4、旅行  キャピタルの首都高速道路を抜けて、ビレッジに入る。すると、検問があるが、 私達は、通行証を持っているので、大丈夫だ。ゼハーンさんの通行証も、怪しまれ た事が無い。偽造の筈なのだが、もう本物と、ほぼ同じだ。凄い事だ。  ビレッジに入ると、長閑な田園の風景が見える。正確に言えば、セントの中では、 ビレッジでしか、見れない風景なのだが。  キャピタルは、メトロタワーを中心に、高層ビルが立ち並ぶ風景が多い。忙しく 駆け回る人々が多く、サラリーマンやビジネスマンが、多く住む都市だ。  シティは、キャピタルへ仕事に行く人達や、芸術家が多く住む都市だ。富裕層が 多く、高貴な家柄の人も多く住んでいる。また、学園都市とも言われるように、学 校なども、いっぱいあるので、ある意味、非常に発展した場所でもある。  タウンは、忙しい都市だ。各地からの生鮮物などが送られる場所でもあり、内陸 なのに、漁業都市とまで、言われる程である。ここで一発儲けて、シティに行こう とする人が多い。工場なども、多く立ち並んでいる。  スラムは、タウンに進出すら出来ない人が多い。工場が多く、治安も余り良くな い。だが、独自の文化が発展していて、ここの人間からすれば、外の都市は、退屈 だと評されている。キャピタルが容認しているのも、独自性を面白く見ている為だ ろう。だが、『絶望の島』送りになる人も多い。  そして、ビレッジは、セントの中で、農業に従事している人達が多く住んでいる。 なので、外の都市と比べて、3倍近い広さがある。気候条件は、常に一定なので、 必ず良い作物が取れるのも、大きい。各国から送り届けられる作物より、ビレッジ 印の作物を好む人が多いのも、そのせいだ。  ビレッジは、その広い土地に目を付けられて、レジャー施設が多く設けられてい る。どこか遊びに行くと言えば、ビレッジのどこかに行くと言う人が多い。セント は、北半球なので、今は冬だ。だから、ビレッジでは、スキーや温泉が盛んで、人 工的に雪を降らせて、観光客を取り込んでいる。春になれば、雪を溶かして、野山 に変えて、ハイキングさせるなど、ビレッジの中にある山は、利用価値が高いよう だ。それ以外にも、ビレッジの入り口付近では、あらゆるテーマパークが、揃えら れている。便利な場所と言えば、それまでだ。  長閑な田園風景を楽しむ・・・筈なのだが、高速道路を使っているので、中々ゆ っくりは見れない。仕方の無い事だが、せっかくの景色が、勿体無いと感じてしま う。ちなみに今は、ゼハーンさんが運転をしている。助手席はショアンさんだ。ゆ ったりした旅がしたいって事で、買ったキャンピングカーなので、後ろのスペース は、かなり凝っている。テーブルを広げられるスペースもあり、普通に生活出来る スペースもある。シートが、そのまま寝台に変わるタイプなので、いつでも就寝出 来る。外の景色を楽しみながら、寝ると言うのも乙な物だ。  だが、私達は、景色を楽しむ事にしている。幸いな事に、渋滞も無いので、この ままなら、3時間程で、インターチェンジに着くかも知れない。 「あっちに見えるのが、ビレッジ第1地区だ。俺達が、向かうのは、あっちだ。」  士が説明している。士の説明は、分かり易くて良い。 「センリン。眠いのか?」  私が、ボーっと士を見ていたので、士に心配されてしまった。 「違うヨ。説明の仕方が、丁寧だと思っただけヨ。」  私は正直な感想を言う。士の説明は、非常に分かり易い。 「士さんのおかげで、位置関係は、バッチリだぜ!」  ジャンさんも同意してくる。分かり易いのは、良い事だ。 「ウチは、あんまりレジャーとか行かなかったから、助かるよ。」  アスカは、目を輝かせている。純粋で良いなぁ。 「良い機会だ。たっぷり楽しんでおけ。しかし、『オプティカル』は、忙しかった のか?余り行かないと言うのも、心的に、良くないぞ。」  士は、案外、人生を楽しむタイプだ。勿論、追っ手の事や、暗殺の事で悩んでは いる。しかし、そのストレスを解消するために、全力で楽しむのだ。 「んー・・・。姐さんのは、何て言うか、組織が、煩かったってのも、あるな。」  ジャンさんが、考察する。なる程。楽しみすら、阻害されてたのか。 「ウチは、皆の期待に、応えたかっただけなんだけどね。さすがに、愛想を尽かし ちゃったよ。ウチの親の事しか言わないんだ。アイツら・・・。」  アスカは悲しそうな目をする。酷い話だ。アスカは、まだ若いのに、組織を背負 わされていたのか。 「だから、ジャンと話してる時は、ストレス解消になったものだよ?」  アスカは、嘘偽りの無い目で、ジャンさんを見る。 「姐さんたら、嬉しい事を言ってくれるぜ。」  ジャンさんは、少し照れていた。最近ジャンさんも、アスカを受け入れてきてる 気がした。良い事だな。 「ジャンの事だ。アスカのストレスが溜まった時は、必ず行ってたんだろ?」  士は、からかうような口調で言う。 「いぃ?・・・そんな事無いっすよ!って言いたいけど、士さんの言う通りだ。」  ジャンさんは認める。やっぱり分かるんだろうね。 「ウチが、酒屋に行く時は、ジャンが居たね。・・・やっぱこれかい?」  アスカは、自分でも分かってるようだ。 「ご名答。姐さんが、『華』のワインを買いに行く時は、ストレスを解消したい時 だったろ?何となく、分かったんだよ。」  ジャンさんって、そう言う機微には、敏感だなぁ。 「バレてたってのも、恥ずかしいけどね。今じゃ感謝してるよ。」  アスカは、変に責めたりしない。自分でも、分かっているからかな。 「私にも、あるのかナ?」  私は、そういう不機嫌な時は、どうしてるっけなぁ。 「センリンは、余計な事はしないだろ?不満があったら、直接言ってくるだろ?」  ・・・士の言う通りかも知れない。そう言えば、余り隠した覚えが無い。 「センリンちゃんは、溜め込まないからなぁ。」  ジャンさんにまで、バレてる。うー・・・。 「センリンさんは、心が正直で、ウチ、羨ましいよ。」  アスカまで・・・。まぁ、私は、つい口で言っちゃうからなぁ・・・。 「私は隠さない人でス!・・・分かり易いのかナァ?」  正直なのは、美徳なのかも知れないけど・・・何だかな。 「正直に生きるってのは、難しいんだぞ?それを地で行くなんて、凄いと、俺は思 ってる。お世辞じゃあないぞ?」  士は、意外な事を言う。正直に生きるって、難しいのかな? 「何だか誤魔化された気がしなくもなイ。でも、まぁ良いヤ。」  士が、信頼してくれるなら、私としても万々歳だ。 「楽しく生きるってのは、大変な事だと、オレは思うね。」  ジャンさんは、楽しく生きるための、コツを掴んでるからこそ、その大切さを知 っているのだろう。 「・・・その事なんだがな。俺は最近、あの二人が、心配だ。」  士は、運転席の方を指差す。二人には聞こえない程度に話す。このキャンピング カーは、運転席と助手席は、完全に別で分かれているので、仕切り窓を開けない限 り、こちらの声は聞こえないのだ。 「そうだな。特にゼハーンさんの悩みぶりは・・・ひでぇな。」  ジャンさんも同意のようだ。ゼハーンさんは、背負い込むタイプだからなぁ。 「この旅行も、そのモヤモヤを、解消させるためでショ?」  私は士に確認する。士は首を縦に振った。 「まぁ、それもあるんだが、純粋に楽しむってのもあるな。」  士は、自分が楽しむ事を忘れない。 「ウチは、ショアンさんが、ちょっと心配かも。」  アスカは、ショアンさんが心配なようだ。 「俺もだ。アイツは、表にほとんど出さない。だから、却って悩みが深いと俺は思 っている。ショアンは、『ダークネス』の時の過去を・・・引きずってるようだ。」  士は、見抜いていた。ショアンさんが、アスカやジャンさんを迎え入れる時に、 節目がちに自分の肩に、触れていた事を知っている。 「・・・ウチ、もう仲間としか、見てないんだけどなぁ。」  アスカは、気にするようなタイプじゃない。ショアンさんも、良い人だしね。 「ショアンさんは、真面目だからな・・・。オレとかと話してる時は、普通なんだ けどな。確かに、振り返ると、頭を抱えてたりしてたな。」  ジャンさんも心配のようだ。なんだかんだで皆、気付いている。 「この旅行で、奴の蟠りも、解きたいと思ってる。」  士は、そこまで考えていたのか。凄いなぁ。 「変に意識させたら駄目だ。だから、自然に、仲良くなるように仕向けさすぞ。」  士は、色々思案しているようだ。こう言うの得意だからなぁ。 「ショアンさんは、真面目だからネ。その点も注意だネ。」  私も、及ばずながら協力しよう。こう言うのは、スッキリさせなくちゃね。  ビレッジ第2地区。そこは、セントのレジャー施設の中でも、かなりレベルの高 い所だ。雪質は最高だったと聞く。そう言う事を調べてくる士殿は、本当に凄い。 抜かりの無い御仁だ。  温泉宿もあると聞く。温泉は、正直助かる。最近、色々考える事が多かったから、 頭を空っぽにするには良いかも知れぬ。スキーで体を動かして、温泉で休むとは、 中々贅沢な事で御座ろう。  ・・・最近、アスカ殿が仲間に入ったが、彼女は『オプティカル』のボスだった 御人だ。私のような、つい最近まで『剛壁』だった人を、受け入れてくれてるのか、 少し心配で御座る。それに、ジャン殿も、私を意識的に笑わせてくれる良い御仁だ。 それなのに、私は、何も返せていない。お二人共、素晴らしい仲間であるのに、こ んな事を考えてしまう、自分が恥ずかしい・・・。  ゼハーン殿のように、自然体で接したいで御座る。彼の紳士的な振る舞いは、私 の目指すべき姿勢御座ろう。やはり、学ぶべき事は多いな。  で、スキーなのだが・・・。 「こ、こうであるか?」  私は、さっき教わった『ボーゲン』とやらを、やろうとする。 「おい。それじゃ角度が開き過ぎだ。足が掬われるぞ。もっと締めろ。」  士殿に教わっている。士殿は鬼教官のような口調だが、丁寧に説明する。 「これくらいで御座ろうか?何だか、内股で好かぬで御座る。」  スキーと言うのは、随分内股で、やるのであるな。 「文句垂れるな。それが出来ねぇと、怪我するのは、お前だ。否が応でも覚えろ。」  士殿は、初心者に合わせて見本を見せる。・・・なる程。こう足を運ぶので御座 るか。分かり易い。 「おおう。こうで御座るか?」  我ながら、上手く出来ている感じだ。 「ま、及第点だな。脚も大事だが、今の膝の感覚を、忘れるなよ?」  士殿は、すかさず教えてくる。なる程。膝か。 「なる程・・・。確かに、これならば滑り落ちないで御座るな。」  雪でストップさせるわけか。上手く出来ているな。 「膝での重点移動を覚える事で、鋭くターンが出来る。これは重要だぞ。」  士殿は、片足運びを見せた後、素早いターンを見せてくれる。なる程。 「基礎が、出来ていればこその・・・この滑りだ。」  基礎は、大事なので御座るな。さすがだ。 「本格的に慣れてくれば、ターンのが、楽になってくる筈だ。」  そんな物で御座ろうか?まぁ士殿の言う事だ。間違いでは、あるまい。 「まずは、ボーゲンを完璧に・・・で御座るな。」  私は、ボーゲンの復習をする。ゆっくりながら、進んでいく感じが良い。 「上手くなったじゃねぇか。その調子だ。」  士殿は、親切に教えてくれる。口調は厳しいが、優しい御仁だ。 「そういえば、アスカ殿は、どうして御座る?」  私は、アスカ殿の方を向く。・・・む!? 「こう?こうかい?ジャン。」  アスカ殿は、ジャン殿に、教えられていた。 「おー。姐さん上手じゃん。」  ジャン殿も、手放しで褒める程だ。片足滑りをしていた。 「膝を使うのが、ポイントだね。」  アスカ殿は、ターンをイメージしてか、膝を上手く曲げている。  ムムム・・・。私が、一番滑れてないではないか。  片足ずつ体重移動をすれば、出来るのだろうか?・・・むむぅ!? 「馬鹿!!雪に脚を取られてるじゃねぇか!!ボーゲンを思い出せ!!」  士殿の注意が飛ぶ。ぬおおお!勝手に滑る!? 「と、止まらぬ!!」  私は、あっと言う間に、滑り落ちていく。おおおおお!?  ・・・  気が付くと、士殿の声は、遥か遠くに聞こえた。我ながら馬鹿な事をした物だ。 見栄を張ると良くない。当たり前の事で御座ったな。後で、士殿にドヤされるな。 「しかし、この辺は、見た事が無い所で御座るな。」  私は、辺りを見渡す。どうやら、怪我はしてないらしい。不幸中の幸いだ。スキ ー板を取り外す。ボーゲンをマスターしないと、駄目で御座るな。 (・・・ん?)  私は、妙な事に気が付いて、気配を殺す。私が落ちて来た所を考えるに、スキー 場のロッジの辺りか、道が広がってても良い筈なのに、何故か、妙な建物が多い所 だった。・・・待てよ・・・。  確か、この辺りに、ダークネスの支部があった筈だ。私が入ってた頃に、地図を 渡された覚えがある。カモフラージュする為の、地形の跡なのかも知れない。確か にコレならば、パッと見では分からない。  雪原支部・・・。噂には、聞いていたがな。  私の顔が知られたら拙いな。公式には、死亡した事になっている。ここは、完全 に気配を遮断して、遠ざかるとするか。  ・・・む?誰か来るな。潜んでみるか。  何か音がする。あれは・・・ダークネス特有の挨拶のサインだ。身分証明に良く 使われるサインだな。私も、まだ覚えている物だな。 「・・・私だ。」 「・・・!これは、失礼致しました。」  誰かのサインに、中の者が気付いたのか、雪の中から扉が現れると、中の者が、 誰かに挨拶する。敬礼の仕方を見るに、相当、上の者らしいな。 「今日は、何用でありますか!」 「定期の見回りだ。・・・それと、入札の報せに来た。」  その誰かは、相当、位が上のようだ。入札の報せは、下の身分の者が、扱える案 件では無い。入札とは、殺しの依頼を、どこの支部が受け持つか、入札する為の案 件だ。完全成功すれば、入札額の3倍の金が貰えるシステムだ。しかし、何らかの ペナルティがあれば、2倍になる。  いつもなら、ただ上から、近くの者に命令が下るのが多いのだが、相当に上案件 の場合、話は違ってくる。誰もがやりたい依頼なのだろう。箔が付く程の依頼なの だろう。だから、入札の報せが来るのだ。平等に行う為に、各支部の代表者が、集 まるのだ。 「入札でありますか。では、雪原支部の荒神(あらがみ)代表をお呼びします。」  ・・・『荒神』・・・!聞いた事がある。ダークネスのボスの懐刀だ。どこかの 支部の代表になったとは、聞いていたが・・・。 「フン。龍(ロン)も、立派になった物だな。」  誰かは、鼻を鳴らす。余り気に食わないのだろう。 「てめぇ。本名で、呼び捨てにするんじゃねぇ。」  代表が出てきた。あれが『荒神』か。凶暴そうな男だ。なんでも、伝記の『荒龍』 のドランドル=サミルの荒々しいエピソードが好きで『荒神』と名乗っている男だ。 「『創』様の懐刀を、自称するような奴は、コードネームすら、薄ら寒い。」  誰かは、相当気に入らないようだ。わざと挑発している。 「自称じゃねぇ。だまらねぇか!アリアス!!」  ・・・アリアス?あの男・・・アリアス=ミラーか!ダークネスのナンバー2だ。 ボスの側近だったな。気位が高く、ボスを狂信していると聞いたな。コードネーム は『鏡』だが、余りにも有名なため、コードネームで呼ばれる事が少ない。 「フン。貴様こそ、私の名前を、気安く呼び捨てるでは無いか。お互い様だ。」  アリアスは、ゴミでも見るような目で『荒神』こと、龍を見る。 「ち。さっさと、用件を言え。」  龍は、不機嫌そうに尋ねる。 「入札だ。やる気がないなら、辞退したまえ。」  アリアスは、入札証を手渡す。それを龍は、奪い取って魅入るように見ていた。 「馬鹿を言うな。こんな美味しい物を、逃す俺じゃないぞ?」  龍は嬉しそうに笑う。コイツらは、本当に殺しが好きなのだろうな。最も私も、 その仲間だったのだ。人の事は、言えまいな。 「どれどれ・・・?む・・・。なる程、地主か。にしても、地味な依頼だな。おい。」  龍は文句を言う。余り気が進まないのだろう。 「辞退すれば良かろう。貴様で無くても、やりたいと思う奴は、五萬と居る。」  アリアスは、溜め息を吐く。本当に嫌いなのだろう。 「馬鹿を言うんじゃねぇよ。最初から逃げるような真似は、俺様は嫌いなんだ。」  中々、切れ易い男のようだ。 「自家栽培の農場?結構広いの、持ってるじゃねぇか。」  ・・・何だと!?・・・ま、まさか! 「私は良く知らんのだが、無農薬を売りにして、最近流行ってるそうだ。依頼は、 ビレッジ第1区画の農園工場の主、クルセイ=ルドロフだ。」  クルセイ!!やはり!爺さんが言っていた、大農場の主が、農場を売って欲しい と持ち掛けられたと、言っていた奴だ!!では・・・。 「爺さん婆さんと、婿夫婦か。誰だか知らんが、不幸な事だな。サン農場ねぇ。」  サン農場・・・。やはり、あそこか・・・。 「入札額は、50万ゴードからだ。」  50万ゴードだと!?何たる額! 「随分と、たけーな。」 「依頼人が、300万ゴードまで出すそうだ。だから、上限は100万だ。気付か れる事無く、公に事故に見せ掛けられれば、完全成功だ。どっかでバレたら、殺し で成功。それが条件だ。事後処理は、処理班が、請け負う。それは10万ゴードで 引き受けた。」  アリアスが説明する。処理班とは、依頼人の希望通りに、事が進むように処理す る班の事だ。依頼料が安い代わりに、確実に金を手にする事が出来る。安い仕事だ。 「入札は、当然参加だ。場所は、どこだ。」 「キャピタルの南支部の、受注場だ。遅れるなよ。」  話は、滞り無く進んでいく。こ、このままでは・・・。しかし、ここを動く訳に は、行かぬ。見つかれば、あの人斬り2人を、相手にせねばならぬ。奴等は、相当 な使い手だ。1対1でも勝てるかどうか、分からない程だ。さて・・・まずは、抜 けなければ、ならぬな。 (迂闊には、動けぬ。)  何か、切っ掛けがあれば・・・。  ゴオオオオオオオオオ!! 「・・・む?」 「おい!アリアス!!この音は雪崩だ!入れ!!」  龍がアリアスを引っ張り込む。確かに物凄い音だ。上を見ると、雪が滑ってくる。 これは・・・好機なのだが、危機だな。  その瞬間、誰かに腕を引っ張られた。  ・・・  むむ?ここは・・・? 「おい馬鹿。呆けるんじゃない。」  その声は・・・士殿だ。 「士殿・・・。捜索して下さったのか。済まぬ・・・。」  私は深く謝る。しかし・・・ここは?ロッジか? 「背伸びするからだ。馬鹿。心配を掛けさすな。俺の『索敵』のルールで、ワープ しなかったら、危なかったぞ。」  士殿は口調こそ厳しいが、優しい声で言ってくれる。あの雪崩は、士殿が起こし た物か。荒っぽいが、助かり申した。 「しかも・・・懐かしい奴らに会ってたな?片方は、忘れもしねぇ奴だったな。」  そうか。士殿も、アリアスは知っていたか。そう言えば、センリン殿の両親を殺 したのは、アリアスで御座ったな。 「アリアス=ミラーであった。聞き捨てならない話が聞けた故、留まっていた。」  私は、真剣な目をする。士殿は、私の眼を見る。 「俺は、お前を見付けるので、手一杯だった。後で聞かせろ。」  士殿も、気になっているようだ。  私は、皆に謝罪すると、ロッジに入る。皆には聞かせなければならない話がある。 私は、さっき見た光景を皆に話した。すると、皆、真剣に悩んでいるようだった。 「よりにもよって、爺さんの所か・・・。」  士殿は、舌打ちをする。 「この前に会った爺さんだよね?マジかよ・・・。あんな善人まで狙うのかよ。」  ジャン殿も怒っているようだ。ジャン殿が、怒りを露にするなんて珍しい。 「『ダークネス』は、実入りを狙う。それにしても、調子に乗り過ぎだね。」  アスカ殿も本気で怒っている。この前、ジャン殿とアスカ殿は、紹介ついでにサ ン牧場へ行ったのだ。だから、どう言う人柄か、知っているのだ。 「あのご老人達だけじゃない。婿夫婦もだ。正に、根こそぎだな。」  ゼハーン殿は、呆れるような口調で言う。 「私、あそこ以外の農場は、使いたくないヨ。」  センリン殿は、あの農場を気に入っている。人柄もそうだが、商品価値も高い。 「私は、クルセイが許せぬ。暗殺で土地を手に入れるなど、悪逆非道の極みなり。」  『ダークネス』の連中の、仕事の選ばなさも許せないが、依頼したクルセイの事 が、私は許せなかった。 「だが、護衛の依頼は、厳禁だ。変に言っても、怪しまれる。」  士殿は、釘を刺す。それは分かっているが・・・。 「士らしくなイ!黙ってみているって言うノ!?」  センリン殿は、頬を膨らませて怒る。 「おいおい。落ち着けセンリン。・・・俺は、護衛の『依頼』は、厳禁だって言っ たんだぜ?・・・だけど、勝手に、奴らを蹴散らすのは、自由だよな?」  士殿は、そう言うと、ニヤリと笑う。なる程。そう言う事か。 「・・・むー・・・。士ったら、意地悪だヨ。」  センリン殿は、顔では怒っていたが、機嫌は、直ったみたいだ。 「ま、その前に、皆のやる気を聞こうか?」  士殿は、我々を見詰める。依頼では無いとは言え、『ダークネス』を敵に回すの だ。それなりの覚悟を見せろと、言うのだろう。 「お爺さんは、優しかっタ。相談にも乗ってくれタ!私は、やるヨ!」  センリン殿は、聞くまでも無く、やる気のようだ。 「オレぁね。こう見えても、頭に来てるんですよ。やってやろうじゃない。」  ジャン殿は、久しぶりに、マジな顔をしている。 「前々から、気に入らなかった連中さね。遠慮しないよ。ウチは・・・。」  アスカ殿も、拳を合わせて力を入れていた。 「言うまでも無い。あの農場は、我らの仲間だ。後悔しないためにも、守るさ。」  ゼハーン殿は、静かながらも、闘志を漲らせていた。 「私は、あの農場を守りたいと誓った。願っても無いで御座る。私は『ダークネス』 と踏ん切りをつけたい。これは、チャンスだと思っているで御座る。」  私は、正直な思いを吐露する。『ダークネス』だった過去を、断ち切りたいと思 っていた。そのチャンスを、あちらがくれると言うなら、やるまで! 「命知らずな奴らだ。・・・よし。やるからには、徹底的にだ。良いな?」  士殿は、念押しする。士殿も、やる気十分なようだ。 「農場を潰させはせぬ。我が剣術に誓って、守り通す。」  ゼハーン殿は、やる気満々だ。珍しいで御座るな。 「よし。皆のやる気も聞いた所で、コイツを渡そう。」  士殿は、何かを投げて寄越す。これは・・・ミサンガか? 「同じ模様で揃えてある。それに、このミサンガ同士で、発信受信が出来る仕組み だ。特注で作らせた。おっちゃんに、感謝しとけ。」  士殿は、偽造手形屋のオッサンに作らせたらしい。一体、何の為に? 「不思議か?だが、この旅行が良い機会だから、言っておく。」  士殿は、そう言うと、ゼハーン殿の方を向く。 「ゼハーン。アンタは依頼人だ。だが、俺のライバル足りえる存在だ。そして、こ こに居る奴らは、アンタを尊敬してる。だから、このミサンガは、仲間の印だ。個 人プレイに走ったり、孤独を感じたり、するんじゃねぇぞ?」  士殿は、皆の想いを代弁する。ゼハーン殿は、感動で目を伏せている。士殿も、 ニクイ演出を、してくれるな。 「実は、このミサンガは、センリン、アスカ、ジャンには車中で渡した。」  なる程。キャンピングカーの中で、渡したのか。・・・む? 「気付いたようだな。ゼハーンも勿論だが、今日の本題は、お前だ。」  私か?私が、何かやらかしたのだろうか? 「士殿?さっきの不手際は、悪かったと思って・・・。」  私は謝ろうとしたが、士殿に頭を掴まれて、グリグリ揺らされた。 「この石頭!ゼハーンにも言っただろ?俺達は・・・仲間だと!お前の、その遠慮 深さは、美徳でもある。だが、俺達にまで、遠慮するんじゃない。」  士殿・・・。私にまで・・・そんな厚遇を・・・。 「ショアン。お前『ダークネス』の過去の事を引きずってるだろ。それを直せ。こ のミサンガを渡すって事はな。俺達とお前は、一蓮托生だって事を示す為の物だ。 『ダークネス』が強いる、焼印みたいな意味じゃあねぇ。そんな物は、無くたって、 助けにいく。それだけの仲だって事だ。それを忘れんなよ。」  士殿は・・・私のミサンガに、そこまでの意味を・・・。 「有難い・・・では無いな。その覚悟、受け止め申す!!」  私は、士殿の期待に応えたい。そして、皆の仲間に、真の意味でなりたい。 「そうだ。それで良い。その言葉を、皆は待ってたんだ。」  士殿は、優しく声を掛けてくれる。 「ショアンさん、ウチが『オプティカル』のボスだったからって、遠慮は無しだよ!」  アスカ殿にも、そんな態度を、見せてしまったか。 「気楽に行こうぜ。ショアンさん!」  ジャンも、気さくに話し掛ける。 「相分かった!このミサンガ、大事にしますぞ!」  私は、それを皆の前で誓うのだった。私の大事な仲間達への、誓いだった。  ここの露天風呂は『プサグルの湯』と言って、プサグルの良い所の湯を汲み上げ て、セントに輸送していると言う、大胆な仕掛けだ。だから、温泉としても、一等 地だった。お蔭様で、疲れが取れる気がした。いや、実際に取れている。やはり、 こう言う温泉は良い。最近は疲れっぱなしであったから、丁度良い。  それにしても・・・私のルールは、何なのだろうか?手が青白く光る。これだけ では、何が何やら分からぬ。それだけでは無い。発動すると、周りの景色まで、少 し青白くなる。何故か、動物や人間などを見ると、その光が、一層強く見えるのだ。  何れ分かる時が来るか・・・。それにしても、焦れったい感じもするな。  私達は、温泉から上がると、士が手招きをしていた。すると、一式を借り入れて いたらしく、レジャー施設場へと、案内された。抜かりが無いな。 「温泉地で、レジャー施設は、鉄板だ。当然取るさ。」  士は、こう言うマメさ加減が、凄いな。私も、見習わなくてはな。 「しかし、この面子だと、得意不得意は、分かれそうだな。」  士は、顎に手を掛けて、考えていた。 「面白い物が御座るな。自動麻雀卓まであるとは・・・。」  ショアンが、麻雀卓に注目している。 「お。自動か。なら、ゼハーンに見切られる事も無いな。」  前に、士の手捌きしたカードを見切っているだけに、警戒されていた。 「ウチ、麻雀は、やった事無いなぁ。」  アスカは、興味ありそうに見ている。 「オレは、『オプティカル』の連中と、暇つぶしでチョコっとやったかな。」  ジャンは、やった事があるだろうな。 「私は、ルールは知っているが・・・。」  ショアンは、やった事があるようだが、慣れて無さそうだな。 「ルールを知ってりゃ出来るさ。」  士は、上手そうだな。この男は、器用だからな。 「ここまで来て麻雀?まぁ、良いけどネ。」  センリンも、その口調だと知っているようだな。 「私も、嗜み程度はやっている。」  ストレス発散に雀荘に通った事がある。その時に、鍛え上げた腕がある。 「じゃ、最初は、俺が後ろで見てるさ。アスカは、ジャンの所でも、見ていると良 い。覚えると面白いぞ。」  士は、最初に抜けるようだ。アスカは、やった事が無いので、当然、後ろで見て いる組だ。お手並み拝見と、言った所か。  私達は、早速、席順をサイコロで決める。東がショアンか。西がジャンだ。私が 北で、センリンが南のようだ。ショアンは、右往左往しながらやっている。地味に 手を作ってそうだな。ジャンは、分かり易い攻めだ。要らない牌を切って行ってる。 私は、ショアンを警戒しつつ進めていく。だが、ショアンは、余り食うとか、頭に 無いみたいだ。せっかく、警戒していると言うのに・・・。  調子は、悪くない。センリンも、字牌整理をしている。 「よし、リーチだ。」  私は、牌を横に倒すと、リーチをする。後一牌で、あがる宣言だ。攻めに丁度良 い。今の私なら、あがれる! 「ゼハーンは、広角的に打つみたいだな。中々やるぜ。」  士が、分析をしている。当たりは、4−7ピンだ。場には一枚も出ていない。1 ピンで迷彩を掛けているので、出るかも知れぬ。  ショアンは、唸りながら考えて捨てる。結構、迷うタイプのようだ。 「でも、それじゃ・・・センリンには勝てんぞ。」  ・・・何?どう言う事だ。まさか・・・。 「えーと、カンだネ。」  センリンは、暗カンか。・・・な、何!?4ピンでは無いか!本当か!? 「リンシャン・・・と・・・。」  センリンは、リンシャン牌を取ると、横に倒す。 「これもカンだヨ。」  センリンは、そう言うと、再度、暗カンをした牌を倒す。7ピンでは無いか! 「じゃ、もう一回リンシャンだネ。」  センリンは、指で牌をなぞると、そのまま牌を、自分の所で倒してみせる。 「リンシャンツモだネ!新ドラ表示は、やったネ!7ピンついてドラ4だヨ。えー と、裏は、付いてないけど、リンシャンツモドラ4で、ハネ満だヨ!」  ・・・恐ろしい腕だ。4−7ピンは、読まれていたのか!? 「まさか・・・士・・・。お主、知ってたな?」  センリンは、恐ろしい程の、勘の良さだった。 「こと麻雀に関しちゃ、俺は、センリンに勝てる気がせん。」  士の奴・・・。センリンとの戦いを避けたな・・・。 「偶々だヨー。」  センリンは照れているが、こっちの危険牌を読んでいたと考えると、並みの腕で は無い。これは、気を引き締めないと、いかんな。 「字牌整理は、この辺で終わりにするぜ!」  ジャンは、5牌あった字牌を、次々切っていく。 「南、ポンだヨ。」  センリンは、南を鳴く。飛ばされてしまったか。ジャンは、もう1牌捨てる。 「中なんか捨てちゃダメだヨ。ポンだネ。」  中も鳴かれてしまったか。センリンは、さっき勝ったから、親の筈だ。気を付け なきゃならんな。 「センリンちゃんに、アシストするオレ。絵になるねぇ。」  ジャンは、馬鹿な事を言っている。 「ジャン、3鳴きされたら、罰符にするぞ。」  私は、釘を刺しておく。センリンの手も、早いようだしな。 「センリン殿は侮れませぬな。ならば、これで!」  ショアンは、9萬を捨てる。無難な所だな。 「それはチーだヨ。助かるネー♪」  センリンは、9萬をチーする。・・・チャンタかホンイツだな。一九牌と萬子は 捨てられぬな。確かドラは5萬だった筈だ。ホンイツの方が、濃厚か?  私は、無難に捨てつつ、ジャンやショアンの動向を気に掛ける。 「ツモだネ!」  ぐあ。早い!さすがセンリンだ。どう言う、打ち筋してるんだ・・・。 「小三元、中、白、ホンイツでハネたヨ!」  しょ、小三元だと!?手持ちに白3つと發2つ持ってたのか!?頭の3萬ツモで 無ければ、大三元では無いか!?どんな引きなんだ・・・。  そして、終わってみれば、センリンの1人勝ちだった。私が2位で、ショアンが 3位、ジャンは最下位だった。恐れ入った・・・。センリンは、こっちが大きそう な手だと察すると、危険牌を察知して、自分が空の手でも、潰しに来ていた。危険 察知能力が、並じゃ無かった。 「か、完敗で御座る・・・。」  ショアンも、お手上げ状態だった。 「センリンちゃん、容赦無いなぁ・・・。」  ジャンもお手上げ状態だった。まぁ、私もだが・・・。 「後ろで見てたけど、面白いゲームだね。でもジャンが負けっぱなしで、良く分か らなかったよ。」  アスカは身も蓋も無い事を言う。ジャンも攻め過ぎなだけで、打ち筋は悪くない。 だが、センリンが、あっと言う間に止めてしまうので、あがれないのだった。 「さて、俺が代わろう。」  士が、ゲームに参加してきた。センリンが抜けたか。 「ウチも、やってみたい!」  アスカが、ジャンと代わるようだ。 「今度こそ、腕を見せなければな・・・。」  私とて負けっぱなしでは、気分が良くない。  私は、最初の局は好調だった。出だしが良いと、気分が良い。親の3900と、 マンガンツモで、4000オールを取っていた。 「士は、一手遅いネ。」  センリンが、容赦無く厳しい指摘をする。どうやら、麻雀に関しては、彼女の方 が、一歩上みたいだ。 「えーと、確か、3枚ずつを4個と、2個、同じのを持ってくるんだろ?」  アスカは、苦戦しているようだ。最初だし、仕方ないな。 「この局は、ゼハーン殿が良さそうですな。」  ショアンは、そう言いつつも、狙っているようだ。 「これ、綺麗な手じゃないか。」  アスカは、楽しみながらやっている。なかなか良いことだ。 「姐さん・・・それ、アガリだぜ。・・・うわぁ・・・。」  ジャンは驚いていた。なんだ。アガリ・・・。ぬぬ!? 「ツモ!だっけ?何だか綺麗な手になったよ。」  き、綺麗所では無い!これは・・・緑一色ではないか!! 「役満だヨ!アスカやるネ!」  センリンも褒め称えていた。アスカには天運が、ついていると見える・・・。  そんなこんなで、次の局は、私は最下位になってしまった。士が、しっかり2位 をキープしてる辺り、さすがである。 「ぬぐぐぐぐ。」  完敗であった。私も自信が有った訳では無いが、こうも完敗だと・・・。  ショアンも、完敗であったので、首をガックリ落としている。 「わりーな。打ち筋は、悪くなかったみたいだがな。」  士は、分析しながら闘っていた。私達の打ち筋を見極めてから卓に入ったので、 相当に闘い易かった筈だ。 「ま、負けたお前らは、パシリだパシリ。」  士は、そう言うと、自分の部屋に帰っていく。な、何も言い返せぬ。  私とショアン、そしてジャンは、適当な飲み物と、お菓子を選んで買うと、男4 人の大部屋の方へと帰っていく。士が戻っている筈だ。途中で、ジャンが、えらい 笑顔だったのが、気になったが・・・。 「買って来たぞ。・・・む?」  明かりが消してあった。何のつもりだろうか?私は、明かりを灯す。 「おお!?」  私は驚きの声を上げる。何事かと思ったら、部屋でケーキが飾られていた。 「こ、これは!?」  ショアンも驚いていた。いや、普通驚く。女性陣2人も、居るようだ。 「これは?じゃないだろ?明けましておめでとうって奴だよ。忘れてたのか?」  士は、私達の反応を見ながら、ニヤニヤしていた。 「今は、どこの部屋も、盛り上がってるよ?忘れちゃ駄目だよ。」  アスカも、満面の笑みを見せてくれた。 「そう言うこった。どうせ、無頓着だっただろうと、俺達4人で考えてたんだよ。」  ジャンめ。笑顔の訳は、コレか! 「新年、めでたく行こうって事だヨ!何だか楽しいよネ。」  センリンは、はしゃいでいるようだ。 「いやはや・・・。私は、感動で、前が見えませぬぞ。」  ショアンはウルッと来ていた。こんな新年を迎えるのは、初めてなのかもな。 「全く・・・飽きさせない事だな。・・・感謝する。」  私も、かなり感動していた。こんなに、めでたく迎えるのは、何年振りだろうか? シーリスと居た頃まで、遡らねば、ならぬかも知れぬ。 「座れよ。飲み物は、買ってきて貰ったしな。」  士は、各自、座らせる。全く用意が良い。どうやら、士が挨拶するみたいだ。 「・・・正直な事を言おう。俺は最初、お前らが、信用出来なかった。」  士は、自虐的に笑う。色々、思う所があるのだろう。 「うちに置いておけば、何かと監視出来るとか思ってたくらいだ。それに、この商 売だ。疑う事を忘れちまったら、やっていけない。」  それは、その通りだ。士は、人斬りなのだ。人を疑う事は、まず最初に、しなけ ればならない事だ。致し方無い事だ。 「ただな・・・いつからだったかな。お前らが、気の良い奴らだったからな。俺は、 この血塗れた手に、染まる夢を見なくなった・・・。忘れてる訳じゃあないが、引 きずらなくなった。」  士は、毎晩のように苦しんでいたと聞いた事がある。しかし、最近は、安定して いるのか・・・。良い事だ。 「こまけぇことは、忘れちまった。もしかしたら、只の油断かも知れない。でも、 俺は、お前らなら、信じても良いと思ってる。そして、これからも、大事にしたい と言う気持ちに変わりは無い。・・・だから、楽しく過ごそうぜ!」  士は、そう言うと、飲み物を手に持つ。 「新年、明けましておめでとうさんだ!そして、乾杯!」  士が言うと、皆も、それに倣って飲み物を上に翳す。 『明けましておめでとう!』  口を揃えて、乾杯をする。・・・こんな美味い飲み物は、初めてだ。 「私も嬉しいヨ。士が苦しむのを見てられなかったかラ・・・。ありがとウ!」  センリンも、感涙していた。このお嬢さんは、士一筋だな。 「組織の正月は、只の休みだったからね。何だか嬉しいよ!」  アスカは、正月が、特別だった記憶が無いのだろう。少しは、祝いもやったかも 知れないが、ここまで気持ちが入ったのは、無かったのかもな。 「オレは、姐さんとは、会えない覚悟で組織を出た・・・。それがよ。いつの間に か、こんななっちまってさ。感謝し足りねえよ。それが、オレの本音だ。」  ジャンは、決死の覚悟だったのだろう。いつも軽い感じの男だったが、不退転の 覚悟で、出て行ったのだろう。だからこそ、今の生活が、眩しいのだ。 「私は・・・従うだけの人生だった。幼い頃は、兄に従い、兄が離れた後は、組織 に従い・・・でも、こんな素晴らしい仲間に会えた!私の誇りですぞ!」  ショアンは、組織に従順な人斬りとして、地位を築いていた。しかし、それは、 悲しい人生だった。もしかしたら、今こそが、人生と言えるのかも知れない。 「私の人生は後悔だらけだった。だが、この1年で逆の事ばかり起きる。人生は分 からぬ物だ。・・・これからも、宜しく頼むぞ!!」  私の胸の内を話す。私の人生は、息子を逃した事、妻に心労を強いた事、そして 義父を見殺しにした事で、後悔の連続だった。だが、息子は人生を出発させ、私に は、罪の意識で、いっぱいだった私には・・・こんな仲間達が出来た。  私は、こんな幸せな事は無いと思う。だからこそ・・・大切に、生きねばならぬ。  その想いを、強くしたのだった。  オレは、幾つもの、夜を過ごしてきた。  体良く話を進めて、仲良くなる。  そして、その気にさせれば、オレの勝ち。  その過程は楽しいが・・・それっ切りってのが、多かったな。  一人に縛られるのは、御免だ。  オレの生き方は、自由が基本・・・オレの生き方に、間違いはねぇ。  何せ、オレの、心のままに生きるんだ。  当然、オレの意のままに、ならねぇ事は無い。  ・・・そう思ってた時期が、あったな。  正直、オレは、疲れていたのかもな。  一人に縛られるのは、ダメだって観念が、先走りしてたのかも知れない。  いつの間にやら、付けられた渾名が『軟派師』と来た物だ。  だが、オレらしいと、気に入ってた物だ。  中学を卒業する頃だったか、ダチが居た。  ソイツからも、オレは、手癖が悪いと、窘められた物だ。  両親が事故で死んで・・・オレは、愛情を求めるようになったと言い訳していた。  『だったら、何で、1人を好きにならないんだ?』  それが・・・ダチの言葉だったな。  見極めてるだけだと、言い訳もした。  だが、本心は違っていた。  オレは愛情と言う物に、疎かったんだと思う。  だから、1人を、好きになれない。  好きになっても、死んでしまったら、悲しいから・・・。  臆病だったんだろうな・・・誰かに、変えて欲しかったのかも知れねぇ。  そんなオレの心を、女達は、知っていたんだ。  だからこそ、離れていった。  ・・・だけど、姐さんは違った・・・。  最初は、お嬢気質の、高嶺の花だと思っていた。  オレに釣り合う様な女じゃない・・・が、いつか落としてみたいと思ったな。  姐さんの事については、色々な噂があったから、良く知っていた。  そんな中、ボスと姐さんの母親が、死んだ。  『ダークネス』の罠に掛かってだ。  姐さんには、堪えただろうな。  それに、つけ込むのも、どうかと思ったが・・・単純に寂しいだろうと思った。  姐さんは、気丈に振舞ったが、やはり傷付いていた。  オレは、元気付けてやろうと、ひたすら口説いた。  姐さんの目が変わって行くのを見て、成功したと思った。  だが・・・姐さんの目は、純粋過ぎてなぁ・・・。  正直、このまま放って置くのは、怖いとさえ、感じる純粋さだった。  だからかな・・・オレは、いつの間にか、姐さんに本気で惚れていた。  守ってやりたいと思ったのも、焦らしたいと思ったのも、初めてだった。  ・・・自由になりたいから、抜けたなんて嘘だった。  姐さんを置いて、逃げるオレは、何て薄情なんだと思った。  あの幹部二人が、姐さんを縛り付けている・・・。  オレだけじゃ、解き放つのなんて出来っこ無かった。  オレは、逃げたんだ・・・また逃げた・・・逃げたんだ!!!  士さんの下で、人斬りを手伝えば、気が紛れると思ってた。  そんな矢先、姐さんの依頼が来た・・・。  まだ・・・オレを捜してやがった・・・。  こんなオレをだ・・・情けないオレをだ!!  士さんには、オレの、こんな情けない部分を話した。  そしたら、まず殴られた。  『お前、今度こそ、手放さないと誓えるな?』  士さんは、オレの覚悟を試していた・・・だから、オレは泣きながら頷いた。  『じゃぁ、俺に任せろ。絶対に、今日の事は忘れるなよ?』  士さんは、そう言うと、姐さんの依頼を受けた。  姐さんを取り戻した後、姐さんにも、オレの事を全部話した。  オレは、姐さんが想ってる程、出来た人間じゃないってな。  その時、何て言ったと思う?  『全部知ってたさ。ウチは、それでも、ジャンが居てくれるだけで嬉しい。』  ・・・だぜ?  オレは、情けないながらも、姐さんを抱きしめながら、泣いたさ。  そして、姐さんを、手放さないって決めたんだ。  もう、この女しか居ない。  オレが守るべき・・・そして愛すべき女は、姐さんしか居ない!  オレが『軟派師』を卒業した理由は・・・こんな所だ。  ・・・  正月は楽しかったな・・・。姐さんが居て、士さんが居て・・・。皆、仕事を忘 れて遊んでなぁ。ショアンさんや、ゼハーンさんまで、ハメを外してたしな。  センリンちゃんが、麻雀で、あそこまで強いってのも、驚いたけどな。  オレ達は、セントで、一番美しい景色だって有名な湖に寄ったっけな。士さんは、 ここを見せたいが為に、キャンピングカーにしたんだなんて、言ってたっけ。  オレ達は、夢見心地のまま、バー『聖』に帰ってきた。  日常が始まる・・・が、その前に大きな仕事がある。サン農場の事だ。お人好し の爺さんと婆さんが、経営する農場。評判は良い。オレも会いに行ったが、ありゃ 底抜けに人が良い。自分達の事より、オレ達の事を心配するような、人達だ。  だからかな。士さんも口では『あの農場を失うのが、痛手だからだ。』とか言っ てたが、ありゃ、本気で、サン農場を救いたいと考えてそうだ。オレ達も甘いね。 まぁ頼んだ相手のクルセイ=ルドロフって奴が、嫌いってのもあるな。大資本を盾 に、農場と言う農場の権利を、奪ってきた奴だって事は知ってる。それに加えて、 『ダークネス』の奴らが、頼まれたってのも、でかい。アイツらの事は気に食わね ぇ。ショアンさんが、元『ダークネス』だが、今思い出しても、反吐が出ると言っ てたしな。今は、奴等を妨害する作戦を、思案中だ。 「まずは、さりげなく爺さんと婆さん、そして、農場の奴らを護衛する役が、必要 だな。器用に動ける奴が良い。ゼハーンとアスカ。出来るか?」  士さんは、まず、護衛役を決めた。ポイントは、爺さんと婆さん、それに婿夫婦 に、気付かれちゃならないって事だ。いつも通りの生活をしてもらいながら、守り 切ってみせるのが、理想だ。正式に護衛の依頼が、来た訳じゃないしな。  ゼハーンさんは、ああ見えて、相当器用だ。何気無い振りをしながら、光砕陣で 敵を一掃する事が、出来るような人だ。あとは、アスカ、姐さんだ。姐さんは、人 当たりが良いから、適当に会話をしながら、守り切る事が出来る。 「ゼハーンは、適当に罠を張って、待ってくれれば良い。アスカは、農場の奴らの 見張り兼、説明役だ。気付かれない事が、重要だぞ。」  士さんは説明する。ゼハーンさんに求められてるのは、周りの警戒網だ。一番最 後の砦って奴だ。行かせたくない物だ。姐さんに求められてるのは、そのフォロー だ。農場に奴らに、見付からないように、見張るのと、見つかった時に、説明する 役だ。いざとなったら、誤魔化しながら、護衛をしなきゃならない。結構大変だ。 「守りきって見せよう。天武砕剣術の継承者の名に、懸けてな。」  ゼハーンさんも、気合十分だ。結構燃えてるなぁ。 「地味だけど、重要な役目だね。良いよ。やってやるさ!」  姐さんも、役割が分かっているようだ。姐さんにとっては、初仕事と言っても、 良い。なのに、こんな器用な役をやるのだから、大変だろうなぁ。 「ジャン。ウチは、大事な役目を貰って、嬉しいんだ。そんな顔をするな。」  姐さんは、活き活きとしていた。これは、取り越し苦労だったかな。 「いざとなったら、フォローするつもりだから、安心しときな。」  オレは軽口を叩く。でも、フォローするってのは、本当だ。 「センリンは、合図と共に、罠の起爆役だ。どうせアイツら、この地形だと、農場 の東南のここからと、南西のここから攻めてくる。タイミングはセンリンに任せる。」  士さんは、農場の北は、見渡しが良いのを知っている。南にある山から攻めてく るに違いないと、読んでいた。身も潜め易いし、当然だろうな。 「罠を起爆させた後は、ここを守ってるヨ。」  センリンちゃんは、裏門を指差す。北に裏門があるのだが、囲いが、結構ある。 だから、裏門から狙ってくるかも知れないのだ。多分、少数だろうが、来る可能性 がある。それを潰すと言ってるのだ。 「良いだろう。で、ショアンは、ここだ。」  士さんは、東を指差す。そこは正門だった。業者に化けた部隊が、何人か来ると 踏んでいるからだ。結構、強めの敵が来るだろう。それをショアンさんが潰す訳だ。 「『剛壁』の名は、伊達では無いと、思い知らせてやるで御座る。」  ショアンさんも燃えてるなぁ。結構、農場の人と、仲が良かったみたいだしな。 「オレは、どーするんだい?士さん。」  オレの役目を、聞いていない。 「フッ。心配するな。貴様は、派手な役をやってもらう。南に、敵本体が居るだろ う?そこを、ぶっ潰せ!『ルール』でな。」  士さんは、オレが、派手好きなのを知ってる。 「良いの?オレ、頑張っちゃうよ?」  オレは、口元を歪める。中々、美味しい役じゃねぇか。オレ好みだ。 「で、俺は、各自のフォローをする。『索敵』のルールで、現状を把握して、お前 らに声を掛けながら、各自、殲滅して行く。」  士さんは、全体のフォローか。まぁ当然だな。士さんなら、安心して任せられる。 「一人でも通したら、俺達の負けだ。殲滅するぞ。」  士さんは、各自に気合を入れさせる。意外と、しんどい条件だよな。  でも、オレ達なら、出来る筈だ。信じようじゃねぇか。  チックショウ・・・。  俺の実力を、見せるチャンスだってのに・・・。  選りにも選って、処理班の監督かよ。  俺に相応しいのは、『荒神』の名に、相応しい仕事だ!  ボスの懐刀として、名を馳せた俺に、相応しいのは、輝かしい実績の筈だ。  それが、こんな地味な役だとはな。  入札の時に、しくじったのが痛いぜ。  サン農場は、大口だったからな。  まぁ、皆、群がるように入札しやがった。  アリアスは、満足そうに見てやがったが、結局、別の班に掻っ攫われた。  俺の90万ゴードで、誰もいねぇと思った。  なのに、キャピタル中央支部の奴ら、待ってたかのように100万ゴードだ。  アイツら、性格悪いに違いない。  次点の俺は、処理班の監督って訳だ・・・ついてねぇぜ。  ま、中央支部の馬鹿共の仕事でも、見させてもらうか。  とは言え、素人の爺さん婆さんの始末だ。  人数も、そんな要らねぇ筈なのに、馬鹿共は、いつもの人数を掛けてやがる。  仲の良いこった。  『オプティカル』や『スピリット』に気付かれない為だとか、抜かしてたな。  『スピリット』は、早々には、手を出してこねぇ筈だ。  『オプティカル』に至っては、最近、またボスが変わったって話だ。  統制の取れてねぇ連中に、やられる程、甘くネーだろうに、うちは・・・。 「『荒神』様。処理班、スタンバイしました。」  いつもと違う部下が、挨拶してくる。 「おう。ご苦労だな。ま、すぐ終わるだろうが、手抜かり無くな。」  俺は、適当な事を言う。形だけでも、監督しなきゃならんからな。  布陣は・・・なる程。裏門に3人、正門に5人か。山から直接乗り込むのが、左 が15人に、右が10人、後は、指揮が2人と。遊撃が20人も居るか。万全と言 えば、万全だな。余程、成功させたいらしいな。 「しかしまぁ・・・中央支部の、ほぼ全員使うとはな・・・。」  結構な人数が居る、キャピタル中央支部の、ほぼ全員が出ている。ご苦労な事だ。 奴らは、少しずつ進んでいた。農場の人数は、従業員を合わせて、15人程だった 筈だ。楽勝じゃねぇか。それでも、慎重に進んで行く。  ボゥン!!  ぬお!・・・罠?罠か!?爆破の罠だ。タイミングも、バッチリだったぞ。南の 山の部隊の左は5人、右は、3人程やられたようだ。誰だか知らんが、不意打ちの ようだな。面白くなってきたじゃないか。 「・・・散!」  おうおう。指揮系統が、焦ってるな。周りを警戒しだしたな。  ドーーーン!!!  いきなり爆発した!?夜の闇に紛れて、とんでもない爆弾使いが居るようだ。爆 弾を、どこからか、投げているようだが、モノが見えない。やるな。 「うわああぁぁぁ!!」  こうなったら、パニックだな。誰だか知らんが、見事じゃねぇか。  こうなると、裏門や正門の連中が、肝になってくるな。 『き、貴様、何者・・・ぐわぁ!!』  裏門の連中のトランシーバーは、途中で切れた。どうやら奇襲を食らったようだ。 正門の連中は、一気に突っ込むつもりだったようだが、何かに、邪魔されてるよう だな。こりゃ、敵さんの方が、よっぽど上手く立ち回ってやがるな。 「どうします?『荒神』様?」  処理班の1人が尋ねてくる。確かに、パニックになっているようだ。 「お前ならどうする?金にならん仕事を、するか?」  俺の答えは、決まっている。いくら仲間とは言え、金にならん仕事は、しない。 「しません。手伝いを請われて、奴らが金を払うなら、します。」  処理班は、俺の答えに同調する。ま、俺と同意見だった。 「お。何人かは、潜りこんだようだな。」  俺は、持ってきた双眼鏡で確認する。パニックになりながらも、頑張ってるじゃ ねーか。と・・・誰かが、それとなく、誘導してやがるな。サン農場の連中、潜り 込んだ奴らと、反対の方向に歩いて行くぞ。あの帽子を深く被った奴・・・。あれ は、このパニックを起こさせてる連中の仲間だな。顔は見えんが、見事だ。 『こちら、実行部隊A班・・・。む!?』  実行部隊の連絡が突然途絶える。中で手早く仕留めてる奴が居るな。しかも容赦 が無い。・・・アイツ・・・手が青く光ってやがる。何者だ?  で、目立ってないが、気絶した奴や、死体を処理してる奴が居る。こっちの仕事 の代わりになって、楽だが・・・。手際の見事さは、見習うべきだ。となると、全 部で6手か?それぞれ連携が、上手く行ってる様だな。  !!・・・誰か、こっちに気が付いた!  馬鹿な!?500メートルは、離れてるんだぞ。双眼鏡でも、見えるか見えない かの位置だぞ!?ソイツは、俺の双眼鏡の視線を、真っ直ぐ見据えている。  ・・・やばい!  俺は、咄嗟に双眼鏡を離すと、首を引っ込めた。すると、双眼鏡が、いつの間に か、何か細い物で、撃ち抜かれていた。何て腕だ。これは・・・針?  おっそろしい腕だ。サン農場の奴ら、すげぇ奴等を雇った物だ。『オプティカル』 か?いや、アイツらに、そんな腕の立つ奴が居たか?幹部クラスなら、有り得るか? まさか、『スピリット』?だが、6手の連携の良さは、奴らが出せるような物では 無い。誰だ・・・?まさか・・・『司馬』・・・か?いや、『司馬』は、ソロじゃ 無かったか?6手も用意出来るような組織じゃ、無かった筈だが。しかし、奴らは、 謎に包まれている。凄腕の奴等を雇った?それも、分からんな。  気が付くと、作戦は失敗だった。指揮してる奴は、いつの間にか、縛られていた。 実行部隊も、死んでる奴が、何人か居たが、殆ど伸されていた。しかも、ご丁寧に、 縛られて、俺達の近くに、積み重ねられている。 「・・・こりゃ失敗だな。仕方無い。伸されてる奴等をトラックに詰めろ。帰還だ。」  俺は指示を出す。しかし、見事じゃねぇか。 「『荒神』様は、どちらへ?」  俺が、付いて来ない事に、不思議に思ったみたいだ。 「ちょいと、挨拶してくる。」  俺は、自然と笑みが出た。中々面白そうな奴らだ。  俺は、息を潜めて近付く。しかし、真っ先に、こっちに気が付いた奴が居るみた いだ。本当かよ・・・。気配を、完璧に遮断してたってのに・・・。 「・・・待て。降参だ。まさか、気付かれるとは、思ってなかった。」  俺は、両手を上げる。すると、いつの間にか、手を後ろにされて、縛り上げられ た。気が付くと、6手の奴らが集まってきた。・・・まさか・・・。6手じゃなく て、6人!?コイツら、6人で、この仕事をこなしたってのか!? 「マジかよ・・・。6人に負けたのか?ウチは・・・。」  俺は、信じられなかった。呆気に取られていた。 『誰だか知らんが、深入りするなら殺す。』  変声機から声がした。正体を知られて困るのは、当たり前だな。 「あー。分かった。ただ、サン農場から手を引くって事だけを、伝えようと思って な。報告で、凄腕の奴等にやられたって、知らせなきゃならん。」  報告を、しなければならないのは、本当だ。 『良いだろう。帰れ。』  奴等は、それだけ言った。変な事は言わない主義なのだろう。徹底している。  俺は、言われた通りに、ここから離れて行く。下手な事をすれば、普通に殺され るだろう。あの眼は、本物だ。久しぶりに、血が滾る様な奴に出会えたぜ。俺達の チームと当たったら、本気で相手するか。  あんな奴等が、居たとはな・・・。コレは楽しみになってきたぜ。  サン農場を守り切るぞ!!  『ダークネス』の奴らなどに、負けてなる物か!  そんな言葉を掛けながら、私達は、やりきった。  皆との連携を交えて、10倍近い戦力を、一掃するに至った。  全員を気絶と言う訳にも行かず、何人かの、息の根は止めた。  士も、刺客になりそうな敵には、容赦無く止めを刺していた。  しかし、私は違う。  ・・・正直、私は実験をしていた。  怖かったからだ・・・。  私の「能力」なのは、分かる。  しかし、この「能力」が、何物で、どう言う風に役立ってくれるのか・・・。  それで、私は解禁したのだ。  初めてなので、力の加減も、出来なかった。  『ルール』を発動し、青く光る手で、相手に触ってみた。  すると相手は、声も無く白目を剥くと、音も無く倒れた。  そして、自分の中に、何かが入って行くのが分かった。  ・・・コレが、私の『ルール』・・・。  私は、やっと気が付いた・・・。  まさか、私の『ルール』が、あの恐ろしい技だったとは・・・。  私は、伝記の事を思い出した。  私の予想が正しければ、あの技の筈だ。  伝記では、生物学者フジーヤが、使えた秘儀だ。  そう。私のルールは、『魂流(こんりゅう)』のルールだった。  かつて、フジーヤが使えた大技、『魂流操心術』の再現だった。  青く光る手で、相手に触れると、魂の力を吸い取り、自分の物とする。  そして、それを溜め込んで、違う生物に分け与える。  その魂の力を吸い過ぎると、相手を、死に至らしめる事が出来る。  私は、最初の一人には、加減が出来なかったので、殺してしまった。  だが、加減が出来る事を知り、気絶させる程度に、吸い取る事にしたのだ。  そして、使ってみた所、相手は、恐怖に怯えながら逃げた物だ。  恐ろしい力だった。  まさか、私にこんな『ルール』が、備わろうとはな。  だが、使える以上、有効に使わなくては、ならん。  ・・・それはそうと、今は、祝勝会の最中だ。  ささやかながら、祝勝会をしようと、センリンが提案したのだ。  センリンと士が、料理を用意して、ちょっとした宴会になった。 「オレっちの活躍を見た?相手を、バッサバッサと追い詰めてなぁ!」  ジャンなどは、もう出来上がっている。現金な奴だ。 「バーカ!80点だ!目立ち過ぎて、中に何人か、入れられただろうが!」  士も、駄目出ししながら、笑っている。酔ってるのか? 「げぇー!士さん、きっびしーの!」  ジャンは、不満を漏らす。 「ジャンは、派手に活躍出来たから良いじゃない。ウチ、誘導だったんだよ?」  アスカが口を尖らす。しかし、アスカの話術は、見事だった。それと無く、訪問 理由を言って、極自然に、サン農場の人達を誘導していた。 「姐さんは、見事だったじゃないのさー。」  ジャンも分かっていたみたいだな。中々出来る事では無かった。 「ジャンが、褒めてくれるなら、ウチ納得ー。」  アスカも浮かれているな。全く、お調子の良い事だ。 「私の所には、10人程来たが、正体が、バレなくて良かったで御座る。」  ショアンは、元『ダークネス』で死んだ事になっている。余り派手な事をして、 バレるのが、嫌だったのだろう。 「阿呆!バレそうになった奴が居たけど、俺が、何とかしたんだよ。」  士が、また駄目出しをする。ショアンの事を、マジマジと見ていた奴の止めを刺 していた気がする。抜け目が無い奴だ。 「そうで御座ったか・・・。感謝が尽きぬで御座るな。」  ショアンは、士のフォローの力に、感心する。 「私は、爆破した後、3人程、倒したヨ。」  センリンは、上手い動きだった。爆破の合図で敵を撹乱した後、裏門を狙ってい た3人を、手早く仕留めていたのだ。 「女性陣は、強いなー?おい。」  士が冷やかす。中々、手際が良い女性陣だった。 「ちっくしょうー。今度は、抜かり無く行くぜー!」  ジャンは、士の発破が、効いたようだな。次の戦いが、楽しみな事だ。 「ま、俺が驚いたのは、ゼハーンだ。」  む?私か?士は、何か感じたのだろうか?・・・気付いているのか? 「見えてないとでも思ったか?アンタの『ルール』は、とんでもなかったな。」  士は、やはり見ていた。私の『ルール』をだ。 「使って見て分かった。士も気付いているだろうが、私のルールは『魂流』のルー ルだ。・・・かつて、生物学者のフジーヤが使っていた『魂流操心術』に通ずる。」  私は説明した。フジーヤは、数多くの生物を作ったが、私には、そう言う趣味は 無い。魂を蓄えて、いざと言う時に、人を助けられるようにするくらいしか、出来 ない。しかし、それには、色々な条件があった気がする。 「魂を吸い取る力か。恐ろしいな。だが、アンタさえ気を付けてりゃ、大丈夫だ。」  士は、全幅の信頼を置いていた。恐ろしい力だからこそ、私の裁量に掛かってい ると言う訳だ。 「むしろ、心配なのは、吸い取る方じゃない方だヨ。」  センリンは、吸い取る方じゃない方の心配をしていた。・・・『魂流』のルール の、もう一つの能力は、蘇生だ。魂の注入である。 「ゼハーンさん、無理する人だからねぇ。心配さね。」  アスカまで心配していた。やはり、無理すると、見抜かれてたか。 「心配せずとも、蘇生の方は、御付の天使が居なければ、出来ないと、伝記にも書 いてあった。まだ出来ぬさ。」  そう。私は、天使と契約している訳では無い。なので、蘇生したくても、魂の呼 び掛けが出来ない。そんな状態では、成功しないだろう。 「その言い方ですと、見付けたら、使う御積りですな。」  ショアンは、溜め息を吐く。天使さえ見付かれば、私は、使うつもりで居た。 「ゼハーンさんは、肩の力を抜きゃ良いと、思うんだけどねぇ。」  ジャンまで、心配するとは・・・。私は、無理する方だと思われてるな。 「俺としても、そっちが心配ではあるな。特にアンタは、息子の為なら、何に於い ても優先するだろうからな。」  士は、私の息子のレイクの事を話す。まぁ否定は、出来ぬな。 「レイクは私の希望だ。当然・・・だが、私とて、死にたくは無い。軽はずみな事 は、せぬよ。特に、お前達のような、仲間が居るなら尚更な。」  私の希望であるレイクの事は、当然、優先事項だ。だが、この仲間達を、蔑ろに する程、私は薄情では無い。 「フッ。おだてても、何も出んぞ。」  士は、満更でもない顔をしていた。 「さァ!どんどん食べるネ!今日は、お疲れさんだヨ!」  センリンは、料理を持ってきていた。太らぬ程度に、食わせて戴かなくてはな。 今日は、豪勢に造ってあるみたいだからな。  こうして、祝勝会は終わった。中々に、楽しい時間だった。しかし、皆は、心配 し過ぎだ。私とて、軽はずみに死んだりしたくは無い。それに『魂流』のルールを 使いこなすには、時間が要る。凄いルールだからこそ、慎重に扱わなくては。  ・・・大天才だったフジーヤは、この力を使って、新しい動物の開発をしていた。 そして、英雄の手助けをしたと言う。その子孫は、ひっそりと何処かで暮らしてい ると言う話も聞く。彼の大傑作とも言える、スーパーモンキーのスラートは、フジ ーヤ亡き後、子孫を繁栄させた。しかし、スラート程のスーパーモンキーは、中々 生まれなかったと言う。それだけスラートの存在は特異だったのだ。しかし、その 中でも1匹だけ、その能力を継いだ者が、居ると言う話だ。それからと言う物、継 いだ者も、子孫の中に1匹だけ、能力を引き継ぐ猿が、現れたと言う。噂によると、 スラートが最終手段として、自分の能力の移植を行ったと言う話だ。それが、代々 受け継がれていると言う。それだけの労力を冒してでも、引き継ぐべき能力だと思 ったのだろう。もし本当に、まだ引き継がれているのなら、どれだけの労力なのだ ろう。それでも、やり遂げる辺り、スラートも、英雄の器なのだろうな。  そして、天使と言えば、天界は大天使長イジェルンを失った後に、人間の経験が あり、英雄を産んだ、慈母天使ルイシーが、大天使長に座った。補佐すると言う点 では、これ程に優れた天使は居なかった為、ジュダ殿も、助かっていると言う話だ。 私も、このような家系に生まれなければ、今の話も、眉唾物だと思うのだが、全て 知っている身なので、全て、本当の事だと知っている。  ・・・む?誰か居るな・・・。仲間では無い。だが・・・。敵でも無さそうだ。 「どなたかな?」  私は、中空を見詰めて、尋ねて見る。 『・・・驚きました。私を見詰める事の出来る人間が、居たのですか。』  この口調・・・。人間では無い。しかも、私は『ルール』を使って、初めて見え ると言う事は・・・まさか・・・。 「天使・・・ですかな?」  私は予想する。天使が来なければ、使えないと、さっきは言ったが・・・こんな に早く、来るとは、思いも寄らなかった。 『まだ記憶が、混乱しているのです。・・・私は、天使なのでしょうか?』  何やら、様子がおかしい。私は目を凝らして見ると、翼を携えた、物静かそうな 女性の姿が見えた。・・・天使にしか見えぬな。 「私には、伝記に出て来る、天使にしか見えぬ。」  私は、知らせておく。この天使の様子は、何処かおかしい。 『そうですか・・・。私は、天使となったのですね。』  どうやら、天使になった事すら、気が付いてないようだ。 『私は、つい最近まで、人間だったみたいです。』  どうやら、人間から天使に転生したみたいだな。珍しい事例がある物だ。 「それは稀有な体験だな。私の名は、ゼハーンと言う。名を教えてくれぬか?」  私は名乗って、相手の名前を聞く。 『私は・・・清芽(きよめ)と申します。人間の時とは、少し呼び名が違いますけ どね。覚えて戴けると、助かります。』  清芽とは、また珍しい名前だな。ガリウロルの者か? 「ふむ。清芽殿は、記憶の混乱が、あるようですな。」  天使には、違いないのだろうが、思い描いていた天使とは、また違うようだ。 『何故でしょう。貴方の手の青い光を見たら、無性に、飛び込みたくなりました。』  清芽殿は、私の『魂流』のルールを見て、たまらず、駆けつけたのだろうか。 「私のこの手は『ルール』に拠る物。魂の力をコントロールし、相手の魂を蓄積し、 他の生物に移し変える事が、出来る能力らしい。」  私は、『魂流』のルールの説明をしてやる。 『凄いんですね。では、生を吹き込む事が、出来るのですか?』  清芽殿は、必死に理解しようとしている。結構、勤勉なのかも知れない。 「そう言う事も、可能なようだ。伝記に記されているフジーヤが、使った秘術だ。」  まさか、私に宿ろうとはな。予想もつかなかった。 『貴方の手には、奇跡が宿っているのですね。でも、何故私は?』  自分が導かれた理由が、分からないようだった。 「この能力には、続きがある。魂の蓄積が多ければ、死出の旅に出た者を、戻す事 が出来ると言う物だ。だが、生を吹き込むより、何倍も難しいみたいだがな。」  その能力は、神でさえ禁忌だと、伝記には記されていた。 『蘇る・・・。って事ですか?それは、夢のようなお話ですね。』  清芽殿は、手を顎に掛けて、考えていた。・・・本当に変わった天使だ。 「しかし、その者の精神を呼び戻すには、天使からの呼び掛けが、必要だと文献に は書いてあった。死者の魂と、呼びかける者の魂を引き合わせるのに、天使の力が 不可欠だと、記されていた。貴女が呼ばれたのも、そのせいではないか?」  私は、文献に書いてあった事を思い出しながら、説明する。確か、勇士ジークが 死んだ時は、妹であるレルファが、呼び掛けに行った。その際に、フジーヤの妻で あり、人間に転生していたルイシーが、鍵の役目を果たした筈だ。二度と、人間に は戻れないと、分かっていながらだ。 『そうなのでしょうね。私は、その光が、不思議と思ってきただけなのですが、そ んな事情があるのなら、私は、協力した方が、良いのでしょうね。』  清芽殿は、頷きながら納得していた。しかし、不思議な天使だ。 「貴女は、本当に、天使なのだろうか?」  私は、さすがに疑問に思えてきた。 『どうなんでしょう?でも何故か、その青い光を見たら、こんな物が出てきました。』  ・・・何であろう?これは・・・契約書? 『いきなり私の目の前に現れました。これも、何かの導きでしょうかね?』  清芽殿は、理解しようとするが、天使になったばっかりと言うのが、本当なのか、 思い出せずに居た。 「おそらく、コレに私の名を書けば、貴女と、契約する事になるだろう。」  私は、天使との契約をするつもりでは居た。しかし、相手が、この調子ではな。 『うーん。なら、しちゃいましょうか。』  清芽殿は、軽い口調で言う。余り深く、考えておらぬのかな? 「そんなに簡単に、決めて良い物なのですかな?」  さすがに私も、戸惑ってしまう。こんなんで、良いのだろうか? 『良いんじゃないですか?貴方、悪人には見えませんし。』  そんな理由でか?・・・少し複雑な気分だ。 「まぁ、私も深くは知らぬが・・・では、サインをしよう・・・。」  私は、契約書を受け取ると、サラッとサインをする。 『ゼハーンさんかぁ。宜しくお願いしますーっと。』  清芽殿は、もう一つの名前の欄に、自分の名前を書く。おや?フルネームか?  ブォン!!  突然、妙な音が鳴った。何事だ・・・。 『ありゃー。契約って、こう言う事だったんですね。』  清芽殿が、素っ頓狂な声を上げると、清芽殿は、私の後ろに、背後霊のように取 り憑く。こう言う事とは、どう言う事だ? 『貴方が移動すると、自然と、私も周りに憑くようです。』  何とも不便な事だ。自由が利かないのでは、ないのか? 「清芽殿の自由を奪ってまで、契約するつもりは無いのだが・・・。」  私は、誰かの自由を奪うと言うのは、信義に反する。 『自分の心配より、私の心配ですか。お人好しなんですねー。』  む・・・。そう言う物だろうか?いつも人から、そう言われるな。 『ま、何時もは、こうしてますよ。』  清芽殿は、そう言うと姿を消す。そうしてくれると、有難いかも知れぬ。 (姿を消すと言うより、同化ですねー。)  むむ!?頭の中に声が響く。どう言う事だ。 (意識が、繋げられるみたいですー。私も、初めて知りました。)  ・・・まぁ、清芽殿なら構わぬが・・・。余り良い気分では無いな。 (そう言いながら、結構不満な感情ですね。控えましょうか?)  もろに感情がバレてしまうのも、きつい物だ。だが、構わぬさ。しかし、出来る 事なら、出て行った方が良い。私の考えが読めるとなると、私の夢まで繋がるので あろう?・・・貴女は、見ない方が良い。 (引っ掛かる言い方ですねー。・・・じゃぁ、覚悟してます。)  口調は少し、間延びしてるが、しっかりしているな。ただ、ショックを受け兼ね ん。忠告だけは、しておく。私の夢は、悪夢が多いからな。 (分かりました。こう見えても、人間の時は、結構、しっかりしてたんですよ。)  まぁそうであろう。貴女からは、品の良さが伺える。 (ありがとう御座います。まぁ、支えられるように、頑張りますー。)  宜しく頼む。ただ、貴女を呼び出すような場面には、なりたくないな。 (そうですねぇ。私も、そう祈っています。)  清芽殿は、本当に、人が良いな。普通なら、文句の一つも来ても、良い発言だと 言うのに。私も、精進せねばならぬな。  こうして、天使との契約を、済ませたのだった。  正月の大仕事が終わった。  依頼じゃあないが、只の依頼より遥かに難しい仕事だ。  サン農場を、守り切る。  口で言うのは簡単だが、何時、何処から来るか、分からない相手を一掃したのだ。  コレが、奇跡で無くて、なんなのか。  しかし、私達には、それぞれ適した能力があった。  それを、フルに使えば造作も無い事・・・は、言い過ぎか。  しかし、成功したのは、喜ばしい事だ。  だが、喜んでばかりも居られない。  士の話では、最後に逃がした男は、危険な感じがしたと言っていた。  下手に深追いすると、犠牲が出そうだったから、素直に逃がしたと言う事らしい。  ショアンさんから聞いたら、彼は、『ダークネス』のボスの懐刀と言う事だ。  大人しく投降したのも、演技かも知れないと言う話だ。  浮かれてばかりは、居られないな。  それにしても、ゼハーンさんの『ルール』には、驚かされた。  まさか、伝記の『魂流操心術』が、宿るとは思わなかった。  ゼハーンさんなら、吸い取り過ぎて、悪用と言う事は、無いだろう。  だが、もう一つの禁忌とも言われている、蘇生は試みるかも知れない。  出来れば、そんな事態には、なりたく無いが・・・。  だが、ゼハーンさんは、もう天使と、契約をしたと言う。  士の中に居るグロバスさんに聞いたら、間延びした妙な天使が居ると言う話だ。  天使っぽく無いとも、言っていた。  ゼハーンさんにも聞いてみたが、天使になったばかりらしい。  つい最近まで、人間だったので、記憶が混乱しているとの事だ。  それは災難な事だが、ゼハーンさんのような人には、ピッタリかも知れない。  そんなこんなで、正月も終わった事だし、仕事を再開しようかな。  私は、いつもの通り、仕込みと朝御飯の用意を始める。  士が当番の時は、ガリウロル風になるので、私の時は、パン食にするようにして いる。ガーリックトーストに、アボガドとトマトとレタスのサラダ。それに、特製 のドレッシングを掛けて、オニオンスープを用意する。それに、ゆで卵を添える。  これならバッチリだ。昼食は、ジャンさんと、アスカが頑張ってくれるから、朝 食は、私達がやらないとね。  と、いつもの調子で、皆が席に着く。 「ガーリックトーストに、タイムとバジルを混ぜるとは、気が利くな。」  士は、朝食のチェックをしていた。さすがに、私がアレンジした所は、見抜く。 抜け目が無いから、手が抜けない。でも、それが自然と挨拶になる。 「更に言うなら、サラダのドレッシングは、これだヨ。」  私は、ドレッシングを見せる。市販の物では無い。昨日、手作りで作っておいた マヨネーズに、少しワサビを加えた物だ。 「ほう。考えたな。トッピングのクルトンも、作って置くとはな。」  士は、私がアクセントで加えたクルトンが、市販じゃないのも気付く。 「今日のメニューは、決めてあったからネ。」  私は、昨日の内に仕込みをして置いたのだ。その辺の年季は、まだ負けないつも りだ。だが士も、ドンドン腕を上げてるから油断出来ない。 「センリンさんの朝食は、パン食だってのに、手を抜かないもんねぇ。」  アスカが、感心していた。少し照れるなぁ。 「ゆで卵が、綺麗に真ん中寄ってるぜ。マメだねぇ。」  ジャンさんも、結構細かい所を見ている。 「美味しい食事が戴けるのは、有難い事。感謝で御座る。」  ショアンさんも大袈裟だが、喜んでいるみたいだ。 「む?ゼハーンは、どうした?」  士は、いつもは早い、ゼハーンさんが居ないのに、気が付く。 「何か、電話してたぜ?」  ジャンさんが知らせてくれる。この時間に電話とは、珍しいな。 「遅くなった。済まぬな。」  ゼハーンさんは、少し遅れて、店の中に入る。電話は終わったのだろうか?  テーブルの上には、今日の朝食が並んでいる。 「じゃ、戴こうか。戴きます。」 『戴きます。』  士の掛け声で、全員朝食の合図をする。すると、皆が食べ始めた。 「細かい所で、味付けが、すげーんだよなぁ。」  ジャンさんは、食べながら、ウンウン頷いていた。 「このマヨネーズ、美味しいよ。どうやって、作ったんだい?」  アスカが質問してきた。興味津々だなぁ。 「昨日の仕込みで、酢と卵の黄身を混ぜて、油を加えて行くのヨ。その後、少し、 ワサビを加えたヨ。塩加減も、忘れちゃ駄目だネ。」  私は教えてやる。結構、自信作だったしね。 「そう言えば、ミキサー掛けていたね。まさか朝食の仕込みだったなんてなぁ。」  アスカも、結構見ている。手が抜けないなぁ。 「センリンの料理は、有り触れてそうで、必ず、一手間加えてある。分量の世界だ けじゃない楽しみ方が出来るのは、良い事だ。」  士は、私の料理の特徴を良く知っている。どうしても、凝りたくなるのだ。 「楽しみか・・・。さすがだな。私は、悪戦苦闘だったな。」  ゼハーンさんは、自分がやってた頃を、思い出したのだろう。 「我々も、少しは覚えたい物ですなぁ。」  ショアンさんは、申し訳無さそうにしていた。 「オレも、もう少し、作れるようにならなきゃなー。」  ジャンさんは、何だかんだで、覚えてきてるしなぁ。さすが器用だ。 「その域に達するには、もう少し修行しなきゃな。」 「さすが士さん、容赦無いぜー。」  士とジャンさんは、いつものやり取りを始める。士にはジャンさんが、私には、 アスカが料理を教えている。どうしても、特徴が出てしまう。 「そういや、手紙でも、見てたのか?」  士は、ゼハーンさんに聞いて見る。ゼハーンさんが、昨日来た手紙を、受け取っ たのを、知っているからだ。 「うむ。シャドゥ殿に、レイク達の近況を、書いて貰った。」  ゼハーンさんは、息子さんの近況を、知りたかったようだ。マメな事だ。 「どうやら不幸か幸いか、レイクと、その仲間達も、『ルール』に目覚めたようだ。」  ゼハーンさんは、少し溜め息を吐く。余り歓迎は、して居ないようだ。 「ま、アンタの気苦労は、増えそうだな。」  士も察しているようだ。息子さんが『ルール』に目覚めたと言う事は、マークさ れ易いと言う事だ。余り、歓迎はしてないだろう。 「だが、それ以上に、危機が起こったみたいだ。」  ゼハーンさんは、更に深い溜め息を吐いた。どうやら、芳しくないようだ。 「レイクが、世話になってる家が、天神と言う家なんだが、私の知り合いでもある 当主と、空手大会の優勝者である兄・・・その話は、したっけな。」  ゼハーンさんから、その話は聞いている。息子さんの滞在先になるかもと、一回 だけ、訪ねた家が天神家だったか。快く受け入れてくれたとは、聞いていたが、何 かあったのだろうか?空手大会の優勝者は、テレビで、やってたな。 「『ルール』をバラ撒いた奴らの一味と、接触したらしい。その中で、時を操る恐 ろしい奴が居たみたいでな。過去に、飛ばされたと言う話だ。」  ・・・へ?・・・何それ? 「私も俄かには、信じられぬ。だが、シャドゥは、嘘を吐くような男では無い。」  どうやら、ゼハーンさんも、ビックリしたみたいだ。しかし、過去に飛ばす? 「『ルール』の一部かも知れんな。厄介だな・・・それは。」  士は、考え込んでいた。しかし、時を操る『ルール』って、凄いな・・・。 「それに、『ルール』をバラ撒いた一味って・・・。」  ショアンさんは、そっちの方が、気になったみたいだ。 「手紙に寄れば、恐るべき敵みたいだ。『無』の力と言うのは、知っているか?」  ゼハーンさんは、『無』の力の事を聞く。確か、前にグロバスさんが説明してた 6つの力の内の一つで、全てを『無』に還そうとする力だっけ? 「伝記にも、書いてあらーな。」  ジャンさんは、伝記を、結構読んでいる。 「その『無』の力の激突から、怪物が生まれたとの話だ。名前は、ゼロマインド。 それが、ゼリンと手を組んでいる。このソーラードームの作者でも、あるみたいだ。」  ゼハーンさんは恐るべき事実を話す。ソーラードームは、私達セント人は、当た り前のように見ているが、恐ろしく強い壁だと言うのは、聞かされている。 「意思を持った『無』の塊。それが、ゼロマインドらしい。ソイツが、突出した力 を持つ人間を集めたいと、思ったみたいでな。『ルール』を解析して、バラ撒いた と言う話だ。最終的には、取り込みたいみたいだな。」  ゼハーンさんは、淡々と話すが、私達の『ルール』の力を、奪いたいと言うのが、 バラ撒いた奴の、狙いなのかも知れない。 「冗談じゃないヨ。私達は、モルモットじゃ無いネ。」  私は、憮然とする。良い気分じゃない。実験に、付き合わされた気分だ。 「舐めた奴らだな。ヤキ入れんと、いけんな。」  士も、怒っているようだ。それはそうだ。まるで、実験だ。 「恵殿に瞬殿・・・彼らは、失う訳には、いかない人物だ・・・。」  ゼハーンさんは考え込んでいる。ゼハーンさんに、コレだけ言わせる程の人物な のだろう。会ってみたい気もする。 「ウチ、何だか怖いよ。知らない所で、何が起きてるんだい?」  アスカは、こう見えて、心配性だ。 「分からねぇけど、このままじゃ、居られねーっしょ。」  ジャンさんは、アスカを励ましながら、士を見る。 「私の能力は、セントのためにあるのでは、無いで御座る。」  ショアンさんも、気に入らないみたいだ。 「こりゃー・・・依頼を果たす時が、来たようだな。」  士は、決意したように言う。依頼? 「依頼とは何だ?」  ゼハーンさんは、不思議に思ったようだ。 「アンタの依頼さ。『メトロタワーに侵入したい』だったよな?」  士は、ゼハーンさんの最初に言った願望を、覚えていたらしい。ゼハーンさんは、 息子と、自分達が付け狙われた理由が知りたくて、メトロタワーに侵入したいと言 っていたのを、覚えていたようだ。 「士・・・。私は、単独でやるつもりだったと、言うのに・・・。」  ゼハーンさんの事だ。隙を見て、メトロタワーへ侵入するつもりだったのだろう。 「阿呆。無謀過ぎるだろうが。何のための仲間だよ。ん?」  士は、ミサンガを見せる。そうだ。このミサンガがある限り、私達は仲間の筈だ。 「士の言う通りだヨ。ゼハーンさんが単独で無理するなんて、見てられないヨ。」  私は、付け加える。正直な気持ちだった。 「オレ等は、置物じゃねーんだぜ?ゼハーンさんよぉ。」  ジャンさんは、軽口を叩きながらも、行く気満々だった。 「私を置いて行こうなんて、虫が良過ぎるで御座る。」  ショアンさんも、もう蟠りが、無いみたいだ。 「ウチ、怖いけどさ。皆と一緒なら、信じられるよ。」  アスカは、勇気を振り絞って、行く気みたいだ。健気だなぁ。 「無理させてくれぬな。分かった。ここは頼ろう。」  ゼハーンさんは、私達を眩しそうにみる。仲間なら、当然の事を言ったまでだ。  そして、食事が終わった後、作戦会議になった。当然、メトロタワーに行くため の作戦だ。難攻不落と言ってもいい。 「一般が入れるのは、59階までだ。60階以降は、パスカードが要る。」  士は、内部の構造を密かに調べていた。メトロタワーが一般開放しているのは、 59階までだ。一般エレベーターも、59階までしか無い。 「さすがにパスカードの偽造は出来ん。となれば・・・クスねるしか無いわな。」  士は、そう言うと、カードを3枚取り出す。・・・って、パスカード!? 「都合上、3枚しか、クスねられなかった。1枚は、ソーラードーム開発室の研究 員のカードだ。次は、テレビ局のサブディレクターのカードだ。そして、最後が、 軍隊研究所の、セント軍の軍曹の物だ。」  恐ろしい事をする・・・。士は、用意が良いけど、たまに無理するなぁ・・・。 「その3人、最近『ダークネス』の奴らに、やられたんだ。『ダークネス』も入り たがってたからな。そこを、俺が仕留めて奪い取った。」  なる程。手際良く、士が奪い取ったみたいだ。 「ちなみに、怪しまれないように、別の奴を使って、そのカードを使って、出勤さ せてる。どいつも、音を上げそうになってたぜ。」  抜かりないなぁ。そう言えば、別口でバイトを雇ったとか言ってたけど、この仕 事だったのか。・・・ゼハーンさんの仕事を請けた時から、この展開を予想してた んだろうなぁ。士は、用意が良いなぁ。 「行くのは、俺とゼハーンとセンリンだ。」  お。私も行くのか。士とゼハーンさんは、当然行くと思っていたが、私か。 「ち。留守番かよぉ。つまんねーなぁ。」  ジャンさんは、口を尖らす。まぁその気持ちは、分からなくも無い。 「そう言うな。ちゃんと理由がある。ゼハーンは、今回の依頼人として当然行く。 俺は、全体のフォローをする。テレビ局のカードは、俺が使う。そして、センリン は、ソーラードーム開発室のカードだ。このカードを見れば、分かる。」  研究員のカードを見せる。なる程。女だったのか。私か、アスカしか出来ないね。 「で、アスカには、やってもらいたい事がある。」  アスカには、別の仕事があったのか。 「警備を薄くして置きたいからな。スラムとキャピタルの境界線で、騒ぎを起こし て欲しい。ジャンと一緒にな。」  なる程。ジャンさんと一緒にするための、アスカか。で、ジャンさんの『ルール』 で、騒ぎを起こした後のフォローを、アスカがする訳だ。 「ショアンは、ここだ。役割は分かるな?」  士が指差す。メトロタワーとスラム検問所の間辺りだ。 「心得た。」  ショアンさんは、すぐに答えた。さすがに察しが良い。 「センリンは、研究員に成りすまして、ソーラードームの構造の設計を調べてくれ。 ただし、無理はするなよ。」  士は、心配してくれていた。ソーラードームの設計か。確かに分かれば大きいね。 「任せといてヨ。出来る範囲でやるヨ。」  私は、胸を叩く仕草で答える。 「んで、ゼハーン。アンタは、軍曹のカードだ。このカードは、1300階まで入れる らしい。軍隊研究所を、見回るんだな。」  士は、ゼハーンさんに一番重要なカードを渡す。一番、入れる階が多いカードだ。 ゼハーンさんは、色々調べなきゃいけないから、当然かな。 「よし・・・。決行は、明日だ。成果は、各自期待してるぞ。」  士は、皆を信頼していた。それと同時に、私達も士には、全幅の信頼をしていた。  とうとう明日、決行か・・・。  私が狙われた理由、今度こそ、明らかになる筈だ。  伝記の末裔を狙い、闇に葬る事で、誰が得をするのか・・・。  単純に力を削ぎたいのかと思えば、そうでも無い。  事実、修行をしている分には、何も手出ししてこない。  伝記の末裔が、手を取り合う事を、酷く警戒している感じだった。  狙いは、何なのだろうか・・・。  それを調べる時が来たのだ。  私は全力をもって、調べる事にしよう。 (余り、無理して欲しくないのですが・・・。)  この声は・・・清芽殿か。私の決意が、そんなに不安ですかな? (そりゃ不安になります。セントの恐ろしさを知って、なお挑もうとしてるのです から・・・。無茶だと、思いますよ。)  無茶か。確かに無謀かも知れぬな。私が潜入した所で、帰って来れないのが関の 山であろうさ。 (そこまで分かってて、行くのですか?)  私だけならば、失敗するだろう。だが、今は、信頼出来る友が居る。だから、心 配は、余りして居ない。 (それを含めて、無茶だと言ってるんですがね。全く・・・。)  心配痛み入る。だが、私は、行かねばならないのですよ。 (息子さんのため・・・でしたっけ?)  ・・・そうか。清芽殿も、私の記憶を見たのだな。 (見ました。息子さんが、連れ去られる所も・・・。)  今でこそ、『絶望の島』を抜けてはいるが、あそこへ送った原因となった私は、 レイクのために、尽力しなくては、いけないのだ。 (頑固なんですね・・・。生前の、内の亭主そっくりです。貴方は・・・。)  清芽殿の生前の亭主に、そっくり?それは、随分と頑固だったのでしょうな。 (それは、頑固者でしたよ。)  ・・・そこは、否定してくれても良い所だと思うのだが・・・。 (本当の事ですからね。否定しません。)  清芽殿は、時に、手厳しいですな。 (コレくらい言わないと、頑固者には、効かないんです。)  頑固者の扱いに、慣れてますな。 (全く・・・酷いんですよ?義理の息子とは、喧嘩して、縁切り状態でしたし、本 当の息子には、最後まで、父と名乗らなかったって言うくらい、頑固です。)  ・・・それは、私の頑固さを、超えている気がしますが・・・。 (苦労しました・・・。まぁ、主人より、私の方が、早く死んじゃったんですがね。)  それは、ご愁傷様ですな。そのご主人も、嘆いたのでは、無いですかな? (それが、そんな素振り、全然見せないんですよ。人前ではね。私の墓前の時だけ、 大泣きしてました。ちょっと、嬉しかったです。主人の、そう言う所は、生前は見 ませんでしたから。)  私とて、シーリスが死んだ時は、悲しみを隠せなかった。そのご主人だって、同 じですよ。妻に死なれるのは、辛い事です。 (貴方は、その事が、罪だと思ってらっしゃるでしょうけど?私に言わせれば、と んだ勘違いです。頑固者と結婚する女性は、その人に、惚れこんでる物ですよ?)  ・・・貴女が言うと、本当に説得力があるな。シーリスも幸せだったと、信じて 良いのだろうか?私のような・・・。 (ストップです。自分を卑下するのは、頑固者の悪い癖です。)  グウの音も出ぬ。手厳しいな。清芽殿は。 (こう見えても、貴方より、年上ですからね。年配の言う事は、聞く物ですよ?)  姿は、若々しいですが、そうでしょうな。清芽殿の話は、聞いてて参考になる。 (素直で宜しい。ま、私も、楽しんでるんですけどね。)  それは幸いですな。貴女と話していると、私もリラックス出来るので、丁度良い。 (でも、本当に、無理しないで下さいよ?)  分かっている。何せ、あのメトロタワーですからな。用心し過ぎると言う事は無 いでしょう。何せ、60階より上は、『ルール』すら使えぬ磁場が、広がっている と士が申していた。何度か侵入を試みたらしいが、壁に阻まれたと、言ってたな。 (尚更、危険じゃないですか。本当に、大丈夫なんですか?)  普通の条件よりは、危険だ。正直、捕まる確率もあると思っている。 (・・・でも、止める気は、無いんですね?)  隠し事が出来ないのは、きつい事ですな。『ルール』が使えずとも、貴女が傍に 居れば、少しは平静になれる。居てくれると、有難い。 (私は、便利屋では無いんですよ?)  それを言われると辛い・・・。無理強いはしませぬ。私の我侭ですからな。 (頑固な人は、見張ってないと、気苦労が増えます。だから、見ていてあげます。)  手厳しい。だが、感謝する。 (そう思うなら、少しでも、無理しないように、努めて下さい。)  ご忠告承った。私も、まだやらねばならない事がある。簡単には捕まらぬさ。  依頼人の要求を満たす。  口で言うのは、簡単だ。  だが、実際に、こなすのは難しい。  完璧にこなすには、年季って物が、必要だ。  その点、俺は、細心の注意を払っている。  下調べをして、あらゆる想定をしてみるのが、常だ。  想定外の事が起きたら、すぐに対処出来る心構えも、必要だ。  まぁ、そんな訳だが・・・明日の要求は、かなりハードだ。  まさか、メトロタワーへの侵入を、俺が、やるとはな。  ゼハーンの息子の話なんて、聞かなきゃ良かったか?  でもな・・・あの眼を見たら、全てを、聞く気になっちまった。  メトロタワーの下調べをしたが、まさか『ルール』まで封じているとは・・・。  念の入った事だ・・・おかげで『索敵』のルールが使えん。  あれは、かなり便利な『ルール』だったんだがな。  多分、何か仕掛けがあるに違いない。  それさえ見破れば、『ルール』封じも、何とかなる筈だ。  心配なのは、センリンが、無茶をしない事だが・・・。  アスカに、この仕事を、やってもらう訳には、いかない。  今回の依頼は、かなり連係プレイが必要になる。  ジャンとアスカが組んでるのなら、俺とセンリンが、組むしかない。 (あらゆる事を、考えての布陣か。それでも難しいな。)  グロバス。アンタも、起きていたのか。 (彼の塔を登ると聞いては、血が騒ぐと言う物だ。)  メトロタワーは、要塞も良い所だからな。 (あの塔は、強固レベルが高いからな。)  アンタの目から見てもそうか。チッ。参ったぜ。 (それでも行くのだろう?貴公が、その程度で、止めるとは思えぬ。)  分かってるじゃねぇか。当然行く。一応作戦じゃねぇが、非常手段は残してある。 それさえ守れば、脱出くらいは、出来る筈だ。 (自信有りと言った所か。足元を掬われないように、するが良い。)  元より、油断なんかしねぇさ。 (なら良いがな。何せ、ミシェーダまで関わってきているのだ。奴を警戒しない訳 には、いかん。一度、煮え湯を飲まされているからな。)  煮え湯か。確か、ほぼ勝っていた勝負を、時を戻されて、強引に転生させられた んだっけか?時の力ってのは、凄まじいな。 (それも能力と言ってしまえば、それまでだ。だが、攻略のしようが無いのが悔し い所だ。時の『ルール』は、運命神以外で、使える者が居ないからな。)  そりゃ手厳しいな。攻略の糸口が見えないのは、厳しい話だ。 (対抗の糸口はある。天上神だったゼーダは、『予知』で対抗していた。あと、伝 記では、ぼかしてあるが、竜神ジュダも、何かに気付いた可能性が高い。)  ほう。天上神が、運命神を躱してた話は知っているが、竜神が? (伝記では『無』の力で何とかしたとあるが、次元の狭間を消した時の力は、そん な生半可な物では無い。時の力の原理を知っているからこそ、対抗手段としての、 『無』の力が、発揮出来たと見ている。)  つまりは、時の力の押さえ所に気付いて、そこに『無』の力を打ち込んで、消し たって事か?器用な事を、するもんだな。 (余り認めたくは無いが、竜神は天才だ。奴の『ルール』の『付帯』は、あらゆる 宝石の力を利用する事が出来る。その一つに、時の力に繋がる宝石が、あったのだ ろうよ。奴は、勘が良いからな。)  便利な力を持っているようだな。その竜神とやらに、聞ければ良いって事か? (そう言う事だ。どうやら、ゼハーンが、会っている様だから、彼のツテで話が出 来ればとは、思うのだがな。)  そういや、そんな事を言ってたな。だが、難しい話だと思うぜ。 (それは、そうだろう。直接じゃなかったとは言え、竜神とは、対決した間柄だ。 我の事に気が付けば、口を噤む可能性が、高い。)  アンタ、『覇道』の親玉だったからな。 (フン。何とでも言え。我は今でも、考え方自体、間違って居ないと胸を張って言 えるぞ。切磋琢磨して、生きる道なのだからな。)  強気だな。ま、俺は、嫌いじゃない考え方だ。 (そう思って貰えるだけで有難い。とにかく、今は、あの塔に集中するのだな。目 立った動きをすれば、ミシェーダも、出てくるだろうしな。)  警戒に、越した事は無いって事か。 (そう言う事だ。迂闊な動きは、抑えるのだ。)  分かってる。今回は、飽くまで探りのつもりだ。 (だと良いがな。探りで、本番になっては、洒落にならんぞ。)  その辺は、気を付けなきゃ、ならん所だ。いざとなったら、塔の外に飛び出せっ て、指示してある。 (なるほど。外で拾う気か。)  俺の『ルール』ならではだ。これ以上、安全な手は無い。 (過信は、禁物だぞ。)  分かってる。あの塔に何が待ってるか知らんが、やるまでだ!