NOVEL Darkness 4-1(First)

ソクトア黒の章4巻の1(前半)


・プロローグ
 かつて、美しい大地を誇っていたソクトア大陸。
 神々の祝福に恵まれ、人は神を敬っていた。そして地の底から、魔族が襲ってき
た時にも、神々の力のおかげで、守られた時もあった。
 だが、織り成す人々にとって、忘れられないのは1000年前の伝記である。事実を
物語った伝記は、未だに、人々の心を惹き付けて止まない。
 当時の運命神ミシェーダを中心に、神の世界を、ソクトアに降臨させようとした
『法道』。魔族を中心に、力の理をソクトアに反映させようとした『覇道』。新た
な世界を作る事を前提に、ソクトアを消し去ろうとした『無道』。そして、共存と
言う名の下に、全ての種族と共にありたいと願った、人の歩むべき道『人道』。
 それぞれの思惑がぶつかって、最終的に勝利したのは『人道』だった。それは、
共存と言う夢を、最後まで諦めなかった、人間こそが勝利したと言う、劇的な話。
・・・それは、事実であった。
 だが、1000年の時を経て、人間は、その精神を忘れ去ってしまったようだ。伝記
は、飽くまで作り話だと言う説が有力となり、このソクトアは、人間の所有物であ
るかのように、勘違いしてしまったようだ。確かに、もう人間以外は、暮らしてい
るとは言えない。しかし、隠れつつも住んでいるのだ。それは、いつか人間と和解
出来るかも知れないと言う期待からだ。・・・だが、大半は、人間の愚かさに失望
して、関わらないように、生きていきたいと言う思いの表れからだった。
 『人道』を思い描いて、勝利に導いた伝記の『勇士』ジーク=ユード=ルクトリ
アが、この現状を見たら、さぞ嘆き悲しむ事だろう。
 その最もたる所以が、セントメトロポリス(通称セント)の建造だろう。ソクト
ア大陸の中心にあり、かつて、中央大陸と呼ばれた広大な土地に出来上がった、近
代化学発祥の地。それがセントだった。文明は頂点を極め、セントから、他の国へ
と物が流れ込む。正に化学が、このソクトアを支配した表れであった。
 他のソクトア大陸の国、ルクトリア、プサグル、デルルツィア、サマハドール、
ストリウス、パーズ、クワドゥラート。その7つの国は、全てセントの言いなりで
あった。逆らえないのである。逆らったら、一生懸けても、出られないと言われて
いる、恐ろしい『絶望の島』と言う監獄島へと送られる運命にあった。しかも、セ
ント反逆罪などと言う、罪名が流布している。何とも悲しい事実だった。
 ソクトア大陸は、今や、化学の元である『電力』が無ければ、まともに生活出来
ない。便利な物が、増え過ぎたせいである。電話、自動車、電球、果ては、農作物
を作る農具でさえ、電力が必要なのである。しかし、電力は、自然に出来る訳では
無い。大規模な火力を利用した火力発電、豊かな水源を利用した水力発電、降り注
ぐ太陽を利用した太陽発電、そして、電力工場と呼ばれる所で、ひたすら働いて、
巨大な滑車を回して発電する、人力発電の4つが主流だった。
 火力発電と水力発電、そして太陽発電については、管理者が十数人付いていれば
やっていける程だった。主に自然の力を、利用していたからである。だが、人力発
電は別である。この工場で働く人々は、数千から数万に渡ると言われる。しかも、
単純作業なので、賃金も高くは無い。要するに、発電のためだけに雇われた人々で
ある。しかも思った以上に、成績を上げられなかった場合は、最悪『絶望の島』行
きである。人々は、ただ電力を生み出すために生きていく。そんな地獄のような状
態の所が、ソクトア大陸全土に、広がっていたのだ。
 人々は皮肉を込めて、『黒の時代』などと、呼んでいる有様である。
 しかも驚くべき事に、電力の供給は、セントに向かって伸びていくのだ。そう言
うシステムを既に構築してしまったのだ。これでは、他の国は、その恩恵を受けら
れない。電力が無い国こそ存在しないが、セントに比べると、その差は歴然である。
 その屈辱に耐え兼ねて、クーデターを起こした人物が居た。その中心人物は、ジ
ークの末裔リーク=ユード=ルクトリアである。だが、彼は失敗した。多くの人々
を連れて、セントまで迫ったが、セントの圧倒的な兵器の前に敗れ去ったのである。
この世で、究極とさえ言われていた、全てを消し去る力『無』の力を使っても、勝
てなかったのだ。正確に言うと、セントを覆うソーラードームと呼ばれるバリアが、
『無』の力までも防いでしまったのだ。そのせいで、大量の死者を出したリークは、
見せしめとして、首を刎ねられて、全ソクトアに、その顔を晒されたと言う。
 この事件以後、人々は、セントに逆らう気力を無くしてしまった。いや、例え小
規模な、いざこざであっても『絶望の島』に入れられてしまったので、不満の声す
ら、封じられてしまったのである。恐怖政治の始まりでもあった。
 セントメトロポリスは、他の国と比べ、それはもう、栄華を誇っていた。島国で
あるガリウロルを除く、全ての国から、エネルギーを供給されているのだ。栄えな
い筈が無い。国全体を、ソーラードームと言う壁が覆い、内からも外からも、干渉
を受ける事は無い。そして、その検問所は、ソクトア1を誇る、重火器を武装させ
た集団が、陣取っているのだ。正に完璧。セントを知るには、まず、内部に侵入す
るしか無い。
 その、セントの内情は、『人道』的とは言えなかった。つい最近の事である。セ
ントを、我が物顔で操っている人物が出始めた。国事代表であるカルナス=フォン
=デルルティである。国事代表とは、国家の法律を作り、施行する役職で、総投票
によって国民から、選出される役職である。そして、国事代表を裁く権利がある裁
断場。一般の罪人も、ここで裁かれる。その機関の癒着や、賄賂などが無いかどう
か監視する、不正監視委員会。この3つが、互いに見張って国を動かしていくのが、
ここ1000年くらいの基本理念だった。この制度は、『人道』とも呼ばれている。
 だが、カルナスの横暴が発覚したため、かつての国事代表などが集まって、結成
されたのが『元老院』である。カルナスは、不正監視委員会と裁断場に賄賂を贈り、
政治を、我が物とした。それを許さじと立ち上がったのが、元老院である。元老院
は、全ての役職の上に立つ物であり、国を憂う者しか、入れないと言う決まりで立
ち上げられた。カルナスは、すぐに捕らえられ、元老院の主導の下で処刑された。
 その元老院、そこで解散すれば良かったのだが、セントのためと言う名目で、そ
のまま、居座ったのだ。世論の95%は反対した。このままでは、元老院の支配が
始まってしまうからだ。だが、その世論を軍隊と、『人斬り』の力で抑え込み、元
老院制度と言う物が、出来上がったのだった。
 セントの人々は、いつしか、何も言わなくなった。言えなくなったのかも知れな
い。国事代表や、不正監視委員会、裁断場の文句を言う人々は居る。だが、元老院
の文句を言う者は居ない。少しでも知れたら、『絶望の島』送りになると言う噂が
流れたためだ。実際、送られていたのであろう。
 だが、セントの人々は、他の国と比べれば、元老院の事以外は、全くの自由だし、
技術も最先端であり、文句を言う人々は少ない。重労働に課せられる人は少なく、
適度な仕事と、適度な平和を与えられて、幸せに暮らしている家庭が多い。ただ、
『人斬り』の事に関しては、別である。
 暗殺を仕事とする、凄まじい剣の冴えを誇る集団『人斬り』。この存在は、政治
にも利用されるため、警察機構の取締りが、厳しい訳では無い。人々の不満を抑え
るために、たまに摘発するが、それは、見せしめだけである。本気で、警察が取り
締まっている訳では無い。それ程に、社会に影響を与えている。
 時に軍隊より強く、軍の者ですら、『人斬り』に関しては、口にする者が少ない。
『人斬り』には、それぞれ組織があり、それぞれが、伝記から因んだ名前を付けて
いる。伝記は、利用され易いのだ。
 その一つが、古代語で『闇』の名前を関している『ダークネス』。主にセントの
外れに、多くの支部を持っていて、広大なセントの、どの地域にも支部があると言
われている。それぞれの支部同士の仲は、余り良くないが、ボスのコードネームで
ある、『創(はじめ)』には、どの支部も、敬意を表している。
 もう一つは、古代語で『光』を意味する『オプティカル』。セントの首都である
キャピタルの周辺に、多くの支部を持っている。キャピタルの中央に行く程、強い
組織らしく、地下ではあるが、メトロタワーの下にあると言われている支部が、本
部だと言う噂だ。だが、最近になって、それは、ダミーだと分かったらしい。余り
にもバレ易いので、場所を変えたと言う説が有力だ。代々伝わる、コラットの名前
を冠した人物が、ボスを務めている。
 最後に、古代語で『気合』意味する『スピリット』。最初は、『ダークネス』や
『オプティカル』を抜けた者の寄せ集めだったのだが、次第に大きくなり、伸し上
がってきた組織だ。『オプティカル』を避けるように、キャピタルから離れた所に
支部がある。『ダークネス』とは小競り合いをしているようだが、『スピリット』
は、3つの大きな支部があるため、迂闊に手を出せないらしい。その3つの支部を
治めている者が、ボスらしい。つまり3人居る。
 人斬りの、ほぼ全員が、どこかの組織に入っている。同じ組織同士は、非常に仲
が良いらしいが、違う組織の者とは、命を掛けて抗争をする。恐ろしい組織らしい。
 その中で、どこにも属さず、尚且つ仕事達成率99.5%を誇る最強の人斬りが居る。
コードネームは『司馬(しば)』。伝説の人斬りとも呼ばれ、恐れられている。
 人々は、『人斬り司馬』と、彼を呼んでいた。





 1、首都
 美しき街並みを誇る、セントメトロポリス。その中心であり、首都であるキャピ
タル。北にシティ、南にスラム、西にタウン、東にビレッジ。その5つの構成から
なるソクトアでも、一番を誇る広大な国。
 広さも一番なら、文明も一番、強さも一番であり、その存在感も、勿論一番であ
った。セントに居れば、揃わない物は無いとまで、言われる程だ。ありとあらゆる
国の特色、財産を手に入れられる国。上流貴族、中流家庭、下流家庭も含め、延べ
2000万人に達すると言われる人々が、暮らす巨大な国。1000年前の人々が見たら、
それは驚く事だろう。1000年前の、ソクトアの全人口の倍の人々が、現在のセント
に、住んでいるのだから。
 北のシティは、中流家庭が多く、構造的には、現在のガリウロルのそれに近い。
勤務先が安定していて、寺社や教会などがあり、人々は、働く意欲に溢れている。
キャピタルに進出したとしても、シティ出身ならば、馬鹿にされる事も無い。
 南のスラムは、下流家庭が、多く移り住んでいる。治安も余り良くなく、セント
の中で、生活力がどうしても足りない者達が、住んでいる。なので、犯罪の発生率
も高く、警察を悩ませている。ここの担当になったら、毎時が、事件だと思えとも
言われる程だ。セント以外の国の現状が、これに近い。
 西にはタウンがある。スラムから抜け出て、チャンスを狙うなら、ここだと言わ
れている。タウンは、活気溢れる場所が多い。決して安定している訳では無いが、
チャンスが多く到来する地域。働く場所も雑多とあり、ビジネスの発祥となる場合
が、多いとも言われている。
 東がビレッジである。他の国からエネルギーを分けてもらってるとは言え、セン
トにも農業はある。その農業の中心が、ビレッジである。ビレッジに行けば、草木
が生えないとまで言われた中央大陸から、見事に農業に成功した、大自然を眺める
事が出来る。他の地域に比べ、牧歌的な特色が、多い地域である。
 そして中央にキャピタル。メトロタワーがそびえ立つ、セントの中枢部であり、
ソクトアの中心部と言っても過言では無い。多くの高層ビルが建ち並び、その屋上
から見た夜景は、素晴らしい物があると言う。常に中心であるため、いつまでも明
かりが付いている『眠らない首都』とも言われている。その中心に立つのが、1500
階と言う、とてつもない階層を誇る、メトロタワーである。
 メトロタワーは、50階までは、誰でも観光可能である。だが、60階からは、
一般人の立ち入りが禁止になっている。そして、80階までにソーラードームの発
生装置が配備されており、90階からは、ソクトア全土から情報を集められるテレ
ビ局が配備されている。100階から上は、生体研究所、軍隊研究所、武器精錬所、
転移装置などが配備され、135階から140階までに政府が用意されている。
 法律を作る国事議会場、罪を裁く裁断場、それが適切かどうか確かめる不正監視
委員会が、この階層にある。
 軍隊研究所ではメトロタワーの研究所で開発され、セントの外れにある施設で、
大量生産されている。
 そして、歴代国事代表など、特別な者しか入れないエリアが140階以降である。
元老院は、無論、このエリアにあり、日々の政策を、話し合っている。
 セント全体は、巨大な円錐となっており、その中心部にあるのが、巨大なメトロ
タワーとなっている。帝国と言っても、差し支えない程の強さを持つ国であった。
 そのキャピタルの外れにあり、スラムとタウンに近い位置にあるバーがあった。
 その名もバー『聖(ひじり)』。伝記の『聖亭(ひじりてい)』から来ているの
は、間違いないだろう。店主もファン=レイホウの、末裔だと自称する少女だった。
名前は、ファン=センリン。明るい雰囲気と、気前の良さ、スラムやタウンが近い
と言うだけあって、お手頃な値段で経営しているため、それなりに人気は出ていた。
 その忙しい店内を、手伝っている青年がいた。
 名前は、黒小路(くろのこうじ) 士(つかさ)。ガリウロル出身だと言う話だ
が、先祖がガリウロル人だと言うだけで、れっきとした、セント人であった。
 朝に、センリンが仕込みを終え、昼に士が搬入などをし、夕方に店を開ける。夜
の間に繁盛し、店を仕舞う頃に、投函のチェックをする。そして、『仕事』があっ
た日は、深夜に出掛ける。それが常である。
 『仕事』があった日は、不定期に臨時休業する。不定期なのは、正体を悟られな
いためだ。休み日が、ピッタリと一致しては、すぐに存在がバレてしまう。
 その『仕事』内容とは・・・『人斬り』であった。人斬りの歴史は、そこまで深
くない。賄賂などが横行し、セントによる、粛清が始まった時からの、歴史である
から、反逆罪で処刑されたリーク=ユード=ルクトリアが、没した時が、始まりだ
ろう。
 気軽に暗殺が頼める組織を、立ち上げたのが始まりだった。暗殺をして、金を貰
うのが、横行しだしたのは、そこからだった。よって、せいぜい20年弱であろう。
 なのにも関わらず、仕事の達成率が異常なため、界隈で、伝説となってしまった
のが、センリンと士のコンビであった。通称『司馬』。コードネームの由来は、士
の本名から来ている。士の本名は、『司(つかさ)』である。そのままでは、余り
にも目立つので、ガリウロルで活躍している作家から名前を取って、『司馬』とし
たのであった。
 フリーの人斬りで、主な仕事は護衛である。要人から仕事内容次第では一般人ま
で手広く護衛をこなしている。驚くべきは、達成率で、99.5%と言う驚異的な達成
率を見せている事であった。失敗したのは、最初の1回だという。
 専属で雇っている郵便屋に、灰色の封筒で、消印『48』と書いてある封筒だけ
投函してもらう。その内容を吟味し、興味を持てば、依頼人に会う。依頼人に会う
日は、休みになってしまうが、『聖』が良く休むのは、知られているため、そこま
で、怪しまれたりは、していなかった。
 主に護衛だが、たまに暗殺の依頼も受ける。しかし、余程の事が無い限り、受け
ない。『司馬』は、良く仕事を選り好みすると言う事でも、知られていた。しかし、
難しいから受けないと言う事では無いため、気紛れ説が流れている。
 今日も、『灰色の投函』が、受け口にあった。
 『聖』も、店仕舞いの時間のため、客が会計を済ませていた。あと一人で終わり
のようである。
「今日のつまみ、良く出来てたな。ここは酒は勿論、肴に困らなくて良いぜ。」
 客は、褒め千切る。常連の一人だ。
「ジャンさんは、口が上手いから、騙されちゃうヨ。」
 センリンが相手をする。切り盛りは、センリンの仕事だ。
「フッ。内臓でも美味く調理すりゃ、ああなるって事だ。良いの仕入れたら、知ら
せるから、楽しみにする事だ。」
 士が、釣りの仕草をしながら、会計を済ませる。搬入の合間に釣りや、狩りをし
て、肴を決めさせる。仕入れ具合は、さすがであった。
「楽しみにしてるぜい!ところで、センリンちゃん。俺とのデート、どうよ?」
 常連の一人、ジャン=ホエール。彼は、『軟派師』としても、知られている。
「私の返事は、いつも一緒なの、分かってる筈だけド?」
 センリンは、指を横に振って、目を細める。
「カァ!!お熱いねぇ!士さんは、果報者だぜぃ!」
 ジャンも分かって言っているのだ。センリンは、士以外に、付き合う男性は居
ないと、暗に言っているのだ。
「たまには行ってきても良いぞ?・・・何てな。ジャンじゃ、しょうがないな。」
 士は余裕のコメントを吐く。こんなやり取りをしても、ジャンは、また来るのだ
から、純粋に『聖』が、好きなのかも知れない。
「センリンちゃんは手強い!士さんは、ツレない!参るぜ。全くよぉ!」
 ジャンは、オドけて見せるが、本気では無い事は、分かっている。
「ハハッ。馬鹿言ってねーで、会計だ。今日は18ゴードだな。」
 士は値段を言う。セントでの通貨であるゴードだが、現在のソクトアでの標準の
通貨になりつつある。1ゴードでジュースが買える位と、認識すれば良い。
「ヘイヘイ。・・・士さん、好い加減、結婚しちゃえよ?」
 ジャンは、余計な事を言う。
「言われるまでもない。その内、するさ。」
 士は、いつも、このコメントだ。正直な話、センリンとは、ほとんど夫婦に近い
のに、結婚してないのは、不自然とさえ言える。
「士とは、そんじょそこらの夫婦より、強い絆で結ばれてるのヨ?」
 センリンは、満面の笑みで、そう答える。隠そうともしない。
「あちゃあ・・・。こりゃ難攻不落だ!・・・ご馳走様!!」
 ジャンは、分かってて煽っているのだ。こう言うやり取りも、慣れた物である。
満足したのか、ジャンも『聖』から出て行った。
「・・・全く、口の減らない人ネ。」
 センリンは、呆れていた。常連とは言え、あそこまで遠慮の無い人も珍しい。
「奴とも、長いからな。」
 士は、売り上げを数えながら、応対する。
「結婚・・・出来る物なら、してるってーのヨ。」
 センリンは溜め息を吐く。仕方が無い事なのだ。
「この稼業じゃ、きつい事は、確かだな。・・・後悔してるか?」
 士は尋ねてみる。この稼業と言うのは、勿論、人斬りの事である。
「10年前のあの時に、見逃してもらった時から、後悔してないヨ。」
 センリンは、士のターゲットだった。両親が、人斬りに暗殺された後、莫大な遺
産を受け継いだおかげで、別の人斬りに、狙われていたのだ。
 その仕事を引き受けていたのが、士だった。当時の士は、『ダークネス』に所属
していて、仕事のなんたるやを、考え中だった。しかし、当時14歳だったセンリ
ンを見て、そのセンリンを殺せと命じられた時に、嫌気が差したのだろう。両親を
殺されたばかりの、センリンの命を奪えと言う命令は、クズにも劣ると思っていた
からだ。士は、案外、激情家である。
 士は、命じた上司の首を撥ね、それを手土産に、所属していた支部に乗り込み、
一人で壊滅させたのだ。剣の腕は、確かだった。そして、組織から命じられる仕事
に疑問を抱き、フリーの人斬りになる道を選んだのだ。それが、『司馬』の始まり
でもあった。なので、暗殺依頼より、護衛以来の方を優先させる事が多いのだ。
 センリンは、その様子を見て、一目惚れしたらしく、士の元を離れないようにな
ってしまったのだ。一等地だった当時の家を全て売り払って、スラムとタウンの近
くにある、雑多として目立たない空間のビルを買い上げたのだ。そこを起点にして、
士の行動起点にすると、言い出したのだ。
 士は最初反対した。フリーの人斬りである自分が、14歳の少女から、ビルを貰
う謂れが無いからだ。だが、センリンは両親が殺されて、行く当ても無い事を知る
と、センリンを守らなくては・・・と思ったのだろう。2回目の申し出を、快く受
け取ったのだった。
 そこからは、ノウハウなどを教え込んで、センリンも、ある程度、闘えるように
なった。その成長途中で料理なども覚えたので、覚えた切り盛りを、活かせないか
と考えて、働ける歳になった時に、バー『聖』を、開店させたのだった。
「付いて行くと決めタ。だから、結婚できなくても良イ!」
 センリンは、士に一生付いて行く事を決めている。例え、結婚出来なくても、そ
れ以上の絆を、築き上げるのは不可能じゃないと思っていたからだ。実際、センリ
ンの情報を集める能力は、凄い物があり、大いに士の役に立っていた。
「苦労を掛けてるな・・・。待ってろ。いつか、幸せにしてやる。」
 士は、センリンの言葉を、無駄にするつもりは無い。結婚なんかしなくても、最
高に幸せにしてやる。それが、今までのセンリンに対する、礼だと思っていた。
 だから、センリンに対する愛を隠したりは、しない。士にとっても、センリンは、
欠かせない存在なのだ。
「士と一緒にいるだけでも幸せ・・・。それは、変わらないヨ。」
 センリンは、極力笑顔を向ける。この笑顔こそ、士の生きる糧だ。
「俺もだ。・・・じゃ、生活を安定させるためにも、今日の確認をしようか。」
 士は、灰色の投函の内容が、気になっているようだった。
「はーい。・・・どれどれ・・・。ンー・・・。」
 センリンは、内容を確かめていた。
「これと・・・これは・・・パスだネ。」
 センリンは、吟味していた。碌な内容じゃなかったら、受ける必要など無い。
「・・・全く、上流階層が多い事だな。」
 士は、センリンがパスした投函の内容をみる。一つは、派閥争いだった。キャピ
タルの名家が、ライバルを蹴落とすための陰謀の暗殺だった。もう一つは、政治家
が、票集めのために、地域のヤクザを、一掃してくれとの依頼だった。
 どちらも利権が絡んていて、碌な内容では無い。
 別に正義のためにやってると言う訳では無い。単に、自分がやる仕事なので、納
得の出来る仕事にしたいだけだった。
「3つ目は・・・どうかナ?」
 センリンは、士に投函を見せる。
「変わった依頼だな。興味は、ある。」
 士は、依頼内容に興味を引く。内容は、潜入の手助けだった。偽名でキャピタル
に潜入したいので、検問所手前で、騒ぎを起こしてもらい、その後の匿いを、お願
いしたいとの事だ。検問さえ抜ければ、後は、騒ぎさえ起こさなければ、そうそう
捕まる物でも無かった。
「でも、ここまでして潜入したいって、どういう事かナ?」
 センリンは、疑問に思う。士も、そこが気になっていた。
「功名心に囚われた奴かも知れんな。ま、会って判断した方が良いな。」
 セントの中でも、キャピタルは最高の機密が詰め込まれている。違法な手段で、
キャピタルに入りたいと言う事は、キャピタルで、一山当てたいと思う奴か、抜き
差しならない事情を持っているか、どっちかの筈だ。
「事情を、聞きに行ク?」
 センリンは、依頼人を値踏みする時は、直接、交渉しに行く事にしている。
「そうだな。場所は、タウンの喫茶『希望』が良いだろうな。」
 士が提案する。喫茶『希望』は、士達の事情を知ってる男が、オーナーをしてい
る。なので、予約すれば、手早く席を取ってくれる。その上、個室を何個か設けて
いるので、商談や密談をする事が出来る。打ち合わせなども、度々使われる店でも
あった。壁には防音素材を使用しているため、隣に誰か居ても、聞こえる事が無い。
「了解。士は、例の場所で待機ヨ?」
 センリンは、例の場所で待機と言う。例の場所とは、出入り口付近の席であった。
その場所に陣取る限り、ドア越しに聞こえる事を防げるし、いざと言う時に呼ぶ事
が出来るからだ。センリンは、用がある時に、非常用のスイッチを用意している。
士を呼ぶための物だ。危険な時や、士に用がある時に押す。
「じゃ、明日は休業だネ。」
 センリンは、詳しく事情を聞きに行く事を決めた。
 この時が、一番緊張する。どんな依頼人が現れるか、分からないからだ。


 この仕事を選んだ事の後悔なんて無い。
 ただ、ひたすら、駆け抜けてやる。
 そして、士の役に立つ。
 それが、私の願い・・・私の目標。
 士は本当に強いから、泣き言なんて、漏らさない。
 でも、私は知ってる・・・夜になると、今まで斬った人達の怨嗟を受ける士が。
 私は知らない振りをしているが、寝苦しくしているのを、私は知ってる。
 士は、こんな商売をしているのに、優しい。
 だけど、敵と認識したものには、容赦が無い。
 暴走しないように、見張るのも私の役。
 それは、士の敵になる事じゃない。
 士のためになると信じて、やっている事だ。
 私は、14の時に死ぬ予定だった。
 両親が死んで、遺産を渡された時は、ショックだった。
 遺産の話なんてしたくないのに、会う人が、その話ばかりする。
 アレ程、醜い人々を、私は見た事が無い。
 両親は、人斬りに殺され、私の前にも人斬りが現れた。
 私は、諦めの笑いを零した・・・ここで死ぬんだなーと思った。
 その顔を見せた時に、士は、とても哀しい目をしていた。
 その目は、今でも覚えてる。
 そして、その目が今度は、憤怒の目に変わった。
 すると、士は突然、部屋の外に出て、誰かを斬った。
 そして、瞬く間に屋敷を取り囲んでいる、全ての者達を切り伏せた。
 その後、気が付くと、私は助かっていた。
 後で知った事だが、一瞬で、支部を壊滅に追い込んだ士を、組織は恐れたのだ。
 そして、『司馬』と呼んで恐れた後、手を出すのを、止めたのだった。
 だが、たまに、『ダークネス』からの刺客が、来る時がある。
 その全てを士は、切り伏せている。
 私が、こうして生きていられるのは、士のおかげなのだ。
 だから、士には、全てを捧げたい。
 私は、自分の存在を完全に消すために、財産を全て売り払った。
 そして、ビルを買い取り、そこを、士と私の住処にした。
 士は最初こそ断ったが、私の想いを知ると、承諾してくれた。
 そこからは、楽しい日々だった。
 時に厳しく、でも詳しく、そして優しく、私に指導してくれた。
 士が、とても優しいって事を、そこで初めて知った。
 士は、私の全てだ。
 仲間であり、相棒であり・・・恋人でもある。
 士は、私の想いを知って、それを受け入れてくれた。
 だから、今度は、私が役に立つ番だ。
 情報収集能力などは、私の方が、優れている。
 なら、それを活かして、サポートするのが、私の仕事だ。
 だから、今回の仕事だって、上手くやってみせる。
 ・・・こうして、私は喫茶店の個室で待っている。投函した相手には、今日会う
ように約束させた。向こうも、急いでいるようで、二つ返事で承諾してくれた。
 ドア側の向かい席には、士が待機してくれる。だから、少しも怖くは無い。だけ
ど、緊張するのは、確かだ。でも、そんなのいつもの事だ。すると、ドアがノック
された。少し遠慮がちのノック。士じゃない。依頼人かしら?
「空いてますヨ?」
 私は、ドアの向こうの相手に対して、答える。
「失礼する。」
 随分と渋い声の人だ。壮年の方かしら?・・・なる程。渋い人だ。
「ええと、初めまして。待ち合わせの方で、間違いありませんネ?」
 私は、メガネを掛けている。交渉の時は、良く掛ける。
「『返信』の事を、言っておられるのかな?」
 その人は落ち着いていた。・・・驚いた。全く怯もうともしない。こっちが、伝
説なんて言われている人斬りだって、分かっているのかしら?それくらい、自信に
満ち溢れている。
「どうやら、依頼人の方で、間違いありませんネ。」
 私は、間違いないと確信する。『返信』とは、『投函』で依頼された客に対して、
こちらから送り返す手紙の事だ。
「そう認識してくれると有難い。貴女の佇まいも、伝説に近い物だが、本人は、そ
この青年で、あるのかな?」
 私は、ビックリした。この人は、士の事を指差していた。一目で、見抜いたのだ。
士は、極自然にコーヒーを飲んでいた筈だ。なのに、士の正体に、気付いていた。
「貴方、何者なノ?」
 私は、警戒する。ここまでの実力者は、そうは居ない。
「今は、貴女達の依頼人に、間違いない。」
 この人は、全く動じようともしない。こんな依頼人は、初めてだ。
 私は、スイッチを押した。お手上げだ。すると、ドアを開けて、士が入ってきた。
 そして、すぐに周りを確認すると、黙って私の隣に座る。
「・・・何があった?」
 士は、私に聞いてくる。私が無事で、且つスイッチを押す。これは、士に用があ
る時だ。つまり、余り良い事態では無い。
「この人、只者じゃ無いネ。貴方の事、一発で、見抜いてきたヨ。」
 私は知らせる。士は、驚いていたようだ。
「参ったな。気配は、紛れ込ませていたつもりだが・・・。」
 士は、変に気配を消したりは、してなかった。
「警戒させてしまったか。申し訳ない。そのようなつもりは無かった。ただ、直接
話を、したかっただけだったのだが・・・。」
 確かに、攻撃的な言葉を、発している訳じゃない。
「・・・天武砕剣術・・・か?」
 今度は士が、依頼人を驚かせた。
「やはり、貴方が伝説の・・・。一目で見抜くとは、さすがですな。」
 依頼人は、驚きつつも感心していた。どう言う事なのだろう?
「貴方の、その手首の回し方と、手に付いた拳ダコは、不動真剣術か、天武砕剣術
の特徴的な使い手だ。不動真剣術は、一子相伝だからな。消去法さ。」
 士は、依頼人の佇まいだけで、その人の剣術スタイルを見抜いたのだ。
「どう言う観察眼なのヨ。二人とも・・・。」
 私としては、呆れる他無い。
「察しの通り、俺が、実際の実行役だ。だが、俺と彼女の二人で『司馬』なのは、
間違いない。そこは、履き違えないでくれるか?」
 士は、私の事をひっくるめて『司馬』として、見てくれと言ってくれた。
「了解した。確かに貴女からも、只者では無い気配を感じますからな。」
 依頼人は、こんなやり取りが有ったにも関わらず、冷静にしていた。
「まず、アンタの名前を教えてくれ。」
 士が切り出す。名前を聞かない事には、始まらない。
「非礼で済まないが、偽名でも宜しいか?」
 依頼人は、妙な事を言い出す。偽名?
「キャピタルに潜入しようってんだもんな。確かに言い辛いな。それで良い。」
 士は、偽名でも良いので、教えるように促す。
「国民章の名で、ハイム=ゼハーンド=カイザードと申す。」
 随分、長い名前ねぇ。貴族さんかしら?・・・ハイム?
「貴族さんだったり、しまス?」
 私は聞いてみた。長いし、やたら高貴な名前だ。
「シティで、屋敷を持っていた。今は、手入れだけ、させている。」
 ゼハーンドさんは、掃除をさせているような、ジェスチャーを見せる。
「ゼハーンドさんか。セントでは、珍しくない名だな。」
 士は、偽名なのを承知で言う。確かにシティでは、結構多い名前だった筈だ。
「しかし、ハイムとカイザードとなると違ってくる。アンタ、本当に天武砕剣術の
使い手とアピールしたいようだな。その名前を、使ってくるとはな。」
 士は、妙な事を言う。ハイムとカイザード・・・。って、そう言えば、その名前
は、伝記の天武砕剣術で、英雄ライルと闘った人の苗字だ。
「シティに居た頃の、本名だ。丸っきり嘘って訳でも無い。」
 なる程。嘘と本当を、使い分けてるって事か。
「ま、本当に天武砕剣術を使えるようだし、下手に隠さないのは、良い事だ。」
 セントの人口は、今や2000万人に上ると言われている。国民章を発行した人口を
合わせると、その倍とも言われている。そんな人口の全ての国民章が、偽物かどう
か、調べるのは至難の業だ。
「んー・・・。そろそろ依頼内容を、聞いても良イ?」
 私は、話を切り出す。変に探り合いをしても、話は進まない。
「これは失礼致した。歳を取ると、つい話し込んで、しまいますな。」
 ゼハーンドさんは謝る。礼儀正しい人のようだ。
「私の依頼は2つ。・・・キャピタルの検問の厳しさは、貴方達もご存知の筈。そ
こを突破したい。そして、その騒ぎが収まるまでの、逗留所を確保したい。」
 ゼハーンドさんは、依頼を言ってくれた。『投函』の内容と同じだ。間違いない
ようだ。検問が厳しいキャピタルに、来たいのだろう。
「キャピタルに侵入したいようだが、何故だろうか?」
 士は聞いてみる。そう。キャピタルに侵入するのが目的だってのは分かる。だが、
何故なのだろうか?危険を冒してまで侵入しなくても、ゼハーンドさんが、シティ
の人間なら、真面目に働けば、キャピタルへの移住権など、与えられる筈だ。
「内の客も、タウンやスラムで、真面目に働いて、キャピタルへの移住を認められ
た人が中心ヨ?その分、お金持ちじゃない人が多いから、お安くしてるんだけどネ。」
 『聖』の客は、タウンやスラムからの出稼ぎで、来ている人が多い。場所も近い
からだ。その出稼ぎのための権利を、真面目に働く事で、3年程すれば、その成果
が認められて、許可を得られる。移住の際に移住料が取られるので、一から出直し
になるが・・・。それでも、キャピタルで働くと言うのは、タウンやスラムからは、
比べ物にならない程、儲かるらしい。
 その苦しい稼ぎ時を、助けたいと言う想いを、うちは、値段で設定している。
「シティ出身者なら、2年で行ける筈だ。」
 士が付け加える。タウンやスラムに比べると、ビレッジやシティの出身者は、階
層が上の人が多いので、1年短縮されるのだ。
「・・・2年では・・・遅過ぎるのですよ。」
 ゼハーンドさんは、苦しげな声を出す。
「待ち切れない事情が、あるみたいネ。」
 ゼハーンドさんの表情は、苦々しい想いが、込められていた。
「それを・・・お話した方が宜しいか?」
 ゼハーンドさんは、落ち着いたのか、こっちを真っ直ぐ見てくる。
「言いたくないのなら、良いですヨ?」
 私達は、依頼をこなすだけだ。余り事情に、突っ込むつもりは無い。
「私は構わない。だが、言ったら、貴方達を、巻き込むかも知れない。」
 ゼハーンドさんは、私達の事を、気遣ってるようだ。妙な依頼人だ。
「・・・危険な事情が、あるみたいネ。」
 私は、ゼハーンドさんの苦しげな表情から読み取る。士に合図する。士の判断に
任せたと言う意味であった。私は、別に聞いて良いと言う合図をする。
「困った事を言う依頼人だ。だが俺達は、仕事に納得出来る理由がなければ、やら
ない。だから、聞かせて貰わないと、先に進まないな。」
 士は、聞いてあげる事にした。ゼハーンドさんの眼を見続けていた事から、どん
な人物か図って、信頼出来ると、判断したのだろう。
「・・・分かり申した。・・・信じてもらえるか、分かりませぬがね。」
 ゼハーンドさんは、重い口を開く。
 壮大な話だった。まず、ゼハーンドさんは、本名を教えてくれた。それに、まず
驚いた。ゼハーン=ユード=ルクトリア。私達ですら、聞いた事がある。15年程
前に起こった『英雄の反乱』の首謀者、リーク=ユード=ルクトリアの息子だった
筈だ。当時は、指名手配書が配られていたが、まさか、今まで捕まって無かったと
は、思わなかった。
 一人だけ生き延びたゼハーンさんを襲ったのは、刺客を返り討ちにする日々。そ
して、悔しさを糧に強くなる。そう。ひたすら強くなる事を、願った日々だった。
15年間、その屈辱に耐えながら生きてきた。反乱の際に、捕まった息子は、殺さ
れている物だと思っていたらしい。まぁ普通は、そう思うかな。
 しかし、徹底的に調べた所、『絶望の島』送りになっただけで、息子が生きてい
る事を知ったと言う。凄い執念よね。・・・そこで、『絶望の島』に行く方法を探
ったが、完全防備の流刑島なので、侵入する手段が、全く無かったみたい。キャピ
タルの警備以上だと言う。思えば、セントは、ソーラードームのシステムが完璧に
近いので、セントの中の警備は、結構手薄になってる場合が多い。
 失意の内にあったが、奇跡は起きた。その息子が、『絶望の島』からの脱出に成
功したらしい。その事を、ジュダと名乗る男から聞きつけ、救出しようと思ったが、
どうやら、息子が行き着いた先が、地図に載っていない島、『魔炎島』と呼ばれる
島だったらしく、その島に、追い掛けに行ったらしい。
 そこで、15年ぶりに再会を果たす。向こうは、全く気が付いていなかったが、
ゼハーンさんは、一目見て、分かったらしい。想像以上に立派に成長していたらし
く、涙を堪えるのが、精一杯だったみたい。何しろ、仲間と一緒にいて、その中心
となる人物へと、成長していたからだ。だけど、その息子も、『絶望の島』を抜け
た者として、いつ追っ手が来るか分からない。そこで、ゼハーンさんは、その島で、
息子さんと、その仲間達を、鍛える事にした。
 ゼハーンさんは、高い壁となって、立ちはだかった。時に非情な言葉を掛けたら
しい。しかし、それは、息子の成長のためだった。そして、気が付いたのだ。息子
の弱点を・・・。息子さんは、目の前で大量虐殺を目撃した。『英雄の反乱』では、
大量の死者が出た事でも有名だ。それが元で息子さんは、知らぬ間にトラウマにな
っていたのだ。毎晩のように、魘されている事を知った。『怨嗟の声』だと言って
いたみたい。無理もないな。
 その怨嗟を断ち切らない限り、成長が無いと感じたのだろう。真剣での斬り合い
での決闘を、息子さんとしたのだと言う。そして、剣と言葉で、辛辣な攻めを行っ
て、息子さんが気遣いをする以上に、闘う事に集中させて、見事に克服させた。だ
が、その代償に、ゼハーンさんは、しばらく寝たきりになったのだと言う。
 だが、ゼハーンさんは満足だった。息子さんが生きる目的を見つけたからだ。仲
間と共に、人生を謳歌する覚悟だったのだと言う。それを聞いて、ゼハーンさんは
満足したのだった。
 だが・・・話は、これで終わりと言う訳には、行かなかった。15年前の反乱以
降、伝記の中心人物の末裔が、次々と狙われて、『絶望の島』送りにされている事
を知った。その原因を探るために、傷を癒した後に、このセントへと、戻ってきた
らしい。そして、情報集めをしていたが・・・キャピタルに行かない事には、情報
が集まらなくなってきたのだと言う。
「・・・そこで、キャピタルへ侵入し、原因を究明したい。・・・『鳳凰教』を使
ってまで、私達の反乱を誘発させ、狙いに行った訳を・・・。」
 ゼハーンさんは、話し終えた。・・・なる程・・・。
「悪いが、2年も待てぬ。息子も私も、追われる身なのでな。まぁそれだけでは無
い。どうせ私が奉仕した所で、セントは認めぬよ。」
 ゼハーンさんは、手配書にも載るような人物だ。偽名で、侵入までは出来ても、
キャピタルの移住権を手に入れようとする段階で、正体がバレてしまう可能性が高
い。そうなっては、元も子も無いのだ。
「ふむ・・・。なる程な。」
 士が、考えているようだ。確かに俄かには、信じ難い話だが、信じるに値する話
だと思う。それにしても・・・スケールが大きいわね。
「士は、どう思うネ?」
 私は尋ねてみた。
「依頼自体は、受けても構わん。逗留所も、良い所があるしな。」
 ・・・まぁ、私達が住んでるビルよね。あそこ以上に安全な場所なんて、正直無
いよね。部屋も、まだいっぱい空いてるしね。
「決まりだネ。引き受けるヨ!」
 私は、快諾を伝える。
「じゃ、ゼハーンには、運試しを受けてもらう。」
 士が、トランプを取り出した。そして、器用に混ぜていく。カード捌きは、一流
の動きである。士は、バーの店員と言う仕事をしているので、良くトランプを使っ
た賭け事の仕切りを、任されたりするのだ。
「運試しとは?」
 ゼハーンさんは、怪訝な顔をする。まぁビックリするわよね。
「取り決めは単純だ。2が一番下でキングが二番目に上、最高がエースと言う並び
で、提示したカードより、上か下かで、賭けて貰う。」
 士が説明する。所謂ビッグ&スモールと言うゲームだ。
「なる程。分かり易い。で、何を賭ける?」
 ゼハーンさんは、乗ってきたようだ。
「依頼金だ。受けないなら、10万ゴードが相場だが、当てたら半額、外した場合
は、1.5倍でどうだ?5万ゴードか、15万ゴードの勝負だ。」
 士は、無意味に賭けをしているのでは無い。これで依頼人の性質を探っているの
だ。受けない場合は、堅実に仕事をこなすが、受けた場合は、全力を持って仕事を
こなす。賭けをした依頼人には、礼節を尽くすのだ。
「面白い。受けましょう。」
 ゼハーンさんは乗ってきた。それを見て、士は、ニッコリ笑う。
 そして、凄まじい勢いで混ぜていく。しかし、士は、上か下かと言っただけあっ
て、同じ数になるように混ぜはしない。その辺は、器用である。
「では、これだ。」
 士がカードを提示する。上手いわね。スペードの8とは、微妙な数字だ。
「下ですな。」
 ・・・へ?ゼハーンさんは、一瞬で答えた。どう言う事だ。
「迷わない・・・ってより・・・アンタ、見えてたな?」
 士は、苦笑する。見えてた?・・・って、あのカードの速さを見切った!?
「ズルかったでしたかな?」
 ゼハーンさんは、事も無げに言う。そして士が次のカードを捲ると、ハートの6
だった。当たってる・・・。
「参ったな。賭けなんて、言うんじゃなかったな。」
 士は、口ではそう言うが、嬉しそうだった。
「自分の能力で見抜いちまったんじゃ、何とも言えん。しゃあねぇ。5万で受ける。
それが、約束だ。」
 士は、私に済まないと言う意思表示をする。私は、呆れ顔で、応えた。だってね
ぇ・・・。あの速さのカードを、見切られちゃ何とも言えないわ。
「士のカードを見切られたの、初めて見たヨ・・・。」
 私は思わず唸る。凄い反応だ。
「では、お言葉に甘えて、5万ゴードで、お願いする。」
 ゼハーンさんは、頭を下げる。まぁ、出費は大きいけど、仕方ないわね。
「まぁ良いさ。引き受けたからには、必ず成功させる。」
 士は、腕を鳴らした。この仕草は本気を出す時にやる仕草だ。
「じゃ、打ち合わせネ。」
 私は、話を切り出す。連携を確かめなければならない。今回は、騒ぎを起こすと
言う大役もある。ゼハーンさんに目を向けさせないためだ。
「見張りの交代の時間は、調べてある。決行は、明日の午後8時だ。」
 士は、情報屋から、見張りの交代時間を入手していた。
「承知。・・・私は、どこに待機すれば、宜しいか?」
 ゼハーンさんは、尋ねてくる。私は、見取り図を取り出した。
「見取り図的に、ここネ。正面の柱の影が良いネ。左と右には、取り出しましたる
爆弾を用意するから、爆破のタイミングで、検問所に駆け抜けるのヨ。」
 私は説明する。手っ取り早く、爆弾を爆破させる事にした。
「警備が、恐らく、15人程出てくる。俺が10人を受け持つ。センリンは、5人
だ。出来るな?」
 士が、私に確認を求めてくる。
「私の実力、見くびってもらっては、困るヨ?」
 士程では無いが、私だって、修練を積んでいる。そう簡単には負けはしない。士
から、殺しの仕事は控えるように言われているが、気絶させる事に関しては、私の
方が上だ。武器の特性もあるかな。
「そこで、応援を呼ぶだろうネ。だが、残念。それは、実らないネ。」
 爆弾の位置に関係している。単に爆破させるだけでは無い。連絡するための電話
の線を、爆破で破壊する事も、含まれている。
「検問所の見張りは、恐らく3人。・・・普通の依頼人なら、俺が素早く仕留める。
だが、アンタなら、実力で行けるだろう?」
 士は、ゼハーンさんに、見張りを倒すように言う。
「5万ですからな。それくらいは、引き受けよう。」
 ゼハーンさんは、承知したようだ。話が早くて、助かる。
「オーケーヨ。そしたら、当日、ここの路地裏の、下水道の蓋を開けておくネ。」
 私は、検問所から最初の曲がり角の、下水道を指差す。
「下水道に入れたら、北に300メートル程、行った所の下水道の蓋も、開けてお
くから、そこから出て、蓋を閉めてくれ。」
 士は、地図を指差す。この辺の見取り図は、把握している。
「そこから、少し壁伝いに左に行った所の扉を開けておくので、入れば終わりヨ。」
 私は、説明し終わる。そのビルこそ、バー『聖』のあるビル。
「私達は、騒ぎを起こした後、20分程したら、西の検問から、出入りするヨ。」
 恐らく、騒ぎを起こした検問は、1週間程は、閉鎖になるだろう。
「てーことは、しばらくは、西の検問暮らしと言う訳だな。」
 士は、溜め息を吐く。騒ぎを起こす南の検問は、近くて便利だが、しょうがない。
「キャピタルに入りさえすれば、2週間程で、偽の身分証明が作れる。安心すると
良い。俺達の行きつけだ。」
 士が根回しをしている店だ。おっちゃんとも、仲が良い。
「このビルは・・・。貴方達の住まいか?」
 ゼハーンさんは潜伏先を指差す。
「正直、そこ以外に安全な場所なんて、知らんからな。」
 士は正直に言う。他にも有るは有るが、最も安心出来る所だ。
「心得た。しかし・・・私が住んでも、構わぬのか?」
 ゼハーンさんは、気にしているようだ。
「ビルにはまだ、何部屋か余ってるから大丈夫ヨ。それに、家賃代わりに、働いて
もらうネ。それなら、大歓迎ヨ?」
 元より、そのつもりだった。ゼハーンさんには、一部屋借りてもらって、働いて
もらう。大体、部屋が余ってる状態では、勿体無いと言う事だ。賭けに勝ったから
住む為のお金は、あるだろうが、手伝ってもらおうと思っていた。
「お金の問題では無いと言う事ですな。了解した。」
 ゼハーンさんも、納得したようだ。
「表だって顔を出せねぇだろうから、やってもらうのは搬入と、配送だ。最初にや
り方を教えるから、きっちり覚えるんだ。」
 士は、ビシバシ扱く気で、いるようだ。
「私は、15年程、剣を磨きつつも、バイトを続けている。慣れてはいますぞ。」
 ゼハーンさんは、生きてくために、バイトを続けていたようだ。
「なら決まりだ。あとは、順調に進むように祈ってくれ。全ては終わってからだ。」
 士は、納得したようだ。ゼハーンさんも。これで、契約成立と言った所だ。さー
て、後は、任務を成功させなきゃね。


 『ダークネス』の理念とは!
 1つ!仕事に、心情を挟むべからず!
 2つ!依頼に対して、忠実であるべし!
 3つ!死を覚悟しても、やり遂げるべし!
 4つ!仲間への協力を、惜しむべからず!
 5つ!『闇』に生きる覚悟を、尊べ!!
 人斬り集団最大とも言える『ダークネス』の教えは以上である。
 暗殺と言う仕事を生業としている以上、当たり前の教えでもあった。
 だが、『オプティカル』と『スピリット』は別だ。
 『オプティカル』。奴らは、人斬り集団でありながら、街の秩序を求めている。
 軽い自治体のつもりなのかも知れない。
 そんな甘ったれ共は、人斬りと呼ぶのに相応しくない。
 『スピリット』。奴らは、個を高める修行の一環として、人斬りをしている。
 確かに手強い組織だが、強さに固執している集団に、人斬りは、こなせまい。
 軽い鍛錬のつもりなのかも知れない。
 そんな場違いな者共が、人斬りを名乗るなど、おこがましい事だ。
 『ダークネス』こそが、本当の意味での、人斬りなのだ。
 私情を持ち込まず、与えられた任務をこなす。
 そうする事で、仕事としての信頼を得ていく。
 本当の意味でのプロフェッショナルが、ここにある。
 だが、成功率は、100%では無い。
 残念ながら、失敗する事もある。
 成功率は、他の集団よりは、圧倒的に多い75%をキープしている。
 それは、プロとしての仕事を、こなしているからだ。
 だが、忌々しい者達がいる。
 それが、『伝説の人斬り』などと呼ばれている『司馬』だ。
 コードネーム『司馬』・・・元我らが仲間。
 奴の初仕事は、資産家の娘の暗殺。
 資産家であるファン家は、幹部であるアリアス=ミラーが片付けた。
 これで、依頼主に資産が回る筈だったのだが、遺書を遺していた。
 そのせいで、娘に資産が、行ってしまったのだ。
 依頼主は再び、暗殺を依頼してきたのだ。
 それを受けたのが、『司馬』だ。
 初仕事に、ぴったりの内容だった。
 だが、『司馬』は、あろう事とか、上司と、その周辺の仲間・・・。
 そして、依頼主まで、全て斬り伏せてしまったのだ。
 その上、その娘と、姿を眩ませた。
 許されない事だ!
 だが、残念ながら『ダークネス』では、コードネームのみしか登録されていない。
 そして、資産家の娘の名は、調べる前に、依頼主を斬られた為、分からずじまい。
 簡単な依頼だと思ったため、名前を聞く必要無しと判断したのが、間違いだった。
 戸籍を調べたが、いつの間にか、改変されていたらしい。
 『司馬』が、先手を打っていたのだ。
 忌々しい奴だ!!
 何度か、『司馬』に依頼を誘って、正体を突き止めようともした。
 しかし、全て『司馬』に見破られて、帰ってきた者は、居なかった。
 よって、今は、放置という形を取っている。
 しかし、奴は、最初の娘の暗殺以外、仕事は、全て成功させている。
 脅威の達成率らしく、業界では、有名になっていた。
 耐え難い屈辱である・・・。
 いつか・・・いつか晴らしてやる!!



ソクトア黒の章4巻の1後半へ

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