奮した。
 正直な話、俺は負けていたと思っている程だ。
 今度の相手は、神城に、勝るとも劣らない相手だ。
 神城は、技術で圧倒してきた。
 この相手は、技術と気合を、持ち合わせている。
 良く知る相手でもある。
 事実、組み手でも、ほぼ五分の戦績だ。
 その相手からの果たし状だ。
 言うまでも無い。
 その相手とは・・・島山 俊男。
 俊男とは、何度も、やりあっている。
 正当な試合では、俺が2勝している。
 だが、いつでも、ギリギリの勝利だった。
 だが、この頃の俊男の強さは、伸び過ぎだと思う程、伸びている。
 その、俊男が、俺に本気で果たし状を出してきた。
 『瞬君と、本気で闘いたい。理由は、会ってから話す。』
 これ以上無い程、簡潔だったが、文字に想いが込められていた。
 アイツを、これ程までに、動かす物は何だろう?
 場所は、学校の校庭だ。
 俺は、誰にもバレない様に、ファリアさんから、身代わりの人形を貰っている。
 そして、移動は、屋敷にある学校への魔方陣からだ。
 物音一つ立てずに、歩いてきた。
 ・・・この先に、俊男が待っている。
 ファリアさんにだけは、この事実を知らせてある。
 なので、ファリアさんは、校庭に結界を張ってくれると約束してくれた。
 ・・・後は、俺の覚悟だ。
 俊男が、何故、俺と本気で闘いたいのかは知らない。
 だが、アイツが本気である以上、受け止める覚悟が必要だ。
 ・・・よし・・・行ったら戻れないかも知れないが、行かなきゃ始まらない。
 俺は、魔方陣から『転移』の扉にて、学校へと出た。


 僕は、無謀な相手と闘おうとしている。
 全てを破壊できる拳を持つ、素晴らしい仲間。
 そして、僕の今の想いを、ぶつけられる相手。
 僕は、逃げ出したいと、今日だけで何度も思った。
 でも、果たし状を出した。
 もう逃げられない・・・それに逃げるつもりも無い。
 僕から出したのだ。
 瞬君は、僕の親友だ。
 僕の目標であり、ライバルであり、一番の仲間だ。
 だからこそ、超えなきゃならない。
 僕は、2敗している。
 どれも惜しい負け方をしたと、自分でも思う。
 だけど、その一歩が足りない。
 瞬君を倒すための覚悟が、今まで足りなかったのかも知れない。
 今何故、僕が闘いたいと思ったか・・・。
 瞬君は、その辺を聞いてくるに違いない。
 瞬君は、この決闘の事実を、ファリアさんにしか、知らせてないと言う。
 ファリアさんなら、信頼出来る。
 立会人としても、色々な用意にしても、器用にこなせる人だ。
 とうとう・・・試合だから仕方無くじゃない・・・僕の闘いが始まる。
 僕は・・・興奮しているのか?
 でも、ただ闘いたいから、闘うんじゃない。
 瞬君を、一度でも超えなきゃいけない理由がある。
 ・・・彼女は、悲しむかも知れない。
 そして、こんな事に意味はないと、言うかも知れない。
 でも・・・本気なんだ・・・。
 本気だからこそ、超えなきゃいけないんだ!!
 『転移』の扉が見える。
 とうとう・・・来るんだ・・・。
 僕の・・・島山 俊男の、全てをぶつけられる男!
 天神 瞬・・・が!


 私は、何事かと目を丸くした。
 最初は、意味が分からなかった。
 瞬君が、頼みがあると、頭を下げてきた。
 意味が分からないので聞いてみると、手紙を差し出した。
 俊男君の文字で・・・果たし状だった・・・。
 私は罠かも知れないと、警告した。
 俊男君は、良い子だし、瞬君だって、素晴らしい仲間だしね。
 こんな事に意味は無いし、俊男君と瞬君が闘う理由なんて、分からなかった。
 だけど・・・学校の校庭を選んでいる事と・・・。
 筆跡鑑定もしたが・・・本物だった。
 私は、瞬君がどうしても!って言うから、身代わり人形を渡した。
 そして、校庭への『転移』の扉を、皆には内緒で開いてやった。
 瞬君は、悩みながらも、行く覚悟だった。
 それと同時に、すぐに俊男君の家に向かった。
 そして、俊男君から、直接、理由を聞いてみた。
 それを聞いて・・・とても、止めろとは言えなかった・・・。
 俊男君の意地が懸かっていた。
 そして、本気なのを悟った。
 そんな強い眼差しを見て、止めろとは言えなかった。
 気が重いけど、校庭に結界を張る事にした。
 つまりは、用意よね。
 私って、信用されてるんだろうけど・・・。
 こんな事ばかり、借り出されるってのは、運命かしらね。
 でも、見逃しちゃ駄目・・・。
 死闘になる・・・その意地を・・・見届けないのは、私の美学に反する。
 俊男君は、色々考えているようだ。
 だけど、その闘気に、揺らぎは無い。
 やる気満々だ。
 そして・・・『転移』の扉から反応があった。
 ・・・瞬君だ。
 とうとう始まる・・・。
 死闘が!
「・・・瞬君。誰にも見つからなかった?」
 私は、一応聞いてみる。瞬君は、黙って頷いた。
「俊男君。・・・今更だけど、止める気は無いわね?」
 私は確認してみた。俊男君は少し俯いていたが、瞬君を見て、真っ直ぐ頷き返す。
「・・・俊男。・・・俺は、お前の事を、一番の親友だと思っている。」
 瞬君は、拳を作って、それを眺めながら、俊男君に話し掛ける。
「瞬君。それは、僕も一緒だ。君は一番の親友。仲間だ。」
 俊男君の言葉にも、嘘偽りは無い。
「・・・じゃぁ、教えてくれ。俺とお前が、闘う理由を・・・。」
 瞬君は、その理由が知りたかったのだろう。果たし状を、握り潰す。
「多分・・・人が聞けば、馬鹿な理由と、思われるかも知れない。」
 俊男君は、少し自嘲気味に、話す。
「でも・・・僕にも意地がある!瞬君!君には、勝たなくてはならない!」
 俊男君の口調が激しくなる。結界を張ってて、良かったわ。
「瞬君は、エリ姉さん、葉月さん、そして恵さんから、告白されたと聞いている。」
 俊男君は、拳を握る。
「瞬君は、優しい人だ。だから、誰を好きになっても・・・傷付けてしまうと考え
ている。だから決められない・・・。僕には、分かっている!」
 俊男君は、全て悟っているようだ。
「俊男・・・。俺は、馬鹿だからな。お前の言う通りだ。」
 瞬君は認めた。瞬君は、本当に仲間想いだ。だから、3人の想いを無碍には出来
ないのだ。何故なら、3人共、本気だと知っているからだ。
「僕は、その事を責めるつもりは無い・・・。でもね。僕にも意地がある!」
 俊男君は、真っ直ぐ瞬君を見る。
「1000年前に行って、君はエリ姉さんと過ごしたように、僕は恵さんと過ごした。
最初は、ただの憧れだったけど、今は違う!本気で・・・本気で好きなんだ!!」
 俊男君は、恵さんへの想いを、吐露する。
「エリ姉さんにも憧れた事はあった。でも、恵さんとは違う!恵さんの事を想う毎
に、狂おしくなる程なんだ!」
 俊男君は、目を逸らさない。本気なんだね。
「君が決められないのは良い・・・。でも、僕は、恵さんに見合う男になりたい!
僕が、そうなるには、君を、超えるしか無いんだ!」
 俊男君は、唇を噛んでいた。
「迷惑なのは分かっている・・・。だけど、君と、本気で闘いたい!」
 俊男君は、全てを吐露した。俊男君は、狂おしい程に恵さんが、好きみたいね。
「俊男・・・。俺は、馬鹿だな。お前を、そんなに苦しめていたなんて・・・。」
 瞬君は、目を閉じる。
「はっきり言って、僕の都合だ。断ってくれて構わない。」
 俊男君は、自分の意地のために闘っている。断るのも一つの手だろう。
「俊男、お前の覚悟を聞いて、奮い立たない俺じゃないぜ?」
 瞬君は、無碍に断るような人じゃない。
「瞬君。君は優しい。だけど、本気で来てくれなきゃ意味は無い。分かってるね?」
 俊男君は本気だった。闘気からは、敵意が剥き出しになっている。
「見抜かれてたな。でも、手を抜いたりしたら、尚更、お前を苦しめる事になるん
だよな。・・・なら・・・。本気で行く・・・。本気で行くぞ!!」
 瞬君は、とうとう覚悟を決めたようだ。
「ストップ。私は見届けるけど、『ルール』は無しよ?殺し合いだけは、見たくな
いからね?じゃ無かったら降りるわ。」
 私は、一応釘を刺しておいた。じゃないと、本気で出し兼ねない勢いだった。
「神城と、同じ条件だね?俺は承諾した。」
 瞬君は、早速闘気を、高め始めている。
「分かってます。俺の本気は、『ルール』で凌ぐ事じゃありません。今まで負けた
2回の条件で、君に勝つ事だ!」
 俊男君も、承諾したようだ。
「二人とも、必ず守りなさいよ?・・・はぁ・・・。気が重いけど・・・それなら
認めない訳には、いかないわ。・・・用意・・・始め!!」
 私は、合図を送った。その瞬間だった。
 ガキッ!!!!!
 物凄い衝撃音が聞こえた。二人が同時に突進して、組み合ったのだ。恐ろしい速
さ・・・。見えなかったわ。
 そのまま、拳と肘、膝に蹴りの応酬が始まった。何て隙が無い・・・。
 瞬君が、先手を取ろうと、拳による突きで突進する。これは、『貫』だったわね。
しかし俊男君は、それを読んで、拳に合わせて強烈な膝蹴りで、相殺する。普通な
ら、瞬君の硬い拳で、俊男君の膝は破壊される。だけど、俊男君の体から吹き出る
闘気で、威力を完璧に、相殺している。凄いわ・・・。
「すげぇ・・・。お前、そこまで極めたのか?闘気を・・・。」
 瞬君は驚いていた。確かに、あの瞬君の拳と同等なんて、並みの芸当では無い。
「僕が君の拳に対抗するには、これくらいの事はしなくては駄目なんだ。」
 俊男君は・・・す、凄い!そうか!俊男君は、瞬君の攻撃のタイミングを完璧に
見切って、その瞬間だけ、闘気を開放している。その瞬間に、全てを開放する事で、
瞬君よりも密度の濃い闘気を実現しているのだ。しかし、それは諸刃の剣だ。タイ
ミングを間違えば、俊男君は一溜まりも無いだろう。つまり、食らう所も、完璧に
見切って受け止めているのだ。相当な覚悟じゃなきゃ、出来ない芸当だ。
「本気だな。本気なんだな?」
 瞬君は、驚きを隠せないようだ。
「本気だよ。・・・僕は、恵さんに相応しい男になる!」
 俊男君の覚悟は、本物だ。瞬君は、飲み込まれようとしている。
「俊男。お前は、恵の正体を知っているよな?知ってても尚・・・。」
 瞬君は、俊男君を試そうとしていた。
「瞬君?それを材料にするのは、良くないわ。」
 私は釘を刺しておく。俊男君の本気を図るために、使うべきじゃない。
「良いんです。ファリアさん。それで、僕の覚悟が伝わるならね。」
 俊男君も・・・知っていたのね。
「・・・悪かったな。でも、どうしても確認したくてな。」
 瞬君は、試すような事を言って、悪いと思っているようだ。
「1000年前でね。恵さんは、瞬君に会いたくて暴走した。それを僕は、この手で止
めた・・・。止めてみせた!これは、君にも話して無かったけどね。」
 そうか。『制御』のルールですら、抑えきれない程の暴走を起こしたのね。それ
を止めたのが、俊男君だったのか・・・。
「俊男・・・。それを止めた上だって事は・・・。どれだけ、深いんだ。」
 瞬君には無い愛情の深さを、俊男君は持っていた。
「僕は・・・恵さんの為なら、魔人になる覚悟がある。」
 ・・・!!魔人!かつて・・・レイリー=ローンが体現したと言う魔人!
 『魔液』と言う瘴気の液体を飲んで、克服する事で、魔族と人間の力を持つ魔人
になれる・・・。かつて、レイリー=ローンも行った事だ。
「そこまで・・・恵を・・・。」
 瞬君は、想いの深さを知って、たじろぐ。
「僕は1000年前に行った時、恵さんの本当の強さ。そして本当の弱さを知った!そ
の上で美しいと思った!恵さんを、本気で守りたいと思った!その事に、嘘偽りは
無い!そのために、僕は、君と言う壁を越えたい!」
 俊男君は、恵さんと一緒に過ごした事を忘れないだろう。ただ一緒に居ただけじ
ゃない。一緒に過ごす事で、恵さんの本当の素晴らしさを、知ったのだろう。
「・・・ハッハッハ!すげぇ!すげぇよ俊男!!俺は、嬉しい!恵を本気で好いて
くれる・・・そして、俺を本気で、壁だと思ってくれる!そんなお前と、親友だな
んてさ。嬉しいじゃないか!!・・・もう迷いは、しねぇ。」
 瞬君は、更に強烈な闘気を噴出させる。手加減してた訳じゃないだろう。だけど、
無意識の内に、セーブが掛かってたかも知れない。それを解いたのだ。
 俊男君も、それを見て、ニヤリと笑う。
「そうさ。その君のベストコンディションに、勝ってこそだ!!」
 俊男君は、八極拳の基本であるダッシュしての肘技を繰り出す。
 瞬君は、それを受け止めると、間髪入れずに回し蹴りを放つ。その瞬間、俊男君
が吹き飛ばされた。何と言う強烈な蹴り・・・。
「俺は、お前の壁になれる存在なら・・・そう簡単に、超えさせちゃ駄目って事だ
よな!!覚悟しろよ!俊男!妹を簡単にくれてやる程、甘くはないぞ!」
 瞬君は、迷いを捨てたようだ。告白を受けた者としてでは無く、妹を守る兄とし
て、俊男君の壁になる決意を、したようだ。
「さっすが!」
 俊男君も予想以上の衝撃だったみたいで、顔から脂汗を垂らしながら立ち上がる。
「休ませねーぞ!!」
 瞬君は、矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。俊男君は、それを捌きつつも、少しずつ打
撃を与えてはいる。だが瞬君の剛健さは、それ以上で、俊男君の打撃を、物ともせ
ず受け止めて、尚且つ、俊男君を確実に弱らせている。
 瞬君は、攻撃を受けても構わないと思っているから、遠慮無く、攻撃突ききって
いる。それに対し、俊男君は、攻撃を避ける事に専念している。だから、避け切れ
ない攻撃に対して、ダメージが残るのだ。
「どうした!!お前の攻撃は、そんな物か!!」
 瞬君は、叱咤しつつ、攻撃を繰り出す。
「・・・こんな・・・物じゃない!!」
 俊男君は、瞬君の攻撃の拳に対して、全力の肘を入れて、対抗する。すると、ど
ちらも鈍器に殴られたような音がして、弾かれる。
「ハァ・・・ハァ・・・。」
 俊男君の息が上がってきた。細かい痣も増えている。さすが瞬君だ。強いなんて
物じゃない。
「俊男!俺に勝つなんて、まだ早いぞ!!」
 瞬君は、止めとばかりに正拳突きを繰り出す。
「・・・!!」
 俊男君は、その瞬間を見逃さなかった。その正拳突きの腕を取って、取ったまま
飛び上がって瞬君の延髄に、蹴りを入れる。すると、さすがの瞬君も、体勢がふら
つく。すると、その反動で、瞬君を倒して、腕を捻り上げる。これは・・・腕ひし
ぎ逆十時!
「ぐっ!!俊男!!」
 瞬君は、余りの速さに、対処出来なかった。いつもなら、関節技を食らう前に、
腕を引いたり、逆の手で殴ったりして、対応しているのだが・・・。
「油断禁物だよ!」
 俊男君は、力の限り捻り上げる。俊男君は、ああ見えて、関節技も上手いのだ。
「俊男・・・天神流を、甘く見るな!!」
 瞬君は、捻り上げられた腕に力を込めて、そのまま立ち上がる。・・・嘘!?凄
いわ・・・。俊男君の体重を、片手一本で上げたって言うの!?どれだけ怪力なの
よ。そして、そのまま地面に、叩き付ける。
「ウグア!!」
 俊男君は、さすがに手を離す。そのまま、何とか体勢を整えて対峙する。
「凄過ぎるって!瞬君!決まったと思ったのにさ!」
 俊男君は、額から血が出ている。確かに信じられないわね。
「俺だって、ビビったぜ。まさか、あんな極め方してくるなんてよ。おかげで、左
腕は痛くて、仕方が無いぜ。」
 さすがの瞬君も、無理したらしく、左腕のダメージは効いている様だ。だが、俊
男君のダメージの方が、深刻かも知れない。
「息が上がってるぜ?俊男。」
 瞬君の言う通り、俊男君の方が、疲労は多いようだ。
「さすがだよ。でも、僕も、このまま負けるつもりは無いよ!!」
 俊男君は、まだ頑張るつもりだ。
「その心意気は認めるぜ。だが、ここまでだ!」
 瞬君は、天神流の突き技、『貫』だろうか?神速の攻撃を繰り出す。
 俊男君は、その攻撃の瞬間を見切ってだろうか・・・突然、背中を向ける。そし
て、背中で、攻撃を一発受け止めた後、そのまま死角に入り、背中で相手を押すよ
うな形で攻撃する。しかも、その勢いたるや、『貫』を凌ぐ勢いだ。あれは、正し
く、八極拳の奥義だ。受けると同時のカウンター技。見事だ。
「これぞ、奥義、『鉄山靠(てつざんこう)』!!」
 かの有名な技か!背中で攻撃を受け止めつつ、相手の死角に入り込み、背中全体
で攻撃する奥義だ。この場面で、出すなんて!
「ゲッハ!!・・・何て衝撃だ!!」
 瞬君は、片膝を突く。さすがに効いた様だ。
「・・・八極拳の奥義、鉄山靠は、奥の手だからね。」
 俊男君は、そう言いながらも、背中を押さえる。背中で受け止めたとは言え、瞬
君の『貫』を食らって、平気な筈が無い。
「ハァ・・・本当に・・・成長したな。俊男!」
 瞬君は過去2回の闘いよりも、俊男君が、手強くなっているのを、感じているの
だろう。覚悟で人は、ここまで強くなる物なのね。
「僕は全てを懸けている。・・・瞬君!君に勝つ!」
 俊男君は、自らが出せる全ての闘気を、掌に集める。そして、力を高め始めた。
「『発頸(はっけい)』か。お前と初めて対戦した時も、それだったよな。」
 瞬君は、空手大会の事を思い出す。そう言えば、あの時は、俊男君が『発頸』を
放ったっけ。その後、瞬君は、『貫』で、俊男君を倒したんだったっけね。
「俊男の本気に返せる技は・・・これしかないな。」
 瞬君は、腕を回すようにすると、左腕を前に持って行き、右腕を後ろに持って行
く。そして、右の掌は、卵を抱え込むような形をしていた。
「あれは・・・『響(きょう)』・・・?」
 私は見覚えがあった。確か、空手大会で、扇を一撃で仕留めた技だ。
「良く覚えてましたね。そう。俺の中で最も破壊力のある技!これの恐ろしさは、
俊男も、知ってるだろう?」
 扇の肋骨を、いとも容易く粉砕した技だった筈だ。それを・・・俊男君に使うと
言うの?・・・瞬君も、本気なんだわ。
「背筋が凍る想いだよ。・・・でも、そんな君に、僕は感謝する!」
 俊男君の願いは、本気の瞬君に勝つ事。それは、瞬君が、本気にならないと意味
が無い。だが、瞬君は、奥義を出そうとしている。
「俊男。最初に言っておくが、この技は、場合によっちゃ、死に至る程の技だ。そ
れは、分かってるな?俺の本気は・・・分かってもらえるな?」
 瞬君は、全力で仕掛けるつもりなのだ。最高の技を最高のタイミングで、仕掛け
るつもりなのだ。
「瞬君。君は優しい。普通は、僕の覚悟を試したりしない。でも、僕は、全てを超
えるつもりなんだ。遠慮は要らない!」
 俊男君は受けるつもりだ。本気と覚悟のぶつかり合い。只では、済むまい。
「それにね。瞬君。僕の『発頸』も、無傷で受けられる程、甘くないよ。」
 俊男君も、必殺の技を繰り出そうとしていた。
「お前の覚悟・・・。しかと見た!だが、俺を超えさせはしない!」
 瞬君は、勝ちを譲るつもりは無いようだ。
「悪いがな。俺は、神城と約束したんだ!誰にも負けないってな!」
 そうか・・・。瞬君は、扇との死闘の後、約束したと言ってたわね。律儀ね。
「扇さんの言葉か・・・重いね。でも、そんな瞬君を、僕は超える!!」
 俊男君は、瞬君の不退転の想いを、自らの覚悟で、打ち破るつもりだ。
 二人の間合いは詰まっていく。少しずつ互いに近寄っている。どちらも、近距離
からの必殺の一撃だ。問題は、いつ、ぶつかるかだ。
 とうとう、間合いに入った!瞬君は、まだ放たない。俊男君は、両手で瞬君を挟
み込むようにして、襲い掛かる!そこを、瞬君は、『響』で、俊男君を吹き飛ばそ
うとした。どちらが早く、相手に触れられるかが勝負だ!
「ヌゥオオオオオオオオ!!!」
 瞬君の雄叫びが聞こえた。掌底に回転を加えた最高の技だ。
「フン!!!」
 瞬君の『響』を俊男君は、両手で挟み込む!そ、そうか!瞬君の『響』を『発頸』
で迎え撃ったのか!俊男君の狙いは、初めから、瞬君の技を止める事だったのだ。
「ウウウウウグウウウウウ!」
 瞬君は、俊男君の鳩尾を狙っていた。しかし、俊男君は全力で『発頸』を放つ事
で、入れさせなかった。
 やがて、瞬君の『響』が俊男君の肩口に掠った!俊男君は、掠っただけなのに、
片膝を突いた。さすが、凄まじい威力である。
 しかし、俊男君は、そのまま、瞬君の鳩尾に、足を添える。
「しまっ!!」
 瞬君が気付いた時には遅かった。俊男君は、その足から、これまでの力を、全て
込める形で、全力で蹴り飛ばした。
「ガフッ!!ゴフッ!!」
 瞬君は、まともに食らって、20メートル程、吹き飛ばされる。
「・・・足を添えて、蹴りにて放つ発頸・・・。『巴発頸(ともえはっけい)』!」
 俊男君は、手での発頸で、瞬君の技を止めて、蹴りでの発頸を叩き込む気だった
のだ。見事である。
「・・・ブッハ!!」
 俊男君は、相手を見据えたまま、手を突いて倒れる。
「この衝動!!これが・・・『響』!!」
 瞬君が起こした、捻りによる回転が、俊男君の脳を揺らしているのだ。只で、や
られるつもりは、ないようだ。
「・・・ウゥ!!」
 瞬君も追撃どころでは無い。カウンター攻撃を2撃に『発頸』を1発、まともに
食らっているのだ。立ち上がるのすら、困難な筈だ。
「・・・だ、駄目だ・・・。足に力が入らねぇ・・・。」
 瞬君は、仰向けのまま、大の字になった。
「・・・うううううぅぉおおおお!!」
 俊男君は、肩で息はしているが、立ち上がって見せた。
「・・・決まりね。」
 私は、二人の様子を見て、判断した。
「俊男君。君の勝ちよ。・・・面白い物を、見せてもらったわ。」
 恐らく、こんな死闘をお目に掛かれる機会は、少ないだろう。
「・・・はぁ・・・。か、勝てたのか?」
 俊男君は、息も絶え絶えだが、瞬君の方を向く。
「お前の勝ちだ・・・。ったく、俺は、本気を出しての闘いで、初めて負けたぜ。」
 瞬君は、負けたが、清々した顔をしていた。
「本当に強くなったな。俊男。・・・負けて悔い無しと言いたいが・・・。駄目だ。
悔しくてしょうがない。今度やった時は、俺が勝たせてもらうぞ!」
 瞬君は、寝たまま拳を作って、俊男君に見せる。
「次か・・・。そうだね・・・。また、いつか・・・やろうね・・・。」
 俊男君は、そう言うと、そのまま倒れる。
「・・・二人共、無理し過ぎよ。全く・・・。心配掛けさせないでよね。・・・心
配するのは、私だけじゃ無いんだからね。謝りなさいよ?」
 私は、そう言うと、結界を解く。すると、案の定、恵さんと江里香さんが居た。
「・・・え?居たの?」
 俊男君は、二人の姿を見ると、苦笑いする。
「・・・兄様が、抜け出したのを感じたからよ。・・・全く・・・。」
 恵さんは、闘いの成り行きを見守っていた事になる。
「私も、胸騒ぎがしてね。無茶し過ぎよ。二人共。」
 江里香さんも呆れていた。無理もない。
「ま、ファリアさんの立ち会いの下じゃ、文句が付けられないしね。」
 ははは。私って、信用されてるなぁ。
「んもう・・・。兄様も俊男さんも・・・。心配を掛けてばっかりですわ。」
 恵さんは、そう言いつつも、恥ずかしそうに笑っていた。
「トシ君たら、かっこ良かったわよ?そういうの、嫌いじゃないわ。」
 江里香さんは、俊男君を茶化す。
「今更ながら、恥ずかしいね。・・・でも、僕は本気だよ?」
 俊男君は、恵さんの瞳を見て言う。一々かっこ良いなぁ。
「言葉に出さなくても知ってますわ。・・・あーあ。私は、浮気性じゃないと思っ
たのですがね。俊男さんは、放って置けないですわ。」
 恵さんは、優しい瞳で、俊男君に見つめ返す。
「でも、知っての通り、私は半魔族・・・。本当に、それでも良いの?」
 恵さんは、俊男君の、目を見て話す。
「さっき言った通りだよ。僕は、君のためなら、魔人になっても、悔いは無い。半
魔族だから何?・・・僕が、君を好きだと言う事に、変わりは無い。」
 俊男君は、淀み無く答えた。青春ねぇ。
「あーあ。トシ君の本気モードに、火が点いちゃったわね。ああなったら頑固よ?」
 江里香さんは、俊男君の覚悟を、汲み取ったのだろう。
「誰かさんソックリね。本当に似てますわ。」
 恵さんは、瞬君を、ジト目で見た後に、俊男君の方を向く。
「良いこと?天神家当主が、付き合う事を許すのよ?全力で、付いてくる事ね。」
 恵さんは、そう言うと、口を尖らす。
「・・・それって・・・おお!やった。やったよー!」
 俊男君は、倒れたままなのに、はしゃいでいた。余程、嬉しかったのだろう。
「お前、そのまま、はしゃぐなよ・・・。」
 瞬君ですら、呆れていた。満身創痍の筈なのにねぇ。
「人の事を言えないでしょ?瞬君も、無茶し過ぎ。」
 江里香さんは、瞬君を軽く小突くと、『治癒』のルールで、癒していく。
「ま、そうだね。しっかし・・・くそー。負けるって、ムカつきますね。」
 瞬君は、改めて、敗北の味を確かめているようだ。
「本当は、それが普通なんだけどね。瞬君の場合、勝ち過ぎよ。」
 江里香さんの言う通りだ。敗北を知らないと言うのは、良い事ばかりじゃない。
時には、敗北を知らなきゃいけない事もある。
「そうだね。この味を知る事で、二度と、負けたくないって思ったよ。」
 瞬君は、ジワジワと、敗北が身に染みているのだろう。
 しかし・・・無事終わって良かったわ・・・。一時は、どうなる事かと・・・。


 新たな学園生活が始まる。
 俺は、何を願っただろう?
 平穏と同時に、皆の無事を祈っただろうか?
 俺の人生は、今が一番、充実しているのかも知れない。
 だからこそ、皆を守りたい。
 天神家は、本当に良い場所になった。
 最初は堅苦しい家かも知れないと思った。
 でも、素晴らしい才能と、不思議な温かみが、増していった。
 瞬は、どこに行っても、めげない奴だ。何より、俺に似ている。アイツは仲間を
守るためなら、神とも神魔とも、闘うだろう。それだけの覚悟を持っている。
 恵は、あの歳ながら、最高のカリスマ性を持っている。努力も怠らない。意志の
強さも格別だ。だけど、惚れた相手の前では、意地っ張りになる。そこが魅力的だ。
 俊男は、誰よりも努力をしている。仲間を想う気持ちは、瞬にも負けない。1000
年前から帰ってきて、意志の強さが、増した気がする。凄い奴だ。
 江里香は、優しい奴だ。誰よりも慕われていて、それに驕る事も無い。だから、
凄い敵が現れても、皆を守ろうとする。例え相手が、自分よりも強くても・・・。
 睦月さんは、厳しい人だ。だけど、その中には、優しさがある。これ以上、自分
の親しい人を死なせて成るものかと言う、気迫がある。
 葉月は、頑張り屋だ。普段は、おっとりしているのに、皆のベッドメイクとなる
と、人が変わったように用意しだす。努力の賜物なのだろうな。
 巌慈は、懐の深い男だ。どんなに危機に陥りようとも、笑い飛ばす豪胆さを持っ
ている。彼の明るさに、皆も勇気付けられた事だろう。
 修羅は、冷静な奴だ。だけど、その冷静さは、時に激情に変わる時がある。修羅
は、必要な時だけ、熱くなれる。自分をコントロール出来る奴だ。
 亜理栖は、面倒を見るのが好きな奴だ。しょうがないなどと、言いつつも最後ま
で付き合う。そんな奴だ。皆を大切にする心を、彼女は忘れない。
 勇樹は、器用な奴だ。あの性格なので、荒っぽそうに見えるが、あれで、かなり
細かい。料理も上手だし、勉強も出来る。その器用さが、役立つ時が来るだろう。
 魁は、成長した。本当に、そう思う。最初は駄目な奴だった。だけど、皆に付い
て行こうとして、ついには、俺達までも救った。閃きは凄い物がある。
 莉奈は、守ってやらなきゃいけない。彼女は、苦しんできた分、幸せにならなき
ゃいけない。魁も幸せにする事に、逃げるつもりは無いようだ。
 葵は、俺達と一緒に居る事が、楽しいようだ。そう思われてるだけでも嬉しい。
だから、仲間として、彼女を迎えてやらなければならない。
 ジェイルは、俺達の命の恩人だ。今でも、そう思っている。今では、自力で修練
する事が出来るまで、回復した。喜ばしい事だ。
 グリードは、掛け替えの無い奴だ。彼が場を明るくしてくれるおかげで、どれだ
け助かってるか、分からない。見習わなきゃいけない。
 エイディは、欠かせない奴だ。彼の鋭さ、そして冷静さは、時に残酷に見える。
だけど、皆を思うからこそなのは、分かっている。本当に助かっている。
 ゼリンは・・・敵だった。実際に恨みもした。だけど、俺の本当の敵は、ゼリン
じゃない。後ろで操っている奴だ。ゼリンは、ソイツを討ち果たすのに、協力して
くれるだろう。
 ファリアは・・・。俺の大切な人だ。今更、彼女抜きで、俺は語れない。最初は、
良い所のお嬢さんだと思っていた。だけど、芯の強さと脆さ、そして、冷静に振舞
っているようで、心の中では誰よりも熱い。彼女の笑顔を見るために、俺は生きて
いる・・・。俺は、ファリアと出会えて、本当に良かったと思っている。
 俺は・・・。そんな皆を大切にしたい。ここに居る仲間は、生涯の友だ。それを
崩すのならば、俺は、命を賭して闘う事だろう。
 登校の朝、俺は、そんな事を思いながら歩いていた。嘘も偽りも無い。俺は、大
事な仲間を守るために、生きている。それが確信になりつつある。
 学校は初日から、騒がしかったが、無事終えた。それは、生徒会長の元就が、万
事上手くこなしていたせいもある。俺達が懲らしめてやったのが効いているのか、
変な考えは、起こさないようだ。
 そして、初日は昼休み前に終わった。だが、俺達は、恵に招集が掛けられていた。
何でも、屋上でだそうだ。何だろうなぁ。
 皆、不思議がりながらも、集まっていた。何だか眠そうにしている奴まで居た。
「集まりましたね?皆さん。」
 恵は、見渡してみる。そして、俺に合図を送る。そして、何かを手渡した。
「・・・これは?・・・手紙?・・・?・・・親父!?」
 俺は、目を見張る。これは俺の親父、ゼハーンからの手紙だった。
「・・・どれどれ・・・な、何だって・・・!?」
 俺は、手紙の内容を見て驚く。俺達が、学園に居た間、親父は、セントでの潜入
捜査をしていた筈だ。そして、その内容は、驚愕に値した。
 その内容を、俺は、皆に読み上げた。親父が、近々、こちらに来るという事らし
い。しかも、詳しい話は、会って話すそうだ。そして、帯同している人物の名に、
恐ろしい人物が書いてあった。通称『司馬』。それは、セントの伝説の人斬りと呼
ばれる男の事だった。
 そして、セントの情報を見る限り、闘いは、これからだと書いてあった。
「・・・また厄介な事に、なりそうね。」
 恵は頭痛がするのか、溜め息を吐く。
「とんでもない・・・けど、これは、チャンスね。」
 ファリアは、強気だ。確かに、この内容が正しいのならば、凄い事になる。
「でも、信用出来るんか?」
 巌慈が怪しんでいた。無理もない。相手が相手だ。
「近々来るみたいだな。挨拶を考えて置いた方が、身のためだな。」
 修羅は、お手上げだといわんばかりだ。
「かつてない危険な相手だろうね。」
 俊男ですら、警戒している。
「ビビるだけじゃ、前に進めないのさ。」
 亜理栖は、迎え入れるしかないと思っている。
「俺っち、会うのさえ怖いぜ・・・。」
 魁にとっては、全く接点が無い人物だ。仕方が無い事だろうな。
「でも、レイクさんのお父さんが居るなら、大丈夫ない?」
 莉奈は、俺の親父を信用してくれた。
「今までの知り合いから、考えると、もう今更、驚く事も無いんじゃない?」
 葵は、今まで知り合った人物のことを言う。確かに、とんでもない面子が多い。
「しかし、また増えるわねー。」
 江里香は、これから来るであろう人の事を考える。
「どんな奴等か、気になるな。」
 勇樹で無くても、気になるだろう。俺だって気になる。
「まずは、会って確かめるのが、先だ。どんな人達か、見てやろうぜ。」
 瞬は、なんだかんだ言いながら、楽しみにしているようだ。
「ま、これからだ・・・。やるしかないって、所だな。」
 俺は言った。2学期を告げる風は、風雲急を告げる物だったのかも知れない。
 だからこそ、俺達は、前に進む事を選ぶ。
 親父の言葉が本当なら、闘いは、本当に、これからなのだから・・・。



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