NOVEL Darkness 4-3(Second)

ソクトア黒の章4巻の3(後半)


 これが・・・『ルール』って奴か。
 確かに、これからの為にも『ルール』は、把握した方が良い。
 だから、どんな能力か、探ってみたんだが・・・。
 これは、恐ろしいな。
 しかも、とことん俺向きの能力だ。
 これからの生活にも、役立ちそうな『ルール』だな。
 確かに乱用は危険かも知れないが、使うに越した事は無い。
 俺の『ルール』・・・それは『索敵』のルールだ。
 500メートル範囲内なら、どこに隠れようと、気配を探知出来るルール。
 探すのでは無く、どこに誰が居るか、完全に把握出来るルールだ。
 しかも、範囲内なら、一瞬で移動する事が出来る。
 こんな便利な物は無い。
 敵や味方と言う区別も、完全に出来るため、間違う事も無い。
 この能力を駆使すれば、俺達を付け狙う敵を見逃す事も無い。
 俺が、正に欲しかった能力だ。
 だが・・・これで、また死人が増える事だろうな。
 出来る事なら、必要以上に殺したくは無い。
 だが、追っ手は見つけ次第、殺さねばならない。
 ジレンマだな。これは・・・。
 最近は、信じられる仲間も増えた。
 危険な賭けだと思ったが、奴らは、俺を受け入れてくれた。
 俺は、それに応えなきゃならない。
 最初は、センリンのレベルアップのための材料だとしか、思ってなかった。
 それが、どうして、気の良い奴らでな・・・。
 ・・・俺も、甘くなった物だ・・・。
 まさか、グロバスを表に出して、信じてもらえるとはな・・・。
 この生活を守るためなら、俺は、地獄に落ちても良い。
 俺と、センリンを信じてくれる奴等を、死なせはしない!
 それが、俺が、この『ルール』に託す願いだ!
 心から、信じられる仲間を守る。
 俺の存在意義を、この手で守ってやる・・・。


 『ルール』って名前だけは聞いてたけど・・・。
 これが・・・その力か・・・。
 凄いと思うし、怖いと思う。
 片っ端から、何の能力か試してみたが、すぐに見つかった。
 神の力を行使するって言う意識を、忘れちゃいけないな。
 士からも、乱用は禁物だって言われている。
 私のルール・・・それは『念力』のルールだ。
 範囲内の中なら、私は、手などを使わなくても、物を動かす事が出来る。
 範囲内なら、無限に手が伸びると言っても、過言では無い。
 凄い能力だ・・・。
 だが、強力なので、効果範囲は、10メートル程だ。
 軽々しく、使って良い能力じゃない事は、確かだ。
 多分、汎用性は凄く高いと思う。
 私には、出来すぎた『ルール』なのかも知れない。
 でも、士も言っていた。
 宿ったなら、乱用は、しちゃいけないが、使いこなすべきだと。
 無意味に宿った訳じゃあない。
 じゃぁ、使いこなさなければ、失礼なのかもね。
 試しに少し使ってみて、傾向は分かった。
 便利な能力だが、私の力以上の事は、出来ない。
 つまりは、もっと力を鍛えれば、掛け合わせて、強力になれると言う事だ。
 力の入れ具合は、調整出来るみたいなので、丁度良い。
 いざ戦闘になった時など、色々使い勝手が、良い筈だ。
 本当に、手があるような感覚なので、色々出来る。
 今のところ、叩く、掴む、回す、押す、引く、結ぶ、解くなどは確定だ。
 私は、この能力で、士を助けられると思う。
 士は、今の生活を壊さないために命を懸ける。
 でも、私にとって、士は全てだ。
 だから、士が居なくなるなんて、考えられない。
 士を助け、士に助けられる。
 そんな関係に、私はなりたい。


 皆が、『ルール』を宿した。
 私にも、中に感じる物がある。
 だが、私の『ルール』は、何なのだ・・・。
 効果範囲は0メートルだろう。
 私の内でしか、感じる事が出来ない。
 得体が知れない物が、入ってると言う感じがする。
 これが、神の能力なのだろうが、私には、何が宿ったかも分からない。
 皆は、ハッキリこれだと、分かったみたいなので、正直もどかしい。
 グロバスが、言っていた。
 それぞれに相応しい能力が、宿る筈だと。
 ならば、私に、相応しい能力とは何だ?
 私が、どうしても身に着けなければ、ならない能力とは何だ?
 私は、レイクの役に立ちたい。
 私は、これまでの罪を清算出来る能力が欲しい!
 無理な能力だと分かっていても、神の能力ならば、あるいは・・・。
 こんな事で清算しようとする事自体が、あざといのかも知れぬ。
 しかし、芽生えたからには、使いこなしたい物だ。
 『ルール』を発動すると、変わった光景になるのは、間違いない。
 だから、自分の中で、何かが弾けているのが分かる。
 それが何なのか知りたいが、全く分からないのだ。
 『ルール』発動中に眼を凝らすと、薄っすらと、何かが見えるのは間違いない。
 士などに話したら、士には無い能力だと言っていた。
 つまり、何かの切っ掛けで、何かが見えるように、なったのだろう。
 その切っ掛けが何なのか、そして、何が見えるようになったのか・・・。
 私の『ルール』は、何かだらけだ。
 一つ言えるのは、生物の中に、何かが見えるようになった事だ。
 血液とでも、言うのだろうか?
 血液とは、また違う何かの流れを感じる。
 そして、『ルール』を発動すると、私の手が青く光る。
 これも、何なのか分からない・・・。
 その内、判明するのだろうか?


 神の力が、バラ撒かれたと言う話は、かなり恐ろしい話ではある。
 その力が、自分に宿ると言うのも恐ろしい話である。
 だが、宿ってしまった物は、仕方が無い。
 私の力として、生きていく事が肝要である。
 皆それぞれ、どんな能力か試してみたらしい。
 ゼハーン殿だけは、試しても分からない『ルール』だったのだとか。
 かの御仁は、英雄の末裔だからな。
 きっと凄い『ルール』が宿ったに違いない。
 ゼハーン殿は否定するが、彼は、類を見ない程、出来る人間だ。
 私は、あのような人間を、見た事が無い。
 しかし、自分を下に見過ぎる癖がある。
 それだけは、直した方が良いと思う。
 私の『ルール』だが、私は『追跡』のルールらしい。
 さすがは神の力だ・・・恐ろしい力である。
 目標を、いつまでも追尾する能力だ。
 効果範囲は500メートル程ある。
 この能力なら、敵に一瞬で、目印を付ける事も可能だ。
 また、槍を投げれば、敵を絶命させる事も可能だ。
 どこまでも追尾するので、逃げられない。
 もっとも、効果範囲から外れれば、逃げられてしまう。
 そこは、上手く使いこなさないと、いけないだろう。
 この『ルール』の恐ろしさは、障害物を避ける事だろう。
 例え、屋内から屋外に物を投げたとしても、すり抜けて追尾する。
 自分で言ってても何だが、恐ろしい能力だ。
 グロバス殿が、言っていた。
 『ルール』は、それぞれの性格にあった物が宿ると。
 私の課題は、攻撃だった・・・雑過ぎると。
 しかし、これならば外れる事は無い。
 正に、望んだ能力だった。
 しかし、これに頼り切るのは、駄目だろう。
 更なる修練を、積まねばならない。


 士さんと居ると、本当に飽きねぇ。
 まさか、オレに神の力が宿るなんてなー。
 最初は、何の冗談かと思った。
 でも、これ、マジみたいだ。
 まるで、自分じゃねーみたいな感覚。
 それでいて、すっげー澄み渡る頭の中・・・こんな体験、初めてだぜ。
 オレの『ルール』は、『爆破』のルールだ。
 どんな物でも、爆弾として利用する事が出来る『ルール』だ。
 物騒だが、爆発の規模は、自分で決められる。
 オレは、短剣を使うので、投げて使う場合も多い。
 それに『爆破』を込められるって寸法だ。
 便利だし、オレの性に合ってる。
 だけど、とんでもなく危険な能力だ。
 だから、慎重に使う必要がある。
 オレにも、守るべき人が出来たからな。
 姐さん・・・彼女は、オレの特別な存在になっている。
 『軟派師』と呼ばれた、このオレが、台無しだ。
 だけど、最近は、それでも良いと思っている。
 考えても見た・・・『軟派師』が、あんな良い女を逃しちゃならねぇと。
 センリンちゃんも、魅力的だが・・・士さんが怖過ぎるしな。
 姐さんは、オレが唯一、本気で惚れた女だ。
 こんな事を、前のオレが聞いたら、どう感じるかな?
 かっこ悪いとか、1人の女に縛られてるとか、言うかも知れねぇ。
 前のオレは、スリルを楽しむ癖があった・・・まぁ、今も有る。
 それが、悪乗りする事もあった・・・でも、今は違う。
 姐さんが笑うと、何でか、オレも幸せになった。
 こんな風に感じちまったら・・・守るしかねぇだろ。
 その為に、オレの中に神の力が宿ったとしたら?
 それこそ、オレのための『ルール』なのかも知れねぇ。
 かっこ付けは止めだ・・・正直に、生きてやる!


 ウチは、幸せだから・・・これ以上は、望まないと思っていた。
 なのに、ウチにも、得体の知れない神の力が宿った。
 ウチは、こう見えても、結構、臆病だから、正直に怖いと思った。
 でも・・・ジャンが付いてる。
 ウチが、やっと見つけた、生き甲斐をくれる、ジャンが付いている。
 だから、怖さも、薄らいでいく。
 それに、ここの仲間は、本当のウチを、打ち明けられる仲間だ。
 今度こそ、ウチも、役立って何とかしたい。
 そのための『ルール』なのかも知れない。
 ウチの『ルール』は、『舞踊』のルールだった。
 真っ先に思いついたのは、踊りだった。
 ウチが、誰にも負けないと思ってるのは、両親から受け継いだ踊りだった。
 案の定、踊りながら発動したら、体中が漲ってきた。
 漲り様が、半端ないので最初は戸惑ったが、そのおかげで、分かった。
 『舞踊』のルール・・・つまり、全ての能力が上がるのだ。
 この能力と、普段の力の方を磨き上げれば、十分戦力になる。
 皆は、強いから、不安だったウチには、ぴったりのルールだ。
 踊っている間は、誰にも負けない。
 少しでも自信を付けて、ウチらしさを、磨こう!
 ジャンが、支えてくれるだけじゃ駄目だ。
 ウチも、ジャンを支えるつもりじゃなきゃ、駄目だ。
 ジャンだけじゃない。
 今じゃ、バー『聖』のメンバーは、掛け替えの無い仲間だ。
 皆が、ウチを信頼してくれている。
 なら、今度はウチが、応える番だ。
 『オプティカル』に居た頃とは、別人の自分が居る。
 ウチは、ここで、生まれ変わる!
 そうする事で、両親にも、顔向けが出来る筈だ!


 大体、誰が、どの『ルール』を使えるか分かってきた。
 皆、凄い能力だろうと言うのは、分かる。
 唯一、ゼハーンさんだけが、まだ不明らしいが、士曰く、誰よりも恐ろしい『ル
ール』に違いないとの事だ。士が言うんだから、間違いないだろう。
 士は、『索敵』のルールだと言っていた。500メートル四方の、敵味方の全て
を把握でき、一瞬で移動する事が出来るそうだ。聞いただけで、物凄いんですけど。
 私は、『念力』のルール。色々試してみたが、これは便利な『ルール』だった。
10メートルの範囲内で手を使う事なら、どんな事でも、出来る様になる。
 ショアンさんは、『追跡』のルールか。士と同じ500メートル内なら、投げた
物や、自分を対象に、追尾させる事が可能なのだとか。士と似ているが、士は、移
動後でも『索敵』を、最初に発動した場所から、500メートル四方でしか、認識
出来ないみたい。つまり、対象を追うような場合は、一回『索敵』を解いて、もう
一回発動させなければ、ならないのだとか。しかし、ショアンさんは『追跡』なの
で、対象さえ決めていれば、発動したまま、追尾する事が可能らしい。その代わり、
士みたいに自動で、敵味方を認識するような事は、出来ないらしい。士の場合は、
レーダーのように、感知出来るのが特徴だ。ショアンさんのは、マーキングに近い。
決められた対象物に対して、いつまでも、追い掛けると言った感じだ。
 ジャンさんは、『爆破』のルールだと言っていた。短剣使いのジャンさんが、こ
のルールに選ばれたと言うのは、分かる気がする。物体を爆破出来ると言うのは、
便利だが危険だ。ジャンさんも、分かってるらしく、かなりの注意が必要だと、言
っていた。だけど、局面的には、かなり使えるルールだ。
 驚いたのは、アスカの『舞踊』のルールだ。踊っている間に発動するルールで、
その間は、ビックリする程、全ての能力が上がる。一度見せてもらったのだが、踊
っている間は、士とゼハーンさんの攻撃を、同時に繰り出させていたのに、全て避
けていた。避ける能力が、特に高くなると言っていたな。でも、踊っていなきゃい
けないので、疲れるのだとか。そりゃあ、そうだよね。
 これで大体分かった。神の能力・・・か。凄いけど、使いこなせるのかな?
「・・・フム。大体、把握した。しかし、これは、便利な能力だな。」
 士が感想を漏らす。やはり、この能力が気に入ってるようだ。でも、これは怖い
能力でもある。そこは士も、判ってると思うが、使いようなのかな。
「しかし・・・何のために・・・。」
 ショアンさんは、考え込んでいる。確かに、そこは気になる所だ。
「メトロタワーから・・・だったヨ?」
 私は、メトロタワーを指差す。中に居る誰かが、やったのだろう。しかし、何の
為なのだろうか?確かに便利な能力だし、神の能力と言うだけあって、凄い能力な
のは分かった。これを授ける事で、何かをするつもりなのだろうか?
「ウチも、何か不気味な感じがする。」
 アスカも能力は使うみたいだが、躊躇っているようだ。
「便利っちゃ便利なんだけどな。オレのは、危なっかしくて仕方がねぇ。」
 ジャンさんは、コインを弾く。それを空中で爆破させる。軽い爆発だった。どう
やら、調整出来るようだ。軽いマジックのような物から、本気を出せば、手榴弾ク
ラスの爆発まで、出来るみたいだ。
「分かってるだけマシだ。私のは、全く分からぬ。手が光るようなのだが・・・。」
 ゼハーンさんは、結構不安のようだ。得体が知れないのは、嫌なのかも知れない。
確かに、手が青く光っている。何か不気味な感じはする。
「その手からは、かつて無いパワーを感じる。絶対、凄い『ルール』だろうぜ。」
 士は、保証してやる。それくらい、パワーを感じるのだろう。
「しかし・・・これから、どうするか・・・だな?」
 ゼハーンさんは、指を顎に当てて、考え込む。
「どうもしないだろ?今までと同じに、生活しようぜ。」
 士は、結論を出していた。結局は、同じように生活するしか無いのだ。
「その事なんだが・・・。そろそろメトロタワーを、探っても良いか?」
 ゼハーンさんは、士を見る。士は、ヤレヤレと言った感じで、手を広げる。
「アンタの気持ちも分からんでも無いが・・・自分の『ルール』が、判明してから
のが、良くないか?それに、まだここに来て、1ヶ月ちょいだぞ?」
 士は、やはり反対なようだ。確かにゼハーンさんが、今のまま探るのは、危ない
と思う。純粋な心配から、言ってるのだろう。
「士の言う通りか・・・。私は、焦ってるのかも知れぬな。」
 ゼハーンさんは、溜め息を吐く。
「確かに、気になる所は多いし、いつかは、行かなきゃとは思うがな。今は、まだ
だろ?何も、一生行くなって訳じゃあない。焦らないようにしな。」
 士は、ゼハーンさんの肩を叩いてやる。ゼハーンさんは、息子さんのために行く
つもりなのだろう。しかし、時に、それが暴走し兼ねないのだ。
「レイクは・・・私のせいで、15年も絶望の島行きだった・・・。何故、そこま
で、英雄の血が憎まれるのか・・・。確かめたいのだ。」
 ゼハーンさんは、眼を瞑る。よっぽど息子さんが、心配なのだろう。
「私とレイクは、目の前で虐殺を見た・・・。あの光景は、一生忘れぬ。」
 そう。ゼハーンさんは、地獄の光景を見たのだ。見渡す限りの、血で出来た紅い
カーペットの話は、聞いている。セントに良い印象など、ある訳が無い。
「んもう・・・。1人で、抱え込むのは無しだぜ?」
 ジャンさんが、ゼハーンさんの背中を、叩いてやる。
「ジャン殿の言う通り。我々は、仲間だと言う事を、忘れないで欲しい。」
 ショアンさんまで・・・やはり、ここの皆は、優しいな。
「ウチは、まだ来てから浅いけど、ここの仲間は、皆・・・好きだよ?」
 アスカは、笑い掛けてくれる。可愛いなぁ。私まで、つられて笑う。
「ゼハーンさんが、考え込むのは悪い癖ネ。」
 私も、元気付けてやる。ゼハーンさんは、真面目過ぎるのだ。
「ま、考えすぎは体に毒だ。俺もそうだが、1人で考え込むのは止めにしようぜ?」
 士は、私の方を見る。士も考え込んでいたが、私に話した事で、皆にも、認めら
れるようになってきたのだ。話さなきゃ、何も変わらない。
「最年長だと言うのに、これだけ励まされるとはな。皆には、感謝する。」
 ゼハーンさんは、笑いながら一礼する。そう。笑っていなきゃ駄目だ。
「ま、これからの事か。まずは・・・正月だよなー。」
 ジャンさんは、カレンダーを見ながら言う。そう言えば正月だ。
「ああ。そうだ。正月だけどな。ビレッジの温泉宿に、予約を入れてある。そこで
ゆっくり過ごすから、そのつもりでな。」
 士は、突然そう言うと、6枚分のチケットを用意する。ビレッジには、セントの
レジャー施設が多いので、予約が殺到している。12月は、人工的に雪を降らせて
るので、スキーと温泉が、人気なのだ。
「うおお!さすが士さん!抜かりないぜぇ!!」
 ジャンさんは、はしゃいでいる。いや、私も、気分は浮ついてるけどね。
「士殿は、本当に、用意が良いですなぁ。」
 ショアンさんも、楽しみなようだ。まぁ温泉宿だしねぇ。
「案外、イベント好きなんだな。」
 ゼハーンさんが突っ込みを入れる。そう言いつつも、楽しそうだ。
「何とでも言え。生きてるからには、楽しまなきゃ損だろ?無論この宿は、スキー
場とのセットだ。スキーウェアの貸し出し券、リフト券も完備だ。」
 士は、どこで手に入れたのだろうか?フルセットを用意している。さすがだ。
「ウチ、スキーも温泉も、初めてだなぁ。」
 アスカも、ウキウキしているようだ。良い事だ。
「私は、どっちも経験者ヨ。ちゃんと教えてあげるネ。」
 私は、2年前と4年前に士と行った事がある。ただ、今回は、6人分ちゃんと用
意してたのは、驚きだった。
「助かるー。行くからには、滑れるようになりたいしなぁ。」
 アスカは、少し不安のようだ。それを取り除いてあげるのが、私の役目だ。
「私は、初めてですな。正直不安で御座る・・・。」
 ショアンさんは、考え込んでいた。
「ショアン。ボーゲンさえ出来れば、スキーは、行ける物だぞ?」
 ありゃ。意外。ゼハーンさんは、知っているようだった。
「姐さん、オレも教えてやるよ。」
 ジャンさんも、知っているようだ。こっちは、意外でも無いかな。
「要は、コツを掴む事が大事だ。慣れてきたら、片足運びも、教えるぞ。」
 士は、プロ級に上手い。と言うより、教えるライセンスまで取っている。
「ま、初心者に上級コースは酷だからな。中級から、行かせよう。」
 士は、そう言うと、嬉しそうな顔をする。
「さ、最初は、初心者コースでは?」
 ショアンさんは、一気に不安になってきた。無理もない。
「分かってないな。初心者コースってのは、人が多いんだ。いっぱい滑る奴が居る。
すると雪が削られて、アイスバーンになってたりするんだよ。アレは勧められんな。」
 士は、鬼みたいな事を言うようで、案外、考えて勧めている。さすがだ。
「アイスバーンは怖いぞう?脚を取られるぞう?」
 士の、あの顔は、楽しんでいる顔だ。相変わらず、いじめっ子だ。
「士殿に、従いまする・・・。」
 ショアンさんは、すっかり勢いが無くなっている。何だか可哀想だ。
「温泉は、混浴・・・と、言いたい所だが別だ。ま、当然な。」
 士は、ジャンさんの顔色を見ながら言う。百面相のようになってた。
「どうせ、センリンちゃんの姿なんて見せられるか!ってんでしょ?」
「だから、当然だと言ったろ?」
 ジャンさんが、失礼な事を言っていたが、士も当然とばかりに返す。まぁ、この
人数なら、別々が基本よね。
「ジャン、ウチも居るってのにー。」
「姐さんとは、無論入りたいけどさ。やっぱ、ほら。俺も士さんと同じでね。」
 ジャンさんは照れながら、アスカの文句に、答えていた。結局、同じじゃない。
「お二人共、魅力的ですが、我々は、そんな無粋な真似をする程、愚かでは有りま
せんぞ?その後の報復を考えたら、恐ろしくて出来ぬ。」
 ショアンさんは、あながち冗談じゃないような事を言う。まぁ士が恐ろしいんだ
ろうなぁ。嬉しいけど・・・やり過ぎる時が、あるからなぁ。
「私も男としては、見たくないとは言わぬ。だが、私には、シーリスが居たからな。
無節操には、なれぬよ。」
 ゼハーンさんは紳士だからなぁ。まぁ、この二人なら安心かもね。
「つー事で、混浴も問題無し?」
「問題無しな訳あるか!・・・ま、とりあえずは、休む事を考えろ。」
 士は突っ込みながら、次の事を、考えているようだった。
「仕事は、大丈夫なのですか?」
 ショアンさんは、気になっていたらしい。仕事とは、人斬りの方だろう。
「今の所は、来ないだろうよ。この時期は、いつも休む事にしてるから、不自然で
も無い。依頼選びは、正月明けだな。」
 そういや、この時期に仕事をした事は無いな。それに、この時期は、全体的に、
休みを取る人が多い。だから、不自然でも無いだろう。
「ま、そんな訳だから、安心すると良い。」
 士は、その辺の予定も、ちゃんと頭に入っているのだろう。
「本当に楽しみだヨ。」
 私は、素直に楽しむ事に決めた。やっぱり、こう言うイベントは、いくつになっ
ても、楽しいしね。


 私は恵まれてるのかも知れんな。
 最初は、1人でどうにかしようと思っていた。
 周りは、敵だらけ・・・これまでも、そうだったし、これからも!
 そう思った自分が、馬鹿らしく思える。
 人の絆を、信じる切っ掛けは、何だっただろうか?
 そうだ。ジュダと言う人物に、会った時からか。
 後に竜神だと知った・・・最初は、信じられなかったがな。
 それから、ガリウロルで、素晴らしい魂の持ち主に出会った事も、でかいな。
 天神兄妹は、見ず知らずの私の言う事を、真剣に聞いてくれたっけな。
 そして・・・レイクと、周りの仲間も、素晴らしい輝きを持っていた。
 特に、レイクの恋人として、見守っている彼女の存在は、大きい。
 レイクを鍛えてる間も、楽しかった。
 この15年間で、一番楽しい時間だった・・・。
 レイクは、正に吸収と言って良い程の理解力だった。
 そして決闘・・・。
 私は、敢えて鬼になった。
 だが、人の事は、言えぬな。
 私がレイクを殺める事など、考えられぬ。
 殺す気で行ったが、その剣は、寸前で止まったであろうな。
 レイクは、見事に開花した。
 私の手を離れても、安心と思ったので、私は単独で、調査に乗り出した。
 レイクには、天神兄妹の元へ行くように、言っておいた。
 それと無く、シャドゥとジェシー殿に頼んで、サキョウに向かうように言った。
 そして、ガリウロルの裏郵便を教えるついでに、天神家を、紹介しておいたのだ。
 その後、無事に着いたとの、シャドゥからの連絡で安心した。
 私は、1週間程で体が治ったので、ここに向かったのだ。
 全てのルーツを探すためにな・・・。
 ここでの準備をする時に、真っ先に思い付いたのが『司馬』だった。
 成功率が良い上に、個人でやってると言うのが、都合良かった。
 探し当てるまで、少し苦労したが、知り合いが、連絡方法を知っていて助かった。
 問題は、引き受けてくれるかだったが・・・。
 士は、一癖あったが、引き受けてくれた。
 そして、ここに至る訳だが・・・。
 私は、15年間、罪の意識に苛まれる人生だった。
 それが当然だと思っていたし、今からも、それは拭えぬ。
 だが、士は、あの手この手を使って、私を励まそうとしてくれる。
 今度の温泉も、間違い無く、私を思っての事だろう。
 他の仲間も、言わなくても、私の事を受け入れてくれる。
 ここで、絆が築けるとは、思ってもいなかった。
 それだけに、大事にせねばならない。
 そして、今の私に出来る事は、用意してくれたイベントを楽しむ事だ。
 ん?私の携帯電話が鳴っている。・・・これは、シャドゥからか。確かに、彼に
は、私の携帯電話の番号を教えておいたが・・・。レイクには教えていない。万が
一にも、電波を傍受された時の事を考えての事だ。私には、手紙で連絡するように
言ってある。その連絡先の手配も、シャドゥに任せっ切りだった。
「うむ。ゼハーンドだ。」
 私は、携帯電話のスイッチを入れる。正直な話、メールとかも出来るとか聞いた
のだが、メールの仕組みも分からぬ。古い人間なのかも知れぬが・・・。だから、
通話する事しか、覚えていない。
『ゼハーンド殿か。久し振りだな。』
 シャドゥの声が聞こえてくる。不思議な物だな。こんな小さな物で、電話が出来
るとは。文明の進化を感じる。ちなみに、ゼハーンドで通してるのも、電波が傍受
されるのを恐れての事だ。シャドゥの名前は、出さぬ事にしている。比較的ソクト
アに多い名前が良いと言う事で、愛称のシャッドと言う名前で、言うように言われ
ている。複雑だが、仕方の無い事だ。
「シャッド。近況報告か?」
 私は聞いて見る。シャドゥが電話を寄越すのは、それが多い。
『それもある。だが、その前に、聞いて置きたい。』
 シャドゥは、少し改まった感じだ。
『ゼハーンド殿は、セント記念日の日に、受け取ったか?』
 シャドゥは言葉を選んでいる。こう言えば、贈り物を受け取ったようにも聞こえ
る。しかし、私には何の事か、分かっている。『ルール』の事だろう。
「ああ。届いた。お主の方は、どうだ?」
 私は、それと無く聞いてみる。シャドゥも受け取ったのだろうか?
『互いに届いているようだな。フム。』
 ・・・シャドゥも『ルール』を貰ったようだな。まぁ、彼なら、貰う権利もある
だろうな。どんな『ルール』なのかは、聞くまい。
『用件は、それだけでは無いのだ。ちょっと、ガリウロルに出掛けようと思ってな。』
 シャドゥは、ガリウロルに行く事を、伝えてくる。
「ガリウロルに?」
 何を、しに行くのだろうか?やはり、レイクの事絡みだろうか?
『そうだ。妻が例の大会に出るのでな。主催は、ガリウロルでやるようだ。』
 ああ。全ソクトア御奉仕メイド大会だったか。ナイアが出るのか。
『ついでに、息子殿の所にも、寄る事にしようと思ってな。』
 シャドゥは、その事を伝えに電話したのだろう。なる程。ついでに天神家を見て
くるのか。それは、有難い事だ。
「ああ。それは助かる。私も息子も、筆不精でな。」
 手紙を寄越さないので、あっちからも寄越してくれない。悪循環だった。
『もっと、絆を大事にしたまえ。ゼハーンド殿も、変わらぬな。』
 シャドゥに呆れられてる。仕方の無い事だ。
「ハハハッ。済まぬ。不器用なのだよ。私も奴もな。」
 生きてくのに精一杯なのだろうな。私の方も、そうなのだ。
『ああ。分かった分かった。手紙を書かせる様に言う。君も届いたら、手紙を書く
事だ。世話が焼けるな。』
 シャドゥは、なんだかんだで、世話を焼いてくれる。優しい奴だ。
「恩に着る。持つべき物は、友だな。」
 私は、本当に有難く思っていた。
『調子の良い事を言う。ま、頑張りたまえ。切るぞ。』
 シャドゥは、呆れながらも、私の電話を切った。
 レイクは元気だろうか?いや、レイクなら、どこでも溶け込める。そう言う奴だ。
 私は、温泉宿に泊まる準備をしている。スキーは、ウェアや板は、貸してくれる
ようなので、問題無いようだ。スキーなど、何年振りだろうか。シーリスを誘って
行った事もあったな。3日分の着替えと、バスタオルやタオル、それと、洗面用具
を持っていけば十分だろうな。遊具系は、士とセンリンが、何とかするであろうし、
食事は宿で出る。なら、こんな物であろう。簡単な物だ。・・・一応、地図などを
持っておくか。ビレッジは、結構広いからな。
 確か、ビレッジの第2地区の、スキー場とセットの温泉宿だったな。確か、プサ
グルの湯だったな。プサグルから、わざわざ、汲み上げて作られている、恐ろしい
仕組みだ。さぞ大掛かりだったろうな。セントは、色々とやる事が、豪快で困る。
 さて、そろそろ昼飯時だ。店の方に行くか。この生活にも慣れたな。
 私が店に入ると、もう昼飯を、作っているようだ。
「よぅ。準備してるのか?」
 士が声を掛けてくる。皆にグロバスの事を話してからは、少し、明るくなったよ
うだ。良い傾向だな。
「ビレッジへの地図を入れた所だ。現地までは、車で行くのか?」
 私は、尋ねてみた。確か、車は、1台あった筈だ。とは言え、運送用のトラック
は別だが。だが、あの車では、全員は入らぬな。
「ああ。それに関しては、報告が一つある。」
 士が勿体振る。何だろうか?
「お。ゼハーン殿も、もう居られたか。」
 ショアンが挨拶しながら、入ってくる。士とセンリンは、厨房の外に居て、ジャ
ンとアスカが、厨房の中に居る。今日は、あの二人の料理か。
「今までの成果を見せるぜ!楽しみにしてな!」
「ウチも、出来るって所を、見せなくちゃね!」
 二人共、気合入っているな。私よりも、手付きが良くなってるでは無いか。
「食事の時にでも、報告するか。」
 士は、今、報告しようと思ったが、止めたようだ。随分、勿体付けるな。
「アスカ。これ、火を掛け過ぎだヨ。少し弱めて・・・そうそうそウ。」
 センリンは、丁寧に見ている。彼女が見ていれば、安心だな。
「ジャン。貴様、味付けに、醤油の後に塩を入れてどうする!忘れるんじゃねぇ!」
 士の檄が飛ぶ。こっちは、鬼教官のようだ。大変だな。
 やがて、美味しそうな匂いがした。どうやら、出来たようだな。
 士とセンリンが、次々テーブルに運ぶ。さすがに完璧だ。
「よーし。出来たようだな。んじゃ、皆座れ。」
 士が、ご飯を次々配って、センリンが、箸などを用意する。
『戴きます。』
 皆で声を揃えて、食べ始める。
「・・・お・・・。良かった・・・。食える!」
 ジャンは、自分が作った煮付けに、舌鼓を打つ。
「ウチの味噌汁も、飲めるよ!」
 アスカも安堵したようだ。私も食べてみたが、なる程。士には及ばないが、良く
出来ている。一生懸命さが、伝わる料理だ。
「うむ。65点だな。さっきの基本を、忘れて無かったら、75点だ。」
 士は、そう言いつつも食っている。士が50点以上出す時は、美味いと思ってい
る時だ。相変わらず、素直で無い奴だ。
「アスカ。包丁で切る時に、もうちょっと、刃を寝かせた方が良いネ。」
 センリンが、身振り手振りで教えている。上手い物だな。
「分かりました!次こそ、上手くやります。」
 アスカは、素直に聞いている。良い師匠と弟子だな。
「ま、これなら、任せられるかな。お前ら二人、しばらく昼食の賄いを、任せる。」
 士は、納得行っているようだ。ジャンもアスカも、ポカーンとしていた。
「ほ、本当ですかい!?お師匠!」
「その、お師匠は・・・ま、良いか。その代わり、中途半端は許さんぞ?」
 ジャンの一言に反応しつつも、士は、笑いながら、頷いていた。
「ウチ、こんなに早く、大事な事を任せられるなんて!」
「アスカ。舞い上がっちゃ駄目ヨ?出来るよネ?」
 アスカが、嬉し涙でも流そうかと言う時に、センリンは、気を引き締めるのを忘
れない。こちらも、上手く引き継がれたかな?
「うむ。めでたいですな!」
 ショアンは、我が事のように喜ぶ。
「日々の楽しみにしよう。」
 私は、優しく声を掛けてやる。この師弟を見ていると、中々に楽しい。
「いよーし!姐さん、毎日考えようぜ!」
「うん!ウチも、力になれるようにする!」
 恋人と言うより、同士のような目をしているな。こう言うのも、良い物だ。
「そういえば、報告が有ったのでは無いか?」
 私は、それとなく、士に話題を振ってみる。
「ああ。そうだ。お前ら、明日はキャンピングカーで行くから、そのつもりでな。」
 士は、またしても、とんでもない事を言う。
「キャ、キャンピングカーで御座るか!?」
 ショアンも驚いているようだ。これは驚く。
「実は、今月の売り上げが、いつもの倍近くだったのヨ。」
 センリンが、嬉しそうにしていた。なる程。そう言えば、売り上げが良いとか言
っていたな。しかし、キャンピングカーが買える程では・・・。
「前々から、買う予定があってな。昨日センリンと、予約していた車に、ついに判
を押したんだ。で、まぁそれが、ついさっき届いて、駐車場に停めてある。」
 そう言えば、電話の最中、少し騒がしかったが、その音だったのか。
「誤解の無い様に言っておくと、全部、売り上げの金で買ったんだぞ?」
 士は、人斬りで稼いだ金では無いと、言っているのだろう。人斬りで稼いだ金は、
全て、地下の施設や武器を強化する、職人の所に使っている。つまり、完全に分け
て使っているのだ。そう言う所は、キッチリしている。
「なら、気持ち良く使えますな。」
 ショアンも、少し疑ったみたいだが、安堵しているようだ。
「キャンピングカーは、ちょっとした夢だったヨ。嬉しいネ。」
 センリンは、ウキウキしているようだ。
「結構くつろげるスペースがあるカーだからな。安心しろ。6人くらい行けるぜ。」
 なる程。私達の事も、見越しての事か。さすがは士だ。
「ウチ、キャンピングカーも、初めてだなぁ。」
「オレもだ。いやはや、士さんには、頭が下がるぜ。」
 アスカもジャンも、楽しみにしているようだな。勿論、私もだが。
「豪快な事をする。さすがだな。」
 私は、少し驚きながらも、士の手際を、誉めておく。
「どうせ行くなら楽しく行かなきゃ損だからな。運転は、ビレッジに着くまで俺が
やる。高速道路に入ったら、ゼハーン、ビレッジ第2地区からはセンリンがやる。」
 士は地図付きで説明する。なる程。まぁ妥当な所だ。ショアンとジャンとアスカ
は、大型の運転免許を持ってないからだ。士とセンリンは、購入しようと思った時
点で、取りに行ったらしいし、私は、いざと言う時のために取って置いたのだ。
「電車での旅も、考えたがな。寄り道するかも知れんからな。」
 士は、色々プランを考えているようだった。邪魔しない方が、良さそうだな。
「計画の方は、士に任せるさ。君以上に、考えてる奴など居ない。」
 士は、なんだかんだで、世話好きだからな。
「ま、せいぜい楽しもうぜ。・・・そういやぁよ。ゼハーンは、誰と電話してたん
だ?さっきノックしたが、話し声が聞こえたんでな。」
 おっと。士には聞かれていたか。これは無用心だったかな。
「前にも話した、魔炎島の友人だ。名前はシャドゥと言う。互いに本名は、隠しつ
つだがな。何せ、いつ傍受されるとも、分からん。」
 私は正直に答える。隠す理由が無いからだ。
「・・・グロバスも知ってるようだ。1000年前は、ガキだったそうだ。」
 士は、グロバスの言う事を代弁する。なる程。確かにグロバスなら、知ってるか
も知れぬな。シャドゥは、どう思うかな?
「ジェシー殿の補佐を、一生懸命、遂行している。最近結婚してな。」
 彼は、生真面目で、女性関係では疎かったな。ファリアが何とかしたようだが。
「魔族ってのも、結婚する物なんかい?」
 ジャンが、疑問に思ったようだ。
「そりゃあ、そうだろう?少し種が違うだけで、人間と、そんなに変わらぬから、
男も居れば、女も居る。魔炎島で過ごしたが、正直な所、見た目以外は、そんなに
変わらぬよ。敢えて言えば、強さに敬意を表して、こざっぱりした連中だったよ。」
 私は、魔炎島の思い出を語る。彼らは、私が強いと分かったら、敬意を表してい
た。気持ちの良い連中だった。それまで私は、魔族は、余り良い連中だと思ってい
なかっただけに、新鮮だったな。
「グロバスも、大いに賛同してるな。そんな物かねぇ。」
 士は良く分からないようだが、グロバスにしてみれば、有難い意見だろうな。
「相手は、どんな魔族さんなの?」
 アスカも気になるようだ。興味津々だな。
「知ってる奴も居るんじゃないか?名前は、ナイアだ。」
「エーー?もしかして、あの大会ノ?」
 私が名前を明かしたら、センリンが真っ先に反応した。最近では、あの大会の視
聴率も良いしな。
「知ってるのですかな?センリン殿。」
 ショアンは、イマイチ分かってないようだ。まぁこの男は、見てないだろう。
「ええと・・・全ソクトア御奉仕メイド大会って、言う番組の優勝者ネ。しかも、
9回連続優勝の敵無しヨ。10年間無配の王者ヨ。」
 センリンが説明する。良く考えたら、凄い事だ。
「てーか、オレも見たけど、あの子、魔族だったのかよ。」
 ジャンも驚いている。傍目からは、人間にしか見えぬからな。
「ナイアは、魔族と人間のハーフだ。しかも翼は隠して、角は目立つ程、生えてい
ない。魔族としてのランクは、低いそうだ。だが、彼女は尊敬に値する。彼女の家
事能力は、見た者を、震え上がらせる程だ。シャドゥは、幸せ者だ。」
 私は、誇張無しで言う。ナイアの家事能力は、ずば抜けている。
「ちなみに、家事能力が強化される魔族など居ないそうだ。純粋に鍛えているだろ
うとさ。まぁ、家事が得意な魔族なんて、想像出来んな。」
 士が補足してくれた。なる程。彼女は魔族だから、凄いと言う訳では、無いのだ
な。見えない所で、努力しているのだろう。
「ウチもテレビで見た事あるけど、あの綺麗な人が・・・魔族かぁ。」
 アスカも、見た事があるようだ。確かに美人ではあるな。
「正直、士とセンリンのおかげで助かっている。私も、ナイアの料理を食べ続けて
いたからな。自分で作ってた頃は、舌が肥え過ぎてて、ストレスが溜まった物だ。」
 私が作る、無骨な料理では、天と地ほどの差がある。
「それは、光栄だが・・・あの大会の優勝者と比べられるのは、きついな。」
 士は、溜め息を吐く。ナイアは、やはりレベルが高いのか。
「私も、自信無い訳じゃないけド。彼女は別格ヨ。」
 センリンが、ここまで言うのだから、凄いんだな・・・。
「いつか会ってみたい物ですな。」
 ショアンは、色々想像しているようだが、見当も、つかないのだろう。
「ンー・・・。それにしてもサ。魔族の結婚って、誰に祈るノ?」
 センリンは人間の結婚なら、創造神ソクトアに祈りを捧げるのなら、魔族は、ど
うなのだろうか?と言う疑問が、生まれたらしい。
「私の聞いた話だと、正にグロバスに、祈りを捧げると聞いたが?」
 グロバスに対しては、信仰に近い物があるそうだ。
「この前、強い願いが届いたそうだが、その時か?と聞いてるぜ。」
 士が、グロバスの言葉を代弁する。
「結婚を挙げたのは、一月半前だった筈だ。」
 私がセントに潜入する、1週間前だった筈だ。もう1週間は、『司馬』との交信
に費やしたな。
「・・・その時期で間違いないそうだ。すげぇな。グロバスにも届いてたんだな。
その祈りとやらは。」
 士は、グロバスと話をして、裏を取る。
「シャドゥとナイアが聞いたら、平伏しながら、喜ぶだろうさ。」
 それだけ、参列した魔族も、真剣に祈ってくれたと言う事だな。
「それ以外は変わった所は、無かったと思うぞ?最も、私が行ったのは、披露宴だ
けで、後は、言伝だがな。」
 しかも披露宴は、目が霞みながら、セントバーナードのパステルに助力を頼んで
の入場だったがな。
「良いなぁ。ウチも、式を挙げたいなぁ。」
 アスカは、ジャンを横目に見ながら、わざとらしく言う。
「ハッハッハ。まぁ、その内、挙げようぜ。」
 ほう。珍しい。否定しなかったな。ジャンもアスカしか居ないと思ってるのかな。
「私達も、いつかネ!」
「式なんぞ挙げなくても、絆は変わらんけどな。センリンがやりたいなら、付き合
うまでだ。」
 センリンと士も否定しないな。まぁこの二人は、否定しようがないか。
「私も早く相手を見つけねばな・・・。ウムー。」
 ショアンは寂しそうだった。まぁこの男も、機会があれば見付かるだろうにな。
「先を見据えるのは、良い事だ。だが、私のようになるなよ?」
 私は、確認しておく。私のように、地獄を見せたくない。
「まーた始まった。・・・俺が思うにな。ゼハーンは、確かに地獄を見たかも知れ
ない。だけど、シーリスとか言ったっけ?彼女は、幸せだったと信じるぜ。」
 ・・・士の奴、私が、一番気にしている事を言うな。
「そうだと良いがな。」
 私は、肯定出来ない。私のせいで、寿命が縮んだと思ってるからだ。
「ゼハーンさんのような人を貰って、嬉しくない訳が無いネ。」
 センリンも、心に染み入るような事を言う。
「ウチ、上手く言えないけど、ゼハーンさんが相手で、不幸だと思う人は、少ない
んじゃない?」
 アスカにまで、フォローされるとは・・・。
「シーリス・・・。そうだな。私が、不幸にさせたと言ったら、シーリスにも失礼
だな。彼女は、最期まで私のために祈っていた・・・。それを信じなくてはな。」
 そうだ。私の安否を最期まで、気に掛けていた。私の思い出の中のシーリスは、
常に笑っていた。それを否定しては、ならない。
「ゼハーンさんは、気にし過ぎなんだよ。もっと、肩の力を抜いた方が良いぜ。」
 ジャンまで・・・私には、出来過ぎた仲間達だな。
「しかし、不思議ネ。魔族とか・・・今も、居るんだよネ。」
 センリンは、士が変身した姿しか見てない。だけど、本当に居るのだ。
「500年前までは、当たり前だったと言うがな。人間が迫害したそうだ。」
 私は、シャドゥから聞いた話を言う。
「信じられねーけど、分かる気がするぜ。腐った奴は、まだ多いしな。」
 ジャンは、ギルとイルを、思い出してるのだろう。
「今、ウチ達に出来るのは、そうならない様に気を付ける事。かな?」
 アスカは、迫害したような連中に、ならない事を心掛けると言った。
「心をしっかり持つのは、大変な事ですがな。出来ぬ事では無い。」
 ショアンは、胸板を叩いてみせる。気をしっかり持つのは、良い事だな。
「魔族と知り合いになりたいのなら、腕を磨く事だ。彼らは、実力を認めさせれば、
気さくに、話し掛けてくれる筈だ。」
 私は、これは間違いないと思っている。尊敬の眼差しを受けた事もある。
「それは、間違いないだろうって、グロバスも言ってるぜ。」
 士は確認する。まぁそうだろう。彼らの力に対する畏怖は、私達の比では無い筈
だ。ある意味、差別の無い世界だ。
「ま、強くなるのに意味があるなら、頑張れる事だろうよ。んじゃ、そろそろ用意
の続きと行こうか。」
 士が締めると、皆、頷く。
 温泉宿に行く前に、色々話せて、良かったかも知れんな。
 この仲間達は、大事にせねばならん。それが私の務めだ。



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